高松高等裁判所 平成16年(ネ)214号 判決 2005年10月05日
第214号事件控訴人 X63 ほか40名
第215号事件控訴人 X66 ほか20名
第216号事件控訴人 X67 ほか56名
第217号事件控訴人 X68 ほか39名
第214号ないし第217号事件被控訴人 国 ほか2名
国代理人 中井隆司 細野隆司 小澤満寿男 竹内秀昭 佐藤真紀子 山村都晴 久保田浩史 熊谷保 長谷充晃 内海照夫 ほか3名
主文
1 本件各控訴をいずれも棄却する。
2 控訴費用は、A事件ないしD事件を通じて控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 A事件
(1) A事件原判決中、A事件控訴人らに関する部分を取り消す。
(2) 被控訴人らは、連帯して、A事件控訴人ら(ただし、A事件控訴人X62及び同宗教法人X63を除く。)それぞれに対し、1万円及びこれに対する平成13年8月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) A事件控訴人X62、同宗教法人X63、同X64及び同X65と被控訴人らとの間において、被控訴人小泉が平成13年8月13日内閣総理大臣として靖國神社に参拝したことは違憲であることを確認する。
(4) (2)項につき仮執行の宣言
2 B事件
(1) B事件原判決中、B事件控訴人らに関する部分を取り消す。
(2) 被控訴人らは、連帯して、B事件控訴人らそれぞれに対し、1万円及びこれに対する平成13年8月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) B事件控訴人X66と被控訴人らとの間において、被控訴人小泉が平成13年8月13日内閣総理大臣として靖國神社に参拝したことは違憲であることを確認する。
(4) (2)項につき仮執行の宣言
3 C事件
(1) C事件原判決中、C事件控訴人らに関する部分を取り消す。
(2) 被控訴人らは、連帯して、C事件控訴人らそれぞれに対し、1万円及びこれに対する平成14年4月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) (2)項につき仮執行の宣言
4 D事件
(1) D事件原判決中、D事件控訴人らに関する部分を取り消す。
(2) 被控訴人らは、連帯して、D事件控訴人らそれぞれに対し、1万円及びこれに対する平成15年1月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(D事件控訴人らの控訴状の控訴の趣旨には、附帯請求の起算日につき「平成14年4月21日」との記載があるが、「平成15年1月14日」の明白な誤記と認められる。)
(3) (2)項につき仮執行の宣言
第2事案の概要等
1 事案の概要
(1) A事件について
A事件は、A事件控訴人らを含むA事件1審原告らが、当時内閣総理大臣であった被控訴人小泉が平成13年8月13日にした靖國神社への参拝は憲法20条3項等に違反する違憲・違法な行為であり、これによって戦没者をどのように回顧し祭祀するか、しないかに関して自ら決定し、行う権利ないし利益が侵害されたなどと主張して、被控訴人ら及びA事件1審被告内閣総理大臣に対し、次の各請求をした事案である。
ア A事件控訴人らを含むA事件1審原告ら(ただし、A事件控訴人X62及び同宗教法人X63を除く。)は、それぞれ、被控訴人小泉及び同靖國神社に対しては民法709条に基づく損害賠償請求として、被控訴人国に対しては国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求として、1万円及びこれに対する平成13年8月13日(不法行為の日である上記参拝の日)から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める。
イ A事件控訴人X62、同宗教法人X63、同X64及び同X65(以下、これら4名のA事件控訴人らを「A事件控訴人X62ほか3名」という。)は、被控訴人ら及びA事件1審被告内閣総理大臣との間において、被控訴人小泉が平成13年8月13日内閣総理大臣として靖國神社に参拝したことは違憲であることの確認を求める(被控訴人国及びA事件1審被告内閣総理大臣との間では、主位的に行政訴訟、予備的に民事訴訟としての請求。被控訴人小泉及び同靖國神社との間では民事訴訟としての請求)。
