高松地方裁判所 平成11年(ワ)346号 判決 2002年3月26日
主文
1 被告らは,原告Aに対し,連帯して,金4313万2834円及びこれに対する平成11年4月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告らは,原告Bに対し,連帯して,金4156万7497円及びこれに対する平成11年4月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告らは,原告C,同D及び同Eの各々に対し,連帯して,金110万円及びこれに対する平成11年4月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 原告らの被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。
5 訴訟費用はこれを10分し,その9を被告らの負担とし,その余は原告らの負担とする。
6 この判決は,第1ないし第3項に限り,仮に執行することができる。
事実
第1当事者の求める裁判
1 請求の趣旨
(1) 被告らは,原告Aに対し,連帯して,6570万9274円及びこれに対する平成11年4月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 被告らは,原告Bに対し,連帯して,6404万3937円及びこれに対する平成11年4月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 被告らは,原告C,同D及び同Eのそれぞれに対し,連帯して,550万円及びこれに対する平成11年4月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(4) 訴訟費用は被告らの負担とする。
(5) 上記(1)ないし(3)につき仮執行の宣言
2 請求の趣旨に対する答弁
(1) 原告らの被告らに対する各請求をいずれも棄却する。
(2) 訴訟費用は原告らの負担とする。
第2当事者の主張
1 請求原因
(1) 当事者
ア 原告ら
原告Aと同Bは,亡F(以下「被害者」という。被害者は,後記事件のあった平成11年4月17日当時に満16歳であり,香川県大川郡内の高等学校(以下「高校」という。)2年生であった。)の両親であり(以下「原告両親」という。),同Dは,被害者の実姉,同Eは,被害者の実兄,同Cは,被害者の実祖母である。
イ 被告ら
被告Gと同Hは,同Iの両親(以下「被告I両親」という。),同Jは,被告Kの実父,同Lは,被告Kの監督義務者,同Mと同Nは,同Oの両親(以下「被告O両親」という。),同Pと同Qは,同Rの両親(以下「被告R両親」という。),同Sは,同Tと被告Uの実母である(以下,被告I,被告K,被告R,被告O,被告T及び被告Uを併せて「被告少年ら」といい,被告G,被告H,被告J,被告M,被告N,被告P,被告Q及び被告Sを併せて「被告両親ら」という。)。
(2) 本件少年らによる共同不法行為
被告I,被告K,被告R,被告T及び被告Uは,被告Oと被害者に対して「タイマン」と称する殴り合いの喧嘩をするよう仕向けたが,被害者が喧嘩に消極的な態度であったため,一方的に立腹し,被告Oと共謀の上で,被害者に対し,以下のような各暴行行為(以下「本件各暴行」という。)に及んだ。
ア 被告O,被告R及び被告Tは,平成11年4月17日午後1時ころから同日午後1時20分ころまでの間,香川県大川郡a町b所在のc木工所東側砂浜(以下「第1現場」という。)において,被害者に対し,こもごもその顔面や腹部等を手拳等で殴打し,足蹴する等の暴行(以下「第1暴行」という。)を加えた。
イ 被告少年らは,同日午後1時30分ころから同日午後3時ころまでの間,同町a所在のd水産東方約200メートルの砂浜(以下「第2現場」という。)において,被害者に対し,こもごもその頭部,顔面,胸部及び腹部等全身を手拳や竹棒,流木等で殴打し,また足蹴にする等の暴行(以下「第2暴行」という。)を加えた。
(3) 本件各暴行による被害者の負傷及び死亡
被害者は,本件各暴行によって急性硬膜下出血等の傷害を負い,同月18日午後3時37分ころ,高松市e町f番地所在のg病院において,上記出血に基因する脳圧迫によって死亡した(以下「本件事件」という。)。
(4) 被告少年らの不法行為責任
被告少年らは本件各暴行の当時,いずれも自己の責任を弁識するに足るべき知能を備えていた。そして,被告少年らはいずれも故意に本件各暴行に及んだものであるから,民法709条,同719条により,原告らに生じた後記損害を連帯して(さらに被告両親ら及び被告Lとも連帯して)賠償する責任がある。
(5) 被告両親ら及び被告Lの不法行為責任
ア 被告Lの責任
被告Lは昭和63年に被告Jと婚姻したが,本件事件当時,被告Kと養子縁組をしておらず,法律上の親子関係はなかった。しかし,昭和63年以降,被告Kの実質的な母親として,継続的に同被告と共同生活を営んでおり,原告ら訴訟代理人から指摘されるまで同被告と法律上の親子関係にあると誤信していたのであるから,被告Lは被告Kの監督義務者として,被告Kの生活全般について指導・監督すべき監督義務を負っていた。
よって,被告Lは,被告Kの日常の行動に十分に留意し,人の生命・身体に危害を加えないよう指導・注意すべきであったのに,上記監督義務を懈怠した。
イ 被告両親らの責任原因
(ア) 被告両親らは,それぞれ被告少年らの親権者であり,自らの子の生活全般について指導・監督すべき義務を負っていた。
(イ) 被告両親らのうち,被告I両親は,被告Iが平成10年7月23日に傷害罪で,同年11月27日に窃盗及び道路交通法違反の罪で,平成11年2月19日には香川県迷惑防止条例違反の罪で各々高松家庭裁判所(以下「高松家裁」という。)に送致されたこと及び同被告が本件各暴行の当時,高松家裁で同年2月26日に保護観察に付されていたことを認識していたから,被告Iの生活全般について特に指導・監督すべき重い注意義務を負っていた。
