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高松高等裁判所 平成13年(行コ)13号 判決 2004年1月15日

控訴人 興進海運株式会社 ほか1名

被控訴人 今治税務署長

代理人 横山和可子 小松一利 富崎能史 ほか4名

主文

1  本件控訴をいずれも棄却する。

2  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人が、平成7年5月22日付けで控訴人興進海運株式会社に対してした下記の各賦課決定処分を取り消す。

(1)  平成元年8月1日から平成2年7月31日までの事業年度(平成2年7月期)の法人税の重加算税 1197万3500円

(2)  平成2年8月1日から平成3年7月31日までの事業年度(平成3年7月期)の法人税及び法人臨時特別税の各重加算税

ア 法人税    2118万8000円

イ 法人臨時特別税 50万4000円

(3)  平成3年8月1日から平成4年7月31日までの事業年度(平成4年7月期)の法人税及び法人特別税の各重加算税

ア 法人税  2592万1000円

ただし、2389万1000円を超える部分を除く。

イ 法人特別税 61万9500円

ただし、59万5000円を超える部分を除く。

(4)  平成元年8月1日から平成2年7月31日までを課税期間とする消費税の重加算税 86万1000円

(5)  平成2年8月1日から平成3年7月31日までを課税期間とする消費税の重加算税 20万0000円

(6)  平成3年8月1日から平成4年7月31日までを課税期間とする消費税の重加算税 210万7000円

ただし、203万7000円を超える部分を除く。

3  被控訴人が、平成7年5月22日付けで控訴人共栄海運株式会社に対してした下記の各賦課決定処分を取り消す。

(1)  平成2年2月1日から平成3年1月31日までの事業年度(平成3年1月期)の法人税の重加算税 1585万1500円

(2)  平成3年2月1日から平成4年1月31日までの事業年度(平成4年1月期)の法人税及び法人臨時特別税の各重加算税

ア 法人税    2406万6000円

イ 法人臨時特別税 57万4000円

(3)  平成5年2月1日から平成6年1月31日までの事業年度(平成6年1月期)の法人税の過少申告加算税及び重加算税

ア 過少申告加算税 4万8000円

ただし、2万7000円を超える部分を除く。

イ 重加算税    135万1000円

ただし、22万4000円を超える部分を除く。

(4)  平成2年2月1日から平成3年1月31日までを課税期間とする消費税の重加算税 9万1000円

ただし、8万7500円を超える部分を除く。

(5)  平成3年2月1日から平成4年1月31日までを課税期間とする消費税の重加算税 31万8500円

ただし、30万4500円を超える部分を除く。

第2事案の概要

被控訴人は、いずれも平成7年5月22日付けで、控訴人らに対し前記第1の2及び3記載のとおりの法人税、法人臨時特別税、法人特別税及び消費税に係る重加算税又は過少申告加算税の賦課決定処分(本件賦課決定処分)をした。控訴人らは、<1>本件賦課決定処分は、違憲、違法に収集された資料に基づいてされたものであるから、違法である、<2>控訴人らの修正申告は、国税通則法68条1項、65条5項(以下「本件規定」という。)所定の「調査があったことにより当該国税について更正があるべきことを予知してされたものでないとき」に当たるから、加算税を賦課することはできない、<3>本件賦課決定処分は信義則に反すると主張して、その取消しを求めた(なお、正確には、控訴人興進海運株式会社の平成3年7月期の確定申告は期限後申告であるから〔<証拠略>〕、その修正申告は期限後申告に係る修正申告であり〔国税通則法66条1項2号〕、適用が問題となるのは同法68条2項、66条3項であるが、その規定の仕方は本件規定と同じであるので、本件規定について検討すれば足りる。)。

原審は、控訴人らの本訴請求をいずれも棄却した。そこで、控訴人らが前記第1の1ないし3記載のとおりの判決を求めて控訴した。

1  前提となる事実並びに争点及び争点に対する当事者の主張についての原判決の引用

(1)  前提となる事実(<証拠略>)

次のアないしエのとおり補正するほか、原判決「事実及び理由」第二の二の1ないし11(9頁4行目から14頁10行目まで)記載のとおりであるから、これを引用する。

ア 原判決9頁4行目から10行目までを次のとおり改める。

「1 控訴人興進海運株式会社(以下『控訴人興進海運』という。)の代表取締役は、従前は訴外A1人であったが、平成6年2月28日にはBも代表取締役に就任し、Aが退任した平成7年1月20日以降はB1人である。控訴人共栄海運株式会社(以下『控訴人共栄海運』という。)の代表取締役は、Bの夫であるCである。

控訴人らは、いずれも砂利採取を業とする同族会社であり、本社事務所を同一場所に置き、その実質的な経営は、両社ともCが行っている。」

イ 同末行の「原告興進海運」から10頁1行目の「平成四年一月期の各事業年度」までを次のとおり改める。

「控訴人興進海運は平成2年7月期(平成元年8月1日から平成2年7月31日まで)、平成3年7月期(平成2年8月1日から平成3年7月31日まで)、平成4年7月期(平成3年8月1日から平成4年7月31日まで)の各事業年度の、控訴人共栄海運は平成3年1月期(平成2年2月1日から平成3年1月31日まで)、平成4年1月期(平成3年2月1日から平成4年1月31日まで)の各事業年度」

ウ 同11頁8行目中の「統括」をいずれも「総括」に改める。

エ 同12頁2行目の「発布」を「発付」に改める。

(2)  争点及び争点に対する当事者の主張

次のアないしオのとおり補正するほか、原判決「事実及び理由」第三の一ないし三(15頁1行目から48頁7行目まで)記載のとおりであるから、これを引用する。

ア 引用部分中に「本条項」とあるのをいずれも「本件規定」に改める。

イ 原判決15頁1行目の「本件課税処分」を「本件賦課決定処分」に改める。

ウ 同20頁3行目の「確定申告」を「修正申告」に改める。

エ 同26頁9行目から10行目の「説明したものた」を「説明したもの」に改める。

オ 同29頁1行目の「更正あるべきこと」を「更正があるべきこと」に改める。

2  争点一(本件賦課決定処分のための資料収集手続に違憲、違法な点はあるか。)に関する当事者の当審補足主張

【控訴人ら】

(1) 今治税務署のD統括調査官が、平成6年4月12日、E調査官らを控訴人ら事務所に派遣した際、調査結果いかんによっては査察事案で処理することが妥当であると考え、調査内容や入手資料を査察部の犯則調査のために提供する可能性ないし方針のもとに調査を指示し、現実にその日のうちに、E調査官らが税務調査によって得た情報及び資料を右から左へ査察部に提供した点をみれば、質問調査を犯則調査に利用したものと評価することができ、D統括調査官の行為は、税務調査と犯則調査を峻別している憲法31条、35条、38条に反し、違法であることが明らかである。

このようなD統括調査官を含む今治税務署の査察部に対する協力行為は、査察部との事前の通謀ないし意思連絡が立証されないからといって、その違憲性が解消されるわけではない。いわば今治税務署の「片面的」な協力、加功の意思による場合も、同様に違憲、違法となるのである。

そして、査察部は、今治税務署職員が税務調査によって得た資料を疎明資料として、同月13日に高松簡易裁判所裁判官から控訴人興進海運を嫌疑者とする臨検・捜索・差押許可状の発付を得たものであるから、違憲、違法である。

(2) 以上のような違法な行為によって収集された資料に基づいてされた本件賦課決定処分は違法である。

【被控訴人】

(1) 本件税務調査は、控訴人らの法人税等調査を目的として行われたものであって、犯則調査又は犯罪捜査に「片面的」に協力することを目的としたものではない。

D統括調査官が査察部への通報を決意したのは、E調査官らから調査結果の復命を受けた後のことであって、控訴人ら主張のように、E調査官らを控訴人ら事務所に派遣した際、調査結果いかんによっては調査内容や入手資料を査察部の犯則調査のために提供する可能性ないし方針のもとに調査を指示した、というわけではない。

(2) 査察部が、平成6年4月13日高松簡易裁判所裁判官に臨検・捜索・差押許可状の発付を請求するに際し、今治税務署の調査担当官が控訴人らから受領し、D統括調査官が査察部にファクシミリで送信してきた資料の一部を、金融機関1か所に対する同許可状請求の疎明資料として添付したことは認める。

3  争点二(控訴人らの修正申告が、本件規定にいう「調査があったことにより当該国税について更正があるべきことを予知してされたものでないとき」に該当するか。)に関する当事者の当審補足主張

【控訴人ら】

(1) 本件規定の立法趣旨

本件規定の立法趣旨は、自発的な修正申告を奨励して能率的な課税を実現するという行政目的を実現すること、国が調査の手間をかけることなく徴税目的を達成することができることにある(東京高裁昭和61年6月23日判決・行裁集32巻7号1056頁〔以下「昭和61年東京高裁判決」という。〕)。したがって、本件規定は、「調査」が先行した場合を前提とし、たとえ調査が先行していてもそれが更正の予知と結びつかない状態で納税者が修正申告書を提出した場合には、過少申告を意図してこれを大規模に実行した者と、悪意なく単なる法令の誤解で過少申告をしてしまった者とを区別することなく、加算税を課さないこととしたものである。徴税目的の能率性の確保や調査の手間の省略という観点からすると、前者の事例の救済を軽視することは明らかに失当である。修正申告をすることを決意した動機が倫理的なものであれ、存否が不明確で実体の不確かな調査の影におびえたものであれ、国が手間をかけることなく徴税目的の実現を図ることができることに変わりはない。

(2) 査察部による内偵調査と本件規定にいう「調査」

ア 本件規定にいう「調査」の意義についての課税行政に従事する租税実務家の解釈(例えば、品川芳宣「附帯税の事例研究」、池本征男「申告納税制度の理念とその仕組み」ほか)、国税庁通達(平成12年7月3日付け国税局長・沖縄国税事務所長宛国税庁長官「法人税の過少申告加算税及び無申告加算税の取扱いについて〔事務運営指金〕」〔<証拠略>。以下「国税庁事務運営指針」という。〕)、裁決例で示された解釈が一定の共通した内容をもって繰り返し公表されており、その共通した内容(本件規定の「行政解釈」ということができる。)は、以下のとおりである。すなわち、一般に税務調査とは、課税標準等を認定するに至る一連の判断過程の一切を意味するものであって、納税者本人やその取引先に対する外部調査のほか、机上調査等の準備調査も含む概念である。しかし、本件規定にいう「調査」とは、規定の体裁上、「調査があったこと」と「更正の予知」が結びつく関係にあるから、外部から認識し得る具体的調査、例えば実地調査や面接調査、納税者に対する臨場調査、取引先の反面調査などを指すものと解すべきである(ただし、臨場のための日時の連絡を行った段階で修正申告書が提出された場合には、原則として、「更正があるべきことを予知してされたもの」に疲当しない〔国税庁事務運営指針〕。)。したがって、机上調査や準備調査のような外部からは認識することのできない調査や税務官庁内部の調査手続は含まれないものと解すべきである。

イ 上記解釈は一般的な判断の枠組みであって、査察の内偵調査が本件規定にいう「調査」に該当するかどうかについて直接触れたものではない。しかし、査察の内偵調査は、納税者からの密行性にその本質があり、「外部から認識し得べき具体的調査」として現われないからこそ「内偵調査」と呼ばれるのであるから、通常、更正の予知と結びつくことはあり得ず、そもそも本件規定にいう「調査」には該当しないと解することが理論的帰結である。

ウ 原判決は、本件規定にいう「調査」は、何ら限定が付されておらず、解釈上も何らかの限定を付すべき理由は見当たらないから、納税者が更正があるべきことを予知する可能性のある調査のすべてが含まれると解すべきであり、したがって、課税要件事実の充足を認識するための一連の判断過程の一切をいうと判示する。しかし、行政部門で通用してきた上記行政解釈をあえて採用しない以上、条文の文言だけでなく、その実質的根拠を示す必要があると思われるが、そのような実質的根拠は示されていない。

また、原判決は、内偵調査であっても、外部に知れることが「絶無とはいえない」から、内偵調査を本件規定にいう「調査」から除外する理由はない旨判示するが、「絶無とはいえない」ような極端な事例を想定して一般論を組み立てて解釈する必要があるのか疑問である。原判決の立場からすると、内偵調査のように本来公開になじまないとされる活動がいかなる経過で納税者に察知されて更正の予知に結びついたのか、という事実関係が訴訟上の争点になることが避けられない。しかし、その点の具体的な解明を訴訟手続の場で尽くそうとすると、行政上の秘密を保持できない事態があり得ようし、逆に、具体的解明を尽くさないで決着を付けようとすると、曖昧な証拠しか伴わないまま課税庁の主張を採用するという不公正かつ法的に不安定な事態を招きかねない。いずれの事態も好ましくないとすれば、内偵調査はそもそも本件規定にいう「調査」に当たらないとして本件規定を運用することが、賢明にして実際的、合理的な解決というべきである。

エ 仮に、内偵調査も本件規定にいう「調査」に含まれると解する場合には、内偵調査として客観的にいかなる調査が行われたのか、その調査がいかなる事情で更正の予知に結びついたのか、という点について、課税庁たる被控訴人に具体的に主張立証させることが必要である。内偵調査の性質上、行政上の守秘義務の壁に遮られて、その具体的内容を事後的に不服審査手続や訴訟手続で明らかにすることは困難であり、そのような場合に、曖昧な証拠しか存在しないのに内偵調査によって脱税行為が把握されていたとの事実認定をしたり、課税庁側の主張を無批判に受け入れたりして納税者の法的地位を不安定にすることは許されない。

