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高松地方裁判所 昭和38年(ワ)248号 判決 1968年1月25日

原告

遠藤俊弘

右訴訟代理人

安田幸太郎

被告

株式会社新井組

右代表者

新井辰一

右訴訟代理人

近藤勝

主文

被告は原告に対し金三二四万〇七六〇円及びこれに対する昭和三八年一二月五日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は、第一項の金額のうち金二〇〇万円について仮に執行することができる。

事実

第一  双方の申立

一、原告は「被告は原告に対し金五二〇万九、三九六円及びこれに対する訴状送達の翌日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求めた。

二、被告は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求めた。

第二  原告の請求原因及び被告の抗弁に対する答弁

一、被告は土木請負業を営む会社で、訴外亡遠藤静子(以下単に亡静子又は静子という)は原告の妻で、後記事故当時被告会社に雑役夫として雇われていた。

二、昭和三八年三月、右静子は、被告会社が国から請け負い香川県大川郡志度町鴨部で施工していた昭和三七年度羽立道路改良工事に従事していたのであるが、同月二二日午後六時一〇分ごろ、同人が作業場から右鴨部字馬次にある被告会社の現場事務所に赴くため、被告所有の三輪自動車の助手席に乗り、右附近を通ずる国道十一号線を北進中、右鴨部東山一、八三五番地の一附近、国道羽立峠西方約二、三百メートルの地点道路傍において訴外曾壁秀敏(以下単に訴外曾壁という)による発破作業が行なわれ、よつて飛散した岩石が右三輪車の天井を貫き右静子の頭上に落下し、同所において同人を死亡させた。

三、右事故の責任

(一)  訴外曾壁の過失

(1) およそ発破作業を安全に行なうには、器材の準備点検のほか、地形、地質の調査、穿孔の位置、方向、角度、装薬量の決定、危害防止計画の策定、場合によつては試験発破等の準備が必要である。

ところで、本件発破地点は、三方が高さ七、八メートルの断崖に囲まれ、北東方向だけが開いたポケット状の地形であるから、火薬爆発の際には爆風も飛散物も、ともに開口部に向うことは一見して明らかである。しかも穿孔地点の岩は花岡岩で、発破係数一・〇〜〇・七で係数の高い部類に属するから装薬量の計算に当つては注意を要する。

(2) 訴外曾壁は自ら穿孔地点を選んだが、その地点は後記のとおり被告会社の現場責任者北野吉彦の指示の範囲内で、発破の際、国道方向に直接影響の及ぶ地点であつた。穿孔は五孔、仰角を保つて堀られ、国道寄り第一、第二の孔は地中で交叉し、その中に岩塊を抱く形があつて、あたかも銃底に火薬をつめ、岩石を弾丸として国道を狙うかの如くであつた。右の第一孔の装薬量が多過ぎたうえ、第一、第二孔の関係位置が前記のとおりであつた関係で装薬合計量が集中した発破効果(係数一・三五)を生じるに至つた。従つて発破により、土砂岩石は訴外曾壁の予想外に遠く国道上に飛散した。しかも飛散距離を抑制する措置は何らとれなかつたのみならず、人車の進行を遮断する範囲が狭く安全を欠いた。

次に訴外曾壁は午後二時過ぎ訴外北野から発破を命ぜられるや、何の準備もなく作業に着手し、穿孔装薬について自己の経験を過信して前記誤りを犯し、また訴外出村忠ら自動車運転手の如き無経験者に補助させただけで発破技術者の助言や協力を求めなかつた。しかも穿孔を終つたのは午後六時過ぎであつて、この時間が道路工事の終業時にあたり、かつ日没(午後六時一六分ごろ)近く、通行人の多い時間帯であることは明らかで、訴外曾壁もこれを知悉していたはずである。従つて、発破作業については、この時間帯を避けるか、畳の類を使用して岩石の飛散を抑止する措置を講ずるか、或は広範囲に交通を遮断し、人車を安全な場所に退避させるべきであつたにも拘らず、訴外曾壁は、不注意にも岩石飛散距離について判断を誤り、小範囲の交通を遮断しただけで、他に何ら適切な被害予防の手段をとらず、この事故を招いたのは訴外曾壁の過失である。

