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高松高等裁判所 平成14年(行コ)5号 判決 2003年1月10日

控訴人 伊予三島税務署長

代理人 横山和可子 清水博志 富崎能史 尾平理 ほか4名

被控訴人 甲野太郎(仮名)

主文

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

主文同旨

第2事案の概要

原判決の「事実及び理由」中「第2 事案の概要等」記載のとおりであるから、これを引用する。

第3当裁判所の判断

1  本件青色申告承認取消処分の適法性

(1)  事実経過

原判決4頁23行目ないし15頁13行目記載のとおりであるから、これを引用する。ただし、原判決5頁14行目「に対して」の後に「、年に数回、被控訴人診療所を訪れて」を加え、17行目「っており」から20行目末尾までを「うほか、宇摩民商が委託されていた総勘定元帳及び決算書等の作成のためのコンピューターへのデータの入力作業を行っていた。」と改め、同10頁25行目末尾の後に「被控訴人は、さらに、「守秘義務に係る話になりそうになったら、退席してもらうことでどうか。」とも提案したが、B調査官は、調査の際は、色々な質問をするが、その都度守秘義務違反を問われるかどうかを判断することはできないとして、これを拒絶した。」を、同13頁22行目末尾の後に「この日の調査の際、被控訴人は、終始、B調査官に対し、用意した帳簿を見て調査を進めるよう要求していた。」をそれぞれ加え、同15頁8行目「だけ」を「及び父」と、同行目「Aら」を「A及び弟」とそれぞれ改め、13行目末尾の後に「なお、この日も、被控訴人は、B調査官に対し、用意した帳簿を見て調査を進めるよう繰り返し要求した。」を加える。

(2)  控訴人の主張の要旨

控訴人は、「青色申告者の税務職員に対する帳簿書類の提示拒否は、帳簿の備付け、記録及び保存が正しく行われていることが確認できないものとして、所得税法150条1項1号の青色申告承認の取消事由に当たる。被控訴人は、B調査官がAら第三者を調査の際の口頭のやりとりが聞こえる可能性のない場所に移動させることを根気強く説得したにもかかわらず、Aを完全に排除して帳簿書類を提示することを拒否し、守秘義務違反にならない態様での税務調査の実現を妨げたものであり、これによって、帳簿書類についての前記確認ができなかったから、青色申告承認の前記取消事由が存在する。」旨主張する。

(3)  判断

<1> 申告納税制度は、本来、納税者の正確な記帳に基づく申告があってこそ適正な納税制度として機能するものであるが、青色申告制度は、納税者の正確な記帳を推奨し、援助するため、一定の信頼できる帳簿書類を備え付け、これへの記録に基づいて申告する納税者に種々の特典を与えようとするものと解される。このような青色申告制度の趣旨に基づき、所得税法148条1項は、青色申告者が、省令で定めるところにより、帳簿書類を備え付け、これに所定の事項を記録し、かつ、これを保存すべき旨を定め、同法150条1項1号は、青色申告者が、帳簿書類の備付け、記録及び保存が省令に定めるところに従って行われていないことを青色申告承認の取消事由とする。同法150条1項1号は、その文言からすると、青色申告者が省令の定めに従った帳簿書類の備付け、記録又は保存をしていない場合のみがこの取消事由に該当するかにも解される。しかし、そもそも、税務職員が、省令に従った帳簿書類の備付け等がなされているか否かを確認できなければ、税務署長が、同法150条1項1号の取消事由の存否を判断することは不可能であるところ、青色申告者の非協力等によってこの確認ができないような場合、これを放置するしかないとするなら、この規定は空文化し、青色申告制度の公平適正な執行は期待できない。この点からすると、前記の場合のほか、税務職員が、同法234条1項に基づく質問検査権を適法に行使して帳簿書類の備付け、記録及び保存が正しくなされているか否かを調査確認しようとしたのに対し、青色申告者が質問検査権の行使を妨げ、あるいは、拒否するなどして、この調査確認を不能にした場合も、同法150条1項1号の取消事由に該当すると解するのが相当である。

<2> 本件についてこれをみると、B調査官は、4月15日以降、被控訴人に対する本件調査を試みたが、本件帳簿書類の調査に着手せず、被控訴人に対する質問調査もしないまま、6月26日に本件調査を打ち切った。調査がされなかった主な原因は、被控訴人とB調査官との間で、調査の時間及び回数をどの程度とするか及びAらの立会を認めるかどうかの2点について意見が対立していたことにあると解されるが、前者については、被控訴人が6月17日及び同月26日に時間を都合したことから、当面の調査の時間は確保された。後者の立会について、被控訴人は、当初、宇摩民商関係者や家族の立会に固執していたが、6月17日には、A以外の家族及び宇摩民商関係者が最終的にはB調査官の退席要請に納得しないまでもこれを容れる形で自主的に同調査官及び被控訴人のいる部屋から一旦退去し、最後にAのみが一部にしか間仕切りのない隣室に残った。B調査官は、被控訴人に対し、Aも隣室から退席させるよう要求したが、断られた。B調査官は、別室での調査等の提案もしたが、被控訴人は応ぜず、この間、退去していた父が戻って来てやり取りに加わるなどして数十分間経過したが、互いに譲らず、硬直状態となって同調査官はこの日の調査を打ち切った。B調査官と被控訴人は、6月26日にも、隣室に残ったAを退席させるかどうかをめぐって同様のやりとりをしたが、同調査官は、打開の目処が立たないと判断し、本件調査を打ち切った。