ウ A事件控訴人X62ほか3名は、A事件1審被告内閣総理大臣に対し、内閣総理大臣として靖國神社に参拝することの差止めを求める(主位的に行政訴訟、予備的に民事訴訟としての請求)。
エ A事件控訴人X62ほか3名は、被控訴人靖國神社に対し、A事件1審被告内閣総理大臣が内閣総理大臣として靖國神社に参拝することの受入れの差止めを求める。
(2) B事件について
B事件は、B事件控訴人らを含むB事件1審原告らが、A事件と同様、当時内閣総理大臣であった被控訴人小泉が平成13年8月13日にした靖國神社への参拝は憲法20条3項等に違反する違憲・違法な行為であり、これによって戦没者をどのように回顧し祭祀するか、しないかに関して自ら決定し、行う権利ないし利益が侵害されたなどと主張して、被控訴人ら及びB事件1審被告内閣総理大臣(以下、A事件、B事件を通じて単に「1審被告内閣総理大臣」という。)に対し、次の各請求をした事案である。
ア B事件控訴人らを含むB事件1審原告らは、それぞれ、被控訴人小泉及び同靖國神社に対しては民法709条に基づく損害賠償請求として、被控訴人国に対しては国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求として、1万円及びこれに対する平成13年8月13日(不法行為の日である上記参拝の日)から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める。
イ B事件控訴人X66(以下「B事件控訴人X66」という。)は、被控訴人ら及び1審被告内閣総理大臣との間において、被控訴人小泉が平成13年8月13日内閣総理大臣として靖國神社に参拝したことは違憲であることの確認を求める(被控訴人国及び1審被告内閣総理大臣との間では、主位的に行政訴訟、予備的に民事訴訟としての請求。被控訴人小泉及び同靖國神社との間では民事訴訟としての請求)。
ウ B事件控訴人X66は、1審被告内閣総理大臣に対し、内閣総理大臣として靖國神社に参拝することの差止めを求める(主位的に行政訴訟、予備的に民事訴訟としての請求)。
エ B事件控訴人X66は、被控訴人靖國神社に対し、1審被告内閣総理大臣が内閣総理大臣として靖國神社に参拝することの受入れの差止めを求める。
(3) C事件
C事件は、C事件控訴人らを含むC事件1審原告らが、当時内閣総理大臣であった被控訴人小泉が平成14年4月21日にした靖國神社への参拝は憲法20条3項等に違反する違憲・違法な行為であり、これによって戦没者をどのように回顧し祭祀するか、しないかに関して自ら決定し、行う権利ないし利益が侵害されたなどと主張して、それぞれ、被控訴人小泉及び同靖國神社に対しては民法709条に基づく損害賠償請求として、被控訴人国に対しては国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求として、1万円及びこれに対する平成14年4月21日(不法行為の日である上記参拝の日)から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求めた事案である。
(4) D事件について
D事件は、D事件控訴人らを含むD事件1審原告らが、当時内閣総理大臣であった被控訴人小泉が平成15年1月14日にした靖國神社への参拝は憲法20条3項等に違反する違憲・違法な行為であり、これによって戦没者をどのように回顧し祭祀するか、しないかに関して自ら決定し、行う権利ないし利益が侵害されたなどと主張して、それぞれ、被控訴人小泉及び同靖國神社に対しては民法709条に基づく損害賠償請求として、被控訴人国に対しては国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求として、1万円及びこれに対する平成15年1月14日(不法行為の日である上記参拝の日)から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求めた事案である。
2 訴訟の経過
(1) A事件について
