高松地方裁判所 昭和46年(行ウ)3号 判決 1972年3月30日
原告 下村治郎
被告 高松刑務所長
訴訟代理人 川井重男 ほか四名
主文
1 被告が原告に対してなした、(1) 昭和四六年六月七日付別紙図書目録記載1・2の各図書の自費購入閲読の不許可処分および(2) 同年一〇月五日付同目録記載3の図書の自費購入閲読の不許可処分をいずれも取消す。
2 原告その余の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを二分し、各その一を各自の負担とする。
事 実 <省略>
理由
一 原告の地位
1 原告が、原告に対する窃盗被告事件について高松地方裁判所で審利を受けるため、勾留の裁判によつて高松刑務所拘置監に収容されている刑事被告人であることは、当事者間に争いがない。
2 未拘決禁の制度は、勾留の裁判に基づいて、被疑者または被告人を刑務所拘置監などに拘禁、収容することによつて、逃亡または罪証隠滅を防止し、もつて刑事訴訟の目的実現に資する制度であり、刑務所に付置された拘置監は、このような犯罪容疑者を強制的に拘禁する国家の施設である。そして、右施設を管理運営する刑務所長と被拘禁者との間には、右施設への収容に伴う特殊の法律関係が成立している。ところで、この法律関係をいわゆる公法上の特別権力関係として把握するべきであるか否かはさておき、このような被拘禁者といえども、憲法の保障する基木的な諸権利が尊重されるべきことはいうまでもないが、ただ、拘置監では多数の被拘禁者を集団として管理するものであり、しかも被拘禁者らはいずれも罪証隠滅または逃亡のおそれを有する者であり、かつ、特殊環境における拘禁生活によつて精神の平衡を失ないがちであるから、被拘禁者の生命、身体の保全その衛生および健康管理、施設内の秩序維持等のために、被拘禁者に対して一般社会とは異なる規律を設ける必要があり、そのために、憲法の保障する基本的人権についても、合理的と認められる範囲内において、一般人については許されない制限ないし禁止を受けることもやむをえないところといわなければならない。
しかし、他方において、未決拘禁は、刑事裁判の目的を達成するためのやむをえない拘禁であつて、既決の受刑者の拘禁におけるように、一定の範囲内で被拘禁者の行動の自由を奪うこと自体に積極的意義があるわけではなく、また、被拘禁者の善導教化といつた点も拘禁の目的の範囲外の事柄である。したがつて、憲法の基調とする基本的人権尊重の立場、および、これを受けた刑事訴訟法が勾留の要件を厳しく制限し、一日勾留された者についても、勾留期間を制限し、あるいは、保釈の制度を設ける等して、身柄拘束による被告人の権利自由の制限をできる限り避けようとしている態度等に鑑みると、未決拘禁者に対する権利自由の制限ないし禁止は、必要最少限度にとどめなければならない。
また、未決拘禁者は、一面において、拘禁、戒護の容体であるが、他面、刑事訴訟の一方の当事者という主体的地位を有するものであるところ、被告人が、誰からも撃肘を受けることなく、任意に防禦の方法、程度を決しうべきことは、憲法および刑事訴訟法の明らかに保障するところであり、しかも、現行制度上、刑務所長は、未決拘禁者に対する被告事件の審理の状況等について十分に知りうる立場にはなく、したがつて、未決拘禁者の防禦の必要性については、必ずしも適確な判断を期待できないのであるから、被告事件についての防禦上の必要性に関する未決拘禁者の判断はできるかぎり尊重するようにしなければならない。
そこで、刑務所長による未決拘禁者の権利自由に対する制限が合理的なものといえるかどうかは、右未決拘禁制度の目的ないし性格からなる制限の必要性の程度と制限ないし禁止されるべき未決拘禁者の権利自由の内容および未決拘禁者が刑事訴訟の当事者として有する防禦の必要性との較量において考えられるべきである。
二 筆記具等常時使用不許可処分について