結局、Aが隣室に待機している状態を立会と表現するかどうかはともかく、このようなAの待機状態を排除して帳簿調査、質問調査を開始しようとしたB調査官の行為が、適法な質問検査権の行使といえるかどうかが問題となる。この点については、このような実体法に規定のない質問検査権行使の細目に亘る事項については、税務職員の合理的裁量に委ねられていると解される。そして、Aは、本件帳簿書類のうち平成8年分の一部及び平成9年分の記帳指導をするなどその作成に関与し、その限りでいわゆる記帳補助者と見られるが(平成8年7月に被控訴人が宇摩民商に入会する以前の記帳分については、記帳にAの関与がないことが明らかである。)、税理士資格はなく(<証拠略>)、守秘義務を負わないこと、したがって、B調査官が、Aもその内容を聞き取れる状態で、被控訴人に対し、帳簿調査に伴う質問調査をすると、同調査官に守秘義務違反(国家公務員法100条、所得税法243条)が生ずる可能性があること、検証の結果によれば、B調査官が、6月17日及び同月26日、隣室にAが待機した状態で調査を進めれば、被控訴人に対する質問調査のやり取りの内容がAに聞き取られる蓋然性があったと認められることからすると、同調査官が隣室に待機するAを排除して帳簿調査、質問調査を開始しようとしたのは、合理的裁量の範囲内の判断であると認められる。

なお、このように、Aを排除して調査を開始することが相当であるとすることは、当然に、その後においても、Aの立会等をさせないことまでを相当と認めるものではない。仮に、調査開始後、合理的必要性が生じたのに、ことさら、Aの立会を拒否し、あるいは、Aに質問すべき事項について、被控訴人に対して無意味又は回答困難な質問をして応答を迫るなどすれば、合理的裁量の範囲を逸脱したとの評価を受けることがある。これに関連し、被控訴人が、6月9日に提案したように、Aを同席させて調査を開始した上、守秘義務違反のおそれが生じたらその時点で退席させるとの方法を採ることも考えられないではないが、Aを排除してから調査を開始し、後に必要があれば立会を認め、あるいは積極的にAに質問するなどして調査を進めるか、そうではなく、最初から立会を認めて、後に問題が生じた段階で退席させるかは、税務職員の合理的裁量に委ねられた事項であると解され、後者を優先的に選択すべきであるとはいい得ない。また、被控訴人がB調査官の面前に本件帳簿書類と説明した書類(この被控訴人の説明を疑うべき証拠はない。)を用意してこれを見ることを要求していたこと、及び同調査官と隣室のAとの距離等からすれば、隣室にAが待機した状態であっても、同調査官は、被控訴人に対する質問調査を交えない純粋の帳簿調査のみなら支障なくなし得たとも考えられるが、同調査官がこれをしなかったことが不合理であるともいえない。

被控訴人が、医療活動に専心する極めて多忙な医師であり、しかも、本件帳簿書類の内容について十分説明し得る知識を有していなかったところ、Aを交えて調査を進めれば、より効率的な調査がなし得て、被控訴人の負担を軽減できる可能性があったとも見られるが、Aがどの程度調査に協力的姿勢で臨むかなど、不確定要素もあるので断定はできず、したがって、この被控訴人の負担軽減の可能性を考慮しても、なおB調査官の裁量判断に誤りがあったとはいえない。被控訴人本人は、前記引用の原判決認定の「でっち上げ事件」があったので、B調査官と二人だけの密室状態で調査をされることに不安を覚え、Aを同席させようとした旨供述するが、「でっち上げ事件」の客観的事実関係は必ずしも明らかではないから、被控訴人が宇摩民商又はその関係者から得た情報により前記のような不安を覚えたのは事実であるとしても、この不安を解消するため、B調査官が、Aの同席又は隣室での待機を認めるべきであったとまではいえない。

以上によれば、B調査官が、6月17日及び同月26日、隣室に待機していたAを排除して調査を開始しようとしたことが、質問検査権の行使方法として、被控訴人の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度を逸脱したものとはいえず、同調査官に委ねられた合理的裁量の範囲内の選択であったというべきであるから、適法である。

なお、前記引用の原判決認定の事実経過によれば、6月26日の時点で、Aの立会又は待機についてのB調査官と被控訴人との意見の対立は、もはや解消の見込みがなくなっていたと認められるから、同調査官が、それ以上の説得を断念して本件調査を打ち切ったのは合理的判断といえる。

<3> そうすると、被控訴人は、待機するAの排除要請を拒否することにより、B調査官の適法な質問検査権の行使を妨げ、帳簿書類の備付け、記録及び保存が正しくなされているか否かの調査確認を不能にしたというほかないから、所得税法150条1項1号の青色申告承認取消事由が存在したといえる。

したがって、控訴人のした本件青色申告承認取消処分は適法である。

2  本件更正処分等の適法性

(1)  控訴人の主張の要旨

<1> 推計の必要性

被控訴人は、第三者の立会に固執して、B調査官が質問検査を行えない状況を作り出して、帳簿書類を提示せず、申告額を正当とする具体的な理由の説明もしなかったから、推計課税の必要性があった。

<2> 総所得金額

被控訴人の本件係争各年分の総所得金額は、別紙課税等経過表<略>(原判決の別紙課税等経過表<略>と同一)の「更正処分等」欄記載のとおり、平成7年分が5190万7240円、平成8年分が6051万1427円及び平成9年分が6634万4266円である。

<3> 総所得金額の内訳

ア 事業所得金額

別紙課税等経過表<略>の「更正処分等」欄記載のとおり、平成7年分が5160万9240円、平成8年分が6051万1427円及び平成9年分が6592万0366円である。

イ 給与所得金額

別紙課税等経過表<略>の「更正処分等」欄記載のとおり、平成7年分が29万8000円、平成8年分が0円及び平成9年分が42万3900円であり、同確定申告欄記載のとおり、被控訴人の申告額である。

<4> 事業所得金額の推計の合理性

ア 被控訴人の総収入金額

本件係争各年分の被控訴人の保険診療振込金額を、類似同業者の保険収入率で除して総収入金額を推計した。

被控訴人の保険診療振込金額は、別紙事業所得の算定表<略>1記載のとおり、平成7年分が1億2325万6348円、平成8年分が1億4294万2059円、平成9年分が1億4575万9152円である。類似同業者の保険収入率は、別紙事業所得の算定表<略>2及び別紙同業者の保険収入率及び特前所得率の平均値(平成7年分ないし平成9年分)<略>各記載のとおり、平成7年分が86.67パーセント、平成8年分が87.19パーセント、平成9年分が85.35パーセントである。

