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高松地方裁判所 平成21年(ワ)113号 判決 2010年8月18日

原告

甲野太郎

被告

トヨタ自動車株式会社

同代表者代表取締役

豊田章男

同訴訟代理人弁護士

川村和夫

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  請求

被告は,原告に対し,199万1440円及びこれに対する平成17年9月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2  事案の概要

本件は,原告が,平成17年9月4日,被告が製造した自家用普通乗用自動車(以下「本件車両」という。)を運転中,単独で横転事故(以下「本件事故」という。)を起こしたことについて,本件車両の取扱書(甲7,以下「本件取扱書」という。)には,エンジンブレーキをかけるとオーバーステアになることがありスリップし易くなるから注意しなければならない旨,エンジンブレーキではABS(アンチロックブレーキシステム)が作動しない旨などの記載がなく,指示・警告上の欠陥があるほか,本件車両には,アクティブTRC(トラクションコントロール)やVSC(ビークルスタビリティコントロール)が装備されておらず,設計上の欠陥があり,これらの欠陥により本件事故が発生し,治療費や車両修理費用等の損害を被ったと主張して,被告に対し,製造物責任法3条に基づく損害賠償請求(本件事故発生日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の請求を含む。)をした事案である。

第3  基礎となる事実(以下の事実は,当事者間に争いがないか,後掲証拠及び弁論の全趣旨により認められる。)

1  原告は,平成16年9月30日,被告が製造した本件車両(RV車,車種・ハイラックスサーフ,車両番号・徳島300た0000,車台番号KDN185─0000000,初年度登録年月・平成13年10月)を,中古車として購入した(甲2,原告本人)。

2  本件事故の発生

(1)日時

平成17年9月4日午後11時25分ころ

(2)場所

高松市宮脇町2丁目0番0号付近道路(県道川東高松線172号線。以下「本件道路」という。)

(3)事故態様(甲5,15,乙2,9,原告本人)

原告が,本件車両を運転し,勾配の急な下り坂である本件道路を走行中,栗林トンネルを抜けてすぐの左回りの急カーブ(以下「本件カーブ」という。別紙「事故現場付近地図」参照。)を通過するに際し,本件カーブ進入前にフットブレーキで減速し,さらに,本件カーブ進入後,ギアをドライブからセカンドに落とし,アクセルペダルから足を離すことでエンジンブレーキをかけて更に減速しようとしたところ,本件車両が左方に横滑りし制御不能となり,本件車両の左側面が本件カーブの左側ガードレールに接触した。本件カーブの左側は崖となっていたため,原告が右に大きくハンドルを切ったところ,本件車両は,右に転回するような形で右側の対向車線に飛び出し,対向車線右方の歩道上で横転した。

なお,本件事故当時,台風の接近により,運転に危険が生じるほどではなかったものの,通常の雨よりも強い雨が降っており,路面も濡れていたほか,原告は,トランスファーシフトポジションをH2(ハイレンジ2WD〔後輪駆動〕)にして本件車両を運転していた。

3  運転補助装置の説明と本件車両の装備

(1)ABS(アンチロックブレーキシステム)(甲7,12,13,乙1,証人北川一郎)

急ブレーキ時や滑り易い路面でのブレーキ時に起こるタイヤのロック(車輪の回転が止まること)を防止することにより,車両の安定性を向上させるとともに,ハンドル操作による障害物回避をし易くする装置である。

なお,上記ブレーキとはタイヤの回転を制動するフットブレーキを指す。

(2)アクティブTRC(トラクションコントロール)(甲12,16,20,乙10,証人北川一郎)

発進や加速時に駆動輪の空転を防止する装置(TRC)に加え,四輪駆動車について,滑り易い路面や険しいオフロードでの発進時や加速時に生じる車輪の空転を四輪別々に抑制するとともに,降坂時のエンジンブレーキ抜けによる加速を抑制し,車両の方向安定性と駆動力を確保する装置である。トランスファーハイレンジでは通常のTRCが働き,トランスファーローレンジではアクティブTRC固有の制御が働くよう設計されている。

(3)VSC(ビークルスタビリティコントロール)(甲12,14,16,乙10,証人北川一郎)

急なハンドル操作や滑り易い路面で旋回する時に横滑りを抑え,車両の姿勢維持に寄与する装置である。

(4)本件車両には,ABSは装備されていたが,アクティブTRCやVSCは装備されていなかった。

4  本件取扱書の記載内容(甲7)

