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高松高等裁判所 平成13年(ネ)356号 判決 2002年5月10日

主文

1  一審原告らの控訴に基づき,原判決を次のとおり変更する。

(1)  一審被告は,一審原告Aに対し,1783万9814円及びこれに対する平成11年12月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  一審被告は,一審原告Bに対し,1783万9814円及びこれに対する平成11年12月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3)  一審原告らのその余の請求を棄却する。

2  一審被告の控訴を棄却する。

3  訴訟費用は,第1,2審を通じて,これを4分し,その1を一審原告らの,その余を一審被告の負担とする。

4  この判決は,前記1(1),(2)に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1当事者の求める裁判

1  一審原告ら

(1)  原判決を次のとおり変更する。

(2)  一審被告は,一審原告Aに対し,2382万円及びこれに対する平成11年12月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3)  一審被告は,一審原告Bに対し,2382万円及びこれに対する平成11年12月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(4)  仮執行宣言。

2  一審被告

(1)  原判決中,一審被告敗訴部分を取り消す。

(2)  前記(1)の取消部分に関する一審原告らの請求を棄却する。

第2事案の概要

本件は,一審原告らの長男であるC(当時9歳)が,一審被告が設置し,所有・占有している踏切を自転車に乗って通行しようとした際,走行してきた一審被告の電車にはねられて全身打撲で即死した事故(以下「本件事故」という)につき,一審原告らから,一審被告に対し,本件事故は,同踏切の瑕疵によって発生したものであるとして,不法行為(土地工作物責任)に基づく損害賠償を請求した事案である。

1  争いのない事実

(1)  当事者

ア 一審原告らは,C(以下「C」という。平成2年7月28日生)の父母で,Cの相続人である。

イ 一審被告は,鉄道事業等を営業目的とする株式会社である。

(2)  本件事故の発生

ア 発生日時 平成11年12月15日午後2時14分ころ

イ 発生場所 松山市a町 伊予鉄道b線c西踏切(以下「本件踏切」という)

ウ 加害車両 d駅発b駅行き電車(以下,d駅発b駅行き電車を「下り電車」という)

同所有者 一審被告

エ 被害者  C(本件事故当時9歳)

オ 事故態様 Cが,自転車に乗って本件踏切を南から北に向けて通過中(以下,本件踏切の南側出入口を「南側出入口」と,北側出入口を「北側出入口」という),西方から走行してきた下り電車にはねられ,全身打撲により即死した。

(3)  本件踏切について

ア 本件踏切は,踏切警手が配置されておらず,踏切遮断機,踏切警報機の設置されていない第4種踏切であった。

イ 本件踏切付近のb線は単線である。

ウ 本件踏切の構造の概略は別紙図面及び別紙写真のとおりである。

2  争点

(1)  本件踏切の設置・保存の瑕疵の有無

ア 一審原告らの主張

(ア) 本件踏切は,付近における住宅,ブロック塀等の障害物により,通行者及び電車運転士からの見通しが悪かった。平成11年7月8日,一審被告が行った踏切道実態調査(以下「本件事故前調査」という)によると,電車の見通し距離は,それぞれ,南側出入口からd駅方向は150メートル,b駅方向は50メートル,北側出入口からd駅方向は100メートル,b駅方向は5メートルであった。さらに,平成11年10月末ころには,付近に住宅,ブロック塀等が新築された結果,南側出入口からd駅方向の見通し距離は約5メートルであった。

このため,本件踏切を南から北へ通過しようとする者は,軌道敷に入らなければ下り電車を見付けられず,電車運転士も軌道敷付近の通行者の有無を知ることは容易でなく,たとえ通行者を発見し,急制動の措置を講じたとしても,事故の発生を回避することは不可能な状況であった。

(イ) 本件踏切の南側出入口は,住宅,ブロック塀等の障害物により,d駅方向の見通しが遮られていたため,本件踏切からd駅寄りへ約96メートルの地点に設置されているa東踏切(以下「a東踏切」という)の踏切警報機(以下「警報機」という)の音を聞くことができず,仮に聞こえるとしても,本件踏切からb駅寄りへ約57メートルの地点に設置されているc踏切(以下「c踏切」という)の警報機の音が大きく聞こえ,通行者は,電車が右方向から接近して来るものと錯覚しやすい状況にあった。すなわち,本件踏切付近の警報機の警報音は,本件踏切の通行者に接近中の電車の進行方向について誤解を生じさせ,d駅方向に対する安全確認を怠らせる危険性があった。

