高松高等裁判所 平成16年(ネ)112号 判決 2006年9月15日
1審原告(控訴人兼被控訴人)
甲野一郎
外3名
上記4名訴訟代理人弁護士
島内保夫
同
島内保彦
1審被告(被控訴人兼控訴人)
宍喰町訴訟承継人
海陽町
同代表者町長
五軒家憲次
同訴訟代理人弁護士
元井信介
同
井内秀典
同
中田祐児
同
島尾大次
主文
1 原判決中,1審被告の敗訴部分を取り消す。
2 前項の部分に係る1審原告らの請求をいずれも棄却する。
3 1審原告らの本件控訴をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は,第1,2審とも1審原告らの負担とする。
事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 1審原告
(1) 原判決中,1審原告らの敗訴部分を取り消す。
(2) 1審被告は,1審原告甲野一郎に対し,1726万0038円及びこれに対する平成11年7月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 1審被告は,1審原告甲野二郎に対し,547万2000円及びこれに対する平成11年7月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(4) 1審被告は,1審原告甲野春子に対し,319万円及びこれに対する平成11年7月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(5) 1審被告は,1審原告丙川夏子に対し,660万円及びこれに対する平成11年7月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(6) 仮執行宣言
2 1審被告
(1) 原判決中,1審被告の敗訴部分を取り消す。
(2) 前項の部分に係る1審原告らの請求をいずれも棄却する。
第2 事案の概要
本件の事案の概要は,次のとおり付加訂正するほか,原判決の「事実及び理由」中「第2 事案の概要」に記載されたとおりであるから,これを引用する。
1 原判決2頁24行目の「である被告」を「の権利義務を承継した1審被告」に改める。
2 原判決3頁4行目の「表示する。」の次に,「なお,本判決における地名の記載は,原則として,本件崩落事故当時のものである。」を加え,同17行目の「被告」を「宍喰町」に,同19行目の「いるもの」を「いた者」にそれぞれ改め,同23行目の次に改行の上,次のとおり加える。
「(4) 宍喰町は,平成18年3月31日,海南町及び海部町と合併し,新たに置かれた海陽町が宍喰町の権利義務を承継した。」
3 原判決4頁8行目並びに同7頁4行目及び21行目の「本件町道の」を「本件町道等の」に,同4頁13行目,16行目,23行目及び24行目並びに同5頁1行目及び5行目並びに同7頁15行目,19行目及び24行目の「被告」をそれぞれ「宍喰町」に改める。
4 原判決4頁14行目の「本件山腹崩落」を「本件山腹の崩落」に,同5頁13行目から14行目の「4751万3044円となる。」を「4751万3044円を下らない。」に,同15行目の「994万7517円」を「2025万5600円」に,同17行目の「542万8000円」を「560万8000円」にそれぞれ改める。
5 原判決6頁21行目から同7頁3行目までを次のとおり改める。
「 本件崩落事故の当時,現場一帯は記録的な雨量の集中豪雨に見舞われ,宍喰町内だけでも8か所で大規模な山腹崩落が発生していたのであるから,本件崩落事故は,予測不可能な雨量の集中豪雨によって地下水の水量が増大したことにより不可避的に発生したものであって,本件町道の設置に起因して生じたものではない。
本件町道の設置により,本件山腹に流入する雨水の量が増大することはなく,むしろその流水量は,本件町道及びその側溝の設置により,それ以前と比べて少なくなっているから,本件町道設置に起因して地盤の浸食が進行したとはいえない。また,本件崩落事故は,一塊りの土塊が一体として崩落して生じたものではなく,いくつかのブロックが時点を異にして別々に崩落して生じたものであるところ,本件町道に接するブロックの崩落はいわゆる表層崩壊であるのに対し,これより下部に存する,規模の大きな崩落が生じているブロックは深層崩壊であって表層崩壊とは崩壊の生じるメカニズムを異にするから,本件町道に接するブロックで生じた崩壊が本件崩落事故全体の誘因となったり,あるいは,主働的な役割を果たしたものではない。」
第3 当裁判所の判断