(1)本件取扱書には,走行時の注意事項として,「急発進,急ブレーキは避けてください。」との記載のほか,「ぬれた路面や積雪路,凍結路などのすべりやすい路面ではとくに慎重に走行してください。」との記載があり,具体的には「スピードをひかえめに運転し,急ブレーキや急激なエンジンブレーキは避けてください。」などと記載されていた(24頁)。また,「4WD車の取り扱いチェックポイント」として,「急旋回はさけてください」との記載がある(34頁)。

(2)本件取扱書には,ABSについて,「急ブレーキをかけたときや,すべりやすい路面でブレーキをかけたときに起こるタイヤのロック(回転が止まること)を防ぐことにより車両の安定性とハンドルの効きを確保しようとする装置です。」,「急ブレーキ時は,ABSが効果を発揮するようにブレーキペダルをできるだけ強く踏み続けることが必要です。」,「急ブレーキ時にポンピングブレーキ(ブレーキペダルを数回に分けて小刻みに踏むブレーキのかけ方)をしないでください。」などと記載されていた(66頁)。

第4  争点

1  本件車両の「欠陥」(製造物責任法3条)の有無

2  上記欠陥と本件事故との間の因果関係の有無

3  損害の有無及びその額

第5  争点に対する当事者の主張

1  争点1(本件車両の欠陥の有無)について

(原告の主張)

以下のとおり,本件車両にはアクティブTRCやVSCが装備されていないほか,本件取扱書には①エンジンブレーキをかけるとオーバーステアになることがあり,スリップし易くなるから注意しなければならない旨,②エンジンブレーキではABSが作動しない旨,③RV車はセダン車よりも車高が高く,重心が高いためバランスを崩し易くなる危険性がある旨,④後輪駆動車は強いタックイン特性を示す旨,⑤アクティブTRCやVSCが装備されていない旨の記載がなく,本件車両には設計上の欠陥及び指示・警告上の欠陥がある。

(1)エンジンブレーキ作用時,オーバーステアになることがあり,この現象は,旋回中にアクセルを戻した時に生じるエンジンブレーキ力に起因して旋回円が急激に内側に入り込むタックインとして取り扱われており,場合によってはスピンに至り操縦不能に陥ることもあるとされている。

しかるに,本件取扱書には,上記危険性,すなわち,①エンジンブレーキをかけるとオーバーステアになることがあり,スリップし易くなるから注意しなければならない旨が記載されておらず,指示・警告上の欠陥がある。

この点,本件取扱書にも滑り易い路面では急激なエンジンブレーキを避ける旨の記載があるが,被告製造のRV車であるランドクルーザーの取扱書(甲12)の「シフトアップやシフトダウンによるエンジンブレーキなどエンジン回転数の急な変化は,車が横すべりするなどして,思わぬ事故につながるおそれがあり危険です。」,「すべりやすい路面では」「急なアクセル操作や,エンジンブレーキ力の急激な変化が横すべりやスピンの原因となりますので注意してください。」との記載や,日産自動車株式会社製造のRV車であるエクストレイルの取扱書(甲13)の「滑りやすい路面では,急激なエンジンブレーキは効かせないでください。タイヤがスリップするおそれがあり危険です。」との記載のように,横滑りやスピンの原因となることまで明示されておらず,注意喚起としても弱いものであって,具体的かつ十分な指示・警告がなされていたとはいえない。

(2)本件取扱書には②エンジンブレーキではABSが作動しない旨の記載がない。しかし,通常一般人は,普通免許取得時にABSの使いこなしが実技試験の内容とされていないことからしても,ブレーキをかければABSが作動し安全だと言われれば,フットブレーキのみならず,サイドブレーキやエンジンブレーキでもABSが作動するものと誤解し,誤った態様での使用に至る危険性が高く,指示・警告上の欠陥がある。

(3)③RV車はセダン車よりも車高が高く,重心が高いためバランスを崩し易くなる危険性があり,現に米国ではSUV車(RV車の別名)の横転事故が多発している旨の報告がある。

普通免許取得時の実技試験ではセダン車を使用しているため,免許取得後,RV車に乗用する者は,上記危険性を意識せずにセダン車と同様の感覚で運転してしまうおそれがあるにもかかわらず,本件取扱書には上記危険性についての記載がなく,指示・警告上の欠陥がある。