(ウ) また,被告両親らのうち被告Sは,被告Tが平成10年6月15日に窃盗罪で高松家裁に送致され,同年8月10日に保護観察に付されたこと,同日に再度窃盗罪で高松家裁に送致され,同年9月18日には遺失物横領及び無免許運転幇助の罪によって高松家裁に送致されたことを認識していたから,被告Tの生活全般について,特に指導・監督すべき強度の注意義務を負っていた。
(エ) このように,被告両親らは,各々被告少年らの日常の行動に十分に留意し,同人らが人の生命・身体に危害を加えないよう指導・監督すべきであったのに,いずれも上記の指導・監督義務を怠った。
ウ まとめ
これらの指導・監督義務懈怠の結果,被告少年らが被害者に対して本件各暴行に及んだのであり,被告両親ら及び被告Lが上記の監督義務を尽くしていれば本件事件は未然に防止できたはずであり,被告両親ら及び被告Lの監督義務違反と本件事件との間には,相当因果関係がある。
よって,被告両親ら及び被告Lは,民法709条,同719条に基づき,原告らに生じた後記損害を連帯して(さらに被告少年らとも連帯して)賠償する責任がある。
(6) 損害関係
ア 原告ら固有の損害
(ア) 慰謝料
被害者は,原告両親の実子であり,平成13年3月に高校を卒業し,その後は就職する予定であったが,原告両親は,被害者が本件事件によって急死したことによって失意のどん底に突き落とされた。さらに,被告少年らによる本件各暴行は,苦悶の表情で「許してください。」「勘弁してください。」などと懇願し,何度も海に逃げ込んだ被害者を再三にわたって連れ戻し,約2時間もの間,執拗に集団リンチに及んだものであって,その態様は極めて残虐である。さらに,被告両親ら及び被告Lは原告らの自宅に一度しか謝罪に来ず,かつ,謝罪の際の態度も不誠実であって,原告両親の精神的苦痛は慰謝されていない。よって,原告両親の精神的苦痛に対する慰謝料は,各自1000万円が相当である。
また,原告C,原告D,原告Eについても,一緒に生活していた被害者の生命を本件各暴行によって極めて残虐な形で突然失うこととなり,その悲嘆・憤怒は計り知れない。よって,原告C,原告D及び原告Eの精神的苦痛に対する慰謝料は,各自500万円が相当である。
(イ) 治療関係費
原告Aは,被害者の治療に関連する費用として,19万4710円を支出した。
(ウ) 葬儀関係費
原告Aは,被害者の葬儀に関連する費用として,137万627円を支出した。
(エ) 弁護士費用
原告らは,原告ら訴訟代理人に本件訴訟の提起・追行を委任したが,その着手金及び成功報酬のうち,原告Aについて590万円,原告Bについて580万円,原告C,原告D及び原告Eについて各々50万円は,本件事件と相当因果関係がある。
イ 被害者の損害と相続
(ア) 逸失利益
被害者は,死亡当時満16歳の健康な男子であり,本件事件によって死亡しなければ,67歳までの51年間就労することが可能であり,18歳から67歳まで平成9年度賃金センサス第1巻第1表の産業計,企業規模計,男子労働者(学歴計)の年間労働賃金575万800円を取得できたところ,被害者の生活費として上記所得の50パーセントを控除し,新ホフマン式計算により法定利率による中間利息を控除して死亡時の一時払額に換算すると,被害者の逸失利益は次のとおり6648万7874円(円未満切り捨て)である。
(計算式)5,750,800×23.123×(1-0.50)=66,487,874.2
(イ) 慰謝料
被告少年らは,離脱の自由を奪われかつ無抵抗の被害者に対して,長時間にわたって執拗に手拳や竹竿等で殴打したり,足げりするなどの集団暴行に及び,同人の全身に傷害を負わせ,同人を急性硬膜下出血という極めて無惨な形で死亡させたものであり,かかる陰惨な犯罪行為によって若年にして生命を絶たれた被害者の精神的・肉体的な苦痛は計り知れないものであるから,その精神的苦痛に対する慰謝料は3000万円が相当である。
(ウ) 相続
原告両親は被害者の両親であるから,被害者に発生した被告らに対する損害賠償請求権を,法定相続分(各2分の1)に従って相続した。
(7) よって,原告らは,被告ら各自に対し,民法709条及び同719条に基づき,不法行為による損害賠償請求として,原告Aについては6570万9274円,原告Bについては6404万3937円,原告D,原告E及び原告Cについては550万円の各損害金及びそれぞれに対する本件各暴行の日である平成11年4月17日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を連帯して支払うことを求める。
2 請求原因に対する認否
(1) 請求原因(1)ないし(4)はいずれも認める。
(2) 同(5)アは争う。
被告Lが被告Kと法律上の親子関係にないことは認め,その余の事実は否認する。被告Lは,被告Kに対する監護・監督義務を負わない。
(3) 同(5)イ(ア)のうち,被告両親ら各自が,本件各暴行の当時に被告少年らの親権者として,民法820条所定の監護・監督義務を負っていたことは認めるが,その余は争う。本件各暴行は群集心理に基づく特異状況に基因するものであり,被告両親らにとって,被告少年らが本件各暴行のような悪質な犯罪行為を行うことの予見は不可能であった。
同(5)イ(イ)のうち,被告Iの前歴関係は認め,その余は争う。
同(5)イ(ウ)のうち,被告Tの前歴関係は認め,その余は争う。
同(5)イ(エ)は争う。被告両親らは,被告少年らの日常の行動に十分留意していた。また,被告I両親及び被告Sは,それぞれの被監護者に対して非行に及ぶごとに厳しく指導していたから,監護・監督義務の懈怠はなかった。
(4) 同(5)ウは争う。被告両親ら及び被告Lの各監督義務違反と本件事件との間には,相当因果関係は認められない。
(5) 同(6)ア(ア)のうち,原告両親に固有の慰謝料請求権が存在することは認めるが,その具体的な金額については争う。
原告C,原告D,原告Eに固有の慰謝料請求権が存在することは否認する。
同(6)ア(イ)ないし(エ)は知らない。
同(6)イ(ア)(イ)は争い,同イ(ウ)のうち,原告両親が被害者の財産を相続した事実は認める。
3 抗弁(過失相殺)
被告少年らが被害者に対して本件各暴行に及んだ事実が認められるとしても,被害者は被告Oと喧嘩する意思で第1暴行の現場に自ら赴き,実際に被告Oと喧嘩に及び,また,被告Rを竹竿で殴打した事実があり,被害者にも本件事件を自ら招いたものとして相当程度の過失が認められるから,過失相殺がなされるべきである。
