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高松地方裁判所 昭和62年(行ウ)3号 判決 1988年4月14日

高松市高松町三四番地九

原告

大浜博

高松市天神前二番一〇号

被告

高松税務署長

小西宏

右指定代理人

西浦久子

三谷久寿彦

山本昌男

平賀孝男

香川俊夫

新田旭

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和六〇年九月三〇日付けで原告に対してした源泉所得税の納税告知処分及び不納付加算税賦課決定処分を取り消す。

2  被告が昭和六一年二月二八日付けで原告に対してした源泉所得税の納税告知処分及び不納付加算税賦課決定処分を取り消す。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  (本件各処分の経緯等)

(一)(1) 原告は、弁理士を業とする者で、昭和五一年一二月三日、被告に対し、同日付けの租税特別措置法(以下「措置法」という。)二五条の二第四項に規定するみなし法人課税選択の届出書を提出して、昭和五二年分以降の所得税の額の計算につき同条一項に規定するみなし法人課税を選択した。

(2) 原告は、昭和五七年一二月二三日、被告に対し、同月二二日付けの租税特別措置法施行令(以下「措置令」という。)一七条の六第一項に規定する事業主報酬の変更届出書を提出して、昭和五八年分以降のみなし法人課税を選択した場合の所得税の額の計算に係る事業主報酬の額を従前の一二〇〇万円から一八〇〇万円(その月賦額で一〇〇万円から一五〇万円)に変更した。

(3) 原告は、昭和六〇年一月から同年一二月までの期間の措置法二五条の二第三項三号の規定により給与等の支払いをしたものとみなされる事業主報酬の月賦額に相当する金額につき、所得税法(以下「法」という。)四編二章一節の規定により徴収して納付すべきとされる所得税(以下「給与等に係る源泉所得税」ということがある。)を法定納期限までに納付しなかつた(なお、原告は、法二一六条の規定による納期の特例に関する税務署長の承認を受けているので、昭和六〇年一月から同年六月まで及び同年七月から同年一二月までの各期間の給与等に係る源泉所得税の法定納期限はそれぞれ同年七月一〇日及び昭和六一年一月一〇日である。)。

(4) 被告は、昭和六〇年一月から同年六月までの期間の給与等に係る源泉所得税につき、昭和六〇年九月三〇日付けで、納付すべき本税の額を二一四万二六〇〇円とする納税告知処分(以下「昭和六〇年九月三〇日付け告知処分」という。)及び不納付加算税の額を二一万四〇〇〇円とする賦課決定処分(以下「昭和六〇年九月三〇日付け賦課決定処分」という。)を行い、更に、昭和六〇年七月から同年一二月までの期間の給与等に係る源泉所得税につき、昭和六一年二月二八日付けで、納付すべき本税の額を二一四万二六〇〇円とする納税告知処分(以下「昭和六一年二月二八日付け告知処分」という。)及び不納付加算税の額を二一万四〇〇〇円とする賦課決定処分(以下「昭和六一年二月二八日付け賦課決定処分」という。)を行つた。

(二)(1) 原告は、昭和六〇年九月三〇日付け告知処分及び昭和六〇年九月三〇日付け賦課決定処分につき、昭和六〇年一一月二一日、被告に対して異議申立てをしたが、被告は、昭和六一年二月一五日付けで異議申立てをそれぞれ棄却する旨の異議決定を行つた。そこで、原告は、昭和六一年三月一一日、国税不服審判所長に対してそれぞれ審査請求を行つた。

(2) 原告は、昭和六一年二月二八日付け告知処分及び昭和六一年四月三〇日、被告に対して異議申立てをしたが、被告は、国税通則法(以下「通則法」という。)八九条一項の規定により審査請求として取扱うことを相当と認め、原告も、同年六月一三日にこれに同意したので、同日それぞれ審査請求がされたものとみなされた。

(3) 国税不服審判所長は、右の各審査請求に対し、昭和六一年一二月二六日付けでいずれも棄却する旨の裁決を行つた。

2  しかしながら、本件各処分はいずれも違法である。よつて、原告は、本件各処分の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実はすべて認める。

2  同2の主張については争う。

三  被告の主張

1  措置法二五条の二第一項の規定によれば、青色申告書を提出することにつき税務署長の承認を受けている居住者で不動産所得又は事業所得を生ずべき事業を営む者は、各年分の所得税の額の計算につきみなし法人課税を選択することができるものとされ、これを選択する者は、同条四項の規定によりその年の前年一二月三一日までにその旨並びにその者が事業から受ける報酬の額として定めた額(事業主報酬の額)及びその月賦額に係る経理の期日等を記載した書面を納税地の所轄税務署長に提出しなければならないものとされている。

