高松高等裁判所 平成15年(ネ)293号 判決 2006年5月18日
控訴人
X
同訴訟代理人弁護士
中野麻美
同
高田義之
被控訴人
株式会社伊予銀行(以下「被控訴人伊予銀行」という。)
同代表者代表取締役
L
被控訴人
いよぎんスタッフサービス株式会社(以下「被控訴人ISS」という。)
同代表者代表取締役
M
上記両名訴訟代理人弁護士
米田功
同
市川武志
同
大熊伸定
同
丸山征寿
同
小川佳和
主文
1 控訴人の被控訴人伊予銀行に対する控訴に基づき,原判決中,控訴人の被控訴人伊予銀行に対する損害賠償請求を棄却した部分を次のとおり変更する。
(1) 被控訴人伊予銀行は,控訴人に対し,金1万円及びこれに対する平成12年10月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 控訴人の被控訴人伊予銀行に対するその余の損害賠償請求を棄却する。
2 控訴人の被控訴人伊予銀行に対するその余の控訴(当審追加請求を含む。)及び被控訴人ISSに対する控訴(当審追加請求を含む。)をいずれも棄却する。
3 訴訟費用の負担は次のとおりとする。
(1) 控訴人と被控訴人伊予銀行との間について
控訴人と被控訴人伊予銀行との間に生じた訴訟費用は,第1,第2審を通じてこれを100分し,その99を控訴人の,その余を被控訴人伊予銀行の各負担とする。
(2) 控訴人と被控訴人ISSとの間について
控訴人と被控訴人ISSとの間に生じた控訴費用は控訴人の負担とする。
4 この判決の第1項(1)は,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 (主位的請求)
(1) 控訴人が被控訴人らに対し,労働契約上の権利を有することを確認する。
(2) 被控訴人らは,連帯して,控訴人に対し,平成12年7月1日以降,本判決確定に至るまで,毎月15日限り,月額11万円を支払え。
3 (予備的請求)
(1) 控訴人が被控訴人ISSに対し,労働契約上の権利を有することを確認する。
(2) 被控訴人ISSは,控訴人に対し,平成12年7月1日以降,本判決確定に至るまで,毎月15日限り,月額11万円を支払え。
(上記第2項及び第3項につき,控訴人は,原審における請求を,2004〔平成16〕年10月4日付準備書面でもって,主位的請求及び予備的請求と順序を付した。)
4 被控訴人伊予銀行は,控訴人に対し,400万円及びこれに対する平成12年10月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 被控訴人ISSは,控訴人に対し,300万円及びこれに対する平成12年10月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
6 訴訟費用は,第1,第2審とも被控訴人らの負担とする。
7 第2項(2),第3項(2),第4項及び第5項につき,仮執行の宣言
第2事案の概要
1 原審における請求内容
本件は,昭和62年2月以降,労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律(以下「派遣法」という。)による派遣元事業主である伊豫銀ビジネスサービス株式会社(以下「IBS」という。)ないし被控訴人ISS(IBSの人材派遣事業部門に係る営業を譲り受けた者)の派遣労働者として,派遣先である被控訴人伊予銀行において支店業務に従事していたという控訴人が,被控訴人ISSが平成12年5月31日をもって労働者派遣を終了したこと(雇止め)に関し,雇止めに至る過程に被控訴人らの種々の違法行為が存在し,上記雇止めは違法,無効であるなどと主張して,原審において,被控訴人らに対し,次の請求をした事案である。
(1) 雇用関係存在確認請求,賃金請求
被控訴人ISSのした上記雇止めは,権利の濫用として許されず,また,被控訴人伊予銀行との間で黙示の労働契約が成立しているとして,被控訴人らに対し,控訴人が労働契約上の権利を有することの確認を求めるとともに,平成12年7月1日から本判決確定に至るまで,毎月15日限り,月額11万円の賃金の支払を求める。
(2) 損害賠償請求
被控訴人ISSのした上記雇止めに至る過程等で,控訴人は,次のような違法行為を受けたなどとして,被控訴人らに対し,次のとおり損害賠償の請求をする。
ア 被控訴人伊予銀行に対し
(ア) 被控訴人伊予銀行のC石井支店長代理,D石井支店長,G人事部長のした控訴人に対するいじめ行為等により,控訴人は精神的苦痛を受けたとして,使用者責任(民法715条1項)に基づき,慰謝料合計200万円(C支店長代理の行為につき100万円,D支店長及びG人事部長の行為につき各50万円)及びこれに対する不法行為の後(訴状送達の日の翌日)である平成12年10月12日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(イ) 被控訴人伊予銀行は,派遣先として派遣労働者の就労上の指揮監督権を適法,適正に行使すべき信義則上の義務があるにもかかわらず,これを違法に行使して,控訴人に就労義務のない就労を指示し,控訴人のプライバシーにわたる事項を収集するなどして上記義務に違反したとして,不法行為に基づき,慰謝料200万円及びこれに対する不法行為の後(訴状送達の日の翌日)である平成12年10月12日から支払済みまで前同様の遅延損害金の支払を求める。
イ 被控訴人ISSに対し
(ア) 被控訴人ISSは,控訴人がC支店長代理からいじめを受けているのを認識しながら誠実な対応をせず,また,派遣元事業者として派遣労働者への雇用責任を果たすべき義務を怠り,被控訴人伊予銀行の意向に追従して控訴人を雇止めする違法行為をしたとして,労働契約上の債務不履行又は不法行為に基づき,慰謝料100万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日(不法行為に基づく請求にあっては不法行為の後)である平成12年10月12日から支払済みまで前同様の遅延損害金の支払を求める。
(イ) 被控訴人ISSは,労働契約上の附随義務として,派遣元として法令上の責任を果たすことはもちろん,適正な雇用管理のため尽力すべき義務があるにもかかわらず,被控訴人伊予銀行による上記ア(イ)の義務のない就労指示,プライバシー侵害に関与し,若しくは放置して上記附随義務の履行を怠ったとして,労働契約上の債務不履行に基づき,慰謝料200万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成12年10月12日から支払済みまで前同様の遅延損害金の支払を求める。
2 原審の判断
原審は,控訴人の被控訴人らに対する雇用関係存在確認請求及び賃金請求につき,控訴人と被控訴人ISSとの間の雇用契約は,平成12年5月31日の経過により終了しており,控訴人と被控訴人伊予銀行との間に黙示の雇用契約が成立したとは認められないとして,いずれも棄却した。
次に,控訴人の被控訴人らに対する損害賠償請求につき,被控訴人伊予銀行が不法行為責任を負うとは認められず,被控訴人ISSが債務不履行責任又は不法行為責任を負うとも認められないとして,いずれも棄却した。
3 控訴人の控訴,当審における訴えの変更等
これに対し,控訴人が原判決を不服として控訴した。
控訴人は,当審において,雇用関係存在確認請求及び賃金請求につき,主位的に,被控訴人らに対し,雇用関係存在確認及び賃金の連帯支払を求める請求をし,予備的に,被控訴人ISSに対し,雇用関係存在確認及び賃金の支払を求める請求をする旨述べた(控訴人の2004〔平成16〕年10月4日付準備書面)。
また,控訴人は,当審において,被控訴人らに対する損害賠償請求につき,請求原因事実を追加主張して,損害賠償請求に係る訴えを追加した(控訴人の2004年5月10日付準備書面)。
第3争いのない事実
1 原判決の引用
次の2のとおり原判決を補正するほか,原判決第3(2頁18行目から4頁6行目まで)記載のとおりであるから,これを引用する。
2 原判決の補正
(1) 原判決2頁22行目の「なお」から23行目末尾までを「そして,IBSと被控訴人ISSは,被控訴人ISSが平成元年12月1日をもって同年11月30日現在のIBSの人材派遣部門の営業の譲渡を受け,その際,IBSの譲渡すべき営業に使用する従業員についても引継ぎを受ける旨の営業譲渡契約を締結した(<証拠略>)。」に改める。
(2) 同3頁3行目の「遅くとも」から6行目末尾までを「また,控訴人と被控訴人ISSは,少なくとも,平成4年12月以降,毎年2回,雇用契約書を作成していた。これらの契約書には,いずれも雇用期間を12月1日から翌年5月31日まで,又は6月1日から11月30日までとする旨の記載及び時給についての記載等がある。さらに,被控訴人ISSは,少なくとも平成4年6月以降,控訴人に対し,石井支店を通じて6か月毎に派遣法34条所定の事項が記載された派遣社員就業条件明示書を交付していた。この書面には,就業期間として6月1日から11月30日まで,又は12月1日から翌年5月31日までとの記載がある。」
第4争点及び争点についての当事者の主張
1 原判決の引用
次の2のとおり原判決を補正し,次の3及び4のとおり当審における当事者双方の補充主張及び追加主張をそれぞれ付加するほか,原判決第4(4頁7行目から23頁28行目まで)記載のとおりであるから,これを引用する。
2 原判決の補正
(1) 原判決4頁27行目の「締結したのだとしても」を「締結していたとしても」に改める。
(2) 同10頁15行目の「巡回をしていた」を「問屋町支店や石井支店を巡回していた」に改める。
(3) 同13頁17行目の「IBS及び被告ISS」を「IBSないし被控訴人ISS」に改める。
(4) 同17頁11行目の「民法715条」の次に「1項」を加える。
(5) 同19頁16行目の「債務不履行及び不法行為」を「債務不履行又は不法行為を構成する」に改める。
(6) 同21頁1行目末尾の次に改行して次のとおり加える。
「エ まとめ
よって,控訴人は,被控訴人伊予銀行に対し,不法行為に基づき,慰謝料400万円(上記ア(ア)ないし(ウ)及びウの合計額)及びこれに対する不法行為の後(訴状送達の日の翌日)である平成12年10月12日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに,被控訴人ISSに対し,労働契約上の債務不履行又は不法行為(ただし,上記イに関して)に基づき,慰謝料300万円(上記イ及びウの合計額)及びこれに対する訴状送達の日の翌日(不法行為に基づく請求にあっては不法行為の後)である前同日から前同様の遅延損害金の支払を求める。」
(7) 同23頁17行目の「解雇ではないのだから」を「解雇ではないから」に改め,28行目を次のとおり改める。
「ウ 控訴人のその余の主張について
被控訴人らの損害賠償責任に関する控訴人のその余の主張は,いずれも否認ないし争う。」
3 当審における当事者双方の補充主張
(1) 控訴人の主張
ア 控訴人の雇用関係に関する主張の枠組み
(ア) 派遣法は,職業安定法によって禁止された労働者供給事業の中から,<1>派遣元が独立して事業を営み,名実ともに労働者に対する雇用主として責任を負担し,<2>派遣先に対しては労働者との労働契約締結によって取得した指揮命令権を賃貸することにより,その範囲内において派遣先に指揮命令権を付与し,<3>派遣先は当該労働者を雇用しないもの(以上が労働者派遣の定義である。)を抽出し,労働者派遣事業の許可届出制を前提として,法律に定められた活用制限の範囲内においてこれを合法化した。
労働者派遣関係は,上記の法律による労働者派遣の定義及び活用制限の適法な範囲内において成立し,これを逸脱した場合には,別途,労働者派遣関係以外の法律関係の成立(直接雇用関係の成立)の余地がある。
