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高松高等裁判所 平成13年(行コ)6号 判決 2001年11月30日

主文

1  原判決を次のとおり変更する。

(1)  被控訴人が控訴人に対して平成8年12月24日付けでした高知県東京事務所が平成7年に料飲店「A」(請求書上の営業表示「B」)宛てに支出した食糧費に関する別紙非開示文書目録の各文書についての非開示決定処分のうち,同目録の文書番号1の1,2の1及び3の1の各文書中の同目録記載の各非開示部分についての非開示決定処分を取り消す。

(2)  控訴人のその余の請求を棄却する。

2  訴訟費用は,第1,2審を通じてこれを2分し,その1を控訴人の負担とし,その余は被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴人の求めた裁判

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人が控訴人に対して平成8年12月24日付けでした高知県東京事務所が平成7年に料飲店「A」宛てに支出した食糧費に関する別紙非開示文書目録記載の公文書(請求書,経費支出伺,支出命令書)の同目録記載の各非開示部分についての非開示決定処分を取り消す。

第2事案の概要

下記のとおり,当審における高知県情報公開条例(平成2年高知県条例第1号,以下「本件条例」という。)6条2号にいう個人識別情報についての当事者双方の主張を付加するほか,原判決の「事実及び理由」中「第2 事案の概要」記載のとおりであるから,これを引用する(ただし,原判決2頁8行目「裁判所に顕著な事実」を「乙1」と改め,同5頁3行目「甲4」の後に「,5」を加える。)。

1  被控訴人の主張

本件条例6条2号にいう「個人に関する情報であって,特定の個人を識別することができると認められるもの」(以下「個人識別情報」という。)には,間接的に個人が識別される可能性がある情報を含むと解すべきである。別紙非開示文書目録の文書番号1の1,2の1及び3の1記載の各文書に記載されている招待者の職名等は,課長補佐(総括),課長補佐(総務担当),総務係長,庶務係長等の具体的職名ではなく,単に課長補佐,係長などという抽象的な記載であるが,大蔵省印刷局発行の職員録等と照合し,さらに該当文書から判明する会の趣旨目的,開催時期及び高知県側出席者等の情報を加味すれば,対象者は相当程度に絞り込まれるから,特定の個人が識別される可能性を否定できないし,対象者は,仮に会に出席していなくても出席したものと誤認されるおそれがあるから,本件条例6条2号の究極の目的であるプライバシー等の個人の権利,利益の保護が図れないおそれがある。なお,前記非開示文書の記載自体からは,そこに記載された会合が架空のものであり,招待者として記載された者が職名等を冒用されたのか否かは分からない。

したがって,このような所属職名等の情報は,個人識別情報に該当する。

2  控訴人の主張

被控訴人主張の各非開示文書に記載されたような懇談会の招待者は,公務として当該会合に参加しているのであり,プライバシーの保護が問題となる余地はないから,仮に,個人が識別特定されたとしても,文書非開示の理由にはなり得ない。

しかも,前記非開示文書には,招待者の抽象的職名しか記載されていないというのであり,さらに同一職名の者が複数出席した旨の記載もあるから,被控訴人主張の職員録等によっても,個人の特定は不可能かそれに近い。被控訴人の前記主張は,抽象的な可能性を極端に誇張するものであり,本件条例の正当な解釈ではあり得ない。

もっとも,前記非開示文書記載の会合は,実際に開催されていないのであるから,本件において,個人の特定を論ずることは無意味である。

第3当裁判所の判断

1  本件の非開示文書の性質

甲17号証の1ないし3,21号証の1・2,27号証の1ないし3,乙3号証及び弁論の全趣旨によれば,別紙非開示文書目録記載の各文書は,いずれも高知県東京事務所の職員が国の機関の職員との協議懇談会(以下,単に「懇談会」という。)で支出したとされる食糧費についての経費支出伺,支出負担行為決議書兼支出命令書及び懇談会を実施したとされる料飲店(A。請求書上の営業表示「B」)作成名義の請求書であり,その形式及び体裁からして,高知県の職員が職務上作成し,又は取得した文書と見られるものであり,決裁,供覧等の手続が終了し,被控訴人において管理していると認められる。

