高松高等裁判所 平成15年(う)188号 判決 2005年7月12日
主文
原判決を破棄する。
被告人甲を懲役2年2月に,被告人乙を懲役1年8月に,被告人丙を懲役1年6月にそれぞれ処する。
被告人甲及び同乙に対し,原審における未決勾留日数中各100日を,それぞれその刑に算入する。
理由
本件各控訴の趣意は,検察官上田邦彦作成の控訴趣意書,被告人甲の主任弁護人岡村直彦及び弁護人長山育男共同作成の控訴趣意書,被告人乙の主任弁護人行田博文及び弁護人稲田良吉共同作成の控訴趣意書に,これに対する答弁は,検察官小黒和明作成の答弁書,被告人甲の主任弁護人岡村直彦及び弁護人長山育男並びに被告人乙の主任弁護人行田博文及び弁護人稲田良吉共同作成の答弁書(なお,被告人甲の主任弁護人岡村直彦及び被告人乙の主任弁護人行田博文共同作成の上申書による訂正後のもの),被告人丙の主任弁護人石川雅康及び弁護人森裕之共同作成の答弁書(1),(2)に各記載のとおりであるから,これらを引用する。略語は原判決の例による。
第1控訴趣意に対する判断
検察官の論旨は,平成13年5月31日付け起訴状記載の第1次貸付けの公訴事実に関し,被告人3名には,上記貸付け当時,いずれも背任罪における任務違背の認識及び図利加害目的があったのに,それを認めず,被告人3名にそれぞれ無罪を言い渡し,同年6月21日付け起訴状記載の第2次貸付けの公訴事実に関し,被告人甲及び同乙には,上記貸付け当時,いずれも県に対する加害目的があったのに,それを認めなかった原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある,というものであり,これに対し,被告人甲及び同乙の論旨は,上記第2次貸付けの公訴事実に関し,被告人両名には,任務違背の認識も図利加害目的もなかったから,無罪であるのに,原判示背任の事実を認定し,被告人らを有罪とした原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある,というものである。
そこで,各所論(検察官及び各弁護人の当審弁論を含む。)にかんがみ,記録を調査し,当審における事実取調べの結果をも併せて検討する。
1 第1次貸付けに至る経緯等
関係証拠によれば,以下の事実が認められる。
(1) 被告人甲は,県職員として在職中,11年にわたって総務部財政課に在籍し,その間,同課予算(第2,第1)係長,主監,課長補佐,副参事等を歴任し,昭和61年3月,県企画部長(県同和対策副本部長を兼務)を最後に退職したが,その後,県出納長を経て,県副知事に就任し,平成4年7月から平成10年3月末日まで副知事として県知事を補佐し,予算の調製,執行を含め県の事務全般を統括掌理し,知事に代わって決裁を行う代決権及び知事の権限に属する事務の処理を決裁する専決権を付与され,特に平成7年7月以降1件3000万円以上の貸付けについての専決権を有しており,また,県同和対策本部長を兼任していた。
被告人乙は,平成8年4月から平成11年3月末日まで県商工労働部長の職にあり,被告人丙は,平成7年4月から平成9年3月末日まで同部商工政策課長の職にあった。
商工労働部は,商業,鉱工業等に関する事項を分掌し,平成8年4月当時,同部には,商工政策課,経営流通課,工業振興課の商工3課等7課が置かれており,そのうち商工政策課は,中小企業に対する金融等を所管し,商工労働部の中核的存在であった。
(2) Aは,昭和44年1月以降,高知県内に順次,縫製業等を目的とする会社4社(株式会社1社,有限会社3社)を設立し,これらを組合員企業とする(a)協同組合を設立し,その後2市(a市(当時),b市)・3町(c郡d町,同郡e町(当時),f郡g町)に共同作業場3か所を含む6か所(d(h),e,i,g,j,b)の縫製工場を持つAグループと称される事業体を形成し,同和縫製事業を営んでいた。
Aグループでは,国内縫製業界全体が円高に伴う安い海外製品の大量流入により受注が激減し,業績が低迷する中,アパレルメーカーからの下請けを内容とする賃加工が主でありながら,加工賃の低額化が進み,さらに,従業員の高齢化,技術力や機械設備の不足等の諸要因が重なり,平成5年ころまでにグループ全体の固定負債が5億円を超え,短期借入金を合わせると総額6億円余りもの負債を抱えるに至り,グループ全体の経営状態は急速に悪化し,民間金融機関から支援を断られ,資金繰りに行き詰まる状況にあった。
そこで,Aは,県から有利な条件で高度化資金の貸付けを受け,業務形態を近代化できれば,当面の資金難が回避できるだけでなく,グループの存続も期待できると考え,平成4年3月ころ,深刻な経営危機の実情を隠して,県に対し,高度化資金を利用して最新鋭の設備等を備えた大規模なマーケティングセンターの建設構想を持ち掛け,その際,結果的に,県による高度化事業の認定は得られなかったものの,上記(a)を組織変更して協業組合とすれば,県から高度化資金の貸付けを受けられるものと理解し,更にその準備を進めた。
(3) Aは,平成5年8月,商工労働部に新たな高度化事業構想を持ち込み,これに県が対応する中で,当時の商工労働部経営指導課(後の経営流通課)工業診断班長Bは,Aに対し,上記構想が地域改善対策高度化事業(特定)における高度化資金貸付け対象になると伝えるとともに,その対象となる事業資金は,土地の取得造成費用や建物設備の購入資金等に限定されており,運転資金は対象とされないこと,貸付額は対象となる14億円余りの事業資金の80パーセントが限度であり,少なくとも20パーセントは自己負担分を調達すべきことを説明し,併せて自己負担分は借入金でまかなう方法もあり得るが,それでは償還の際の負担が大きくなりすぎるので,借入れによる方法は避けるようにと指示した。
また,B班長ら診断班は,Aグループの財務分析をする過程で,グループ企業の負債が多額に上っていることを把握し,これを設立後の協業組合が全部承継すれば,債務超過となって操業開始後直ちに倒産し,貸付額の償還が著しく困難になると考え,平成6年4月,Aに対し,(a)以外のグループ企業5社の個別の負債は設立後の協業組合に引き継がず,各社において清算時までに処分するよう指導し,Aもこれらを約したことから,その後の手続が進められた。
同年7月27日,(a)の組織変更が県に認可され,同年8月8日,協業組合(b)が設立されたが,同月末時点におけるAグループ全体の銀行からの負債は約5億8700万円余りであり,個人からの短期借入金等を合わせると,負債総額は7億円余りに上っており,Aグループ全体の経営状況は,急速に悪化しつつあった。
(4) Aは,高度化資金貸付けの際の条件である自己負担分3億6000万円余りの調達方法について,従前,県や中小企業事業団(当時)に対し,組合員の貯金や資産を処分して用意すると述べていたものの,資金不足のため出資による調達が不可能であったことから,C理事と共謀の上,自己負担分を増資により調達したように仮装することを企て,さらに,同年11月ころ,(b)の本社工場建設の請負契約受注を目論む株式会社(g)建設代表取締役Dに対し,増資する余裕がないので,すぐ返すから貸してほしいなどと,見せ金目的による借入れを持ち掛けると,Dもこれを承諾した。また,Aは,この際,高度化資金の貸付けを受けることにより対象外である設備購入資金についても捻出しようと考え,県に対し,事業規模の大幅な拡大を申し入れて,その出方をうかがい,ある程度の増額であれば認められるとの感触を得た上,同年12月初旬ころ,Dに対し,工場建設見積額を水増しして請求し,その2割を(b)に返還してもらいたい旨依頼し,これについてもDの了承を得た。
Aは,その後,事業計画変更により増額された組合員5社による自己負担分3億7600万円の出資について,組合員の合意があった旨の内容虚偽の理事会議事録を作成して県に提出したほか,平成7年1月24日,工場建設予定地の土地造成費用8724万1000円を水増し請求した内容虚偽の見積書を添付し,土地取得,造成費用等として4億9100万円の高度化資金の貸付けを知事に申請し,同年2月14日に行われたヒアリングの際,借入れを起こしてスタートすると負担が大きくなるので増資する,(b)には(a)の負債だけを承継し,その他の組合員の負債は会社資産や個人資産の処分で処理して承継しないなどと返答した。Aは,それに先立って(c)銀行から受けていたつなぎ融資4億9091万9000円につき,一部を目的外に流用していた。なお,協業化以前からAグループ内の株式会社(d)と取引があった(e)銀行は,(b)の事業展開を疑問視し,県の要請があっても新規融資は断るとの方針を固めており,高度化資金貸付けが実行されれば,債権回収が確実なつなぎ融資についても応じないことにしたため,(c)銀行がつなぎ融資を貸し付けた経緯がある。
こうして,当時の県担当者らはいずれも,Aが増資により自己負担分を調達する意思がないこと,(b)において承継しないはずの債務が承継されていること等を認識しないまま,第1次高度化資金貸付けに係る支出負担行為決議書を決裁し,同月28日ころ,被告人甲も知事に代わって代決権限を有する副知事として,支出負担行為決議書を代決し,同年4月10日,県は(b)に対し,土地分として4億9100万円の第1次高度化資金貸付けを実行した。
(5) Aは,同年3月27日ころから同年6月上旬までの間,(g)建設が提供した合計約3億3500万円を用いて,(b)組合員の各代表者の預金口座にその知人らの名義の預金口座を介して資金を振り込み,それらを各社の別段預金に振り替え,金融機関の払込金保管証明書を得て順次各組合員が増資したことを装い,各資本変更登記手続を行い,その後間もなく(g)建設に借入金を返済し,各社の増資を仮装し,これに基づいて(b)についても合計3億7840万円を増資したことを装って各資本変更登記手続を行い,あたかも各組合員からの増資金を原資として,自己負担分を調達したかのように仮装した。
また,Aは,同年5月,(g)建設が受け取る(b)の工場建設代金を同社との間で,実際には5億5519万3000円とする旨合意していたのに,県に対しては,これを水増しして7億8032万8000円である旨偽ることとし,同金額が適正なものであると信用させるため,過大な金額の見積書等を県に提出した。その後,(b)は,(c)銀行から2度にわたって,合計5億円のつなぎ融資を受けたが,その使途が限定されているにもかかわらず,目的外の借入金の返済や運転資金等に充てた。
平成8年(以下,特に断らない限り,同年中を指す。)3月,(b)の本社工場が完成し,Aは,同月25日ころ,県に対し,増資に係る(b)の商業登記簿謄本,水増しに係る工場建築工事代金見積書等とともに,建物・設備分の高度化資金貸付申請書を提出し,被告人丙らは,これら一連の偽装工作に気付かず,専決権限を有する被告人甲も貸付けに係る支出負担行為決議書を決裁し,4月24日ころ,県と(b)の間で,建物・設備分として9億5250万円の第2次高度化資金貸付契約が締結された。
(b)の新工場((h)センター)は,県内のみならず,中国四国地方においても最大級を誇り,最新鋭の機械設備を備え,(b)は同工場を含め県内7か所に縫製工場を有し,400名を超える従業員を抱える協業組合になったが,他方,借入れに依存する(b)の体質自体に変化はなく,また,従業員の中には就労意欲の乏しい者が少なくなかったほか,当時,(b)には,明確な生産体制が確立されておらず,本社工場の従業員には,最新鋭の機械設備を使いこなせる者も少なかった。
(6) 5月中旬,商工政策課金融班のEは,第2次高度化資金貸付けの実行に向け,同僚のFと共に(b)から提出された書類等の確認作業をする中で,(b)から請負業者である(g)建設に対し,工事代金以外の不自然な送金がなされていることを把握し,不審に思って更に調査したところ,平成7年4月から同年7月にかけて,(b)側から(g)建設に対し,4度にわたって,合計3億3500万円が振り込まれていたほか,平成7年度つなぎ融資が高度化事業貸付け対象以外に使われていた目的外使用の事実が判明し,そのため,Fらは,上司である被告人丙に対し,それらを報告するとともに,これでは次の第2次高度化資金は貸せない旨報告した。
被告人丙は,これに驚き,Fらに対し,高度化資金を貸さなかったらどうなると聞き,Fが,5月末には手形が落とせず倒産すると答えたところ,もう土地分を貸しているし,高度化資金貸付けを当てにして建物を建てている,ここで倒産させるわけにはいかないだろう,政治的な判断が必要な時もあるなどと述べて,Aを呼ぶなどして,更に調査するように指示した。
FとEは,同月19日,調査のため(b)に赴き,A理事長に対し,(g)建設への送金とつなぎ融資の目的外使用について事情を聞いたところ,Aは,(g)建設に対する送金は借入金の返済である,メインバンクの(e)銀行から融資を断られ,資金繰りがつかず,給料も払えない状態であったので,5億円のつなぎ融資の一部を運転資金に流用した,それで(g)建設への土地造成代金の支払が遅れた,細かい点は妻でないと分からないなどと述べたことから,Aに対し,妻と共に改めて県庁に説明に来るよう伝えた。
(7) 同月24日,県庁にAと経理担当の妻が来て事情聴取が行われ,被告人丙は挨拶の後すぐに退席し,金融班のG班長,F,Eが出席し,診断班のH班長,Iも後から呼ばれて出席し,A夫妻から事情を聞いた。
Aは,増資の点につき,株式会社(d)については,Aが実姉から借りた金で増資をしたことにしているが,実際は(g)建設から姉の口座に現金1億9000万円を振り込んでもらって増資の手続をし,数日後に(g)建設に返済しており,他の4社についても,各理事が知人から工面した金で増資したことにしてあるが,実際は(g)建設から知人等の口座に現金1億4500万円を振り込んでもらい,それを各理事の口座に入金した上,増資の手続をし,2週間ほどで(g)建設に返済している,つなぎ融資を運転資金に流用した点につき,グループ6社の約6億円の負債を整理できず,メインバンクの(e)銀行には一昨年の段階で約5億円の負債があり,これ以上融資はできないと言われ,従業員に給料も支払えなくなる状況で資金繰りがつかず,仕方なしにつなぎ資金を流用した,月末の手形の支払も迫っており,金策に(f)等を回っているが,間に合うかどうか分からないなどと述べて,増資を仮装していた点のほか,つなぎ融資の流用の点についても,事実を認める供述をした。
Fらは,A夫妻を帰した後,被告人丙に対し,(b)の増資が仮装であったこと,つなぎ融資が運転資金に流用されていることを報告した。
被告人丙は,(b)に対し,既に土地分として第1次高度化資金4億9100万円を貸し付けており,建物・設備分の第2次高度化資金9億5250万円についても副知事である被告人甲の支出負担行為の決裁を経て貸付契約の締結にまで至っており,ここで貸付けを中止すれば,(b)が振り出した約束手形の支払が不能となり,直ちに倒産してしまうことから,そのような事態を避けるため,同月27日ころ,商工政策課長として第2次高度化資金貸付けに係る支出命令を専決決裁し,同月30日,(b)に対し,建物・設備分として9億5250万円の貸付けが実行された。
(8) Aは,6月4日に(f)から融資を断られていたが,同月26日,被告人乙を訪ね,(f)に対する県の支援を要請し,被告人乙は,被告人丙に対し,商工労働部として商工3課で連携して対処するよう指示した。
Aは,同月28日,商工政策課を訪ね,被告人丙とGに対し,実は資金が10億円ほど足りず,このままでは(b)は倒産する,県の方から(f)に後押ししてほしいなどと述べて,支援を要請し,被告人丙は,Aに対し,検討するので資料を持参して事情を説明するように伝えた。
7月4日,県庁西庁舎会議室において,被告人丙は,J経営流通課長,K工業振興課長,G,Eと共に,A,Cを交えて協議し,その際,Aは,Cに指示して同月1日までに作成させた「平成8年度共同施設事業計画」と題する事業計画書をもとに(b)の営業展開を説明する一方,(b)の必要資金として,①現状に至るまでの営業実績の低下による損金約3億円,②高度化事業の初年度資金不足約3億円,③高度化資金対象外の設備等約2億9000万円,④自社製品の材料,製品在庫資金約2億8000万円,⑤(e)銀行の借入金の返済約5億円の合計約16億7000万円が必要で,(e)銀行の借換分を除いても約11億7000万円の資金が必要であって,②ないし④の合計約8億7000万円が年内に必要な分であるなどと説明した。
Aは,以前から,製造販売業は,加工業に比べて営業マージンが入る分だけ利幅が大きく,加工業から製造販売業に移行すれば,利益が上がっていくものの,(b)には,いまだ自社製品の製造販売の経験や技術がなく,販路も確保されておらず,負債が多かったことで製造販売業に必要な業界の信用もないことから,ここ数年は従来どおりの加工業で凌いでいくほかないと考えていたが,これから融資を受ける相手に対し,返済に不安が残る内容の計画書を提出すれば融資を得られないと思い,Cに作成させた上記事業計画書には,(b)と取引関係のない得意先が記載されていたり,平成8年度以降毎年順調に売上げが増加したりする過大な内容となっており,高度化資金だけでなく,これから借りる貸付金の返済についても十分可能であるとの内容が記載されていた。
被告人丙は,(b)がすぐにでも倒産しかねないことが分かるとともに,必要とする資金が多額であることから,県としても(b)が実際に必要とする資金や財務状況等を把握する必要を感じ,Jに対し,診断班に(b)の経営状況や必要な運転資金について調査させるよう依頼し,Jは,診断班のHとIに対し,部として商工3課でプロジェクトチームを作って支援していくことになったとして,被告人丙の指示を伝え,中小企業診断士の資格を有するHとIが(b)の金融機関に対する支援要請の際に用いる収支計画の策定等に入ることになった。
また,被告人丙は,7月4日,被告人乙に対し,(b)が業績悪化のために運転資金として約16億7000万円を必要としていること,それが得られなければ倒産することに加え,(b)は高度化資金貸付けの自己負担分を調達せず,増資も一時借入金によってなされていたことを報告した。
Hは,被告人丙に対し,(b)は債務超過で倒産状態にあり,運転資金としては金額が大きすぎると言って,本気で支援するつもりかどうか確かめたが,被告人丙は,高度化でできたばかりで潰すわけにはいかない,これは高度な政治的判断を要する案件だなどと言ってHの意見を斥けた。Hは,翌日ころにも被告人丙に反対の意見を述べ,計画を立てるにしても,二,三か月要すると述べたところ,被告人丙はそんなには待てない,時間がない,できる範囲で早くしろと述べた。
診断班は,その後,(b)から入手した経理書類をチェックし,損益計算書によれば,(b)が平成8年度決算で989万8000円のマイナスとなっているほか,平成6年度決算で(b)のグループ全体では大幅なマイナス収益となっており,極めて厳しい財政状態であることを把握するとともに,AやCらに聞取り調査(ヒアリング)を行い,(b)が緊急に支払うべき金額を算出した。