総収入金額は、別紙事業所得の算定表<略>2記載のとおり、平成7年分が1億4221万3393円、平成8年分が1億6394万3180円、平成9年分が1億7077万8151円である。

イ 事業所得の金額

被控訴人の総収入金額に、類似同業者の総収入金額に占める青色申告特典控除の額控除前の所得金額の割合(以下「特前所得率」という。)の平均値(以下「平均特前所得率」という。)を乗じて、事業所得金額を推計した。

類似同業者の平均特前所得率は、別紙事業所得の算定表<略>2及び別紙同業者の保険収入率及び特前所得率の平均値(平成7年分ないし平成9年分)<略>各記載のとおり、平成7年分が36.29パーセント、平成8年分が36.91パーセント、平成9年分が38.60パーセントである。

ウ 類似同業者の選定

被控訴人が、内科専門の無床診療所(医師は被控訴人1名)を営むことから、次の基準に該当する同業者を選定した。選定した同業者数は、別紙同業者の保険収入率及び特前所得率の平均値(平成7年分ないし平成9年分)<略>各記載のとおり、平成7年分及び平成8年分が20名、平成9年分が17名である。

a 被控訴人の事務所の所在する伊予三島税務署及び隣接する税務署の管内に事業所を有する内科専門の無床診療所を営む個人

b 本件係争各年分の青色申告書を提出している者

c 医師の資格を持つものが当該診療所に本人1名である者

d 本件係争各年分を通じて事業を継続している者

e 本件係争各年分において不服申立て及び訴訟が係属中でない者

f 保険診療に係る収入金額が、平成7年分については6162万8174円から2億4651万2696円まで、平成8年分については7147万1030円から2億8588万4118円まで、平成9年分については7287万9567円から2億9151万8304円までの範囲内にある者(いわゆる倍半基準であり、被控訴人との事業規模の類似性を担保する。)

(2)  判断

<1> 推計の必要性について

前記認定説示のとおり、控訴人は、被控訴人が控訴人の部下職員による適法な税務調査を妨げたことにより、本件帳簿についての質問調査を伴う帳簿調査をなし得なかったから、本件係争各年分の所得税の更正処分当時、推計課税の必要性が存したと認められる。

<2> 被控訴人の事業所得金額

ア 前記第3、2、(1)、<4>で控訴人の主張する被控訴人の事業所得の金額算定方法は、被控訴人の業種、業態(被控訴人が、内科専門の無床診療所(医師は被控訴人1名)を営むことは、前記第2引用の原判決記載のとおりである。)に照らし、類似同業者の選定基準を含め合理性があると認められる。この点につき、被控訴人は、その本人尋問において、被控訴人は、薬剤につき薬価の高い一流品を使用していること、1日の診療時間が長いことから看護婦(当時)等の職員を通常の医院より多数雇用していることから、同業者より経費率が高い旨供述するが、被控訴人本人の供述する点に関し、平均値による推計の方法を採ることにより、平均値を求める過程で捨象される同業者間の営業条件等の通常の差違を超え、その過程で捨象されず、平均値による推計を全く不合理にする程度に顕著な事業形態の差違が存することを認めるに足りる客観的証拠はない。

イ <証拠略>によれば、被控訴人の本件係争各年分の保険診療振込額は、前記第3、2、(1)、<4>、アで控訴人が主張するとおりであると認められる。

ウ <証拠略>によれば、前記選定基準に従って抽出された被控訴人の類似同業者の保険収入率及び特前所得率は、別紙同業者の保険収入率及び特前所得率の平均値(平成7年分ないし平成9年分)<略>各記載のとおりであり、その各平均値は、前記第3、2、(1)、<4>、ア、イで控訴人が主張するとおりであると認められる。

以上により、被控訴人の本件係争各年分の事業所得の金額を算定すると、前記第3、2、(1)、<3>、アで控訴人が主張するとおりとなる。

<3> 給与所得金額

<証拠略>によれば、本件係争各年分における被控訴人の給与収入の金額は、前記第3、2、(1)、<3>、イで控訴人が主張するとおりであると認められる。

<4> 被控訴人の総所得金額

以上によれば、本件係争各年分の被控訴人の総所得金額は、前記第3、2、(1)、<2>で控訴人が主張するとおりである。

<5> まとめ

したがって、本件更正処分等は適法である。

3  結論

以上の次第で、被控訴人の本訴請求は、いずれも理由がないから棄却すべきところ、これと結論を異にする原判決は失当である。

よって、原判決を取り消して被控訴人の本訴請求をいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 松本信弘 佐藤明 種村好子)

別紙 課税等経過表<略>

別紙 事業所得の算定表<略>

別紙 同業者の保険収入率及び特前所得率の平均値 平成7年分<略>

別紙 同業者の保険収入率及び特前所得率の平均値 平成8年分<略>

別紙 同業者の保険収入率及び特前所得率の平均値 平成9年分<略>

(参考)第1審 松山地裁 平成12年(行ウ)第5号 平成14年3月22日判決

主文

1 被告が平成10年6月30日付けでした原告の平成7年分以降の所得税の青色申告の承認の取消処分を取り消す。

2 被告がいずれも平成10年6月30日付けでした、原告の平成7年分の所得税の更正のうち、総所得金額5115万2693円を超える部分及び同年分の所得税の過少申告加算税賦課決定、原告の平成8年分の所得税の更正のうち、総所得金額3860万9848円を超える部分及び同年分の所得税の過少申告加算税賦課決定、並びに原告の平成9年分の所得税の更正のうち、総所得金額2985万4682円を超える部分及び同年分の所得税の過少申告加算税賦課決定をいずれも取り消す。

