高松地方裁判所 平成7年(行ウ)7号 判決
原告 原修一
右訴訟代理人弁護士 荻原統一
右同 桑城秀樹
被告 香川県知事 真鍋武紀
右指定代理人 河合文江
右同 野村佳令
右同 山科由美子
右同 平山昌範
右同 鈴木敏雄
右同 大須賀久
右同 細川章
右同 和田充弘
右同 池田浩史
主文
一 被告が原告に対し平成七年七月二四日付け「七香保発第五〇七号」をもってした健康保険法に基づく保険医療機関の指定取消処分を取り消すとの訴えを却下する。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 被告が原告に対して平成七年七月二四日付け「七香保発第五〇七号」をもってした健康保険法に基づく保険医療機関の指定を取り消す旨の処分を取り消す。
二 被告が原告に対して平成七年七月二四日付け「七社B第三〇一号」をもってした生活保護法に基づく指定医療機関の指定を取り消す旨の処分を取り消す。
第二事案の概要等
一 事案の概要
本件は、被告が平成七年七月二四日付けでした健康保険法に基づく保険医療機関の指定の取消処分(以下「保険医療機関の指定取消処分」ともいう。)及び同日付けでした生活保護法に基づく指定医療機関の指定の取消処分(以下「指定医療機関の指定取消処分」ともいう。合わせて、以下「本件各取消処分」という。)について、医師である原告が、行政手続法に基づく聴聞手続等の違法性や取消事由の不存在等を主張して、取消しを求めた事案である。
二 前提となる事実等(証拠番号の記載のないものは当事者間に争いがない。)
1 当事者
原告は、肩書住所地において原外科医院を開設し、被告から、昭和四六年四月二七日、健康保険法に基づく保険医療機関の指定及び生活保護法に基づく指定医療機関の指定をそれぞれ受けた。
健康保険法に基づく保険医療機関の指定は指定の日より三年間を経過したときは効力を失うとされているところ(平成九年一一月二一日法律第一〇五号附則六項、同号による改正前の健康保険法(以下「平成九年改正前の健康保険法」ともいう。)四三条ノ三第四項)、原告は、被告から三年おきに継続して右保険医療機関の指定を受け(健康保険法四三条ノ三第五項)、最新の指定としては、保険医療機関指定通知書により、被告から、平成七年四月二七日から平成一〇年四月二六日までを指定の期間とする右保険医療機関の指定を受けた。(乙一〇二、弁論の全趣旨)
原外科医院は、外科、胃腸科、整形外科、麻酔科の診療科を有し、病床数一九床からなる診療所である。(乙二六、三四、六六、九六、証人田村征道)
被告は、命令の定めるところにより、診療所の開設者の申請があった場合に、地方社会保険医療協議会の諮問を経たうえ、健康保険法に基づく保険医療機関として指定し、一定の事由がある場合に同協議会の諮問を経たうえ保険医療機関の指定を取り消すことができる(健康保険法四三条ノ三第一項、四三条ノ一二、四三条ノ一四)。また、被告は、国の開設したものを除き、診療所の開設者又は本人の同意を得て、生活保護法に基づく指定医療機関として指定し、一定の事由がある場合にその指定を取り消すことができる(生活保護法四九条、五一条二項)。
2 本件各取消処分に至る経緯等
(一) 監査手続
(1) 高松地方検察庁(以下「検察庁」という。)は、平成七年五月二九日、原外科医院における保険金詐欺事件に関して、患者ら被疑者一四名を逮捕したことを報道機関に対して発表した。
健康保険法に基づく保険医療機関の指定取消等を所轄する香川県民生部保険課(以下「保険課」という。)は、患者が他の病院に入院している時期に原外科医院に入院したことになっている事実や逮捕された被疑者が同医院に夜に寝泊まりをしていない事実などの情報を検察庁から入手したことから、資料を検察庁から借用し、患者からの聞き取りを行うなどして独自に調査をした結果、「社会保険医療の不正請求等に対する指導及び監査について」(厚生省保険局通知)に規定された「診療内容又は診療報酬の請求に不正が明らかにあると思われる場合で、必要があると認められるときは監査を行う」場合であるとの結論に達した。(乙一、二、四、五の1、2、七、八、九の2、二八ないし三〇、七一、七五、七九、証人田村征道)
そこで、保険課は、平成七年六月一二日午前一〇時から午後六時一〇分まで、及び同月一五日午後一時から午後六時までの間、原外科医院において、医師会の医師四名立会の下、原告に対する監査をそれぞれ行った(以下「健康保険法の本件監査」ともいう。)。右監査において、保険課は、診療録の写しや給食簿の写し等を原告に示して原告の弁明を求め、これに対して原告はその回答を自筆で保険医の弁明欄に記載した。また、右監査の際、診療等の希望があれば、原告の退席を認めていた。(乙二五、二六、証人田村征道)
(2) 平成七年六月一二日及び同月一九日に、生活保護法に基づく指定医療機関の指定取消等を所轄する香川県民生部社会福祉課(以下「福祉課」という。)による監査も行われ、原告の指定医療機関に対する別紙二等の監査事項について、泉谷孝一及び守谷進一、優子夫婦らの具体的患者名をあげて、原告の弁明がなされた(以下「生活保護法の本件監査」ともいう。)。(甲二の1、乙五九、原告本人、弁論の全趣旨)
(二) 聴聞手続
(1) (ア) 被告は、平成七年六月二三日付けで、健康保険法に基づく保険医療機関の指定の取消処分に関する聴聞期日を同月三〇日とする聴聞通知書を発送し、同日、右通知書は原告に到達した。(甲一の1ないし3)
右聴聞通知書には、行政手続法一五条一項二号所定の「不利益処分の原因となる事実」として、健康保険法に基づく保険医療機関に関して監査の結果認められた事実との趣旨で別紙一記載のとおりの理由が記載されている。
(イ) 平成七年七月五日と同月一八日、健康保険法に基づく保険医療機関の指定の取消処分に関する聴聞手続が、主宰者を保険課の保険指導室長として、原告(ただし、同月一八日のみ)、原告代理人、補佐人原町子出席の下、非公開で行われた。(乙三二の1、証人田村征道)
(2) (ア) 被告は、同年六月二三日付けで、生活保護法に基づく指定医療機関の指定の取消しに関する聴聞期日を同月三〇日とする聴聞通知書を発送し、そのころ、右聴聞通知書は原告に到達した。(甲二の1、二、乙五三)
右聴聞通知書には、行政手続法一五条一項二号所定の「不利益処分の原因となる事実」として、監査の結果判明した事実との題で別紙二記載のとおりの理由が記載されている。
これに対し、原告代理人は、既に右期日について予定が入っていて出頭不能であるうえ、意見陳述書や証拠書類を用意して提出する時間的余裕がないとして期日の変更を求めたことから、聴聞期日は同年七月五日に変更された。被告は、原告に対し、不利益処分の原因となる事実を証する資料の標目として、患者からの聴取調書、診療報酬明細書、医療技術者からの聴取調書、指定医療機関の弁明、給食状況表を聴聞通知書に掲げ、これらを原告に閲覧させた。その際、看護婦の聴取調書(乙六一)は証明資料の標目から除かれ、原告の閲覧に供されなかった。また、泉谷孝一の聴取調書については、その住所氏名を黒塗りにしたものを閲覧させた。原告は、資料の謄写請求は行わなかった。(甲二の2、乙五四の2、五五の1ないし11、五六の1、五六の2、五七の1、五七の2、五八ないし六〇、六二、六三、弁論の全趣旨)
(イ) 同年七月五日、生活保護法に基づく指定医療機関の指定の取消処分に関する聴聞手続が、主宰者を福祉課課長として、原告、原告代理人、補佐人原町子出席の下、非公開で行われたが、先行して行われた健康保険法に基づく保険医療機関の指定の取消処分に関する聴聞手続の手続が遅延したことから、原告らが聴聞期日を変更するように申し出たため、福祉課と原告らの協議の上で聴聞手続は続行され、実質的な手続は、同月一八日、原告代理人、補佐人原町子出席の下に行われた。(甲一八の1、乙六三、六四、一〇一、原告本人、弁論の全趣旨)
福祉課の職員は、行政庁の説明として、予定される不利益処分の内容は生活保護法による指定医療機関の指定の取消しであり、根拠となる法令は生活保護法五一条二項であるとしたうえ、別紙二記載のとおりの内容を述べた。(乙一〇一)