(イ) このうち,派遣元事業主に関する要件は,派遣先企業の第二人事部としての機能を有しない事業主としての独立性が要請されるものであり,その趣旨は,「専ら派遣」を禁止して,これを営まないことを許可要件としていることにも現れている。
(ウ) さらに,上記(ア)の労働者派遣の定義のうち,<2>及び<3>については,派遣先は,派遣労働者に対する関係では,賃貸を受けた範囲(労働者派遣契約及び派遣労働契約の範囲)において指揮命令権を行使する限度でのみ,使用者としての責任と権限を有するものであり,これを超えて雇用主としての責任と権限までも有するものではない。
したがって,法律は,この関係が成立する時点から終了する時点まで,次のように契約関係上の権限と責任を整理し,場合によっては派遣先による一定の行為を禁止さえしている。
a 派遣先による特定行為(派遣元による協力行為を含む。)の禁止
b 許可・届出を受けない派遣元事業主からの労働者派遣受入れの禁止
c 法律及び労働者派遣契約の範囲に指揮命令権は制約されること
d 労働者派遣契約の締結とその履行にのみ責任を負担するものであって,派遣労働契約の締結と同じように,終了には関与しないものであること
派遣先は,上記aないしdのルールに従う限りにおいて,指揮命令権を行使するものとしての範囲において労働法上の責任を負担し,その他の契約当事者としての責任を免れることができる。
(エ) 上記(イ)及び(ウ)の要件は,労働者派遣に係る法律関係を成立させる基本的な要件であり,労働者派遣関係の形式はあっても上記の要件を欠いているときは,実質的には,就労先と労働者との間に,就労先が労働者に対する雇用関係上の責任を負担すると考えられる余地があり,雇用に関する原則的な処理が行われるべきである。
とりわけ,上記(イ)及び(ウ)の要件のいずれも欠いている場合には,<1>派遣元事業主が独立して雇用責任を果たしているとは認められず,<2>その反面,派遣先事業主が,労働者派遣の基本的な関係を無視して,派遣労働者との間で,直接これを超える法律行為を重ねて労働関係上のルールを形成しているものとみられるのであって,そのような場合には,労働者と派遣先との間で直接の契約関係が形成されたものと認められる。
この場合,派遣元事業主たる企業が,賃金の支払,源泉徴収,労働・社会保険関係の成立などにおいて雇用主としてその責任を果たしている場合であっても,上記の判断は不要である。その場合,賃金の支払,源泉徴収等の行為は,第1には,これらの業務については就労先から委託を受けてその事務を履行しているもの,第2には,派遣元事業主との関係において実質上の雇用関係が成立しているものであるとしても,派遣先との関係においても二重に雇用関係が成立するものとして評価されることになる(在籍出向関係類似の法律関係の成立)。
そして,こうした場合の派遣先の雇用主としての責任は,ケース・バイ・ケースで相対的に判断されることがあっても構わない。すなわち,労使関係上の責任,労働災害発生における責任,雇用関係終了における責任など,派遣先が,法律に定められた適法な基礎を逸脱した局面に対応した責任の取り方は,信義則に従って弾力的に判断することができる。このことは,既に多くの裁判例が,労働法上の責任が問われる場面ごとに,その要件を判断してきているところであって,これと同様に考えられるべきである。
(オ) ところで,派遣法は,常用代替防止と派遣労働者の雇用及び労働条件保護の要請に基づいて,労働者派遣の活用を業務と期間の組合せによって厳しく制限している。この制限の基本趣旨である常用代替とは,労働者派遣が常用雇用を侵食して労働市場全体に悪影響を及ぼすことのないようにとの社会的要請に基づくものであって,それは労働市場における公序ともいうべきものである。また,派遣労働者の雇用と労働条件保護にあっては,労働法秩序の根幹にかかわり,これまた公序というべきである。そして,派遣法が職業安定法によって禁止された労働者供給事業の例外として法的に容認されたものであるとの基本的枠組みからすれば,派遣法に定める適法な活用の枠組みを逸脱した労働者派遣は,労働者供給事業を禁止した職業安定法の趣旨にも反するというべきである。
以上からすると,派遣法に定める制限を逸脱した違法な労働者派遣関係は,職業安定法の労働者供給事業の禁止規定及び公序に反する。
本件の場合,上記(イ)及び(ウ)の基本的枠組みを逸脱したのみならず,適用対象業務である26業務による労働者派遣の枠組みを逸脱した,いわゆる「違法派遣」であることも,被控訴人伊予銀行の雇用関係上の責任が問われる根拠となるべきものである。
イ 控訴人の雇用関係打切りの効力に関する主張
(ア) 労働契約の当事者
a 控訴人との間で締結された労働契約(以下「本件労働契約」ともいう。)は,控訴人採用時における明示の意思表示により,控訴人と被控訴人伊予銀行との間で成立していた。
b 形式的な労働者派遣関係の外形にもかかわらず,実質的には,派遣法に基づく労働者派遣の基本的な枠組み及び同法2条の労働者派遣の要件(上記アの(イ)ないし(オ))を充たしていないから,控訴人と被控訴人伊予銀行との間に直接雇用関係に等しい契約関係が成立していた。
c 仮に,控訴人と被控訴人らとの間に労働者派遣関係が成立していたとしても,控訴人は,被控訴人ISSとの間で常用型派遣労働契約を締結していた。
(イ) 本件労働契約の内容(期間の定めの有無及びその内容)
a 控訴人は,被控訴人伊予銀行ないし被控訴人ISS,あるいは両者との間で,期間の定めのない労働契約を締結した。
b 控訴人は,被控訴人伊予銀行ないし被控訴人ISS,あるいは両者との間で,期間の定めのある労働契約を締結したが,
(a) 実質的には期間の定めのない労働契約と同等の契約関係が成立していた。
(b) そうでないとしても,期間満了によるも特段の合理的理由のない限り契約を更新して雇用を継続する内容の労働契約が成立していた。
c 控訴人の労働関係が労働者派遣によるものであるとしても,労働者派遣契約の成立と雇用関係の成立とが連動しない常用型派遣であることを条件としていた。
d 仮に,登録型派遣であったとしても,労働者派遣関係の終了が派遣労働契約の終了を自動的にもたらすものではない。
(ウ) 雇用打切りの違法性
a 本件労働契約が被控訴人らのいずれとの間に成立しようと,控訴人は,契約期間の定めのない労働契約を締結したのであり,仮に,期間の定めがあるとしても形式にすぎず,実質的には期間の定めのない雇用契約と同等の契約関係が成立していたから,期間満了をもって控訴人の雇用を打ち切ることはできない。
b 仮に,期間の定めのある労働契約が成立していたとしても,次のとおり,被控訴人らが主張する更新拒絶理由は,特段の合理的な事由などなく,仮にあったとしても,更新拒絶権の濫用として違法,無効である。
(a) 新入社員の人繰りがついたとの更新拒絶理由は,控訴人の雇用を打ち切らなければならない合理的な根拠には当たらない。
(b) 控訴人に協調性がないとの更新拒絶理由は,根拠がなく,控訴人に対する「職場いびり」を隠蔽し,その責任を転嫁するものである。
(c) 被控訴人らは,「職場いびり」に抗議した控訴人に対する制裁的意図をもって,最終的に控訴人を職場から排除する意図をもって,期間満了を口実にして雇用の打切りを行った。
c 仮に,控訴人と被控訴人らとの労働関係が労働者派遣関係にあり,控訴人と被控訴人ISSとの間で登録型派遣の労働契約が成立していたとしても,被控訴人らの間で締結された労働者派遣契約の打切りは,被控訴人伊予銀行の権限濫用によるものであるから,違法,無効であり,これを理由に派遣労働契約を解除ないし打ち切ることもまた,権限の濫用として違法,無効である。
(エ) 控訴人の権利
a 控訴人は,被控訴人伊予銀行との間で労働契約上の権利を有する。
b 控訴人は,被控訴人ISSとの間で労働契約上の権利を有する。
c 控訴人は,被控訴人ISSとの間で労働契約関係上の権利を有し,被控訴人伊予銀行の指揮命令を受けて就業する権利を有する。
d 上記a及びbの権利は両立するものであり,cの権利は,上記a及びbに対する予備的主張である。
ウ まとめ
よって,控訴人は,主位的に,被控訴人らに対し,労働契約上の権利を有することの確認を求めるとともに,同契約に基づき,平成12年7月1日から本判決確定に至るまで,毎月15日限り,月額11万円の賃金の連帯支払を求め,予備的に,被控訴人ISSに対し,労働契約上の権利を有することの確認を求めるとともに,同契約に基づき,平成12年7月1日から本判決確定に至るまで,毎月15日限り,月額11万円の賃金の支払を求める。
(2) 被控訴人らの反論
ア 派遣法違反の効果について
(ア) そもそも,特別法は一般法に優先し,後法は前法に優先する。派遣法は,形式論理上は労働基準法や職業安定法の例外規定であるとしても,労働基準法の就業介入営利事業禁止の原則(6条)や職業安定法の労働者供給事業及び同事業からの労働者受入禁止の原則(44条)は,派遣法の制定(昭和60年),改正(平成2年,平成6年,平成8年,平成11年,平成15年)に伴って重大な修正が加えられている。
派遣法は,昭和60年制定当時,産業構造の変化と就業形態の多様化が進む中で,労働の需要側と供給側のニーズに対応して一定の資格要件のもとに許可もしくは届出により,職種を限定した人材派遣事業を行うことを認めたが,法律の施行(昭和61年7月)後,派遣労働者を受け入れる企業は増加し,また,就労意識の変化する中で積極的に派遣という雇用形態を望む労働者も出てきて,人材派遣事業は拡大してきた。そして,平成11年改正(同年12月1日施行)によって特定業務は除外されたが,原則として派遣対象業務を制限しないこととされ,平成15年,さらに規制が緩和されている。それは,今日,就業介入営利事業の禁止や職業紹介の国家独占が,むしろ雇用問題の桎梏となってきたからである。
したがって,労働基準法6条や職業安定法44条が原則的規定であるからといって,これを厳格に解する必要はない。遅くともILO181号条約が批准され,職業安定法が改正された平成11年以降は,労働基準法6条は,もはや現行法制下における存在の意味を失っている。
(イ) 仮に,被控訴人伊予銀行に派遣法違反があったとしても,被控訴人伊予銀行としては,控訴人を直接雇用する意思のなかったことは明白であり,控訴人においても,たとえ為替担当の端末操作という仕事の内容自体において被控訴人伊予銀行の行員と変わりがないとしても,被控訴人伊予銀行に雇用され,法律上,同行の従業員であるという意識で業務に従事していたものでもない。
したがって,控訴人と被控訴人伊予銀行との間には,契約締結に向けられた意思の合致がなく,同人らの間に雇用契約が締結されていたと認めるべき根拠はない。
そして,仮に,派遣法違反があったとしても,その違法状態を解消するために被控訴人伊予銀行が直接雇用の責任を負担しなければならないものではなく,まして,派遣法違反のゆえに,控訴人と被控訴人伊予銀行との間に雇用関係締結が擬制されるという法的効果が生ずるものではない。
被控訴人ISSにしても,仮に,派遣法違反があったとしても,そうだからといって,被控訴人ISSとは法人格を異にする被控訴人伊予銀行をして,被控訴人ISSとの間の派遣契約を継続させて控訴人を被控訴人伊予銀行の支店(石井支店に限らない。)で就業させることができるものではないし,また,被控訴人伊予銀行に控訴人を直接雇用させる義務を負担するものでもない。
イ 派遣労働者と派遣先との黙示の雇用契約の成否について
(ア) 派遣労働者と派遣先との間に黙示の雇用契約が成立したといえるためには,単に事実上の使用従属関係があるというだけでなく,諸般の事情に照らして,労働者が会社の指揮命令のもとに会社に労務を供給する意思を有し,これに対し,会社がその対価として労働者に賃金を支払う意思を有することが推認され,社会通念上,両者の間に雇用契約を締結する意思表示の合致があったと評価できるに足りる事情の存することが必要である。
