高松高等裁判所 平成11年(行コ)14号 判決 1999年9月30日
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一 控訴の趣旨
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人の請求を棄却する。
第二 事案の概要
次のとおり補正するほか、原判決「事実及び理由」欄第二に記載のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決二頁一〇行目の「Kと」の次に「被控訴人とが」を加える。
2 同三頁一〇行目の「あった」から同一一行日の末尾までを「あり、『同和問題の啓発に従事させ、自らの差別意識の解消を図らせる』ことを理由に、教育委員会への配置転換を命じられた。」に改める。
3 同四頁一一行目の「○○清掃社」を「○○清掃」に改める。
4 同五頁六行目の「ようで」を「ようになって」に、九行目の「そうゆう」を「そういう」にそれぞれ改める。
5 同六頁八、九行目及び同七頁三行目の各「答弁された」を「答弁した」に改める。
6 同一七頁五行目から同一八頁四行目までを次のとおり改める。
「一 本件訴えは、訴えの利益を欠く不適法なものであるか(仮に本件除名処分が取り消されたとしても、被控訴人はα町議会議員の地位を回復する余地はないといえるか。)。
二 本件除名処分の適否。
1 懲罰動議に記載されていなかった事由をもって、被控訴人を除名する理由とすることができるか。
2 被控訴人の前記争いのない事実等三の1ないし5記載の発言は、特定の業者の利益をことさらに誘導する発言であり、また、同6記載の発言は、解放同盟を故なく誹謗中傷する差別発言であって、いずれも「議員は、議会の品位を重んじなければならない。」と定めるα町議会会議規則一〇一条に反し、また、同6記載の発言は地方自治法一三二条所定の「無礼の言葉を使用し」た場合に該当するか。仮に、これが肯定されるとして、被控訴人に対する懲罰として除名を選択したことが適法であるか。」
7 同三〇頁七行目及び八行目の各「えせ同和」をいずれも「エセ同和行為」に、同一〇行目の「解放同盟はえせ同和」を「解放同盟の行為はエセ同和行為」にそれぞれ改める。
8 同三一頁一行目冒頭の「同盟」の次に「の行為」を、同行日の「解放同盟の」の次に「行為の」をそれぞれ加え、同行目、三行目、七行目及び一〇行目の各「えせ同和」をいずれも「エセ同和行為」にそれぞれ改める。
9 同三三頁一〇行目から一一行目の「考えられない。」までを「このように、A一族は利権を一手にして思うがままに貴重な住民の税金からなる町事業をむしばみ、しかもそれが解放同盟の名において行われてきた。」に改める。
10 同三七頁七行目から八行目にかけての括弧書きを削除する。
11 同四一頁三行目の「追求」を「追及」に改める。
12 同四四頁八行目の「○○清掃社」を「○○清掃」に改め、同一一行目の「員として」の次に「の質問は」を加える。
13 同四六頁九行目の「えせ同和」を「エセ同和行為」に改める。
14 同六八頁三行目の「人事異動」の次に「に関する質問」を加える。
15 同六九頁四行目の次に改行して、次のとおり加える。
「(5) 本件発言の懲罰事由該当性の有無は、本件発言時(平成九年一二月一六日)を基準時として判断すべきであって、その後に発覚した事実をもって判断してはならないから、本件発言後に発覚した事実、すなわち、B及びCが建設業法違反や競売入札妨害の疑いで逮捕されたこと、右事実に起因して解放同盟県連が西南ブロック連絡協議会を解散し、Bらを除名したことなどの事実をもって、本件発言の懲罰事由該当性を否定する根拠として用いることは許されない。」
第三 当裁判所の判断
一 争点一について
1 本件除名処分を取り消す旨の判決が確定することにより、本件除名処分が有効であることを前提とし、議会に欠員が生じたことに基づいて行われた繰上補充によってDを当選人とする旨の定めはその根拠を失うことになるというべきであるから、関係行政庁であるα町選挙管理委員会は、右取消判決に拘束され(行政事件訴訟法三三条一項)、繰上補充によるDを当選人とする旨の定めを撤回し、Dの当選を無効とすべき義務を負うものというべきである。