これに対して、原告代理人は、別紙二の(1) の事実に関し、事前に閲覧した患者の聴取調書の氏名が黒塗りにされており、反論及び確認の機会がないので、右調書を撤回するか、右調書の内容の確認を待ってもらいたい旨述べた。福祉課の職員は、右患者が泉谷孝一であると明示したうえ、同人から聴取した場所やその際の状況を説明し、その供述内容の信用性が高いと結論づけた。そして、福祉課の職員は、医療技術者(物療士)からの聴取調書の内容が原告自身も認めていることなどをその根拠とし、原告が請求した期間の長さ等から、原告が請求したのは故意か少なくとも重大な過失があると述べた。
さらに、福祉課の職員は、別紙二の(2) の事実に関し、その根拠とした事実や資料を説明した。
3 本件各取消処分
(一) 平成七年七月二四日付けで、被告は、原告に対し、別紙三のとおりの取消理由により、健康保険法四三条ノ一二の規定により、同日限り、保険医療機関の指定を取り消す旨の通知を行い、そのころ、右通知は原告に到達した。
(二) 平成七年七月二四日付けで、被告は、原告に対し、別紙四のとおりの取消理由により、生活保護法五一条二項の規定により、同日限り、保険医療機関の指定を取り消す旨の通知を行い、そのころ、右通知は原告に到達した。
三 争点
1 保険医療機関の指定取消処分取消しの訴えの適法性について
(被告の主張)
平成九年改正前の健康保険法四三条ノ三第四項によれば、保険医療機関の指定は指定後三年間を経過したときに効力を失うとされているところ、原告に対する最新の保険医療機関の指定は平成七年四月二七日であるから、本件訴訟において、仮に健康保険法に基づく保険医療機関の指定の取消処分が取り消されたとしても、現時点においては、既に指定の期間を経過しており、原告の保険医療機関の地位が復活することはない。
また、健康保険法四三条ノ三第五項(ただし、平成一〇年六月一七日法律第一〇九号による改正後は同条九項。右改正後の健康保険法を以下「平成一〇年改正後の健康保険法」ともいう。)は、保険医療機関の指定の効力を失う日の前六か月から三か月までの間に指定の(再)申請がない場合、同法四三条の三第一項にいう保険医療機関の指定の申請があったものとみなす旨を規定するが、右規定により申請があったものとみなされる場合の指定の申請と新たに指定の申請を行う場合の申請とでは指定の要件に差がないから、右のみなし規定による申請人たる地位は事実上の利益にすぎず、保護されるべき法的な利益として評価する必要はない。
さらに、平成一〇年六月一七日法律第一〇九号による改正前の健康保険法(以下「平成一〇年改正前の健康保険法」という。)四三条ノ一二により保険医療機関の指定の取消処分を受けた診療所については、健康保険法四三条ノ三第一項に基づく保険医療機関の指定の申請をする際、取消しから二年を経過しないことが指定拒否事由になるところ(平成一〇年六月一七日法律第一〇九号附則一三条、平成一〇年改正後の健康保険法四三条ノ三第三項)、原告に対する保険医療機関の指定取消処分は平成七年七月二五日になされているから、二年を経過した平成九年七月二四日以降には、原告が新たに保険医療機関の指定の申請をしたとしても、右指定拒否事由には該当しない。
したがって、健康保険法に基づく保険医療機関の指定の取消処分については、処分の取消しによって原告が回復する法的利益はなく、現時点では訴えの利益がなくなったので、本件訴えのうち、右取消処分取消しの訴えについては却下されるべきである。
(原告の主張)
保険医療機関の指定には、三年間の指定という本来の効果のほかに、健康保険法四三条ノ三第五項のみなし申請の規定(ただし、平成一〇年改正後は同条九項)により、再度の指定の申請人たる地位という法的地位を与える付随的効果が含まれており、たとえ保険医療機関の指定の日から三年を経過した場合であっても、健康保険法指定取消処分の取消しによって右申請人たる地位が回復するから、原告は右地位の回復という法律上の利益を有し、訴えの利益がある。
2 本件各取消処分に取消事由があるか否か
(一) 健康保険法に基づく保険医療機関の指定の取消処分について
(1) 「傷病名の管理が不十分であるため、年度更新した新診療録に継続傷病の療養給付開始年月日が変更していた事実」について(別紙一の(1) の事実)
(被告の主張)
医師法や同法施行規則等によれば、正確かつ適正にしなければならないのに、松本明子(旧姓福家明子)、小嶋千恵子、早川敏文、早川紀子、小嶋千恵子、小比賀忠の診療録について、年度更新する際新しい診療録に診療開始年月日を変更して記載していた。
(原告の主張)
患者松本明子、早川敏文、早川紀子、小比賀忠については、複数の病名を有していたが、カルテの傷病名欄が六つしかないことから、一括して傷病名を書き、その際、便宜上代表する主たる病名の診療開始年月日を記載したものであって、診療開始年月日を変更したものではない。患者小嶋千恵子の高血圧症については、事務員が初診と誤解して記載したものである。
(2) 「入院患者が外出・外泊中で検査をしていないにもかかわらず温度表に体温等の虚偽の記載がされていた事実」について(別紙一の(2) の事実)
(被告の主張)
原外科医院の看護婦は、原告から空欄をなくすようにとの指示を受けて、入院していない松本明子や他の病院に入院していた宮武富士子の温度表に虚偽の温度を記載していた。
(原告の主張)
原告は、看護婦に対して、空欄をなくすように検温を励行する指示をしていただけであり、看護婦が原告の叱責をおそれて勝手に書き入れたものと思われる。
(3) 「入院患者の外出・外泊の記録並びに給食の摂取記録等が全くなく、適切な注意、指導が行われず管理ができていない事実」について(別紙一の(3) の事実)
(被告の主張)
保険医療機関及び保険医療養担当規則(厚生省令)(以下「療養担当規則」という。)によれば、保険医療機関は、入院患者の外出外泊の記録、給食の摂取記録等を付けることが必要であるが、原外科医院ではこれらの記録がない。また、原告は保険医療機関として給食の給付がなされているかどうかを確認すべき義務を負っており、長期間にわたり給食が摂取されていない患者への指導や看護婦等の連絡態勢の改善等を講じていなかった。
(原告の主張)
原外科医院では、入院患者の外出外泊記録、給食の摂取記録が備え付けられていないことは認めるが、これらの記録がなくとも、原告は、患者との医療契約及び信義則上の通常の関係であれば入院患者の管理ができると考えていた。
(4) 「患家へ看護婦のみが行き静脈注射をしたものを外来治療として請求していた事実」について(別紙一の(4) の事実)
(被告の主張)
原告は、看護婦のみが患者小島義雄、吉田マサエ、太田愛子及び竹本シズエの四名の自宅に行って静脈注射していたものを、医師が院内で診療した外来診療として合計一六六万六八九六円(再診・外来管理を含む。)不正請求した。
(原告の主張)
看護婦のみが患者小島義雄、吉田マサエ、太田愛子、竹本シズエの四名の自宅に行って注射を行っていた点を外来診療として請求していたことは認める。
しかし、こうした患者らは毎日の注射が必要であるところ、保険医療法では週三回しか在宅患者訪問診療料が認められておらず、また、原告が多忙であるという理由から、原告が週三日行って注射を行う以外の場合の日に看護婦のみに行かせて注射をさせていたものであり、取消事由とはなり得ない。
(5) 「全日無給食の日に入院時食事療養費を請求していた事実」について (別紙一の(5) の事実)
(被告の主張)
患者宮武富士子、小比賀忠、大山良一、小嶋千恵子、早川敏文、黒渕栄一、早川紀子の七名には、一日三食とも給食を支給されていない日があり、そのような場合、給食料(入院時食事療養費)を請求することができないにもかかわらず、原告は、給食料(入院時食事療養費)合計四三万七〇八円を不正請求した。
(原告の主張)
被告の主張する給食不支給の大半は、給食を配膳したにもかかわらず、患者が病室にいなかった場合である。医療実務上、一日三食のうち一食でも給食が出されていれば、原告はその日の三食分を給食料として請求でき、給食の出す直前に患者により取り消された場合には患者が三食の給食を摂っていない場合でも三食分を給食料として請求できるのであるから、被告が不正請求と主張するものの大半が正当な請求である。