(4)本件車両のような通常走行時後輪駆動の車両は,エンジンブレーキに伴う荷重移動で,駆動輪のコーナリングフォースの低下が大きいため,一般に前輪駆動車や四輪駆動車より強いタックイン特性(旋回限界に近い領域でアクセルペダルを急激に戻した時に生じる車両の過度の回頭現象)を示すとされている。

そのため,運転者が前輪駆動車と同じ感覚で後輪駆動車を運転することは危険であるから,製造者には,後輪駆動車の特性について説明し,その特性に合った適切な運転方法を指示すべき義務があるところ,本件取扱書には④後輪駆動車は強いタックイン特性を示す旨の記載がなく,指示・警告上の欠陥がある。

(5)エンジンブレーキ作用時のオーバーステアになる危険性やRV車のバランスを崩し易い危険性を軽減するため,本件車両と同様のRV車である被告製造のランドクルーザーや日産自動車株式会社製造のエクストレイル,本田技研工業株式会社製造のCR─Vのみならず,米国販売用のハイラックスサーフ(4ランナー)にもアクティブTRCやVSCが装備されているにもかかわらず,本件車両にはこれらの装置が装備されていない。他のRV車と本件車両でこのような差異を設ける合理的理由はなく,本件車両には設計上の欠陥がある。

さらに,これらの装置が装備されていない本件車両には,他のRV車に比して,エンジンブレーキによる横滑りやスピンの危険性,急ハンドルによる横転の危険性が増しているにもかかわらず,本件取扱書には⑤アクティブTRCやVSCが装備されていない旨の記載がなく,指示・警告上の欠陥がある。

(被告の主張)

本件車両にアクティブTRCやVSCが装備されていないこと,本件取扱書に原告主張の①ないし⑤について直接的な記載がないことは認めるが,以下のとおり,本件車両には設計上の欠陥及び指示・警告上の欠陥はない。

(1)①エンジンブレーキ作動時のオーバーステアの危険性について

そもそも,オーバーステアとは車両に備わる特性を指すものであり,エンジンブレーキの作用によって生じるものではないが,原告はオーバーステアを「車両の旋回限界(車両の旋回中にタイヤと路面の摩擦力が車両の慣性力によって使い尽くされてしまい,限界に達している状況をいう。)付近において発現する特性」,すなわちスピンの意味で用いているものと考えられる。

このように,旋回限界に達するような状況でない限り,エンジンブレーキをかけることによって原告のいうオーバーステアやスピンに至ることはないところ,被告では,本件車両の開発段階において,通常走行領域及び旋回限界付近における操縦安定性について,性能評価試験により優れた性能を確保していることを確認している。

しかし,被告としては,そもそも,ドライバーに旋回限界に至るような危険な運転を避けてほしいと考えているため,前記基礎となる事実4(1)のとおり,本件取扱書において,急旋回や急ブレーキを避けるよう注意喚起するとともに,とりわけ,濡れた路面状態において急激なエンジンブレーキをかけることのないよう注意喚起しており,指示・警告上の欠陥はない。

(2)②エンジンブレーキではABSが作動しないことについて

前記基礎となる事実4(2)のとおりの本件取扱書の記載によれば,同記載の「ブレーキ」は,エンジンブレーキやサイドブレーキではなく,フットブレーキであることが明らかであり,指示・警告上の欠陥はない。

(3)③RV車のバランスを崩し易い危険性について

車両の耐転覆性能は,重心の高さだけではなく,トレッド幅(左右のタイヤの中心間の距離)やサスペンションの諸元等の車両の特性や,走行する道路環境や路面状況,ドライバーの運転操作などの要素を総合的に考慮して評価されるものである。

被告では,これらの要素を総合的に考慮して車両を開発し,本件車両も性能評価試験により優れた耐転覆性能を有することが確認されており,車高が高く重心が高いためバランスを崩し易い危険性を有する旨を本件取扱書に記載していなくても,指示・警告上の欠陥があるとはいえない。

(4)④後輪駆動車は強いタックイン特性を示すことについて

前輪駆動車と後輪駆動車の運動特性差が一般ドライバーに認識できるほど顕著な差異となって現れるのは旋回限界付近においてであって,通常走行領域においては何ら異なる運転技術を要するものではなく,法定速度内において急制動操作を避けて運転している限り危険性が生じることもないため,本件取扱書に上記運動特性差についての記載がなくても,指示・警告上の欠陥があるとはいえない。