その間,Eは,(b)から徴求可能な担保物件について一覧表(「不動産・ゴルフ会員権一覧表」)を提出させたが,それは,Aが,不動産には既に銀行の担保が設定されており,新たに提供できるものはないなどと述べた上で,Cに指示して,時価総額が12億円を上回るように適当に作成させて提出したものであり,その数字に確たる根拠はなかったし,Eらが調査検討することもしなかった。
(9) 被告人乙と被告人丙は,8月9日,(f)(i)支店に赴き(その時点で,(b)が当面必要とする資金につき診断班の調査は間に合っていなかった。),(b)への10億円の支援を依頼したが,担当者から(b)については全体の資金繰り,償還財源の確保等からみて,事業の成功に自信が持てないので,既にAに対し,融資を断る旨返答している,(b)や組合員の体力,累積債務による債務超過等,償還財源の確保の根本的なところに問題があり,今後原則として再検討はできないなどと言われて融資を拒否されたため,(e)銀行に融資の支援を要請することにした。
被告人乙は,同日,被告人甲に対し,(f)から(b)の融資を断られた旨報告した。
(10) 8月13日,県庁土佐寮において,被告人丙,G,F,H,Iが出席して協議が行われ,(f)から支援を断られたため,(e)銀行に融資を依頼すること,(b)の資金繰りの状況と売上見込み等が報告され,被告人丙は,Hに対し,同月20日までに(e)銀行に融資を依頼する際の資料として必要となる償還計画を策定するよう指示した。
H及びIは,(b)の必要資金約10億円のうち,高知県単独融資制度を用いて1億5000万円を(e)銀行が高知県(j)協会の保証付きで貸し付け,残り8億5000万円を同銀行が単独で融資し,10年で償還することを前提とした償還計画の策定作業に従事した。その際,Hらは,(b)が提出した前記共同施設事業計画書等の書類のほか,Aや(b)の営業担当者Lに対する取引先や売上見込みに関する聞取り調査(ヒアリング)を中心として計画を策定したが,相手先からの発注書等の資料はほとんど得られなかった上,その際には,後記の株式会社(k)に対する調査も行われなかった。
当時,高知県では,県の特産品を県外に広めることを目的として,第三セクターにより株式会社(k)が設立され,代表取締役及び取締役には,かつて大手百貨店に勤務し,アパレル業界に精通した人物が就任しており,新規事業の目玉に,「(l)事業」として,従来の売れ残った商品をメーカーが引き取るのでなく,発注した商品を百貨店がすべて買い取る方式により婦人服ブランドを全国展開する事業が構想され,その会員となる百貨店の開拓が進められていたが,7月ころには,会員百貨店が計画より減少して15店舗に,年間売上額が約8億円程度となり,当初の業務委託先企業が採算に合わないことを理由として,同事業から撤退することになったことから,これに代わって(b)が製造委託を受注することになり,8月1日,(k)と(b)の間で業務委託に関する基本契約が締結され,それによれば,(b)が(k)の売上額の3割を取得することとされていた。
(l)事業は,当時,新聞等に好意的に取り上げられ,高知県から全国に発信する婦人服ブランドとして注目されたが,第1回目の春物の展示会が9月に開催され,百貨店の発注はそれ以後とされており,8月時点における平成8年度の売上げは未確定であった上,その後の売上げも未知数というべきものであった(なお,(l)事業は,9月と12月の春・夏物の展示会後の百貨店の発注については売上目標が達成できたものの,平成9年3月の展示会後の発注は大幅に減少し,その後,脱退する百貨店も出たため,同年10月に(b)への製造委託が中止され,同年11月30日,(k)と(b)の契約も解除された。)。
8月23日,県庁西庁舎において,被告人丙,M商工政策課課長補佐,G,F,E,Hらが出席して部内の検討会が開かれ,これまでの経緯に加え,(b)の当面の必要資金が10億0766万9000円であること等が報告された後,Hは,診断班が作成した償還計画について,平成8年度以降,順調に売上げが増加していくことを内容とする2つの計画案(第2次高度化資金の償還を3年間繰り延べるか否かにより,償還が可能となるもの「パターン2」と,そうでないもの「パターン1」)を示しながら,(b)の売上見込みのうち従来からの賃加工については実績があり,大きく狂うことはないが,生地買いについては実績がなく,数字上は償還できるような内容になっているものの,売上げ自体がヒアリング中心で確定したもので変動する可能性が高く,そうなると,償還に直ちに影響すること,数字に余裕はないこと,他方,経費はぎりぎりまで抑えていること等を説明した。続いて(e)銀行を説得する方策等が協議されたが,他方で,被告人丙は,(e)銀行から融資が断られた場合に備え,県が(b)に対し,運転資金を直接貸し付ける直貸しについても検討を指示した。これに対し,Fは,直貸しが他の高度化事業に与える影響が大きいことを理由に止めるように意見を述べたが,被告人丙はそれならどうしたらいいのかなどと言って,取り合わなかった。
商工労働部が所管する中小企業に対する県単独融資(県単融資)制度は,県が企業に直接貸し付けるのではなく,(j)協会と金融機関の協調を前提として,県が(j)協会に資金を貸し付け,(j)協会がこれを原資として金融機関に預託し,金融機関が保証協会の保証を受けて企業に貸付けを実行する間接融資(協調融資ともいう。)制度を内容としており,県自体は債権管理の必要がなく,貸付先企業が倒産しても,償還不能による危険を負わない仕組みになっていたが,(b)が必要とする資金は,(j)協会の保証限度額を超えており,既存の融資制度に基づく貸付けは不可能であった。
8月26日,被告人乙,被告人丙,J,K,G,Hらが出席して課長会議が開かれ,Hが償還計画について,上記「パターン1」のほか,新たに「パターン4」(上記「パターン2」に,(e)銀行からの借入れ分の返済期限を延ばさず,約定どおりに返済する等の修正を加えたもの)を対比させて説明し,被告人乙から売上げはどの程度大丈夫かとの質問に対し,Hは,生地買い分はヒアリングのみに基づいているなどと返答した。被告人丙は,被告人乙からどうしてもやらないといけないのかと聞かれ,高度化を入れたばかりであるとして,融資依頼を推進するように進言するとともに,県の直貸しも検討する必要があると述べた。被告人乙は,会議終了後もHらに対し,売上げはどの程度大丈夫かなどと尋ねたが,Hは,大丈夫でないなどと否定的な返答を繰り返した。
(11) 9月3日,市町村共済会館において,県から被告人丙,J,K,H,I,Fらが,(e)銀行からN公務部長らが出席して協議が行われ,被告人丙が,Nらに対し,10億円の融資を要請し,Hが前記「パターン4」に基づき(b)の売上高は今後伸びる見込みであり,償還に問題はないと説明したが,Nは,県から示された資料の中の(b)と組合員5社の数字を見て,平成8年度の経常利益が約3億6000万円の赤字であるのに,それが平成9年度に2億2441万6000円と黒字に転じ,その後も順調に黒字が伸びて平成14年度には5億円近い黒字を出す計画になっている内容に無理があると感じ,売上計画には無理がある,これまでの借入れを凍結した上で事業を開始しないと事業をやるだけ赤字が拡がるはずで,売上高と借入金のバランスを考えると10年で償還できるはずがなく,50年はかかる,(b)には保証協会の保証付きでないと融資できない,個人的な意見であるが,一度きれいに清算してやり直すべきではないか,今まで何度も収支計画を出してきたが,いまだかつて計画どおりいったことがない,恐らく(b)は資産が借入金の半分にも満たないだろう,10億円あればこの企業がうまく成り立つかどうか疑問であるなどとして,銀行単独での支援を強く拒否した。
翌4日,被告人丙は,被告人乙に対し,(e)銀行との協議の内容を報告し,(b)に対し,直貸しすべきであるとの意見を述べたところ,被告人乙は,担保はあるのか,銀行が見放したところにどうして県が直貸ししないといけないのか,貸付けに当たって必要な手順だけは踏んでいたことを示しておかないといけないなどと述べ,被告人丙が担保はないと答えると,被告人甲に説明する場を設けるよう指示した。
その後,被告人丙は,金融班のOに対し,県の直貸しに向けた事務をするよう指示したところ,Oは,高度化事業で県から借金をした企業がその直後に倒産するから助けてくださいというのは虫がよすぎる,倒産しかけているからといって,県が一企業に直接融資するのはおかしいなどと言って反対したが,被告人丙は,倒産したら従業員はどうなる,他にいい案があるかなどと言って,取り上げなかった。
9月6日,被告人乙,被告人丙,Hは,(e)銀行本店に取締役審査部長Pを訪ね,被告人乙が融資の支援を要請するとともに,Hが同月3日の協議の際と同様の資料に基づき説明を加えるなどし,改めて融資を依頼したが,Pは,(b)について,以前から売上回復見込みのない不況業種の縫製業であり,有名デザイナーの後ろ盾がなく,高知県から全国に向け展開しても成功の見込みが薄い上,不動産担保がなく,その代わりAのゴルフ会員権を預かることまでしていながら,平成8年8月時点で担保のない信用貸しが2億円を超えており,手形の支払期日の延期を再三申し出ている状態であり,将来性に明るい材料はないと判断していたことから,保証協会の保証付きであれば協力するが,銀行単独での融資はできないと述べ,同時に依頼のあった会計年度末1日だけの融資については,県幹部の顔を立てる意味で上司と相談の上回答する旨述べた。Pは,担当役員と相談の上,今後の県との関係に対する配慮から,期末1日融資について,県が返済が間違いないというのであれば,そこまで断ることもないとして,同日中に県庁に被告人乙を訪ね,1日融資については,今後検討すると述べたものの,銀行単独での融資については,断る旨重ねて回答した。
他方,被告人丙は,(j)協会を訪ね,限度額一杯の1億8500万円の保証を依頼するとともに,限度枠を超える保証を依頼したが,限度額を超える分については大蔵大臣(当時)の認可がいるためすぐにはできないと言われた。
これにより,商工労働部では,県が(b)に直接貸し付ける(直貸し)方針で9月9日に被告人甲に意見具申することになり,診断班がその資料としての償還計画を策定することになった。被告人乙は,被告人甲に対し,(e)銀行から融資を断られたと報告した。なお,被告人乙は,それまでにも,被告人甲に対し,逐次,(b)に関する経過を口頭で報告していた。
商工労働部では,そのころまで(b)の必要資金が約10億円であることを前提に融資が検討されてきたが,9月8日,被告人丙は,Hらに対し,10億円では余裕がなく,足りなくなったらすぐに資金不足になるとして,もう一度調べるように指示したところ,更に2億円が必要であることが判明した。
(12) 9月9日午前中,被告人乙,被告人丙,H,Gらが午後からの被告人甲に対する説明内容について協議し,その際,(b)の必要資金が急遽12億円に増加したため,(j)協会の保証付きで(e)銀行に融資させる県単融資を1億8500万円に,県の直貸しを10億1500万円にそれぞれ増やすことが確認された。被告人乙は,融資額が前日から突然増えたことに驚いたものの,被告人丙が,ここまできて潰すわけにはいきませんから仕方ありませんなどと述べたことから,あえて反対まではしなかった。
HとIは,午後の副知事に対する説明に備え,融資額を12億円とする償還計画の策定を進めたが,経費を抑えるなどの方法では償還可能なものができなかったことから,高度化資金の第2次貸付けについて,返済初年度については償還するものの,その後3年間は償還を据え置く一方,貸付利率を4パーセントから1.875パーセントに下げる内容の償還計画「パターン最終」を作成し,かろうじて,午後からの副知事との協議に間に合わせた。
同日午後,被告人乙,被告人丙,Hらが副知事室に被告人甲を訪ね,被告人丙が自ら作成した資料(「協業組合(b)への対応について」と題する書面)に基づき(b)の概況を説明し,(b)が倒産の危機に瀕しており,それを防止するための必要資金が12億円に及ぶこと,協業組合設立前の個別企業の負債約6億5000万円を整理せずに(b)に持ち込んでいたこと,メインバンクが確保できないまま事業を開始したため,当初から運転資金の確保が困難であったこと,商工労働部から(f)と(e)銀行に融資を依頼したが(b)の財務状況が脆弱であること等を理由に断られたことに加え,さらに,高度化資金貸付けに当たって自己負担分約3億6000万円を調達できず,増資を仮装しており,県が騙されて高度化資金を貸し付けたことについても説明した。
続いて,Hが,診断班が作成した資料(「利益計画・償還計画(最終)」,「借入計画・返済計画(最終)」と題する書面。上記「パターン最終」と同じもの。ただし,手違いで貸付利率が修正前のものであった。)を示して,売上高,経費,償還計画について,順次数字を挙げながら説明した。その際,Hは,利益が伸びていくのは,生地買いの営業が順調に進んで経費もぎりぎりに抑えられることが前提であり,最大限の数字と思ってほしいなどと述べ,関係者であれば,償還が極めて困難であり,(b)に対する貸付けには大きな危険が伴うことを理解できるように説明した。これに対し,被告人甲は,細かいことはいいから,やらないといけないだろう,それでいけなどと述べ,(b)に対する直貸しの方針を決定した。なお,被告人丙は,被告人甲に対する前記説明用資料中に,(b)に対する支援策として,上記直貸し案のほか,県が(j)協会に損失保証して,(j)協会に(e)銀行の(b)に対する融資を保証させる案も並記していたが,県が損失保証することは債務負担行為に当たり,それについては議会の承認を要することから実現性がなく,被告人丙としても,その点を承知の上で形式的に記載したものであり,被告人甲も,上記損失保証案については,すぐさま不採用とした。
併せて,被告人甲は,直貸しの財源については特定財源を用い,県単融資として期末1日融資を内容とする「転がし」の手法によることについても了承した。なお,「転がし」は,単年度貸付けの形式をとるため,会計年度末に融資先から返済されなかった場合,必然的に県財政に歳入欠陥が生じることになっていた。
さらに,被告人丙が,議会の産業経済委員に対する事前説明の要否について判断を仰いだところ,被告人甲は,一部の委員に説明すれば,結局は議会全体に知れ渡り,融資ができなくなるとして,議会への説明を止めるように指示した。
商工労働部と被告人甲の上記協議に要した時間は約45分間であり,その間,被告人甲は,被告人丙やHの説明を聞いて,特に驚いた様子もなく,被告人丙らに対し,重ねて質問することもなかった(以下,上記商工労働部と被告人甲の協議を「副知事協議」という)。
ところで,高知県では,昭和60年に協同組合の理事らが県から高度化資金約6億円を詐取する事件が発生し,それが平成2年に刑事事件として摘発されたことがあり,県は再発防止策として,自己資金の確保を厳格に行い,貸付けの適否を審査する高度化事業検討会の設置を講じたなどと公表していた。また,上記県単融資に用いる予算は,予算区分における目のうち「中小企業対策費」であるところ,従来,商工労働部は,会計年度における予算案等の説明に当たり,議会に対し,間接融資の予算であると説明し,それを前提として議決を得ていたが,過去に県内の信用組合を救済するため,議会に諮らずに間接融資としての予算を用いて,県が金融機関に資金を預託し,金融機関が上記信用組合に融資した事実が平成6年に発覚し,その際,産業経済委員会において県の対応は議会を軽視するものであるなどと非難を受け,当時の商工労働部長が陳謝する事態が生じたことがあった。
(13) 9月10日,被告人丙は,副知事協議を受け,総務部財政課を訪れ,Q課長に対し,(b)に対する直貸しについて,財政課の合議を求めたところ,Qは,一企業に対して県が多額の融資をすることは財政秩序の安定を乱すものである上,(b)の再建計画に疑問があり,十分な物的担保もなく,直貸しによるリスクが大きいなどとして強く反対し,同和地域における400人の雇用であることを理由とする被告人丙と2日間にわたって激しく議論したが,結論が出なかったため,副知事の決断を仰ぐことになり,同月11日,Qが副知事室を訪ね,被告人甲に対し,特定の企業に対し,担保もなしに多額の融資を直貸ししていいか,補正予算も組まずに他の予算を流用していいかなどと意見を述べたが,被告人甲は,同和対策事業として融資したいので,県が貸し付ける方向で検討してほしいと述べたことから,中央省庁から出向していたQは,県の実力者である被告人甲の指示には逆らえないと考え,県による直貸しに向けて検討することにした。
その後,商工労働部と財政課の協議が進む中で,(b)に対しては,緊急に必要な金額につき,その都度融資すること,将来的には金融機関の協力を得て,県の負担を少なくすること等の方針が確認され,これを受けて,診断班は,9月中に必要な第1回目の融資額を6億1900万円と算出し,Eは,Aに対し,7月に提出させていた担保一覧表に関し,ゴルフ会員権等の一部を差し替え,(b)の理事2名から新たに物的担保を徴求させることとして,承諾をもらうように指示し,担保額を8億5086万6000円とする担保物件一覧表(「県貸付けに伴う担保物件一覧表」)を提出させたが,その内容は,(b),及び理事から新たに徴求すべき分を除き,(b)の記載した数字をそのまま採用したものであった。その後,支出負担行為決議書の決裁の際,出納担当者から貸付金額に見合う担保はあるのかと疑義が出されたが,被告人丙は,実際は何らの確認作業もしていないのに,路線価等により審査し,添付された一覧表の評価額が妥当であることを確認した旨の書面を添えて決裁を得た。
9月25日,本件貸付けを実行するための要綱(平成8年度地域産業高度化支援資金制度要綱)が制定され,同月27日,(b)に対し,6億1900万円の融資が実行されたが,上記要綱は,事実上(b)だけを対象としたものであり,他の県単融資制度と異なり,貸付制度の広報も行われなかった。
その一方,被告人丙らは,(e)銀行のP,Nらと会い,(j)協会の保証付きで1億8500万円の融資と10億円の期末1日融資を依頼し,それらについては,銀行の協力が得られたが,さらに,(b)の経営を見るため,銀行OBを派遣する等の人的支援も要請したものの,それについては拒絶された。
その後,さらに,(b)の必要資金について,診断班の調査が行われ,11月15日,同月29日,(b)に対し,各1億円が,12月13日,1億8450万円が,それぞれ貸し付けられた。他方で,同月2日,(e)銀行が,(j)協会の保証の下,1億8450万円を(b)に貸し付けた。
