大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

高松地方裁判所 平成13年(わ)37号 判決 2001年10月23日

主文

被告人Aを懲役2年に,被告人Bを判示第1の1(2)及び第1の2(2)の罪につき懲役6月に,判示第1の3(2)及び第2の罪につき懲役1年2月及び罰金20万円に,それぞれ処する。未決勾留日数中,被告人Aに対して,80日をその刑に,被告人Bに対して,30日を判示第1の1(2)及び第1の2(2)の罪の刑に,10日を判示第1の3(2)及び第2の罪の懲役刑に,それぞれ算入する。

被告人Bにおいて,その罰金を完納することができないときは,金5000円を1日に換算した期間,同被告人を労役場に留置する。

被告人Aから金500万円を追徴する。

理由

(罪となるべき事実)

第1被告人Aは,平成8年7月10日から平成11年7月9日までC国税局調査査察部査察第三部門の総括主査・国税査察官として,内国税の重要な犯則事件につき調査及び告発に関する事務を処理するとともに,犯則嫌疑者の課税上の参考資料を作成して課税部門に引き継ぐなどの職務に従事し,次いで,平成11年7月10日から平成12年7月9日まで,C国税局課税部資料調査第三課の総括主査・国税実査官として,所得税,法人税などに関する調査事案の選定並びにそれらの課税基準についての調査などに関する事務を処理する職務に従事していたもの,被告人Bは,a市内において「D」などの店名でいわゆる個室マッサージ業を営み,平成10年10月21日,所得税法違反の犯則嫌疑者として前記査察第三部門の国税査察官らによる強制犯則調査を受け,平成11年3月26日にE地方検察庁検察官に告発されたものであるが

1(1)  被告人Aは,平成11年3月24日,a市b町c番地dの「F」店内において,被告人Bから,同被告人についての犯則調査の状況について内報を受けたこと及び課税上の参考資料の作成に関して有利な取り計らいを受けたことなどに対する謝礼の趣旨の下に供与されるものであることを知りながら,現金300万円の供与を受け,もって,自己の職務に関して賄賂を収受した

(2)  被告人Bは,そのころ,同所において,被告人Aに対し,前記第1の1(1)の趣旨の下に現金300万円を供与し,もって,被告人Aの職務に関し賄賂を供与した

2(1)  被告人Aは,平成11年4月28日,a市e町f番g号の「D」事務所において,被告人Bから,判示第1の1(1)記載の趣旨の下に供与されるものであることを知りながら,現金150万円の供与を受け,もって,自己の職務に関して賄賂を収受した

(2)  被告人Bは,そのころ,同所において,被告人Aに対し,前記第1の1(1)の趣旨の下に現金150万円を供与し,もって,被告人Aの職務に関し賄賂を供与した

3(1)  被告人Aは,平成11年9月24日,a市h町i番地jの「G」H店において,被告人Bから,同被告人についての犯則調査の状況について内報を受けたこと及び課税上の参考資料の作成に関して有利な取り計らいを受けたことなどに対する謝礼,並びに,今後も同様に前記資料調査第三課総括主査の職務に関する事項を内報するなどの取り計らいを受けたいとの趣旨の下に供与されるものであることを知りながら,現金50万円の供与を受け,もって,自己の職務に関して賄賂を収受し,よって,平成11年10月中旬ころ,前記「D」事務所において,被告人Bに対し,同被告人が経営する個室マッサージ店の女子従業員の報酬について所得税の源泉徴収納付義務を果たしていないことを明らかにしかねない内容のC国税局査察部長宛て投書の写しを示すなどして,職務上の秘密である当該投書の内容を漏らすとともに,そのころ,a市k町l番m号のI国税総合庁舎のC国税局課税部資料調査第三課において,同部資料調査第一課管理に係る同投書の写しを自己の机の引き出し内に隠匿し,さらに,被告人Bが女子従業員から源泉徴収していた所得税を同被告人の雑収入として計上処理した,被告人Bの所得税の確定申告書の作成に関与し,平成12年3月15日,a市内のJ税務署において,税理士Kを通じて同申告書を提出し,被告人Bに前記源泉徴収に係る所得税の納付を免れさせる,職務上不正な行為をした

(2)  被告人Bは,平成11年9月24日,a市h町i番地jの「G」H店において,被告人Aに対し,前記第1の3(1)記載の趣旨の下に現金50万円を供与し,もって,被告人Aの職務に関し賄賂を供与した

