大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

高松高等裁判所 平成13年(ネ)79号 判決 2002年1月18日

主文

1  本件控訴をいずれも棄却する。

2  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は,控訴人ら各自に対し,各50万円及びこれに対する平成11年8月17日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

下記のとおり,当審における争点3についての控訴人らの主張を付加するほか,原判決の「事実及び理由」中「第二 事案の概要等」記載のとおりであるから,これを引用する。なお,本判決においても,原判決別紙略語表記載の略語を引用して用いる。

(控訴人らの主張)

本件口頭意見陳述の開催場所を松山市に設定することに何の支障もなかった。そうだとすると,行審法が,口頭意見陳述の機会の保障を異議申立人らの権利として認めている以上,異議申立人らの意向に沿ってその利便に最も適した開催場所を設定することが通産大臣の義務であった。開催地が愛媛県の隣県の高松市であったこと,控訴人らが本件口頭意見陳述をボイコットしたことは,異議申立人らの利便を無視した開催地の設定を正当化するものではない。

本件異議申立て以外の原子炉の設置変更許可に関する異議申立事件における口頭意見陳述の開催場所と対比して,本件口頭意見陳述の開催場所の選定の相当性を根拠付けることはできない。そもそも,他の事件での開催場所の選択が合理的であったか否かが疑わしいからである。

第3当裁判所の判断

1  争点2(通産大臣の本件異議申立てに関する処理の遅延)について

争点1の控訴人ら主張の被侵害利益の存否は,本件異議申立てに関する処理遅延の有無及びこれに関する諸事情とも深く関わると解されるので,まず,争点2について判断する(本件のような原子炉の設置変更許可に対する異議申立て事件の処理の遅延に関し,およそいかなる事情があっても控訴人らの主張するような異議申立人の人格的利益を被侵害利益として肯定できないとは解されない。)。

(1)  前記引用の原判決中の「争点の前提となる事実(争いがない)」,甲3号証の1,乙1号証,3号証,11号証及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

① 本件異議申立てがなされた昭和61年ないし同申立てに対する棄却決定のなされた平成10年当時,原子炉の設置変更許可 に対する異議申立ては,通産大臣に対してなされた。旧通産省において前記異議申立て事務を所掌していたのは,資源エネル ギー庁公益事業部原子力発電安全審査課(以下「安全審査課」という。)であった。

安全審査課は,原子炉の設置変更許可に対する異議申立て事件について,申立ての受理,口頭意見陳述の開催,申立ての当否の検討等の一連の事務処理をした後,決定書を起草する。次いで通産省内部において決定書につき順次所定の決裁を経て,前記異議申立て事件の決定事務を専決処理していた通産事務次官の最終決裁によって前記異議申立てに対する通産大臣の決定がなされていた。

・※  安全審査課は,原子炉の設置変更許可に対する異議申立て事件の処理に関する事務のほか,同許可自体に関する事務,実用発電用原子炉の設置許可に関する政策の企画・立案,原子炉の設置変更許可に関する訴訟事務等も所掌していたが,昭和61年ないし平成10年当時,同課の課員は,課長を除くと常時4名であった。

③ 資源エネルギー庁は,昭和59年末ころ,そのころ係属していた原子炉の設置変更許可に対する各異議申立て事件と共通の争点につき係争されていた伊方1号炉訴訟が同年12月の上告により最高裁に係属したことなどから,前記各異議申立て事件の審理,決定は,前記訴訟の最高裁判決の判断内容を踏まえて行うのが適切であると判断し,前記各異議申立て事件の処理事務を事実上中断した。

④ 昭和61年7月,本件異議申立てがなされ,同年11月,A及び控訴人B(以下「控訴人B」という。)から口頭意見陳述開催の申立てがなされた(安全審査課は,これらの口頭意見陳述開催申立てを本件異議の申立ての申立人全員を代表してなされたものとして扱った。)。

⑤ 本件異議申立てがなされた昭和61年7月当時,別紙「異議申立処理状況」記載の「福島第二3・4号」,「柏崎刈羽2・5号」,「柏崎刈羽1号」,「川内2号」及び「浜岡3号」の各原子炉設置変更許可に対する各異議申立て事件が係属していたが,前記の経緯で事実上審理が中断していた(なお,「柏崎刈羽1号」炉の設置許可処分については昭和54年に処分取消訴訟が提起されていた。)。

