大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

高松地方裁判所丸亀支部 昭和47年(ワ)65号 判決 1977年5月20日

原告 洲崎芳隆

<ほか五名>

右六名訴訟代理人弁護士 高村文敏

被告 津島英昭

<ほか三名>

右四名訴訟代理人弁護士 大西美中

主文

一  原告洲崎芳隆と被告津島商事株式会社(以下被告会社と略称)との間において、同原告が別紙使用収益部分一覧表(一)記載の土地につき、

原告高木繁と被告会社との間において、同原告が同表(二)記載の土地につき、

原告津島一夫と被告津島英昭、同津島桂子との間において、同原告が同表(三)記載の土地につき、

原告溝渕繁一と被告津島英昭との間において、同原告が同表(四)記載の土地につき、

原告松本清一と被告津島英昭との間において、同原告が同表(五)(ハ)記載の土地につき、

原告松本清一と被告津島迪子との間において、同原告が同表(五)(イ)(ロ)記載の土地につき、

原告阿河正美と被告津島迪子との間において、同原告が同表(六)記載の土地につき、

それぞれ塩田小作権を有することを確認する。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告らの請求の趣旨

1  主位的請求

主文一、二項同旨

2  予備的請求の一

(一) 原告洲崎芳隆と被告会社との間において、同原告が同表(一)記載の土地につき、

原告高木繁と被告会社との間において、同原告が同表(二)記載の土地につき、

原告津島一夫と被告津島英昭、同津島桂子との間において、同原告が同表(三)記載の土地につき、

原告溝渕繁一と被告津島英昭との間において、同原告が同表(四)記載の土地につき、

原告松本清一と被告津島英昭との間において、同原告が同表(五)(ハ)記載の土地につき、

原告松本清一と被告津島迪子との間において、同原告が同表(五)(イ)(ロ)記載の土地につき、

原告阿河正美と被告津島迪子との間において、同原告が同表(六)記載の土地につき、それぞれ一〇分の六の共有持分権を有することを確認する。

(二) 訴訟費用は被告らの負担とする。

3  予備的請求の二

(一) 被告会社は、原告洲崎芳隆に対し、同表(一)記載の土地につき、原告高木繁に対し、同表(二)記載の土地につき、それぞれ一〇分の六の共有持分権を譲渡せよ。

(二) 被告津島英昭、同津島桂子は、原告津島一夫に対し、同表(三)記載の土地につき、一〇分の六の共有持分権を譲渡せよ。

(三) 被告津島英昭は、原告溝渕繁一に対し、同表(四)記載の土地につき、原告松本清一に対し、同表(五)(ハ)記載の土地につき、それぞれ一〇分の六の共有持分権を譲渡せよ。

(四) 被告津島迪子は、原告松本清一に対し、同表(五)(イ)(ロ)記載の土地につき、被告阿河正美に対し、同表(六)記載の土地につき、それぞれ一〇分の六の共有持分権を譲渡せよ。

(五) 訴訟費用は被告らの負担とする。

二  被告らの答弁

1  原告らの請求はいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

《以下事実省略》

理由

第一当事者間に争いのない事実

一  次の事実は、当事者間に争いがない。

1  主位的請求原因(一)の事実(被告らが、別紙目録記載のとおり本件土地の所有者であることおよび本件土地が明治浜塩田と呼ばれる塩田であったこと)

2  同(二)の事実(原告らが、別紙一覧表記載のとおり本件土地の塩田小作人の全員であること)

3  同(四)の事実(原告らがいずれも永年本件土地で製塩業を営んできたことおよび政府の塩業政策の変更により昭和四六年末限りで塩田が廃止され、以後本件土地が塩田としては使用されていないこと)

第二争点

一  塩田廃止と塩田小作権の帰すう

1  塩田小作権の性質

(一) 事実判断

《証拠省略》によれば、次の事実を認めることができる。

(1) 本件塩田の所在する香川県坂出地方においては、慣行により、塩田小作権とは次のようなものと観念されている。

(イ) 塩田の土地所有権(いわゆる底土権)に対する塩田の使用収益権(いわゆる甘土権または上土権)である。

(ロ) 塩田土地所有権と塩田小作権の価格の割合は、五対五ないし四対六とされており、地方公共団体が公共用地にするため塩田を買収するような場合、その買収代金の五割ないし六割が、直接塩田小作人に支払われる。