3 訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

主文同旨

第2事案の概要等

本件は、愛媛県<住所略>において内科診療所を開業し、所得税の青色申告の承認を受けていた原告が、平成7年分ないし平成9年分(以下「本件係争各年分」という。)の所得税について法定申告期限内に確定申告をしたところ、被告が、原告につき所得税法150条1項1号に該当する事実があるとして、平成7年分以降の所得税の青色申告の承認の取消処分(以下「本件青色申告承認取消処分」という。)を行うとともに、本件係争各年分の所得税の更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分(以下「本件更正処分等」という。)を行ったことから、原告が本件青色申告承認取消処分及び本件更正処分等の取り消しを求めた事案である。

1 前提となる事実(証拠を摘示した以外は争いのない事実)

(1) 原告は、平成5年9月以降、愛媛県<住所略>所在の肩書住所地において、内科の無床診療所(医師は原告1名)を営んでおり、本件係争各年分の所得税の確定申告を青色申告書により行うことを承認されていた。

(2) 原告は、本件係争各年分の所得税について、別紙課税等経過表<略>記載のとおり、法定申告期限内に青色申告書による確定申告を行った。

(3) 被告所属のB上席国税調査官(以下「B調査官」という。)は、本件係争各年分の所得税の調査(以下「本件調査」という。)を行うため、平成10年4月15日、同年5月13日、同月20日、同月28日、同年6月2日、同月9日、同月17日、同月26日の8回にわたって原告方に臨場したが、最終的には、第三者の立ち会う場で調査を行えば自らが守秘義務違反に問われるおそれがあるので調査を行うことができないとして、本件係争各年分の青色申告に係る帳簿書類(以下「本件帳簿書類」という。)を確認することなく本件調査をうち切った。

(4)ア 被告は、平成10年6月30日、原告につき所得税法150条1項1号に該当する事実があったとして、別紙課税等経過表<略>記載のとおり、本件青色申告承認取消処分を行うとともに、推計の方法により事業所得金額を算定し、これに基づき、本件更正処分等を行った。

イ 被告から原告に宛てた「所得税の青色申告の承認取消しの通知書」には、「取り消しの基因となった事実」として、次のような記載がなされている(<証拠略>)。

「平成7年分、平成8年分及び平成9年分の所得税の調査に関し必要があったので、当税務署の調査担当者が、平成10年5月13日、平成10年5月20日、平成10年5月28日、平成10年6月9日、平成10年6月17日及び平成10年6月26日の6回にわたり、あなたの自宅において、あなたに対して調査年分の青色申告に係る帳簿書類の提示を求めたにもかかわらず、あなたは青色申告に係る帳簿書類を提示されませんでした。

このことは、青色申告に係る帳簿書類の備付け、記録又は保存が、所得税法第148条《青色申告者の帳簿書類》第1項に規定する大蔵省令で定めるところに従って行われていないことになります。

したがって、同法第150条《青色申告の承認の取消し》第1項第1号に該当しますので、平成7年分以降の青色申告の承認を取り消します。」

(5) 原告は、平成10年8月27日、被告に対し、異議申立てを行ったが、被告は、同年11月20日、異議申立てを棄却する旨の異議決定を行った。

(6) 原告は、平成10年12月16日、国税不服審判所長に対し、審査請求を行ったが、同所長は、平成12年1月31日、審査請求をいずれも棄却する旨の裁決を行った。

(7) 原告は、平成12年3月17日、本訴を提起した。

2 主要な争点

(1) 本件青色申告承認取消処分及び本件更正処分等の違法性(争点1)

(2) 本件における推計の必要性及び合理性(争点2)

第3争点に対する判断

1 原告は、争点1に関し、<1>原告が本件帳簿書類の提示を拒否した事実はなく、B調査官が守秘義務を根拠に記帳補助者らの立会いの排除を求め、本件帳簿書類の内容等を確認することなく本件調査をうち切ったことは、調査担当者の裁量を逸脱するものであって、本件青色申告承認取消処分は違法である、<2>青色申告承認取消処分が取り消されれば、これを前提とする更正処分等は理由の附記を欠くことになるから、本件更正処分等も違法である旨主張する。

2 <証拠略>によれば、以下の事実が認められる。

(1) 原告の医療活動の概要

原告は、往診中心の医療活動を行っており、日曜日を休診日として、午前8時30分から午後零時30分までを外来、午後1時から午後2時までを往診、午後2時から午後3時までを外来、午後3時から午後4時30分までを往診、午後4時30分から午後7時までを外来とし、午後7時以降も往診や外来の要請に応じていた。平成10年当時、1日平均の外来患者数は100名程度、往診患者数は15名程度であった。また、実際には、休診日である日曜日についても、往診や外来の要請に応じていた。

(2) 原告と宇摩民商との関係等

ア 原告は、従前から依頼していた税理士が老齢を理由に依頼を断ってきたことなどから、平成8年7月、宇摩民主商工会(以下「宇摩民商」という。)に入会した。

イ 宇摩民商の事務局員であるAは、原告の入会以降、原告が開業している甲野内科医院(以下「原告診療所」という。)の経理担当事務員に対して、伝票の書き方、金銭出納帳・売上長・経費帳のつけ方、原始記録の保存方法等、記帳全般にわたって指導を行い、決算に当たっては、集計の仕方、売掛・買掛等の算入の仕方、減価償却の方法等について指導を行っており、記帳補助者として、取引先に関する事項を含む本件帳簿書類の内容について説明し得る知識を有していた(なお、宇摩民商は、原告診療所の総勘定元帳、金銭出納帳、決算書のコンピューターによる管理を委託されており、Aがこれを担当していた。)。

ウ 他方、原告は、本件帳簿書類の内容について十分に説明し得る知識を有しておらず、これまでAの指導のもとで記帳事務を行っていた経理担当事務員は平成10年3月に退職し、同年4月以降、新しい経理担当事務員が記帳事務を行うことになっていた。