2 控訴人は、地方公共団体の議会の議員の当選の効力は公職選挙法二〇六条、二〇七条所定の当選争訟によってのみ争い得るものであり、市町村選挙管理委員会において右当選争訟の手続によらずに当選を無効とすることはできないと主張するが、右公職選挙法の規定は、選挙人又は公職の候補者が当選の無効を求める場合によるべき手続を定めたものであって、それ以外にはいかなる場合であっても当選が無効になることはないと解すべき根拠はない。また、仮に本件において被控訴人が繰上補充によるDの当選の効力を争う争訟を提起したとしても、公職選挙法は、選挙会が当選人を定めるに当たって除名処分の効力を審査することを予定しておらず、除名処分の有効を前提とし議会に欠員が生じた旨の議会からの通知に従って当選人を定めることとしているのであって、当選争訟によって当選が無効とされるのは、選挙会等の当選人決定の判断に誤りがあった場合に限られるというべきであるから、選挙会等が審査することを予定していない本件除名処分の無効を右争訟において主張することはできないというほかない(最高裁平成七年五月二五日第一小法廷判決・民集四九巻五号一二七九頁参照)。したがって、除名処分の適否が争われている本件事案のような場合に、繰上補充による当選の効力を公職選挙法所定の当選争訟によらなければ一切無効とすることができないと解するのは、違法な除名処分を受けた者に不可能を強いるに等しく、その権利救済に著しく欠けることになり相当でないというべきである。控訴人の右主張は採用できない。
3 そして、前記1に説示するところによれば、本件除名処分を取り消す旨の判決が確定することにより、被控訴人のα町議会議員たる地位が何らの法律上の障害なくして回復されることになるから、本件除名処分の取消しを求める本件訴えは、訴えの利益を欠くものではなく適法であるというべきである。
二 争点二について
1 争点二の1について
原判決「事実及び理由」欄第三の二2(八二頁六行目から八五頁三行目まで)と同じ(ただし、八二頁六行目の「E議員」の次に「ら」を加える。)であるから、これを引用する。
2 争点二の2について
(一) 地方議会のした議員の懲罰に対する司法審査の在り方及び除名の懲罰の違法性の判断基準に関する当裁判所の判断は、原判決「事実及び理由」欄第三の二1(八〇頁一一行目から八二頁四行目まで)と同じであるから、これを引用する。
(二) 控訴人は、原判決「事実及び理由」欄第二の三1ないし5の発言(以下「1ないし5の発言」という。)は特定の業者の利益をことさらに誘導する発言(利益誘導発言)であり、また、同6記載の発言(以下「6の発言」といい、1ないし5の発言と併せて「本件発言」という。)は、解放同盟を故なく誹謗中傷する差別発言であって、いずれも「議員は、議会の品位を重んじなければならない。」と定めるα町議会会議規則一〇一条に反し、また、6の発言は地方自治法一三二条所定の「無礼の言葉を使用し」た場合に該当し、本件発言は、そのいずれもが懲罰事由に該当する旨主張する(なお、控訴人は、6の発言(差別発言)はN石油やM清掃社に対する利益誘導を図る手段として、N石油にβ保養センターヘの納入をさせなかったり、M清掃社の仕事をα町の契約の約六割にまで激減させた町当局を貶め、けなし、侮辱する手段としてされたものであって、その真の意図はあくまでN石油やM清掃社に対する利益誘導にあったなどとも主張しているが、この主張の当否はしばらく措き、以下においては一応、1ないし5の発言を利益誘導発言、6の発言を差別発言と分類した上、それぞれについて懲罰事由該当性の有無を判断することとする。)。
(三) 1ないし5の発言は、これを要約すれば、α町の浄化槽設置施設の維持管理業務について、町外業者であるO清掃社との契約が多く、町内業者であるM清掃社との契約が少ないこと、また、N石油がα町の設置する保養施設に対する燃料の納入業者から外されていることをそれぞれ問題視し、M清掃社については暗に同社との契約を増やすことを求め、N石油については明示的に同社に燃料を発注するとの答弁を求めるというものであり、これらの発言部分のみを見る限り、確かに、1ないし5の発言は、もっぱらM清掃社及びN石油という特定の業者の利益を図ることを目的としたものと受け取られかねない発言であることは否定できない。また、6の発言は、要するに「解放同盟はえせ同和行為じゃ」という発言部分が「議会の品位」を傷つけ、かつ、解放同盟に対する「無礼の言葉を使用し」た場合に当たり、同和問題解消に心血を注いできた人々を深く傷つけ、差別を助長する発言であるとされたものであるところ、この発言部分のみを見る限り、同発言部分は解放同盟組織が一般的にエセ同和行為を行っていると受け取られかねないものであることは否定できない。
