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高松高等裁判所 平成13年(ネ)218号 判決 2001年10月22日

主文

1  原判決を次のとおり変更する。

(1) 控訴人は、被控訴人Aに対し金6255万1825円、同B、同C、同D、同Eに対し、各金1561万2956円及びこれらの各金員に対する平成9年5月16日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2) 被控訴人らのその余の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを10分し、その9を控訴人の、その余を被控訴人らの各負担とする。

3  この判決の1項(1)は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。

2  同部分に係る被控訴人らの請求を棄却する。

第2事案の概要

1  原判決の引用

本件の事案の概要は、原判決「事実及び理由」第2(2頁16行目から4頁1行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。ただし、原判決3頁10行目を「(1)Fは自賠法3条にいう『他人』に当たるか」に改める。

2  当審補足主張

【控訴人】

(1) 自賠法3条の「他人」であることの立証責任について

原判決は、Fが自賠法3条にいう「他人」に該当しないことの主張立証責任は被告(運行供用者)側にあると判断している。しかし、同条にいう「他人」とは、自己のために自動車を運行の用に供する者及び当該自動車の運転者を除くそれ以外の者をいうところ、被害者が「他人」であることは、自賠法3条に基づく損害賠償請求権の根拠となる請求原因事実である。自賠法は、民法709条の過失の立証責任を転換したものであるが、その他の要件(他人であること、因果関係)の立証責任を転換したものではない。したがって、原判決のいうように運転者がFであるかどうかが証拠上確定できないとしたら、Fは「他人」ではないことになる。

(2) 本件事故の際の運転者について

Fは運転していなかったという原判決の事実認定は誤りである。

本件車両が転落した岸壁には車止めがある。したがって、海に落下したこと自体不自然である。また、車止めによって相当の衝撃があるはずであるから、海に落下しそうになっていることは直ちに分かり、脱出も容易なはずである。また、自動車は、海に落下しても直ちに沈むものではなく、しばらく浮いているものである。にもかかわらず、何故2人とも死亡したのか疑問であり、不自然である。

また、Fは、本件事故当時眼鏡をしていなかったと窺える。しかし、自動車運転の適性条件としての視力は、一眼でそれぞれ0.3以上、両眼で0.7以上とされているところ、Fの視力は、右0.2、左0.5であって、両眼については不明であるが、眼鏡なしで運転ができないわけではない。そして、本件では本件車両が約15㎝の車止めを乗り越えて海に落ちたと考えられるのであって、そのような車止めに気付かないで海に転落するということは、よほどの不注意か、視力が劣る者が運転していたと考えられる。この一事をもってしても、視力の劣るFが運転していたと考える方が自然である。

(3) 仮に、本件事故当時本件車両を運転していたのがGであったとしても、Fは共同運行供用者であって「他人」には該当しない。

すなわち、FとGは、私用で、かつ、共同目的で本件車両を使用していたのであるから、共同運行供用者である。そして、Fは、控訴人よりも本件車両の運行について直接的、顕在的、具体的であるから、控訴人に対して他人であることを主張できない。

(4) FとGとは、控訴人の営業や仕事とは全く無関係な私用のために本件車両を使用していたのであるから、このような場合に、Fが他人であると主張して控訴人に対して損害賠償を請求することは信義則に反し、権利の濫用でもある。

【被控訴人ら】

(1) 自賠法3条の「他人」であることの立証責任について

自賠法3条にいう「他人」に該当しないことの主張立証責任が被告(運行供用者)側にあると解すべきことは、多数の裁判例によっても示されているとおり明らかである。

(2) 本件事故の際の運転者について

本件事故当時本件車両を運転したのがFであるとする根拠として控訴人の主張するところは、Gの自宅から事故現場がそう遠い距離ではないことであるが、運転者を特定するための根拠としてはあまりに薄弱である。むしろ、Fの自動車内にダンスシューズ、バッグ、眼鏡が置かれていた事実にかんがみると、ダンスのための往復の運転とGの自宅に到着後の運転は明白に切断される事情が存し、Gの自宅に到着した時点でFは本件車両の運転を終了し、自車に乗り換えようとしていたことが窺える。このような事情の下でFが本件車両の運転を継続していたとは考え難い。