しかるに、原判決はこのような視点を欠如しており、調査の内容は問わず、とにかく調査の存在さえ明らかになっていればそれで足り、その調査の具体的内容が不明でも、本件規定にいう「調査」になる旨判示する。この解釈からすると、課税庁側としては、具体的内容を明らかにしないで何らかの内偵調査を行っていたことを主張、立証することで足りることになり、内偵調査の存在と更正の予知との結びつきの主張、立証が曖昧なまま、納税者に不利益に扱うものであって不公正であり、法的安定性と予測可能性をないがしろにするものである。

本件規定の適用を否定するためには、出発点として、納税者の主観的動機もさることながら、何よりもまず「調査」が客観的に存在することが確定されなければならない。「調査」の存在が曖昧である場合には、納税者が「調査」の影におびえて修正申告を決意したときであっても、やはり本件規定の適用は肯定されるべきである。

オ そして、実際にも、査察部は、内偵調査としての銀行に対する調査など行っていない。

被控訴人は、査察部は平成6年2月ころから控訴人らに対する内偵調査を行っており、同年3月22日には控訴人らの不正がほとんど分かった状態に至ったので「内てい立件決議書」を作成した旨主張し、原審もそのように認定している。しかし、同年2月から同年3月22日までの間に収集された控訴人らに関係する調査資料は一切提出されていないし、同日以降、F税理士が今治税務署のG副署長に修正申告の決意表明をした同年4月11日までの間についても、わずかに同年3月29日付けのH、I(Cらの娘夫婦)の住民票1枚が提出されているだけであり、それ以外に控訴人らに関係する具体的な調査資料は提出されていない。したがって、上記内てい立件決議書は、同年3月22日に作成されたものではなく、同年4月12日に日付を遡らせて作成されたものである。

また、被控訴人は、控訴人らが査察部の内偵調査の事実を察知していたと主張する。しかし、原審証人J(査察部職員)は、控訴人らに対する内偵調査としての銀行調査について、その内容はもちろんのこと、これを行ったか否かについてまでも、査察の内偵手法に関わるからという理由でその証言を拒否し、銀行調査の際に持参するとされている国税局長名の「調査証」(承認証)の存否についても内偵手法に入るとして証言を拒否し、さらに、高松国税局長は、「調査証」の送付嘱託に対して、査察調査手法にかかわることであり、内容を明らかにすることによって査察調査事務に支障を来すという理由で、文書の存否を含め回答できない旨回答したのであって、結局、「調査証」は提出されていない。控訴人らの調査によれば、査察部が銀行に対する調査をした事実はないから、「調査証」なるものも存在するはずがない。これらの事情を考慮すると、査察部が平成6年2月ころから控訴人らを対象として銀行調査をしていたなどということはあり得ない。したがって、控訴人らがかかる内偵調査を察知したということもない。

(3) 所轄税務署に対する修正申告の事前相談とその後の「調査」

原判決は、F税理士がG副署長を訪問し、修正申告の可否を相談していることに照らすと、控訴人らがその時点で修正申告の意向を有していたものと認めることはできるが、将来修正されるべき内容については詳細は明らかになっておらず、今治税務署が控訴人らに対する調査を行う必要も根拠も失われていないということができ、同調査を本件親定にいう「調査」から除外することは理由がないと判示する。

しかし、このような原判決の解釈からすると、修正申告を決意した上で窓口に事前協議ないし相談を求め、その後に調査を受け、修正申告書の提出に至った場合、課税庁は調査の存在を主張して本件規定の適用を否定することがまずは可能である。これに対し、納税者としては、その前に修正申告を決意していたことを証明しなければならないが、その決意をしていたことの証明は、単に決意表明をしたというだけでは足りず、修正申告の内容の概要を明らかにしたのでも足りず、その詳細を明らかにする必要があるのであって、表明した内容にうっかり脱漏でもあれば、正直に修正申告書を提出すると断言できる状況ではなかった、とされるおそれがある。すなわち、修正申告の提出に先立って所轄税務署に修正申告の方針を表明して事前指導を受けた場合、その際に修正申告の詳細を明らかにしなかったときは、所轄税務署の調査があったこと、表明した修正申告の詳細が明らかでなかったことを理由として、仮に納税者がそのすべてについて明らかにする意思であったとしても、本件規定の適用がないということになりそうであり、いかにも不合理である。

しかも、原判決は、仮に納税者がすべてを明らかにする決意で事前に修正申告の意思を表明した場合でも、資料を持参せず、問われる前に会社名を告げず、準正申告書の提出時期を明らかにしなかったときは本件規定の適用は認められないとするようである。これでは、事前の決意表明は納税者にとって調査を招き寄せるだけの有害な行為ということになるから、修正申告書を作成していきなり窓口で受理するよう求めることが上策であり、修正申告書の受理を留保されたり、事前の協議、指導を求められることがあっても絶対に応じてはならないということになりそうである。

そうすると、F税理士は、結果として、控訴人らの依頼に背き、控訴人らに対して税理士としての善管注意義務の違反による損害賠償責任を負うことになる。F税理士としては、(査察部の内偵調査の問題をひとまず措けば)事前指導を求めないでいきなり修正申告書を提出してさえいれば本件規定の適用が認められたからである。しかし、仮に架空経費の計上分を修正申告の対象としないで、売上除外だけに限定して修正申告書を提出し、その後の調査により架空経費の計上分が発覚したという場合であっても、売上除外分に関する限りは本件規定の適用が認められることに注意しなければならない。いきなり修正申告書を提出すれば、その内容が全貌をすべで明らかにしていなくとも、明らかにした限度では本件規定の適用が認められるのに、事前の指導を求めたばかりにその際の説明が概括的であったからという理由で本件規定の適用が全面的に否定されてしまうというのが原判決の立場であるが、いかにも不条理な解釈といわざるを得ない。

(4) 本件における要件事実

特定の国税について過少申告をした納税者が、訴訟において、本件規定の適用により加算税の減免の効果を主張する場合の請求原因事実は、<1>納税者が特定の国税の申年手続をなし、それが過少であったこと、<2>過少申告に基づいて課税庁から加算税(又は重加算税)の賦課決定を受けたこと、<3>当該申告内容について修正申告書を提出したこと、である。これに対し、課税庁が加算税減免の効果を阻止するためには、抗弁として、その申告にかかる国税について調査があったことを主張、立証しなければならない(調査の不存在は、請求原因事実ではない。)。そして、再抗弁事由として、納税者が当該調査よりも前の時点で修正申告書の提出を決意し、その決意に基づいて当該修正申告書を提出したものであること(すなわち、当該申告に係る国税についての当該調査があったことにより更正を予知して修正申告書を提出したものではないこと)を主張、立証すれば加算税減免の効果を受けることができる。重要なのは、この再抗弁事由は、いうまでもなく、上記調査の存在という抗弁事由が主張、立証されて初めて問題になるということであり、その存否が不明の場合には、抗弁事由が成り立たないから、再抗弁事由に入るまでもなく、請求原因が成り立ち、納税者は加算税減免の効果を受けることができるのである。

そして、上記「調査」は、調査それ自体として、一定の進展段階に至っていること、すなわち、税務職員が納税者の申告に係る国税についての調査に着手してその申告が不適正であることを発見するに足るか、又はその端緒となる資料を発見し、これによりその後調査が進行し、先の申告が不適正な申告漏れの存することが発覚し、更正に至るであろうということが客観的に相当程度の確実性をもって認められる段階に達したことが必要であると解される(昭和61年東京高裁判決)。

また、再抗弁に関して、昭和61年東京高裁判決は、上記「段階に達した後に、申告書の提出がなされたときは、経験則上、申告の決意は、右の段階後になされたものと事実上推定すべきであり、この推定を破るためには、調査の着手後で、かつ、調査が右の段階に至る前に、申告の決意とその内容を税務職員に進んで開示する等のことが必要である。」とするが、税務職員に進んで開示する行為は、確定的決意の存在を外部的に認識できるための具体的行為として例示しているにすぎず、これだけに限定する趣旨ではない。本件において、控訴人らは、税理士に委任して修正申告書の提出を依頼し、そのために必要な帳簿資料を税理士に渡し、修正申告の資料として秘匿した預金のメモを作成するなどしているのであり、これらの行為は、修正申告をする確定的決意の存在を外部的に認識できる行為と評価すべきである。

【被控訴人】

(1) 更正予知の判断基準時と認定基準について

ア 本件規定にいう更正予知の「判断基準時」とは、いつの時点で更正予知の存否を判断すべきかという問題であるのに対し、更正予知の「認定基準」とは、何によって更正予知の存否を判断すべきかという問題であると考えられる。従来は、更正予知の「認定基準」を中心に議論が展開されてきたものである。

更正を予知しないでした修正申告の意義に関する見解としては、<1>調査着手(開始)後の修正申告は更正予知に当たるとする「調査着手説」、<2>具体的な不適正事実が発見され、これにより申告漏れのあることが把握された後に提出された修正申告書を、更正を予知して提出されたものとする「不足額発見説」、<3>不適正事実の端緒を把握した時点を基準とする「端緒把握説」ないし更正に至るであろうということが客観的に相当程度の確実性をもって認められることを要件とする「客観的確実性説」がある。

これらの説は、調査開始後どの時点で当該納税者が更正の予知をし得るかという更正予知の認定基準に係るものであるが、調査着手説以外の2説は、調査の程度ないし進捗状況を問題にしている点で共通しており、調査着手説とは区別されると考えられる。

調査着手説に対しては、調査着手後に提出された修正申告書は全て更正を予知してされたものになり、文理上問題があるとの批判があるが、次のような点を考慮すると、調査着手説が、加算税制度及び本件規定の趣旨に合致した妥当な結論が得られると考えられる。

すなわち、法律上の解釈の違いに気づかず申告期限までに正確な確定申告をしたと思っている者(申告書提出後に税務職員による調査が行われたとしても、具体的な誤りを指摘されるまで更正を予知することはできない。)とは異なり、最初から隠ぺい又は仮装により不正確な確定申告をした者は、確定申告書の提出時点で税金を過少にするための種々の工作を既に行っているのであるから、課税庁の動向に敏感になることはいうまでもない(時には、その工作が発覚しないように課税庁の動向に合わせて種々の対策を講じる場合もある。)。したがって、そのような不正申告者は、自らの申告に関連する課税庁の動向を察知した時点で、十分に更正を予知できる状況にあったというべきであって、このような場合は、調査着手説により妥当な結果を得ることができる。

もっとも、単なる計算の誤り等により結果として過少申告となっている者等が、調査に着手されたことを契機に計算の見直し等を行い、その結果、誤りに気づいて修正申告に及んだという事例については、端緒把握説ないし客観的確実性説によって、当該調査の程度や進展状況との関連で更正の予知の存否を判断することが妥当であり、あらゆる事案を調査着手説で律することは自ずから限界もある。しかし、端緒把握説ないし客観的確実性説にも税務調査の実態に照らし問題がある。結局、あらゆる事案を1つの説で割り切ることはできず、要は、予知の存否についての事実認定の問題に帰着する(小貫芳信「附帯税をめぐる訴訟(2)」税理38巻16号216頁〔<証拠略>〕)ものと考えられる

そして、被控訴人は、更正予知の認定基準としては、第1次的には調査着手説を採る(「第1次的には」という趣旨は、調査着手後に提出された修正申告書は、理由の如何を問わず更正を予知して提出されたものと決め付けるものではない、という意味である。)。

イ これに対し、控訴人らは、端緒把握説ないし客観的確実性説を採るようである。これらの説によれば、仮に、修正申告書の提出は調査後であったとしても、調査前に修正申告を決意していたことを納税者の側で立証できれば、当該修正申告書は更正を予知して提出されたものではないとされる(昭和61年東京高裁判決)。更正予知の認定基準に関する従来の議論は、修正申告書が提出された時点において、調査着手後のどの段階に至っていたかによって更正予知の存否を判断するという点では共通の立場すなわち提出時説に立つものであったが(したがって、更正予知の「判断基準時」について提出時説を採るからといって、更正予知の「認定基準」に関する上記アの<1>ないし<3>の3説のいずれかが確定的に決まるという関係にはないと解される。)、昭和61年東京高裁判決は、更正予知の判断基準時について「決意時説」を採ることを判示したものと解される。

ウ 被控訴人は、更正予知の認定基準については、前示のとおり第1次的に調査着手説を採り、その判断基準時については、第1次的には提出時説を採るものである(ただし、特段の事情が認められる場合にまで「提出時」に固執するものではない。)。

被控訴人が、更正予知の判断基準時として第1次的に提出時説を採る根拠としては、通常、現実に修正申告書が提出された時点における納税者の内心は、修正申告の意図ないし動機を最もよく表しているといえるから、その時点における当事者の内心を探求することが最も合理的であると考えられること、本件規定の文言が「修正申告書の提出があった場合において、その提出が・・・予知してされたものでないときは」となっており、現実にされた修正申告書の提出が将来における更正の可能性を予測した上でされたものであるか否かを問う形式になっていること、さらに根本的に、納税申告制度及び加算税制度の趣旨に照らした場合、本件規定の適用は厳格に行われるべきことが挙げられる。

