高松高等裁判所 平成12年(う)38号 判決 2000年7月18日
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人島内保彦作成の控訴趣意書に記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官井越登茂子作成の答弁書に記載のとおりであるから、これらを引用する。
一 控訴趣意中、法令適用の誤りの主張について
論旨は、要するに、原判決は、故意に引き起こした本件の自動車事故(以下「偽装事故」という。)に基づく保険金詐欺の各公訴事実について、被告人にはいずれも共同正犯が成立する旨認定したが、被告人は、A(以下「A」という。)と共に自ら直接実行行為に及んだ原判示第二の一の別紙一覧表番号2及び5以外の各犯行については、保険金支払請求等の実行行為に関する謀議に参加したことも、実行行為を分担したことも、更には実行行為に及んだとの事後報告を受けたこともない上に、当該詐取に係る保険金から利益分配にあずかる意図も、現に利益分配にあずかった事実もないから、右別紙一覧表番号2及び5以外の各犯行についても被告人に共同正犯の成立を認めた原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令適用の誤りがある、というのである。
そこで検討するに、関係証拠によると、次の各事実が認められる。
(一) 本件保険金詐欺の原因をなした偽装事故は、B子(以下「B子」という。)が運転し、被告人及びC子(以下「C子」という。)が同乗する自動車に、Aの運転する自動車が故意に追突し、被告人、B子及びC子が受傷したように装ったというものである。
(二) 被告人らが、右偽装事故を引き起こすに至るまでの経緯は次のとおりである。すなわち、Aは、旧知の被告人に交通事故を偽装して保険金を詐取する計画を持ち掛けてその了承を得、これと相前後して同じく旧知のB子にも同様にこの計画を持ち掛けて被告人に続いて了承を得て計画に引き入れ、さらに、B子や内妻を通して面識のあったC子にもB子を介してその計画を持ち掛けたが、明確な了承を得ないまま偽装事故を引き起こすに至った。これに先立って、被告人、A及びB子の間では、偽装事故の態様、場所、各自の分担する役割等につき打ち合わせていたが、C子については、当日偽装事故のことを伝えないままに口実を設けてB子運転車に被告人と共に同乗させ、右事故直後に現場で、被告人やB子がC子に対し苦痛を訴えるよう耳打ちして、これがかねて誘いのあった保険金詐欺のための偽装事故であることを察知させ、その結果、被告人、B子及びC子が受傷したように装った。
(三) 右偽装事故を引き起こすに至る経緯において、被告人ら四名は、それぞれの保険契約加入状況について殊更に確認することもなく推移したため、いずれも支払請求が可能な保険契約の存否について具体的な認識を有していなかったが、少なくとも、A運転の追突車に付せられた保険について他の三名の保険金支払請求がそれぞれ可能であろうことを互いに認識していたほか、各人において他に支払請求が可能な保険契約があればそれぞれその支払請求をするであろうことを相互に了解し合っていた。そして、追突車を運転するAは、他の三名が詐取した保険金から各自の均等負担で一〇〇万円を受け取ることになっていたが、被告人、B子及びC子は、いずれも、他の者がそれぞれ支払請求をして詐取するであろう保険金から利益分配を受ける意図を全く有していなかった。
(四) その結果、被告人は、Aと意を通じて、原判示第二の一の別紙一覧表番号2及び5の各保険金支払請求手続を行って自ら保険金を取得した(ただし、前記報酬分としてAに支払った三五万円を除く。)のみで、B子及びC子も同様にそれぞれAと意を通じて右一覧表記載のような各保険金支払請求手続をするであろうことを認識していたものの、それらの手続自体には関与せず、原判示第一並びに同第二の二及び三の各保険金詐欺についてはその各支払請求手続に関与しなかったばかりか、それら保険契約の存在自体を知らなかった(原判示第一の保険金詐欺においては、その一部が被告人名義の預金口座に振り込まれているが、これはAが別の口実を設けて被告人に預金口座を開設させてその通帳と印鑑を預かり、これを利用して被告人不知の間に行われた。)。
(五) 被告人は、Aとは旧知の間柄で本件のころには債権の取立てを一緒に行うなどしていたが、B子とは本件偽装事故の約一週間前にAの紹介で生命保険の外交員として面識を得るに至ったものであり、C子とは偽装事故当日が初対面であった。
右認定のような経緯で、被告人らが偽装事故を引き起こして受傷したように装い、これを原因とする保険金支払請求に関しては、それぞれが支払請求可能な保険金についてその支払請求手続をして保険金を詐取するであろうことを互いに認識しかつ容認し合っていたからには、互いの保険契約加入状況について個別具体的な認識がなく、また各保険金支払請求手続を行うについての個別具体的な打ち合せがなくとも、法律上いかなる責任を問い得るかはさておき、被告人らの間において、偽装事故を原因とする各自の保険金詐欺についてそれぞれ緊密な意思疎通があったと認めるのに妨げはない(概括的故意を承認する立場の所論もこの点については異論がないものとみられる。)。
そして、被告人がAと意を通じて支払請求手続をして保険金を詐取し、これを自ら取得した前記一覧表番号2及び5の各保険金詐欺について、少なくとも被告人とAに対して共同正犯としての責任を問い得ることに異論はないといってよい(所論もこの点に異論がない。)。
そこで、被告人が保険金支払請求が可能であろうことを認識しつつもその支払請求手続に関与せず、利益の分配にもあずからなかった右一覧表のその余の保険金詐欺及び被告人が保険契約の存在自体を知らず、支払請求手続に関与したことも利益の分配にあずかったこともない原判示第一並びに同第二の二及び三の各保険金詐欺について、被告人に対し、共謀共同正犯の責任を問い得るか否かを検討する。
