高松高等裁判所 平成13年(行コ)9号 判決 2002年3月28日
主文
1 原判決中,控訴人の被控訴人阿波町長に対する平成9年度及び平成10年度の固定資産税の賦課を怠る事実の違法確認請求に係る訴えを却下した部分並びに平成11年度の固定資産税の賦課を怠る事実の違法確認請求を棄却した部分を取り消す。
2 被控訴人阿波町長が,原判決別紙物件目録記載の建物の平成9年度から平成11年度までの固定資産税につき,本来の固定資産税額から減額した固定資産税額を賦課したのみで,これを超える本来の固定資産税額の一部の賦課を怠る事実が違法であることを確認する。
3 控訴人のその余の控訴を棄却する。
4 訴訟費用は,第1,2審を通じて,被控訴人Aに生じた費用は控訴人の負担とし,その余の費用は,これを2分し,その1を控訴人の負担とし,その1を被控訴人阿波町長の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人阿波町長が,原判決別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)の昭和63年度から平成11年度までの固定資産税につき,本来の固定資産税額から減額した固定資産税額を賦課したのみで,これを超える本来の固定資産税額の一部の賦課を怠る事実が違法であることを確認する。
3 被控訴人Aは,阿波町に対し,上記2の昭和63年度から平成11年度までの固定資産税減額による損害額1033万1400円及び各年度の納期限の翌日から支払日まで阿波町税条例10条により算定した延滞金相当額を支払え。
第2事案の概要
1 概要
本件は,阿波町民である控訴人が,被控訴人阿波町長が昭和63年度から平成11年度までの間,本件建物に対する固定資産税につき,本来の固定資産税額から減額した固定資産税額を賦課したのみで,本来の固定資産税額のこれを超える部分の賦課を怠っていることが違法であることの確認を求めるとともに,阿波町長である被控訴人Aに対し,昭和63年度から平成11年度までの固定資産税の減額分相当額合計1033万1400円及び上記各年度の減額分相当額に対する各年度の納期限の翌日から支払済みまでの延滞金相当額の損害賠償を求めた住民訴訟である。
原審が,控訴人の昭和63年度から平成10年度までの固定資産税に関する各請求(怠る事実の違法確認請求及び損害賠償請求)に係る訴えを却下し,平成11年度の固定資産税に関する各請求を棄却したのに対し,控訴人が控訴した。
2 前提事実(争いがないか,証拠及び弁論の全趣旨によって認められる事実)
(1) 控訴人は,阿波町の住民である(争いがない。)。
(2) 被控訴人Aは,昭和55年6月16日から平成3年3月20日まで及び平成9年11月28日から現在まで,阿波町長の職にある者である(弁論の全趣旨)。
(3) 本件建物は,阿波町に所在する固定資産税の課税客体である(争いがない。)。
(4) 農事組合法人阿波養鶏協同組合(以下「本件組合」という。)は,昭和58年度市場町農林業振興事業費補助金交付要綱4条による昭和60年度農林業地域改善対策事業補助金1億円を利用して,昭和61年3月25日,本件建物を新築し,同年6月9日,所有権保存登記を経た(甲2,乙5,6,29)。
(5) 徳島県による本件建物の不動産取得税の課税に当たっては,本件建物が前記(4)の補助金を受けて建築された施設であることなどから,課税標準額の算定について地方税法附則旧11条1項による減額を行うこととされ,本件建物の通常の評価額である8267万4201円から6275万7705円を差し引く計算がされた上で,本件建物の課税標準額が1991万6000円と定められた(乙19,25,26)。
(6) 被控訴人阿波町長は,昭和63年5月1日付けで,本件組合ほか1名を納税義務者として,家屋の課税標準額を1835万1280円,差引年税額を25万6900円とする固定資産税納税通知書(金額等がコンピューターにより印字されたもの)による課税をし,同年6月17日,第1期分8万6900円が納付された。しかし,その後,同通知書においては,本件建物が課税漏れとなっていたことが判明した。そこで,被控訴人阿波町長は,徳島県による不動産取得税の課税に当たり算出された通常の評価額(地方税法附則旧11条1項による減額をする前の本件建物の評価額)に所定の減点補正率を乗じて算出した課税標準額(以下,このように算出した課税標準額を「本来の課税標準額」といい,本来の課税標準額をもとに算出した固定資産税額を「本来の固定資産税額」という。)を加えて家屋の課税標準額を9842万7785円,差引年税額を137万7900円とする固定資産税納税通知書(金額等が手書きされたもの)を作成して本件組合に交付した。(以上,乙25,弁論の全趣旨)
