高松地方裁判所 平成16年(わ)137号 判決 2005年10月04日
主文
被告人を無期懲役に処する。
未決勾留日数中340日をその刑に算入する。
理由
(犯罪事実)
被告人は,
第1 離婚訴訟中の妻Bの実母Aらを殺害する目的で,平成16年1月下旬ころから同年2月27日ころまでの間に,香川県内若しくは徳島県内において,アセトンと過酸化水素水の混合液に塩酸を加えるなどして生成したトリアセトントリパーオキサイド相当量に,点火ヒーター,乾電池,リード線,トグルスイッチ及び釣り糸等を使用した起爆装置を接続し,これをポリプロピレン樹脂製ファイルケース(縦32.5センチメートル,横25.5センチメートル,幅3.5センチメートル)に収納した上,更にそのファイルケースを定形外郵便封筒内に収納するなどして,封筒からファイルケースを引き出すことにより上記起爆装置が作動して上記トリアセトントリパーオキサイドが爆発する構造の爆発物1個を製造した
第2 上記Aが居住する高松市(以下省略)所在のC方に爆発物を郵送して爆発させ,A(当時49歳)を殺害する目的で,かつ,その際,同所に居合わせた家族らも,巻き添えとなって死亡することがあるのを認識しながら,あえて,平成16年2月27日,高松市内において,上記爆発物を,定形外郵便物として同女宛に投函し,同月28日午前11時40分ころ,上記C方にこれを配達させ,同日午後5時50分ころ,同所台所において,情を知らないAをして,上記封筒からファイルケースを引き出させてこれを爆発させ,もって,爆発物を使用するとともに,Aと,上記C方に居合わせた同女の夫・C(当時47歳)及び同女の孫・D(当時3歳)を殺害しようとしたが,Aに右手首欠損及び全治約180日間を要する右血気胸,上顎骨骨折,全身裂傷等の傷害を,Cに全治約6日間を要する顔面熱傷,擦過傷の傷害を,Dに全治約3日間を要する右大腿打撲傷の傷害をそれぞれ負わせたにとどまり,Aらを殺害するに至らなかった
ものである。
(証拠) 省略
(事実認定の補足説明)
1 被告人は,本件各犯行をいずれも否認し,弁護人も,被告人は犯人ではなく,無罪であると主張するので,以下,この点につき,補足して説明する。
2 被告人と被害者らとの関係等
(1) 被告人とBは,平成9年9月23日に婚姻の届出をし,その後,長女E及び長男Dをもうけた。
(2) ところが,夫婦仲が悪くなって,Bは,平成14年4月8日,子どもたちを連れて,実母Aとその夫C,Bの双子の姉Eが暮らす高松市(以下省略)所在の実家(以下「被害者方」という。)に戻った。
以後,別居状態が続き,被告人は,同月24日付けで,高松家庭裁判所に夫婦関係調整の調停を申し立てた。
なお,Bは,同年10月ころにアパートを借り,以後は週のうち何日かはそこで寝泊まりするようになった。
(3) Aは,自己の経営する飲食店の客や興信所等を介し,Bから聞いていた被告人の勤務先における給料遅配の事実の有無や被告人の負債状況等について調査した。
その結果,Aは,被告人がBに内緒でサラ金等から約300万円を借り入れ,その残債額が約260万円にも及んでいること,給料遅配の事実などなく,被告人が内容虚偽の給料明細を自ら作成し,支給された給料の一部を抜き取った上,Bに渡していたことなどを知り,これをBに告げた。
なお,このことは,調停及びその後の離婚訴訟において,B側から具体的に主張された。
(4) 調停は,子ともの親権の帰属について,最後まで合意に至らず,同年8月19日,不成立に終わった。
(5) 被告人は,上記のように,Aから自己の負債状況等を調査されていることを知り,同月21日,A及び被告人の負債状況の調査に関与したa社をそれぞれ被告とする損害賠償請求訴訟を提起した。
被告人は,a社とは和解し,Aに対する訴えは,同年9月14日に取り下げた。
(6) 調停が不成立に終わったため,Bは,同年11月20日,高松地方裁判所に被告人との離婚及び子どもの親権をBに定めることなどを求める訴訟(以下「本件離婚訴訟」という。)を提起した。
(7) 平成16年2月13日,本件離婚訴訟について,Bと被告人とを離婚し,E及びDの親権者をBと定める旨の判決がされた。
被告人は,同月20日,その判決内容を代理人弁護士から送付された判決書の写しを見て知った。
なお,被告人は,同年3月3日,この判決を不服として控訴したが,同年9月11日,控訴棄却判決が確定した。
3 本件爆発の発生とその原因
関係各証拠によれば,以下の事実が認められる。
(1) 爆発の発生
ア 平成16年2月28日,C,A,F,B,E及びDの6人は,Aの実弟のGの一回忌の法要に出席し,同日午後5時30分ころ,被害者方に帰宅した。
Bは,郵便受けに郵便物が配達されているのに気づき,その中に,A宛の郵便物があったので,Aに開封してよいか尋ねたが,Aが自分で開けると答えたため,他の郵便物と一緒に,被害者方1階台所の食卓の上に置いた。
イ その後,Bは,子どもの散髪用にバリカンを借りに,Eと一緒に,近所の知人宅に向かった。
他方,Fは,被害者方1階台所に隣接する居間で,通信販売のカタログを見ており,Dは,同じ居間の床上で,おもちゃで遊んでいた。また,Cは,犬の散歩から被害者方に戻り,いったん台所に入ろうとしたが,玄関の靴箱の上のペットボトルを取ろうと思い,その方向に手を伸ばそうとしていた。
ウ 上記のような状況にあった同日午後5時50分ころ,Aが,台所の食卓の上に置いてあった上記A宛の郵便物の封筒を開け,中身を取り出した瞬間,爆発が起こった。
爆発の爆風により,被害者方の外回り出入口及びアルミ窓サッシは粉々に粉砕され,柱の一部は折損し,ラス地モルタル塗り外壁や和室の鴨居は脱落して,屋根南面の瓦も飛散した。
また,爆発の威力によって粉々になった無数の破片が,台所の壁面,家具,床面等いたるところに突き刺さった。
(2) Aの被害状況
ア この爆発によって,Aの右手は,手首から先が吹き飛び,その切断面は,木材を叩き割ったようにささくれ立ち,筋肉や骨がむき出し状態となった。また,Aの顔面,右腕,右胸から右腹部を中心に,いたるところに上記破片が突き刺さり,その部位の皮膚や肉をえぐり取った上,爆発時の熱によるやけども加わって,Aの顔面,右胸及び右腹部は赤黒く変色するまでに焼けただれた状態となった。
さらに,爆発の爆風によって,Aは,いわゆる血気胸状態となり,上顎骨を複雑骨折し,右耳聾状態となった。