本件事故当時,Cは,電車がb駅方向から接近してくると錯覚し,b駅方向の安全確認のみを行っただけで,本件踏切内に進行した可能性が高い。

(ウ) 本件踏切は,北側出入口,南側出入口の双方ともに見通しが悪く,d駅方向から接近する電車を目で確認することができず,事故発生を防止する措置が必要であったが,本件事故当時,本件踏切には,踏切警手は配置されておらず,踏切遮断機(以下「遮断機」という)や警報機も設置されていなかった(なお,本件踏切には,「車両通行止め」の標識が設置されていたが,当時9歳で小学校3年生のCにとって,自転車に乗車して通行することが違反となることは理解できなかった)。

また,b線には,本件踏切より通行量が少なく,見通しが良好であるにもかかわらず,ミラーが設置されている第4種踏切があるが,本件踏切においても,少なくとも一審被告がミラーを設置していたならば,Cは,ミラーにより電車の接近を確認することができ,本件事故は発生しなかったといえる。

運輸省令(踏切道の保安設備の整備に関する省令。以下「本件省令」という)2条によれば,「付近に幼稚園又は小学校があることその他の特殊の事情により危険性が大きいと認められる」踏切については,「踏切道改良促進法第3条第2項の規定により遮断機(遮断機を設置することが技術上著しく困難であると認められる踏切道にあっては,警報機)を設置すべきものとして指定を行う」と規定されている。本件踏切は,付近に二つの小学校(a′小学校及びe小学校)があるのに,一方向の見通し距離がほとんどなく,接近中の電車の進行方向について錯覚を起こしやすいという特殊事情があるから,その危険性はとくに大きく,少なくとも警報機を設置する必要があった(なお,踏切事故の誘因としては多くの要素があり,個々の踏切の実情を考慮する必要があるし,本件省令が定める標準は,踏切の保安設備として必要最小限度を示す一応の標準にすぎないから,本件踏切が,仮に本件省令の指定基準に達していなかったとしても,本件踏切が有している実質的な危険性に変わりはなく,本件踏切には,警報機又は遮断機の設置が必要であった)。

なお,b線には,本件踏切と同様に,踏切警手,遮断機,警報機が設置されていない歩行者だけが通行できる無人踏切(第4種踏切)が多数あり,踏切事故も多発している。昭和62年5月11日,本件踏切付近の第4種踏切で,小学校3年生の男児が電車にはねられて即死する事故が発生している。本件踏切は,通学路には指定されていなかったが,小学生が本件踏切を通路として利用することは容易に予見することができたものといえる。

したがって,一審被告は,本件事故の発生を予見することができたにもかかわらず,何ら保安設備を設置することなく放置していたといえる。

(エ) 本件踏切は,通行者から電車に対する見通しも,電車から通行者に対する見通しもともに悪いこと,a東踏切の警報音が聞こえにくい上,c踏切の警報音が強く聞こえるために,通行者は下り電車ではなく,上り電車(b駅からd駅方向行き電車)が接近してくると誤認する危険があること,本件踏切は,進入する直前まで下り電車が接近してくることに気づくことが難しく,農道を通行し,南側出入口より本件踏切に進入しようとする通行者,とりわけ安全確認を怠りがちな小学生などが,下り電車が接近してこないと軽信して本件踏切内に進入し,電車と接触する危険性が高かったといえる。昭和62年に事故が発生した踏切は,事故後まもなく廃止され,本件踏切も本件事故発生直後に廃止された。一審被告は,前回の事故で見通しの悪い踏切の危険性は十分認識したはずなのに,日々その危険性が増大していく本件踏切を目の当たりにしながら,その危険性を訴えて本件踏切の廃止へ向けて地元民を説得するような活動をせず,他方,本件踏切の存続を前提とする徹底した保安設備の拡充も行わず,漫然と危険な踏切を危険なまま放置していた結果,本件事故が発生した。

(オ) 以上のとおり,本件踏切について,少なくとも警報機,遮断機又はミラーを設置して,見通しの悪さを補うのでなければ,安全な踏切とはいえず,本件踏切の設置又は保存について瑕疵があるといえる。

イ 一審被告の主張

(ア) 本件踏切は,横断する前後の農道部分より約20センチメートル高くなっており,加えて,踏切トラ柵(黄色の地に黒色の斜線縞模様を塗布した踏切注意柵),踏切注意標(赤色の地に白色で「ふみきりちゅうい」と三角材の2面に平仮名で書き入れたもの),交通規制標識(A標識。車両通行止めの規制標識)などの事故防止策が整備されていた。また,南側出入口は,トラ柵で狭められて約90センチメートルの間隔しかないため,自転車で通行する者は,本件踏切前で一旦停止し,押して通行するのが一般的である。軌道敷との境に設置されたトラ柵の位置(この位置は,電車が通過しても安全である)からのd駅方向の見通し距離は約158メートルで良好であった。また,本件踏切付近は,線路はほぼ直線であり,電車からの線路見通し状況も良好であった。