(7) これに対し,本件組合は,昭和63年6月29日,被控訴人阿波町長に対し,同月28日付けの固定資産税免除申請書を提出し,本件建物の固定資産税について,地方税法367条の適用により免除を受けたい旨の申請をした(乙4)。これを受けて,阿波町長は,本件組合を納税義務者とする家屋の課税標準額を前記(6)のコンピューター印字による固定資産税納税通知書の課税標準額1835万1280円(本件建物以外の家屋に関する額)と前記(5)の不動産取得税課税に際し地方税法附則旧11条1項による減額をして定められた課税標準額1991万6000円との合計額である3826万7280円とし,差引年税額を53万5741円とする固定資産税納税通知書を作成して,本件組合に交付した(乙25,弁論の全趣旨)。
(8) 昭和63年度から平成11年度までに本件建物に賦課されていた現実の固定資産税額(括弧内に課税標準額を示す。)は,昭和63年度から平成5年度までが27万8800円(1991万6000円),平成6年度から平成8年度までが27万0400円(1931万9000円),平成9年度から平成11年度までが26万5800円(1898万9000円)である。
他方,昭和63年度から平成11年度までの本件建物の本来の固定資産税額(括弧内は本来の課税標準額)は,昭和63年度から平成5年度までが115万7400円(8267万4000円),平成6年度から平成8年度までが112万1500円(8011万1000円),平成9年度から平成11年度までが110万1300円(7866万9000円)である。(以上は,争いがないか,乙22により認められる。)
(9) 控訴人は,平成11年3月24日付けで,阿波町長が本件建物に対する固定資産税の賦課を怠り阿波町に損害を与えているので必要な措置を講ずるよう請求する旨の住民監査請求(以下「本件監査請求」という。)を行った。阿波町監査委員は,同年5月20日付けで,控訴人に対し,本件建物の固定資産税については,地方税法367条,阿波町税条例62条により免除したものであり,違法若しくは不当な行為と認められないとして,本件監査請求を却下する旨の通知をし,控訴人は,同月24日,その通知書を受領した。(以上,争いがない。)
なお,同条例62条1項の規定は次のとおりである。
(阿波町税条例62条1項)
町長は,次の各号の1に該当する固定資産のうち,町長において必要があると認めるものについては,その所有者に対して課する固定資産税を減免する。
1号 貧困により生活のため公私の扶助を受ける者の所有する固定資産
2号 公益のため直接使用する固定資産(有料で使用するものを除く。)
3号 町の全部又は一部にわたる災害又は天候の不順により,著しく価値を減じた固定資産
4号 その他特別の事情がある者
3 争点
(1) 本件訴えの適法性
ア 住民監査請求前置(本件訴訟と本件監査請求の対象の同一性の有無)
イ 住民監査請求の期間制限徒過等
(2) 本件建物の固定資産税に関する処分等ないし怠る事実の違法性の有無
(3) 被控訴人Aの損害賠償責任の有無
4 争点に関する当事者の主張
(1) 争点(1)について
原判決「事実及び理由」第二の三1(7頁6行目から10頁5行目まで)記載のとおりであるから,これを引用する。ただし,原判決8頁4行目の「共同組合」を「協同組合」に改める。
(2) 争点(2)について
ア 原判決の引用
原判決「事実及び理由」第二の三2(10頁7行目から15頁2行目まで)記載のとおりであるから,これを引用する。ただし,原判決12頁10行目の「冷凍倉庫」を「冷蔵倉庫」に改める。
イ 補充主張
(被控訴人ら)
地方税法6条1項は「地方団体は,公益上その他の事由に因り課税を不適当とする場合においては,課税をしないことができる。」と定め,同条2項は「地方団体は,公益上その他の事由に因り必要がある場合においては,不均一の課税をすることができる。」と定め,同法367条は「市町村長は,天災その他特別の事情がある場合において固定資産税の減免を必要とすると認める者,貧困に因り生活のため公私の扶助を受ける者その他特別の事情がある者に限り,当該市町村の条例の定めるところにより,固定資産税を減免することができる。」と定めている。