(6) 「診療録上入院診療(請求)している患者の中に長期間継続して外出・外泊している患者がいた。これについては実質外来患者であるものを入院請求していた事実」(別紙一の(6) の事実)及び傷病の症状経過・給食の摂取状況等から判断して、入院治療の必要性が認められないのに入院請求していた事実」(別紙一の(7) の事実)について
(被告の主張)
(ア) 患者松本明子、小嶋千恵子、早川敏文、宮武富士子、大山良一、宮武聡の六名は、給食を全く食べないか一日一、二食を食べるだけで長期間継続して外出外泊しており、実質は外来患者であったにもかかわらず、原告は、これらの患者について入院診療として入院料及び入院時医学管理料を不正請求した。
(イ) 患者松本明子、小嶋千恵子、早川敏文、宮武富士子及び大山良一の五名は、診療録上に入院診療が必要であると認められる症状等の記載がほとんど無く、給食も全く支給されていないことから判断して、入院診療の必要性のない患者であったと認められるにもかかわらず、原告は、これらの患者の入院診療として入院料及び入院時医学管理料を不正請求した。
(ウ) 以上の不正請求は合計四四八万〇三五七円に上る。
(エ) また、患者宮武富士子、三好修の二名は、既に退院していたにもかかわらず、原告は、入院診療として診療報酬合計一七万二六六〇円を不正請求した。
(原告の主張)
(ア) 原告は、被告主張のいずれの患者についても入院の必要性を認め、ベッドを確保して入院させた。右患者らは回診時にベッドに臥し、治療も受けたので、原告は入院治療を行っていると考えたものであり、長期間継続して外出・外泊していた患者がいたことは知らなかった。
(イ) 被告主張の入院の必要性の判断と、治療契約及び信義則に反して患者の外出外泊が多かったことや給食の摂取が少なかったことは別問題であり、外出外泊が多く、給食の摂取が少ない患者がいても入院の必要性がなかったとはいえない。
(ウ) 患者宮武富士子が原外科医院に入院中に、他の病院でも入院していたということは事後的に判明したものである。患者三好修は、父親の葬式のために三日間外出外泊していたものであり、退院していなかった。
(7) 過失の程度について
(被告の主張)
保険診療における入院治療とは認められない患者に対して、注意等の管理がなされておらず、このような状況下での入院料等の不正請求は、金額の大きさや期間の長さに照らすと、少なくとも重大な過失による療養担当規則五条の三、一一条、二〇条の七の違反であり、社会保険医療担当者監査要綱の「重大なる過失により不正又は不当な診療をしばしば行ったもの」及び「重大なる過失により不正又は不当な報酬請求を行ったもの」に該当し、取消事由になるというべきである。
(原告の主張)
原告の診療行為自体は適正であったのであり、入院患者の管理が不十分であったことや、看護婦のみによる患者宅での注射について外来診療として請求していたことは、いずれも被告の指導があれば改善された軽微な過失である。
(二) 生活保護法に基づく指定医療機関の指定の取消処分
(1) 「介達牽引は、日曜祝祭日にはしていないにも係わらず、処置したものとして処置料の請求を繰り返していた事実」について(別紙二の(1) の事実)
(被告の主張)
原告は、患者泉谷孝一について介達牽引をしていないにもかかわらず、処置したものとして処置料合計一万四三八〇円を不正請求した。
(原告の主張)
物療士は日曜祝祭日に原外科医院に出勤してはいないが、物療室を開けて物療をすることは可能であり、現に介達牽引を行っていた患者もいる。原告は、患者のために毎日介達牽引を行うように指示を出しているので、患者泉谷孝一も介達牽引を行っていると信じて請求したものである。
本件の対象となっている患者は泉谷孝一一人であり、原告が泉谷孝一の介達牽引の治療を受けていないことを把握していなかったとしても、それは重大な過失とはいえず、被告が指導して是正すれば足りることである。
(2) 「長期、連続して外泊しているにも係わらず、入院料及び入院時医学管理料を繰り返し請求していた事実」について(別紙二の(2) の事実)
(被告の主張)
患者守谷進一及び優子は、約二か月にわたり、外出外泊し、給食を摂取していなかったにもかかわらず、原告は、入院扱いとして入院料及び入院時医学管理料を合計三二万四六六〇円を不正請求した。
(原告の主張)
患者守谷進一及び優子について、原告は診察の結果入院治療を必要と判断して、ベッドも用意し、食事も用意したものであり、また、回診時にはベッドにいて治療を受けたものであるから、入院であると判断している。原告は守谷らが外出外泊していたことは知らなかったのであり、これは原告の管理不行届きにすぎない。
(3) 過失の程度
(被告の主張)
泉谷孝一が長期にわたり日曜祝祭日に物療治療を受けていなかった事実、及び守谷進一及び優子が長期間外出外泊し給食を摂取していなかった事実について、原告は当然にこの事実を認識していたと推察され、仮にこの事実を認識していなかったとすれば重大な過失によるものであるといわざるを得ない。したがって、これらの不正請求は、「医療扶助運営要領」(厚生省社会・援護局長通達、同局保護課長通達)にいう「故意に不正又は不当な診療報酬の請求を行ったもの」、又は「重大な過失により、不正又は不当な診療報酬の請求をしばしば行ったもの」に該当し、取消事由になるというべきである。
(原告の主張)
生活保護法に基づく指定医療機関の指定の取消処分の原因となる事実の対象となった患者はわずか三名であり、原告の入院患者に対する管理に軽微な過失があったにすぎないのであるから、被告の指導があれば是正できる程度のものであり、指定取消処分は行政庁の裁量の範囲を超えたものか、あるいは濫用であって違法である。
3 本件各聴聞手続が違法なものであるか否か
(一) 保険医療機関の指定取消処分に関する聴聞手続について
(1) 主宰者について
(原告の主張)
違法不当な健康保険法の本件監査を行った保険課に所属する同課の職員が聴聞手続の主宰者となっており、不公正かつ違法な手続である。
(被告の主張)
被告は、行政手続法一九条一項に基づき、同条二項の除斥事由に該当しない保険課保険指導室長を聴聞の主宰者として指名したものであり、何ら違法ではない。
(2) 公開の有無について
(原告の主張)
本件聴聞は、全国規模のマスコミ報道において、原告の実名のもとに診療報酬の不正請求があり、あたかも原告が詐欺班員であるかのような取扱いを受け、原告の名誉及び社会的信用を著しく毀損され、又、社会的関心も高い事案に関するものである。したがって、行政手続法の趣旨に従って、又原告の汚名を拭うためにも公開すべきであるのに、非公開で行われたものであって違法である。
(被告の主張)
行政手続法二〇条六項によれば、プライバシーの見地等から聴聞期日における審理は原則として非公開とされており、公開するか否かは行政庁の裁量に委ねられているのであって、本件聴聞手続を非公開としたことは何ら違法ではない。
(3) 防御権の侵害の有無について
(ア) 事実摘示の程度
(原告の主張)
聴聞手続において通知される聴聞通知書の不利益処分の原因となる事実は具体的なものでなければならないが、本件の聴聞通知書における事実は別紙一のとおり抽象的な部分のみである。また、聴聞手続において、被告は、別紙一の(7) の事実に関する患者の入院の必要性についての教示を行ったが、別紙一の(1) から(6) までの事実に関して具体的な事実の教示もなく資料の提示すら行われていない。結局、原告は、聴聞手続において十分な防御及び反論ができなかったものであり、右手続は違法である。
(被告の主張)
原告は、健康保険法の本件監査の際に、資料を示されて各事実を確認しており、通知された「不利益処分の原因となる事実」は容易に特定できるから、その摘示の程度としては別紙一のとおりで何ら原告に格別の不利益を与えるものではない。
また、別紙一の(1) ないし(6) の事実の具体的な内容については、聴聞手続で具体的に提示されており、原告代理人も反論が可能な程度に具体的事実の教示があったことを第一回の聴聞期日において認めたうえ陳述補正書を提出しているのであって、事実の具体的な摘示としては十分である。