なお,トラ柵の間にポールを設置するのには本件踏切が通じている農道の管理者の同意を要する上,通行者がポールでけがをしたり,自転車を押して通行することが極めて困難な事態となり,かえって本件踏切における危険が高まる恐れがある。

(イ) 下り電車が本件踏切に到着する約40秒前からa東踏切の警報機の警報音が,約33秒前からc踏切の警報機の警報音がそれぞれ鳴り出すようになっていたので,本件踏切付近でもこれらの警報音を確認することができた。

また,一審被告は,本件踏切付近に新たに住宅,ブロック塀等が建築され,視認性が低下したことから,平成11年10月20日,汽笛吹鳴標(サイズ横20センチメートル×縦30センチメートル,白地に黒文字で「汽笛」と書かれた鉄製パネル)を,本件踏切の手前約56メートルの電柱に設置し,電車がその地点を通過する際に運転士が汽笛を鳴らすこととした。下り電車の運転士であったD(以下「D運転士」という)も,本件事故直前に同地点で汽笛を鳴らしている。

このように,本件踏切に警報機が設置されていなかったとしても,通行者は,隣接する踏切の警報音,電車の汽笛により,電車の接近を知ることができた。

(ウ) 本件事故前調査当時には,本件踏切の交通量は,1日16人と極めて少なかった。その後,本件事故当時までに,本件踏切周辺に新築住宅が建築されるなど,周辺状況に多少の変化はあるものの,格段の交通量の変化はない。

また,電車の交通量は,平日往復各62本で合計124回,日曜日,祝日は往復各59本で合計118回であった。

本件踏切は,本件省令第2条の踏切道保安設備設置の指定基準には達していないし,本件踏切の1日当り換算交通量及び1日当り換算列車回数も,地方鉄道及び専用鉄道の踏切道保安設備設置標準について(昭和29年4月27日鉄監第384号鉄道監督局長から陸運局長宛の通達)の指定基準にも達していなかったから,法令上も,警報機などの設置は必要ではなかった。

(エ) 本件踏切付近には小学校があるが,本件踏切は通学路に指定されていなかった。一審被告の設置,保存にかかる第4種踏切における昭和62年以降の人身事故は,4件発生しただけであり,小学生の事故は,本件事故を含めて2件発生したのみである。

(オ) 本件踏切付近に住宅等が建築され始めたのは,平成11年10月ころからであり,一審被告が,本件踏切の第1種化(遮断機,警報機の設置)を決めても,運用開始までには約7か月が必要であって,本件事故に対応することは不可能であった。

また,踏切を第1種化するには,1か所につき約850万円必要であるが,農道踏切においては,運輸省,松山市等官庁からの補助金はなく,すべて鉄道事業者の負担となるため,電車の運賃収入で営業を行っている一審被告にとっては多大な負担である。一審被告は,順次,踏切保安設備の整備を促進しているが,本件踏切は,歩行者が少数通行するのみであったから,他の踏切と比較して,整備を進める順位は低かった。

さらに,鉄道事業者に対してミラー設置を義務づける法的規制はないところ,踏切の手前で一旦停止しなければ,ミラーによっては電車の接近を確認できないこと,距離感がつかみにくいこと,補助金により,踏切の第1種化を進めていたことから,一審被告はミラーの設置をしていない。

(カ) 本件踏切を横断しようとする者は,本件踏切を電車が通過する約33秒前にc踏切の警報音を大きな音で聞くことになるから,これは本件踏切道に警報機が設置されているのと全く変わりはないといえる。

(キ) 本件踏切は,通行者が,自転車で通行する際,踏切前で一旦停止するようにトラ柵を設置し,トラ柵の位置からは,電車を目で確認することができ,さらに,隣接する踏切の踏切警報音及び電車の汽笛により,電車の接近が分かる構造になっていた。すなわち,一審被告は,警報機及び遮断機がなくても,通行者が,本件踏切を渡る際,通常の注意を払いさえすれば,踏切事故が発生しないように,各種安全措置を講じており,本件踏切は,警報機などが設置されているのと同様,電車運行の確保と道路交通の安全との調整という踏切本来の機能を全うしているのであって,本件踏切における軌道施設の設置及び保存に瑕疵はない。