地方団体が上記法条に基づく条例を制定する場合には,いろいろな制定の仕方が考えられるが,要は何が「公益上の必要があるか」に尽きるところからして,条例の制定の仕方(公益上の必要がある場合のケースの全てを網羅することは不可能でもある。)は地方団体の自主的な判断に任されている。
上記法条に基づき,阿波町税条例62条1項は,包括的な規定の仕方をとって制定されたものである。そして,公益上の必要があると認められる者は,「その他特別の事情がある者」に含まれる。本件建物の固定資産税の減額措置は,同条項4号を根拠条例として,減額につき公益上の必要が存することからされたもので適法である。
(控訴人)
地方税法6条の規定は「課税免除又は不均一課税」についての規定であり,阿波町税条例には地方税法6条にかかる条例の規定はない。
阿波町税条例62条は,税の減免の規定である地方税法367条に基づき制定されたものである。確かに同条の「特別の事情がある者」には「公益上の必要があると認められる者」も含まれると解されているが,そのような特別の事情に該当する者については,条例を個々に制定し議会の議決を得なければならないものであり,町長が裁量により決するものではない。
被控訴人らは,公益上の必要がある場合のケースの全てを網羅することは不可能であると主張するが,「公益上の必要がある場合のケース」で通常考えられるものは全て地方税法348条に非課税の対象として規定されており,特別な事情のもとにおいて公益上の必要がある場合には同条を補完するために同法6条及び367条の規定があり,これを適用するには条例の制定が必要と解される。
(3) 争点(3)について
原判決「事実及び理由」第二の三3(15頁4行目から16頁末行まで)記載のとおりであるから,これを引用する。
第3当裁判所の判断
1 本件建物の固定資産税に関する処分等について
まず,昭和63年度から平成11年度までの本件建物の固定資産税に関して,どのような処分等(賦課,課税免除,減免等)がされ,あるいは,処分等がされていないのかについて検討する。
(1) 昭和63年度については,家屋の課税標準額を1835万1280円,差引年税額を25万6900円とする昭和63年5月1日付け固定資産税納税通知書の本件組合への交付による課税がされた後,本件建物の課税漏れが判明し,改めて,本件建物の本来の課税標準額を加えて算出が行われ,家屋の課税標準額を9842万7785円,差引年税額を137万7900円とした固定資産税納税通知書の作成,交付がされたものであった。すなわち,これにより,本件建物に関しても本来の固定資産税額の賦課がされ,租税債務が成立したものであった。ところが,その後,本件組合から固定資産税免除申請書が提出され,本件建物の課税標準額につき,不動産取得税課税に際し地方税法附則旧11条1項により減額計算して定められた課税標準額である1991万6000円と同額とすることを前提に,家屋の課税標準額(他の物件を含む。)が3826万7280円とされ,差引年税額が53万5741円とされた固定資産税納税通知書が作成され,本件組合に交付されたものである。
この3回目の固定資産税納税通知書の作成,交付は,その前に行われた賦課(2回目の固定資産税納税通知書の作成,交付による賦課)の後にされた新たな賦課(減額賦課)の形式を取ったものと考えられる。しかし,2回目と3回目の両固定資産税納税通知書の作成,交付の間に,本件組合から根拠法条を地方税法367条と明記した固定資産税免除申請書が提出されていること,阿波町役場には,当時の税務課長Bを立案者とする,本件組合から提出された固定資産税減額申請につき減額修正による事務処理をしてよいか伺う内容の書面に当時の阿波町長である被控訴人Aの押印がされた起案用紙(乙24)が残されていることに加え,本訴における当事者双方の主張内容(控訴人は当時の阿波町の税務課長補佐である。)をも勘案すれば,前記3回目の固定資産税納税通知書の作成,交付の実質は,地方税法367条及び阿波町税条例62条に基づきなされた税の減免にほかならないと考えられる。
(2) 他方,平成元年度から平成11年度までの本件建物の固定資産税については,当初より本件建物の本来の課税標準額から減額計算して算出した課税標準額をもとに,固定資産税が賦課されており,1度たりとも本来の固定資産税額に相当する租税債務が成立したことはない。