また、第1次的に「決意時説」を採り得ない理由は、同説によれば、「更正の予知」という納税者の主観的認識に関わる事柄に「修正申告の決意」というやはり納税者の主観に属する事柄が加わることになるのであって、判断要素の中における主観的な事柄のウエイトが増大すればするほど、客観的かつ確実な判断から遠ざかる結果になるおそれがあるからである。

もっとも、真に自発的な修正申告の意思表明(あるいは確定的な決意表明)を行ったにもかかわらず、その直後に犯則調査を受けたため、やむを得ず申告が遅延したというのであれば、修正申告書の提出時点のみを問題にして特段の事情を考慮せずに本件規定の適用を認めないとすることには疑問があり、「決意時説」により、真に自発的な修正申告の意思表明をもって修正申告書の提出と同視して、本件規定の適用を認めるべきである。しかし、「修正申告の意思表明」が単なる「通知」にとどまるものであったり、真に自発的なものとはいえない特段の事情があるような場合には、当該事案に即した判断が行われるべきところ、本件においては、修正申告の意思表明に至るまでに控訴人らが査察部の内偵調査を「察知」したという特段の事情が認められるのである。

すなわち、控訴人らは、長年にわたり不正申告を重ねていたところ、偶然、査察部の内偵調査を察知するところとなり、そのまま放置した場合には、早晩査察部による強制調査を受けることになるものと考え、関与税理士をも交えて対策協議を行った結果、とりあえず、所轄税務署に修正申告の話を持ち込んでおけば、場合によっては査察部の調査を回避できるかもしれないとの一方的な期待感をもって、当該税理士を介して修正申告の意思表明を行ったものである。これが、修正申告の意思表明を行ったとされる時点までの本件の事実関係の核心であり、特質である。このような経緯でされた修正申告の意思表明が真に自発的なものといえないことは明らかであり、修正申告の決意自体が自発的なものといえない以上、本件規定の適用はないものといわなければならない。

(2) 「決意時説」を採った場合の内偵調査の内容及び進捗状況に関する主張立証について

ア 決意時説とは、単に、更正予知の存否に係る判断を、修正申告の「決意時」で行うとする更正予知の判断基準時に関する1つの説ではなく、修正申告の決意とその内容を税務職員に進んで開示することをもって、修正申告書の「提出」と同視するということを含意した見解であると考えられる。そうすると、本件の場合、仮にF税理士を介した控訴人らの修正申告の申出が、決意時説のいう「修正申告の決意」表明であるとすれば、申出の翌日に着手された今治税務署職員による調査の着手前に修正申告書の「提出」と同視される修正申告の決意表明がされたことになるのであるから、その前に「調査」が存在しない限り、前記の更正予知の認定基準に関するどの見解によっても、それは「更正があるべきことを予知してされたものでない」ことになる。

しかし、F税理士を通じた控訴人らの修正申告の申出が、仮に確定的な修正申告の決意に基づくものであり、その申出を決意時説によって修正申告書の「提出」と同視することにしたとしても、次に、その決意自体が、更正を予知してされたものでないといえるか否かが問題となる(確定的な修正申告の決意を表明したことと、その決意が更正予知をせずに行われたこととは、同義でない。)。その意味で、決意時説を採る場合、当該決意と本件内偵調査との関係が問題になる。

イ 控訴人らのように当初申告の段階で過少申告であることを明確に認識しているような場合は、仮に判断基準時については決意時説を採るとしても、更正予知の認定基準としては調査着手説を採るのが相当であるから、内偵調査であっても、納税者がそれを「察知」した以上は、本件規定にいう「調査」に該当するものというべきであり、したがって、控訴人らによる修正申告の申出は、更正があるべきことを予知してされたものである。

調査着手説は、いうまでもなく「調査の存在」を前提とした更正予知の認定基準であり、調査の内容、調査の進捗状況までは問わないとの基本的立場に立つものである。

ウ 査察部において行っていた内偵調査の具体的な内容を明らかにすることは、内偵調査の手法を明かすことになる上、上記イのとおり、内偵調査であっても、納税者がそれを察知した以上は、本件規定にいう「調査」に該当するから、本件では内偵調査の存在を立証すれば足り、それ以上に調査の内容や進捗状況を立証する必要はない。

ただし、被控訴人は、内偵調査の内容については、明らかにできる範囲のものは明らかにしているし、その進捗状況についても、査察部が、控訴人らに対する法人税等調査を行った今治税務署の職員から、控訴人らが内偵調査の事実を察知している事実を知らされたため、早急に強制調査に着手する必要があると判断し、当該法人税等調査の翌日に高松簡易裁判所に対して捜索差押許可状の発付を請求し、同日その発付を受けている事実に照らせば、本件での内偵調査が相当程度にまで進展していたことは容易に推測できるのであり、その進捗状況を裏付ける間接的な証拠になる。

(3) 「調査があったこと」の意義

ア 本件規定における「調査」の意義については、国税通則法上具体的な定義規定はないが、同法24条にいう「調査」とは、課税庁が課税要件事実の充足を認識するための一連の判断過程の一切をいうものと解されているところ、同じ法律上の本件規定の文言を別異に解すべき理由はないから、課税資料の収集開始から具体的な処分を行うに至るまでの一連の判断過程一切をいうと解すべきである。また、本件規定における「調査」には、国税査察官の調査も含まれる。

イ 本件規定における「調査」は、「更正の予知」の前提となるものであることから、当該納税者に対し外部から認識し得べき具体的な調査を指すものと解され、課税庁内部の調査手続は、「更正の予知」の前提となる調査には該当しないと解されている。

また、臨場調査のための日時の連絡を行った段階では、原則として調査があったものとは取り扱わないが、申告書の内容を検討した上で非違事項の指摘等をしたときは調査があったものと取り扱うこととしている(国税庁事務運営指針)。したがって、課税庁内部の調査手続すなわち内部的調査は、「更正の予知」の前提となる「調査」になるかどうかが問題とされることはあっても、「調査」に該当することには問題がない。

ウ 次に、更正の予知の存否を判断する場合における課税庁の調査は、以下のとおり、当該納税者に対する「直接的な」調査に限定されるものではないと解すべきである。

本件規定においては、調査によって当該納税者が更正を予知するという認識の欠如が過少申告加算税の免除の要件とされている以上、その調査が当該納税者に認識される必要があるから、その調査は、実地あるいは面接調査など外部からこれを認識し得べき具体的な調査に限定されるべきではある。

しかし、当該納税者が調査を認識するのは、自らが直接に実地調査等を受ける場合に限られるわけではなく、例えば、当該納税者の取引先等の調査において当該納税者に関わる問題事項が発見されたことを、取引先等から通報された場合などは、その認識は「間接的」なものであるにせよ、更正の予知との関係においてそれを本件規定にいう調査から排除する理由はない。まして、本件のように、当初申告時において当該申告所得金額が隠ぺい・仮装行為によって過少となっていることを当該申告者(納税者)自身が明確に認識している場合には、調査を直接的に認識したか否かを更正の予知との関係で問題とする必要性は少ない。この点、前記国税庁事務運営指針において、「その法人に対する臨場調査」に続けて「その法人の取引先の反面調査」を挙げているのも、取引の当事者が相互に連絡を取り合っていることが多い現状に着目し、当該納税者について直接の具体的調査に入っていない場合でも、取引先の通報等により、「調査があったこと」を認識し得ることを前提として規定したものと解することができる。

以上のとおり、本件規定における「調査」とは、更正を予知するに足りる調査をいうものと解されるから、直接、当該納税者を対象に行われる調査に限定されるものではなく、間接的な調査であっても、事例によっては「調査」に該当する場合があると考えられる。また、調査内容等に対する納税者の認識内容が抽象的なものであっても、そのことのみを理由に本件規定にいう「調査」から除外するのは相当でない。

エ ところで、内偵調査は、文字どおり、前記の「外部から認識し得べき具体的な調査」の対極にあるものとも考えられる。しかし、控訴人らは、その内偵調査を察知し、それを契機として修正申告の「申出」をしたのであるから(更正の予知の判断基準時につき、仮に決意時説を採るとして)、少なくとも、その申出に至るまでに控訴人らは当該内偵調査を認識したということになる。控訴人らによって察知されたという以上は、必ずしも控訴人らに対して「直接的に」実施されたものに限る必要はないと考えられる。まして、控訴人らのように、隠ぺい又は仮装により多額の不正申告を長年にわたって続けてきたことを十分認識しているような納税者の場合は、たとえ「間接的な」調査であっても、それを察知した時点で十分に更正を予知できる状況に至ることは、多言を要しない。

したがって、内偵調査であっても、それが察知されたときは本件規定にいう「調査」に該当する。

オ また、控訴人らが内偵調査を察知(認識)したことが、修正申告をするとの確定的決意の「契機」となったことが明らかであり、当初申告時から過少申告になっていることについて控訴人らに明確な認識があったことをも併せ考えれば、「察知」自体は調査に対する「確定的認識」とまではいえないものであったとしても、確定的ではないことのみをもって当該認識(察知)の対象である内偵調査の存在までも否定する合理的な理由はない。したがって、控訴人らによる内偵調査の察知が抽象的なものであったとしても、「調査があったこと」に該当するということができる。

4  争点三(被控訴人の本件賦課決定処分は、信義則に反するか。)に関する当事者の当審補足主張

【控訴人ら】

(1) 被控訴人は、本件規定の解釈につき、前記3の【控訴人ら】の主張のとおり、国税庁事務運営指針や従前の行政解釈と異なる見解に立って本件規定の適用を否定したが、これは信義則に照らして許されない。

(2) 控訴人らは、平成6年4月12日に今治税務署職員が臨場調査をした際、控訴人らが聴取に応じた供述内容や提供した資料が、一部にせよ、直ちに査察部に通報、提供されて控訴人らに対する犯則調査に利用される結果となることは告知されておらず、予測することもできない状呪であったにもかかわらず、被控訴人が、控訴人らに無断で、上記供述内容や資料を査察部に提供したことは、誠実に税務調査に応じて正直に協力した納税者の信頼を裏切ることであるから、査察の結果を利用して、本件賦課決定処分をすることは信義則に照らして許されない。

【被控訴人】

(1) 本件規定についての被控訴人の解釈は、国税庁事務運営指針等の公表見解と矛盾するものではなく、被控訴人独自のものでもない。

(2) 臨場調査の目的や査察部に提供した情報内容について、控訴人らが主張する前提は誤っているが、それに加えて、控訴人ら主張の、税務調査における供述内容等が犯則調査に利用される結果となることを納税者に告知することについては、法令上格別の定めがなく、また、D統括調査官が査察部に通報した時点で、その連絡内容や送信した資料が査察部においてどのように使用されるか等については、D統括調査官も被控訴人も知る由がなかったものである。したがって、納税者の信頼に対する裏切りである旨の控訴人らの主張は失当である。

第3当裁判所の判断

1  事実関係

<証拠略>によれば、以下の事実が認められる。

(1)  控訴人らは、いずれもCが実質的に経営する同族会社であり、A及びBが両社の経理事務を担当し、従前は、F税理士が関与税理士となって、所得脱漏のない確定申告書を作成し、被控訴人に提出していた。

(2)  ところが、Cは、平成2年ころ、控訴人らの法人税につき、同和団体を通じて確定申告書を提出すれば、申告所得金額が低額であっても国税局がこれを黙認し、調査もされないなどと聞き及び、控訴人興進海運は平成2年7月期(<証拠略>)、平成3年7月期(<証拠略>)、平成4年7月期(<証拠略>)の各事業年度について、控訴人共栄海運は平成3年1月期(<証拠略>)、平成4年1月期(<証拠略>)の各事業年度について、売上除外をし、さらに架空経費を計上した金額を記載した各法人税確定申告書を、同和団体を通じて被控訴人に提出した。同各確定申告書は、決算時に、F税理士が、控訴人らにおいて作成した試算表に基づいて当期利益を算出し、その結果を一旦控訴人らに報告してから、さらに控訴人らの指示に従って販売手数料等の費目の振替伝票を作成し、これを計上した修正を行うという経緯で作成されていた。

F税理士は、Cから同和団体に手数料を支払うと聞いていたので、架空経費の計上をしているとは理解していたが、売上除外の存在や所得脱漏の詳細についてまでは把握していなかった。控訴人らは、上記経緯で作成された確定申告書を同和団体を通じて被控訴人に提出したが、F税理士は、これらの確定申告書の「税理士署名押印」欄に関与税理士として署名押印をすることはせず、同欄には、「部落解放同盟京都府連合会」の記名印と「K」の印章が押捺されている(ただし、控訴人興進海運の平成2年7月期分については「K」の印章が押捺されていない。)。

(3)  その後、同和団体の代表者が平成4年10月ころ死亡したので、控訴人共栄海運の同年1月期(<証拠略>)と平成6年1月期(<証拠略>)の各事業年度、控訴人興進海運の平成5年7月期の事業年度(<証拠略>)の各法人税確定申告については、F税理士が関与税理士として確定申告書を作成し、被控訴人に提出した。F税理士は、控訴人共栄海運の平成5年1月期の確定申告書作成の際、Bから、控訴人共栄海運が売上除外の方法によっても所得脱漏をしていた事実を聞かされたので、同事業年度の元帳において売上除外されていた総額1億1414万6800円を正規に計上した上で、同事業年度の確定申告書を作成した。その際、F税理士は、Bに対し、他の事業年度についても売上除外の事実はないか尋ねたところ、Bはこれを否定した。

