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高松地方裁判所 平成8年(行ウ)1号 判決 1998年9月28日

香川県小豆郡内海町草壁本町二二〇番地八

原告

有限会社瀬戸内海産

右代表者代表取締役

丸鳩信也

右訴訟代理人弁護士

近藤忠孝

岩佐英夫

重哲郎

同郡土庄町甲六一九二番地の二

被告

土庄税務署長 鈴木紘宇

右指定代理人

鈴木博

薬師神和夫

中條晴之

改田典裕

和泉康夫

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告が、平成六年六月二九日付でなした原告の平成三年六月一日から平成四年五月三一日までの課税期間に係る消費税の更正処分のうち納付すべき税額四一万六〇〇〇円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定処分を取り消す。

二  被告が、平成六年六月二九日付でなした原告の平成四年六月一日から平成五年五月三一日までの課税期間に係る消費税の更正処分のうち納付すべき税額七三万円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定処分を取り消す。

第二事案の概要

本件は、被告が、原告の二事業年度の消費税に係る各確定申告に関し、原告が控除対象仕入税額の前提として保存していた帳簿には「氏名又は名称」の記載が欠けているとして控除対象仕入税額を否認し、それぞれ更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をしたところ、原告が被告に対し、これらの処分は消費税法の解釈を誤り、調査義務を尽くさないでなされた違法な処分であるとして、右各更正処分のうち申告漏れ分を加算し仕入税額を控除して算出した納付すべき消費税額を超える部分及び各過少申告加算税の賦課決定処分の取消しを求めた事案である。

一  前提となる事実等(証拠番号の記載のないものは当事者間に争いがない。)

1  原告は、生鮮魚介類の販売、すなわち、潜水漁業者からアワビ・サザエ・ナマコ等の底生魚介類を買い入れて魚市場に出荷すること等を業とする有限会社である。

2  原告は被告に対し、次の各課税期間(以下、まとめて「本件課税期間」という。)につき次のような内容を記載した確定申告書により法定申告期限内に確定申告(以下まとめて「本件確定申告」という。)をした。

(一) 課税期間 平成三年六月一日から平成四年五月三一日まで(事業年度第三期。以下「第三期」という。)

課税標準額 一億〇九五四万〇〇〇〇円

消費税額 三二万八六二〇円

控除対象仕入税額 (記載なし)

納付すべき税額 三二万八六〇〇円(百円未満切り捨て)

(二) 課税期間 平成四年六月一日から平成五年五月三一日まで(事業年度第四期。以下「第四期」という。)

課税標準額 二億二六二〇万八〇〇〇円

消費税額 六七八万六二四〇円

控除対象仕入税額 六一〇万七六一六円

納付すべき税額 六七万八六〇〇円(百円未満切り捨て)

3  原告の本件課税期間の売上については消費税法(平成六年法律第一〇九号による改正前のもの。以下「消費税法」というときは右改正前のものを指す。)三七条一項の簡易課税制度は適用されず、同法三〇条に従って控除対象仕入税額が算定される(乙二、原告代表者)。

4  原告は、税務調査に訪れた土庄税務署担当者前田洋一(以下「調査担当者」という。)に対し、現金出納簿、仕訳帳、総勘定元帳、判取帳(甲三の1ないし4。以下「判取帳」という。)及びメモ(甲一三の1ないし201。以下「メモ」という。)等(以下、右各文書をまとめて「本件帳簿等」という。)を提示し、右調査担当者は、これらの内容を確認した上、原告の承諾を得て判取帳等をコピーした。

判取帳は、原告が潜水漁業者からサザエやアワビ等の底生魚介類を買い取る仕入取引(以下「本件取引」という。)に係る取引年月日、取引金額及び「丸山」「井上」「上野」「角畑」「仲買」等取引相手の氏らしきもの(以下「氏等」という。)が記載された冊子であり、メモは本件取引についての年月日、金額、品名及び数量が記載された約五センチメートル四方のわら半紙の束である。これらの判取帳及びメモは、いずれも原告が記載したものである。本件帳簿等の記載は、消費税法三〇条八項一号ロないしニ所定の記載事項は充たしていたが、同号イ所定の「氏名又は名称」の記載に関しては判取帳記載の氏等以外にこれを明らかにするものはなかった。

原告は、税務調査の段階で、調査担当員から判取帳記載の本件取引の相手方の氏名を明らかにするように求められた際、その要請に応じることは可能であるが、潜水漁業者との今後の取引が困難になるとして結局その氏名を明らかにしなかった。なお、原告は調査担当者に対し、本件取引の相手方の氏名等については取引現場に立ち会って調査するよう求めたが、調査担当者はこれに応じなかった(乙三、証人前田洋一)。

