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高松地方裁判所 昭和51年(ワ)348号 判決 1979年7月19日

原告

丸山可

被告

中尾歓一

主文

一  被告は、原告に対し、金八三万二八八二円及び内金七五万二八八二円については昭和五〇年一月八日から、内金八万円についてはこの判決確定の日からそれぞれ支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その一を被告の負担とし、その四を原告の負担とする。

四  この判決は、原告の勝訴部分にかぎり、仮に執行することができる。

事実

(当事者の求めた裁判)

一  原告

1  被告は、原告に対し、金七七〇万円及び内金七〇〇万円については昭和五〇年一月八日から、内金七〇万円についてはこの判決確定の日からそれぞれ支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

(原告の請求原因)

一  交通事故の発生

原告は、昭和四八年一二月二九日、被告の運転する普通乗用自動車(徳五五そ三六六八号、以下被告車という。)に同乗し、同日午後五時五分ころ、香川県大川郡引田町坂元八二八番地先国道(一一号線)を高松市方面から徳島市方面に向け進行中、被告車と三谷清敏運転の普通貨物自動車(香四四せ二六四五号、以下三谷車という。)とが接触し、その衝撃により被告車がガードレールに激突した。

二  原告の受傷とその程度

原告は、右事故により頭部外傷等の傷害を受け、

1  昭和四八年一二月二九日から昭和四九年三月二五日までの八七日間、香川県立白鳥病院に入院し、

2  昭和四九年三月二六日から同年四月一九日までの二五日間、屋島総合病院に入院し、

3  昭和四九年四月二〇日から同年六月三日まで屋島総合病院に通院し、

4  昭和四九年六月四日から同年八月一一日までの六九日間、屋島総合病院に再入院し、

5  昭和四九年八月一二日から昭和五〇年一月七日まで屋島総合病院に通院して(入院通算期間一八一日、通院通算期間一九四日)それぞれ治療を受けたが、右傷害により脳波全体に律動異常をきたし、知能指数四九、精神年齢七歳八か月、著しい性格変化等の後遺障害が残つている。そして原告の右後遺症は自動車損害賠償保障法(以下自賠法という。)施行令別表七級四号に該当する旨の認定を受けた。

三  被告の責任

被告は、被告車を保有し、これを自己のため運行の用に供しているから、自賠法三条本文により本件事故によつて被つた原告の損害を賠償する責任がある。

四  損害

原告は、本件事故により次のとおり合計四〇四八万三四六五円の損害を被つた。

1  入院看護費 一三万〇五〇〇円

原告は、昭和四八年一二月二九日から昭和四九年三月二五日までの八七日間前記白鳥病院に入院したが、その間附添を必要とし原告の妻治子がこれに附添つて看護に当つた。その看護費は一日一五〇〇円の割合による八七日分で合計一三万〇五〇〇円となる。

2  入院雑費 五万四三〇〇円

入院一日三〇〇円の割合による一八一日分で合計五万四三〇〇円となる。

3  休業損害 二六一万八〇〇〇円

原告は、事故当時、一日平均七〇〇〇円(年額二五五万五〇〇〇円)の収入を得ていたが、本件事故により事故の翌日である昭和四八年一二月三〇日から症状固定日である昭和五〇年一月七日までの三七四日間全く稼働できず、休業を余儀なくされた。一日七〇〇〇円の割合による三七四日の休業損害は二六一万八〇〇〇円となる。

4  後遺症による逸失利益 三二二〇万〇六六五円

原告は、症状固定日(症状固定時の年齢四九歳)の翌日である昭和五〇年一月八日から昭和五四年一月七日までの四年間は本件事故による前記後遺症のため全く稼働不能の状況にあり、更に昭和五四年一月八日以降も身体的障害のほか知能指数の低下及び感情失禁のため到底就業は不可能であり、この状態は生涯継続する。そして、原告の年間所得は二五五万五〇〇〇円(ちなみに、昭和五〇年度賃金センサスによれば、原告と同年齢の四九歳の男子の平均賃金は年額三〇〇万五八〇〇円である。)であり、四九歳の男子の就労可能年数は一八年(ホフマン係数一二・六〇三)、労働能力喪失率一〇〇パーセントとして逸失利益を算出すると、三二二〇万〇六六五円となる。