まず、本件のような偽装事故を原因とする保険金詐欺の実行行為は、偽装事故であることを秘して行う各別の保険金支払請求手続それ自体であって、偽装事故を引き起こすことではない。したがって、偽装事故についていかに詳細に打ち合せをし、更にはこれを共同して行ったとしても、その事実のみを理由として直ちに保険金詐欺の共謀共同正犯の責任を問い得るとするのは性急に過ぎるといわねばならず、今少し慎重な検討を要する。しかしながら、偽装事故を引き起こして受傷を装うことは、それ自体では完結した意義を有するものではなく、それに引き続いて行われる実行行為すなわち事情を秘して行う保険金支払請求手続の必須不可分の前提をなすものとしてこれと一体となって初めて意義を有するものであり、両者の結びつきは密接不可分で、前者が成功裡に推移すれば後者の成功することはほぼ確実といえるのであって、実質的にはむしろ前者こそが詐欺行為そのものであるとみることもあながち見当外れではなく、その重要性において前者は後者に勝るとも劣るものではないといえる。そして、被告人らは、事前の具体的な打ち合せどおり、右のような意味合いの偽装事故を引き起こして受傷を装ったのであるから、被告人らは、本件各保険金詐欺において、実行行為を共同して行ったというのに限りなく近い立場にあるといえる。
次に、被告人、B子及びC子は、右各保険金詐欺において、保険契約の存在自体を知らなかった分はもとより、保険金支払請求の可能性につき認識していた分についても、互いの支払請求手続及び取得した利益の分配に関与するつもりもその事実もなかったことは先に認定したとおりである。しかしながら、右の事実をもって、被告人ら三名が互いの実行行為について相互に何ら利害関係を有しなかったとすることは速断に過ぎるといわねばならない。すなわち、本件のような態様の保険金詐欺においては、関与した者すべてが偽装事故であることを秘して受傷を装い続けることによってはじめて実行行為たる各人の保険金支払請求手続が奏功するのであって、うち一人でも脱落して真相が明らかになれば、他の者の支払請求手続もすべて不奏功に帰することはほぼ自明の理である。つまり、被告人らは、各別ではあるが相互に密接に関連した同種の目的を有し、その達成のためには各人の実行行為の完遂を互いに必要とし合っている一連托生ともいうべき相互依存の関係にあるといえるから、自らの行う支払請求手続にとって他の者の行う支払請求手続は不可欠の存在であり、両者の関係は互いにその一部をなしているといっても過言でないほどに密接である。したがって、偽装事故を共同して引き起こし、それにより受傷したように装ったからには、被告人らは、それに引き続く実行行為たる各人の保険金支払請求手続の段階においてもなお共通の利害関係を有し、その完遂に向けて互いに強い心理的紐帯と拘束を有しているといえる。
なお、追突車を運転するAに対する報酬の分担の関係で被告人らが共通の利害関係にあることは先に認定のとおりである。
以上で検討したとおり、本件の実行行為たる各保険金支払請求手続とその準備行為たる偽装事故の関係及び各人の支払請求手続相互の関係並びにそれらへの被告人ら各人の関与の態様を総合して考察すると、被告人らは、それぞれ、実行行為前の不可欠の準備段階において行為を共同にしている上、実行行為の段階においては、自ら行う保険金支払請求手続にあたり、それが奏功するためには他の者も各自の支払請求手続を行うことを必要としているのであり、相互に利用し合う関係にあるということができるから、他の者の行う支払請求手続については、これを自ら行うわけではないけれども、なお自ら行ったのと同視することが可能である。したがって、被告人らは、互いに他の者の行った各保険金支払請求についても、共謀共同正犯の責任を問われて然るべきものといえるのである。
本件の保険金詐欺の各犯行について被告人に共同正犯の成立を認めた原判決には、所論の法令適用の誤りはない。論旨は理由がない。
二 控訴趣意中、量刑不当の主張について
論旨は、被告人を懲役二年・三年間刑執行猶予に処した原判決の量刑は重過ぎて不当である、というのである。
そこで、所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討する。
本件は、被告人が、A、B子及びC子と共謀の上、故意に自動車事故を引き起こして保険会社から保険金名下に金員を詐取しようと企て、自動車事故を偽装した上、被告人らがあたかも不慮の事故により受傷したかのように装って保険会社の担当者らを欺き、保険金名下に現金合計五八〇万六八二八円を被告人名義の普通預金口座等に振込入金させて詐欺したという、詐欺八件の事案である(なお、被告人が原判示第二の一の別紙一覧表番号2及び5以外の各犯行について責任を負わないとする所論が採り得ないことは、前記のとおりである。)。この各犯行の罪質、回数、動機、態様、被告人の演じた役割及び結果等を併せ考えると、本件の犯情は悪く、被告人の刑事責任を軽視することができない。
そうすると、本件の保険金詐欺の各犯行は、Aの主導において実行されたものであること、被告人が、本件により得た現実の利益は東京海上火災株式会社から詐取した金員のうちの七〇万円ほどにすぎないこと、被告人の妻が同社に対し総額九〇万円を三〇万円ずつ三回に分けて弁償する旨の念書を差し入れ、そのうち三〇万円が既に支払済みであること、被告人が反省の態度を示し、まじめに働いて更生する旨誓っていること、被告人の妻がその監督を約していること、その他原判決や所論が指摘し記録上も肯認し得る被告人のために酌むべき諸事情を十分に考慮しても、原判決の量刑は、その刑期の点においても、刑執行猶予の期間の点においても、重過ぎて不当であるとはいえない。論旨は理由がない。
よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 島敏男 裁判官 浦島高広 齋藤正人)