(4)  控訴人らは、平成2年以降、売上除外に係る受取手形・小切手を取り立てるための普通預金口座(裏預金口座)を複数の銀行(控訴人興進海運が伊予銀行及び愛媛銀行の各今治支店、控訴人共栄海運が百十四銀行今治支店)に実名で開設するとともに、取り立てた売上金を保管するために定期預(貯)金をしていた。その定期預(貯)金は、郵便局を含む8つの金融機関(愛媛銀行の今治支店と波止浜支店は合わせて1つとして計算)で合計2億9987万円余に及び(以下、郵便局に預け入れた定期性の貯金を含めて「定期預金」という。)控訴人らは、C及びBの名義を使用したほか、L、M、I、(C・B間の長女)、H(Iの夫)、N、O(Bの姪)及びPの名義を借用していた(<証拠略>)。愛媛銀行今治支店は、控訴人らが上記のような定期預金もしていた銀行の1つであり、控訴人らは、売上除外に係る受取手形・小切手を取り立てるための普通預金口座は平成5年中には解約していたが、除外した売上金を保管するためにOの承諾を得ることなく同人名義で預け入れていた定期預金はそのままにしていたところ、Bは、平成6年2月下旬ころ、上記Oから電話で、「愛媛銀行今治支店から定期預金の満期(同月22日)の案内が2回ほどあったが、おばさん、もしかして私の名前で定期預金をしていない?」と尋ねられた。そこで、Bは、同定期預金の名義を自己名義に書き換えてもらうため、同月中に同銀行同支店に赴き、同支店窓口の女性行員にその旨申し出たところ、同女性行員から、今、同支店に国税局が来ているからもう少し時間をおいてから書き換えた方がよいのではないかとの助言を受けた。Bは、同女性行員からそれ以上に国税局の調査の内容等を聞いたわけではなかったが、同女性行員の上記助言を、今名義を書き換えると国税局から同預金が裏金ではないか、贈与されたものではないかと疑われるので、名義書換えをするのは少し時間をおいた方が良いという趣旨に理解した。

Bは、同支店の普通預金口座自体は上記のとおり平成5年中に解約していて当時は存在しなかったし、上記のとおり具体的な調査内容等は分からなかったが、不安な気持ちになった。

(5)  帰宅したBから上記経緯を聞いたCは、当日(平成6年2月中)すぐに愛媛銀行今治支店に対し、「興進か共栄かの調査に来とるんですか」と尋ねたところ、同支店の回答は、「興進や共栄やなどということは一切分からない」というものであり、国税局のどの部署がどこの会社を対象にいかなる調査を行っているのかは明らかにならなかった。Cは、同月ころから、2、3回、助言を得ようとしてF税理士に対して、銀行に査察が来て調べているらしいと話したが、F税理士は、Cがなぜそんなに査察のことを心配しているのか分からなかったので、聞き流していた。

Cは、同年3月上旬、当時の取引銀行である伊予銀行波止浜支店のQ次長にも電話で問い合わせたところ、Q次長から、同支店にも国税局の調査があったが、伊予銀行では平成4年に吸収合併した旧東邦相互銀行の顧客の資料はもとからの伊予銀行の顧客の資料と分けて保管しており、控訴人らは旧東邦相互銀行の顧客であって、国税局は旧東邦相互銀行の顧客の資料は調べていないから、控訴人らは調査対象になっていないとの回答を得た。

Cは、さらに、愛媛信用金庫波止浜支店にも問い合わせたところ、「国税が来ておったことは来ておったが、どこか分からん」という返事であった。C及びBは、国税局が行っているという調査の対象、内容等が依然として明らかではなかったので、不安な気持ちが強くなった。

(6)  査察部は、平成6年2月ころないしは遅くとも3月ころには、控訴人らについて、脱税が行われているとの疑いを抱き、内偵調査を始めており、その結果得られた資料によって、査察事件として立件可能であると判断して、同年3月22日、同日付各内てい立件決議書(控訴人興進海運に関するものが平成5年度内てい第12号〔<証拠略>〕、控訴人共栄海運に関するものが平成5年度内てい第13号〔<証拠略>〕。原審で提示された後記の刑事事件の記録中の抄本を原本とするものである。)を作成して、控訴人ら2社を犯則嫌疑者とする内偵立件決議を行った。

同各内てい立件決議書には、いずれも、端緒資料は「資金資料」、税目は「法人税」、資料番号は、控訴人興進海運分が「平成5年度 資第0508236号」、控訴人共栄海運分が「平成5年度 資第0508245号」と記載されている。内偵立件の理由は、それぞれ「別紙要内てい選定理由書記載のとおりである。」とされているが、内てい立件決議書に添付された各要内てい選定理由書(<証拠略>)の「選定の理由」欄は、控訴人興進海運分の8行全部、控訴人共栄海運分の6行全部がそれぞれマスクされて抄本として作成されているため、これを読むことができない。

(この点について、控訴人ら訴訟代理人は、各内てい立件決議書は、同年3月22日に作成されたものではなく、同年4月12日に日付を遡らせて作成されたものであると主張し、上記各内てい立件決議書は、原審で記録提示された控訴人ら及びCを被告人とする刑事事件〔松山地方裁判所平成7年(わ)第166号、第167号〕において「選定の理由」欄に紙を貼って隠した上で証拠として提出された文書の写しであるが、検察官が弁護人に閲覧の機会を与えたので、高田義之弁護人〔控訴人ら訴訟代理人〕が確認したところ、控訴人興進海運を犯則嫌疑者とするものには「公表外銀行である愛媛銀行今治支店に手形、小切手などを実名で普通預金に入金後、実名、借名の定期預金で留保している。」と、控訴人共栄海運を犯則嫌疑者とするものには「公表外銀行である百十四銀行今治支店に手形、小切手などを実名で普通預金に入金後、実名、借名の定期預金で留保し過少申告をしている。」と記載されていた旨主張する〔<証拠略>〕。しかし、後記のとおり、広島国税局が平成6年3月24日に収受した同月23日付高松国税局査察部長の調査嘱託書及び同年4月7日受取りのこれに対する調査回報書、東京国税局が同年3月25日収受した同月23日付高松国税局査察部長の調査嘱託書及び同年4月1日受取りのこれに対する調査回報書には、いずれも、上記内てい立件決議書に記載された控訴人興進海運に関する内てい立件番号(平成5年度内てい第12号)が記載され、広島国税局が平成6年3月28日に収受した同月24日付高松国税局査察部長の調査嘱託書及び同年4月8日受取りのこれに対する調査回報書には、いずれも、上記内てい立件決議書に記載された控訴人共栄海運に関する内てい立件番号(平成5年度内てい第13号)が記載されており、他に、上記各内てい立件決議書が同年3月22日ではなく、同年4月12日に作成されたとする特段の事情を認めるに足りる証拠もないから、上記各内てい立件決議書はその作成日付である同年3月22日に作成されたものと認めるほかはない。そして、上記「選定の理由」欄における控訴人ら訴訟代理人主張の記載は、マスクされた行の数に照らし、いずれもその要旨であろうと考えられるところ、控訴人ら訴訟代理人はそのような記載があるからこそ、各内てい立件決議書(原本)は平成6年3月22日当時作成されたものではないと主張するものであり、同原本にそのような趣旨の記載があったということ自体はこれを疑うべき事情がない〔高田義之弁護人が注意深くその記載を確認したことは、その主張内容からも窺われる。そして、この記載によると、査察部においては、上記内偵立件決議の時点で、かなり具体的に控訴人らの売上げ除外の手形・小切手取立口座や、資金の保管状況を把握していたと推認できる。〕)

査察部は、上記内偵立件決議に基づき、査察部長名で、次のとおり広島国税局及び東京国税局に対し調査嘱託を行った。すなわち、同月23日付高局査査一秘第240号調査嘱託書(<証拠略>)により、広島国税局調査査察部長に対し、控訴人興進海運を犯則嫌疑者、防府税務署を調査先として控訴人興進海運の取引先であるR、谷口ビル株式会社に対する課税事績等の収集を行うよう嘱託し(同月24日広島国税局収受。同調査嘱託書には、「当局において内偵調査中の内偵第5/12号事案について下記のとおり調査を嘱託します。」と記載され、緊急嘱託の特記事項欄に「回報希望年月日・6年4月11日」と記載されている。)、同年4月7日、同月5日付広局査察秘第208号調査回報書(<証拠略>)を受け取り(同調査回報書には、「平成6年3月23日付、秘第240号による貴局内偵第5/12号事案の調査嘱託」について調査事績を回報する旨記載されている。)、同じく同月23日付高局査察一秘第238号調査嘱託書(<証拠略>)により、東京国税局査察部長に対し、控訴人興進海運を犯則嫌疑者、横浜市中区役所を調査先としてI(C・B間の長女)及びH(Iの夫)の住民票の徴求及び課税事績の収集を行うよう嘱託し(同月25日東京国税局収受。同調査嘱託書には、「当局において内偵調査中の内偵第5―12号事案について下記のとおり調査を嘱託します。」と記載され、緊急嘱託の特記事項欄に「回報希望年月日・6年4月8日」と記載されている。)、同年4月1日、同年3月30日付東局査察秘第1060号調査回報書(<証拠略>)を受け取った(同調査回報書には、「平成6年3月23日付、高局査察秘第238号による貴局内偵第5―12号事案の調査の嘱託」について調査事績を回報する旨記載されている。)。また、同年3月24日付高局査査一秘第246号調査嘱託書(<証拠略>)により、広島国税局調査査察部長に対し、控訴人共栄海運を犯則嫌疑者、広島南税務署を調査先として控訴人共栄海運の取引先である宮崎汽船有限会社の直近4年分の確定申告書外の徴求を行うよう嘱託し(同月28日広島国税局収受。同調査嘱託書には、「当局において内偵調査中の内偵第5/13号事案について下記のとおり調査を嘱託します。」と記載され、緊急嘱託の特記事項欄に「回報希望年月日・6年4月11日」と記載されている。)、同年4月8日、同月6日付広局査察秘第212号調査回報書(<証拠略>)を受け取った(同調査回報書には、「平成6年3月24日付、秘第246号による貴局内偵第5/13号事案の調査嘱託」について調査事績を回報する旨記載されている。)。

(7)  平成6年4月6日、表書きに住所として控訴人らの本店所在地が記載され、宛名として「(株)興進海運 C様」と記載された封筒に入れられた差出人匿名の手紙が控訴人興進海運に配達された(<証拠略>)。その手紙には、「C様、今、高松国税局の査察が、お宅の興進海運と、もう1社を調べております。その証拠に、今治市内の銀行をほとんど調査しました。税理士先生やその他に、早めに相談して、対処したほうが懸命です。(査察に恨みをもつもの)より」とワープロで記載されていた。

C及びBは、同手紙の差出人が不明であり、真偽についても確信が持てなかったものの、決定的に不安になった。同人らは、仮に査察によって脱税が公にされるようなことになれば、控訴人らの持っている砂利採取の許可が取り消され、事業が成り立たなくなるかもしれないと危惧し、夜もよく眠れなかった。

(8)  翌7日朝早く、Cは、F税理士に電話で上記手紙のことを知らせて相談したが、巨額脱税の事情を知らないF税理士は、嫌がらせかいたずらではないかと返事した。

しかし、F税理士は、午前9時半ころ、Cの弟で株式会社ガルバ興業社長のSから、Cらの自宅に来てくれるよう頼まれたので、午前10時ころ、Cらの自宅に行った。自宅には、C、B、Sが居たほか、愛媛信用金庫波止浜支店のT支店長、U司法書士も呼ばれていた。Cは、銀行に国税局の査察が来て調べているようであることや、控訴人らを査察部が調べている旨の匿名の手紙が届けられたことなどを説明して、手紙の差出人を詮索したり、対応を相談したりした。そのうち、Cは、約5億円の売上除外をして脱税していることを告白し、世間一般でいう自首に当たるものはないかと相談した。これに対して、F税理士は、自首に当たるものが修正申告である旨回答し、Sとともに、修正申告をすることを強く勧めたが、その時点で、C及びBは、明確な結論を出さなかった。その席上、Cは、架空経費計上の事実については触れなかった。途中でBが奥から売上関係の帳簿の入った紙袋を持ってきたが、F税理士は、それに手を触れることはなかった。

その後、Cは、以前国税局の調査を受けたことがあると聞いていた知人で大沢製材の経営者であるVに電話で相談したところ、Vは、査察部に勤務した経験のある税理士W(以下「W税理士」という。)に電話で意見を聞いた後、Cに対し、電話で、修正申告をしたら助かるからと言って、早く修正申告をするよう勧めた。

(9)  そして、C及びBは、最終的に修正申告をすることを決意した上で、同月9日(土曜日)、Cは、F税理士の事務所を訪問し、同税理士に対し、涙を流しながら助けて下さいと言って、正式に、急いで修正申告の手続をするよう依頼した。

F税理士は、正式に依頼を受けたものの、修正申告の対象となる事業年度の確定申告書が同和団体を通じて出されていること、修正額が約5億円にも上るという特殊事情があり、そのような修正申告書を提出した経験もなかったこと等から、税務署と相談しないままいきなり修正申告書を提出しても手続が円滑に進まないおそれがあると考え、直ちに修正申告書を提出すべきかどうか迷った。