イ Aは,香川大学医学部附属病院救急救命センターに緊急搬送され,上記傷害に加えて,出血性ショック状態に陥るなど,生命に極めて危険な状態となったが,奇跡的に一命を取り留めた。
ただし,現在に至るも,右手首は欠損したまま回復不能な状態であり,右耳の聴力機能が回復する見込みもない。
(3) C及びDの被害状況
ア Cは,台所に足を踏み入れようとしたものの,爆発直前の瞬間に,台所に足を踏み入れるのをやめて,玄関の方に身体を伸ばしたため,その全身に爆風を受けることなく,全治約6日間を要する顔面熱傷,擦過傷の傷害を負うにとどまった。
イ Dも,台所に隣接した居間にいたものの,居間の床上で遊んでいたため,爆心との間に設置された応接セットのソファーの背部が爆風及びファイルケースの破片を避ける盾となり,右大腿部背部に皮下出血を伴う打撲傷を負うにとどまった。
(4) 爆発の原因
本件については,当初,ガス爆発による事故とも考えられたが,爆破現場である被害者方台所から,リード線の破片,9ボルトの電池及びプラスチック製のスイッチ等が発見されたこと,プロパンガスのガス漏れやボンベの異常が認められないこと,家具建物等の破損状況から,爆心地点は,台所のテーブル上である可能性が高いことが認められ,これらから,Aが開封した郵便物の中身が爆発物であり,これによる爆破事件であることが判明した。
4 本件で使用された爆発物(以下「本件爆発物」という。)について
関係各証拠によれば,以下の事実が認められる。
(1) 爆発物の構造等
ア 本件爆破現場(Aの身体も含む。)からは,黄色の封筒片,コード線,白色のプラスチック片,黒色のプラスチック部品,電池部品様のもの,9ボルト用の電池,スイッチ,シリコン製合成樹脂が付着した石油ストーブ用点火ヒーターの口金部2個,同ヒーターのフィラメント等が発見された。
イ これらの遺留物の分析及び鑑定の結果から,本件爆発物の構造は,一定量の爆発性物質に,石油ストーブ用点火ヒーター2個(ヒーター部周辺に,シリコン系合成樹脂等を使用して引火用の爆竹雷薬を近接させたもの),9ボルト乾電池2個及びトグルスイッチのスイッチ可動部分に穴を開け釣り糸を結びつけたものを,ハンダを使用するなどしてそれぞれリード線で接続し,これらをポリプロピレン樹脂製ファイルケース(縦32.5センチメートル,横25.5センチメートル,幅3.5センチメートル)内に収納し,このファイルケースをクッション内材付きI型封筒に入れ,トグルスイッチに結びつけた釣り糸の先端を封筒内部に固定し,封筒からファイルケースを引き出すことによりスイッチが入る仕組みの起爆装置が内蔵されたものと推認できる。
(2) 差出人の表示として,封筒に貼付されていた紙片について
本件爆発物在中の封筒には,差出人の表示として,JCBカードのホームページの高松支店の地図付き案内ページを印刷した紙片(ラベルシートを用いたもの)が貼付されていた。
(3) 封筒に貼付されていた郵便切手について
ア 本件爆発物在中の郵便物の総重量は,配達した者の供述により,婦人雑誌一冊分ほどの約1020グラムであったと推認できるところ,その正規の郵便料金は,重量1キログラムから2キログラムの定形外郵便料金850円に,速達料金630円を加算した1480円であるが,本件爆発物在中の封筒には,ほぼこれに合致する合計1500円分の切手(50円切手14枚及び80円切手10枚)が貼付されていた。
イ 上記80円切手及び50円切手は,いずれも,販売の都度金額を印字する仕組みの印字式郵便切手・はがき発売機から販売されたものである。
(4) 郵便物が投函された場所について
ア 本件爆発物在中の郵便物は,平成16年2月28日午前11時40分ころ,高松中央郵便局の職員が被害者方に配達しており,その消印や,前日の27日午後7時ころから午後7時45分ころの間に高松南郵便局の職員が,これを高松中央郵便局宛のケースに仕分けしていることから,同日,高松南郵便局管内のポストから投函されたと認められる。
イ また,本件爆発物在中の郵便物の大きさ(縦45.8センチメートル,横31.8センチメートル)からして,この郵便物が投函できるポストは,投入口の比較的大きい,いわゆる10号ないし13号ポストに限定される。
(5) 爆発性物質がトリアセトントリパーオキサイドであること
ア 本件爆破現場から発見された遺留物を鑑定した結果,肉片,コード線(約6センチメートルで金属片付着のもの)及びコード線(約4センチメートルのもの)に,爆発性物質であるトリアセトントリパーオキサイド(以下「TATP」という。)の付着があったとされている。組橋充が供述するその鑑定経過に不自然な点は認められず,また,鑑定書記載の鑑定内容も十分合理性を有しており信用できるから,本件爆発物に使用された爆発性物質はTATPと認められる。
イ(ア) ところで,この鑑定内容について,弁護人は,Mの証言を基に,上記肉片やコード線にTATPの付着が認められたのは,鑑定の過程において,鑑定人が合成したTATPの標準サンプルによる汚染があったからであると主張する。
つまり,Mの証言によれば,通常,爆発物が点で爆発すれば,距離の2乗に反比例して付着量が薄くなっていくことから,爆発物の近くにあった封筒片やプラスチック片からTATPが検出されていないのに,肉片やコード線からTATPが検出されるというのは不自然であって,鑑定の過程で,試料がTATPの標準サンプルによって汚染されたと考える方が妥当だというのである。
しかし,組橋の証言によれば,爆発残留物への爆発性化合物の付着というのは局在化が当然のことで,あるものからは検出されるが,あるものからは検出されないというのは通常生じることである上,封筒片やプラスチック片はバラバラになっているのであって,それらからTATPが検出されなかったとしても不自然ではない。また,そもそもTATPは昇華性が高く,常温下,固体状態で気化する性質がある物質であるところ,封筒片やプラスチック片は,爆発後,ずっと空気に触れていた状態であったことからしても,それらからTATPが検出されなかったとしても不自然ではない。
上記のように,TATPは昇華性の高い物質であるが,水には溶けないため,例えば水中のように,TATPが空気に触れず,密閉された状態であれば,ポリ袋等に密閉収納された状態と同じであり,昇華が抑制されて,かなり長期にわたって残留することが考えられるところ,TATPが検出された肉片やコード線は血だまりの中に入っていた物であって,血液で回りを囲まれていたため,TATPが昇華せずに残っていたとも考えられ,肉片やコード線からTATPが検出されたことも不自然ではない。
