高松地方裁判所 平成17年(ワ)59号 判決 2008年9月22日
原告
X
同訴訟代理人弁護士
西山司朗
同復代理人弁護士
加藤創一
被告
株式会社エム・テック(以下「被告エム・テック」という。)
同代表者代表取締役
A1
同訴訟代理人弁護士
中嶋公雄
被告
株式会社花押(以下「被告花押」という。)
同代表者代表取締役
A2
同訴訟代理人弁護士
吉田崇一郎
被告
株式会社Y1工業(以下「被告Y1工業」という。)
同代表者代表取締役
A3
被告
Y2建設ことA4(以下「被告Y2建設」という。)
被告
Y3工業所ことA5(以下「被告Y3工業所」という。)
上記3名訴訟代理人弁護士
吉田茂
主文
1 被告エム・テック,被告花押,被告Y2建設及び被告Y3工業所は,原告に対し,各自586万6528円及びこれに対する平成14年11月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告の被告エム・テック,被告花押,被告Y2建設及び被告Y3工業所に対するその余の請求並びに被告Y1工業に対する請求を棄却する。
3 訴訟費用は,原告,被告エム・テック,被告花押,被告Y2建設及び被告Y3工業所に生じた費用の10分の3を同被告らの負担とし,原告及び同被告らに生じたその余の費用と被告Y1工業に生じた費用を原告の負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
被告らは,原告に対し,各自2192万1094円及びこれに対する平成14年11月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1 請求の概要
本件は,道路工事現場において,とび職人として高所作業に従事中,転落事故に遭い多発骨折の傷害を負った原告が,同工事の元請である被告エム・テック,下請である被告Y1工業,孫請である被告花押,被告花押に原告を派遣した被告Y2建設,被告Y2建設に原告を派遣した被告Y3工業所に対し,安全配慮義務違反(債務不履行又は不法行為)に基づき,損害賠償金2192万1094円及びこれに対する本件事故日である平成14年11月29日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
2 前提事実(争いのない事実,掲記の証拠及び弁論の全趣旨により認められる事実)
(1) 当事者
ア 原告
原告(昭和○年○月○日生まれ)は,平成14年10月17日,被告Y3工業所に雇用され,とび職人として勤務していた者であり,雇用された当時満17歳であった。
イ 被告ら
被告エム・テックは,総合建設業を営む会社であり,日本道路公団から四国横断自動車道中間(なかつま)高架橋工事(以下「本件工事」という。)を受注した元請企業である。
被告Y1工業は,被告エム・テックから本件工事を受注した下請企業である。
被告花押は,被告Y1工業から本件工事を受注した孫請企業である。
被告Y3工業所は,原告をとび職人として雇用し,被告Y2建設に原告を派遣した者である。
被告Y2建設は,被告Y2建設が雇用する作業員とともに原告を被告花押に派遣した者である。
(2) 本件事故の発生
原告は,平成14年11月29日午前11時08分ころ,高松市<以下省略>所在四国横断自動車道中間高架橋(PC(プレストレストコンクリート)上部工)工事場所(地上約8メートル。以下「本件現場」という。)において,足場上で解体された枠組支保工等の材料の荷下ろし作業(以下「本件作業」という。)中,地上に転落し,左肘頭骨折(抜釘後),左上腕・前腕・大腿骨転子部骨折,骨盤骨折の傷害を負った(<証拠省略>,以下「本件事故」という。)
(3) 原告の治療状況等
ア 原告は,前記傷害につき,香川県立a病院(以下「a病院」という。)において,次のとおり治療を受けた(<証拠省略>)。
入院 平成14年11月29日から平成15年1月28日まで61日(<証拠省略>)
平成15年5月12日から同年5月14日まで3日(<証拠省略>)
通院 平成15年1月29日から平成15年5月12日まで及び同年5月14日から平成16年6月7日まで493日(上記入院日と重複する部分を除く,実通院日数26日。<証拠省略>)
イ 原告は,平成16年6月7日,a病院において,左手関節尺側に痛み,左三角線維軟骨複合体損傷,また,時々腰痛,左握力の低下を認める,関節可動域は正常との診断を受け,その症状は固定した(<証拠省略>)。
(4) 覚書の存在
ア 次のような内容の平成15年1月16日付け覚書(<証拠省略>。以下「本件覚書」という。)が存在し,本件覚書には,原告及び親権者である原告の母名義の各署名・押印並びに原告親権者父,被告花押,被告Y1工業,被告Y2建設及び被告Y3工業所の各記名・押印がある(<証拠省略>)。
「 平成14年11月29日,香川県高松市<以下省略>において,株式会社エム・テック中間高架橋工事で発生した労働災害において,原告とその父A6,その母A7は,株式会社花押代表取締役A2と,株式会社Y1工業代表取締役A3との間で以下の約束を確約する。
① 労働保険にて医療費ないし休業補償を原告に誠実に約束する。
② 休業補償について労働保険との日額差額を原告が受領すること。
③ 見舞金として,100万円を原告が受領すること。
④ 後遺障害については労働保険の範囲内で補償を行う。」
イ 被告Y1工業は,原告に対し,本件覚書に基づき,平成14年12月30日に30万円を,平成15年1月20日ころに70万円をそれぞれ支払った(争いがない)。
(5) 原告の休業補償給付及び後遺障害補償一時金の受給
原告は,高松労働基準監督署から,平成15年7月10日から平成16年7月8日にかけて,休業補償給付として合計148万5249円の支給を受け(<証拠省略>),平成16年7月15日,障害補償一時金として105万2220円の支給を受けた(<証拠省略>)。
第3争点及び争点に対する当事者の主張
1 争点
(1) 被告らの安全配慮義務違反
(2) 被告エム・テックの安全配慮義務違反と本件事故との因果関係
(3) 過失相殺
(4) 原告の損害額
(5) 本件覚書による和解ないし免除
2 争点に対する当事者の主張
(1) 争点(1)(被告らの安全配慮義務違反)
(原告の主張)
ア 被告エム・テック
(ア) 被告エム・テックは,本件現場を含む工事全体の安全を管理する立場にあったところ,本件工事において,被告Y1工業,被告花押及び被告Y2建設らと打ち合わせをし,協議の上,本件現場の作業手順を決めている。作業の指揮命令については,被告エム・テックが被告花押を,被告花押が被告Y2建設派遣のA8を中心とした作業員を,それぞれ指揮命令する形がとられていた。
その上で,具体的な安全管理体制として,安全推進室を設置し,安全推進員らによって1時間に1回,定時の安全確保のため,作業手順が守られているかを確認するために巡回するなどの安全管理を行っていた。
(イ) 本件事故当日,被告エム・テックの現場担当社員であるA9(以下「A9」という。)は,定時の安全確認の巡回として本件現場を巡回していた際,転落防止のための手すりが外されていることに気付き,かなり危険な状態であると感じたが,原告を含む現場の作業員らに安全確保のために親綱や安全帯の使用といった具体的指示をすることなく,被告花押の代表者であるA2を探すため現場を立ち去った。
(ウ) 元請会社である被告エム・テックには,現場の作業員に,作業手順を順守させ,それと異なる場合には,安全が確保できるよう具体的な指示・命令をなすべき安全配慮義務があった。被告エム・テックは,本件事故当日,具体的な指示・命令をせずにこれを怠り,被告花押以下の現場作業員に任せたまま放置した。また,上記(イ)のとおり,A9は,本件現場で手すりが除去され,安全帯を着用せずに作業している現場作業員がいるのを発見したのであるから,現場作業員の安全を確保するために,親綱や安全帯の使用といった具体的指示をすべきであったのに,これらをすることなく放置し,漫然とA2を探すにとどまったものであるから,安全配慮義務違反がある。
イ 被告Y1工業
被告Y1工業は,同社従業員のA10(以下「A10」という。)を本件工事における安全推進員として現場に常駐させており,同人は被告エム・テックの職員らとともに安全確保ができているかどうかの巡回を行っていたのであり,実質的には被告エム・テックが構築した安全管理体制に組み込まれており,作業手順が守られ安全が確保されるようにする義務を負っていた。A10は,本件事故当日朝のミーティングにも出席しており,安全管理上の指揮命令系統に関与していることは明白である。