(ハ) 塩田小作権は、塩田所有権とは別個に独立して、塩田価格の五割ないし六割相当の価格により、売買、担保の対象となり、その場合塩田地主の承諾を要しない。

(ニ) 塩田小作権は、相続の対象になり、塩田小作人の死亡により当然その相続人が塩田小作権を承継する(昭和三九年四月二五日国税庁通達によれば、相続税課税の際の塩田小作権の価額は、農地の耕作権に準じて評価することとされている)。

(ホ) 塩田の土地所有権が第三者に移転した場合でも、塩田小作人は無償で塩田の明渡を求められることはない。

(ヘ) 塩田小作契約を解消する場合、塩田所有権と塩田小作権が前記のような価格割合であることから、塩田地主が塩田小作人に塩田を売り渡す方法によるときは、塩田そのものは非常に安い価格で売られ、塩田地主が塩田小作人に塩田の明渡を求める方法によるときは、塩田小作人に塩田小作権の買取りとして、それ相当の対価が支払われ、塩田地主と塩田小作人が、それぞれ塩田所有権と塩田小作権を交換し合ってどちらも自作者となる方法によるときは、塩田地主と塩田小作人が大体五対五の割合で塩田を折半することとなっており(この場合相互に贈与税がかからない取扱いになっている)、いずれにしても、塩田小作権が塩田地主によって一方的に無償で消滅させられることはない。

(ト) 小作塩田の諸設備の改修、維持、管理その他塩田経営一切は、すべて塩田小作人がその費用を負担して、自らこれを行なうのであって、塩田地主は小作料を受けるのみである(例えば、昭和三二年に本件塩田がいわゆる入浜式から流下式に改善された際に、原告らはそれぞれ三二〇万円ないし三六〇万円の設備投資をしたが、被告ら側ではまったくこれを負担していない)。

(チ) 塩田小作人は、日本専売公社からかん水(塩田で作られる濃度の濃い塩水)製造の許可を受けて、かん水製造をなしていたものであり、塩田小作権は右許可と結びつくことによって経済的価値を生じ得るものであるが、右許可は常に塩田小作権の移転に随伴し、塩田小作権を取得した者には当然に右許可が与えられることになっていた。

(2) 右の慣行は、ほとんどすべて右地方において、旧藩時代から永年にわたって塩田業に関与する者を規律してきたものであり、右地方において正当なものとして社会的に承認されている。

(二) 法律判断

(1) 右の各事実によれば、塩田小作権についての右慣行は、法的規範として成立したものというべきである。

(2) そして、右の如く、塩田地主の承諾なしに、塩田小作権を譲渡することができ、塩田地主が一方的に無償で解消することができないなどの内容からすれば、塩田小作契約はそれらの点については慣行により規律される土地の賃貸借契約と解せられる。

2  塩田小作制度の推移と塩田廃止後の塩田小作権の帰すう。

(一) 事実判断

《証拠省略》によれば、次の事実を認めることができる。

(1) 戦後農地解放が行なわれたことの気運の反映や、塩田地主が財産税の負担に耐えかねたことから、塩田についても、戦後塩田地主による任意の塩田解放が全国的に進められ、前記のように塩田小作権を高く評価して、塩田そのものは非常に安く塩田小作人に売り渡されたので、塩田小作人の数は激減した。

(2) その後も塩田小作契約の解消は一般的傾向となり、昭和二五年から三〇年にかけては、前記のように塩田地主と塩田小作人が底土と上土を交換し、塩田地主四、塩田小作人六の割合で塩田をわける方法による例が多かった。

(3) 前記のように塩田が流下式にかわった際にも、右の交換の方法による塩田小作契約の解消が、塩田地主五、塩田小作人五の割合を通例として多数行なわれ、ほとんどの塩田が自作塩田となり昭和四五年三月頃には純然たる塩田小作人は全国で約三〇人程度となった。