そもそも,鑑定の際には,試料の汚染が生じないように注意を払うべきことは,組橋においても十分に意識していたと認められるところである。
(イ) なお,弁護人は,組橋証言について信用性が低いと主張するが,組橋に虚偽の証言をしているような事情は認められず,その鑑定手法にも不自然な点は認められない。また,TATPであるとの見込みを立てた経緯についての証言についても,弁護人の指摘は誤解に基づくものであって,組橋証言は,TATPであるとの見込みを立てたことやTATPの合成が自らの判断であることを否定しようとするものではない。
よって,組橋証言の信用性は何ら減殺されない。
(ウ) 以上によれば,試料が標準サンプルによって汚染されたとは考えられないのであって,弁護人の主張は採用できない。
ウ ところで,本件爆発物の総重量は,上記のとおり約1020グラムであったと推認できるところ,乾電池,点火ヒーター,トグルスイッチ,コード線等の内容物及びファイルケース,封筒の風袋の合計重量が419.6グラムであり,これ以外はTATP及びこれを充填したケースの重量と考えられるところ,その重量は約600グラムとなり,本件爆発物には,500グラム以上のTATPが内蔵されていた可能性が高い(なお,本件の爆ごう被害及び爆風被害の状況からすれば,爆ごうしたTATPの薬量は,130ないし210グラムと推認されるが,爆ごう以前に爆燃したTATPが存在すること,TATPの純度が低い場合や水分を含む場合にはさらに多くの薬量が必要であることが認められるから,上記薬量を優に超える薬量のTATPが本件爆発物に内蔵されていたと考えても,矛盾しない。)。
5 被告人と本件とのつながり
関係各証拠によれば,被告人と本件とのつながりを示すものとして,以下の事実が認められる。
(1) 被告人方からTATPが検出されたこと
ア 被告人方2階寝室のクローゼット内から,青色ビニール袋が発見され,その袋の中から,ハンダゴテ,スポイト,ダブルコード,トグルスイッチ,釣り糸等のほか,チャック付きポリ袋に入った粒状,板状,削り状及び粉状の金属粉末が発見押収されているが,鑑定の結果によれば,粒状のものは,鉛製の釣り用おもりであり,そのほかの板状,削り状及び粉状の金属粉末(以下「本件金属粉末」という。)は,マグネシウム及びアルミニウムが混在したものであり,本件金属粉末からTATPが検出されたことが認められる。
イ なお,弁護人は,本件金属粉末の発見押収経緯が極めて不自然不合理である上,その鑑定結果についても疑問があると主張するので,以下検討する。
(ア) 金属粉末の発見押収経緯について
本件金属粉末の捜索差押については,その責任者であったNが証言しており,この証言は,弁護人指摘の点を踏まえても信用でき,本件金属粉末の発見押収経緯が不自然不合理であるとは認められない。
弁護人の主張は,捜査員が捜索の途中に,ビニール袋内の金属粉末を,TATPが付着したものに替えた疑いがあるというものと解されるが,そもそも,故意に証拠をねつ造するのであれば,TATP自体が発見されるといったより明確な形をとればよく,その主張自体が突飛なものといわざるを得ない。
(イ) 金属粉末の鑑定結果について
弁護人は,そもそも本件金属粉末からTATPが検出されるはずがないし,同じ青色ビニール袋の中にあった金属のうち,本件金属粉末からはTATPが検出され,粒状の金属からはTATPが検出されていないのは極めて不自然であり,鑑定の過程で,TATPの標準サンプルによる汚染があったと考えるのが合理的であると主張する。
しかし,被告人がアクセスしていた爆発物関連のインターネットサイトでは,アルミニウム及びマグネシウムの双方を,爆発物の爆発力を増加させる爆速増加剤あるいは爆発誘因剤として紹介していることが認められ,本件金属粉末がTATPに触れる機会があったということは十分に考えられる。また,同じ青色ビニール袋の中にあったとはいっても,本件金属粉末と粒状の金属とを,同じ青色ビニール袋の中に入れた時期が不明であるし,昇華性が高いというTATPの性質や本件金属粉末と粒状の金属との形状の違いからすれば,本件金属粉末のみからTATPが検出されたということも何ら不自然ではない。加えて,鑑定の過程での汚染が考え難いことは上記のとおりであって,被告人の元でTATPが付着した可能性が高いというべきである。
(ウ) よって,弁護人の主張は採用できない。
(2) 本件前に,被告人が上記分量のTATPを生成できるだけの原材料を購入していること
ア TATPの原材料は,アセトン,過酸化水素水,塩酸であるところ,被告人は,平成16年1月2日から同年2月3日の間に,アセトン合計2000ミリリットル,30パーセント濃度の過酸化水素水1000ミリリットル及び35パーセント濃度の塩酸500ミリリットルを購入している。
これらからは,500グラム以上のTATPの生成が十分に可能である。
イ 被告人の弁解について
ところで,弁護人は,被告人が購入したアセトンのほとんどと,過酸化水素水の全量を使用しなければ,500グラム以上のTATPを生成することが困難であるところ,被告人は,アセトンや過酸化水素水を他の用途に使ったと述べており,この供述を排斥できなければ,被告人を犯人とは断定できないことになると主張するので,これについて検討する。
(ア) アセトンの使途先についての弁解
a 被告人は,平成16年1月2日に購入したアセトン1リットルは,正月休みの間に,工具の洗浄をして使いきり,同月31日に購入したアセトン1リットルの使途先については,①同年2月1日にb食品工場の鉄骨柱のサビ落とし及び脱脂に使用し,②同月2日に車の洗浄に使用し,③同月3日に車のオイルパンの洗浄に使用したと弁解している。
b しかし,被告人が弁解する①ないし③のアセトンの使用方法は,その通常の使用方法ではない上,代替品も存在するのに,あえてアセトンを使用している点でも不自然であるといわざるを得ないのに,これらの方法で,アセトンを使用した痕跡も残っていないなど,その弁解を裏付ける証拠はない。そして,以下に述べる点からも,信用できない。
c ①について