したがって,上記各年度については,一旦成立した租税債務の全部又は一部を放棄し消滅させる処分である地方税法367条及び阿波町税条例62条に基づく税の減免がされたとみることはできない。もっとも,被控訴人阿波町長においては,上記各年度についても,阿波町税条例62条を根拠として税の減免を行おうとの意図であったが,一旦固定資産税の賦課をした上で減額するよりは,当初から一部賦課を行わない方が徴税事務処理上便宜であると考えて,当初から本来の課税標準額から減額計算した上で本件建物に対する固定資産税の賦課を行ったであろうことが窺われる。しかし,そうであったとしても,上記各年度については1度たりとも本来の課税標準額をもとに本来の固定資産税額の賦課がされたことがない以上,課税権の行使がされた後の処分である上記規定に基づく税の減免がされたと見る余地はないというべきである。
なお,被控訴人らは,本件建物の固定資産税の賦課等については,地方税法6条所定の場合に該当すると考えられる余地もあると主張する。確かに,同条1項は,地方団体が,公益上その他の事由に因り課税を不適当とする場合には課税をしないことができる旨を,同条2項は,公益上その他の事由により必要がある場合においては不均一の課税をすることができる旨を定めている。しかし,同法3条1項は,地方団体は,その地方税の税目,課税客体,課税標準,税率その他賦課徴収について定めをするには,当該地方団体の条例によらなければならないと定めており,同条項に鑑みても,地方団体が同法6条に基づき,課税をせず,あるいは不均一課税をする場合においては,条例によりその旨の定めをすることを要すると解される。そして,阿波町税条例は,本件のような場合に,同法6条に基づき課税をせず,あるいは,不均一課税をすることができる旨の規定を設けていないから,被控訴人阿波町長が,同法6条を直接の根拠法条として,裁量により本件建物の固定資産税につき全部又は一部の課税免除をすることはできない。なお,阿波町税条例62条には文言上固定資産税の「減免」であることが明示されていること及び阿波町税条例の規定全体の中に占める同条の位置関係から,同条は地方税法367条の規定を受けた税の減免に関する規定であることが明らかであり,地方税法6条に基づく課税免除をも包含した規定ということはできない。
そうすると,平成元年度から平成11年度までの本件建物の本来の固定資産税と現実に賦課された固定資産税の差額については,被控訴人阿波町長により,税の減免等の処分がされたものではなく,単に固定資産税の賦課がされていない状態があるに過ぎないというべきである。
2 本件訴えの適法性について
(1) 本件監査請求と本件訴訟の対象の同一性について
上記1で検討したとおり,平成元年度から平成11年度までは,本件建物について本来の固定資産税額から減額された金額のみが賦課され,その金額と本来の固定資産税の差額については,賦課がされていない状態にある。そして,上記各年度分に関する控訴人の本訴請求は,被控訴人阿波町長が上記賦課がされていない部分に対する本来の賦課を怠っている事実の違法確認を求め,また,被控訴人Aに対し,同賦課を怠ったことを根拠として阿波町へ損害賠償をすることを求めるものである。これに対し,本件監査請求は,本件建物に対し固定資産税が一切賦課されていないことの是正と損害の回復を求めるものと認められ(甲1,4),本件訴訟での請求の内容と完全に一致するわけではない。しかし,両者は,ともに本件建物に本来賦課されるべき固定資産税の賦課がされていないことを対象とするものであり,その差異は量的なものに過ぎない。しかも,本件訴訟が本来の固定資産税額の一部が賦課されていないことを対象とするのに対し,本件監査請求は,本来の固定資産税全額が賦課されていないことを対象とするものであったから,本件訴訟の対象を包含するものであり,本件監査請求の対象と本件訴訟の対象とが同一性を有することは明らかである。
したがって,上記各年度分に関する請求に係る訴えについては,住民監査請求を経ないで提起されたものとはいえない(なお,昭和63年度分の請求に係る訴えについては,後記(2)のとおり,いずれにせよ不適法なものと判断されるから,ここでは判断しない。)。
(2) 監査請求期間徒過等について
