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高松高等裁判所 平成10年(ネ)283号 判決 1999年11月18日

控訴人

株式会社日栄

右代表者代表取締役

松田一男

右訴訟代理人弁護士

田中茂

福井啓介

中隆志

被控訴人

田村恭子

右訴訟代理人弁護士

高田義之

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  控訴の趣旨

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人の本訴請求を棄却する。

三  被控訴人は、控訴人に対し、八〇〇万円を限度として、五五七万〇四三八円及びこれに対する平成九年八月二六日から支払済みまで年三割の割合による金員を支払え(反訴請求)。

第二  当事者の主張

次のとおり補正するほか、原判決の事実及び理由欄第二に記載のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決五頁八行目の「丸穂産業が被告に対し」を「控訴人が丸穂産業に対し」に改める。

二  同六頁九行目の「発生させ、」の次に「本件取引契約における特約により」を加える。

三  同一〇頁九行目の「平成九年」を「平成八年」に改める。

四  同一一頁五行目の「被告は、」の次に、「被控訴人が森田の前記説明を信頼し竹田においてもなんら異論を唱えなかったことから保証意思を形成したものであるということを認識し、もしくは容易に認識することができたのであるから、その後貸付けを継続・拡大していくのであれば、そのことについて、適宜、被控訴人に対し連絡などし、保証人として責任を負う意思があるか否かを確認すべきであるにもかかわらず、被控訴人に対して何らの連絡もしないで、」を加える。

五  当審における付加主張

1  被控訴人の主張

(一) 貸金業の規制等に関する法律(以下「法」という。)一七条一項・二項の解釈として、貸金業者が主たる債務者との間で包括契約を締結した後、同契約に基づく貸付済みの既存債務及び将来の債務を被保証債務として第三者との間で根保証契約を締結する場合には、法一七条二項により、既存債務に関し法一七条一項各号の事項を記載した書面を保証人に交付すべき義務があるというべきところ、控訴人は、本件保証契約締結に当たり、被控訴人に対し、保証契約書(乙二)は交付しているものの、二口の既存債務三〇〇万円と二五〇万円の合計五五〇万円(甲二)についての法定書面の交付をしておらず、大蔵省通達で要求されている口頭での既存債務の有無についての説明もしなかった。また、法一七条二項の解釈として、根保証契約については、保証契約成立後に実行される個別の貸付けについても、その都度、保証人に対しても法定書面の交付を義務づけたものというべきであるところ、控訴人はその義務を遵守していない。このような控訴人の強行法規違反に照らせば、控訴人が被控訴人に対し、支払済みの二〇〇万円を超えて保証債務の履行を請求することは取引上の信義則に反するものであって、許されないというべきである。

(二) 控訴人の後記2(二)の主張は争う。

2  控訴人の主張

(一) 法一七条二項は、保証人に対しても貸付契約の内容を知らせ、その負担すべき債務の内容を明確にする意義を有するものであるが、本件のような根保証契約の場合には、保証人は定められた保証極度額と保証期間の範囲内で責任を負わなければならないものであり、また、そのような債務を負担すべき立場に立つものであることも明らかであるから、保証極度額や保証期間を明確に定め、その保証内容を明らかにする書面を交付すれば同条項の趣旨は実現されるものであるところ、控訴人は、本件保証契約締結に当たり、被控訴人に対し、主債務の事項を明らかにする書面及び保証内容を明らかにする書面を交付して右の趣旨を実現しているので、包括契約に基づく個別の貸付けに係る被控訴人主張の既存債務についての法定書面を保証人に交付することまで義務づけられているものではなく、同様に、包括契約に基づいて主債務者に対してなされる個々の貸付けの都度、根保証人の承諾を得る必要はないことはもちろん、継続的取引により主債務が増減したからといって、根保証人にその都度その旨を明らかにすべき義務はないのであり、法一七条二項の書面を交付する必要はない。

(二) 本件保証契約書には、同契約時の貸付金二〇〇万円のみについての保証契約であると誤解されるような文言はなく、根保証であることが明確に記載されており、被控訴人は、そのような保証契約書の保証債務極度額欄に一〇〇〇万円と記入した上、署名押印して本件保証契約を締結したものであるから、被控訴人がその主張のとおり錯誤に陥ったとしても、これにつき重大な過失があったというべきであり、したがって、被控訴人は、本件保証契約の錯誤無効を主張できない。

