高松地方裁判所 平成12年(ワ)214号 判決 2001年9月25日
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第1当事者の求める裁判
1 請求の趣旨
(1) 丸亀市農業協同組合が平成12年2月15日付けでした,原告に対する懲戒解雇処分が無効であることを確認する。
(2) 原告が被告に対し,従業員としての雇用契約上の権利を有することを確認する。
(3) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第2当事者の主張
1 請求原因
(1) 原告は,昭和49年4月1日,丸亀市農業協同組合(以下「丸亀農協」という。)との間で雇用契約を締結し,同日から丸亀農協の職員として就業した。
(2) 被告は,平成12年4月3日,香川県下の43農業協同組合が合併して設立された農業協同組合である。そして被告は,43農業協同組合の合併に当たり,これらの合併組合に帰属する資産及び負債,その他事業に関する一切の権利義務を承継した。
(3) 丸亀農協は,平成12年2月15日,原告を同日付けで懲戒解雇処分とし(以下「本件解雇」という。),その後,丸亀農協から使用者としての地位を承継した被告は,原告と被告の間の雇用契約の存在を否認し,これを争っている。
(4) よって,原告は,合併組合である丸亀農協との雇用契約に基づき,被告に対し,請求の趣旨記載の裁判を求める。
2 請求原因に対する認否
請求原因(1)ないし(3)の各事実はすべて認める。
3 被告の主張
(1) 懲戒解雇の要件があること
ア 原告による違法行為
(ア) 原告は,もと丸亀市農業協同組合職員労働組合(以下「丸亀労組」という。)の労働組合員であった。平成2,3年ころから,丸亀労組は丸亀農協に対して,在籍専従協定を締結するよう執拗に要求するようになった。原告は丸亀労組執行部(以下「執行部」という。)の役員として,丸亀労組の中心となって,丸亀農協との間で在籍専従の交渉に当たっていた。
(イ) 丸亀農協においては,在籍専従協定の締結は,丸亀農協の機関である理事会(以下「理事会」という。)の必要的決議事項であり,事前に理事会決議で承認されていなければ締結できないものとされていた。
そして,実際には理事会決議で明確に否決されているにもかかわらず,原告は,当時の丸亀農協の組合長,専務理事,常務理事(以下,これらを併せて「執行役員」という。),またはその他の丸亀農協の幹部職員(参事,総務部長,企画部長を含む。以下「幹部職員」ともいう。)に働きかけて,平成6年4月1日,専従協定(いわゆる「ヤミ専従」)を私的に認める旨の念書を交付させたほか,「理事会が承認するまでは互いに公表しない。」との合意を締結させた。
(ウ) 原告は,平成5年3月29日に,時間内労働組合活動の合意があったとして,平成5年4月1日以降,事実上の労組専従を行っていたが,さらに,上記ヤミ専従に基づき,平成6年4月1日以降も,労働組合活動に専従し,丸亀農協の通常業務に従事しなかった。そして,平成5年4月1日から平成11年1月31日までの間(以下「本件専従期間」という。),丸亀農協から継続的に給与,社会保険料等を支払わせた上で,これを不当に利得し,丸亀農協に対し,3500万円以上の損害を生じさせた。
イ 懲戒事由
原告によってなされた以上の各行為は,丸亀農協就業規則(以下「本件就業規則」という。)第70条(13)項(刑事上の処分を受け,もしくはこれに類する不法行為があったとき),同条(14)項(故意または重大な過失により組合の名誉・信用をき損したとき),同条(16)項(所属上長の許可なく職場を離脱したとき,または正当な理由なく就業(超過勤務を含む。)を拒んだとき)に該当する。
ウ 懲戒解雇の意思表示
丸亀農協は,原告に対し,平成12年2月15日付け書面をもって,原告を懲戒解雇する旨の意思表示をした。
エ 代表権限がないことについての悪意等について
(ア) 丸亀農協では,労使間での在籍専従協定の締結には,理事会の承認決議が必要であったが,原告の主張する専従協定締結に当たり,丸亀労組委員長であったAら執行部役員(原告は副委員長)は,先に開かれた平成5年3月及び同年7月の理事会決議で,在籍専従協定の締結が明確に否決されており,丸亀農協組合長であったBには有効な専従協定を締結する権限がないことを知っていた。