(2)  本件踏切の設置・保存の瑕疵とCの死亡との因果関係

ア 一審原告らの主張

本件踏切の瑕疵により,本件事故が発生し,Cが死亡したのであるから,本件踏切の設置・保存の瑕疵とCの死亡との間には因果関係がある。

イ 一審被告の主張

仮に本件踏切の設置又は保存に瑕疵があったとしても,本件事故は,Cが安全を確かめずに自転車で本件踏切に進入したという一方的かつ重大な過失によって発生したものであるから,本件踏切に警報機が設置されていなかった瑕疵と本件事故との間には相当因果関係はない。

(3)  損害

ア 一審原告らの主張

(ア) Cの損害 逸失利益 2668万円

Cは,本件事故当時満9歳の健康な男子であったから,本件事故により死亡しなければ,18歳から67歳まで49年間にわたり,平均賃金相当額の収入を得ることができたはずである。

Cの逸失利益は,平成10年度賃金センサス第1巻第1表産業計,企業規模計,学歴計,全年齢平均の男子労働者の平均年収額569万6800円を基礎として,生活費割合を50パーセント,ライプニッツ係数により年5分の割合による中間利息を控除して算定すると,次のとおり3335万9606円となる。

5,696,800×(1-0.5)×11.7117=33,359,606

後記のとおり,本件事故の発生について,Cにも2割の過失が認められるので,2割を減額すると,一審被告が賠償すべきCの逸失利益は2668万円(1万円未満切捨て)となる。

(イ)  相続

一審原告らは,Cの父及び母として,それぞれ前記逸失利益相当額の損害賠償請求権を,法定相続分に従い2分の1ずつ(1334万円)相続により取得した。

(ウ)  一審原告らの損害

a 葬儀費用 一審原告らそれぞれにつき48万円

一審被告が負担すべき葬儀費用は,一審原告らそれぞれにつき60万円ずつが相当と認められるところ,前記の過失相殺により,2割を控除すると,一審原告らそれぞれにつき48万円となる。

b 慰謝料  一審原告らそれぞれにつき800万円

本件事故の原因は,通行者の安全確保を軽視した一審被告の経営姿勢にあり,前途洋々たるCの生命を本件事故により奪われた一審原告らの精神的苦痛を慰謝するには,一審原告らそれぞれにつき1000万円が相当であるところ,前記の過失相殺により,2割を控除すると,一審原告らそれぞれにつき800万円となる。

(エ)  過失相殺

前記のとおり,本件事故の発生について,Cにも,本件踏切南側出入口で一旦停止をして電車の進行の有無を確認することなく通行を開始した過失が認められる。

しかし,Cの年齢,本件踏切の保安設備の状況などを考慮すると,Cの過失割合は20パーセントが相当である(多くても4割を超えるものではない)。

(オ)  弁護士費用 一審原告らそれぞれにつき200万円

(カ)  合計 一審原告らそれぞれにつき2382万円

イ 一審被告の主張

(ア)  一審原告らの損害の主張を争う。

(イ)  本件踏切に瑕疵はなく,Cが本件踏切のトラ柵の位置で一旦停止し,左右の安全を確認した上で,自転車を押して通行していれば,本件事故は発生しなかったというべきであって,本件事故については,Cに100パーセントの過失が認められる。

仮に瑕疵があるとしても,Cは本件事故当時,踏切の危険性については充分認識できる年齢であった。また,Cが生前通学していたa′小学校北側には,b線の線路があるため,Cは,同校において,踏切の通行の仕方について教育を受けていたものと思われる。Cが本件踏切を通行する際,本件踏切のトラ柵の位置で一旦停止し,左右の安全確認をした上で,かつ自転車を押して通行していれば,本件事故は発生しなかったというべきであることからしても,Cの過失割合は,95パーセントを下らない。

第3当裁判所の判断

1  本件踏切の設置・保存の瑕疵について

(1)  証拠(甲3の2,4,甲5の1ないし5,甲7の1の1ないし5,甲7の2の1ないし4,甲7の3の1ないし4,甲7の4の1ないし5,乙3,4の1ないし24,乙6,乙8,乙10ないし13,乙17ないし19,乙20,乙24,乙25,乙30ないし33,検証の結果)及び弁論の全趣旨によると,次の事実を認めることができる。

ア 本件事故の概要

D運転士は,a駅を出発し,e駅に向かって時速約50キロメートルで電車を走行し,本件踏切手前約56メートルの地点で,汽笛を鳴らし,本件踏切の手前約15メートルの地点に差しかかった際,本件踏切南側出入口より踏切内に進入してくる自転車を発見したので,汽笛を鳴らすと同時に急制動の措置を講じたが間に合わず,電車の正面とCが衝突し,電車は自転車を巻き込んで約81.5メートル先で停止した。Cは,衝突地点からb方面へ約24メートル離れた地点で倒れていた。