しかし、本件発言は、平成九年一二月α町議会定例会において被控訴人が同月一六日にした一般質問中、事前に控訴人議長に提出した一般質問通告書(甲一の2)に記載した「α町の施設の燃料及び自動車のガソリンの業者との契約並びにし尿処理施設の業者との契約について」という質問事項に関する一連の質問の一部を構成するものであるから、その過程で行われた発言の一部である本件発言の懲罰事由該当性の有無を判断するに当たっては、本件発言を含む右一連の質問の趣旨を全体的に観察し、被控訴人が本件発言により意図した質問の目的を十分斟酌した上で、本件発言が、真に「議会の品位」を傷つけ、「無礼の言葉を使用し」た場合に当たるか否か、仮に当たるとしても、それが被控訴人の町議会議員の地位を剥奪する除名という懲罰に値するようなものか否かを慎重に検討すべきであって、本件発言を他の一連の発言から切り離し、本件発言で用いられた語句、表現だけを捉えて、それが「議会の品位」を傷つけ、「無礼の言葉を使用し」た場合に当たるか否かを判断するのは相当でないことはいうまでもない。
(四) そこで、かかる観点から、本件除名処分の適否について検討するに、証拠(甲一の1・2、一六の1~7、一七、一九、二五、二八ないし三二、三五、五九、六〇、六五、六六、六八、六九、七三、乙四、八、一四、原審における控訴人代表者、被控訴本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(1) 被控訴人は、平成九年一二月一六日の一般質問に先立つ同月一二日に控訴人議長宛提出した一般質問通告書に、質問事項として、<1>町議会議員、町三役並びに教育長関連企業の物品納入、委託業務工事請負等からの発注除外について、<2>一般廃棄物の運搬及び処分の調査結果について、<3>α町の施設の燃料及び自動車のガソリンの業者との契約並びにし尿処理施設の業者との契約について、の三点を記載した。控訴人が除名の懲罰事由に該当するとした本件発言は、右質問事項<3>に関する質問中にされたものであるところ、質問事項<3>に係る質問要旨は「<1>他の業者とN石油との件、<2>O衛生社と○○清掃との件」というものであった。控訴人議長は、右質問通告書を見てその質問事項等を特に不適切なものとして、被控訴人に事前に注意を与えるようなこともなかった。
(2) 被控訴人の質問事項<3>及びこれに対する答弁の概要は、次のとおりである。
(ア) まず、被控訴人は、<1>及び<2>の質問事項に関する概括的質問に引き続き、質問事項<3>について、「α町の燃料及び業者ガソリン業者との契約ということで、各施設の販売業者の燃料の周り、石油販売店の周りで燃料を送り込んどるようでありますが、その件について、N石油というのがその中にはまってないことについてお伺いしたい。それと二番目のO衛生社と、これはし尿処理の業者なんですが、O衛生社とM清掃社との件でありますが、この件についてO衛生社がこのごろの新しい施設を、でけた浄化槽にしたら大半がO衛生社との契約になっとるようになって、M清掃社とは余り契約をしていない、その件についてお伺いしたいと思います。」(平成九年一二月α町議会定例会会議録〔乙四〕七一頁。なお、右発言中「それと二番目の」以降は「1の発言」である。)と概括的な質問をした。