4 抗弁(過失相殺)に対する認否
抗弁事実は否認する。
被害者は被告少年らに呼び出され,第1暴行の現場まで連行されたものの,実際には被告Oを殴打しておらず,積極的に攻撃することなく後ずさりしただけである。また,本件各暴行の際に被害者が竹竿を所持した事実はあるが,これは,被害者が全く喧嘩をしようとしないので,被告Iが被害者にわざと竹竿を持たせ,被告Rに反撃するよう命令したに過ぎず,被害者が自発的に所持したものではない。さらに被害者は,竹竿を所持させられた後も,被告Rに対して本気で攻撃しておらず,被告Tが被害者に竹棒を手渡したときもこれを地面に放置して,何ら反撃に使用していない。
以上の事実からもわかるように,本件各暴行の当時,被害者には何ら喧嘩の意思はなかった。
理由
1 請求原因(1)ないし(4)の事実には当事者間に争いがないから,被告少年らは,本件各暴行に基因して被害者及び原告らに発生した損害については,民法709条,同719条に基づき連帯して賠償する損害賠償責任を負うが,本件事件に至る経緯,及び本件各暴行の態様について,上記の争いのない事実及び証拠(甲8ないし16)及び弁論の全趣旨によれば,その後の争点を検討する前提として,以下の各事実を認めることができる。
(1) 本件事件に至る経緯
ア 被害者は,本件事件があった平成11年4月17日当時,高校2年に在学中であった。被告Iとは小・中学校やジュニアリーダーのボランティア活動(ジュニアリーダー)で一緒に活動したことがあり,その後,被告Iから暴行されたり,洋服やバイクの万引きを強制されたことがあったが,平成10年12月以降は同被告と付き合いはなかった。被告Oとも高校で面識があったが,その他の被告少年らとは特に付き合いがなかった。
被告Iは,平成11年4月からh高校(夜間の定時制であった。)に通学を始め,被告Kとは平成11年3月半ばころから,被告Rとは平成11年春ころから,被告Tとは平成11年春ころから,被告Oとは後記イのころから,それぞれ付き合いがあったが,被告Uとは特に付き合いがなかった。なお,被告Iは,本件各暴行より前に,i町にある少林寺道場に通ったことがあり,空手の型を知っていた。
被告Kは,被告Iの先輩格であり,平成11年3月末に就職先を辞めて無職となった後,家出して被告Iの自宅などで外泊生活をしていた。また,被告Oや被告Rとは知人を通じて平成10年8月か9月ころから付き合うようになったが,被告T,被告U(以下「被告T,同U」という。)とは特に付き合いがなかった。
被告Tは平成10年3月にj学園内で中学校を卒業した後,平成11年4月からh高校に通学を始め,被告Iや被告Rと知り合った。上記両被告及び被告U以外の被告少年らとは,平成11年4月17日に至るまで,特に付き合いがなかった。
被告Uは,平成11年3月にj学園内で中学校を卒業した後,しばらくkにある料亭に住み込みで働き,その後に自宅に戻っており,被告T以外の被告少年らとは特に付き合いがなかった。
イ 被告Iは,平成11年3月20日ころに被告Kと居酒屋で食事をした際に,同人の友人で被害者と同じ高校の1年に在籍する被告Oと知り合った。被告Oは,被告Iと被告Kに対し,「(被害者の氏)いう奴,知ってますか。」,「(被害者の氏)から睨まれてるんです。」「あいつ,むかつくんですけど。一遍,喧嘩してみたいんです。」などと申し向けた。これに対し,被告Iと被告Kは,「(被害者を)1回しめないかん。」などと述べた。
ウ 平成11年4月はじめころ,被告Iは被告Kに対し,被告Oと被害者とでタイマン(喧嘩)をさせようと発言し,被告Kもこれに賛成した。
被告I,被告K,被告R及び被告Tは,平成11年4月17日の午前零時30分ころから集まって遊んでいたが,この時に被告Oと被害者の喧嘩が話題となり,被告Kが「やらすんやったら,今日やらしたらえんちゃうん。」と発言した。そして,被告Iが被告Rと被告Tに対して,「タイマン,見に行くか。」と話を持ちかけたところ,被告Rと被告Tはこれに同調し,喧嘩を見に行くと述べた。
被告Iと被告Kは,同日が土曜日であり,被害者や被告Oが通学する高校の授業が昼までに終了するため,同日に同被告と被害者を喧嘩させることに決め,被告Iが被害者に,被告Kが被告Oに対して各々架電して,午前7時30分過ぎころにa町役場(以下「本件役場」という。)に来るよう告げて,両名を呼び出した。なお,上記各架電の際の説明では,被告O,被害者のいずれに対しても,単に話があるから来るようにと告げられただけであった。
エ 被告I,被告K,被告R及び被告Tが本件役場で待っていたところ,午前7時40分過ぎころに被告Oと被害者がそれぞれ到着した。被告I及び被告Kは,被告Oと被害者に対して,喧嘩をするよう個別にあおった上で,同日の午後に2人で喧嘩をするよう指示し,集合時間と集合場所を告げた。被告Iは,被告O及び被害者に対し,「来んかったりしたら,怒るよ。」などと威圧的に述べた。
被告Tは,午前10時過ぎころに一旦帰宅したが,被告I,被告K及び被告Rは本件役場のロビーで寝転がったりして時間をつぶした。この時に被告Iは,被告Kと被告Rに対し,「(被害者の氏)をみんなでボコらんか。」と発言した。その後,被告Tと,同被告から誘われた被告Uが正午ころに本件役場に戻り,ロビーで被告Oと被害者を待った。被告Iは,被告Rに対し,「(被害者の氏)が来たら,ちょっと来いと言うてみい。」などと事前に指示した。
オ 被告Oと被害者は,集合時間より少し遅れて到着した。被告Rは,被害者が集合場所に到着するやいなや,被害者に対して「早よ来い,こら。」などと申し向けて威迫した。その後間もなく,被告少年らと被害者は本件役場を出発し,午後零時55分ころに第1現場に到着した。
(2) 本件各暴行の態様
ア 第1暴行について
(ア) 第1現場に着くとすぐに,被告Iや被告Kが喧嘩を指示したため,被害者は被告Oと向かい合った。被害者は,被告Oに対し,「やめてくれ。」,「同じ学校やけん,やりたない。」「仲良うしようぜ。」などと,喧嘩の意思がないことを告げたが,被告Oは,被害者を複数回にわたって一方的に殴打し,また足で蹴った。このため,被害者は海の方に後ずさりしながら防御し,胸の近くまで入水した。被告Iと被告Kは,被害者に対し,「面白ないけん,ええからやれ。」「見えんけん,上がってこい。」などと述べ,被告Oと被害者に元の位置まで戻るように指示した。