5  被告は、平成六年六月二九日、本件確定申告を否認し、原告に対し、次のとおり消費税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下、まとめて「本件処分」という。)をした。

(一) 第三期

課税標準額 一億〇九八〇万二〇〇〇円

消費税額 三二九万四〇六〇円

控除対象仕入税額 三五万四八九三円

納付すべき税額 二九三万九一〇〇円(百円未満切り捨て)

過少申告加算税 三六万六五〇〇円

(二) 第四期

課税標準額 二億二六七四万六〇〇〇円

消費税額 六八〇万二三八〇円

控除対象仕入税額 六〇万三八二七円

納付すべき税額 六一九万八五〇〇円(百円未満切り捨て)

過少申告加算税 七九万二五〇〇円

なお、右の各課税標準額及び消費税額は、いずれも本件確定申告につき一部申告漏れとなっていた原告の株式会社山一商店に対する売上高及び仮受消費税額を加算して算出したものである。

6  原告は、平成六年八月二六日に被告に対し本件処分につき異議申立てをしたが、同年一一月二五日付けで棄却決定がなされ、さらに、同年一二月二二日に国税不服審判所長に対し審査請求をしたが、平成七年一〇月二七日付けで棄却裁決がなされ、同年一一月七日ころに右裁決書が原告に送達された(弁論の全趣旨)。

7  原告は、本件訴訟提起後に、本件取引につき、取引の年月日、品名、数量、金額並びに相手方についての判取帳の表示、氏名及び住所を記載した取引内容一覧表(甲四の1・2。以下「取引内容一覧表」という。)を作成した(原告代表者)。

二  争点

1  判取帳に記載された氏等は、消費税法三〇条八項一号イに規定する「氏名又は名称」に当たるか。

(被告の主張)

消費税法三〇条の文理及び同条の趣旨からすれば、仕入税額控除制度の適用を受けるためには、同条八項一号所定の事項が帳簿及びその付属書類の記載自体から明らかでなければならないところ、本件取引に関する判取帳記載の氏等のみでは課税仕入れの相手方が明らかではなく、本件処分当時これを明らかにする仕入先一覧表等の添付書類も存在しなかったから、判取帳の右記載は同条項所定の「氏名又は名称」の記載には当たらない。

(原告の主張)

以下に述べるような仕入税額控除制度の趣旨からすれば、消費税法三〇条八項一号イ所定の「氏名又は名称」の記載については納税者の実態に即した解釈をすべきであり、記載に多少の不備があっても調査活動により相手方が特定できる場合には、仕入税額控除の適用があるというべきであるところ、以下に述べるような本件取引の実態からすれば、取引の相手方の特定は判取帳の氏ないし通称の記載で十分であるから、判取帳の右記載は同条項所定の「氏名又は名称」の記載に当たる。

(一) 仕入税額控除制度(消費税法三〇条一項)の趣旨及び解釈について

消費税法は仕入税額控除方式を採用し(同法三〇条一項)、課税の累積を回避することにより、消費税の性質が付加価値税であることを明らかにしている。営業には課税仕入れを伴うのが通常であるが、現実に中小事業者が同条八項一号所定の事項をすべて記載した帳簿を完備することは困難である。にもかかわらず、被告のようにこれを形式的に解釈して消費税法の基本的仕組みである仕入税額控除の適用を否定すれば、課税仕入れに係る消費税を国家が二重取りすることになり、また、今後消費税率が引き上げられた場合、納税者は所得を上回る租税債務を負わされ憲法で保証されている生存権を脅かされることにもなりかねない。消費税は本来的に弱者に厳しい不公平な税制であり、また、仕入税額控除は付加価値税たる消費税の基本的仕組みであるから、その解釈、適用に当たっては納税者の実態に即したものでなければならない。

(二) 課税仕入れの相手方の「氏名又は名称」(消費税法三〇条八項一号イ)の記載の趣旨及び記載の程度について

消費税法三〇条八項一号イで課税仕入れの相手方の「氏名又は名称」の記載が要求されているのは相手方を特定するためであるから、消費税法基本通達(平成七年一二月二五日課消二―二五。以下、単に「基本通達」という。)一一―六―一では氏名又は名称の記載に代えて取引先コード等の記号、番号等による表示でもよいとされている。右基本通達の趣旨は、仕入税額控除は付加価値税としての消費税の基本構造に関わるものであるから安易にこれを否認することは許されず、課税仕入れの相手方が特定され課税仕入れの事実が確認できれば足りるとするところにある。