1 原判決の引用
判断の前提となる事実関係については,原判決の「事実及び理由」中「第3 当裁判所の判断」のうち,原判決8頁5行目から同10頁15行目までの記載を引用する。ただし,次のとおり付加訂正する。
(1) 原判決8頁5行目の「,原告甲野一郎」を「,乙40,乙47,1審原告甲野一郎(第1回,第2回)」に,同行から6行目にかけての「鑑定人山上拓男の鑑定結果(以下「山上鑑定」という。)」を「原審及び当審における鑑定人山上拓男の鑑定の結果(以下それぞれ「原審山上鑑定」,「当審山上鑑定」という。)」にそれぞれ改める。
(2) 原判決8頁11行目の「(後記(3)エ)」を削り,同12行目の「砂岩角れき岩」を「砂岩角礫」に改める。
(3) 原判決8頁23行目及び24行目,同9頁5行目,10行目及び22行目並びに同10頁7行目及び11行目の「被告」を「宍喰町」にそれぞれ改める。
(4) 原判決9頁17行目の「,甲94」の次に「,甲101」を,同19行目の「13の1ないし9」を「13の各1ないし9」に改め,同10行目の「32」を「乙32」に改め,同25行目の「の路肩が」から同26行目の「同部分」までを削り,同10頁10行目の「路肩が決壊して大規模の崩落が発生する事故」を「路肩を頭部とする大規模な崩落」に改める。
2 争点①(本件崩落事故の原因)について
(1) 降雨の状況
ア 本件崩落事故発生当日である平成10年5月16日には,その現場から約4キロメートル離れた高知県東洋町大斗では,同日午前零時ころから雨が降り始め,同日午前9時から午前10時までの1時間には118ミリメートルの時間最大雨量が観測され,本件崩落事故の発生した同日午後9時ころまでの雨量の累計は900ミリメートルにまで達した上(乙3),1日総雨量は953ミリメートルとなった。また,宍喰町の中心部(宍喰)でも1日総雨量300ミリメートルの降雨が観測された。
イ 昭和53年から平成12年までの23年間の24時間雨量の観測データとの対比によれば,上記の大斗における1日総雨量953ミリメートルは歴代2位の記録(後面観測所における平成10年9月24日の862ミリメートル)を上回るほどの多量であった(乙40)。宍喰町内では,本件崩落事故発生当日の豪雨により,公共土木施設21か所,農業施設19か所,林業施設17か所が被害を受け,災害復旧工事が行われた(乙31)。
ウ 徳島県は,砂防施設設計に当たって用いる日雨量に関し,宍喰地域においては574.1ミリメートルの日雨量は100年に1度の確率でしか生じないものと想定しており,前記の953ミリメートルの雨量はこれを大幅に上回るものであった。
エ 本件崩落事故現場における豪雨について,原審山上鑑定と乙40及び乙47の作成者である太田猛彦(以下「太田」という。)の意見は,異常な豪雨であったとの評価で一致している。
オ 1審原告らは,本件崩落事故現場付近一帯は徳島県内でも有数の豪雨地帯であって,当時の降雨は珍しいものではないと主張するが,平成15年当時の報道(乙34)によれば,同県内では,昭和51年9月11日に木頭村日早で日降水量1114ミリメートルが観測され,昭和49年9月6日に木頭村小見野々で日降水量953ミリメートルが観測されているが,それは全国順位でそれぞれ1位及び6位に位置付けられるような記録的な豪雨であり,本件崩落事故発生当日の953ミリメートルという雨量もこれに匹敵する豪雨というべきである。
カ 以上によれば,本件崩落事故発生当日の現場における降雨は,極めてまれといって差し支えないほどの激しい豪雨であったということができる。
(2) 当時の土砂災害の状況
宍喰町内においては,上記の集中豪雨の際に,本件崩落事故のほかにも7か所で山腹の崩落事故が発生したが,これらはいずれも人為の加わっていない自然斜面が崩壊したものであって,山腹斜面の道路の路肩を頭部とする大規模な崩落は本件崩落事故のみであった。
このことによれば,上記の集中豪雨は,本件町道のように人為の加えられた箇所でなくても斜面の崩落事故を引き起こすほどの激しい降雨であったということができる。
(3) 本件崩落事故の状況
本件崩落事故は,平成10年5月16日午後9時ころ,原判決別紙図面3のとおり,本件山腹の斜面が崩壊したことにより発生した。これは,幅約80メートル,上下方向の長さ約100メートル,崩壊した部分の深さは最大で約10メートル,流出した土量は3万5935立方メートルにも及ぶ大規模な斜面の崩壊であった(甲56)。
本件崩落事故の斜面崩壊の状況の観察によれば,別紙図面のとおり,崩落した箇所を四つのブロックに区分して認識することができる。