イ 本件踏切及び周辺の状況

(ア) 本件踏切は,一審被告の運営するb線のa駅とe駅間に設置された踏切である。本件踏切は第4種踏切であり,踏切警手は配置されておらず,遮断機,警報機も設置されていない。本件踏切は,b線を敷設する際,同軌道敷きと幅員約80センチメートルの農道とが交差する部分に設置されたものであり,農道自体は国有地であるが,一審被告は,農道を挟むように軌道敷きの土地を所有するほか,後記(イ)の工作物を設置し,農道が軌道敷きと交差する部分には,通行部分として,両端側にコンクリート様の踏切舗装をした部分と,同部分に挟まれ角材(木材)を線路内側に4本,線路外側に各2本ずつ並べて敷き詰めて金属杭で固定した部分を設置している。同通行部分は,各出入口付近の土地が低く,各コンクリート様の踏切舗装の部分が軌道敷き中心に向かって徐々に高くなり,角材敷設部分はほぼ水平となっており,その高低差は約20センチメートルである。

(イ) 本件踏切の北側出入口及び南側出入口の各両側には「踏切トラ柵」(黄色の地に黒色の斜線縞模様を塗布した踏切注意柵),北側出入口の左側及び南側出入口の右側には赤色の三角材の2面に白色で「ふみきりちゅうい」と平仮名で書かれた「踏切注意標」の標識,「車両通行止め」の規制標識が設置されていた(車両通行止めの規制がされるようになったのは,昭和49年5月である)。

本件踏切は幅員約80センチメートルで,北側出入口より北方向の農道の幅員は約2メートル,南側出入口より南方向の農道の幅員は約4メートルである(ただし,国有地としての農道の幅員は本件踏切の幅員に相当する約80センチメートルであり,これを超える農道の各幅員は,いわゆる本来の農道とはいえない)。本件踏切は,進入前後の農道部分より約20センチメートル高くなっており,農道に勾配はなく,南側出入口トラ柵の間隔は約90センチメートルであり,北側出入口もほぼ同様の間隔であった(本件踏切の幅員は昭和58年1月に従来の1.8メートルから80センチメートルに変更された)。本件踏切南側の農道付近には住宅が密集してはいなかったが,平成11年6月ころから,本件踏切の南西角とさらに線路の南側に沿って,新築住宅が建築されるようになり,同年10月末から11月上旬にかけて約10軒の建物が建築され,ブロック塀も設置された。そのため,本件踏切南側出入口からd駅方向の見通しや,線路上の視認性が共に著しく悪化した。

(ウ) 平成11年7月8日に実施された本件事故前調査によると,同日における本件踏切の「踏切から列車の見通し距離」(踏切道における最縁端軌道の中心線と道路の中心線との交点から軌道の外方道路の中心線上5メートルの地点における1.3メートルの高さにおいて見通すことができる軌道の中心線上当該交点からの長さのことをいう)は,南側出入口からd駅方向は150メートル,b駅方向は50メートル,北側出入口からd駅方向は100メートル,b駅方向は50メートルであった。しかし,前記(イ)の建物・ブロック塀等が建築・設置された結果,本件事故の発生した平成11年12月15日において,本件踏切の中心から南方向へ5メートル離れた位置から,線路沿いにd駅方向を見通すことはできなかった。

(エ) 本件踏切からd駅方向へ約96メートル地点にa東踏切が,本件踏切からb駅方向へ約57メートルの地点にc踏切がそれぞれ設置されており,両踏切とも警報機及び遮断機を備えていた第1種踏切であった。

しかし,a東踏切の警報音は本件踏切付近では聞こえにくく,しかも,a東踏切の警報音が聞こえ始めてから約5秒後にc踏切の警報音が鳴り始め,その場合本件踏切からの距離関係からみて,より鮮明に聞こえるc踏切の警報音の影響により,c踏切の警報音開始から約33秒後に本件踏切を電車が通過するまでの間,a踏切の警報音が鳴っていることに気付くことは難しい。

(オ) 前記(イ)のとおり,本件踏切南方農道沿いに建物・ブロック塀等が建築され,本件踏切付近に対する電車運転士からの見通し状況が著しく悪化したため,一審被告は,平成11年10月20日,本件踏切の手前約56メートルの地点に汽笛吹鳴標識を設置し,同地点通過の際には,汽笛を吹鳴する旨の社内規定を設けた。前記アのとおり,D運転士は,本件事故の当日,前記標識の地点で汽笛を鳴らしている。