(イ) これに対し、Fα町長において「α町施設の燃料、自動車のガソリン業者との契約、このことにつきましては総務課長から、並びにし尿処理の施設の業者との契約につきましても総務課長から説明を申し上げます。」(同会議録七二頁)と答弁した後、これを受けたG総務課長は、「本町の施設の燃料及び自動車のガソリン業者との契約ということでございますが、それから並びに、し尿処理施設の業者との契約、これにつきましては、ご承知のように各課でそれぞれの予算を燃料であるとか、し尿処理のくみ取り料であるとかいうのは各課で予算を持っております。今回、このようなご質問をいただきまして、私の方で各課の発注状況を調査をさせていただいたわけでございますが、既に各課において発注をしておる実績でございますが、一番目のN石油さんにつきましては、公用車の燃料のみで施設の燃料は発注をいたしておらないのが実情でございます。それから浄化槽の問題につきましても、これもやはり各課で既に、もう古い施設ですと、何年も前から、新しい施設につきましてもそれぞれの課で発注をいたしております。今回、私の方で取りまとめますと、多少ばらつきがあるやに感じております。今後、この件につきましては、十分公平な発注のできるように各課と十分相談しながら多いところ、少ないところということのないような配慮をいたしたいというように考えております。」(同会議録七五頁)と答弁した。
(ウ) その後しばらくの間、数回にわたり休憩をはさみながら、かなりの時間にわたって質問事項<2>に関する突っ込んだ質疑が行われたが(同会議録七五頁から八九頁まで)、その後、被控訴人は、質問事項<3>に関する質問に移り、前記(イ)の答弁に対する形で、再度、保養センターヘの納入は周りの業者のみでN石油が入っていない旨の2の発言をしたところ(同会議録八九頁)、G総務課長から「ただいまご指摘をいただいたようにN石油さんは、β保養センターは納入をいたしておりません。今後、それぞれに石油も課に渡っておりますんで、今後各課とも十分連絡を密にして十分配慮をいたしたいというように考えております。よろしくお願いいたします。」との答弁(同会議録同頁)があったので、「配慮をいたしたいということは、入れるということですか。配慮するということは入れるということじゃね、それを答弁願います。」と3の発言をし(同会議録九〇頁)、同総務課長から「ただいまのご質問でございますが、配慮をしたいということは、納入をしていただくことになろうかと思うんですが、今後十分検討をして配慮をしたいというように思っております。」との答弁(同会議録同頁)を得ると、更に、「私の解釈としては、入れるけれども、ほなけど十分検討してということは、検討期間がこれはっきりしないんですわ。そこのところがちょっとおかしいんじゃけれども、…検討する時間は極力短くして、早くそういうふうなN石油も同じ仲間に、周りの同じ仲間に入れてもらうような方法に向けてもらいたい」との4の発言をし(同会議録同頁)、N石油に関する質問を終えた。
(エ) 次いで、被控訴人は、O衛生社とM清掃社に関する質問に移り、具体例を挙げて、O衛生社が近年α町の浄化槽設置施設の維持管理業務の相当部分をかなり伸ばしている状況を述べた上、同社の元代表取締役H、前代表取締役C及び現代表取締役Iは、いずれもγ町の業者であっていわゆる町外業者である旨の5の発言をし(同会議録九〇ないし九一頁)、更にこれに続けて「法人の税金の利益が出れば法人税として税務署や、利益に伴う法人税割の事業税は、財務事務所へ払う。ほんで、均等割法人税割の県民税も財務事務所へ払う。ほたら、均等割法人税割町民税は、町役場へ払うと。こういうふうになって皆α町の住民であれば、皆この税金を払うても還付金があるわけなんです。ほなけど、町外業者はよその町村に還付するわけなんです、税金を。α町には全然入ってこんわけなんです。そうすると、公の施設において町外業者と契約すると、α町に税金は一つも入ってこん。よその町村の税金になる。こういうふうなこともようく検討してもらわないかん。ほんで、だんだんよその町外業者がようけ取んりょん、ね。浄化槽の。これだけでないですよ、資料は。α町の住宅あたりの今建っちょる、これはいわばO衛生社の関連会社の土建業者、土木業者と、事業を取ってその後はすぐにみんな契約して回る。ほなから公の町の事業においてほやってして浄化槽したら、今度は関連会社が浄化槽の次の仕事も取ると。こういう危ないようなこの回りになっとんです。」との被控訴人の発言があり、同発言に引き続いて6の発言がある(同会議録九一頁)。