このうちBブロックよりも斜面の下部に位置するAブロックは,勾配が急で,風化,破砕が進行した砂岩・頁岩互層で崩壊が生じており,崩壊の範囲も広く,崩壊深も最大10メートルに達する深い部分が滑っているという特徴がある。このAブロックの下方には地下水の湧水箇所が2か所存する。
これに対して,Aブロックの上部に位置し,本件町道を頭部とするBブロックは,斜面勾配が緩く,地表面に近い崩積土を主体とする土層を中心として崩落しており,崩壊深も比較的浅く,土砂の移動量も少なくて斜面上に本件町道のアスファルト片や路床材などが残留した状態にあるといった特徴がある(乙40)。
(4) 崩落発生の機序
山腹斜面の崩壊が発生する機序については,次のような知見がある(乙40,乙47,原審山上鑑定,当審山上鑑定)。
ア 雨水が斜面地山に付加されることにより,土の重さが増大して,重力の作用で下方に落下しようとする働きが強くなる。この場合,せん断力(土塊が滑り落ちようとする力)がせん断抵抗力(すべりに抵抗しようとする力)よりも小さい限り土塊のすべりは生じないが,せん断力の方が大きくなるとすべりが生じる。雨水が地中にしみ込んだ後の水は,土や岩盤の中の隙間部分にのみ存在するが,この水圧(間隙水圧)が大きくなるとせん断抵抗力は小さくなる。さらに,雨水が斜面地山に付加されると,外力に対する抵抗力が小さくなる(粘着力と内部摩擦角の大きさが低下する。)。これらの作用が複合して,斜面崩壊が生じる。
イ 一般にいわれる山崩れは,表層崩壊と深層崩壊に区分される。
岩盤上面のルーズな地層が薄く滑落する場合を表層崩壊と呼ぶ。これは浸透水の働きによって発生する,基盤岩より上部の浅いすべりである。その発生原因としては,降雨浸透による急激な間隙水圧の上昇や地震動などがあり,大雨の時に発生する崩壊の大部分は表層崩壊である。
これに対し,岩盤に風化・破砕等が進行していて,岩盤に達する深い崩壊が発生する場合を深層崩壊と呼ぶ。これは,岩盤内又はその境界面に崩壊面を有する深いすべりである。表層崩壊と同様に地下水が誘因となるが,表層崩壊に比べ地下深部であるため,より広い範囲の水が寄与する場合も多く,深部地下水が岩盤内のパイプ・水みち等を通じて破砕部に集中し,大きな水圧が生じて崩壊する場合がある。また,深層崩壊発生後の斜面では,径10センチメートル以上の孔隙からの湧水がしばしば確認され,地盤内にパイプ・水みちが存在したことを示す事例も多い。豪雨時だけでなく,豪雨後の地下水挙動や比較的規模の大きな地震動によって発生することがある。深層崩壊の特徴としては,降雨ピークから数時間ないし数日遅れて発生するとの指摘がされている。
(5) 本件崩落事故の原因
ア 既に認定したところによれば,本件崩落事故の現場における崩壊の状況は,AブロックとBブロックとでその様相を異にするところ,両ブロックは同時に一塊りの土塊として崩落が生じたのではなく,時点を異にして別々に崩落が生じたとみるのが自然である(この点については,原審山上鑑定及び当審山上鑑定(以下,両鑑定に現れる鑑定人山上拓男の意見を併せて「山上の見解」という。)と乙40,乙47(以下,これらの書証に現れる太田の意見を「太田の見解」という。)の間に見解の相違はない。)。
Aブロックの下方には地下水の湧水箇所が2か所あり,しかもAブロックにおける崩壊深は相当深いことから,Aブロックの崩落は,当時の豪雨に伴い,過剰供給となった湧水(地下水)が,相当深部における地中の水圧上昇をもたらし,Aブロックの崩落を誘発したものと考えられる(この点においても山上の見解と太田の見解の間に相違はない。)。
イ 山上の見解によれば,本件山腹に本件町道を開設したことによりBブロックの地盤の不安定化が生じ,Aブロックより先行して崩壊したと解釈・推論する。すなわち,
(ア) Bブロックは,過去の路面亀裂が示唆するように,元々潜在的に不安定であった。それゆえ,希有の豪雨といってよい強い雨の下で,本件町道の路面を伝わっての表流水や直接降雨の雨水が付加されることによってBブロックの土塊が緩み,その結果,路面に開口幅を持った亀裂が発生した。すると,開口部からより一層多くの表流水がBブロック内に流入・浸透していき,Bブロックのすべり面に沿って変状(せん断変位)が進行したが,Bブロックは勾配が緩く浅いすべりであり,さらに立木残存域の抑止効果もあるため,Bブロック自体は余り大きく変動することなく残存した。こうして変状を来し多数のクラックの入ったBブロックを次々と流入する路面表流水や直接降雨水は,容易にBブロックを通過して下方のAブロックへ浸透・流入したことが考えられる。これに加えて,Aブロック深部での湧水も当然あり得る。もちろん,Aブロック斜面表面への直接降雨の影響もある。これらの水の付加でAブロック内部の地下水が増大し,すなわち間隙水圧が上昇し,ついにAブロックの壊滅的崩壊が誘発された。