(3) 原告に対する質問検査権の行使の方針等

ア 被告は、平成5年の開業以来、所得税の調査を行っていない原告診療所について、調査の必要があると判断して質問検査権を行使することとし、B調査官が本件調査を担当することになった。

イ B調査官は、約10年の税務調査経験があり、伊予三島税務署には平成8年7月から勤務していた。

ウ なお、国税庁の方針を示した「税務運営方針」(昭和51年4月1日)の中の「調査方法等の改善」の項目には、「税務調査は、その公益的必要性と納税者の私的利益の保護との衡量において社会通念上相当と認められる範囲内で、納税者の理解と協力を得て行うものであることに照らし、一般の調査においては、事前通知の励行に努め、また、現況調査は必要最小限にとどめ」などと記載されている。

(4) 平成10年(以下、「同年中の出来事は月日で示す。)6月17日の臨場に至るまでの経過

ア 4月15日(午後1時30分ころから同45分ころまで)

B調査官は、原告方に無予告で臨場し、応対に出た原告に対して、調査に来た旨を伝えた。

原告は、「私は土日も働いているんです。体力的にも1日しか無理です。12時半まで診察をしているので、午後1時20分から午後2時の40分だけ時間をとりますので、その間に帳簿を見てください。」などと述べたことから、B調査官は、自らの調査経験上、帳簿書類の確認を含めて40分で調査を完了することは不可能である旨を伝えた。

B調査官は、なおも原告が同様の求めを繰り返したことなどから、この日はこれ以上の進展が期待できないと判断し、原告に対して調査への協力を求めて調査を打ち切った。

イ 4月22日

B調査官は、同日午後1時30分ころ、次回の臨場期日を調整するため、原告方に電話をかけたが、原告は往診のため不在であったことから、応対に出た原告診療所の受付の女性に対して、原告からB調査官に対して連絡してほしい旨を求めた。

原告は、同日午後3時6分ころ、B調査官に電話をかけ、「何回ですか。見に来られる回数をおっしゃってください。」などと述べた。B調査官は、「回数は帳簿書類の量も見ないといけませんし、何回とは申せません。」などと回数の制限をしないように求めたが、最終的には、原告が「もう診察を始めますので、またにしてください。」などと述べたことから、次回の臨場期日を決めるにも至らなかった。

ウ 4月27日(午後1時22分ころから同40分ころまで)

原告は、B調査官に電話をかけ、診療行為との兼ね合いから、調査の回数を4回、時間を午後1時から午後2時までとするように求めるとともに、「事務をしていた者が3月20日で退職していないんです。私ではわからないので、帳簿書類を見てもらっている宇摩民商の人に立会いを頼んでいますので認めてくださいね。」などと、Aの立会いを認めることを求めた。B調査官は、調査を担当する職員である自分には守秘義務が課せられており、第三者の立会いは自らが守秘義務違反に問われるおそれがあるので認められないこと、仮に記帳担当者がいる場合は、必要があると認められるときはこちらから要請することなどを伝えたが、なおも原告が同様の求めを繰り返し、「宇摩民商の人に相談しますので時間をください。」などと述べたことから、次回の臨場期日を決めるにも至らなかった。

エ 4月28日(午後2時18分ころから同20分ころまで)

原告は、B調査官に電話をかけ、5月13日の昼から半日時間を取るので、その日だけで調査を終えるように求めた。B調査官は、その日だけで調査を終える約束はできないこと、帳簿書類はすべて用意しておくこと、午後1時ころに臨場することなどを伝えて、次回の臨場期日を5月13日とすることは決まった。

オ 5月13日(午後1時ころから午後2時12分ころまで)

(ア) B調査官は、C国税調査官(以下「C調査官」という。)とD国税調査官を同行して原告方に臨場し、本件帳簿書類が用意されている応接室に案内された。

(イ) B調査官は、応接室のテーブルの上に、「集計表」、「総勘定元帳」などと見出しの付いた、原告が本件帳簿書類であると説明する書類を認めたが、テーブルのソファーには原告ほか4名が、応接室に隣接する食堂(両部屋には高低差があり、一部は板壁で仕切られているものの、開け放たれている。)の椅子には2名が、それぞれ着席していることを確認した。

B調査官が、原告に対して、立会人について尋ねたところ、応接室の4名は、原告の父親(以下「父」という。)、A、E、Fと自己紹介し、食堂の2名については、原告が原告の母親(以下「母」という。)と原告の弟(以下「弟」という。)であると紹介した。

B調査官は、原告に対して、調査の関係のない第三者を退席させて本件帳簿書類を提示してほしい旨を繰り返し求めたが、原告は、「第三者の立会いは認められています。立会いを認めないのは違法行為です。」などと述べて、立会人を退席させなかった。

両室の立会人も、「そこにいるDは『でっち上げ事件(宇摩民商の一会員が、伊予三島税務署員により公務執行妨害罪・傷害罪で告訴され、3月27日に不起訴処分になったというもの。)』に関係のあったやつや。」、「わざと転んで公務執行妨害なんて捏造しやがって。」などと発言したり、原告から渡されたポラロイドカメラを手に持って歩き回ったりした。

B調査官は、原告に対して、調査に関係のない第三者の立会いは守秘義務の関係上認められないので、第三者を退席させて本件帳簿書類を見れる状況にして調査に協力してほしい、調査に協力しないと青色申告承認の取消しもあり得る旨を伝えたが、原告は立会人を退席させなかった。

(ウ) B調査官は、このようなやり取りが繰り返された後、原告が「水掛け論はする暇がありません。後はこの人たちに任せますので進めてください。」などと述べて退席したことから、この日の調査を打ち切った。

(エ) なお、Eは宇摩民商の副会長、Fは宇摩民商の会計担当者であり、原告診療所において、母は薬局長、弟は事務長という立場にあった。

カ 5月20日(午後1時5分ころから同15分ころまで)