(オ) 6の発言に続き、被控訴人は「今現在…役場庁舎はなM清掃になっとるけども、これの金額が一〇倍になる。今度向こうへ行ったらこれは検討課題というて、どういうふうな検討をするつもり、な、ほなけども、そういうふうな、ただ検討する、検討するいうて、そんなえせ同和行為があんりょるような、はっきりしとるんや、これは。」という発言をし(同会議録九一頁から九二頁)、議長から質問内容からはずれないようにとの注意を受けた後にも、「今よく検討するというたから、いわば、O衛生社は町外業者であると。今もこうやってガソリンのもあるというたら町外業者でないかという横からの、外野席からあったけれども、そういうふうなことで、そんなようなんはよく検討していただくように、町の方にね、私は命令できませんから要望をしときます。ほなからそういう面も回答してくれたように、よく検討してと言われたから、そういう面も含めての検討をしてもらうように。」という発言をして、一般質問を終えた(同会議録九二頁)。
(3) ところで、被控訴人が一般質問に先立ちO衛生社について調査したところ、同社の商業登記簿謄本(甲五九)によれば、同社は昭和六〇年四月八日、本店所在地をδとして設立登記された有限会社であって、C、H、Iが相次いで代表取締役に就任し、平成元年三月以降はCが代表取締役を務めていた。その住所は、Hがα町内であるほか、C及びIがいずれもγ町であった(なお、同社は、被控訴人が前記一般質問において同社を町外業者であると指摘した直後の平成九年一二月二二日、本店所在地をεに移転する旨の登記をした。もっとも、移転先の場所には同社の倉庫があるだけで本社としての事務所等の設備はない。)。
更に調査したところによれば、α町の浄化槽設置施設の維持管理業務については、従来は町内業者であるM清掃社がその大半を受注していたが、平成五、六年ころからO衛生社が急激に受注を伸ばし、平成九年度には、M清掃社の受注額一四〇万五九八〇円に対し、O衛生社が一一二万一〇四〇円となり、町外業者である同社の占めるα町からの受注割合が半分近くに達していた。被控訴人は、町外業者の受注割合がこのように高いということは、町内業者育成及びα町の税収の観点から問題があるし、また、O衛生社の代表取締役であるCは解放同盟α支部長Bの兄であり、いわゆるA一族の一員であることから、同人らが解放同盟の名の下にα町当局に対し不当な圧力をかけて同社への発注を強要しているのではないかとの疑念も生じたことから、M清掃社の了解を得て、同社を引き合いに出してこのことを一般質問で取り上げることとした。
(4) 次に、N石油は、本店及び営業所がγ町内にあるが、社長はα町商工会会員であり、かつ、その住所がα町内にあって、被控訴人は、かねて同社営業所でガソリンを給油してもらっていたところ、N石油の社長らから「うちなんかは町の業者の周りには入れてくれんのでよ」と町の施設への燃料納入業者の仲間に入れてもらえない旨を聞かされていたこともあり、前記一般質問に先立ち平成九年四月から同年一一月までのα町の設置するβ保養センターヘの燃料納入実績を調査したところ、同保養センターヘの燃料の納入はα町内の他業者に占められており、N石油からの納入がなかったことから、被控訴人は、この事実は町内の業者間の公平の観点からも問題であると判断し、N石油の社長の了解を得て、同社を引き合いに出してこのことを一般質問で取り上げることとした。
(5) また、被控訴人は、ζ地区(同和地区)の住民から、同地区の墓地移転に関して住民に不満があること及びα町同和対策課に所属していたJが教育委員会に配転されたことを聞き及び、同和対策課長からこの点の事情を聴取したところ、住民の墓地移転に関して地区住民の一部に不満があること、Jを配転した理由は同人が墓地造成現場において町議会議員を前に「地域の事業は難しい、めんどいからこの人達の言うことをよく聞いてせないかんぜよ。」との差別発言をしたことにあるとのことであった。そこで、被控訴人が更にJ本人から事情を聴取した結果、被控訴人は、Jが発言したという場所には議員ではなく、解放同盟γ支部長であり、かつ、同墓地造成を請け負っていたA工務店の実質経営者であるH夫婦が居合わせていたもので、同人がJのした前記発言を聞き、これが差別発言であると町当局に申し入れ、その結果前記配転に至ったものであると理解した。被控訴人は、Hの行為は、町に対する明白な人事干渉であり、エセ同和行為というべきものであると考えたものの、Jの立場もあって正式な質問事項とすることは差し控え、一般質問通告書にも質問事項として記載しなかった。
