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高松家庭裁判所 平成2年(家)575号 1996年10月21日

主文

一  被相続人Aの遺産を次のとおり分割する。

(1)  別紙遺産目録(一)3記載の不動産を、申立人X1及び同X2の共有取得(持分各2分の1)とする。

(2)  別紙遺産目録(二)記載の証券類等を、申立人X1及び同X2の準共有取得(持分各2分の1)とする。

(3)  別紙遺産目録(一)1及び2記載の各不動産を、相手方Y1の取得とする。

(4)  別紙遺産目録(三)記載の現金のうち、各金91万1,001円づつを申立人X1及び同X2の、金570万8,741円を相手方Y1の取得とする。

(5)  申立人X3、同X4、同X5及び相手方Y2は、いずれも遺産を取得しない。

二  相手方Y1は申立人X1及び同X2に対し、別紙遺産目録(一)3記載の不動産を即時明け渡せ。

三  被相続人Cの遺産に対する分割の申立てを却下する。

四  本件手続費用中、鑑定人Bに支払った金103万円のうち各金49万円づつは申立人X1及び同X2の、金5万円は相手方Y1の負担とし、その余の手続費用は各自の負担とする。

理由

第一本件申立ての要旨

被相続人A(以下、「被相続人A」という。)は昭和56年5月22日死亡し、現存する相続人は当事者全員であり、被相続人Aの遺産は別紙遺産目録記載の物件である。そして、被相続人C(以下、「被相続人C」という。)は昭和63年9月19日死亡し、その相続人は申立人X3(以下、「申立人X3」という。)、同X4(以下、「申立人X4」という。)、同X5(以下、「申立人X5」という。)、相手方Y1(以下、「相手方Y1」という。)及び同Y2(以下、「相手方Y2」という。)であり、その遺産は別紙物件目録のとおりである。しかし、いずれの遺産についても分割の協議が整わないので、分割の審判を求める。

第二当裁判所の判断

一  相続の開始、相続人及び法定相続分等

1  相続の開始及び相続人

筆頭者A、同E、同X2、同C、同X3、同F、同G及び同Hの各戸籍謄本等によると、次のとおり認めることができる。

(1) 被相続人Aは、昭和56年5月22日大阪府池田市で死亡し、同日相続が開始した。その共同相続人は、妻である亡D(以下、「D」という。)、長男である被相続人C、長女である申立人X1(以下、「申立人X1」という。)及び二男である申立人X2(以下、「申立人X2」という。)の4人である。ところが、Dは本件[大阪家庭裁判所平成×年(家イ)第×××号遺産分割調停事件、移送により平成元年7月25日登庁受付]を申し立てた後の平成元年7月1日死亡し、本件審判手続を申立人X1及び同X2が承継した。

(2) 被相続人Cは、昭和63年9月19日香川県坂出市で死亡し、同日相続が開始した。その共同相続人は、妻である相手方Y1、先妻の亡I(以下、「I」という。)との間の長男である申立人X3、Iとの間の長女である申立人X4、Iとの間の二女である申立人X5及び養子である相手方Y2の5人である。

2  法定相続分と遺贈

本件相続人の法定相続分は、被相続人Aの遺産につきDが2分の1、被相続人C、申立人X1及び同X2が各6分の1であり、被相続人Cの遺産につき相手方Y1が2分の1、申立人X3、同X4、同X5及び相手方Y1が各8分の1であるが、被相続人Cは昭和62年10月22日付公正証書遺言により被相続人Aの遺産に対する相続分を含むその財産全部を包括して相手方Y1に遺贈し、Dは平成元年2月8日付公正証書遺言により被相続人Aの遺産に対する相続分を含むその財産全部を包括して申立人X1及び同X2に2分の1宛遺贈したので、結局、被相続人Aの遺産について、申立人X1及び同X2が各12分の5、相手方Y1が6分の1の法定相続分を有し、被相続人Cの遺産について、相手方Y1がこれをすべて相続し、申立人X3、同X4、同X5及び相手方Y2の相続分はないことになる。

二  被相続人Aの遺産について

1  遺産及びその価額等

(1) 遺産及びその価額

本件記録によれば、被相続人Aの遺産及びその価額は別紙遺産目録記載のとおりであり、遺産の総価額は2億1,478万2,847円であると認められる(計算関係は別紙計算書一記載のとおり)。