(10)  そこで、F税理士は、尊敬する先輩税理士に相談するのがよいと判断したが同日は連絡がとれず、同月11日(月曜日)になってようやく同税理士と面接することができ、その助言に従って、今治税務署の直税の責任者である副署長に今後の指示を仰ぐこととした。

同日午前11時半ころ、F税理士は、今治税務署を訪問し、副署長室においてG副署長と面談した。

F税理士は、G副署長に対し、当初は控訴人らの法人名は伏せつつ、砂利採取業のある会社で、社長が砂利採取業の組合の組合長か会長をしている会社が、5年間にわたり各期約5000万円、合計約5億円の売上除外をして所得を脱漏していること、自分が確定申告書を作成し、同和団体を通じて確定申告を行っていたこと、脱税の事実が公表されると砂利採取の許可が取り消され死活問題となることなどを告げてから、修正申告をしてもよいものかどうかを尋ねた(F税理士は、それ以上に控訴人らの脱税の規模、方法の詳細は明らかにせず、何らの資料も提示しなかった。)。

これに対し、G副署長は、一般的に任意の修正申告は自由である旨回答し、修正申告書は十分に検討して提出するようにと告げた。F税理士は、何時までに修正申告書を出すという具体的な話はしなかったが、G副署長は、その口振りから、2週間程度のうちに提出されるであろうと理解した。F税理士は、同副署長の回答を聞いて安堵し退室しようとしたが、G副署長から、その会社はどこの会社かと尋ねられたため、もはや隠す必要はないと考え、その段階で控訴人ら2社の名を上げた。また、最後に、F税理士が、G副署長に対して重加算税が賦課される見込みについて尋ねたところ、G副署長は、任意の修正の場合、通常は賦課されない旨回答した。

(11)  同日午後、F税理士は、控訴人らの事務所を訪れ、C及びBに対し、G副署長から、修正申告は出してよい、重加算税は任意の申告の場合であれば通常は賦課されない旨告げられたと報告した。そして、F税理士は、Bに対し、定期預金の一覧表の作成を指示し、同時に、売上帳、手形帳、請求書等を預かって、直ちに自ら除外売上金の集計表の作成を始めるなど、修正申告書の作成、提出の準備に取りかかった。

(12)  一方、G副署長は、翌12日午前9時ころから、前日、F税理士から修正申告の相談があったことについて、D統括調査官、法人課税部門第3統括国税調査官AA(以下「AA統括調査官」という。)と協議し、協議の結果、脱税金額が多額であって、控訴人らの修正申告の動機が不明確であること、案件が、担当の国税調査官ではなく、副署長に直接持ち込まれた点に疑問があること等の事情にかんがみ、仮に修正申告書が提出されたとしても、その金額が正確である確証はなく、いずれにしても調査が必要になるなどの事情を考慮して、控訴人らに対する法人税調査を直ちに行うことにした。

AA統括調査官及びD統括調査官は、同日(12日)午後零時30分ころ、E調査官及びAB調査官に対し、控訴人らは多額の不正をしていて修正申告をしようとしているとの情報があるので、事務所に赴いて、不正の内容、方法、修正申告書を提出しようとする理由を調査するとともに、控訴人らから預かることができる帳簿、書類を持ち帰るようにと指示した。その際、D統括調査官は、併せて、これらの調査は単なるお尋ねではなく正式な法人税調査であることを控訴人らに明確に告げるとともに、質問検査権の行使として上記の調査等を行うよう指示した。他方、G副署長は、同日午後1時すぎころ、F税理士に電話をかけ、実情を聞くために今治税務署職員を控訴人ら事務所に行かせる旨告げた。

そこで、F税理士は、控訴人らから預かっていた売上帳、手形帳、請求書や、作成途中の売上除外金額集計表(<証拠略>。ただし、控訴人興進海運の分は既に完成しており、控訴人共栄海運の分も7割方完成していた。)を持って、同日の午後2時ころ、控訴人ら事務所に出かけた。

(13)  E調査官らは、同日午後1時30分ころ、控訴人らの事務所に到着し、同事務所において、売上除外の動機・方法・金額、除外金額の決済方法・使途、今回修正申告をしようと思った動機等についてC及びBに質問した。Cらは、E調査官らの税務調査に素直に応じ、控訴人らは平成2年から売上除外をしていて、控訴人興進海運についてはその額が約2億6000万円になること、除外した売上げの決済は手形を用いて行っていたこと、除外した売上げはC及びBや第三者名義の定期預金としたり、関連会社への貸付金等としていたこと、同和団体を通じて確定申告をする方法で脱税していたこと、査察調査が行われているかもしれないという情報が入り、これがマスコミ等で取り上げられると砂利採取の許可が取り消されるおそれがあるので修正申告を行う決意をしたことなどを供述した。

また、E調査官らは、C及びBに対し、帳簿、書類等の提示を求め、その場で、売上帳の内容、売上金額集計表、総勘定元帳等について、簡単に確認した。Bは、当初、普通預金通帳、定期預金メモ(除外した売上金保管のための定期預金の一覧表)について、提示するのを躊躇していたが、Cの指示で、これらを提示するに至った。E調査官らは、帳簿類を預からせてほしいと求め、Cらから、控訴人興進海運の平成2年7月期、平成3年7月期、平成4年7月期の各総勘定元帳計3冊、控訴人共栄海運の平成2年1月期、平成3年1月期、平成4年1月期の各総勘定元帳計3冊、売上帳2冊、請求書4冊、手形帳1冊を預かり、これらにつき預り証(<証拠略>)を差し入れた外、Bから、定期預金メモ、売上除外に係る受取手形・小切手を取り立てるための普通預金口座の通帳の1頁見開き部分、売上除外金額集計表の各コピーの交付を受けて、いずれもこれを持ち帰った(定期預金メモ等については、交付を受けたのが上記総勘定元帳等のような原本ではなく、コピーであり、もらったものである〔返す必要はない〕という理由で、預り証〔<証拠略>〕に記載しなかった。)。

D統括調査官は、同日午後4時過、E調査官らから復命を受けるとともに、同調査官らが持ち帰った上記各資料を預かった。D統括調査官は、復命を受けた内容により、査察部が強制調査をするのが相当な事案であると判断し、査察部のAC総括査察官に対し、電話で、控訴人ら2社がそれぞれ各期約5000万円、控訴人興進海運については約2億6000万円の所得の過少申告をしている旨を告げ、上記各資料のうちの、定期預金メモ、普通預金通帳の1頁見開き部分、除外金額集計表のコピーをファクシミリで送信した(この時点より前に、D統括調査官ないし今治税務署職員が、控訴人らの件で査察部に連絡したり、査察部から指示を受けたと認めるに足りる証拠はない。)。

(14)  翌13日、AB調査官は他の税務調査の予定が入っていたが、E調査官は、そのような予定がなかったため、上記各資料の解明作業を行うつもりで、D統括調査官等から控訴人らに対する税務調査を行うよう指示されるのではないかと待機していたが、結局、そのような指示がないまま終わった。

(15)  他方、査察部は、同月12日、職員を派遣して、松山地方法務局今治支局において控訴人らの各商業登記簿謄本(<証拠略>)、愛媛県越智郡波方町役場において筆頭者C及び筆頭者Aの各戸籍謄本(<証拠略>)、今治市役所において世帯主C及び世帯主Aの各住民票(<証拠略>)の交付をそれぞれ受けた。

また、査察部では、前記のとおり控訴人らに対する内偵調査中であったところ、D統括調査官から連絡を受けた内容により、控訴人らに罪証隠滅のおそれがあると判断し、当初の予定を早めて、翌13日午後、高松簡易裁判所裁判官に対し、控訴人興進海運を犯則嫌疑者とする法人税法違反の嫌疑事実(平成3年7月期が隠ぺい所得額6873万円、ほ脱税額2577万3000円、平成4年7月期が隠ぺい所得額1億3014万2000円、ほ脱税額4880万3000円、平成5年7月期が隠ぺい所得額6143万1000円、ほ脱税額2303万7000円)により、控訴人らの各本社事業所及び附属建物、C及びAの各居宅等並びに金融機関の支店等につき、各臨検・捜索・差押許可状を交付するよう請求した。そのうち、波方町農業協同組合1か所に対する臨検・捜索・差押許可状の交付請求の資料として、前記のとおり今治税務署のD統括調査官からファクシミリで送信された資料を添付した。

そして、査察部は、同日夕方発付された上記各許可状に基づき、同月14日、控訴人らの各本社事務所、C及びAの自宅等を捜索し、帳簿類を押収した。また、E調査官らが控訴人らから預かり、今治税務署で保管していた総勘定元帳等も、今治税務署から一旦控訴人らに返還された後(<証拠略>)、直ちに査察部が押収した。

なお、控訴人興進海運が所有している興勝丸(船舶番号131521)についての臨検・捜索・差押許可状交付請求は、同月18日になされた。

(16)  控訴人らに対して査察部による強制調査がなされたことを知ったF税理士は、査察事件に関与した経験がなかったため、査察事件に詳しい税理士に事件の処理を依頼するのがよいと考え、予め、同月14日、査察部に勤務した経験のあるW税理士に対し、関与先に査察が入ったので、処理をお願いできないかと話した。そして、F税理士は、同月15日ころ、Cを同道してW税理士に紹介し、それ以降、控訴人らの本件所得脱漏に関する問題については、W税理士が関与することになった。

W税理士は、犯則調査が行われた以上、修正申告は犯則調査が終了してから行えばよいと考えて修正申告書の作成を行わなかった。Cは、同年6月2日、W税理士に電話して、控訴人らの修正申告書を提出するよう頼んだが、W税理士は、修正申告しようにも、関係書類は押収済みであり、各事業年度の所得金額を確定することが困難であると説明して、修正申告書は犯則調査の終了後に提出すればよいと答えた。Cは、その後も、W税理士に対して、修正申告書を提出したい旨述べたが、W税理士は、修正申告書を提出したとしても、犯則調査の結果、どうせ修正申告をやり直さなければならず、控訴人らの利益にならないとしてこれを拒絶していた。

(17)  控訴人らの犯則調査を担当した査察部の査察官ADは、同月8日、今治税務署でW税理士、Cと面談したが、その際、Cは、税金は納めるから(刑事)事件にしないでほしい、修正申告をしたい旨の希望を述べた。AD査察官は、犯則調査は続行する、最終的な金額が出るまで正しい修正申告はできないので、今修正申告書を出しても無駄になるが、それでも修正申告書を提出するというのであれば受取りを拒否することはできない旨答えた。そこで、Cは、同月19日と20日の2回、F税理士に対して、修正申告書の提出を依頼したが、F税理士は、既にW税理士が関与していることから、これを拒絶した。

(18)  控訴人らは、同月21日、査察部に要請して、押収された書類のうち、修正申告に必要な書類のコピーをもらい、翌22日、修正申告をAE税理士に依頼した。そして、控訴人らは、同年7月6日、今治税務署に同税理士の作成した修正申告書を提出した(第1次修正申告)。

その後、控訴人らは、平成7年4月14日、犯則調査の結果から修正を要することが判明した部分について再度修正した申告書を今治税務署に提出した(第2次修正申告)。

(19)  被控訴人は、平成7年5月22日、本件賦課決定処分を行うとともに、本件減額決定処分を行い、控訴人らにそれぞれ通知した(<証拠略>)。

2  争点一(本件賦課決定処分のための資料収集手続に違憲、違法な点はあるか。)について

(1)  原判決の引用

当裁判所も、今治税務署職員が控訴人らに対して行使した質問検査権は、犯則調査又は犯罪捜査のための手段として行使されたとまでは認められず、D統括調査官ら今治税務署職員の行為に違憲、違法な点があるとはいえないと判断する。その理由は、控訴人らの当審補足主張に対する判断を次の(2)のとおり付加するほか、原判決「事実及び理由」第四の二の1記載のとおりであるからこれを引用する。ただし、原判決65頁5行目及び6行目に「反則調査」とあるのをいずれも「犯則調査」に、9行目の「AC統括査察官」を「AC総括査察官」に各改める。

(2)  控訴人らの当審補足主張に対する判断

ア 査察部が、平成6年4月13日高松簡易裁判所裁判官に臨検・捜索・差押許可状の発付を請求するに際し、今治税務署の調査担当官が控訴人らから受領し、D統括調査官が査察部にファクシミリで送信してきた資料の一部を、金融機関1か所に対する同許可状請求の疎明資料として添付したとの事実の限度では当事者間に争いがない。

イ しかしながら、前記1認定の事実関係によれば、査察部は、F税理士が、平成6年4月9日にCから修正申告をするよう正式に依頼され、今治税務署のG副署長に相談した同月11日よりも前の同年2月ころないしは遅くとも3月ころには控訴人らについて内偵調査を始めており、同年3月22日、内偵立件決議を行い、広島国税局に対し同月23日付で控訴人興進海運の取引先であるR、谷口ビル株式会社に対する課税事績等の収集を、同月24日付で控訴人共栄海運の取引先である宮崎汽船有限会社の直近4年分の確定申告書外の徴求を行うよう嘱託し、東京国税局に対し同月23日付でI及びHの住民票の徴求及び課税事績の収集を行うよう嘱託し、同年4月8日までに広島国税局及び東京国税局からその調査回報書を受け取って、独自の査察調査を行っていたこと、そして、今治税務署のE調査官らが控訴人らの事務所で税務調査を行い、控訴人らの総勘定元帳合計6冊、売上帳2冊、請求書4冊、手形帳1冊(各原本)を預かり、定期預金メモ、売上除外に係る受取手形・小切手を取り立てるための普通預金口座の通帳の1頁見開き部分、除外金額集計表の各コピーの交付を受けてこれらを持ち帰った日である同年4月12日の翌日の13日午後に、査察部は、高松簡易裁判所裁判官に対し、控訴人興進海運を犯則嫌疑者とする法人税法違反の嫌疑事実により臨検・捜索・差押許可状を交付するよう請求し、同日夕方、その発付を受けたことが認められるのであって、この事実からしても、査察部の控訴人らに対する調査は、相当程度進んでいたことが認められる。