(五) 右(四)の認定事実を前提に、まず、被控訴人の1ないし5の発言がもっぱら特定の業者の利益を誘導することを目的としたものであり、「議員は、議会の品位を重んじなければならない。」と定めるα町議会会議規則一〇一条に反するものとして除名の懲罰に相当するものであるか否かについて検討する。
(1) 前記のとおり、1ないし5の発言は、それだけを見ると、M清掃社の受注量を伸ばすよう暗に求め、N石油からの納入をさせる旨の明確な答弁を求めるなど特定の業者の利益を図ることを目的とした発言であると受け取られかねないものであることは否定できない。そして、仮に右発言がそのような趣旨の発言であるとすれば、それは町民全体の利益を図ることを使命とする町議会議員の定例会での一般質問における発言としては、決して好ましいものではないというほかない(憲法一五条二項。もっとも、だからといって、この種発言が当然に除名を含む懲罰に値するものであるか否かは別論である。なお、控訴人は、1ないし5の発言は、M清掃社及びN石油の意向を受けてされたものである旨主張するが、前認定のとおり、被控訴人が同各社を引き合いに出して一般質問で取り上げることの了解をとったことは認められるものの、前記認定事実からは、それ以上に、右各発言が利益誘導を求める同社らの意向に基づくものであることを認めるには足りず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。)。
(2) しかしながら、1ないし5の発言中、M清掃社に関する発言についてみるに、新設の浄化槽施設の維持管理業務は、O衛生社との契約によるものがほとんどで、M清掃社との契約が少ないことを問題視しているものの、M清掃社との契約を増やすよう直接に求めたものではない上、これに引き続く質問において、O衛生社が町外業者であるにもかかわらず、ここ数年のうちに受注量を大幅に伸ばしていること、O衛生社の経営者であるC及びIもα町外に居住していることから、同社と契約しても事業税、県民税及び町民税等の税収等がα町に入らないこと、更に、浄化槽に関連する仕事もO衛生社の関連会社である土建業者、土木業者が受注するという懸念があるといった問題点について明示的に言及しているのであって、右のような問題点に関連して質問をすること自体にはそれなりの合理性があることが明らかである。そして、町当局もこれに対し「今回、私の方で取りまとめますと、多少ばらつきがあるやに感じております。今後この件につきましては、十分公平な発注のできるように各課と十分相談しながら多いところ、少ないところということのないような配慮をいたしたいというように考えております。」と、右質問を主として業者間の公平性の確保に関する問題と理解してこれに沿った答弁をしているのである。このことから考えると、右発言は、M清掃社という特定の業者の利益を考慮してのものであったといえなくもないが、むしろ、M清掃社を引き合いに出しつつ、町外業者であるO衛生社に対するα町の発注の在り方ないし業者間の公平性の確保に関する問題提起としてされた側面もまた否定し難いというべきである。更に、右発言は、O衛生社が町外業者であるにもかかわらずα町からの受注を伸ばしている理由としては、その経営者が解放同盟と深い関係にあり(O衛生社の代表取締役Cが解放同盟γ支部長Bの兄であることは前記のとおりである。)、これらA一族が解放同盟の名の下にα町当局に対して不当に圧力をかけて、自らが経営するO衛生社への発注を強要しているのではないか、との疑念を示唆するという側面を有することも否定できない(この点は1ないし5の発言中に明示的に述べられていないが、O衛生社が解放同盟の幹部であるA一族により経営されていることは町当局には周知のことであったことは明らかであるから、たとえ明示的には指摘されなかったとしても、町当局としては右疑念の示唆は十分に理解できたものと考えられる。)。したがって、被控訴人の前記発言がもっぱらM清掃社の利益を図る目的でしたものであるとはいえない。