右規定の趣旨に加えて、消費税法三〇条八項一号イ所定の相手方の記載については住所の記載は要件ではなく、戸籍上の「氏名」に限らず「名称」すなわち屋号その他の通称でもよいとされていることや、消費税法は申告納税制度を採用しながら、他方では税務署職員等が質問検査権(同法六二条)を行使して調査活動を行い申告内容の正確性を確認しうる方途を用意していることからすれば、同法三〇条八項一号イの「氏名又は名称」とは、事業者において必要に応じ取引の相手方を特定しうる程度の表示を意味するにとどまり、税務署職員等が当該記載のみから取引の相手方を把握し得るまでの表示を要求するものではないと解すべきである。

(三) 本件の判取帳の氏等の記載について

(1) 判取帳の記載による特定

潜水漁業者は、単独で取引をする場合とグループで取引をする場合があり、本件取引の相手方として判取帳に記載されている「丸山」等の名称は、取引内容一覧表のとおり、いずれも特定の潜水漁業者のグループを示すものであり、個々の潜水漁業者がいずれのグループに所属するかは土庄町周辺の漁業関係者の間では周知のことであるから、判取帳記載の氏等は通称に当たり、右記載のみで相手方は十分特定されている。

(2) 本件取引の実態に応じた記載

本件取引は、潜水漁業者が採取してきた底生魚介類を水揚げした浜辺で計量して現金と引換えで原告に売り渡すという、いわゆる浜取引であり、領収証その他の取引書類は作成されない。内海町周辺の潜水漁業者の取引方法は、原告との取引に限らず一般に右のような現金決裁の浜取引が慣行となっている。原告としては、このようなあわただしい浜取引において、メモに魚介の種類、数量及び金額の内訳を記載し、これに基づいて判取帳に取引年月日、金額及び取引相手方の名称として潜水漁業者の仲間内の呼称を記載するのが精一杯であり、消費税法三〇条八項一号イ所定の「氏名又は名称」につき氏等しか記載できないのもやむを得ないことであって、原告の税理士も所定の記載要件を充足しているものと理解していた。

なお、再生資源卸売業等に係る課税仕入れについては、相手方の「氏名又は名称」の記載を省略することができるが(消費税法施行令(平成七年政令第三四一号による改正前のもの。以下「消費税法施行令」というときは右改正前のものを指す。)四九条)、これは、その通常の事業形態として課税仕入れの相手方が不特定多数の一般消費者であり個々の取引金額の少額であって、いちいちその「氏名又は名称」を帳簿に記載させることは酷であるから、これを省略できることとしたものである。本件取引は、相手方が不特定多数ではないものの小規模業者であり、現場における取引状況等事業の実態は再生資源卸売業に似ており、相手方の「氏名又は名称」を克明に記載することは事実上不可能ないし著しく困難であってこれを要求するのは酷である。したがって、本件取引についても再生資源卸売業者等に係る課税仕入れに準じて「氏名又は名称」の記載の省略や簡易な記載が許されると解すべきである。

2  本件訴訟提起後に作成された取引内容一覧表により、本件取引につき仕入税額控除制度を適用することができるか。

(被告の主張)

事業者が、消費税に関する課税処分取消訴訟の提起後に、消費税法三〇条七項に規定する「帳簿又は請求書等」と称するものを提出しても、右帳簿又は請求書等を「保存」したということはできない。

本件においては、本件処分時までに本件取引の相手方が特定できるような資料は提示されず、本件訴訟提起後に仕入先の「氏名又は名称」が記載された取引内容一覧表が作成、提示されたからといって本件処分時の税務署長の判断の当否が左右されるものではない。

(原告の主張)

仮に、判取帳の記載が消費税法三〇条八項一号イ所定の「氏名又は名称」の記載に当たらないとしても、少なくとも現時点においては、本件取引につき取引年月日、取引金額、仕入れに係る底生魚介類の種類及び金額の内訳並びに相手方の住所及び氏名等を明記した取引内容一覧表が存在し、これにより取引の相手方の「氏名又は名称」は明らかであり、また、同表は同条項所定の記載要件を充たした同条七項所定の帳簿であるともいえるから、本件処分は取り消されるべきである。

3  被告の調査担当者の調査活動が調査義務に違反するものであったかどうか。

(被告の主張)

(1) 前記の消費税法三〇条七項の趣旨からすれば、事業者の行った仕入取引が課税仕入れに係るものであるかどうかは、専ら帳簿又は請求書等自体により明らかにされなければならないから、事業者が税務調査の過程で相手方の「氏名又は相手方」等同条八項及び九項所定の事項を明らかにしたとしても、これらの法定記載事項が記録された帳簿が保存されていなければ仕入税額控除を受けることはできない。