第三  当裁判所の判断

一  本訴の請求原因及び抗弁(反訴の請求原因)についての判断は、次のとおり補正するほか、原判決の事実及び理由欄第三の一1及び2(同二1)の理由説示と同じであるから、これを引用する。

1  原判決一四頁八行目の「丸穂産業が被告に対し」を「控訴人が丸穂産業に対し」に改め、同一〇行目から同一七頁九行目までを次のとおり改める。

「(2) 被控訴人は、平成八年一二月一〇日、丸穂産業が控訴人に対し本件取引契約に基づき平成八年一二月一〇日から平成一一年一二月三一日までの間のすべての取引(により生ずる債務)及び契約日現在において負担する債務を、極度額一〇〇〇万円の範囲で連帯保証することを約する旨が記載された保証契約書に自ら署名し、実印を押捺して控訴人担当者の竹田に交付した(右保証期間及び保証極度額欄は、被控訴人が自ら記入した。)。また、被控訴人は、控訴人から右保証契約書どおりの保証期間及び保証極度額を記載してその旨を確認するために送付されてきた平成八年一二月一二日付け『確認通知書』に対し、同月一七日、『上記案内通り、承認致しました。』との記載の下に自ら署名し、実印を押捺して控訴人に返送した。

(二) 右認定事実によれば、被控訴人は、控訴人に対し、丸穂産業が控訴人に対して本件取引契約に基づき平成八年一二月一〇日から平成一一年一二月三一日までの間すべての取引により生ずる債務及び契約日(平成八年一二月一〇日)現在負担する債務を極度額一〇〇〇万円の範囲で連帯保証する旨のいわゆる根保証契約を締結する旨の意思表示をしたこと自体は明らかであり、控訴人と右の内容の本件保証契約を締結したというべきである。

被控訴人は、被控訴人が控訴人に対し連帯保証したのは、控訴人から丸穂産業への本件二〇〇万円貸付のみである旨主張するが、右主張の趣旨が本件保証契約の締結自体を否定するものであれば、右理由により採用できない。もっとも、被控訴人の右主張の趣旨は、被控訴人の真意は右表示された意思とは異なり、本件二〇〇万円貸付のみを保証するというものであり、右表示された意思は、被控訴人の真意と合致しないから、錯誤によるもので無効であるというものとも解され、被控訴人はこれを本訴の再抗弁事実(反訴の抗弁事実)として主張しているので、この点については後に判断する。」

2  同一七頁一一行目の「貸し渡した」と「。」の間に「(乙五ないし七、竹田証言)」を加える。

3  同一八頁五行目の「貸付」を「貸付」に改め、同頁九行目「発生させ、」の次に「本件取引契約における特約により」を加える。

二  被控訴人の錯誤の主張(本訴の再抗弁・反訴の抗弁)及びこれに対する控訴人の重大な過失の主張について検討する。

1  証拠(甲一、二、四、乙一ないし三、四の1・2、五ないし七、八の1・2、原審における被控訴本人〔第一、二回〕、証人竹田、同小田)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、証人竹田の証言中この認定に抵触する部分は信用できず、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。

(一) 本件保証契約は、平成八年一二月一〇日、丸穂産業が控訴人から二〇〇万円を借り受けるに際し、被控訴人方において、丸穂産業の代表取締役森田陽子、控訴人の担当者(代理人)竹田守及び被控訴人が協議した上、締結されたものであって、その経緯は、次のとおりである。