(2) 別紙遺産目録(二)記載の有価証券類等

本件記録によれば、Dは生前被相続人Aの相続財産に属する別紙遺産目録(二)記載の有価証券類等の少なくとも一部を売却し、その代金を自分の生活費に充当したことが認められる。

共同相続人のうち一部の者が遺産に属する財産を遺産分割前に勝手に処分したときは、財産の価値変形物につき物上代位が認められ、同人がこれを費消したときは、同人に対し不当利得返還請求権又は不法行為に基づく損害賠償請求権等の代償請求権が生ずる。これらの代償財産は遺産そのものではないが、共同相続人においてこれを遺産分割の対象に含める合意をするなど特別の事情がある場合、遺産に準じ、あるいはこれと同視できるものとして遺産分割の対象に加え得ると解すべきである。本件の場合、Dが処分したり、その代金を費消したりした被相続人Aの遺産たる株式等の価額は不分明であるが、共同相続人においてこれら代償財産を遺産分割の対象に含める合意があり、前記のとおりDは被相続人Aの遺産に対する相続分を含めその財産全部を包括して申立人X1及び同X2に2分の1宛遺贈したのであるから、Dが処分したり、その代金を費消したりした遺産の価額は申立人X1及び同X2がそれぞれ2分の1宛これを処分したり、その代金を費消したりした遺産の価額とみなすことができる。そこで、これを本件遺産分割の対象に含めると共に、Dが費消した分は申立人X1及び同X2がそれぞれ2分の1宛これを費消したものとみなすことにする。

(3) 別紙遺産目録(一)3記載の宅地の賃貸料等

本件記録によれば、相手方Y1は別紙遺産目録(一)3記載の宅地を駐車場として株式会社aに賃貸していること、並びに同目録(一)1及び2記載の宅地上に別紙物件目録(一)3記載の建物を所有してこれを使用していることが認められる。申立人ら代理人はこれら賃貸料及び収益も遺産分割の対象に含めて分割すべきであると主張する。

相続開始後遺産分割までの間に相続財産から生ずる賃貸料ないしその利用から得られる収益は相続財産そのものではなく、相続財産から生ずる法定果実であって、相続人が複数いるときは共同相続人間の共有財産ではあるが、相続財産とは別個の共有財産であり、その分割ないし清算は、原則的には民事訴訟手続によるべきものである。しかしながら、相続財産から生ずる賃貸料ないし収益の額及び各人の持分が容易に定まる場合は、遺産分割手続において相続財産と同時に分割することによって、別途民事訴訟手続によるまでもなく簡便に権利の実現が得られるなど合理性があることを考慮すると、相続財産と一括して分割の対象とすることも許されるものと解すべきである。但し、当事者の訴権を保障する観点からみて、当事者間に当該賃貸料等を遺産分割の対象とする旨の合意が存在することが必要であると解される。本件の場合、上記賃貸料及び収益については、その額が必ずしも明白でなく、当事者間にこれを遺産分割の対象とする旨の合意も存在しないので、遺産分割の対象に含めないこととする。

(4) 別紙遺産目録(一)1及び2記載の宅地の価額

申立人ら代理人は、被相続人Cの株式会社b銀行に対する銀行取引契約に基づく債務について、別紙遺産目録(一)1及び2記載の各宅地等につき極度額3,500万円の根抵当権を設定しているから、本件遺産分割においては当該被担保債権額を控除した不動産の価額によるべきであり、その被担保債権額に相当する金額は申立人X1及び同X2の取得価額に加算すべきであると主張する。

相続人が遺産分割の結果得べき不動産の上に根抵当権が設定されている場合、被担保債権額を控除してその不動産の価額を定めることもできないではないが、被担保債権額の現在額が不分明等の理由により被担保債権額を控除してその不動産の価額を定めることが適当でないときは、根抵当権が設定されていることを度外視してその不動産の価額を定めることができる。根抵当権が設定されていることを度外視した不動産の価額によって遺産分割をしていたところ、後日その根抵当権が行使されて当該不動産を取得した相続人が所有権を失い、あるいは所有権保存のために出捐をしたときは、民法911条、567条により、その相続人は他の共同相続人に対してその出捐の償還等を請求することができるのはいうまでもない。本件においては、被相続人Cの株式会社b銀行に対する被担保債務の存否、現在額は必ずしも分明ではなく、相手方ら代理人も被担保債権額を控除した不動産の価額によることに反対しているので、上記根抵当権が設定されていることを度外視して別紙遺産目録(一)1及び2記載の宅地の価額を定めることとする(後述のとおり、これらの宅地は相手方Y1の取得分とするので、被相続人Cの上記債務が弁済されず、抵当権が実行されても、これにより申立人X1及び同X2の取得額が減少することはない。)。