加えて、当時、高松国税局査察調査第1部門の統括国税査察官であったAF(以下「AF統括国税査察官」という。)は、前記刑事事件の証人として、内てい立件決議書に端緒資料として記載された「資金資料」の意義について尋ねられ、内偵調査の手法に関わることとして証言を拒みながらも、結局、平成6年2月から3月にかけて今治市内の銀行30店舗のうち相当数の銀行の調査を行ったことは事実であるとの証言をし、そして、「控訴人興進海運に関して同年2月から3月にかけて愛媛銀行今治支店に銀行調査を行った。特定の者の預金の解明のためにたまたま違う預金を見せてもらうことはあるにしても、特定の被調査者を対象として絞ることなく、一般的に資料を銀行からもらうとか調査をするということはない。」旨証言し(<証拠略>)、同部門の主査であったJ(以下「J主査」という。)も、同刑事事件の証人として、内偵調査の内容については証言できないと言いながらも、控訴人らを対象に普通預金、当座預金、定期預金の元帳の写しについて関係すると思われるものは査察の方で入手する作業をしていた、実務的には嫌疑の対象がなければ調査ができない旨を証言し、そして、「平成6年4月12日夕方、AC総括査察官から、今治税務署の方から大口の脱税事件があるとの連絡が入り、修正申告の話があるようだとの話を聞いて慌てた。査察部門としては、内偵調査をしていることを税務署に対しても内密にしていたのに、これが控訴人らに察知され、先手を打ってきたものと判断し、証拠隠滅を防ぐため、1、2週間後に予定していた強制調査につき、急遽、同月14日に着手することを決定した。そこで、当初の予定からすると4、5日分の事務量をほぼ徹夜状態でこなし、13日午後に高松簡易裁判所に約30か所の捜索差押許可状交付請求書を提出した。そのための疎明資料は、暑さ10センチくらいのA4ファイル10冊程度であった。同日付で同令状が発付され、翌14日に強制調査を行った。12日に今治税務署から定期預金メモがファックスで送信されてきたが、当時査察部の方で掴んでいなかったのは波方町農業協同組合分だけであり、同所に対する捜索差押許可状交付請求の疎明資料としてその定期預金メモを使用した。」旨証言している(<証拠略>)。AF統括国税査察官も、定期預金メモにある分は、波方町農協分以外は既に査察部において把握済みであったが、同農協についての令状請求に当たってこの定期預金メモのコピーを使用した旨、同様の証言をし(<証拠略>)、AC総括査察官も、平成6年4月12日の時点では、令状請求できるだけの疎明資料を準備していたと証言している(<証拠略>)。

以上のような前記刑事事件における証言は、内偵調査の手法に関する証言拒絶によって必ずしも十分とはいえないにしても、一応刑事事件における反対尋問を経た証言であり、内容的に格別不自然なところはなく、具体的であり、前示の内てい立件決議書の選定の理由の記載、関係令状(<証拠略>)にも符合し、かつ、原審における証人Jの証言にも沿っており、査察部が、遅くとも同年3月ころには、控訴人らを対象とする銀行調査を含む内偵調査を進めていたという事実に関しては、これらの証言の信用性について疑いを抱かせるような事情は特に認められないから、これを認定することができるものである。

以上のとおり、査察部としては、独自の査察調査により、すでに、控訴人興進海運を嫌疑者とする臨検・捜索・差押許可状を請求できるだけの資料を収集していたと認められるから、上記臨検・捜索・差押許可状の請求に際し、D統括調査官から送付された一部の資料を利用したことがあったとしても、質問調査を犯則調査に利用したものと評価することはできないし、今治税務署が査察部に対して「片面的」な協力、加功の意思によって協力したということもできない。したがって、D統括調査官の行為が憲法31条、35条、38条に反するということもない。

そして、原判決説示(「事実及び理由」第四の二1第3段)のとおり、法人税法156条等の規定は、税務調査中に犯則事件が探知された場合に、その税務調査を端緒として、収税官吏による犯則事件の調査に移行することも禁ずる趣旨とは解されない。また、犯則調査により収集された資料を課税庁が課税処分を行うために利用することも許されると解される(最高裁第一小法廷昭和63年3月31日判決・訟務月報34巻10号2074頁参照)。

そうすると、D統括調査官の行為が違憲・違法であることを理由に本件賦課決定処分が違法であるとする控訴人らの主張は採用できない。

ウ 控訴人らは、査察部は、今治税務署職員が税務調査によって得た資料を疎明資料として、同月13日に高松簡易裁判所裁判官から控訴人興進海運を嫌疑者とする臨検・捜索・差押許可状の発付を得たものであるから、違憲、違法であると主張するが、査察部が同許可状の発付を得るに当たり、上記アの定期預金メモを除き、今治税務署職員(E調査官ら)が税務調査によって得た資料を疎明資料としたと認めるに足りる証拠はないから、同主張も採用することができない。

3  争点二(控訴人らの修正申告が、本件規定にいう「調査があったことにより当該国税について更正があるべきことを予知してされたものでないとき」に該当するか。)について

(1)  控訴人らに対する重加算税賦課の要件の存在等

前記1(2)認定のとおり、控訴人興進海運は平成2年7月期、平成3年7月期、平成4年7月期の各事業年度について、控訴人共栄海運は平成3年1月期、平成4年1月期の各事業年度について、売上除外をし、さらに架空経費を計上した金額を記載した各法人税確定申告書を、同和団体を通じて被控訴人に提出したものであり、また、同(4)認定のとおり、控訴人らは、平成2年以降、上記売上除外に係る受取手形・小切手を取り立てるための普通預金口座(裏預金口座)を複数の銀行に実名で開設するとともに、取り立てた売上金を保管するために、C及びBの名義を使用したほか第三者名義を借用して定期預金をしていたものであるから、控訴人らは、その法人税の課税標準等の計算の基礎となるべき事実の一部を隠ぺい・仮装し、その隠ぺい・仮装したところに基づいて法人税の確定申告書を提出していたことが明らかであり、国税通則法68条1項、65条1項所定の重加算税の賦課要件を満たすものである。

(2)  修正申告と更正の予知

ア 更正予知の意義及びその主張立証責任

(ア) 本件規定は、「修正申告書の提出があった場合において、その提出が、その申告に係る国税についての調査があったことにより当該国税について更正があるべきことを予知してされたものでないとき」は、過少申告加算税及び重加算税を賦課しない旨定めるものである。本件規定は、過少申告加算税及び重加算税が納税申告秩序を維持し、適正な納税申告を期待するための行政制裁であることにかんがみ、課税庁において先になされた申告が過少申告であることを認識する以前に、納税者が自発的に先の申告が過少申告であることを認め、新たに適正な修正申告書を提出した場合には、例外的に過少申告加算税等を賦課しないこととし、もって、納税者の自主的、自発的な修正申告を奨励することを目的とするものと解される。

(イ) もっとも、本件規定は、納税者が何らかの事情で更正があるべきことを主観的に予知して修正申告書を提出した場合には、全て一律に、自主的・自発的な修正申告ではないとして本件規定の適用を認めないとするのではなく、「その申告に係る国税についての調査があったこと」を前提とし、これにより納税者が当該国税について更正があるべきことを予知したものでないかどうかを問題にしていることが規定の文言上明らかである。したがって、そのような「調査」が行われていない場合の修正申告書の提出については、当然のことながら、当該納税者の主観的認識を問うまでもなく本件規定が適用されることになる。

(ウ) また、修正申告書の提出が「更正があるべきことを予知してされたものでないとき」に例外的に過少申告加算税等を賦課しないこととした本件規定の趣旨・体裁にかんがみれば、本件規定の適用要件に関する主張立証責任は、本件規定の適用を求める納税者側にあるというべきである。しかし、上記のとおり、本件規定は、「その申告に係る国税についての調査があったこと」を前提とし、これにより納税者が当該国税について更正があるべきことを予知したものでないかどうかを問題にしているのであって、そのような「調査」が行われていない場合の修正申告書の提出については、当該納税者の主観的認識を問うまでもなく本件規定が適用されると解されるから、納税者が「調査」の不存在についても主張立証責任を負うと解することはできず、その存在が立証されない限り本件規定の適用があるという意味で、「調査」があったことの主張立証責任が課税庁側にあるというべきである(このことは、被控訴人も、当然の前提としているものと解される。)。

イ 本件規定にいう「調査」の意義

(ア) 国税通則法24条は「税務署長は、納税申告書の提出があった場合において、その納税申告書に記載された課税標準等又は税額等の計算が国税に関する法律の規定に従っていなかったとき、その他当該課税標準等又は税額等がその調査したところと異なるときは、その調査により、当該申告書に係る課税標準等又は税額等を更正する。」と定めている。そして、決定(同法25条)及び再更正(同法26条)の場合等にも同様の定めがある。そして、これらの規定にいう「調査」は、更正、決定等をする前提として行うべきことを定めているものであるところ、その範囲は、課税標準等又は税額等を認識するためのあらゆる手段を包含するものと解すべきであり、納税者本人やその取引先に対する質問検査権の行使等の外部調査のほか、机上調査等の課税庁内部における調査も含むものと解される。

本件規定は、調査を更正の予知の前提と位置づけており、かつ、国税通則法24条等と同様、文言上は「調査」に何らの制約も加えていないから、本件規定にいう「調査」も、一応、同法24条等にいう「調査」と同義のものと理解することが可能である。

(イ) しかしながら、本件規定にいう「調査」は、その趣旨にかんがみると、当然、これにより納税者において更正があるべきことを予知し得るものであることを予定しているものと解されるから、机上調査(主として納税申告書の精査等)や準備調査(主として実地調査の対象者の選定)などの外部から認識することのできない税務官庁内部の調査、検討の手続は、原則として、含まないと解するのが相当である。また、納税者を特定しない一般調査や課税に関する基礎資料の収集などを含まないことは、本件規定が「その申告にかかる国税についての調査」と規定していることによって明らかである。

以上のような解釈は、本件規定に関する課税庁の事務の運用方針にも整合するものである。すなわち、国税庁事務運営指針(平成12年7月3日付け国税局長・沖縄国税事務所長宛国税庁長官「法人税の過少申告加算税及び無申告加算税の取扱について〔事務運営指針〕」。<証拠略>)は、「修正申告書の提出が更正があるべきことを予知してされたと認められる場合」と題して、次のように定めている。

「通則法第65条第5項の規定を適用する場合において、その法人に対する臨場調査、その法人の取引先の反面調査又はその法人の申告書の内容を検討した上での非違事項の指摘等により、当該法人が調査のあったことを予知したと認められた後に修正申告書が提出された場合の当該修正申告書の提出は、原則として、同項に規定する『更正があるべきことを予知してされたもの』に該当する。

(注) 臨場のための日時の連絡を行った段階で修正申告書が提出された場合には、原則として『更正があるべきことを予知してされたもの』に該当しない。」

国税庁事務運営指針は、調査を予知した後の修正申告書の提出について更正の予知を推定する場合を具体的に例示したものであるが、更正の予知の前提としての調査を、それによって更正の予知が可能なものに限定する趣旨であることが窺われる。ただし、机上調査であっても、これに基づく非違事項の指摘等がなされれば、調査があったことを了知することになることを明示しているが、上記の趣旨を否定するものではない。

(ウ) なお、国税犯則取締法に基づく犯則調査(強制調査)及びその前段階である内偵調査は、当該納税者に対する告発等を行うことを目的とするものであって、それ自体は更正等の課税処分を行うことを目的とするものではない。しかし、前記2(2)イ説示のとおり、犯則調査により収集された資料を課税庁が課税処分を行うために利用することも許されるから、納税者とすれば、犯則調査が行われれば、やがて更正に至るであろうことは予知できるという関係にある。したがって、本件規定の上記趣旨に照らすと、上記犯則調査や内偵調査は、更正等の課税処分を行うことを目的とするものではないからといって、本件規定にいう「調査」に当たらないとすることはできない。

ウ 更正予知の判断の基準時

(ア) 本件規定は、前示のとおり「修正申告書の提出があった場合において、その提出が・・・・更正があるべきことを予知してされたものでないときは」と定めており、現実になされた修正申告書の提出が、将来における更正の可能性を予知してされたか否かを問う形式になっている。したがって、更正予知の有無の判断の基準時は、原則的には、修正申告書の提出時点とすべきである。