第2被告人Bは,有限会社LがM県公安委員会の許可を受け,営業所の所在地としたa市e町f番g号において営業していた社交飲食店「D」の従業員として,その経理などの業務を管理・統括していたものであるが,同会社の取締役として,その業務全般を統括するNと共謀の上,同会社の営業に関し

1  あらかじめM県公安委員会の承認を受けないで,平成12年4月5日ころから同月8日ころまでの間,前記「D」営業所において,発泡スチロール製折りたたみ式衝立を補強するための設備を設置するなどし,さらに,平成13年1月26日,同営業所において,上記設備を用いて衝立を設置して,1室として許可を受けていた客室を3室に改造し,もって,当該営業所の構造及び設備を変更した

2  M県が,善良の風俗若しくは清浄な風俗環境を害し,又は少年の健全な育成に障害を及ぼす行為を防止するため必要があるとして,条例で禁止区域として定めた前記「D」営業所において,個室を設け,平成13年1月26日,当該個室において異性の客の性的好奇心に応じてその客に接触する,いわゆる個室マッサージ業を営み,もって,法令により禁止された地域において,店舗型性風俗特殊営業を営んだ

3  不特定多数の男性客から対価を得て,手淫,口淫などの性交類似行為をする接客嬢の業務に就かせる目的で,「スタッフ20名募集」などと表示して求人誌に募集広告を掲載するなどして,別紙(省略)一覧表番号1ないし3のとおり,「勧誘時期」欄記載の平成12年10月4日ころから同年12月上旬ころまでの間,前後3回にわたり,いずれも「勧誘場所」欄記載の同会社事務所において,被告人Bが,前記募集広告を見るなどして応募してきた「被勧誘者」欄記載のO(当時28歳)ほか2名に対し,面接するなどして,同店の接客嬢として稼働することを勧誘して,もって,それぞれ,公衆衛生上及び公衆道徳上有害な業務に就かせる目的で労働者の募集をしたものである。

(証拠の標目)

(確定裁判)

(法令の適用)

(量刑の理由)

1  本件は,被告人Aが,C国税局の国税査察官として犯則調査を行った被告人Bに賄賂を要求し,現金合計450万円を受け取り,さらに,課税調査を行う課税部資料調査部門の国税実査官に異動後にも,現金50万円を受け取って見返りに職務上不正な行為をなしたという収賄及び加重収賄とこれに対応する被告人Bの贈賄,並びに,被告人Bが,会社の営業に関し,代表者を務めていた長男と共謀の上,公安委員会の承認を受けないで,営業所の構造及び設備を変更し,店舗型性風俗特殊営業の禁止地域内でいわゆる個室マッサージ業を営業した風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律違反,不特定多数の男性客から対価を得て性交類似行為をする接客嬢の業務に就かせる目的で,求人誌に募集広告を掲載し,応募してきた3名の女性を接客嬢として稼働するよう勧誘した職業安定法違反の事案である。

2  被告人Aの収賄及び加重収賄について

(1)  被告人Aは,税務行政に携わる国家公務員の中でも,公平かつ厳正であることが強く求められている国税査察官の地位にありながら,自らの借金返済や遊興費欲しさのため,犯行に及び,国税実査官に異動後も同種の犯行を繰り返していたもので,犯行に至る経緯ないし動機に,酌むべきところはない。

(2)  被告人Aは,国税査察官として,所属部門において統括国税査察官に次ぐ総括主査の地位にあり,実際の調査担当者を助けて,悪質な脱税などに対し,時には強制力を行使して犯則調査を行い,刑事告発や作成した課税資料の課税部門へ引き継ぐ重要な立場にありながら,被告人Bに対する犯則調査の最中に,金銭的な見返りを期待して被告人Bに接近し,被告人Bに対する犯則調査の状況などを内報したり,課税期間の短縮を上司に働きかけて,結果的にこれを実現させるなどの便宜を図った上で,積極的に多額の賄賂を要求していた。また,国税実査官に異動後も,被告人Bに対して自らが携わった課税調査について内報するなどしたほか,国税局内で回覧されていた被告人Bに関係する投書の写しを被告人Bに示すなどして,職務上の秘密を漏らすとともに,その投書の写しを隠匿して,他の税務職員が被告人Bの脱税を探知してこれに課税することを事実上不可能にさせ,さらに,国税局に在職しているにもかかわらず,被告人Bの所得税確定申告書作成に関与し,不正な経理処理を行って,被告人Bに所得税の納付を免れさせる,職務上不正な行為に及んだのであって,犯行の態様は,この種事犯の中でも悪質性が高い。