被告人に工事を依頼したHは,平成16年1月31日の段階で,上記b食品工場の鉄骨はサビが落とされ,新たにサビ止め剤が塗られており,鉄骨の根元に木枠を組んで土台となるコンクリートを流し込むところまで終了していた旨述べているところ,この供述は,具体的で十分信用することができるのであって,そうすると,同日に購入したアセトンをb食品工場の鉄骨のサビ落とし等に用いる必要はなく,被告人の弁解は信用できない。
この点につき,弁護人は,H供述は,客観証拠に反し,日にちを誤ったものであり,信用できないと主張する。すなわち,被告人は,平成16年1月31日午後4時02分ころ,徳島県板野郡板野町所在のd薬局で,塩酸と過酸化水素水を購入し,同日午後5時19分ころ,香川県さぬき市所在のe店で,洗浄用アセトンとサビハンター等を購入しているのであり,香川県さぬき市まで戻った被告人が,同じ日に,b食品工場の鉄骨にサビ止め剤を塗ることはありえないというのである。
しかし,午後5時19分ころ購入したサビハンターがb食品工場の鉄骨のサビ止めに用いられたことを当然の前提としている点が相当ではなく,むしろこの時刻にさぬき市で買い物をしているということは,1月31日の日中に被告人が作業をしていたとするH供述に合致するというべきであって,同人が日にちを誤っているとする理由にはならない。
d ②について
上記のとおり,被告人のこの弁解は,通常の用法とはいえない上,これを裏付ける証拠もない。弁護人は,被告人が1月31日にアルミパウダーを購入していることが,この弁解の裏付けになるとするが,そのような評価は相当ではない。
e ③について
(a) 被告人は,平成16年2月3日,残ったアセトンを使って車のオイルパンを洗浄するために,ブロックを敷き,ジャッキアップして前部の左右の車輪の下に別のタイヤを差し込み,車の前部と地面との間隔が約70センチメートルになったところで,コンプレッサーに接続した塗料ガンの中にアセトンを入れて,車体の下に入り,オイルパン付近を中心に吹き付け,アセトンをすべて使い切ったが,その際,防護マスクなどは付けていなかったと弁解する。
しかし,このような作業形態は,そもそも,相当に危険といわざるを得ず,通常このようなことを試みるのかとの疑問を禁じ得ない。また,被告人立ち会いの下,車体前部のジャッキアップ過程を再現したところ,被告人の捜査段階の供述どおりに再現しても,車をジャッキアップすることはできなかった上,実況見分の場で,被告人が新たに説明した方法によっても,ジャッキアップすることはできなかったことが認められる。
(b) この点,弁護人は,被告人の父親が,被告人が指示したのと同様の方法で,ジャッキアップすることができたと主張するが,それは,ベニヤ板を使用している点,ジャッキを当てている位置などの相違から,被告人が指示したのと同様の方法とはいえない。
f 弁解の変遷について
そもそも,被告人は,当初,平成16年1月2日に購入した洗浄用アセトン500ミリリットル入り1本の購入事実のみを認め,その使途先につき,工具を洗浄するのに全量費消した旨弁解していたが,その後,アセトンを追加購入したことは忘れていたとして,それ以外のアセトンの購入事実についても認め,これらのアセトンの使途先につき,上記のような弁解をするに至っている。
このように,被告人は,追加購入したことを忘れていたと弁解するが,アセトンの使途先について,上記のように詳細な弁解をしているのであって,追加購入したことを忘れていたというのは,到底納得できる理由にはならない。そうすると,1月2日に購入した分を正月休みの間に使い切ったとする弁解も疑わしいところ,これについても,裏付けとなる証拠はない。
(イ) 過酸化水素水及び塩酸の購入目的及び使途先等についての弁解
a 被告人の過酸化水素水及び塩酸の購入目的や使途先等についての弁解内容は概ね次のようなものである。
過酸化水素水は自宅の循環ふろの消毒,清掃のために購入し,塩酸はI邸のれんがのあく取りのために購入した。薄めればたくさんの量になって得だと思ったので,濃度の高い物を購入した。塩酸は,薄めて,I邸のれんがのあく取りに使い,過酸化水素水も,塩酸を補う形で,れんがのあく取りに使った。れんがのあく取りに塩酸や過酸化水素水を使うというのは,以前c社に勤めていたときに,Jから聞いたが,造園屋をしている友人にも聞いたことがあるので,工事関係業者一般では常識的なことだと思う。
b しかし,アセトンの場合と同様,被告人が弁解する過酸化水素水及び塩酸の使用方法は,通常の使用方法ではない。また,容易に入手できる代替品が存在するのに,購入の際に身分を証明する物の提示が必要など,なかなか入手しづらい過酸化水素水や塩酸をあえて使用している点でも不自然である。そして,被告人が弁解する方法で,過酸化水素水や塩酸を使用した痕跡も残っていないなど,これを裏付ける証拠もない。
c 弁護人は,I邸の門柱左側には鋳物のポストと陶器のネームプレートがあったので過酸化水素水を使用したという被告人の供述は説得力があるし,Jが,公判で,被告人に,タイルのあく取りを塩酸でできるという話をしたことがあると証言した点も,被告人の弁解を裏付けるなどと主張するが,これも説得的なものではない。
d 以上の点からすると,被告人の過酸化水素水及び塩酸の購入目的や使途先等についての弁解は,そもそも信用できるものではない。
(3) 被告人が,本件爆発物の構成部品と同種又は類似の物を入手していたこと
ア(ア) 上記のとおり,本件爆破現場(Aの身体も含む。)から,トグルスイッチの構成部分である金属片とプラスチック片,釣り糸,コード線,金属片の付着したコード線,シリコン性合成樹脂の付着した石油ストーブ用点火ヒーター口金部及びそのフィラメント等が発見された。また,被告人方2階寝室のクローゼット内から,ハンダゴテ,スポイト,ダブルコード,釣り糸,トグルスイッチ,充填剤等が発見押収されている。
これらを鑑定した結果,本件爆破現場に遺留されていたトグルスイッチは,被告人方で発見押収されたトグルスイッチと同種のものであること,釣り糸についても,被告人方で発見押収された釣り糸と形状及び材質において同種のものであること,本件爆破現場に遺留されたコード線数本は,いずれも,平型コード線を引き裂いて単線にしたものと考えられるが,そのコードも,被告人方で発見押収されたダブルコードと同種のものであること,コード線に付着した金属片は,被告人方で発見押収されたハンダと類似のものであり,石油ストーブ用点火ヒーター口金部に付着したシリコン系合成樹脂についても,被告人方で発見押収された充填剤と同種のものであることが認められる。