(5) 各種立替金等

申立人ら代理人は上記4の債務について申立人X1及び同X2が相続している被相続人A及びDがなした連帯保証債務並びに○○県信用保証協会に対する被相続人Cの求償債務289万円を申立人X3、同X4及び同X5が支払ったことによる被相続人Cの包括受遺者たる相手方Y1に対する不当利得の各清算を主張し、相手方代理人は被相続人Cの被相続人Aに対する土地購入代金立替金返還債権1,000万円及び共済団体加入掛金立替金返還債権89万円余(並びにその利息)の各清算を主張するが、前者は被相続人Cの第三者に対する債務の弁済とその清算の問題であり、後者のうち土地購入代金立替金返還は被相続人Aの同Cに対する債務の弁済の問題、共済団体加入掛金立替金返還は被相続人Aの第三者に対する債務の弁済とその清算の問題であって、いずれも民事訴訟事項であるから、本件遺産分割の審判の対象となるべきものではない。

2  被相続人Aの遺産についての各相続人の具体的相続分額

(1) 相続分額算定の基礎となる相続財産額(特別受益)

本件記録によれば、被相続人Aは、昭和35年3月21日別紙遺産目録(一)1記載の宅地(持分でなく、全部につき)を、昭和44年12月3日同目録(一)3記載の宅地(持分でなく、全部につき)をいずれも他から購入したものであるが、同目録(一)1記載の宅地につき被相続人Cとの共有とし、同目録(一)3記載の宅地につき、後日その持分9分の1を被相続人Cに贈与したことが認められる。これは民法903条1項の特別受益に当たるものであるとして、その価額を相続開始時における相続財産の価額に加えたものを相続財産額とみなした上、特別受益者の相続分額から控除した残額を以てその者の相続分額とする、いわゆる持戻しを行うべきであるか否かについて検討することとする。

本件記録によれば、以下の事実が認められる。

被相続人Aは、大正15年2月別紙遺産目録(一)2記載の宅地及びその地上の木造瓦葺2階建居宅を他から買い受けてc歯科医院を開設し、Dの協力のもと歯科医院としての基礎を築き、歯科医としての世間の信用を得て、経営も順調に推移した。被相続人Cは、同A夫婦の長男として養育され、昭和23年3月△△歯科医専を卒業後、被相続人Aのもとで歯科医としての見習いを兼ねて無給で働いた。被相続人Aは長い期問にわたり○○県歯科医師会会長等の役員を歴任し、その仕事が忙しく、また、脊椎症候群や胃潰瘍に罹り健康に優れなかったこともあって、昭和30年代半ば頃からはc歯科医院の診療は主として被相続人Cに任されていた。被相続人Aが形成し、蓄積した資産に対する同Cの貢献は非常に大きなものであったといわなければならない。被相続人Aは昭和45年の終わり頃歯科医師会の役員から身を引くと共に、c歯科医院の診療報酬等の振込名義人及び振込先の銀行預金名義人を被相続人Cに変更した。その後、被相続人A夫婦と同Cの間は同人の再婚問題に端を発して不和となり、昭和54年9月大阪府池田市の申立人X1のもとに身を寄せ、同地で死亡したものであるが、前記のように被相続人Aが別紙遺産目録(一)1記載の宅地につき被相続人Cとの共有とし、同目録(一)3記載の宅地の持分9分の1を同人に贈与したのは、同人の上記貢献に報いる趣旨でなされたものである。

以上の経過に鑑みると、被相続人Aの同Cに対する前記各生前贈与はいずれも民法903条1項の「生計の資本として」なされたものであるとみるのは甚だ疑問であり、これらの持戻しはしないのが相当である。

他方、相手方ら代理人は、Dが日本歯科医師会から被相続人Aの死亡共済金6,000万円を受領し、○○県歯科医師互助会から死亡給付金50万円、△×歯科医師共済組合から死亡共済金5万円の各給付を受けているので、これはDの特別受益として持戻し計算を行うべきであると主張する。なるほど、Dが日本歯科医師会から上記死亡共済金を受領した事実は認められるが、日本歯科医師会の○○県歯科医師会宛の「日本歯科医師会福祉共済金送付について」と題する書面によると、死亡共済金等福祉共済金は指定受取人に渡すべき旨が記載されており、会員において指定した受取人の生活保障等を意図して掛金等を拠出し、配分するものであると認められ、本件の場合指定受取人氏名欄に「D」、続柄欄に「妻」と明記されているのであるから、上記死亡共済金をDの特別受益とみるべきではない。また、Dが○○県歯科医師互助会から死亡給付金、△×歯科医師共済組合から死亡共済金の各給付を受けたと認むべき証拠はない。