(イ) もっとも、修正申告書の提出を予定して、これに先立って、課税庁に対して真に自発的な修正申告の確定的な決意表明を行っていたような場合にまで、その直後に犯則調査を受け帳簿等を押収されたことなどにより修正申告書の提出が遅れたからといって、更正予知の有無の判断の基準時を修正申告書の提出時点とするのは相当でない。そのような場合には、修正申告の確定的な決意表明以後に行われた調査によって修正申告書の提出時点では既に、更正があることが確実になっていて、それを予知して修正申告書を提出したものであることが明白であったとしても、これに先立ってなされた課税庁に対する修正申告の確定的な決意表明の時点を基準時として、その決意表明がそれ以前に調査があったことによって更正があるべきことを予知してされたものでないかどうかを判断するべきである(なお、このような基準時の解釈は、課税庁に対して修正申告の確定的な決意「表明」をした場合に限るのであって、納税者が修正申告をすることを確定的に決意したというだけでは足りない。)。

(ウ) 本件の場合には、平成6年4月11日の時点でF税理士から課税庁に対し売上除外に係る金額をも明示して修正申告をしたい旨の意思表明がなされているということができ(以下「修正申告の意思表明」という。)、そして、その後同年7月6日にされた第1次修正申告は、その基本の部分においてはその意思表明の内容と異ならないものと認められるから、同年4月11日の時点で修正申告についての確定的な決意表明がされたと認める余地がある。もっとも、F税理士はその時点では、脱税方法につき架空経費の計上に全く触れていないから、確定的な決意表明がされたと評価するには問題があるが、一応、同時点で確定的な決意表明があったものとして、以下、平成6年4月11日の時点を基準時にして、その決意表明が更正があるべきことを予知してされたものでないかどうかを検討する。

(3)  修正申告の意思表明と更正予知の有無

そこで、本件においてなされた平成6年4月11日の修正申告の意思表明が、「その申告に係る国税についての調査があったことにより当該国税について更正があるべきことを予知してされたものでないとき」に当たるか否かについて、検討する。

ア 修正申告の決意の経緯

控訴人ら(C及びB)が修正申告をするとの決意をするに至った経緯については、前記1の(4)、(5)及び(7)ないし(9)認定の事実によれば、以下のとおりいうことができる。

(ア) Bは、平成6年2月下旬ころ、姪のOから電話で、「愛媛銀行今治支店から定期預金の満期(同月22日)の案内が2回ほどあったが、おばさん、もしかして私の名前で定期預金をしていない?」と尋ねられたので、除外した売上金を保管するためにOの承諾を得ることなく同人の名義で愛媛銀行今治支店に預け入れていた定期預金の名義を自己名義に書き換えてもらうため、同月中に同支店に赴いて窓口の女性行員にその旨申し出たところ、同女性行員から、今、同支店に国税局が来ているからもう少し時間をおいてから書き換えた方がよいのではないかとの助言を受けた。Bは、同女性行員からそれ以上に国税局の調査の内容等を聞いたわけではなかったが、不安な気持ちになった。帰宅したBから経緯を聞いたCは、当日すぐに愛媛銀行今治支店に対し、「興進か共栄かの調査に来とるんですか。」と尋ねたところ、同支店の回答は、「興進や共栄やなどということは一切分からない」というものであり、国税局のどの部署がどこの会社を対象にいかなる調査を行っているのかは明らかにならなかった。Cは、同年3月上旬、当時の取引銀行である伊予銀行波止浜支店のQ次長にも電話で問い合わせたところ、同支店にも国税局の調査があったが、控訴人らは調査対象になっていないとの回答を得た。Cは、さらに、愛媛信用金庫波止浜支店にも問い合わせたところ、「国税が来ておったことは来ておったが、どこか分からん」という返事であった。

しかし、控訴人らは、売上げ除外を行っていた当時、売上除外に係る受取手形・小切手を取り立てるための普通預金口座(裏預金口座)を複数の銀行に実名で開設するとともに、売上除外に係る3億円近くの金員を8つの金融機関に、C及びBの名義を使用したほか身内の名義を借用して定期預金として預け入れていたのであって、それらは、仮に銀行への調査が行われれば、比較的容易に判明してしまう事柄であるから、控訴人らは、銀行への調査の具体的内容は確認できなかったものの、不安な気持ちが強くなったことは容易に推認できるところである。そこで、Cは、同年2月ころから、2、3回、助言を得ようとしてF税理士に対し、銀行に査察が来て調べているらしいと話したが、特別の助言は得られなかった。したがって、控訴人らは、その後も他の取引金融機関に対しても調査が行われたかどうかや、それが控訴人らに対するものかどうかなどを調べようとして手を尽くしたと考えるのが自然であるが、その内容は明らかになっていない。

(イ) その後、平成6年4月6日、差出人匿名の手紙が控訴人興進海運に配達され、その手紙には、「C様、今、高松国税局の査察が、お宅の興進海運と、もう1社を調べております。その証拠に、今治市内の銀行をほとんど調査しました。税理士先生やその他に、早めに相談して、対処したほうが懸命です。(査察に恨みをもつもの)より」とワープロで記載されていた。そして、翌7日朝早く、Cは、F税理士に電話で上記手紙のことを知らせて相談し、続いて、弟のSや同税理士、愛媛信用金庫波止浜支店のT支店長、U司法書士を自宅に呼んで、対応を相談していること、その場でCは約5億円の売上除外をして脱税していることを告白し、「自首」についても相談していることなどからすると、上記手紙によって、控訴人らは、控訴人らを対象として国税局の査察部による内偵調査が行われていることをほぼ察知し、強制調査の可能性を考えて決定的に不安になったものと推認できる。もっとも、この時点で、控訴人らが内偵調査の具体的内容を知ったと認めるに足りる直接的な証拠はない。

この点に関して、Cは、原審における代表者本人尋問において、銀行調査は控訴人らを対象としたものではないと思っていたし、匿名の手紙はいたずらではないかと思った旨供述するが、他方で、匿名の手紙は当時控訴人興進海運の名目上の代表取締役であったAが出したのではないかと内心思っていたとも述べる(<証拠略>)。仮にAが差し出したと思ったのであれば、同人は控訴人興進海運の経理を担当して取引銀行にも常に出入りしていたというのであるから(<証拠略>)、Cらとしては当然その事情について問いただし、Aが得ている情報を聞き出すはずであるが、それについては何らの供述もない。他方、上記認定の翌7日におけるCの切迫した行動に照らすと、Cが銀行調査は控訴人らを対象としたものではないと思っていたとか、匿名の手紙はいたずらではないかと思った旨の供述は、不自然であって採用することができない。

Cから約5億円の売上除外をして脱税していることを告白されたF税理士は、Sとともに、修正申告をすることを強く勧めたが、C及びBは、明確な結論を出さなかった。そして、Cが、以前国税局の調査を受けたことがあると聞いていた知人のV(間接的には査察部出身のW税理士)に相談し、修正申告をしたら助かると言われて、C及びBは、最終的に修正申告をすることを決意した上で、同月9日、Cは、F税理士に対し、涙を流しながら助けて下さいと言って、正式に、急いで修正申告の手続をするよう依頼した。

(ウ) 上記(ア)、(イ)の認定、判断によれば、控訴人興進海運の実質的な代表取締役であり、控訴人共栄海運の代表取締役であるC及び控訴人興進海運の代表取締役であるBは、どこまでその具体的な内容を把握していたかはともかく、査察による内偵調査が行われていること自体は間違いないものと認識し、知人から修正申告をすれば助かると言われて修正申告をするとの決意に至ったものということができるから、その決意は、主観的には、「調査があったことにより更正があるべきことを予知してされたもの」であるといわざるを得ない。

イ 査察による内偵調査

そこで、次に、前記平成6年4月11日までに行われていた内偵調査について検討する。

(ア) 前記1(6)のとおり、高松国税局の査察部は、同年2月ころないしは遅くとも3月ころには、控訴人らについて、脱税が行われているとの疑いを抱き、内偵調査を始めており、その結果得られた資料によって、査察事件として立件可能であると判断して、同年3月22日、控訴人ら2社を犯則嫌疑者とする内偵立件決議を行ったこと、その各内てい立件決議書(<証拠略>)には、いずれも、端緒資料は「資金資料」、税目は「法人税」と記載され、内偵立件の理由は、それぞれ「別紙要内てい選定理由書記載のとおりである。」とされているが、内てい立件決議書に添付された各要内てい選定理由書の「選定の理由」欄は控訴人興進海運分の8行全部、控訴人共栄海運分の6行全部が、それぞれマスクされて抄本として作成されているため、これを読むことができないものの、控訴人興進海運を犯則嫌疑者とするものには「公表外銀行である愛媛銀行今治支店に手形、小切手などを実名で普通預金に入金後、実名、借名の定期預金で留保している。」と、控訴人共栄海運を犯則嫌疑者とするものには「公表外銀行である百十四銀行今治支店に手形、小切手などを実名で普通預金に入金後、実名、借名の定期預金で留保し過少申告をしている。」と記載されていたことが認められ、この記載によると、査察部においては、上記内偵立件決議の時点で、かなり具体的に控訴人らの売上げ除外の手形・小切手取立口座や、資金の保管状況を把握していたと推認できる。

(イ) 被控訴人は、平成6年2月ころから、控訴人らの内偵調査を行っており、法人税ほ脱の事実を把握し、同年3月22日には、不正がほとんど分かった状態に至って、内偵立件決議もされた旨主張する(原判決「事実及び理由」第三の二1(被控訴人の主張)(一))。

そして、J主査は、上記内偵立件決議後、同人を担当主査として5、6人のチームが、同年4月下旬くらいの強制調査を目標に、控訴人らの法人税法違反の嫌疑について内偵調査を継続した旨供述する(<証拠略>)。

しかし、その具体的な調査の対象や方法及び進捗状況は、本件訴訟において具体的には主張立証されていない。被控訴人は、査察部において行っていた内偵調査の具体的な内容を明らかにすることは、内偵調査の手法を明かすことになる上、内偵調査であっても納税者がそれを察知した以上は、本件規定にいう「調査」に該当するから、本件では内偵調査の存在を立証すれば足り、それ以上に調査の内容や進捗状況を立証する必要はない、というのである。内偵調査の手法を明かせないということ自体は、それなりに理由のあることである。そこで、本件証拠の範囲内で、査察部の内偵調査が控訴人らの法人税ほ脱を対象としたものであり、かつ、控訴人らに察知される可能性のあったものであるか否か、という点を検討する。

前記2(2)イのとおり、AF統括国税査察官は、前期刑事事件の証人として、内てい立件決議書に端緒資料として記載された「資金資料」の意義について尋ねられ、内偵調査の手法に関わることとして証言を拒みながらも、結局、平成6年2月から3月にかけて今治市内の銀行30店舗のうち相当数の銀行の調査を行ったことは事実であるとの証言をし、そして、「控訴人興進海運に関して同年2月から3月にかけて愛媛銀行今治支店に銀行調査を行った。特定の者の預金の解明のためにたまたま違う預金を見せてもらうことはあるにしても、特定の被調査者を対象として絞ることなく、一般的に資料を銀行からもらうとか調査をするということはない。」旨証言し、J主査も、同刑事事件の証人として、内偵調査の内容については証言できないと言いながらも、控訴人らを対象に普通預金、当座預金、定期預金の元帳の写しについて関係すると思われるものは査察の方で入手する作業をしていた、実務的には嫌疑の対象がなければ調査ができない旨を証言し、そして、「平成6年4月12日夕方、AC総括査察官から、今治税務署の方から大口の脱税事件があるとの連絡が入り、修正申告の話があるようだとの話を聞いて慌てた。査察部門としては、内偵調査をしていることを税務署に対しても内密にしていたのに、これが控訴人らに察知され、先手を打ってきたものと判断し、1、2週間後に予定していた強制調査につき、急遽、同月14日に着手することを決定した。そこで、当初の予定からすると4、5日分の事務量をほぼ徹夜状態でこなし、13日午後に高松簡易裁判所に約30か所の捜索差押許可状交付請求書を提出した。そのための疎明資料は、厚さ10センチくらいのA4ファイル10冊程度であった。同日付で同令状が発付され、翌14日に強制調査を行った。12日に今治税務署から定期預金メモがファックスで送信されてきたが、当時査察部の方で掴んでいなかったのは波方町農業協同組合分だけであり、同所に対する捜索差押許可状交付請求の疎明資料としてその定期預金メモを使用した。」旨証言している(<証拠略>)。AF統括国税査察官も、定期預金メモにある分は、波方町農協分以外は既に査察部において把握済みであったが、同農協についての令状請求に当たってこの定期預金メモのコピーを使用した旨、同様の証言をし(<証拠略>)、AC総括査察官も、平成6年4月12日の時点では、令状請求できるだけの疎明資料を準備していたと証言している(<証拠略>)。

そして、同じく前記2(2)イにおいて説示したとおり、査察部が、遅くとも同年3月ころには、控訴人らを対象とする銀行調査を含む内偵調査を進めていたという事実に関しては、これらの証言の信用性について疑いを抱かせるような事情は特に認められないから、これを認定することができるものである。このことは、査察部の内偵調査において銀行を対象とする調査がなされるということ自体は、いわば普通のことであって(<証拠略>)、「資金資料」を端緒に内偵立件決議をするまでに至っているのに、控訴人らについて特に銀行を対象とする調査を行わなかったと考えられるような事情はないことによっても裏付けられる。