5  慰謝料 五四八万円

本件傷害により被つた原告の精神的苦痛に対する慰謝料は、入・通院分一三〇万円、後遺症分四一八万円合計五四八万円が相当である。

五  損害の填補

原告は、本件事故による損害の賠償として、次のとおり合計一八三七万六六六七円の支払を受けたので、これを前項の損害に充当した。

1  自賠法による保険金九〇八万九五四九円

2  農協共済(任意保険)による保険金三〇五万三四七七円

3  労災保険から事故後昭和五四年四月までに合計六二三万三六四一円

六  弁護士費用 七〇万円

原告は、本件訴訟を弁護士佐長彰一、同木村一三の両名に委任し、同弁護士に対し、本件判決が確定したとき七〇万円を支払う旨約束したが、右七〇万円も本件事故と相当因果関係にある損害である。

七  よつて、原告は、被告に対し、前記四項の損害の残金のうち本件事故が好意同乗によるものであることなどを考慮して金七〇〇万円と前項の弁護士費用七〇万円の合計金七七〇万円及び内金七〇〇万円については後遺症が固定した日の翌日である昭和五〇年一月八日から、内金七〇万円(弁護士費用)についてはこの判決確定の日からそれぞれ支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(請求原因に対する被告の答弁)

一  請求原因一項は認める。

二  同二項のうち、原告が後遺障害七級四号の認定を受けたことは認めるが、その余は知らない。

三  同三項のうち、被告が被告車を保有し、これを自己のため運行の用に供していたことは認めるが、その余は争う。

四  同四項1は争う。原告の妻が附添つたのは昭和四八年一二月二九日から昭和四九年一月三一日までの三四日間であり、白鳥病院は完全看護であつたから附添の必要なく、仮にその必要があつたとしても妻の附添費は一日一〇〇〇円以下である。同2は争う。同3、4は争う。原告は、事故当時、日額五〇〇〇円の臨時工であり、わずか一二日勤務したに過ぎない。また、原告は、職を転々とし、昭和四八年度における所得は四八万円で、しかも事故当時勤務していた造船業関係の仕事は不況であつて、事故後も引き続き前記収入をあげ得たかどうか疑問であるばかりでなく、原告の勤務先における稼働日は一か月二二日である。

更に、原告の後遺障害は七級四号であるから、労働能力喪失率は五六パーセントで、その継続期間は七年である。同5は争う。原告に対する慰謝料額は四〇〇万円をこえることはない。

五  同五項は認める。

六  同六項は知らない。

七  同七項は争う。

(被告の抗弁)

一  免責

本件事故については、次のとおり自賠法三条ただし書の要件が備わつているから、被告には、損害賠償の責任がない。

1  被告車の運転者である被告は、被告車の運行に関し注意を怠つていない。

すなわち、被告は、被告車を運転し、制限速度時速五〇キロメートルの本件国道を高松市方面から徳島市方面に向つて進行中、本件事故現場の約五〇メートル手前の地点に差しかかつた際、時速約三五キロメートルの低速で先行する三谷車に追いついたので、三谷車を追い越すため方向指示器を点滅させて道路中央線を越え、その追い越しにかかつた。そして、被告車が三谷車と並進状態に達したとき、三谷清敏は、右折のため道路中央に寄ることなく、かつ、方向指示器も点滅させないで、いきなり右折を開始して三谷車前部を被告車前部に衝突させた。このように、被告は、右追い越しに関し何ら注意を怠つていないから、本件事故発生につき被告に過失はない。

2  本件事故は、三谷清敏の一方的過失により発生した。

すなわち、三谷清敏は、三谷車を低速で運転中、後続する被告車に追いつかれて同車が追い越しにかかつたのであるから、その進路を譲るなどして被告車の追い越しを容易にすべき注意義務がある(道路交通法(以下道交法という。)二七条二項)のに、被告車に全く気付かずして右注意義務を怠つたまま進行し、本件事故現場である交差点に差しかかつて丁度被告車と並進状態となつたとき、それまで右折のための方向指示器を点滅させず、かつ、道路中央寄りを進行することなく、しかも右側方及び後方の交通の安全を確認しないで、いきなり右折を開始して三谷車前部を被告車前部に衝突させ、その衝撃で被告車をガードレールに激突させて本件事故を発生させたのである。このように、本件事故は、三谷清敏の一方的過失により発生したのである。