県が第1次貸付けに際し,(b)から徴求した物的担保についての県の評価額は,32億2400万円余りであったが,高度化資金貸付額の14億4350万円のほか,県に優先する金融機関の債権額を差し引くと,第1次貸付けの10億0350万円については,実質的に無担保の状態にあった。
結局,第1次貸付けについて,商工労働部から議会に対し,説明がされたことはなく,その後,補正予算が組まれたこともなかった。
2 第1次貸付けにおける争点とそれに対する判断
(1) 高度化資金を詐取された点に関する被告人らの認識の有無について
ア 被告人丙について
前記1(4),(5)のとおり,Aらが高度化資金貸付けの前提となる自己負担分を調達せず,見せ金等の手段を弄して高度化資金を詐取したことは明らかであるところ,それが発覚した経緯は,前記1(6),(7)のとおり,平成8年5月中旬,商工政策課金融班のEとFが,(b)から提出された書類等を確認する中で,(b)から(g)建設に対し,工事代金以外の不自然な送金がなされていたことから不審に思って調査したところ,平成7年4月から同年7月にかけて,(b)側から(g)建設に合計3億3500万円が振り込まれていることが判明したほか,つなぎ融資の目的外使用等の不正が疑われたため,その旨を報告した上で,これでは第2次高度化資金を貸せない旨被告人丙に意見具申をしたが,被告人丙は政治的判断が必要な時もあるなどと述べ,貸付けについて前向きな意向を示すとともに調査を命じたことから,平成8年5月19日,FとEが(b)に赴き,Aから事情を聞いたが,Aは,(g)建設に対する送金は借入金の返済であること,つなぎ融資の一部を運転資金に流用したことを認めたものの,詳細について明らかにしなかったため,事情を説明できる妻と共に県庁に来るように要請し,5月24日,A夫妻は県庁に来て,Aが,増資の点につき,(g)建設から3億3500万円を借りて増資手続をしてその後すぐに返済した旨,つなぎ融資の流用の点につき,(e)銀行から融資を断られ,資金繰りに窮して流用した旨,それぞれ説明したことから,増資の仮装とつなぎ資金の流用の事実が明らかになり,同日,Fらは,その内容を被告人丙に報告した,というものであり,以上の事実は,F(原審検察官請求番号甲101),E(同番号甲105),G(同番号甲97),A(同番号甲143),C(同番号甲149)らの各検察官調書によって裏付けられている上,これらは相互に補強し合う関係にあること,また,Fらが増資の仮装及びつなぎ融資流用の事実を確認し,これを上司である被告人丙に対して報告したという経緯も自然であるし,上記増資仮装等の事実は,いずれも高度化資金貸付けの重大な条件違反につながるものであるから,その職務を担当するFらが関心を持つのは当然であって,これらに関する調査の経緯やその内容,報告等に関する記憶は鮮明であったといえること,さらに,(b)が上記仮装や流用をしていたという客観的事実のほか,当時資金繰りに窮し,自己資金を調達できる状況になかったこととも符合し,格別不自然な点もないこと,加えて,被告人丙がFらに述べた「政治的判断」という表現自体,第2次高度化資金の貸付けに消極的なFらの意見具申に対し,それを採用せず,貸付けを実行するとの上司としての指示ないし決断の言葉として象徴的なものであり,迫真的でもあること,Gの上記検察官調書末尾添付のメモ(資料③)は,Aが説明した増資の際の資金の流れを記載したものとして,具体的かつ詳細であること,Fは,原審公判においても増資が見せかけであることが分かった旨供述していることなどを併せて考察すると,Fらの上記各検察官調書は,いずれも信用性が高く,上記各事実は,いずれもこれを優に肯認することができる。
そして,5月24日は,上記増資の仮装及びつなぎ融資流用の事実関係を調査するために,A夫妻を県庁に呼んだものであるから,その重要性に照らすと,FらがAから聴取した内容を上司であり,担当課長でもある被告人丙に対し,正確に報告しないことなど考えられないというべきである。被告人丙は,検察官調書(同番号乙36)において,Fらからその報告を受けた旨供述しており,その内容は,上記信用性の高いFらの検察官調書とも符合し,信用できることからすると,5月24日,増資が仮装されて高度化資金が詐取されていた事実を認識したものと認められる。
この点,原判決は,FやEが,①つなぎ融資の目的外流用だけでなく,増資の仮装の疑いについて(平成8年5月24日の)A聴取よりも前に被告人丙に報告した点,②Aから「見せ金」で増資をしていた旨を詳細に聴取した点,③その結果を被告人丙に報告した点については,いずれも疑問を差し挟む余地があるとし,①について,<ア>捜査・公判を通じてこれに対応する被告人丙の供述が見当たらない,<イ>仮に,被告人丙が上記A聴取の前に増資の仮装の事情についてまで報告を受けていたとすれば,Aと挨拶程度の会話を交わしただけで,実質的な聴取が行われる前に退席するのは不自然である,<ウ>被告人丙に「政治的判断」として専決するつもりがあったとしても,それ以前の段階でAを県庁に呼ぶに際し,金融班に対し,Aから確認すべき事項等について,具体的な指示をするはずであるのに,それをした形跡がうかがわれない,F作成のメモ(同番号甲101添付資料8)にも,被告人丙の関与はうかがわれない,<エ>診断班のH及びIの各検察官調書には,被告人丙から呼ばれて参加したとの記載があるが,被告人丙の検察官調書にはそれがなく,被告人丙の指示というより金融班の要請とみる余地があり,被告人丙が増資の仮装の報告を受けていたので,特に診断班を参加させたとみることはできない,②について,<ア>仮に,Aから増資を仮装するなどして県から高度化資金をだまし取ったことについて詳細な説明がされたとすると,それら背信性の高い事実を明確に認識した金融班及び診断班の職員らが上司である被告人丙の意向を確かめもせず,そのままA夫妻を帰宅させるなどということはおよそ考え難いし,<イ>その後,A夫妻が関係職員や被告人丙から特段追及を受けてもいないことからすると,Aがその検察官調書に記載されたような説明を金融班らに対してしたとは考え難い,<ウ>Gがその際ノートに記載したとされるチャート図(同番号甲97添付資料③),Eが手帳に記載したメモ(同番号甲105添付資料9)には,その金員が増資を仮装するためのものであることを示すような記載は存在しない,<エ>Aの検察官調書は詳細とはいえ特に信用すべきものでなく,かえって,Aが取調べ時に置かれていた状況を考えると,県関係者に対し,詳細な説明をし,貸してもらえないだろうと諦めていたのに,予想外に県が貸してくれたことにした方が責任が軽くなる状況にあったと思われ,その信用性は高くない。<オ>Eは,HがB4のメモを書いたと供述するがその存在が不明であり,Hはそのような供述をしていない。<カ>Eは,手帳の余白がなくなったことを理由にメモ書きを止めたとしているが,下に続けて別の事項を記載しており,途中でAの説明が終わったとでも考える方が自然である。これらに照らすと,Aが,見せ金や増資の仮装について,平成8年5月24日に説明したとは考え難く,増資したが,運転資金に使ってしまい,設備投資分は借入金で賄っている旨の説明がされたに止まる余地があり,その方が事後の経過に照らして自然である。③について,もともとAが見せ金について詳細に報告したという点自体に疑問がある上,F,G,Eの各検察官調書間に,報告内容や報告者の点に齟齬があり,また,Eが「このままでは貸せません,どうしましょうか」と述べたとする点について,金融班員が口に出すのはそれまでの経過からみて不自然であり,最後の決断を被告人丙に委ねたことにしてしまおうという捜査側の意図すらうかがえ,信用できない。Fが記憶にないとする原審公判供述は,見せ金による増資の仮装の報告やそれに伴う被告人丙の反応がそもそもなかったため,記憶にないものと考えるのが自然である,とする。
しかしながら,①<ア>について,E,Fが5月中旬,(b)から(g)建設に対し,工事代金以外の不自然な送金に気付き,つなぎ融資の目的外使用のほか,増資の仮装を疑い,5月19日に(b)に赴き,Aに(g)建設への送金と自己資金との関係等を問いただしたことについては,E,Fの各供述のみならず,A,Cの各供述も一致しており,その疑問をFらが被告人丙に報告した点は,E,Fの各供述が符合し,Gの供述によっても裏付けられている。そして,5月19日の時点では,いまだAがあいまいなことしか述べていなかったことから,5月24日,Fらの要請に基づき,Aが経理担当の妻を伴って県庁に来庁したという経緯に照らし,EとFがA聴取より前に被告人丙に対し,増資の仮装の疑いについて報告していた事実を優に肯認できるから,これに対応する被告人丙の供述がないことが前記認定を左右するものではない。<イ>について,A夫妻から事情を聴取するに際して,担当の金融班のほか,診断班員らがその任に当たるのであるから,被告人丙が同席していなければならない理由はなく,退席することが不自然とはいえない。<ウ>について,この場合,Aらから聴取すべき事項は,つなぎ融資の目的外使用と増資の仮装の有無及びその理由等であることは明らかであるし,診断班員を交えて事情聴取をする以上,被告人丙が事細かに指示を出す必要はないといえる。<エ>について,H及びIの各供述だけでなく,Gの検察官調書(同番号甲97)にもこれに符合する供述があり,被告人丙の指示であることは優に肯認できるから,被告人丙の供述がないからといって,この点を疑問視することはできない。
②<ア>について,Aから増資を仮装するなどして,県から高度化資金を詐取したことについての説明が得られた以上,被告人丙が重ねて事情を確かめる必要性は乏しいし,被告人丙は,その時点までに,Fから第2次高度化資金の貸付けをしなければ,5月中に(b)が倒産すると聞いており,政治的な判断として貸付けを実行する方向性をEやFに示していたのであるから,Fらにおいて,Aから十分な事情聴取をすればその目的は達するのであり,被告人丙の意向を確かめないまま,A夫妻を帰宅させることが不自然であるとはいえない。<イ>について,被告人丙の意図は,(b)の倒産を防ぎ,県の審査等がずさんであったことが発覚するのを避けることにあるのであるから,事を公にするなどしてAの責任追及をすることは被告人丙の立場とは相容れないものといえ,Aがその後特段責任を追及されていないことが,前記認定を覆すものではない。<ウ>について,Gがノートに記載したチャート図(同番号甲97資料③)によれば,(g)建設からの資金がAやその関係者に振り込まれ,それらがA個人に渡り,(b)の増資に用いられ,短期間のうちに(g)建設に返却された経緯が具体的に記載されており,その記載のみでも,見せ金を用いて増資を仮装したことが理解できること,Eが手帳に記載したメモ(同番号甲105資料9)には,Gの上記チャート図の一部を裏付ける記載があること,さらに,各人の検察官調書の記載と合わせてみれば,それらが見せ金による増資の仮装と関連して述べられていることはより明らかである。<エ>について,Aは,検察官調書(同番号甲143)において,5月24日の事情聴取に臨む以前に「どのような言い訳が成り立つだろうかと考えたが,(Fらに対し)既におおよその真相は言ってしまっていたし,あれこれ考えてもうまい言い訳はなく,こうなったら,へたな言い訳をするより真実を打ち明けてあとは県の判断を仰ごうと思った。」「(b)はもはや倒産寸前の状態にあり,高度化資金を償還するよう言われたら破産するほかなく,もはや私の力ではどうにもならなかったので,県がそのように言うなら仕方ないと思った。」旨供述しており,Aとしては,つなぎ融資の目的外使用だけでも,高度化資金貸付けの重大な条件違反として,償還を求められる立場にあり,今更見せ金による増資の仮装について隠し立てをしたところで,通常であれば,償還要求を阻止できないことからすれば,あえてその点だけを隠さなければならない事情もなく,それに沿うCの検察官調書(同番号甲149)に照らしても,殊更信用性を疑うべきものではない。また,<オ><カ>についても,そのような事情だけで,Aの説明がなかったとか,途中で終わったとかということはできない。
③について,確かに,F,G,Eの各検察官調書間に,報告内容や報告者の点で齟齬はあるが,金融班員がAから増資の仮装をしていたことを聞いて,これを被告人丙に報告したとの核心部分についての供述は一致しており,それ以外の点の相違が各検察官調書の信用性全体を減殺するものではないし,Eが「このままでは貸せません,どうしましょうか」と述べたとする点については,Fも被告人丙に対し,同様の意見を述べており,Aの不正を見付けた金融班員として,ごく率直な意見であり,何ら不自然とはいえない。前記のとおり,Fは,原審公判において,Aへの事情聴取により,増資を借入金で仮装したことが分かった旨供述しており,見せ金による増資の仮装の報告やそれに伴う被告人丙の反応がそもそもなかったため記憶にないとする原判決の認定は説得的とはいえない。
また,原判決は,④被告人丙は,金融班から報告を受けた際や,その後約1か月程度の期間をみる限り,部下に対し,(b)の財務状態の調査や今後の監督方針等について具体的な方針を示しておらず,その後の対応と対照的であるから,被告人丙は,Aからの事情聴取によっては,(b)の前記問題点を何ら把握していなかったことを示すといえる,⑤被告人丙は,検察官調書(同番号乙43)において,第2次高度化資金専決の際,被告人甲に報告すれば怒られるのが明らかで決裁してしまったなどと供述しているが,平成8年5月下旬まで見せ金増資を見抜けなかったとしても,それはAの相当巧妙な詐欺行為によるものであるから,被告人丙や高度化資金貸付けに関与した県職員らの責任は,Aと比較すれば軽いというべきところ,Aの詐欺行為を認識していながら,専決に及んで9億5250万円もの公金を(b)に貸し付けることは,同被告人において,県が被害者となるAの犯罪行為に独断で加担することを意味するが,当時そのような決断をせざるを得ない状況にあったとは思われず,当然その対処方法について上司と相談するはずであり,検察官調書は信用できないとする。
しかしながら,④について,(b)は,5月24日以降に第2次高度化資金貸付けの支払いを受けたほか,同月29日約束手形の支払いを猶予してもらうなどしており,当面の危機に至っていなかったことから,その後,Aが6月26日,県庁に被告人乙を訪ね,支援要請をするまでは,具体的な方針を示す必要がなかったとみられるのであって,それが増資の仮装の認識を有してなかった根拠とみることはできない。⑤について,被告人丙は,(b)の倒産を防ぐため,Fらの反対意見を聞き入れずに第2次高度化資金の決裁を専決しており,それだけでも県職員として,責任追及や公の非難を免れない行為であり,担当課長として,既に後戻りできない心境にあったことは明らかであるから,上司にその対処方法を相談しなかったとの供述部分も特に疑いを差し挟むべきものではない。
さらに,原判決は,残存するメモ等の資料には,被告人3名始め県関係者らが見せ金による増資の仮装を認識していたことを端的に示す記載は見当たらないとし,⑥9月9日の副知事協議において配布された被告人丙作成の文書(同番号乙40添付のもの)中の「設備投資の自己負担分として予定していた増資資金を運転資金に回さざるを得ず,結果的に設備投資の自己負担分(約3億6千万円)を一時的な借入金に頼らざるを得なかったこと」という記載を客観的に考察した場合,自己資金がないため,(b)が一時借入金で見せ金増資をし,県がその仮装行為にひっかかって高度化資金を騙し取られたとは一義的に解釈できないし,被告人丙の,「被告人甲にはすべてをありのままに説明して理解してもらった上で決断してもらうつもりでおり,見せ金だとすぐ分かるようにした」とする検察官調書(同番号乙39)とも整合せず,かえって,被告人丙が原審公判で述べるように,いったん増資したが,資金繰りに窮して設備投資ではなく運転資金に流用したため,設備投資の原資を借入金により調達し,その返済が間近に迫っているとの認識を反映しているとみる余地があり,少なくとも,見せ金による増資の仮装を意味すると一義的に解するのは無理がある,⑦8月9日,(e)銀行との協議に作成されたNのメモ,8月13日,土佐寮における会合の際に作成されたGのメモ等に照らし,関係者の中に増資に用いた原資が第三者からの借入れにより調達していたと認識していた者がいることは明らかであるが,それが見せ金あるいは増資の仮装に直結するわけではなく,<ア>仮に,被告人乙や同丙らが,増資が仮装されているとの認識を有していたとすると,そのようなAの信用性を決定的に損なう事情をこれから融資を依頼しようとする(e)銀行関係者に説明するとは考え難い,<イ>見せ金であれば,債務は残存しないはずであるから,債務が現存していることから第三者から借り入れて増資をして,その返済のために他者から更に借入れをしてそれが債務として残存しているという認識を超えて見せ金や増資の仮装まで認識するというのは不自然であるし,債務の総額と見せ金により仮装された増資総額がたまたま類似しているからといって,診断班のHやIが見せ金や増資の仮装まで把握していたとは考えられず,Jのメモ(同番号甲111号資料7)は,第三者からの借入金で増資原資を調達したという程度の意味を持つに過ぎない,⑧商工労働部内の協議内容にも,見せ金や増資の仮装に関連する事項について協議がされた形跡はなく,ひたすら運転資金不足が問題とされているし,7月4日の西庁舎協議に際し,Aが持参した資料にも見せ金や増資の仮装をうかがわせる記載はないとする。
しかしながら,⑥について,一義的に解釈できないからといって,増資の仮装の趣旨が含まれていないとみることはできない。⑦<ア>について,県関係者が(e)銀行の融資を受けるに当たり,増資の仮装についてまで説明しようとは思っていなかったものの,資金不足の状態にある(b)の実情を説明せざるを得なかったものと推測される。<イ>について,その実態をみると,増資の仮装にほかならないし,金融班は,単に債務の総額と仮装された増資総額がたまたま類似していることだけで増資の仮装を疑ったのではなく,(b)と(g)建設の間に,工事代金以外の不自然な金の動きがあることから疑問を持ったものである。なお,診断班は,8月中旬ころまでの間の診断の過程で,改めて増資の仮装があったことがはっきり分かったとしており,金融班と同様に増資の仮装を認識したものとみられる。そして,前記Jメモは,増資の仮装の裏付けとなるものであって,原判決のようにこれを矮小化すべきでない。
⑧について,商工労働部内において,今更既に判明している増資の仮装等について協議したところで,当面の資金不足の問題が解消されるわけではないし,Aは,7月4日の西庁舎協議の際,被告人丙の指示に従い,(f)に対する県の支援を要請するための資料を持参しているのであるから,そこに直接見せ金や増資の仮装等をうかがわせる記載がないからといって,特に不合理ではない。