(イ) また,原告が主張する平成5年3月29日になした時間内労働組合活動の合意は,時間内労働組合活動の呼称が使用されているが,内容が無限定かつ包括的であり,その実質は,在籍専従協定とほぼ同内容であった。よって,原告が主張する時間内労働組合活動の合意に効果が認められるためには,少なくとも,理事会決議が必要であったが,前記合意に当たっては,何ら理事会の承認はなされていなかった。そして,前記合意に当たり,原告ら執行部役員は,この合意の相手方であったB及び丸亀農協参事Cには,丸亀労組に対して包括的な時間内労働組合活動を認める権限がないことを知っていた。
(ウ) 以上から,原告が主張する専従協定及び時間内労働組合活動の合意は,丸亀農協には効果が帰属しない。
(2) 解雇権の濫用との主張について
ア 原告の勤務状況
原告が,平成5年4月1日以降,丸亀農協の業務を行っていたことは否認する。
イ 給与の返還について
(ア) 丸亀農協が平成12年1月25日,丸亀労組委員長であったDに対し,原告が受領した給与の返還要請をしたことを否認する。
(イ) 丸亀農協は,平成12年1月27日,D及びE(当時は丸亀労組の執行部役員であった。)から,下部機関である丸亀労組執行委員会(約12名。以下「執行委員会」という。)の結論として,原告が本件専従期間に受給した給与を全額返還するとの申入れを受けた。この際,丸亀農協は,Dらから,労組組合員の同意を得るために,日付を遡及した書面で丸亀農協からの給与返還請求文書を交付してほしいと要求され,同月25日付けの給与返還請求文書を交付した。
しかし,同年2月10日,執行部は,理由なく上記の給与返還申出を全面撤回すると通告した。その後,原告及び丸亀労組から,原告が受領した給与相当額の金員について,返還がなされた事実はない。
(3) 不当労働行為との主張について
丸亀農協は,丸亀労組の労働組合員の総意に基づく労働組合活動に対して,何ら制約をしていない。本件解雇は原告個人の問題であり,労働組合における組合の結成やその活動とは何ら関係がない。
4 原告の主張
(1) 懲戒解雇の要件がないことについて
ア 原告が丸亀労組の組合員であり,丸亀農協から懲戒解雇の意思表示を受けたこと,及び,被告の主張するとおりの就業規則の規定があることは認めるが,以下のように,原告には在籍専従または時間内労働組合活動が認められていたのであるから,原告に懲戒解雇事由があることを否認する。
イ(ア) 丸亀農協との間での専従協定の締結丸亀労組は,昭和51年以降,丸亀農協に対し,在籍専従を認める旨の協定(雇用関係を維持しながら,雇用主との労働契約上の債務である労務の提供を行わず,労働組合活動に専従する旨の協定。)の締結を継続的に要求した。
そして,平成6年4月1日,丸亀農協組合長であったBと丸亀労組委員長であったAとの間で,在籍専従協定(以下「本件専従協定」という。)が締結された。以下の規定は,本件専従協定の一部である。
第1条 農協は,丸亀労組専従者が丸亀労組用務に専従することを認める。
第2条 専従者の丸亀労組専従期間は,平成6年4月1日から,丸亀労組に専従を解任されるまでとする。
第4条 専従者の専従期間中の取扱は,次の通りとする。
① 籍は,農協にあるものとする。
② 身分は休職扱いとし,休職期間は勤続年数に参入する。
③ 専従期間中は,農協から一切の給与等を支給しないが,専従者にかかる法定福利費(健康保険料・農林年金・雇用保険)は,農協が負担する。
④ 厚生費については,農協が負担する。
⑤ 法定福利費のうち,労働災害補償保険料については,農協より分離し,丸亀労組において加入するものとする。
⑥ 退職給与引当金は,農協が負担する。
第5条 専従者は,1名とする。
第6条 専従者の役割については,労使間の諸問題の早期解決を図り,苦情処理業務の簡略化及び情報伝達の迅速化・正確性の向上化を進めることなど,問題点の密接化を樹立することとする。
(イ) 時間内労働組合活動についての合意
a 平成5年春闘第2回団体交渉の際の合意