ウ 被告花押
被告花押は,代表者のA2が本件現場の安全上の責任者であり,また,本件現場の同責任者として,職長であるA8に作業内容を指示していた。
A2は,本件事故当日,A8から,作業手順と異なるが先に手すりを外してよいかと尋ねられ,これを許諾した。作業手順と異なり先に手すりを外して作業をすることになったのであるから,A2には,本件現場の安全上の責任者として,作業員の安全が確保されるよう新たな手順を指示すべき安全配慮義務があった。
それにもかかわらず,A2は,現場にいないまま電話で,親綱を張り安全帯を使用するよう具体的に指示せず放置した。
エ 被告Y2建設
被告Y2建設は,元方事業者として,原告に対する安全配慮義務を負担していた。また,被告Y2建設は,被告花押との間で人工契約を締結し,原告ら派遣労働者を提供して,人工賃を受け取っていたものであるから,被告Y2建設と原告との間には,労働(雇用)契約もしくはそれに準じる契約関係があったといえる。被告Y2建設は,その契約関係に基づいて,原告に対する安全配慮義務を負っていた。
被告Y2建設は,本件現場における指揮をする職長としてA8を選任しており,最終的な決定権は被告花押にあるとしても,本件工事の内容に応じた指揮命令系統に関与しているから,単なる派遣元ではなく,原告を現場で直接指揮命令する立場になかったとしても,安全配慮義務を免れるいわれはない。
オ 被告Y3工業所
被告Y3工業所は,労働契約を締結して原告を直接雇用していたものであるから,原告の作業現場を確認し,事故なき作業環境,作業体制を確保すべき安全配慮義務を負っていた。
(被告エム・テックの主張)
ア 被告エム・テックが,労働安全衛生法29条にいう元方事業者であることは認めるが,元方事業者としての義務を負担することから直ちに安全配慮義務が生じるものではない。安全配慮義務は,雇用契約が存しない場合にあっては,下請業者の被用者が,あたかも直接元請業者に雇用されているのと同視しうる程度に,被用者が元請人の指揮命令に従い,労務に従事している場合のみ生じうる義務と解すべきである。被告エム・テックは,元請業者として工事全体の施工管理(工程管理・品質管理・安全管理)を行っていたのであって,下請業者及びその被用者に対し作業内容(作業方法及びそれについての安全管理方法)に関する個々具体的な指示を行ってはおらず,被告エム・テックと被用者との間に指揮命令関係は全く存しない。
イ 本件現場は,事故前日までは足場があり,開口部もなく,手すりも存在していた。足場を撤去して開口部を設け,ビニールシートをはみ出させ,手すりまで撤去したのは,原告でありA8である。責任を負うべきは,A8であり,その使用者である被告Y2建設である。
ウ 本件事故の直接の原因は,原告が高所の足場上で作業をしているにもかかわらず,手すりを解体してしまったこと,それにもかかわらず親綱と安全帯を使用していなかったことである。
手すりを解体したのは,本件事故当日である平成14年11月29日の朝のことであり,原告自身によって行われたことである。
被告エム・テックは,同月25日,被告花押のA2に作業手順書を手渡し,手すりの解体は,すべての作業が終わってから一番最後に行うことを指示した。また,同月28日の昼には,翌日から解体した材料の荷下ろしを始めるとのことで,手すりの解体を最後に行うことを徹底している。先に手すりが解体されてしまったことについて,被告エム・テックは一切関知していない。
被告エム・テックは,現場において親綱を支給し,本件事故当日の朝の危険予知活動において,原告に対し,親綱と安全帯の使用を義務付けた。被告エム・テックは,本件現場において,具体的な作業を一切担当しておらず,具体的な作業を行っていたのは,原告,A8及びその配下にあった被告Y2建設の職員であり,親綱を設置すべき義務は,これらの者に存するのであって,被告エム・テックにはない。
エ A9は,本件事故直前に手すりが外されていること及び安全帯が使用されていないことを発見したが,その際,作業員に対し,安全帯を付けるよう注意した上で,作業を停止させるべくA2を探したのであって,可能な限りの努力を行っている。被告エム・テックは,原告ら作業員と直接の契約関係にはないので,その雇用者の意思も確かめずに,直接,末端の作業員に指示する権限はない。
(被告花押の主張)
ア 安全帯が使用されなかったことについて
本件作業については,作業手順書でも,本件事故当日の朝の危険予知活動でも,安全帯を必ず付けて作業をさせることとなっており,A8は,安全帯を使用させる必要性を熟知していた。それにもかかわらず,A8は,原告ら作業員に対し,これを指示しなかった。また,原告自身も,安全帯を使用すべきことは知っており,その着用もしていたのに,これを使用しなかった。
A8ないし原告は,明確な作業手順・指示に反して安全帯を使用しなかったのであるから,被告花押にその責任はない。
イ 親綱が設置されていなかったことについて
作業現場付近に安全帯を連結する足場等がないときは,安全帯を連結するための親綱を設置する必要があり,危険予知活動においても,安全帯の使用とともに,親綱を張ることが指示されている。
本件現場には,親綱にすることのできるロープが用意されており,A8ないし原告が,安全帯を使用するために親綱を設置しよう思えば,自らこれを張ることができる状況にあった。
A8ないし原告は,明確な作業手順・指示に反して親綱を設置しなかったのであるから,被告花押にその責任はない。
ウ 事故現場に現場監督を置かなかったことについて
A2は,本件事故当時,もう一方の工程の現場である中間高架橋にいたが,本件現場の現場監督はA8である。
A8は,作業員4名が安全帯を使用しないままステージ上で手すりの解体を開始しているのを確認しながら,何の注意もせずに現場を離れたものであるから,これはA8の責任である。
エ 手すりを撤去したこと等について
作業手順書では,手すりの撤去は最後に行うこととなっていたが,A8は,作業の便宜のため,A2に対し,手すりを外して作業することを申し出た。これに対し,A2は,手すりが設置されたままであると荷下ろしが難しい場合があるし,作業時は安全帯を使用すべきことを指示していることもあることから,荷下ろしに必要な部分に限って手すりを外すのであれば危険がないと考え,その旨指示したにもかかわらず,A8ないし原告らは,A2の同指示に反し,ステージ端の手すりを全て撤去してしまった。さらに,A8ないし原告らは,A2が何ら指示していないにもかかわらず,手すりとともにステージ端の通路の足場板まで勝手に外してしまった。そして,足場板を撤去した後,A8ないし原告らが,ビニールシートをステージ端の鉄骨上に被さっている状態にしてしまった。
A8ないし原告は,作業指示に反して手すりを全て撤去し,さらに,A2に無断で足場板まで撤去した上,ビニールシートをステージ端の鉄骨上に被さっている状態にしてしまったものであるから,被告花押にその責任はない。
オ 原告が年少者であるにもかかわらず高所作業を行ったことについて
満18歳に満たない者については,高さが5メートル以上の場所で,墜落により労働者が危害を受けるおそれのあるところにおける業務や足場の組立,解体又は変更の業務(地上又は床上における補助作業の業務を除く。)に就かせることが禁止されている(労働基準法62条,年少者労働基準規則8条24号,25号)。
原告は,平成14年10月17日の時点では,真実は17歳であったにもかかわらず,雇入れ時面接簿の生年月日欄に自ら「昭和○年○月○日(18歳)」と虚偽の記載をして,その年齢を偽った。
被告花押は,当時,原告が満17歳であることを知らなかった。原告ないし被告Y3工業所が,原告が17歳であることを正しく申告していれば,被告花押は,原告を高所作業に従事させなかった。
したがって,年少者であるにもかかわらず原告に高所作業を行わせたことについて,被告花押に責任はない。
(被告Y1工業,被告Y2建設及び被告Y3工業所の主張)
ア 本件現場においては,親綱を設置する必要もなければ親綱に安全帯を連結する必要もなかった。安全帯を連結しては作業ができなかった。
イ 被告Y1工業は,本件工事のうち,自らの従業員により道路付け替え工事だけを行い,その道路付け替え工事による利益を得るだけで,その余の本件工事については何ら関与せず,被告Y1工業の代表者A3や従業員が,本件工事に従事する作業員を指揮命令することがなかったばかりか,本件高所工事の現場に行くことすらなかった。したがって,被告Y1工業は,原告に対し,安全配慮義務を負う立場にはなかった。