仮に聴聞手続に瑕疵があったとしても、その瑕疵が結果に影響を及ぼす可能性がある場合でないから本件処分が違法となるわけではなく、別紙一の(7) の事実だけでも保険医療機関の取消事由に該当する。
(イ) 資料及び準備期間の不足について
(原告の主張)
(a) 原告は、入院患者からも事情聴取をすることができないうえ、資料として診療録もないことから、具体的にどの患者がどのように不適切な診療というのか反論できない状況であった。
また、原告が、給食の支給状況の原簿となる給食簿の閲覧を求めたにもかかわらず、右給食簿のコピーを見せずに虚偽の記載をして作成した原外科医院給食支給状況表(乙三五)のみを示して給食が厨房から出ていない記録であるなどと決めつけたため、原告は具体的患者ごとに給食状況の確認をすることができなかったのであり、これは原告の意見陳述や防御権を侵害するものである。
別紙一の(5) の事実については、聴聞手続において、三食の給食が全く出されていないかどうかのみが争われていたのであり、原告は、虚偽作成された給食状況一覧表を示されたため、反論することができず、原告の意見陳述や防御権を侵害された。
さらに、原告は、大量の書類を保険課で閲覧することしか認められず、謄写が認められなかったものであり、検討が十分にできない状況で行われた聴聞手続は違法である。
(b) 聴聞期日の通知はわずか一週間前に送達され、これに対し、五日後の平成七年七月五日に変更があり、二回目として結局七月一八日で終わりとなったものであり、準備期間が短すぎて十分な準備ができなかったのであるから、原告の防御の機会が不十分で違法な手続である。
(被告の主張)
(a) 被告は、第一回目の聴聞期日の前に聴聞通知書に掲げられた資料を全て原告に閲覧させ、同期日において診療録の写しを示し、その後に社会保険医療担当者監査調査書及び原外科医院給食支給状況表の各写しを原告に交付している。
給食簿のコピー自体は原告に閲覧させていないが、被告がこれを基に作成した原外科医院給食支給状況表を原告に示し、右のとおり写しを交付しているのであり、右給食支給状況表は何ら虚偽のものではないのであるから、原告の意見陳述や防御権を侵害するものではない。そもそも、原告は給食の管理を全く行っていないのであるから給食簿のコピーを確認したとしても無意味であった。
(b) 一旦定めた期日を原告代理人と協議の上で変更して聴聞を行い、更に原告から続行の申出もあって聴聞期日を続行し、同代理人と協議の上で第二回を一八日と定めて聴聞を行ったものである。結局、聴聞通知書が送達された翌日から最終の聴聞期日まで聴聞期日を除いて二三日間もあった。しかも、監査の際に、監査官は個々の患者の入院の必要性や診療内容等の問題点を指摘し原告から回答を得ていた。したがって、準備期間としては十分である。
(二) 指定医療機関の指定取消処分に関する聴聞手続について
(1) 主宰者について
(原告の主張)
生活保護法の本件監査を行い、「不利益処分の原因となる事実」を主張している福祉課に所属する同課の課長が、聴聞手続の主宰者となっており、不公正かつ違法である。
(被告の主張)
被告は、行政手続法一九条一項に基づき、同条二項の除斥事由に該当しない福祉課課長を聴聞の主宰者として指名したものであり、何ら違法ではない。
(2) 重要書類の隠匿について
(原告の主張)
福祉課は、あらかじめ看護婦から事情聴取をし、被告が主張する「不利益処分の原因となる事実」と内容が矛盾する聴取書を作成しておきながら、聴聞手続においては、故意にその資料を隠匿して「不利益処分の原因となる事実」の資料から排除しており、聴聞手続自体が原告の指定医療機関の指定取消しという不利益処分を最初からもくろんでいた違法なものである。
(被告の主張)
看護婦の聴取調書(乙六一)は、患者泉谷孝一が物療の一種である介達牽引をしていたことまでを立証するものではなく、他の資料の内容と実質的に異ならないものであったために「不利益処分の原因となる事実」の資料とされなかったに過ぎず、被告が故意に隠匿したものではない。
(3) 防御の機会の侵害の有無について
(原告の主張)
原告は、「不利益処分の原因となる事実」の資料の閲覧しか許されなかったものであり、閲覧に供された資料の中でも、患者泉谷孝一の聴取調書(乙五四の2)の住所氏名が黒塗りにされて開示されなかったため、同人と面接をして事情を確認し、反対尋問等の調査を行うことができなかった。医師が自分の患者と会って治療行為を確認するのに患者のプライバシーとは無関係である。
(被告の主張)
患者泉谷孝一の聴取調書の住所氏名を開示しなかったのは行政手続法一八条一項後段に基づきプライバシーを守るためである。
聴聞手続において、泉谷孝一の名前が挙げられており、その際の原告代理人の発言からすると、原告は、聴聞期日以前から泉谷の件について知っていた。
(4) 資料及び準備期間の不足について
(原告の主張)
原告代理人は、聴聞期日前の資料の閲覧に際し、謄写を禁止されたため、筆記によるメモをとるほかない状態であり、聴聞手続における反論の準備としては時間的作業的に限定されていた。
福祉課に対して資料の謄写申請をしなかったのは、その直前に保険課に対して行った謄写申請が断られたからである。
(被告の主張)
原告代理人は、福祉課に対し、資料の閲覧を申し立てた際、謄写請求を行っていない。
聴聞期日の変更や続行の経緯に照らせば、時間的な余裕がなく準備ができなかったとする原告の主張は理由がない。
(三) 聴聞手続後の資料追加による立証の違法性について(本件各取消処分)
(原告の主張)
被告は、本件訴訟において、検察官調書など刑事記録の取り寄せを行い、聴聞手続で問題とされなかった事実や証拠に基づいて本件各取消処分が相当であるなどと主張しているが、聴聞手続において「不利益処分の原因となる事実」が通知されることで防御の機会が保障されるのであるから、「不利益処分の原因となる事実」として提示もされず審理もされなかった事実を聴聞の後から追加することは許されないのであり、聴聞手続で行われた内容が「不利益処分の原因となる事実」の全てであり、その内容のみが本件各取消処分の違法性の判断の前提となる資料となるのであるから、被告が本件訴訟において提出した刑事記録の証拠は本件各取消処分の取消処分の違法性を判断するのに全く無関係である。
また、本件各取消処分の後に得られた資料によって処分の適法性を立証することが許されないことは、「聴聞の終結後に生じた事情」のある場合に聴聞の再開(行政手続法二五条)がなされ、重大な欠落が発見された場合には聴聞のやり直しがなされなければならないと解されている行政手続法の趣旨からみても明らかであり、右刑事記録により立証をするのであれば、新たな聴聞をやり直す必要がある。
(被告の主張)
被告は、聴聞手続で問題とされなかった事実を取り上げて本件各取消処分の適法性を基礎づけることはしておらず、事実を根拠づける資料を聴聞後に入手して使用しているに過ぎないのであり、本件訴訟において、本件各取消処分後に得られた資料によってその適法性を立証することが許されないわけではない。
4 本件各取消処分が理由の提示を欠く違法なものであるか否か
(原告の主張)
不利益処分の理由の提示の程度については、いかなる事実に基づき、いかなる法規を適用して処分がなされたのかを明らかにするものでなくてはならないから、単に根拠条文を示すだけではなく、提示する事実も不利益処分の名宛人に十分理解しうる程度に詳しく説明しなければならない。したがって、別紙三及び四のような本件各取消処分の理由の内容では、行政手続法一四条に定められた不利益処分の理由の提示の程度を満たさない違法なものである。
(被告の主張)
行政手続法において理由の提示が要求される趣旨は、行政庁に理由のある提示をさせることによって行政庁の恣意を抑制するとともに、拒否処分や不利益処分を受けた者に不服申立ての便宜を与えることにあると解されるところ、健康保険法四三条ノ一二は保険医療機関の指定を取り消す場合を六類型に分け、生活保護法五〇条及び五一条は医療機関の指定を取り消す場合を二類型に分けてそれぞれ具体的に明文化しており、これらのいずれかに該当しなければ、指定取消処分は許されないのであるから、どの条項で取消されたのかを明示すれば、処分庁の恣意は抑制され、被処分者もこれを前提に不服申立てを行うかどうかの判断をするための便宜は図られるのであり、指定取消処分の理由付記の程度としては、別紙三及び四の程度で十分である。