ア 地方自治法242条2項本文は,同条1項の規定による監査請求は,「当該行為」のあった日又は終わった日から1年を経過したときはすることができない旨定めている。しかし,公金の賦課若しくは徴収若しくは財産の管理を怠る事実を改めることを求める監査請求については,怠る事実が継続する限り,現に存在する違法ないし不当な財務会計状態を是正する必要があるから,同条2項の適用により監査請求が許されなくなるものではないと解される。もっとも,ある財務会計上の行為が違法,無効であることに基づいて発生する実体法上の損害賠償請求権の不行使をもって財産の管理を怠る事実とする住民監査請求については,その財務会計上の行為のあった日又は終わった日を基準として同法242条2項の規定を適用すべきであると解される。
イ 本件では,上記1のとおり,平成元年度から平成11年度までの本件建物の固定資産税については,税の減免がされたものではなく,本来の固定資産税額が賦課されていない状態にあったに過ぎない。そして,本件監査請求は,まさに本件建物に対する本来の固定資産税額の賦課を怠っている事実を対象とし,その是正及び損害の回復のための措置を取ることを求めていたものであり(甲1,4),違法な財務会計上の積極的行為に基づき発生した請求権の不行使をもって財産の管理を怠る事実と捉えて監査請求をしたものではない。
したがって,本件建物に本来の固定資産税額の賦課がされない限り,その賦課を怠る事実の是正を求める監査請求は,地方自治法242条2項の期間制限を受けるものではない。
ウ もっとも,上記期間制限を受けるか否かにかかわらず,法律上固定資産税の賦課ができなくなった場合には,もはや監査請求及び住民訴訟の対象となる怠る事実は継続していないことになり,過去のものとなると考えられる。このように怠る事実が過去のものとなった場合には,地方自治法242条の2第1項4号に基づき,その賦課を怠ったために地方公共団体に生じた損害についての損害賠償等の訴えを提起することは格別,違法状態を除去し地方公共団体の財務会計上の公益を擁護することを目的とする同法242条の2第1項3号の訴えは,監査請求期間との関係を論じるまでもなく,不適法なものとなると解される。また,法律上固定資産税の賦課ができなくなった場合には,賦課を怠った当該職員に対する損害賠償等の訴えに前置すべき監査請求についても,賦課ができなくなった日から1年を経過した後には,同法242条2項により,正当な理由がない限り,監査請求をすることができなくなると解するのが相当である。
エ ところで,固定資産税の賦課決定は,法定納期限の翌日から起算して5年を経過した日以後においては,することができないとされている(地方税法17条の5第3項)。法定納期限とは,地方税を納付又は納入すべき期限をいい,地方税で納期を分けているものの第2期以降の分については,その第1期分の納期限をいい(同法11条の4第1項),同法362条1項に基づき定められた阿波町税条例58条は,納期を第1期から第3期までとし,第1期の納期は5月20日から同月31日までと定めている。
したがって,平成元年度から平成11年度までの本件建物の固定資産税の各法定納期限は,それぞれ平成元年ないし平成11年の各5月31日となり,その賦課決定をすることのできる期間は,各年の5年後の年の5月31日までとなる。
そうすると,昭和63年度から平成8年度までの本件建物の固定資産税については,遅くとも平成13年6月1日(平成8年度の固定資産税の法定納期限の翌日から起算して5年を経過した日)以後には,新たな賦課をすることはできなくなったものであるから,その賦課を怠ったことの違法確認請求は,過去の怠る事実の違法確認を求めるものであり,同請求に係る訴えは住民訴訟の類型に該当しない不適法な訴えになる。また,被控訴人Aに対する損害賠償請求については,本件監査請求がされたのは平成11年3月24日であるところ,昭和63年度から平成4年度までの本件建物に対する固定資産税の賦課は,遅くとも平成9年6月1日以後にはできなくなったのであるから,その後1年以上を経過した後になされた本件監査請求は不適法である。
オ 以上によれば,控訴人の訴えのうち,昭和63年度から平成8年度までの本件建物の固定資産税の賦課を怠る事実の違法確認請求及び昭和63年度から平成4年度までの本件建物の固定資産税に関する損害賠償請求に係る訴えは,住民訴訟の類型に該当しないか又は法定の期間内の監査請求を経ないで提起されたものであるから,不適法なものとして却下を免れないが,その余の各請求に係る訴えは適法である。
3 本件建物の固定資産税の賦課を怠る事実の違法性について
そこで,平成9年度から平成11年度までについて,被控訴人阿波町長が本件建物に本来の固定資産税額を賦課していないことが違法かどうかを検討する。