(1) 森田、竹田及び被控訴人は、まず、平成八年一二月九日に被控訴人方に集った。森田は、控訴人と丸穂産業間に平成八年一〇月四日締結された継続的貸付契約(本件取引契約)に基づき、丸穂産業が同日三〇〇万円、同月一一日二五〇万円をそれぞれ控訴人から借り受けていたのに、これを秘して、被控訴人に対し、今回丸穂産業が控訴人から二〇〇万円を借り受ける、控訴人から借り受けるのは初めてであり、今後控訴人から借り受けることはない、と説明した上、その二〇〇万円についての保証を依頼した。一方、竹田は、森田の右説明・依頼を明確に見聞していたが、その説明に対してなんら異論を差し挟まず、かつ、右のとおり既に三〇〇万円及び二五〇万円を貸し付けていたことには全く触れずに、被控訴人に対し、今回控訴人が丸穂産業に二〇〇万円を貸し付けるものである旨を告げて、貸付金額欄に二〇〇万円と記載され、更に不動文字で「債務全額につき連帯保証」との表示のある公正証書作成嘱託の委任状(甲一)を被控訴人及び森田に示し、これに署名押印するよう求め、被控訴人及び森田は、これに応じて同委任状の委任者欄に署名押印し、竹田に交付した。そして、保証契約書等は翌日作成するということで、森田及び竹田はいったん帰宅した。

(2) 森田、竹田及び被控訴人は、翌日の平成八年一二月一〇日に再び被控訴人方に集った。竹田は、被控訴人に対し、準備していた保証契約書(乙二)を示し、その連帯保証人欄に署名押印すること、保証債務極度額欄に一〇〇〇万円と記入すること及び保証期間欄に平成八年一二月一〇日から平成一一年一二月三一日までと記入することを求めた。これに対し、被控訴人は、特に保証債務極度額欄への記入を求められたことを不審に思い、「二〇〇万円の保証でしょう。」と質問して確かめたところ、竹田が、二〇〇万円以外に貸し付けることがある旨の説明をすることなく、単に「一応一〇〇〇万円の枠ですので、書いて下さい。」と答えた。被控訴人は、前日にも森田から、丸穂産業が控訴人から二〇〇万円を借り受ける、控訴人から借り受けるのは初めてであり、今後控訴人から借り受けることはないとの説明を受けており、その場で同席し、森田の説明・依頼を見聞していた控訴人担当者の竹田も、森田の説明等に対してなんら異論を差し挟まず、かつ、竹田が合計五五〇万円に及ぶ既存債務には全く触れず、かえって、被控訴人に対し、今回控訴人が丸穂産業に二〇〇万円を貸し付けるものである旨を告げた上、貸付金額(保証金額)を二〇〇万円とする公正証書作成嘱託の委任状を示したため、その求めによりこれに署名押印していたことから、貸付枠(保証枠)が一〇〇〇万円とされていても、保証の対象はあくまで右二〇〇万円のみであって、将来、控訴人から右二〇〇万円以外の貸付けがされたとしても、被控訴人の了解がない限り、これにつき保証の責めを負うものではないと理解し、これを前提に、右保証契約書の保証債務極度額欄に「壱千万(円)」と、保証期間欄に前記期間をそれぞれ記載し、署名押印した。

(二) 被控訴人は、控訴人から、平成八年一二月一二日付けの書面(確認通知書・乙四の1)をもって、本件保証契約が締結された旨の通知を受け、同書面中の本件保証契約を承認した旨を記載した部分に署名押印して返送するよう求められたため、同書面にも、前記保証契約書と同様、保証極度額が一〇〇〇万円である旨の記載があったけれども、同様に、その極度額は控訴人と丸穂産業間の貸付枠にすぎず、保証金額はあくまで二〇〇万円であって、被控訴人の了解がない限り、右二〇〇万円以外の貸付けがされても、これにつき保証の責めを負うものではないと理解して、求められるままに、同月一七日ころ署名押印して返送した。

(三) その後、控訴人は、丸穂産業に対し、①平成九年二月七日、同日が弁済期日となっていた前記貸付金三〇〇万円の弁済を受けると同時に、三五〇万円を貸し付け(貸付)、②平成九年四月二日、同日が弁済期日となっていた前記貸付金二五〇万円の弁済を受けると同時に、二五〇万円を貸し付け(貸付)、③平成九年四月二三日、同日が弁済期日となっていた前記貸付金二〇〇万円の弁済を受けると同時に、二〇〇万円を貸し付けた(貸付)が、これらについて被控訴人の了解を求めることも、情報を提供することもなかった。

(四) なお、被控訴人と森田は、PTA活動の関係で知り合ったという程度の仲であって、さほど深い交際をしていたものではなく、被控訴人が森田ないしは丸穂産業のために継続的かつ多額の債務保証をしてやることを首肯できるほどの事情はない。