その上、本件では監査、聴聞通知、聴聞手続において、原告は資料を示されながら具体的事実を提示され、監査や聴聞手続の際に弁明しているのであるから、原告は十分事実を把握しているのであり、本件各取消処分の理由は提示すべき程度として十分である。
第三争点に対する判断
一 保険医療機関の指定取消処分の取消しの訴えの適法性について(争点一)
1 健康保険法に基づく保険医療機関の指定の処分(健康保険法四三条ノ三第一項)は、三年を経過したときに効力を失うとされており(平成九年一一月二一日法律第一〇五号附則六項、同号による改正前の健康保険法四三条ノ三第四項)、それ以降については、右指定に基づく保険医療機関としての地位が回復する余地がない。
これを本件についてみるに、前記第二の二1(前提となる事実)のとおり、最新の保険医療機関の指定として、原告は、同年四月二七日から平成一〇年四月二六日までを指定の期間とする保険医療機関の指定を受けているから、現時点においては、既に指定の期間を経過しており、原告には右指定による保険医療機関としての地位が回復する余地がない。
2 取消処分により剥奪された法的地位それ自体を回復する余地がなくなった場合であっても、右地位以外に回復すべき法律上の利益があれば、処分取消訴訟の訴えの利益があるところ(行政事件訴訟法九条かっこ書)、平成一〇年改正後の健康保険法四三条ノ三第三項、平成一〇年六月一七日法律第一〇九号附則一三条によれば、平成一〇年改正前の健康保険法四三条ノ一二により保険医療機関の指定の取消処分を受けた診療所に対する保険医療機関の指定については、取消しから二年を経過しないとき、県知事はその指定を拒むことができるとされている。
しかし、前記第二の二3(一)(前提となる事実)のとおり、保険医療機関の指定取消処分は、平成七年七月二四日付けの通知書により、そのころ原告になされているから、現時点においては、原告は右指定拒否事由にも該当しない。
3 また、健康保険法四三条ノ三第九項は、保険医療機関の指定の効力を失う日の前六か月より三か月までの間に指定の申請がない場合、同法四三条ノ三第一項にいう保険医療機関の指定の申請があったものとみなす旨を規定することから、保険医療機関の指定処分には、保険医療機関としての地位を形成するという本来的な効果に加えて、指定処分が失効した場合の再度の指定の申請人たる地位を形成するという付随的効果が含まれていると解する余地がないではない。
しかし、右みなし規定は、条文上からも明らかなように、指定があったものとみなすわけではなく、健康保険法四三条ノ三第一項の指定の申請があったものとみなすだけで、みなし申請の場合と新たに指定の申請をする場合との間には、何ら指定の要件に違いはなく、したがって、同条項に基づいて新たに指定の申請を行う場合に比して指定申請手続きを簡略化したにすぎない。右指定の申請手続は、申請人がその意思のみに基づき容易にこれを行えるところであって、その手続を申請する代わりに、あえて保険医療機関の指定処分の取消しの訴えを提起する実益はないというべきである。
右の事情に照らせば、保険医療機関の指定処分を取り消すことにより再度の指定の申請人たる地位が復活するからといって、これが右指定処分の取消しによって回復すべき法律上の利益であるとまでは解されない。
4 そして、他に保険医療機関の指定取消処分を理由に原告を不利益に取り扱いうることを認めた法令の規定はないから、原告は、右処分によって回復すべき法律上の利益を有しないというべきである。
5 したがって、本件訴えのうち、健康保険法に基づく保険医療機関の指定の取消処分の取消しの訴えは、不適法として却下を免れない。
二 指定医療機関の指定取消処分に取消事由があるか否か(争点2(二))
1 証拠(乙二八、二九、五六の1、2、五七の1、2、五九ないし六一、八二の5、八五の1、3、八八の3、5、8、9、九二の1、2、九三、九四の1ないし3、九五、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、前提となる事実に加えて、以下の事実が認められる。
(一) 原外科医院では、昭和六二年ころから、朝、自宅から同医院に通い、注射や原告の回診を受けるなどした後、昼には外出し、夜に同医院に寝泊まりすることなく、自宅に帰宅し、日曜日祝日には通院しないという入院患者が目立つようになった。そして、右患者にとって、同医院は融通が利く病院と思われ、その意味は、患者が要求すると、簡単に入院させてくれるし、患者の要求するとおり入院証明書を作成してくれるなど、患者にとって都合の良い病院であるということであった(乙八五の1、3、九二の2、九四の1)。こうした患者の中には、背広で通院してきて、同医院でパジャマになり、再び外出する者もいた(乙八八の9、九二の1、九四の3)。
こうした状況の中、看護婦らは全員で話し合い、原告に現状を理解してもらい、注意をしてもらおうということになり、当直した看護婦がしばらくの間、夜外泊している患者名を書いたメモを原告に手渡したり、原告の机に置くなどした。それ以外の期間においても、看護婦は、患者の名前を挙げて「○○さんいませんよ。」などと原告に報告していた。これらに対し、原告は外泊を注意するようにと看護婦に指示することもあったが、そのうち「困ったな。」「またか。」などと言うくらいでそれ以上のことを言わなくなったことから、看護婦が報告する回数も次第に減少していき、患者が入院してしばらくするとその同じ患者についての報告をしなくなった(乙二八、二九、八八の3、九二の2、九三、九四の1、2、九五)。当直の看護婦は、ノートに記載した不在の患者名の左上に数字を丸で囲むなどして印を付け、その入院回数を記載するなどした(乙八八の5、8、九二の2、九四の3)。
こうした外泊を繰り返す患者は、自ら入院を希望し、退院についても患者の方から原告に対してその日を指定して退院手続を取っており、原告は、その際、退院後の理由や退院後にすべき注意事項を聞くこともなかった(乙九三、九四の3)。
原告は、こうした患者に対する回診の際、「大丈夫ね。」などと言って声をかける程度であり、体調の変化や容態をほとんど全く聞かなかった(乙八二の5、八五の3)。原告は、病室の入り口付近で患者を指さしながら「どうもないか。」と確認するだけで回診を終えることもあった。原告が回診に来た際、部屋に一人も患者がいないことがあり、むっとした顔をして部屋から出ていくこともあった。看護婦は、物療に行っている患者についてはその旨報告をしたが、外泊を行って不在の患者についてはその理由を報告できずに黙っていると、原告は不愉快な表情で病室を後にした(乙八八の8、九三)。原告は、回診の際に、患者に「うろうろするなよ。」と注意することもあった(乙九三)。こうした患者の中には原告が入院証明書に書く病名を指定することがあった(乙九三)。
原告は、原外科医院として外出外泊の記録をつけることなく、給食摂取状況の管理も行っていなかった(原告本人)。
(二) 生活保護法による医療扶助を受けていた患者守谷進一及び守谷優子夫婦は、平成四年一月一日から二月二〇日に退院するまでの間、一度も食事を摂らなかった(乙六〇)。守谷夫婦は、右期間中、朝自宅から原外科医院に通い、注射や原告の回診を受けるなどした後、夜には同医院に寝泊まりすることなく、自宅に帰宅していた(乙六一、九四の3)。
(三) 原告は、右(二)の期間のうち、一月一日及び二日を除き、四九日間について、入院したものとして、守谷夫婦の入院料(室料、看護料、給食料)及び入院時医学管理料をそれぞれ請求した(乙五六の1、2、五七の1、2)。
右各請求のうち、入院料の請求から室料を除いたものに、入院時医学管理料を併せると、合計三二万四六六〇円となる(乙五六の1、2、五七の1、2、乙五九、弁論の全趣旨)。
2 以上の事実によれば、別紙二記載の(2) の事実が認められる。
3 証拠(乙五四の1、2、五五の1ないし11、五八、五九、六一)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