(イ) 控訴人は,IBSや被控訴人ISSとの間で,IBSや被控訴人ISSを雇用者とし,控訴人を労働者とする雇用契約書を作成し(<証拠略>),IBSや被控訴人ISSから就労条件明示書の交付を受け(<証拠略>),控訴人の給料もIBSや被控訴人ISSから支払われ(<証拠略>),派遣先でも派遣パートと呼ばれてきた。そして,控訴人は,本件訴訟を提起するまで,これらの事実について,IBSや被控訴人ISS,あるいは被控訴人伊予銀行に対し異議等を申し出たことはないのであるから,控訴人は,IBSや被控訴人ISSに雇用されていると認識していたものである。
他方,被控訴人伊予銀行は,IBSないし被控訴人ISSと労働者派遣契約(基本契約及び別途合意細目。<証拠略>)を締結して,控訴人を問屋町支店ないし石井支店で就労する派遣社員として受け入れているが,IBSないし被控訴人ISSに対し,派遣料を他の派遣社員の分とともに一括して支払っている(<証拠略>)。被控訴人伊予銀行が控訴人に対し,就労の対価として賃金を支払った事実はなく,その意思を推認させる事実も存在しない。
したがって,社会通念上,控訴人と被控訴人伊予銀行との間で雇用契約を締結する意思表示の合致があったと評価できるに足りる事情はなく,両者の間に黙示の雇用契約の成立を認めることはできない。
(ウ) そもそも,派遣法が労働者派遣と呼ぶ法律関係は,派遣元の使用者が労働者との合意により雇用関係を維持しつつ,派遣先の事業主の指揮命令下で労務給付をさせる労働関係であり,労働者と派遣先事業主とは雇用関係を持たないものである(派遣法2条1号)。派遣先との間にも雇用関係が存在するのは出向であり,労働者派遣とは区別される。
仮に,派遣労働者が派遣先に対しても従業員たる地位を有し,賃金支払等,使用者としての義務履行を求め得るということになると,逆に派遣元も派遣先も就業規則の定めに基づいて就業を命じ,労働者に対して懲戒処分をすることを認めざるを得ないが,そのような契約関係は,派遣元,派遣先,派遣労働者の三者による明確な合意があったと認められる場合に限って成立が可能なものである。
(エ) 被控訴人ISSが,平成12年5月31日,控訴人との間の派遣社員雇用契約の期間満了の際に更新しなかったことが適法であることは,原判決第4の1(2)(7頁1行目から8頁25行目まで)記載のとおりである。
4 当審における当事者双方の追加主張
(1) 控訴人の主張(原審における主張と重複する部分もある。)
ア ハラスメントと使用者の義務
(ア) 職場におけるいじめ(ハラスメント)は,職場が複数の人間によって構成される組織であることから,いつの時代にもどこでも発生する可能性があるが,職制や男女による力関係が存在するところでは,それが構造的な要因となると考えられている。そして,職場の「人間関係」上の問題として現れる「いじめ」の構造を捉えたときには,まさに職場における重要な労働条件であると考えられている。
(イ) 憲法13条,14条,27条,労働基準法3条,4条及び男女雇用機会均等法(「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律」)の基本的趣旨によれば,労働者には,性や労働形態にかかわりなく,当該職場で働く以上,同じ人間としてその人格を平等に尊重されて働く権利がある。そして,労働者を事業組織に配置し,指揮命令下において働かせる使用者としては,労働者が人格を平等に尊重されて働くことができるよう配慮すべき労働契約上の義務を負担する。
このように,労働者の人格的尊厳を損なわないよう配慮することは,労働者の心身の健康を損なわないようにするというのみならず,労働者が業務に専念して効率的な処理を可能にするという側面でも,事業の運営に係る本質的な要請といえる。
イ 本件における被控訴人らの配慮義務
上記アの義務は被控訴人らも負担しているのであって,本件に照らして具体的に指摘すれば,
(ア) 業務命令権を有する職制上の地位にある者が指揮命令権を行使するに当たっては,その相手となる下位にある労働者の人格を尊重し,間違っても差別的な軽視や侮辱によって屈辱感など精神的苦痛を受けることがないよう,また,脅迫や萎縮を強いることがないように徹底すること
(イ) 指揮命令者による差別的・侮辱的・威圧的言動があったときは,これを受けた労働者が躊躇なく事態を申告して改善を求めることができるようにすること
(ウ) 上記のような言動やこれによる悪影響が把握できたときは,事情を調査の上,指揮命令権を行使する者に対してそのような言動を行わないように注意を徹底すること
(エ) 指揮命令者による差別的・侮辱的・威圧的言動が扇動的威力を発揮して,当該労働者を取り巻く職場の人間関係が悪化している場合には,当該労働者の名誉回復のための適切な措置を徹底し,当該労働者の配置換え(同意がある場合)や指揮命令者の配置転換を実行すること
である。
ウ 被控訴人らの注意義務違反
(ア) 控訴人に対するいじめの構造
a 控訴人が配属されていた石井支店は,支店長を筆頭に,業務係,融資係,得意先係によって構成され,C代理の配属当時,控訴人は業務係であった。
C代理は,平成10年8月1日付で業務係の長として配属となり,以後,業務係は,C代理を長として,同人の指揮命令の下に9名の女性職員(正職員7名,それ以外2名)と控訴人がそれぞれ業務を分担することになった。
b ところで,被控訴人伊予銀行では,職場における男女の位置づけと役割が明確に分かれており,コース別雇用管理の実施によって,一般職は例外なく女性で,管理職への登用が予定されている総合職のほとんどは男性で,女性はごく稀にしかいなかった。そして,一般職は非正規労働者によって代替される傾向にあり,被控訴人ISSは,そうした非正規労働者の人事「窓口」ともいうべき役割を担わされていた。非正規労働者は例外なく女性であり,上記の職場の組織と人員配置の中で,女性である非正規労働者は,男女の力関係に加え,正規雇用と非正規雇用の身分差による力関係の二重の軋轢を受ける立場にあった。
そうした中で,控訴人は,長年,被控訴人伊予銀行に勤務し,確実な業務処理に定評があって信頼も厚かった。そのため,本店からのメール便を担当させられるなど,その有する業務知識と経験は,正規労働者に勝るとも劣らないものであった。
そうした環境の中で,控訴人が上司に対して伝票記入上の誤りがないようにしてほしいとの業務運営上当然の要請を行ったことを契機として,控訴人に対する「いじめ」が始まった。
c 男女や雇用形態の違いが「身分差」として処遇上の格差が刻印されているところでは、労働者としての優秀さや業績がより高い地位にある労働者からの嫉妬や敵対のターゲットになることが指摘されている。
(イ) C代理のいじめの開始と被控訴人伊予銀行の注意義務違反
a C代理は,次のとおり,控訴人に対する差別的・侮辱的・敵対的な言動を露わにして暴言を繰り返すようになった。
(a) 控訴人を名前で呼ばず,「おい」「おまえ」と呼びつけにする。
(b) もともと振込依頼票などの書類を控訴人に回す際,放り投げるようにしていたが,放り投げ方がきつくなって次第に酷くなっていった。離れた場所から箱にめがけて何枚も重ねて放り投げ、床などに散らかった書類を逐一控訴人が手を休めて拾集することを余儀なくされることも度々であった。
(c) メール便や電話などの控訴人からの取次ぎを無視するようになった。「Cさん」と名前を呼んでも返事をしてもらえないことから,「聞こえているのなら返事をして下さい。」と要求しても無視し続けた。
(d) 検印をもらうために必要書類を回すと,放ってもいないのに大声で「放るな」と怒鳴るなど,根拠なく暴言を投げつけて控訴人を責めるように非難する言動を露わにするようになった。
b 被控訴人伊予銀行は,
(a) C代理が指揮命令権を行使するに当たり,控訴人の人格を他の労働者と同じように尊重し,間違っても差別的な軽視や侮辱によって屈辱感など精神的苦痛を受けることがないよう,また,脅迫や萎縮を強いられないよう徹底すること
(b) C代理から差別的・侮辱的・威圧的言動を繰り返し受けていた控訴人が,被控訴人伊予銀行に対して躊躇なく事態を申告して改善を求めることができるようにすること
(c) C代理の言動を把握できた以上,控訴人に対して上記(b)の点を配慮しつつ,事情を聴取してC代理に対してそのような言動をやめるよう注意すること
以上の注意義務を負担していた。
c ところが,被控訴人伊予銀行は,上記bの措置を講じることなく,かえってC代理を擁護し,控訴人の側に問題があるものとして事態の収拾解決を図ろうとした。
(ウ) いじめの拡大と被控訴人伊予銀行の注意義務違反
a 上記(イ)aの後も,C代理は,控訴人に対する露骨ないじめを繰り返したほか,控訴人が人格的に問題を有しており,やっかいな人物であることを周囲に印象づけ,あるいは控訴人を職場の一員とはみなさない次のような行為を行った。
(a) 平成11年7月10日の元業務係職員の結婚披露宴において,C代理が控訴人にビールを勧めたことに対して控訴人が丁重に断ったことを取り上げ,怒りを露わに大声で「気難しい人間や。」と口にした。
(b) 同年10月19日の被控訴人伊予銀行の頭取とパートタイム職員との懇談会への控訴人の出席予定を一方的に変更した。
(c) 同年11月29日の勤務終了後に開催された石井支店開店20周年の祝賀会開催を当日まで知らせず,出席できないことを伝えると嫌みな口振りで対応した。
b D支店長は,平成11年7月に石井支店長に着任した直後から,次のとおり,職場において控訴人を無視し続けた。
(a) 控訴人が挨拶しても無言で無視し続けた。
(b) 控訴人が「支店長」と呼んで電話を取り次ごうとしても返事をせず,配達された還元資料等を「お願いします。」といって渡そうとしてもこれを無言で無視し続けた。
以上の態度は,C代理が控訴人のことを悪く伝えたことによるものとしか考えられない。
c C代理は,平成11年12月3日午後5時から午後8時すぎまで,控訴人を支店長室に呼び出し,3時間以上にわたって拘束した上,言葉の暴力を浴びせ,有害危険なたばこの煙に晒すなどした。
d 控訴人に対する周囲の否定的評価も強まり,窓口担当のI職員は,伝票の不備に関する訂正の要請の度に,わざと隣りの職員に体を近づけて内緒話をする姿勢を誇示した上,訂正には応じない姿勢をもっていることを露わにした。
このような控訴人があたかも問題人物であって,まともには取り合わないという女性職員の姿勢は,一貫して繰り返されたほか,平成11年に為替担当職員が休暇を取得した際,伝票ミスによる業務処理上の重要な支障について,控訴人に責任を転嫁し,控訴人の人格的な評価を貶めた。
また,正規職員の中には,控訴人に対して仕事を依頼したり問合せがあることについて不快感を露わにする者もいた。
e 被控訴人伊予銀行は,遅くとも,平成11年7月のD支店長の配属時点において,控訴人がC代理から激しいいじめを受けていたこと,これへの対応をもとに控訴人に対する労働者としての人格評価を著しく貶めるような言動が繰り返されていた事実を知っていたのであるから,特に,D支店長において,C代理と控訴人の言い分を公正な立場に立って聴取し,何が起きているかを正確に把握すべき義務があった。
また,D支店長は,C代理に対し,ハラスメントを中止して,控訴人を一行員としてその人格を尊重して業務を遂行するよう指揮監督すべきであった。
f ところが,被控訴人伊予銀行は,上記eの措置を何ら講じることなく,D支店長に及んでは,かえって控訴人を無視し,もって職場全体に控訴人を問題視する見方を増長させて,職場における「いじめ」を促進して孤立化させた。
(エ) D支店長に対する苦情の申告と被控訴人伊予銀行の注意義務違反