平成5年ころ,労使間では在籍専従協定の締結が問題とされていたが,平成5年3月29日,執行部は,春闘の第2回団体交渉終了後に,同年4月以降,丸亀労組の方で選任した在籍専従者に対して賃金を支払う予定であると使用者側に告げた。これに対し,丸亀農協参事であったCは,執行部に対し,給与の受領継続を要請するとともに,在籍専従協定が理事会で承認されるまで,時間内労働組合活動として,労組専従を事実上認めると口頭で約束した(以下「本件時間内合意」という。)。
b 本件専従協定の際の合意
平成6年4月1日,丸亀労組は本件専従協定に基づき,丸亀農協からの給与の受取を拒否した。これに対し,Bは,給与の受領継続を要請するとともに,在籍専従協定が理事会で承認されるまで,時間内労働組合活動として,原告の労組専従を事実上認めると口頭で約束し,本件時間内合意を確認した。
(ウ) 丸亀労組による給与返還の申出
丸亀農協は,平成12年1月25日,丸亀労組委員長であったDに対し,本件専従期間中に原告が受領した給与を返還するよう要請した。そこで,丸亀労組は,平成12年1月28日,原告が本件専従期間に主体的に労働組合活動をしていたことを前提として,原告が受領した給与相当額の金員を返還する旨回答した。
(エ) 原告の勤務状況
原告が平成5年4月1日以降,活動の中心が労働組合活動であったことを認めるが,他にも伝票整理や肥料配達などの一般業務を行っており,全く通常業務を行っていなかったわけではない。
ウ(ア) 在籍専従協定の締結が理事会の決議事項とされていたこと,在籍専従協定の締結について,理事会の議事で否決されていたこと,平成6年4月1日にBとAの間で在籍専従協定を締結するとの合意がなされたこと,同日に前記両名の間で「理事会が承認するまでは互いに公表しない。」との合意があったことを認めるが,執行委員や幹部職員に働きかけたことを否認する。本件専従協定は,Bの任意の意思に基づいて締結したものであった。
(イ) また,Aが,平成5年3月及び同年7月の理事会決議で専従協定の締結が否決されていたことを知っていたことを認めるが,Bに何ら在籍専従協定を締結する権限がなかったとする点は否認する。Bは,丸亀農協の代表権限を有していたから,本件専従協定の効果は丸亀農協に帰属する。また,Bに在籍専従協定を締結する権限がなかったとする点も否認する。本件専従協定が締結された当時,労使間では,労働協定の締結は,理事会の承認がなくとも,有効に成立するとの黙示的な慣行があったから,Aは,本件専従協定が有効であると認識していた。
(2) 解雇権の濫用
前記(1)イの各事実のとおり,原告は,丸亀農協によって,平成5年4月1日以降は丸亀労組に専従することが認められていた。ゆえに,原告が本件専従期間に給与を受領した事実は,何ら,本件就業規則に違反しない。よって,原告に本件就業規則第70条各号違反の事実はない。また,労組に専従していたときに原告が受領した給与について,丸亀労組は返還を申し出ているにもかかわらず,丸亀農協はこれを受領しなかった。したがって,本件解雇は,解雇権の濫用であり無効である。
(3) 不当労働行為
香川県下の農協合併に当たり,丸亀農協がこれに加入する前提として,丸亀労組の行動力の強さが問題とされていたところ,原告は,丸亀労組の役員を歴任し,本件解雇がなされた時点では書記次長として在職中であり,丸亀労組の中心的な存在であった。また,香川県農林漁業団体職員労働組合連合書記長,全国農林漁業団体職員労働組合連合副委員長も兼任していた。このため,丸亀農協は,合併の前に,原告を解雇する必要があった。
したがって,本件解雇は,丸亀労組が合併した後の労働組合の弱体化を目的とした不当労働行為であり,無効である。
理由
1 請求原因事実については当事者間に争いがない。
2 次に,被告の本件解雇が有効かどうかについて検討する。
(1) 当事者間に争いがない事実,及び証拠(甲1ないし6,11,12,17ないし27,45ないし50,乙1ないし5,6の1,6の2,7,12,13の1,13の2,14の1ないし4,16,17の1,17の2,24,27ないし29,30の1,30の2,33,41の1ないし46,証人A,証人C,原告本人)及び弁論の全趣旨によって認められる事実によれば,以下のとおりである。
ア 丸亀農協及び丸亀労組の役員など