1 原告が右勾留中の昭和四六年五月二九日に被告に対して筆記具等常時使用許可願を提出したところ、被告が同月三一日にこれを不許可とする旨の処分をしたことは、常時使月の意味の点を除いて、当事者間に争いがない。
原告は、右許可願にいう常時使用とは、時間的には起床時である午前六時二〇分から午後六時三〇分までの間の使用をいうものであり、また、使用目的も裁判書類と信書の筆記に限定せず、勉学その他の表現の自由行使のためにも使用しうる状態をいうものであると主張するが、右許可願を提出した際にも、このような時間的限定を付し、および使用目的の点も問題にしていたと認めるべき証拠はないので、右許可願およびこれに対する不許可処分にいう常時使用とは、常時という言葉の通常の意味に従い、ただ時間的に二四時間の使用をいうだけであつて、使用目的の点には触れていないものと認めるのが相当である。
2 そこで、被告の右処分が適法であるか否かについて検討する。
(一) 未決拘禁者が、証人に対する尋問事項や証人尋問の結果をメモし、あるいは、弁護人との連絡打合せ、裁判所に提出すべき訴訟書類を作成する等、防禦権を行使するうえで、筆記具等の使用は絶対に欠かすことのできないものである。また、後記図書閲読とともに、信書の作成、勉学、著述等は、孤独で刺激の少ない拘禁生活に耐えるための好ましい手段であつて、そのためにも筆記具等の使用が必要であるから、その使用をみだりに制限するようなことがあつてはならない。
しかし、反面、筆記具等は、これを未決拘禁者の自由使用にゆだねて放置しておくときには、その用途から考え、罪証隠滅の手段に用いられる危険性が大きく、また、場合によつては、逃走の手段等にも用いられる危険性のあるものであるから、当該収容施設の構造、収容人員、看守職員の人数、配置状況から考えて、右の危険防止に十分でないと考えられる場合には、その面からする制限の加えられることはやむを得ないものといわなければならない。
(二) これを本件についてみるに<証拠省略>によれば、本件処分のなされた当時、高松刑務所拘置監に収容されている被拘禁者の数は約一〇〇名で、このうち、未決拘禁者五〇名は階下に、既決の受刑者約五〇名は階上に収容されているが、これに対し、看守職員は昼間は七名、夜間(午後四時五〇分以降)は二名ないし一名であつて、特に夜間の看守が手薄であり、また、午後三時三〇分以降は、夕食の準備、夜の点検等を行なわなければならないため、やはり看守が困難となる状況であること、被拘禁者によつて密書が作成される危険性は夜間において特に大であることが認められるのであつて、右の状況等から考えると、高松刑務所拘置監において、未決拘禁者に対して、二四時間中筆記具等の使用を許すときは、前記危険の防止に著しい支障をきたすことが相当の蓋然性をもつて推認されうる。
しかして、本件処分がなされた当時、高松刑務所拘置監においては、日曜、祭日を除いた日の午前八時三〇分から午後三時三〇分までの七時間、筆記具等の使用が認められていたことは当事者間に争いがなく、前記証人の証言および弁論の全趣旨を総合すると、右の時間制限はあくまでも原則であつて、右時間外の使用は絶対に認めないというものではなく、上訴申立書、上訴趣意書等の提出期限が切迫している等、被告において、特に緊急の必要性があると認めた場合には、使用時間の延長を許していること、筆記具等の使用を希望する者は、原則として前日の夕方までにその旨を申し出ておくこととされているが、未決拘禁者にその必要があつて、被告において相当と認める場合には、当日の申出に対して即日使用を許すこともあることが認められるのであつて、右筆記具等使用許可基準の運用状況と筆記具等の常時使用(二四時間使用)を許すことによつて生ずると考えられる前記支障とを考え合わせると、右常時使用の申出に対して、これを不許可とした被告の処分をもつて、合理的な範囲を越えて必要以上に原告の権利を制限したものとは到底解せられず、したがつて、これをもつて違法な処分ということはできない。