ア 原審は、A事件控訴人X62ほか3名の、被控訴人ら及び1審被告内閣総理大臣に対する被控訴人小泉が平成13年8月13日にした靖國神社参拝の違憲確認請求に係る訴え(上記1(1)のイ)、1審被告内閣総理大臣に対する靖國神社参拝差止請求に係る訴え(同ウ)、及び被控訴人靖國神社に対する1審被告内閣総理大臣による靖國神社参拝受入差止請求に係る訴え(同エ)をいずれも却下し(A事件原判決主文第1項)、A事件控訴人X64及び同X65の被控訴人らに対するその余の請求(損害賠償請求。上記1(1)のア)を棄却し(A事件原判決主文第2項)、A事件1審原告ら(ただし、A事件控訴人X62ほか3名を除く。)の被控訴人らに対する損害賠償請求(上記1(1)のア)を棄却した(A事件原判決主文第3項)。
イ これに対し、A事件1審原告らのうち、A事件控訴人ら(A事件原判決添付別紙原告目録<略>の番号1ないし6、8、9、13、14、17ないし24、26、27、29ないし32、36、37、39、41ないし44、46、50、53ないし55、58及び60ないし63の各A事件1審原告)のみが控訴を申し立てた。
A事件控訴人X62ほか3名は、当審において、A事件原判決主文第1項中、1審被告内閣総理大臣に対する被控訴人小泉が平成13年8月13日にした靖國神社参拝の違憲確認請求及び靖國神社参拝差止請求に係る各訴えをいずれも却下した部分、並びに被控訴人靖國神社に対する1審被告内閣総理大臣による靖國神社参拝受入差止請求に係る訴えを却下した部分に対する控訴を取り下げた。
したがって、当審におけるA事件の審判の対象は、A事件控訴人ら(ただし、A事件控訴人X62及び同宗教法人X63を除く。)の被控訴人らに対する損害賠償請求(上記1(1)のア)、及びA事件控訴人X62ほか3名の被控訴人らに対する被控訴人小泉が平成13年8月13日にした靖國神社参拝の違憲確認請求(同イ)の当否である。
(2) B事件について
ア 原審は、B事件控訴人X66の、被控訴人ら及び1審被告内閣総理大臣に対する被控訴人小泉が平成13年8月13日にした靖國神社参拝の違憲確認請求に係る訴え(上記1(2)のイ)、1審被告内閣総理大臣に対する靖國神社参拝差止請求に係る訴え(同ウ)、及び被控訴人靖國神社に対する1審被告内閣総理大臣による靖國神社参拝受入差止請求に係る訴え(同エ)をいずれも却下し(B事件原判決主文第1項)、B事件控訴人X66の被控訴人らに対するその余の請求(損害賠償請求)及びB事件控訴人らを含むB事件1審原告ら(ただし、B事件控訴人X66を除く。)の被控訴人らに対する損害賠償請求(上記1(2)のア)を棄却した(B事件原判決主文第2項)。
イ これに対し、B事件1審原告らのうち、B事件控訴人ら(B事件原判決添付別紙原告目録<略>の番号1、2、5、6、8ないし11、13ないし17、19、22、23、25、26、28、32及び37の各B事件1審原告)のみが控訴を申し立てた。
B事件控訴人X66は、当審において、B事件原判決主文第1項中、1審被告内閣総理大臣に対する被控訴人小泉が平成13年8月13日にした靖國神社参拝の違憲確認請求及び靖國神社参拝差止請求に係る各訴えをいずれも却下した部分、並びに被控訴人靖國神社に対する1審被告内閣総理大臣による靖國神社参拝受入差止請求に係る訴えを却下した部分に対する控訴を取り下げた。
したがって、当審におけるB事件の審判の対象は、B事件控訴人らの被控訴人らに対する損害賠償請求(上記1(2)のア)、及びB事件控訴人X66の被控訴人らに対する被控訴人小泉が平成13年8月13日にした靖國神社参拝の違憲確認請求(同イ)の当否である。
(3) C事件について
ア 原審は、C事件控訴人らを含むC事件1審原告らの被控訴人らに対する損害賠償請求を棄却した。
イ これに対し、C事件1審原告らのうち、C事件控訴人ら(C事件原判決添付別紙原告目録<略>の番号2、4、9、10、12、16ないし18、22ないし33、35、37、38、40ないし42、45、48ないし50、53ないし55、58ないし63、65、67ないし70、72ないし79、81、83及び85ないし87の各C事件1審原告)のみが控訴を申し立てた。
(4) D事件について
ア 原審は、D事件控訴人らを含むD事件1審原告らの被控訴人らに対する損害賠償請求を棄却した。