(ア) 丸亀農協は,丸亀市一円を地区とする農協であり,定款上,主たる事務所の他に16カ所の従たる事務所を有し,役員となる理事は30人(その過半数は正組合員であることを要する。)とされ,理事のうち一人は常勤でなければならず,理事のうち一人を組合長として理事会の議決により選任し,専務理事及び常務理事は,必要に応じて理事会の議決により,理事の中から選任されると定められていた。そしてまた,定款においては,組合長は,組合の業務を統括し,専務理事は組合長を補佐し,組合長に事故のあるときはその職務を代理し,常務理事は組合長及び専務理事を補佐し,組合長及び専務理事に事故のあるときは,その職務を代理すると定められていた。
(イ) 丸亀農協においては,丸亀労組(構成員約110名)が結成されており,その中心機関は,執行部(委員長,副委員長,書記長,書記次長の四役)であり,その下部機関として執行委員会を置いていた。
(ウ) 丸亀農協と丸亀労組の団体交渉は,丸亀労組から四役と執行委員が,丸亀農協からは執行役員である組合長,専務理事,常務理事と,参事,総務部長,企画部長ら幹部職員が出席し,両者の事務折衝には,丸亀労組からは委員長を除いた三役が,丸亀農協からは組合長を除いた執行役員と幹部職員が,それぞれ出席するのが通常であった。
(エ) 団体交渉事項としては,春闘での賃金交渉,夏季手当交渉,冬季年末手当交渉,年度末手当交渉が中心であった。
しかし,昭和51年ころからは,在籍専従協定を巡っての労使交渉が頻繁になされるようになっていた。
イ 平成5年4月1日までの労使間での団体交渉の経緯
(ア) 丸亀労組は,昭和51年ころから,丸亀農協に対し,在籍専従協定の締結を要望するようになり,以後,専従協定の締結が労使間の問題として継続的に取り上げられるようになった。丸亀農協においては,在籍専従協定の締結は理事会で承認されるべき決議事項とされていた。
丸亀農協は,丸亀労組との間で,昭和50年5月28日と同53年9月1日,時間内労働組合活動に関する労働協約を締結した。同労働協約においては,勤務時間内であっても,正当な労働組合活動は,必要に応じて認められるとされ,他方で,農協業務に支障がある場合には認められないことがあり,人員の制限及び交替がなされる場合もあるとされていた。そして,時間内労働組合活動を行う際には,個別的な活動について,事前に丸亀農協に申し出て了解を得るものとされていた。実際の運用は,労連やメーデーに参加する際に,個別的に認められるにとどまっていた。
昭和63年ころ,年末手当の交渉が紛糾し,丸亀労組による大規模なストライキが実施された(いわゆる「百日闘争」)。このため,丸亀農協の業務が大きな影響を受け,長期間にわたって紛糾したが,最終的には当時の丸亀市長によって裁定され,漸く終結に至った。
その後の労使交渉の中でも,スト権の行使が明示または暗示されることが常態化していた。そして,このような交渉を通じ,丸亀農協においては,香川県下の他の農協に比して,労働協約の内容が,労組に有利な内容となっていた。
(イ) 原告は,平成元年9月,丸亀労組の書記長に選任された。そして,同月22日の労使協議会で執行部が在籍専従協定の締結を要請した際,丸亀農協の幹部職員から,前向きに検討するとの示唆があった。
(ウ) 平成2年9月以降,原告は,丸亀労組の副委員長として再任された。平成4年4月22日の春闘での団体交渉の中で,丸亀農協参事であったCは,執行部に対し,在籍専従協定を締結する旨を覚書で残すことに同意した。
そしてCは,同月23日,上記の同意に基づき,丸亀労組書記長であったEとの間で,平成5年度に在籍専従協定を締結するとする覚書に調印した。同覚書の調印の際,原告も同席していた。
同覚書の調印に当たっては,執行部により書面が事前に準備され,また,執行部役員から長時間にわたって,執行役員及び幹部職員(Cを含む。)に対し,覚書に調印するよう説得がなされた。また,Cは,執行部役員から,このままの状態では,常務理事になることが難しくなると告げられた。
このため,Cは,当初は難色を示したものの,最終的には説得に応じ,覚書に調印した。結局,CとEの間で覚書に調印がなされたのは,翌24日の午前3時ころであった。
その後,平成5年1月22日の労使協議会で,執行部から,同年4月1日から在籍専従者を置きたいとの申入れがあった。
(エ) 平成4年12月3日,在籍専従協定についての議案が丸亀農協理事会に提出され,平成5年2月22日の第32回理事会で,一旦継続審議となった。そして,同年3月ころ,再度提案されたが,否決された。