3  被告車には構造上の欠陥又は機能上の障害はなかつた。

二  損害賠償の免除

仮に、本件事故発生につき、被告に何らかの過失があるとしても、原告は、本件事故の加害者であり共同不法行為者である三谷清敏及び三谷車の保有者である三谷一士(この両名を以下三谷両名という。)との間において、三谷両名に対し八〇三万三四七七円の損害賠償を求めるにとどめ、その余の損害についてはいかなる事由が生ずるも賠償を求めず、これを免除する旨の示談を成立させ、その結果、請求原因五項(損害の填補)2の三〇五万三四七七円及び同項1の保険金のうち四九八万円の各給付を受けているのであるから、本件事故による原告の損害のうち、右八〇三万三四七七円を超える三谷両名の負担部分については、次の理由により原告の前記免除の効力が被告に対しても絶対的に生ずる。従つて、本件事故による原告の損害のうち、被告の負担部分を越える部分の請求は失当である。すなわち、

1  本件事故は、被告がその雇主である東洋船舶工業株式会社(以下東洋船舶という。)の業務の執行中に発生したものであるから、三谷清敏、三谷一士、被告及び東洋船舶が共同不法行為者として損害賠償義務を負担するところ、右損害賠償義務は民法上の連帯債務と解すべきである。そして、本件事故による共同不法行為者相互間の求償割合すなわち実質的負担部分は、三谷清敏と被告との客観的な過失割合によるべきものであり、本件事故における被告の過失は三谷清敏の過失に対比し極めて軽微なものであつて、三谷清敏と被告との過失の割合は九(三谷清敏)対一(被告)であり、被告の過失割合が一を越えることはない。従つて、原告が三谷清敏及び三谷一士に対してなした八〇三万三四七七円を越える部分についての免除は、三谷両名の負担部分である全損害額の九割の限度において被告の利益のために絶対的効力を生ずる。

2  仮に、共同不法行為者の債務が不真正連帯債務であるとしても、不真正連帯債務者相互の内部関係においては、客観的な過失の割合による求償関係すなわち実質的な負担部分の割合が存する(最高裁判所昭和四一年一一月一八日判決、民集二〇巻九号一八八六頁参照。)のであり、本件における三谷清敏と被告との過失割合は前記のとおりであるから、民法四三七条の類推適用により原告が三谷両名に対してなした免除は、三谷両名の負担部分である全損害額の九割の限度において被告の利益のために絶対的効力を生ずる。

ところで、原告が三谷両名に対して全損害額のうち八〇三万三四七七円の損害賠償を求め、その余の賠償請求をしない旨の示談をしたのは、本件事故に関してはいかなる意味においても三谷両名をして右金額を超える金員を出捐させない旨の意思表示(約束)であり、またそうでなければ原告と右三谷両名との間に示談が成立する筈はなかつたのである。従つて、右示談契約を締結した原告においては、右三谷両名の負担部分である全損害額の九割の部分のうち、支払を免除した部分については被告に対してもこれを請求することが許されず、その意味で右免除は被告に対して絶対的効力が生ずるのである。もし、このように解さずして、原告が依然として三谷両名の負担部分にかかる金額につき被告に請求しうるものとすれば、これに応じた被告は、三谷両名に対して求償権を行使することとなり、結局三谷両名は原告との示談により免除を受けた金額についても、示談の内容に反してこれを出捐せざるを得なくなるのであつて、原告と三谷両名との間の示談契約は何ら実効を納め得ない結果となしてしまうのである。このようなことは、示談契約の当事者である三谷両名にとつて全く意図しない、かえつてその意に反することであつて、かような法解釈は到底許されないところである。

