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高松地方裁判所 平成10年(行ウ)5号 判決 2000年3月14日

原告

蓮井明美

右訴訟代理人弁護士

安藤誠基

被告

高松税務署長 宇野宏

右指定代理人

鈴木博

薬師神和夫

平山昌範

宇野秋則

加藤公一

白石豪

海野眞次

片岡大司

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告が原告に対し原告の平成四年分の所得税の更正請求に対して平成八年五月三一日付けでした更正をすべき理由がない旨の通知処分を取り消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

第二事案の概要

一  本件は、原告が、所得税法六四条二項(求償権の全部を行使することできないこととなったとき)、同法七二条一項(横領による損失)を理由に行った所得税の更正請求について、更正すべき理由がないとした被告の処分の取消を求めたのに対し、被告が、前提となる各事実の不存在を主張して争った事案である。

二  争いのない事実

1  原告は、平成四年分の所得税について、法定申告期限までに、分離長期譲渡所得の金額を二〇八五万円、所得から差し引かれる金額を三五万円(基礎控除額)、納付すべき税額を六一五万円とする確定申告を行った。

2  原告は、確定申告書に記載した所得から差し引かれる金額の計算に誤りがあったとして、平成六年一月四日、平成四年分の所得税について、所得から差し引かれる金額を二一二〇万円(雑損控除の額二〇八五万円、基礎除額三五万円)、納付すべき税額を〇円とする更正の請求を行った。

3  被告は、平成八年五月三一日付けで、更正をすべき理由がない旨の通知を行った(以下「本件処分」という。)。

4  これに対して、原告は、本件処分を不服として、同年七月一日、被告に対し、異議申立てを行ったところ、被告は、同年一〇月一日付けで、右申立てを棄却する旨の決定をした。

5  原告は、右棄却決定を不服として、同年一〇月二八日、国税不服審判所長に対し、審査請求を行ったところ、国税不服審判所長は、平成一〇年五月一四日付けで、右審査請求を棄却する旨の裁決を行った。

6  原告は、平成一〇年八月一二日、本件訴えを提起した。

二  当事者の主張及び争点

1  原告の主張

(一) 本件処分の違法性

(1) 有限会社三愛(以下「三愛」という。)は、平成四年六月五日、松本廣一(以下「松本」という。)との間で、元金一五二六万円、利息年一五パーセント、期限を三か月後とする消費貸借契約を締結して同人に対し一五二六万円を貸し渡し(以下「本件消費貸借契約」ともいう。)、その際、原告は、右債務について、連帯保障(以下「本件保証債務」ともいう。)をするとともに、原告所有の別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)に債務者を松本、抵当権者を三愛とする抵当権を設定した。

(2) 原告は、同年一一月一七日、川畑博(以下「川畑」という。)に対し、本件土地を二三〇〇万円で売却した。

(3) 原告は、本件保証債務の支払いに充てるために、同日、松本に対し、右売買代金二三〇〇万円を預託したところ、松本が右二三〇〇万円から本件保証債務を支払ったため、原告は、松本に対し、同額の求償権を取得した。

(4) しかし、松本は、二三〇〇万円のうち本件保証債務の支払いに充てた分を除く残額を横領した。

(5) 松本は、その後、失踪して行方不明となっており、かつ、無資力である。

(6) 以上からすると、二三〇〇万円のうち、本件保証債務の支払いに充てた部分については所得税法六四条二項にいう「求償権の全部を行使することができないこととなったとき」に該当するから、同法六四条二項、一項により分離長期譲渡所得の計算上なかったものとみなすべきであり、また、本件保証債務の支払いに充てた部分を除く残額については同法七二条二項(雑損控除)にいう「横領」による損失に該当するから、同条の雑損控除の適用を認めるべきである。

仮に、右二三〇〇万円のうち、本件保証債務の支払いを充てられたものがないならば、松本が二三〇〇万円全額を横領したことになるのであるから、二三〇〇万円について同条の雑損控除の適用を認めるべきである。