したがって,前記各文書は,本件条例2条にいう「公文書」に該当するから,実施機関である被控訴人は,これらにつき開示請求がなされた場合,同条例6条各号の非開示事由が存在しない限り,これを開示しなければならない。

2  懇談会招待者の所属,職名等についての非開示事由の存否

(1)  別紙非開示文書目録の文書番号1の1,2の1及び3の1の各経費支出伺には,同目録「非開示部分」記載のとおり3回の懇談会における招待者の所属,職名等が記載されていることは,前記第2引用の原判決記載のとおりであるが,乙3号証及び弁論の全趣旨によれば,前記3回の懇談会の関係書類記載の各年月日に同記載の各場所において,同記載の各出席者が出席して同記載の各目的の各懇談会が開催された事実は存在せず,関係書類の前記各記載部分のうち真実に合致する部分はないこと,懇談会の開催場所とされた料飲店「A」は実在し,高知県東京事務所の職員がかねてから利用していたこと,平成7年になって,過年度分の同店での未払懇談会費用を同年度分の予算で支払うとのことで(実際に未払の懇談会費用があったのか否かは証拠上確認できない。),同職員が,同店から受け取った白紙の請求書に自ら同年中の日付で請求内容を記載して同店名義で高知県知事(同県東京事務所)宛ての請求書を完成させ,これを用い,併せて前記日付けの日に同店で懇談会を開催したかのように装って食糧費の支出手続を執ったこと,前記各経費支出伺及び支出負担行為決議書兼支出命令書もこの架空懇談会に係る食糧費の支出のため作成されたものであることが認められる。

(2)①  ところで,本件条例6条2号は,個人に関する情報であって,特定の個人を識別することができると認められるものが記録されている公文書は,開示しないことができる旨定めている。すなわち,前記規定の文言上は,開示しないことができる個人情報は,まず,「特定の個人」の識別情報でなければならず,特定の集団の情報が含まれないことはもちろん,特定の集団に属するか又は特定の複数人の中に含まれることは確実だが,それが誰であるかを特定できない個人の情報はこれに含まれないと解すべきである。さらに,開示しないことができるのは,特定の個人を識別することが「できると認められる」情報(当該文書の記載のみから直接識別できる場合に限らず,他の情報と相俟って識別できる場合も含むと解される。)でなければならず,識別することができる可能性があるといえるに留まる情報は,前記規定にいう個人識別情報に当たらないと解すべきである。これと異なる被控訴人の主張及び乙1号証の記載は,本件条例6条2号の文言に照らし採用できない。

②  本件についてこれを見ると,甲17号証の1ないし3,21号証の1・2,27号証の1ないし3によれば,別紙非開示文書目録記載の各文書において,前記3回の懇談会(これが架空のものであることはひとまず措く。)の招待者の特定に結び付く記載といえるのは,いずれも経費支出伺の次の記載程度であると認められる(「(非開示)」とあるのは,原本には何らかの記載があるが非開示とされた部分が当該箇所にあることを示す。)。

ア 実施日平成7年5月23日とされる分

支出目的欄の「文化・環境行政の推進について協議・懇談」

出席者欄の「招待者 環境庁(非開示),2名」,「県側 環境 対策課 C課長 D主幹,東京事務所 E主幹 3名」

イ 実施日平成7年6月26日とされる分

支出目的欄の「水産行政の推進について本省と協議・懇談」

出席者欄の「招待者 (非開示)(2),(非開示)(3),(非開示)(1),6名」,「県側東京事務所F主幹 1名」

ウ 実施日平成7年7月13日分とされる分

支出目的欄の「本県の企画研究について協議・懇談」

出席者欄の「招待者 国土庁 (非開示)1(ただし,「1」の上から×の記載あり),(非開示)2,(非開示)1,3名」,「県側 東京事務所 G行政第二課長,1名」

弁論の全趣旨によれば,前記認定の各非開示部分(「(非開示)」)には,局,部,課名のほか,「総括」,「総務」等の具体的担当職務を付さない,単なる課長補佐,係長等の抽象的な職名又はこれに類する呼称が記載されており,個人の氏名の記載はないことが認められる。