原告は,A10を現場に常駐させ同人が巡回を行っていたことを理由に安全配慮義務を免れない旨主張するが,被告Y1工業は,PC上部工に関する工事について労働者の安全に配慮する能力はないから,そのような義務を負うものではない。
ウ 被告Y2建設は,被告Y3工業所を通じて原告を人工として本件現場に派遣した者であり,本件現場には数回行ったことがあるが,原告と同様,被告エム・テックないし被告花押の従業員である現場監督者の指揮命令に従っていたにすぎず,原告を指揮命令するような立場にはなかった。したがって,被告Y2建設は,原告に対し,安全配慮義務を負わない。
被告Y2建設が,派遣する人員の中からA8を職長として選任しているとしても,その最終的な決定は,被告花押によって行われているのであるから,被告Y2建設が指揮命令系統に関与していたわけではない。
エ 被告Y3工業所は,原告を人工として本件現場に派遣した者であり,原告に給料を支払う使用者ではあったが,本件現場には行ったこともなく,本件現場において原告を指揮命令するような立場にはなかった。したがって,被告Y3工業所は,原告に対し,安全配慮義務を負わない。
被告Y3工業所が,派遣に際し,原告の年齢を確認しなかったことは事実であるが,被告Y3工業所が原告を高所作業に従事させたわけではなく,労働基準法違反に当たることが,直ちに安全配慮義務違反を意味するものではない。
オ 本件現場においては,毎日の朝礼の際,現場監督によって2か所の現場に人工が配分され,その指示に従って作業が行われており,人工の作業現場は,その日ごとに変わるものであった。現場監督は,朝礼の際,この作業現場への人工の配分と合わせて,注意事項の言渡しをするのが通常であり,本件現場のような柵のない開口部(危険箇所)がある場合には,現場監督からその旨言渡しがなければならなかったのであるから,安全配慮義務は,現場監督及びその雇用者にある。
カ H鋼上の作業現場には,木製の作業床が全面に敷き詰められており,その上に屑が落ちないようビニールシートが敷かれていた。何らかの事情で木製の作業床の一部を除去し,開口部を生じさせたのであれば,転落防止のために手すりを設置するなど転落防止に必要な措置を講じるべきである。解体工事前の段階で,解体工事のための人工を派遣した被告Y2建設や被告Y3工業所は,開口部が生じたことを知らなかった。
(2) 争点(2)(被告エム・テックの安全配慮義務違反と本件事故との因果関係)
(被告エム・テック)
原告は,18歳であると虚偽の申告をして本件の高所作業に従事したものであるが,原告が17歳と申告するか,被告Y3工業所が原告の年齢確認を行っていれば,被告エム・テックは,原告を高所作業に従事させてはおらず,本件事故は起こりえなかった,したがって,そもそも,本件事故は,原告の虚偽申告を原因とするものであり,被告エム・テックの安全配慮義務違反と原告の損害との間には因果関係がない。
(3) 争点(3)(過失相殺)
(被告エム・テックの主張)
ア ①原告が注意を怠って,足場の外へ落ちてしまったこと,②原告が自ら足場を解体し,開口部を生じさせたにもかかわらず,ビニールをはみ出させていたこと,③被告エム・テックは親綱を支給しており,原告自身に親綱を設置する義務があること,④本件事故当日の朝に行われた危険予知活動において,転落防止のため親綱と安全帯の使用を徹底し,原告もその書面に署名していること,⑤実際に,A9が,本件事故当日,原告ら作業員に対し,安全帯を使用するよう注意したにもかかわらず,原告らはこれを無視したこと,⑥原告が足場の外へ足を踏み出した原因の一つには足場上の材料の整理整頓がなされていなかったことがあるが,この整理整頓こそ原告が具体的に担当していた役割であったこと,⑦原告は,本件事故当時17歳であったにもかかわらず,18歳であると虚偽の申告をして稼働したこと等にかんがみると,原告自身の過失も非常に大きく,8割程度の過失相殺をすべきである。
イ また,本件においては,複数当事者の過失が問題とされているが,仮に,被告エム・テック,その余の被告ら及び原告のいずれにも過失が認められるとしても,本件の場合,被告エム・テック,被告Y1工業,被告花押,被告Y2建設,被告Y3工業所及び原告の順に,それぞれ契約関係が存在するのであるから,これを被告らの単純な共同不法行為と見て,被告ら全体の過失と原告の過失を比較して,一律に過失相殺することは許されない。少なくとも,被告Y3工業所は,原告と直接の契約関係にあるから,被告Y3工業所の過失は原告側の過失として評価されるべきである。また,A8以下の被告Y2建設の職務分担は,A8の専権に属するものであり,被告エム・テックの関与できるものではないから,このようなA8以下の職人の過失は全て,原告側の過失として斟酌されるべきである。
ウ 仮に,上記イのような考え方をとれないとしても,中間者である被告エム・テック以外の被告らが被告エム・テックの指示に明白に反することを行っていることからすれば,そのような重大な過失の全てについて,被告エム・テックが同等の責任を負担することは公平に反することであり,原告と被告エム・テックとの間の過失割合を認定するに際しては,中間者の過失を除外して,単純に原告と被告エム・テックの過失を比較衡量すべきである。そして,このような視点に立ったとき,被告エム・テックによる安全帯をつけるようにとの再三の注意を一切無視し,被告エム・テックに対しても年齢を偽った原告の過失は,被告エム・テックの過失をはるかに上回るものである。
(被告花押の主張)
ア 建設作業現場においては,労働者自身も,日常災害事故を未然に防止する細心の注意を払うべきであり,自ら危険を予知できる場合には,自ら安全を確保すべき注意義務があることは当然である。
そして,社会通念上危険であると容易に判断され,簡単にその危険が回避しうるものについては,自ら判断においてその危険を回避するものと期待するのもまた当然である。このような場合に労働者が被災しても,大幅な過失相殺がなされるにとどまらず,場合によっては,使用者側は免責されるというべきである。
高所での作業には危険が伴うのが一般であり,さらに本件では,ステージの端から手すりと足場板が撤去されてしまっており,その作業には原告が関わっているのであるから,ステージの端から転落の危険性があることは原告も容易に認識し得たはずである。原告がわずかにでも注意を払い,慎重に作業をしていれば,本件事故に遭わなかった可能性が高い。
イ 本件高所作業に当たっては,本件事故当日の朝に行われた危険予知活動において,安全帯を使用すべきことが明確に指示されており,原告は,本件事故当時,現に安全帯を装着していたにもかかわらず,これを使用することをしなかった。また,本件事故現場にロープが用意されていたにもかかわらず,原告は安全帯を使用するために必要な親綱を設置しなかった。さらに,原告は,本件作業中,被告エム・テック職員より安全帯を使用するように注意されてもなお,安全帯を使用することをせずに漫然と作業を続けた。
ウ 原告は,本件事故時,解体した支保工の整理を担当していた。原告が転落した付近においては,支保工が雑然と置かれていたり,ビニールシートが鉄骨の上にかぶさっている状態になっていたが,これは原告の整理整頓ができていなかったからであるといえる。
エ 原告は,被告花押の雇入れ時の面接において,虚偽の年齢を申告している。仮に,原告が真実は17歳であることを正直に申告していれば,原告を本件現場のような高所での作業に従事させることはありえなかった。
オ 以上の諸事情からすれば,本件事故は,原告自身が自ら招いたとさえ評価しうるのであるから,被告花押は免責されるか,または,原告に極めて重大な過失が認められ,少なくとも8割以上の過失相殺がなされるべきである。
(被告Y1工業,被告Y2建設及び被告Y3工業所の主張)
被告Y1工業,被告Y2建設及び被告Y3工業所は,本件事故当時原告が17歳であることを知らなかった。また,原告が18歳であると偽って高所作業に従事させたことはない。
(原告の主張)