(オ) 平成5年3月16日,丸亀労組は,春闘臨時大会の中で,原告を専従者とすることを確認し,同月25日の労使協議会の中で,執行部は,丸亀農協に対し,同年4月1日から,原告を丸亀労組の専従者とし,丸亀労組において原告に賃金を支払う旨連絡した。
これに対し,Cは,同年3月29日の春闘第2回団体交渉の中で,執行部に対し,原告に賃金の受領を継続するよう要請し,同時に,原告の事実上の専従を時間内労働組合活動として認めると口頭で告げ,本件時間内合意が成立した(なお,Cによる前記合意は,翌年4月1日,執行役員(組合長)であるBによって追認された。)。
ウ 平成6年4月1日から本件専従協定の締結に至るまでの労使間での団体交渉の経緯
(ア) 原告は,平成5年4月1日以降,午前中は,当時所属していた丸亀農協郡家支所での業務を行ったが,午後は労働組合活動に専従するようになった。
本件専従期間中,原告から丸亀農協及び丸亀労組に対し,時間内労働組合活動の個別的な申請などの諸手続は履践されておらず,また,行動内容の報告もなされていなかった。
(イ) 平成5年6月24日,丸亀労組は,丸亀農協のF総務部長に,在籍専従協定の必要性に関する資料を提出し,在籍専従協定の早期締結を要請した。しかし,同年7月22日に丸亀農協理事会で提案された議案は,特別委員会による協議の上,再び否決された。
(ウ) これに対し,執行部は,丸亀農協の執行役員及び幹部職員が,形式的な議案提出しかしておらず,専従協定を締結する意欲が窺えないと難詰し,丸亀農協に対し,団体交渉を申し入れた。
平成5年7月26日,第1回団体交渉が行われた。翌27日の第2回団体交渉の中では,執行部からスト権の行使が示唆され,さらに同月28日には,団体交渉の申入れ,及び同年8月2日以降の時間外労働の拒否が通告された。
平成5年8月2日,丸亀農協組合長であったBは,丸亀労組委員長のAとの間で,平成5年度中に在籍専従協定を締結することを文書で合意した(但し,実際はCが組合長の職印を押印した。)。このため,丸亀労組が同日に予定した臨時大会は,職場大会に変更され,時間外労働の拒否は撤回された。同文書が調印された後,Bは,Cに対し,やめとったほうがよかったなどと述べた上,押したものを取り返してこいなどと指示したが,Cは同文書を取戻そうとはしなかった。
(エ) その後,平成5年10月25日の秋闘第1回団体交渉,平成6年3月7日の春闘要求,同月23日の春闘第1回団体交渉の中でも,専従協定の早期締結が継続協議された。
(オ) 平成6年1月8日,丸亀労組は,高瀬地区農協の労働組合と合同して,香川県農業団体職員労働組合(以下「農団労」という。)を結成し,同年4月以降の中央執行委員として,原告を選任した。そして,原告は農団労の書記長に就任し,農団労の中心として,積極的に,他地区の労働組合に農団労への加入を促すオルグ活動を行い,また,労働組合がない地区での労働組合立上げに尽力するなどして,農団労の労働活動に専念した。
また,原告は,専従の必要性から丸亀農協郡家支所からの転属を申請し,平成6年4月1日以降は丸亀農協本部の総務課に転属し,労働組合活動に専念するようになった。
(カ) 同年4月1日,丸亀労組委員長のAと丸亀農協組合長のBとの間で,本件専従協定が締結された。同時に,理事会で承認の議決がなされるまでは,本件専従協定を公にしないことを確認した書面が作成された。また,丸亀労組の執行委員に対しても,本件専従協定の締結は報告されなかった。丸亀労組では,原告に対する給与を平成6年4月1日から予算化し,専従者である原告に対する丸亀農協からの給与の受領を拒否するとBに告げた。これに対し,Bは,理事会の承諾が得られるまでの間,継続して給与の受取を続けてほしいと述べ,原告の事実上の専従活動については,時間内労働組合活動として認めると口頭で述べ,本件時間内合意が追認された。
また,本件専従協定では,専従者は丸亀農協を休職扱いとするとされていたが,原告または丸亀労組から休職願は提出されなかった。
エ 本件専従協定締結以後,本件解雇に至る経緯
(ア) 本件専従協定が締結された後,以前よりも団体交渉での労使の衝突がやや緩和された。
本件専従協定の後も,在籍専従協定の締結が,継続的に丸亀労組から要求され,平成6年10月の秋闘から平成9年10月の秋闘まで,毎年の春闘,秋闘の中で,継続的に,具体的な要求として取り上げられた。