(ウ) そのほか、査察部では、広島国税局に対し、前記内偵立件決議の翌日である平成6年3月23日付で控訴人興進海運の取引先であるR、谷口ビル株式会社に対する課税事績等の収集を、同月24日付で控訴人共栄海運の取引先である宮崎汽船有限株式会社の直近4年分の確定申告書外の徴求を行うよう嘱託し、東京国税局に対し同月23日付でI及びHの住民票の徴求及び課税事績の収集を行うよう嘱託した。R、谷口ビル株式会社及び宮崎汽船有限会社は、控訴人らとの間で船の建造に関する権利の取引があった者であり(<証拠略>)、I及びHは、C・B間の長女とその夫であって、控訴人らが、その名義を借用して売上除外による金員を銀行及び郵便局に預けていたものである。これらによっても、内偵立件決議当時、査察部が、控訴人らの法人税ほ脱の嫌疑に関して、相当の資料を収集していたことが窺われる。

ちなみに、前記1(4)の事実によれば、控訴人らは、郵便局を含む8つの金融機関に合計2億9987万円余を定期預金として預け入れており、その際、C及びB名義を使用したほか、L、M、I、H、N、O及びPの名義を借用していたが、これら金融機関の多くは、控訴人らの本店所在地に近く、また、売上除外に係る手形・小切手の取立口座から切りのいいまとまった金員を移動して預金していたものである(<証拠略>)。そうすると、査察部の立場からいえば、銀行に対する調査によって比較的容易に把握しやすいものであり、CやBの立場からいえば、銀行に対する調査があれば隠しようがない預金であり、その約3億円もの資金の出所を尋ねられれば、いずれは売上除外の事実に行きつくことにならざるを得ないものである。また、控訴人らは、前記のとおり売上除外に係る手形・小切手の取立口座を複数の銀行に実名で開設していたから、その調査がなされ、後に帳簿との対照がなされれば、売上除外の事実は比較的容易に判明する関係にあったことも明らかである。

(エ) ところで、控訴人らは、査察部は、内偵調査としての銀行に対する調査など行っていないとし、内偵調査を始めたという平成6年2月ころから内てい立件決議書を作成したという同年3月22日までの間の控訴人らに関係する調査資料は一切提出されていないし、同日以降、F税理士が今治税務署のG副署長に修正申告の決意表明をした同年4月11日までの間についても、わずかに同年3月29日付けのH、Iの住民票1枚が提出されているだけであり、それ以外に控訴人らに関係する具体的な調査資料は提出されていない旨主張する。しかし、それは、被控訴人が内偵調査の内容や進捗状況を具体的に主張、立証する必要はないとして、調査の存在について最少限度の証拠しか提出していないだけのことであるし、内偵調査により取得された資料は、内偵の手法に密接に関連することであるから、被控訴人がそれ以上に提出しないことについては理由がないわけではない。

また、控訴人らは、銀行調査の際に持参するとされている国税局長名の「調査証」が提出されていないことなどを考慮すると、査察部が平成6年2月ころから控訴人らを対象とした銀行調査をしていたなどということはあり得ない旨主張する。しかし、本件訴訟において「調査証」が提出されていないのは、その送付嘱託に対して高松国税局長が、査察調査事務に支障を来すという理由で「調査証」の存否に関する回答を含めて、これに応じないからである。もっとも、査察部の内偵調査の手法として銀行調査が行われるであろうことは通常のことであり、いわば公知のことともいえようから、証拠として「調査証」が出されていないからといって、上記の経緯を考えれば、そのことから銀行調査がされていないと推論することはできない。なお、控訴人らは、調査対象者を特定しない銀行調査(一般調査)によって控訴人らの脱税の事実が把握されたと主張するようでもあるが(<証拠略>)、銀行に対してそのような類の調査が一般になされるのか、それによってどの程度の事実が把握可能であるのかなどを明らかにする的確な証拠はなく、かえって、前記(イ)のとおりAF統括国税査察官やJ主査はそのような調査手法はないとの趣旨の証言をしていること(<証拠略>)に照らすと、控訴人らの上記主張にも左袒し難い。

ウ 更正予知の有無

(ア) 以上ア及びイで認定、判断したところによれば、高松国税局の査察部は、平成6年2月ころないしは遅くとも3月ころには、控訴人らについて、脱税が行われているとの疑いを抱き、内偵調査を始めており、C及びBは、遅くともF税理士に正式に修正申告を依頼した平成6年4月9日の段階では、控訴人らを対象として査察部による内偵調査が行われていること自体は間違いないものと認識し、知人から修正申告をすれば助かると言われて修正申告をするとの決意に至ったものということができる。これはすなわち、「調査があったことにより更正があるべきことを予知してされたもの」に該当するというべきである。

(イ) これに対し、控訴人らは、「外部から認識し得べき具体的調査」として現われない内偵調査も本件規定にいう「調査」に含まれると解する場合には、内偵調査として客観的にいかなる調査が行われたのか、その調査がいかなる事情で更正の予知に結びついたのか、という点について、課税庁たる被控訴人に具体的に主張立証させることが必要であり、そうでなければ、内偵調査の存在と更正の予知との結びつきの主張立証が曖昧なまま、納税者に不利益に扱うものであって不公正であり、法的安定性と予測可能性をないがしろにするものである旨主張する。

確かに、外部から認識し得ない調査の存在から直ちに更正の予知を推認するのは相当でない。したがって、更正の予知の推認の前提となる「調査」は、原則として、机上調査や準備調査などの外部から認識することのできない税務官庁内部の調査、検討の手続を含まないと解するのが相当であることは、前記(2)イ(イ)説示のとおりである。しかし、査察部の行う内偵調査は、もとより犯則嫌疑者に秘匿して行われるものではあるが、単に税務官庁内部の調査に留まるものではないから、それが察知されてしまう場合のあることは否定できない。

そして、納税者が具体的にどのような内容の内偵調査の存在を察知し、それによって更正を予知して修正申告に至ったかというような納税者の内心にかかる主観的な事情は、ことの性質上、通常は、課税庁側として具体的に把握できない事柄である。調査があったことによって納税者が更正の予知に至る具体的な事情は千差万別であり、この点に関する主張立証責任を、課税庁側に負わせるのは相当でない(前記(2)アのとおり、本件規定の適用要件に関する主張立証責任は、本件規定の適用を求める納税者側にあるというべきである。)。納税者の過少申告が単純な計算間違いや税法解釈の誤りなどに基づくような場合には、行われていた調査の具体的な内容が明らかにならなければ、その調査があったことによって納税者が更正があるべきことを予知したと推認することはできない。しかし、隠ぺい・仮装行為によって意図的に脱税行為を行っている納税者の場合は、自己に対する調査の存在自体を察知しさえすれば、その具体的な内容や程度までは明らかでなくとも、やがて調査が進展して更正に至るであろうことを容易に予知することができるのである。したがって、そのような場合に、調査と更正予知の関係を判断するに当たって、行われていた調査の具体的な内容を課税庁に主張立証させることに格別の意義はない。もとより、巧妙な仮装隠ぺい工作を行っている悪質な納税者は、通り一遍の調査の存在を認識した程度では、それがやがて更正に至るであろうことを予知しないこともあり得るが、そうであれば、そもそも修正申告自体を行わないであろうから、一旦意図的な過少申告をした納税者が、調査の存在を認識した後に修正申告を行った場合は、その修正申告は、「調査があったことにより更正があるべきことを予知してされたもの」と推認するのが相当である。そうでないというのであれば、納税者の側で、自己の認識した調査の具体的な内容と修正申告に至った経緯を具体的に明らかにして、その修正申告が「調査があったことにより更正があるべきことを予知してされたものでない」ことを主張立証すべきである。

このように、客観的に行われた調査の内容と更正の予知との関係は、納税者側の事情によって様々なのであるから、調査の内容は、当該修正申告のなされた経緯との相関関係において、どこまで具体的に主張立証するべきかを考えれば足りる。要は、調査と更正予知の関係に関する事実認定の問題であって、すべての事案において課税庁側にまず客観的な調査の具体的な内容を明らかにすることを求めるまでの必要があるわけではない。

本件において、確かに、課税庁である被控訴人は、秘匿すべき内偵調査の手法に関わることであるとして、行われた内偵調査の具体的な内容を十分には明らかにしてはいない。しかし、既に認定したとおり、査察部は、遅くとも平成6年3月ころから控訴人らについて内偵調査を始めており、同月22日の内偵立件決議を経て、内偵調査を進めていたことは明らかである。そして、CやBは、隠ぺい・仮装行為によって約5億円もの売上除外による意図的な脱税を行ったものの、その金員を容易に発覚するような形で銀行等に預金していたところ、調査の具体的な内容をどこまで把握していたかはともかく、匿名の手紙を契機に関係者らと検討した結果、控訴人らを対象として査察部による内偵調査が行われていること自体は間違いないものと認識し、知人から修正申告をすれば助かると言われて修正申告をするとの決意に至ったものである。そうだとすると、匿名の手紙が査察部が行っていた内偵調査とは無関係に出されたものであるとか、控訴人らの把握、認識していた内偵調査の内容が現実に行われていた内偵調査とは全く異なっていたとかの特段の事情が認められない限り、その修正申告は、「調査があったことにより更正があるべきことを予知してされたものでないとき」には当たらないというべきであり、本件においてそのような特段の事情を認めるに足りる証拠はない。

以上によれば、内偵調査として客観的にいかなる調査が行われたのか、その調査がいかなる事情で更正の予知に結びついたのか、という点について、課税庁たる被控訴人に具体的に主張立証させなければ、不公正であるとか、法的安定性と予測可能性をないがしろにするものであるなどとはいえない。したがって、控訴人らの上記主張は採用することができない。

(4)  まとめ

以上のとおり、仮に控訴人ら(その代表取締役であるC及びB)が今冶税務署に対し、F税理士を通じて修正申告の意思表明をした平成6年4月11日を基準時として、控訴人らの修正申告(第1次修正申告)が「更正があるべきことを予知してされたものでない」かどうかを判断したとしても、その修正申告の意思表明は、「調査(査察部の内偵調査)があったことにより更正があるべきことを予知してされたものでないとき」には当らないというべきであるから、本件賦課決定処分に違法な点はない。

4  争点三(被控訴人の本件賦課決定処分は、信義則に反するか。)について

(1)  原判決の引用

当裁判所も、本件賦課決定処分が信義則に反するということはできないと判断する。その理由は、次の(2)のとおり補正し、控訴人らの当審補足主張に対する判断を(3)のとおり付加するほか、原判決「事実及び理由」第四の二の6記載のとおりであるからこれを引用する。

(2)  原判決の補正

ア 原判決84頁6行目の「いうべきであろう。」を「いうべきである。」に改める。

イ 同85頁末行の「その時点で、」の次に「重加算税を賦課しないこととして」を加える。

ウ 同86頁5行目の「それを直ちに受け付けるとまでの」を「重加算税を賦課しないこととしてそれを直ちに受け付けるとの」に改める。

エ 同87頁1行目の「対して、」の次に「本件規定を適用して重加算税を賦課しない旨の控訴人らにとって」を加える。

(3)  控訴人らの当審補足主張に対する判断

ア 控訴人らは、被控訴人は本件規定の解釈につき、国税庁事務運営指針や従前の行政解釈と異なる見解に立って本件規定の適用を否定したが、これは信義則に照らして許されない旨主張するが、被控訴人の本件規定の解釈が、国税庁事務運営指針や従前の行政解釈と異なる見解であるとは認められないから、理由がない。

イ 控訴人らは、平成6年4月12日に今治税務署職員が臨場調査をした際、控訴人らが聴取に応じた供述内容や提供した資料が、一部にせよ、直ちに査察部に通報、提供されて控訴人らに対する犯則調査に利用される結果となることは告知されておらず、予測することもできない状況であったにもかかわらず、被控訴人が、控訴人らに無断で、上記供述内容や資料を査察部に提供したことは、誠実に税務調査に応じて正直に協力した納税者の信頼を裏切ることであるから、査察の結果を利用して、本件賦課決定処分をすることは信義則に照らして許されない旨主張する。

確かに、前記1認定の事実によれば、D統括調査官は、同日、E調査官らから復命を受けるとともに、同調査官らが持ち帰った上記各資料を預かり、そして、復命を受けた内容により、査察部が強制調査をするのが相当な事案であると判断し、査察部のAC総括査察官に対し、電話で控訴人ら2社がそれぞれ各期約5000万円の所得脱漏をしている旨を告げ、上記各資料のうちの、定期預金メモ、普通預金通帳の1頁見開き部分、除外預金集計表のコピーをファクシミリで送信したものである。

しかしながら、税務調査から犯則調査に移行する場合に、税務調査に協力した納税者にその旨を告知すべきであるかどうかについては、法令上格別の定めはないこと、今治税務署(D統括調査官)が、上記定期預金メモ等のほかに、E調査官らが持ち帰った資料を査察部に提供したと認めるに足りる証拠はないこと、D統括調査官が査察部のAC総括査察官に連絡した時点で、その連絡内容や送信した資料が査察部においてどのように使用されるか等は、被控訴人もD統括調査官も予測できないことであることに照らすと、控訴人らの上記主張は採用することができない(前記2(2)イのとおり、犯則調査により収集された資料を課税庁が課税処分を行うために利用することは許されると解される。)。

5  結論

以上によれば、被控訴人が平成7年5月22日付けで控訴人らに対してした本件賦課決定処分は適法というべきである。

よって、本件賦課決定処分の取消しを求める控訴人らの本訴請求を棄却した原判決は相当であり、本件控訴はいずれも理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 水野武 豊永多門 朝日貴浩)

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