イ これに対し、D事件1審原告らのうち、D事件控訴人ら(D事件原判決添付別紙原告目録<略>の番号1ないし4、8、11、13ないし20、22、24、25、27、29、31、33ないし48、50ないし52及び54の各D事件1審原告)のみが控訴を申し立てた。
(5) A事件ないしD事件の各口頭弁論の併合
当裁判所は、平成16年6月4日、A事件の口頭弁論とB事件ないしD事件の各口頭弁論の併合を命ずる旨の決定をした。
第3前提事実(当事者間に争いがないか、弁論の全趣旨により認められる。)
1 当事者
(1) 控訴人らは、被控訴人小泉が靖國神社に参拝したことによって宗教的な利益が侵害されたと主張するものである。控訴人らの中には、宗教法人、宗教者、戦没者遺族が含まれている。
(2) 被控訴人小泉は、平成13年8月13日、平成14年4月21日及び平成15年1月14日当時、内閣総理大臣の地位にあったものである。
(3) 被控訴人靖國神社は、宗教法人法に基づき、東京都知事の認証を受けて設立された宗教法人である。なお、靖國神社本殿には、礼拝の対象である祭神が奉斎されている。
2 被控訴人小泉の靖國神社への参拝
(1) 被控訴人小泉は、平成13年5月14日の衆議院予算委員会において、靖國神社に「内閣総理大臣として参拝するつもりである。」「戦没者にお参りすることが宗教的活動と言われればそれまでだが、靖國神社に参拝することが憲法違反だとは思わない。」「宗教的活動であるからいいとか悪いとかいうことではない。A級戦犯が祀られているからいけない、ともとらない。私は戦没者に心からの敬意と感謝を捧げるために参拝する。」などと発言して、靖國神社に参拝する意思を表明していた。
(2) 被控訴人小泉は、平成13年5月15日の衆議院予算委員会において、「終戦記念日に行われる政府主催の全国戦没者追悼式が不十分だと思ったことはない。」などと発言した。
(3) 被控訴人小泉は、平成13年8月13日、靖國神社に参拝した(以下、この参拝を「平成13年参拝」という。)。被控訴人小泉は、秘書官とともに、他の閣僚は伴わず、公用車で靖國神社に赴き、靖國神社参集所において「内閣総理大臣小泉純一郎」と記帳した上、本殿において一礼する方式で参拝した。なお、被控訴人小泉は、昇殿の際、被控訴人靖國神社職員による祓いを受け、さらに、私費3万円を支出して「献花 内閣総理大臣 小泉純一郎」との名札のついた献花をした。
(4) 平成13年参拝後、被控訴人小泉は、報道機関の質問に対して、「公式かどうか、私はこだわりません。総理大臣である小泉純一郎が心をこめて参拝した。それだけです。」と発言した。
(5) 被控訴人小泉は、平成13年8月15日、政府主催の全国戦没者追悼式に出席し、式辞を読み上げた。
(6) 被控訴人小泉は、平成14年4月21日、靖國神社に参拝した(以下、この参拝を「平成14年参拝」という。)。被控訴人小泉は、他の閣僚は伴わず、公用車で靖國神社に赴き、靖國神社到着殿において「内閣総理大臣小泉純一郎」と記帳した上、本殿において一礼する方式で参拝した。被控訴人小泉は、昇殿の際、被控訴人靖國神社職員による祓いを受け、さらに、私費3万円を支出して「献花 内閣総理大臣 小泉純一郎」との名札のついた献花をした。なお、同日は被控訴人靖國神社における春季例大祭の期間中であった。
(7) 被控訴人小泉は、平成15年1月14日、靖國神社に参拝した(以下、この参拝を「平成15年参拝」といい、平成13年参拝及び平成14年参拝と合わせて「本件各参拝」という。)。被控訴人小泉は、他の閣僚は伴わず、公用車で靖國神社に赴き、靖國神社到着殿において「内閣総理大臣小泉純一郎」と記帳した上、本殿において一礼する方式で参拝した。被控訴人小泉は、昇殿の際、被控訴人靖國神社職員による祓いを受け、さらに、私費を支出して「献花 内閣総理大臣 小泉純一郎」との名札のついた献花をした。
第4主な争点
1 (A事件ないしD事件共通)
控訴人ら(ただし、A事件控訴人X62及び同宗教法人X63を除く。)の被控訴人らに対する損害賠償請求について
(1) 訴えの適否(訴訟提起自体の適否)
(2) 本件各参拝の違憲性の有無
(3) 控訴人ら(同前)の権利侵害の有無
(4) 本件各参拝の性質(公務員の職務行為該当性)
(5) 国家賠償請求における公務員個人責任の有無
2 (A事件ないしB事件共通)
A事件控訴人X62ほか3名及びB事件控訴人X66の被控訴人らに対する平成13年参拝の違憲確認請求について