なお、右事業主報酬の額又はその月賦額に係る経理の期日を変更しようとするときは、措置令一七条の六第一項の規定により、その変更しようとする年の三月一五日までにその旨及び変更後のこれらの事項等を記載した届出書を納税地の所轄税務署長に提出しなければならないものとされている。

そして、措置法二五条の二第三項三号の規定によれば、右事業主報酬の月賦額に係る経理の期日において当該月賦額に相当する金額の給与等の支払いをしたものとみなし、法四編二章一節及び三節の規定を適用することとされている。

右のとおり、みなし法人課税を選択した者は、その届出書(変更届出書を含む。)に記載した事業主報酬の月賦額につきその経理の期日においてその月賦額に相当する金額の給与等の支払いをしたものとみなされ、源泉徴収義務者として右金額につき給与等に係る源泉所得税を法定納期限までに国に納付しなければならないこととされている。

2(一)  原告は、昭和五一年一二月三日、被告に対し、同日付けのみなし法人課税選択の届出書を提出し、昭和五二年分以降の所得税の額の計算につき、みなし法人課税を選択し、更に、昭和五七年一二月二三日、被告に対し、同月二二日付けの事業主報酬の変更届出書を提出し、昭和五八年分以降のみなし法人課税を選択した場合の所得税の額の計算に係る事業主報酬の額を、従前の一二〇〇万円から一八〇〇万円(その月賦額は一〇〇万円から一五〇万円)に変更している。

(二)  したがつて、原告は、右事業主報酬の月賦額(昭和五八年以降については一五〇万円)に相当する金額の給与等の支払いをしたものとみなされ、右金額につき給与等に係る源泉所得税を決定納期限までに納付しなければならない。

3(一)  しかるに、原告は、給与等に係る源泉所得税を法定納期限までに納付しなかつたのであるから、通則法三六条一項二号及び法二二一条の各規定に基づき納税告知をした昭和六〇年九月三〇日付け告知処分及び昭和六一年二月二八日付け告知処分はいずれも適法である。

(二)  昭和六〇年九月三〇日付け告知処分及び昭和六一年二月二八日付け告知処分はいずれも適法あり、当該告知に係る税額を法定納期限までに納付しなかつたことについて通則法六七条一項ただし書に規定する正当な理由があつたとは認められないから、同項本文の規定に基づき不納付加算税を賦課決定した昭和六〇年九月三〇日付け賦課決定処分及び昭和六一年二月二八日付け賦課決定処分はいずれも適法である。

4  なお、納付すべき給与等に係る源泉所得税及び不納付加算税の額の計算は、次のとおりである。

(一) 納付すべき給与等に係る源泉所得税の額

昭和六〇年一月から同年一二月までの期間の事業主報酬の月賦額は一五〇万円であるから、この月賦額に相当する金額につき法一八五条一項の規定により計算した徴収すべき所得税の額は三五万七一〇〇円である。

したがつて、昭和六〇年一月から同年六月まで及び同年七月から同年一二月までの各期間の納付すべき給与等に係る源泉所得税の額は、それぞれ右三五万七一〇〇円に六月を乗じた二一四万二六〇〇円である。

(二) 不納付加算税の額

昭和六〇年九月三〇日付け告知処分及び昭和六一年二月二八日付け告知処分により納付すべき給与等に係る源泉所得税の額はそれぞれ二一四万二六〇〇円であるから、これを基にして計算した不納付加算税の額はそれぞれ二一万四〇〇〇円である。

四  被告の主張に対する原告の認否

1  被告の主張1は認める。

2(一)  同2の(一)の事実は認める。

(二)  同2の(二)については争う。後記五のとおり原告には、給与等に係る源泉所得税の納付義務はない。

3  同3については、原告が給与等に係る源泉所得税を法定納期限までに納付しなかつたこと、これに対し、被告が通則法三六条一項二号及び法二二一条の各規定に基づく納税告知処分と通則法六七条一項本文の規定に基づく不納付加算税の賦課決定処分を昭和六〇年九月三〇日付け及び昭和六一年二月二八日付けでしたことは認めるが、その余は争う。

4  同4の各税額の計算関係については争わないが、原告にそれら税額の納付義務があるとの主張は争う。

五  原告の反論(給与等に係る源泉所得税の納付義務の不存在)