本件で,原告には過失相殺すべき何らかの落ち度は全く見受けられない。原告は,仕事内容に全く未熟な未経験者であり,むしろ,雇用側の安全配慮懈怠のために本件事故が発生したものであることは明白であり,本件で被告らが過失相殺すべき事由ありとしている内容は,全て被告らの過失内容そのものであり,それは原告に責任転嫁しうる事由ではない。本件事故現場での手すりの解体,安全帯不着用も全て被告らの指示によるもので,原告は単にその指示に従っていたにすぎない。
原告が年齢を17歳であるのに18歳であると故意に偽った事実はない。被告らは,原告が17歳であることを十分知悉して原告を雇用し,本件作業に従事させていたものであり,そのために労災事故に際し,監督官庁に対して,それをごまかして対応しただけであり,この点について原告に責任がないことは明らかである。
(4) 争点(4)(原告の損害額)
(原告の主張)
本件事故により,原告に次のとおりの損害が生じた。
ア 休業損害 367万1131円
原告本人の1日当たりの平均賃金は6590円90銭であり,これに休業期間合計557日間を乗じると,その休業損害は367万1131円(円未満切り捨て)となる。
原告は,平成16年6月7日に症状固定に至ったが,それまでは全く就労はできていなかった。上記症状固定後の就労状況は以下のとおりであり,後遺症の影響で働けたり,働けなかったりの繰り返しである。
平成16年8月4日から同年9月 Y3工業所
同年11月から平成17年4月 b製作所(溶接)
同年9月から同年10月 c工業(解体)
同年11月からの3週間 JA(ガソリンスタンド,アルバイト)
平成18年2月から現在 b製作所(溶接)
イ 傷害慰謝料 300万円
ウ 入院雑費 12万円
1日当たり2000円として60日間で12万円となる。
エ 通院交通費 5万2000円
通院実日数26日として,原告の実母の付添費用も含めて1回当たりの交通費2000円(往復)相当で5万2000円となる。
オ 後遺症逸失利益 1261万5432円
(ア) 基礎収入について
給与所得者の場合,原則として事故前の収入を基礎として算出されるが,原告のような若年労働者については,学生の場合に全年齢平均の賃金センサスを用いることとの均衡から,全年齢平均の賃金センサスを用いてこれを算出するのが,交通事故訴訟における確立した方法である。労災事故でもこれと同様にすべきである。
原告は,本件事故当時17歳のまさに若年労働者であり,その収入も低く抑えられていたのであるから,この収入を基礎とするのは妥当でない。他方,当時17歳であった原告には,同年代の高校生と同じく将来の可能性は無限に広がっていた。このような観点からすれば,原告の基礎収入については,実収入ではなく,賃金センサスの男子全年齢平均給与額(月額41万5400円)によるのが公平である。
(イ) 労働能力喪失の程度,期間について
原告は,後遺障害12級の認定を受けており,67歳までの48年間(対応するライプニッツ係数18.077)にわたり,労働能力を14パーセント喪失したというべきである。
本件事故から5年以上経過した現在においても,なお腰痛をはじめとする各所の痛みが続いており,長くても5年程度という主張が失当であるのは明らかである。腰は人体の要の部分であり,生活をしていく上で常に負荷がかかる部分であるから,他の部分に比べ治癒しにくいと考えるべきであり。頚椎等の神経症状と同列に,その期間を制限すべきであるとはいえない。原告が後遺症に悩まされながらも働いていけているのは,原告自身の並々ならぬ努力と十分な職場の理解によるものであり,労働喪失期間を5年間に限定すべきであるとか,労働能力喪失率を14パーセントから下げるべきであるとするのは不当である。
(ウ) 前記基礎収入(年収498万4800円),労働能力喪失期間48年間(対応するライプニッツ係数18.077),労働能力喪失率14パーセントとして,原告の逸失利益を算定すると,1261万5432円(円未満切り捨て)となる。
カ 後遺症慰謝料 300万円
キ 損害合計 2245万8563円
ク 損益相殺後の金額 1992万1094円
原告は,労災保険により休業補償給付として合計148万5249円(<証拠省略>)を,障害補償一時金として105万2220円をそれぞれ受領した(合計253万7469円)。
原告は,本件覚書に基づき,見舞金として100万円を受領したが,これは損害賠償金として受け取ったものではないから,控除すべきではない。
ケ 弁護士費用 200万円
コ 総合計 2192万1094円
(被告エム・テックの主張)
ア 休業損害について
(ア) 原告の1日当たりの平均賃金が6590円90銭であることは認める。
(イ) 休業期間は否認する。
a病院の入院診療録(<証拠省略>)には,平成15年8月4日から仕事をしている旨の記載があり,平成16年8月に仕事に復帰したとする陳述書(<証拠省略>)の記載はこれに明らかに反している。したがって,原告の休業損害は一切認められない。
仮に認めるとしても,入院の実日数64日と通院の実日数26日の半分の13日の計77日であり,原告に認められる休業損害は,最大50万7499円(6590円90銭×77)である。
イ 傷害慰謝料について
原告の入院期間は64日(2か月)であり,通院期間は493日と長期にわたるものの,実日数は26日にすぎない。しかも,その内容は,原告が運転免許の取得や仕事をしている中で,左手の痛みを観察し,手術を行うかどうか長期にわたって検討していたものにすぎず,実際には,治療が行われた形跡はほとんど存在しない。したがって,慰謝料の算定に当たっては,通院実日数の2倍の2か月を参考にすべきである。
ウ 入院雑費について
1日当たりの金額は1500円が相当であるから,9万6000円(1500円×64)である。
エ 通院交通費について
次のとおり,1回1640円(片道820円×2)が相当であるから,4万2640円(1640円×26)である。
自宅・JR讃岐津田駅間 100円
JR讃岐津田駅・JR高松駅間 540円
JR高松駅・a病院間 180円
以上合計 820円
オ 後遺症逸失利益について
(ア) 原告が労災保険において後遺障害12級に認定されたこと自体は争わないが,現実の就労・収入にどのような影響が生じるのかについての主張が一切ないので,原告の主張は失当である。
(イ) 原告は,現在,溶接の仕事をし,時給1300円で,1日8ないし10時間,週6日稼働している。月給30万円程度であり,本件事故当時の収入(日給6590円)を大幅に上回っているばかりか,賃金センサス(平成18年男子中卒20ないし24歳)の年297万円をも大幅に上回っている。
したがって,原告には,逸失利益は存しない。
(ウ) 原告の具体的な後遺障害の内容は,左手関節痛が12級12号の「局部に頑固な神経症状を残すもの」に該当し,腰痛が14級9号の「局部に神経症状を残すもの」に該当し,この併合で12級30号に認定されたものである。
神経症状の後遺障害の場合には,神経症状自体が永続するものとは考えられないし,労働能力自体への影響も年数の経過とともに減少すると考えられるから,原告の労働能力喪失期間は,5年間を限度とすべきである。
したがって,仮に,原告に逸失利益が認められるとしても,それは,145万3089円(19万9800円×12×0.14×4.329)が限度である。
カ 後遺症慰謝料について
290万円が相当である。
キ 損益相殺
労災保険給付合計253万7469円のほか,損害の填補として被告花押から支払われた100万円を控除すべきである。
(被告花押の主張)
ア 休業損害について
a病院の入院診療録(<証拠省略>)には,原告が休業したとして主張する期間中,原告が就業していたことをうかがわせる記載が複数みられる。また,原告の主治医は,休業補償給付支給請求書(<証拠省略>)に「療養のため労働をすることができなかったと認められる期間」として「平成15年8月4日から平成15年12月15日まで134日間のうち4日」と記載している。
原告の主張は,上記客観的証拠に反するものであり,現実の収入減が具体的に立証されない限り,休業損害は認められるべきではない。
イ 傷害慰謝料について
具体的な治療経過が明らかでないので,算定の前提となる入通院期間について否認する。
ウ 後遺症逸失利益について
原告は12級と認定されているが,その理由は,左手関節痛(12級12号)と腰痛(14級9号)であり,いずれも神経症状である。そして,通院期間中も塗装の仕事をし,現在は溶接の仕事に就いていることからしても,等級表どおりの労働能力喪失率14パーセントは高きに失するし,また,労働能力喪失期間は,長くても5年程度が相当である。
エ 損益相殺