(イ) 弁護人は,上記の釣り糸,ダブルコード,ハンダ,トグルスイッチ,充填剤は珍しい物ではなく,これらの鑑定結果に証拠価値はないと主張する。
しかし,それは,被告人が本件爆発物を製造し得たことを示すものであるし,ありふれた物が一つだけというのならともかく,本件爆破現場から発見された物と同種又は類似の物がこれだけの数に上って,被告人方から発見されたことの持つ意味は大きいというべきであって,弁護人の主張は採用できない。
また,弁護人は,トグルスイッチについて,被告人は,1個しか購入しておらず,被告人方で発見された物がこのトグルスイッチであるから,本件爆破現場で発見されたトグルスイッチと同種のものであったとしても何ら意味はない,被告人が持っていたドリルの刃では,本件爆破現場で発見されたトグルスイッチに開いていた穴を開けることができないとも主張する。
しかし,被告人が,1個しかトグルスイッチを購入していないかどうかは不明であるし,そのドリルで穴を開けるほかなかったわけでもないから,弁護人の主張は採用できない。
イ さらに,被告人方倉庫内からは,爆竹20連発のもの4連が発見押収されているが,そのうちの爆竹10本については導火線のみが残留し,その雷薬(爆竹発音薬)が抜き取られていたところ,鑑定の結果によれば,本件爆破現場で発見された点火ヒーター口金部及びコード線に付着していたシリコン系合成樹脂から検出された成分と,上記爆竹に充填されていた雷薬の成分が,非常によく類似していることが認められる。
弁護人は,上記爆竹が発見押収された経緯は不自然不合理であって,捜査官が事後的にこれを倉庫内に持ち込んだと主張するが,捜査官が明白な違法行為をしてまで爆竹を持ち込まねばならない理由などないというべきであるし,その他,押収過程に不自然不合理な点も認められない。
ウ 点火ヒーターについては,被告人が,平成16年2月9日に1個,同月11日に2個の合計3個を購入していることが認められるところ,本件爆破現場(Aの身体も含む。)で発見押収されたそのフィラメントは,白金とロジウムの合金であり,これは,平成14年7月ころから生産されなくなったものであるが,上記の被告人の購入時に,まだ店頭に残っていても不思議はないと考えられる。また,被告人が購入した点火ヒーターは,いずれも発見されていない。これについて,被告人は,当初,自宅のストーブのものと交換したと供述していたが,それは事実に反する。また,その後,被告人自身も,工具箱の中に入れっぱなしにしたか,捨てたのではないかと供述するに至っているが,不自然な供述変遷というべきであり,その供述を裏付ける証拠もない。
したがって,本件爆発物に用いられていた点火ヒーターは,被告人が購入したものである可能性が高い。
(4) 被告人がTATPの生成方法を含め,爆発物に関する知識を有していたこと
ア TATPの威力,原材料,具体的な生成方法及び生成時の注意点については,インターネットのホームページで詳しく紹介されているところ,被告人は,本件直前の平成16年2月20日ころまでの間,多数回にわたり,自宅のパソコンからインターネットを利用して,生成方法を含む各種爆発物の製造方法や様々な方法による点火装置及び起爆装置の作成方法について,具体的に記載されたサイトにアクセスし,閲覧していたことが認められる。
また,上記のとおり,本件爆発物の起爆装置には,引火促進剤として爆竹雷薬が使用されたと考えられるところ,被告人は,頻繁に,インターネットで,爆竹雷薬の成分である黒色火薬の関連サイトにアクセスしていたことも認められる。
以上によれば,被告人が,インターネットを利用して,TATPの威力,生成方法及び起爆装置等について調査し,それらについての知識を持っていたと考えられる。
イ 弁護人は,被告人が閲覧した記録のあるインターネットサイトのうち,塩酸を使用して過酸化アセトンを生成する旨の記載があるサイトには,その分量についての記載がなく,閲覧時間も短いこと,その他の爆発物関係のサイトを閲覧している時間も短く,その内容を理解する時間的余裕はなかったことから,被告人がTATPの生成方法を知悉していたとはいえないと主張する。
しかし,被告人が閲覧していたインターネットサイトは,記録されているものに限られるわけではなく,閲覧時間についても,その閲覧目的によっては,必ずしも短いとはいえないのであって,弁護人の主張は採用できない。
(5) 被告人が爆発性物質を取り扱っていたこと
ア この点について,被告人は,平成16年2月21日ころ,左右の両手の平及び左前腕の内側に,やけどはなかったが,針で突いたような点状痕が多数残り,小さなプラスチック様の破片が突き刺さっている状態のけがをしているところ,鑑定の結果,この破片は,ポリエステルを主成分とするプラスチックであったことが認められる。
このけがは,爆発により飛散した破片によりできたと認められ,診察に当たった医師も,そのように考えていたものである。
イ ところで,被告人は,この受傷原因について,自宅の庭先で,車のダッシュボード上に置いていたヤスリ式簡易ライターに着火しようとして何度かヤスリ部をこすったところ,ライターがいきなり爆発したと供述する。
しかし,高温による内圧の上昇や,漏れて貯留したガスが他の熱源に引火するといった事情もないのに,簡易ライターが爆発することは,考えがたいといえるし,また,ライターの容器が砕け飛ぶような状態になりながら,やけどを負っていないというのも,相当不自然である。けがの原因に関する被告人の供述は信用性が乏しい。
ウ 以上の被告人の供述状況も考慮すると,本件の前に,被告人が,ポリエステル容器に入れた何らかの爆発性物質を取り扱っていたことが認められる。
(6) 被告人が,封筒に貼付されていた紙片を作成できたこと
ア 上記のとおり,本件爆発物在中の封筒には,差出人の表示として,JCBカードのホームページの高松支店の地図付き案内ページを印刷した紙片が貼付されていたが,被告人は,平成16年2月22日,自宅パソコンから,JCBカードのホームページにアクセスして,上記高松支店の案内ページを閲覧したことが認められる。
イ また,鑑定の結果,上記紙片は,JCB高松支店のホームページを直接プリントアウトしたものではなく,プリントアウトしたものをコピーしたものであり,この紙片のカラーインクの付着状態の特徴と,被告人方から押収された複合機のカラーコピー機能を利用して印刷したときのカラーインクの付着状態の特徴とは,同一であることが認められる。