(3)  被告人Aが,3回にわたり収受した賄賂の合計額は500万円と多額であるが,このうち2回の合計450万円の賄賂は,国税査察官が,犯則調査の結果判明し,犯則嫌疑者に課すべき税額を減少させる便宜を図ったことなどの謝礼として,当該犯則嫌疑者に対して要求し,収受したものである。また,国税実査官に異動後に収受した50万円の賄賂によって,被告人Aは職務上不正な行為を行い,自らと被告人Bを利した反面,国家,ひいては納税者である一般国民に経済的損失を蒙らせている。

本件が徴税に及ぼした影響は大きい。

(4)  被告人Aは短期間に犯行を繰り返したのみならず,このほかにも,国税局在職中に被告人Bの経営する店の経理処理をする見返りなどの名目で継続して金品を受け取るなど,税務行政に携わる公務員として許されない行為を重ねていたことが窺われる。被告人Aには,自己の職務の重要性についての自覚や職業倫理が欠けていたといわざるを得ない。

(5)  国税査察や課税調査は,国家の諸活動に必要な財産の確保のため,義務者に適切に納税させるための制度であり,国税査察官や国税実査官は,そのために重責を担っている。被告人Aの犯行は,税務行政の公正さ,適正さを害するとともに,それらに対する一般納税者の信頼を損ない,誠実に職務を遂行している他の税務に携わる公務員の士気を低下させた。犯行の社会的影響も大きい。

(6)  他方,被告人Bの脱税の刑事告発期間は犯則調査の過程で3年から2年へと短縮されているが,これは,専ら上級庁である国税庁の判断によるものである。課税期間の短縮は,被告人Aの働きかけがそのきっかけとなっているものの,その後の担当者らの協議を経た上,最終的には上司の承認により正式に決定されたものであって,被告人Aが,被告人Bに対して述べていたほど,被告人Aの尽力によって決せられたものではなかった。

3  被告人Aの個別情状について

(1)被告人Aは,捜査段階初期には犯行を否認していたことが窺われるが,その後事実を認めて,反省の態度を示し,当公判廷においても,自らの罪を償って一から出直したいと述べるとともに,関係者や国民に対して謝罪の言葉を述べている。

(2)  被告人Aは,本件各犯行が国税査察官の汚職として大きく報道されたことで強い非難を受け,社会人としても税理士としてもその信用を失った。また,被告人Aは,本件発覚後に税理士会を自主退会しており,現在,自身と家族の生計を支えるための職業も失った上,今後,退職金の返還など,さらに経済的に大きな痛手を受けることが予想される。このように,被告人Aは,相応の社会的制裁を受け,今後も,さらにこれを受けざるを得ない状況にある。

(3)  被告人Aは,これまで業務上過失傷害の罪により罰金刑に処せられたことが1回ある以外に処罰されたことはない。被告人Aは,本件各犯行により初めて逮捕勾留され,一旦保釈されたものの,身辺整理の後に自ら保釈の取消しを求め,再び身柄拘束に服している。

(4)  被告人Aには病身の母親,妻と大学生の息子2人がおり,これら家族らを支えていかなくてはならない立場にある。被告人Aの家族らは,精神的にも経済的にも頼りにしていた被告人Aの犯行に大きな衝撃を受けつつも,助け合いながら,被告人Aが一日も早く帰ってくることを待ち望んでいる。

4  被告人Bの贈賄について

(1)  被告人Bは,被告人Aから,正規に納付すべき税金の徴収を免れ,自らが利益を得るために,被告人Aから有利な取り計らいを受けることを期待して,犯行に及んだのであって,犯行動機に酌量の余地は乏しく,賄賂の供与回数及びその額からして,犯情は良くない。

(2)  しかし,他方で,各贈賄は,被告人Aの要求に応じてなされたものであって,被告人Bが積極的に金銭を交付したり,被告人Aに便宜を供与するように持ちかけたものではない。

5  被告人Bの風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律違反及び職業安定法違反について

(1)  被告人Bは,会社の営業所が店舗型性風俗特殊営業の禁止区域内にあることを知りながら,公安委員会の承認を受けないで営業所を個室化し,個室マッサージ業を営み,その個室内で接客嬢らに性交類似行為をさせ,また,求人募集広告を見て面接に訪れた女性らに対し,様々な誘い文句を駆使し,積極的に同店で働くよう勧誘していたのであって,違法性を十分認識しながら,より多くの収益をあげるために犯行に及んでおり,犯行に至る経緯及びその動機に酌量の余地がない。