原告は,労災保険による給付のほかに,本件覚書に基づき,見舞金名目で100万円を受領している。100万円という金額は,社会的儀礼上の見舞金としては多額にすぎ,これが損害の填補の性質を有することは明らかである。
(被告Y1工業,被告Y2建設及び被告Y3工業所の主張)
ア 休業損害について
原告は,通院した134日間のうち,診療実日数は9日間,療養のために労働することができなかったと認められる期間は4日間であった。休業損害が認められるとしても,入院期間60日と通院期間497日のうち134分の4の14.8日の合計74.8日にとどまる。
イ 後遺症逸失利益について
原告は漫然と通院を続け,その間,友人と遊んでいたものであるから,労働能力喪失の程度及び期間は争う。
ウ 後遺症慰謝料について
労働能力喪失の程度及び期間に疑問がある。
(5) 争点(5)(本件覚書による和解ないし免除)
(被告花押,被告Y1工業,被告Y2建設及び被告Y3工業所の主張)
原告は,本件覚書により,本件覚書を締結した被告4名に対する本件事故に関する請求権について,労働保険の範囲内で行使すべきことを約定したから,被告Y1工業,被告Y2建設及び被告Y3工業所に対する請求権は,労災保険からの支払により既に消滅している。
本件覚書は,原告及びその親権者らが署名・押印している上,その文面も一般人であれば容易に理解できる内容である
(被告エム・テックの主張)
本件覚書の内容は,原告の損害を解決するものとして完結しており,他への請求を予定していることはうかがわれない。また,本件覚書の本文部分の当事者は,被告Y1工業及び被告花押のみであり,見舞金の支払義務を負担するのもこの両者のみであると考えられ,この両者のみの署名・押印で足りるものとも考えられるが,署名・押印欄には,被告Y2建設や被告Y3工業所も加わっている。被告エム・テック以外の被告ら4名は,いずれも本件覚書によって和解が成立したと主張しているところ,これら和解が被告エム・テック以外の被告ら4名との間では,損害の一部のみを請求し,残部を被告エム・テックに対して請求する趣旨で締結されたものであるとすると,後日,残部を支払った被告エム・テックから他の被告ら4名に対して求償がなされることになり,この和解には何の意味も存しないことになる。そして,本件覚書の冒頭部分には,被告エム・テックの名称を記載した上,その他の被告ら4名が,「関係者全員」と明記されているのであるから,本件覚書は,賠償義務者を被告エム・テック以外の被告ら4名に限定するする趣旨が含まれていると見るべきである。
したがって,原告は,本件覚書の作成により,被告エム・テックに対しても,その損害賠償義務を免除したものである。
(原告の主張)
原告及びその親権者らは,これに署名捺印したら見舞金100万円を出すと言われて,その内容も見ず,その記載内容を全く理解しないまま,署名捺印したものである。
本件覚書の記載内容は,後遺症について,被告エム・テック以外の被告ら4名は,労災給付以外に支払をしないというものであり,わずかな見舞金で原告の後遺症損害を実質上放棄させるものにほかならず,原告らにその理解,認識なき以上,無効な合意というほかない。
第4当裁判所の判断
1 認定事実
前提事実(第2・2)と,証拠(<証拠・人証省略>)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認めることができる。
(1) 本件工事の受注と被告らに対する下請
ア 被告エム・テックは,平成13年8月8日,日本道路公団四国支社との間で,四国横断自動車道中間高架橋(PC上部工)工事を,代金5億0400万円(うち取引に係る消費税及び地方消費税額2400万円)で請け負う旨の契約をした(<証拠省略>)。
そして,被告エム・テックは,被告Y1工業に対し,平成14年6月29日,本件工事を代金1億3497万7500円(うち消費税額642万7500円)で注文した(<証拠省略>)。しかし,この注文は,相当程度形式的なものである。すなわち,被告エム・テックが,d工業有限会社(以下「d工業」という。)に対し,下請に出す際,①被告Y1工業が,本件工事につき,本件現場の道路付け替え工事を行うこと,②被告エム・テックとしては,地元企業を使っているという建前ができること,③被告Y1工業としては帳簿上売上を増加させることができることから,被告Y1工業を中間に入れ,被告エム・テックから被告Y1工業が本件工事を請け負い,それを被告Y1工業がd工業に下請(孫請)に出すという形式をとった(<証拠・人証省略>)。
イ その後,d工業の代表取締役であるA11は,同年9月17日,所在不明となった。そのため,被告花押が被告エム・テックとの契約(形式的には被告Y1工業からの下請契約)を引き継ぐこととなった。その結果,同年10月1日,被告花押は,被告Y1工業から,本件工事を代金1億2300万円で下請する契約を締結した(<証拠省略>)。
被告Y1工業は,道路付け替え工事以外の本件工事については,何ら関与せず,被告Y1工業の従業員が,本件現場の作業員を指揮命令することはなかった(<証拠省略>)。
ウ 被告Y2建設は,有限会社e工匠の紹介により,同年9月ころ,被告花押との間で,人工を派遣する契約を締結した。被告Y2建設は,上記e工匠から,同人が被告Y2建設に対して負っていた未払金債務の履行の代わりに仕事を回すことを持ちかけられ,同年10月1日,被告花押との間に人工契約を締結した(<証拠省略>)。その内容は,被告Y2建設が被告花押から人工1人につき,日額1万5000円(税別)の人工賃を受け取るというものであった。同人工契約により派遣された人工は派遣先である被告花押の指揮命令に服するものとされた(<証拠省略>)。
同人工契約に基づき,被告Y2建設は,被告花押から,数十人の人工を集めるようにとの指示を受けた。そして,被告Y2建設は,被告花押の指示どおりの人工をそろえる必要があったため,被告Y3工業所ら5・6社に声をかけ,被告Y3工業所らは,それぞれ被告Y2建設と人工契約を締結した。
エ 被告Y3工業所は,被告Y2建設からの要請を受け,同月17日,原告と雇用契約を締結し,被告Y2建設に人工として派遣することとした(<証拠省略>)。その際,被告Y3工業所は,原告が17歳であることを認識していた。原告は,同日,本件現場作業をするに際し,雇入れ会社名として被告花押が記載された雇入れ時面接簿(<証拠省略>)に氏名,住所,生年月日等を記入した。その際,生年月日については,昭和○年○月○日(18歳)と虚偽の記載をした。なお,同面接簿の右側には,面接官として被告エム・テックのA12の印が押されている。
(2) 本件現場の状況
本件作業の現場は,四国横断自動車道の高架橋建設現場であり,本件工事全体には,檀紙高架橋と中間高架橋が含まれていた。
本件工事全体は,檀紙と中間とは1キロメートル程度離れている上,それぞれ上りと下りの2本の橋があり,工区は橋の下の部分と橋面の部分に分かれており,大きく8つの工区に分かれていた。工事は,それぞれの工区において,並行して進行している。
本件事故が発生した現場は,P8,P9と呼ばれる檀紙橋の橋脚の間で,高さ8.24メートルの位置に設置されていたステージ上であった。ステージの広さは,長さ26.56メートル,幅は14メートルであった(<証拠省略>)。
(3) 被告エム・テックの監視等
被告エム・テックは,本件現場近くに本件現場の監督事務所を設置し,その所長としてA13(以下「A13」という。)をおいた。その上で,安全推進室を置き,同室長であるA14,安全推進員のA15及びA16の3名が,日常的に,本件工事全体の巡視を行っており,1時間に1回程度,巡視を行っていた。檀紙の巡視は,通常は,A15が担当していたが,本件事故当日は,A15が出張のため,所長代理のA17は,A16に対して,檀紙の巡視を依頼し,さらに,A16に急な用事が入ったため,A16はA18に同巡視を依頼していた。
なお,被告Y1工業のA10も安全推進員として,本件現場に常駐し,被告エム・テックの上記安全推進員らとともに現場の巡視を行っていた。
(4) 型枠支保工の解体手順
ア 被告Y2建設らは,平成14年11月20日ころから,型枠支保工の解体作業に従事していた。型枠支保工の組立・解体には,型枠支保工組立等作業主任者の国家資格を有する者を配置することが必要であることから,A8がその資格者として常駐していた。そして,A8を職長とし,被告Y2建設のA19,A20,A21,A22,f工業のA23,g企画のA24,そして被告Y3工業所の原告の計8名で1班を構成していた。これらの作業員は,いずれも,被告Y2建設の支給したヘルメットを着用して作業にあたった。A8ら8名は,本件現場においては,派遣先のA2の指示に従うものとされていた。