(二) よって、右適用をせずに更正をすべき理由がないとされた本件処分は違法であり、原告は、被告に対し、被告が原告に対し原告の平成四年分の所得税の更正請求に対して平成八年五月三一日付けでした更正をすべき理由がない旨の通知処分の取消しを求める。

2  被告の主張

(一) 所得税法六四条二項、一項の適用について

所得税法六四条二項、一項の特例の適用を受けるためには、<1>保証債務が存在すること、<2>資産譲渡代金によって保証債務が履行されたこと、<3>求償権行使が不能であること、<4>確定申告書に特例の適用を受ける旨の記載がされていることが必要であり、適用を基礎付ける事実の主張立証責任は納税者にある。

(1) 本件では、保証債務の債権者とされる三愛は、松本が三愛の社印等を冒用して本件消費貸借契約を締結したとして、松本との金銭貸借関係を否定している。そうだとすると、主債務が存在しないことになるから、従たる債務である保証債務も存在しないことになる。

仮に本件消費貸借契約があったとしても、松本自身が実際に三愛に対して主たる債務を負担していたかどうか疑わしく、現実の主債務者は松本ではなく原告であった可能性が高い。

したがって、いずれにしても保証債務の存在の要件を欠く。

(2) 原告が三愛に対する本件保証債務を負っていたとしても、保証の履行を裏付ける客観的な資料がなく、保証債務が履行されたとの要件を欠く。

(3) 松本は、遅くとも平成九年ころまでは複数の不動産を所有しており、松本に対する求償が十分可能であったのに、原告は求償に対して熱心ではないばかりか、更正請求当時に松本の財産を調査することもしていないのであって、求償権行使が不能であったとはいえない。

(二) 所得税法七二条一項の適用について

(1) 前記(一)(1)のとおり、保証債務が成立していないとすれば、原告が松本に委託したという二三〇〇万円は客観的には保証債務履行のための資金ではないということになり、それは横領ではなく詐取されたものと評価すべきものであって、所得税法七二条一項にいう横領に該当しない。

(2) 本件土地の売買代金である二三〇〇万円が本件保証債務の弁済に充てられることになっていたというのであるならば、売買代金の受渡しに臨場した三愛の担当者がその弁済を受けるのは当然である。そうであれば、原告が右売買代金を松本に預ける必要はないはずであり、松本が本件保証債務の支払いに充てた残額を横領するということはないというべきである。

3  争点

(一) 本件土地の譲渡所得について、所得税法六四条二項、一項の適用があるか否か。

(二) 本件土地の譲渡所得について、所得税法七二条一項の適用があるか否か。

理由

第三当裁判所の判断

一  立証責任について

更正の請求は、確定申告をして一旦確定した税額を自己に有利に変更しようとするものであるから、自己の提出した確定申告書の記載内容が真実と異なることについては、納税者の側で主張立証すべきである。以上を前提に検討する。

二  所得税法六四条二項、一項の適用について(争点(一))

1  所得税法六四条二項、一項は、保証債務を履行するために資産を譲渡し、その履行によって取得する求償権の全部又は一部を行使することができないことになったとき、右資産の譲渡に伴う譲渡所得のうち、その行使することができないことになった金額に対応する部分の所得をなかったものとみなす規定であるところ、右特例の適用を受けるためには、実体的要件として、<1>保証債務が存在すること、<2>保証債務の履行のために資産の譲渡が行われたこと、<3>求償権行使が不可能となったことが必要である。

2  原告主張の<1>保証債務の存在、<2>保証債務の履行のために資産の譲渡が行われたことについて

(一)  証拠(甲五、二〇)によれば、平成四年六月五日、司法書士立会の下、抵当権設定金銭消費貸借契約書が作成されたことが認められ、右契約書は、原告が、松本の三愛に対する元金一五二六万円、利息年一五パーセント、損害金年三〇パーセントとする債務の保証をしたという記載内容となっている。