a C代理から長時間にわたる暴言などを受けた控訴人は,両親,兄とともにD支店長に改善を申し入れることとし,控訴人がD支店長に対し,C代理の件で両親と兄がお願いに来る旨話したところ,D支店長は,控訴人が家族に相談したことや面談を求めたことを非難した。
b 平成11年12月7日午後5時からの支店長室における控訴人の両親,兄,控訴人,D支店長及びC代理の6人の面談の席上,C代理は,反省したり行為を改めるようなことをせず,D支店長もC代理を擁護した。
c D支店長は,平成11年12月15日午後5時ころ,「こんなのが来ている。」と述べて慰労金明細書を控訴人に手渡した。慰労金明細書の裏側には,D支店長の字で「不要では?」と書いた付箋(<証拠略>)が貼付されていた。
d 被控訴人伊予銀行及びD支店長は,控訴人が両親とともにC代理の暴言等について善処方を要請することを告げたのであるから,これを真摯に受け止め,間違っても控訴人を非難しないとの注意義務を負担していた。
また,D支店長は,控訴人及びその家族から善処を求められていたのであるから,二度と繰り返されないよう,控訴人を人間として尊重するよう厳重に注意をなすべき注意義務があった。
さらに,控訴人及びその家族から訴えのあった苦情は,C代理が職場の指揮命令者としては失格であり,その結果として部下の心身にダメージを加えることは容易に推察できたはずであるから,その旨を告げて改善の見込みがないものと判断された場合においては,C代理を配置転換するか,控訴人の意向を尊重しつつ控訴人を配置換えするかのいずれかの措置を講ずべきであった。
e ところが,被控訴人伊予銀行は,上記dの措置を何ら講じることなく,D支店長に及んでは,かえって控訴人を非難し,C代理を擁護した上,控訴人が被控訴人伊予銀行ないし石井支店において不要な人間であって,慰労金を支払うには値しないと考えていることを控訴人に示すなどした。
(オ) 控訴人の家族の再要請と被控訴人伊予銀行の注意義務違反
a 控訴人の両親と兄は,貼付された付箋の真意と前回の善処方の要請への対応状況を問い質すため,平成11年12月22日,D支店長と面談した。そして,同支店長は,付箋の文字が自分の字であることを認めた上,激しい動揺を隠しきれず,震える手で慰労金明細書から付箋を剥ぎ取ってしまい,何らかの書類につけていたものが慰労金明細書に付いたとの弁明を繰り返すのみで,誤りであることを具体的に裏付けることのできる事実の説明を全くしなかった。
b D支店長は,支店のトップにあって,労働基準法上の使用者たる地位にある者として,付箋の「不要では?」との記載が労働者に与える衝撃的な苦痛と影響にかんがみたときに,それがミスであったこと,排除する意思など毛頭ないことを具体的に説明すべき注意義務があった。
また,その後の善処方を問われていたのであるから,仮に何らかの措置を講じていなかったのであれば,その根拠とともに今後の対応方を示してしかるべきであった。
c ところが,D支店長は,上記bの措置を何ら講じなかった。
(カ) 再三にわたる要請と被控訴人らの注意義務違反
a 控訴人及びその家族は,平成11年12月28日から平成12年1月5日にかけて,再三にわたり職場のいじめ問題について改善を申し入れたが,被控訴人らは一切無視した。
b 被控訴人らは,まがりなりにもC代理によるいじめ問題に対する善処方を約束したのであるから,事実関係を究明して,職場において控訴人が人間として尊重され,力を発揮できるような措置を講じるべき注意義務があった。そして,その際,間違っても控訴人が申し立てた苦情をなきものにしてしまわないようにすべき注意義務があった。
c ところが,被控訴人らはかかる義務を怠った。
(キ) 頭取への苦情申立てとその後の被控訴人らの注意義務違反
a 控訴人の父は,伊予銀行頭取に手紙を書いて善処方を要請した。
b 控訴人は,平成12年1月11日,支店長室においてD支店長及び被控訴人ISSのF業務部長と話をさせられることになったが,その際,同人らは,控訴人の話に全く耳を傾けることはなかった。
c 控訴人の父は,平成12年1月12日午前9時ころ,F業務部長に対し,関係者全員による話合いの重要性を訴え,その機会を設けるよう要請した。
d 平成12年1月14日午後1時すぎ,被控訴人伊予銀行のG人事部長が石井支店を訪れ,D支店長,C代理,控訴人の順に支店長室において話をし,その後,午後5時近くまでD支店長と話をしていた。
G人事部長は,控訴人の父が被控訴人伊予銀行の頭取宛に書いた手紙の内容を確認した後,控訴人に対し,「あなたは転勤があるかも知れない。」と告げた。控訴人が「石井支店で働きたい。」旨返答したところ,G人事部長は,「パートタイマーも転勤がある。」「C支店長代理は転勤させない。」と述べた。そして,控訴人が「C支店長代理を指導してほしい。」旨要請したところ,G人事部長は,「C支店長代理には何も指導しない。」と述べ,控訴人がC支店長代理の「いびり」について原因究明や今後の対応を要請しても,「何をしたらよいのか。」と逆に聞き返す始末で,控訴人の訴えを聞こうとする姿勢が皆無であった。
e 控訴人の父は,平成12年1月18日午前9時ころ,同月14日のG人事部長の対応について納得がいかないこと,平成11年12月30日の話合いで,関係者全員が集まり,話合いを行うとのD支店長の約束が守られていないことを指摘して,約束を守るよう要請した。これに対し,D支店長は,平成12年1月21日午後4時30分ころ,拒否の回答をし,控訴人が同月24日午後5時すぎ,D支店長に対し,「今後,C支店長代理が控訴人に対し暴言やいじめをしないよう指導する旨の確約書を書いてほしい。」と申し入れたものの,D支店長はこれを拒否した。
f C代理の件で善処方を求める控訴人の苦情が,被控訴人伊予銀行の頭取まで申し立てられたのであるから,被控訴人伊予銀行は,支店レベルでの対応には重大な問題がある可能性を判断すべきであり,本店レベルで緊急に問題を解決するための措置を講じる体制をとるべきであった。その上で,本件の解決に際し,控訴人の立場をC代理やD支店長と対等な人格を有する人間として尊重し,そのためにも控訴人から事情を聴き,本件がどのような問題で,それまでの経過がどのようなものであったのかを把握すべき注意義務があった。
また,被控訴人伊予銀行は,C代理,D支店長からも公正な立場に立って事情を聴取し,控訴人の意向をよく聴いた上,解決のための具体的な方策を当事者の配転可能性も含めて検討し,具体化すべきであった。そして,問題の解決を図る上では,控訴人の石井支店内における名誉を回復する措置を講じた上,配置転換によって今後のいじめの発生を回避するのであれば,控訴人は,あくまで石井支店において就業継続の意思を表明し,しかも,控訴人の石井支店における経験は長期にわたり,業務処理の上で何らの問題を抱えていなかったのであるから,C代理の配置転換を選択すべきであった。
g ところが,被控訴人伊予銀行は,依然として控訴人が家族と相談して問題を解決しようとしていることを非難して,何らの対策を講じようとしなかったばかりでなく,G人事部長が自ら問題の処理に乗り出すに及んでは,事情聴取の順序を逆にするという本末転倒のことを行い,事情聴取の席上,控訴人の意思を無視して一方的に配置転換を講じることを告げ,控訴人に犠牲を強いることによって問題を処理しようという本末転倒の処理をした。そして,D支店長は,その後,控訴人の要請をすべて拒否して問題を放置した。
(ク) 人権相談所への相談移行(ママ)の事態の推移と被控訴人らの注意義務違反
a 平成12年1月31日,事態の推移を憂慮した控訴人の両親は,松山地方法務局人権相談所にC代理の控訴人に対する暴言やいじめについて訴え,対処方を相談した。
ところが,石井支店では,同年2月以降,控訴人を業務の上でも孤立させ,仕事をさせないという職場全体を巻き込んだ「いびり」体制がつくられた。そして,同年3月31日には,D支店長が控訴人に対し,「パートタイマーは年2回更新がある。人員が過剰なので,次の更新はしない。」と告げ,究極の職場からの排除を通告した。控訴人は,その理由を問い質したが,D支店長は無言のまま明らかにしなかった。
その後,控訴人は,被控訴人ISSのE社長(当時)に対し,雇用打切りの理由を問い質したが,E社長は,決めたのはD支店長であると述べるのみで,何らの説明をしなかった。
b 被控訴人伊予銀行は,これまで述べた注意義務のほか,少なくともこれ以上の職場「いびり」をさせないよう万全の措置を講ずべき注意義務があった。
また,苦情の申立てを理由に控訴人の雇用や労働条件を不利益に扱わないことは,必要最小限の配慮であった。
c ところが,被控訴人らは,控訴人の苦情解決要求を受けて,これをなきものとすることを意図して,職場全体を組織して控訴人に仕事をさせないようにし,控訴人に対し排除の対象であることを露骨に示したのみならず,D支店長においては,被控訴人伊予銀行の意思として雇用を打ち切ることを通告することによって,その意図を実現した。
エ 控訴人の損害額
被控訴人らの上記ウの注意義務違反により控訴人は精神的苦痛を受けたところ,その損害額は,原判決第4の3(1)(17頁8行目から21頁1行目まで)記載のとおりである。
オ まとめ
よって,控訴人は,被控訴人らの上記ウの注意義務違反を理由とする損害賠償請求に係る訴えを追加するものである。
(2) 被控訴人らの認否
控訴人の上記(1)の主張は否認ないし争う。
第5当裁判所の判断
1 判断の大要
当裁判所は,控訴人の被控訴人らに対する雇用関係存在確認請求及び賃金請求(主位的請求),並びに被控訴人ISSに対する雇用関係存在確認請求及び賃金請求(予備的請求)は理由がなく,被控訴人伊予銀行に対する損害賠償請求(当審追加請求を含む。)は,使用者責任(民法715条1項)に基づき,1万円及びこれに対する不法行為の後(訴状送達の日の翌日)である平成12年10月12日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり,その余は理由がなく,被控訴人ISSに対する損害賠償請求(当審追加請求を含む。)は理由がないと判断する。
その理由は,次のとおりである。
2 認定事実
(1) 原判決の引用
次の(2)のとおり原判決を補正し,次の(3)のとおり控訴人の控訴理由に対する判断を付加するほか,原判決第5の1(23頁30行目から34頁15行目まで)記載のとおりであるから,これを引用する。
(2) 原判決の補正
ア 原判決24頁2行目の「<証拠略>」の次に「,<証拠略>」を,20行目の「原告本人」の次に「〔原審。以下,特に断りのない限り同じ。〕」を各加える。
イ 同26頁6,7行目の「更新手続は派遣先である被告伊予銀行を通じて行われ,IBSは実質的に関与していなかった」を「IBSは,派遣先である被控訴人伊予銀行を通じて,派遣労働者の更新手続に必要な書類の授受を行っていた」に改め,13行目の「<証拠略>」の次に「,<証拠略>」を加え,19行目冒頭から20行目の「譲渡した。」までを次のとおり改める。
「 IBSと被控訴人ISSは,平成元年10月11日,IBSの同年11月30日現在における人材派遣事業部門の営業を同年12月1日付で被控訴人ISSに無償で譲渡し,被控訴人ISSはこれを譲り受け,IBSの譲渡すべき営業に使用する従業員は被控訴人ISSが引き継ぐことなどを内容とする営業譲渡契約を締結した(<証拠略>)。もっとも,被控訴人ISSに対する一般労働者派遣事業の許可を受けるのが遅れたため,IBSと被控訴人ISSは,営業譲渡の実行日を平成2年2月1日とし,被控訴人ISSは,同日付で被控訴人伊予銀行との間で業務委託手数料に関する覚書(<証拠略>)を取り交わした。」
ウ 同26,27行目の「更新手続は派遣先である被告伊予銀行を通じて行われ,被告ISSは実質的に関与していなかった」を「被控訴人ISSは,派遣先である被控訴人伊予銀行を通じて,派遣労働者の更新手続に必要な書類の授受を行っていた」に改める。