(2) なお、本件に関する税務調査において調査担当者は、本件取引に関する判取帳は消費税法三〇条八項一号イ所定の「氏名又は名称」の記載を欠くものであるが、原告が判取帳記載の氏等につき名前を明らかにすれば仕入税額控除の適用があるものと誤解して、判取帳の記載の不備を補完させる目的で、原告に対して再三にわたり本件取引に係る相手方の住所、氏名を明らかにするよう求めたが、原告はこれに応じなかった。

(原告の主張)

(1) 消費税法は申告納税制度を採用しているが、税額算定に必要な資料を完備して税額を算定することは小規模零細事業者に対し煩雑と心労を強いることになる。そこで、消費税法は、事業者において同法三〇条八項一号所定の事項を記載した帳簿等を作成させる一方、他方で、申告税額の的確性を点検、確認するため、税務署職員等に対し、質問検査権(同法六二条)を行使して帳簿等の記載の不備を補完する職責と権限を与えたのである。言い換えれば、消費税法は、前段階の取引の全容が的確に表示された帳簿の作成を期待しているものではなく、仮に帳簿の記載に不備があっても、その部分につき税務署職員等が質問検査権を行使して事業者に質問したり資料の提出を求めるなど充分な調査活動をすることにより不備を補完することを予定しているものと解すべきである。

したがって、帳簿の記載に不備があっても調査活動により課税仕入取引の存在が確認され不備を補完できる場合には、仕入税額控除を認めるべきであり、税務の現場においてもそのように取り扱われているのが実態である。

(2) 本件において、原告は、調査担当者による税務調査の際に本件帳簿等を開示した上これをコピーすることも許諾し、取引相手方欄に氏又は通称で記載されている潜水漁業者の住所、氏名を特定することができる旨伝えるとともに、浜における即時現金決済という本件取引の実情を説明し、必要であれば取引現場に立ち会うよう求めた。本件取引は課税仕入れを伴うことが当然予想されるものであり、特定地域の潜水漁業者との間の継続的取引であるから、被告側が充分な調査を行えば、取引内容一覧表のとおり、相手方を特定して課税対象仕入税額を算定することは可能であり、原告においても調査担当者から適切な指導があれば調査段階で同様の一覧表を作成することも可能であった。

しかしながら、調査担当者は、当初は判取帳の記載を「名称」として認めるかのような態度をとりながら、調査段階の途中で一転して判取帳の記載では認められないというばかりであり、原告に対し相手方の特定を求めたり、仕入先を特定しないと仕入税額控除を受けられない旨の具体的な説明、指導をするなどの適切な調査活動をしなかった。

このように、調査義務を怠り、本件取引の仕入税額控除を認めなかった本件処分は違法である。

4  本件課税期間に係る納付すべき税額等

(被告の主張)

(一) 第三期に係る課税仕入額は別紙1記載のとおりであり、仕入税額控除の対象となる金額は、課税仕入額九九五九万二九一二円(別紙1(5))から本件取引に係る課税仕入額八七四〇万八二四五円(税抜仕入額八四八六万二四九四円、仮払消費税額二五四万五七五一円。別紙1(1)<1>)を差し引いた一二一八万四六六七円に、消費税法三〇条一項に規定する百三分の三を乗じた三五万四八九三円となる。

したがって、第三期の納付すべき税額は、消費税額三二九万四〇六〇円から控除対象仕入税額三五万四八九三円を差し引いた二九三万九一〇〇円(国税通則法一一九条一項により百円未満の端数は切り捨て)となる。

(二) 第四期に係る課税仕入額は別紙2記載のとおりであり、仕入税額控除の対象となる金額は、課税仕入額二億〇九六五万七一〇〇円(別紙2(5))から本件取引に係る課税仕入額一億八八九二万五六八〇円(税抜仕入額一億八三四三万六〇三八円、仮払消費税額五四八万九六四二円。別紙2(1)<1>)を差し引いた二〇七三万一四二〇円に、消費税法三〇条一項に規定する百三分の三を乗じた六〇万三八二七円となる。

したがって、第四期の納付すべき税額は、消費税額六八〇万二三八〇円から控除対象仕入税額六〇万三八二七円を差し引いた六一九万八五〇〇円(国税通則法一一九条一項により百円未満の端数は切り捨て)となる。

(三) 原告は、本件取引に係る課税仕入れについては仕入税額控除を受けることができないにもかかわらず、本件確定申告に当たりこれを控除しており、控除をしたことにつき国税通則法六五条四項にいう正当な理由があるとは認められない。したがって、同条一項及び二項に基づき、第三期につき三六万六五〇〇円、第四期につき七九万二五〇〇円の過少申告加算税が賦課されることになる。