(1) 被控訴人国に対する行政訴訟としての違憲確認請求について
訴えの適否(公権力の行使該当性、訴えの利益、被控訴人国の被告適格)
(2) 被控訴人らに対する民事訴訟としての違憲確認請求について
訴えの適否(訴えの利益)
第5争点についての当事者の主張
1 (A事件ないしD事件共通)
控訴人ら(ただし、A事件控訴人X62及び同宗教法人X63を除く。)の被控訴人らに対する損害賠償請求について
この点についての控訴人ら(同前)の主張及び被控訴人らの主張は、A事件ないしD事件を通じて共通であり、次のとおり補正するほか、A事件原判決「事実及び理由」第5の1の(1)ないし(5)記載のとおりであるから、これを引用する。
(1) A事件原判決引用部分中、「原告ら」とあるのを「控訴人ら(ただし、A事件控訴人X62及び同宗教法人X63を除く。)に、「被告小泉」とあるのを「被控訴人小泉」に、「被告国」とあるのを「被控訴人国」に、「被告靖國神社」とあるのを「被控訴人靖國神社」に、「本件参拝」とあるのを「本件各参拝」に、「靖國神社」とあるのを「靖國神社」に、「原告ら主張の利益」とあるのを「控訴人ら主張の利益」に各読み替えるものとする。
(2) A事件原判決5頁18行目の「損害賠償請求」を「被控訴人小泉に対するA事件ないしD事件の損害賠償請求」に改める。
(3) 同7頁1行目から2行目の「かかる利益は、」の次に「『人格的生存に不可欠な利益』として、」を加える。
(4) 同9頁14行目から15行目の「平成13年8月13日には、」の次に「当時の」を加える。
(5) 同10頁17行目から21行目までを次のとおり改める。
「 しかも、被控訴人小泉は、平成13年参拝後、『総理大臣である小泉純一郎が心をこめて参拝した。』と答え、また、平成14年参拝についても、国会において、『先日の参拝は、内閣総理大臣である小泉純一郎が心をこめて参拝したものであります。』と答弁しており、内閣総理大臣としての資格での行為を表す『内閣総理大臣として』との表現を用いておらず、本件各参拝以降現在に至るまで、本件各参拝に関して『内閣総理大臣として』の資格で参拝したことを示すような発言を一切していない。」
2 (A事件及びB事件共通)
A事件控訴人X62ほか3名及びB事件控訴人X66の被控訴人らに対する平成13年参拝の違憲確認請求について
この点についてのA事件控訴人X62ほか3名及びB事件控訴人X66の各主張並びに被控訴人らの主張は、A事件及びB事件を通じて共通であり、次のとおり補正するほか、A事件原判決「事実及び理由」第5の2の(1)及び(2)記載のとおりであるから、これを引用する。
(1) A事件原判決引用部分中、「原告X62ほか3名」とあるのを「A事件控訴人X62ほか3名及びB事件控訴人X66」に、「被告小泉」とあるのを「被控訴人小泉」に、「被告国及び同内閣総理大臣」とあるのを「被控訴人国」に、「被告靖國神社」とあるのを「被控訴人靖國神社」に、「本件参拝」とあるのを「平成13年参拝」に、「靖國神社」とあるのを「靖國神社」に、「原告ら主張の利益」とあるのを「控訴人ら主張の利益」に各読み替えるものとする。
(2) A事件原判決13頁17行目から18行目の「原告X6及び同X7は、本件訴訟において、」を「A事件控訴人X64及び同X65はA事件において、B事件控訴人X66はB事件において、それぞれ」に、26行目を「(ウ) 被告適格の不存在」に各改め、末行の「11条1項」の次に「〔平成16年法律第84号による改正前のもの。同法附則3条。以下同じ。〕」を加える。
(3) 同14頁3行目から4行目の「被告内閣総理大臣の当事者能力、」及び18行目冒頭から23行目末尾までを各削り、24行目を「イ 被控訴人国の主張」に改める。
(4) 同15頁4行目の「原告X6及び同X7は」を「A事件控訴人X64及び同X65はA事件において、B事件控訴人X66はB事件において、それぞれ」に、14行目を「ウ 被控訴人小泉の主張」に、18行目を「エ 被控訴人靖國神社の主張」に、21行目の「原告X6及び同X7は、」を「A事件控訴人X64及び同X65並びにB事件控訴人X66は、」に各改める。
第6当裁判所の判断
1 結論