そうすると、特別受益として持戻し計算を行うべき贈与等は認められず、前記二1(1)の遺産の総価額が具体的相続分算定の基礎となる相続財産の総額であり、これを各相続人の法定相続分で分配することとなる。

(2) 各相続人の具体的相続分額

各相続人の具体的相続分額は、具体的相続分算定の基礎となる相続財産の総額すなわち前記二1(1)の遺産の総価額にそれぞれの法定相続分率を乗じたものであるから、Dの具体的相続分額は1億739万1,423円、申立人X1、同X2及び被相続人Cのそれはいずれも3,579万7,141円である(計算関係は別紙計算書二記載のとおり)。

ところで、前記のように、被相続人Cは被相続人Aの遺産に対する相続分を含むその財産全部を包括して相手方Y1に遺贈し、Dは被相続人Aの遺産に対する相続分を含むその財産全部を包括して申立人X1及び同X2の2分の1宛遺贈したのであるから、相手方Y1の具体的相続分額が3,579万7,141円、申立人X1及び同X2の具体的相続分額は各自8,949万2,852円となる(計算関係は別紙計算書三記載のとおり)。

(3) 遺留分減殺請求

申立人X3、同X4及び同X5は、上記被相続人Cの相手方Y1に対する遺贈につき遺留分減殺請求をなしているところ、申立人ら代理人は減殺額を含む一括解決を主張し、相手方ら代理人もこれに同意している。家庭裁判所は遺産の範囲を確定するための前提問題として遺留分減殺請求の成否を判断し、減殺請求によってその効力を否定される贈与あるいは遺贈の目的財産(以下、これを「取戻財産」という。)を含めて(対象として)遺産分割の審判をなすべきであるとする説もあるので、この点について検討することとする。

遺留分減殺請求の成否及び減殺額を決定するためには遺産の範囲及び相続人を確定する必要があるから、遺留分減殺請求事件の審理、判断事項は大部分遺産分割事件のそれと共通し、また両事件は被相続人の死亡を契機として生じた相続財産をめぐる紛争という意味において密接な関連を有するものである。そのため、当事者の合意に基本的な法的根拠を置く調停において、遺留分減殺請求の当否につき一括して解決することは多くの場合合理的であり、法的に何ら問題はなく、実務上もしばしばなされているところである。しかしながら、遺産分割の審判において、遺留分減殺請求の当否につき一括して判断することは法的に問題がある。

取戻財産を含めて遺産分割の審判をなすべきであるとする説は、遺留分減殺請求の成否の判断を遺産の範囲を確定するための前提問題であるとする。しかしながら、いわゆる遺産の範囲の確定は個々の財産が遺産に属するか否か、換言すれば、相続開始の時その財産が被相続人の権利に属していたか否かの問題である(これは民事訴訟事項であるが、家庭裁判所が遺産分割の審判をする際、分割の前提問題として当該財産が遺産に属するか否かを判断し、もし遺産に属すると判断された場合、これを含めて分割の審判をしなければならないことはいうまでもない。)。これに対し、取戻財産を含めて遺産分割の審判をなすべきか否かは一般論としての取戻財産の法的性質の問題であって、相続開始時個々の財産が当該被相続人の権利に属していたか否かという遺産の範囲の確定以前の問題である(その意味では具体的な事件を超えた理論的な前提問題である。)。当該財産が遺留分減殺請求によって取り戻されるべき財産であると判断されても、そもそも取戻財産に相続財産性が認められなければ家庭裁判所がこれを対象として遺産分割の審判をすることはできない。家庭裁判所が取戻財産を対象として遺産分割の審判をするためには、取戻財産の法的性質として、その相続財産性が承認されなければならないのである。