(原告の主張)

前記第二の一5記載の申告漏れ分加算後の課税標準額及び消費税額に基づいて算定した原告の納付すべき税額は次のとおりであるから、本件処分のうち更正処分につき右納付すべき税額を超える部分及び過少申告加算税賦課決定処分は違法である。

(一) 第三期

課税標準額 一億〇九八〇万二〇〇〇円

消費税額 三二九万四〇六〇円

控除対象仕入税額 二八七万七〇〇〇円(千円未満切り捨て)

納付すべき税額 四一万六〇〇〇円(千円未満切り捨て)

(二) 第四期

課税標準額 二億二六七四万六〇〇〇円

消費税額 六八〇万二三八〇円

控除対象仕入税額 六〇七万一〇〇〇円(千円未満切り捨て)

納付すべき税額 七三万〇〇〇〇円(千円未満切り捨て)

第三争点に対する判断

一  争点1(判取帳記載の氏等は、消費税法三〇条八項一号イ所定の「氏名又は名称」に当たるか。)について

1  消費税法三〇条の趣旨について

(一) 仕入税額控除制度(同条一項)の趣旨について

消費税は、国内において事業者が行った資産の譲渡等に対して広く課税する多段階課税であり(消費税法四条一項)、税の累積を避けるために前段階税額控除方式を採用して課税仕入れに係る消費税額を控除することとし(同法三〇条一項)、その性質が付加価値税であることを明らかにしている。

(二) 仕入税額控除のための帳簿等の保存(同条七項)の趣旨について

消費税法は、申告納税制度を採用して(同法四二条、四五条等)事業者が税額を算定するに必要な資料に基づいて適正な申告による納税を行うことを根幹としているが、他方、事業者はこれに関する帳簿書類等を課税庁が課税権限を行使しうる最長期間である七年間にわたり納税地等において保存しなければならないとする(同法五八条、同法施行令七一条二項、五〇条一項)とともに、税務署職員等において事業者に対し帳簿書類等の提示を求める質問検査権を行使して(同法六二条)事業者の申告の正確性を確認できることとし、適正な納税が行われるよう配慮している。

さらに、消費税法は、事業者が仕入税額控除に係る帳簿又は請求書等を保存していない場合、当該課税仕入れに係る消費税額については仕入税額控除規定を適用しないものとし(同法三〇条七項)、右にいう「帳簿」ないし「請求書等」の記載事項を法定している(同条八項、九項)。

このように、消費税法が、事業者の帳簿書類等保存義務及び税務署職員等の質問検査権等に加えて、法定の帳簿等の保存を要求している趣旨は、法定の帳簿等によって仕入税額の信頼性、正確性が担保されない限りその控除を認めないというのであるから、単に税務署職員等による税務調査の端緒を提供することを目的とするにすぎないものということはできないのは明らかであり、むしろ、事業者においてその仕入れに係る法定の帳簿又は請求書等を保存させることにより、当該仕入取引が仕入税額控除の対象となる課税仕入取引に係るものであることを立証させるところにあると解される。

(三) 帳簿に記載すべき課税仕入れの相手方の「氏名又は名称」(同法三〇条八項一号)について

(1) 消費税法三〇条八項一号は仕入税額控除のための帳簿の記載事項として、<1>課税仕入れの相手方の氏名又は名称、<2>課税仕入れを行った年月日、<3>課税仕入れに係る資産又は役務の内容、<4>課税仕入れに係る支払対価の額を掲げている。前記(二)で述べた同条七項の趣旨からすれば、これらの記載の程度としては、事業者の仕入取引につき課税仕入取引であるかどうかが帳簿の記載自体から明らかで、これにより控除対象仕入税額を算定できる程度の記載が必要であると解される(なお、帳簿は、右法定記載事項を記録したものであれば足りるので、必ずしも一冊の帳簿でなくとも差し支えなく(基本通達一一―六―一(注)参照)、一つの帳簿では記載事項のすべてを満たしていないが、各帳簿の間に関連づけがなされこれらを総合するとすべての記載事項を網羅している場合には、帳簿の記載要件を満たすことになるというべきである。)。

