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高松高等裁判所 平成10年(ネ)96号 判決 1998年6月15日

控訴人

甲野花子

右訴訟代理人弁護士

飛田正雄

被控訴人

全国労働者共済生活協同組合連合会

右代表者理事

岩山保雄

右訴訟代理人弁護士

遠藤誠

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  控訴趣旨

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人は、控訴人に対し、金四〇〇万円及びこれに対する平成八年八月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

次のとおり付加するほか、原判決の「事実及び理由」欄第二に記載のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決四ページ七行目の「(昭和五一年七月二八日生)は、」の次に「共済期間中の」を加える。

二  当審における控訴人の主張

原審は、被共済者の死亡原因を「不慮か故意かの決定されない高所からの墜落」であるとし、事故が被共済者の故意によるものではないことの立証責任を共済金請求者(控訴人)に負わせているが、次の理由により不当であり、被共済者が自殺したものであることにつき共済者が立証責任を負うというべきである。

1  控訴人のような一市井人である共済消費者に、事故か被共済者の故意によるものではないという消極事実の立証責任を負わすのは、事実上立証不可能に近い事実について責任を負わせることとなり、証拠の収集・分析能力において圧倒的な経済的強者である共済者(被控訴人)との対比において、社会的・経済的観点からみて不公平・不公正である。

2  本件共済契約に適用される個人定期生命共済事業規約五二条一号には、被共済者の故意による事故については災害特約共済金を支払わない旨の免責条項があるので、事故が被共済者の故意によるものではないことの立証責任を共済金請求者(控訴人)に負わせることは、同条項との整合性を欠くこととなる。

第三  当裁判所の判断

当裁判所も控訴人の本訴請求は理由がないものと判断する。そして、その理由は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決の「事実及び理由」欄第三に記載のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決八ページ七行目の「八、」を削除し、同八行目の「乙三、」の次に「五」を加え、同一〇行目から九ページ六行目までの記載を次のとおり改める。

「(一) 被共済者は、昭和四四年三月中学校を卒業し、同年四月理容関係の専門学校に進学したが、その後間もなく精神的に不安定な状態となり、同年五月二〇日、精神科医に対し、進学後二か月になるが登校意欲がわかない、自分だけ浮いている、死にたい、自分は顔も頭も悪いし学校へ言っても無駄であるなどと訴えて受診したところ、医師は、被共済者に被害念慮、離人感、希死念慮等があると認めて心因反応と診断し、治療を始めた。そして、被共済者は、ほぼ週一回程度通院し、死亡直前の平成八年七月二九日まで(通院日数一六五日)薬物療法やカウンセリングを受けたが、被害念慮や自己否定が続いていた。(乙五)。

また、その間、被共済者は、専門学校を中退し、平成七年一二月から店員として働いていたが、雇い主は、被共済者の精神状態に問題があると感じたため、その勤務時間を短縮して様子をみていたけれども、被共済者が客とスムーズに対応できないことがあった上、平成八年七月二〇日、客の高校生に対し顔を見たなどとして文句を言い、トラブルを起こしたので、同年九月までの予定で仕事を休ませていた(乙三)。」

二  当審における控訴人の主張に対する判断

引用した原判決の「事実及び理由」欄第三の一(争点1について)に説示されているとおり、本件共済契約の災害特約は、不慮の事故等、すなわち急激かつ偶然な外因による事故により死亡した場合に災害特約共済金を支払うというものであり(規約四六条)、自殺は不慮の事故に該当せず、「不慮か故意かの決定されない高所からの墜落」であるときは災害特約共済金が支払われないのであって、要するに、被共済者の故意(自殺)によらないことが災害特約共済金請求権を根拠づける不慮の事故の構成要素となっている。他方、規約には、被共済者の故意による事故については災害特約共済金を支払わない旨定められていることが、証拠に照らして明らかである。これらを総合し、更に控訴人の指摘する立証の困難性等をも併せ考えれば、共済金請求者は、事故が被共済者の故意(自殺)によるものではないことの立証責任を負うが、その証明は、厳密であることを要せず、故意(自殺)でないことを推認させる事情を証明すれば足り(一応の証明。この程度の立証を要求することは、共済金請求者が被共済者の生活圏にあることからして、不公平であるとはいえない。)、これに対し、共済者は、故意(自殺)を疑わせる別の事情を立証すべきもの(これによって不払条項との整合性も保たれる。)と解するのが相当であるところ、本件においては、既に認定した事実関係からして、被共済者が自殺したものではないことを推認させる事情は殆ど立証されておらず、かえって、被共済者は自殺したものであると強く疑わせる事情が立証されていると認められる。したがって、控訴人の主張は採用することができない。

第四  結論

以上の次第で、控訴人の請求を棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がない。

(裁判長裁判官 山脇正道 裁判官 田中俊次 裁判官 村上亮二)

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