エ 同28頁30行目の「C」の次に「〔原審。以下,特に断りのない限り同じ。〕」を加える。
オ 同30頁13行目ないし15行目を次のとおり改める。
「(ウ) D支店長は,平成11年12月15日,慰労金明細書(<証拠略>)の裏に『不要では?』という小さな付箋(<証拠略>)が付着していたのに,同付箋が付着したままで控訴人に上記慰労金明細書を渡している。」
カ 同33頁10行目の次に改行して次のとおり加える。
「 また,IBSのパートタイマー就業規則3条(<証拠略>)及び被控訴人ISSのパートタイマー就業規則4条(<証拠略>)には,採用時に提出すべき書類として雇用契約書等が定められている上,昭和62年7月以降,IBSないし被控訴人ISSの派遣労働者として稼働していたJについては,派遣社員就業条件明示書が現存し(<証拠略>),被控訴人ISSの派遣労働者として稼働していたKについては,平成3年6月1日以降の派遣社員就業条件明示書や雇用契約書(<証拠略>)が現存していることが認められる。」
キ 同23行目から24行目の「主張するが,これを裏付けるに足りる証拠はない。」を「主張し,控訴人の陳述書や原審及び控訴審本人尋問の結果中にはこれに沿う陳述部分及び供述部分があるが,証人Hの陳述書(<証拠略>)及び証言は具体的かつ詳細であると認められることに照らし,たやすく信用することができない。」に改める。
ク 同33頁28行目から34頁7行目までを削り,同8行目の「(ウ)」を「(イ)」に改める。
(3) 控訴人の控訴理由に対する判断
ア 控訴人は,原判決の認定事実につき,控訴理由書42頁ないし60頁において,<1>IBSによる人材派遣業の開始,<2>控訴人の雇用及び問屋町支店での就労,<3>協議書・要望書(<証拠略>),<4>IBSのB社長との面談,<5>雇用契約書,就業条件明示書等の作成,<6>石井支店への配置転換,<7>IBSにおける雇用契約(期間の定めの有無と更新),<8>被控訴人ISSにおける雇用契約の更新,<9>被控訴人ISSの派遣元事業主としての実体・独立性,<10>被控訴人ISSの管理体制,<11>石井支店での業務の状況,<12>雇用の際の面談内容,雇用主体の認識,<13>雇用契約書等の作成,<14>本件紛争の経緯についての原判決の事実認定は,事実誤認の違法がある旨主張し,その理由を縷々述べ,また,当審において数多くの書証を提出している。
イ しかしながら,控訴人の上記控訴理由は,原審における主張の繰り返しであるものが多く含まれている上,上記控訴理由を検討しても,原判決の認定事実は,上記(2)で原判決を補正した点を除き,原判決挙示の証拠関係に照らし,これを首肯することができるのであって,控訴人が主張するような事実誤認があるとは認められない。
ウ したがって,控訴人の上記控訴理由は理由がない。
3 争点1(控訴人と被控訴人ISSとの雇用契約関係)について
(1) 原判決の引用
次の(2)のとおり原判決を補正し,次の(3)のとおり控訴人の控訴理由に対する判断を付加するほか,原判決第5の2(34頁16行目から37頁28行目まで)記載のとおりであるから,これを引用する。
(2) 原判決の補正
ア 原判決34頁17行目から27行目までを次のとおり改める。
「(1) 常用型雇用契約か否か
ア 前記認定事実(上記2(1)及び(2)で補正の上引用した原判決第5の1(1)のイ)によれば,昭和62年2月に控訴人とIBSとの間で締結された雇用契約は,問屋町支店への派遣が前提とされており,IBSと被控訴人伊予銀行との派遣契約期間と同様,同年5月末日までの期間の定めがあったことが認められる。そして、IBSが控訴人を採用したのは,控訴人が金融機関(愛媛信用金庫)に7年間勤務した経験を有していたからであると認められるところ,控訴人において,金融機関経験者の中でも特殊の経歴,技能を有していたとは認められず,IBSにおいても,控訴人の特殊な経歴,技能に着目して控訴人を派遣労働者として雇用したものとも認められない。また,IBSが,派遣先の決まらない待機期間中の休業手当支給義務(労働基準法26条)を負担してまで控訴人を常用の派遣労働者として雇用する意思を有していたとは考えられないことからすると,IBSとしては,問屋町支店への派遣期間中に限って控訴人を雇用する意思であったものと認められる。さらに,IBSのB社長は,控訴人を雇用する際,控訴人に対し,期間の定めなく雇用する旨の明示をしたとは認められず,かえって,控訴人とIBSは,契約期間の定めのある雇用契約書を作成し,IBSは,派遣社員就業条件明示書を控訴人に交付していたものと認められることからすると,控訴人とIBSとの間の雇用契約は,いわゆる登録型の雇用契約であったものと認めるのが相当である。
そして,控訴人とIBSは,以後,平成元年6月1日まで,6か月の期間の定めのある雇用契約の更新をし,また,平成元年12月1日以降は,控訴人と被控訴人ISSとの間で,同様に6か月の期間の定めのある雇用契約を締結し,その更新を繰り返してきたものと認められる。
控訴人は,IBSないし被控訴人ISSとの間の雇用契約は,常用型の雇用契約である旨主張するが,上記の説示に照らし,採用することができない。」
イ 同36頁6行目から8行目の「更新手続には被告ISS(IBS)は実質的に関与せず,派遣先である被告伊予銀行を通じて形式的に関与していたに過ぎない」を「被控訴人ISS(IBS)は,派遣先である被控訴人伊予銀行を通じて,派遣労働者の更新手続に必要な書類の授受を行っていた」に改める。
ウ 同37頁6行目の「そうすると,」の次に「控訴人と被控訴人ISSとの間の雇用契約が上記のとおり反復継続したとしても,あたかも期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態で存在している場合,あるいは期間満了後も使用者である被控訴人ISSが雇用を継続すべきものと期待することに合理性が認められる場合には当たらないから,被控訴人ISSが控訴人に対し,平成12年5月9日,労働者派遣終了証明書等の退職手続書類を送付し,同月末日で期間が満了する控訴人との間の雇用契約を更新しない旨通知したことにつき,いわゆる解雇権濫用の法理が類推適用されることはないというべきである。また,」を加える。
(3) 控訴人の控訴理由に対する判断
ア 控訴理由<1>
(ア) 控訴人は,原判決が控訴人とIBSないし被控訴人ISSとの間の雇用契約を登録型の雇用契約であると判断したことにつき,法令の解釈適用を誤り,事実を誤認したものである旨主張し,控訴理由書60頁ないし62頁においてその理由を縷々述べ,当審において数多くの書証を提出している。
(イ) しかしながら,控訴人の上記控訴理由は,原審における主張の繰り返しであると認められる上,控訴人とIBSないし被控訴人ISSとの間の雇用契約が登録型の雇用契約であることは,上記(1)及び(2)で補正の上引用した原判決第5の2(1)のア(34頁18行目から27行目まで)説示のとおりである。
なるほど,控訴人が主張する登録型の雇用契約とは,派遣就労を希望する者があらかじめ派遣元に対し派遣労働者としての登録申込みをしておき,派遣元はそれに適合する就労場所をあっせんすることで派遣労働契約が成立する形態をいうところ(上記第4の1及び2で補正の上引用した原判決第4の1(1)のア(イ)〔5頁1行目から21行目まで〕),控訴人とIBSないし被控訴人ISSとの間の雇用契約は,控訴人が派遣就労を希望して,あらかじめ派遣元であるIBSないし被控訴人ISSに対し派遣労働者としての登録申込みをした,というものではなく,派遣就労の希望と派遣登録,派遣元による就労場所のあっせんと派遣労働契約の締結が,いわば同時に行われたものであって,控訴人が主張するような登録型の雇用契約,すなわち,登録申込み行為が先行し,その後,派遣元が派遣先をあっせんするというものとは異なっていると評価することができる。
しかしながら,前示のとおり,IBSないし被控訴人ISSは,派遣先の決まらない待機期間中の休業手当支給義務(労働基準法26条)を負担してまで控訴人を常用の派遣労働者として雇用する意思を有していたとは考えられず,むしろ,IBSないし被控訴人ISSとしては,問屋町支店ないし石井支店への派遣期間中に限って控訴人を雇用する意思であったものであって,そのような意思の合致のもと,控訴人とIBSないし被控訴人ISSとの間で雇用契約が締結されたものであるから,法的には登録型の雇用契約であって,常用型の雇用契約であると認めることはできない。
(ウ) したがって,控訴人の上記控訴理由は理由がない。
イ 控訴理由<2>
(ア) 控訴人は,原判決が控訴人とIBSないし被控訴人ISSとの間の雇用契約が期間の定めのある雇用契約であると判断したことにつき,理由不備,事実誤認の違法がある旨主張し,控訴理由書63頁ないし65頁においてその理由を縷々述べ,当審において数多くの書証を提出している。
(イ) しかしながら,控訴人の上記控訴理由もまた,原審における主張の繰り返しであると認められる上,控訴人とIBSないし被控訴人ISSとの間の雇用契約が期間の定めのある雇用契約であることは,上記(1)及び(2)で補正の上引用した原判決第5の2(1)のア(34頁18行目から27行目まで)説示のとおりである。
控訴人の上記控訴理由は,独自の見解に立って,原判決の事実認定及び法律判断を論難するものといわざるを得ない。
(ウ) したがって,控訴人の上記控訴理由も理由がない。
ウ 控訴理由<3>
(ア) 控訴人は,控訴人と被控訴人ISSとの間の雇用契約の終了を認めた原判決は,法令の解釈適用を誤り,事実を誤認したものであって違法である旨主張し,控訴理由書65頁ないし67頁においてその理由を縷々述べ,当審において数多くの書証を提出している。
(イ) しかしながら,控訴人の上記控訴理由もまた,原審における主張の繰り返しであると認められる上,控訴人と被控訴人ISSとの間の雇用契約の終了について,更新が反復継続されてきたからといって,解雇権濫用の法理が類推適用される場合に当たると認めることはできないことは,上記(1)及び(2)で補正の上引用した原判決第5の2(2)のイないしエ(36頁2行目から37頁11行目まで)説示のとおりである。
仮に,控訴人と被控訴人ISSとの間の雇用契約の終了につき,解雇権濫用の法理が類推適用される場合に当たるとしても,当該労働契約の前提たる被控訴人ISSと被控訴人伊予銀行との間の派遣契約が期間満了により終了したとの事情は,当該雇用契約が終了となってもやむを得ないといえる合理的な理由に当たるというほかないことは,上記説示のとおりである。
控訴人の上記控訴理由は,独自の見解に立って,原判決の事実認定及び法律判断を論難するものといわざるを得ない。
(ウ) したがって,控訴人の上記控訴理由も理由がない。
4 争点2(控訴人と被控訴人伊予銀行との黙示の労働契約の成否)について
(1) 原判決の引用
次の(2)のとおり原判決を補正し,次の(3)のとおり当裁判所の判断を付加し,次の(4)及び(5)のとおり控訴人の控訴理由及び当審補充主張に対する判断をそれぞれ付加するほか,原判決第5の3(37頁29行目から41頁22行目まで)記載のとおりであるから,これを引用する。
(2) 原判決の補正
ア 原判決38頁15行目の「賃金」を「派遣労働者が労務を提供したことの対価としての賃金」に改める。
イ 同21行目の「その際」から23行目(64頁左段1行目)の「可能性が高い。),」までを削る。
ウ 同28行目の「派遣法27条7項」を「派遣法26条7項」に改める。
イ(ママ) 同40頁9行目(64頁右段18行目)の「提示があったのだから」を「提示があったのであるから」に改める。
(3) 当裁判所の付加判断
ア 一般論