(二)  被告の使用者責任

(1) 訴外曾壁は被告会社の従業員である。借に社員という終身雇用的な身分がなかつたとしても、同人は被告の継続的被用者で、当時被告会社の発破作業に従事していたのである。

(2) 仮に被告と訴外曾壁の間に雇用関係がなかつたとしても、訴外曾壁の本件発破作業は被告の現場代理人で道路工事について最高の権限と責任を持つていた訴外北野吉彦(以下単に訴外北野という)が直接指示を与え、その指揮、監督下に行なわれたものであるから、この発破作業の関係においては、被告と訴外曾壁の間に使用関係がある。

(3) 訴外曾壁の選任及び監督について、相当の注意をしたとの被告の抗弁は否認する。訴外曾壁が火薬類取扱保安責任者の免状を有することは認めるが、この資格と若干の経験を信頼したからとて選任に過失がなかつたとはいえない。また訴外北野は訴外曾壁の意見を求めず自ら発破地点を決定し、事前に安全な作業計画をたてる十分な時間を与えなかつた。また訴外北野は、午後二時を過ぎて発破作業を命ずれば、発破時刻が終業時ごろになり、通行人の多い時間帯になることは従来の例から知り、または知り得べかし事柄であつたにも拘らず、その時間を避けるよう指示しなかつたし、また訴外曾壁を補助する技術者が既にいないことを知りながら、技術者を確保せず、危害防止に必要な器材の供給をしなかつた。

従つて、監督について過失がなかつたとはいえない。

(三)  被告の注文者としての責任

(1) 仮に被告と訴外曾壁の間に使用関係がなかつたとしても、両者間には請負関係がある。すなわち、訴外曾壁は、被告の注文を受け、発破作業を請け負つたものである。本件発破の目的は、被告のなしていた道路工事の仕上げの土砂採取であつて、そのうえ、前記北野が直接作業を依頼したものである。

しかして右北野は実施の場所、時間について指図をしたのであるが、その指図に前記の過失があつた。よつて被告は民法七一六条但書によつて責任を負わなければならない。

(2) 被告は「訴外曾壁は、被告の下請工事をしていた訴外加藤石材株式会社(以下単に訴外加藤石材という)から発破作業を再下請けして作業をしていたものである」と主張するが、この主張事実は否認する。本件事故は右加藤石材の担当した工事が殆ど完了した後の出来事であつたのみならず、訴外曾壁は本件事故後の被告会社の工事にも従事しており、再下請というのは遁辞にすぎない。

四、右事故によつて亡静子及び原告の被つた損害は左のとおりである。

(一)  亡静子は明治四五年二月一日生まれで、本件事故当時五一才であり、厚生省発表第一〇回生命表によれば、同年齢者の平均余命は二四・八七年であるから、生来健康であつた静子は、なお優に右期間生存し、そのうち二〇年間は後記労働に従事し得べかりしはずである。

(二)  そこで亡静子の喪失した得べかりし利益は左のとおりである。

(1) 農業による純益年一四万円

原告の家庭では、静子の死亡当時、農業による年間利益として、米作による収益一六万円(約五反を耕作し、一六石の収穫があり石当り一万円として算出)麦作による収益六万円(約六反を耕作し、一二石の収穫があり、石当り五、〇〇〇円として算出)

野菜、果物作り、養鶏による収益四万円合計二六万円の収益があるところ、これから年間の農業経営上の必要経費五万円を差し引き、年間二一万円の純益をあげていた。

ところで原告は強度の胃下垂により病弱で、労働力は普通人の半分にも達しない状態であつて、原告方農作業の三分の二は亡静子の労働によるものであるから、静子の労働による年間の純益は一四万円である。

(2) 賃労働による利益

静子死亡後の一〇年間(前期)は年一二万円(一日四〇〇円、年間三〇〇日稼働として)右に続く一〇年間(後期)は右の三分の二として年額九万円。亡静子は当時日給四〇〇円で被告会社に雇われていた。統計によれば、昭和三九年度の稲作反当りの直接労働時間は一三〇時間であるから、一カ月二〇日ないし二五日の農業外労働が可能である。しかも農業近代化によつて農村婦人の余剰労働力が増大し、かつ農業外の労働や内職に従事する者は増加し、また、その賃金は漸増の傾向にあることは諸統計の示すところである。よつて静子も、少くとも前記金額の利益を得べかりしはずである。