(2) ところで、消費者からの預り金的な性格を有する消費税については特に正確な税額の把握が求められるところ、課税仕入に係る消費税は前段階の取引に係る消費税として、前段階の取引の相手方が誰であるかが特定されて初めて課税庁は事業者から提示された帳簿等に記載されている課税仕入に係る消費税額が正確か否かを確認することができる。また、控除対象仕入税額の算定が事業者の自己記帳による帳簿によって行われる場合は、課税仕入れの相手方から交付される請求書等(同条九項一号)による場合に比べて、控除対象仕入税額の信頼性、正確性の点についての疑念が生じやすいところである(なお、平成六年法律第一〇九号による改正後の消費税法三〇条七項では、仕入税額控除の適用要件が、「帳簿又は請求書等」の保存から「帳簿及び請求書等」の保存に改められた。)。そこで、消費税法は、事業者に課税仕入れに係る取引の内容(同法三〇条八項一号ロないしニ)のみならずその相手方の氏名又は名称(同号イ)を帳簿に記載させることにより、仕入税額控除の対象となる課税仕入れの相手方及びその内容を特定させて、仕入税額控除の信頼性、正確性を担保しようとしたものであると解される。したがって、課税仕入れの相手方の氏名又は名称の記載は、相手方を特定できる程度の記載が必要であり、かつ、それで十分である(住所、電話等の記載までする必要がない。)というべきである。

(3) そして、取引の相手方の特定の方法としては、個人については氏名により、法人については名称(民法三四条、三七条二号、三九条)ないし商号(商法六三条二号、一四八条、一六六条一項二号、有限会社法六条二号)によるのが一般的であるから、消費税法三〇条八項一号イは、課税取引の相手方が個人である場合には「氏名」を、法人その他の団体である場合には「名称」(商号)を記載することとしたものであると解される。

もっとも、前記のとおり、「氏名又は名称」を記載する趣旨は相手方を特定するためであるから、これに代えて「取引先コード等の記号、番号等」の表示による取扱いが認められており(基本通達一一―六―一(1)イ)、屋号等による記載であっても、周知性を有しそれのみで相手方を特定しうるもの(通称)である場合や、氏名又は名称を示す仕入先一覧表等により対応関係が明らかである場合、住所又は電話番号等の記載により相手方が特定できる場合には、法定の記載を充たすものといえる。

2  本件における判取帳の氏等の記載について

(一) 相手方の特定について

(1) 本件取引の相手方に関する記載は判取帳における「丸山」「井上」「上野」「仲買」等相手方の「氏」らしき記載があるが、これらが消費税法三〇条八項一号イにいう「氏名」に当たらないことは明らかである。そして、税務調査の段階で提示された本件帳簿等につき、判取帳以外に相手方の「氏名」を明らかにする記載がなかったことは前記第二の一4のとおりであり、本件処分時において判取帳以外に相手方の氏名又は名称に関する記載のある帳簿書類等が保存されていたことについては主張も立証もない。

なお、原告は、判取帳記載の氏等の一部につき特定の潜水漁業者のグループを指す「名称」であると主張するが、右1(三)(3)のとおり、消費税法三〇条八項一号イの「名称」は法人その他の団体の名称ないし商号を意味するものと解されるところ、取引内容一覧表及び判取帳によれば、判取帳記載の氏等のうち「丸山」以外はすべて個人を指し、「丸山」は上嶋春輝、半田繁広、半田三津夫、三宅一彦、上嶋昭信、平間義英及び中野誠二からなるグループを指すが、その顔触れは随時変動するので個別の取引のメンバー及び人数を特定することができないと認められるところ、そのような少人数からなる極めて流動的なグループが社会経済上その構成員(右取引内容一覧表によれば各構成員自身もグループとの取引と同一日に個人として個別に原告と本件取引を行っていることが認められる。)とは別個独立の存在として法人その他の団体に準ずる取引主体となるとは認めがたく、本件取引の相手方としては、個別の取引の相手方である個人の「氏名」を記載すべきである。したがって、判取帳記載の氏等はいずれも消費税法三〇条八項一号イにいう「名称」には当たらない。

(2) また、原告は、右規定にいう「氏名又は名称」は屋号その他の通称でも足りるところ、判取帳記載の氏等は通称であり、相手方の特定としては十分であると主張し、原告代表者もこれに沿うかの如き供述をする。

なるほど、右1(三)(3)で述べたとおり、消費税法三〇条七項、八項一号の趣旨からすれば、必ずしも正式な「氏名又は名称」ではない屋号等であっても、周知性がありそれのみで相手方を特定しうるようなもの(通称)については、その記載をもって法定記載事項を充たすものと解しうる。