イ A9は,A13に対し,同月25日,支保工支柱式の解体作業についての作業手順書(<証拠省略>)を手渡した。これによれば,作業条件として,クレーン作業とすること,使用機械及び工具として,25トンクレーン,10トンクレーン,ラジェットスパナ,スパナ,玉掛ワイヤー,H鋼クランプレバーブロック,カイシャクロープ,安全帯と記載され,また,作業手順等として,①張出し部のサポートを緩める,②合板,角材を撤去する,③張出し部のサポートを解体する,④Pコンの穴埋め,⑤底版部ジャッキを緩める,⑥底版型枠,角材の撤去,⑦大引き材の撤去,⑧建枠の解体,⑨足場板の撤去,⑩H鋼(594H)の撤去,⑪H鋼(350H)の撤去,⑫水平つなぎ筋交の解体,⑬支柱の解体,⑭枕H鋼の撤去,⑮覆工板の撤去,⑯その他が定められていた。
A13は,A9の作成した同手順書の原案に手書きで,条件確認欄に「作業主任者の選任標示,手すりの撤去は最後に指示する,安全帯の完全使用,くわえ煙草及び吸いがらのポイ捨て厳禁,材料の投げ捨て厳禁,以上厳守のこと」と加筆をした上,末尾にサインをし,同日,A2にこれを手渡し,A2は末尾にサインをした。
ウ A2及びA8は,被告エム・テックに対し,同月28日昼ころ,本件作業の進捗状況(本日中に型枠支保工の解体をほぼ終える見込みであること)について報告を行い,また前記作業手順書に基づいて,翌日の荷下ろし作業についての打ち合わせを行った。この際,手すりの解体は,荷下ろしが全て完了した一番最後に行う旨の報告がなされた。なお,同打ち合わせには,被告エム・テック側からA13,A17,A18,A9,A14及びA16らが出席していた。
(5) 本件事故当日の作業状況
ア 被告エム・テックは,本件事故当日の午前7時45分から朝礼を行い,次いで,ツールボックスミーティング(TBM),危険予知活動(KYK)を行った。被告エム・テックからは,いずれも,A18とA9が出席した。朝礼の際,被告エム・テックの担当者らから,A8に対し,危険なところで作業するときは,安全帯を装着して作業するように指示がなされていた。
A18とA9は,その後,それぞれの事務所においてデスクワークを行った。
A8及び原告らは,これらのミーティングに出席し,TBMについての報告書(作業指示書・安全日誌・工事日報,<証拠省略>)及びKYKの報告書(危険予知活動表,<証拠省略>)のいずれにも参加者として署名をした。
イ 本件事故当日,前記のA8を職長とする8名の班は,支保工の解体と昇降階段の2つの作業を担当した。A8は,8名を4名ずつ2班に分け,A19,A20,A23及び原告が本件事故現場に配置された。
ウ そして,同日午前8時ころ,本件事故現場において,前記作業手順書の作業手順⑥の底版型枠,角材の撤去作業が開始された。上記4名の職務分担は,原告が解体された材料を集め,A19とA20が玉掛けを行い,A23がこれを下で受け取るというものであった。
原告は,安全帯を装着していたが,これを親綱に固定するなどしていなかった。
原告らは,当初は,前日,被告エム・テックに報告したとおり,手すりを残したままで,手すりに一番近い列の資材の荷下ろしを行っており,午前9時すぎ,A18が,最初の巡視を行い,本件事故現場を通りかかった際には,手すりを残したまま荷下ろしが行われていた。
その後,手すりに一番近い列の荷下ろしが終了し,奥の荷下ろしが開始された際,奥の資材を手前に移動させるのでは手間がかかることから,効率よく作業を進めるため,A8は,奥までクレーンを差し入れることができるように手すりを撤去することとした。
そして,A8は,A2に対し,邪魔になるから手すりを外したい旨の申し出をしたところ,A2はこれを許可したことから,A8らは,手すりを撤去した。その際,A2は,A8に対し,どの部分の手すりをどういう順番で撤去するか,手すりの下部にある作業板についてはどうするのか及び安全帯設置のための親綱についてはどの部分に張るのかなどといった細かな指示はしなかった。
(6) A9による巡視
本件事故当日,檀紙の巡視担当となっていたA18は,A9が,同日午前10時すぎに,檀紙の橋面に写真を撮りに行く予定があったことから,同人に対し,檀紙の巡視を依頼した。
A9は,巡視の際,本件現場の下を通りかかったところ,作業手順と異なり,作業の初期の段階で手すりが外されているのを発見した。そして,そのような状態であるのに,安全帯を使用しないで高所作業をしている作業員がいることから,階段でステージに上がり,作業員らに対し,親綱を設置して安全帯を使用するよう口頭で注意した。A9は,被告Y2建設が派遣した作業員らをとりまとめているA2に連絡して,作業手順を見直させる必要があると考え,A2の携帯電話に電話をかけたが,同人は電話に出なかった。そこで,A9は,橋面に出て,A2を探していたところ,同日午前11時8分ころ,本件事故が発生した。
(7) 本件事故の発生
原告は,本件事故当日,本件現場において,足場上で解体された枠組支保工等を荷下ろしする準備として,足場の南東側の既に手すりが撤去された付近にこれらを移動させる作業をしていた。
足場は,鉄骨を組んだ上に板が敷かれ,その上をビニールシートで覆った構造であったが,足場の端の方は鉄骨が飛び出した状態となっており,鉄骨の間の板のない部分にまでビニールシートの一部が広がっていたことから,原告は,足場上を歩行中,板がないことに気付かずに開口部の上のビニールシートを踏み抜き,そのまま8.24メートル下の地上に転落した(<証拠省略>,原告本人)。
(8) 原告の受傷と治療状況
原告は,本件事故により,左肘頭骨折(抜釘後),左上腕・前腕・大腿骨転子部骨折,骨盤骨折の傷害を負い,a病院において,次のとおり治療を受けた(<証拠省略>)。
入院 平成14年11月29日から平成15年1月28日までの61日間(<証拠省略>)
平成15年5月12日から同年5月14日までの3日間(<証拠省略>)
通院 平成15年1月29日から平成15年5月12日まで及び同年5月14日から平成16年6月7日までの493日間(上記入院日と重複する部分を除く。),うち実通院日数26日間(<証拠省略>)
(9) 覚書の作成(<証拠省略>)
原告とその親権者である両親は,平成15年1月16日,被告花押,被告Y1工業との間で,①労働保険にて医療費ないし休業補償を原告に誠実に約束すること,②休業補償について労働保険との日額差額を原告が受領すること,③見舞金として,100万円を原告が受領すること,④後遺障害については労働保険の範囲内で補償を行うことという内容が記載された本件覚書に署名(記名)・押印した。
被告Y1工業は,原告に対し,平成14年12月30日に既に30万円を支払っていたことから,平成15年1月20日ころ,本件覚書に基づき,さらに70万円を支払った。なお,この100万円は,最終的には,被告エム・テックが負担した。
(10) 原告の症状固定
原告は,平成16年6月7日,a病院において,左手関節尺側に痛み,左三角線維軟骨複合体損傷,また,時々腰痛,左握力の低下を認める,関節可動域は正常との診断を受け,その症状は固定した(<証拠省略>)。
(11) 原告の休業補償給付及び後遺障害補償一時金の受給
原告は,本件事故により,高松労働基準監督署から,平成15年7月10日から平成16年7月8日にかけて,休業補償給付として合計148万5249円を受給した(<証拠省略>)。
また,原告は,高松労働基準監督署に対し,同年6月16日,労働者災害補償保険の障害補償給付支給申請を行い,左手関節尺側の痛み,左三角線維軟骨複合体損傷が「局部にがん固な神経症状を残すもの」(障害等級第12級12号)に該当し,また,仙骨骨折による腰痛が「局部に神経症状を残すもの」(障害等級第14級9号)に該当するとして,同一系列に属する2以上の障害が残存するものとして,第12級30号(準用第12級)に該当する旨の認定を受け,同年7月15日,障害補償一時金として105万2220円を,それぞれ受給した(<証拠省略>,調査嘱託)。
(12) 被告らの刑事処分
被告花押,A2,被告Y3工業所は,本件事故に伴い,労働基準法違反であるとして,罰金刑に処せられた。なお,被告Y3工業所の罰金の支払については,最終的に被告花押が負担した。