下り電車が,前記標識の地点で汽笛を鳴らすと,本件踏切付近でも鮮明に聞こえるが,聞こえてから約4から5秒後に電車が本件踏切を通過することになっていた。

(カ) 本件踏切にはミラーは設置されていない。本件踏切ではb線の線路は直線である。

(キ) c踏切及びa東踏切北側には,f線(県道g号)があり,横断歩道が設置されているが,本件踏切の取り付け道路である農道には横断歩道はなかった。また,c踏切及びa東踏切は,車両通行(a東踏切道は軽四自動車に限る)が可能であるが,本件踏切は,車両通行止めとなっており,交通規制上,自転車に乗車したままの通行は禁止されていた。

本件事故前調査時,本件踏切の1日当りの交通量は16人で,電車の交通量は,平日は62本の往復で124回,日曜日,祝日は59本の往復で118回であったが,前記(イ)のとおりその後新築住宅が建築された関係で,本件事故当時の本件踏切の1日当りの交通量は増加したものと推認される。本件事故当時,b線は,上り,下りとも,約15分に1本,本件踏切を電車が通過することになっていた。

なお,本件踏切西方約300メートル地点には,松山市立a′小学校が,東方約300メートル地点には,e小学校がそれぞれ設置されていたが,本件踏切は,通学路に指定されていなかった。

(ク) 昭和62年5月11日,本件踏切付近の松山市h町i番地先のb線j踏切(第4種踏切,警報機,遮断機などが設置されていない踏切)において,小学生(8歳)が小走りに踏切内に進入し,電車に接触して死亡する事故が発生し,昭和62年11月4日にその踏切は閉鎖された。しかし,本件事故が起きるまで,本件踏切で人身事故が発生することはなかった。

(ケ) 一審被告は,第4種踏切の第1種踏切化を進めるなど,踏切保安設備の整備を順次行っていたが,本件踏切は,通行者が少なく,車両通行禁止の通行規制がされていたため,設置優先順序は低かった。

(コ) 一審被告は,本件事故日(平成11年12月15日)の後である平成12年2月2日に,本件踏切を閉鎖した。

(2)ア  踏切における軌道施設に保安設備を欠いたことが,工作物としての軌道施設の設置又は保存に瑕疵があるというべきか否かについては,当該踏切における見通しの良否,交通量,列車回数等の具体的状況を基礎として,電車運行の確保と道路交通の安全との調整という踏切設置の趣旨を充たすに足りる状況にあるか否かという観点から定めなければならず,保安設備を欠くことにより,踏切における列車運行と道路交通の安全との調整が全うされず,電車と通行者との接触による事故を生じる危険が少なくない状況にあるならば,踏切における軌道施設として本来具えるべき設備を欠き,踏切としての機能が果たされていないというべきであるから,かかる踏切には,設置上の瑕疵がある(最高裁昭和46年4月23日第二小法廷判決民集25巻第3号354頁参照)。そこで,前記(1)認定事実及び上記説示に基づいて,本件踏切の設置又は保存の瑕疵の有無について検討を加える。

イ  本件踏切は,本件踏切付近に新築住宅が建築されたことによって,南側出入口から5メートル手前の地点ではd駅方向(下り電車が進行してくる方向)は全く見通すことができず,踏切トラ柵の地点からは,約158メートルまで見通すことができるものの,本件踏切に南側出入口より進行しようとする者は,本件踏切の直前まで,d駅方向の見通しが著しく困難であった。

また,電車運転士からの線路上の見通しも,本件踏切付近に新築住宅が建築されたことによって,視認性が低下し,農道を通り,南側出入口から本件踏切に進入しようとする者を発見することは困難となっていた。本件において,D運転士は,本件踏切の約15メートル手前の地点に至って初めてCを発見したのであるが,本件踏切を通過する電車は,時速約50キロメートルの速度で進行しており,その場合の停止距離は通常約94・3メートルであるから,電車運転士が可能な限り早く通行者を発見したとしても,急制動の措置をとることでは対応できない。

ウ  a東踏切(本件踏切からd駅方向に存在する)の警報機の警報音は本件踏切付近では聞こえにくい。その上,同警報機の警報音の開始約5秒後に鳴り始めるc踏切(本件踏切からb駅方向に存在する)の警報音がa東踏切の警報音よりも鮮明に聞こえるため,通行者にとって,上り電車がb駅方向から接近中であるが未だc踏切に至っていないか,あるいは下り電車が本件踏切を通過した後にb方向へ進行中であるものと錯覚する危険性が極めて強い。