そこで、本件の判取帳記載の氏等がそれのみで相手方を特定できるほどの周知性を有する通称にあたるかどうかにつき検討するに、<1>原告代表者自身、本人尋問において示された本件取引に関するメモ記載の「丸山」に対応する潜水漁業者の名前についての質問に対し、当該メモでははっきりわからないが「丸山」という潜水漁業者である旨回答していること、<2>取引一覧表によれば、判取帳記載の「井上」は浜本伸介(第三期)及び三宅一彦(第四期)を、「上野」は半田三津夫(第三、四期)及び角畑勝美(第四期)を、「仲買」は中野誠二(第三期)及び平間義英(第四期)をそれぞれ指すなど、判取帳記載の氏等の中には同一の氏等でありながら事業年度により別の潜水漁業者を指すものがあると認められること、及び<3>同証拠によれば、判取帳記載の「角畑」「江村」「角」及び「上野」が角畑勝美を、「岸」及び「森」が岸本春夫を、「上野」「福田」及び「上島上野」が半田三津夫を、「赤岩」及び「角畑赤岩」が赤岩広幸をそれぞれ指すなど、判取帳は同一の潜水漁業者について複数の種類の氏等を使用している場合があると認められることからすれば、判取帳記載の氏等が当該記載のみで相手方を特定できるほどの周知性を有する通称であるとは言い難く、他に右記載が相手方を特定するに足る的確な証拠もないから、この点に関する原告の右主張は採用できない。

(二) 本件取引の実態と「氏名又は名称」の記載の程度について

(1) 原告は、浜における現金決済という本件取引の実態に鑑みれば、「氏名又は名称」を帳簿に記載することは事実上不可能ないし著しく困難であり、氏等しか記載できないのもやむを得ないから、本件においては右記載をもって消費税法三〇条八項一号イ所定の記載要件を充たしているものというべきであると主張する。

仮に、事業者の事業形態により帳簿に相手方の氏名又は名称を記載することが事実上困難である場合には記載の程度が緩和されるものと解することができ、かつ、本件取引の実態が原告主張のようなものであるとしても、<1>原告において取引一覧表のとおり一部を除き本件取引の相手方の「氏名」を明記できること、<2>原告代表者は本人尋問において、原告と取引のある潜水漁業者は一〇ないし一五人程度でいずれも顔なじみの者である旨供述していること、<3>判取帳等の記載は浜での取引終了後に補充することが通常可能であると考えられることからすると、原告が本件取引の相手方の「氏名又は名称」を判取帳に記載することが格別困難であるとは言えず、原告の右主張は採用できない。

(2) また、原告は、本件取引の事業形態は、消費税法施行令四九条により課税仕入れの相手方の「氏名又は名称」の記載の省略が認められている再生資源卸売業に類似するので、これに準じてその記載の省略や簡易な記載が認められるべきであると主張する。

再生資源卸売業につき右記載の省略が許されているのは、その通常の事業形態として課税仕入れの相手方が不特定かつ多数の一般消費者であり個々の取引額も少額であるため、個々の課税仕入れの相手方の氏名又は名称の記載を求めることは酷であるためであると解される。これに対し、取引内容一覧表及び原告代表者の供述によれば、本件取引の相手方は右(1)のとおり一〇人ないし一五人程度の特定の潜水漁業者にすぎず、反復継続して取引をしている者であると認められるのであるから、その氏名又は名称を記載することが格別困難であるとは言えない。したがって、本件取引は再生資源卸売業に類似する事業にはあたらないから、相手方の氏名又は名称の記載の省略ないし簡略化を認めるべき根拠はない。

3  以上のとおり、本件における判取帳の記載は消費税法三〇条八項一号イ所定の課税仕入れの相手方の「氏名又は名称」の記載を欠き、また、本件処分時においては判取帳以外に本件取引の相手方の氏名又は名称を記載した同条七項所定の帳簿ないし請求書等の保存はなく、また、右保存がないことについての「やむを得ない事情」(同条項但書)があると認めるにも足りないから、本件取引につき同条一項の仕入税額控除の適用はない。

二  争点2(本件訴訟提起後に作成された取引内容一覧表により、本件取引につき仕入税額控除制度を適用することができるか。)について

行政処分の取消しを求める訴えは、行政庁の第一次判断権の行使による行政処分が違法であったかどうかを裁判所が事後的に審査するものであるから、行政処分の適法性の判断にあたっては、当該行政処分がなされた当時の法律及び事実状態を基礎とすべきである(最判昭和二七年一月二五日民集六巻一号二二頁、同昭和三四年七月一五日民集一三巻七号一〇六三頁参照)。

したがって、本件訴訟提起後に作成された取引内容一覧表により仕入税額控除のための帳簿の法定記載事項が補充されたからといって本件処分の適法性が左右されるものではなく、この点についての原告の主張は失当である。