(2)  被告人Bは,自らの利益のために,営業所の周辺地域の風俗環境を害するとともに,女性を男性の性的好奇心のための道具としていたのであって,犯情は悪い。また,被告人Bは,過去に3回,風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律違反で罰金刑に処せられながら,本件犯行に及んだものであって,この種事犯についての規範意識を欠いていたといわざるを得ない。

(3)  被告人Bは,長年にわたり禁止地域内の店舗で個室マッサージ業を営み,自らが平成11年7月に所得税法違反で有罪判決を受けた後,長男と相談の上,平成12年1月に,税金対策などの目的で会社を設立して経営主体を法人化し,長男を取締役に就任させて,指導,助言を与えながら,長男とともに個室マッサージ店の経営に携わってきたもので,その業務を実質的に取り仕切っており,接客嬢の勧誘についても,実際に面接や勧誘を行っていたなど,本件で果たしていた役割は大きい。

(4)  他方において,本件各犯行のうち,無許可での営業所の構造及び設備変更の点については,可動式の衝立を用いてなされていたもので,本格的な改造といえるものではない。また,接客嬢に対する勧誘も,執拗なものではなく,ことさらに虚偽の内容を述べていないなど,悪質性が高いとはいえない。

6  被告人Bの個別情状について

(1)  被告人Bには,前記のように,所得税法違反の罪で執行猶予付きの有罪判決を受けた前科がある。本件のうち,50万円の贈賄,風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律違反及び職業安定法違反の各犯行は,その執行猶予中に,しかも,内容において関連性がある犯行に及んだものといえ,その犯情は悪い。

(2)  しかし,他方で,被告人Bは,本件各事実を,捜査段階から一貫して認めて,率直に供述しており,特に,各贈賄については法律上の自首が成立しているが,自首に至るまでに真摯に自らの過去を省みたことが窺われ,犯行を深く反省,悔悟しているものと認められる。

(3)  被告人Bも,本件各犯行が大きく報道されることで,強い非難を受けており,社会的信用を失うなどの,相応の社会的制裁を受けている。

(4)  被告人Bは,風俗店の経営を長男に手伝わせたことを悔い,経営していた風俗店などをすべて閉店し,今後は,風俗営業に関わらず,家族や周囲の者に心配や迷惑を掛けないように出直し,信頼を得るよう真剣に努力する旨述べている。被告人Bには病弱な妻と高校生の息子がおり,これらの者を経済的,精神的に支えていかなくてはならない立場にある。

7  結論

そこで,以上の諸事情を考慮の上,被告人両名についての量刑を検討する。

(1)  被告人Aについて

被告人Aの刑事責任は,本件各犯行当時の職務権限及び内容からして重く,酌むべき諸事情,特に,すでに相応の社会的制裁を受け,今後も退職金の返還などの大きな経済的痛手を受けることが予想されていること,被告人Aを頼りにしている家族が一日も早い社会復帰を望んでいることなどを最大限考慮してもなお,刑の執行を猶予するべき事案であるとは認められず,主文に掲げたとおりの実刑を科することはやむを得ないと判断した。

(2)  被告人Bについて

被告人Bの確定判決前の300万円,150万円の贈賄は,前記の所得税法違反の有罪判決(懲役刑について執行猶予)と併合審理が可能であったが,犯行の動機に酌量の余地が乏しく,その供与した賄賂が高額であり,その刑事責任を軽視することはできない。また,50万円の贈賄と風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律違反と職業安定法違反の罪は,前刑の執行猶予中の犯行であり,その刑事責任も重い。これらのいずれについても,その刑の執行を猶予するのは妥当でない。

もっとも,被告人Bの反省の態度が真摯であり,各贈賄は自首により発覚したものであること,前刑の執行猶予の取消しが予想され,この刑と併せて服役することになる蓋然性が高いことなどの事情があるので,これらを考慮した上で,それぞれの罪について,主文に掲げた刑に処することが相当であると判断した。

8  よって,被告人両名につき,主文のとおり判決する。

(求刑 被告人Aにつき懲役3年,追徴500万円,被告人Bにつき判示第1の1(2)及び第1の2(2)の罪につき懲役10月,判示第1の3(2)及び第2の罪につき懲役2年及び罰金30万円)

(裁判長裁判官 高梨雅夫 裁判官 次田和明 裁判官 谷口真紀)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例