イ 被告人甲について
前記アのとおり,被告人丙は,5月24日,増資が仮装されて高度化資金が詐取された事実を認識したと認められる。そして,前記1(12)のとおり,被告人丙は,被告人甲に対し,9月9日午後の副知事協議において,同旨のことを説明したことが認められる。この点に関し,被告人丙は,検察官調書(同番号乙40)において,9月9日の副知事協議に臨むに当たって,「私は,甲副知事には正直な実情を報告したものであり,ごまかして嘘をついて貸付けを承諾してもらおうなどとは全く思っていませんでした。実情は実情として,大義名分は大義名分として分かるように資料に記載し,説明をしております。」とした上,(b)には自己資金がなく,一時借入金で増資をし,県はこの仮装行為にひっかかって高度化資金を騙し取られたことを説明した旨供述していることに加え,そのような(b)に対し,10億円を直貸しするか否かという特異かつ重要な案件につき,副知事である被告人甲の判断を仰ぐに際し,前認定の被告人丙が認識していた,増資の仮装や高度化資金の詐取という重要な事実を秘匿しておかなければならない事情を見出し難いこと,被告人甲も検察官調書(同番号乙4)において,被告人丙の上記検察官調書に沿う供述をしていることに照らし,被告人甲は,9月9日の時点で,増資が仮装されて高度化資金が詐取されていた事実を認識したものと認められる(もっとも,前記1(9),(11)のとおり,被告人甲は,被告人乙から(b)の経過について,逐次報告を受けており,そうであるからこそ,副知事協議の際の約45分間という限られた時間であるにもかかわらず,(b)に対する直貸しを決定した上,被告人丙に対するその他の指示を出し,翌日には,財政の責任者として消極的な意見を具申したQ財政課長に対しても,直貸しの方向で検討するように指示できたものとうかがわれる。また,被告人甲も,検察官調書(同番号乙6)において,「このような重大な問題について,平成8年9月9日の当日の説明だけですぐに決断できるものではない」と供述していることからすると,同日よりも早い段階で上記認識を有していた可能性も否定できない。)。
ウ 被告人乙について
被告人乙は,前記1(8)ないし(12)のとおり,7月4日,被告人丙から(b)が高度化資金貸付けの自己負担分を調達せず,増資を一時借入金で賄っていたことについて報告を受け,その後,商工労働部長として,部内会議に出席したり,自ら(f)や(e)銀行に赴く中で金融機関の対応を直接体験したりし,その間逐次,被告人甲に概略を報告していたほか,9月9日には副知事協議に出席し,被告人甲と共に被告人丙の説明を直接聞いていたのであるから,遅くとも,同時点までには,増資が仮装されて高度化資金が詐取されていた事実を認識したものと認められる。
エ ところで,被告人らを含む県関係者の検察官調書には,内容が必ずしも明確とはいえない「見せ金」や「増資の仮装」という表現が多く用いられ,原審公判においてその点が争点の一つとされ,被告人らはいずれも見せ金であるとの認識はなく,(b)が増資資金を一時的な借入金で賄ったと理解していた旨,捜査段階と異なる供述をしているけれども,本件事案で問題とすべき点は,高度化資金貸付けの前提である,(b)が自己負担分を実質的に調達していたか否か,そして,それがなされていないという事実が県の担当者ないし被告人らに判明していた場合には,高度化資金の貸付けが実行されたかどうか,ひいては,被告人らにおいて,県が(b)から高度化資金を詐取されていたとの認識を有していたか否かにある。しかるに,平成8年5月ないし9月時点の(b)の状況を前提に,前記Fらの調査及び事情聴取の結果を併せて考えた場合,被告人らにおいて,(b)が設立当時に,約3億6000万円の自己負担分を調達できたと信ずるに足りる状況にはなかったし,(b)が実際に自己負担分を調達していなかったこと自体,高度化資金貸付けを受けた協業組合が事業計画を遂行していく上での重大な前提を欠くことになり,高度化事業を運営する主体としての適格性がないと評価せざるをえず,また,上記調達をしていない事実を県に報告していない点をも併せて考察すると,その誠実性,信頼関係の点からも重大な問題を含んでいるのであるから,これらの事実を隠匿したまま高度化資金を借り受けた(b)の行為が高度化資金の詐取にあたることは明らかであるし,これらの事実を(b)から知らされないまま高度化資金の貸付けを実行したことを知るに至った被告人らにおいて,高度化資金を詐取されたとの認識を有していたと認定することができる。原判決は,「見せ金工作」の疑いをもっていたとしても,県の担当者や被告人らが,単なる約束違背という程度の認識しかなかったと位置付けようとするもののようであるが,到底支持できるものではない。
以上のとおり,被告人らは,いずれも第1次貸付け以前に,増資が仮装されていた事実ないし高度化資金を詐取されたとの認識を有していたことが認められる。
オ なお,被告人らは,詐取被害の認識の点につき,原審第1回公判期日における認否の際,被告人甲は,平成13年10月12日付け認否書に基づき,Aらが県から高度化資金を詐取したことが判明していたことは間違いないが,詐欺の被害にあったとまでの認識はなかった旨,被告人乙は,同月11日付け認否書に基づき,自己資金が仮装されていたとの認識はあったが,詐取されていたとの思いまではなかった旨,それぞれ供述していた。ところが,その後,被告人甲は,原審第16回公判期日において,起訴の段階で(b)による見せ金や工事費の水増しがすべて明らかになっていたため,貸付け当時に分かっていたことと起訴当時に分かっていたこととの整理がつかずに勘違いした,前記認否書の供述は誤りである,被告人乙は,原審第15回公判期日において,前記認否書の供述は,増資した後に運転資金に流用されたことは知っていたとの趣旨であると,それぞれ供述するに至った。しかしながら,各被告人は,いずれも弁護人との打合わせを経て第1回公判期日に臨んでいる上,それぞれ認否書に基づいて供述しており,内容の重要性に照らし,勘違いが生じるものではないし,供述の変遷についての合理的な理由もなく,不合理というほかない。被告人丙についても,原審第1回公判期日において,本件公訴事実を認めて争わなかったところ,原審第13回公判期日において,認否を変更し,その後,被告人質問の段階で,(b)が見せ金により増資を仮装して県から高度化資金を詐取していたことを知っていたとする点は事実と異なる旨供述するに至っているが,前記のとおり,高度化資金を詐取されていたとの被告人丙の捜査段階の供述は信用できるし,また,供述を変遷させた理由が,Fらの原審公判供述を聞いたことによるなどとする点についても,原審公判で証言したFやHは,捜査段階に比べて内容が後退していながらも,必ずしも被告人丙に有利にばかり供述しているわけではないから,前記認定に反する被告人らの各原審公判供述は,いずれも信用できない。
(2) 第1次貸付けにおける償還可能性及び被告人らの認識について
ア 7月4日ころ及びその翌日ころ,Hが被告人丙に対し,(b)支援についての消極意見を具申した際の経緯等について,Hの検察官調書(同番号甲112)によれば,両日の被告人丙とHのやりとりは相当に具体的であるし,Hが,中小企業診断士として,専ら財務面から見て,(b)が債務超過で倒産状態にあり,必要とする運転資金の額も大きすぎるとの理由から支援に反対したとするのも経緯としてごく自然であることに照らし,同調書の信用性は高いということができるから,前記1(8)のとおりであったと認められる。そして,前記1(9),(10)で認定したとおり,H及びIが償還計画を策定したものの,<ア>(e)銀行に対する融資の要請に向け,本来であれば,日数的に数か月程度要するものを1週間程度と短期間での策定を余儀なくされたものである上,売上げについては9月9日の副知事協議の時点を含め本件貸付け時までそれが維持されていること,また,副知事協議の直前になって必要資金が2億円追加されるなど金額に一貫性がなく,調査も不十分といえること,<イ>根拠とした資料は,(b)から入手した書類とA及びLに対するヒアリングを中心としたもので,いずれも専ら(b)側の情報に基づくものであり,客観的な信頼性が乏しいこと,<ウ>(b)の売上げの柱となるとされている生地買いそのものが,それまで賃加工を主としてきた(b)にとって未知の分野であることに加え,(l)事業自体,販売形態が従来の方式と大きく異なる買取り方式によるものであるし,平成8年8月時点では,いまだ展示会も開かれておらず,百貨店の受注はそれ以降であり,将来的に安定した売上げが見込める状況になかったこと,しかも,もともとの売上げ自体当初から8億円程度と見込まれていたこと,<エ>売上計画も,経常利益率が平成8年度にマイナスであるのに,平成9年度にプラスに転じ,それ以降順調に伸びて全国平均を大きく上回るものになるなど,明らかに不合理な内容を含んでいること,<オ>その後,前記1(9)及び同(11)のとおり,融資の専門家の立場にある(f)及び(e)銀行の担当者から,(b)が経営危機に陥った根本原因は,資産内容や財務体質等にあり,売上計画に無理がある,借入れを凍結しないままで融資しても再建は困難であるなどと,償還財源の確保ないしは償還計画そのものに向けられた疑問を指摘されていながら,抜本的見直しまではしていないこと,常識的にみても,国内縫製業界全体が構造不況業種として業績不振に喘ぐ中,自己資金を調達できないまま高度化事業を計画して債務を拡大し,事業開始直後に,高度化資金約14億円の債務とは別に,運転資金として10億円もの資金不足を生じ,金融機関からは融資を断られている企業が,今後順調に業績を伸ばして,利益償還することができるようになるとみること自体極めて楽観的過ぎるのであって,Hらにおいて,(b)から提出された計画に挙げられていた数字を相当絞ったものであり,それを直ちに「(b)の言いなり」と評価することはできないにしても,所詮,客観的な裏付けを欠いた信頼性に乏しい償還計画であるというほかない。
この点,原判決は,①平成8年7月4日ころの被告人丙とHのやりとりについて,Hの検察官調書(同番号甲112)には,「本当に支援するんですか,診断ベースでいけば,債務超過で倒産状態ですよ,金額も運転資金としては大きすぎます。」と意見具申をし,翌日ころにも「単にお金を入れれば済むという問題じゃないです。」などと反対した,経営計画についても,二,三か月要すると答えたところ,被告人丙から「そんなに待てん,おまえも分かっちゅうろう,時間がないからもっと早くやれ。」と言われ,「そんな短期間では,今ある負債をつかんで,手元にある資料から返済計画をたてるだけで精一杯です。」と述べたところ,それでいいから,できる範囲で早くするように指示された旨の記載があるのに対し,被告人丙の検察官調書(同番号乙37)には,Hから反対意見を具申された旨の記載がなく,原審公判でも反対された記憶がない旨供述しており,<ア>被告人丙とHの前記やり取りが,県が直接貸付けをして支援する方針が全く検討されていない時期になされたものとはにわかに考え難く,また,Hの別の検察官調書(同番号113)には,県が被りかねない危険について無関心であったかのような供述をする部分があり,それとの間でスタンスが一貫していないうらみがあり,これについての合理的説明がない,<イ>Iの検察官調書(同番号甲119)にも,Hが被告人丙に対し,支援に反対する旨の意見を具申していた旨の記載があるが,Hと同様に時期的な点で不自然であるし,Iは,原審公判でそのような場にはいなかったし,被告人丙がHに対し,「おまえがごちゃごちゃ言うな。」と言うのは聞いていないと供述していることを併せ考慮すると,Iの検察官調書はHの供述を補強するに足りない,②8月13日の土佐寮での協議における被告人丙の指示内容及び診断班の発言について,出席した県関係者の供述を記載した検察官調書は,いずれもGメモ(同番号甲99添付資料2)を基軸として,ことごとく,被告人丙が,「利益償還できるような計画を作成しろ,と診断班に命じた。」とする点で整合しているところ,それらが整合しているからといって,そのような被告人丙の指示があったと直ちに認めることはできず,<ア>Gメモ中の,「利益率10パーセント確保できれば償還可能と見ている」との記載は,内容から見て,被告人丙の発言を記載したものとは解し難く,むしろ診断班サイドの発言とみるのが自然である,<イ>その下の「8月20日までに資料作成のこと」等と明らかに被告人丙の指示を取り上げた記載があることに照らすと,Gメモの記載から,被告人丙が「償還できるような計画を作成しろ。」との指示を明言したものとは一義的にみることはできず,それが診断班サイドの発言であると思う旨の被告人丙の原審公判供述を容れる余地があり,この点は,「利益率10パーセント確保できれば償還可能と見ている」について,県関係者の各検察官調書に一切記載がないのと対照的であり,検察官が,メモの記載を選別し,これを基にして県関係者の供述を導き出し,整合を図ったのではないかとみる余地が多分にある,<ウ>Fが作成したメモ(同番号甲103の添付資料1)に「現時点で県ができることは限られている。」と記載されているとおり,土佐寮での協議においては,専ら(e)銀行への支援要請方針が確立されており,この段階では,(e)銀行にとって最も有利な,融資を是とするに足りる資料を提示することが前提となって議論が展開されていたものとみられるから,このような見地に立って「償還できるような」との文言をみれば,Hが原審公判で供述するように,「返済関係の優先順位を考慮に入れた上で」という趣旨であるとみる余地も一概には排斥し難い,③少なくとも,診断班が策定した償還計画が,被告人丙の,「実質を伴わない数字上だけ償還できるような計画を作れ。」との指示によって,診断班の調査,検討がおざなりにされ,その内容が殊更実情とかけ離れたものに歪められたといった見方をするのは一面的に過ぎる,としている。
しかしながら,①<ア>について,前記のとおり,Hの検察官調書におけるHと被告人丙のやり取りの内容は具体的で詳細であるし,(b)が倒産状態にあることは,当時既に判明していた事情であるから,Hが診断班として支援そのものに反対の意見を述べることが時期的に不自然とはいえない。被告人丙の検察官調書に記載がないことや,同被告人が原審公判でその点の意見具申を受けた記憶がないと供述していることを理由として,Hの供述の信用性を否定することはできない。また,原判決が指摘するHの検察官調書(同番号甲113)の供述部分は,Hが消極意見を具申したにもかかわらず,被告人丙から(b)を倒産させるわけにはいかないと言われた上,同被告人から償還計画等を策定するように指示をされ,その策定の過程で,(b)に約10億円の資金が緊急に必要であることが判明したものの,その調達に関しては,金融機関等の支援のみでは賄いきれないとの判断をしていたという部分に引き続いて供述しているものであるが,診断班の一員であるHの地位と権限ないし役割にかんがみると,具体的な方策が浮かばないというのは当然ともいえるのであって,Hが消極意見を具申したという前記検察官調書との間でスタンスの違いがあるとまでは読み取れない。<イ>について,Iの検察官調書の記載の時期的な点が不自然でないのは,Hに関して述べたのと同様であるし,原審公判において,Iは,その場に同席してはいなかったと供述しているものの,実際には,被告人丙からごちゃごちゃ言うなと言われたとHが言っているのを聞いた旨供述しており,いずれにしても,Hの供述に沿うものといえる。
②,③について,(e)銀行に融資支援を依頼する以上,形式的に償還可能な内容になっていることは,いわば当然であるところ,HやIらに与えられた計画策定のための時間や資料が極めて限られていたことなどの当時の状況に照らすと,客観的に合理的な内容の償還計画を策定できる状況になかったことは明らかであり,また,それは県関係者の共通の認識であったとみられるのであって,個々的なメモの記載にそれを離れた意義を見出すことはできないし,また,被告人丙において,前記1(8)で認定した状況の中で,診断班に対し,上記計画の策定を「できる範囲で早くしろ」と命じたのであるから,その内容が(b)の実情を十分に反映したものであり,信頼のおけるものであったものとみることはできない。
イ 償還可能性に関する被告人らの認識について
前記1(10)ないし(12)のとおり,8月23日の県庁西庁舎の協議以降,9月9日の副知事協議に至るまで,Hらは,被告人らに対し,償還計画について,売上げ自体変動する可能性が高く,そうなると償還に直ちに影響すること,経費はぎりぎりまで抑えていることなど,償還が極めて困難である旨,その都度説明していたことが認められる。この点に関する捜査段階におけるHの供述は,具体的である上,償還計画の策定自体が前記のような経緯と内容であったため,診断班としての職責上,あるいは,後日,責任問題が生じた場合における責任の転嫁ないし分散の意味から,Hとして指摘すべき点は指摘しておく必要があったこと,Hらがした説明内容については,部内の協議等に出席した他の参加者らも検察官調書において同様の供述をしている点などに照らし,十分信用できる。