(3) 次に、1ないし5の発言中、N石油に関する発言についてみるに、右発言は、要するに、α町の設置するβ保養センターヘの燃料の納入がα町内の他業者に占められており、N石油からの納入がないことの是非を質したものであるが、町当局が「N石油さんは、β保養センターは納入をいたしておりません。今後、それぞれに石油も課に渡っておりますんで、今後各課とも十分連絡を密にして十分配慮をいたしたいというように考えております。」との答弁をしたのに対し、更に「配慮をいたしたいということは、入れるということですか。配慮するということは入れるということじゃね、それを答弁願います。」などと、N石油を同保養センターヘの納入業者に加えるとの明示の答弁を求めているものの、前記(四)(4)認定のとおり、N石油は、本店及び営業所がγ町内にあるが、社長はα町商工会会員であり、かつ、その住所がα町内にあって、同社が納入業者に加えられない理由はないと考えられるのに、被控訴人において平成九年四月から同年一一月までの同保養センターヘの燃料納入実績を調査したところ、同保養センターヘの燃料の納入はα町内の他業者に占められており、N石油からの納入がなかったことから、これも町から発注を受ける業者間の公平性の確保という観点で問題提起したという側面も否定できず、右問題提起自体は一応の合理性を有するというべきであって、現に町当局も右質問をそのような趣旨のものとして受け止めそれに沿った答弁をしていることが明らかである。したがって、右発言も、もっぱらN石油の利益を図る目的でしたものとは断定できない。
(4) このように、被控訴人の1ないし5の発言は、いずれも特定の業者の利益を図ることのみを目的としてされたものであるとはいえず、かえって、町外業者に対する町の発注の在り方や業者間の公平性の確保に関する問題提起、ひいては、町の特定の業者に対する業務の発注が解放同盟の名の下に不当にされたのではないか、との疑念を示唆する側面をも有するといえるのであって、これらの問題提起等を含む質問をすること自体は一応の合理性を有することが明らかである。これらの事情に加え、控訴人議長が一般質問に先立ち被控訴人から提出された一般質問通告書記載の質問事項等を特に不適切なものとして、被控訴人に事前に注意を与えるようなことをしなかったことをも勘案すると、1ないし5の発言が除名を含む懲罰を相当とするような発言であると解する余地はないものというべきである。
(六) 次に、6の発言がいわゆる差別発言であって、「議員は、議会の品位を重んじなければならない。」と定めるα町議会会議規則一〇一条に反するものであり、かつ、地方自治法一三二条所定の「無礼の言葉を使用し」た場合に該当するか否かについて検討する。6の発言は、1ないし5の発言に続くもので、被控訴人が事前に提出した一般質問通告書には記載されていなかった事項であり、右発言自体が唐突で、しかも些か舌足らずであるとの感を免れず、発言自体からは、何をもって「解放同盟はえせ同和行為じゃ」としたのか必ずしも明らかとはいえないものの、原判決「事実及び理由」欄第二の争いのない事実等の二(本判決により補正後のもの)及び前記(四)(5)認定のとおり、ζ地区における墓地移転に関し、当時α町同和対策課所属のJがした「地域の事業は難しい、めんどいからこの人達の言うことをよく聞いてせないかんぜよ。」との発言がいわゆる差別発言であるとされ、「同和問題の啓発に従事させ、自らの差別意識の解消を図らせる」ことを理由に、教育委員会への配転を命じられたことについて、右配転が、その場に居合わせたH(解放同盟γ支部長であり同墓地造成を請け負っているA工務店の実質経営者)が聞きとがめ、町当局へ申し入れたことによって実現したものであると理解し、要するに、Hが解放同盟の名の下に不当にα町の人事に介入したものと考え、かかる不当な人事介入行為をもって「解放同盟はえせ同和行為じゃ」と発言したものと解される。
右発言の趣旨に徴すると、被控訴人の「解放同盟はえせ同和行為じゃ」との発言中の「解放同盟」とは、解放同盟組織一般を指すものではなく、解放同盟の名の下に町に対する不当な人事介入を行うHを初めとするA一族を指すものと解するのが自然である。そうすると、「解放同盟はえせ同和行為じゃ」という発言は、それ自体過激であって、右のとおり唐突で些か舌足らずな発言であることは否定できず、それ故に適切さを欠いた発言であるといえるとしても、解放同盟組織一般がエセ同和行為を行っているという趣旨ではなく、解放同盟の名をかたったA一族の行為をもってエセ同和行為であるとする趣旨と解すべきものである以上、これを前者の趣旨と解した上、「同和問題解消に心血を注いできた人々を深く傷つけ、差別を助長する発言であり、議会の品位をも大きく傷つけた」ことを理由にされた本件除名処分は、除名処分の原因となった事実認定に重大な誤りがあるものというべきである。
