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高松高等裁判所 平成15年(ネ)475号 判決 2004年7月22日

控訴人

徳島市

上記代表者市長

原秀樹

上記訴訟代理人弁護士

中田祐児

被控訴人

甲野太郎

被控訴人

甲野花子

上記両名訴訟代理人弁護士

松原健士郎

主文

1  原判決主文第1項を次のとおり変更する。

(1)  控訴人は,被控訴人甲野太郎に対し,金1527万6956円及び内金1506万8266円に対する平成13年8月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  被控訴人甲野太郎のその余の請求を棄却する。

2  原判決主文第2項を次のとおり変更する。

(1)  控訴人は,被控訴人甲野花子に対し,金1527万6956円及び内金1506万8266円に対する平成13年8月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  被控訴人甲野花子のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は,第1,第2審を通じ,これを5分し,その4を被控訴人らの,その余を控訴人の各負担とする。

4  この判決の第1項(1)及び第2項(1)は,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1  控訴の趣旨

1  原判決中,控訴人敗訴部分を取り消す。

2  同部分の被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

第2  事案の概要等

1  事案の概要

本件は,被控訴人夫婦間の長男が運転し,長女が同乗する普通乗用自動車が,控訴人管理に係るいわゆる潜水橋を通行中に同橋から台風の影響で増水していた川に転落して,長男・長女とも死亡した事故(以下「本件事故」という。)について,長男・長女を相続した被控訴人らが,同橋の管理に瑕疵があったとして,控訴人に対し,国家賠償法2条1項に基づき,損害賠償として,それぞれ,8537万9644円及びこれに対する平成13年8月22日(本件事故日)から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

これに対し,控訴人は,前記潜水橋の管理に瑕疵はなく,本件事故は,被控訴人らの長男の異常な運転により起きたものであって,同橋の管理の瑕疵によって起きたものではないなどと主張して争った。

2  訴訟の経緯

原審は,控訴人による前記潜水橋の管理に瑕疵があったことを認めた上,過失相殺(長男の損害の相続分につき),損益相殺の結果,被控訴人らの請求を,それぞれ2958万9135円(長男の損害の相続分785万9322円,長女の損害の相続分1902万9813円,弁護士費用270万円の合計)及びこれに対する平成13年8月22日(本件事故日)から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容し,その余を棄却した。

これに対し,控訴人のみが控訴した。

3  前提事実(争いのない事実及び証拠により容易に認められる事実)

原判決「事実及び理由」欄第2の1の(1)ないし(3)記載のとおりであるから,これを引用する(ただし,原判決2頁18行目<編注 本号123頁右段48行目>の「逆らずに」を「逆らわずに」に改め,20行目<同123頁右段51行目>の「転落防止設備は」の次に「,本件事故当時」を,24行目<同124頁左段5行目>の「本件橋」の次に「の西端」を各加える。)。

4  争点及び争点についての当事者の主張

次の5のとおり当審における当事者の補充主張を加えるほか,原判決「事実及び理由」欄第2の2の(1)ないし(3)記載のとおりであるから,これを引用する(ただし,原判決6頁9行目<同125頁左段14行目>及び13行目から14行目<同125頁左段21行目>の各「損害額」をいずれも「損害額(元金)」に改める。)。

5  当審における当事者の補充主張

(1)  争点②(本件事故と本件橋の管理の瑕疵との因果関係)について

ア 控訴人

春男は,本件橋の南詰め交差点を左折してから時速約10キロメートルの低速度で左に旋回しながら約15メートル(約5.4秒間)走行したのちに橋下に転落したものであり,ハンドルを元に戻したり,急ブレーキをかけるなど,容易に転落防止措置を講ずることができたはずであるのに,同人がこれらの措置を全くとらなかったことは不可解であり,控訴人において予測し難いものである。

このように控訴人において予測し難い行動まで想定して,本件橋からの転落防止装置を講じるべき義務はない。

イ 被控訴人ら

春男運転の被害車両の速度が時速約10キロメートルであったという的確な証拠はないから,控訴人の上記主張は前提自体が誤りであり(乙7によれば時速約22.5キロメートルとされる。),仮に時速約10キロメートルであったとしても,春男は,泥土によりスリップを起こし,急ブレーキ等による制動をしたものの,タイヤに絡まった泥土による摩擦力の低下のため,被害車両が制御不能の状態に陥ったものであって,春男が本件事故を回避することは不可能であった。