また、原告の右主張に沿う原告の供述(甲二三を含む。)がある。

(二)(1)  しかし、証拠(甲四、六、七、乙七、一二、証人近藤)によれば、以下の事実が認められる。

平成四年五、六月ころ、城武雄(以下「城」という。)が司不動産に対し本件土地の売却の話を持ちかけ、その後、松本も司不動産に対し本件土地の買主を探してほしい旨依頼した。司不動産は、同じころ司不動産の事務所において、原告に対し本件土地を売却する意思のあることを確認した。そこで、司不動産は川畑を買主として紹介し、売却交渉を進めたが、本件土地に三愛の所有権移転請求権仮登記が付けられており、国土利用計画法の関係で県から三愛の承諾書を取るように指摘されたことなどもあって、同年六、七月ころ、売却の話はとん挫した。そのため、川畑は、司不動産に対し、同年六月二九日に買受申込証拠金として一五〇万円の小切手を交付していたが、取引が中止となったので右小切手を返還してもらった。その後、再び売却の話が持ち上がり、同年一一月一七日、村上豊司法書士事務所において、原告、松本、三愛の関係者らが出席する中、原告が売主、川畑を買主として、本件土地を二三〇〇万円で売買する旨の契約書が作成された。川畑から現金二三〇〇万円が支払われたが、原告以外の者(後述)がその場から持ち帰った。司不動産の担当者は、原告が借金返済のために本件土地を売却したと聞いており、原告の手元に現金が残らなかったので、原告に対し、仲介手数料の請求をしなかった。

これに対し、原告本人は、平成四年五、六月ころ、本件土地を売却しようとしたことはないと供述するが、証拠(乙七、一二)に照らし、信用できない。

右事実によると、原告は、松本の三愛に対する債務を保証したと主張する平成四年六月五日ころ又はその前ころから、既に本件土地の売却を行おうとしていたということになり、保証債務を負ったのと同時にあるいはそれ以前から保証債務の履行の準備をするという不自然な行動を採っていたことになるのであって、極めて不合理である。

(2) また、原告は、競輪場での付き合いのあった城の紹介等もあって、二回しか会ったことのない松本からの依頼に応じて松本の債務を保証し、本件土地に抵当権を設定したと主張し、これに沿う供述をする(甲二三、原告本人)が、松本に対する資力の調査を一切行なわずに保証をしたとも供述しており(原告本人)、自己の所有不動産を自ら売却して代金を受額し、あるいは貸し駐車場を経営するなどしていた過去の取引経験や経営経験(原告本人)等に照らすと、原告が右のような経緯で極めて安易に保証したというのは信じがたいというほかなく、他に右経緯の合理的な理由を示す証拠は認められない。

(3) さらに、<1>貸し主である三愛の担当者吉原高義は、本件消費貸借契約における債務者名が松本になっているが、金を渡した相手は原告であり、実際の債務者も原告であると思っていたし、契約の当事者名を変更したのは原告の節税のためであると聞いており、原告が本件保証債務を負担した時から本件土地を売却して債務に充てる旨述べていたと証言し(証人吉原高義)、<2>松本は、自分が形式上三愛に対する債務の主債務者となったが、原告が本件土地を売買する前に金を必要としているということで三愛から借りたものであり、実際の主債務者は原告である旨証言している(証人松本)。

(4) 加えて、原告は、三愛に対し、内容証明郵便を使って本件土地を債務の弁済に充てる旨の書面を送るなど極めて慎重な対応をし(甲一五)、領収証や念書に確定日付を取ったうえ、右念書には松本に税金の申告を促す記載までさせている(甲一六、一七、乙五)が、その一方で、松本が当時不動産を有していたにもかかわらず、同人に対し、求償権を直接確保するような有効的手段を何ら採っていない(原告本人)のであって、保証債務を履行して求償権を行使しようとする者の態度としては極めて不自然である。

(5) 右(1)ないし(4)に照らすと、原告主張の<1>本件保証債務の存在及び<2>その履行に沿う前記(一)の証拠は採用できず、他に右の事実を認めるに足る証拠はない。

(三)  かえって、証拠(甲四ないし八、一五ないし一八、二二、二三(一部)、乙六の1及び3、七、一二、証人吉原高義、同松本、同近藤、原告本人(一部))によれば、次の事実を認めることができ、これに反する甲二三、原告本人の供述は採用できず、他にこれを覆すに足る証拠はない。