この点につき,被告人は,JCB高松支店のホームページを閲覧したことは認めるものの,閲覧したページをプリンターでカラー印刷したのであって,プリンターを使用してカラーコピーしたことはないと供述するが,この供述を裏付ける事情はない。
ウ さらに,上記紙片及び本件爆発物在中の封筒に貼付されていた宛名を表示した紙片の填料,厚さ,構成繊維,裏面付着の接着剤の成分等が,被告人方から押収されたラベルシートと同種のものであったことも認められる。
この点につき,弁護人は,被告人方から発見押収されたラベルシートは珍しいものではなく,鑑定結果に証拠価値はないと主張するが,上記イの事情と併せ考慮すれば,このような主張が説得力を欠くことは明らかである。
(7) 被告人が,封筒に貼付されていた郵便切手を購入することが可能であったこと
ア 上記のとおり,本件爆発物在中の封筒には,ほぼその正規の郵便料金に合致する切手が貼付されていたが,被告人は,平成16年2月25日,インターネットの郵便局サイトの重量と料金の一覧のページにアクセスし,さらに,同月27日にも,郵便局サイトの「郵便料金ヘルプ」のページにアクセスしており,郵便料金について調査していたことが認められる。
イ また,上記のとおり,本件爆発物在中の封筒に貼付されていた80円切手及び50円切手は,いずれも印字式郵便切手・はがき発売機から販売されたものであるが,被告人方2階居間南側飾り棚内のレターケースの引出から発見押収された270円切手3枚(2枚のものと1枚のもの)も,同様の印字式郵便切手・はがき発売機から販売されたものであると認められる。
そして,f郵便局設置の印字式郵便切手・はがき発売機の熱転写リボンと切手の印字を対照した結果,その形式が細部にわたって一致し,特異な相違点が認められないものであって,上記50円切手のうち,額面が確認できる9枚は,平成16年2月27日午前10時47分ころ,f郵便局に設置された印字式郵便切手・はがき発売機から販売されたものであると認められるが,被告人方から発見押収された上記270円切手3枚は,その2分後の同日午前10時49分ころ,2回に分けて,同じくf郵便局に設置された発売機から販売されたものであると認められる。
この結論に対し,弁護人は,印字式郵便切手・はがき発売機から販売された切手は,すべて異なるという前提が確保されていないから,信用することができないと主張する。しかし,熱転写方式で印刷する場合,転写する側のインクリボンのインクの状態,転写される側の切手の状態,ヘッドの熱等によって,各印字に差異が生じると考えられるのであって,現に,鑑定書の添付資料によれば,切手の印字には差異が認められる。また,本件のように連続する相当枚数の切手について,上記のような結果が生じている場合であれば,弁護人主張のような前提をとらなくても,その信用性を肯定することができるというべきである。
ウ(ア) さらに,上記のとおり,本件爆発物在中の封筒に貼付されていた残りの50円切手4枚のうち,額面が確認できる2枚の50円切手及び本件爆発物在中の封筒に貼付されていた80円切手10枚のうち,額面が確認できる8枚の80円切手は,同様に,平成16年2月24日午後8時47分ころ,g郵便局に設置された印字式郵便切手・はがき発売機から販売されたものであると認められる。
(イ) ところで,この日の夜,被告人は,徳島市西新浜町所在のK方を訪れ,扉付き棚の修理工事を行い,その後,Kと共に,Kの勤務先に向かったことが認められるところ,弁護人は,電話の発信履歴から,被告人とKが,Kの勤務先で午後7時19分55秒以降に会ってK方に向かい,修理工事をし,その後,Kの勤務先に戻ったが,それは,同人が事務所を閉められないように慌てて日報を書いた記憶があると述べていることから,午後8時30分から午後8時40分ころのこととなり,被告人が,午後8時47分までにg郵便局に着くことは不可能であったと主張する。
しかし,その日,Kが記入したK方の駐車場の駐車票には,駐車時間が午後7時から午後8時30分とされており,被告人とKは,K方に午後7時前後に着いていたのではないかと思われる。そうであったとしても,扉の取り付け作業をしている間に,被告人が車まで工具等を取りに戻るなどして,電話を架けることも考えられる。また,仮に,弁護人が主張するように,被告人とKが,Kの勤務先で会ったのが午後7時19分55秒以降で,Kの勤務先からK方まで行くのに10分ほど要するとしても,K方での滞在時間(せいぜい30分ほどであった可能性が高い。)や,K方からKの勤務先を経由してg郵便局まで行くのに要する時間(K方からKの勤務先までの時間を10分ほどとして約35分という結論もあながち不合理とはいえない。)からすれば,被告人が,午後8時47分までに,g郵便局に行くことは十分可能である。事務所が閉められないように慌てたというKの証言については,その時刻を特定するという観点からはあいまいで,これを裏付ける証拠もなく,午後8時30分から40分ころに被告人がKの勤務先付近にいたという疑いを生じさせるものではない。
(ウ) なお,被告人は,Kと別れた後,徳島市内の中華料理店でお持ち帰りの焼き飯を買ったと供述し,弁護人は,供述調書に添付された被告人作成の「2月26日の行動について」と題するメモ中の「13時○○町自宅に帰宅 焼きめしを作りD(長男)と食べ薬を飲ます」との記載がその信用性を裏付けていると主張するが,被告人が,このような供述をするようになったのは,第17回公判に至ってからであって,記憶がだんだんとよみがえってくることはあり得るとしても,1年以上経過した後に,このような詳細な記憶がよみがえるというのは不自然であるし,メモについても,メモに記載された焼きめしと被告人の供述する焼き飯とが同一のものであるとはいえないのであって,供述の裏付けになるとはいえず,上記被告人の供述は信用できない。
(8) 被告人が,郵便物を投函することが可能であったこと
ア 上記のとおり,本件爆発物在中の郵便物が投函されたのは,高松南郵便局管内に存在する,10号ないし13号ポストである。
イ ところで,同郵便局の管内である高松市多肥下町所在の元ミニストップ桜井店駐車場南側には,10号ポストが設置されているところ,このポストへの郵便物の投函配達実験の結果から,午前9時30分から午後2時までの間に上記ポストに投函した郵便物は,翌日午前9時20分ころ,Bの実家付近の住居に配達されること,そして,被告人使用の自動車のカーナビゲーションシステムに残された軌跡を解析した結果からは,被告人は,平成16年2月27日の上記時間帯を含む時刻に,元ミニストップ桜井店駐車場北側に一時停止していることが,それぞれ認められ,被告人は,本件爆発物在中の郵便物を投函することが可能であったものといえる。