(5)⑤アクティブTRCやVSCが装備されていないことについて

本件車両については,開発段階において,性能評価試験により合理的な操縦安定性や耐転覆性を有していることを確認しており,アクティブTRCやVSCが装備されていなくても設計上の欠陥はないし,本件取扱書にこれらの装置が装備されていないことを記載していなくても指示・警告上の欠陥はない。

2  争点2(因果関係の有無)について

(原告の主張)

本件取扱書に原告主張の①ないし⑤の各記載があれば,原告は,本件事故当日,より慎重に運転し,エンジンブレーキではなくフットブレーキをかけて減速しており,本件事故も生じなかった。さらに,本件車両にアクティブTRCやVSCが装備されていれば,本件車両が制御不能となることはなく,本件事故も生じなかった。

したがって,本件車両の欠陥と本件事故との間には因果関係がある。

(被告の主張)

争う。本件事故において,エンジンブレーキによるスピンが生じたかは明らかではない上,ガードレールへの接触もあり,仮にエンジンブレーキによるスピンが生じていたとしてもそれのみが事故原因であるとはいえず,アクティブTRCやVSCにより本件事故を防げたとまではいえない。

3  争点3(損害の有無及びその額)について

(原告の主張)

(1)人損

ア 治療費 9440円

平成17年9月4日7000円,同月20日2440円

イ 休業損害 3万2000円

2日分,本件事故当時32歳,賃金センサスに準じる。

ウ 通院慰謝料 19万円

(2)物損

ア 修理費用 120万円

イ クレーンチャーター費用 3万2000円

ウ 代車費用 16万8000円 3000円×56日(平成17年9月6日から同年10月31日)

エ 車両評価損 36万円

修理費の30%

(被告の主張)

争う。

第6  当裁判所の判断

1  本件事故の原因について

前記基礎となる事実2(3),4(1)のとおりの本件事故の事故態様や本件取扱書の記載内容に加え,原告が,本人尋問において,本件事故前に本件カーブを何度か通過した際,エンジンブレーキをかけたことがあると思うが,特に危険だと感じたことはなかった旨,本件事故後に本件カーブを通過した際には,エンジンブレーキをかけておらず,本件車両が横滑りしたこともない旨を供述していること,さらには,本件事故原因に関する証人北川一郎の証言をも併せかんがみれば,本件事故の原因は,以下のとおりであったと推認される。

すなわち,本件カーブが,もともと急勾配の下り坂,急カーブであったことに加え,本件事故当時は雨で濡れ普段よりも滑り易い路面といった悪条件が重なり,極めて危険な道路状況にあったのであるから,原告は,本件カーブを通過するに際し,速度調節やブレーキ操作等の点において特に慎重な運転が求められていたところ,本件カーブ進入前に減速こそしたものの,上記道路状況に見合った十分な減速を行わず,本件カーブ進入後,ハンドルが完全に戻り切らない状態で,更に減速するため,ギアを落とし,急激なエンジンブレーキをかけたことから,本件車両が左方に横滑りしてガードレールに接触し,これに慌てた原告が右に大きくハンドルを切ったため,本件車両がUターンをするような形で右側の対向車線に飛び出し,その前輪が対向車線の右方に存在した歩道の縁石を乗り越えた後,後輪が同縁石に引っ掛かり,横転するに至ったものと推認される。

これに対し,原告は,本件カーブ進入時の本件車両の速度について,フットブレーキをかけると止まってしまうくらいの速度まで減速していた旨を供述する。しかし,本件カーブ進入時の本件車両の具体的な速度を認めるに足りる客観的な証拠はなく,実際に,フットブレーキによる減速後,更にギアを落とし,エンジンブレーキをかけて再度の減速を行っていることからしても,原告の上記供述は直ちには採用できない。

2  争点1(欠陥の有無)について

(1)まず,原告は,本件取扱書に①エンジンブレーキをかけた際のスリップの危険性に関する記載がないことが,指示・警告上の欠陥に当たると主張する。

証拠(甲6,7,12,13,20,乙3,証人北川一郎)によれば,通常のエンジンブレーキ操作においてタイヤがスリップすることはないものの,特に滑り易い路面において急激なエンジンブレーキをかけた場合には,タイヤがスリップし,横滑りやスピンの危険性が生じるものと認められる。