三  好意同乗等による減額

本件事故は、被告が被告車に原告を同乗させてその運行中に発生したものであるが、この運転は、被告及び原告がともに同じ会社に勤務する同僚として給料の支払を受ける目的のもとに雇主である東洋船舶に赴くためのものであつて、被告が自己の右目的達成のために被告車を運転し、原告がこれに便乗してその利益にあずかるという状態にあつたもので、原告と被告との各運行目的の間には主従、優劣の差はなく、まさに同質、同量の運行目的、運行支配、運行利益を有していたといえる状況にあるから、好意同乗者である原告も被告車の運行につき少なくとも五〇パーセントの運行供用者性を有していたというべきである。従つて、被告に負担させる前記負担部分の賠償額の決定にあたつては、右のような原告と被告との相互の人間関係、同乗するに至つた経過とその目的、態様等を十分考慮し、衡平の理念のもとに五〇パーセント以上の大幅な減額がなされるべきである。

四  弁済

原告は、本件事故による治療費として、八七万〇四五一円の損害を被つているところ、自賠法により同額の保険金の給付を受けているから、原告の損害額から右金員を控除すべきである。

五  将来受給する労災年金の控除

原告は、本件事故による後遺障害の存続する間、引き続き年額一八四万〇二八九円(被告の昭和五四年六月一九日付準備書面に九九円とあるのは八九円の誤記と認める。)の障害年金を受給することが確実であるから、右将来の給付額についても、これを現在価値に換算してその損害額から控除すべきである。

ところで、労働者災害補償保険法一二条の四によると、政府が被害者に保険給付をすれば、その給付額の限度で被害者が有していた損害賠償請求権を取得し、政府から加害者に請求すべきたてまえになつている。しかし、現実には、政府から加害者への請求は種々の事情(例えば容易に加害者の無資力を認定するなど。)によりその実効を納めておらず、加害者はその支払いを容易に免れているのが実情である。かかる社会的事情において、労災保険から被害者に支給される給付金のうち現実に給付した額のみを損害額から控除するとすれば加害者はできうるかぎり右給付がなされて損害額が填補された後に弁償をしようとするであろうし、そうであれば、善良で誠実にかつ早期に被害弁償をしようとする加害者には極めて酷となり、他方不誠実に訴訟の引き延ばしをした加害者が不当に利益を得るという社会正義にもとる結果を招くだけである。このような悪弊を断ち、しかも衡平の観点よりすれば、被害者が将来確実に政府から年金の支給を受けられることになれば、その範囲で加害者に対する損害賠償額からこれを控除すべきである。

仮に、将来給付を受ける年金について、これを控除すべきでないとしても、原告が来たる昭和五四年八月に給付を受ける年金のうち、同年五月分及び本件口頭弁論終結日である同年六月一九日までの労災年金については既に確定債権となつているから、これを賠償額から控除すべきである。

(抗弁に対する原告の答弁)

一  被告の抗弁一項(免責)は否認する。すなわち、被告は、被告車を運転するに当つては、ハンドル、ブレーキ等を確実に操作し、かつ、道路、交通及び当該車両等の状況に応じ、他人に危害を及ぼさないような速度と方法で運転しなければならない(道交法七〇条)にもかかわらず、これを怠り、制限速度五〇キロメートルをはるかにこえる時速約八〇キロメートルで無謀にも追い越しを開始し、かつ、先行する三谷車の動静に十分な注意を払わず、漫然と三谷車が直進するものと軽信し、同車と並進状態に至つたためこれと接触し、本件事故を惹起させ、原告に重大な傷害を負わせたのである。被告が右のような高速度で被告車を運転していたことは、事故後現場の道路に被告車の左車輪のタイヤによるスリツプ痕が約一二メートル、右車輪のそれが約一〇メートル残り、かつ被告車がガードレールに激しく衝突していることからしても明らかである。

二  被告の抗弁二項(損害賠償の免除)のうち、本件事故が三谷両名と被告との共同不法行為により発生したこと、原告が三谷両名と八〇三万三四七七円で示談をし、その結果、被告主張の各金員の給付を受けたことは認めるが、その余は否認する。共同不法行為者の債務は、不真正連帯債務であり、共同不法行為者相互間に実質的負担部分が存在するとしても、共同不法行為者の一人に対する債務の免除は他の共同不法行為者の債務に何ら効力を及ぼさないものである。

三  被告の抗弁三項(好意同乗等による減額)のうち、原告が被告車に同乗中本件事故が発生したことは認めるが、その余は否認する。原告は、好意同乗の点を考慮し損害額を減額して本訴請求をしているのであるから、被告の右抗弁は理由がない。