B調査官は、C調査官を同行して原告方に無予告で臨場し、勝手口において、応対に出た原告に対して、「調査に協力していただこうと思って参りました。」などと来意を告げた。

B調査官は、原告が「第三者の立会いは法律に明文化されて認められている。」などと述べたことから、原告との間で前回同様のやり取りを行ったが、更に原告が「これからワクチン接種があるので時間がとれない。」などと述べたことから、この日の調査を打ち切った。

キ 5月28日(午後1時12分ころから同26分ころまで)

B調査官は、C調査官を同行して原告方に無予告で臨場し、勝手口において、応対に出た原告に対して、調査に来た旨を告げた。

原告は、「帳簿書類は宇摩民商のAさんのところにあります。そこに行ってください。」などと述べて、本件帳簿書類を引き上げてほしいとのB調査官の求めに対しても、「私のところに置いておかないと違法なんですか。」などと述べて、これを断った。

B調査官は、なおも原告が「宇摩民商の人の立会いのもとに帳簿書類はお見せします。」などと述べたことから、この日も調査への協力が得られないと判断し、署独自の調査を進めざるを得ない旨を告げて、この日の調査を打ち切った。

ク 5月29日

原告は、被告に対して、「調査担当者であるB署員は『質問検査権の行使をするかどうかは、職員の裁量に任されている。担当者にはすべての権限がある。私が認めなかったらダメだ。』などという発言を繰り返し、私の主張には耳を傾けず、一方的な調査を行おうとしています。」、「職員の裁量で何でも出来るのでしょうか。回答をお願いします。」などと記載された「税務調査に関する請願書」と題する文書を内容証明郵便物として送付した。

ケ 6月2日

B調査官は、同日午後1時16分ころ、C調査官を同行して原告方に無予告で臨場したが、原告は不在であったため、応対に出た母に対して、午後2時30分ころに電話をする旨を告げて、原告方を辞去した。

B調査官は、同日午後2時30分ころ、原告に電話をかけ、次回の臨場期日を調整していたが、原告が前記の内容証明に対する返事を求め、「とにかく今は診療中です。迷惑ですので切りますよ。」などと述べたことから、次回の臨場期日を決めるにも至らなかった。

コ 6月9日(午後1時15分ころから同29分ころまで)

B調査官は、C調査官を同行して原告方に無予告で臨場し、勝手口において、応対に出た原告に対して、「帳簿書類を見せていただきに伺いました。」などと来意を告げた。

B調査官は、原告が「私は調査を受けるのが初めてで、何もかもよくわからないので、1回目だけ宇摩民商の立会いを認めてほしい。それでしたら時間を取ります。」などと述べたことから、これまでと同様、守秘義務違反に問われるおそれがある旨を伝えて、これを断った。

原告は、本件帳簿書類は宇摩民商にあるとして、これを提示しなかったが、B調査官に対し、立会人は別室にいればいいのかと尋ねたことから、B調査官は、別室にいて話し声が聞こえないのであれば調査ができる旨を回答した。

B調査官は、原告が宇摩民商と相談して2、3日中に連絡する旨述べたことから、この日の調査を打ち切った。

サ 6月10日(午前9時24分ころ)

原告は、B調査官に電話をかけ、6月17日午後1時から時間をとったので来てほしい旨を伝えた。

シ 6月16日(午後2時ころから同20分ころまで)

B調査官は、原告の取引銀行である株式会社愛媛銀行金生支店に臨場し、原告の取引内容の調査等を行った。

(5) 6月17日の臨場(午後1時3分ころから同58分ころまで)

ア B調査官は、C調査官を同行して原告方に臨場し、本件帳簿書類が用意されている応接室に案内された。

なお、原告は、B調査官から、立会人は別室にいて話し声が聞こえなければ構わないという回答を得ているとして、5月13日の臨場の際とは異なり、応接室と食堂の間に、原告診療所で使用しているナイロン製の衝立(以下「本件衝立」という。)を設置し、両部屋の間仕切りとしていた。

イ B調査官は、応接室のテーブルのソファーに着席したが、テーブルのソファーには原告のほか弟も着席し、B調査官の斜め後ろには母が座っており、食堂の椅子には父、E、A、Fが着席していることを確認した。B調査官は、応接室のテーブルの上に原告が本件帳簿書類であると説明する書類が置かれていたことから、原告に対して、本件帳簿書類の全部であることを確認した。B調査官は、原告に対して、本件帳簿書類を見せてもらうことを伝えるとともに、調査に関係のない第三者の退席を求めた。これを聞いた応接室の弟、食堂のE、Fは、「家族も退かんといかんのか。」などと述べたが、Aと父以外は、それぞれの場所から退席した。B調査官は、「まだおられますね。」などとAと父の退席を求めたが、原告は、「私では何もわからないので記帳補助者のAさんに別室(食堂)にいてもらっています。何か聞かれたときに、すぐに相談に行けるようにしています。」などとAの同席を求めた。B調査官は、応接室と食堂の間に襖戸を入れるなど、会話内容がAに聞こえないような何らかの手当てを求めたが、原告は、「ここには初めから戸はありません。」、「そこまで10メートルもあるじゃないですか。衝立も置いてあります。」などと述べるとともに、Aには会話内容は聞こえないと述べた。

B調査官は、Aとともに食堂にいた父が「何をごちゃごちゃ言いよるんや、むかっ腹が立つ。ぐずぐず言わんと見てくれたらええやろ。」などと述べたことを捉え、B調査官と原告の会話内容がAに聞こえる証拠であるとして、残っている立会人の退席を要請した。退席していたはずの弟も戻ってきていて、「家族も退けと言いよるんか。」などと述べたが、父と弟はその場所から退席した。