(2)  争点④(夏子の損害につき被控訴人らが控訴人に賠償を請求できる範囲)について

ア 控訴人

夏子の損害(原判決によれば,被控訴人らそれぞれにつき弁護士費用の損害を除き1902万9813円)については,被控訴人らは,控訴人から夏子の損害のうち控訴人負担部分(原判決によれば3割,すなわち570万8944円)を超える部分の支払を受けても,控訴人から求償を受けて取り戻される関係にあるから,被控訴人らは,控訴人に対し,控訴人負担部分を超えて請求することは信義則上許されない。

イ 被控訴人ら

被控訴人らが春男と夏子の双方を相続したことにより,春男の夏子に対する損害賠償債務は混同によって消滅したから,控訴人の夏子に対する損害賠償債務と不真正連帯の関係にある別個の損害賠償債務は存在しないこととなり,したがって,控訴人は,被控訴人らに夏子の損害の全額を支払ったとしても,その7割を被控訴人らに求償することはできない。

第3  当裁判所の判断

1  本件橋及び県内の潜水橋の管理状況並びに本件事故時の状況

前記前提事実に加え,証拠(各項の末尾に掲記したもの)によれば,原判決「事実及び理由」欄第3の1の(1)ないし(8)記載の事実(ただし,次の(1)ないし(3)のとおり補正する。)が認められる。

(1)  原判決7頁2行目<同125頁左段39行目>の「高さ」から4行目<同125頁左段43行目>末尾までを次のとおり改める。

「車道とその東側の自転車歩行者道との境及び自転車歩行者道の東端(本件橋の東端)にはいずれも高さ3ないし4センチメートル程度の地覆(縁石)が設けられていたが,本件橋の両側に欄干(高欄)やガードレール等の転落防止設備は設けられていなかった(甲2,甲3,甲5。なお,原判決添付の別紙現況平面図〔甲2〕の断面図には,車道の西端〔本件橋の西端すなわち被害車両が転落した側〕にも,高さ3ないし4センチメートル程度の地覆〔縁石〕が設けられていたように描かれているが,甲2,甲3中の写真及び証人安藝正憲の証言によれば,車道の西端〔本件橋の西端〕には同地覆〔縁石〕も設けられていなかったことが認められる。)。」

(2)  同8頁末行<同126頁左段6行目>の「泥土(泥水)が」の次に「広範囲にわたって」を加える。

(3)  同9頁12行目<同126頁左段24行目>の「そのまま左に」の次に「ゆるやかに」を加える。

2  争点①(本件橋の管理の瑕疵)について

当裁判所も,控訴人による本件橋の管理に瑕疵があったと判断する。

その理由は,次のとおり補正するほか,原判決「事実及び理由」欄第3の2の(1)ないし(4)記載のとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決10頁19行目<同126頁右段17行目>の「その両端には」を「東端に」に改め,25行目<同126頁右段25行目>の「橋の路上には」の次に「冠水による」を加える。

(2)  同11頁21行目<同127頁左段5行目>の「いうべきである」の次に「(本件橋の西端については,地覆〔縁石〕自体が設けられていなかった。)」を加える。

3  争点②(本件事故と本件橋の管理の瑕疵との因果関係)について

当裁判所も,本件事故は控訴人における本件橋の管理の瑕疵に起因して生じたものであると判断する。

その理由は,次の(1)のとおり補正し,(2)のとおり当審における控訴人の補充主張に対する判断を付加するほか,原判決「事実及び理由」欄第3の3の(1)ないし(3)記載のとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決12頁11行目<編注 127頁左段30行目>の「泥土(泥水)が」の次に「広範囲にわたって」を加え,12行目<同127頁左段31行目>の「本件橋桁の直下には」を「本件橋の直下には橋桁の下約1メートルまで増水した」に改め,14行目<同127頁左段34行目>の「そのまま」の次に「ゆるやかに」を加え,20行目<同127頁左段42行目>の「錯覚等」を「錯覚や驚愕等」に改める。