(3) 家事労働による収益一日三〇〇円として年間一〇万九、五〇〇円

(4) 一方、静子が死亡により支出を免れた生活費及び公租公課の合計額は年一〇万円である。よつて、前項までに記載した金額の合計額から一〇万円を控除して静子の得べかりし利益を計算すると、年間で、前期二六万九、五〇〇円、後期二三万九、五〇〇円となる。従つて前期一〇年間の合計額は二六九万五、〇〇〇円、後期一〇年間の合計額は二三九万五、〇〇〇円となる。これをホフマン式計算により年利五分の中間利息を控除して現在値を算出すると、前期二一四万一、一六四円、後期一三五万八、二三二円、合計で三四九万九、三九六円となる。

(三)  静子は本件不法行為による死亡により、右得べかりし利益を喪失し、同時に同額の損害賠償請求権を取得し、その相続人がこれを相続したものである。

ところで亡静子の相続人は配偶者である原告と、父である訴外重安清七の両名であつたところ、右重安は、自己の相続分に応じて静子から相続した被告に対する損害賠償請求債権を昭和三八年一一月一五日原告に譲渡した。よつて原告は前項金額の全部について被告に請求し得るものである。

(四)  原告は、静子の事故死によつて、死体引取費一万円、葬式費一五万円、仏事法要費五万円合計二一万円の支出を余儀なくされ、右金額の損害を被つた。

(五)  原告の被つた精神的損害

原告は前記のとおり病弱であるうえに極度の難聴と吃りのため社会生活に著しい困難があり、亡静子が家事は勿論、収益の面でも原告の家庭の中心であつた。二人の間に子供はなく、にわかに最愛の妻を失つた原告の苦痛と前途に対する不安は甚だ深刻であり、その慰籍料としては一五〇万円をもつて相当と考える。

よつて原告は被告に対し右合計金五二〇万九、三九六円及びこれに対する訴状送達の翌日から支払いずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

なお、原告は本件事故につき労働者災害補償保険法による遺族補償金三四万九、八一〇円、葬祭費二〇、九八八円、合計三七万〇、七九八円を受け取つた。

第三  被告の答弁及び抗弁

一、原告の請求原因第一項(被告会社の業種、訴外亡静子と原告の関係等)及び第二項(本件事故発生の日時、場所、結果発生等)の事実はこれを認める。

二、請求原因第三項の(一)の訴外曾壁の過失は否認する。訴外曾壁は、本件発破現場の比較的軟かい岩盤の下部に深さ約三メートルの孔をおよそ三メートルおきに約三〇度の角度をもつて下向きに五カ所穿ら、火薬コーズマイト一五、六本ずつ詰めて、新国道の西方、旧国道及び新国道の東方をそれぞれ関係者に指示して通行止をなし、その東方は発破箇所から約五十メートルも離れたところの被告会社のダンプカーの駐車地点で通行止をなし、安全を確認した上、発火のスイッチを入れたものであつて、発破による岩石が五〇メートルも遠方に飛散することは通常あり得ないことであつて、多年の経験のある訴外曾壁の想像もつかなかつたところであり、これは解明しがたい他の原因が加わつた所謂奇蹟に属する出来事である。(検察官も曾壁を不起訴処分としている)

三、請求原因第三項の(二)の被告の使用者責任及び同項の(三)の被告の注文者としての責任は、いずれも否認する。被告と訴外曾壁との間には、原告主張の被告の責任発生の前提である雇用関係もなければ使用関係もなく、また直接の請負関係もない。

四、仮に被告と訴外曾壁との間に雇用又は使用関係があつたとしても、被告はその選任及び事業の監督について相当の注意をしているから使用者としての損害賠償責任はない。けだし、訴外曾壁は人物も良く、本件事故の一〇年も前に火薬類取扱保安責任者の免状を受け、爾来これに従事し、かつて事故を起したこともなく、保安上も同人の専門的知識と技術、経験に信頼すべきものがあつたのであるから、被告の注意に欠けるところはなかつたのである。