しかし,普通自動車運転免許取得者にとって,急ブレーキなど急な操作が危険であることは自明のことであるところ,前記基礎となる事実4(1)のとおり,本件取扱書には,走行時の注意事項として,急ブレーキなど急な操作を避ける旨が記載されるとともに,特に濡れた路面など滑り易い路面を走行する際には,スピードを控えめに運転し,急ブレーキや急激なエンジンブレーキを避ける旨が記載されていたものである。

この点,原告の指摘どおり,前記ランドクルーザーやエクストレイルの取扱書(甲12,13)には,急激なエンジンブレーキが車両の横滑りやスピンの原因となることまで記載されているものの,一般的な普通自動車運転免許取得者であれば,このようなより詳細な記載がなくても,本件取扱書の上記記載を読めば,当然に走行時に急ブレーキなど急な操作をすべきでなく,特に濡れた路面など滑り易い路面を走行する際には急激なエンジンブレーキをかけないよう注意すべきことを十分に理解し,これらの危険な操作を避けることができるといえる(また,一般的な普通自動車運転免許取得者であれば,本件取扱書の上記記載の文脈から,車両の〔横〕滑りを防ぐために急激なエンジンブレーキを避けるべきことを指示・警告しているものと読み取ることが可能である。)。

したがって,本件車両について,①エンジンブレーキをかけた際のスリップの危険性に関する指示・警告上の欠陥はない。

(2)また,原告は,本件取扱書に②エンジンブレーキではABSが作動しない旨の記載がないことが,指示・警告上の欠陥に当たると主張する。

しかし,前記基礎となる事実4(2)のとおり,本件取扱書には,ABSの説明とともに,ABSが効果を発揮するように,急ブレーキ時には,ブレーキペダルをできるだけ強く踏み続けることが必要であり,ポンピングブレーキ(ブレーキペダルを数回に分けて小刻みに踏むブレーキのかけ方)をしないように記載されていたものである。

このことに,単にブレーキという場合にはフットブレーキを指すのが通常であるといえること(本件取扱書においてもブレーキは全てフットブレーキを意味し,エンジンブレーキをいう場合にはエンジンブレーキと明記されている。)をも併せかんがみると,一般的な普通自動車運転免許取得者であれば,本件取扱書の上記記載を読めば,ABSはフットブレーキにより作動するものと容易に理解でき,エンジンブレーキでもABSが作動するものと誤解するおそれはまずないといえる。

したがって,本件車両について,本件取扱書に②エンジンブレーキではABSが作動しない旨が記載されていなくても,指示・警告上の欠陥はない。

(3)ア さらに,原告は,本件取扱書に③RV車はセダン車よりも重心が高いためバランスを崩し易くなる危険性がある旨の記載がないことが,指示・警告上の欠陥に当たると主張する。

イ  証拠(甲6,18,21,25,26,34,乙3,証人北川一郎)によれば,一般的に,車高が高く重心が高い車両ほど横転し易いといえるものの,車両の耐転覆性能は,車両そのものの特性に限っても,重心の高さだけではなく,トレッド幅(左右のタイヤの中心間の距離),サスペンションの形式,タイヤの溝の状態など種々の要素に影響されるものと認められる。

証拠(乙3,6ないし8,証人北川一郎)によれば,被告は,本件車両とほぼ仕様が同じ対米モデル(4ランナー)について,被告内部で操縦安定性評価試験や耐転覆性能評価試験を行い,その結果,優れた操縦安定性を確保していること,耐転覆性能も,被告の社内基準である0.7Gを超える0.91G(被告調査によれば一般的なドライバーが経験する横加速度が0.3Gから0.5Gであるとされており,一般的に0.5Gになるとハンドルにしがみつかないと運転姿勢を保てず,操作が困難となるとされている。)であることを確認していることが認められ,本件において,これらの評価試験結果に疑義を差し挟む事情は認められない。なお,証拠(乙11,12)によれば,上記4ランナーについては,2001年モデルからアクティブTRC及びVSCが搭載されていることが認められるが,上記の評価試験の対象となった4ランナーは,これらが搭載されていない2000年モデルであったことが認められる。