被告エム・テックの代表者A1は,高松労働基準監督署及び検察庁において事情聴取を受けたが,不起訴処分となった。
2 争点(1)(被告らの安全配慮義務違反)について
(1) 被告エム・テックについて
ア 被告エム・テックが,本件工事において,労働安全衛生法29条にいう元方事業者に当たることは当事者間に争いがない。被告エム・テックのような建設業を営む特定元方事業者は,その労働者及び関係請負人の労働者の作業が同一の場所において行われることによって生ずる労働災害を防止するため,作業場所を巡視し,仕事の工程に関する計画を作成するなど必要な措置を講じなければならないとされる(労働安全衛生法29条,30条)。
前記認定事実(3),(4)記載のとおり,被告エム・テックは,本件現場に監督事務所を設置し,所長のA13を常駐させた上,作業工程ごとに,被告Y1工業,被告花押及び被告Y2建設らと打ち合わせをし,協議の上,本件現場の作業手順を決めており,また,安全推進室を設置して,A15ら安全推進員らにより,1時間に1回の巡視をするなどの安全管理を行っていた。
イ A9は,本件事故当日,定時の巡視を行っていた際,作業手順とは異なって本件現場の手すりが外されていることに気付き,また,そのような状態であるのに,安全帯を使用しないまま高所作業に従事している作業員がいることに気付き,口頭で注意をしてはいるが,作業員らがすぐに親綱を張り安全帯を使用できるようにするのを確認しないまま,その場を離れている。そもそも,A9は,その場にいる作業員全員に聞こえるように注意をしたというが(<人証省略>),その現場の責任者や職長に対し個別に明確な指示をすることなく,だれに対する指示かもはっきりしないような状態で親綱の使用を呼びかけても,その効果は期待できないというべきである。その後のA9の行動からすると,A9は,A2に連絡し作業手順を変更させることを第一に考えていたものと推認されるが,そうであったとしても,A2と連絡がとれるまでは,転落の危険のある付近での作業を全面的に中断させるべきであり,その場にいる作業員全員に個別に明確な指示が行き渡るようにすべきであったといえる。
被告エム・テックは,原告ら作業員と直接の契約関係にはないので,その雇用者の意思も確かめずに,直接,末端の作業員に指示する権限はないなどと主張するが,特定元方事業者は,その労働者及び関係請負人の労働者の作業が同一の場所において行われることによって生ずる労働災害を防止するために必要な措置を講じる義務を負っているのであるから,その主張は失当である。
ウ したがって,被告エム・テックには,安全配慮義務違反があると認められる。
(2) 被告Y1工業について
ア 被告Y1工業は,被告エム・テックの下請事業者であるが,被告Y1工業は,本件工事のうち道路付け替え工事を除く工事には何ら関与しておらず,本件作業に従事していた原告ら作業員を直接指揮命令するなどの関係にもなかったのであるから,被告Y1工業は,本件作業につき,原告に対する安全配慮義務を負う立場にはなかったというべきである。
イ 被告Y1工業の従業員のA10が,安全推進員として本件現場に常駐し,被告エム・テックの安全推進員らとともに巡視を行っていたことから,これに関連する安全配慮義務を観念することはできるが,A10が,本件事故当日,本件現場の手すりが外されていたことを知っていたと認めるに足りる証拠はなく,A10が本件事故を予見することができたとは認められないのであるから,原告に対する安全配慮義務違反があるとはいえない。
(3) 被告花押について
A8を職長とする被告Y2建設派遣の作業員らは,被告花押の行う本件作業に派遣されたものであり,被告花押の代表者A2は,本件現場の監督者として,職長であるA8に対し,作業内容等を具体的に指示していた。したがって,被告花押は,原告との間に直接的な雇用関係はないものの,本件作業について原告を指揮命令する関係にあったといえるから,被告花押は,本件現場において,原告に対する安全配慮義務を負うというべきである。
A2は,本件事故当日,A8から,資材の荷下ろしに手すりがじゃまになるので,作業効率を上げるために,前日の打ち合わせで決めた作業手順とは異なり,先に手すりを外して作業を進めたいとの申出を受け,これを許可した。このような場合,手すりの撤去により転落事故の危険性が高まるのであるから,A2としては,A8に対し,どの範囲の手すりをどういう順番で撤去するのか,手すりの下部にある作業板についてはどうするのか,安全帯を使用できるようにするための親綱をどの部分に張るのかなどの安全上の措置について,本件現場で具体的な指示をすべきであったといえる。それにもかかわらず,A2は,漫然と手すりの撤去を許諾しただけで,上記安全上の措置について,何らの指示をしなかったのであるから,現場監督者としての安全配慮義務を尽くしたとはいえない。
これが本件事故につながる直接的な原因であるから,被告花押には,原告に対する安全配慮義務違反があると認められる。
(4) 被告Y2建設について
被告Y2建設は,原告との間に直接的な雇用関係はなく,被告Y3工業所から原告の派遣を受けて,さらに被告花押に原告を派遣したものであるから,本件現場において,原告を指揮命令する立場にはないといえる。
通常,派遣元は,派遣労働者について,事業場における業務について,直接的な指揮命令をするものではないため,当然に,事業場における安全配慮義務を負うことはない。しかし。派遣先の事業場が危険であることを知りながら労働者を派遣したというような個別事情によっては,派遣労働者に対する安全配慮義務違反の責任を負うことがあるというべきである。そして,建設業務における労働者の派遣は危険性が高いことから,建設業務についての労働者派遣事業は禁止されている(労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律4条1項2号)ことからすると,建設業務について労働者を派遣した派遣元は,当該労働者の安全上に何ら問題がないことを実地に確認したなどの特段の事情のない限り,建設業務の現場における安全配慮義務を尽くしたとは評価することができないというべきである。
被告Y2建設は,自ら本件現場に赴いて,本件作業の内容が原告の安全にとって何ら問題がないものであることを確認するなどはしていない。そして,本件現場に被告Y2建設が派遣した原告を含む作業班の職長は,被告Y2建設の従業員であるA8であるところ,A8は,本件事故当日,A2の許諾を得て手すりの除去をしながら,原告ら作業員に対して,親綱を張って安全帯を使用するための具体的な指示をしていないのである。
このようなことからすると,被告Y2建設が,原告に対する安全配慮義務を尽くしたということはできないから,被告Y2建設には安全配慮義務違反があるというべきである。
(5) 被告Y3工業所について
被告Y3工業所は,原告を直接雇用していたものであるから,雇用契約の附随義務として,原告の生命,身体,健康の安全に配慮する義務を負っていたというべきである。
被告Y3工業所は,本件現場には行ったこともなく,本件現場においては原告を指揮命令するような立場にはなかったから,原告に対し,安全配慮義務を負う立場にはなかったと主張する。被告Y3工業所が安全配慮義務を負うことは上記のとおりであるから,この主張については,具体的な義務違反がないことを主張するものとして判断を加えることとする。
派遣元である被告Y3工業所は,本件作業の具体的内容に即して原告に対する指揮命令をすることはないが,建設業務について労働者を派遣した派遣元であるから,被告Y2建設について判示したところと同じく,原告の安全上に何ら問題がないことを実地に確認したなどの特段の事情のない限り,本件現場における安全配慮義務を尽くしたとは評価することができないというべきである。
被告Y3工業所は,原告を17歳と知りつつ雇用し,18歳に満たない者について禁止されている高所作業等(高さ5メートル以上の場所で墜落により労働者が危害を受けるおそれのあるところにおける業務及び足場の組立,解体又は変更の業務(地上又は床上における補助作業の業務を除く。)。労働基準法62条,年少者労働基準規則8条24号,25号)に就労させたものであり,本件現場に赴き,本件の高所作業が,原告にとって安全上何らの問題がないことを特に確認したということもないのであるから,安全配慮義務違反があることは明らかである。被告Y3工業所は,以前にも18歳未満の労働者を高所作業に従事させて死亡させた前歴を有することからすると,その違法性は顕著であるといわなければならない。