エ  本件踏切は,前後の農道より約20センチメートル高くなっている程度であるため,通行者が自転車に乗ったまま進入することも容易であり,これに踏切直前に来るまで下り電車を発見できないという見通し状況が加わり,通行者が本件踏切直前で一時停止するなどの安全確認を怠ったまま進入してしまう危険性が大きい。とくに,小学生などの子供にとっては,本件踏切に踏切注意標識,車両通行止めの規制標識が設置されており,その幅員がトラ柵の設置により約0・8メートルと狭くなっていることを考慮しても,自転車に乗ったまま本件踏切に進行してしまうことは十分に予想することができる。

オ  本件踏切付近には,二つの小学校が設置されており,昭和62年には,本件事故と被害者,事故態様も類似した事故が近くの踏切で発生していたから,本件事故発生の危険性も十分予測できたといえる。

カ  前記アないしオ説示によると,本件踏切は,通行者から電車,電車からの通行者の見通しが共に悪く本件踏切直前に来るまでd駅方向から接近中の下り電車を発見することが困難であること,a東踏切の警報音も聞こえにくいこと,c踏切の警報音が鮮明に聞こえるのに対し,a東踏切の警報音が不鮮明なために,通行者は下り電車が接近中であるのに,上り電車が接近中であるが未だc踏切に至っていないか,あるいは下り電車が通過後であると錯覚する危険があること,本件踏切は自転車に乗ったまま一時停止せずに進入することが容易な構造になっていることを認めることができる。そうすると,農道を通行し,南側出入口より本件踏切内に進行しようとする通行者,とりわけ安全確認を怠りがちな小学生などが,下り電車が接近中ではないと軽信して踏切内に進入して,下り電車と接触する危険性が極めて高かったものというべきである。そうであるから,本件踏切の交通量や列車回数がさほどのものではないことを考慮しても,一審被告は,本件踏切に少なくとも警報機を設置して,通行者に対し,電車が接近してくることを正確に伝達すべきであったということができる。

キ  一審被告は,本件踏切に警報機と遮断機を設置するには,7か月(①社内協議・稟議・決済,1か月目②詳細設計・予算書作成,1か月半目③認可申請・認可,1か月目から2か月半目④業者選定・機器材料調達,2か月半目から5か月半目⑤踏切保安装置設置工事・完成5か月半目から6か月半目⑥試験調整・竣工使用開始,6か月半目から7か月目)の期間を必要とするから,本件踏切に警報機を設置して本件事故の発生を回避することは不可能である旨主張する。

しかし,本件踏切南側の農道付近には住宅が密集してはいなかったが,平成11年6月ころから,本件踏切の南西角とさらに線路の南側に沿って,新築住宅が建築されるようになり,同年10月末から11月上旬にかけて約10軒の建物が建築され,ブロック塀も設置され,本件踏切南側出入口からd駅方向の見通しや,線路上の視認性が共に著しく悪化しているし,このため,一審被告も,本件踏切付近に対する電車運転士からの見通し状況が著しく悪化したため,平成11年10月20日には,本件踏切の手前約56メートルの地点に汽笛吹鳴標識を設置し,同地点通過の際には,汽笛を吹鳴する旨の社内規定を設けるまでしており,本件踏切の危険性,とりわけ南側出入口からd駅方向の視認性の悪さに起因する危険性は著しく増大しており,そのことを一審被告も認識していたといえる。そうすると,一審被告は,平成11年6月ころから危険を予知して警報機設置の準備にかかり,遅くとも平成11年10月20日の時点において,このような危険認識に立って,同危険が現実化するのを防止するため,警報機の設置作業に本格的に取りかかる必要があったといえる。一審被告は,前記のとおり,警報機設置に7か月もの期間が必要である旨主張するが,危険防止の必要性が明らかであれば,警報機設置許可を迅速に取得することは可能であるし,一審被告の作業行程に関する所要期間は,いずれも短縮することが十分に可能であると考えられるから,本件事故発生日である平成11年12月15日までに警報機を設置することがおよそ不可能であったとはいえない。したがって,一審被告の主張を採用することができない。

ク  のみならず,一審被告は,本件踏切の危険を具体的に認識した平成11年10月20日以降本件踏切に警報機を設置するまでの期間は,応急の臨時措置として,本件踏切を一時的に閉鎖したり,トラ柵とトラ柵の間にポールを設置したり,通行者に対し本件踏切入口で停止し左右の安全確認を促す看板を設置するなどして,通行者が安全確認を怠ったまま本件踏切内に安易に進行することを防止するための措置を講じなければならなかったものというべきである。一審被告は,農道の管理者が承諾しない以上,そのような措置をとることは不可能である旨主張し,乙第34,35号証(E作成の陳述書)はこれに副うものであるが,たとえ本件踏切の約80センチメートルの通路部分が農道であり,一審被告にその所有権がないとしても,一審被告は,同通路部分を本件踏切設備の一部として管理すべき責任があり,他方農道管理者も同通路部分が本件踏切設備の一部として使用され,一審被告によって管理されることを承諾しているのであるから,一審被告は,本件踏切の管理責任者として,少なくとも危険防止のために必要不可欠な応急措置は,農道の管理者の承諾なくしても行うべきであるし,その権限もあるものといえる。したがって,一審被告の主張を採用することができない。