四  被告の抗弁四項(弁済)は認める。しかしながら、原告は本訴において治療費の請求をしていないのであるから、右抗弁は理由がない。

五  被告の抗弁五項(将来受給する労災年金の控除)は争う。この点については既に最高裁判所の判例(昭和五二年五月二七日第三小法廷判決、民集三一巻三号四二七頁参照)があり被告の右抗弁は全く理由がない。

(証拠関係)〔略〕

理由

一  交通事故の発生

請求原因一項(交通事故の発生)の事実は当事者間に争いがない。

二  原告の受傷とその程度

弁論の全趣旨により真正に成立したと認める甲第二ないし第四号証、同第八ないし第一三号証、証人丸山治子の証言(第一回)により真正に成立したと認める甲第五号証、証人丸山治子の証言(第一回)、原告及び被告各本人尋問の結果を総合すると、請求原因二項(原告の受傷とその程度)の各事実(もつとも、原告の後遺症が自賠法施行令別表第七級四号に該当する旨の認定を受けたことは当事者間に争いがない。)が認められ、右認定に反する証拠はない。

三  被告の責任

被告が、被告車を保有し、これを自己のため運行の用に供していた事実は当事者間に争いがない。そうすると、被告は、後記四項の自賠法三条ただし書の免責要件のすべてを証明しないかぎり、自賠法三条本文により本件事故によつて被つた原告の損害を賠償する責任がある。

四  免責の抗弁

被告は、本件事故当時、被告車の運行に関し注意を怠つていない旨主張するので、まず、この点につき判断する。

成立に争いのない乙第三二号証、同第三三号証の一ないし一四、同第三四ないし第三九号証、証人三谷清敏の証言、被告本人尋問の結果と検証の結果を総合すると、

1  被告車と三谷車とが接触した本件事故現場は、東西に通ずる車道部分の幅員約六・二メートルのアスフアルトで舗装された平担な直線道路(国道一一号線)と南方に通ずる道路(町道、その幅員は証拠上必ずしも明確でないが、右国道と交つた部分では約一八・五メートルあり、南方に向うに従つて極端に狭くなつている。)とが交つた交通整理の行なわれていない三差路交差点の西側側端の西方約七メートルの右国道上の地点であること、

2  被告は、事故当日の午後五時五分ころ、被告車を運転し前記国道を西(高松市方面)から東(徳島市方面)に向け、時速約五〇キロメートルで進行し、前記交差点の西側側端から約六一・二メートルの地点に達したとき、進路前方を時速約三〇キロメートルの低速で先行する三谷車を追い越そうとして加速し、方向指示器を点滅させて追い越しにかかり、進路を右に変更し、道路中央線をこえて右側車線に入り、交差点の西側側端から約七メートル手前の地点で三谷車とほぼ並進状態に達したとき、右折しようとしていきなり道路中央線をこえて進行してきた三谷車右前部と被告車左前部が接触し、あわてて急制動の措置をとつたが、右前方に約二三・三メートル進行し、国道右(南)側に設置してあつた鉄製のガードレールに激突して、ガードレールを破損させ、これに食い込んで被告車前部が大破し、運行不能の状態になつたこと、

3  右事故当時、現場の路面は乾燥していたこと、

4  被告車は、三谷車と接触後、約一〇・九メートル進行した地点から激突地点までの約一二・四メートルの間、左側車輪のタイヤによるスリツプ痕が残つており、また、右側車輪のタイヤによるスリツプ痕は前記接触地点から約一三・七メートル進行した地点より激突地点までの約九・六メートルの間に明瞭に残つていること、