そこで、先ず遺留分減殺請求権が実体法においてどのように位置づけられているかを考察する。民法上、遺留分減殺請求権を行使するか否か、またこれを放棄するか否かは各権利者がこれを自由に決定でき、共同相続人の一人のした遺留分の放棄は他の相続人に何らの影響を及ぼさないものとされており(民法1043条2項)、減殺請求権の消滅時効は各権利者毎に進行すると規定され(民法1042条)、減殺請求はその者の遺留分を保全するに必要な限度で認められるに過ぎないのであって(民法1031条)、総債権者の利益のために認められる詐害行為取消権(民法424条、425条)とはその性格を異にしており、また、減殺請求の法的効果に関しても、受贈者が目的物を処分した場合の価額弁償義務(民法1040条)及び受遺者等の価額弁償選択権(民法1041条)等減殺請求者と受遺者等との個別的権利義務として規定されている。これらの規定からみると、遺留分減殺請求権は実体法上、共同相続人間の法律関係、したがって相続財産との関係としてでなく、受遺者と減殺請求権の行使者との個別的関係として位置づけられていることは明らかである。取戻財産に相続財産性を認めた場合、減殺請求の当事者、時期を異にする別個の取戻財産も全て、減殺請求をしなかった相続人及び減殺請求をした各相続人との間の共有遺産であるとすることになるが、これは以上の民法が規定する権利と余りにも異なる法的性質を取戻財産に認めることになるといわざるを得ない。遺留分減殺請求権の行使の結果生じた取戻財産に相続財産性を認めることは困難である。

取戻財産の相続財産性が承認されていないことは遺留分減殺の手続にも反映されている。民事訴訟法19条は遺留分減殺請求が訴訟事項であることを前提とした規定と解され、家庭裁判所における遺留分減殺の調停事件は、調停の不成立により審判に移行することなく終了し、その後の紛争解決は遺留分減殺請求訴訟に委ねられ、遺留分減殺請求訴訟を提起された地方裁判所が遺贈等の目的財産を分割して取戻財産の引渡し又は価額の弁償を命ずるのは当然とされている。以上を併せ考えると、遺贈等の目的財産の返還を求める遺留分減殺請求は、遺留分減殺の意思表示により形成された新たな法律関係に基づいて目的財産を分割した上、取戻財産の給付を請求する民事訴訟事項であることは明らかである。仮に、取戻財産の相続財産性を承認すれば、遺産の分割は家事審判法9条1項乙類10号、26条1項、家事審判規則99条により家庭裁判所の専権事項とされているから、遺留分減殺請求訴訟を提起された地方裁判所は当該減殺請求の意思表示によって形成された新たな権利義務関係(取戻財産が遺産を構成すること)の確認を宣言し得るだけで、それ以上に取戻財産の分割や引渡しを命ずることはできないということになる。そうすると、減殺請求者がさらにその分配を求めるためには、改めて家庭裁判所に遺産分割の調停、審判を申し立てなければならないことになる。しかしながら、一般に遺留分減殺とは別個に取戻財産を分割する手続は履まれておらず、取戻財産の分割は遺留分減殺の中で不可分一体的になされている。この取扱いは、取戻財産の分割が観念的には遺贈等の目的財産の分割と性質を異にし、別個の事柄に属するとしても、これを切り離して家庭裁判所がなすべきであるとするのは、手続が余りに複雑化して不適切であるという実務上の感覚から出たものというべきであろう。このように手続法の立場からみても、取戻財産の相続財産性を承認することには無理があるという外ない。

以上述べたように、実体法において遺留分減殺が共同相続人間の関係でなく、請求者と受贈者または受遺者との個別的法律関係として規定されており、手続的にみても取戻財産を遺産として取り扱うことにより堪え難い混乱を招来するおそれがある以上、取戻財産の相続財産性を承認することはできない。したがって、家庭裁判所が遺産分割の前提事項として遺産の範囲を確定するため遺留分減殺請求の成否を判断して、取戻財産を対象とする遺産分割の審判をしなければならないという説には左袒できない。

しかしながら、前記のように、遺留分減殺請求事件と遺産分割事件が密接な関連性を有するのも事実であるから、遺産分割の審判手続においても、遺留分算定の基礎となる財産の範囲とその価額等が明白であるなど遺留分減殺請求について一括して解決するにつき相当な理由がある場合、家庭裁判所の合理的裁量により、この点に関しても審理、判断すべきであると解する。但し、当事者の訴権を保障する観点から、遺留分減殺請求の成否を判断して取戻財産を遺産分割の対象とするには、当事者間にその旨の合意が存在することは必要とされるというべきである。