原告は、患者の物療の実施の有無を確認する態勢を採っていなかったところ、まれに患者から申込みがあれば、日曜祝祭日でも、看護婦が物療室を開けて物療を行うことがあったものの、原則として、医療技術者(物療士)は、日曜祝祭日は物療室を閉めて休診としていた。泉谷孝一は、日曜祝祭日に物療を受けていなかったが、原告は、同人に対し、平成四年六月から平成五年四月までの一一か月間にわたり、物療を行ったものとして診療報酬請求していた。
右請求のうち、日曜祝祭日における物療の費用から右期間における過少申告分を控除すると、合計一万四三八〇円となる。
以上の事実によれば、別紙二記載の(1) の事実が認められる。
4 過失の程度について(争点2(二)(3) について)
(一) 右1(二)のとおり、守谷夫婦の外泊通院状況、給食の不摂取状況は入院の実態を欠くものであり、右1(一)のとおり、原外科医院の入院患者の管理態勢が極めて杜撰であったこと等に照らせば、原告は、守谷夫婦が長期連続して外出外泊していたことを認識していたか、あるいは、少なくとも、認識していなかったことに重大な過失があったというほかない。
なお、原告は、入院患者が入院期間中、ある一日について医師から何らかの措置を受けていれば、その日の夜外泊をしても入院診療を請求できるとの実務があると主張するが、仮にそのような場合があるにしても、守谷夫婦のように、長期間、外出外泊を反復継続している場合には、もはや入院期間中といえないことは社会通念上明らかであって、原告の右主張は本件に妥当しない。
(二) また、泉谷の日曜祝祭日分の物療についても、前述のとおり、一一か月間という極めて長期にわたるものであり、物療士は、日曜祝祭日は物療室を原則として休診していたこと、原告は、患者に対する物療の実施の有無を確認する態勢を採っていなかったこと等を併せ考慮すれば、原告は、泉谷が日曜祝祭日について物療をしていないことを認識していたか、あるいは、少なくとも、認識していなかったことに重大な過失があったというべきである。
5 右1ないし4で認定した不正な診療報酬の請求(別紙二(1) (2) の事実)は、生活保護法五〇条一項、指定医療機関医療担当規程一条、生活保護法五二条一項、国民健康保険法四〇条一項、健康保険法四三条の四第一項、平成一〇年厚生省令第一九号による改正前の保険医療機関及び保険医療養担当規則二条の二所定の「指定医療機関は、療養の給付に関する費用の請求に係る手続を適正に行わなければならない。」旨の規定に違反すると解される。そして、全国統一的事務処理の関係から制定された医療扶助運営要領(厚生省社会・援護局長通達、同局保護課長通達)に定められた行政上の措置のうち、指定取消事由にあたる「故意に不正な報酬の請求を行ったもの」、あるいは少なくとも「重大な過失により、不正又は不当な診療報酬の請求をしばしば行ったもの」にも該当すると解される。
したがって、被告がなした生活保護法五一条二項に基づく指定医療機関の指定取消処分に違法はない。
三 指定医療機関の指定取消処分に関する聴聞手続が違法なものであるか否か(争点3(二))
1 主宰者について(争点3(二)(1) )
聴聞手続の主宰者は、行政庁と別個の職として位置づけられ、聴聞手続を適正公平に行ううえで重要な役割を期待されるところ、行政手続法一九条一項によれば、「行政庁が指名する職員」が行うものと規定され、ここにいう「職員」とは原則として「当該行政庁の職員」を指すと解される。これは、聴聞に係る処分に関連する専門的知識を有していることが前提であること、聴聞は行政処分に係る事前手続であり、処分庁の職員が行うことが能率的・迅速であること等によるものである(ちなみに、同様の規定が行政不服審査法三一条にも存する。)。そして、同条二項に規定された除斥事由が処分の名宛人との関係で公正を害するおそれがあると解されるような場合に限られていることからも明らかなように、法が厳密な職能分離までを要求していないと解されることなどに鑑みると、当該事案の調査を担当した課に所属する職員が主宰者となる場合であっても、右職員自身が調査自体に関与している場合など聴聞手続の適正かつ公平な審理が期待できないような特段の事情がない限り、そのことから直ちに違法になることはないというべきである。
これを本件についてみるに、前記第二の二2(二)(2) (イ)(前提となる事実)のとおり、福祉課課長が聴聞手続における主宰者となっているが、福祉課課長自身が、生活保護法の本件監査の業務や処分の原因となる資料の収集に関与したこと、その他、聴聞手続の適正かつ公平な審理が期待できないような特段の事情を認めるに足りないから、福祉課課長が聴聞手続の主宰者となったことが行政手続法一九条に反するとはいえない。
2 重要書類の隠匿について(争点3(二)(2) )
行政手続法一八条一項は「当該事案についてした調査の結果に係る調書その他の当該不利益処分の原因となる事実を証する資料の閲覧を求めることができる。」と規定しており、行政庁が「不利益処分の原因となる事実を証する資料」とは、「不利益処分の原因となる事実の存在について確信を得る根拠となる書類その他の物件」というものと解される。しかし、本条一項は、当事者が適切な防御権を行使するために、あらかじめ不利益処分の原因となる事実について行政庁の保有する文書等を閲覧し、反論の準備に資するために設けられたものと解されるから、本条一項の「資料」には聴聞当事者等に有利な資料を含むと解するとしても、内容が重複する調書や処分とは明らかに無関係と解される調書の閲覧をさせることまで要求する趣旨とは解されない。
そこで、本件についてみるに、前記第二の二2(二)(2) (ア)(前提となる事実)のとおり、看護婦の聴取調書(乙六一)は不利益処分の原因となる事実を証する資料の標目から除かれ、原告の閲覧に供されなかった。右聴取調書には「患者の牽引の希望があれば、日曜日でも物療室を開けて行っていた。」との記載があるが、これは、不利益処分の原因となる事実の一つとして挙げられている「介達牽引は、日曜祝祭日にはしていないにも係わらず、処置したものとして処置料の請求を繰り返していた事実」の対象となった患者泉谷孝一自身の行動を示すものではなく、一般論を述べたに過ぎないものと認められる。また、閲覧に供された物療士の聴取調書(乙五八)には「まれに患者から申し込みがあれば、当直の看護婦が対応する場合があります。」と記載されており、右看護婦の聴取調書とほぼ同旨の記載が認められる。したがって、右資料は不利益処分の原因となる事実を直接立証するものではなく、また、他の資料と何ら矛盾する内容の資料でもないから、右資料を閲覧させなかったことが行政手続法一八条に違反するとはいえない。
3 防御の機会の侵害について(争点3(二)(3) )
(一) 閲覧拒否の理由としては、行政手続法一八条一項に「第三者の利益を害するおそれがあるときその他正当な理由があるとき」でなければ、その閲覧を拒むことができないと規定されており、行政不服審査法三三条二項と同旨と解される(事前手続か事後手続かという違いは存するが、資料の閲覧拒否理由については、事前か事後かという点で区別して解する必要はないといえる。)ことから、右規定は第三者の個人的な秘密など聴聞を受ける者に知られないことにつき客観的に相当な理由が存する場合をいうと解される。そして、相当な理由が存するか否かは、それによって失われる第三者の利益と当事者の防御の必要性等を比較衝量して決する必要がある。
患者泉谷孝一の聴取調書(乙五四の2)は、不利益処分の原因となる事実の一つとして挙げられている「介達牽引は、日曜祝祭日にはしていないにも係わらず、処置したものとして処置料の請求を繰り返していた事実」の対象となった患者の調書であると認められるが、<1>原告は多数の患者を抱えており、一般にはどの患者の行動であるかが分からなければ有効な防御をなしえないと解されること、<2>生活保護法の本件監査において右患者名が指摘されているとしても、右監査は聴聞手続とは別個の手続であり、法律的に前置されたものではないうえ、原告が右監査において指摘を受けた患者名を全員覚えているとは限らないこと、<3>泉谷孝一は全くの第三者ではなく、原告が診療した患者自身であり、少なくとも原告の治療を受けていた時点においては、医師である原告に対して自己の住所氏名を開示することを承諾していたと解されることなどに照らせば、閲覧請求の段階では、泉谷孝一の住所氏名を秘密にする必要に乏しく、原告の防御の必要性を優先させるべきであると解される。