五、元来本件道路工事については、昭和三七年七月三〇日、被告がその一部を左記のとおり訴外加藤石材に請け負わせたものである。

記(契約内容)

工事場所 香川県大川郡志度町鴨庄から同郡津田町汐田まで五、五九八メートル

下請工事 建設省作成の設計図に基づき幅員九メートルのアスファルト舗装道路に改良する工事のうち

(1)  ブルトーザー掘削運搬、ブルトーザー切土とショベル積込、ダンプトラック運搬

(2)  盛土、ブルトーザー撤去、盛土、ローラー転圧

(3)  路面工事、敷砂利、花剛土敷均し、ローラー転圧

(4)  岩切崩し(硬、中硬)火薬類、抗夫、消耗材、保安

(5)  法切土砂、同岩

(6)  その他

訴外加藤石材は、右の請負工事のうち、岩切崩しの発破作業を訴外曾壁に請け負わせたのである。しかして同人は火薬類取扱保安責任者の免状を有する特別技能者であつて、その作業上、保安上について他人の援助を受けることはあつても、他から指揮、監督を受ける筋合はない。また、岩切崩しの発破作業の日時、場所、採取する土砂の量などについては、訴外加藤石材との契約に基づき同会社の指示を受ける(この指示は国と被告との間の基本的請負契約により、国の設計に基づき国の担当技術者から被告に、被告から下請会社たる訴外加藤石材に、同社から訴外曾壁に順次指示されるものである)ことがあつても、発破作業自体は訴外曾壁の事業である。

従つて本件の場合、訴外加藤石材と同曾壁の関係は注文者と請負人の関係であり、被告と訴外加藤石材との関係も請負関係であつて、原告は再下請負人である訴外曾壁が、その仕事について原告に加えた損害を賠償する責任はない。(民法七一六条本文参照)

六、原告主張の損害額は争う。

ただし亡静子の相続人が原告と訴外重安清七であつて、原告が昭和三八年一一月一五日、訴外重安清七から同人の相続した亡静子の損害賠償請求権(仮にありとすれば)を譲り受けたことは認める。

第四  証拠関係<省略>

理由

第一請求原因第一、二項記載の事実(被告会社の業種、訴外亡静子と原告の関係、訴外曾壁による本件発破作業の日時、場所、この作業による飛散岩石によつて右静子が死亡した事実等)は当事者間に争いがない。

第二訴外曾壁の過失

およそ火薬を使用して岩石を破砕する発破作業に当つては、その性質上相当の危険を伴うものであるから、使用する火薬の量、使用場所、岩石の硬度、岩盤の状態等に応じて、危害防止について必要な措置を十分に構ずべきであることはいうまでもない。

ところ<証拠>によれば、本件発破作業を行なつた土砂採取場の位置は、被告の請負工事中の国道十一号線の南側であつて、東西約三一メートル、南北約二一メートルの椀状をなし、底部は平らな空地で、東、西、南の三面は土砂採取のため削り取られて高さ七ないし八メートルの垂直に近い崖をなし北側のみ開口部をなして右国道に接しており、本件発破作業は、この椀状部の西側崖の基底部に凸出していた岩盤を破砕するため、行なわれたものであつて、訴外曾壁は五個の孔を、ほぼ南北に一列に、すなわち国道から数メートルの地点に南端の第一孔を、次に約二・七メートルをおいて第二孔を、次に約二・九メートルをおいて第三孔を、約二・二メートルをおいて第四孔、約二・九メートルをおいて第五孔を、いずれも深さ約三メートルに掘り、これに火薬コーズマイトを第一孔に一・五キログラム、その余の孔に各一・六キログラムを装填し、電気発火装置で爆破したものであるが、この五個の孔のうち、第一、第二は穿孔口においては約二・七メートルの間隔があつたけれども、その穿孔角度の関係で深部に至るに従つて接近し交叉状態となり、両孔の火薬が破砕目的の岩石に対し集中的に作用する位置関係にあつた事実が認められ、この認定を動かすに足りる証拠はない。