ウ なお,弁護人は,平成16年2月27日に,上記ポストの収集を担当したLが,黄色のA3版封筒については記憶がないと供述していることから,同日,上記ポストに,A3版の封筒は投函されていなかった可能性が高いと主張するが,上記ポストの周辺には会社が多く,郵便物が多いこと,郵便物の収集方法などから,Lが黄色のA3版封筒に気付かなかったとしても不自然ではない。
また,被告人が,上記ポストの北側路上で一時停止した理由として述べるところも,不自然であって,信用できない。
6 本件における被告人の犯人性について
以上の認定した事実によると,次の諸点が指摘できる。
(1) 被告人は,手製爆弾に興味を持ち,TATPを含む爆発性物質の生成方法や,起爆装置の製造方法などの十分な知識を持っている(上記5の(4))。
(2) 被告人が,実際に,プラスチックケースに入った爆発性物質を取り扱っていた事実もうかがえる(上記5の(5))。
(3) また,被告人方からは,TATPの成分が付着した金属粉末が発見されている(上記5の(1))。TATPそのものを,ほかから入手することは一般に困難であると考えられるから,被告人がこれを生成していた可能性が高い。
(4) そして,被告人は,本件が起こるより前に,本件爆発物に使用されたTATPを生成できる分量のアセトン等の原料を購入している(上記5の(2))。また,本件爆発物に使用された起爆装置の種々の構成部品と同種又は類似の物を,新たに購入して,あるいは以前から入手して持っていた(上記5の(3))。本件爆発物が,TATPといった爆発性物質を使用し,封筒から内容物を引き出すとスイッチが入り,点火ヒーターに通電して起爆する特殊な仕組みのものであることからすると,被告人がその製造に必要な原材料と同種又は類似の物を入手していたことは,偶然の一致とは到底考えられず,被告人と本件爆発物との関わり,すなわち,被告人が本件爆発物を製造した可能性を強く示すものである。
(5) 本件爆発物在中の郵便物に貼付されていた切手の一部は,被告人がf郵便局に設置された印字式郵便切手・はがき発売機から購入したものである可能性が高く,その余の切手も,被告人が購入し得なかったものではない(上記5の(7))。
(6) 上記郵便物に貼付されていた差出人を表示する紙片は,JCBカードのホームページの記事を利用し,ラベルシートにカラープリンター(複合機)のコピー機能で印刷して作成したものであるが,被告人は,本件爆発の6日前に上記ホームページを閲覧していた上,被告人方からは,同種のラベルシートと上記印刷可能なカラープリンター(複合機)も発見されている(上記5の(6))。これらは,偶然の一致とは到底考えられず,被告人が上記紙片を作成した可能性が高い。
(7) 上記郵便物が投函されたのは,高松南郵便局管内に存在する10号ないし13号ポストに限られており,被告人は,それが投函されたと考えられる時間帯に,10号ポストの設置されている場所へ行っており,被告人が投函した可能性が十分ある(上記5の(8))。
(8) Aは,被告人と離婚訴訟中の妻の実母であり,被告人がAらに対し敵意を有していたこともうかがえる(上記2)。
以上の諸点を併せ考えると,被告人が,本件爆発物を製造した上,これをA宛の郵便物として投函して,被害者方に郵送させた犯人であることは,もはや疑う余地がなく,優に推認できるというべきである。
7 なお,弁護人は,①本件爆発物の組成物には,バンドストッパーやPPバンドが含まれており,被告人がバンドストップやバンドを自宅の倉庫に置いていたと供述しているのに,本件爆破現場に遺留されていたものと被告人が保管していたものとが同種又は類似のものであることを検察官が主張立証していないこと,②被告人が,アセトン,過酸化水素水,塩酸等を購入した際のレシートを保管していたり,爆弾,毒物等のインターネットサイトを閲覧するのに,自宅のパソコンを使用したりしているなど,犯人ならしないと思われる行動をとっていることは,犯人性を疑わせる事情であるとも主張する。
しかし,②については,犯人であれば,必ずレシートを保管しないとか,自宅のパソコンを使用しないとまでいうことはできないし,①についても,仮に,本件爆破現場に遺留されたバンドストッパーやPPバンドと被告人が保管していたものとが同種又は類似のものでなかったとしても,この一事をもって,上記認定が覆ることはないのであって,弁護人の主張は採用できない。
8 殺意の存在について
(1) 上記のとおり,本件爆発物在中の郵便物の宛先はAになっているが,TATPの爆発の威力について,被告人がアクセスしていた多数の爆発物関係のホームページには,「フィルムケース1杯で人間がバラバラになる」,「過酸化アセトン500グラムもボトル缶に詰めて使用すると家一つバラバラになる」などといった記載があり,被告人は,本件爆発物が被害者方で爆発した場合,開封した者は当然のこと,同方にいる者全員が死亡する可能性を十分に認識していたと認められる。
(2) ところで,被告人は,平成16年2月16日のBとのメールから,同月28日には,Aの実弟Gの法要があり,Aをはじめその家族が揃ってその法要に出かけることを知っていたところ,以前にAの亡父の法要に参列した経験から,当日,法要の後,Bや子どもたちも一緒に被害者方に帰宅することを認識し,そこで遊んだり,食事をとったりする可能性が高いことを,同月27日に本件爆発物在中の郵便物を投函した時点でも,認識していたと認めざるを得ない。
また,上記のとおり,被告人は,本件爆発物在中の郵便物を速達郵便として投函しており,28日中には被害者方に届くと考えていたと認めるのが相当である。そうすると,被告人は,名宛人Aやその夫C,同居していたFだけでなく,B,さらには実子であるE,Dまで死亡することになる可能性を十分に認識しながら,本件爆発物在中の郵便物を投函したと認められる。
(3) この点について,弁護人は,①被告人が,離婚の原因はAにこそあると考えていたとは推認できないし,Aに対する損害賠償請求訴訟を取り下げてもいる,②被告人は,一般の父親以上に子どもを可愛がり,離婚調停や離婚裁判においても一貫して親権を主張しており,子どもらを殺害するとは考えられないなどとして,被告人には,本件各犯行を行う動機は認められないと主張する。
