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高松地方裁判所 平成9年(ワ)354号 判決 1998年2月26日

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  原告の請求

一  被告は、原告に対し、四〇〇万円及びこれに対する平成八年八月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  一項につき仮執行宣言

第二  事案の概要

本件は、原告が被告に対し、共済契約に基づき、被共済者甲野春子の死亡(不慮の墜落死)による災害特約共済金四〇〇万円の支払を求めたところ、被告は、被共済者の死亡原因が自殺である、又は自殺か不慮の墜落死か不明であって、右共済金の支払ができないと争った事案である。

一  前提事実(当事者間に争いのない事実及び証拠によって容易に認められる事実)

1  被告は、消費生活協同組合法に基づき厚生省の認可を得て各種共済事業等を営む非営利法人である。

そして、全国の各都道府県に下部組織として各単位労働者共済生活協同組合(いわゆる県本部)を有している。

2  原告は、平成二年六月一日に被告香川県本部の組合員に加入し、同時に被告との間で原告の孫である甲野春子を被共済者とする毎月の掛金一〇〇〇円の「こくみん共済」契約(いわゆる個人定期生命共済契約、以下「本件共済契約」という。)を締結した。

3  原告は被告との間で、平成六年六月一日、本件共済契約の掛金を毎月二〇〇〇円に増額した。

右月掛金二〇〇〇円に対応する死亡共済金は、基本契約分(普通死亡分)四〇〇万円、災害特約分(不慮の事故死分)四〇〇万円である。

4  本件共済契約の被共済者甲野春子(昭和五一年七月二八日生)は、平成八年八月二日午前一一時三〇分頃、高松市福岡町二丁目九の一所在労住協第三四ビル(スカイハイツ玉藻)六階より一階ホール屋根上に転落し、頭部脳挫滅創等により即死した。

5  そこで、原告は被告に対し、被共済者死亡による共済金請求を平成八年八月二三日付でしたところ、被告は原告に対し、同年九月一八日基本契約分四〇〇万円のみを支払い、災害特約分四〇〇万円の支払についてはこれを拒否した。

6  被共済者の右墜落事故の目撃者はいない。

二  争点

1  被共済者の死亡の原因が不慮の事故か、自殺か不明の場合、本件共済契約の契約者である原告は、災害特約による共済金四〇〇万円を請求できるか。

2  被共済者の死亡の原因は、不慮の墜落か、自殺か、あるいは不慮か故意か決定されない高所からの墜落か。

三  証拠関係は、記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

第三  争点に対する判断

一  争点1について

1  本件共済契約に適用される個人定期生命共済事業規約四六条によれば、「この会(被告)は、災害特約において、被共済者が共済期間中に発生した不慮の事故等を直接の原因として共済期間中に死亡した場合には、災害死亡共済金として災害特約共済金額に相当する金額を支払う。」とあり、本件共済契約の契約者である原告の被告に対する災害特約共済金請求権の発生要件を定めている(乙一)。

そして、右「不慮の事故等」とは「急激かつ偶然な外因による事故」をいい(同規約二条四項、別表第2の1)、「外因による事故」の範囲は、昭和五三年一二月一五日行政管理庁告示第七三号に定められた基本分類表番号記載のとおりのものとして具体的かつ限定的に列挙され、原告主張の「不慮の墜落(同番号E八八〇〜E八八八)」はこれに含まれるが、被告主張の「不慮か故意かの決定されない高所から墜落(同番号E九八七)」は外因による事故から除外されている(乙一の別表第2の2、乙二の1、2)。

また、右規約によれば、自殺は、偶然性と外因性を欠き、必然性と内因性のものなので、不慮の事故等に該当しないと解される。

なお、偶然性とは、原因又は結果の発生が予知できない状態をいい、これは物事の通常の成行又は自然の原因に対置して、思いがけない又は期待できないという意味にも理解され、あるいは、被保険者の意思に基づかないこととも理解される(乙四)。

2  以上によれば、原告主張の「不慮の墜落」とは、要するに「他殺又は被共済者の過失による墜落」と解される。

そして、被共済者の死亡原因が、「不慮の墜落」であれば、本件共済契約上の共済事故に該当し、原告は、被告に対し、災害特約による共済金四〇〇万円を請求できるが、死亡原因が「自殺」ないし「不慮か故意かの決定(認定)されない高所からの墜落」であるときは、原告は右請求権を有しないと解するのが相当である。

二  争点2について

1  そこで、これを本件につき検討するに、前記前提事実及び証拠(甲四、八、乙三、証人藤村伸夫、同大越敏子)によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 被共済者は、中学校を卒業後理容学校に進学したが中退し、平成七年一二月からはモスバーガーのパートとして働いていた。しかし、同店の使用者からみると、被共済者の精神状態に問題が感じられたので一日三時間位勤務してもらったが、客との対応がスムースにできないことがあり、平成八年七月二〇日、高校生とのトラブルを契機に同年九月まで仕事を休んでもらっていた(乙三)。

被共済者は体が弱かったので、平成六年九月から同八年七月一一日まで胃腸炎の治療を受けていたが、精神病の治療は受けていない(甲八)。

(二) 被共済者は、事故当日労住協第三四ビル(スカイハイツ玉藻)まで自転車で赴きその鍵をポケットに入れて同ビル六階に赴いた。六階には被共済者の中学時代の同級生の居宅があったが、その同級生は大学へ進学しており当日被共済者と会ってはいない。

被共済者は、六階より一階ホール屋根屋上に墜落したが、同屋上に墜落するには、六階の通路から墜落したとしか考えられないところ、同通路には高い手すり(高さ1.34メートル)があって、しかも同人の身長が1.55メートルであったから、同人が普通に通行する場合誤って墜落する可能性は考えられない。

なお、同通路には被共済者の眼鏡が残されていた。

(三) 被共済者の死亡診断書には、同人が自殺か墜落したものか不明と記載されている(甲四)。

(株)損害リサーチの調査員が事故担当の警察官に面談聴取したところによると、右現場の状況から犯罪に巻込まれた可能性はないが、目撃者が居ないし、遺書も残っていないので、何かの理由で身を乗り出して誤って落ちた可能性がないともいえず、墜落の原因が自殺であるか不明であるとのことであった(乙三)。

2  右認定事実、特に墜落箇所の通路には高い手すりがあり普通に通行する場合、被共済者が誤って墜落する可能性は考えられないことからすれば、被共済者は「不慮の墜落」即ち「他殺又は被共済者の過失による墜落」と認めるに足りず、他にこれを認めるに足る証拠はない。

かえって、右認定事実によれば、被共済者の自殺の可能性が高いといえるが、慎重かつ控え目に検討すると、目撃者が居ないし、遺書も残っていないので、被共済者が何らかの理由で身を乗り出して誤って落ちた可能性がないともいえないので、墜落の原因が「自殺」であると認定することも躊躇せざるをえない。

したがって、被共済者の死亡原因は、「不慮か故意かの決定されない高所からの墜落」ということになるので、原告は、被告に対し、災害特約による共済金四〇〇万円を請求できないことに帰する。

第四  結論

以上のとおり、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 馬渕勉)

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