5  事故現場の国道における車両の最高制限速度は、時速五〇キロメートルであること、

の各事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

ところで、時速五〇キロメートルの速度で進行中の自動車が急制動の措置をとつた場合における制動距離(空走距離と滑走距離とを含む。)は、路面の状況により多少異なるが、通常約二五メートル(本件事故現場の路面は平坦なアスフアルト舗装で、しかも事故当時路面が乾燥していたことは前記のとおりであるから、右制動距離は二五メートルよりも更に短縮される。)であることは経験則上明らかである。ところが、前記事実によれば、被告は、三谷車と接触と同時に急制動の措置をとつている(このことは前記各スリツプ痕の存在とその位置により十分裏付けられるところである。)のであり、従つて被告が前記制限速度である時速五〇キロメートルの速度で被告車を運転していたとすれば、三谷車と接触後ガードレールに激突するまでの間の距離が約二三・三メートルあるのであるから、被告車がガードレール付近に達したときには停止直前の速度に減速されていなければならない筈であり、たとえガードレールに衝突したとしてもさほど重大な結果を発生させる速度とは考えられないところ、前記のように力あまつてガードレールに激突し、これに食い込んで被告車前部を大破させ、その衝撃で原告に前記の重大な傷害を負わせているのである。自動車の運転者が、車両の運転にあたり、制限速度を遵守すべき注意義務があることはいうまでもないところであるが、被告は、本件事故当時、先行する三谷車を追い越そうとして、前記五〇キロメートルの制限速度に従わず、これをかなり大幅に上回る速度で被告車を運転しており、しかもこれが原告の傷害を重からしめるという結果の発生にも直接結びついているのであるから、本件事故発生につき被告に前記注意義務違反のあることが明らかである。

以上のとおりであつて、被告の右免責の抗弁は、その余の点について判断するまでもなく理由がないから、採用できない。

五  原告の損害

1  入院看護費

原告が、本件事故による傷害の治療のため、事故当日である昭和四八年一二月二九日から昭和四九年三月二五日までの八七日間、香川県立白鳥病院に入院したことは前記認定のとおりであり、成立に争いのない乙第四一号証、証人丸山治子の証言(第一、二回。ただし、後記措信できない部分を除く。)を総合すると、原告は、右入院期間のうち、昭和四八年一二月二九日から昭和四九年一月三一日までの三四日間、附添看護を必要とし、その間原告の妻治子が附添つて看護に当つたことが認められる。原告は、前記八七日の全入院期間を通じて附添看護を必要とし、その間原告の妻治子が附添つた旨主張し、証人丸山治子は、右主張を裏付けるような証言(第一、二回)をする。しかし、右証言は、前記乙第四一号証の記載と被告本人尋問の結果に照らして措信できず、他に右事実を認めるに足る証拠はない。ところで、家族による附添看護費は、原告の受傷の程度を考慮すると、一日一五〇〇円と認めるのが相当であり、従つて、原告の前記三四日間の附添看護費は合計五万一〇〇〇円となる。

2  入院雑費

原告が、本件事故による傷害治療のため、合計一八一日間入院したことは前記認定のとおりであり、病院に入院すれば雑費の支出を余儀なくされることは経験則上明らかである。そして、原告の傷害の程度、入院期間等を考慮すると、入院一日当りの雑費は三〇〇円と認めるのが相当である。従つて、その一八一日分は五万四三〇〇円となる。

3  休業損害

成立に争いのない甲第一八号証、証人丸山治子(第一回)、同古林弘久の各証言に原告本人尋問の結果を総合すると、原告は、大正一四年一一月二七日生れの健康な男子であり、船舶の熔接工を身につけていたところ、昭和四八年一二月一七日から東洋船舶に臨時の熔接工として雇われ、日給五〇〇〇円の支給を受けていたが、本件傷害のため、事故の翌日である昭和四八年一二月三〇日から症状の固定した昭和五〇年一月七日までの三七四日間、全く稼働できなかつたことが認められる。原告は、本件事故当時、一日七〇〇〇円の収入を得ていた旨主張するが、証人古林弘久の証言によると、原告は、前記勤務中、偶々広島県に出張しその出張手当として二万七〇〇〇円の支給を受けたもので、その出張は東洋船舶においても全く偶然のものであつて恒常的なものではないことが認められるから、これをもつて原告の恒常的な収入と認めることはできない。また、原告本人尋問の結果の中には一日五〇〇〇円を超える収入があつた旨の供述部分があるけれども、これを裏付ける証拠は何もないから採用できない。そうすると、原告の前記三七四日間における一日五〇〇〇円の割合による休業損害は一八七万円となる。