しかし,①については,Aが,精神的にも,経済的にも,Bの後ろ盾になっているじゃまな存在であるという意識を,被告人が持っていたであろうことは容易に推認できる上,さらに,Aに,勝手に自己の借金の状況などを調べられたことで,強い怒りを覚え,亡き者にしたいと感じても不思議でない。確かに,弁護人が指摘するとおり,本件離婚訴訟第一審の判決書には,この事情を重視したような記載がないが,そのことと被告人の憤りや恨みの強さが直接関係するとは解されない。また,Aを相手取った損害賠償請求訴訟を取り下げたことも,同女への怒りが収まったからとは必ずしもいえない。そして,②についても,確かに,被告人は,別居後もしばしば子どもたちと会い,その際,自宅で一緒に寝泊まりもし,離婚調停や離婚裁判において一貫して親権を主張していたが,本件離婚訴訟第一審の判決でも,親権がBにあるとされたことで,控訴して争っても,子どもたちが自分の手元に戻ってくることはほぼあり得ないと考え,BやAに奪われるくらいなら,子どもたちを巻き込んでもかまわないという気持ちを抱いたということも十分考えられる。
以上より,被告人には,本件各犯行を行う動機は認められないという弁護人の主張は採用できない。
9 結論
以上の検討からすれば,被告人が,Aに対し確定的殺意を,C及びDに対し未必の殺意を抱いて,本件各犯行を行ったと優に認めることができる。
このように,被告人が本件各犯行を行ったことは優に認められるのであって,被告人は犯人ではなく無罪であるとの被告人及び弁護人の主張は採用できない。
(法令の適用)
・罰条
判示第1の所為について
爆発物取締罰則3条
判示第2の所為のうち
爆発物使用の点について
爆発物取締罰則1条(ただし,その有期懲役刑の長期は,行為時においては平成16年法律第156号による改正前の刑法12条1項に,裁判時においてはその改正後の刑法12条1項によることになるが,これは犯罪後の法令によって刑の変更があったときに当たるから刑法6条,10条により軽い行為時法の刑による。)
A,C及びDに対する各殺人未遂の点について
いずれも行為時においては刑法203条,平成16年法律第156号による改正前の刑法199条(有期懲役刑の長期はその改正前の刑法12条1項による。)に,裁判時においては刑法203条,その改正後の刑法199条(有期懲役刑の長期はその改正後の刑法12条1項による。)に該当するが,これは犯罪後の法令によって刑の変更があったときに当たるから刑法6条,10条により軽い行為時法の刑による
・科刑上一罪の処理
判示第2の罪について
刑法54条1項前段,10条(一罪として最も重い爆発物使用罪の刑で処断)
・刑種の選択
判示第1の罪について
懲役刑を選択
判示第2の罪について
無期懲役刑を選択
・併合罪の処理
判示各罪について,刑法45条前段,46条2項本文(判示第2の罪について無期懲役刑に処することから,他の刑を科さない。)
・未決勾留日数の算入
刑法21条
・訴訟費用の不負担
刑事訴訟法181条1項ただし書
(量刑の理由)
1 本件は,被告人が,①封を開けて中身を引き出そうとすると爆発する構造の爆発物を製造し,②それを,妻(当時別居中)の母親に宛てて郵送して爆発させ,同女を含む被害者3名に重軽傷を負わせたが,同女らを殺害するには至らなかったという事案である。
2 被告人は,妻の母親に,勝手に,自己の借金等について調べられたことなどから,強い怒りを感じていたが,妻との離婚訴訟で敗訴判決を受け,子どもたちの親権も得ることができなかったことで,妻の母親を殺害するとともに,その家族らも殺害することになってもやむを得ないと考え,本件各犯行に及んだと認められるのであって,動機は,余りにも自己中心的で,酌むべき事情は全く見いだせない。被告人は,インターネットで爆発物について調べ,強力な破壊力を持つ爆発物を製造した上,それを信販会社からの郵便物であるように偽装し,妻の実家にその家族全員が集まる可能性が高い日に届くことを認識しながら,これを投函し,通常の郵便物だと信じた妻の母親に開封させて爆発させているのであって,周到に計画された,まことに卑劣で残虐な犯行である。幸いにも,本件により,命を落とした者はいなかったが,妻の母親は,救急搬送された時間帯が医師の交代時で,たまたま通常より多数の医師がいたという幸運も手伝って,命こそ取り留めたものの,まさに瀕死の重傷を負い,長期間の治療を余儀なくされた後も,右手首から先を失い,右耳の聴覚を失って回復の見込みがない上,左耳の機能も十分ではなく,胸部及び腹部にはいまだ大きな傷跡が残っているなど,同女の受けた身体的,精神的苦痛の大きさは計り知れない。また,ほか2名の被害者らは,上記実家内に居合わせたが,たまたま爆風の直撃等を免れたため,軽傷にとどまったものの,場合によっては,身体への重大な被害を負ったり,生命を失ったりする危険性が高かったといえる。その上,被害者らは,家が全壊に相当するほどの状態に破壊され,建て直しを余儀なくされるといった財産的にも大きな被害を受けている。これらのことからすれば,被告人の行為が引き起こした結果の重大性は明らかであり,被害者らの処罰感情が非常に厳しいのは至極当然である。そして,このような被害を受けた被害者らが,被告人に対し,今度は何をされるか分からないという非常に大きな恐怖感を感じているのも,無理のないことである。
さらに,周辺の住宅にも,爆発による破片が壁に突き刺さったり,壁に亀裂が入ったりする被害が生じており,一歩間違えば,被害者らだけでなく,近隣の住民に対しても重大な被害を与えかねない危険があったといえる。また,本件は,新聞等でも大きく取り上げられており,地域に住む一般市民に与えた衝撃の大きさも見過ごすことはできない。このような重大で凶悪な犯行に及びながら,被告人は,その責任を認めようとしないばかりか,不合理な弁解をし,追及を受けて答えに窮すると,また新たな弁解を持ち出すといったことを繰り返しており,反省の態度を全くうかがうことができないというにとどまらず,極めて矯正困難な犯罪性向がうかがわれる。
以上の諸点に照らすと,被告人の刑事責任はまことに重大である。
3 それゆえ,他方で,被告人には前科前歴が見当たらないことなどを考慮に入れても,被告人に対しては,主文の刑を科するのが相当である。
(求刑-無期懲役)