上記指示に基づいて,被告Oと被害者は,元の位置まで戻って再び向かい合った。しかし,被害者が被告Oに「もう終わろう。」と述べ,他の被告少年らにも「こいつとはしたくない。」「許してください。」などと述べたため,被告Oも被害者の言葉に一応納得し,被害者への暴行を中止した。
(イ) 被告Oが暴行を中止して間もなく,被告Rが「(被害者の氏)の相手していいか。」などといって,被害者を一方的に複数回殴打し,足蹴りするなどの暴行を加えた。被告Tも途中から被害者に対する暴行に参加し,被告Oも被害者の太股付近に跳び蹴りをする暴行を加えた。
(ウ) 上記(イ)の途中で通行人が第1現場に近づいたため,被告Iと被告Kは両名で相談した上で,場所を移動することにした。そこで,被告Oが第2現場(同被告は以前から同地が人気が少ない場所であることを知っていた。)に他の被告少年らと被害者を先導して移動することとなり,被告少年らと被害者は午後1時30分ころに第2現場に到着した。第2現場に移動する際に,被害者は被告少年らに囲まれており,逃走できる状況ではなかった。
イ 第2暴行について
(ア) 第2現場に到着した後,被告Rは,被害者の顔面や腹部を一方的に約15分間殴打した。この際に,被害者は被告Rから自分を殴るよう指示されたために,被告Rを殴るまねをした。被告Iは,被告Rの暴行が一方的で,被害者が被告Rに反撃しなかったので,場の雰囲気を盛り上げるために被害者に武器を使用させようと考え,被告Rに指示して被害者に竹棒を持たせた。被害者は手渡された竹棒で被告Rの肩付近を3回ほど叩いたがすぐに折れてしまい,使用できなくなった。さらに,被告Tは被害者に別の竹棒を手渡したが,被害者はこれを足下に置いて,攻撃には使用しなかった。
(イ) 上記(ア)の暴行によって被害者が倒れ,被告Rが「次,誰行くぞ。」というと,被告Uが被告Tに対して,「俺もやりたい。」と申し向け,被害者の顔面に(ボクシングの)アッパーで殴打したり,複数回足蹴りするなどの暴行を加えた。さらに,被告Rと被告Oも加わり,中腰になった被害者に対し,一方的に手拳や竹棒で殴打したり,足蹴り・膝蹴りしたり,踏みつけるなどの集団暴行を加えた。
(ウ) 上記(イ)の集団暴行に耐えられず,被害者は海の中に逃走し,「もう,勘弁してください。」などと泣きそうになりながら海中で懇願したが,被告K,被告I及び被告Tは,被害者に海から上がるよう命令した。そして,上がってきた被害者の背中を,被告Tが1,2回竹棒で殴打し,さらに,被告K,被告I及び被告Tが被害者を複数回手拳や竹棒で殴打したり,跳び蹴り・足蹴りをしたり,踏みつけるなどの集団暴行を加えた。このため,被害者は再度海の中に逃走し,被告少年らに「許してください。」と懇願した。この時,被告Tは竹棒2本を被害者に投げつけ,1本が被害者の背中に命中した。
(エ) さらに,被害者は再び砂浜に連行された上,被告少年らによって砂上に正座させられた。被害者は,「もう,勘弁してください。」「許してください。」と泣きながら懇願したが,被告K,被告I及び被告Tは被害者の顔面や後頭部を複数回蹴り,手拳で複数回殴打したほか,正座に耐えられず体を横に崩した被害者の足を5,6回足蹴りし,背中や腹部を足蹴りし,こめかみ付近を2回踏みつけるなどの集団暴行を加えた。
さらに,被告O,被告R及び被告Uも暴行に加わり,被告少年ら全員で約5分間ほど,被害者に対して集団で暴行を加えた。
(オ) 上記(エ)の集団暴行の後,被告Iは,自分のズボンに被害者の血液が付着したことに因縁を付けて被害者に10万円を要求し,被告Kは12万円を持参するよう要求した。これに対し,被害者が今は金を持っていませんなどと回答したため,被告少年らはさらに被害者に因縁を付け,被告Iは,正座している被害者の顔面に空手の技である「回し蹴り」をした。被告Kが被害者の腹部や脚を複数回足蹴りするなどしたほか,被告少年らは全員で,被害者に対して約10分間,集団暴行を加えた。
(カ) 被害者は,上記(オ)の集団暴行に耐えられず,再び海の中に逃走しようとしたが,被告Tがこれを遮ったため,近くの岩場のくぼみに追い込まれた。そして,体を丸めて身構える被害者に対し,被告I,被告K及び被告Tが,腹部や肩付近を複数回足蹴りし,頭部に「かかと落とし」をするなどしたほか,被告O,被告R及び被告Uも加わって,被害者を竹棒で殴打したり,足蹴りをするなどの集団暴行を加えた。さらに,被告Kは,被害者の頭部にオレンジ色のブイをかぶせ,被告Tはブイの上から,悲鳴を上げる被害者に対し,複数回にわたって棒で殴打するなどの暴行を加えた。
(キ) 被害者は,被告少年らに対し,これまでの集団暴行によって汚れた手と顔を洗わせてほしいと頼んだ。そこで,被告Tは被害者の首をつかみ,被害者を海中に投げ込んだ。被害者は中腰になって海水で顔を洗ったが,脚の痙攣のために自力で海中から上がることができなくなった。このため,被告Oは被害者の頭髪を引っ張って被害者を海の中から引きずり上げ,被害者を再び砂浜に正座させた。被告Kは,正座した被害者の頭部に「かかと落とし」をした。
その後,被害者は再び正座させられ,被告Oは被害者の背中を竹棒で殴打し,被告Iは被害者の頭頂部を踏みつけるように蹴り下ろした。さらに,被告K,被告Tも引き続き被害者に暴行を加え続けた。
さらに,被告Iは,近くの林から探してきた長さ1メートルくらいの太い流木を,砂浜に正座している被害者の頭上で両手で持ち上げ,被害者の背中付近に投げ下ろした。このため,被害者は苦痛に絶叫しつつも両手を前について衝撃に耐え,上半身を起こしたが,被告Iがさらに上記流木を被害者の背中の中心部に投げ下ろしたため,被害者は前のめりに倒れ,そのまま意識を失い,失神した。
2 請求原因(5)(被告両親ら及び被告Lの責任原因)について
(1) 請求原因(5)アについて,被告Lが被告Kと法律上の親子関係にないことは当事者間に争いがないところ,証拠(甲3の3,被告L本人,被告K本人)及び弁論の全趣旨によれば,①被告Lが被告Jと昭和63年に婚姻したこと,②上記①の時点で被告Kが10歳であったこと,③被告Lは,本件訴訟の中で初めて被告Kと法律上の親子関係にないことを知ったこと,④被告Lが,特段前妻の子である被告Kと自らの実子であるVとを区別することなく,実質的にも被告Kの母親として,日常生活を営んでいたことが認められる。