これに対し,原審公判において,被告人らは,Hから償還がほぼ不可能であるというような報告は聞いておらず,むしろ償還は可能である旨の報告を受けていたと述べ,H及びIも,償還計画どおりの償還は厳しいが,平成8年度に必要な資金を賄うことができれば,平成9年度には単年度黒字に転換し,事業体として認知されるであろうと思っていたなどと,事業計画の達成がほぼ不可能であると認識していた点を否定する供述をしているところ,原判決は,①<ア>診断班は,できるだけ合理的な内容の償還計画が策定できるように意を用いていたとみることができるのであり,「利益率が10パーセント確保できれば償還可能と見ている」との発言は,比較的前向きな見込みを持っていたことを推測させること,<イ>被告人乙が,Hに対し,「本当のところ売上げはどの程度大丈夫なの。」と不安を隠せない様子で尋ねているだけに,かえって,聞いただけで償還がほぼ不可能と分かるような報告がされていたとは考え難いこと,<ウ>直接貸し付ける方針を打ち出した被告人丙に対し,Fが異論を唱えたのも,主として他の企業への波及を恐れたからであって,参加者から,「貸し倒れになることが分かっているのに,なぜ貸し付けなければならないのか。」といった疑問等が出された形跡がないことなどを併せ考慮すると,診断班が,償還がほぼ不可能であるといった論調で3課長会議等で報告していたものとは認められない,H始め県関係者がそのように判断していたとすれば,(e)銀行への依頼は,まさに嘘を嘘と知りつつされたことになるが,その点について,本音と建て前を使い分けた形跡も見当たらない,②副知事協議における協議内容について,捜査段階における出席者の供述は,おおむねHの説明によれば,売上げは最大限で変動する見込みが大きく,償還がほぼ不可能である旨の内容であったなどとする点で整合するところ,これも採用できない検察官の見方を前提として導かれている可能性があり,整合しているからといって直ちに信用することはできず,<ア>被告人甲の検察官調書(同番号乙4)中の,「数字を紙に書いたからといって,その数字を実現できるわけじゃあないよ」の発言は,むしろ楽観的ともいうべき論調の報告があり,これに対し,被告人甲が率直な感想を言葉にしたものとみるのが自然である,<イ>被告人丙や診断班は,民間金融機関による借換えに安易に期待していた節があり,被告人甲が「そんなにうまくいくわけがない,もっと借換え期限を延ばしとけ。」という趣旨の発言までしていることからすれば,副知事協議の際,診断班が償還がほぼ不可能である旨の報告をしていたとは考え難い,<ウ>被告人丙が,自己の職責をかけつつ,自ら作成したメモに基づいて説明をしたのにかかわらず,Hがそれと抵触するような内容の意見を述べたとすれば,面前で意見が食い違っていることとなり,被告人甲がその不一致について追及等するはずであるのに,そのような形跡がない,<エ>被告人丙の検察官調書(同番号乙39,40)には,Hとの間で,被告人甲にはすべてを分かってもらった上で判断を仰ごうという話になっていた旨の記載があるのに,被告人丙とHが食い違う意見を述べたというのも不自然である,そうすると,診断班による償還計画の策定経緯や報告内容等に依拠して,被告人丙,同乙が償還能力が全くないなどと認識したとはにわかに考え難い,としている。
しかしながら,①<ア>について,診断班は,終始消極的意見を述べていたのであり,前向きな見込みを有したことなどない。また,「利益率10パーセント」という数値は,同種業界の平均的利益率や(b)自体の実績に照らし,不可能に近いものであり,そのような発言があったからといって,前向きな見込みを持っていたことを推測することはできない。<イ>について,被告人乙がたびたびHらに対し,本当のところはどうなのかと尋ねる度に,Hは大丈夫ではないと述べており,被告人乙にとって,償還が不可能と分からないものではなかった。<ウ>について,県関係者は,早い段階から貸付けに対し,消極的ないしは疑問視する発言をしている上,被告人乙でさえ,別の機会に本当に(b)に貸付けをしなければいけないのかと何度も逡巡する供述をしており,県関係者が貸付けについて疑問がなかったということはできない。また,診断班の策定した償還計画に客観的合理性がない以上,それを資料として(e)銀行に対して融資支援を依頼することが本音と建て前を使い分けていることは明らかである。なお,被告人丙は,当初は,(e)銀行が県との関係を重視していることを奇貨として,無理な融資であっても,県の依頼であれば,これを承諾する可能性が高いと考えていたともうかがわれ,そのためには,(e)銀行にとっても,県から書面上ではあるが,一応償還可能な融資であると説明を受けたという形をとる必要があるものと考え,償還計画を策定させたともうかがえる。
②<ア>について,被告人丙のみならずHら誰一人として,被告人甲に対し,楽観的論調をしたものなどない。<イ>について,被告人丙や診断班らは,(f)や(e)銀行が厳しい態度でいることを痛感しており,民間金融機関による借換えに安易に期待できる状況にはなかったから,被告人甲の上記発言をもって,償還が不可能である旨の報告をしていないとの証左とみることは相当でない。むしろ診断班としては,余りに長期の償還計画を策定することがためらわれたにすぎない。<ウ>,<エ>について,被告人甲の面前で被告人丙の説明とHの意見が食い違ったのは,Hについては,立場上,県職員のトップである被告人甲に対し,償還可能であると積極的に説明すれば,後々自己に責任問題が生じることから,それを回避するためであったとみられるのに対し,被告人甲がその食い違い点を追及しなかったのは,被告人甲を含めた出席者にとって,償還可能性が極めて困難であることが明らかであったからにすぎない。被告人らの原審各公判供述は,いずれも信用できない。
したがって,被告人らは,いずれも(b)に10億円を貸し付けても,その回収が極めて困難であることを認識していたものと認められる。
(3) 被告人らの任務違背について
ア 予算執行上の違法性の有無について
高知県予算規則3条1項は,「歳入歳出予算の款項の区分及び目並びに歳入予算に係る節の区分は,毎年度歳入歳出予算の定めるところによる」と規定し,同規則8条1項に基づいて作成される「歳入歳出予算事項明細書」によれば,本件県単融資に関する予算は,款・商工費,項・商工業費,目・中小企業金融対策費(事業費目・中小企業金融対策事業費)と区分されているところ,関係証拠によれば,中小企業金融対策事業費については,従前から議会に対し,予算の範囲内で(j)協会に資金を貸し付け,(j)協会が金融機関に預託した上,金融機関が企業に融資する際の,(j)協会に対する貸付原資であると説明されており,実際に,平成8年度予算に関し,商工労働部が産業経済委員会に対して提出した資料や説明は,いずれもそれが協調融資(間接融資)であることを当然の前提としてなされており,その後も一貫して商工労働部からそれに反する説明がされたことはなかったことに照らすと,中小企業金融対策事業費は,協調融資の原資として用いられることを前提に議会の議決を経て予算化されていたものと認められ,そのように解することは,地方自治法96条1項が「普通地方公共団体の議会は予算を議決しなければならない」と規定し,他方,同法211条1項が「普通地方公共団体の長は,毎会計年度予算を調製し,年度開始前に議会の議決を経なければならない」と規定して,公金の支出を議会の統制下に置くことにより民意を反映させるとともに,行政裁量の名の下に,不当に公金が支出されることを抑制しようとした趣旨にも適うものといえる。
これを実質的にみても,協調融資の場合には,前記1(10)のとおり,県が企業に直接貸し付けるのではないから,貸倒れの危険を負うことはないのに対し,直貸しの場合には,県が直接その危険を負うことになる上,(b)に対する本件貸付けは,金額が高額であること,貸倒れの危険が大きいこと,実質的には長期貸付けでありながら,形式的には短期貸付けの形態をとり,転がしの手法を用いるものであり,前記1(12)のとおり,会計年度末に融資先から返済されなかった場合には,県財政に歳入欠陥が生じるなどの問題があること,さらに,高知県では,信用組合に対する協調融資の場合でさえ,過去に予算の流用に関して問題視された経緯があり,直貸しの場合には尚更問題が大きいことに照らすと,本件貸付けに際しては,予算の議決を経る必要があると解するのが相当であり,たとえ,同じ項である商工業費に属するからといっても,その間で予算を流用することは許されないというべきである。
そうすると,本件貸付けにおいて,前記1(13)のとおり,議会に対する関係での必要な措置は事前にも事後にも一切とられていないから,本件貸付けは,予算執行上,違法性を帯びるというべきである。
イ 地方公共団体の職員が公金を貸し付ける際の基準等と任務違背行為について
地方自治法240条2項は,普通地方公共団体の長は,債権について,政令の定めるところにより,その督促,強制執行その他の保全及び取立てに関し必要な措置をとらなければならないと定め,同法施行令117条の4第2項は,「普通公共団体の長は,債権を保全するため必要があると認めるときは,債務者に対し,担保の提供(保証人の保証を含む。)を求め,又は仮差押え若しくは仮処分の手続をとる等必要な措置をとらなければならない。」と規定し,さらに,高知県財産規則113条は,「債権の管理に関する事務は,法令の定めるところに従い,債権の発生原因及び内容に応じて,財政上最も県の利益に適合するように処理しなければならない。」と規定し,その施行についての依命通達第4の3(1)は,債権管理の基準として,特に留意すべき点として,「債権の保全,取立て,内容の変更及び消滅に関する事務は,法令の定めるところに従い,債権の発生原因及び内容に応じて財政上もっとも県の利益に適合するよう処理すべきことを明定し,他の行政上の利益ないし他の行政上の配慮に優先して,考慮すべきものとされていること。」と規定しているほか,「制度資金等貸付契約書の標準書式(通達)」中の「資金貸付契約に係る標準書式の取扱要領」8項にも,「貸付金債権を保全するため必要があると認めるときは,確実な担保(保証人の保証を含む。)を提供させるものとし,」と規定されているところである。
これらに照らすと,通常,公益性,政策的側面が伴う地方公共団体の行う貸付けであっても,担当職員は,貸付先の資力等を調査した上,担保を徴求するなどして,償還を確実にするに足りる措置を講じるべき義務があるというべきである。また,高度化資金貸付けについても,高知県中小企業高度化資金貸付規則6条が,「申請者は,貸付けを受けるに当たっては,知事が適当と認める連帯保証人を立て,及び担保を提供しなければならない。」と規定していることに照らせば,同和対策事業の一環としての貸付けであるというだけでは,償還能力についての調査義務や担保徴求義務が軽減されているわけではないというべきである。
もっとも,地方公共団体の行う貸付けは,利潤の追求を目的とする民間金融機関と異なり,公益の多元的な確保を本旨とするものであり,金融機関の融資を受けられないものを支援するためになされる必要もあるから,このような貸付けの性格を考慮しないわけにはいかず,そのすべてについて常に厳格な義務が課され,それに少しでも違背した場合を背任罪における任務違背に当たるとすれば,かえって相当でない場合があることは否定できず,そのため個々の貸付けが背任罪における任務違背に当たるか否かを検討するに当たっては,公益性の強弱,担保徴求の有無・程度を含めた回収困難に陥る蓋然性の大小,当該貸付け行為の必要性・緊急性等を相関的に考察して,個別具体的に判断する必要がある。そして,その公益性が相当に大きく,倒産を回避するための手段として,地方公共団体が貸し付ける以外に他に適当な手段がなく,いたずらに放置すれば,公益性の強い事業が廃止になることが予想されるような場合には,その必要性,緊急性にかんがみ,県による直接貸付けが許される場合もありうるというべきである。
ところで,高知県では,過去の高知県同和対策審議会の答申において,県の商工業が商品販売高,製品出荷額ともに全国に比して低位な状況にある中,対象地域は自営業者が多く,総体的に零細・小規模で,従事者の高齢化が進み,経営基盤の脆弱な状況となっていることから,地域対象住民の就労の場の確保,雇用の拡大,職業の安定を図るため,同和対策事業として縫製業等の共同作業場を作り,条件づくりの努力がされてきたところ,共同作業場は対象地域の多数の女性が従事し,地域住民の生活の安定,向上に寄与しているものの,それを経営する企業はほとんどが賃加工であり,経営体質が脆弱で,景気変動の影響を受けやすく,経営は極めて不安定なものが多く,県が市町村と一体となって産業の振興と職業の安定対策を推進し,経営指導の充実強化を図るとともに,融資制度の効率的な活用等による企業経営の近代化に向けた指導に努めるべきであり,行政全般の中で対象地域の施策を正しく位置付け,共同作業場が地場産業として定着するような積極的取組みをすべきであると指摘され,今後の課題として,就労の場の少ない県にとっては,経営指導や経営改善事業等の施策を,同和対策という視点だけでなく,地域の産業おこしと雇用の場の確保という県政上の課題として位置付け取り組むことが必要であり,共同作業場はその設立の経緯や目的等一般の民間企業と性格が異なる面があることを配慮し,行政として積極的支援を行うべきとされ,(b)については,従来の加工賃に頼る下請けだけでなく,自社ブランドの開発と販売を目指した新たな動きとして,今後の縫製工場のモデルと評価されており,国の地域改善対策協議会においても,既に,物的事業が相当進捗し,これからは就労対策,産業の振興,教育,啓発等非物的な事業に重点をおいた施策の積極的な推進が県政の重要な課題であると指摘されていた。
また,高知県では,高知県中小企業基本対策審議会の答申を受けて,工業振興の基本計画として,今後の工業発展の基本方向を示す中で,県内の多くの企業が中小零細企業であり,しかも経営基盤が脆弱で下請けを主とした経営形態であり,自社製品,技術を持ち,独自の販売体制を確立している企業は少ないとしつつ,工業の振興の発展を図る上ではそれらが重要な役割を担っていることから,振興に必要な条件である経営体質の改善を図るため,経営の近代化の促進,資金力の強化,企業自立化の促進が必要であるとし,資金力の強化に際して,新技術への対応,高付加価値製品の生産や省力化設備の導入等設備の近代化を促進するため,金融機関等と連携しながら,長期・低利の資金調達等を通じて企業の経営体質の強化を促進するものとし,具体的には高度化資金の貸付け,県単独融資制度の拡充を図ることが示されており,また,産業別の課題及び施策として,繊維製品製造業においては,量産品を中心に生産の海外シフトが進む一方,消費の多様化,流行に迅速に対応できる生産供給体制の構築が進行し,新素材や新加工技術の開発が活発化してきており,製品企画機能のない下請体質の企業には厳しい状況にあるとした上で,目指すべき方向として,技術の高度化への取組みや生産性の向上を図り,安定的な受注量を確保し,企画,デザイン力の強化によりオリジナル商品の開発等,企業の自立化,特色づくりを促進することが重要であり,多品種,小ロット,短納期化に対応できる体制に転換し,アパレルメーカーや小売との連携を強化し,ファッションの流れに即時に対応できる体制の構築を図るべきであるという指針が示されていた。
そして,(b)が,これらの同和対策事業や工業振興対策に沿うものとして位置付けられた結果,(b)に対し,種々の行政上の施策が講じられ,経済面の支援として行われたものであって,本件貸付けの際,被告人らがそれらの点を意識していたであろうことも否定できない。
しかしながら,本件貸付けの公益性の強弱の判断に当たっては,(b)の実態を抜きにして論じることはできないのであって,商工労働部の(b)に関する対応を検討するに際しては,その点をも考慮に入れる必要がある。
ウ 被告人らの任務違背及びその認識について
これを本件についてみると,県が本件貸付けをすることで,(b)の倒産を防止し,事業が存続すれば,同和縫製事業が維持され,地域における400名を超える就労の場が確保され,地域産業の振興が図られるという相当大きな公益性があることは否定できないけれども,それはあくまで,(b)において,公金を支出することが社会通念上許容される企業としての実態を備えていることが前提とされるところ,前記1(4)ないし(7)のとおり,(b)は,二度にわたって総額14億円余りの高度化資金貸付けを受けていながら,操業開始後間もなく10億円以上の運転資金不足を生じるに至っており,倒産の危機を招いた原因として,Aらが県の指導等を無視して,巧妙な手口を用いて増資を仮装するなどして,事業計画の円滑な遂行を可能にするに足りる財務状態に初めからなかったこと,そのようなAが将来にわたって約定どおりの償還をするとは期待できず,経営陣にも適当な人材が得られなかったこと,新工場が完成し,最新鋭の機械設備が導入されたとはいえ,それに対応する技術力が備わっておらず,従業員らの勤労意欲も十分とはいえなかったこと等,その経営能力や財務体質等には多くの問題点が指摘できるし,何よりも(b)は,代表者が県を欺いて公金を詐取するような企業であって,前記のとおり,被告人らもそれらのことを認識していたのであるから,従業員には非がなく,企業自体が存続する意味までも否定できないとしても,県が(b)に貸付けをする公益性は相当低いといわざるを得ない。加えて,上記のような問題点を踏まえると,(b)について,経営体制の刷新や債務の整理等の抜本的な対応策を講じないまま,(b)に対し,10億円余を貸し付けても(b)の事業が存続すると合理的に期待できる状況にはなく,むしろ回収が困難になる蓋然性が大きいといえるとともに,他方で,就労の場の確保や地域産業の振興等という側面は,(b)の実態に照らすと,極めて不安定かつ矮小化されたものになっていたといわざるを得ない。そして,前記1(13)のとおり,本件で(b)から徴求した担保について,その価値を確認する作業を全くせずに体裁を整えただけに過ぎず,貸付金の担保として到底足りない状態であり,前記(2)ア,イのとおり,被告人らがいずれも償還可能性がないことを認識し,かつ,前記(3)アのとおり,被告人らのした予算執行が違法性を帯びることに照らせば,本件貸付けの必要性,緊急性を考慮に入れても,本件貸付けは,公金の保全を図る立場にある被告人らが遵守すべき任務からの逸脱の程度が極めて大きいといわざるを得ず,背任罪における任務違背に該当するというべきである。
そして,以上によれば,被告人らは,上記任務違背についての認識を有していたものと認められる。
この点,原判決は,①副知事協議及びそれに至るまでの何回もの協議において,関係金融機関との連携方針が打ち出され,現に継続的な支援策について実質的な協議をしていること,②県の大阪事務所等を介した売上拡大に向けた策を講じていること,③金融機関からの役員の派遣やOBの紹介などの財務経営管理,経営指導の実施策等も,十分ではないが講じた形跡があり,(b)の倒産を回避しつつ,何とかして貸付金を回収したいとの意図を有していたものと認められることに照らすと,被告人らが損害発生を認容していたものとは認められない,とする。
しかしながら,①,③について,(f)や(e)銀行等関係金融機関は,(b)に対する融資支援を拒否し,役員の派遣やOBの紹介を含め,終始(b)に対する支援に消極的な態度をとっており,継続的な支援策についての実質的な協議がされたとか,財務経営管理,経営指導の実施策等が講じられたなどと評価することはできない。②について,それだけでは,売上拡大に向けた具体策とはいえないとみるべきである。
次に,原判決は,④診断班から,「組合の努力と県の側面支援により(償還が)達成可能である」との報告がされた可能性を排斥することができず,被告人3名が,第1次貸付けに際し,償還計画の信頼性を動揺させる重大要因である,Aが県から高度化資金を詐取したものであるという事情を認識していなかった上,<ア>診断後の売上高と利益額,売上内容,支出面のそれぞれにおいて,診断班による専門的判断が相応に加味されているものと信頼しても不合理ではないこと,<イ>売上げに関しては,(k)との基本契約が締結され,5年後に45億円((b)の売上高はその3割)を見込んでいるなどという新聞記事が発表されていたこと,<ウ>その他新規に若い従業員を確保し,最新式の機械設備を備えた工場が落成していたことなど,(b)の業績の向上を期待させる諸事情が認められ,被告人3名が,これらを認識していたことからすると,前記のような期待をしたとしても必ずしも不自然ではない,とする。