本件原告らは、そのうちの六名である。

(4) そのように塩田小作人の自作化が進行し、原告らが最後の塩田小作人として残されていた状態において、昭和四六年四月一六日前記塩業整備法の施行をみることとなった。同法は、わが国の塩業を従来の農耕的塩田製塩法からイオン交換膜製塩法に全面転換することを基本に、塩田の整備と塩の価格の国際水準へのさや寄せを図るものであり、塩田整備は任意廃業が建前となっているが、塩田製塩業者にとっては、輸入塩価格にさや寄せしようとする合理化目標価格に到底適応できないので、実際問題としては廃業せざるを得ず、原告らかん水の製造許可を受けた者で構成され、かん水製造を営なんできた三和塩業組合も、同法三条にしたがい昭和四六年一二月日本専売公社にかん水製造の廃止許可を申請のうえ、かん水製造を廃止した。

(5) 原告らは、同法により、塩業整理交付金(転廃業助成費用)として、それぞれ三四〇万円ないし三六〇万円の交付を受けた。

(6) 右かん水製造廃止後の昭和四七年三月頃、別紙第一目録記載(三)の土地の北西角部分が、四国電力株式会社に高圧線の鉄塔建設のため買収されたが、その際も製塩継続中とまったく同様に、塩田小作権の補償ならびに高圧線下補償として、原告ら塩田小作人側に五分にあたる三六〇万円が直接支払われ、これに対して被告ら側からは何らの異議もなかった。

(7) 原告ら同様前記三和塩業組合の傘下にあった金山塩田株式会社とその塩田小作人一〇名との間においては、かん水製造廃止直後の昭和四六年一二月三一日付文書をもって、かん水製造廃止後も塩田小作権が存続することを確認した。

(8) 高松税務署においても、塩田小作権を借地権としながらも、塩田の借地権は塩業の整備にともない直ちに消滅するものではなく、その返還を求めるには通常どおり対価として立退料の授受がなされるべきであり、立退料としては、通常塩田の時価に借地権割合(五割)を乗じるが、第三者に譲渡するため以外の返還の場合には、宅地見込地としての時価によるべきであるとの見解をとり、昭和四七年一二月二二日管内の塩田地主にその旨の行政指導をなした。

(9) 坂出の西に隣接する宇多津塩田の扶桑塩業組合傘下の安達浜塩田においては、塩田地主と塩田小作人一九名との間の当裁判所昭和四七年(ワ)第六三、六四号事件につき、昭和四九年一二月一七日、塩田地主は塩田小作人らが「塩田上土権」を有することを確認し、これを合計七億円余にて譲り受ける旨の裁判上の和解が成立した。

(二) 法律判断

前記第二の一、1、(一)(1)の(ト)のように、小作塩田の諸設備の改修、維持、管理、その他塩田経営一切は、すべて塩田小作人がその費用を負担して、自らこれを行なうのであって、塩田地主は小作料を受けるのみであるとの慣行からみれば、塩田地主の債務は約定の土地を塩田小作人に引渡した後は、塩田小作人の占有使用を認容するだけの消極的な内容をもつに過ぎないものというべく、前記第二の一、2、(一)の各事実が認められることを考え合わせると、国の方針により塩田小作人らが塩業廃止のやむなきにいたったからといって、塩田地主の債務が自己の責に帰すべからざる事由により履行不能に陥ったということにはならず、原、被告ら間の塩田小作契約は、原告らの塩業廃止によって当然には消滅しないものと解するのが相当である。

二  解約の抗弁

塩業廃止によって不利益を受ける原告らが塩田小作契約を解約するならともかく、小作料を徴収するにすぎない塩田地主である被告らにおいては、たんに原告らが塩田としての使用収益をしなくなったということの理由のみではこれを解約することはできず、塩田小作権が相当の財産的価値を有しており、塩田地主によって一方的に無償で消滅させられることはないとの前記慣行からすれば、解約により塩田の返還を求めめるためには原告らに対し塩田小作権消滅に対する相当の対価を提供することを要するものと解するのが相当である。

従って、何らの対価の提供も伴なわない被告らの本件解約の抗弁は採用しない。

第三結論

一  そうすると、原、被告ら間において、原告らが塩田小作権を有することの確認を求める原告らの主位的請求は、理由があるからこれを認容する。

二  訴訟費用は民事訴訟法八九条、九三条一項本文により、被告らに負担させる。

(裁判長裁判官 緒賀恒雄 裁判官 古川正孝 山崎杲)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例