(3) Fは、本件事故当時眼鏡を着用していなかった。自動車運転に際し、視力0.6以下では眼鏡なしでは十分に物が見えず運転に危険を感ずるというのが近視者の一般的な意見である。たとえ近距離であっても、同人において夜間に眼鏡なしで運転したとは考え難い。

(4) 控訴人は、事故状況における不自然さを主張するが、その主張する事実によっては運転者を特定することはできない。

第3争点に対する判断

1  争点(1)(Fは自賠法3条にいう「他人」に当たるか)について

(1) 自賠法3条は、自己のために自動車を運行の用に供する者(運行供用者)は、その運行によって「他人」の生命又は身体を害したときは、これによって生じた損害を賠償する責に任ずると規定している。ここでいう「他人」とは、運行供用者及び当該自動車の運転者を除くそれ以外の者をいう(最高裁昭和37年12月14日第二小法廷判決・民集16巻12号2407頁、同42年9月29日第二小法廷判決・裁判集民事88号629頁、同47年5月30日第三小法廷判決・民集26巻4号898頁)。

(2) 本件事故当時、本件車両にF及びGが乗車していたことは当事者間に争いがない。そして、仮に、当時Fが本件車両を運転していたとすれば、Fは自賠法3条所定の「他人」には当たらず、したがって控訴人は運行供用者としての責任を負わないことになる。

ところで、Fが運行供用者又は運転者に該当し、同条にいう「他人」に該当しないことの主張立証責任は、本訴において賠償義務者とされている者すなわち控訴人が負担するというべきである。その理由は次のとおりである。

ア 自賠法3条は、「自己のために自動車を運行の用に供する者は、その運行によって他人の生命又は身体を害したときは、これによって生じた損害を賠償する責に任ずる。ただし、自己及び運転者が自動車の運行に関し注意を怠らなかったこと、被害者又は運転者以外の第三者に故意又は過失があったこと並びに自動車に構造上の欠陥又は機能の障害がなかったことを証明したときは、この限りでない。」と規定している。

同条は、本文において権利根拠規定を、ただし書で権利障害規定を定めるという体裁をとっているから、本文に記載されている「他人」であるという要件も、権利根拠規定すなわち同条に基づく損害賠償請求権の存在を主張する被害者側が「他人」であることの主張立証責任を負うようにみえる。

イ しかしながら、自賠法3条にいう「他人」とは、前示のとおり運行供用者及び当該自動車の運転者を除くその他の者をいうのであって、運行供用者であること及び当該自動車の運転者である場合には他人性を欠如するが、それに該当しない以上は当然に「他人」に該当するものとしていると解するのが相当である。すなわち、同条は、自動車損害賠償保障保険制度の前提として、運行供用者を賠償義務者と定め、その自動車の運行によって生命又は身体を害された者を原則的に賠償権利者とした上で、運行供用者及び当該自動車の運転者に当たる者を賠償権利者から除外するという構造を持つものといえる。このような自賠法3条の構造に照らせば、被害者が運行供用者であることあるいは当該自動車の運転者であることは、他人性を阻却する事由として、その主張立証責任も賠償義務者側にあると解すべきことになる。

ウ また、自賠法1条は、同法の第1の目的として「被害者の保護」を挙げている。上記イのような解釈は、同法の上記目的に合致するものといえる。仮に、被害者が「他人」であることの主張立証責任を賠償権利者に負わせた場合、同乗者のいずれが運転者であったかが不明の場合、同乗者のいずれもが同法3条に基づく損害賠償を受けられないことになるが、これは上記自賠法の目的に照らし相当でない。

(3) そこで、このことを前提に、本件事故当時Fが本件車両を運転していたか否かについて検討する。この点に関し、当裁判所の認定した事実は、次のとおり補正するほか、原判決「事実及び理由」第3の1(1)(4頁4行目から6頁3行目まで)と同じであるから、これを引用する。