しかしながら,④について,診断班がそのような楽観的な報告をしたこと自体,認めることはできない上,被告人3名が第1次貸付けに際し,高度化資金詐取被害の事実を認識していたことは前述したとおりであり,原判決は前提を誤っている。さらに,被告人3名が,それぞれ償還可能性がないことを認識していたことについては,前記(2)で説示したとおりであるし,(b)の客観的状況を前提とすれば,たとえ被告人ら3名が<ア>ないし<ウ>のような事情を念頭に置いていたとしても,それらの実効性が乏しいことに照らし,償還可能であると考えることが合理的な判断とはいえない。
さらに,原判決は,被告人3名は,⑤長期貸付けに及ぶに際し,後の(e)銀行による借換え等も視野に入れているところ,県と同銀行関係者との交渉経緯や同銀行関係者が作成したメモ(同番号甲137添付資料9-1)等に照らし,第1次貸付けに際しては,同銀行としても,必ずしも(b)の事業の存続が期待できないとは考えておらず,自らが貸倒れの危険を負担することについての抵抗があったに止まり,当時県庁支店の出店を計画していたこともあって,できるだけ県の意向に沿い,県に対して「貸し」を作っておきたいという思惑もあったことがうかがわれ,被告人3名が,(e)銀行による近い将来における支援を期待したことがあながち不合理であるとはいえないし,⑥副知事協議の際には,資金投入に付随してその経営改善策等も話し合われていることからすると,第1次貸付けに及ぶに際し,これにより(b)の当面の倒産を回避した上で,後々の民間金融機関の支援を得て(b)の財務状況の改善を図れば,事業の存続は今後も可能であるとの認識を有していたものと認められる,とする。
しかしながら,⑤について,(e)銀行関係者は,(j)協会の保証がない限り,たとえ県からの要請があろうとも,(b)に対する新規融資はしない,ただ,「転がし」については,県が返済すると約束する限り,そこまで拒絶することはしないとの姿勢を堅持しており,県関係者に対し,(b)の事業の継続を期待した上で,後の借換えの可能性を示唆した事実もないから,被告人3名が(e)銀行による借換え等の支援を期待したというのは,何ら合理的な根拠のないものである。⑥について,副知事協議は,(b)に対し,県が直貸しすべきかどうかについての報告とそれに対する方針が決定されたのであって,それだけでも県にとっての緊急の課題であって,当日の協議時間が約45分間であったことに照らしても,更に(b)の実質的な経営改善策まで話し合われた事実はなかったものと推認される。
また,被告人甲は,直貸しに反対するQ財政課長に対し,もう一度検討するように指示したところ,その後何らの応答がないまま貸付けを前提とする決裁書類が上がってきたことから,商工労働部と財政課の調整がうまくいき,問題が解決されたと思った旨主張するが,事務方のトップである副知事が,課長に対し,直貸しをするつもりであるとの意向を示しながら,更に検討するように指示するということは,事実上その意見の撤回を迫ったことに他ならず,直貸しそのものについて同課長が再検討する余地などほとんど残されていないのであって,同課長としては,せいぜいその意向に沿う形で問題が少なくなるよう条件整備をするくらいしかないのであるから,被告人甲の主張は不合理で採用できない。
(4) 図利加害の目的について
既に説示したところによれば,本件第1次貸付けが第三者である(b)の利益を図る目的に出たものであることは明らかである。そして,前記(2)のとおり,被告人らは,いずれも,本件第1次貸付けの償還可能性が極めて困難であることを認識していたのであるから,本人である県に財産上の損害を加えることを認識していたと認められる。さらに,前記(3)のとおり,被告人らは,県の職員として任務違背をし,かつ,それを認識していたこと,加えて,県が高度化資金約14億円を貸し付けたにもかかわらず,(b)が事業開始後間もなく倒産することは,高度化資金貸付手続が県の事前診断等を通じ,県の主導の下に行われていることにかんがみ,一大不祥事として県の対応につき,県民や議会等から批判される立場に立たされることは明らかな状況において,被告人甲は,副知事として,高度化資金貸付けの際,支出負担行為を決裁したものとして,また,同和対策本部長を兼務していたから,(b)の倒産によって高度化資金の貸付経緯等が発覚すれば,政治的批判を浴び,知事を含む責任問題にまで発展することがあり得ることを想定したもの,被告人乙は,高度化資金の貸付けそのものには関わっていないにしても,商工労働部長として在任中に,部下である被告人丙が第2次高度化資金貸付けの際の支出命令を専決しているし,自己の在任中に部内で不祥事が生じること自体,同部の責任者として直接批判されることを想定したもの,被告人丙は,高度化資金の貸付けについて,詐取被害の事実を認識していながら,部下の反対意見を聞かず,第2次高度化資金貸付けの支出命令を専決するなどしており,その点の責任を追及されることを想定したもの,とそれぞれ推認することができる。
そうすると,このような責任追及等を回避することは,被告人らにとって,県庁における幹部職員としての地位や役割等に影響を与えかねない要因を事前に除去しておくという意味で,自己の利益に当たることは明らかであるから,自己の利益を図る目的を有していたと認めるのが相当であり,同時に,県に損害を加える目的を有していたと認めることができる。
この点,原判決は,①被告人丙及び同乙において,(b)が資金繰りに窮して倒産の危機に瀕していることを切実に認識したのは,西庁舎協議が行われた平成8年7月4日ころであるが,その後8月9日に(f)から融資を断られるまでの間の対応は,その後の対応ぶりに比べて,部内協議の頻度を例にとってみても余裕があり,Aからの説明を信じ,当初は商工労働部として,専ら(f)(i)支店に対して働きかけ,また,(k)を通じて,販路の拡大を図るといった程度の側面支援を行うことで,(f)からの融資により倒産の危機を回避し,事業の存続を図ることができるのではないかと期待していたものと認められ,それだけに,(f)から融資を断られるや,既に(k)と(b)の契約が締結済みで,(k)による全国15の百貨店を会員とする(l)事業の展開が現実化するに至っており,(b)が倒産すれば,(k)の対外的信用に大きく影響するとして,政策的にみて,潰すに潰せない状況に追い込まれ,商工労働部が倒産させない方向で対処することは,政策遂行として自然な流れといえるのであって,自己保身を主たる目的とみることは相当でない,②被告人丙は,(f)から融資を断られた際,Hに対し,会社更生法の適用を検討するよう指示しており,再建型の倒産処理をも選択肢として考慮していたことが認められ,そのような手続の利用を考慮していたことは,自己保身の目的で(b)の支援に及んでいたとみることと矛盾する,また,被告人丙及び同乙は,副知事協議において,被告人甲から説明を控えるように指示されるまで産業経済委員の一部に事前に説明する方針であったと認められ,これも自己保身とは整合しない,③議会で説明した場合,(b)の信用問題を惹起するおそれがあることも否定できないから,議会に秘密裏に事を運ぼうとしたからといって,それが手続の不透明性の点から非難されることはあっても,自己保身の目的に直結するものとはいえない,④さらに,本件貸付けに際しては,部内協議を始めとしてノートや関係書類等に多くのメモ書きが残されており,現に,副知事協議において,商工労働部の産業経済委員に対する説明方針について,線を引いて削除していることなどが残されており,裏を返せば,メモ書きの禁止や事後消却等にわたる協議内容の秘密の保持に意が用いられた形跡もうかがわれず,その都度,協議の内容が素直に残されていたものとみられ,メモ書きの中に協議関係者の間で責任追及の回避という意図があったことを推測させる類いの記載はなく,後日の弁解のため,積極的にメモを作成して残すという意図をうかがわせる記載もない,⑤被告人丙は,部下から第1次貸付けに賛成できない趣旨の進言を受け,気色ばんでいた様子がうかがわれるが,その際にも部下の言うとおりにしていては事態が明らかになって自分らの責任が追及されてしまうといった心情は現れておらず,むしろ同和縫製事業の構造転換や地域産業の振興という政策の重要性について,部下から理解を得られないという歯がゆさに由来するとみるのが自然である,また,被告人乙は,貸付けに不安を隠せない様子で,診断班に何度も先行きの見通しについて尋ねたりしているが,これも政策的に潰すに潰せない状況に直面していながら,期待した効果が生じずに,救済策が失敗する危険をも考慮に入れざるを得ない同被告人の立場を考えれば,高度化資金の貸付けに伴う責任追及の回避を図っていたためであるとみるよりも,そのまま倒産させるという策と直接貸し付けるという策との間で,政策的な価値考量に悩んでいたためであるとみるのが,それまでの事実経緯に照らして自然である,とする。
しかしながら,①について,前記1(8)(9)のとおり,平成8年7月4日から8月9日までの県の対応に必ずしも余裕があったということはできないし,商工労働部が(k)の対外的信用を理由に(b)を倒産させない方向で対処するという点は,証拠関係上,このような配慮があったとは認められないし,県の対応が,専ら(b)を倒産させないことに集中しており,その支援の理由として,同和対策としての就労対策や産業振興対策と位置付けようとしていたことに照らしても,合理的発想ともいえない。
②について,被告人丙が,部下に対し,選択肢の1つとして会社更生法の適用の検討を指示した点については,(b)にはその適用が認められないことが判明したため,その後は,専ら融資の方向で検討されている上,被告人丙においては,会社更生法の適用ということになれば,県の責任の問題は回避できないとしても,破産により(b)が消滅するという事態と比べれば,(b)が存続することによって,批判をある程度は軽減できると考えたともいえないわけではないから,自己保身の目的を否定することに結び付くものとはいえない。また,産業経済委員の一部に対し,事前に説明するつもりであったとする点も,実際してもいないことを前提に目的の有無を判断することなどできない。かえって,被告人丙は,副知事協議に際し,県が直貸しするという案のほか,損失保証するというおよそ実現可能性のない案を上げて,被告人甲が直貸し案を選択しやすくするなどしており,産業経済委員に対する説明を含めその場の話をすべて被告人丙が実行しようとしていたとみることはできない。(あるいは,議会に説明しなかったという事後の責任問題を考慮に入れて,県当局に対し,理解を示すであろう特定の議員に対し,情報提供をしておこうとの発想がなかったとはいえない。しかし,そうだとしても,自己保身と矛盾するものではない。)
③について,一企業に対し,約10億円の公金を支出するのであるから,議会の承認を得るべきであり,その際に,(b)の信用問題が起こるとしても,最悪の事態を避けるための方策がまったくなかったとはいえないから,信用問題だけを根拠に秘密裏に処理することは,到底許容されるものではない。なお,被告人らが議会の承認を得ようと考えていたのであれば,貸付け後,速やかにそれをしていたはずであり,それをしていない以上,被告人らに議会の承認を得ようとの意図がなかったことを推認させる事情といえる。
④について,原判決の指摘する点は,単に当時の県関係者には組織的犯罪としての認識が希薄であったと考えられる事情にすぎない。
⑤について,被告人丙は,(b)に対する支援が不当であるという率直で正当な意見を具申する部下職員に対し,その地位を笠に着て,感情的に封殺するだけであり,合理的な説明をして納得を得ようとしたとはいえないし,また,財政課の強い反対を受けた際も,被告人甲の県職員に対する影響力を背景に,結局は持論を押し通しているのであり,被告人丙の言動からは,前記政策の重要性を理解させようとの姿勢があったともうかがわれない。なお,被告人乙の対応についての原判決の見方も一面的過ぎる。
また,原判決は,⑥被告人3名は,第1次貸付けの際,詐取被害を認識していなかった上,(b)の事業の存続が可能であると認識していたものと認められ,物的給付から就労対策,産業振興へと政策転換しつつあった同和対策事業の中で,その重要な一翼を担う部署として商工労働部が位置付けられていたことに照らすと,客観的には任務違背が肯定でき,また,被告人3名において,貸付金の回収が困難になるおそれがあることを認識していたとしても,一方では貸付けにより事業を存続させることが可能であるという認識も有していたのであって,被告人3名は,(b)が倒産することにより確実に生じる同和対策としての政策面における不利益と,これを回避したときに生じかねない主に経済的な不利益とを比較考量した上,(b)の事業の存続を図ることが県行政に課せられた使命であるとして,第1次貸付けの途を選択したと考えても不自然ではなく,かえって,主として,同和対策,地域産業振興の見地から,公益を図る目的で第1次貸付けに及んだものと認めるのが相当である,とする。
しかしながら,⑥について,被告人3名は,前記のとおり,高度化資金貸付けについて詐取被害を認識し,(b)の事業存続が可能とは考えていなかったと認められるから,原判決は前提を誤っている。そして,被告人らが,いかに同和対策事業における就労対策,産業振興対策等の政策目的を有していたとしても,前記認定した(b)の状態や,被告人らのおかれた前記状況等とを併せて総合的に検討すると,上記政策目的は,従たるものにすぎないといわざるを得ず,第1次貸付けをすることは,県に損害を生じさせる目的があったというほかない。
(5) 以上によれば,被告人3名について,平成13年5月31日付け起訴に係る公訴事実記載の背任罪が成立する。
3 第2次貸付けに至る経緯等
関係証拠によれば,以下の事実が認められる。
(1) 第1次貸付け後も,(b)の業績は改善せず,平成9年3月期には4億1000万円余の損失を計上し,深刻な資金難に陥った。
平成9年(以下,特に断らない限り,同年中を指す。)2月初めころ,R知事,被告人甲,被告人乙,被告人丙らが出席し,平成9年度予算の知事査定が行われ,被告人乙が,中小企業金融対策事業費に区分される「産業パワーアップ融資制度」に関する知事に対する説明の場で,具体的な貸付け対象を(b)ほか1件とする案件について,説明を始めたところ,被告人甲は,ごちゃごちゃいうことはない,つけないといけないだろう,もういいなどと述べて被告人乙の説明を制止した。知事査定の場で担当部長の説明を副知事が制止するなどということは,極めて異例のことであった。そして,同制度について商工労働部の20億円の予算要求が認められ,3月24日,上記制度要綱が制定された。
しかしながら,平成9年度予算に盛り込まれた産業パワーアップ融資制度についても,商工労働部から議会に対し,協調融資を前提とする旨の説明がされたものの,それが県の直貸しに用いられるとの説明はなかった。
それに先立ち,被告人乙は,転がしに伴う(e)銀行の期末1日融資に当たり,同銀行の要望に沿って,3月18日付けで「平成9年度におきましても融資事業を継続して執り行います。つきましては,当制度の融資先であります下記の法人((b)を指す。)に係るつなぎ融資につきまして,貴行に格段のご配慮をお願いします。」などと記載した念書を交付し,(e)銀行がこれに応じた。
(2) 被告人丙は,4月期の異動により転出し,後任にM課長補佐が商工政策課長に昇格した。Mは,遅れていた(b)の経理の一本化を図って全部協業化を進めるため,S会計事務所に調査を依頼し,同月23日,県庁西庁舎において,被告人乙,M,T同課課長補佐,U経営流通課長,H,Iらが出席し,S会計士から(b)の経理全般のほか,Aらがした(g)建設からの借入れによる増資の際の金の流れ等について説明があり,併せて,(b)を構成する組合員が債務超過,あるいは,資本金に欠損金が生じている状態にあること,(b)自体も資本金に欠損金が生じていること等が判明した。上記説明を受けても,被告人乙らが特に驚いた様子はなかった。
(3) Aは,現状のままでは倒産を免れないと考え,業務を縮小し,人件費を抑制して事業の存続を図るため,e工場の売却や特に採算の悪い工場(h工場,b工場)の閉鎖のほか,中国人研修生の受入れなどを考えるようになり,5月下旬ころから,商工労働部に対し,e工場の売却と同工場に設定された県の抵当権を解除して欲しい旨相談し,結局,県より先順位で(e)銀行等の担保権が設定されており,県にとって実質的な担保価値がなかったことから,これを解除することとなった(なお,Aは,不採算工場を整理処分する一方,業績の比較的良かったg工場を残し,本社工場との2工場体制を考えていたが,その後h工場の処分を検討する中で,g工場についても処分することとなり,最終的に本社工場だけを残して他を分離することになった。)。
7月に入り,Mらは,(b)が8月に倒産しかねないほど資金繰りが悪化しており,それを凌げたとしても,12月に再度倒産の危機を迎えかねないことを把握し,e工場の売却を条件に,高知県(j)協会に対して支援を要請し,8月11日,(j)協会は,これが最後であるとして保証に応じ,(e)銀行が(j)協会の保証付きで4500万円の運転資金の貸付けを実行した。
(4) 11月に入り,(b)の12月の資金繰りの目処が全く立たない状況となり,11月17日,県,(b),高知県(j)協会の三者協議の場で,商工労働部から,平成9年度の売上げとして20億8000万円を見込んでいたが,最大でも17億円に止まること,経常利益として1億6800万円の黒字を予定していたが,1億2100万円の赤字が見込まれること等が報告された。そして,県が(j)協会に対し,保証を要請したが,(j)協会のV保証部長等は,8月の時に次はない旨言っていた,売上げもどんどん落ちている,返済財源,業績からも明るい材料がない,前回より見通しが暗くなっている,e工場が売却できなければ今後の支援はできないなどとして拒絶した。
被告人乙は,11月18日の部内協議の際,親を生き残らすためには,子を切るしかない,雇用の確保はもう言わないなどと述べるようになり,また,このころ,部内において,自分の在任中は((b)を)潰さないようにしてくれなどとも発言していた。
11月20日ころ,Aは,Mらから(b)の資金繰りの現状や売上計画等を書面にまとめて提出するように言われ,Lに対し,平成10年度の売上げを水増しして,10億円くらいの計画書を出すように指示し,同月26日付けの資料(「経営改善への支援継続について(お願い)」と題する書面)を提出したが,それによれば,製品売り(生地買い)が14億円,加工品が5億円の合計19億円になるというもので,(b)の実情からすれば,明らかに過大な実現不可能な内容であり,商談状況から見込まれる数字を水増ししたり,いまだ受注が見込める状況に至っていないものについても,適当な数字を記載したりしていた。