4  後遺症による逸失利益

前記甲第四号証、成立に争いのない乙第二五号証、証人丸山治子(第一回)、同古林弘久の各証言に原告本人尋問の結果を総合すると、原告が本件事故で受傷しなければ、原告は、その症状が固定した日の翌日である昭和五〇年一月八日当時、賃金の上昇により一日六八三四円の収入を得ることができたこと、原告は、本件事故により前記のとおり知能指数が四九、精神年齢が七歳八月に低下し、また性格が異常な変化を来たし、短気、易怒的で、強迫笑があり、何でもないのに急に笑つたり泣き出すなどの感情失禁が顕著であるほか、記障害、作業能力が低下しており、これらの症状は今後回復困難な状況にあることが認められる。右の事実によれば、原告の後遺障害は、自賠法施行令別表七級四号にいう「神経系統の機能又は精神に障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができないもの」に該当し、その障害は今後(原告の症状固定時の年齢は満四九歳)一八年間(原告の就労可能年数)継続し、その間労働能力の五六パーセントが減退したと認められる。原告は、前記後遺障害により原告の労働能力が一〇〇パーセント喪失した旨主張するが、前記認定の後遺障害に照らすと、原告の労働能力が一〇〇パーセント喪失したものとは到底認め難いし、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

そこで、昭和五〇年一月八日から一八年間における利益の現在価値をホフマン式計算法により一年ごとに利益二四九万四四一〇円(一日六八三四円の割合による三六五日分が生ずるものとして算出すると、三一四三万七〇四九円(円未満切り捨て、以下同じ。)となることが計算上明らかである。そして、右金員の五六パーセントは一七六〇万四七四七円となる。

5  慰謝料

原告が、本件事故により受傷し、しかも前記の後遺障害に悩み、生涯を通じてこれに耐えて生き抜かねばならないことは前記認定の事実に徴し明らかである。これらの事実に、原告の受傷の程度、入・通院期間並びに本件に現われた一切の事情を斟酌すると、原告に対する慰謝料は五〇〇万円をもつて相当と認める。

6  治療費

ここで、被告の弁済の抗弁の前提をなす原告の治療費(損害)について検討するに、本件事故による原告の治療費が八七万〇四五一円であることは当事者間に争いがない。

六  損害賠償の免除の抗弁

本件事故につき被告と三谷車の運転者である三谷清敏及び三谷車の保有者である三谷一士とが共同不法行為者であること、原告が右三谷両名との間において八〇三万三四七七円で示談を成立させたことの各事実は当事者間に争いがない。そして、証人三谷一士の証言により真正に成立したと認める甲第六号証に同証人の証言を総合すると、原告は、右示談契約において、三谷両名に対し、原告の損害のうち、三谷両名から八〇三万三四七七円の支払を受ければ、いかなる事由が生じてもその余の損害の請求をしない旨の約束をしていることが認められる。

ところで、共同不法行為者の損害賠償債務の性質については説の分かれるところであるが、当裁判所は、民法七一九条の共同不法行為者の損害賠償債務はその実質においていわゆる不真正連帯債務であつて、連帯債務(真正)に関する同法四三七条の免除の効力の規定はその適用ないし準用がないと解するのが相当であると考える。すなわち、民法はその四三二条以下の連帯債務の規定において、連帯債務者の一人について生じた事由が他の債務者についても絶対的に効力を生ずる場合を多く定めている(同法四三四条ないし四三九条)が、これは連帯債務者相互間に密接な人的関係が存在することを前提とし、連帯債務者相互間の求償関係の複雑化を避け、これを明確にすることを目的として規定したものであり、これに対し、共同不法行為者相互間には一般的にいつて右のような人的関係が存在しないのが通例であり、殊に民法七一九条の立法趣旨は被害者をより強く保護しこれを救済しようとする法意に基づくものであることに鑑みれば、不真正連帯債務については民法四三七条に規定する免除の絶対的効力はその適用ないし準用がないと解するのが、同法七一九条の立法趣旨にもかなうものというべきである。従つて、本件につき、連帯債務の免除に関する規定が適用ないし準用されることを前提とする被告の右抗弁はいずれも採用できない。