(1) 前示のとおり,本件建物の固定資産税については,本来の固定資産税額の一部のみが賦課され,その余の額は賦課されていない状態にあるところ,これを地方税法6条ないし阿波町税条例の定めにより課税免除がされたものとみることはできないから,この部分に賦課がされていないことを法律上正当なものとみることはできない。被控訴人らは,このような状態を地方税法367条及び阿波町税条例62条1項によるものであると主張するが,これらの条項は一旦課税権が行使された後に行う税の減免に関する規定であるから,同条項に基づく減免措置を取るのであれば,一旦本来の固定資産税額の賦課をした上で,税の減免をする必要がある。まず,このような手続上の意味において,被控訴人阿波町長が平成9年度から平成11年度まで本件建物に本来の固定資産税額を賦課していないことは違法なものというべきである。
(2) さらに,本件建物に本来の固定資産税額を賦課しないことが実体的にみても違法でないかどうか,換言すれば,被控訴人阿波町長が一旦本件建物に本来の固定資産税額を賦課した上で阿波町税条例62条1項に基づく税の減免をしたとしても,それが違法なものとなるかどうかについて検討する。
ア 地方税法367条は「市町村長は,天災その他特別の事情がある場合において固定資産税の減免を必要とすると認める者,貧困に因り生活のため公私の扶助を受ける者その他特別の事情がある者に限り,当該市町村の条例の定めるところにより,固定資産税を減免することができる。」と定めている。同条の「その他特別の事情がある者」については,天災等や貧困という同条に挙げられた事由以外の事由により客観的に担税力を喪失した者をいうほか,市町村において,公益上の観点から,必要があると認められる者に対して税の減免をすることをも許容したものと解される。しかし,市町村長が公益上の必要があると認められる者について固定資産税を減免するためには,条例又は少なくとも条例に基づき予め定められた規則において,どのような場合に減免ができるかについて具体的な定めがあることが必要であり,そのような具体的な定めがないまま,市町村長が個々の事例ごとに,公益上の必要性を裁量的に判断し,「その他特別の事情がある者」に当たるとして,税の減免をすることは許されないと解される。仮に,行政庁が「その他特別の事情がある者」というような包括的で不確定な概念のもとに,公益上の必要があるとして裁量的に税の減免ができるとすると,そのようなことは納税者間の公平を害するおそれが強く,租税法律主義の趣旨にも反するものであって,相当でない。地方税法は,第3条において,地方税の税目,課税客体,課税標準,税率その他賦課徴収について定めをするには,当該地方団体の条例によらなければならないとし,その条例の実施のための手続その他その施行について必要な事項を規則で定めることができる旨規定しており,市町村長がこれらの具体的定めに基づかず,個々の事例ごとに公益上の必要があるかどうかを裁量的に判断して税の減免を行うことを許容しているとは考え難い。地方税法367条も,前示のとおり「当該市町村の条例の定めるところにより」と規定して,このことを重ねて明示している。
イ ところが,阿波町税条例62条1項4号は,町長が固定資産税を減免する事由の1つとして「その他特別の事情がある者」と包括的に定めており,阿波町において,これに該当する者をより具体的に定めた規則が存することも窺われない。このような条例の定め方は,地方税法や租税法律主義の趣旨にそぐわない不適切なものである。仮に,同規定が,少なくとも具体的な規則の定めを待たずして,町長が広く公益上の事由に基づき固定資産税の減免をすることを認めたものであるとすれば,そのような規定は地方税法に反する違法,無効な規定であるといわざるを得ない。したがって,町長が阿波町税条例62条1項4号の「その他特別の事情がある者」に当たるとして税の減免ができる場合とは,少なくとも具体的な規則の定めがない限り,同項1号ないし3号には直接当たらないが,これに準ずる事由により担税力が著しく減少した場合のみに限定して解釈するのが相当である。
この解釈を前提にすると,被控訴人らが本件建物に対する固定資産税の減額が許される理由として主張する諸事由(原判決第二の三2(被告らの主張)(二)の(1)ないし(6)の事由 原判決12頁1行目から13頁10行目まで)が,阿波町税条例62条1項4号の事由に該当するものでないことは明らかである。したがって,実体的にも,本件建物に本来の固定資産税額を賦課しないことは違法であるというべきである。