(イ) 平成8年9月,原告は丸亀労組の書記次長に選任された。平成10年3月26日,春闘第3回団体交渉の中で,専従活動を続ける原告の取扱が問題とされ,丸亀労組から,丸亀農協常務理事であったCに対し,「時間内労働組合活動でいくというのは,ずっと保証してくれるのか。この度,原告は市会議員に立候補することもある。定款などを見ても何ら問題はないと我々は思っているが,時間内労働組合活動で何ら問題ないということで確約できるのか。」,「今の経営者は,どういった形で理解しているのか。」などの質問がなされた。これに対し,Cは,「仮に常勤役員の体制が交替しても,知らないとはいわない。」旨の回答をした。
(ウ) 平成11年度以降,香川県下の全農協の合併について,現実的な議論がなされるようになり,平成11年9月28日には,合併予備契約が合併農協の間で締結された。その後,同年11月中頃に丸亀農協で合併総会が開かれ,同農協も合併への参加が決議された。
(エ) 原告は,丸亀労組からの推薦により,市議会議員選挙に立候補し,丸亀市議会議員に当選した。このため,平成11年5月2日以降,原告は,丸亀農協の公務休職を開始した。
(オ) また,Cは,このころ,丸亀農協から,原告が本件専従期間中に受給した給与相当額の金員について,背任の不法行為によるものであるとして損害賠償を請求され,これを一部につき支払った。その後,間もなく,Cは原告に対し,本件専従期間中に原告が受領した金員を返還するよう申し出たが,原告はこれを拒否した。
(カ) 平成11年10月末ころ,香川県中央会での労務問題勉強会の中で,丸亀農協事務局は,香川県連の顧問弁護士に対し,原告が丸亀市会議員として公務に就きながら,給与を継続的に受給していることに関して質問した。
この後,Cは,数回ほど,丸亀農協を退職するよう原告に要請した。
これに対し,原告は,辞めることはやぶさかではないが,専従協定を正式に結んでほしいと回答し,退職には応じなかった。
(キ) 平成12年1月ころ,原告の不就労及び賃金の全額支給について,問題の究明が丸亀農協理事会で決議された。
さらに,原告に対し,給与の返還請求,訴訟の提起,公務休職の辞令の取消が検討された。
本件時間内合意や本件専従協定の存在は,それまで丸亀農協において,丸亀農協の執行役員及び一部の幹部職員にしか知られていなかったが,このころにC(当時は常務理事)によって,全体に対して明らかにされた。その後,間もなくCは代表権を解除され,非常勤理事に降格された。
(ク) 平成12年1月27日,D及びE(当時はいずれも執行部役員)が丸亀農協本部を訪問し,丸亀労組執行委員会の結論として,原告が本件専従期間中に受領した賃金を,全額返還すると申し出た。この際にDらは,労働組合員の同意を得る必要があるので,日付を遡及した給与の返還請求書面を丸亀農協本部から交付してほしいと要求した。
このため,丸亀農協は,同月25日に日付を遡及した「時間内労働組合活動に対する給与支払に対する返還申入れについて」と題する書面を交付した。しかし,執行部は丸亀農協本部に赴き,上記申入れを撤回し,原告の給与返還を拒否する旨を口頭で告げた。
(ケ) 平成12年2月5日,原告は,本件就業規則第71条2項に基づき,弁明の機会を付与され,懲戒問題について事情聴取を受けた。そして,同月15日,丸亀農協は,原告に対し,同日付け書面での懲戒辞令により,本件解雇処分をした。そして,同月21日,丸亀労組本部の朝礼に出席していた原告に対し,組合長であったGは,原告の受領拒否によって返信された上記辞令を口頭で読み上げた。
(コ) 平成12年3月29日,C及びBは,被告代理人に対し,それぞれ,原告のヤミ専従による不法給与支払の背任的不法行為による損害賠償債務について,4176万5133円の連帯債務があることを認め,それらの債務の一部をそれぞれ弁済した。
(2) 以上の事実を前提に,まず,懲戒解雇事由の有無について検討する。
ア 丸亀労組においては,積年の懸案事項であった在職専従協定の締結を目指し,労組交渉の相手方であった丸亀農協の執行役員や幹部職員との間で,強力な組合交渉を継続していた。そして,平成4年4月には,在籍専従協定を締結する旨の覚書を獲得し,これを皮切りに,平成5年3月29日には,口頭で,本件時間内合意を得て,同年8月2日には,平成5年度中に在籍専従協定を締結することを文書で合意し,翌平成6年4月1日には,本件専従協定を締結し,同時に丸亀農協の理事会で承認の議決がされるまでは,互いに公表しない旨の書面を取り交わした。