(二) 前記第二の二2(二)(2) のとおり、被告は、聴聞期日前に、患者の聴取調書の泉谷孝一の住所氏名部分を閲覧させなかった点は右(一)の観点から許されないというべきである。
しかし、聴聞期日において、被告は、原告代理人に対し、右患者の氏名を明らかにしているところである。また、前記第二の二2(一)(2) 及び乙五九によれば、原告は、生活保護法の本件監査において、泉谷に対し、日曜祝祭日に物療実施をしていないのにその請求をしていた旨弁明していたことが認められる。さらに、前記理由二3のとおり、原告は、患者の物療の実施の有無を確認する態勢を採っていなかったことや本件訴訟においても泉谷の物療実施の有無につき具体的な反論のないことに照らせば、閲覧請求の段階において、泉谷の住所氏名が明らかにされなかったことをもって、原告の防御権の不当な侵害として、取消事由に当たると解することはできない。
4 資料及び準備期間の不足について(争点3(二)(4) )
(一) 原告は、資料の謄写を禁止されたと主張するが、弁論の全趣旨によれば、原告代理人は、福祉課に対し、資料の謄写請求自体をしていないことが認められるから、右主張は失当である。
しかし、原告は、保険課で既に謄写を断れたことから福祉課においても認められないと考えたとの趣旨の主張をしているので、資料の謄写について念のために触れておく。
資料の謄写については、行政手続法一八条に「謄写」の文言が含まれておらず、一般に「閲覧」が写しの交付までを含む趣旨とは解されないこと、他の法令においては、謄写を認める場合その旨を明記した条文が存することなどに鑑みると、行政手続法は謄写を閲覧と同様に権利として保障しているものとは解しがたく、行政庁の裁量に委ねたものと解すべきである。したがって、資料が詳細な内容を含んでいるなどの理由から、行政庁が積極的に謄写に応じることが適正な聴聞を行う上で相当であると解される場合もあるが、そのような場合に謄写を拒否したからといって、直ちに違法になるとはいえないというべきである。
(二) 原告は聴聞の準備にあたって時間的制約があった旨主張するが、前記第二の二2(一)(2) 及び(二)(2) で認められる事実、とりわけ、聴聞通知から実際に聴聞期日が開かれるまでの日数(通知の翌日から実質的な聴聞期日まで、聴聞期日を除いて約二三日間あった。)、聴聞に先立つ生活保護法の本件監査で別紙二の具体的内容につき弁明を求められていたこと、閲覧に供された資料及び交付された資料の内容、聴聞手続で示された事実の程度に加え、本訴訟における原告の主張をも併せ考慮すれば、聴聞手続における防御の機会を実質的に付与していないという程度に準備期間が短かったとまでは認められない(なお、行政手続法一五条一項の通知から聴聞の期日まで必要とされる「相当期間」につき、最短の期間を具体的に明示するものとして、司法書士法一三条二項、旅行業法二三条の二第二項(以上「一週間」)、宅地建物取引業法一六条の一五第四項、風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律四一条三項(以上「二週間」)参照。)
したがって、反論の準備期間が制限されていたとする原告の主張は採用できない。
5 聴聞手続後の資料追加による立証の違法性について(指定医療機関の指定取消処分について。争点3(三))
まず、原告は、聴聞手続において「不利益処分の原因となる事実」として提示もされず審理もされなかった事実を聴聞手続の後から追加することは許されないと主張するが、被告は新たな「不利益処分の原因となる事実」を主張するものでなく、新証拠によって新たな立証をしようとするものであることは、被告の主張する取消事由(争点2(二))をみれば明らかであり、右主張は失当である。
次に、聴聞手続において「不利益処分の原因となる事実」の資料として挙げられていなかった証拠を訴訟において提出しうるのかという点を検討するに、行政手続法には、新証拠の提出を訴訟において禁ずる規定が何ら存しないこと(私的独占の禁止及び公正取引確保に関する法律八一条三項参照)からしても、全く資料を収集せずに処分を行い、後日訴訟になってから資料を収集して提出するなど、行政手続法が聴聞手続を要求した趣旨を全く没却するような場合はともかく、原則として、聴聞手続で「不利益処分の原因となる事実」の資料として挙げられていなかった証拠を訴訟において提出することは許されるというべきである。
なお、原告は、聴聞の再開(行政手続法二五条)等を挙げて、本件訴訟において新証拠を提出することは許されないとも主張するが、これらは不利益処分に至るまでの規定であり、不利益処分後に発覚した資料を訴訟において提出するかどうかを直接規律するものではない。
四 指定医療機関の指定取消処分が理由の提示を欠く違法なものであるか否か
(争点4)
1 行政手続法一四条一項、三項によれば、行政庁が不利益処分を書面で行う場合、右書面に理由を提示することが求められているが、本法が行政運営における公正の確保と透明性の向上を図り、もって国民の権利利益の保護に資することを目的としていること(同法一条一項)に照らすと、同法一四条が理由の提示を義務づけたのは、行政庁の判断の慎重と公正妥当を担保してその恣意を抑制するとともに、不利益処分の理由を名宛人に知らせることによって、その不服申立てに便宜を与える趣旨であるというべきである。このような制度趣旨からするならば、提示すべき理由としては、原則として、その記載自体によって、いかなる事実関係に基づき、いかなる法規を適用して不利益処分を行ったかが明らかとなる程度のものであること(以下「基本的事実関係」という。)を要すると解するのが相当である。そして、右理由提示が行政手続法の主要な基本原則であることにかんがみれば、右理由の提示を欠く不利益処分は違法であり、取消しを免れないというべきである。
しかし、本条の不利益処分は、行政手続法八条の許認可等の拒否処分の場合とは異なり、法定された聴聞手続を経る必要のある場合があり、そのような場合には、前述のとおり、聴聞期日を開くにあたって不利益処分の根拠となる法令の条項及びその原因となる事実が処分の名宛人に通知され、聴聞期日においても右条項及び事実が説明されることが規定されており(同法一五条一項、二〇条一項)、さらに、主宰者が、聴聞の審理の経過を記載した調書及び名宛人の主張に理由があるかどうかの意見を記載した報告書の作成を義務づけられ(同法二四条一項、三項。なお、同法二六条で、行政庁は、不利益処分を行うにあたって、右報告書の主宰者の意見を十分に参酌しなければならない旨規定されている。)、名宛人は右資料を閲覧することができる(同法二四条四項)のであるから、処分の名宛人が事実上ではなく法定された手続の中でその処分の理由を事前に予測、認識しうる機会を有しているといえる。そして、聴聞手続によって知らされる右不利益処分の根拠となる法令の条項及びその原因となる事実の具体性の程度や聴聞期日におけるやりとりの状況により、名宛人がその処分の理由を事前に予測、認識し得るような場合には、その後の不利益処分の理由が事前手続を経ないでなされる処分の提示すべき理由としては不十分であると解される場合であっても、行政庁の恣意抑制と不利益処分の名宛人の不服申立の便宜を与えるという右制度趣旨を没却しないものと解し得るのであるから、同法一四条は、このような場合にまでその処分を違法で取り消すことを義務づけるものではないと解すべきである。