1  原告は、法二〇四条一項二号に掲記されている弁理士を業とする者のであるところから、その業務に関して受ける報酬又は料金の中から法二〇五条の規定によつて計算された額の源泉所得税(以下、これを「法二〇五条源泉所得税」ということがある。)を徴収されている。その法二〇五条源泉所得税額は、昭和六〇年九月三〇日付け告知処分(納付すべき本税の額二一四万二六〇〇円)の対象である昭和六〇年一月一日から同年六月三〇日までの期間につき四一八万八〇九五円、昭和六一年二月二八日付け告知処分(納付すべき本税の額二一四万二六〇〇円)の対象である昭和六〇年七月一日から同年一二月三一日までの期間につき四一九万一九九七円、通年で八三八万〇〇九二円に達している。

2  原告は、弁理士を専業とする者で、それによる報酬等の外に所得はない。しかるに、原告が本件各告知処分により源泉所得税をそのまま納付しなければならないとすると、右の報酬等の所得につき二重に源泉所得税を徴収されることになるが、その分事業資金が動かせないことになり、たとえ後日還付を受けられてもその間の金利を逸することになる。それによつて受ける原告の不利益は著しい。

3  そこで、法二〇四条所定の報酬等につき法二〇五条源泉所得税を徴収され、右報酬等の外には所得のない状況で、みなし法人課税を選択する原告のような者に措置法二五条の二第三項三号、法四編二章一節及び三節の規定を適用し、事業主報酬につき所得税の源泉徴収を行うに当たつては、所定の徴収税額から法二〇五条源泉所得税額を控除した額を納付すべきもの(後者の額が前者のそれ以上のときは納付を要しないもの)として二重課税を回避する措置がとられなければ、法二〇四条非該当者でみなし法人課税を選択する事業者に比して、原告のような者が不平等な取扱いを受ける。しかるに、被告が右の措置をとらないで原告に対して前記法条をそのまま適用して本件各納税告知処分等をしたのは、憲法一四条一項の規定に違反し無効である。

6  原告の反論に対する被告の認否

1  原告の反論1の事実のうち、原告が法二〇四条一項二号掲記の弁理士を業とする者で、その業務に関して受ける報酬等の中から法二〇五条源泉所得税を徴収されていることを認めるが、昭和六〇年度における法二〇五条源泉所得税の額が原告主張の金額であることは不知。

2  同2については、原告が弁理士業務による報酬等の外に所得がないことは不知。その余は争う。もつとも、弁理士専業の事業者がみなし法人課税を選択する場合、法二〇四条一項非該当者でみなし法人課税を選択する事業者と比較して、両者の間に原告主張のような取扱い上の区別が存することは認める。

3  同3については争う。

第三証拠

本件記録中の書証目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因について

その1(本件各処分の経緯等)の事実は、当事者間に争いがない。

二  被告の主張について

1  被告の主張1のとおり法令の規定の存すること、同2(一)の事実、同3の事実のうち、原告が給与等に係る源泉所得税を法定納期限までに納付しなかつたこと、これに対し被告が通則法三六条一項二号及び法二二一条の各規定に基づく納税告知処分と通則法六七条一項本文の規定に基づく不納付加算税の賦課決定処分を昭和六〇年九月三〇日付け及び昭和六一年二月二八日付けでしたこと、同4の各税額の計算関係が被告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。

三  そこで、原告の反論(給与等に係る源泉所得税の納付義務の不存在)について検討する。

1  原告は、法二〇四条所定の報酬等につき法二〇五条源泉所得税を徴収され、右報酬等の外には所得のない状況で、みなし法人課税を選択する原告のような者に措置法二五条の二第三項三号、法四編二賞一節及び三節の規定を適用し、事業主報酬につき所得税の源泉徴収を行うに当たつては、所定の徴収税額から法二〇五条源泉所得税額を控除した額を納付すべきもの(後者の額が前者のそれ以上のときは納付を要しないもの)として二重課税を回避する措置がとられなければ、法二〇四条非該当者でみなし法人課税を選択する事業者に比して、原告のような者が不平等な取扱いを受けるのに、被告が右の措置をとらないで原告に対して前記法条をそのまま適用して本件各処分をしたのは、憲法一四条一項の規定に違反する、と主張する(この主張は法令そのものは合憲としながら、その適用に当たり解釈を誤り違憲な処分を生ぜしめたと主張するいわゆる適用違憲の主張と解される。)。