(2)  控訴人は,春男は,本件橋の南詰め交差点を左折してから時速約10キロメートルの低速度で左に旋回しながら約15メートル(約5.4秒間)走行したのちに橋下に転落したものであり,同人がハンドルを元に戻したり,急ブレーキをかけるなどの転落防止措置を全くとらなかったことは,不可解であり,控訴人において予測し難いものであるから,このように控訴人において予測し難い行動まで想定して,本件橋からの転落防止措置を講じるべき義務はない旨主張する。

しかし,前示のとおり,本件橋は,車道の幅員が4メートル程度しかない上,その東端(転落した方とは反対側)に高さ3ないし4センチメートル程度の地覆(縁石)が設けられているにすぎなかったため,通行車両が運転を誤った場合,路外に逸脱して河川に転落する危険性を有するものであったこと,本件事故以前にも本件橋において車両の転落事故が相次いで発生しており,本件橋は県内の潜水橋の中でも転落事故の多い橋であったこと,本件事故当時,本件橋の路上には冠水による泥土(泥水)が広範囲にわたって堆積して車両通行帯が見えにくい状況にあったものであり,しかも台風の影響により河川が橋桁下約1メートルまで増水して濁流が激しく流れていたため,橋から河川に転落した場合,自力ではいあがることはもちろん,救助を期待するのもほとんど不可能な状況にあったこと,一般的に,潜水橋における車両転落事故は,ハンドル操作の誤りが主な要因とされており,その原因の一つに本件事故のように錯覚等により必要以上にハンドルを切りすぎることがあると指摘されていることなどに照らすと,春男運転の被害車両のように,本件橋に左折進入するに当たり川の流れや道路状況による錯覚や驚愕等によって現場の状況を見誤り必要以上にハンドルを切って本件橋から転落する事故の発生するであろうことは,控訴人において容易に予測できたというべきであり,転落防止措置を講じるべき義務があったというべきである。

したがって,後記過失相殺の点はともかくとして,本件橋の管理者である控訴人における本件橋の管理には瑕疵があり,本件事故は同瑕疵に起因して生じたものといわなければならない。

4  争点③(損害額)について

(1)  当裁判所は,被控訴人らは,それぞれ2758万4769円(春男の損害金785万9322円,夏子の損害金1972万5447円)の損害賠償請求権(弁護士費用を除く。)を取得したものと判断する。

その理由は,次の(2)のとおり補正するほか,原判決「事実及び理由」欄第3の4の(1)ないし(5)記載のとおりであるから,これを引用する。

(2)ア  原判決17頁4行目から5行目<同128頁右段27行目>の「損害項目」を「損害項目の元金」に,11行目<同128頁右段36行目>の「損害金」を「損害金(元金)」に改める。

イ 同13行目<同128頁右段37行目>の次に次のとおり加える。

「ウ 前記アのとおり,被控訴人らは,夏子に係る国家公務員災害補償法に基づく保険給付として合計513万4370円の支払を受けたが,その支払日は平成13年10月24日と認められ(実際の支払日を認めるに足りる証拠がないので,保険給付の認定日である同日〔乙6〕に支払われたものと認めるほかない。),また,前記イのとおり,被控訴人らは,夏子に係る自賠責保険の給付として2193万6750円の支払を受けたが,その支払日は平成14年11月12日と認められる(甲13の1・3)ところ,各支払金額に対応する損害額に対する平成13年8月22日(本件事故日)から各支払日まで64日間(平成13年10月24日まで)又は448日間(平成14年11月12日まで)の民法所定年5分の割合による遅延損害金が生じており,その金額は,次のとおり合計139万1268円となる(1円未満切捨て)。

513万4370円×0.05×64÷365=4万5013円

2193万6750円×0.05×448÷365=134万6255円

被控訴人らは,それぞれ2分の1の69万5634円の遅延損害金債権を相続したから,被控訴人ら各自の夏子分の損害金は,前記イの残額1902万9813円に上記69万5634円を加えた1972万5447円となる(なお,被控訴人らが春男に係る国家公務員災害補償法に基づく保険給付として支払を受けた864万0490円〔遺族補償一時金808万3000円,葬祭補償55万7490円〕に対応する損害額についても,夏子分と同様に支払日〔乙6・認定日〕である平成13年10月24日までの遅延損害金が生じているが,被控訴人らは控訴も附帯控訴もしていないから,不利益変更禁止の原則により,春男の損害金について原判決認容額から増額することはできない。夏子の損害金の請求権と春男の損害金の請求権とは,訴訟物を異にするので,両請求権を合わせたものではなく,別々に不利益変更の有無を判断するほかない。)。」