そうだとすれば,被告Lは,被告Kの実親ではないとしても,事実上の監護・監督養育者であったというべきであるから,条理に基づく監督義務者として,被告Kの生活関係の全般について,民法820条の監護・監督義務を負うものと解される。
(2) そこで,被告両親ら及び被告Lに,被告少年らに対する監護・監督義務違反及び当該監護・監督義務違反と本件事件との相当因果関係(同(5)アないしウ)が認められるかについて,以下検討する。
ア 被告I両親について
被告I両親が被告Iの親権者として民法820条所定の監護・監督義務を負っていたこと,及び被告Iが平成10年7月23日に傷害罪で,同年11月27日に窃盗及び道路交通法違反の罪で,平成11年2月19日に香川県迷惑防止条例違反の罪で各々高松家裁に送致され,本件事件当時に保護観察期間中であったことは当事者間に争いがなく,これに加えて証拠(甲9の1,13,被告G本人,被告I本人)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認めることができる。
(ア) 被告Iの生活態度は中学以降悪化し始め,本件事件の直前ころには夜遊びの傾向が顕著であった。被告Iは短気な性格であり,以前に少林寺で武道空手を習った経験から,気に入らないことがあると他人に暴力を振るう傾向があった。被告Gは被告Iの保護者として,同被告が中学校内で起こした暴力事犯などで9回ほど中学校から注意を受け,その都度,同被告にその行為について注意するなどした。しかし,それ以上どのような対処をすべきかが分からないまま,それ以上の対処はしなかった。また,被告Kが,平成11年2月末ころに家出してから本件事件に至るまでの大半を被告Iの自室で生活していたにもかかわらず,被告I両親は,その間,被告Kの存在に気付いていなかった。
(イ) 被告Iは,m町内で生活している障害者の自宅に再三にわたって投石したり,硝子を割り,悪戯電話をかけるなどした(前記ア頭書の香川県迷惑防止条例違反の罪。)。この当時,被告Iは,被告I両親に対し,他人の居宅に投石する事件が流行っているなどと述べたが,詳細な説明はしなかった。そのため,被告I両親は,被告Iが当該事件に関与していることを知らなかった。また,被告Iは,平成10年になって,n高校で同学年の生徒1人に複数人で集団暴行を加える傷害事件(前記ア頭書の傷害罪。複数人が意図的に被害者と誰かを喧嘩させ,その後に被害者に集団暴行を加えた事案である。被害者は脳内出血の傷害を負った。)に関与した。被告I両親は,この傷害事件を単なる喧嘩と受け止めていた。
(ウ) 被告Iの生活態度については,専ら被告Gが心の在り方を指導するなどしており,脳内出血により上下肢が不自由となっていた被告H(身体障害者等級第2級であった。)は,その身体的障害のために被告Iの指導が困難であったこともあって,それほど被告Iの生活態度に言及はしなかった。そのためか,被告I両親の間では,被告Iの非行について話し合う機会は少なかった。なお,被告Gは,被告Iの非行を心の問題と考え,平成10年9月,精神修養をさせるべく同被告を比叡山にある寺院の1つに連れて行き,同寺院の関係者に会って話をするなどしたが,同被告が同寺院での精神修養に関心を示さなかったので,結局,同寺院における同被告の精神修養は実現しなかった。
上記(ア)(イ)の事実関係によれば,被告I両親は,被告Iが短気で粗暴性が強く,少林寺拳法を学んだ経験があることを認識していたほか,被告Gは,被告Iが本件事件発生までに起こした暴行事犯を含む非行などで多数回学校から注意を受けていたと認められ,警察や家庭裁判所などからも前記ア頭書の各犯罪を通じて被告Iを家庭でも十分に指導,監督するよう注意を受けていたものと推認される。これに加えて,被告Iが本件事件の直前ころには頻繁に夜遊びするようになっていたとの事情からすれば,被告I両親としては,本件事件発生の当時,被告Iが本件事件のような他人に危害を及ぼす行為を含む社会行為規範に反する行動に出ることを予見することが可能であったというべきである。それにもかかわらず,被告I両親は,被告Iに対する監護・監督義務を十分に尽くさなかったために同被告が本件各暴行に及んだといえる。したがって,被告I両親には,親権者としての被告Iの監護・監督義務を懈怠して本件事件を惹起せしめたことによる不法行為責任がある。なお,上記(ウ)のとおり,被告Gは,被告Iの心のあり方を正すために精神修養をさせる目的で寺院に同被告を連れて行き,同寺院の関係者に会うという努力をしており,このことは一応評価できるものの,結局,同被告がこれに関心を示さなかったために同被告の精神修養は実現しなかったというのであるから,これだけをもって上記の監護・監督義務を果たしたということはできない。
イ 被告J及び被告Lについて
上記(1)で検討したとおり,被告Lは被告Kの条理上の監督義務者として,被告Kの生活関係の全般について民法820条の監護・監督義務を負う。また,被告Jが被告Kの親権者として民法820条の監護・監督義務を負っていたことについては当事者間に争いがなく,これに加えて証拠(甲14,被告J本人,被告K本人)及び弁論の全趣旨によれば,以下の各事実が認められる。
(ア) 被告Kは,平成10年3月に高校を卒業した後,一旦は就職したが,その後は転職を重ね,本件事件の発生当時は無職であった。同被告が就職に消極的であったため,被告Jは,何度か被告Kを職業安定所に連れて行くなどした。
(イ) 被告Kは,被告J,被告Lの外に,実兄,義妹と5人で共同生活をしており,被告Jと被告Lは共働きであった。被告Kの生活態度は専ら被告Lが指導・監督し,被告Jは被告Kとほとんど話をしていなかった。被告Kは,平成11年2月ころには自室にこもって家族の誰ともほとんど会話を交わさない孤立した状況となり,同年3月ころには被告Lと口論して家出し,本件事件が発生するまでの間,被告Iの自宅や友人宅を連泊して生活していた。