当裁判所も、控訴人ら(ただし、A事件控訴人X62及び同宗教法人X63を除く。)の被控訴人らに対する損害賠償請求(A事件ないしD事件)はいずれも理由がなく、A事件控訴人X62ほか3名及びB事件控訴人X66の被控訴人らに対する平成13年参拝の違憲確認請求に係る訴え(A事件及びB事件)はいずれも不適法であると判断する。
その理由は、以下のとおりである。
2 控訴人ら(ただし、A事件控訴人X62及び同宗教法人X63を除く。)の被控訴人らに対する損害賠償請求について(A事件ないしD事件)
(1) 訴えの適否(訴訟提起自体の適否)
被控訴人小泉は、控訴人ら(ただし、A事件控訴人X62及び同宗教法人X63を除く。)による被控訴人小泉に対するA事件ないしD事件の損害賠償請求は、憲法上保障された被控訴人小泉の信教の自由を訴訟の名を借りて制限することを目的としたものであり、訴訟提起自体の違法性が著しく、その訴えは不適法として却下を免れない旨主張する。
しかしながら、本件全証拠によっても、控訴人ら(同前)が上記のような目的を持ってA事件ないしD事件の各訴えを提起したとは認められず、訴訟提起自体の違法性が著しいということはできないから、控訴人ら(同前)の被控訴人小泉に対するA事件ないしD事件の損害賠償請求に係る訴えが不適法であるということはできない。
(2) 控訴人ら(ただし、A事件控訴人X62及び同宗教法人X63を除く。)の権利侵害の有無
ア 控訴人ら(同前)は、戦没者が靖國神社に祀られているとの観念を受け入れるかどうかを含め、戦没者をどのように回顧し祭祀するか、しないかに関して、(公権力からの圧迫・干渉を受けずに)自ら決定し、行う権利ないし利益(すなわち控訴人ら主張の利益)を有しており、かかる利益は、「人格的生存に不可欠な利益」として、憲法13条、19条並びに20条1項及び3項によって保障されているところ、本件各参拝は、「靖國神社が戦没者慰霊の中心施設である。」という被控訴人靖國神社の中核的教義ないし靖國神社そのものの国家的布教宣伝活動であり、被控訴人靖國神社がこれを受け入れる行為は、上記のような国家的布教宣伝活動を共同実行するものに他ならず、被控訴人小泉及び同靖國神社は、上記のような本件各参拝及びその受入れによって、本来個人が自ら決定すべき戦没者の祭祀等につき、一定の考え方を強制しており、控訴人ら主張の利益を侵害している旨主張する。
イ しかし戦没者の回顧、祭祀の在り方を自ら決定する行為の静謐を他者の宗教上の行為によって害されたとし、そのことに不快の感情を持ち、そのようなことがないよう望むことがあるのは、その心情として理解できないではないが、かかる宗教上の感情を被侵害利益として、直ちに損害賠償などの法的救済を求めることはできないと解すべきであるから(最高裁昭和63年6月1日大法廷判決・民集42巻5号277頁参照。以下「昭和63年最高裁判決」という。)、控訴人ら主張の利益は、強制や不利益の付与を伴う行為によって妨害されない限り、損害賠償などの法的救済を求めることのできる法的利益とはいえないというべきである。
ウ 上記第3の前提事実によれば、平成13年参拝において、被控訴人小泉は、秘書官とともに、他の閣僚は伴わず、公用車で靖國神社に赴き、靖國神社参集所において「内閣総理大臣小泉純一郎」と記帳した上、本殿において一礼する方式で参拝し、昇殿の際、被控訴人靖國神社職員による祓いを受け、さらに、私費3万円を支出して「献花 内閣総理大臣 小泉純一郎」との名札のついた献花をした、というのであり、平成14年参拝において、被控訴人小泉は、他の閣僚は伴わず、公用車で靖國神社に赴き、靖國神社到着殿において「内閣総理大臣小泉純一郎」と記帳した上、本殿において一礼する方式で参拝し、昇殿の際、被控訴人靖國神社職員による祓いを受け、さらに、私費3万円を支出して「献花 内閣総理大臣 小泉純一郎」との名札のついた献花をした、というのであり、平成15年参拝において、被控訴人小泉は、他の閣僚は伴わず、公用車で靖國神社に赴き、靖國神社到着殿において「内閣総理大臣小泉純一郎」と記帳した上、本殿において一礼する方式で参拝し、昇殿の際、被控訴人靖國神社職員による祓いを受け、さらに、私費を支出して「献花 内閣総理大臣 小泉純一郎」との名札のついた献花をした、というのであって、控訴人ら(ただし、A事件控訴人X62及び同宗教法人X63を除く。)に何らかの強制力を及ぼしたり、不利益を課したものとは認められず、本件全証拠によってもこれを認めるに足りない。