(3) そうすると,被控訴人阿波町長が平成9年度から平成11年度までにつき本件建物に本来の固定資産税額を賦課していないことは違法であり,同部分に関する控訴人の同被控訴人に対する同賦課を怠る事実の違法確認請求は理由がある。
4 被控訴人Aの損害賠償責任の有無について
次に,被控訴人Aが,阿波町長として,平成5年度から平成11年度まで本件建物に本来の固定資産税額を賦課しなかったことに関し,阿波町に対する損害賠償責任を負うかどうかを検討する。
(1) まず,前示のとおり,平成9年度から平成11年度までの本件建物の固定資産税に関しては,これを新たに賦課することができる期間が未だ経過したものではないから,阿波町に損害が発生することが確定したものではない。したがって,同各年度に関する被控訴人Aに対する損害賠償請求は,その余の点について検討するまでもなく,理由がない。これに附帯する請求についても同様である。
これに対し,平成5年度から平成8年度までの本件建物の固定資産税については,既にその賦課をすることができる期間が経過しており,同各年度の固定資産税については被控訴人Aの損害賠償責任が問題となり得る。なお,被控訴人Aは,平成3年3月21日から平成9年11月27日までの期間は,阿波町長の職になかったものである。しかし,上記各年度のうち最も早い平成5年度の固定資産税についても,被控訴人Aが2度目に阿波町長の職に就いた後である平成10年5月31日までは賦課することができたのであるから,同被控訴人が上記期間に阿波町長の職になかったことのみを理由に,上記各年度の固定資産税に関する損害賠償責任を否定することはできない。
(2) 被控訴人Aは,前記1(1)のとおり昭和63年度の本件建物の固定資産税について実質的には阿波町税条例62条1項に基づく税の減免がされた当時の阿波町長でもあり,その在任中本件建物に本来の固定資産税額を賦課しなかったのは,同条項を根拠としてのものであると推認される。そして,前記3(1)のとおり,同条項は一旦租税債務が成立した後の税の減免の規定であるから,仮に同条項による税の減免が許される場合であったとしても,当初から本件建物に本来の固定資産税額の賦課がされなかったことには,手続上の瑕疵がある。しかし,住民訴訟の制度は,地方公共団体の機関等のあらゆる違法,不当な行為の是正を目的とするものでなく,違法な財務会計上の行為ないし怠る事実を是正することにより,地方公共団体が損害を被ることを予防し,又は被った損害の回復を図ることを目的とするものであるから,被控訴人Aの損害賠償責任の存否については,上記の手続的な瑕疵についてでなく,実体的に本件建物に本来の固定資産税額を賦課しないとしたことについて過失があると認められるかどうかによって判断するのが相当である。
(3) 前記3(2)で示したとおり,条例(又は少なくとも規則)により「その他特別の事情がある者」につき具体的な定めをすることなく,阿波町税条例62条1項4号を直接の根拠とし,町長が公益上の必要があるとして,個々の事例ごとに税の減免をすることが許されると解することはできないから,平成5年度から平成8年度までについても本件建物に本来の固定資産税額を賦課しなかったことは実体的に違法であったというべきである。
しかし,以下の理由により,被控訴人Aが,阿波町税条例62条1項4号を根拠に,町長が個々の具体的場合に公益上の必要があると認めた者に対し税の減免ができると解釈したとしても,そのことに過失があるとまでいうことはできない。地方税法367条及び阿波町税条例62条1項4号には,「その他特別の事情がある者」という同一の文言が使用されており,地方税法367条の同文言には公益上の必要があると認められる者も含まれるから,文言上は阿波町税条例62条1項4号も同様の意味に解釈することが可能である。もっとも,そのような解釈を取ることは地方税法に反するものであり,採用できないことは既に説示したとおりである。しかしながら,このように,規定の仕方自体が適切さを欠いた条例の条項の法解釈には,困難な問題が含まれるのであり,被控訴人Aが当裁判所の示した解釈を採らず,公益上の必要があると認められる者に対し同号を直接の根拠として税の減免ができると判断したとしても,直ちに過失があるということはできない。ちなみに,原審も,阿波町税条例62条1項4号について,「いかなる事情を特別の事情と解するかという判断及び右の特別の事情の存否に関する判断を,固定資産税の減免という手段によって達成しようとする行政目的の下において行使される町長の裁量的判断に委ねたものとみるのが相当である」との解釈を示していた。そうすると,町政の最高責任者であるとはいえ法律の専門家とまではいえない被控訴人Aが同号を根拠に裁量的判断によって公益上の必要があると認める者に対し固定資産税の減免ができると解したことにも,無理からぬ点がないではない。