ア 原判決5頁6行目の冒頭に「、Hの刻印のある印鑑」を加える。

イ 同頁12行目の「甲24」を「甲24、26、乙2」に改める。

ウ 同頁17行目、19行目及び22行目の各「本件車両」の前にそれぞれ「Fの運転する」を加える。

エ 同6頁2行目の「車内を見ると」の次に「、Fの眼鏡」を加える。

(4) 上記(3)で原判決を補正しながら引用して示した事実によれば、FとGは、平成9年5月16日午後10時ころに本件車両に乗車してGの自宅を出た後に消息を絶ち、その後の消息は全く不明となっている。本件車両及び両名の遺体の発見状況からして、両名が本件車両に乗車中、本件事故により死亡したことは間違いないものと認められるが、両名が、いかなる動機、目的の下に、いかなる経路を辿り、またどれほどの時間が経過した後に本件事故現場に至り、どのような態様で岸壁から転落して死亡するに至ったのかは、本件証拠上不明であるといわざるを得ない。

もっとも、前記同日にFとGが、ダンス仲間1名とともにダンスのレッスン会場での指導あるいはその補助のためにa市内からb町の集会場まで本件車両で往復した際及び上記ダンス仲間の下車後、Gの自宅に一旦赴いた際に本件車両を運転していたのはFであると認められる。しかし、Gはその後自宅に一旦戻っており、同所に駐車してあったFの自動車内にFの眼鏡やダンスバッグ、ダンスシューズと着替えが残されていたことからすれば、Fも本件車両から荷物を積み替えるために一旦は本件車両を降りたことが推認される。そして、本件車両が同所を出発する際にF又はGのいずれが本件車両を運転していたかという点について、目撃証言等的確な証拠はない。本件車両がGの自宅に到着した際にFが同車両を運転していたからといって、その後もFが運転していたとたやすく推認できるわけではないし、まして、本件では、上記のとおり、本件車両に乗車した両名がいかなる経路を辿り、どれほどの時間が経過した後に本件事故現場に至ったかや、本件事故の具体的状況については全く不明なのであるから、上記事実のみから本件事故当時本件車両を運転していたのがFであると推認することはできない。

また、逆に、本件事故当時本件車両を運転していたのがGであると認めるに足りる証拠もない。被控訴人らは、Fは眼鏡を自車に置いたまま本件車両に乗車していたものであり、同人の視力に照らして同人が本件事故当時本件車両を運転していたことはあり得ないと主張するが、海中で発見された本件車両内に眼鏡が遺留されていない一方、Gの自宅近くの駐車場にあったFの自動車には眼鏡があったことから、直ちにFが本件事故当時眼鏡を着用しておらず、したがって、Gの自宅を出た後、Fが本件車両を運転していたことがあり得ないとまで断定することはできない(被控訴人Aは、Fの持っていた眼鏡は1つだけであると供述するが、これを裏付ける確たる証拠はない。)。そして、他に、本件車両の運転者がFであるか、Gであるかを断定するに足りる証拠はない。

以上の事実に照らせば、本件事故当時Fが本件車両を運転していたかどうかは不明というほかなく、前示の立証責任の所在に照らし、Fは、自賠法3条所定の「他人」に該当するということになる。