被告Kが家出してから本件事件が発生するまでの間,被告J及び被告Lは,被告Kがどこでどのように生活しているかを認識していなかった。
(ウ) 被告Kに補導歴はなかったものの,同被告は,夜間徘徊や飲酒などの非行を重ね,生活態度は不良であった。
また,被告J及び被告Lは,被告Kが高校2年のころに起こした暴行事件(被告Kを含む4人が,ジャスコの裏で生徒1人に対して暴行に及んだ事案である。被告Kは,電話で当該生徒を犯行現場まで呼び出す役割であった。)で学校から呼び出されて指導を受けたことがあった。このとき,被告J及び被告Lは被告Kと一緒に相手方の自宅に赴いて謝罪したものの,被告Kの具体的な非行内容や暴行に至る経緯,事件関係者などについては十分に確認はしなかった。
上記(ア)ないし(ウ)のとおり,被告J及び被告Lは,被告Kが本件事件が発生する数か月前の時点で無為徒食の状態にあったことを認識しており,また被告Kが以前に起こした暴行事件を通じて,同被告を家庭でも十分に指導,監督するよう学校から注意を受けていたし,本件事件の直前である平成11年3月ころには,被告Kが家出して被告Iと行動を共にし,ほとんど連絡が取れない状況であったとの事情からすれば,被告J及び被告Lとしては,本件各暴行当時,被告Kが本件事件のような他人に危害を及ぼす行為を含む社会行為規範に反する行動に出ることを予見することが可能であったというべきである。それにもかかわらず,被告J及び被告Lが被告Kに対する監護・監督義務を十分に尽くさなかったために,同被告が本件各暴行に及んだものといえる。したがって,被告J及び被告Lには,親権者または条理上の監督義務者としての被告Kの監護・監督義務を懈怠して本件事件を惹起せしめたことによる不法行為責任がある。
ウ 被告O両親について
被告O両親が被告Oの親権者として民法820条所定の監護・監督義務を負っていたことについては当事者間に争いがなく,これに加えて証拠(甲15,被告N本人,被告O本人)及び弁論の全趣旨によれば,以下の各事実が認められる。
(ア) 被告Oは,被告O両親及び実姉と共同生活をしており,被告Mは職場などの付き合いのため帰宅が午後11時ころと深夜になることが多かった。被告Oは,中学3年生のころから生活が乱れ,飲酒,喫煙や夜遊びをするようになり,専ら被告Nが被告Oの生活態度を指導・監督していた。被告Mの方は,被告Oとの会話が少なく,それほど同被告を指導・監督することはなかった。被告Oは,被告Mと一緒にジョッキでビールを飲んだことがあり,被告Nもそれを知っていたが,特に注意はしなかった。被告O両親は,被告Oに門限を一応取り決めていた。被告O両親が比較的早く就寝していたので,被告Oは,被告O両親が就寝した後の夜間に外出することが多かった。
(イ) 被告Oは,短気な性格で,何度か他人と喧嘩をしたことがあり,喧嘩で鼻血を出したり,口を切って怪我をしたこともあった。また,喧嘩の際に,凶器として金属製ナックルを使用したこともあり,自室の机上に金属製ナックルを置いていたこともあった。しかし,被告O両親は,被告Oが喧嘩をしていることや金属製ナックルを所持していることを知らなかった。
被告Oに補導歴はなく,被告O両親は喫煙以外に被告Oの非行で学校から連絡を受けたことはなかった。しかし,実際には,被告Rと深夜に学校に侵入して木刀を盗んだり,商品を万引したこともあった。被告Rが被告Oの自宅に遊びに来ることもあり,被告Nは,被告Rのことを本件事件より前から知っていた。
上記(ア)(イ)によれば,被告Oは,短気で粗暴性が強いし,飲酒や喫煙,夜遊びなどの非行に及んでおり,また喧嘩の際に使用する凶器の金属製ナックルを自室の机の上に放置していたのであり,被告O両親が被告Oの挙動等に留意していたならば上記の諸事情を認識し得る状況であったということができる。そして,これらの諸事情からすると,本件事件発生の当時,被告O両親としては,被告Oが本件事件のような他人に危害を及ぼす行為を含む社会行為規範に反する行動に出ることを予見することが可能であったというべきである。それにもかかわらず,被告O両親は,被告Oに対する監護・監督義務を十分に尽くさなかったために同被告が本件各暴行に及んだということができる。したがって,被告O両親には,親権者としての被告Oの監護・監督義務を懈怠して本件事件を惹起せしめたことによる不法行為責任がある。
エ 被告R両親について
被告R両親が被告Rの親権者として民法820条所定の監護・監督義務を負っていたことについては当事者間に争いがなく,これに加えて証拠(甲16,被告Q本人,被告R本人)及び弁論の全趣旨によれば,以下の各事実が認められる。
(ア) 被告Rは,被告R両親のほか,実兄,実姉及び双子の妹と共同生活をしていたが,被告R両親は,本件事件が発生した当時共働きであり,被告Pは概ね夕方5時半ころに,被告Qは(勤務体系は不規則であったが)平均すると夕方6時ころには帰宅していた。本件事件が発生するまでに,被告Qが被告Rの生活態度について注意することはあったが,被告Pが被告Rの生活態度などを注意・指導することはほとんどなく,被告Rと会話をする機会も少なかった。また,被告R両親は,被告Oを被告Rの友人として本件事件より前から知っていた。
(イ) 被告Rは,短気な性格で,補導歴はなかったものの,実際には飲酒や夜遊びの傾向があり,被告Oと一緒に深夜に学校に侵入し,校内の窓硝子を割ったり,万引やバイク盗,バイクの無免許運転をしたこともあった。中学校でも遅刻や欠席が多く,非行性の強い少年(いわゆる「ワル」)と認識されており,学校も当初は自宅に連絡することがあったが,被告Rが中学3年生になったころには,被告R両親に対する連絡はされなくなった。そのため,被告R両親は,被告Rが中学1年生の時に11人くらいの同級生と一緒に喫煙や飲酒をしたことを理由に1度学校から指導を受けたが,被告Rのその他の非行は知らなかった。また,平成10年の夏ころからは外泊が多くなり,本件事件が発生するまでの間,1月の半分くらいは友人宅などで外泊していた。この時,被告R両親は,被告Rがどこに外泊しているかも知らなかった。