丸亀労組は,これらの組合交渉について,主として,昇進の意欲が強く,丸亀労組との紛争をおそれるC(労使交渉の当初は参事であり,後に常務理事となった)やB(労使交渉の当初は常務理事であり,後に組合長となった)を相手として,次々に上記の成果を獲得した。これと同時に,丸亀労組の四役の一端を担った原告においては,丸亀農協から職員としての給料を得ながら(原告が平成6年4月1日以降,平成11年に公務休職をするまでに得た給与の総額は3500万円を超える。),平成5年4月1日以降,午後は丸亀労組の組合活動に専従するようになり,平成6年4月以降は職務を行わず,農団労の労働活動に専念するなど,丸亀労組が獲得した上記の成果に基づき,在籍専従協定が有効に締結されたのと同様の実績を積み上げていた。
確かに,このような過程を表面的に観察すれば,丸亀労組は,組合交渉の相手方である丸亀農協の執行役員及び幹部職員を相手に,組合活動による成果を挙げていたのであって,獲得した丸亀労組の成果については,丸亀農協の執行役員がその責務として丸亀農協の理事会で可決を得るべきものであり,丸亀労組には非難すべきものはないとみえなくもない。
しかしながら,原告を含む労使双方はともに,在籍専従協定の締結が理事会で承認されなければならないことを熟知していたのであるから,少なくとも,丸亀労組が獲得した口頭での本件時間内合意や,本件専従協定の締結の効果は無効というべきである。
また,C及びBにおいては,丸亀農協に対し,背任的な違法行為によって3500万円を超える損害を与えたと評価できるし,丸亀労組自体はさておき,原告においても,Cらの背任的行為に加担し,3500万円を超える不当な利益を得たと評価できる。このような原告の行為は,少なくとも本件就業規則第70条(13)項(刑事上の処分を受け,もしくはこれに類する不法行為があったとき)に該当するし,丸亀農協の社会的評価を低下させたという意味で,同条(14)項(故意または重大な過失により組合の名誉・信用をき損したとき)に該当する。なお,原告の主張にしたがって,次に若干敷衍する。
イ(ア) まず,原告は本件専従協定があるため,原告の行為は懲戒解雇事由に該当しないと主張する。
しかし,丸亀農協において,在籍専従協定の締結は理事会で承認されるべき決議事項とされていたこと,在籍専従協定の締結について,平成6年4月1日より前に,丸亀農協理事会の議事で否決されていたこと,本件専従協定が締結された際に,丸亀農協理事会の議決があるまでは,本件専従協定締結の事実を公にしないとする合意文書が作成されていたことについては当事者間に争いがなく,本件専従協定を締結したAも,丸亀農協の代表者であるBに本件専従協定締結の権限がないことを知っていたと認められる。これらの事実からすると,本件専従協定が丸亀農協と丸亀労組との間で有効に成立しているとは認められない。
(イ) これに対し原告は,労使間で労働協定の合意をするのに,従来から,理事会の承認決議がなくとも,執行役員や幹部職員との合意だけで効力が生じるとする,労使間での黙示的な慣行があったと主張する。
しかし,Cの証言によれば,上記の慣行は,内部の権限表で規定される細則事項に限定されており,専従協定の合意は,丸亀農協の中でも要決議事項とされていたことが認められるから,原告の上記主張は採用できない。
ウ(ア) 次に,原告は,本件時間内合意があるため,原告の行為は懲戒解雇事由に該当しないと主張する。
しかし,丸亀農協と丸亀労組間の時間内労働組合活動は,前記(1)イ(ア)のとおり,個別的な活動に関し,事前に丸亀農協の了解を得た上で行うとされているところ,本件時間内合意は,前記(1)ウ(カ)及びウ(イ)のとおり,丸亀農協理事会で本件専従協定を承認する決議がなされるまでの暫定的な合意であり,実質的には在籍専従協定と同内容との認識であったと推認されることに加え,原告は,平成6年4月1日以降は,専ら労働組合活動に従事し,丸亀農協の業務に従事していなかったことが認められる。