原告は前記のごとき筆記具等使用許可基準の運用状況下では、原告が午後三時三〇分以降に法廷から帰房した場合には、当日の証人尋問の結果等を直ちにメモすることはできず、また、右筆記具等の使用が許されている時間外にふと防禦上の着想が浮かんだような場合にも、直ちにこれを書きとめておくことができないと主張する。しかし、前者の点については、原告について実際にそのような必要性が存したことを認めるにたりる証拠はなく、むしろ、前記証人の証言によると、原告の刑事事件については、私選の弁護人が選任されていることが認められるから、右のような必要性はそれほど切実なものとは考えられないうえ、そもそも、右のような必要性では、せいぜい、公判期日の当日とその後の一、二日間の時間延長の必要性を根拠づけうるにすぎない。また、後者の点については、刑事裁判の帰趨は、瞬時浮かんでは消えて再度帰らないような一時の思いつきや小手先のテクニツクではいささかも左右されるものではないと考えられる。すなわち、いずれにしても、原告の右主張のごとき理由では、原告の防禦権が侵害されているとは到底いえない。したがつて、被告の前記不許可処分が憲法三七条、刑事訴訟規則二九七条に違反するとの主張は失当である。
また、原告は、東京、大阪等他の拘置所における筆記具等の使用時間と前記高松刑務所拘置監におけるそれとを比較し、後者の使用時間が短かいことを理由に、被告のなした本件不許可処分が憲法一四条に違反する旨主張するが、先に認定したとおり、本件不許可処分は、筆記具等の二四時間使用の願出を不許可としたにとどまり、かつ、午後三時三〇分以降の使用を絶対に許さない趣旨のものではないから、右主張は主張自体失当である。
なお、原告は、高松刑務所拘置監において、勉学のために筆記具等の使用を一切認めていないのは憲法二一条二三条に違反する旨主張するが、前記のとおり、本件不許可処分は筆記具等の使用目的に触れているものとは認めることができないから、原告の右主張は本件不許可処分の当否との関連性を欠くものであつて,失当である。
以上のとおりであつて、被告のなした筆記具等常時使用不許可処分が違法であるとの原告の主張は理由がない。
三 監獄関係図書閲読不許可処分について
1 原告主張のとおり、原告による別紙図書目録1・2および3の各図書の自費購入閲読の願出に対して被告がいずれもこれを不許可とするとの処分をしたことは、当事者間に争いがない。
2 そこで、右被告の各処分が適法できるか否かについて検討する。
(一) 刑務所長による未決拘禁者の権利自由の制限ないし禁止処分が適法か否かについての一般的な判断基準は、前記一2のとおりであるところ、図書閲読の自由は、知る自由として憲法二一条の保障する表現の自由の反面をなすとともに、憲法二三条の保障する学問の自由の一内容をなし、また、憲法一九条の保障する思想および良心の自由とも密接な関連を有する重要な権利であるし、また、実際上も、読書は、拘禁生活の無聊を慰めるのに最良の方法として多く切望されているものであり、拘禁生活に耐えて精神を健全に保つのに最適の方法である。
他方、図書は、被告事件に関連性を有する記載があるとか、刑務所拘置監内の規律違反を唆すような内容のもの、あるいは、一時に多数の図書の閲読を求める等の場合は別として、それ自体は筆記具等とは異なり、拘禁目的を阻害し、あるいは、戒護に支障を生じさせる可能性は少ないものと考えられる。
したがつて、未決拘禁者の図書閲覧については、原則としてその自主的選択にまかされるべきであつて、単に該図書の閲読を禁止する方が処遇上好都合であるとか、その閲読により拘禁目的が害される抽象的危険性があるというだけでは、これを禁止する正当な理由とは認めがたく、該図書の内容、当該未決拘禁者の性格、精神状態、刑務所拘置監の人的、物的戒護能力に照らして、拘禁目的、戒護を阻害し、刑務所拘置監の正常な管理運営に支障をきたす相当の蓋然性が認められる場合でなければ、これを禁止し得ないものと解するのが相当である。監獄法三一条、同法施行規則八六条も右の趣旨に解さなければならない。