上記(ア)(イ)のとおり,被告Rは短気で粗暴性が強かったし,中学校から被告R両親に被告Rの飲酒や喫煙が指摘され,被告R両親が被告Rと日常生活を共にしており,被告Rの飲酒や喫煙,夜遊びやバイク盗などの非行性を認識し得る状況にあったことと,被告Rが被告Oと交友関係にあったことや,平成10年の夏ころから被告Rが頻繁に外泊していることを知っていたことからすれば,被告R両親としては,被告Rの非行性を認識することが可能であり,これらの諸事情からすると,本件事件発生の当時,被告R両親としては,被告Rが本件事件のような他人に危害を及ぼす行為を含む社会行為規範に反する行動に出ることを予見することが可能であったというべきである。それにもかかわらず,被告R両親が被告Rに対する監護・監督義務を十分に尽くさなかったために,同被告が本件各暴行に及んだといえる。したがって,被告R両親には,親権者としての被告Rの監護・監督義務を懈怠して本件事件を惹起せしめたことによる不法行為責任がある。
オ 被告Sについて
被告Sが被告T,同Uの親権者として民法820条所定の監護・監督義務を負っていたこと,及び被告Tが平成10年6月15日に窃盗罪で高松家裁に送致され,同年8月10日に保護観察に付されたこと,同日に再度窃盗罪で高松家裁に送致され,同年9月18日には遺失物横領及び無免許運転幇助の罪により,高松家裁に送致されたことについては当事者間に争いがなく,これに加えて証拠(甲3の5,17,18,被告S本人,被告T本人,被告U本人)及び弁論の全趣旨によれば,以下の各事実が認められる。
(ア) 被告T,同Uの実父であるWは生前に入退院を繰り返したが,平成2年ころに死亡した(当時,被告Tが小学校2年生,被告Uが小学校1年生ころであった。)。被告T,同Uは,Wの生前から養護施設に1年間預けられ(被告Tがj学園,被告Uがo学園に入所。),その後一旦は帰宅したものの,Wが入院した後は児童相談所の相談員の指導によって再びj学園に2人とも預けられ,それぞれ中学校を卒業するまでj学園で生活していた。
被告Tはj学園内で中学校を平成10年3月に卒業した後,実家に戻り1年間遊び暮らしたが,平成11年4月にh高校に入学した後は,毎日午後10時30分ころに帰宅した。被告Uはj学園内で中学校を平成11年3月に卒業した後,自宅に戻らずにkの料亭に住み込んで働いたりしたが,平成11年4月15日ころにようやく実家で生活するようになった。
(イ) 被告Sは,平成4,5年ころからYと内縁関係となり,同棲生活を送っていた。このため,被告T,同Uがj
学園から帰宅したときには,被告S及びYと同居せざるを得なかった。被告Sが自宅を掃除することはほとんどなく,飲酒酩酊すると食事や洗濯などの家事もしなかった。Yも被告Sと一緒に自宅で飲酒することが多かった。
被告Tは従前からYを嫌悪し,被告Sともほとんど会話をしなかった。被告UもYを強く嫌悪し,被告Sから生活一般について注意を受けても,ほとんど相手にしなかった。被告Sは,被告T,同UがYを嫌悪していることに気付いていなかった。
(ウ) 被告T,同Uの部屋は自宅の2階にあり,被告S,Yは自宅1階で生活していたが,被告Sが2階に上がることはほとんどなかった。被告T,同Uはいずれも喫煙しており,また,深夜に外出する際には家屋の隣にある電信柱を伝って2階から直接外に出ていた。本件事件が発生するまで,被告Sは,被告T,同Uが電信柱を伝って夜間外出していることを知らなかった。
(エ) 被告Tは上記オ頭書の犯罪事実によって本件事件が発生した保護観察期間中であったが,被告Sは被告Tが起こした非行の具体的な内容をほとんど認識していなかった。また,被告Tには上記オ頭書の非行の外に少なくとも3,4回は万引の経験があった。被告Uには補導歴はなかったが,j学園に通園したころにはスーパーマーケットで10回ほど商品を万引したことがあり,5,6回は発見され,指導を受けたことがあった。
上記(ア)ないし(エ)によれば,被告Sは被告Tが窃盗や遺失物横領などの非行に及んでいたことを認識しており,また,警察や家庭裁判所からも被告Tを家庭内で十分に指導監督するよう指導されていたものと推認され,平成11年4月以降は被告Sが被告Tと日常生活を共にしていたことからすると,被告Sは,被告Tの夜遊びや喫煙,万引などの非行性を認識しまたは認識し得る状況であった。そうすると,本件事件が発生した当時,被告Sとしては,被告Tが本件事件のような他人に危害を及ぼす行為を含む社会行為規範に反する行動に出ることを予見することが可能であったというべきである。それにもかかわらず,被告Sが被告Rに対する監護・監督義務を十分に尽くさなかったために,同被告が本件各暴行に及んだといえる。したがって,被告Sには,親権者としての被告Tの監護・監督義務を懈怠して本件事件を惹起せしめたことによる不法行為責任がある。
なお,被告Uがj学園内で中学校を卒業して実家に戻ったのは平成11年4月15日ころであり,本件事件が発生した平成11年4月17日に極めて直近であって,被告Sが被告Uの生活態度についてほとんど把握していなかったことに加えて,被告Uには本件事件が発生するまでの間に補導歴もなく,同人の非行について被告Sに注意や指導がされることもなく,被告Sが被告Uの非行性を十分に認識する基礎がなかったと認められることからすれば,被告Uが他人に対して社会通念上許容されないような危害を加えうることを被告Sが予見しまたは予見し得たとまではいえない。
3 請求原因(6)(損害関係)について
(1) 原告らに固有の損害について
(ア) 原告両親の慰謝料
前に認定した本件各暴行の態様及び証拠(甲21ないし25,原告A本人,原告B本人)及び弁論の全趣旨によれば,本件は,被告少年らが被害者を電話で呼びつけた上,「許してください。」「勘弁してください。」などと懇願し,苦痛に耐えきれず何度も逃走を図る被害者を連れ戻し,一方的に2時間近く集団で暴行を加えて死亡させた極めて残酷なものであって,被害者には何ら落ち度もなく,本件事件による原告両親の受けた精神的苦痛が甚大であることが認められる。これに加え,本件事件後に被告らに謝罪の姿勢が乏しいほか,被害弁償もなされていないこと,他方において,本件請求のうちには被害者固有の慰謝料が主張されていて,後記のとおり,その相当額が認容されていること等諸般の事情を考慮すれば,本件事件によって蒙った原告両親の精神的苦痛に対する慰謝料は,各自につき,200万円と認めるのが相当である。
