高松高等裁判所 平成11年(行コ)8号 判決 2001年4月17日
原審甲・乙事件控訴人(以下「控訴人」という。)
甲
同訴訟代理人弁護士
関戸一考
原審甲事件被控訴人(以下「被控訴人」という。)
鳴門税務署長
上原正一
原審乙事件被控訴人(以下「被控訴人」という。)
国
同代表者法務大臣
高村正彦
上記両名指定代理人
片野正樹
同
近藤徳好
同
平山昌範
同
白石豪
同
田中稔
同
海野眞次
同
倉本幸芳
同
山本光則
主文
1 原判決を次のとおり変更する。
(1) 被控訴人鳴門税務署長が控訴人に対して平成元年3月7日付けでした昭和60年分の所得税の更正処分及びこれに伴う同月16日付けでした過少申告加算税の変更決定後の同月7日付け過少申告加算税の賦課決定処分のうち、事業所得金額が1245万9331円を超える部分を取り消す。
(2) 被控訴人鳴門税務署長が控訴人に対して平成元年3月7日付けでした昭和61年分の所得税の更正処分及びこれに伴う同月16日付けでした過少申告加算税の賦課決定処分(ただし、国税不服審判所長の裁決による一部取消後のもの)のうち、事業所得金額が1344万2656円を超える部分を取り消す。
(3) 被控訴人鳴門税務署長が控訴人に対して平成元年3月7日付けでした昭和62年分の所得税の更正処分及びこれに伴う同月16日付けでした過少申告加算税の変更決定後の同月7日付け過少申告加算税賦課決定処分のうち、事業所得金額が1677万3181円を超える部分を取り消す。
(4) 被控訴人国は、控訴人に対し、11万円及びこれに対する平成3年9月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(5) 控訴人の被控訴人らに対するその余の請求を棄却する。
2 訴訟費用は、第1、2審を通じて、控訴人に生じた費用の10分の7と被控訴人税務署長に生じた費用の5分の4を被控訴人税務署長の負担とし、控訴人に生じた費用の10分の1と被控訴人国に生じた費用の20分の1を被控訴人国の負担とし、その余を控訴人の負担とする。
3 この判決は、1項(4)に限り、仮に執行することができる。
4 被控訴人国において、11万円の担保を供するときは、本判決の仮執行を免れることができる。
事実
第1当事者の求めた裁判
1 控訴の趣旨
(1) 原判決中後記(2)ないし(5)同旨の請求を棄却した部分を取り消す。
(2) 被控訴人鳴門税務署長が控訴人に対して平成元年3月7日付けでした昭和60年分の所得税の更正処分及びこれに伴う同月16日付けでした過少申告加算税の変更決定後の同月7日付け過少申告加算税の賦課決定処分のうち、事業所得金額が1188万7391円を超える部分を取り消す。
(3) 被控訴人鳴門税務署長が控訴人に対して平成元年3月7日付けでした昭和61年分の所得税の更正処分及びこれに伴う同月16日付けでした過少申告加算税の賦課決定処分(ただし、国税不服審判所長の裁決による一部取消後のもの)のうち、事業所得金額が1344万2652円を超える部分を取り消す。
(4) 被控訴人鳴門税務署長が控訴人に対して平成元年3月7日付けでした昭和62年分の所得税の更正処分及びこれに伴う同月16日付けでした過少申告加算税の変更決定後の同月7日付け過少申告加算税賦課決定処分のうち、事業所得金額が1677万3181円を超える部分を取り消す。
(5) 被控訴人国は、控訴人に対し、220万円及びこれに対する平成3年9月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(6) (5)項につき仮執行宣言
(控訴人は、原審甲事件について、当審において、請求を減縮した。)
2 控訴の趣旨に対する答弁
(1) 本件控訴をいずれも棄却する。
(2) 担保を条件とする仮執行免脱宣言
第2当事者の主張
(原審甲事件について)
1 控訴人の請求原因
(1) 控訴人は、昭和60年ないし昭和62年当時、仏壇、仏具の卸売業を営んでいた。
(2) 控訴人は、別表1ないし3の各確定申告欄及び各修正申告欄記載のとおり(前記各表の「総所得」の内訳は事業所得のみである。)、昭和60年分ないし昭和62年分(以下「本件係争各年分」という。)の各確定申告及び修正申告を行った。
(3)① 被控訴人鳴門税務署長(以下「被控訴人税務署長」という。)は、控訴人に対し、別表1ないし3の各「更正及び賦課決定」欄記載のとおり、本件係争各年分につき、平成元年3月7日付けで、更正及び過少申告加算税の賦課決定処分をした。
② 被控訴人税務署長は、控訴人に対し、平成元年3月16日付けで、前記修正申告に基づき、別表1ないし3の各「過少申告加算税の賦課決定」欄記載のとおり、過少申告加算税の賦課決定処分をするとともに、同各「過少申告加算税の変更決定」欄記載のとおり、同月7日付けの前記過少申告加算税賦課決定処分の変更決定処分をした。
③ 被控訴人税務署長は、平成元年3月28日付けで、別表1ないし3の各「所得税の訂正」欄記載のとおり、同月7日付けの前記更正処分にかかる納付すべき税額を訂正した(以下、この訂正後の更正処分及び前記②の変更決定後の過少申告加算税賦課決定処分を総称して「本件各処分」という。)。
④ 控訴人は、平成元年5月1日、本件各処分につき異議申立をし、異議審理庁である高松国税局長は、同年7月25日付けで異議申立を棄却する旨の決定をし、控訴人は、さらに、同年8月24日、国税不服審判所長に対し、審査請求をしたところ、同所長は、平成3年3月30日、別表1ないし3の各「審査裁決」欄記載のとおり、昭和60年分及び昭和62年分についての審査請求を棄却し、昭和61年分の更正及び過少申告加算税賦課決定処分の一部を取り消す旨の裁決をし、同裁決書謄本は、同年4月18日ころ、控訴人に送達された。
(4) 本件各処分には、控訴人の事業所得金額を過大に認定した違法がある。
よって、控訴人は、被控訴人税務署長に対し、平成元年3月7日付けの昭和60年分の所得税の更正処分及びこれに伴う同月16日付け過少申告加算税の変更決定後の同月7日付け過少申告加算税の賦課決定処分のうち、事業所得金額が1188万7391円を超える部分、同月7日付けの昭和61年分の前記更正処分及びこれに伴う同月16日付け過少申告加算税の賦課決定処分(ただし、前記裁決による一部取消後のもの)のうち、事業所得金額が1344万2652円を超える部分並びに同月7日付けの昭和62年分の前記更正処分及びこれに伴う同月16日付け過少申告加算税の変更決定後の同月7日付け過少申告加算税賦課決定処分のうち、事業所得金額が1677万3181円を超える部分の各取消を求める。
2 請求原因に対する認否
請求原因(1)ないし(3)の事実は認めるが、同(4)は争う。
3 被控訴人税務署長の抗弁
(1) 推計課税の必要性
高松国税局の国税調査官は、昭和63年8月30日以降、控訴人、その妻及び控訴人の依頼した税理士に対し、本件係争各年分の控訴人の所得税調査のため、帳簿類等の提出を求めたが、これを拒否されたため、本件係争各年分の事業所得の金額を算出するための資料を直接控訴人から入手できず、前記各年分の事業所得の金額を実額で把握することは不可能であったので、控訴人の取引先等を調査した。被控訴人税務署長は、前記調査の結果仕入金額が確認できたので、これに基づいて推計の方法により前記各事業所得の金額を算出したところ、控訴人の申告額を上回ったため、本件各処分をした。
(2) 事業所得の金額
控訴人の本件係争各年分の事業所得の金額は、次のとおりであるから、前記事業所得金額の範囲内でなされた本件各処分(裁決による一部取消後のもの)は、適法である。
① 昭和60年分 2622万5526円
② 昭和61年分 3236万0901円
③ 昭和62年分 3584万5506円
(3) 事業所得の金額の計算
下記①売上金額から売上原価(仕入金額)を控除し、さらに、同②一般経費、同③特別経費及び同④専従者控除額を控除して算定した。
① 売上金額
昭和60年分 1億4022万9741円
昭和61年分 1億7785万5453円
昭和62年分 1億7596万3228円
前記各売上金額は、後記の本件係争各年分の売上原価及び控訴人の取扱商品の主なものの売買差益率から、次のとおり算定した。
算式 売上金額=売上原価÷(1-売買差益率)
昭和60年分 96,562,200÷(1-0.3114)=140,229,741
昭和61年分 120,337,000÷(1-0.3234)=177,855,453
昭和62年分 120,112,500÷(1-0.3174)=175,963,228
ア 売上原価
控訴人の本件係争年分の売上原価(仕入金額)は、昭和60年分が9656万2200円、昭和61年分が1億2033万7000円、昭和62年分が1億2011万2500円であり、その明細は、別表4記載のとおり(2段に分けて記載された欄では下段の金額)である。
なお、売上原価の額は、一般には、期首棚卸金額に仕入金額を加算し、期末棚卸金額を控除して算定するが、本件では、控訴人から棚卸の資料が提供されておらず、期首と期末で棚卸金額に著しい変動はないと認め、期首及び期末の棚卸金額が同額であるものとし、仕入金額をもって売上原価とした。
イ 売買差益率
昭和60年分 31.14パーセント
昭和61年分 32.34パーセント
昭和62年分 31.74パーセント
前記各売買差益率は、控訴人の売上先への照会に対する回答から個別商品名、単価及び金額の分かるものを抽出し、その単価と仕入先の反面調査により把握した前記抽出商品と同一の仕入商品の仕入単価の比較により売買差益を算出し、それを売上単価で除して算出したものであるが、売上単価、仕入単価及び仕入金額をすべて特定できた商品は、仏壇では「輝」のみ、仏具では経机のみである。前記算出過程の詳細は、別表5ないし7記載のとおりである。なお、別表5ないし7の「百分比の基礎となる金額又は数量」欄は、各品目欄の商品の仕入単価に把握できた当該商品の仕入個数を乗じて把握できた仕入総額であり、「⑥百分比」欄は、各品目欄の商品の仕入総額の合計金額に占める各品目欄の商品の仕入総額の割合であり、売上単価の詳細は、別表8ないし13記載のとおり、仕入単価の詳細は、別表14ないし16記載のとおりである。
② 一般経費
昭和60年分 1219万9988円
昭和61年分 1654万0558円
昭和62年分 1544万9572円
前記各一般経費の額は、本件係争各年分の控訴人の売上金額(前記①)に、仏壇、仏具の製造卸業で、業態、事業規模等が控訴人に類似する青色申告者(以下「本件類似同業者」という。)3件の平均一般経費率(昭和60年分8.70パーセント、昭和61年分9.30パーセント、昭和62年分8.78パーセント)を乗じて算出したものであり、類似同業者の平均一般経費率の算出根拠は、別表17記載のとおりである。
③ 特別経費
昭和60年分 434万2027円
昭和61年分 771万6994円
昭和62年分 350万5650円
前記特別経費の内訳は、乙の給料賃金(本件係争各年分とも各112万円)、支払利息(昭和60年分135万7609円、昭和61年分128万2576円、昭和62年分120万1232円)、建物減価償却費(本件係争各年分とも各118万4418円)、貸倒損失(昭和60年分68万円、昭和61年分413万円、昭和62年分0円)である。
④ 事業専従者控除
昭和60年分 90万円
昭和61年分 90万円
昭和62年分 105万円
前記事業専従者控除は、控訴人の妻丙及び長男にかかるものである。
(4) 本件類似同業者の選定方法及び推計の合理性
本件類似同業者は、控訴人の事業内容等を基に次のすべての基準に該当する者を選定したものであるから、本件類似同業者の平均一般経費率を用いて控訴人の事業所得の金額を推計することには合理性がある。
① 控訴人の納税地を所轄する鳴門税務署ほか徳島県内の各税務署(徳島、川島、阿南、脇町及び池田)及び高松、松山、高知、今治及び丸亀の各税務署管内において、仏壇製造卸業を営む個人又は法人であることただし、個人については、昭和60年分ないし昭和62年分、法人については、昭和60年9月末日から昭和61年3月末日までに終了する事業年度分、昭和61年9月末日から昭和62年3月末日までに終了する事業年度分、昭和62年9月末日から昭和63年3月末日までに終了する事業年度分で、年1回決算のものであること
② 前記①のただし書の期間を通じて事業を継続していること
③ 前記①のただし書の期間を通じて青色申告書を提出していること
④ 前記①のただし書の期間の各年分又は各事業年度分の売上原価の額が5000万円から1億8000万円までの範囲内のものであること事業規模の類似性を担保する趣旨から、被控訴人税務署長の確認した控訴人の本件係争各年分の売上原価の額の概ね50パーセントないし200パーセントの範囲内にあるものに限定するための条件である。
⑤ 前記①のただし書の期間を通じて不服申立て又は訴訟が係属中でないこと
4 抗弁に対する認否
(1) 抗弁(1)は、被控訴人税務署長の主張が適法な税務調査がなされたことを前提とする点で争う。
(2) 同(2)は否認する。
(3)① 同(3)、①のうち、売上金額が被控訴人税務署長主張のとおりであることは否認する。
アのうち、別表4の中の二段に分けて記載した欄の下段は否認し、他の欄の分は認める。
イのうち、売買差益率が被控訴人税務署長主張のとおりであることは否認する。