5  争点④(夏子の損害につき被控訴人らが控訴人に賠償を請求できる範囲)について

(1)  控訴人は,夏子の損害については,被控訴人らは,控訴人から夏子の損害のうち控訴人負担部分を超える部分の支払を受けても,控訴人から求償を受けて取り戻される関係にあるから,被控訴人らは,控訴人に対し,控訴人負担部分を超えて請求することは信義則上許されないと主張するので,検討する。

(2)  春男と控訴人とは,被害者である夏子に対する関係で共同不法行為者に準ずる関係にあり,不真正連帯債務者として,それぞれ,夏子に対してその損害の全額を賠償すべき義務を負っているから,夏子及び春男が存命であった場合,控訴人が夏子に対してその損害の全額を賠償したとすれば,控訴人は,春男の過失割合(7割)に従い,その7割を春男に対して求償できることになる。

本件においては,夏子も春男も死亡し,被控訴人らは,相続により両名の権利義務を2分の1ずつ承継したのであるから,前記(原判決「事実及び理由」欄第3の4(4)後段)説示のとおり,春男の夏子に対する損害賠償債務及び夏子の春男に対する損害賠償債権の両方を承継したことにより,春男の夏子に対する損害賠償債務は,夏子の春男に対する損害賠償債権との混同によって消滅したことになる。しかし,同説示のとおり,春男の夏子に対する損害賠償債務が混同によって消滅したとしても,不真正連帯債務の関係にある控訴人の夏子に対する損害賠償債務には何ら影響を及ぼさないのであるから,控訴人が夏子の相続人としての被控訴人らに対して夏子の損害の全額を賠償した場合に春男の相続人としての被控訴人らに対して取得すべき求償権が,前記混同の結果発生しないとか事後的に消滅するという影響を受けるものではないと解するのが相当である。

(3)  そうすると,控訴人が夏子の相続人としての被控訴人らに対して夏子の損害の全額を賠償した場合,控訴人は,直ちに,春男の相続人としての被控訴人らに対して,控訴人と春男という共同不法行為者(に準ずる者)の間における春男の負担割合,すなわち本件事故における春男の過失割合(7割)に従い,その7割を求償できることになる。

このように,一方の共同不法行為者甲(控訴人)が,他方の共同不法行為者(春男)及び被害者(夏子)を相続した者乙(被控訴人ら)に対して,共同不法行為者間における自己の負担部分(3割)を超えて損害を賠償すれば,直ちに乙に対して自己の負担部分を超える部分につき求償権を取得することになる場合には,乙が甲に対して損害の賠償を請求できるのは,甲の負担部分に限られると解するのが相当である。けだし,このような場合にまで,乙が甲に対して甲の負担部分を超える部分につき賠償請求をするのは,いたずらに甲に負担を強いるものであり,不合理であって,信義誠実の原則に反するというべきであるからである。

(4)  したがって,本件において,被控訴人らが,夏子の損害について控訴人に対して賠償請求をすることができるのは,控訴人の負担部分である3割に相当する額に限られることになり,その額は,前記各自1972万5447円(うち69万5634円は遅延損害金)の3割に当たる591万7634円(うち20万8690円は遅延損害金)ということになる。すなわち,控訴人の上記(1)の主張は採用することができ,これに反する被控訴人らの主張は採用することができない。

6  弁護士費用

結局,被控訴人らが控訴人に請求できる金額は,それぞれ1377万6956円(春男の損害金785万9322円,夏子の損害金591万7634円〔うち20万8690円は遅延損害金〕)であるところ,本件事故と相当因果関係にある弁護士費用の損害は,認容額,本件訴訟の内容,審理経過等を考慮すれば,それぞれ150万円と認めるのが相当である。

7  結論

以上によれば,被控訴人らの控訴人に対する請求は,それぞれ1527万6956円(春男の損害金785万9322円,夏子の損害金591万7634円〔うち20万8690円は遅延損害金〕,弁護士費用150万円)及び内金1506万8266円に対する平成13年8月22日(本件事故日)から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し,その余は理由がないから棄却すべきものである。

よって,上記判断に従い,原判決主文第1項及び第2項を変更することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・水野武,裁判官・熱田康明,裁判官・島岡大雄)

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