労働者派遣の法律関係は,派遣元が派遣労働者と結んだ雇用契約に基づく雇用関係を維持したままで,派遣労働者の同意・承諾の下に派遣先の指揮命令下で労務給付をさせるものであり,派遣労働者は派遣先とは雇用関係を持たないものである(派遣法2条1号)。
したがって,派遣元と派遣労働者との間で雇用契約が存在する以上は,派遣労働者と派遣先との間で雇用契約締結の意思表示が合致したと認められる特段の事情が存在する場合や,派遣元と派遣先との間に法人格否認の法理が適用ないしは準用される場合を除いては,派遣労働者と派遣先との間には,黙示的にも労働契約が成立する余地はないのである。
そこで,控訴人と被控訴人伊予銀行との間で,雇用契約締結の意思表示が合致したと認められる特段の事情が存在するか,被控訴人ISSと被控訴人伊予銀行との間に,法人格否認の法理が適用ないしは準用されるかについて,以下,検討する。
イ 雇用契約締結の意思表示が合致したと認められる特段の事情の検討
(ア) はじめに
派遣労働者と派遣先との間に黙示の雇用契約が成立したといえるためには,単に両者の間に事実上の使用従属関係があるというだけではなく,諸般の事情に照らして,派遣労働者が派遣先の指揮命令のもとに派遣先に労務を供給する意思を有し,これに関し,派遣先がその対価として派遣労働者に賃金を支払う意思が推認され,社会通念上,両者間で雇用契約を締結する意思表示の合致があったと評価できるに足りる特段の事情が存在することが必要である。
何故ならば,労働者派遣の法律関係は,派遣元が派遣労働者と結んだ雇用契約に基づく雇用関係を維持したままで,派遣労働者の同意・承諾の下に派遣先の指揮命令下で労務給付をさせるものであり,派遣労働者は派遣先とは雇用関係を持たないものである(派遣法2条1号)から,派遣労働者が派遣先の指揮命令下で労務給付をしていたからといって,それだけでは,派遣労働者と派遣先との間に黙示の雇用契約が成立したといえないことは,もともと派遣法が当然のこととして予定している法律関係だからである。
(イ) 本件への当てはめ
a 控訴人側の事情
これを本件についてみるに,控訴人は,昭和62年2月,IBSのB社長から採用面接を受けた際,B社長から,被控訴人伊予銀行問屋町支店での仕事をするパート職員として,更新により1年以上の継続雇用は見込まれるものの,雇用期間(=派遣期間)は6月(ただし,最初の契約期間は昭和62年2月18日から同年5月31日まで)であり,問屋町支店で仕事がある間だけ,IBSに雇用されるものであることの説明を受けた(<証拠略>,証人B,同A)。
そして,控訴人は,IBSや被控訴人ISSとの間で,IBSや被控訴人ISSを雇用者とし,控訴人を労働者とする雇用契約書を作成し(<証拠略>),IBSや被控訴人ISSから派遣社員就業条件明示書の交付を受け(<証拠略>),控訴人の賃金もIBSや被控訴人ISSから支払われ(<証拠略>),被控訴人伊予銀行の問屋町支店や石井支店でも派遣パートと呼ばれてきた(<証拠略>)。控訴人の父は,控訴人から頼まれて,IBSや被控訴人ISS宛に身元保証契約書を提出しているし(<証拠略>),控訴人は,最初に,IBS宛に誓約書を提出している(<証拠略>)。
平成8年2月1日,控訴人の就業条件が変更され,フルタイムパートの派遣労働者となったが,これは,控訴人が,平成7年9月14日,被控訴人ISSのA社長に対し,フルタイムパートを希望したので,A社長が被控訴人伊予銀行の石井支店長に控訴人の希望を伝え,要請したことが実現したものである。もちろん,被控訴人ISSは,控訴人をフルタイムパートとして雇用するについては,就業条件を変更した新しい雇用契約書(<証拠略>),就業条件明示書を控訴人に送付し,控訴人は,雇用契約書に署名押印の上,被控訴人ISSに雇用契約書を返送している(<証拠略>,証人A,弁論の全趣旨)。
そして,控訴人は,本件訴訟やそれに先行する仮処分までは,以上の事実について異議・苦情を申し立てたことがなく,IBSや被控訴人ISSに雇用されていると認識していた(前記2(1)及び(2)で原判決23頁30行目から34頁15行目までを補正の上引用して認定した事実から認められる。)。
b 被控訴人伊予銀行の事情
他方,被控訴人伊予銀行は,IBSや被控訴人ISSと労働者派遣契約を締結し(<証拠略>),控訴人を問屋町支店や石井支店で就労する派遣労働者として受け入れ(<証拠略>),IBSや被控訴人ISSに対し,控訴人の派遣料を他の派遣労働者の分と一括して支払っている(<証拠略>)。
被控訴人伊予銀行が控訴人に対して就労の対価として賃金を支払った事実はなく,その意思を推認させる事実も存在しない(証人B,同A,被控訴人ISS代表者本人)。
(ウ) まとめ
以上の事実に照らすと,控訴人が被控訴人伊予銀行の指揮命令のもとに被控訴人伊予銀行に労務を供給する意思を有し,これに関し,被控訴人伊予銀行がその対価として控訴人に賃金を支払う意思が推認され,社会通念上,控訴人と被控訴人伊予銀行間で雇用契約を締結する意思表示の合致があったと評価できるに足りる特段の事情が存在したものとは,到底認めることができない。
したがって,控訴人と被控訴人伊予銀行との間に黙示の雇用契約が成立したと認めることもできない。
ウ 法人格否認の法理の適用ないし準用の検討
(ア) はじめに
派遣元が派遣労働者との間で派遣就業の同意を伴う雇用契約を締結している場合であっても,派遣元が企業としての実体を有せず,派遣先の組織の一部と化していたり,派遣先の賃金支払の代行機関となっていて,派遣元の実体が派遣先と一体と見られ,法人格否認の法理を適用しうる場合,若しくはそれに準ずるような場合には,派遣先と派遣労働者との間で雇用契約が成立しているものと認めることができる。
そこで,被控訴人ISSが企業としての実体を有せず,被控訴人伊予銀行の組織の一部と化していたり,被控訴人伊予銀行の賃金支払の代行機関となっていて,被控訴人ISSの実体が被控訴人伊予銀行と一体と見られ,法人格否認の法理を適用しうる場合,若しくはそれに準ずるような場合と認められるかについて,以下,検討する。
(イ) 本件への当てはめ
証拠(<証拠略>,証人B,同A,被控訴人ISS代表者本人)及び弁論の全趣旨によると,次の事実が認められる。
a 被控訴人ISSの独自性
被控訴人ISSは,派遣労働者の採用や,派遣先,就業場所,派遣対象業務,派遣期間,賃金その他就業条件の決定,派遣労働者の雇用管理等について,意思決定をしている。
被控訴人ISSは,被控訴人伊予銀行への派遣労働者の派遣料についても,被控訴人伊予銀行に対し,被控訴人ISSで要望額を決定して請求し,被控訴人伊予銀行との間で,被控訴人ISSに少なくとも一営業年度毎に適切な利益が出るような金額で合意している。その結果,被控訴人ISSは,資本金が3000万円の会社であるのに,平成12年3月期の繰越利益は2200万円に達している(<証拠略>)。
被控訴人ISSの業務は,社長と2人の正社員及び3名のパート職員によって行われているが,パート職員も含めて全員が所定の講習を受講して派遣元責任者の資格を取得している(<証拠略>)。被控訴人伊予銀行は,被控訴人ISSの社長には,被控訴人伊予銀行本部の部長ないし次長,若しくは中ないしは大規模支店長クラスの人材を充てており,経歴においても人格・能力においても,派遣先責任者等と対等以上の交渉ができる人材である(<証拠略>)。
b 被控訴人ISSの派遣労働者の派遣先
被控訴人ISSは,被控訴人伊予銀行の100%子会社であり,被控訴人伊予銀行から社員の出向も受けているが,被控訴人伊予銀行だけに派遣労働者を派遣しているのではなく,被控訴人伊予銀行の関連会社や被控訴人伊予銀行と直接の資本関係のない会社等に対しても,派遣労働者を派遣している。
確かに,被控訴人ISSの派遣労働者の派遣先は,被控訴人伊予銀行及びその関連会社が大部分を占めるが,被控訴人ISSのような銀行の100%子会社については,平成12年当時でも,監督官庁から,派遣先は被控訴人伊予銀行ないしはその関連会社に限定するようにという規制を依然として受けていたのであり(<証拠略>),被控訴人ISSは,そのような事業環境の中で,被控訴人伊予銀行ないしはその関連会社以外にも派遣先を拡大してきたのである。
いずれにせよ,被控訴人ISSは,被控訴人伊予銀行以外の会社にも相当数の派遣労働者を派遣しており(<証拠略>),被控訴人伊予銀行だけに労働者を派遣する派遣会社ではない。
c 派遣労働者の採用等
派遣労働者の採用は,IBSや被控訴人ISSの社長や業務部長が求職希望者と面接して決定し,その際,派遣先,就業場所,派遣対象業務,派遣期間,賃金その他の就業条件についても説明している。被控訴人伊予銀行が,派遣労働者の募集・採用を雇用主として行ってきた事実はない。
控訴人の採用,賃金,就業場所その他の就業条件を決定したのも,IBSのB社長であった(証人Bの証人調書<証拠略>)。IBSが控訴人から控訴人の履歴書を受領し,IBSの倉庫にこれを保管していた(<証拠略>)。
被控訴人ISSは,適切な数の良質な派遣労働者を確保するために,不十分ながら,必要な募集広告,教育研修その他の活動もしている(<証拠略>,被控訴人ISS代表者本人)。
d 派遣労働者の雇用管理
(a) 被控訴人伊予銀行が,被控訴人ISSの派遣労働者の勤務場所,勤務時間,有給休暇の管理をし,あるいは雇用契約の更新に伴う雇用契約書の書換えを雇用主として行った事実はない。被控訴人伊予銀行が,被控訴人ISSの派遣労働者の勤務条件を決定してきた事実もない。これらはいずれも被控訴人ISSが行ってきた。
被控訴人ISSは,派遣労働者の苦情に関する相談,派遣労働者の健康管理も行い,その費用も負担している。さらに,被控訴人ISSは,研修場所と機材を確保して派遣労働者等教育訓練を行い,その費用も少額ではあるが負担している(<証拠略>)。
(b) 被控訴人ISSは,社長や業務部長が派遣先を訪問し,派遣労働者と職場面接を行い,あるいは懇談会を開くなどして,派遣労働者の要望を聞き,その実現に努力してきた。
例えば,平成6年5月,平成7年9月,平成8年12月,被控訴人ISSのA社長が被控訴人伊予銀行石井支店に赴き,派遣労働者の職場面接を実施しており,上記のうち最初の2回は控訴人とも面接している(<証拠略>)。
また,被控訴人ISSは,平成11年秋ころ,被控訴人伊予銀行と共催で,松山地区の派遣労働者との懇談会を実施している。この懇談会は,派遣労働者から被控訴人ISSのE社長や被控訴人の乙山頭取に対し,直接疑問や要望を出してもらうためのものであり,控訴人もこの懇談会に出席している(<証拠略>)。
(c) 平成8年2月1日,控訴人の就業条件が変更され,フルタイムパートの派遣労働者となったが,これは,控訴人が,平成7年9月14日,被控訴人ISSのA社長に対し,フルタイムパートを希望したので,A社長が被控訴人伊予銀行の石井支店長に控訴人の希望を伝え,要請したことが実現したものである(<証拠略>)。このように,被控訴人ISSは,控訴人の平成8年2月1日からの新しい雇用契約の締結に,実質的に関与している。
被控訴人ISSは,平成12年1月4日,控訴人とC代理との間に紛争が生じていることを知った後,E社長が控訴人に電話し,F業務部長が石井支店に控訴人を訪問するなどして,派遣元として紛争の解決を試みている。
(d) 被控訴人ISSは,派遣労働者の年次有給休暇取得について,パートタイマー勤務簿及び派遣元管理台帳によって管理している。派遣労働者が被控訴人ISSから年次有給休暇を取得するに当たり,自主的に派遣先と調整しているに過ぎない。
そして,派遣労働者の年次有給休暇の申出をそのまま認めると,派遣先の業務上不都合が生じる場合には,派遣先から被控訴人ISSに連絡してもらい,代替スタッフを派遣する体制を整えている(<証拠略>)。
e 派遣労働者に支払う給与,慰労金