(イ) 上記推論の最大の根拠は,本件崩落事故の箇所だけに崩壊が生じ,かつ,崩壊の最上部(頭部)がかつての亀裂にほぼ一致していることによる。
ウ しかしながら,本件崩落事故発生当日,宍喰町内8箇所で崩壊が発生したことは前記のとおりであり,また,本件町道路面の表流水が多量にBブロックに流入したことの客観的証拠がない。かえって,証拠(乙40,乙47)によれば,河川工学,砂防工学などの広範な分野で頻繁に使用されている道路側溝流下可能流量の計算式によれば,本件崩壊事故の上部の町道側溝がオーバーフローして崩落地内に表流水が流入した可能性がない計算結果であることが認められるところ,異常な豪雨時には流出土砂や木の葉,木片によって側溝がほとんど機能しないことがあるが,本件崩落事故直後の写真(乙9のfile_3.jpg,file_4.jpg,file_5.jpg,file_6.jpgないしfile_7.jpg)によると,側溝が破壊されていたり,閉塞されている状況になく,十分にその機能を果たしていたことが窺える。
エ さらに,証拠(乙40,47)によれば,太田の見解は,地形・地質条件と面的な崩壊状況を考慮して区分したAブロックとそれに隣接するBブロックについて,①降雨のピーク時である崩落当日の午前9ないし10時から相当な時間が経過した午後9時に崩壊が発生していること,このことは降雨のピークと地下水位の上昇による地盤の不安定化との間にかなりの時間的遅れが生じており,本件崩壊事故には深部の地下水条件によって誘発された深層崩壊が主働的であったことを示すこと,②崩壊発生前の降雨量が過去に例のないほどの激しい豪雨であり,宍喰町内8か所で崩壊が発生したこと,③上記のとおり,計算上道路排水の影響が考えられないこと,④最も崩壊の大きいAブロックには別紙図面のとおり2か所の湧水が認められること,⑤本件町道に接するBブロックでは傾斜が緩やかであり,立木のほか,アスファルト片,路床材も残っており,これらが残存することは本件町道のひび割れから大量の雨水が流入しAブロックの大崩壊を引き起こしたとする推論からは否定的な事実であることなどを総合考慮すると,Aブロックは地下水によって深層崩壊を起こし,Bブロックは支えとなるAブロックを失った後退性の表層崩壊であると結論付けたことが認められるところ,太田の見解は,山腹崩壊の原因解明において,土質工学(地盤工学)的観点のみならず,水門学的(崩壊を誘発した降雨の量や降り方と発生時間の関係から,誘因となった「水」が表層からの浸透水なのか岩盤の亀裂中の間隙水なのかを見極めたり,集水地形から地表に浸透した水量を推定する。),地形学的,地質学的観点からの考察を行ったもので,合理的であり,証拠とも合致しているので採用すべきである。
オ 以上によれば,上記イの山上の見解に係る解釈・推論は採用できない。
(6) まとめ
これまで検討してきたところによれば,本件崩落事故は,まれに見る豪雨によりAブロックが深層崩壊をしたため発生したもので,Bブロックの崩壊はAブロックの崩壊により支えを失ったことによるものであるから,Bブロックと隣接する本件町道の設置・管理の瑕疵に基づいて発生したものとは認められない。
3 争点②(本件町道等の設置・管理の瑕疵の有無)について
既に検討したとおり,宍喰町による本件町道の設置・管理の瑕疵に基づく損害賠償は,その余の判断をするまでもなく理由がない。
1審原告らは,宍喰町が甲野建物前の道路の整備工事を実施した際に,甲野建物西側の谷川(原判決別紙図面2のロの青線部分)に土管を埋めたため,本件崩落事故の際,本来僧都谷川に流れ込むはずの土石流が上記土管の埋設部分で堰き止められ,向きを変えて甲野建物に向かって押し寄せた結果,甲野建物が倒壊するなど被害が拡大したものであって,1審被告による上記土管埋設部分の施工に瑕疵があったとも主張するが,前記事実を認めるに足りる証拠はない。
第4 結論
以上の検討によれば,1審原告らの請求には理由がなくいずれもこれを棄却すべきであって,1審被告の控訴には理由があるから原判決中これと結論を異にする部分を取り消し,1審原告らの控訴はいずれも棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・馬渕勉,裁判官・豊澤佳弘,裁判官・齋藤聡)
別紙ブロック区分と崩壊前後の地形比較<省略>