別表8のうち、「㈲A」欄の「輝紫丹22号」欄及び「㈱B」欄の「輝黒丹25号」欄、別表9のうち、「C」欄の「輝紫丹25号」欄及び「輝黒丹22号」欄、別表12のうち、黒丹22号の売上が他にないこと及び紫丹22号の売上がないこと、別表13のうち、紫丹22号、紫丹22号猫足、紫丹25号猫足及び黒丹25号猫足の売上が他にないことは否認する。別表15のうち、「D」及び「E協業組合」にかかる部分は否認する。別表15のうち、輝紫丹22号及び輝黒丹22号の売上が他にないことは否認する。
② 同(3)、②は否認する。
③ 同(3)、③のうち、本件係争各年分の減価償却費が被控訴人税務署長主張の額であることは(したがって、特別経費の総額も)否認し、その余は認める。
④ 同(3)、④は認める。
(4) 同(4)は争う。
5 控訴人の主張
(1) 事業所得の金額
昭和60年分 1188万7391円
昭和61年分 1344万2652円
昭和62年分 1677万3181円
(2) 事業所得の金額の計算方法
後記①の売上金額から売上原価を控除し、さらに、同②一般経費、同③特別経費及び専従者控除額を控除して算定する。その計算は、別表18記載のとおりである。
① 売上金額
昭和60年分 1億3288万9168円
昭和61年分 1億7113万7639円
昭和62年分 1億6546万8016円
前記各売上金額は、後記の売上原価及び控訴人の売買差益率(後年分の本人率)に基づき、売上原価÷(1-売買差益率)の算式で算出した。
ア 売上原価
昭和60年分が9909万5453円、昭和61年分が1億2761万7338円、昭和62年分が1億2338万9500円であり、以下の仕入金額と外注費からなる。
(ア) 仕入金額
本件係争各年分の控訴人の仕入金額は、昭和60年分が9344万2200円、昭和61年分が1億2033万7000円(被控訴人税務署長の主張と同じ)、昭和62年分が1億1635万3500円であり、その明細は別表4記載(2段に分けて記載された欄では上段の金額)のとおりである。被控訴人税務署長の主張と食違うのは、以下の点が原因であり、控訴人の主張が正しい。
a 昭和60年12月の有限会社Fからの黒丹22号12本(合計312万円)の仕入の有無
控訴人は、上記仕入をしていない。
b 昭和62年12月の有限会社Fからの銀河25号12本(合計360万円)の仕入の有無
控訴人は、上記仕入をしていない。
c 昭和62年分の有限会社G(以下「G」という。)との取引における昭和63年1月25日の15万9000円の「彫刻代」の性質
控訴人がGに注文した商品の彫刻につき、同社からの依頼で控訴人が他の業者に注文して彫刻させた代金15万9000円について、控訴人からの代金減額要求に応じてGが値引きしたものであるから、上記金額はGからの仕入金額に含まれない。
(イ) 外注費
本件係争各年分の控訴人の外注費(仏壇、仏具の手直し及び彫刻の外注代金)は、昭和60年分が565万3253円、昭和61年分が728万0338円、昭和62年分が703万6000円である。
上記のうち、昭和62年分は実額であり、内訳は、株式会社H分131万6000円、I分400万円、J分172万円である。昭和60年分及び昭和61年分は、実額で算定することが不可能なので、昭和62年分の上記外注費を同年分の仕入金額1億1635万3500円で除して得た0.0605を、昭和61年分及び昭和62年分の各仕入金額に乗じて推計した。
イ 売買差益率
控訴人が法人成りした株式会社Kの平成元年度から平成3年度までの3期の実際の売買差益率の平均0.2543によるものとする。前記株式会社の前記3期の決算内容及び売買差益率算出の明細は、別表19記載のとおりである。
② 一般経費
昭和60年分 1666万4301円
昭和61年分 2146万0659円
昭和62年分 2074万9689円
前記各一般経費は、本件係争各年度の控訴人の売上金額に、株式会社Kの前記3期の一般経費を売上金額で除して得た一般経費率の平均である0.1254を乗じて算出した。前記平均一般経費率の算出方法の詳細は、別表19記載のとおりである。
③ 特別経費及び事業専従者控除
別表18記載のとおり、建物減価償却費が係争各年分とも118万4414円である点以外は、被控訴人税務署長の主張する金額と同一である。
(3) 控訴人主張の推計の合理性及び優位性
① 株式会社Kは、本件各処分直後に控訴人が法人成りして設立された会社であるが、平成元年度ないし平成3年度の同社の業種、業態は、本件係争各年分当時の控訴人のそれから全く変化しておらず、前記各事業年度の同社と仕入金額も本件係争各年分当時の控訴人の仕入金額と比較していわゆる倍半基準の範囲内にあるから、事業規模も同一である。前記会社は、法人成り後、青色申告の承認を受けて確定申告書を提出していたから、確定申告書の記載に基づく前記各事業年度の売上、仕入及び諸経費等別表18記載の数値の正確性は担保されている。
さらに、控訴人主張の推計は、株式会社Kの扱っている全商品を対象にしていること、外注費も考慮した正確な売買差益率を算出できることなどの点で、本件係争各年分当時の控訴人の売買差益率及び一般経費率を推計する方法として合理性を有し、かつ、後記のとおり、合理性のない被控訴人税務署長主張の推計より明らかに優っている。
② 被控訴人税務署長の主張する推計は合理性がない。
控訴人は、仏壇の卸を業とするのに、被控訴人税務署長は、類似同業者を仏壇製造卸業から選定して一般経費率を算定していること、同被控訴人は、控訴人の扱う商品のごく一部のみを対象にして売買差益率を算出していること、同被控訴人の主張する控訴人の昭和60年分の売上のうち、有限会社A及び株式会社Bに対する分、昭和61年分の売上のうち、C及びLに対する分、昭和62年分の売上につき有限会社Mに対する分につきそれぞれ計上漏れがあること、同被控訴人は、Gからの仕入(仏壇「輝」)を除外していること、同被控訴人は、昭和62年分のD及びE協業組合からの仕入が「輝」でないのに、「輝」としていること、同被控訴人は、「輝」の売買差益率については、仕入れ値の高いGからの仕入を除外し(しかも、売上には同社に対する分を含める操作をしている。)、仕入れ値の安いNからの仕入を中心に商品を拾い出し、手直し代等の外注費を売上原価から除外するなどの恣意的操作をしていることなどの点からして、同被控訴人の主張する売上金額(売買差益率)及び一般経費の推計には合理性がない。
6 控訴人の主張に対する被控訴人税務署長の認否、反論
(1) 控訴人主張の推計について
① 控訴人主張の推計は、後年分の本人率によるものであるが、行政処分の違法性判断の基準時が当該処分時であることからすれば、控訴人において、被控訴人税務署長の主張とは別の推計方法を主張して推計の合理性を争うことが許されるとしても、本件各処分時に検討することが不可能な後年分本人率による推計方法を主張して同被控訴人の推計の合理性を争うことはできない。また、控訴人が、後年分の本人率による推計を主張することは、行政庁の第一次判断権と抵触する。
② 株式会社Kが青色申告の承認を受けているからといって、帳簿、領収書等の原資料が提出されていない以上、控訴人が推計に用いた同社の決算報告書に用いられた数値が正確な資料に基づいて適正に記帳されたと判断することはできない。
(2) 仕入金額について
本件係争各年分の控訴人の仕入金額につき、被控訴人税務署長と控訴人の主張が食い違う原因が、控訴人の主張(2)、①、ア、(ア)のaないしc記載のとおりであることは認める。前記a、bの有限会社Fからの仕入の有無については、控訴人は、その仕入をしている。前記cのGの彫刻代は、本来彫刻をなすべき同社がその役務を提供しなかったのであるから、その役務相当代金の支払を受けられないのは当然であり、値引きではない。控訴人が、他の業者(株式会社H)に彫刻をさせたことによる支払分を仕入金額に計上すべきであるが、前記支払分を仕入金額に計上しないなら、Gからの本来の仕入金額を全額売上原価とした上、控訴人が前記彫刻代を立て替えたものとし、その立替代金と前記仕入金額とを相殺したものとみるのが相当である。
(3) 外注費について
控訴人が、控訴人の主張(2)、①、ア、(イ)の手直し等の外注費を支出したことは否認する。仮に、控訴人が、前記支出をしたとしても、これを仕入先が本来負担すべき外注費を控訴人があえて負担したものとみるべきである。すなわち、仕入先から納品を受けた商品の手直しが必要となり、控訴人が他の業者に手直しを外注した場合、仕入先に対する支払額と控訴人が負担した外注費の和は、当該仕入先に対する本来の仕入代金と一致するはずであるから、売上原価に増減は生じない。また、控訴人が、営業政策上、早期に納品させて売上を上げるために外注した場合は、その費用は、当該個別売上に直接対応する売上原価ではなく、広告宣伝費等と同列に扱うべき一般経費である。Iに対する修理費用のように、特定の商品に対する手直しではなく、一定の割合で生する費用は、一般経費とみるべきである。
(原審乙事件について)
1 控訴人の請求原因
(1) 原審甲事件の請求原因(1)に同じ
(2) 丁(以下「丁」という。)、戊(以下「戊」という。)及び己(以下「己という。)は、昭和63年当時、高松国税局直税部資料調査第2課所属の国税実査官であった。
(3)① 戊及び丁は、昭和63年8月30日午前10時半ころ、事前通知なしに控訴人の肩書記載の自宅兼事務所・店舗・倉庫(以下「控訴人事務所」という。)を訪れた。その際、控訴人が出張中で不在であったことから、妻の丙(以下「丙」という。)が、控訴人が不在なので、調査は控訴人のいる時にして欲しいと申入れたが、これを無視し、丙の制止を振り切って、無断で控訴人事務所1階の倉庫内に侵入し、仏壇等の商品番号を控えた。さらに、戊及び丁は、丙が「詳しいことは主人がいる時に来てください。」と重ねて懇請したのにもかかわらず、「子供の使いじゃあるまいし、すぐに帰れない。」等あたかも調査に応じる義務があるかのように申し向け、「答えなければ専従者控除を取り消す」と脅迫的な言辞を申し向けて返答を強要した。戊及び丁は、控訴人不在のまま午後になっても調査を強行し、質問が終わるや、丙の制止を振り切り、「土足厳禁」のプレートのあるエレベーターに土足のまま乗り込み、「やめてください。」との丙の制止を無視し、日頃から土足で立ち入らないようにしている3階倉庫に土足のまま侵入し、仏壇をメモし、あとを追ってきた丙に質問を浴びせかける等の行為をした。
② 戊及び丁の前記各行為は、以下のとおり、正当な質問検査権の行使として許される範囲を超えた違法行為である。
ア 税務職員が、事前通知なしに調査に訪れた場合、事業の責任者の不在を理由に調査の延期を要求できると解すべきところ、戊及び丁が、丙のした控訴人が不在であるから、調査は控訴人のいる時にして欲しいとの申入れを無視して、調査に入ったのは違法である。
イ 戊及び丁が、控訴人又は丙の承諾なしに、1階倉庫に侵入したのは違法である。
ウ 戊及び丁が、調査は控訴人の在宅時にされたい旨の丙の重ねての懇請を聞き入れず、調査に応ずる義務があるかのように申し向け、応じなければ専従者控除を取り消すと脅して返答を強要したのは、任意調査の限界を超えた違法行為である。
エ 戊及び丁が、丙の制止を振り切って、土足でエレベーターに乗り込み、3階倉庫に侵入したのは違法である。
(4)① 控訴人は、昭和63年8月27日ころから出張で全国を自動車で周り、同年9月15日午前9時半ころ、最後の得意先での仕事を終えた後、単独で自動車を運転し、岩手県の東北自動車道から主要高速道路を経由し約20時間かけて翌16日の午前5時ころ帰宅した。控訴人は、長期出張のあとは血圧が上がり、この日も体調が悪く病院に行くつもりであったが、戊より帰宅時に報告するよう言われていたので、鳴門税務署に電話をかけ、n統括官に帰宅を報告し、「1人で、一昼夜20時間余り徹夜で運転して帰ってきて、体調がすぐれず、午前中病院に行きたい。この日は調査に応じられる状況ではない。体調が回復次第調査に応じる。」旨を告げた。
しかし、n統括官は、「そんなことは理由にならない。国税局の調査官はもうこちらを出発した。」と電話を切り、丁、戊及び己を調査に差し向けた。
丁、戊及び己は、n統括官から控訴人からの前記連絡の内容を聞いた上、同日午前10時ころ、控訴人事務所に赴き、身分証明書すらろくに呈示せず、「レジを出せ」、「金庫、現金を出せ」と大声で迫った。これに対し、控訴人が、身分を明らかにするよう、また、強制調査なら令状を見せるよう求めると、丁らは、見せる必要はないとして応じず、大声で調査に応じるよう強要した。あまりのおそろしさに控訴人が、110番すると口にし、「現金を出してとられても返らない。まず身分を明らかにしてください。」と頼み込むと、丁らは、「マルサの女のようなものだ」と説明した。
控訴人は、体調が一層悪くなり、丁らに対し、丸一昼夜20時間以上かけて徹夜で運転してきて血圧が高いので、ゆっくり休ませて欲しい、病院に行きたいから、日を改めて欲しいと願い出たが、丁らは、聞き入れず、「後日にしたら売上を書き直してごまかすだろう」、「調査を拒否する気か」と大声で怒鳴りつけ、控訴人の体調を無視して仕入先等の質問をした。
丁、戊及び己は、同日昼ころ、控訴人が再度病院に行かせて欲しいと頼むのを無視し、控訴人の制止を振り切って2階にかけ上がり、丁及び戊が2階事務室内に侵入し、入口に近いカウンター付近でメモをとり、さらにカウンターから事務室内部に入ろうしたが、控訴人から激しい抗議を受けて断念した。しかし、己は、倉庫の中に侵入し、メモをとるなどした。丁及び戊は、2階事務室から同階の社長室に入り、丁は、控訴人の制止を無視して「炊事場」と書かれた炊事場のドアを開けてのぞき込む等した。