右のような場合には、両孔の装薬量が個々的には過大でない場合にも、双方の火薬が破砕目的の岩石に対し集中的に作用する結果、切り取られる岩石に対し過大な爆発効果を及ぼし、岩石を相当遠距離に飛散させるおそれがある(前出甲第五号証)ことは容易に推測できる当然の事項である。しかして発破による岩石の飛散距離は、証人曾壁の証言により、場合により二、三百メートルに及ぶものと認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

本件の場合、第一、二孔の個々に対する装薬量が過大であつたと認むべき証拠はないけれども、前認定のとおり両孔は交叉状態にあつたのであるから、訴外曾壁においてはその爆発効果が倍加していることを考慮し、両孔の装薬量を減量するか、岩石の飛散防止の措置を構ずるか、或いは飛散方向及び距離に応じた広範囲の交通遮断の措置をとる等危害の発生を未然に防止すべき注意義務があり、かつ、前認定のとおり、本件現場は東、西、南の三方は高さ七、八メートルの崖で、この方面の危険は殆んどなく、開口部である北部国道十一号線及びこれから分岐している旧国道方面に注意すれば足りるので、この方面に十分な危険防止の措置をとることは容易であるのに、右注意義務を怠り、不注意にも前認定の状況下における岩石飛散距離の判断を誤り、前掲甲第三、四号証及び成立につき争いのない甲第一号証並びに曾壁自身の証言によれば、訴外曾壁は、発破による岩石の飛散距離をおよそ四、五〇メートルの範囲と考え、国道十一号線及び旧国道を発破口から北東に約五〇メートルの箇囲で交通を遮断した(国道の西の方向は発破口が崖で隠される位置にあるので、この崖が国道と接する附近で遮断)のみで、他に何ら危害防止の措置をとることなく発破作業を行なつて岩盤を爆破し、よつて岩石を数十メートル飛散させ、よつて、前掲甲第三ないし五号証によれば、右交通遮断の箇囲外である、発破箇所から約五〇メートル離れた国道上に、自動三輪車で停止避退していた静子の頭上に落下させ(岩石の重さ約六キログラム)その衝撃により同人を死亡させた事実が認められる。証人曾壁の「発破箇所と右静子の距離は七、八〇メートル位あつた」との証言は前掲証拠に照らし措信できず、他に前記各認定を動かすに足りる証拠はない。

してみれば、訴外曾壁に過失があつたものというほかはない。

第三被告会社の責任

一、被告会社と訴外曾壁との間に……雇用関係を認めるに足りる証拠はない。

二、<証拠>によれば、被告は国から請け負つた本件道路工事のうち、土砂の掘削、運搬、ショベル積込、ダンプトラックによる運搬、盛土、路面工事、岩切崩し等の工事を請け負い、同会社は右工事のうち発破による岩切崩作業のみを訴外曾壁に請け負わせたものであつて、訴外曾壁は被告会社の再下請の関係にあつたものと認められ、この認定を動かすに足りる証拠はない。

三、ところでいわゆる請負関係の場合、請負人が注文者から全く独立して仕事をなし、注文者が何ら指図も監督もしない場合と、仕事についての指揮、監督権を注文者が保留し、その指図、監督の下に請負人が作業をする場合があり、注文者と請負人の関係は、それぞれの明示又は黙示の契約内容によつて定まり、決して一定のものではない。

本件についてこれをみるに、<証拠>を綜合すれば、被告会社は本件道路工事全般の現場監督責任者として現場代理人訴外北野吉彦(被告会社の従業員)を現場事務所に常駐させ(乙第一号証によれば、被告は現場代理人を工事現場に常駐させ現場の取締及び工事に関する一切の事項を処理すべき責任を国に対して負つているものと認められる。<省略>、被告から工事の一部を下請けした訴外加藤石材や芝付けを請け負つた佐藤松三郎等の作業を直接指揮、監督し、道路工事が、被告が請け負つた設計どおり施工されるようこれを指揮、監督していたこと、訴外曾壁は訴外加藤石材から発破による岩切崩し作業のみを請け負つたのであるが、道路工事に必要な岩切崩し又は土砂採取のための発破をかける場所、時期の選択については土砂を使用する加藤石材の要望、指図に従うとともに、最終的には前記北野の指図に従つてこれをしていた事実及び訴外加藤石材は発破作業自体については訴外曾壁に請け負わせていたけれども、発破に伴う危険防止の措置については、同人と協力、共同してこれに当つていた事実が認められ、殊に本件事故の原因となつた発破作業の時は、既に道路工事がほぼ終了し、発破作業について訴外曾壁を補助していた作業員も既に解雇されていたのであるが、訴外加藤石材において側溝附近整地のため若干の土砂が必要となつたため訴外加藤石材の現場責任者岡本唯志が道路工事に附帯する作業として訴外曾壁に発破をかけることを指示したが、訴外曾壁は更に直接前記被告の工事責任者である訴外北野の指図を求め、同人から本件現場に発破をかける指示を受けたうえ、作業を進めたものであることが認められる。<証拠判断省略>