(5) 控訴人は、仮に、本件事故当時本件車両を運転していたのがGであったとしても、Fは共同運行供用者であって「他人」には該当しないと主張する。

しかし、控訴人が本件車両を所有し、自己のために運行の用に供していたことは当事者間に争いがない。そして、証拠(丙4、証人I)及び弁論の全趣旨によれば、Gは、控訴人代表者Hの子であり、父の経営する控訴人を手伝い、控訴人から給料月額20万円程度をもらっていたことが認められる。同事実によれば、本件車両は、Gが、父が控訴人代表者であり、控訴人の手伝いをしていた関係で、同代表者の承認を得て使用していたものと推認できる。また、上記(3)で原判決を補正しながら引用して示したとおり、Fは、平成9年5月16日午後7時ころから、ダンスのレッスン会場での指導等のために、a市とb町を行き来し、その際Gほか1名を同乗させて本件車両を運転していたものである。しかし、Fの同運転は、同日、レッスン会場に行き来する際、Gから一時的に依頼されたものと解する余地が多分にある。しかも、本件事故はレッスン会場への行き来の際のものではなく、一旦帰宅した後のものであり、前示のとおり、同日、FとGが消息を絶って以後本件事故が発生するまでの間、同人らのいずれが本件車両を運転し、どのような動機・目的の下に本件車両を運転したのか、どのような経路を辿って本件事故現場に至り、どのような態様で本件事故に至ったかは本件証拠上明らかではないのである。

ところで、被害者が自賠法3条にいう「他人」に当たらないと評価される共同運行供用者に該当することについては、賠償義務者とされている者が主張立証責任を負うことは、前示(2)の説示の趣旨に照らし明らかである。しかるところ、上記のとおり、本件全証拠をもってしても、Fが「他人」に当たらないと評価される共同運行供用者に該当すると判断し得るような事情を認めるに足りない。

したがって、控訴人の上記主張は採用できない。

(6) また、控訴人は、本件請求が信義則に反し権利の濫用に当たるとも主張するが、いうような私用運転の場合であってもその同乗者からの賠償請求が一律に不当であるとはいえない上、(5)のとおり運行の実態は不明であることにかんがみると、控訴人の上記主張を採用することはできない。

2  争点(2)(損害額)について

(1) Fの死亡による逸失利益

証拠(甲1、5、6ないし19号証〔各枝番を含む。〕)によれば、Fは、本件事故当時満49歳であって、株式会社J製薬工場に勤務して、本件事故前の平成8年5月から平成9年4月までの1年間に1112万1600円の収入を得ていたことが認められる。してみると、Fは、本件事故に遭わなければ、その後同社を定年退職するに至るまで同額を下らない収入を得ることができたというべきである。同社の定年退職時期を認めるに足りる的確な証拠はないが、一般的な企業における定年年齢が満65歳までであることは公知の事実であるから、上記年収額を得られる期間は死亡後16年間と認めるのが相当である。そして、その後67歳に至るまでの2年間は賃金センサス平成10年第1巻第1表産業計の平均賃金額(357万3700円)相当の年収を得られたものと認められる。いずれも、生活費として収入の30%を控除した上、同期間に対応するライプニッツ係数を乗じて中間利息を控除すると、次の計算式のとおり、となる(円未満切捨て)。

計算式 11,121,600×(1-0.3)×10.8377=84,372,795

3,573,700×(1-0.3)×(11.6895-10.8377)=2,130,854

合計 86,503,649円

(2) 慰謝料

本件に現れた一切の事情を総合すれば、Fの死亡による慰謝料は2600万円が相当である。

(3) 葬儀費用

証拠(甲20ないし23号証)及び弁論の全趣旨によれば、本件事故と相当因果関係のある葬儀費用は120万円と認められる。

(4) 合計

以上によれば、Fの相続人である被控訴人らが控訴人に対して請求しうる総損害額は1億1370万3649円となり、これを法定相続分に従って分割すると、被控訴人Aにつき5685万1825円、その余の被控訴人らにつきそれぞれ1421万2956円となる。

(5) 弁護士費用

本件事案の内容、認容額等に照らし、本件事故と相当因果関係のある被控訴人らの弁護士費用相当の損害額は、1130万円(被控訴人Aにつき570万、その余の被控訴人らにつき各140万円)と認めるのが相当である。

3  結論

以上の次第で、被控訴人らの本件請求は、被控訴人Aにつき金6255万1825円、その余の被控訴人らにつきそれぞれ金1561万2956円及びこれらの各金員に対する本件事故日である平成9年5月16日から各支払済みに至るまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がない。よって、これと異なる原判決を上記のとおり変更することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小田耕治 裁判官 田中俊次 裁判官 松本利幸)

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