B調査官は、Aが残っていることから、原告との会話内容がAに聞こえるので調査を進めることができないとして、原告に対して、Aを退席させるよう重ねて求めたが、原告が依然として「話は聞こえません。」などと述べたので、C調査官をAのいる位置まで行かせ、B調査官が普通の大きさと称する声を出し、その位置では原告との会話内容がAに聞こえることを確認して、原告に対して、聞こえる旨を伝えた。Aが「テレビをつけたら聞こえんがな。」などと述べたところ、退席していた弟が戻ってきて、B調査官の斜め前にある大型テレビをつけ、音声を流した。B調査官は、原告に対して、隣の部屋等での調査を求めたが、原告は、「ここは納戸ですよ。」、「片付けても納戸ではやりたくない。」、「この家で一番離れたところはトイレか風呂しかないでしょう。」などと述べて、これを断った。

戻ってきていた母は、このようなやり取りを見て、原告に対して、「そしたら、二階でしてもらったら。」などと述べた。B調査官は、原告に対して、「二階があるんですか。二階でしたら話は聞こえないでしょうね。そちらの方々に二階に行っていただいても結構ですし、私どもが行っても構いません。」などと述べたが、原告は、立会人等と相談した後、「二階はプライベートな部屋です。」などと述べて、これを断った。

B調査官は、再び原告に対して、守秘義務が守れるような状況で本件帳簿書類を見せてほしいこと、このような状況では青色申告承認の取消しの要因になることを伝えた。退席していた父が戻ってきて、「30分も経っとるからもう終わったと思ったのに、まだ何も見ていないのか。」などと述べて、原告とのやり取りに加わってきた。B調査官は、これ以上この場で調査を進めることはできないと判断し、原告に対して、「帳簿書類を貸していただけませんか。」などと述べて、本件帳簿書類を預かって調査することを求めたが、原告は、「ここにあるのは私のプライベートですよ。それこそプライベートの侵害だ。」などと述べて、これを断った。

ウ B調査官は、再び原告に対して、立会人等を退席させた上で本件帳簿書類を提示することを求めるとともに、調査に協力しなければ青色申告承認の取消しの要因になることを伝えたが、なおも原告が、Aが食堂に控えていることを前提とした調査を求めたことなどから、これ以上の調査への協力は得られないと判断し、この日の調査を打ち切った。

エ Aは、B調査官の調査の際、上記イ以上に、食堂を歩き回ったり、応接室をのぞき込んだり、声をかけたりするなど、積極的に調査を妨害するような言動をとったことはなかった。

オ なお、検証(平成12年7月26日実施)の結果によれば、<1>上記イの原告、B調査官の位置からAの位置までは約10メートルの距離があり、<2>B調査官の位置からは、本件衝立と仕切壁の間を通じて、Aの位置が見える状況にあり、<3>原告、B調査官の位置での会話内容のAの位置における聴取状況は、次のようなものであったことが認められる。

(ア) 普通に会話した場合、Aの位置では、神経を集中すると会話内容は聞こえる。

(イ) 少し声を落として会話した場合、Aの位置では、会話内容はとぎれとぎれで一部聞き取れない部分もあるが、概ね聞こえる。

(ウ) 普通に会話した場合で、大型テレビを普通の音量でつけた場合、Aの位置では、テレビの音と重なっているときは、会話内容は聞こえない。ただし、重なっていないときは、会話内容は聞こえる。

(エ) 少し声を落として会話した場合で、大型テレビを普通の音量でつけた場合、Aの位置では、会話内容は聞こえない。

(6) 6月17日の臨場後の経過

ア 6月23日(午後1時10分ころから同13分ころまで)

B調査官は、原告に電話をかけ、6月25日午後1時ころに臨場したい旨を伝えたが、その後原告から25日は不都合である旨の電話があり、次回の臨場期日は翌日の26日と決まった。

イ 6月26日(午後1時2分ころから同25分ころまで)

(ア) B調査官は、C調査官を同行して原告方に臨場し、本件帳簿書類が用意されている応接室に案内された。

なお、原告は、6月17日の臨場の際と同様、応接室と食堂の間に、本件衝立を設置し、両部屋の間仕切りとしていた。

(イ) B調査官は、応接室のテーブルのソファーに着席したが、テーブルのソファーには原告のほか父、弟も着席し、B調査官の斜め後ろにはEが座っており、食堂の椅子にはAが着席していた。B調査官は、応接室のテーブルの上に原告が本件帳簿書類であると説明する書類が置かれていることを確認し、これまでと同様、原告に対して、守秘義務違反に問われるおそれがあるので調査に関係のない第三者に退席してもらうことを求めたが、父がポラロイドカメラを持ち出してB調査官らを撮影しようとしたことから、これを制止するとともに、再び原告に対して、調査に関係のない第三者の退席を求め、これに応じない場合には青色申告承認の取消しの要因になることを伝えた。

(ウ) B調査官は、Eだけは退席したものの、Aらが残っていたことから、再び原告に対して、会話内容がAらに聞こえる状況では自らが守秘義務違反に問われるおそれがあるので調査を進めることができないことを伝えたが、なおも原告が、Aが食堂に控えていることを前提とした調査を求めたことなどから、これ以上の進展は望めないと判断し、調査を打ち切った。

3 以上の事実をもとに検討する。

(1) 青色申告制度は、納税者に対し、帳簿書類の備付け、記録及び保存が正しく行われていることを前提として、種々の税法上の特典を与える制度であるから、税務署長が、帳簿書類の備付け、記録及び保存が正しく行われていることを確認することができる場合にのみ、納税者に上記の特典を与える趣旨であると解される。したがって、税務署長は、青色申告者が正当な理由なく帳簿書類の提示要求を拒否し、これにより上記の確認ができない場合には、所得税法150条1項1号にいう帳簿書類の備付け、記録及び保存が大蔵省令で定めるところに従って行われていないとして、青色申告の承認を取り消すことができるものと解するのが相当である。そして、税務調査の際、被調査者が帳簿書類を税務署職員である調査担当者に提示したとしても、税理士以外の第三者の立会いにより調査担当者による帳簿内容等の確認に支障を生じるおそれがあるときは、調査担当者は被調査者に対して第三者の立会いの排除を求めることができるというべきであり、被調査者がこれに応じないために調査担当者が合理的な判断に基づいて調査を打ち切った場合にも、税務署長は、上記のような確認ができない場合として、青色申告の承認を取り消すことができるものと解される。