丁及び戊は、調査終了の際、控訴人からの身分を明らかにするようにとの重ねての要求にようやく応じて、名刺を置いて帰った。
控訴人は、翌々日、病院で血圧が235もあることを告げられた。
② n統括官、丁、戊及び己の前記各行為は、以下のとおり、正当な質問検査権の行使として許される範囲を超えた違法行為である。
ア n統括官が、控訴人から体調が悪いと言われたのにそれを無視して丁らを差し向け、丁、戊及び己らが、事前にn統括官より控訴人から体調が悪いとの連絡があったことを聞いており、控訴人事務所においても、控訴人から何度も体調不良を理由とする調査延期の申し出を受けながら、控訴人を大声で怒鳴りつけるなどして調査を強行したことは、控訴人の人権を侵害する違法な調査である。なお、事前通知なくして調査に赴いたときは、納税者の正当な理由に基づく調査期日の変更申し出を拒否できないと解すべきである。
イ 丁、戊及び己が、控訴人からの再三の要求を受けても、身分を明らかにしようとしなかったのは、所得税法236条に反するから、丁らの調査は違法である。
ウ 任意調査であるのに、「マルサの女のようなものだ」としてあたかも査察部のする強制調査であるかのように述べ、控訴人に応じる義務のない調査に応じさせようとしたのは違法である。
エ 丁、戊及び己が、控訴人の制止を振り切り、控訴人事務所の2階の事務所や倉庫に侵入し、炊事場までのぞいたのは違法である。
(5) 控訴人は、別表1ないし3の各確定申告欄及び各修正申告欄記載のとおり(前記各表の「総所得」の内訳は事業所得のみである。)、本件係争各年分の各確定申告及び修正申告を行った。
被控訴人税務署長は、控訴人に対し、別表1ないし3の各「更正及び賦課決定」欄記載のとおり、本件係争各年分につき、平成元年3月7日付で、更正及び決定(以下「本件更正処分」という。)をした。
(6) 被控訴人税務署長及び本件更正処分の実質的責任者である丁は、同処分をなすに当たり、以下のとおり、職務上の注意義務に違反した。
① 反面調査において収集した資料の集計ミスをした。その詳細は、別表20ないし22記載のとおりである(前記各表で丸印を付けたものは、国税不服審判所長の裁決で誤りとされたり、本訴になってから、被控訴人らが控訴人の主張を争わないものである。)。すなわち、控訴人の仕入金額について、有限会社Fからの仕入金額を全く計上しない、Oからの昭和61年分及び昭和62年分を各500万円ずつ過大計上し、Nからの昭和60年分で約517万円、昭和61年分で約1162万円、昭和62年分で30万円の過大認定をし、P株式会社(以下「P」という。)からの昭和60年分で127万円の過大認定をし、Qからの昭和60年分で約27万円、昭和62年分で約6万円の過大認定をした。
② 帳簿等の原始資料の収集、点検を怠った。
控訴人の依頼した庚税理士(以下「庚税理士」という。)は、平成元年3月1日、丁に対し、先に提出した収支計算書について、誤りだという点を指摘してくれれば説明するので、指摘して欲しいと要請した。丁がこれに応じて前記収支計算書の内容につき被控訴人税務署長との相違点を説明し、同税理士の説明を聞いて控訴人の資料との突合等を行っていれば、自らの誤りを容易に発見し得たのに、これをしなかったのは、正確な資料を収集し、正確な税額を把握すべき税務職員としての義務に違反する。
③ 推計するに当たり、比準同業者としては、控訴人と同じ仏壇卸を業とする者を選定すべきであったのに、仏具の小売業者を選定した。その結果、真実の売買差益率は約25パーセントであるのに、これを約36パーセントと過大に設定して本件更正処分をした。
(7) 控訴人は、被控訴人国の前記各公務員の加害行為により、多大の精神的苦痛を被り、原審乙事件の提起、遂行のため弁護士費用の支出を余儀なくされた。これによる控訴人の損害額は次のとおりである。
① 慰謝料200万円
② 弁護士費用20万円
よって、控訴人は、被控訴人国に対し、国家賠償法1条1項に基づき、220万円及びこれに対する原審乙事件の訴状送達の日の翌日である平成3年9月14日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
2 請求原因に対する認否
(1) 請求原因(1)、(2)の事実は認める。
(2)① 同(3)、①のうち、戊及び丁が、昭和63年8月30日午前、事前通知なしに控訴人事務所を訪れたこと、その際、控訴人が出張中で不在であったこと、戊及び丁が、1階及び3階の倉庫内に入って調査したことは認めるが、その余は否認する。
② 同(3)、②は争う。
(3)① 同(4)、①のうち、控訴人が昭和63年9月16日朝に鳴門税務署に電話をかけたこと、丁、戊及び己が、同日午前、控訴人事務所に赴いて調査をし、控訴人が応対したことは認めるが、その余は否認する。
② 同(4)、②は争う。
(4) 同(5)の事実は認める。
(5) 同(6)冒頭の主張は争う。
① 同(6)、①のうち、被控訴人税務署長の控訴人の仕入額についての主張が別表20ないし22記載のとおりであることは明らかに争わない。
② 同(6)、②、③は争う。
(6) 同(7)は否認する。
3 被控訴人国の主張
(1) 昭和63年8月30日の調査経過
戊及び丁は、昭和63年8月30日午前10時ころ、控訴人事務所に臨場し、丙と1階で面接し、身分証明書を呈示し、身分及び氏名を名乗り、調査目的を告げて事務の流れ、帳簿及び伝票類の保存状況を尋ねた。しかし、丙から、帳簿類の提示は控訴人のいるときにさせて欲しい旨言われたので、それ以上尋ねることはしなかった。
戊及び丁は、この時の丙の説明から、控訴人事務所の倉庫、事務所の所在場所が分かったので、現在の事業状況を確認するため、1階及び3階の倉庫並びに2階の事務所及び倉庫を見せて欲しいと頼んだところ、丙は、控訴人の不在を理由に2階を見せることは断ったが、1階及び3階の倉庫を見せることに応じ、倉庫の鍵を開け、倉庫内の照明も点けて戊らを案内した。3階の倉庫へは、階段を通ると2階事務所が見えるとの理由でエレベーターで案内された。戊らは、倉庫内で、仏壇の種類、記号を調査した。
その後、丙に控訴人の帰宅予定日を尋ねたところ、翌月半ばを過ぎるとのことであったので、次回調査の日を同年9月16日と約束し、都合が悪いときは連絡してくれるよう伝え、午前中で調査を終えた。
この日の調査の際、丙が、特に対立的又は非協力的態度をとったことはなく、戊及び丁が、声を荒げたり、脅迫的態度を示したことはない。
(2) 昭和63年9月16日の調査経過
丁、戊及び己は、昭和63年9月16日午前、控訴人事務所に臨場した。なお、丁及び戊は、この日朝早く高松を出発し、鳴門税務署に立ち寄ってから、控訴人事務所に向かったが、同税務署でn統括官から、同日朝控訴人から体調がすぐれないので都合が悪いとの連絡を受けたが、調査担当者は既に高松を出発していて連絡がつかないので、臨場したら会うだけ会って欲しい旨返答したとの報告を受けた。控訴人事務所に到着した丁らは、控訴人に対し、身分証明書を提示し、身分氏名を名乗り、来訪の目的を伝えた上、控訴人から世間話を交えながら、一般的な事務概況に関する話を聞いた。
丁らは、昼前に一旦中止し、昼食後の午後1時過ぎに再び控訴人事務所に赴き、調査に入りたい旨を控訴人に伝えて帳簿、請求書その他の書類の提示を要請したが控訴人は、最後まで帳簿書類等は未整理であるとして提示しなかった。
丁らが、控訴人から体調が悪いことを理由に調査の延期を求めたのに、丁らが調査を強行したこと及び大声で怒鳴ったり、「マルサの女のようなものだ」などと強制調査であるかのように申し向けたこと及び午後の調査の際、控訴人の制止を振り切って2階の事務所及び倉庫に侵入したことはない。
(3) 本件更正処分における税務署長の職務上の義務違反
① 税務署長のする所得税の更正処分は、そこで認定された所得金額が客観的に定まった所得金額を上回らない限り、税務署長に職務上の義務違反があり、国家賠償法1条1項の適用上違法であると評価されることはない。被控訴人税務署長が本件更正処分において認定した所得金額は、別表1ないし3の各「総所得金額」欄の「更正及び賦課決定」欄記載のとおりであるのに対し、控訴人の本件係争各年分の客観的に定まった所得金額は、昭和60年分が2622万5526円、昭和61年分が3236万0901円、昭和62年分が3584万5506円であるから、本件更正処分のうち昭和60年分及び昭和62年分について被控訴人税務署長に職務上の義務違反があったとはいえない。
本件更正処分のうち昭和61年分で認定した所得金額は、客観的に定まった所得金額を上回っているが、その原因は、前記処分の際、被控訴人税務署長が、控訴人の非協力のため控訴人の同年分の特別経費を把握できず、これを過少に認定したことにあり、やむを得ないものであったといえるから、同被控訴人に更正処分をなすに当たっての職務上の義務違反はない。
② 反面調査における収集資料の集計ミスについて
ア 本件更正処分当時、有限会社Fからの仕入は把握できなかった。前記仕入は、異議申立てにかかる調査の際に新たに判明した。
イ 被控訴人税務署長は、反面調査の際のOの事業主の申し立てた取引本数及び単価に基づいてOからの仕入金額を認定した。なお、前記事業主は、帳簿書類等は店舗移転の際にすべて破棄したと申し立てた。したがって、被控訴人税務署長が、本件更正処分の際、職務上の注意義務に違反して、Oからの仕入金額を過大計上したことはない。
ウ 被控訴人税務署長は、Nに対する反面調査の結果収集した注文書に基づいて控訴人のNからの仕入金額を認定した。本来、注文書の記載のみでは仕入金額を正確に把握することは困難であり、控訴人側の資料に基づいて注文書により把握した仕入金額の正確性を確認する必要があったが、本件更正決定に際しては、控訴人の非協力によりこれをなし得なかった。したがって、被控訴人税務署長が、本件更正処分の際、職務上の注意義務に違反して、Nからの仕入金額を過大計上したことはない。
エ Pからの昭和60年分の仕入金額は、反面調査の際、提出を受けたPの売上帳に基づいて認定したが、その際、売上の二重計上をしたり、値引き分の差引きをしなかった分がある。これが被控訴人税務署長のミスだとしても、前記のとおり、同被控訴人が本件更正処分で認定した同年分の所得金額は、客観的に定まる所得金額を上回らないから、同被控訴人には職務上の義務違反はない。
オ 被控訴人税務署長は、Qに対する反面調査の結果収集した領収書に基づいて控訴人のQからの仕入金額を認定した。本来、領収書の記載のみでは仕入金額を正確に把握することは困難であり、控訴人側の資料に基づいて領収書により把握した仕入金額の正確性を確認する必要があったが、本件更正決定に際しては、控訴人の非協力によりこれをなし得なかった。したがって、被控訴人税務署長が、本件更正処分の際、職務上の注意義務に違反して、Qからの仕入金額を過大計上したことはない。
③ 控訴人の帳簿等の収集、点検について
庚税理士からは、昭和63年12月21日に収支計算書が提出されたが、同計算書には売上や仕入の内訳が記載されておらず、確定申告の内容を把握することができなかったので、丁は、以後、同税理士に対し、再三、収支計算書の明細書の提出を求めたが、同税理士はこれに応じず(帳簿類等の提示はもちろんない)、本件更正処分に至った。
④ 比準同業者の選定について
税務署の業種の分類では、仏壇、仏具の関係は、仏具の販売業者と仏具の製造業者に分けられ、仏壇販売業者は仏具の販売業者に、仏壇製造業者は仏具の製造業者にそれぞれ含められており、また、仏具の販売業者は、小売りも卸売も含めたものとなっている。被控訴人税務署長が本件更正処分の際に使用した同業者は、コンピューターから打ち出された仏具の小売業者のリストの中から一定の基準を充たすものを選定した。したがって、被控訴人税務署長の選定した前記小売業者は、字義どおり全くの小売業者とは限らない。また、控訴人は、小売りもしていた。
以上により、被控訴人税務署長が、本件更正処分に際し、コンピューターから打ち出された仏具の小売業者のリストの中から比準同業者を選定したことが、同被控訴人の職務上の注意義務に違反するとはいえない。
理由
第1原審甲事件について
1 請求原因1ないし3(控訴人の事業内容並びに確定申告及び更正処分等の経緯)は、控訴人と被控訴人税務署長との間で争いがない。
2 推計課税の必要性
(1) 証人戊、同丁、同三木丙、同庚の各証言、原審における控訴人本人尋問の結果(1回)によれば、次の事実が認められ、この認定に反する証人庚の証言の一部は、証人戊、同丁の各証言と対比して採用できない。
① 昭和63年当時、高松国税局直税部資料調査第2課所属の国税調査官(国税実査官)であった丁及び戊は、同年8月30日、控訴人事務所に赴き、控訴人の妻丙に対し、本件係争各年分の帳簿書類等の保存状況等について尋ねたが、丙から、控訴人の不在中に帳簿書類の提示はできない旨の返答を受け、次いで、同年9月16日、控訴人事務所において、控訴人に対して前記帳簿書類等の提示を求めたが、その提示を受けることができなかった。