3 争点(2)(被告エム・テックの安全配慮義務違反と本件事故との因果関係)について
被告エム・テックは,原告が17歳と申告するか,被告Y3工業所が原告の年齢確認を行っていれば,原告を高所作業に従事させてはおらず,本件事故は起こりえなかったから,被告エム・テックの過失と原告の損害との間には相当因果関係がない旨主張する。
しかし,被告エム・テックの安全配慮義務違反がなければ本件事故は起こらなかったという関係があり,それが社会通念に照らしても相当と認められる関係があることにより,上記因果関係が肯定されているのであり,他の事由がなければ本件事故が起こらなかったというようなことは,上記因果関係を否定する根拠にはなり得ない。
被告エム・テックの上記主張は失当である。
4 争点(3)(過失相殺)について
(1) 前記認定事実のとおり,本件事故当日の朝,ミーティング及び危険予知活動が行われ,これには原告も参加していたところ,その際,被告エム・テック担当者らから安全帯の使用が指示され,実際にも安全帯及び親綱の支給がなされていたのであるから,原告自身あるいはA8ら他の作業員を通じて,親綱を設置して安全帯を使用することが可能であったにもかかわらず,これがなされなかった結果,本件事故が発生したものであること,原告は,本件事故当時17歳であったにもかかわらず,18歳であると虚偽の申告して稼働したことにかんがみると,本件事故の発生には,原告自身にも一定の過失が認められ,原告の損害については,1割の過失相殺をするのが相当である。
(2) 被告エム・テックは,被告Y3工業所の過失及びA8ら作業員の過失については,原告側の過失として勘酌されるべきものであると主張する。
しかしながら,被害者側の者として過失相殺される者とは,被害者と身分上ないし生活関係上一体をなすとみられるような関係にある者をいうと解されるところ,原告と被告Y3工業所及びA8ら作業員がこのような関係に立たないことは明らかであるから,被告エム・テックの上記主張は採用できない。
また,被告エム・テックは,原告と被告エム・テックとの間の過失割合を認定するに際しては,中間者の過失を除外して,単純に原告と被告エム・テックの過失を比較衡量すべきであるとも主張するが,被害者保護の趣旨に照らしそのように解するのは相当でない。
5 争点(4)(原告の損害額)について
(1) 休業損害 146万5157円
ア 原告が入院した64日間は,全く就労ができなかったものと認められる。
イ 原告の通院期間は,平成15年1月29日から平成15年5月12日まで及び同年5月14日から平成16年6月7日までの493日であるが,実通院日数は26日と少ない。原告は,通院期間中,自動車運転免許を取得したり,他で就労したりもしているが,治療期間中は痛みも継続しており,痛みのため就労を中止したりもしている(<証拠省略>)から,休業損害がなかったとはいえない。
そこで,通院日については70%の,通院日以外の通院期間(467日)については30%の休業損害を認めるのが相当である。
ウ 原告の平均賃金額(1日当たり6590円90銭,<証拠省略>)を基礎として,休業損害額を算定すると,次の計算式のとおり,146万5157円(円未満切り捨て)となる。
(計算式)6,590.90×(64+26×0.7+467×0.3)=1,465,157
(2) 傷害慰謝料 160万円
入院64日,通院493日(実日数26日)であること,原告の傷害の部位,程度等を考慮すると,傷害慰謝料は160万円とするの相当である。
(3) 入院雑費 9万6000円
原告は,入院期間(64日)中,1日当たり1500円の雑費を支出したものと推認される。その合計は9万6000円となる。
(4) 通院交通費 5万2000円
原告は,通院26日について,原告の実母の付添費用も含めて1回当たりの交通費2000円(往復)を支出したものと認められる(原告本人)。その合計は5万2000円となる。
(5) 後遺症逸失利益 378万0173円
原告は,左手関節痛及び仙骨骨折による腰痛の後遺症を残して症状が固定した。左手関節痛は「局部に頑固な神経症状を残すもの」として後遺障害別等級表第12級12号に該当し,腰痛は「局部に神経症状を残すもの」として同表14級10号に該当するので,併合して12級相当であり,労働能力の14パーセントを喪失したものと認められる。
ただし,神経症状であり,労働能力への影響も年数の経過とともに減少するものと推認されることからすると,労働能力喪失期間は,10年(対応するライプニッツ係数7.7217)とするのが相当である。
原告は,現在,塗装業に従事し,時給1300円で,1日8ないし10時間,週6日稼働しているとのことである(原告本人)。このとおりのペースで就労していれば,本件事故当時の収入を上回る可能性もあるが,原告が苦痛をこらえて就労し,職場の協力と理解もあって,これだけの収入を得ることができているものと考えられるから,このことにより原告に逸失利益がないとはいえない。
原告が若年であり,労働能力を喪失した10年間に収入の増加も見込める状態にあることも考慮すると,逸失利益は,賃金センサス平成16年第1巻第1表男性労働者・中卒・25歳から29歳の平均賃金額349万6800円を基礎収入として算定するのが相当である。
以上によれば,原告の逸失利益は,次の計算式のとおり,378万0173円(円未満切り捨て)となる。
(計算式)3,496,800×0.14×7.7217=3,780,173
(6) 後遺症慰謝料 290万円
原告は,後遺症第12級相当の後遺症を負ったものであり,その慰謝料は290万円とするのが相当である。
(7) 過失相殺後の金額 890万3997円
上記(1)ないし(6)の損害合計は989万3330円となるので,過失相殺(1割)後の金額は890万3997円となる。
(8) 損益相殺後の金額 536万6528円
ア 原告が受給した休業補償給付合計148万5249円,障害補償一時金105万2220円の合計253万7469円は,損益相殺として控除すべきものである。
イ 被告Y1工業が本件覚書に基づき見舞金として支払った100万円については,社会的儀礼の見舞金としては多額にすぎ,本件覚書締結の経緯をも考慮すれば,損害の填補の性質を有すると認められるから,損益相殺の対象になると解すべきである。
ウ 前記過失相殺後の金額から上記ア,イの合計353万7469円を控除すると,536万6528円となる。
(9) 弁護士費用 50万円
原告が本件訴訟の提起・追行を原告訴訟代理人弁護士に委任したことは当裁判所に明らかである。原告の負担する弁護士費用のうち50万円につき本件事故と相当因果関係がある損害と認めるのが相当である。
(10) 総合計 586万6528円
6 争点(5)(本件覚書による和解ないし免除)について
本件覚書には,被告花押及び被告Y1工業と原告との間で成立した約束として,後遺障害については労働保険の範囲内で保障を行うとの記載があり,その文面上は,これを超える損害について両被告が責任を負わないとの内容の和解契約の趣旨に見られなくもない。
しかし,本件覚書が作成されたのは平成15年1月16日であり,まだ本件事故から2か月余りしか経過していないのであって,まだ原告は治療中で,その症状固定と比較しても1年6か月近くも前のことである。その当時,本件事故について,被告らに対する労働基準監督署及び検察庁の捜査が進行中であったこと(<証拠省略>)からすると,本件覚書は,被告らが早期の示談成立を情状面で考慮してもらおうと目論んで,その作成を原告やその両親に働きかけたものと推認される。
よって,本件覚書が,原告について生じた全損害について,確定的な示談をする趣旨であったとは解されないから,これが和解契約に当たるということはできない。
したがって,被告エム・テックに対する損害賠償義務の免除に当たらないことは明らかである。
第5結論
以上によれば,原告の請求は,被告エム・テック,被告花押,被告Y2建設及び被告Y3工業所に対し,安全配慮義務違反(不法行為)に基づき,各自586万6528円及びこれに対する本件事故日である平成14年11月29日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し,その余は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 森實将人 裁判官 真鍋麻子 裁判官 長尾崇)