静岡家庭裁判所 平成8年(家)367号 1996年8月30日
主文
申立人の本件申立てを却下する。
理由
1 申立ての趣旨
申立人は、その氏「洪」を「上野」と変更することの許可を求めた。
その実情として、「申立人は、昭和60年3月1日韓国籍の洪正義と婚姻し、同日戸籍法107条2項の氏変更届出をして、その氏を養父の「大崎」から夫の氏である「洪」と変更した。しかし、申立人の夫は、韓国籍を有し、日本国内では、通称名として「上野」と称していたため、婚姻以来現在まで、日常生活においてその通称名「上野」を使用してきた。上記夫との間に昭和59年8月16日に長男が、以後長女、二男及び三男をもうけた。子供たちには、夫が韓国人であることは、知らせておらず、また、日本人であるにもかかわらず、「洪」では、外国人とみられがちで、紛らわしいこともあって、今まで子供たちも小学校等の日常生活において夫の通称名「上野」を使用してきた。来年には、長男は、中学校に入学することになり、そうなると通称名「上野」を使用することができなくなるので、この際長年使用してきた事実上の氏である「上野」にその氏を変更したく本申立てに及んだ。」と述べた。
2 当裁判所の本件に対する事実認定と法律判断は、以下のとおりである。
(1) 事実
申立人が申立ての実情として、申し立てた各事実は、一件記録により認めることができる他次の各事実を認めることができる。
申立人は、在日韓国人3世である洪正義と昭和58年ころ知り合い、その後同棲し、以後右洪の日本における通称名である「上野」を使用してきた。長女が出生したころ、申立人の希望もあって、夫の洪正義は、日本に帰化することとし書類も揃えたが、丁度そのころ交通事故を起こしてしまい、帰化は、不可能となった。申立人としては、当初から「上野」と正式に名乗りたい希望があったため、二男の出生のころ、家庭裁判所に相談したところ、永年使用には、時間が足りない旨指摘されたことがある。そして、その後夫とは、平成8年5月30日協議離婚したが、申立人としては、戸籍法107条3項により婚姻前の氏である「大崎」の氏に戻る届出をするつもりはない。
(2) 法律判断
氏の変更には、戸籍法107条1項により、「やむを得ない事由」を必要とするところ、まず、申立人が夫洪正義の日本における通称名である「上野」を使用してきた期間は、現在まで、12年前後であり、周囲に申立人及びその子らが、「上野」と認識されていたことは、認められるものの、右「上野」は、もともと夫の日本における通称名であり、韓国のみならず日本における法的に正式な氏とは認められないところである。そして、さらに申立人と夫洪正義は、平成8年5月30日に協議離婚しており、今後上記洪と共同生活を送ることはない現状にある。
そもそも、氏の称し方についての我が民法の規定は、離婚したときは、婚姻の際氏を変更した一方当事者は、婚姻前の氏に戻るのが原則であるから、本来申立人は、婚姻前の氏である「大崎」の氏を称するのが本則であり(外国人と婚姻した者については、戸籍法上、同法107条2項との関係上、離婚した際に当然に復氏はしないが)、また、民法767条2項により、婚姻中の氏を継続して称することもできることとなっているが、右婚姻中の氏とは、当該相手方配偶者の正式の氏をいうものであって、いわゆる通称名を含むものではない。以上の如きわが民法の氏に関する定めに鑑みると、前記認定の諸事実を総合しても(「上野」の氏の永年使用についても、本件の事案については、今だにその使用期間は、足りないというべきである。)、本件申立てについて、戸籍法107条1項にいう「やむを得ない事由」を認めることはできない。
よって申立人の本件申立ては、理由がないから、これを却下することとし、主文のとおり審判する。