(イ) 原告C,原告D及び原告Eの慰謝料
原告Dが被害者の実姉,原告Eが被害者の実兄,原告Cが被害者の実祖母であることは当事者に争いがないところ,民法711条によれば,不法行為により生命侵害がなされた場合,被害者の父母,配偶者及び子は,加害者に対し,自己に固有に発生した慰謝料を請求できるものとされるが,同条で規定される者でなくとも,被害者との間に同条所定の者と実質的に同視できる身分関係があり,被害者の死亡によって甚大な精神的苦痛を受けた者には,同条の類推適用により,加害者に対して直接の損害賠償を請求することができると解される。
これを上記の原告らについてみるに,上記(ア)で検討した事実に加え,証拠(甲4,21ないし25,原告A本人,原告B本人)及び弁論の全趣旨によれば,本件事件後にg病院に運ばれた被害者の凄絶な被害状況(全身に著明な皮下出血があり,顔面が大きく膨張し,歯は歪んで顎が外れかけ,脚に添え木されていた。)を見て絶句したほか,被害者の死亡が確認されたことを知った原告Cはショックのために体調を崩して点滴を余儀なくされ,原告Dは号泣し,原告Eも壁に手拳を打ち付けて号泣したこと,原告Dが,被告Iからの電話を被害者に取り次いだことを現在も悔いていることが認められることからすれば,原告C,原告D及び原告Eは,本件事件によって甚大な精神的苦痛を受けたといえ,民法711条の類推適用により,各自が自己に発生した精神的損害に対する慰謝料を請求することができるというべきである。
そして,原告C,原告D及び原告Eが本件事件によって蒙った精神的損害に対する慰謝料の額は,上記認定の事情や本件請求のうちには被害者固有の慰謝料が主張されていて,後記のとおり,その相当額が認容されていること等諸般の事情を考慮すれば,各自につき100万円と認めるのが相当である。
(ウ) 本件事件に関連する雑費用
証拠(甲11の1,11の2,12の1ないし12の16)によれば,本件事件により,原告Aは被害者の治療関係費として19万4710円を,葬儀関係費として137万627円を支出し,同人に同額の損害が生じたことが認められる。
(エ) 弁護士費用
弁論の全趣旨によれば,原告らが原告ら訴訟代理人に本件訴訟の提起や訴訟遂行を委任したことは,当裁判所に顕著であるところ,本件における審理の経過,事案の性質,後記の相続にかかる損害を含めた認容額などの諸般の事情を総合すると,弁護士費用は原告両親につき各300万円,原告C,原告D及び原告Eの各自につき10万円が相当である。
(2) 被害者固有の損害と相続について
原告両親が,被害者の両親でありかつ法定相続人であって,法定相続分に従って被害者に発生した損害賠償請求権を各々2分の1ずつ包括承継することは,当事者間に争いがない。
(ア) 逸失利益
前に認定したとおり被害者は本件事件当時に満16歳であり,今後18歳から67歳までの50年間は就労が可能であったから,被害者の逸失利益を算定する基礎となる収入は,平成9年度賃金センサス第1巻第1表の産業計・企業規模計・男子労働者(学歴計)の年平均賃金によるのが相当であり,前記平成9年度の賃金センサスによる年収575万800円を基準に逸失利益を算定すべきである。
そして,被害者の生活費として50パーセントを,中間利息をライプニッツ方式によってそれぞれ控除すると(ライプニッツ係数は16.3925。)被害者の逸失利益は次のとおり4713万4994円(円未満切捨)となる。
(計算式)5,750,800×(1-0.5)×16.3925=47,134,994.5
(イ) 慰謝料
上記(1)アで検討したように,本件各暴行は被告少年らが何ら落ち度のない被害者に対して一方的に集団暴行を加えて死亡させたものであって,被害者の精神的及び肉体的な苦痛が甚大なものであったことは容易に推測されるところ,本件では被害者の死亡に伴って被害者の近親者である原告らによる慰謝料請求がなされており,これらは一部認容すべきであるから,被害者の本件事件による精神的・肉体的苦痛に対する慰謝料は,2600万円と認めるのが相当である。
(ウ) まとめ
原告両親は,被害者に固有に発生した上記(ア)(イ)の合計総額である7313万4994円を,各自2分の1ずつ相続した。
4 抗弁(過失相殺)について
被告らは,被害者の落度として,被害者が被告Oと喧嘩する意思で自ら第1暴行の現場に赴いたこと,被告Oと喧嘩をしたこと,被告Rを竹竿で殴打したことなどを主張するが,当裁判所が理由1(1)(2)の中で認定したように,被害者が本件各暴行の現場に赴いたのは,被告I,被告Kをはじめとする被告少年らが,被害者を威迫した結果によるものであるし,被告Oや被告Rに対する攻撃も形だけのものであり,それさえも,被告少年らに指示・命令され,言われるがままに行動しただけであって,被害者が本件事件を自招したとは到底言えず,本件各暴行の実態は被告少年らによる一方的な集団リンチというべきであるから,被告らの主張に理由がないことは明らかである。
5 まとめ
以上によれば,原告Aの請求は,被告らに対し,4313万2834円の損害金及びこれに対する平成11年4月17日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を連帯して支払うことを求める限度で,原告Bの請求は,被告らに対し,4156万7497円の損害金及びこれに対する平成11年4月17日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を連帯して支払うことを求める限度で,原告C,原告D及び原告Eの請求は,被告らに対し,それぞれ110万円の損害金及びこれに対する平成11年4月17日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を連帯して支払うことを求める限度でいずれも理由があるからこれらを認容し,その余の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条,64条及び65条を,仮執行の宣言につき同法259条をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 窪田正彦 裁判官 真鍋美穂子 裁判官 空閑直樹)