そうだとすると,本件時間内合意は,従来の労使協定によって認められた時間内労働組合活動の範疇を大きく逸脱していることになり,実質的には丸亀労組に対し在籍専従を認めたのと同一の効果を与えるものになる。
そうすると,本件時間内合意が締結される際には,在籍専従協定を締結する場合と同様に,当然理事会の承認決議が事前に要求されると解され,それがない以上,本件時間内合意は無効となる。そして,本件時間内合意の締結に当たり,丸亀農協理事会の承認がないことは当事者間に争いがないから,本件時間内合意は無効であり,丸亀農協には効果が帰属しない。
(イ) これに対し,原告は,専従協定と同様に,理事会の承認決議がなくとも,執行役員や幹部職員との合意だけで効力が生じる黙示的な慣行があり,本件時間内合意は有効に締結されたと主張するが,同主張に理由がないことは上記認定のイ(イ)のとおりであり,採用できない。
(ウ) また,原告は,本件時間内合意に当たり,BやCは当時丸亀農協の執行役員または幹部職員であったから,丸亀労組は,両名に代表権限があると認識し,本件時間内合意をしたと主張するほか,本件専従期間中に継続的に給与を受領しても,特に問題視されておらず,これは上記合意が有効だからであると主張する。
しかし,前記(1)の各事実によると,本件時間内合意の後も,継続的に専従協定の締結が丸亀労組から要請されていたこと,平成10年の春闘で,丸亀労組から,「時間内組合活動で何ら問題ないということで確約できるか。」「今の経営者は,どういった形で理解しているのか。」などの質問がなされていたことが認められ,これらの事実によると,本件時間内合意の際に,執行部役員が,C及びBに正当な代表権限がないことを認識した上で合意に及んだものと認められる。よって,上記の原告の主張には理由がない。
(3) 次に,被告による本件解雇が解雇権の濫用に当たり,または,不当労働行為であるかについて検討する。
ア 解雇権の濫用について
(ア) 一般に,懲戒権者が懲戒処分を行うときに,どの懲戒処分を選択するのが相当であるかを判断するに際しては,懲戒事由に該当する行為の原因,態様,結果等の諸般の事情を総合考慮した上で,企業秩序の維持確保の見地からなされるものであるから,解雇処分を含めていかなる懲戒処分を選択するかは,原則として,懲戒権者の裁量に委ねられる。
そして,懲戒処分のうち,解雇処分は,雇用者としての地位を喪失させる重大な結果を招来するものであり,特に慎重な判断が求められるが,懲戒権者の裁量が,当該懲戒事由に比して著しく均衡を失し,社会通念に照らして合理性を欠くことが明らかな場合に,はじめて当該懲戒処分が解雇権の濫用として無効となると考えるべきである。
(イ) 本件では,上記(2)アのとおり,原告の行為は,B及びCによる5年以上の長期にわたる背任的行為に加担し,その結果,丸亀農協に3500万円を超える巨額の損害を生じさせ,また,丸亀農協の社会的信用を低下させたものである。
(ウ) そうだとすると,原告の専従行為が労組間で得られた成果の実践とみえなくもなく,丸亀労組の四役であったに過ぎない原告の懲戒解雇が,最も非難すべきC及びBの処遇に比して配慮に偏する感がないではないこと,本件専従期間中に丸亀労組から給与を返還する旨の申し入れがなされていたこと,本件解雇が原告の職場を奪い,同人の生活や将来に重大な影響を及ぼすものであることを考慮しても,原告に対して懲戒解雇を選択した丸亀農協の判断が,懲戒権者の裁量の範囲を超えた違法なものと解することはできない。
よって,本件解雇が解雇権の濫用であるとする原告の主張には理由がない。
イ 不当労働行為について
原告が主張する不当労働行為の内容は明確でないが,善解すると,丸亀農協による不利益取扱(労働者が労働組合員の組合員であること,または労働組合の正当な行為をしたことをもって,その労働者を解雇したこと)に当たると主張するものと思われる。
しかしながら,本件の証拠を検討しても,丸亀農協の不当労働行為を認めるに足りる証拠はない。
よって,本件解雇が不当労働行為であるとする原告の請求は理由がない。
3 以上によれば,原告の請求はいずれも理由がないから,これを棄却することとし,訴訟費用の負担について民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 溝淵勝 裁判官 真鍋美穂子 裁判官 空閑直樹)