措置法二五条の二のみなし法人課税選択制度は、個人企業経営の近代化・合理化を推進するため個人形態のままで法人の場合とほぼ同様の課税を受ける途を開いたものである。青色申告者で不動産所得又は事業所得を生ずべき事業を営む者に選択が認められている。この制度を選択すると、<1> 事業所得等から事業主報酬を控除することができ、<2>この事業主報酬に対しては、一般の給与の場合と同様に源泉徴収が行われ、給与所得控除が適用され、<3>事業主報酬を控除した金額であるみなし法人所得額に対して、全額を事業主に配当するものとした場合の法人税率に相当する税率で所得税が課せられ、<4>みなし法人所得額の法定割合に相当する金額がみなし配当所得として事業主に配当されたものとされ、これを事業主報酬その他の事業主の所得と合算して所得税が課せられ、みなし配当所得に対しては配当控除の適用がある。なお、この制度を選択すれば、法人なみの税負担になるが、これは必ずしも選択しない場合よりも税負担が減少することを意味するものではなく、事業主報酬の額いかんによつてはかえつて税負担が重くなることもある。また、前記<2>の源泉徴収に伴い、後の確定申告の際に還付金が生ずる場合、源泉徴収時から還付時までの間の還付金相当額の資金の固定や金利の逸失等の不利益を受けることは多言を要しない。

2  原告が法二〇四条一項二号掲記の弁理士を業とする者で、その業務に関して受ける報酬等の中から法二〇五条源泉所得税を徴収されていることは、当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第三号証・第六、第七号証に弁論の全趣旨を総合すると、原告の負担した法二〇五条源泉所得税額が、昭和六〇年九月三〇日付け告知処分の対象である昭和六〇年一月一日から同年六月三〇日までの期間につき四一八万八〇九五円、昭和六一年二月二八日付け告知処分の対象である昭和六〇年七月一日から同年一二月三一日までの期間につき四一九万一九九七円、通年で八三八万〇〇九二円に達していることが認められる。

ところで、原告が、その主張するように弁理士業務による報酬等の外には所得がないとすると、本件各告知処分により源泉所得税をそのまま納付しなければならないことになれば、右の報酬等の所得につき二重に源泉徴収をされることになり、その分事業資金が動かせないことになり、たとえ後日還付を受けられてもその間の金利を逸することになることは、明らかである。そうすると、弁理士専業の者がみなし法人課税を選択した場合、法二〇四条一項非該当者でみなし法人課税を選択した事業者と比較して、両者の間に徴税上の取扱いの区別が存する(なお、このことは、被告も認めるところである。)。

しかしながら、本件各告知処分は、前記のようなみなし法人課税選択制度の利害得失を判断した上で、原告が進んでこれを選択したことに基づく。弁論の全趣旨によると、原告は、昭和五一年一二月三日、みなし法人課税を選択し、昭和五二年度以降右の租税特別措置を受けてきたことが認められる。このように、原告が長年にわたつて自発的に措置法二五条の二に規定を採用し、その租税特別措置を受けながら、その適用違憲を後になつて主張することは、特段の事情の変更のない限り、禁反言(矛盾行為の禁止)の法理に照らしてとうてい許されないものというべきである。のみならず、適用違憲の主張をする者は、その根拠となる事実を主張・立証すべき責任を負つているものと解すべきであるところ、措置法二五条の二の適用につき、原告が主張するような措置をとらなければ憲法一四条一項の規定に違反するといわなければならないほど著しい金利上の不利益等が原告に生じることを認むべき証拠はない。

四  以上に認定判断したところによると、原告には、その届出に係る事業主報酬の月賦額に相当する金額につき給与等に係る源泉所得税を法定納期限までに納付しなければならない義務があるというべきであるところ、原告は、給与等に係る源泉所得税を法定納期限までに納付しなかつたのであるから、通則法三六条一項二号及び法二二一条の各規定に基づき納税告知をした昭和六〇年九月三〇日付け告知処分及び昭和六一年二月二八日付け告知処分はいずれも適法であり、更に、原告が右各告知に係る税額を法定納期限までに納付しなかつたことについて通則法六七条一項ただし書に規定する正当な理由があると認めるに足る事情は存しないから、同項本文の規定に基づき不納付加算税を賦課決定した昭和六〇年九月三〇日付け賦課決定処分及び昭和六一年二月二八日付け賦課決定処分はいずれも適法である。

五  結論

よつて、原告の本訴請求はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡邊貢 裁判官 水島和男 裁判官 小田幸生)

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