ケ  前記アないしク説示のとおりであり,本件踏切に前記説示の措置が講じられない以上は,本件踏切は,踏切としての本来の機能を全うし得る状況になかったものと認められるから,本件踏切には設置・保存に関する瑕疵があったものといえる。

2  本件踏切の設置・保存の瑕疵とCの死亡との因果関係について

前記1説示によると,Cは,本件踏切の設置・保存の瑕疵により,下り電車が接近中であることに気づかずに自転車に乗ったまま本件踏切に進入し,本件事故が発生したのであるから,本件踏切の設置・保存の瑕疵とCの死亡との間には相当因果関係があるといえる。

Cに過失があるとしても,上記相当因果関係の存在を否定するものとはいえず,後記3(3)説示のとおり,過失相殺すべき事由に該当するにとどまる。

3  損害について

(1)  Cの損害

ア 逸失利益            3293万2714円

Cは,本件事故当時満9歳の健康な男子であったから,本件事故により死亡しなければ,18歳から67歳まで49年間にわたり,平均賃金相当額の収入を得ることができたものと認められる。

そこで,Cの逸失利益は,平成11年度賃金センサス第1巻第1表産業計,企業規模計,学歴計,全年齢平均の男子労働者の平均年収額562万3900円を基礎として,生活費割合を50パーセント,ライプニッツ係数により年5分の割合による中間利息を控除して算定すると,3293万2714円となる。

5,623,900×(1-0.5)×11.7117=32,932,714

イ  相続 一審原告らそれぞれにつき 1646万6357円

一審原告らは,Cの父母として,それぞれ前記逸失利益相当額の損害賠償請求権を,法定相続分にしたがって2分の1(1646万6357円)ずつ相続により取得した。

(2) 一審原告らの損害

ア  葬儀費用 一審原告らそれぞれにつき    60万0000円

一審被告が負担すべき葬儀費用は,一審原告らそれぞれにつき60万円ずつが相当と認められる。

イ  慰謝料 一審原告らそれぞれにつき   1000万0000円

本件事故の態様その他一切の事情を考慮すると,Cの死亡についての一審原告らの精神的苦痛を慰謝するには,一審原告らそれぞれにつき1000万円が相当と認められる。

(3) 過失相殺

前記1説示のとおり,本件事故は,本件踏切の設置・保存の瑕疵によって生じたものであり,本件踏切は通行者,とりわけ小学生などにとって,下り電車が接近中であることに気づかずに進入する危険性が極めて高い状況にあったものであり,本件事故はこのような危険性が現実化した結果にほかならない。

他方,前記1説示によると,Cにも,本件踏切南側出入口で一旦停止をして電車の進行の有無を確認することなく,交通規制に反して自転車に乗ったまま本件踏切内に進行した過失があるものと認めることができる。

以上に,証拠上本件に現れた諸般の事情を考慮すると,Cの過失割合を4割とするのが相当である。

一審原告らそれぞれについての前記(1)及び(2)の合計額2706万6357円から4割を控除するとそれぞれ1623万9814円となる。

(4) 弁護士費用 一審原告らそれぞれにつき    160万0000円

本件訴訟の難易度,認容額,審理の経過等の事情に照らすと,本件事故と相当因果関係にある弁護士費用相当の損害額は,一審原告らそれぞれにつき160万円と認めるのが相当である。

(5) 合計 一審原告らそれぞれにつき   1783万9814円

4  まとめ

以上によれば,一審原告らの請求は,一審被告に対し,不法行為に基づく損害賠償金として,それぞれにつき1783万9814円及びこれに対する平成11年12月15日(本件事故日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある。

第4結論

よって,一審原告らの控訴は一部理由があるから,原判決を主文1項のとおり変更し,一審被告の控訴は理由がないから棄却し,一審原告らの請求認容部分について仮執行の宣言を付することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井土正明 裁判官 杉江佳治 裁判官 佐藤明)

別紙図面

乙第3号証(省略)

別紙写真

乙第4号証の4ないし6(省略)

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