そして、原判決「事実及び理由」欄第二の争いのない事実等の七、八のとおり、B及びCは、平成一〇年六月、公共工事などを請け負うために県に虚偽の申請をして特定建設業の許可を受けたなどとして、建設業法違反の疑いで逮捕され、同年八月には、η町土木事務所長らを解放同盟西南ブロック連絡協議会事務所に呼び出して、最低制限価格の不正操作を要求したなどとして、競売入札妨害の疑いで再逮捕され(Bらは、公判廷においてその事実を認めた。)、解放同盟県連は、同年六月二五日、部落解放の目的から逸脱した運営がなされていたとして西南ブロック連絡協議会を解散し、B及びCを除名処分としており、更に甲三五によれば、Hにも、同年八月一一日に解放同盟α支部長としての責任を問い、除名処分をしたことが認められる。これらのA一族の行状は、まさにエセ同和行為と評されてもやむを得ないものであって、解放同盟の名をかたったA一族の行為をもってエセ同和行為であるとした6の発言には、本件発言当時においても、少なくともそのように受け取られても仕方のない側面があったことは否定し難いというべきである。
控訴人は、本件発言の懲罰事由該当性の有無は、本件発言時である平成九年一二月一六日を基準時として判断すべきであり、Bらの逮捕や西南ブロック連絡協議会の解散、同人らの除名などの事実は、本件発言後に発覚した事実であるから、これらの事実を本件発言の懲罰事由該当性を否定する根拠として用いることは許されない旨主張する。しかし、Bらの逮捕及び同人らの除名等の事実自体は、本件発言後のことであるものの、建設業法違反の被疑事実である虚偽申請そのものは本件発言前の平成八年一一月及び平成九年三月に行われたものであり(甲一六の5・6)、競売入札妨害の被疑事実である最低制限価格の不正操作の要求をしたのも本件発言前の平成九年八月であって(甲三一)、現に解放同盟県連ですら、西南ブロック連絡協議会を解散してBらを除名するに当たり、「私たちは、こうした事態を四年程前から既に予測し、県西の町村長交渉をはじめ、県土木部長交渉時等において、これらの業者が恫喝や理不尽な行動で多くの公共事業を独占し、結果的に他建設業者を衰退させている等の情報から、健全な経済活動が行えるよう常に訴えるなどしてきた。」と表明している(原判決「事実及び理由」欄第二の争いのない事実等の八)ことからすれば、A一族は、本件発言の相当以前からエセ同和行為と言われてもやむを得ない行為を行ってきたことが明らかである。したがって、控訴人の右主張は採用できない。
なお、控訴人は、6の発言はN石油やM清掃社に対する利益誘導を図る手段として、N石油にβ保養センターヘの納入をさせなかったり、M清掃社の仕事がα町の契約の約六割にまで激減させた町当局を貶め、けなし、侮辱する手段としてされたものであって、その真の意図はあくまでN石油やM清掃社に対する利益誘導にあったなどとも主張しているが、右主張事実を認めるに足りる証拠はない。
したがって、被控訴人のした6の発言は、地方自治法一三二条所定の「無礼の言葉を使用し」た場合には当たらず、また、前記のとおり適切さを欠いた発言であって、「議会の品位」を些か傷つけたとしても、これに対して除名の懲罰をもって臨むことは著しく重きに失し、その原因となった事実に対し社会通念上著しく均衡を欠くと認められる。
(七) 以上のとおり、本件除名処分の原因となった事実認定には重大な誤りがあり、かつ、その原因となった事実に対し本件除名処分を科することは社会通念上著しく均衡を欠くことが明らかであるから、本件除名処分は違法たるを免れないというべきである。
三 よって、本件除名処分を取り消すべきものとした原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山脇正道 裁判官 田中俊次 裁判官 松本利幸)