また,証拠(乙3,証人北川一郎)によれば,耐転覆性能については,車両そのものの特性のほか,路面状態やドライバーの操作等によっても影響されるものと認められるところ,前記基礎となる事実4(1)のとおり,本件取扱書には,走行時の注意事項として,滑り易い路面では特に慎重に走行すべき旨が記載されていたものであって,車両そのものの特性以外の耐転覆性能に影響を与える要素についても注意喚起がなされていたといえる。

ウ  このように,車両の耐転覆性能は,重心の高さのみによって決まるものではなく,現に本件車両とほぼ仕様が同じ4ランナーについて,耐転覆性能評価試験において同性能に問題がないことが確認されているほか,路面状態やドライバーの操作等といった車両そのものの特性以外の耐転覆性能に影響を与える要素についても注意喚起がなされていたことからすれば,本件車両について,本件取扱書に③セダン車よりも重心が高いためバランスを崩し易くなる危険性がある旨が記載されていなくても,指示・警告上の欠陥があるとはいえない。

なお,前記1認定のとおり,本件事故は,濡れた滑り易い路面において急激なエンジンブレーキをかけたため,本件車両が横滑りし,更に原告がハンドルを右に大きく切ったことに起因するものと推認され,本件車両が最終的に横転するに至ったのはその後の因果の流れによるものと解され,そもそも,本件車両に重心が高く横転し易い特性があり,同特性により本件事故が引き起こされたものとまではいえない。

(4)加えて,原告は,本件取扱書に④後輪駆動車は強いタックイン特性を示す旨の記載がないことが,指示・警告上の欠陥に当たると主張する。

証拠(甲6,19,乙3,証人北川一郎)によれば,荷重の差などにより,後輪駆動車の方が前輪駆動車や四輪駆動車よりも強いタックイン特性(旋回限界に近い領域でアクセルペダルを急激に戻した時に生じる車両の過度の回頭現象)を有するものの,同特性はあくまで車両の旋回限界に近い領域において発現するものであり,通常走行時には前輪駆動車との特性差から生じる危険性は特に存在しないものと認められる。

普通免許取得者にとって急旋回等の危険な運転を避けるべきことは自明のことであることに加え,前記基礎となる事実4(1)のとおり,本件取扱書には走行時の注意事項が記載され,そもそも,上記危険性が生じる旋回限界に近い領域での運転をしないよう注意喚起がなされていたといえることからすれば,本件車両について,本件取扱書に④後輪駆動車は強いタックイン特性を示す旨が記載されていなくても,指示・警告上の欠陥があるとはいえない。

(5)原告は,本件車両には⑤アクティブTRCやVSCが装備されておらず,本件取扱書にこれらが装備されていない旨の記載がないことが,設計上の欠陥及び指示・警告上の欠陥に当たると主張する。

しかし,上記(3)イ認定のとおり,本件車両については,ほぼ仕様が同じアクティブTRCやVSCが装備されていない2000年モデルの前記4ランナーを対象とする操縦安定性評価試験や耐転覆性能評価試験において,いずれも性能について問題がないことが確認されていることに加え,前記基礎となる事実4(1)のとおり,本件取扱書には走行時の注意事項が記載され,そもそも,アクティブTRCやVSCが作動するような車輪の空転や車両の横滑りを引き起こす急発進や急ブレーキなどの危険な操作(前記基礎となる事実3(2),(3))をしないよう注意喚起がなされていたといえることからすれば,⑤本件車両にアクティブTRCやVSCが装備されておらず,本件取扱書にこれらが装備されていない旨の記載がなくても,設計上の欠陥や指示・警告上の欠陥があるとはいえない。

この点,上記(3)イ認定のとおり,被告は,米国における被告製の前記4ランナーには,2001年モデルからアクティブTRC及びVSCを搭載しているが,証拠(甲21,23,25,34,乙6,証人北川一郎)によれば,これは,米国では,日本より高速で運転し,ガードレールも設置されていないため,路外に飛び出して横転する事故が多く,死亡事故など大事故に至ることが多いという特殊性を考慮した結果であり,このことから直ちに本件車両にアクティブTRC及びVSCが搭載されていないことが欠陥であるとはいえず,上記判示を左右するものではない。

(6)以上のとおり,本件車両に本件事故の原因というべき製造物責任法3条に該当する「欠陥」は認められず,被告は製造物責任を負わない。

第7  結語

以上によれば,その余の争点について判断するまでもなく,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 森實有紀 裁判官 江尻禎 裁判官 船所寛生)

別紙 事故現場付近地図<省略>

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