② その後、控訴人の代理人となった庚税理士は、丁に対し、昭和63年10月5日の調査の際には、未整理のため帳簿書類の提示はできない旨述べ、昭和62年分の収支計算書を提出する旨の申し出をしたが、昭和63年11月21日又は同年12月21日、昭和62年分の収支計算書を提出したものの、同収支計算書には売上及び仕入等の内訳明細の記載がなかった。その後も本件更正処分時までの間、控訴人及び同税理士から前記内訳を記載した明細書の提出及び帳簿書類の提示はなかった。
③ 本件更正処分当時、控訴人には、少なくとも、昭和60年分及び昭和61年分の売上並びに本件係争各年分の経費全部を正確に記帳した帳簿及びその基になる原始記録が完備されていなかった。
(2) 前記認定事実によれば、本件更正処分及び本件各処分当時、控訴人の本件係争各年分の所得金額を実額で把握することはできなかったと認められるから、前記各時点において、推計課税の必要性があったといえる。
3 推計方法の選択
(1) 前記1の事実、乙1ないし3号証及び原審における控訴人本人尋問の結果(1回)によれば、控訴人は、本件係争各年分当時、控訴人の肩書住所地において事務所、倉庫を有し、「K」の屋号で仏壇、仏具の卸売業を営んでいたこと、その事業形態は、主に、控訴人の考案した仏壇を製造業者に製造させてこれを仕入れ、控訴人及び長男らが月間に半分程度の日数をあてて自動車で全国各地の小売業者を訪問して注文を取り付け、前記仏壇及び製造業者から仕入れた仏具の卸売りをするものであり、他に、控訴人事務所に来店した顧客相手に若干の仏壇、仏具の小売などもしていたことが認められる。
(2) 被控訴人税務署長の主張する控訴人の本件係争各年分の所得金額は、仕入金額(実額)と控訴人の一部の取引商品の売買差益率に基づいて売上金額を推計し、これから、同被控訴人の設定した基準に該当する比準同業者の平均一般経費率によって推計した一般経費、特別経費(実額)及び事業専従者控除額をそれぞれ控除して算出したものである。売買差益率の算定に用いた一部商品の選定についての合理的理由、比準同業者選定基準の合理性及び前記推計に使用した基礎数値の正確性が肯認できるならば、被控訴人税務署長の前記所得金額算出は、その方法としては一応合理的なものであるといえる。
(3) これに対し、控訴人は、仕入金額(実額)及び外注費(昭和62年分については実額、昭和60年分及び昭和61年分は、本件係争各年分の仕入金額と昭和62年分の外注費に基づく推計)と本件係争各年分後に法人成りして以降3期分の売買差益率(売上及び売上原価の実額数値により算出)に基づいて売上金額を推計し、前記3期分の平均一般経費率(売上及び一般経費の実額により算出)によって推計した一般経費及び事業専従者控除額を控除した金額を本件係争各年分の所得金額であると主張する。
所得金額計算方法についての被控訴人税務署長及び控訴人の前記各主張を対比すると、売上金額と一般経費の算定について比率法による推計を用いる点で共通するが(控訴人は、他に2年分の外注費を推計するのに対し、被控訴人税務署長は、これをしていないが、同被控訴人は外注費の存在自体を認めていないので、上記の点は計算方法の相違ではない。)、被控訴人税務署長は、控訴人の扱う一部商品の売買差益率から全体の売上金額を推計し、一般経費率につき同業者比率を使用するのに対し、控訴人は、後年分の全体の売買差益率を使用して売上金額を推計し、後年分の本人比率(本人率)で一般経費を推計する点で異なる。
(4)① 一般に、同業者比率による推計は、平均値を採ることによって業者間の業態及び営業条件等の個別的差違の多くは、平均値に包摂吸収されるが、なお業態及び営業条件等が当該納税者と全く同一ではあり得ない同業者の平均値によって推計するより、当該納税者自身の実額数値が適正に捕捉されている場合にそれから推計する方が、特段の事情のない限り、より真実に近い数値を把握し得るはずであるから、推計の方法としての合理性が更に高いというべきである。控訴人は、事務所、店舗、倉庫を有するものの、月間の半分程度の日数をあてて自動車で全国各地の小売業者を訪問して注文をとって仏壇及び仏具の卸売りをすることを主要な業態とし、店舗における小売り販売は部分的なものにとどまっていたので、類似同業者の選定は容易ではない。これらの点からすると、一般経費の金額の推計において、同業者比率を用いる被控訴人税務署長主張の推計方法より、本人比率を用いる控訴人主張の推計方法の方が、基礎数値に正確性がある場合には、より合理的である。
② 売買差益率の算定について検討する。甲18ないし20号証、22号証、乙26、27号証、28号証及び29号証の各1、2、30ないし43号証及び原審における控訴人本人尋問の結果(1回)によると、本件係争各年分当時、控訴人が販売していた仏壇の中では、「輝」(デザインに基づく商品名であり、その中には更に材質、サイズの異なる複数の種類がある。)が主力商品であったが、他にも10種類(デザインによる分類数であり、同一デザインでも材質、サイズの異なる複数の種類があるものが含まれていることは前同様である。)以上の仏壇を販売していたこと、仏具も、比較的大まかな分類によっても、経机以外に数十種類の商品を販売していたことが認められ、別表5ないし10、14、15によれば、被控訴人税務署長が仏壇の売買差益率算定の資料とした「輝」は、デザイン、材質及びサイズによる分類をした中の6種類と別注品1本である。
また、金額的に見ても、別表4、14ないし16によれば、被控訴人税務署長が、売買差益率算定の基礎資料とした仏壇及び仏具の仕入金額が、当該年分の仕入金額全体に占める割合は、昭和60年分が57パーセント(控訴人主張の仕入金額による)又は55パーセント(被控訴人税務署長主張の仕入金額による)、昭和61年分が42パーセント、昭和62年分が37パーセント(控訴人主張の仕入金額による)又は36パーセント(被控訴人税務署長主張の仕入金額による)に留まる。
前記各事実によると、「輝」の中の更に一部及び経机の売買差益率から全体の売上金額を推計する被控訴人税務署長主張の推計方法と比較して、全部の商品についての売買差益率を用いる控訴人主張の推計方法の方が、基礎数値に正確性がある限り、より合理性が高いと解される。
③ さらに、推計方法自体ではなく、使用する基礎数値に関わる問題として、甲20号証、21号証の53枚目及び54枚目、45号証、乙26号証、28号証の2、32号証、34号証、37号証、42号証、57号証、原審(1回)及び当審における控訴人本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、被控訴人税務署長は、昭和62年分の売買差益率の算定のため、末尾に「22AA」の記号のある「輝」の売上単価を使用していること(別表10の「輝紫丹22号」及び「輝黒丹22号」に含めている。)、前記記号のある商品は、控訴人がGから仕入れていること、Gから仕入れた前記商品は、仕入単価が高いため、その売買差益率は他の仕入先から仕入れた商品のそれよりかなり低いことが認められ、この認定を揺るがすに足りる証拠はない。しかし、被控訴人税務署長は、仏壇の売買差益率の算定において、Gからの仕入はないものとして計算している(別表14、15参照)。以上によると、被控訴人税務署長のした昭和62年分の仏壇の売買差益率の計算は、売上に対応する仕入を正確に把握していないため、採用した基礎数値が不相当で、信頼性に欠ける。
また、後記のとおり、控訴人は、本件係争各年分において、仏壇及び仏具の売上原価となる外注費を支出していたと認められるが、被控訴人税務署長は、外注費の支出はないものとして計算しており、同被控訴人には、この点でも、売買差益率に影響を及ぼす事実の誤認がある。
(5) もっとも、控訴人の使用する本人比率(外注費の推計に使用する比率を除く。)は、本件係争各年分後で、しかも法人成りした後の事業年度のものである点が問題となり得る。
しかし、控訴人が本人比率を算出した事業年度は平成元年度(後記のとおり期首は平成元年5月24日)ないし平成3年度であり、その平成元年度の始期と本件係争各年分の最終期との間は約1年半で、著しい時間的経過があるとはいえないし、本件係争各年分当時から前記各事業年度当時が景気の上昇期であったことは当裁判所に顕著であり、少なくとも、その間に、控訴人のような事業者における売買差益率を低下させ、一般経費率を上昇させるような経済情勢の変動があったことを認めるべき証拠はない。甲3ないし5号証、証人庚の証言及び弁論の全趣旨によれば、控訴人は、平成元年5月24日、控訴人の肩書住所地を本店所在地とする株式会社Kを設立していわゆる法人成りしたが、本件係争各年分当時の控訴人の業態、営業条件及び取扱商品の構成と平成元年ないし平成3年当時の株式会社Kのそれらとは特段変化がないことが認められ、この認定に反する証拠はない。事業規模の点においても、本件係争各年分の仕入金額は、当事者の主張に若干差違があるが、別表4記載のとおり約9300万円(又は9600万円)ないし1億2000万円であるのに対し、控訴人が売買差益率及び一般経費率を算定した株式会社Kの3事業年度の仕入金額(後記のとおりこの数値は信用性がある。)は、別表19の「売上原価」欄記載のとおり、仕入金額のみでは約8000万円ないし1億7200万円、これに外注費を含めると約8700万円ないし1億7900万円であり(証人庚の証言によれば、「仕入高1」が通常言うところの仕入金額であり、「仕入高2」は外注費であると認められる。)、本件係争年分当時の仕入金額の50パーセント以上200パーセント以内となっており、著しい変動があるとはいえない。なお、乙46、47号証によると、被控訴人税務署長が採用した類似同業者3件の本件係争各年分の売上原価(外注費が含まれている可能性がある。)は、約5600万円ないし1億6000万円であることが認められ、株式会社Kの前記数値より本件係争各年分の控訴人の仕入金額により近いとはいえない。
したがって、いわゆる後年分の数値を使用する点で、控訴人主張の推計の合理性を否定すべきものとはいえない。
また、一般に、売買差益率及び一般経費率に関する限り、個人事業者と類似事業規模の同業法人とで前記各比率に差違を生じさせる特段の条件の相違が存するとは解されないし、被控訴人税務署長の設定した比準同業者の選定基準においても、対象から法人を除外して個人に限定してはいないから、被控訴人税務署長及び控訴人各主張の推計の合理性の優劣を比較検討する上で、控訴人が法人成りした後の数値を使用することは、控訴人主張の推計の合理性の程度を低める要素にはならない。
なお、控訴人主張の推計の合理性を肯定するには、基礎数値の正確性が認められることを要するが、控訴人は、株式会社Kの確定申告書の記載数値に基づいて売買差益率等を算出したと主張するところ、証人庚の証言及び弁論の全趣旨によれば、株式会社Kは、設立当初から青色申告の承認(法人税法121条)を受けたこと、控訴人が売買差益率等を算定した3事業年度の法人税額に関する争訟はなかったこと及び各事業年度の決算書は本件紛争発生後に控訴人から依頼を受けるようになった庚税理士が原始記録及び帳簿に基づき作成したこと、が認められるから、同社の申告書類(添附書類を含む。)の記載数値は信用性があるといえ。被控訴人税務署長は、帳簿及び原始資料が提出されていないことを理由に前記数値の正確性を争うが、青色申告書類の記載数値は、所定の帳簿書類の備え付け、記帳及び保存の義務付け等の点からして、帳簿及び原始記録との照合をするまでもなく、一応、正確性が推定されるというべきところ、本件において、控訴人がその主張する推計に使用した申告書類(甲3ないし5号証)の数値の正確性を疑わせる具体的事情の存在についての主張、立証はない。しかも、被控訴人税務署長が採用した類似同業者についても、帳簿及び原始記録は、証拠として提出されていないから、少なくとも、基礎数値の正確性の担保の点で、控訴人と被控訴人税務署長各主張の推計方法に優劣を付けることはできない。
(6) 以上によれば、控訴人の使用する本人比率が、後年分の法人成り後の数値に基づくものであることを考慮しても、被控訴人税務署長主張の推計方法より、控訴人主張の推計方法の方が、控訴人の本件係争各年分の真実の所得金額に、より近似する数値を把握できる蓋然性が高いというべきであるから、所得金額の算出方法としてより合理性が高いと認められる。
被控訴人税務署長は、行政処分の違法性判断の基準時が当該処分時であることからすれば、控訴人において、被控訴人税務署長の主張とは別の推計方法を主張して推計の合理性を争うことが許されるとしても、本件各処分時に検討することが不可能な後年分本人率による推計方法を主張して同被控訴人の推計の合理性を争うことはできないと主張する。
しかしながら、一般に、抗告訴訟における行政処分の違法性の判断は、処分時を基準になされるべきであるが、本件において、違法性判断の対象となるのは本件各処分における所得金額の認定であるところ、控訴人は、前記所得金額の計算要素である売上金額及び経費の額を認定するための資料として後年分の事情を主張しているに過ぎず、この事情如何によって本件係争各年分の控訴人の客観的所得金額が変化することはあり得ないから、前記事情は、本件各処分の基礎となった事実関係を何ら変動させるものではない。この点からして、控訴人が後年分本人率による推計を主張することが抗告訴訟における処分の違法性判断の基準時を処分時とすることと抵触するとはいえないし、被控訴人税務署長は、既に本件各処分によって第一次判断を下しており、控訴人主張の推計の基礎資料は訴訟資料として被控訴人税務署長も共通に利用可能で、これによって前の処分を修正する処分をなすことも可能であったから、いわゆる行政庁の第一次判断権を侵害することにもならない。しかも、被控訴人税務署長は、本件訴訟において、本件各処分時に採用した推計の方法をそのまま維持しているものでもない。