前記のように、申立人X3、同X4及び同X5は被相続人Cの相手方Y1に対する遺贈につき遺留分減殺請求をなし、申立人ら代理人は減殺額を含む一括解決を主張し、相手方ら代理人もこれに同意するものの、遺留分算定の基礎となる財産、即ち被相続人Cが相続開始の時において有した積極財産の価額及び消極財産たる相続債務の全額について双方の主張の開きは大きく、その積極財産の、価額から債務の全額を控除した価額の認定は容易でないので、本件においては、遺留分減殺によって取り戻されるべき財産を遺産分割の対象とはしないこととする(遺留分減殺請求は別途民事訴訟等で解決する外ない。)。

3  各相続人の取得財産

(1) 遺産の状況等

そうすると、申立人X1及び同X2並びに相手方Y1はそれぞれ上記の各具体的相続分額に相当する価額の遺産を取得することになる。

本件記録によれば、別紙遺産目録(一)1及び2記載の宅地上に相手方Y1が別紙物件目録(一)3記載の建物を所有しており、別紙遺産目録(一)3の土地は、相手方Y1において駐車場として他に賃貸していること、Dが一部売却して代金を費消した別紙遺産目録(二)記載の証券類等の残りは申立人X1及び同X2において保管していることが認められる。

申立人ら代理人は、別紙遺産目録(一)1及び2記載の宅地につき前記根抵当権が設定されており、相手方Y1においてその債務を弁済しないおそれがあることを理由に、同目録(一)記載のすべての宅地を競売し、その代金(弁済金)を分割することを求め、相手方ら代理人もこれに同意する。しかし、同目録(一)1及び2記載の宅地上には相手方Y1所有の別紙物件目録(一)3記載の建物が存在しており、別紙遺産目録(一)1記載の宅地には申立人X3の、同目録(一)3記載の宅地には申立人X4及び同X5の各共有持分があって遺産は共有持分であるから、競売は事実上不利、困難である(仮に、同申立人らがその持分を同時に売却することを同意したとしても、競売手続の中に当事者でない者の持分の売却を如何にして組み入れるかの問題が生ずる。)。しかして、後述のように、同目録(一)1及び2記載の宅地を相手方Y1の取得分とすれば、主たる債務者である同相手方が債務を弁済せず、そのため根抵当権が実行されても、申立人X1及び同X2の取得額は減少することはないのであるから、同目録(一)記載の宅地は競売に付さないこととする。

(2) 各相続人の取得財産

その他本件記録上明らかな本件遺産に属する物件の種類、性質、所在地、現況、使用状況、各相続人の年齢、職業、住所、生活状況、家庭事情及び遺産分割に関する意見等一切の事情を総合検討すると、被相続人Aの遺産は次のように分割するのが相当であると思料する(計算関係は、別紙計算書四記載のとおり)。

<1> 別紙遺産目録(一)3記載の不動産を、申立人X1及び同和美の共有取得(持分はいずれも2分の1)とする。

<2> 同目録(二)記載の証券類等を、申立人X1及び同X2の準共有取得(持分はいずれも2分の1)とする。

<3> 同目録(一)1及び2記載の不動産を、相手方Y1の取得とする。

<4> 同目録(三)記載の現金のうち、各91万1,001円を申立人X1及び同X2の、570万8,741円を相手方Y1の取得とする。

<5> 申立人X3、同X4、同X5及び相手方Y2は、いずれも遺産(被相続人Aの遺産に対する被相続人Cの相続分によるもの)を取得しない。

三  被相続人Cの遺産について

本件記録によれば、別紙物件目録の物件が被相続人Cの遺産であることが認められるが、前記のように、同人はその財産全部を包括して相手方Y1に遺贈したことが認められる。申立人X3、同X4及び同X5がこれにつき遺留分減殺請求をなし、申立人ら代理人は減殺額を含む一括解決を主張し、相手方ら代理人もこれに同意しているところであるが、本件においては遺留分減殺によって取り戻されるべき財産を遺産分割の対象とはしないこととするので、被相続人Cの遺産については分割すべきものはないことになる。

四  結語

よって、被相続人Aの遺産について、各相続人の取得財産を主文第一項のとおり定め、別紙遺産目録(一)3記載の不動産の明渡し命令につき、家事審判規則49条、110条を適用し、被相続人Cの遺産については、分割を要する遺産はないものとして、その分割の申立てを却下することとし、本件手続費用につき、家事審判法7条により非訟事件手続法27条、29条、民事訴訟法93条を準用して、主文のとおり審判する。

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