安全審査課は,本件異議申立て事件についても,異議申立て理由が前記訴訟と共通することから,前記の方針に従って,最高裁判決が言い渡されるのを待って審理を進めるのが相当と判断した。ただし,安全審査課長は,昭和62年1月,事務量の軽減を図るため,控訴人B及びAに対し,本件異議申立人の中から総代を選出するよう依頼する文書を送付した。

⑥ 平成2年4月には,福島第二訴訟も最高裁に係属し,平成4年10月,伊方1号炉訴訟及び福島第二訴訟についての最高裁判決が言い渡された。これらの判決は,原子炉の設置許可処分取消訴訟における初の最高裁判決であり,原子炉設置許可手続の合憲性及び原子炉設置許可の段階における安全審査の対象等についての判断が示された。

その当時,原子炉設置許可に対する異議申立て事件として,伊方3号炉について控訴人Bほか1313名による本件異議申立て事件及び5グループによる異議申立て事件が係属していた(前記引用の争いのない事実2項)ほか,他の原子力発電所の原子炉設置許可について前記③の各異議申立て事件,及び別紙「異議申立処理状況」記載の「柏崎刈羽3・4号」,「女川2号」,「柏崎刈羽6・7号」及び「高浜1・2号」の各原子炉設置変更許可に対する各異議申立て事件,合計20件(異議申立人が多数であっても1通の異議申立て書による異議申立てを1件とする。)の異議申立て事件が係属していた。

安全審査課は,前記各最高裁判決が言い渡されたことから,その判決内容を踏まえて事実上中断していた前記各異議申立て事件の審理を再開続行することにしたが,全事件の同時並行処理は困難であると判断し,異議申立人の数の少ない事件,異議申立人の数が多くても,代理人によって申立てがされているか又は総代の選任されている事件,または,口頭意見陳述開催の申立てがなされていない事件など,所要の事務量が少なく,早期処理が可能と判断された事件から順に処理を進めることとし,この方針に基づいて,以後,事件処理に当たった。

その結果,別紙「異議申立処理状況」記載のとおり,口頭意見陳述開催の申立てのない事件,異議申立人の数が少ないか,代理人又は総代の選任されている事件は,平成8年初めころまでに決定がなされ,次いで,平成9年に入ってから口頭意見陳述開催申立てのある事件についての口頭意見陳述が開催された後,これらの事件について順次決定がなされた。

本件異議申立てについては,結局,総代が選任されず,安全審査課は,口頭意見陳述開催の申立てをしたと理解する者全員に対して開催通知をした上,平成9年5月に本件口頭意見陳述を開催し,平成10年5月7日付けで本件異議申立てを棄却する旨の決定をした。

ところで,前記各最高裁判決後の平成6年12月には四国電力が伊方3号炉の営業運転を開始したところ,伊方3号炉については増設許可の取消を求める行政訴訟や異議申立てについて通産大臣の決定の遅延を理由とする不作為の違法確認訴訟は提起されず,異議申立て事件のみが係属していたが,昭和61年11月に口頭意見陳述開催の申立てがされ,昭和62年に総代を選任するように依頼する文書が送付され,平成9年3月に口頭意見陳述開催通知がなされた以外には前記各最高裁判決の前後を通じて安全審査課側からも,異議申立人側からも異議決定を速やかに行うための顕著な動きはなかった。

⑦ 柏崎刈羽1号炉設置許可に対する異議申立て事件を別として,昭和53年までに申立てられた原子炉設置許可に対する6件の各異議申立て事件(対象原子炉数5)については,口頭意見陳述を開催した事件を含めて5件が4か月ないし1年以内に,他の1件が2年以内に内閣総理大臣又は通産大臣の決定により終了している(ただし,いずれの事件とも,申立て当時の所管は内閣総理大臣であり,異議申立人の数,代理人又は総代選任の有無は不明である。)。

(2)①  行審法に基づく異議申立ての相手方である行政庁の地位にある公務員が,同法1条1項に基づき,当該事件につき,その異議申立人に対する関係で迅速に事件を処理すべき職務上の義務を負担するとは直ちに解されないが,長期間合理的理由もなく故意に処理を行わないなどすれば,条理上,当該公務員は,当該事件を早期に処理し,法的保護に値する異議申立人の人格的利益の侵害を回避すべき作為義務を負担し,かつ,これに違反したと評価すべき場合があり得ると解される。

