静岡家庭裁判所 平成17年(少)2号 決定 2005年2月03日
少年 A(平成2.4.28生)
主文
少年を医療少年院に送致する。
理由
(非行事実)
少年は、平成16年9月ころから静岡県○○市所在の○○総合病院心療内科に通院するようになり、同病院で精神安定剤を処方されていたものであるが、同年10月にそれまで実家に身を寄せていた母親が自宅に戻ってくると、口うるさく注意してくる同女のことを煩わしいなどと感じて、同女に対し殴る蹴るなどの暴力を振るうようになり、その後も、同女に対して包丁を突き付けたり、その首を絞めるなど、同女に対する暴力は次第にエスカレートしていった。そのような中で、少年は、同年12月22日、自分が学校に行くのを母親から邪魔されているものと思い、同女の顔面を手拳で約10回殴打する暴行を加え、同女に対し、全治約2週間を要する頭部、顔面打撲等の傷害を負わせた上、「もうこんな家に居たくない。」などと言って家出を敢行し、以後、野宿したり友人宅等を転々とする生活を送るようになり、平成17年1月7日に○○警察署で事情聴取を受けた際も、「お母さんが憎たらしくてたまりません。」「もしかしたら、今度は刃物かなんかでお母さんを切り付けてしまうかもしれません。」「もう、あんな家族の顔を見たくもありません。」などと申し述べており、もって、保護者の正当な監督に服しない性癖があって、正当の理由がなく家庭に寄り附かず、自己又は他人の徳性を害する行為をする性癖があり、このまま放置すれば、その性格又は環境に照らして、将来暴行、傷害等の罪を犯すおそれがあるものである。
(法令の適用)
少年法3条1項3号本文、同号イ、ロ、ニ
(処遇の理由)
1 本件は、少年の家庭内暴力及び家出を主な内容とするぐ犯の事案であるが、上記ぐ犯の非行事実として認定した少年の行状や生活態度に加え、○○中学校長作成に係る学校照会回答書によれば、中学校内でも他人の視線やちょっとした言動を気にして腹を立てたりすることが多かったというのであり、今後、少年の攻撃性が対家族から対不特定多数の第三者へと対象を拡大させていく危険性があること、少年は、平成16年5月ころから不登校気味であり、それ以来、対人交流が少なくなったことに起因して独善的・自閉的傾向を更に強めている様子が窺えることなどを併せ考慮すると、このまま放置すれば、主に家庭や学校といった保護領域内で重大な非行に及ぶおそれが高いといわざるを得ず、本件非行を軽く見ることはできない。
2 少年は、幼少時から、飲酒の上で家族に対して暴力を振るう父親と、少年らの養育や家庭内の様々な問題のため精神的に不安定な状態に陥り、少年に対し細やかな対応ができなかった母親との間で育ち、家族や周囲の者に受容された経験が乏しいため、疎外感、孤立感を強く感じており、安定した対人関係を持つことが難しい。また、感情統制力も乏しく、些細なきっかけで感情を爆発させ、極端な衝動的行動に走りやすい。こうした問題が端的に現われたのが本件非行である。さらに、少年は、今回一連の法的措置を受けて審判に臨んでも、なお自己の問題傾向や本件の問題には全く目を向けることができず、罪障感は生じておらず、逆に家族に対して強い不満を示すなど認知や思考の偏りはかなり固定化しており、少年の抱える問題には相当根深いものがあるといわざるを得ない。
保護環境を見ても、少年は家族との葛藤が激しく、上記のとおり母親に対して深刻な内容の暴力を振るっていたことなどに照らすと、両親に少年の適切な監護を期待することはできず、他に有効な社会的資源も見出し得ないところである。
3 少年は、上記のとおり平成16年9月ころから○○総合病院の心療内科に通院して投薬治療を受けており、担当医師からは統合失調症の疑いがある旨指摘されていた。また、少年鑑別所の精神科医師も、「タンスがガタガタと動くような音などの要素幻聴、霊や宇宙人などの幻視、思考途絶の症状を含む慢性的な思考障害が認められ、統合失調症である可能性は高い。現時点で、何らかの医療的措置が必要」であると判定しているところである。
そうすると、少年が統合失調症にり患しているか否かにつき確定的な判断を下すことは、現時点においては難しいものの、上記少年の資質面の偏りは、精神障害等に起因している可能性が相当程度高いものと認められる。現に本件非行のような他害行為が顕在化していることなどを併せ考慮すると、今後の注意深い精神医学的観察を遂げるため、少年を一定の施設に収容して教育的治療的な介入を施す必要があるというべきである。
4 以上の諸事情を総合して検討すると、少年は今回初めて事件が家庭裁判所に係属し、これまで保護処分を受けたことが全くないことや同情の余地のある生育歴等を十分考慮に入れても、少年をこれまでの生活環境から切り離して矯正施設に収容し、統制された場所で情緒面の安定を図り、専門家による系統的な教育を受けさせることが最もその福祉に資するものであり、また、非行の再発防止の要請にも合致するものというべきである。