三  争点3(被告の調査担当者の調査活動が調査義務に違反するものであったかどうか。)について

1  課税の累積を回避するための仕入税額控除制度が付加価値税たる消費税法の性質に根ざすものであることは前記第三の一1(一)のとおりであるが、他方、前記第三の一1(二)及び(三)で述べたとおり、消費税法三〇条七項ないし九項が、課税仕入れに係る帳簿又は請求書等の保存を仕入税額控除の適用要件とし、右帳簿又は請求書等の記載事項を法定している趣旨からすれば、右法定記載事項である相手方の氏名又は名称等は、保存されている帳簿又は請求書等の記載自体から明らかでなければならない。そうすると、税務署職員等は、課税仕入れに係る帳簿又は請求書等の記載に不備がある場合、その記載の不備を補完するような帳簿書類等の保存の有無については、事業者に質問したりその提出を促すなどして十分な調査を行うべきであるが、かかる帳簿書類等の保存が認められない以上は、さらなる調査により記載の不備を補完すべき義務はないものと解するのが相当である。

2  本件においては、税務調査において提示された本件帳簿等につき判取帳の記載以外に本件取引の相手方に関する記載はないことは前記第二の一4のとおりである。本件の調査担当者においては、本件取引の相手方を特定するに足りる記載のある帳簿又は請求書等の保存がなければ仕入税額控除の適用がないことを説明して本件帳簿等以外に消費税法三〇条七項所定の帳簿又は請求書が保存されているかどうかにつき調査を尽くすべきではあるが、本件処分時において判取帳以外に相手方の氏名又は名称に関する記載のある帳簿書類等が保存されていたとは認められないので、これらの保存がない以上、本件取引の取引現場に赴いて相手方の氏名又は名称につき調査するなどして判取帳の記載の不備を補完すべき義務はない。

なお、原告は、調査担当者が原告に対し、相手方を特定しないと仕入税額控除の適用がないことを説明しておらず、この点につき具体的な説明、指導があれば、調査段階において取引内容一覧表と同様の一覧表を作成して相手方を特定することが可能であったと主張するが、消費税法の求めている帳簿書類は、仕入税額控除の正確性、信頼性を確保するために取引段階で作成し保存すべきものであって、税務調査段階に至って作成すれば足りるというべきものとは解されないから、右説明、指導の有無は本件処分の適法性を左右するものではない。

四  争点4(本件課税期間に係る納付すべき税額等)について

1  更正処分について

原告の本件課税期間に係る課税標準額及び消費税額は前記第二の一5のとおりである(当事者間に争いがない。)。そして、証拠(乙三ないし五)及び弁論の全趣旨によれば、本件課税期間の課税仕入額は別紙1及び2記載のとおりであると認められるところ、そのうち本件取引に係る課税仕入額については前判示のとおり仕入税額控除のための帳簿の法定記載事項を欠くため仕入税額控除の適用がないから、本件課税期間の課税仕入税額(右各別紙の各(5))から本件取引に係る課税仕入税額(右各別紙の各(1)<1>)を控除した金額に百三分の三を乗じたものが控除対象仕入税額となる(消費税法三〇条一項)。したがって、本件課税期間に係る納付すべき税額は、前記の消費税額から右控除対象仕入税額を控除した金額(百円未満切り捨て。国税通則法一一九条一項)、すなわち、第三期につき二九三万九一〇〇円、第四期につき六一九万八五〇〇円となる。

2  過少申告加算税賦課決定処分について

以上のとおり、本件取引につき仕入税額控除が適用されないにもかかわらず、原告が本件確定申告に当たりこれを控除したことにつき、国税通則法六五条四項に規定する正当な理由があるとは認められない。したがって、同条一項及び二項に従い、本件の各課税期間につき、本件更正処分による納付すべき税額から本件確定申告に係る納付すべき税額を控除した残額(一万円未満切り捨て。国税通則法一一八条三項)に百分の十を乗じた金額に、右残額から本件確定申告に係る納付すべき税額と五〇万円のいずれか多額の方を控除した残額(一万円未満切り捨て。国税通則法一一八条三項)に百分の五を乗じた金額を加算した金額、すなわち、第三期につき三六万六五〇〇円、第四期につき七九万二五〇〇円の過少申告加算税がそれぞれ賦課されることになる。

五  結論

以上のとおり、被告が本件取引につき仕入税額控除を認めないで行った原告の本件課税期間の消費税に係る本件処分はいずれも適法であり、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結の日 平成一〇年六月二三日)

(裁判長裁判官 馬渕勉 裁判官 橋本都月 裁判官 廣瀬千恵)

別紙1

平成3年6月1日から平成4年5月31日までの間の課税仕入額の内訳表

<省略>

別紙2

平成4年6月1日から平成5年5月31日までの間の課税仕入額の内訳表

<省略>

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