高松高等裁判所 事件番号不詳 決定
主文
本件抗告を棄却する。
理由
本件抗告理由の要旨は抗告人は昭和二十二年五月五日松山地方裁判所宇和島支部で物價統制令違反幇助被告事件につき罰金二万円に処せられその有罪判決は確定した。而して右判決は「抗告人は石川縣小松市日末町農業実行組合書記北崎庄吉がその業務に関し昭和二十一年十一月五日頃と同月十日頃との二回に大阪市住吉区北加賀屋町株式会社名村造船所で同会社厚生課長森安伝之丞に対し甘藷未檢査品四千八百二十六貫を所定の統制額を超えて代金七万四千八百九十円(超過額四万八千八百二十九円六十銭)で売渡す際右庄吉のためにその売買の周旋をして幇助したものである」と認定した。然し本犯の北崎庄吉は昭和二十二年五月三十一日金沢地方檢察庁小松支部で不起訴(起訴猶予)となつた。その理由は明かでないが同人の係弁護人からの通知によれば北崎庄吉の売却した甘藷は供出完了後の余りのもので当時営団も日甘も受取つて呉れず品は日々腐敗して行き持て余した結果売却したもので、同人は一厘も利得せず却つてそのため多大の損害を受けて居る等の事情があり、それ故に起訴猶予となつたものであろうと言うことである。果して然らば右売買は営利を目的としたものでなく又同人は甘藷を供出することが自己の業務で営団以外の者と売買することはその業務に属しないから物價統制令に違反するものでない。この売買が犯罪とならない以上、その周旋行為が犯罪となる筈がない。故に抗告人は再審を求め右売買が犯罪となるかどうかを調査の上抗告人の周旋行為につき犯罪の成否を確定することを求める。此の場合は刑事訴訟法第四百八十五条第六号前段に所謂有罪の言渡を受けたる者に対して無罪を言渡す明確な証拠を新に発見したときと云うのに該当するものと思料する。仮に北崎に対し犯罪は成立するけれども諸種の事情によつて金沢地方檢察庁小松支部が起訴猶予処分をしたものとすれば本犯が起訴猶予となつたのにその從犯が罰金二万円に処せられることは刑の量定が甚しく不当であると云わなければならぬ。旧憲法の下では刑事訴訟法第四百八十五条第六号後段は原判決が認めた犯罪と異なる他の犯罪を認むべきときを謂うもので同一犯罪で原判決の科した刑より軽い刑を以て処分すべき情状ある場合を謂うものでないとすることは從来の判例とするところであり旧憲法の下では右判例のように解釈しても不都合がなかつたかも知れぬが新憲法の下では、同法第三十一条第十一条第十二条第十三条第九十七条第九十八条の各条により国民の自由を制限する刑罰は犯罪行為に相当のものでなければならぬ。刑罰が犯罪行為に相当しないものであるとすればそれが判例に所謂原判決が認めた犯罪と異なる犯罪であろうと同一犯罪であつても原判決が科した刑より軽い刑を以て処断すべき情状のある場合であろうと等しく不相当な刑を科してはならない。故に刑を軽くすべき明確な証拠を新に発見した本件は再審の請求を為し得べき湯合に該当するものと確信する故に原決定を取消し再審開始の決定を求めると謂う次第である。
仍て案ずるに抗告人が昭和二十二年五月五日松山地方裁判所宇和島支部で物價統制令違反幇助被告事件につき抗告人の主張する理由により有罪判決を受けその判決が確定したことは該事件の判決と記録に徴して明かであり、抗告人提出の北崎庄吉に対する起訴猶予の証明書によれば同人に対する物價統制令違反被疑事件が同月三十一日金沢地方檢察庁小松支部で起訴猶予となつたことが判る。然し檢察庁の起訴猶予処分は犯罪の成立を否定するものではなく寧ろこれを肯定した上、諸般の事情を斟酌して起訴を猶予するに過ぎないものであるから北崎庄吉に対する被疑事件が起訴猶予になつても、それだけで同人の甘藷の売買行為が物價統制令に違反しないものとは限らない。更に本件抗告人の所為が業務に関したことはそれ自体明かであり、本件の様に統制額の二倍以上の代金で販売したものは、その動機が所論の通りであつたとしてもなお、営利目的に出でたものと謂わなければならない。尤も統制額以下の代金では買手がなかつたというならば格別であるが左様なことは通常有り得ざることであり、抗告人もその主張立証はしていないのであるから北崎庄吉がその売買で営利を目的とせず又その売買が同人の職務に関しないと云う抗告人の主張については何等新に発見せられた明確な証拠が存在しないことになる。從て刑事訴訟法第四百八十五条第六号前段に基く抗告人の主張はその理由がない。次に抗告人は同人に対する処罰は本犯たる北崎庄吉に対する起訴猶予の処分に較べて不相当であるから、右起訴猶予処分は抗告人のため刑事訴訟法第四百八十五条第六号後段の再審事由に当ると主張するけれども同法に審級制度のあることから考えて、同条に所謂原判決で認めた罪より軽い罪を認むべきと云うのは、原判決が認めた犯罪よりその法定刑の軽い他の犯罪を認むべき場合を意味するもので、犯罪は同一であるが原判決が量定した刑よりも軽い刑を以て処断すべき情状がある、と云う様な場合を意味するものではないと解するのが相当であり、斯様な解釈が抗告人の主張する新憲法の条規や精神に反することはない。なお從犯の刑が正犯のそれよりも軽くなければならないというのは、所謂裁定刑のことであつて、その範囲内で、被告人の人柄年齢素行経歴犯罪の動機その他諸般の事情を斟酌して決定すべき宣告刑そのものは、必ずしも常に從犯が正犯よりも軽きを必要としないのであるから、北崎庄吉が起訴猶予になつたことは、抗告人のため原判決で認めた罪より軽い罪を認めるべき新に発見せられた明確な証拠とは謂われないから此の点に関する抗告人の主張も認容することが出来ない。
仍て本件抗告を理由がないものと認め刑事訴訟法第四百六十六条第一項により主文の通り決定する。(昭和二三年七月一四日高松高等裁判所第一刑事部決定)