してみれば本件発破作業については、被告は黙示的に右のような指揮、監督の権限を留保し、下請負人の加藤石材を通じて間接的に再下請負人である訴外曾壁を指図、監督していたばかりでなく、自らの従業員である工事責任者北野を通じて直接訴外曾壁を指図、監督していたものといわねばならない。

なるほど訴外曾壁が火薬類取扱保安責任者の免状を有することは当事者に争いがないのであるが、その発破作業の具体的な場所の選択、実施の時期、安全措置等について前認定のとおり被告の直接、間接の指揮、監督下にある以上、この面において、被告と訴外曾壁の間に使用、被使用の関係があるものといわねばならない。しかして訴外曾壁の本件の発破作業が訴外加藤石材の請負工事の執行自体であることは前認定のとおりである。

四、ところで、元請負人が下請負人対しに工事上の指図もしくはその監督のもとに工事を施行させ、その関係が使用者と被使用者との関係またはこれと同視しうる場合であつて、元請負人の指揮、監督権が直接間接に下請負人の被用者に及んでいる場合に、右被用者が下請負人の請負工事の執行についてなした不法行為は、元請負人の事業の執行についてなされたものというべく、この場合には元請負人に民法七一五条の使用者責任があるものと解すべきである(最高裁昭和三七年一二月一四日判決、民集一六巻一二号五六頁)。右の理は下請負人が、さらに下請負人に、再下請負をさせ、その間に指揮、監督の関係があり、かつ元請負人と再下請負人との間に指揮、監督関係がある場合にも変わりがないものと解するのが相当である。

してみれば、本件において、民法七一五条一項但書にあたる特段の事実がないかぎり、被告は訴外曾壁の不法行為について同条一項本文の責任を負わねばならないことになる。

五、そこで被告の「訴外曾壁の選任及び監督について相当の注意をした」との抗弁について判断する。本件発破作業の現場は、前認定のとおり国道に面しているのであるから、発破をかけるに当つては、国道及び旧国道について相当広範囲の交通を遮断するか岩石飛散防止の手段を構ずべきであつたにもかかわらず現場責任者として被告会社から派遣されて常駐し、訴外加藤石材及び訴外曾壁の作業を監督していた訴外北野は、これらの者をして危険防止につき十分な措置をとらせるよう配慮したとの証拠もなく、また被告が訴外の発破作業の監督につき相当の注意をしたとの証拠もない。被告が訴外曾壁の選任について相当の注意をしたかどうかについて判断するまでもなく、被告の抗弁は理由がないことが明らかである。

第四損害額

一、<証拠>によれば亡静子は明治四五年二月一日生まれであつて、本件事故当時五一才であつた事実が認められる。しかして、厚生省発表第一〇回生命表によれば、五一才女子の平均余命は二四・八七年であるところ、原告本人尋問の結果によれば、静子は生来健康であつたものと認められるから、なお優に右期間生存し、そのうち二〇年間は後記労働に従事し得たものと認められる。右各認定を左右するに足りる証拠はない。

二、まず静子の農業労働については、<証拠>を綜合すると、次の事実が認められる。

すなわち原告の家庭では、昭和三七年当時、田五反余を耕作し、年間一反につき六、七俵、従つて合計三五、六俵の米の収穫があり、一俵の価格は前掲第八号証により四、六六七円程度と認められるから、右米作による収入は約一六万円である(甲第八号証には原告方の昭和三七年度の出荷数量一七俵の記載があるけれども、これは農業協同組合に出荷した数量と認められるから、上記認定の妨げとはならない。)。