そこで、以下、控訴人主張の方法によって本件係争各年分における控訴人の所得金額を判断する。
4 売上金額
(1) 仕入金額
① 本件係争各年分の控訴人の各仕入先からの仕入金額が、有限会社Fからの昭和60年分及び昭和62年分並びに有限会社Gからの昭和62年分を除いて、別表4記載のとおりであることは、被控訴人税務署長と控訴人との間で争いがない。
② 有限会社Fからの昭和60年分及び昭和62年分の各仕入金額についての被控訴人税務署長及び控訴人の各主張は、別表4の「有限会社F」欄の「昭和60年分」及び「昭和62年分」各欄記載のとおりであるが、両者の食い違いの原因が、昭和60年分が同年12月の黒丹22号12本(合計312万円)の仕入の有無にあり、昭和62年分が同年12月の銀河25号12本(合計360万円)の仕入の有無にあることは、前記各当事者間で争いがない。
ア 乙20号証、49号証、55号証、証人辛の証言によれば、次の事実が認められる。
(ア) 高松国税局資料調査課の職員であった辛(以下「辛」という。)は、控訴人が平成元年5月1日にした本件各処分に対する異議申立に関して控訴人の取引先に対する調査をする過程で、控訴人の仕入先として有限会社Fが存在することを把握した。同社はそれまで被控訴人税務署長が把握しておらず、控訴人も同被控訴人に対して具体的業者名を明らかにしていなかった仕入先であるが、壬(以下「壬」という。)が有限会社Fの控訴人に対する納入製品の木彫りの外注加工業者であることが判明したことが端緒となって控訴人と同社の取引関係の存在が異議審理庁に認識された。
(イ) 辛は、壬に対する調査において、壬の有限会社Fに対する売上帳等が存在することを確認し、これらの資料及び壬からの聴き取り結果に基づいて、本件係争各年分の壬から有限会社Fに対する売上のうち、控訴人に納入する商品に係ると思われる分の取引内容を把握した。
(ウ) 次いで、辛は、有限会社Fの代表者癸(以下「癸」という。)に面談したところ、癸は、辛に対し、壬に対する仕入帳を提示したが、控訴人に対する取引は簿外取引とし、売上除外していたので、控訴人に対する売上帳、請求書控え、納品書控え等は作成又は保存していないと説明した。
辛は、壬の有限会社Fに対する売上帳写し及び同社の壬に対する仕入帳とを照合した上、癸との間で、同人の記憶を喚起させる等して控訴人との取引内容を確認する作業をし、前記(イ)の壬での調査により抽出した商品のうち、控訴人に対する売上分を絞り込んだ結果、本件係争各年分の有限会社Fの控訴人に対する売上明細を記載した確認書と題する書面(乙49)を作成し、癸から、その内容について相違ないことの確認を受け、その旨記載した部分に同人の署名、押印を得た(以下、この書面を「本件確認書」という。)。
(エ) 本件確認書には、昭和60年12月に「黒丹22号」12本(312万円)を、昭和62年12月に「25号」12本(360万円)をそれぞれ控訴人に売り渡した旨の記載がある。
辛は、前記(イ)、(ウ)の作業により、昭和60年12月の黒丹22号12本は、壬の売上帳に「昭和60年10月21日、22号つぼ形、14本、単価3万円、金額42万円」とあるうちの一部であり、昭和62年12月の25号12本は、壬の売上帳に「昭和62年11月26日、22号銀河、24本、単価4万円、金額96万円」とあるうちの一部であると判断した。なお、辛は、壬の売上帳に、前記のとおり昭和62年11月26日22号銀河と記載された分に対応する有限会社Fの仕入帳には25号銀河と記載された分と判断した。
イ 前記認定事実によれば、控訴人は、有限会社Fから、昭和60年12月、黒丹22号12本を合計312万円で買い受けた(仕入れた)ものと認められる。
甲7号証、32号証及び40号証(いずれも癸の陳述書又は同人作成の書面)には、本件確認書は、国税局の担当者から調査結果は正しいと言われて確認の方法もないまま、また、辛から、間違いないから押印するよう執拗に言われたので、言われるまま押印した旨の前記ア、(ウ)に一部反する部分及び控訴人に対する昭和60年12月の輝黒丹22号12本売渡の事実を否定する部分がある。
しかし、乙55号証及び証人辛の証言により、辛が癸に対する調査の過程で作成したと認められる乙55号証の別添3は、その内容からして、辛が、癸からの聴き取り等をせずに単独で作成し得たとは解されない。また、これとは別に、甲21号証及び原審における控訴人本人尋問の結果によれば、辛は、癸に対する調査の際、本件確認書作成前の検討資料と見られる書面を交付していることが認められる。さらに、癸には売上除外が発覚した負い目があったかもしれないが、それだけでは、辛から強要された結果、その意に反して本件確認書に署名、押印する合理的理由があるとはいえない。これらの点に照らすと、癸は、控訴人との取引関係書類を作成、保存していなかったためこれらによる確認はできなかったとしても、辛の求めに応じて控訴人との取引につき壬に対する仕入帳及び自らの記憶等に基づいて確認作業をし、その結果に基づいて、記載内容が正しいと判断して本件確認書に署名、押印したものと認められ、これに反する甲32号証の記載は採用できない。
甲32号証及び40号証によれば、癸が、昭和60年12月の黒丹22号12本の売渡を否定する理由は、黒丹22号の注文は、常に紫丹22号と一緒に12本ずつなされており、黒丹22号のみの注文はなかったという点にある。しかし、前記のような2種類の商品のセットでの注文が例外もないほど確立した取引方法であったなら、癸が、本件確認書に署名、押印する際、昭和60年12月の前記取引分がこれに反することに気付いて辛にその旨述べるはずであるが、これをした形跡がない(この点は、帳簿等での確認をするまでもなく、本件確認書の記載内容自体から判明する事柄である。)。前掲甲号各証に先だって提出された甲7号証に、本件確認書に「間違いの可能性がある」旨の暖昧な記載しかない点についても、前述したのと同様の疑問が生ずる。
甲32号証及び40号証によれば、癸は、乙55号証を見たことが認められるところ、乙55号証によれば、昭和60年12月の前記黒丹22号12本は、壬から有限会社Fに対する「昭和60年10月21日、22号つぼ形、14本、単価3万円、金額42万円」の売上とされる分の一部であることが明らかとなるが、甲7号証、32号証及び40号証には、壬の有限会社Fに対する前記売上自体を否定する部分はなく、しかも、この売上にかかる壬の外注加工した商品の販売先についての記載がない。すなわち、癸は、前掲甲号各証によっても有限会社Fが壬に外注加工させたと考えざるを得ない前記商品を控訴人以外の誰に販売したのかを明らかにしていない。
甲40号証には、本件確認書記載の取引年月日にすり替えがあるとの記載があるが、癸の手元には控訴人との取引関係書類が存在しないはずであるから、本来、このような断定はなし得ないというべきである。甲40号証冒頭の記載及び同号証と甲21号証との対比からすると、癸は、控訴人から強い影響を受けて控訴人の言い分に迎合的な前記各陳述書等を作成したとの疑いが生ずる。
以上の諸点に照らし、甲7号証、32号証及び40号証の信用性は低いといわざるを得ない。したがって、これら甲号各証中、有限会社Fから控訴人に対する昭和60年12月の黒丹22号12本売渡の事実を否定する部分は採用できない。
控訴人は、原審(1回)及び当審におけるその本人尋問において、常に、同一のデザイン及びサイズの黒檀(商品名では黒丹)と紫檀(商品名では紫丹)の各仏壇を同数(通常12本)ずつ仕入れていたが、癸からの昭和60年12月の黒丹22号12本の仕入に対応する紫丹22号12本の仕入は存在しないから、前記黒丹22号12本の仕入はあり得ない旨供述し、甲54号証(控訴人の陳述書)にも同旨の部分がある。しかし、これらの証拠に前記癸の陳述書及び乙49号証によって認められる取引実態(控訴人が否認する部分を除く。)を合わせても、例外なく控訴人本人の供述するような取引方法がとられていたと断定するには十分ではないから、昭和60年12月の前記取引が存在したとの前記認定を揺るがすに足りない。
ウ 本件確認書には、有限会社Fが控訴人に対し、昭和62年12月、「25号」12本(360万円)を売り渡した旨の記載があること、辛は、前記「25号」12本は、壬の売上帳に「昭和62年11月26日、22号銀河、24本、単価4万円、金額96万円」とあるうちの一部であり、この22号銀河12本は、有限会社Fの仕入帳には25号銀河と記載された分であると判断したことは、前記認定のとおりであり、乙49号証によれば、昭和62年当時、控訴人の有限会社Fからの仕入単価は、22号と25号では異なることが認められる。
甲7号証、32号証、40号証、54号証、原審(1回)及び当審における控訴人本人の供述中には、前同様、癸が内容を確認せずに本件確認書に署名押印した、控訴人が常に黒檀と紫檀の仏壇をセットで注文していたから、「25号」12本のみを単独で仕入れることはないなどという部分があるが、癸の陳述書の信用性が低く、例外なく前記のようなセットでの取引がなされたとの確たる証拠がないことは前記説示のとおりである。
しかしながら、前記事実によれば、本件確認書に前記のとおり「25号」12本とある仏壇は、有限会社Fの仕入帳では25号銀河となっていて、壬の売上帳では22号銀河となっているが、辛は、これを同一商品と判断している。この点につき、証人辛の証言中には、本件確認書作成前に癸に確認したら、壬の売上帳にある22号銀河と有限会社Fの仕入帳にある25号銀河は同一商品で、25号銀河が正しいとの回答であったとの部分がある。しかし、同証人の証言は、前記の趣旨で一貫していないこと、仮に癸が前記のような回答をしたとしても、有限会社Fの仕入帳に25号銀河とあるからそれが正しいと言ったにすぎないとも解されるし、癸が、壬の売上帳に22号銀河とある分が前記仕入帳に25号銀河とある分と同一であると断言できる確たる根拠を有していたとはにわかに信じられないから、前記証言は採用できず、他に、辛が、前記各商品が同一であると判断した合理的理由が存したことを認めるべき証拠はない。したがって、この「22号」12本については、辛と癸との間でなされた確認作業の結果に疑問を持たざるを得ない。
他に、壬の有限会社Fに対する売上帳に「昭和62年11月26日、22号銀河、24本、単価4万円、金額96万円」と記載された商品(それが22号銀河又は25号銀河のいずれであろうと)の一部12本が、昭和62年12月、有限会社Fから控訴人に売り渡されたことを認めるに足りる証拠はない。
以上により、控訴人が、癸から、昭和62年12月、25号銀河(又は22号銀河)12本を360万円で仕入れたと認めることはできない。
③ Gからの昭和62年分の仕入金額についての被控訴人税務署長及び控訴人の各主張は、別表4の「有限会社G」欄の「昭和62年分」欄記載のとおりであるが、両者の食い違いの原因が昭和63年1月25日の15万9000円の「彫刻代」の性質についての認識の相違にあることは、前記各当事者間で争いがない(控訴人は、前記15万9000円を含めない金額を仕入金額として主張し、被控訴人税務署長はこれを含めた金額を仕入金額として主張する。)。
甲21号証、原審(1回)及び当審における控訴人本人尋問の結果によれば、控訴人は、通常、仏壇の仕入をする際、彫刻のある部品は別の業者に注文して納入された部品を仕入業者に提供し、これを使用して製造された仏壇を仕入れていたが、Gは、彫刻のある部品も自前の彫刻業者に製作させ、これを使用して製造した仏壇を控訴人に納入していたこと、しかし、控訴人が彫刻のデザイン変更を指示したところ、Gは、控訴人の方で彫刻のある部品を用意してこれを同社に提供することを求めたことから、控訴人は、株式会社Hに前記部品製造を発注してその代金を支払い、納入された部品をGに提供し、同社がこれを使用して8本の仏壇を製造して控訴人に納入したこと、これに伴って、控訴人とGは、前記のようにして控訴人が提供した彫刻部品を使用してGが製造し、控訴人に納入した仏壇について、1本につき1万9875円、8本計15万9000円を仕入代金から減額する措置をとり、Gの控訴人に対する売上帳には、昭和63年1月25日に「彫刻代」として、数量8、単価1万9875円、受入金額15万9000円と記帳されたこと、以上の事実が認められる。
前記認定事実によれば、控訴人とGは、従前の例と異なり、彫刻のある部品を、G持ちではなく、控訴人持ちとしてGが製造した仏壇の売買をするに際し、これに伴い、売買代金を前記部品をG持ちとしていた場合より1本当たり1万9875円少ない金額とすることを合意したものと認められ、これによれば、前記合意は、前記部品を控訴人持ちとする場合の売買代金額の新規約定にほかならないというべきである。
したがって、前記「彫刻代」15万9000円は、これを差し引いた金額が本来の代金額であるから、いわゆる値引きではないし、Gが負担すべき彫刻代を控訴人が立て替えたことによって控訴人が取得した求償金債権とGの控訴人に対する売買代金債権とを相殺したものでもない。ただし、控訴人のGからの仕入代金の計算上は、15万9000円を減算処理しないと本来の仕入金額を把握することはできないことになるから、前記15万9000円を仕入金額に含めない控訴人の主張が結論的には相当である。そうすると、昭和63年のGからの仕入金額は、1923万8500円となる。なお、控訴人がGに提供した部品を株式会社Hに発注して製造させた費用は、外注費として売上原価を構成することになる。