もっとも、青色申告承認の取消しが納税者に与えられた特典を剥奪するものであり、帳簿書類の単なる提示拒否が青色申告承認の取消事由とはされていないことなどにかんがみると、青色申告承認の取消事由の認定は慎重になされるべきであり、第三者の立会いの可否が調査担当者の合理的裁量に委ねられているとしても、当該場面における被調査者と調査担当者の利害等が具体的に衡量される必要があるというべきである。

(2)ア これを本件についてみると、5月13日、6月17日、同月26日の各臨場の際には、B調査官が本件調査を行うつもりで原告方の応接室に入り、テーブルの上には本件帳簿書類が置いてある状態にあったところ、B調査官が、本件調査を進めるに当たって、まずは自らの守秘義務の見地から、本件調査に関係のない第三者の排除を求めたことは、その限りにおいて、裁量の範囲内の行為であるということができる。

しかしながら、立会いの排除を求められた者のうち、Aについては、原告の記帳補助者の立場にあったのであるから、本件調査に関係のない第三者であるということはできない。そして、少なくとも、6月17日の臨場の際には、B調査官の要請を踏まえて、応接室と食堂の間に本件衝立が設置され、応接室には原告、B調査官、C調査官、食堂には記帳補助者であるAのみが残った状態になったのであり、その際、原告がAの立会いを認めなければ本件帳簿書類の提示を拒否するといった言動をとったことはなく、また、Aが食堂を歩き回ったり、応接室をのぞき込んだり、声をかけたりするなど、積極的に調査を妨害するような言動をとったこともなかったのであるから、本件帳簿書類の内容等の確認に支障を生じるおそれがあったとは直ちには認め難く、B調査官にその意思があれば、本件調査を進めることができたのではないかと考えられる。

イ 被告は、Aが記帳補助者であるとしても、法律上の守秘義務を負わない第三者であり、Aを立ち会わせることはB調査官らの守秘義務(国家公務員法100条、所得税法243条)違反の結果を招くことになるので、本件帳簿書類の内容等を確認することができなかった旨主張する。

しかしながら、Aは記帳補助者として、もともと取引先に関する事項を含む本件帳簿書類の内容について説明し得る知識を有していたのであるから、仮にAがB調査官らと原告との間の会話内容を聴取し得たとしても、取引先の秘密を第三者に漏洩したなどとしても、実際にB調査官らが守秘義務違反に問われる可能性は極めて低いものであったと考えざるを得ない。B調査官は、原告がAは記帳補助者であり、本件調査を受けるためにはAの協力が必要である旨訴えているにもかかわらず、その真否等を確認することなく立会いの排除を求めているが、このようなB調査官の態度は、税理士以外の第三者一般については、事情の如何にかかわらず常に帳簿内容等の確認に支障を生じるおそれがあるというに等しいものであって、調査担当者の一般的・抽象的な守秘義務のみを根拠にして、被調査者の現実的な私的利益を一方的に制限するものであるといわざるを得ない。本件における被調査者と調査担当者の利害等を具体的に衡量すると、B調査官としては、本件衝立が設置され、食堂には記帳補助者であるAしか存在していない状況を前提として、まずは本件調査を進め、その進行途中において、なおも現実に守秘義務違反に問われる可能性のある事項について調査が及ぶ場合には、その段階で本件帳簿書類の内容等の確認に支障を生じないような方法を講じるべきであったというべきであり、にもかかわらず、B調査官においては、原告がAの立会いとその方法等に固執していることに執着するあまり、逆にAの立会いの排除に固執し、提示されていた本件帳簿書類の内容等を確認しようとしなかったものと評価せざるを得ない(なお、B調査官は、6月17日の臨場以外にも原告方に臨場し、原告に対して説明や説得を行っているが、その際の言動からして、6月17日の臨場と同様の状況では本件調査を進める意図はなかったことがうかがえるから、これらの説明や説得行為を重ねたからといって直ちにB調査官が本件帳簿書類の内容等を確認するために努力を尽くしたなどと評価することはできない。)。

ウ その他、前記認定の原告の態度(原告は、本件調査に必ずしも協力的であるとはいい難く、宇摩民商関係者を含め、B調査官との対応に穏当さを欠くきらいがないとはいえないが、B調査官と電話あるいは直接口頭で打ち合わせるなどして、一貫して、本件調査には応ずる姿勢を示していること)、Aの立会いの態様・本件帳簿書類への関与の程度、B調査官らの守秘義務違反の具体的可能性等にかんがみると、B調査官がAの立会いの排除に拘泥して本件調査を進めず、最終的に本件調査を打ち切ったことは、合理的な判断に基づくものであったとは認め難い。

そうすると、原告が正当な理由なく本件帳簿書類の提示要求を拒否し、これにより被告が帳簿書類の備付け、記録及び保存が正しく行われていることを確認することができなかったとはいえず、被告が処分理由として主張する事実の存在を肯定することはできないから、本件青色申告承認取消処分は違法であり、取消しを免れないというべきである。

4 本件更正処分等は本件青色申告承認取消処分を前提として行われているのであるから、本件青色申告承認取消処分を違法として取り消すべき以上、本件更正処分等も違法なものとして取り消されるべきである。

第4結論

以上によれば、原告の本訴請求は、その余の争点2(本件における推計の必要性及び合理性)を判断するまでもなく理由があるから、これを認容することとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 豊永多門 中山雅之 末弘陽一)

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