もっとも、聴聞期日において、処分の名宛人が行政庁の処分事実に対して激しく争った場合、その争点に対する理由を処分の理由として掲げなくては、理由提示の右制度趣旨を全うできないとする考えもないではない。しかし、処分の名宛人が自己に有利な新資料を示して新しい事実を指摘するなどせず、既存の資料に対する反論を行うに過ぎないような場合、行政庁がその反論を認めて処分を行わない場合はさておき、行政庁がその反論を信用できないとして排斥して通知した処分の原因となる事実で処分を行う場合には、結局、その理由としては「名宛人の反論には理由がない」、あるいは「信用できない」といった内容に帰着するのであり、右のような理由については聴聞手続で示された不利益処分の原因となる事実と同じ処分がなされたことが分かる程度の理由が示されていれば容易に理解しうることであって、名宛人が激しく争った場合であっても、争点に対する理由を処分の理由として必ず提示しなくてはならないものではないというべきである。
2(一) そこで、本件についてみるに、指定医療機関の指定取消処分の理由については、別紙四のとおりであり、これによれば、生活保護法五〇条(五一条二項)で二つの項に分けて規定されている指定医療機関の指定取消事由のうち、五〇条一項の取消事由に該当するとされており、事実としては、「診療報酬の請求について不正の事実が存在したこと」とされている。しかし、同条項は、指定医療機関は厚生大臣の定めるところにより、懇切丁寧に被保護者の医療を担当しなければならないと規定しているにすぎず、右条項に違反することがいかなる事実に関する違反となるのか全く不明である。「診療報酬の請求について不正の事実が存在したこと」との記載についても、これはある程度具体的ともいえるが、診療報酬の内訳は多種多様であり、そのうちのいかなる不正があったのかやはり明確ではないというほかない。したがって、これらを合わせても、その基本的事実関係が示されているとは言い難く、別紙四の内容自体では理由の提示として不十分であり違法であるといわざるを得ない。
(二) しかしながら、本件は、聴聞手続を経た後に不利益処分がなされている場合であり、前記前提となる事実等によれば、聴聞手続にあたり、資料と相まって十分な内容を示している別紙二記載の「不利益処分の原因となる事実」が原告に通知され、聴聞期日において、同様の事実が原告に説明されているところである。
そして、取消処分の理由に提示された「診療報酬の請求について不正の事実が存在したこと」とは別紙二の内容をまとめた表記であると解することができる。
なお、別紙二記載の「不利益処分の原因となる事実」が資料と相まって十分な内容を示していると認められる点について補足する。
通知すべき「不利益処分の原因となる事実」については、行政手続法一五条一項二号の規定が、聴聞に際し、行政庁がいかなる理由で聴聞をしようとしているのかを不利益処分を受ける名宛人に認識させ、弁明反論の準備をさせることを目的としていると解されることからすると、右趣旨に沿う程度に具体的に記載されることが必要である。そして、聴聞手続以前に行われていた生活保護法の本件監査で、福祉課が原告に具体的に事実を伝えていたとしても、そのことから聴聞手続の際に示すべき事実を省略してよいことになるわけではないというべきである。しかし、処分の名宛人は処分の通知があった時から聴聞が終了するまでの間、不利益処分の原因となる事実を証する資料の閲覧を求めることができ(行政手続法一八条一項)、右閲覧が適正に行われれば、名宛人はこれを通して具体的事実を容易に知りうることも考慮すれば、通知すべき「不利益処分の原因となる事実」としては、刑事事件における公訴事実のような厳密な事実に至らずとも、処分の原因となる事実を証する資料と相俟って不利益処分の名宛人となるべき者にとって具体的事実が認識され、その者の防御権の行使を妨げない程度に記載されていれば足りるというべきである。
これを本件についてみるに、別紙二のとおり、(1) ないし(2) の各事実が挙げられており、患者名や日付こそ表記されていないものの、他の点ではある程度具体的な内容が記載されている。そして、前記前提となる事実等でみたとおり、聴聞通知書に挙げられた不利益処分の原因となる事実を証する資料、特に診療報酬明細書、指定医療機関の弁明が原告に供され、聴聞期日において、患者名が明確に告げられていることを併せ考慮すれば、特定の患者名や患者数、入院の期間など特定の日付も容易に理解しうるといえる。
(三) また、証拠(甲一八の1、乙六四、一〇一)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、聴聞期日において、生活保護法の取消事由の有無を争ったが、その内容としては、いずれの事実も管理不行届きであったことを認めながら、故意ではなかったとし、さらに、入院診療としての自己の見解を主張していたものと認められ、新しい資料に基づいて新しい事実を主張するというよりも、過失の程度や入院の判断という評価に関する反論を行っていたといえる。これに対して、行政庁の職員は、故意又は少なくとも重過失に基づく診療報酬の不正請求であるとして、原告の主張を全く採用するつもりのないことを示していたことが認められ(甲一八の2、乙一〇一)、主宰者も同様の意見を報告していたことが認められる(乙六四)。
(四) 以上のような聴聞手続で明らかにされた事実の程度や聴聞期日におけるやりとりの状況、聴聞で示された事実と処分理由上の事実との対比などを総合すれば、本件の取消処分の理由には聴聞手続における争点に関する理由の記載がないものの、行政庁は原告の主張を排斥したものとみることができ、結局、原告は不利益処分の理由が聴聞手続で示された事実となることを事前に予測し、本件取消処分の理由の提示によりそれを認識しえたものと認めるのが相当である。したがって、本件においては、別紙四の内容自体としては理由の提示として不十分であるものの、行政庁の恣意抑制と不利益処分の名宛人の不服申立の便宜を与える機能という理由提示の制度趣旨を没却するとまではいえないから、処分自体を取り消すほどの違法があるとはいえないというべきである(現に、原告は、訴状において、聴聞手続で明らかにされた事実をほぼ前提としてその主張を展開していることが当裁判所に顕著である。)。
五 以上によれば、原告の本件訴えのうち、平成七年七月二四日付け「七香保発第五〇七号」による健康保険法に基づく保険医療機関の指定を取り消す旨の処分の取消しの訴えは不適法であるからこれを却下し、本件請求のうち、平成七年七月二四日付け「七社B第三〇一号」による生活保護法に基づく指定医療機関の指定を取り消す旨の処分の取消請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用については、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 馬渕勉 裁判官 佐藤明 裁判官 佐藤弘規)
別紙一
(1) 傷病名の管理が不十分であるため、年度更新した新診療録に継続傷病の療養給付開始年月日が変更していた事実
(2) 入院患者が外出・外泊中で検査をしていないにもかかわらず温度表に体温等の虚偽の記載がされていた事実
(3) 入院患者の外出・外泊の記録並びに給食の摂取記録等が全くなく、適切な注意、指導が行われず管理ができていない事実
(4) 患家へ看護婦のみが行き静脈注射をしたものを外来治療として請求していた事実
(5) 全日無給食の日に入院時食事療養費を請求していた事実
(6) 診療録上入院診療(請求)している患者の中に長期間継続して外出・外泊している患者がいた。これについては実質外来患者であるものを入院請求していた事実
(7) 傷病の症状経過・給食の摂取状況等から判断して、入院治療の必要性が認められないのに入院請求していた事実
別紙二
(1) 介達牽引は、日曜祝祭日にはしていないにも係わらず、処置したものとして処置料の請求を繰り返していた事実
(2) 長期、連続して外泊しているにも係わらず、入院料及び入院時医学管理料を繰り返し請求していた事実
別紙三
平成七年六月一二日及び一五日に行った監査の結果、健康保険法四三条ノ四第一項の保険医療機関の責務及び同法四三条ノ六第一項の保険医の責務に違反し、かつ、療養の給付に関する費用の請求について不正があった事実が判明し、同法四三条ノ一二第一号、第二号、第三号及び第六号の保険医療機関の指定の取り消し規定に該当するため。
別紙四
診療報酬の請求について不正事実が存在したこと(生活保護法第五〇条第一項違反)