④ 以上によれば、仕入金額は、昭和60年分が9656万2200円、昭和61年分が1億2033万7000円、昭和62年分が1億1635万3500円となる。
(2) 外注費
① 甲26号証、54号証、原審(1回)及び当審における控訴人本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
ア 控訴人は、本件係争各年分当時、仕入れた製品に手直しが必要となった場合、仕入先にその負担で手直しさせるか、そうでなければ、仕入先以外の業者に手直しさせて、その費用は控訴人が負担する等の方法により処理していた。後者によるのは、仕入先に手直しをさせると現在注文中の商品の納入が遅れるおそれがある場合等であった。
イ 控訴人は、昭和62年当時、株式会社Hに対し、彫刻のある仏壇部品の製造を発注し、納入された部品を提供して仕入業者に仏壇を製造させ、これを仕入れ、その代金として計131万6000円を支払った(その中には、Gとの取引での前記「彫刻代」15万9000円にかかる部品製造代金を含むと推認される。)。
ウ 控訴人は、昭和62年当時、Jことmに対し、仕入先である有限会社Nから納入された仏壇の手直しを発注し、その費用として計172万円を支払ったが、これを同社から回収していない。
エ 控訴人は、昭和62年当時、Iに対し、仏壇部品の製作、仏壇部品及び仏具の修理・手直しを発注し、その費用として計400万円を支払った。前記修理・手直しに要した費用を当該部品、仏具の仕入先から回収してはいない。
② 前記認定事実によれば、株式会社Hからの仏壇部品仕入代金及びIとの取引代金のうち仏壇部品製作代金は、売上原価を構成することに格別疑問はない。これに対し、mに対する仏壇の手直し並びにIに対する仏壇部品及び仏具の修理・手直しの費用は、輸送中の破損等その原因が当該部品等の仕入先にない場合は別として、法的には、仕入先に負担させることも可能であったと解される。控訴人は、経営上の判断からこれを自己の負担としたのであるが、これらの点を考慮しても、前記修理・手直し費用は、売上との対応関係が存在するというべきであるから、期間費用ではなく売上原価を構成すると解するのが相当である。これと異なる被控訴人税務署長の主張は採用できない。
そうすると、昭和62年分の外注費は、合計703万6000円となる。
③ 昭和62年分の外注費703万6000円を同年分の仕入金額1億1635万3500円で除すると、0.0605となり、これを昭和60年分の仕入金額9656万2200円、昭和61年分の仕入金額1億2033万7000円にそれぞれ乗じると、昭和60年分が584万2013円、昭和61年分が728万0389円となる。
(3) 売上原価
以上によれば、控訴人の本件係争各年分の売上原価は、昭和60年分が1億0240万4213円、昭和61年分が1億2761万7389円、昭和62年分が1億2338万9500円となる。なお、前記各年分において、期首と期末の棚卸金額に著しい変動があったことを窺わせる証拠はないから、期首及び期末の棚卸金額は同額であるものとする。
(4) 売買差益率
甲3ないし5号証によれば、株式会社Kの平成元年度ないし平成3年度の決算内容は、別表19記載のとおりであると認められ(ただし、同表の「二期」欄のうち「売上原価」、「粗利」欄を「58,842,726」と訂正する。)、これによれば、同表記載のとおり、前記三期の各売買差益率の平均は、0.2543となる。
(5) 売上金額
前記認定の本件係争各年分の売上原価及び売買差益率に基づいて、売上原価÷(1-売買差益率)の算式により、売上金額を算定すると、次のとおりとなる。
昭和60年分 1億3732万6288円
昭和61年分 1億7113万7708円
昭和62年分 1億6546万8017円
5 一般経費
甲3ないし5号証によれば、株式会社Kの平成元年度ないし平成3年度の各一般経費率の平均は、別表19記載のとおり、0.1254となることが認められる。
控訴人の前記各売上金額に株式会社Kの前記平均一般経費率を乗じると、本件係争各年分の一般経費は、次のとおりとなる。
昭和60年分 1722万0717円
昭和61年分 2146万0669円
昭和62年分 2074万9689円
6 特別経費及び事業専従者控除
(1) 控訴人の本件係争各年分における建物減価償却費を除く特別経費の額が、別表18の「給料」、「支払利息」及び「貸倒損失」の各欄記載のとおりであることは、控訴人と被控訴人税務署長との間で争いがなく、乙25号証及び弁論の全趣旨によれば、本件係争各年分における減価償却費は、いずれも118万4418円であると認められる。
そうすると、本件係争各年分の特別経費の額は次のとおりとなる。
昭和60年分 434万2027円
昭和61年分 771万6994円
昭和62年分 350万5650円
(2) 控訴人の本件係争各年分における事業専従者控除の額が、昭和60年分及び昭和61年分が各90万円、昭和62年分が105万円であることは、控訴人と被控訴人税務署長との間で争いがない。
7 事業所得の金額
以上によれば、控訴人の本件係争各年分の事業所得の金額は次のとおりとなる。
昭和60年分 1245万9331円
昭和61年分 1344万2656円
昭和62年分 1677万3178円
第2原審乙事件について
1 請求原因(1)、(2)の事実は控訴人と被控訴人国との間で争いがない。
2 請求原因(3)(昭和63年8月30日の調査での違法行為)について判断する。
(1) 請求原因(3)、①のうち、戊及び丁が、昭和63年8月30日午前、事前通知なしに控訴人事務所を訪れたこと、その際、控訴人が出張中で不在であったこと、戊及び丁が、同日、控訴人事務所の1階及び3階の倉庫内に入って調査したことは控訴人と被控訴人国との間で争いがなく、この事実に、甲1号証、証人戊、同丁、同三木丙の各証言(これら各証拠中後記認定に反する部分を除く。)によれば、次の事実が認められる。
① 丁及び戊は、昭和63年8月30日午前10時ころ、本件係争各年分の税務調査のため、控訴人事務所に赴いた。この日、控訴人は出張中で不在であり、丁及び戊は、応対に出た丙に対し、高松国税局職員であることと来意を告げ、取引先、取引銀行、事務の流れ、帳簿及び伝票類の保存状況及び控訴人事務所の構造等について質問した。丙は、詳しいことは分からないので、控訴人のいる時に改めて来て欲しい旨要請したが、戊又は丁から、「奥さんは専従者であるから、仕事の内容は分かっているはずである。」などと言われて回答を要求されたことから、やむなく可能な範囲で返答し説明したが、帳簿及び伝票類の提示は拒否した。
② また、丁及び戊は、丙の説明によって控訴人事務所の1階が店舗及び倉庫、2階が事務所及び倉庫等、3階が倉庫であることを知り、丙に対して、これらの事務所及び倉庫を見せるよう求めた。丙は、控訴人の不在を理由に2階を見せることは拒否したが、1階と3階の倉庫を見せることは承諾し、丁及び戊を前記各倉庫に案内した。丁及び戊は、1階と3階の倉庫において、保管されていた仏壇の数及び商品番号等をメモした。
③ 丁及び戊は、この日の調査終了後、丙に対し、控訴人が帰宅する時期を尋ねたところ、丙から、月半ばに帰り、月初めに再び出張に出る旨の回答を得たので、9月16日に次回の調査に来るが、都合が悪ければ鳴門税務署のn統括官に連絡するよう言い置いた。
(2)① 控訴人は、戊及び丁が、丙の承諾なしに、1階倉庫に侵入し、また、丙の制止を振り切って、土足でエレベーターに乗り込み、3階倉庫に侵入した旨主張し、証人三木丙は、「丙が、1階店舗で控訴人事務所に来所した丁及び戊の応対をしたが、丁らが、最初に昭和58年から5年間の所得申告が過少なので調査に来たと告げたのに対し、丙が、控訴人がいないので控訴人のいるときに調査に来るよう述べたところ、丁らは、無言のまま急に1階倉庫の中に入った。丙が、無断で倉庫に入るのは止めてくれるよう要求したが、丁らは、これを聞き入れず、メモをしていた。午後の調査において、丁らは、丙に対する質問が終わると、突然、立ち上がり、2階、3階を見せろといってエレベーターに乗り込んでこれを上昇させ、丙が止めてくださいと言うのも聞かずに3階の倉庫に入り、メモを取った。」旨、控訴人の主張に副う証言をする。
しかし、証人戊及び同丁は、前記(1)、②と同旨の証言をする。そこで、戊及び丁の右証言が虚偽であり、丙の前記証言が真実であると認められるか否かにつき検討する。
丁及び戊が、臨場するや、丙から控訴人が不在なので調査を後日にして欲しいと言われただけで、いきなり1階倉庫に侵入したというのは唐突すぎる。また、2階事務所には、帳簿類や金庫等税務調査における重要な物件が存在したと推測され、丙の証言によれば、丁及び戊が「2階、3階を見せろ」と言ったというのに、丁らは丙に断られたため当日2階に全く立ち入っていない。このように、丙の前記証言には、その内容自体に疑問が生ずる。
証人三木丙は、控訴人事務所の各倉庫、事務所及びエレベーター内等は土足厳禁であったが、丁及び戊は、土足で1階及び3階の倉庫とエレベーター内に入った旨証言するところ、この証言内容が事実であるなら、丁らが、丙の意思に反して前記各倉庫及びエレベーターに侵入したことを推認させる事情となり得る。この点につき、証人戊は、前記調査の日に靴を脱いだことがあるかどうか記憶がない旨証言し、証人丁は、前記調査の日、1階及び3階の倉庫に入る際とエレベーターに乗る際に靴を脱いだ記憶はないし、丙から靴を脱いでくださいと言われた記憶はないが、昭和63年10月5日の調査の際、2階事務室に上がるのに1階でスリッパに履き替えた記憶はある旨証言する。検甲12号証及び弁論の全趣旨によれば、平成5年3月27日当時、控訴人事務所のエレベーター内には「土足厳禁」の貼紙があったことが認められるが、この事実によっても、昭和63年8月30日当時、控訴人事務所の1階と3階の倉庫及びエレベーター内が土足禁止とされ、控訴人関係者以外にもそれが徹底されていたことが裏付けられるとはいえず、他に、その裏付けとなる的確な証拠はない。また、仮に、丙の前記証言中、控訴人事務所の各倉庫及びエレベーター内は土足厳禁であったとの部分が正しいとしても、丙が突然の国税局からの来訪者である丁及び戊に対し、土足厳禁の旨を説明せず、靴を脱ぐように求めなかったため、丁及び戊が土足厳禁に気付かなかった可能性も否定できない。そうすると、前記調査の日に、丙が、丁及び戊を1階及び3階の倉庫に案内したとするなら、靴を脱ぐよう求めるのが当然であったとまでは認め得ない。したがって、これら土足禁止等の点から、丙の証言の信用性が高まるとは言い得ない。
証人戊及び同丁は、前記調査の日、丙が、1階倉庫の鍵を開け、照明のため電気を点けてくれたと証言するのに対し(3階については、戊証人は、1階と同様であったというかに解される部分もあるが、明確ではなく、丁証人は、丙が鍵を開けたり、電気を点けた記憶はないという。)、証人三木丙は、「倉庫内の温度上昇を防止するため、夏場はすべての倉庫の扉を開け放し、鍵は掛けていなかった。8月30日の午前10時30分ころなら、1階倉庫内は自然採光で明るいので電気を点ける必要がない。」旨証言する。しかし、前記調査の日に各倉庫の扉が開け放たれていたことを裏付ける客観的証拠は存しないから、その旨の丙の証言が真実で、丙が鍵を開けたとする戊及び丁の各証言が虚偽であると断定できない。また、自然採光により倉庫内にそれなりの明るさが確保できる場合でも、なお電気を点けたからといってあながち不自然とまではいえないから、この点についての戊及び丁の証言が虚偽であるとも言い切れない。
以上によれば、戊及び丁が、丙の承諾なしに、1階倉庫に侵入し、また、丙の制止を振り切って、土足でエレベーターに乗り込み、3階倉庫に侵入したと認めることはできない。
② 控訴人は、戊及び丁が、調査は控訴人の在宅時にされたい旨の丙の重ねての懇請を聞き入れず、調査に応ずる義務があるかのように申し向け、応じなければ専従者控除を取り消すと脅して返答を強要した旨主張する。
丙が、丁及び戊に対し、詳しいことは分からないので、控訴人のいる時に改めて来て欲しい旨要請したが、戊又は丁から、「奥さんは専従者であるから、仕事の内容は分かっているはずである。」などと言われたことから、やむなく、可能な範囲で返答し説明したことは前記認定のとおりである。証人三木丙は、さらに、戊及び丁は、「子供の使いではないから、このまま帰れない。専従者であるから質問に答える義務がある。答えないなら、専従者控除を取り消す。」旨述べたと証言するが、これと異なる証人戊及び同丁の各証言と対比して、にわかに採用できない。
③ 証人三木丙は、丁及び戊が、調査終了後、丙に対し、控訴人が帰宅する時期を尋ね、丙が、月の中くらいと返答したところ、控訴人が帰宅したら、鳴門税務署の統括官か木下に電話するよう述べたが、次回の調査日につき具体的な日を指定したことはない旨、前記(1)、③の認定と一部反する証言をする。