なお、当裁判所は、少年の本件非行が、少年自身が抱えている問題と家庭内の保護環境の問題とが重なり合って惹起されたものであることに鑑みて、少年が再非行に陥らないようにするためには、少年に対する指導と家庭環境の調整との双方が必要であると判断する。そこで、本少年については、上記のとおり統合失調症の疑いがある旨指摘されていることに照らして、専門医による精査及び治療の必要性などから、当面は医療少年院で処遇を行うべきであるが、医療措置を優先させる必要がなくなった後は、適正な対人関係を学習するためにも、速やかに初等少年院に移送することが相当であり、また、保護者の指導力、少年の社会適応能力等に照らし、出院時に備えて早期から、保護観察所等と連携して、親子関係の相互理解、出院後の少年の受入れ態勢等の保護環境に関して調整を図る必要があると思料するので、別途処遇勧告書に記載したとおり処遇勧告したものである。さらに、少年の出院後の社会内処遇を円滑に行うため、静岡保護観察所長に対し、別途「少年の環境調整に関する措置について」と題する書面に記載したとおり、少年の保護環境についてその調整措置を執るよう要請した次第である。
よって、少年法24条1項3号、少年審判規則37条1項を適用して、少年を医療少年院に送致することとし、主文のとおり決定する。
(裁判官 鈴木和孝)
〔参考1〕処遇勧告書
平成17年(少)第2号
処遇勧告書
少年 A
平成2年4月28日生
決定少年院種別 □初等 □中等 □特別file_2.jpg医療
決定年月日 平成17年2月3日
勧告事項
□一般短期処遇 □特修短期処遇
file_3.jpg医療措置終了後は(file_4.jpg初等 □中等 □特別)少年院に移送相当
file_5.jpgその他
別紙記載のとおり
平成17年2月3日
静岡家庭裁判所
裁判官 鈴木和孝
別 紙
本少年については、保護者の指導力や少年の社会適応能力等に照らすと、出院時に備えて早期から保護観察所等と連携して、親子関係の相互理解、出院後の少年の受入れ態勢等の保護環境に関して調整を図る必要があると思料するので、その旨処遇勧告する。
〔参考2〕環境調整命令書
平成17年2月3日
静岡保護観察所長殿
静岡家庭裁判所
裁判官 鈴木和孝
少年の環境調整に関する措置について
氏名 A
年齢 14歳(平成2年4月28日生)
本籍 静岡県○○郡○○町○○××番地
住居 静岡県○○郡○○町○○××番地
職業 無職(中学生)
当裁判所は、平成17年2月3日、上記少年について、医療少年院に送致する旨の決定をしましたが、本件非行の経緯、少年の資質上の問題点及び家庭環境等にかんがみると、少年の出院後の社会内処遇を円滑に行うため、環境調整の必要があると考えますので、少年法24条2項、少年審判規則39条により、下記の措置を執られますよう要請します。
なお、詳細については、静岡少年鑑別所長作成の平成17年1月31日付け鑑別結果通知書及び当庁家庭裁判所調査官○○作成の同日付け少年調査票の各写しを参照してください。
記
少年の保護者に対し、
1 少年への関心を常に持ち続け、少年の問題行動の背景に関し、理解が深められるように指導すること。
2 社会復帰後、少年が精神的に安定して過ごせるように家庭の受入れ態勢等を整備・調整するよう指導・援助すること。
〔参考3〕抗告審(東京高裁 平17(く)102号 平17.3.8決定)
主文
本件抗告を棄却する。
理由
本件抗告の趣意は、少年本人作成名義の抗告申立書記載のとおりであるから、これを引用するが、その主張は、要するに、少年を医療少年院に送致した原決定の処分は重過ぎて著しく不当であるというものと解される。
そこで、関係記録を調査して検討する。
本件非行(ぐ犯)事実及び少年の問題点等については、家庭裁判所が認定したとおりである。特に、少年は平成16年10月ころから母親に対する暴力が激しくなり、時には刃物を突き付けたり首を絞めたりすることもあったところ、同年12月22日に母親の顔面を手拳で約10回殴打する暴行を加えて全治約2週間を要する傷害を負わせ父親や兄から叱責された後平成17年1月7日まで家出をし同日観護措置となったが、原審審判廷においても少年は、母親が登校を妨害するので暴行を加えた、父親や兄の暴力から逃げるために家出をした、母親が憎たらしくてたまらず今度は刃物で切り付けてしまうかもしれない、社会に戻っても家に帰るつもりはないなどと述べている。加えて、このような少年の言動は、物事を過度に被害的に受け止めるなどして独善的な思考に陥りやすく、感情統制力が乏しく衝動的行動に出やすいという性格及び行動傾向上の根深い問題点に由来し、その背景として統合失調症にり患している可能性が高いことが精神科医によって指摘されていること、保護者の監護力は乏しくその他少年の更生につながる社会資源もないことも併せ考えると、これまで保護処分を受けたことがないことを考慮しても、少年の規範意識を高め、自己の問題点について自覚を深めさせて、社会的な適応力及び基礎的な学力・知識を身に付けさせるためには、施設に収容して矯正教育を行う必要があると認められる。そして、資質上の問題点を抱えた少年には医療的措置が必要であるとの精神科医の所見があることを踏まえると、医療少年院での医療的措置を優先し、その後初等少年院に移送することとするという原決定の判断は相当であって、これが重過ぎて不当であるとはいえない。少年の主張は理由がない。
よって、少年法33条1項により、本件抗告を棄却することとし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 小川正明 裁判官 古田浩 西野吾一)