11月26日,商工労働部内の協議において,現状では,(b)には,12月に1億円,平成10年1月に5000万円,同年6月に1億円の資金不足が見込まれること,(b)の倒産を回避するには,県が直貸しするほかないことなどが報告された。その際,被告人乙は,大義名分がないと金は貸せない,返済が不確実なものに追貸しすることは,もはや自分では判断しかねる,再建計画案を立てて,被告人甲の判断を仰ぐなどと述べた。
そのころ,(l)事業は,当初予想に反して赤字の状況であり,(k)は,売上不振のため,11月中に(l)事業からの撤退を決定しており,同事業の平成9年度の売上げは6億5000万円に止まり,11月末日付けで,(k)と(b)との業務委託契約は解除された。
また,11月末ころ,Aは,Tから担保として提供すべき物件はないかと尋ねられ,Aの所有する不動産のほか,長男とLが所有する不動産があると述べたが,Aの分については既に先順位の抵当権が設定され,第1次貸付けの際にも,担保として徴求されなかった物件であり,長男とLの分については,その承諾が得られていないと述べた。
Oは,被告人乙から,それまでに県が担保として徴求していた担保物件について再評価するよう指示され,路線価等を基に9月末日現在の価格を算定したところ,第1次貸付けに相当する金額について無担保であることが判明したため,12月1日,報告を受けた被告人乙から対外的に説明できるように書類上だけでも担保があるような資料を作成するよう指示されたことから,やむなく不動産の評価としてはほとんど使われることのない設備近代化資金の担保評価方法を用いて,担保物件の評価額が第1次及び第2次貸付け額を上回っているようにした。
(5) 12月2日ころ,Tは,再度,(j)協会に支援を要請したが,V部長から,石川県(j)協会の例を引き合いに出され,8月の支援が最後であり,先行きの見通しの立たない現状でこれ以上保証をすれば,背任行為となりかねず,これ以上対応できないなどと言われて,保証を拒否された。
12月10日,被告人乙は,それまでの経過から,県が(b)に対し,2億円を直貸しすることもやむを得ないと判断するに至り,部内協議において,Mらに対し,第1次貸付時に強硬に反対していた財政課を説得するように指示した。なお,部内では,償還には40年かかるとの話も出ていた。
同月12日,被告人乙らは,部内協議において,財政課に対する説明の際の理由付けを検討し,(b)に対する県や(e)銀行の既存債権を含め今回貸し付ける2億円の回収を最優先とするなどの方針を決めた後,Mらは,被告人乙の指示を受け,Hらが作成した資料(同日付け「(b)への支援について」と題する書面)に基づき,同日から14日にかけて財政課の説得に努め,14日にHが償還計画の内容についても説明したが,財政課は納得せず,W財政課長から,バケツの底に穴が空いているのに金を突っ込むようなもので,今回2億円を出してもまた資金不足が起きる,2億円を貸すくらいなら雇用対策に使えなどと,第1次貸付けの際にも増して強い反対に遭い,財政課の説得には至らなかった。
Hが策定した償還計画(12月13日付け「利益計画・償還計画」と題する書面)は,売上高に関しては,平成9年度分は既に判明していた同年11月までの実績を反映させ,平成10年度分以降は,「資金繰り表の作成の考え」に従い,(b)から提出された上記資料(「経営改善への支援継続について(お願い)」と題する書面)や発注書に加え,(b)に対するヒアリングの結果から平成10年度分を算定し,そこからその後の生産性の向上や営業面等の向上等を理由に,平成11年度ないし平成13年度分の数字を毎年上昇させ,平成14年度分以降据置きとするものであった。なお,上記償還計画には,売却予定ではあったが,内容は相手方と交渉中であり,未確定であったe工場が,平成10年中に2億5000万円で売却することが織り込まれていたほか,上記償還計画は金融機関及び県の貸付金の元本支払を繰り延べるなどされたため,平成25年時点においても,第1次貸付け,第2次貸付けの合計12億0350万円のうち6億3000万円が,高度化資金貸付けの元本合計14億4350万円のうち12億3341万円が償還未了とされていた。
(6) 12月15日,被告人乙,M,K,Uは,副知事室を訪れ,被告人甲に対し,(j)協会から支援を断られていること,2億円を貸し付けない限り,(b)は年内にも倒産すること,何とか年末の倒産だけは避けたいこと,(b)の現状や縫製業界の現状からすれば非常に厳しいものがあり,2億円を追貸ししたとしても,すぐに(b)が再建できる見込みはなく,貸付金の償還が受けられるとも考えられないこと,ただ,現在,県の指導で工場の分離やリストラを進め,最終的に本社工場だけにする予定であり,そうすれば,本社工場だけは将来的に生き残り,これまでの貸付金を少しでも回収できるかもしれないこと,これまでの分も含め償還には何十年もかかること,これに対し,財政課が2億円を貸すくらいなら失業対策しろと反対していること等を報告し,その判断を仰いだところ,被告人甲は,特に驚いた様子もなく,内容について質問をすることもなく,Uに意見を聞くなどした後,2億の追貸しをやれとは言わないが,個人的にはどうせ2億出すなら失業対策よりも追貸しの方がいいと思うので,再度財政課と話すように指示した。
Mらは,翌16日の財政課との協議の際,被告人甲が2億円を直貸しする意向であることを伝え,財政課も副知事である被告人甲の意向を汲み,その後の協議において,今後は資金支援をしないこと,e工場の売却を含めた全工場の分離の期限を付し,理事全員の報酬を減額させること等が守られることを条件に,2億円の貸付けを了承し,同月18日,産業パワーアップ融資支援審査会において,貸付けについて賛成が得られ,同月25日,(b)に対し,2億円が貸し付けられた。
その際の支出負担行為決議書に添付された担保物件調書(不動産)は,Oが,ほとんどの物件について,平成5年度設備近代化資金の課税標準額を基準に算定したものであり,Lから新規に差し入れさせた不動産の評価額を合わせた評価額は,形式上,第2次貸付け額の2億円を上回る内容となっていたが,実際には,到底それに達しないものであった。
なお,第2次貸付けについても,第1次貸付けと同様,議会に対する説明は何らなされなかった。
(7) その後,平成10年6月までに第2次貸付け時の条件であった,(b)本社工場を除く6工場の分離が行われ(なお,各組合員の負債は各企業に引き継がれなかった。また,e工場は,速やかに売却予定であったが,結局売却できたのは平成11年3月であり,価格は平成9年12月時に見込んでいた2億5000万円の半分以下の1億1000万円であった。),(b)は,工場の分離等に伴う事業縮小と従業員の解雇等により,当面の倒産危機を脱したが,その後も業績が好転することなく,赤字続きのまま,平成13年5月31日,資金難から操業停止に至り,事実上倒産した。
分離後の工場の従業員らの受入れ等について,商工労働部は,財政課に対し,工業振興課が中小企業公社の就職斡旋事業等を通じて支援すると説明していたが,結局,県が具体的な支援策を講じたことはなかった。
平成14年10月29日現在,第1次及び第2次貸付けの貸付金残高は,元金合計11億8380万4643円,利息・損害金合計4億6038万7189円(合計16億4419万1832円)であり,高度化資金の貸付金残高は元金合計14億1307万9465円,損害金合計2億2802万7392円(合計16億4110万6857円)であり,それらを合わせた未償還金額は32億8529万8689円に上っている。
4 第2次貸付けにおける争点とそれに対する判断
(1) 第2次貸付けにおける償還可能性並びに,被告人乙及び同甲の認識について
第2次貸付けは,前記3(1)ないし(4)のとおり,第1次貸付け後も,(b)の業績は一向に改善されず,11月17日,(b)の平成9年度の売上げ見込みが予想より落ち込んでおり,経常利益も黒字予想から赤字見通しに転じていることが判明し,更に(l)事業の撤退が決まり,11月末日付けで(k)との業務委託契約は解除され,また,12月2日ころ,支援要請をした(j)協会の担当者からは,8月の支援が最後であり,これ以上保証をすれば背任になりかねないと言われて保証を拒否され,他に融資を得られる見込みもなく,12月の資金繰りの目処が全く立たない状況で実行されたものであるところ,前記3(5)(6)のとおり,その償還計画は,12月12日から14日にかけて商工労働部による財政課への説得が行われる中,同月13日付けで作成されており,部内で既に貸付けが決断された後に償還計画が作られるということ自体,奇異というべきであるし,同月15日に行われた商工労働部の被告人甲に対する説明の場でも上記償還計画等の資料に基づいた議論はされておらず(なお,第1次貸付け時と異なり,診断班のHらは,それに出席していない。),それにもかかわらず,第2次貸付けについて,被告人甲の判断がなされていることに照らすと,商工労働部にとって,上記償還計画は,専ら財政課に対する説得を目的として作られたものに過ぎないと推認される。また,その内容も,11月に(j)協会の担当者から売上げがどんどん落ちているなどと言われていながら,平成10年度売上高は,平成9年度より減少しているものの,11億4850万円あり,その後全く売上げが減ることなく,平成13年度以降もコンスタントに13億円の売上げがあるとするものであり,(b)の売上げが計画どおり達成されたことがなく,営業担当のLも検察官調書(同番号甲238)において,「自分なりに頑張って営業を行ったが,相変わらずの受注状況で県に提出していた年間10億円を超えるような売上げを達成できるはずなど当初からなかった」旨供述しているように,既に生地買いの柱とされていた(l)事業が頓挫した状況では,達成困難な数字といわざるを得ないこと,また,償還計画策定のもとになった資料は,第1次貸付けの際と同様,(b)が作成,提出した資料であり,診断班において,それを削減したとしても,信頼性が乏しいこと(Aは,検察官調書(同番号甲235)において,「とりあえず売上げを膨らまして提出しておけば,後は県の担当者の方で適当に調整してくれると思い,X((b)の事務局長)に対し,『加工製品の売上げを少なくして自社製品の方を多くすると売上げが上がったようになる,Lにも言っておくから,Lと相談して適当に膨らませて書いておいて』と指示した」旨供述している。),H自身,捜査段階において,「私(H)は,平成8年度から(b)の資金繰りを逐一把握し,どんどん悪化していく(b)の業績を目の当たりにしていたので,2億円の貸付けの際,(b)はまさに倒産寸前の状態であって,新しく2億円を貸し付けたとしても,この2億円について,将来(b)から償還される見込みなどゼロに等しいと分かっていた。」と供述していることなどを総合して考察すると,償還可能性はなかったものと認められる。
所論は,仮に高度化資金の貸付けや第1次貸付けが回収不能であっても,それは第2次貸付けが償還不可能ということを意味せず,第2次貸付けを行い,2億円以上の金員が回収できれば,県に損害を与えたことにならないというべきところ,①償還計画の策定に当たり,<ア>償還計画の基礎となる売上げについては,生地買いの受注が主たる要素となるが,平成8年度の(b)本体の操業開始から平成9年12月までの売上げ実績やそれまでの受注交渉の状況を基礎に実績から割り出された見込額に減算修正率を乗じて売上予測をしており,決して無理な予測といわれるものではなく,平成11年度から平成14年度までの売上げ上昇は,1ないし2パーセントずつである上,平成8年度から平成14年度までの間には,取引の継続による信用の醸成,経験の蓄積による営業力の強化,受注能力の拡大等が見込まれており,その精度は相当高いものといえる,<イ>経費も1パーセントずつの上昇を織り込んでおり,合理的な算出をしている,したがって,利益償還の原資となる利益分の金額についても合理性が認められる,②第2次貸付けを平成15年3月までに回収する前提として,平成14年度までは高度化資金貸付けの返済を凍結し,金融機関に対し,工場売却等担保物件の処分による償還以外の利益償還を平成10年1月から2年間行わないことが予定されており,ともかく第2次貸付けの2億円を最優先に返済させ,確実な回収を図ることが予定されていた,③元金の返済を猶予し,県の第2次貸付けが実行されることについては,中小企業事業団のみならず,(e)銀行と(j)協会にとってもメリットがあり,第2次貸付けを優先して返済する条件を実現できる可能性が存在した,などと主張する。
しかしながら,①について,前記3(5)のとおり,償還計画の内容自体及び策定経緯に照らし,その合理性及び実現可能性を認めることができない。②について,第2次貸付け分のみを最優先で返済させるということは,約10億円という第1次貸付金の返済については,貸し付けて間もない時期であるのに,当分の間,これを要求しないということを意味するものであり,このような配慮をしてまで,第2次貸付けをしなければならない合理的な理由は見い出し難いし,さらには,高度化資金貸付けの返済を平成14年度まで凍結すること,あるいは,金融機関に対し,工場売却等担保物件の処分による償還以外の利益償還を平成10年1月から2年間行わないことを予定するなどして,第2次貸付け分のみを最優先で返済させることにどのような意味があるのか疑問がある上,上記のとおり,第1次貸付け以降,(b)の業績のどこを見ても,その存続が期待できる指標は認められないのであるから,第2次貸付けの2億円自体についても償還可能性がなかったことは明らかである。③について,中小企業事業団や金融機関にとって,(b)が倒産しないことにはある程度メリットがあり,県の第2次貸付けが実行されることについてもメリットがないわけではないが,元金の返済を猶予することには何のメリットもなく,単に猶予を承認したにすぎず,それ以上に県が2億円について優先回収を図ることまで認めていたものではない。以上のとおり,第2次貸付け分の回収が実現できる可能性が存在したとはいえない。所論は採用できない。
そして,被告人乙は,商工労働部長として,第1次貸付け後,第2次貸付けに至るまでの(b)の状況を把握しており,2億円について償還可能性がないことを認識していたことは明らかであるし,被告人甲についても,前記3(6)のとおり,12月15日の被告人乙らによる報告内容自体から,償還可能性がないことを認識していたものと認められる。
(2) 被告人らの任務違背について
前記3(1)ないし(5)のとおり,第2次貸付けは,第1次貸付けによる10億円余りの貸付け後わずか1年ほどでなされており,その間,第1次貸付けをしたにもかかわらず,結局,(b)の業況が悪化の一途をたどっており,県が第2次貸付けをすることで,(b)の倒産を一時的に防止することができたとしても,それは,(b)の倒産回避を目的としたとりあえずの延命策にすぎないのであり,また,(b)は,本社工場を残して全工場を分離させており,もはや地域における従業員の就労の場の確保や地域産業の振興等の公益性も失われているといわざるを得ない。そして,前記(1)で認定したとおり,被告人らが2億円について償還可能性がないことを認識し,かつ,前記3(4)(6)のとおり,第1次貸付けの際と同様,予算について議会の議決を経ず,貸付金回収のための十分な担保を徴求せずに,(b)に対し,2億円を貸し付けていることに照らせば,貸付けの必要性,緊急性を考慮に入れても,本件第2次貸付けは,背任罪における任務違背に該当するというべきである。
そして,以上を前提とすれば,被告人らは,その任務違背についてだけでなく,本件貸付けの回収の見込みがなく,県に同額の損害を加えることについても,確定的に認識認容していたものと認められる。
所論は,①金融機関の追貸しについて背任を認めた裁判例の多くは,それまでの融資の際と相手方企業の状況が大きく変わることを期待できない中で,時間的に追い詰められ,そのまま漫然と融資を行っている事案であるのに対し,被告人らがした第2次貸付けは,赤字部門を完全に分離した上,従業員ベースで規模を4分の1にするというリストラ策を断行し,金融機関の元金返済の一時凍結を前提にしているのであるから,相手方企業の状況が変わる見込みもないのに漫然と融資したものではなく,県として強い指導力を(b)や他の金融機関に発揮できる立場にあり,第2次貸付けの2億円を償還可能にするための前提条件の実現は,ほぼ確実であった,②第2次貸付けにより,(b)本体を存続させることは,一企業の便益を超えた大きな公益性が認められ,他方,(b)の財務状態や倒産の危機に至った理由等については,第1次貸付け後,断続的に診断班が状況把握をしていたことから,十分な事実関係の調査がされており,赤字工場を抱えていたことや(l)事業の失敗が倒産の危機に至った主因であることをつかんでおり,その状態を改善すべく工場の分離や赤字部門の切離しと固定費圧縮による負担の軽減,金融機関からの貸付金の元金返済の猶予等の実施により,(b)が第2次貸付けの返済期間である平成15年3月末まではもちろん,その後も事業継続が合理的に予測されたから,第2次貸付けは任務違背に当たらない,③被告人らは,第2次貸付けの償還計画が合理性を有すると認識していたし,工場の分離や金融機関による元金返済猶予といった第2次貸付けの償還計画が前提とする条件を十分実現可能と認識していたから,任務違背の認識を欠いている,と主張する。
しかしながら,①,②について,(b)が倒産の危機に至った原因は,その借金依存体質や経営者の能力の欠如,メインバンクを持たないまま操業を開始したこと等にあるほか,第2次貸付け時においては,(l)事業に代わる売上げ見込みの柱も見出せず,業績が好転するとは容易に考えられない状況にあったといわざるを得ず,赤字部門の分離や従業員の縮小等のリストラ策等を考慮に入れても,(b)が第2次貸付けの2億円を返済できるための前提条件などなかった。なお,工場の分離策はもともとAが言い出したものであるし,その結果,(b)の公益性は更に大きく低下するに至った上,所論指摘の諸方策は,いずれも(b)の倒産を先送りするための一時しのぎでしかなく,また,県の融資依頼等を再三にわたって拒否してきた金融機関に対し,県が指導力を発揮できる余地もなかった。以上のような状況であったことを前提に考察すると,本件と金融機関の追貸し事例との間に所論がいうほどの大きな違いはない。
③について,既に説示したとおり,被告人らが所論指摘のような認識に至る客観的状況は,そもそもなかったというべきであるから,所論は前提を誤っている。所論はいずれも採用できない。