しかし、後記認定のとおり、丁及び戊らは、昭和63年9月16日、同年8月30日以降何らの連絡通知をしないまま、調査のため控訴人事務所を訪れており、控訴人は、同日の朝、鳴門税務署のn統括官に電話し、体調が悪いので同日は調査に応じられない旨連絡している。ところで、丙は、控訴人が帰宅するのは、月半ば又は月の中くらいと返答したのであるが、この返答からすると、「16日」には、控訴人が確実に帰宅しているとはいえないはずである。丁及び戊らが、事前の連絡、通知をせず、控訴人の帰宅が確実といえない日にわざわざ高松から控訴人事務所まで出向いたとは信じ難い(同年8月30日の調査の経過及びこの日の最後に控訴人の帰宅予定を確認していることからして、丁及び戊は、次回の調査では、控訴人からの事情聴取を目的としていたと認められる)。また、同年9月16日朝の控訴人の電話が単なる帰宅報告であるなら、同日調査に行くと言われもしないのに、控訴人が、自ら同日の調査に応じられないと述べたのも不自然であり、控訴人のこの言辞は、前記認定のとおり、同年8月30日に丁らが次回の調査予定日を同年9月16日と指定し、都合の悪いときは連絡するよう丙に告げていたとすると、理解するのに困難はない。したがって、証人三木丙の前記証言は採用できない(これと同旨の原審における控訴人本人の供述(1回)も採用できない。)。
(3) 前記認定事実によれば、昭和63年8月30日の調査の際、丁又は戊が、所得税法234条1項に定める質問検査権の範囲を超えた違法行為をしたと認めることはできず、他に、前記違法行為の存在を認めるに足りる証拠はない。
なお、控訴人は、税務職員が、事前通知なしに調査に訪れた場合、事業の責任者の不在を理由に調査の延期を要求できると解すべきところ、戊及び丁が、丙のした控訴人が不在であるから、調査は控訴人のいる時にして欲しいとの申入れを無視して、調査に入ったのは違法である旨主張する。しかし、弁論の全趣旨によれば、丙は、本件係争各年分当時、控訴人の事業専従者であったと認められるところ(この事実は、控訴人と被控訴人税務署長との間では争いがない(甲事件の抗弁(3)、④)。)、所得税法244条1項、242条8号によれば、事業専従者は、同法234条1項所定の質問検査権の対象者になると解される。本件において、事前通知がなされておらず、また、事業主である控訴人が不在であったからといって、丁及び戊が、丙に対して質問検査権を行使したこと自体が違法とはいえない。
3 請求原因(4)(昭和63年9月16日の調査での違法行為)について判断する。
(1) 請求原因(4)、①のうち、控訴人が昭和63年9月16日朝に鳴門税務署に電話をかけたこと、丁、戊及び己が、同日午前、控訴人事務所に赴いて調査をし、控訴人が応対したことは、控訴人と被控訴人国との間で争いがなく、この事実に甲1号証、証人戊、同丁及び同庚の各証言、原審における控訴人本人尋問の結果(1回)(これら各証拠中後記認定に反する部分を除く。)並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
① 控訴人は、昭和63年8月下旬から単身で自動車を運転して東海、関東、東北地方の仏壇小売業者を訪問し、仏壇・仏具の卸販売営業を続けていたが、電話連絡によって、妻丙が同年8月30日に国税局の臨場調査を受けたこと、次の調査予定日が同年9月16日であること、国税局が控訴人の仕入先に反面調査を実施中であることを知った。控訴人は、同年9月15日ころ東北地方での営業を切上げ、自動車で高速道路とフェリーを利用して翌16日早朝に徳島県藍住町の自宅に帰り着いた。
② 丁及び戊は、昭和63年8月30日以降、同年9月16日までの間、改めて、控訴人又は丙に対し、同年9月16日に調査に訪れる旨の連絡はしなかった。控訴人は、同年9月16日朝、鳴門税務署のn統括官に電話し、体調が悪いのでこの日は調査に応じられない旨連絡したところ、同統括官から、国税局の調査官は既に高松を出発しており、連絡が付かないと言われた。n統括官は、同日午前9時30分ころ鳴門税務署に立ち寄った丁、戊及び己に対し、控訴人からの前記電話連絡の内容を伝えた。
③ 丁、戊及び己は、同日午前10時ころ、控訴人事務所に到着し、1階店舗において、控訴人に対し、身分証明書を提示した上、調査に入り、控訴人に対し、事業内容、取引先及び取引銀行等について質した。
④ 控訴人は、丁、戊及び己に対し、体調の不良を理由に調査の延期及び打ち切りを申し出た。丁、戊及び己は、同日、鳴門税務署のn統括官からも控訴人の右申し出を聞いていたが、控訴人に対して健康状態を尋ねるなどせず、控訴人の右申し出を受け入れず、調査を続けた。
⑤ 丁、戊及び己は、同日昼前ころ、調査を一旦中断した。控訴人は、その後、庚税理士に電話し、国税局の職員が3名来て調査すると言うが、どうすればよいかと相談し、また、身分証明書はわずかに見せられただけなので、前記職員の氏名は分からない旨の説明をした(この時、控訴人が、庚税理士に対し、体調不良にかかわらず調査を強行された旨を訴えた形跡はない。)。これに対し、庚税理士は、「税務調査には強制調査と任意調査がある。強制調査なら令状を持参しているはずで、調査を拒否できない。任意調査なら身分証明書を確認した上、正当な理由があるなら期日の変更を求める。」旨の助言をした。
⑥ 控訴人は、同日午後、控訴人事務所に戻った丁、戊及び己に対し、強制調査かどうか、令状はあるのかとの趣旨の質問をしたのに対し、丁らは、強制調査ではないとの趣旨の返答をした。
⑦ 丁、戊及び己は、同日午後、1階店舗において、控訴人に対し、2階事務所に案内するよう要求し、控訴人がこれを承諾していないのに、階段を上がって2階に至り、ドアの開いていた事務所入口から内部に入り、控訴人が無断で入ったことを咎めても無視してメモを取るなどした。戊は、更に事務所の内部に進もうとしたが、控訴人から抗議を受けて断念した。
その後、丁及び戊は、前記事務室に隣接する社長室に入り、そこで、控訴人に対し、同室内の備品について質問するなどしたが、控訴人が、丁及び戊に対し、社長室からの退出を求めることはなかった。ただし、戊は、社長室の隣にある炊事場のドアを開けて中を見ようとしたところを控訴人から制止されてこれを止めた。己は、丁及び戊が社長室で調査を進めている間、2階の倉庫で在庫調査をしていた。その後、丁及び戊らは、次回の調査期日を同年9月20日と指定してこの日の調査を終えた。
⑧ 同年9月16日の調査において、丁らは、控訴人に対し、帳簿の提示を求めたが、控訴人は提示しなかった
⑨ 控訴人は、前同日、丁らが帰った後、再度、庚税理士に電話し、体調が良くないので9月20日の調査の立会いをして欲しいと依頼した。
(2)① 被控訴人国は、昭和63年9月16日の調査において、丁らが2階の事務室に侵入したことはない旨主張し、証人戊及び同丁は、同日の調査において、2階の事務室及び社長室に入ったことは全くない旨の前記(1)、⑤の認定に反する証言をする。
しかし、記録によれば、被控訴人国は、平成3年12月4日の原審口頭弁論期日で陳述した同日付け準備書面において、丁、戊及び己が、昭和63年9月16日、事務所及び2階倉庫を調査した事実は存在しないとし、同年10月5日の調査の際に丙の案内で初めて2階事務所に最初に立ち入ったと主張していたが、平成4年5月20日の原審口頭弁論期日で陳述した同月6日付け準備書面では、前記平成3年12月4日付け準備書面の認否、主張に調査不足のため誤りがあったため訂正するとした上、「昭和63年9月16日、丁、戊及び己が、控訴人事務所の事務所、2階の倉庫等を調査したことは認める。」、「丁、戊及び己は、前同日、昼食後の午後1時過ぎに再び控訴人事務所に臨場し、今度は2階事務室のソファーにおいて控訴人に面接した。2階倉庫に入りたい旨を伝えたところ、控訴人はこれに応じ、調査担当職員らは同倉庫で在庫調査を行った。」、「控訴人の承諾なく、2階事務室及び倉庫に立ち入ったことはない旨。」主張し、平成4年10月7日の原審口頭弁論期日で陳述した同年9月25日付け準備書面においても同旨の主張をしていたが(なお、被控訴人税務署長も、同日付けの準備書面で同旨の主張をした。)、平成9年11月21日の原審口頭弁論期日に陳述した被控訴人両名の同年10月3日付け準備書面において、平成4年5月6日付け準備書面の前記主張と同旨の平成4年9月25日付けの被控訴人税務署長の準備書面の主張を撤回すると主張するに至った(前記主張部分は、先に陳述された控訴人の準備書面に対する反論の体裁を採っており、かつ、被控訴人らは、この準備書面の控訴人の主張を被控訴人税務署長に対する主張と理解し、同被控訴人からの反論としているが、控訴人の前記準備書面の主張は被控訴人税務署長ではなく同国に対するものである。被控訴人らの指定代理人が共通しており、被控訴人らの間で異なる主張をする理由も見出せないから、被控訴人らの平成9年10月3日付け準備書面の前記主張部分は、被控訴人国の主張も兼ねると解される。)。
被控訴人国は、このように、昭和63年9月16日の調査の際、丁らが、2階の事務所及び倉庫に入ったか否かについての主張を変遷させているが、その理由を明らかにしていない。被控訴人国は、いずれの時点においても、丁らが控訴人に無断で2階事務所等に入ったことを認めたわけではないが、一旦は、わざわざ調査不足のため従前の認否、主張に誤りがあったので訂正すると述べた上で、2階事務所で控訴人と面接し、2階倉庫で在庫調査をしたと主張しながら、合理的理由の説明もなく後にこれを否定するのはいかにも不自然であり、この点に関する被控訴人国の主張の信用性を疑われてもやむを得ない。被控訴人国が、丁、戊及び己に確認することなく訴訟上の主張をするとは考えられないから、同被控訴人の主張の変遷には丁らが関わっていると推測せざるを得ず、このことは、丁及び戊の証言の信用性に影響を与える。
また、丁及び戊が、昭和63年8月30日の調査の際、2階の事務所及び倉庫も見せるよう求めたが丙から拒否されたことからすると、丁らが、同年9月16日の調査において、前記事務所及び倉庫内の調査をしょうとした理由はあったといえる。
以上の点に照らすと、証人戊及び同丁の前記証言は、たやすく採用できない。
② 控訴人は、n統括官が、控訴人から体調が悪いと言われたのにそれを無視して丁らを控訴人事務所に差し向けたと主張するが、同統括官が、丁、戊及び己を差し向けたことを認めるべき証拠はない。
③ 控訴人は、丁、戊及び己らが、事前にn統括官より控訴人から体調が悪いとの連絡があったことを聞いており、控訴人事務所においても、控訴人から何度も体調不良を理由とする調査延期の申し出を受けながら、控訴人を大声で怒鳴りつけるなどして調査を強行したと主張し、丁、戊及び己が、控訴人事務所に赴く前に、鳴門税務署においてn統括官から、控訴人が体調が悪い旨の連絡をしてきたことを伝えられたことは前記認定のとおりである。
控訴人の原審における本人尋問の結果(1回)中、丁らに対し、何度も体調不良を理由に当日の調査の延期及び打ち切りを要請したが全く無視されたとの部分は、控訴人が当日早朝自動車で遠方から帰宅し、鳴門税務署のn統括官に延期要請の電話をしていること、臨場した丁らが控訴人の体調について質問していないことからみて採用することができ、証人戊及び同丁の各証言中これに反する部分は採用することができない。ただし、控訴人は、結果的には当日午前午後の調査に立ち会っており、また当日昼ころ電話で庚税理士に助言を求めた内容も体調不良を主たる理由とするものではなかったことからすると、体調不良の程度が著しかったとは認められない。
④ 控訴人は、丁、戊及び己が、控訴人からの再三の要求を受けても、身分を明らかにしょうとしなかったと主張する。
控訴人は、原審におけるその本人尋問(1回)において、丁、戊及び己が、氏名を名乗らず、身分証明書も、2名がそれらしきものをごくわずかに見せただけで、内容を読みとることは不可能であった旨供述する。前記認定の当日昼の控訴人と庚税理士とのやりとりの内容からすると、結果的には、控訴人には、丁らが名乗った氏名がよく聞き取れず、提示された身分証明書(2名のみしか提示しなかったとの前記供述部分は、証人戊及び同丁の証言に照らして採用できない。)の内容も判読することができなかったと認められるが、前記各証言に照らすと、丁、戊及び己の故意又は過失により、そのような事態が招来されたとまでは認められない。したがって、この点において、丁らに、故意又は過失による違法行為があったと認めることはできない。
⑤ 控訴人は、丁らは、任意調査であるのに、「マルサの女のようなものだ」としてあたかも査察部のする強制調査であるかのように述べたと主張し、控訴人は、原審におけるその本人尋問(1回)において、これに副う供述をする。
証人戊及び同丁の各証言によれば、控訴人と丁らとの会話の中で、「マルサ」又は「マルサの女」との言葉が使用されたことが認められるが、前記認定のとおり、丁らは、強制調査かとの趣旨の控訴人の質問に対し、強制調査ではない旨返答している(これに反する原審における控訴人本人の供述は採用できない。)のであるから、丁らが強制調査であるかのような言動をしたとは認められない。
(3) 前記認定事実によれば、昭和63年9月16日の調査の際、丁らは、体調不良を理由に調査の延期及び打ち切りを求める控訴人の申し出を取りあわず、控訴人の承諾を得ず、その意思に反して、丁及び戊において控訴人事務所2階の事務所内に侵入し、また、己において2階倉庫に侵入したものと認められる(己の倉庫侵入については、控訴人が抗議等したことは窺えないが、黙示的承諾もなかったことは明らかである。)。
丁、戊及び己の前記各行為は、適法な質問検査権行使の範囲を超えるものであり、国家賠償法上違法の評価を受ける。