(1) 原告は、自己の債務を返済するため、平成四年五、六月ころ、本件土地を売却するため不動産仲介業者司不動産にその仲介を依頼した。そして、同年六月二九日には買受申込み証拠金一五〇万円を提供する買主も現われた(乙一二)が、売買契約の締結までには至らなかった。

(2) 原告は、そのころ、競輪場で知り合った城から、貸金業者であり宅地建物取引業者である松本の紹介を受けた。松本は、原告から本件土地の売却依頼を受けるに際し、原告に対し、松本が役員をしている三愛からとりあえず従前の債務の返済に充てるための金銭を貸し付けること、及び本件土地の売却に伴う節税に協力することを約した(甲一七、証人松本一三頁)。

そして、平成四年六月五日、原告は三愛から、一五二六万円を、利息月三分、支払期日同年九月四日とする約定で借入れ、その担保として本件土地に同額の抵当権を設定した。しかし、税金対策上、金銭消費貸借契約及び抵当権設定登記申請書上では、借主が松本、連帯保証人が原告とする書類を作成した(甲四、五)。

(3) 原告は、支払期日の同年九月四日までに本件土地を売却して三愛に対する支払ができなかったことから、同月一五日ころその支払催促を受けたので、同月三〇日に内容証明郵便で、その支払に代えて本件土地を代物弁済する(原告の表現では、本件土地の権利を放棄する。)旨回答した(甲一五)。

(4) 平成四年一一月一七日、村上司法書士事務所で、本件土地を二三〇〇万円で売買する契約が締結された。原告は三愛に対し本件土地を代物弁済していたと考えていた(甲一八、二三、乙六の1、2)が、形式上本件土地の名義が残っているというので、右事務所に呼び出され、売主を原告、買主を川畑とする売買契約書を作成した。買主の川畑から支払われた売買代金二三〇〇万円の全部ないしほとんどが形式上売主の原告に支払われたが、抵当権者であり一五二六万円の貸主である三愛(原告の認識によれば代物弁済を受けた三愛)がその代金の全部又は一部(受領額は証拠上不明)を受領し、原告は代金を持ち帰ることはなかった。しかし、原告は右売買契約で自己に税金の負担がかかることのないように、松本に対し、従前の約束に従い、同人から二三〇〇万円の領収証(甲一六)と、税務申告に協力する趣旨の念書(甲一七)を作成してもらい、かつ公証人役場で確定日付印までもらった。

(5) 右の事情から、その後、原告は、松本に対し、連帯保証の履行に伴う求償金を請求することはなかった。

3  したがって、原告主張の<1>保証債務の存在及び<2>その履行に伴って資産が譲渡されたとの事実は認めるに足りないから、その余の点を検討するまでもなく、本件土地の譲渡所得について所得税法六四条二項、一項の特例の適用を受けることはできないというべきである。

三  所得税法七二条一項の適用について(争点(二))

原告は本件保証債務の支払に充てるため、松本に対し、売買代金二三〇〇万円の全部又は一部を預託した旨主張するが、前記二2(三)のとおり、原告は本件保証債務を負っていないのであるから、その支払に充てるため二三〇〇万円を預託したことはあり得ないことである。

仮に本件保証債務の支払に充てる目的以外のために二三〇〇万円の全部又は一部を預託したとの主張と解するとしても、前記二2(三)のとおり、原告は、三愛に対し本件土地を代物弁済したので、本件土地には形式上の名義しか残っていないと認識していたのであるから、松本に対し売買代金を自己の資金と考えてこれを預託する行為も考え難いところである。他に原告の右主張を認めるに足る証拠はない。

そうすると、原告は、本件土地の平成四年分の譲渡所得について所得税法七二条一項の適用を受けることはできない。

四  以上の次第であるから、本件処分は適法であり、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担については行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結の日 平成一一年一二月一四日)

(裁判長裁判官 馬渕勉 裁判官 真鍋美穂子 裁判官 佐藤弘規)

物件目録

所在 高松市宮脇町二丁目

地番 九五四番四一

地目 宅地

地積 一二八・三七平方メートル

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