また、被控訴人は、有限会社田村葬儀社の代表取締役であるが、平成五年に死亡した夫の跡を継いで形式的に同社の経営に携わっているにすぎず、当時は実質的な会社経営には殆ど当たっていなかったし、手形取引に携わったこともない。また、個人としても、他人の保証人になったことや、他人に保証人になってもらったこともない。

2 右認定の事実によれば、被控訴人は、丸穂産業が控訴人に対し本件取引契約に基づき平成八年一二月一〇日から平成一一年一二月三一日までの間のすべての取引及び契約日(平成八年一二月一〇日)現在において負担する債務を、極度額一〇〇〇万円の範囲で連帯保証するとの意思表示をしたものではあるが、森田は、本件保証契約を締結する前日、被控訴人に対し、実際は本件取引契約に基づき五五〇万円の既存債務を負っているのにこれを秘し、控訴人から金員を借り受けるのは今回が初めてであり、借り受けるのは二〇〇万円だけである、今後控訴人から借り受けることはない、と虚偽の説明をし、その場にいて右説明等を聞いていた竹田も、森田のした虚偽の説明を否定しなかったばかりか、今回控訴人が丸穂産業に二〇〇万円を貸し付けることを告げた上、貸付金額(保証金額)を二〇〇万円とする公正証書作成嘱託の委任状を示し、これに署名押印するよう求めるなど、保証の対象が本件二〇〇万円貸金のみであるとの誤信を助長するような言動に出ているのである。したがって、同日の時点において、被控訴人が本件保証契約が本件二〇〇万円貸金のみを対象としたものであると誤信したことは当然であるといわなければならない。そして、被控訴人は、その翌日、竹田から保証契約書(乙二)に、前記保証期間及び保証極度額一〇〇〇万円と記載するよう求められた際、右記載に不審を感じて竹田に確認したところ、同人から「一応一〇〇〇万円の枠ですので、書いて下さい。」と言われ、前日に受けた森田及び竹田からの説明を併せて、貸付枠(保証枠)が一〇〇〇万円とされていても、保証の対象はあくまで右二〇〇万円のみであって、将来、控訴人から右二〇〇万円以外の貸付けがされたとしても、被控訴人の了解がない限り、これにつき保証の責めを負うものではないと理解したものというべきである。したがって、右保証契約書の記載内容どおりの被控訴人の意思表示は、その重要な部分で被控訴人の真意とは合致しないものであることが明らかである(被控訴人が保証契約書の保証極度額等の記載を右のとおり誤信したことも、森田や竹田からの説明等からして無理からぬところというべきである。なお、被控訴人は、有限会社田村葬儀社の代表取締役であって、一般的には、このような地位にある者は本件のような保証取引にはある程度精通しているとみるべきであるが、平成五年に死亡した夫の跡を継いで形式的に同社の経営に携わっていたものにすぎず、当時は実質的な会社経営には殆ど当たっていなかったし、手形取引に携わったこともないなどの前記認定の事情に照らせば、被控訴人が自ら前記内容の保証契約書を作成したとしても、その意義を明確に理解していたと断定することはできない。)。

3 前記認定の本件保証契約締結の経緯に徴すると、被控訴人は、控訴人の代理人である竹田に対し、二〇〇万円について保証するものである旨を表明した上、竹田が保証債務極度額欄への記入を求めたことについて釈明を求めており、これに対し、竹田は、一〇〇〇万円は単なる貸付枠にすぎないという程度の説明に止め、被控訴人が疑問を呈したにもかかわらず、詳細な説明を避けて、被控訴人の誤信を招いたというべきであるから、被控訴人が前記のとおり錯誤に陥ったことにつき重大な過失があったとはいえないというべきである。

4 以上の次第で、本件保証契約は、法律行為の要素に錯誤があったものとして、無効というべきである。

三  そうすると、その余の争点について判断するまでもなく、本件保証契約に基づく保証債務の不存在確認を求める被控訴人の本訴請求は理由があり、本件保証契約に基づき保証債務の履行を求める控訴人の反訴請求は失当というべきであるから、これと結論において同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がない。

(裁判長裁判官 山脇正道 裁判官 田中俊次 裁判官 村上亮二)

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