(4) そこで,さらに,阿波町税条例62条1項4号をもって,町長が個々の具体的場合に公益上の必要があると認められる者に対し固定資産税の減免をすることを許容した規定と解することを前提にしたときに,本件建物の固定資産税の減免をすることに過失があるといえるかどうかを検討する。
証拠(乙1ないし16,29)及び弁論の全趣旨によれば,本件組合は,組合員の協業により農業の経営を行うことによって,組合員の経済的地位の向上を図ることを目的とし,①組合員の農業に係る共同利用施設の設置及び作業の協業化に関する事業,②家畜,家禽の飼育,養殖並びにこれら生産物の処理加工と販売及びこれらに付随する事業を行う農事組合法人であること,本件建物は,本件組合が,市場町農林業振興事業費補助金交付要綱4条による農林業地域改善対策事業補助金により建築した建物であること,同補助事業は同和対策特別措置法が昭和57年に地域改善対策措置法に改正された共同集荷貯蔵施設事業で施行されたものであること,本件建物には1階の大部分に冷蔵倉庫があり,その余の部分は普通の倉庫,加工場,事務室などがあること,本件組合は平成11年10月1日から本件建物を株式会社徳冷に用途を漬物用工場と定めて賃貸したが,それ以前は自ら使用してきたことが認められる。
上記認定事実によれば,本件組合はそれ自体一定の公益的性格を有するものであり,かつ,本件建物を使用した本件組合の事業が円滑に行われるよう配慮することは公共的観点からも望ましかったということができる。そうすると,平成5年度から平成8年度までに関しては,本件建物の固定資産税を減額することに公益上の必要があると認められると判断することが不合理なものとまではいえない。したがって,阿波町税条例62条1項4号をもって,町長が公益上の必要があると認められる者に対し固定資産税の減免をすることを許容した規定であると解することを前提にした場合には,被控訴人Aが本件組合の所有する本件建物が固定資産税の減額の対象となると判断したことに過失があるとはいえない。
(5) 以上によれば,被控訴人Aは,平成5年度から平成8年度までに本件建物に本来の固定資産税額を賦課しなかったことに関し,阿波町に対し損害賠償責任を負うものではないから,同部分に関する控訴人の同被控訴人に対する損害賠償請求は理由がない。
5 結論
以上の次第で,控訴人の被控訴人阿波町長に対する昭和63年度から平成8年度までの固定資産税の賦課を怠る事実の違法確認請求及び被控訴人Aに対する昭和63年度から平成4年度までの固定資産税に関する損害賠償請求に係る訴えは,いずれも不適法であるから却下すべきである。そして,控訴人の被控訴人阿波町長に対するその余の違法確認請求は認容すべきであり,被控訴人Aに対するその余の損害賠償請求は棄却すべきである。
したがって,原判決中,控訴人の被控訴人阿波町長に対する平成9年度及び平成10年度の固定資産税の賦課を怠る事実の違法確認請求に係る訴えを却下した部分並びに平成11年度の固定資産税の賦課を怠る事実の違法確認請求を棄却した部分は失当であるから,これを取り消す。そして,却下部分について更に弁論をする必要はないから,同被控訴人に対する平成9年度から平成11年度までの本件建物について本来の固定資産税の賦課を怠る事実の違法確認請求を認容することとする。また,原判決中,被控訴人Aに対する平成5年度から平成8年度までの固定資産税に関する損害賠償請求に係る訴えを却下した部分も不当であり,同部分に関する請求を棄却すべきところ,この判断は原判決より控訴人に不利益であるから,民事訴訟法304条に基づき,同部分の控訴を棄却するにとどめることとなる。また,原判決中,その余の部分については,結論において相当であり,同部分に対する控訴人の控訴は理由がないから棄却することになる。
よって,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小田耕治 裁判官 田中俊次 裁判官 朝日貴浩)