七  好意同乗等による減額の抗弁

成立に争いのない乙第二八ないし第三〇号証、証人古林弘久の証言、原告及び被告各本人尋問の結果を総合すると、原告は、本件事故当日の昭和四八年一二月二九日午後三時過ぎころ、被告とともに香川県大川郡引田町所在の高橋造船所で勤務を終え、その日が同年の仕事納めの日であつたところから、東洋船舶の社長松田藤男より「給料を持つて行けないので、会社からの帰りの汽車賃等は支給するから同僚社員の自動車に同乗して会社に給料を取りに来るように。」との指示を受け、たまたま同僚の被告が被告車を運転して徳島市内の自宅に帰る途中、徳島県鳴門市内の東洋船舶に立ち寄り同じく給料の支給を受けることから、被告車に同乗することになつたもので、被告車の運行につき被告に運転の指示をしたこともないし、原告はもともと運転免許を取得したこともないことの各事実が認められる。被告は、被告車の運行につき、原告にも運行供用者性がある旨主張する。なるほど、原告と被告とが被告車で東洋船舶に向つたのは給料の支給を受けるという同一目的ではあるけれども、前記事実によれば、原告が被告車に同乗したのは前記のように社長の指示に基づくものであり、しかも原告が被告車の運行につきこれを指示ないし支配する立場にあつたものとは到底認め難いし、他に原告が運行供用者にあたることを認めるに足りる証拠はないから被告の右主張は採用できない。次に、前記事実によれば、原告が好意同乗者にあたることは明らかであるから、このことからして原告が被告に対し本件事故による損害の全額を請求することは信義則ないし衡平の原理にもとる結果となるので、過失相殺の法理に準じ、かつ、本件事故が原告の関知しないところの被告の前記注意義務違反によつて発生したものであること、その他本件に現われた一切の事情をも併わせ考慮したうえ、原告の前記五項1ないし6の各損害の合計二五四五万〇四九八円のうち被告に負担させる額はそのほぼその八割にあたる二〇〇〇万円をもつて相当と認める。

八  損害の填補(被告の弁済の抗弁を含む)

原告が

1  自賠法により九〇八万九五四九円

2  農協共済(任意保険)により三〇五万三四七七円

3  労災年金として事故後昭和五四年四月までに合計六二三万三六四一円

4  自賠法により治療費八七万〇四五一円(被告の弁済の抗弁)の合計一九二四万七一一八円の給付を受け右1ないし3についてはこれを損害に充当したことは当事者間に争いがないので、前項の原告の損害金二〇〇〇万円に右金額を充当すると、その残金は七五万二八八二円となる。

九  将来受給する労災年金の控除の抗弁

被告は、原告が来たるべき昭和五四年八月に受給する労災年金のうち昭和五四年五月分及び同年六月一日から本件口頭弁論終結日の昭和五四年六月一九日までの労災年金並びに原告が将来受給する労災年金を原告の前記損害から控除すべきである旨主張する。しかしながら、政府が労災年金を給付したことによつて、受給権者の第三者に対する損害賠償請求権が国に移転し、受給権者がこれを失うのは、政府が現実に保険金を給付して損害を填補したときに限られ、いまだ現実の給付がない以上、たとえ将来にわたり継続して給付されることが確定していても、受給権者は第三者に対し、損害賠償の請求をするにあたり、このような将来の給付額を損害から控除することを要しないと解するのが相当である(最高裁判所昭和五〇年(オ)第四三一号、昭和五二年五月二七日第三小法廷判決、民集三一巻三号四二七頁参照。)ところ、被告主張の右年金はいずれも現実に給付を受けていないものであることが明らかであるから、右主張は採用できない。

一〇  弁護士費用

証人丸山治子の証言(第一回)、原告本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、原告は、原告訴訟代理人弁護士佐長彰一、同木村一三の両名に対して本件訴訟を委任し、本件判決が確定したとき七〇万円を支払う旨の約束をしたことが認められる。そして、本件訴訟の難易、請求額、本訴において認容する額、その他諸般の事情を斟酌すると、本件事故と相当因果関係にある弁護士費用は八万円をもつて相当と認める。

一一  結論

以上説示のとおりであつて、原告の本訴請求は、原告が被告に対し金八三万二八八二円及び内金七五万二八八二円については原告の症状が固定した日の翌日である昭和五〇年一月八日から、内金八万円(弁護士費用)についてはこの判決確定の日からそれぞれ支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余の部分は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山口茂一)

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