しかし、同日の調査に関し、他に、控訴人が主張するような丁、戊及び己の故意又は過失による違法な行為があったとはいえない。なお、控訴人は、事前通知なくして調査に赴いたときは、納税者の正当な理由に基づく調査期日の変更申し出を拒否できないと主張するが、その主張の当否はともかく、本件において、丁及び戊は、昭和63年8月16日の調査終了の際、丙に対し、同年9月16日を次回調査の予定日として指定していたことは前記認定のとおりであるから、同年9月16日の調査については、いわゆる事前通知がなされた場合と同視できる。
4 請求原因(5)、(6)(本件更正処分に至る過程での違法行為)について判断する。
(1) 請求原因(5)の事実(処分経過)は、控訴人と被控訴人国との間で争いがない。
(2) 弁論の全趣旨によれば、本件更正処分、異議申立時、審査請求時及び本訴における本件係争各年分の控訴人の仕入額についての被控訴人税務署長の主張の変遷は、別表20ないし22記載のとおりであると認められる。
甲12号証、証人丁及び同庚の各証言(後記認定に反する部分を除く。)によれば、昭和63年8月30日及び同年9月16日の各調査以外の本件更正処分に至る経過の概要は、次のとおりであると認められる。
① 丁及び戊は、昭和63年8月31日から、控訴人の取引先に対する反面調査を開始した。
② 庚税理士は、同年9月18日、控訴人の依頼によりその代理人となった。
③ 同年9月20日に予定されていた調査は、控訴人が不在のため事実上延期され、同年10月5日に次の調査が行われた。この日も控訴人は不在であったが、庚税理士、丙、丁及び戊らが控訴人事務所に会した。丁が帳簿の提示を求めたところ、庚税理士は、帳簿の整理ができていないとして提示しなかったが、昭和62年分の収支計算書を作成して提出する旨提案し、丁らもこれを了解した。
④ 庚税理士は、昭和63年11月21日又は同年12月21日、昭和62年分の収支計算書を高松国税局に提出した。
⑤ 丁は、平成元年1月末又は同年2月中旬ころと同年3月1日、庚税理士に対し、調査で把握した売買差益率に基づく修正申告の慫慂をした。
⑥ 庚税理士は、平成元年3月7日、鳴門税務署に修正申告書を提出したが、被控訴人税務署長は、同日、本件更正処分をした。前記処分は、反面調査によって把握した控訴人の仕入金額、被控訴人税務署長の選定した比準同業者の平均売買差益率及び平均一般経費率並びに同被控訴人の把握した特別経費に基づき、推計及び実額計算を合わせて所得金額を算出してなされた。
⑦ 庚税理士の提出した前記収支計算書には、仕入及び売上等の内訳明細は記載又は添付されていなかった。また、本件更正処分に至るまで、控訴人又は庚税理士が、丁、戊らに帳簿を提示したことは一度もない。
(3) 請求原因(6)、①について
① 別表20ないし22によれば、被控訴人税務署長は、本件更正処分当時、有限会社Fからの仕入金額を計上していない。これにより、控訴人がいかなる不利益を受けたのかは疑問であるが、この点を措くとしても、証人丁の証言によれば、本件更正処分前の反面調査の際、有限会社Fは、本件係争各年分につき控訴人との取引がない旨回答したことが認められ、この事実及び庚税理士の提出した収支計算書に仕入明細が記載されてなかったこと等前記認定の本件更正処分に至る経過に照らすと、有限会社Fからの仕入を計上しなかったことにつき、被控訴人税務署長又は丁らその担当職員が、通常尽くすべき注意義務を漫然と怠ったとはいえない。
② 別表21、22によれば、被控訴人税務署長は、本件更正処分当時、昭和61年分及び昭和62年分のOからの仕入金額を、いずれも審査請求及び本訴における主張額より500万円多く計上しているが、弁論の全趣旨によれば、別表4記載のとおり、審査請求及び本訴での主張額が正しいと認められる。
この点につき、証人丁は、反面調査の際、Oから、過去の書類はないが、単価24,5万円で年間50本程度の取引であったと聞いたことから前記のとおり仕入金額を計上したと証言する。これに対し、甲8号証には、反面調査の際、2年間で50本程度の取引があったと答えた旨の記載があるが、前記のような誤りが生じた原因が、丁の聞き違い、または、Oの担当者の言い違いであるのか定かでなく、仮に、丁の聞き違いであったとしても、前記収支計算書に仕入明細の記載がないこと等前記認定の本件更正処分に至る経過に照らすと、被控訴人税務署長又は丁らその担当職員が、通常尽くすべき注意義務を漫然と怠ったとはいえない。
③ 別表20ないし22によれば、被控訴人税務署長は、本件更正処分当時、本件係争各年分の有限会社Nからの仕入金額を、本訴における主張額より、昭和61年分は約520万円、昭和62年分は約1160万円多めに計上し、昭和62年分は約40万円少なめに計上しているが、弁論の全趣旨によれば、別表4記載のとおり、いずれも本訴での主張額が正しいと認められる。
乙48号証及び証人丁の証言によれば、丁が、有限会社Nに対する反面調査をしたが、同社は、帳簿及び原始記録の作成、保存状態が悪く、当初は、領収書等から控訴人との取引金額を算定したが、それに誤りがあることが判明したため、昭和60年分及び昭和61年分については主に注文書から再度取引金額を算定し直したことが認められる。
結果的に、丁の仕入金額の算定には誤りがあったことになるが、その原因は、前掲各証拠によっても確定できない(二重計上の疑いがあるが、確たるものではない。)。前記のとおり、被控訴人税務署長は、本訴において、別表4記載の有限会社Nからの仕入金額を認めているが、甲21号証、29号証、30号証の1ないし43、証人黒田保俊の証言及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人税務署長は、控訴人が、審査請求及び本訴において提出した控訴人の有限会社Nに対する買掛帳等の資料と従前収集した資料とを総合して前記仕入金額を認めるとの判断をしたことが認められる。
このように、丁が結果的に仕入金額を誤った原因が定かでないこと、被控訴人税務署長は、審査請求段階以降に控訴人から提出された資料を検討した結果、誤りを改めたことに加え、本件更正処分までは、控訴人から有限会社Nとの取引金額を明らかにする資料が提供されていなかったことなど前記認定の事実経過を考慮すると、被控訴人税務署長又は丁らその担当職員が、通常尽くすべき注意義務を漫然と怠ったために、仕入金額の算定に前記の誤りが生じたとは断定し得ない。
④ 別表20によれば、被控訴人税務署長は、本件更生処分当時、昭和60年分のPからの仕入金額を、審査請求及び本訴における主張額より約128万円多く計上しているが、弁論の全趣旨によれば、別表4記載のとおり、審査請求及び本訴での主張額が正しいと認められる。
乙51号証、証人丁の証言及び弁論の全趣旨によれば、丁は、反論の調査の際、Pから提供された売上帳に基づいて同社の控訴人に対する売上を算定したことが認められ、一部で売上を二重計上したり、値引き分を控除しなかったために、売上金額の算定を誤ったものと推測される。しかし、控訴人から資料の提供があればこのような過誤の発生も防げた可能性が高いというべきところ、前記収支計算書に仕入明細の記載がなく、帳簿の提示もなかった等前記認定の本件更正処分に至る経過に鑑みると、前記過誤につき、被控訴人税務署長又は丁らその担当職員が、通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく、漫然と前記仕入金額の算定をしたとは直ちにいえない。
⑤ 別表20及び22によれば、被控訴人税務署長は、本件更生処分当時、昭和60年分及び昭和62年分のQからの仕入金額を、審査請求及び本訴における主張額より、昭和60年分は約27万円、昭和62年分は約6万円多めに計上しているが、弁論の全趣旨によれば、別表4記載のとおり、審査請求及び本訴での主張額が正しいと認められる。
乙50号証及び証人丁の証言によれば、丁は、反面調査の際、Qから提示された領収書に基づいてQの控訴人に対する売上を把握したことが認められるが、結果として、売上金額の算定を誤ったのが、丁の過誤に起因することを認めるに足りる証拠はなく、その原因は不明である。したがって、被控訴人税務署長又は丁らその担当職員が、通常尽くすべき注意義務を尽くさなかったため、前記の金額の相異が生じたと認めることはできない。
(4) 請求原因(6)、②について
控訴人は、庚税理士が、平成元年3月1日、丁に対し、先に提出した収支計算書について、誤りだという点を指摘してくれれば説明するので、指摘して欲しいと要請したが、丁がこれに応じなかったのは、税務職員としての義務違反であると主張し、証人庚の証言中には、これに副う部分がある。
しかし、証人丁は、庚税理士が前記収支計算書を提出した時点から会う機会毎に、控訴人の確定申告の内容を確認するため内訳明細の提出を促していたが、これが提出されなかった旨証言しており(証人庚はこれを否定するが)、この証言によるなら、仮に、庚税理士が丁に対して収支計算書の誤りの指摘を求めたのが事実としても、丁が、前記内訳明細の提出を先行させるべきものと判断したとしてもやむを得ないというべきところ、丁の前記証言が虚偽であると言えるだけの合理的理由はない。
したがって、丁には、控訴人が主張するような義務違反があったとは認められない。
(5) 請求原因(6)、③について
控訴人は、推計するに当たり、比準同業者としては、控訴人と同じ仏壇卸を業とする者を選定すべきであったのに、仏具の小売業者を選定し、その結果、真実の売買差益率は約25パーセントであるのに、これを約36パーセントと過大に設定して本件更正処分をした旨主張する。
甲事件において認定したとおり、控訴人は、本件係争各年分当時、主に控訴人の考案した仏壇を製造業者に製造させてこれを仕入れ、この仏壇及び製造業者から仕入れた仏具を卸売りするほか、控訴人事務所で若干の仏壇、仏具の小売をしていた(乙1ないし3、控訴人本人(原審1回))。
証人丁の証言及び弁論の全趣旨によれば、税務署の業種分類のうち、仏壇、仏具関係のものとしては、「仏具製造業」と「仏具販売業」があるが、ここでいう「仏具」は仏壇と仏具の双方を含み、「販売業」には卸売業と小売業の双方を含むこと、被控訴人税務署長は、本件更正処分において、鳴門税務署管内の「仏具販売業者」のリストの中から、青色申告者等の一定の要件に当てはまるものを抽出して比準同業者としたことが認められる。
前記認定事実によれば、前記のような控訴人の業態を前提とすると、被控訴人税務署長が「仏具販売業者」のリストから比準同業者を選定したことは、合理性がないとはいえない。したがって、控訴人の前記主張は採用できない。
(6) 請求原因(7)(損害)について判断する。
控訴人は、昭和63年9月16日の調査の際、控訴人の体調不良を理由とする当日の調査の延期及び打ち切り要請を無視され、控訴人の承諾を得ず、その意思に反して、丁及び戊において控訴人事務所2階の事務所内に侵入し、また、己において2階倉庫に侵入した違法行為により、精神的苦痛を被ったと推認されるが、これに対する相当な慰謝料は10万円と認める。
また、前記違法行為と相当因果関係のある弁護士費用は、1万円をもって相当と認める。
被控訴人国は、控訴人に対し、国家賠償法1条1項に基づき、前記損害を賠償する義務を負う。
第3結論
以上の次第で、控訴人の本訴請求は、次の限度で理由があり、その余は失当である。
(1) 被控訴人税務署長に対する請求(原審甲事件)のうち、
① 被控訴人税務署長が控訴人に対して平成元年3月7日付けでした昭和60年分の所得税の更正処分及びこれに伴う同月16日付けでした過少申告加算税の変更決定後の同月7日付け過少申告加算税の賦課決定処分のうち、事業所得金額が1245万9331円を超える部分の取消請求部分
② 被控訴人税務署長が控訴人に対して平成元年3月7日付けでした昭和61年分の所得税の更正処分及びこれに伴う同月16日付けでした過少申告加算税の賦課決定処分(ただし、国税不服審判所長の裁決による一部取消後のもの)のうち、事業所得金額が1344万2656円を超える部分の取消請求部分
③ 被控訴人税務署長が控訴人に対して平成元年3月7日付けでした昭和62年分の所得税の更正処分及びこれに伴う同月16日付けでした過少申告加算税の変更決定後の同月7日付け過少申告加算税賦課決定処分のうち、事業所得金額が1677万3181円を超える部分の取消請求部分(前記のとおり、同年分の事業所得金額は1677万3178円であるが、控訴人は、当審において、控訴人の請求を全部棄却した原判決のうち、昭和62年分については、前記各処分のうち事業所得金額が1677万3181円を超える部分の取消請求を棄却した部分の取消及び前記各処分のうち、事業所得金額が前記金額を超える部分の取消を求めているから、この範囲を超えて原判決を取り消して前記各処分を取り消す裁判はなし得ない。)。
(2) 被控訴人国に対する請求(原審乙事件)のうち、
損害合計11万円及びこれに対する不法行為の後の日である平成3年9月14日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害の支払請求
2 よって、前記1と異なり、控訴人の本訴請求をいずれも棄却した原判決を前記のとおり変更することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 井土正明 裁判官 杉江佳治 裁判官 佐藤明)
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