次に原告方では当時右米作による収益のほか、麦作、野菜作りその他の農業による収入があり、前認定の米作による収益にこれらの収益を合わせる結局農業による収益は年間二四、五万円であつて、一方農業経営上の必要経費は年間四、五万円であり、これを控除すると、農業による純益は年二〇万円と認められる。

右認定を動かすに足りる証拠はない。

三、<証拠>によれば、当時原告方には原告と静子のほか、原告の妹一子<大正六年生まれ>が同居し、家事手伝いをしていたが、原告は胃病、心臓病で病弱、妹も病弱で農作業の六割は亡静子においてこれをなしていた事実が認められ、この認定を動かすに足りる証拠はない。してみれば、前記農業による純益のうち静子の労働による収益分は年一二万円と認められる。

四、次に<証拠>によれば、亡静子は本件国道工事の初期である昭和三七年八月ごろから本件事故まで被告会社に工事人夫として雇われ、日給四〇〇円を得ていた事実が認められる。しかして原告本人尋問の結果によれば、静子は平均、月一〇日間工事に出ていたものと認められる(証人赤松春市、同重安昭一の証言によれば原告程度の耕作面積と人員の農家において年間の農事専従日数は六〇日程度と認められ、この認定を左右する証拠はないので、静子において月二〇日、年間二四〇日農業外労働に従事するものと認めても過大ではない)。従つて静子は当時月平均八、〇〇〇円年間九万六、〇〇〇円の賃労働による収益があつたものと認められる。右認定を動かすに足りる証拠はない。

しかして、農業の機械化、近代化により農家の農業外労働力が増大にあることは公知の事実であり、<証拠>によれば、就労の機会も相当あることが認められ、また賃金も当時から数年、年々上昇の傾向にある(公知の事実であり、成立について争いのない甲第二〇号証の三によつても明らかである)ので亡静子は、なお相当期間、当時と同程度の賃労働に従事し、同程度の収入を得べかりしものと認められる。よつて賃労働による収益として、静子は本件事故の時からなお一〇年間は年間九万六、〇〇〇円をあげ、その後一〇年間は労働能力の減退を考慮しても、右額の三分の二に当る年間六万四、〇〇〇円の収益をあげ得たものと認められる。この認定を動かすに足りる証拠はない。

五、次に亡静子の主婦としての家事労働による収益について判断する。

ところで主婦の家事労働については、収益性を否定する見解がある。なるほど家事労働によつて主婦は現実に対価を取得しないのが一般である。しかしこれは家事労働が本質的に無償のサービスであるからではない。家事労働も家政婦(女中)によつてなされる場合には対価が支払われることはいうまでもない。しかして主婦の家事労働が家政婦の労働内容以上の実質と価値を有することも明らかであるから、家事労働については主婦の場合にも当然少なくとも家政婦の賃金以上の対価が支払わるべきであるが、夫婦等家族生活共同体の性質上、現実に支払われないだけであつて、この支払を免れた分はその分だけ共同体の財産として蓄積されたものと認めるのが相当である。この財産の所有名義が主婦の名義でないからといつて主婦の労働に収益性がないと考えるのは妥当ではない。

次に高松公共職業安定所発行の労働市場年報によれば、香川県における家庭女中(家政婦)の昭和三七、三八、三九年の月間標準賃金は、それぞれ八、〇〇〇円、一万円(以上は食費控除後の金額)、一万一、二五〇円であるから、主婦の家事労働も少なくとも右金額以上の評価をするのが相当である。

そこで亡静子の家事労働による得べかりし利益の計算に当つては右の諸点を考慮するとともに、一方、前認定のとおり静子は家事専従でなく農業に従事していたこと、月平均二〇日は賃金労働に従事していたこと、当時原告の妹が家事の一部を手伝つていたこと、従つて家事労働の時間が比較的短かかつた事実を考慮し、その賃金相当額は月平均四、〇〇〇円、年間四万八、〇〇〇円と認めるのが相当である。よつて亡静子は右金額の家事労働による得べかりし利益を喪つたものと認められる。