非開示部分の記載を含む前記認定程度の記載内容では,大蔵省印刷局発行の職員録(甲132の1・2)やその他の職員録(乙5,6)を参照することによって,前記各経費支出伺上招待者とされる者が所属するはずの省庁の部署を特定し,その抽象的な職名を特定することはできるし,当該招待者とされる者を個別に特定できる可能性が皆無とまではいえない。しかし,皆無とまではいえないとしても,抽象的な職名の記載のみで氏名の記載がないのであるから,それ以上に進んで当該個人を個別に特定できると断定することはできない。本件において,前記各職員録を参照することにより,招待者に該当すべき者を個別に特定できることが証明されているとはいえない。そして,これらの懇談会が実際には当日開催されていない架空のもので,懇談会の趣旨目的,開催日及び開催場所による対象者の絞り込みができないことからすれば,結局,招待者を個別に特定することは困難であるといわざるを得ない。

他に,前記各経費支出伺の非開示部分の記載は,開示部分の記載及びその他の情報と相俟って,前記招待者とされる者を個別に特定できると認めるに足りる証拠はない。

③  したがって,別紙非開示文書目録の文書番号1の1,2の1及び3の1の各非開示部分は,その余の点について判断するまでもなく,本件条例6条2号にいう個人識別情報に該当すると認めることはできない。

(3)  被控訴人は,別紙非開示文書目録の文書番号1の1,2の1及び3の1の各非開示部分については,本件条例6条8号所定の非開示事由が存在するとも主張するが,前記3回の懇談会が架空のものである以上,前記各非開示部分に高知県の機関が行う国との渉外事務に関する情報が記載されていると認めることはできず,また,架空の懇談会を設定してその費用名目で不正に公費の支出をすることが高知県の事務事業に当たるともいえない。

したがって,前記非開示部分については,本件条例6条8号にいう「県の機関又は国等の機関が行う監査,その他の事務事業に関する情報」が記録されているとはいえないから,その余の点について判断するまでもなく,被控訴人の前記主張は理由がないことが明らかである。

3  料飲店の金融口座情報についての非開示事由の存否

(1)  別紙非開示文書目録の文書番号1の2・3,2の2及び3の2・3の各支出負担行為決議書兼支出命令書及び請求書には,同目録「非開示部分」記載のとおり,金融機関コード,銀行名,金融機関の本支店名,預金種別,口座番号,口座名義が記載されていることは,前記第2引用の原判決記載のとおりであるが,甲17号証の2・3,21号証の2,27号証の2・3によれば,前記非開示部分記載の金融口座に関する情報は,Aの預金口座についてのものであると認められ,Aが実在することは前記認定のとおりである。

(2)  前記非開示部分については,本件条例6条3号所定の非開示事由が存在する。その理由は,原判決34頁24行目「事業者の金融口座情報」から同35頁5行目末尾までと同一であるから,これをここに引用する(ただし,原判決35頁4行目「該当する」を「該当し,同号ただし書イないしハの除外事由も認められない」と改める。)。

4  結論

以上の次第で,控訴人の本訴請求は,被控訴人が控訴人に対して平成8年12月24日付けでした高知県東京事務所が平成7年に料飲店「A」宛てに支出した食糧費に関する別紙非開示文書目録記載の各文書についての非開示決定処分のうち,同目録の文書番号1の1,2の1及び3の1の各文書中の同目録記載の各非開示部分についての非開示決定処分の取消を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余は失当として棄却すべきである。

よって,これと一部異なる原判決を前記のとおり変更することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井土正明 裁判官 杉江佳治 裁判官 佐藤明)

<以下省略>

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