そこで,前記認定事実に基づき,本件において,通産大臣が,前記作為義務を負担し,これに違反したか否かについて判断する。

②  本件異議申立てについては,異議申立て時からこれに対する決定がなされるまでに約12年,本件口頭意見陳述開催時まででも約11年を要している。異議申立人の数,代理人又は総代選任の有無等の前提条件の異同が確認できないから,処理に要した年数のみを機械的に比較するのは相当でないとしても,昭和53年までに申立てられた原子炉設置変更許可に対する各異議申立て事件(柏崎刈羽1号炉設置許可に対するものを除く。)と比較して,本件異議申立ての処理に要した期間は異常に長く,客観的に見て通常その処理に要すると考えられる期間をはるかに超えていると推認できる。

このように処理に長期間を要した第1の原因が,伊方1号炉訴訟等の最高裁判決が言い渡されるまで原子炉設置変更許可に対する異議申立て事件の審理を事実上中断するとした資源エネルギー庁の方針(すなわち,歴代の通産大臣の方針と解される。)にあったことは明らかである。一般に,行審法に基づく異議申立て制度の趣旨からすれば,処分に対する異議申立てを受けた行政庁が,当該処分自体又は同種処分の適否をめぐる訴訟が係属しているからといって,その司法判断を待って異議申立てに対する決定をしなければならない理由はないし,そのような措置をすることが常に相当といえるわけではない。

しかし,原子炉の設置変更許可についていえば,通産大臣がこれに対する異議申立てを理由があると認めるか否かは,一方で,国のエネルギー行政の在り方やその計画内容等を左右する可能性が高いとともに,他方では,周辺住民等の生命,身体の安全に深刻かつ重大な影響を及ぼしかねない。このように高度の公共性を有し,しかも個別国民の重大な法益にも直接関わる異議申立て事件について,処分行政庁である通産大臣が,審理に特に慎重を期すること自体は適切な判断といえる。そして,従来,同種事件についての最高裁判決が存在しなかったところ,本件異議申立て事件とも共通の争点を有する訴訟事件が,1,2審ではなく最高裁に現に係属した場合,通産大臣が,本件異議申立て事件のはらむ前記のような重大性にかんがみ,最終審の司法判断を待ち,これを踏まえて審理を進めようとしたことはあながち不当とはいい得ない。

もっとも,本件の場合,本件異議申立て時から起算しても前記各最高裁判決が言い渡されるまでに約6年を経過した。事案の内容からして,最高裁の判断が示されるまである程度の期間を要することは最高裁係属当初から予測できたともいえるから,この点で,資源エネルギー庁(すなわち,通産大臣)の前記方針の是非が問われるが,事案の重大性に照らすと,これが異議申立て制度の趣旨に明らかに違背するものであったとまではいえない。

以上によれば,歴代の通産大臣が,伊方1号炉訴訟等の最高裁判決が言い渡されるまで原子炉設置変更許可に対する異議申立て事件の審理を事実上中断するとの方針を立て,これに基づき伊方3号炉に関する本件異議申立て事件の審理を事実上中断していた間に,客観的には,同事件の審理を遂げるのに通常必要とする期間を経過したとしても,やむを得ない事情があったと見られ,通産大臣が事件処理のためなすべき努力を怠っていたとまではいい得ない。

③  本件異議申立てに対する決定がなされるまで約12年を要した原因の第2は,前記各最高裁判決後係属する前記各異議申立て事件の審理を再開続行するに当たり,事務量が少なく早期処理が見込まれる事件を優先的に処理し,異議申立人の数が多く,代理人による申立てではないし,総代の選任もなく,口頭意見陳述開催の申立てがなされていた本件異議申立ての処理を後に回したことにあると認められる。