(二) これを本件についてみるに、本件各図書に被告主張のごとき内容の記載があることは、当裁判所に顕著な事実であり、また、<証拠省略>および弁論の全趣旨を総合すると、原告は、過去六回に及ぶ刑務所入所歴を有するところ、その間の服役態度は概して不良であつて、現に高松刑務所拘置監においても、看守職員に対して処遇に関する不平不満を申し立てることが多く、反抗的、抗争的態度に終始しており、看守職員からいわゆる処遇困難者とみられていることが認められる。しかし、原告に本件各図書の閲読を許したとしても、その図書の内容と原告の経歴、在監態度だけからでは、被告の主張するような、法令の裏目をくぐつた巧妙な規律違反行為が反復助長され、あるいは、訴訟を濫発し、その結果、刑務所の管理運営上支障が生じる相当の蓋然性があるとはにわかに認めがたい。
ただ、原告が本件各図書を閲読したときには、これらの図書の記載を根拠にして、処遇に関して苦情を申し立てたり、応待する看守職員らに議論を挑んだり、看守職員のちよつとした手落をとらえて該職員を牽制し、処遇の緩和を計ろうとする等の挙に出ることが考えられないではないが、この点はむしろ看守職員の能力の向上をはかることによつてその弊害の除去に努めるべきものと考えられる。
しかして、身体行動の自由を拘束されている未決拘禁者が、自己の権利自由とその限界について知りたいと願うのは当然であるし、また、<証拠省略>および弁論の全趣旨によれば、原告が本件各図書の閲読許可を求めるに至つた主要な動機は、高松刑務所拘置監における筆記具等の使用許可の運用基準が他の拘置所におけるそれに比して厳格に過ぎる点に疑問を持ち、場合によつてはその是正を求めて出訴しようと考えたところにあることが認められるところ、右のような訴訟を提起しようとすれば、未決拘禁者の法的地位、筆記具等使用制限の法的性質、右制限の当否を検討するにあたつて、考慮すべき諸事項、さらには、監獄法の体系的認識が必要であつて、そのためには、監獄法および同法施行規則の条文のみならず、現在の監獄収容関係の実務は多くの訓令や通牒の類によつて指導されているところが大きいことからすると、関係訓令、通牒の類を知ることがぜひ必要であり、また、この問題に関する判例、学説等にも目を通す必要がある。そして、本件各図書がそれぞれ右必要に添う内容を有することは当裁判所に顕著な事実であるから、右各図書が前記訴を提起する上に必要なことは明らかである。
被告は、このような訴を提起するについては、弁護士を訴訟代理人に選任することができ、かつ、法律扶助協会の扶助を受ける途もある旨主張するが、原告が自ら右訴訟を追行しようとして、その準備のために本件各図書の閲読を必要としている場合に、そのような方法があることの故をもつて、右必要性否定の根拠となすことは相当でないといわなければならない。
以上検討の結果によれば、原告の本件各図書閲読の必要性は、その閲読によつて生じ得べき被告側の前記程度の支障をもつてしては到底これを否定することができないというべきであるから、右閲読を不許可とした本件各処分は未決拘禁者の権利自由の制限に関する合理的限度を越えたものであつて、これを適法な処分と認めることはできない。
四 結論
以上の次第で、原告の請求のうち、被告のなした筆記具等常時使用不許可処分の取消を求める部分は理由がないから失当として棄却し、被告のなした本件各図書の閲読不許可処分の取消を求める理由があるから正当として認容し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 林義一 山脇正道 浜井一夫)
(別紙)図書目録
1 実務六法 矯正編 矯正研修所監修 東京法令出版株式会社発行
2 行刑法教室 稲田俊秀 水上好久 馬場敏高 福田雅晴 共著 東京法令出版株式会社発行
3 監獄法(ポケット注釈全書) 小野清一郎 朝倉京一 共著 株式会社有斐閣発行
<以下の別紙及び別表省略>