被控訴人ISSが派遣労働者に支払う給与や慰労金は,被控訴人ISSにおいて同業他社の給与水準等を参考にして,独自の判断で職種に応じて一般的基準を定めた後(<証拠略>),個々の派遣労働者毎に仕事の内容や就労日数・時間に基づいて計算・確定して支払っている。派遣労働者の年末調整手続を行っていたのも被控訴人ISSである。
他方,被控訴人ISSが派遣先から受領する派遣料は,個々の派遣労働者の給与等の支払とは別に,全体としての派遣原価に経費やマージンを付加して計算し,派遣先(被控訴人伊予銀行ほか)と協議して決めている(<証拠略>)。
このように,派遣労働者の給与等を決定し,支払っているのは被控訴人ISSであり,被控訴人伊予銀行ではない。
(ウ) まとめ
以上の次第で,被控訴人ISSは,派遣元として必要な人的物的組織を有し,適切な業務運営に努めており,独立した企業としての実体を有し,派遣労働者の採用や,派遣先,就業場所,派遣対象業務,派遣期間,賃金その他就業条件の決定,派遣労働者の雇用管理等について,被控訴人伊予銀行とは独立した法人として意思決定を行っており,被控訴人ISSは,被控訴人伊予銀行の第二人事部でもなければ,賃金支払代行機関でもない。
したがって,被控訴人ISSの実体が被控訴人伊予銀行と一体と見られ,法人格否認の法理を適用しうる場合,若しくはそれに準ずるような場合とは認められないことが明らかであり,法人格否認の法理の適用ないしは準用により,控訴人と被控訴人伊予銀行との間に黙示の雇用契約が成立したと認めることもできない。
(4) 控訴人の控訴理由に対する判断
ア 控訴理由<1>
(ア) 控訴人は,控訴理由書67頁ないし69頁において,原判決は,メール便処理業務の一部(取立手形や振込書類通知書の発送,文書為替や雑為替の送付など),コピーやファックス操作,来客接待等は派遣労働者において従事することが必要な業務である旨認定するが,これは明らかに控訴人の行い得る派遣対象業務以外の業務であり,にもかかわらず,控訴人と被控訴人らは労働者派遣関係にあると認定しており,著しい矛盾であるところ,本件において,被控訴人伊予銀行は,派遣法の枠組み及び労働者派遣契約書に記載された範囲を超えて,独自の指揮命令権を行使して,必要とする業務に控訴人を従事させてきたものであるから,このような関係のもとでは,控訴人と被控訴人伊予銀行との間に明示又は黙示の労働契約が成立したものと認定するのが合理的である旨主張する。
(イ) しかしながら,当裁判所も,派遣対象業務と密接に関連し,その遂行のため不可欠又は必要な業務,あるいは当該業務に密接に関連するとはいえなくとも,業務の円滑な遂行のため,職場での人間関係の維持を含めて必要な関連性のある業務などは,派遣労働者において行うことが必要な業務に当たると解するのが相当であると判断するものであり,したがって,控訴人が行ってきた業務のうち,メール便処理業務の一部(取立手形や振込書類通知書の発送,文書為替や雑為替の送付など),コピーやファックス操作,来客接待等は,派遣労働者において行うことが必要な業務に含まれると認めるのが相当である。
これに反する控訴人の上記主張は,当裁判所の採用するところではない。
仮に,控訴人が主張するように,メール便処理業務の一部(取立手形や振込書類通知書の発送,文書為替や雑為替の送付など),コピーやファックス操作,来客接待等が派遣対象業務に含まれないとしても,上記(3)ウで説示したとおり,被控訴人ISSは,形式のみではなく,社会的実体を有する企業であり,控訴人の就業条件,採用の決定,さらには控訴人に対する賃金(慰労金を含む。)の支払は,すべて被控訴人ISSにおいて行っていることからすると,控訴人と被控訴人ISSとの雇用契約が有名無実のものであるとはいい難く,したがって,控訴人と被控訴人伊予銀行との間に黙示の労働契約が成立したものと認めることはできない。
(ウ) したがって,控訴人の上記控訴理由は,いずれにせよ採用することができない。
イ 控訴理由<2>
(ア) 控訴人は,被控訴人ISSは,被控訴人伊予銀行の100%出資に係る子会社であるが,被控訴人伊予銀行から独立した経営を行っていると認定した原判決の判断は,事実誤認の違法がある旨主張し,控訴理由書52頁ないし54頁及び69頁においてその理由を縷々述べ,当審において,被控訴人らに対し,被控訴人ら所持に係る文書等の任意提出を求め,被控訴人らも,一部はこれに応じて数多くの書証を任意で提出し,控訴人は,これを自己に有利に援用している。
(イ) しかしながら,控訴人の上記控訴理由を採用することができないことは,上記(3)ウで説示したとおりであり,このことは,控訴人の2005(平成17)年3月11日付準備書面を検討しても,同様である。
ウ 控訴理由<3>
(ア) 控訴人は,控訴理由書69頁ないし71頁において,いわゆる「専ら派遣」に関し,本件で問題となるのは,控訴人が専ら派遣の一環として被控訴人伊予銀行において長期間にわたり就業を継続してきたとの事実であり,労働者派遣が労働力需給調整システムの1つとして認められ,その事業の実施が労働力需給の適正な調整の促進のために必要かつ適切であるものについて認められるものであって,一般労働者派遣事業の許可基準においても,特定の企業のみに派遣している専属派遣会社は,労働力需給調整システムとしての機能を有しておらず,第二人事部的なものとして許可しないものとされ,労働大臣(現在は厚生労働大臣)は,派遣元事業主に対し,労働者派遣事業の目的又は内容を変更するよう勧告することとなっているところ,被控訴人ISSは,被控訴人伊予銀行の関連会社のみに労働者派遣を行っているものであって,それ以外の企業に対する労働者派遣は行っていないから,松山職業安定所は,許可時や許可更新時,実地指導や講習会等の機会に,「専ら派遣」を是正するよう指導したはずであり,にもかかわらず,被控訴人ISSは,派遣法が施行された昭和61年以降,現在に至るまで極めて長期にわたって「専ら派遣」を継続してきた,との実態は,被控訴人伊予銀行の雇用責任を裏付ける重要な根拠である旨主張する。
(イ) しかしながら,証拠(<証拠略>)及び弁論の全趣旨によれば,派遣法が施行された昭和61年当時,IBSに限らず,労働者派遣事業を行う銀行の子会社は,大蔵省の指導により,事実上,派遣社員の派遣先を各親会社たる銀行に限定されていたが,平成元年の規制緩和により,初めて親会社以外の会社に対しても派遣することができるようになったことが認められるから,IBSが人材派遣業を開始しようとした昭和61年7月1日当時,四国財務局松山事業所から,民間事業を圧迫しないよう,むしろ,被控訴人伊予銀行に限定して人材派遣を行うよう指導されていたことを優に認定することができる。
そして,証拠(<証拠略>,被控訴人ISS代表者本人)によれば,現在でも,銀行子会社である被控訴人ISSにおいては,その収入の多くを金融関係からのものとするよう指導されており,その中で,被控訴人ISSは,被控訴人伊予銀行とは関係のない会社への派遣割合を増加させてきたことが認められる。
これらの認定事実によれば,被控訴人ISSにおいて,なお派遣先を拡大していくことが望ましいとはいえても,IBSないし被控訴人ISSの「専ら派遣」事業自体が,およそ許されないものであったとまではいえないというべきである。
(ウ) したがって,控訴人の上記控訴理由も理由がない。
エ 控訴理由<4>
(ア) 控訴人は,被控訴人らが,控訴人の派遣就労に関して,派遣法やその趣旨,行政指導に違反していたことについても,控訴人と被控訴人伊予銀行との間に,黙示の労働契約が成立していることの根拠の一つとして主張している。
(イ) しかしながら,労働者派遣の法律関係は,派遣元が派遣労働者と結んだ雇用契約に基づく雇用関係を維持したままで,派遣労働者の同意・承諾の下に派遣先の指揮命令下で労務給付をさせるものであり,派遣労働者は派遣先とは雇用関係を持たないものである(派遣法2条1号)。
したがって,派遣元と派遣労働者との間で雇用契約が存在する以上,派遣労働者と派遣先との間で雇用契約締結の意思表示が合致したと認められる特段の事情が存在する場合や,派遣元と派遣先との間に法人格否認の法理が適用ないしは準用される場合を除いては,派遣労働者と派遣先との間には,黙示的にも労働契約が成立する余地はないのである。
(ウ) 確かに,被控訴人らについては,前記4(1)で原判決38頁20行目から39頁30行目を引用して認定したとおり,控訴人について,一般的な行政指導による派遣期間(3年間)を超過して被控訴人伊予銀行の支店で勤務していたとか,部分的に派遣対象業務の範囲を超える業務に従事していたとか,被控訴人伊予銀行の担当者が控訴人の派遣就業前に控訴人の事前訪問に応じて面談していたなど,控訴人の雇用及び派遣体制には,派遣法やその趣旨,行政指導に照らして,少なからず問題点があったことは否めない。
(エ) けれども,前記2(1)及び(2)で原判決23頁30行目から34頁15行目までを補正の上引用して認定した事実や,前記4(1)で原判決39頁末行目から41頁13行目までを引用した事実・判断に照らせば,上記問題点があったからといって,控訴人と被控訴人ISSとの間の雇用契約が無効であったとまでは認められない。
そして,前記(3)イ,ウのとおり,控訴人と被控訴人伊予銀行との間で,雇用契約締結の意思表示が合致したと認められる特段の事情が存在したものとは認められないし,被控訴人ISSと被控訴人伊予銀行との間に,法人格否認の法理が適用ないしは準用されるものとも認められない。
(オ) したがって,控訴人の雇用及び派遣体制には,上記(ウ)のような問題点があったからといって,そのことを根拠に,控訴人と被控訴人伊予銀行との間には,黙示的にも労働契約が成立したと認めることはできない。
それゆえ,控訴人の上記(ア)の主張も採用できない。
(5) 控訴人の当審における補充主張に対する判断
ア 控訴人は,控訴人と被控訴人伊予銀行との間に明示又は黙示の労働契約が成立している旨主張し,その論拠を縷々述べている。
イ しかしながら,控訴人の上記主張は,原審における主張を繰り返しているか,別の観点から言い換えているにすぎないものと認められる上,控訴人の上記主張及び当審で提出された数多くの書証を検討しても,控訴人と被控訴人伊予銀行との間に,明示の労働契約が成立したとは認められないのはもちろんのこと,黙示の労働契約が成立したとも認めることができない,との当裁判所の前記(3)の認定判断を覆すに足りない。
ウ したがって,控訴人の上記主張は採用することができない。
5 争点3(損害賠償責任の有無)について
(1) 判断の大要,原判決の引用
ア 当裁判所は,D支店長が付箋が付着した慰労金明細書を控訴人に渡した件について,被控訴人伊予銀行が控訴人に対し,慰謝料1万円及びその遅延損害金の支払義務を免れないが,控訴人のその余の損害賠償請求は,いずれも理由がないと判断する。
イ その理由は,次の(2)のとおり原判決を補正し,次の(3)のとおり原判決とは異なる当裁判所独自の判断を付加し,次の(4)及び(5)のとおり控訴人の控訴理由及び当審における追加主張に対する判断をそれぞれ付加するほか,原判決第5の4(41頁23行目から45頁6行目まで)記載のとおりであるから,これを引用する。
(2) 原判決の補正
ア 原判決引用部分中,「認定事実」とあるのを「前記認定事実」に改める。
イ 原判決42頁30行目から43頁4行目までを次のとおり改める。
「 以上のとおり,D支店長の行為は,『不要では?』と記載された付箋が付着した慰労金明細書を控訴人に渡したこと以外は,いずれも不法行為に当たらない。」
(3) D支店長が付箋が付着した慰労金明細書を控訴人に渡したことについて
―原判決とは異なる当裁判所独自の判断―
ア 前提事実
D支店長は,平成11年12月15日,慰労金明細書(<証拠略>)の裏に「不要では?」という小さな付箋(<証拠略>)が付着していたのに,上記付箋が付着したままで控訴人に上記慰労金明細書を渡している(前記2(2)オ)。