(3) 図利加害の目的について
前記(2)のとおり,被告人らは,いずれも本人である県に財産上の損害を加えることを認識していたと認められる上,県が高度化資金貸付けによる14億円を超える公金に加え,第1次貸付けによる10億円余の公金をも貸し付けていながら,その後1年ほどで貸付先の企業が倒産することは,従前の高度化資金貸付手続における県の一連の対応や指導等の問題点のみならず,第1次貸付けについては,議会等に諮らず秘密裏にこれを断行し,しかも,それが早々に失敗に帰したことが明白になる結果,県民や議会等から厳しい批判を受け,責任問題が不可避となる事態に至ることを直視せざるを得ない状況であった。
そして,被告人らは,いずれも第1次貸付け当時から副知事あるいは商工労働部長として,それに深く関わっていたのであるから,責任問題を回避する意図を有していたものとみるのが自然である。被告人らにおいて,同和対策としての意図,及び,(b)の倒産防止による貸付金の回収ないしは県の損失を縮小するという目的が全くなかったとまではいえないにしても,それらはいずれも極めて従たる目的に過ぎない。以上のとおり,被告人らは,自己及び(b)の利益を図る目的を有していたと認めるのが相当であり,同時に,県に損害を加える目的を有していたと認めることができる。
所論は,①第2次貸付けを実施しなければ,全工場が平成9年12月時点で倒産し,400名の雇用が直ちに失われていたはずであり,融資を行い,倒産を回避できれば少なくとも当面の雇用は確保されるし,(b)本体は98名の雇用の場となっており,これを確実なものとするためであるから,なお雇用確保の目的があったといえる,②一度企業が倒産してしまえば,これを再び立ち上げることはおよそ不可能であるが,たとえ一部だけでも存続すれば,将来的に新たな産業として発展する可能性があるから,第2次貸付けも事業育成を目的としているといえる,③県は,民間金融機関と異なり,営利を目的とする存在ではなく,公益の多元的な確保を本旨とする存在であるから,民間金融機関の追貸しであれば背任となるような場合であっても,融資先企業が存続し,その企業の雇用が確保されるとともに,その企業が担う産業が保護されるのであれば,それは雇用確保や産業育成という公益目的のある融資といえ,県の役割に適った目的のある融資となり得るものであり,第2次貸付けにおいて,高度化資金貸付けや第1次貸付金の回収の見込みやその意図が乏しくとも,県のためにする目的があったといえる,すなわち県の行う融資の場合,既存融資の完済を目的とする必要がない,④平成9年12月当時,5年程度で2億円が回収される十分な見込みがあり,その後も(b)が相当期間存続すると考えられたから,(b)を倒産させ,たとえ一部であっても,第1次及び第2次貸付けの元金を返済させる可能性をすべて喪失させる選択をする余地はなく,むしろ第2次貸付けを行うことが県の合理的政策判断であり,被告人らは,(b)が倒産することにより確実に生じる同和対策としての政策面における不利益と,これを回避するため2億円を貸し付けた時に生じかねない回収困難という経済的不利益とを比較考量した結果,(b)の事業の存続を図ることが県行政に課せられた使命であるとして,第2次貸付けをしたものであり,現に(b)から分離された工場のうち2工場を除けば,その後も操業を継続しており,平成9年12月に(b)を倒産させていれば,そのような結果は生じなかったし,(b)本体も本件が大々的に報道されなければ現在も操業を継続していた可能性があるから,政策的に明らかに誤っていたとはいえない,⑤第2次貸付けにより,結果的に平成9年12月時点での第1次貸付けに関する責任問題回避という結果が得られたが,被告人らは決してそれを目的としたものではなく,むしろ,自己保身の目的が主たる目的であったとすれば,(b)に対する県の融資が今後も際限なく行われ,それにより第2次貸付けが永久に発覚しないことを前提にしない限り,発覚の危険等を考慮すると第2次貸付けは取り得る選択ではないというべきところ,被告人らは第2次貸付けを最後の融資と考えており,そうであれば,自己保身の目的が主たる目的であったとはいい得ない,と主張する。
しかしながら,①について,既に説示したとおり,そもそも(b)は,県担当者を欺罔し,高度化資金を詐取するような者が代表者を務める企業であって,第1次貸付けに続き,第2次貸付けを行ってまで,絶対に存続を図るべき企業とはいえないし,第2次貸付けにおいては,(b)を構成する各工場の分離を前提にしており,高度化事業の本来の趣旨に反するだけでなく,中国人研修生の受け入れ等を考慮するようになるなど,同和対策や雇用対策とも矛盾し,むしろ(b)の存続自体が自己目的化されたといっても過言ではない。加えて,被告人らは,工場分離に際し,退職した従業員らに対し,就職斡旋等の具体策を何ら講じていないこと等に照らすと,(b)本体における雇用の場が確保されたとしても,それは(b)自体を存続させた結果であって,雇用の確保が主たる目的であったということはできない。
②について,県として,どのような企業であっても存続させなければならないものではないし,いずれ倒産に至るであろう企業に貸付けをして,一時的に存続を図ることが,事業育成を目的としているとはいえない。
③について,既に説示したとおり,第2次貸付けの主たる目的は,被告人らの自己保身及び(b)の利益を図るものであって,雇用確保及び産業育成の目的は極めて二次的,副次的なものであったというべきである。また,公金の貸付けをするに際し,既存融資の完済を目的とする必要がないとの所論は,独自の見解というもので,到底採用できない。
④について,第2次貸付けの時点で,2億円が返済される見込みはなかったし,(b)がその後長期的に存続することが期待できる状況になどなかったから,所論は前提を誤っている。
⑤について,第2次貸付けが(b)に対する最後の融資とされたのは,第1次貸付けに続いて,第2次貸付けにおいても財政課の強硬な反対に遭い,これが最後であるとの姿勢を示されていたため,これ以上公金を投入することについては,県庁内部においても問題が顕在化するなどして,賛同が得られない状況にあったためであり,また,(b)自体,既に各工場を分離しており,担保もない状態で新たな融資を検討しようにも,もはや商工労働部が財政課を説得する材料などなかったからに過ぎない。被告人らは,いずれも第1次貸付けの関係者としての責任やそれが発覚した場合の強い非難を免れない立場にあり,自己の在任中,(b)の問題が発覚するのをおそれ,議会への説明等を一切しようとしていないことに照らし(なお,被告人乙は,自分の在任中は潰さないでくれと露骨な言い方をしている。),第2次貸付けに際しては,主として,(b)の倒産を先送りするとともに,被告人らに対する当面の責任問題の回避を図ったものとみるべきであって,所論指摘の事情が前記認定を左右するものではない。所論は,いずれも採用の限りでない。
(4) 以上によれば,被告人両名について,平成13年6月21日付け起訴に係る公訴事実記載の背任罪が成立する。
5 小括
そうすると,平成13年5月31日付け起訴状記載の第1次貸付けに係る公訴事実については,背任罪が成立するから,被告人3名に対し,無罪を言い渡した原判決には事実の誤認があり,それが判決に影響を及ぼすことも明らかである。また,同年6月21日付け起訴状記載の第2次貸付けに係る公訴事実について,原判決は,被告人甲及び同乙に対し,背任罪の成立を認めながら,被告人らの県に対する加害目的を認めなかったという事実の誤認があり,公務員たる被告人らに県に対する加害目的があったか否かは,その情状面において多大の影響を与えるというべきであり,それが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから,検察官の論旨は理由があり,各弁護人の論旨はいずれも理由がない。
第2破棄自判
そこで,刑訴法397条1項,382条により原判決を破棄し,同法400条ただし書により当裁判所において更に次のとおり判決することとする。
(罪となるべき事実)
被告人甲は,高知県(以下,単に「県」ともいう。)副知事として,県知事を補佐し,県の予算の調製及び執行を含め,県の事務全般を統括掌理していたもの,被告人乙は,県商工労働部長として,被告人丙は,同部商工政策課長として,それぞれ,県の中小企業対策事業に係る貸付け等の事務を分掌していたものであるが,県内企業に対して貸付けを実行するに当たっては,県議会の議決を経た予算の定めるところに従って行わなければならず,さらに,個々の貸付けを実行するに当たっても,貸付先の資産,経営状態の確実性等を十分調査して貸付けの当否を慎重に検討するとともに,確実かつ十分な担保を徴求するなど,貸付金の安全確実な回収のための適切な措置を講じ,県に損害を加えることがないようその職務を遂行すべき任務があったところ,
第1 高知県k市lm丁目n番地oに主たる事務所を置く協業組合(b)(代表理事A,以下「(b)」ともいう。)に対しては,既に中小企業事業団法(当時)に基づく中小企業高度化事業(特定)資金(以下「高度化資金」ともいう。)として,平成7年4月10日に4億9100万円,平成8年5月30日に9億5250万円を貸し付け,その際,上記Aらが,同事業計画において必要とされる自己資金の調達をせず,借入金により増資を仮装するなどし,県から高度化資金を詐取したことが判明していたばかりか,(b)の業績は悪化するばかりで回復の見込みもなく,自己資金の不足等から資金繰りに窮して破綻の危機にあり,高度化資金の償還の目処も立たず,県が新規貸付金の担保として徴求する物件の担保価値もなかったのであるから,このような状況で(b)に新規貸付けを実行すれば,その債権の回収の見込みが極めて困難であることを十分認識していながら,被告人3名は,共謀の上,自己らの保身及び(b)の利益を図り,県に損害を加える目的をもって,上記任務に背き,本件貸付けに係る予算につき県議会の議決を経ず,かつ,貸付債権回収のための確実かつ十分な担保を徴求せず,他に確実な回収をするための適切な措置を講じることなく,平成8年9月25日,殊更(b)だけを貸付け対象とする内容の「平成8年度地域産業高度化支援資金制度要綱」を定めた上,別紙一覧表記載のとおり,(b)に対し,同年9月27日から同年12月13日まで,4回にわたって,合計10億0350万円の貸付けを実行し,よって,同貸付金の回収を著しく困難にさせ,もって,県に同額の財産上の損害を加え,
第2 高知県は,(b)に対しては,既に高度化資金として,平成7年4月10日に4億9100万円,平成8年5月30日に9億5250万円を貸し付け,続いて,「平成8年度地域産業高度化支援資金」として同年9月27日から同年12月13日までの間に,4回にわたって,合計10億0350万円を貸し付けており,さらに,高度化資金貸付けの際,前記Aらが,同事業計画において必要とされる自己資金の調達をせず,借入金により増資を仮装するなどし,県から高度化資金を詐取したことが判明していたばかりか,(b)の業績は悪化するばかりで回復の見込みもなく,自己資金の不足等から資金繰りに窮して破綻の危機にあり,前記各貸付金の償還の目処も立たず,県が新規貸付金の担保として徴求する物件の担保価値もなかったのであるから,このような状況で(b)に新規貸付けを実行すれば,その債権の回収の見込みのないことを十分認識していながら,被告人甲及び同乙は,共謀の上,自己らの保身及び(b)の利益を図り,県に損害を加える目的をもって,前記任務に背き,本件貸付けに係る予算につき県議会の議決を経ず,かつ,貸付債権回収のため確実かつ十分な担保を徴求せず,他に確実な回収をするための適切な措置を講じることなく,「平成9年度産業パワーアップ融資資金」として,平成9年12月25日,(b)に対し,2億円の貸付けを実行し,よって,同貸付金の回収を著しく困難にさせ,もって,県に同額の財産上の損害を加え
たものである。
(証拠の標目)
省略
(確定裁判)
被告人丙は,平成12年4月11日,高知地方裁判所で有印私文書偽造,偽造有印私文書行使,詐欺,背任罪で懲役4年6月に処せられ,同裁判は同月26日確定したものであって,この事実は検察事務官作成の前科調書(原審検察官請求証拠番号乙33)によってこれを認める。
(法令の適用)
被告人3名の判示第1の所為はいずれも刑法60条,247条に,被告人甲及び同乙の判示第2の所為はいずれも同法60条,247条にそれぞれ該当するので,各所定刑中いずれも懲役刑を選択し,被告人甲及び同乙について,いずれも,以上は同法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,10条により犯情の重い判示第1の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人甲を懲役2年2月に,被告人乙を懲役1年8月にそれぞれ処し,いずれも同法21条を適用して原審における未決勾留日数中各100日をそれぞれその刑に算入し,被告人丙について,以上は上記確定裁判があった罪と同法45条後段の併合罪であるから,同法50条によりまだ確定裁判を経ていない判示背任罪について更に処断することとし,その所定刑期の範囲内で同被告人を懲役1年6月に処し,原審及び当審における訴訟費用につき,刑訴法181条1項ただし書を適用して,被告人らに負担させないこととする。
(量刑の理由)
本件は,地方公共団体である県の副知事,担当部局の部長,課長の各要職にあって,県の中小企業対策事業に係る貸付事務等を担っていた被告人らにおいて,県内の協業組合が既に県から合計14億円余りの貸付けを受けていたのに,事業開始後間もなく倒産の危機にあるとして窮状を訴えられ,上記協業組合の代表理事らが,資金不足から工事業者と結託し,県の指導等に反して,貸付け時の条件とされていた自己資金の調達をせず,増資を仮装するなどして,上記貸付金を県から詐取していた等の事情を知りながら,上記協業組合に対し,(1)被告人3名が,4回にわたって合計10億0350万円を不正に融資し(判示第1),(2)被告人甲及び被告人乙が,その約1年後に,更に2億円を不正に融資して(判示第2),それぞれ県に同額の損害を与えた背任の事案である。
被告人ら3名は,それぞれ上記協業組合による県の詐欺被害の実態を知った経緯や時期こそ異なるものの,いずれも行政に携わる公務員として公金を扱う立場にあるだけでなく,県幹部として公金の不正な支出を防止し,監督すべき立場にあるにもかかわらず,上記協業組合が倒産すれば,上記詐欺の事実に気付かないまま,同組合に対し,多額の貸付けをしていたそれまでの県の指導や対応等が不十分であったなどと県政の不祥事として厳しい批判がなされる事態に至ることを恐れ,自己らの責任を回避し,第三者である上記協業組合の利益を図る一方,県に損害を加える目的で本件各犯行に及んだものであって,動機,経緯に酌むべき事情が乏しいこと,犯行態様は,部下や財政課の反対意見を押し切った上,上記協業組合等から徴求すべき担保がないのに,それがあるように装い,予算に関する議会の監視をかいくぐるため,殊更議会への説明を回避するなどして融資を強行した悪質なものであること,個別にみれば,被告人甲にあっては,県副知事として県の事務全般を統括掌理すべき立場にあり,本件貸付けについて,県知事に代わる専決権限を有し,県の財政課勤務が長く,財政事情やその手続等にも精通していたのであるから,部下である相被告人らからの意見であったとしても,県民から託された責務の重大性にかんがみると,毅然とした態度で,本件あるいは本件に至るまでの問題点を直視し,本件貸付けを阻止しなければならないにもかかわらず,逆に,副知事という立場と影響力を行使して,融資に強硬に反対する財政課を直接あるいは間接に説得するなどし,更には上記のとおり,議会に対する説明を回避する方法をも用いて,2度にわたって本件貸付けを実行させたものであり,その責任は最も重いこと,被告人乙にあっては,担当部局である商工労働部長として部下を指揮監督すべき立場にありながら,2度にわたって本件貸付けを実行し,第2次貸付けについてはこれを主導しており,被告人甲に次いで責任が重いこと,被告人丙にあっては,同部商工政策課長として本件貸付けを直接所管する立場にありながら,第2次高度化資金の支出命令を専決して以降,部内において第1次貸付けを強力に推進し,被告人乙及び被告人甲を説得させるに至っており,本件の発端を形成したものとして,その責任は重いこと,また,本件貸付けを違法ないし不当と考えて消極的な意見を具申した部下を結果的に本件犯行に加担させる役割等を担わすに至っており,県職員の健全な職業倫理や使命感等に与えた悪影響も軽視できないこと,本件による県の損害は合計約12億円と多額で,県の財政に与えた影響は甚大であること,それにもかかわらず,被告人らは,いずれも被害弁償の措置を講じておらず,県の損害の回収の目処も立っていないこと,被告人らは,いずれも捜査段階においては犯行を認めながら,その後,原審公判段階において,当初又は途中から犯行を否認するに至り,責任の回避と不合理な弁解に終始しており,真摯な反省の態度に欠けること,規範意識も希薄とみられる上,県行政を託された幹部職員としての責任感や自覚に欠けることなどに照らすと,本件の犯情は悪く,被告人らの刑事責任は重いというべきである。
他方で,高知県においては,同和対策にしても,中小企業振興策にしても,かねてから行政上の重要課題とされ,とりわけ前者の比重には大きいものがあり,被告人らとして,たとえ問題のある企業であっても,その倒産を甘受するには相当の決断を要したことは想像に難くないこと,これまで政策融資に対しては,ほとんど刑事責任が問われた例がなく,そのため,本件時,被告人らの違法性の意識が乏しかった面を否定できないこと,被告人甲及び同乙には前科がないこと,被告人らには何ら金銭的利得はなく,本件で私腹を肥やしたものでもないこと,被告人甲が75歳,被告人乙が64歳とそれぞれ相当の年齢に達していること,被告人丙については,判示第2の犯行に関与していない上,前記確定裁判に係る罪は本件背任罪と刑法45条後段の併合罪の関係にあり,同罪について既に刑に服しており,量刑上斟酌する必要があることなど,各被告人のために酌むべき諸事情を十分考慮しても,本件が刑執行猶予を相当とする事案とは認められず,被告人らに対しては,いずれも主文掲記の実刑に処するのが相当である。
よって,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 古川博 裁判官 河田泰常 裁判官 幅田勝行)
別紙一覧表
番号
貸付年月日
貸付金額
1
平成8年9月27日
6億1900万円
2
平成8年11月15日
1億円
3
平成8年11月29日
1億円
4
平成8年12月13日
1億8450万円
合計
10億0350万円