六、<証拠>によれば、静子が当時支出していた生活費(原告本人の供述により最高月四、五〇〇円、年額五万四、〇〇〇円足らずと認められる)及び公租公課の負担分の合計額は年一〇万円に達しないものと認められ、この認定を動かすに足りる証拠はない。従つて原告が亡静子の得べかりし純益の計算に当たり、静子の年間収入から一〇万円を控除するのは過少に失しない。

七、次に亡静子の農業及び家事労働の稼働期間との関連における収益性については、一般に人は老齢化に伴ない労働能力が漸次低減することはいうまでもないが、一方前記のとおり農業は次第に機械化、近代化され、労働自体は軽労働化の傾向にあり、かつ農作物の価格も漸次上昇の傾向にあることは公知の事実であり、また前認定のとおり静子の賃労働日数の減少、従つて農業に従事する日数の増加を見込むときは、静子がなお二〇年間認定の年一二万円の割合で自家労働による純益をあげ得たものとして計算しても決して過大とはいえない。家事労働についても同様である。

よつて亡静子の喪つた得べかりし利益は、その死亡後の一〇年間(前期)は、一二万円、九万六、〇〇〇円、四万八、〇〇〇円の合計額から一〇万円を控除した一六万四、〇〇〇円。年間純益額であり、その後の一〇年間(後期)は、一二万円、六万四、〇〇〇円、四万八、〇〇〇円の合計額から一〇万円を控除した一三万二、〇〇〇円が年間純益額である。

そこで右二〇年間に静子の得べかりし金額を計算するに、これをホフマン式(年毎計算による)により年五分の中間利息を控除して死亡当時取得すべき額を計算すると、前期分は一三〇万二、九七一円(円未満切捨)後期分は七四万八、五八七円(円未満切捨)となり、その合計は二〇五万一、五五八円となる。

八、静子は本件不法行為による死亡により、右得べかりし利益を喪失し、同時に右損害賠償請求権を取得し、即時その相続人がこれを相続したものと解するのが相当である。

ところで亡静子の相続人は訴外重安清七と原告の両名であつたところ、原告は昭和三八年一一月一五日右重安の相続した相続分を譲り受けたことは当事者間に争いがない。よつて、原告は前記金額の全部につき被告に対し損害賠償請求権を有するものといわねばならない。

九、<証拠>によれば、原告は静子の不慮の死により葬式費用として事故後一カ月位の間に合計六万円の支出を余儀なくされたことが認められ、この認定を動かすに足りる証拠はない。

一〇、次に<証拠>によれば、原告は病弱で、かつ難聴と吃りのため社会生活に著しい困難があり、亡静子が家事は勿論、経済活動の面でも家庭の中心であつたこと、二人の間に子供はなく、妻静子が原告の心の支えであつたことが認められ、この認定を左右する証拠はない。従つて静子の不慮の死によつて原告の被つた精神的打撃が甚大であつたことは経験則上明らかである。その慰藉料としては諸般の事情を斟酌し、原告主張どおり一五〇万円をもつて相当と認める。

一一、よつて被告は原告に対し、右合計三六一万一、五五八円の損害賠償義務があるところ、原告は既に労働者災害補償保険法による遺族補償金三四万九、八一〇円、葬祭費二万〇、九八八円合計三七〇、七九八円を受領した旨自陳している。従つて前記金額のうち、右金額については既に填補された(葬祭費は前認定の葬式費用の一部に遺族補償費は、その余の物的損害額の一部にあてられたものと解せられる)ものと認められ、被告において賠償義務を免れるものと解すべきであるから、これを控除し、結局、被告は原告に対し三二四万〇、七六〇円の損害賠償義務があることになる。

第六結語

右認定のとおりであるから、原告の請求は、被告に対し金三二四万〇、七六〇円及びこれに対する本件不法行為の後で(かつ葬式費用については、原告がこれを支出した後であつて)訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和三八年一二月五日から支払いずみに至るまで民事法定年五分の遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条を仮執行の宣言について同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。(小川豪 梶田寿雄 下江一成)

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