イ D支店長の証言等
D支店長は,控訴人に渡した慰労金明細書(<証拠略>)の裏に「不要では?」という小さな付箋(<証拠略>)が付着していた件について,次の(ア)及び(イ)のとおり証言(陳述)している(D支店長の証人調書<証拠略>,D支店長の陳述書<証拠略>)。
(ア) 私は,平成11年12月14日の夕方,本部から送付されてきた文書「マイカー情報登録時の留意点と複数登録先の見直しについて」(<証拠略>)で,報告を求めるものがあったが,不要不急の報告であると思い,手元の付箋に『不要では?』と朱書きし,文書に張り付けて,手元のキャビネットに収納した。そのとき,たまたま,慰労金明細書(<証拠略>)も同じキャビネットに収納しておいた。
(イ) 私は,翌15日,控訴人に慰労金明細書(<証拠略>)を渡す際,その裏は確認していない。私が控訴人に慰労金明細書(<証拠略>)を渡す際,その裏に,私が『不要では?』と記載した小さな付箋(<証拠略>)が付着していたのだとすると,何故,慰労金明細書の裏に付箋が付着していたのか,その理由は分からない。
ウ 事実関係ないしは責任論の検討
(ア) D支店長の証言等では,「マイカー情報登録時の留意点と複数登録先の見直しについて」と題する文書に貼付しておいた付箋が,何故,慰労金明細書の裏に付着したのか,説明がつかず,不自然な感は否めない。
しかし,D支店長が,控訴人に示すため,意図的に付箋を貼り付けたものと認めることもできない。控訴人とC代理との人間関係に確執が生じていた微妙な時点で,その確執を取り除き,人間関係の修復を試みていたD支店長(前記2(1)で原判決を引用して認定した事実)が,控訴人に見せるために,わざと,慰労金明細書の裏に「不要では?」と記載した付箋を貼り付け,控訴人を挑発するような常識を欠いた行為をしたものとも思えないからである。
あるいは,D支店長が,控訴人に示すため,意図的に付箋を貼り付けたものではなく,咄嗟の判断から,ごく軽い気持ちで,慰労金明細書の裏に「不要では?」と記載した付箋を貼り付けたのに,後で取り外すのを失念してしまったのかも知れない。しかし,これは可能性としての話であり,そのように認められるわけではない。
(イ) ところで,前記2(1)で原判決を引用して認定したとおり,D支店長は,平成11年10月ころに実施した石井支店内の職員全員との個人面談の際,職員から控訴人の執務態度についての不満や,控訴人とC代理との確執があることを聞き,同年11月後半,C代理に対し,業務係が1名減員になることから,控訴人と話をして業務量の増加について理解を求め,かねてからの確執を取り除き,人間関係を修復するよう指示し,同年12月8日には,控訴人及びC代理を呼び,同月3日のC代理の暴言につき,C代理をして控訴人に謝罪させる一方,両者に対し,冷静になって互いの誤解を解いてほしい旨伝えていた,というのである。
このような事実経過のもとにおいて,慰労金明細書の裏面に「不要では?」と書かれた付箋が付着した同明細書を受け取った控訴人からすれば,自己が石井支店において不要な人物であると思われていると考えさせるに十分なものであって,控訴人に対し,大きな精神的苦痛を与えるものであることは容易に推認できるところである。そして,慰労金明細書の裏にこのような付箋が付着していたのに,これをそのまま控訴人に渡してしまったD支店長の行為はいかにも軽率であり,わざとしたものではないとしても,それだけで許される行為とはいい難く,このようなD支店長の行為は,あまりにも不注意な行為であって,杜会的妥当性を欠く行為であったといわざるを得ない。
そうだとすると,D支店長が上記のような慰労金明細書を控訴人に渡した行為は,過失によって社会的相当性を大きく逸脱した違法な行為をしたものというべきであり,不法行為を構成すると認めるのが相当である。
そして,D支店長の上記行為は,被控訴人伊予銀行(石井支店)の職務としてなされたものであることが明らかであるから,被控訴人伊予銀行は,D支店長の上記不法行為につき,使用者責任(民法715条1項)を負うというべきである。
エ 慰謝料額の検討
以上の不法行為の態様(D支店長は,意図的に付箋を貼付したものとは認められない。),控訴人が受けた精神的苦痛の程度,本件紛争の経過,その他本件に現れた諸事情を総合考慮すると,控訴人の上記精神的苦痛を慰謝するに足りる慰謝料の額は,1万円と認めるのが相当である。
オ まとめ
よって,被控訴人伊予銀行は,控訴人に対し,D支店長が付箋が付着した慰労金明細書を控訴人に渡したことについて,使用者責任(民法715条1項)に基づき,慰謝料1万円,及びこれに対する不法行為の後(訴状送達の日の翌日)である平成12年10月12日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払義務を免れない。
(4) 控訴人の控訴理由に対する判断
ア 控訴理由<1>
(ア) 控訴人は,C代理の控訴人に対する行為につき,全体として社会的相当性を逸脱するほどの違法性を有するものとは認め難い,とした原判決の認定判断は,法令の解釈適用を誤り,事実を誤認した違法がある旨主張し,控訴理由書71頁ないし73頁においてその理由を縷々述べ,当審において数多くの書証を提出している。
(イ) しかしながら,本件紛争の経緯に関する原判決の認定事実(28頁29行目から32頁4行目まで)について,事実誤認の違法があるとは認められないことは,上記2(3)のア及びイで説示したとおりである。
加えて,前記認定事実によれば,C代理の控訴人に対する一連の行為は,言動において,管理職及び控訴人の上司として不適切であったことはいうまでもなく,その他の態度等においても,やはり管理職及び控訴人の上司として非難に値するものであったとの評価は免れないところであるが,本件紛争の経緯を全体的にみた場合,C代理の一連の行為が,社会的相当性の見地からみて是認できない程度にまで違法性を有するとまでは認め難いといわざるを得ない。他にこれを認めるに足りる的確な証拠はない。
(ウ) したがって,控訴人の上記控訴理由は理由がない。
イ 控訴理由<2>
(ア) 控訴人は,D支店長の控訴人に対する行為につき,不法行為の成立を否定した原判決の認定判断は,法令の解釈適用を誤り,事実を誤認した違法がある旨主張し,控訴理由書74頁ないし75頁においてその理由を縷々述べ,当審において数多くの書証を提出している。
(イ) まず,事実誤認の点は,上記ア(イ)で説示したとおりであるから,理由がない。
次に,D支店長が「不要では?」と書かれた付箋が付着した慰労金明細書を控訴人に交付した行為が不法行為を構成し,使用者である被控訴人伊予銀行は,使用者責任(民法715条1項)を負うものであることは,上記(3)で認定したとおりである。
しかしながら,D支店長のその余の行為について,社会的相当性の見地からみても,これを逸脱した違法なものであったと認めることはできないことは,上記(1)及び(2)で補正の上引用した原判決42頁17行目から29行目まで説示のとおりである。そして,他にD支店長のその余の行為が違法であることを認めるに足りる的確な証拠はない。
(ウ) したがって,控訴人の上記控訴理由は,付箋の付着した慰労金明細書を交付した点を除き,理由がない。
ウ 控訴理由<3>
(ア) 控訴人は,G人事部長の控訴人に対する行為につき,不法行為の成立を否定した原判決の認定判断は,事実誤認の違法がある旨主張し,控訴理由書76頁においてその理由を縷々述べ,数多くの書証を提出している。
(イ) しかしながら,上記ア(イ)で説示したとおり,原判決の認定判断に事実誤認の違法があるとは認められないから,控訴人の上記控訴理由は理由がない。
エ 控訴理由<4>
(ア) 控訴人は,被控訴人ISSの債務不履行ないし不法行為責任,被控訴人らの債務不履行ないし不法行為責任の成立を否定した原判決は,法令の解釈適用を誤り,事実を誤認した違法なものである旨主張し,控訴理由書76頁ないし77頁においてその理由を縷々述べ,当審において数多くの書証を提出している。
(イ) まず,事実誤認の点は,上記ア(イ)で説示したとおりである。
次に,被控訴人ISSの債務不履行責任ないし不法行為責任の成否についてみるに,確かに,控訴人とC代理との間に確執が生じているのを被控訴人ISSが平成12年1月4日の時点で知るに至ったことは,派遣元事業主として,事態の把握が遅れたものと評価されてもやむを得ないところである。
しかしながら,前記認定事実によれば,被控訴人ISSは,その後,控訴人やその家族に拒まれながらも,その時点における適切な対応を試みていたものと評価でき,また,被控訴人ISSが控訴人との間の登録型の雇用契約の更新をしない旨通知したことが違法であるとは認められないことは,上記3(1)及び(2)で補正の上引用した原判決第5の2(34頁16行目から37頁28行目まで)説示のとおりである。
以上のとおりであるから,被控訴人ISSにおいて,債務不履行ないし不法行為責任が成立するとは認められない。
次に,被控訴人らの債務不履行責任ないし不法行為責任の成否についてみるに,確かに,被控訴人伊予銀行が控訴人に対し,派遣対象業務以外の業務に従事させていたとの点につき,派遣先の指揮命令権の行使に問題があったといわざるを得ず,被控訴人ISSがかかる実態を改善しなかったことについても同様であると認められる。
しかしながら,前記認定事実に照らせば,被控訴人らの上記問題点によって,社会通念上,控訴人の人格的利益(労働者として適法に雇用管理を受ける権利)が侵害されたものであるとか,精神的損害が生じたものであるとまでは認め難いものといわなければならない。
また,被控訴人伊予銀行が控訴人に自己申告書を提出させていたことにより,控訴人のプライバシーが侵害されたとまで認めることもできない。
以上のとおりであるから,被控訴人らは,控訴人に対し損害賠償義務を負うべき債務不履行ないし不法行為責任を負うものとまでは認められない。
(ウ) したがって,控訴人の上記控訴理由は理由がない。
(5) 控訴人の当審における追加主張に対する判断
ア 控訴人は,当審において,被控訴人らの損害賠償責任について,雇用者の労働者に対する配慮義務の観点から,一部については,従前の主張を別の法的観点から再構成し,その余については,原審で主張していなかった違法行為についての法的責任を構成し,請求原因事実を追加する形で新たな主張をしている。
イ しかしながら,控訴人の上記主張事実は,上記2(1)及び(2)で補正の上引用した原判決第5の1の認定事実(23頁30行目から34頁15行目まで)を超えて,証拠上,これを認めるに足りないか,あるいは,認めることができるとしても,本件紛争の経緯との関係において,全体的にみた場合,社会的相当性の見地からみて,是認することができないほどの配慮義務違反のある違法な行為であるとか,または雇用者の負うべき労働契約上の注意義務(配慮義務)に違反する違法な行為であるとまで認めることはできない。
もっとも,D支店長が「不要では?」と書かれた付箋が付着した慰労金明細書を控訴人に交付した行為が違法であることは,前示のとおりであり,控訴人の上記追加主張によっても,上記認容額1万円を超えるとは認められない。
ウ 以上のとおりであるから,控訴人の上記追加主張は理由がない。
第6結論
よって,控訴人の被控訴人伊予銀行に対する控訴に基づき,原判決中,控訴人の被控訴人伊予銀行に対する損害賠償請求を棄却した部分を上記判断に従って変更し,控訴人の被控訴人伊予銀行に対するその余の控訴(当審追加請求を含む。),及び被控訴人ISSに対する控訴(当審追加請求を含む。)は,いずれも理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 紙浦健二 裁判官 島岡大雄 裁判官熱田康明は,転補につき署名押印することができない。裁判長裁判官 紙浦健二)