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高松地方裁判所 平成21年(わ)225号 判決 2009年9月17日

主文

被告人を懲役6年に処する。

未決勾留日数中70日をその刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は,

第1平成21年4月8日午後8時ころ,a市b町c番地d所在の被告人方において,犯行当時の妻A(当時37歳)に対し,その顔面等を手拳等で数回殴打し,その左大腿部等を数回膝蹴りし,さらに前記被告人方敷地内に逃げ出した同女の頭部を特殊警棒で1回殴打するなどの暴行を加え,よって,同女に通院加療約1週間を要する右側頭部挫傷・挫創,左大腿部挫傷,顔面挫傷等の傷害を負わせ,

第2同年5月2日午前2時30分ころから午前3時ころまでの間,a市b町e番地f運送駐車場において,同所に駐車中のB管理の普通貨物自動車から,軽油約30リットル(時価合計約3000円相当)を抜き取って窃取し,

第3前記被告人方である木造スレート葺2階建家屋(床面積合計約116.77平方メートル)に,犯行当時の妻Aと居住していたものであるが,同家屋を焼損しようと企て,同日午前3時ころから午前5時ころまでの間,同家屋1階リビングルームにおいて,カーペットや床上に積んだ衣類等に軽油を撒くなどした上,マッチで同衣類に火を放ち,その火を同リビングルーム内の床板等に燃え移らせ,よって,同女が現に住居に使用している同家屋の床,内壁,天井等約24平方メートルを焼損した

ものである。

(証拠の標目)〔省略〕

(法令の適用)

罰条

判示第1の事実  刑法204条

判示第2の事実  刑法235条

判示第3の事実  刑法108条

刑種の選択

判示第1及び第2の各罪  いずれも懲役刑を選択

判示第3の罪  有期懲役刑を選択

併合罪の処理  刑法45条前段,47条本文,10条

(最も重い判示第3の罪の刑に法定の加重)

未決勾留日数の算入  刑法21条

訴訟費用の不負担  刑事訴訟法181条1項ただし書

(量刑の理由)

1  被告人は,元妻に対する傷害,元妻宅に放火するために軽油を盗んだ窃盗,元妻宅への放火の3件の犯行を犯している。

2  弁護人は,被告人の更生の可能性等から,保護観察を付した上,執行猶予にすることが相当であると主張する。しかし,本件においては,検察官が論告で主張する各点はほぼ納得できる。そして,特に以下のような事情を考慮すれば,執行猶予を付けることはできない。

(1)  各犯行はいずれも,離婚の話を持ちかけてきた元妻に復縁を拒否されてもなお,未練を断ち切れない被告人が,恨みの感情をも抱き,元妻に対する当てつけなどの動機で犯したものであるが,これは子供じみた自己中心的な考えである。被告人には,今後このような考えに基づき危険な行動を起こさないよう,自分自身をしっかり見つめ直してもらう必要がある。

(2)  傷害の犯行態様は,弱い立場の女性に対し,顔を多数回殴ったり,特殊警棒まで用いて殴るといった,執ようで危険なものである。窃盗及び放火の犯行態様も,わざわざ軽油を盗んできて,これを部屋に撒き散らして火をつけたもので,悪質かつ非常に危険である。

(3)  元妻が負った傷害の結果も軽いものではなく,放火による財産的損害も多額である。放火により近隣住民が感じた危険や不安感も軽視できない。

のみならず,元夫である被告人から,突然これらの暴挙を受けた元妻が被った精神的ショックは相当大きい。元妻は,再び被告人が自分やその家族に接触してくるのではないかと,今でも恐れている。

3  そこで,懲役刑の実刑とした場合の刑期についてであるが,上記の事情を重視すべきことからすれば,法定刑の下限を下回る刑に処することは相当でなく,酌量減軽はできない。放火罪のみに着目した場合,幸い半焼にとどまり大火には至らなかったことから,法定刑の下限に近い刑期も考えられるが,他の事件,特に傷害事件の内容にかんがみれば,懲役5年よりも長期の刑が必要である。

検察官は,懲役7年が相当であると主張しており,論告で主張されている各事情からすれば,そのような考えももっともといえる。しかし,他方で,被告人が今回の事件を機に自己の弱さに目を向け,本件各犯行及びこれを招いた自己の問題点について反省の態度を示していること,元妻との離婚に応じるなど,元妻の恐怖心をやわらげるべく努力したものとも評価しうること,軽油については被害弁償を済ませたこと,今後母親との関係が改善する可能性もあり,これまで刑務所での立ち直りの機会を与えられた経験はなく,社会復帰後の被告人の更生に希望がないわけではないことなどの事情も考慮する必要がある。当裁判所は,これらの事情をも考慮し,被告人に対し,しっかりとした真の意味での「大人」になって,立ち直って欲しいという期待をも込めて,被告人を懲役6年に処するのが相当と判断した。

(求刑 懲役7年)

(裁判長裁判官 菊池則明 裁判官 武林仁美 裁判官 荒木精一)

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