しかし,安全審査課の所掌事務及び職員数,係属していた異議申立て事件の数等からすると,通産大臣の補助職員である同課職員らが,全事件の同時並行処理が困難と判断し,前記のような処理方針を立ててこれに従って各異議申立て事件の処理を進めたことが不当とはいえず(ただし,総代が選任されなかったことにつき控訴人B及びAを含む本件異議申立人に何らかの責任又は落ち度があるというものではない。),その過程で,通産大臣又は同課職員等の補助職員が,遅延解消のため通常期待される努力を尽くさなかったというべき事情を認めるに足りる証拠はない。控訴人らは,迅速に対応する態勢の強化が通産大臣の任務であったと主張する。確かに,通産大臣の許可により平成6年12月には四国電力が伊方3号炉の営業運転を開始しているのであるから,通産大臣はその許可に対する異議申立ての決定を速やかに行うことができるように特段の措置をもって部内の職員配置を行うべきであるが,本件においてこれが行われたと認めることはできない。しかし,原子炉設置に関する異議決定の行政判断は問題点が多岐にわたり専門的知見をも含むものであり,定員及び予算の枠内において,通産省内の他の部署での需要と比較しながら,本件異議申立て事件等の処理のため人的物的態勢をいかに整えるかは,その性質上,通産大臣の高度の裁量的判断事項であると解されるところ,本件全証拠によっても,安全審査課の職員増員措置を採らなかった等の点において,通産大臣に裁量判断の明らかな誤りがあったとは認められない。

(3)  以上によれば,通産大臣が,本件異議申立てにつき,その処理に通常必要と考えられる期間内にこれを処理できず,その期間を経過しても同申立てに対する決定に至るまで長期間経過したといえるとしても,やむを得ない事情があり,同大臣が遅延解消のため通常期待される努力を尽くさなかったとは認められず,また,増員等の特段の措置を採らなかったことが裁量判断を誤ったとはいえないから,同大臣において,前記決定をした平成10年5月7日より前のある時点で,本件異議申立てをなすべき作為義務を負担し,これに違反したと認めることはできない。なお,控訴人らは,口頭意見陳述開催時期の遅れも問題とするようであるが,これについても,通産大臣が,実際の開催時期より前のある時点で開催すべき義務を負いながら,これを怠ったといえないことは,前同様である。

したがって,通産大臣が,本件異議申立て事件の処理に約12年間を費やし,または,本件口頭意見陳述の開催まで約11年間を費やしたことが,控訴人らに対する不法行為に当たるとは認められない。

2  争点3(本件口頭意見陳述の開催場所選定の違法性)について

当裁判所の認定判断は,下記のとおり当審における控訴人らの主張に対する判断を補足するほか,原判決31頁5行目ないし同39頁4行目と同一であるから,これを引用する。

控訴人らは,①本件口頭意見陳述の開催場所を松山市に設定することにつき何の支障もなかったから,行審法が口頭意見陳述の機会の保障を異議申立人らの権利として認めている以上,異議申立人らの意向に沿ってその利便に最も適した開催場所を設定することが通産大臣の義務であった,②開催地が愛媛県の隣県の高松市であったこと,控訴人らが本件口頭意見陳述をボイコットしたことは異議申立人らの利便を無視した開催地の設定を正当化するものではない,③本件異議申立て以外の原子炉の設置変更許可に関する異議申立事件における口頭意見陳述の開催場所は,その選択の合理性に疑問があるから,これと対比して,本件口頭意見陳述の開催場所の選定の相当性を根拠付けることはできないと主張する。

しかし,異議申立人に口頭意見陳述の機会を保障した行審法48条,25条1項の規定が,異議審理庁に対して各異議申立人にとって利便な場所での口頭意見陳述開催を義務付けているとは解されない。そうである以上,本件異議申立人の大多数が居住する愛媛県に近い高松市を本件口頭意見陳述開催場所に設定したことは,その設定の合理性を基礎付ける事情になるし,控訴人らが,高松市まで赴くことが不可能又は困難であるから参加しなかったというのではなく,本件口頭意見陳述を自らの意思でボイコットしたことは,原判決説示のとおり,控訴人らが高松市の本件口頭意見陳述に参加し得たことを示す事情といえる。また,原判決説示のとおり,他の事件での開催場所との比較は,本件の開催場所の設定が,他の事件例と比較して不平等又は恣意的な扱いでないことの裏付けとして意味があるのであり,ここでは,他の事件例での設定が合理的か否かは直接問題ではない(もとより,他の事件例が明らかに不合理であれば,比較することが無意味となるが,原判決認定の比較対象事例が,明らかに不合理とは認められない。)。

3  結論

以上の次第で,控訴人らの請求はいずれも理由がないから棄却すべきところ,これと同旨の原判決は相当で,本件控訴はいずれも理由がない。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井土正明 裁判官 杉江佳治 裁判官 佐藤明)

<編注:『※』部分は原文のとおり。>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例