エ 控訴人ら(ただし、A事件控訴人X62及び同宗教法人X63を除く。)は、控訴人ら主張の利益は、「人格的生存に不可欠な利益」として、憲法13条、19条並びに20条1項及び3項により保障されていると主張するのであるが、控訴人ら主張の利益は、結局のところ、昭和63年最高裁判決にいう「静謐な宗教的環境の下で信仰生活を送るべき利益」の範疇に包摂されるものと解され、これを直ちに法的利益として認めることができない性質のものであり、憲法13条、19条及び20条1項によって控訴人ら主張の利益が保障されているということはできない。
また、憲法20条3項の政教分離規定は、いわゆる制度的保障の規定であって、私人に対して信教の自由そのものを直接保障するものではなく、国及びその機関が行うことのできない行為の範囲を定めて国家と宗教との分離を制度として保障することにより、間接的に信教の自由を確保しようとするものであり(最高裁昭和52年7月13日大法廷判決・民集31巻4号533頁、最高裁平成9年4月2日大法廷判決・民集51巻4号1673頁参照)、したがって、上記規定に違反する国又はその機関の宗教的活動も、それが同条1項前段に違反して私人の信教の自由を制限し、あるいは同条2項に違反して私人に対し宗教上の行為等への参加を強制するなど、憲法が保障している信教の自由を直接侵害するに至らない限り、私人に対する関係で当然には違法と評価されるものではない(昭和63年最高裁判決)。そして、憲法20条1項前段の信教の自由の保障は、国家から公権力によってその自由を制限されることなく、また、不利益を課せられないという意味を有するものであって、国家により信教の自由が侵害されたといえるためには、少なくとも国家による信教を理由とする不利益な取扱い又は強制・制止の要素の存在することが必要であると解されるところ、本件各参拝が控訴人ら(ただし、A事件控訴人X62及び同宗教法人X63を除く。)に何らかの強制力を及ぼしたり、不利益を課したものと認められないことは上記ウ説示のとおりであるから、控訴人ら(同前)の信教の自由を直接侵害するものではなく、憲法20条3項によって控訴人ら主張の利益が保障されているということもできない。
オ よって、控訴人ら主張の利益は法的保護に値する利益であるとは認められず、したがって、本件各参拝によって控訴人ら(ただし、A事件控訴人X62及び同宗教法人X63を除く。)の法的保護に値する利益の侵害があったとは認められない。
(3) まとめ
以上によれば、控訴人ら(ただし、A事件控訴人X62及び同宗教法人X63を除く。)の被控訴人らに対する損害賠償請求は、その余の争点について判断するまでもなく、いずれも理由がない。
3 A事件控訴人X62ほか3名及びB事件控訴人X66の被控訴人らに対する平成13年参拝の違憲確認請求について(A事件及びB事件)
この点についての当裁判所の判断は、次のとおり補正するほか、A事件原判決「事実及び理由」第6の2の(1)及び(2)記載のとおりであるから、これを引用する。
(1) A事件原判決引用部分中、「原告X62ほか3名」とあるのを「A事件控訴人X62ほか3名及びB事件控訴人X66」に、「被告国及び同内閣総理大臣」とあるのを「被控訴人国」に、「本件参拝」とあるのを「平成13年参拝」に、「被告靖國神社」とあるのを「被控訴人靖國神社」に、「原告ら主張の利益」とあるのを「控訴人ら主張の利益」に、「被告小泉」とあるのを「被控訴人小泉」に、「靖國神社」とあるのを「靖國神社」に各読み替えるものとする。
(2) A事件原判決21頁4行目から5行目の「前提としても」の次に「(なお、平成13年参拝によって控訴人ら〔ただし、A事件控訴人X62及び同宗教法人X63を除く。〕の法的保護に値する利益の侵害があったと認められないことは前示のとおりである。)」を加え、15行目冒頭から20行目末尾までを削り、21行目を「ア 訴えの利益」に改める。
(3) 同22頁5行目冒頭の「であれば」の次に「(なお、平成13年参拝によって控訴人ら〔ただし、A事件控訴人X62及び同宗教法人X63を除く。〕の法的保護に値する利益の侵害があったと認められないことは前示のとおりである。)」を加え、同行の「原告らの一部」を「控訴人ら(ただし、A事件控訴人X62及び同宗教法人X63を除く。)」に、19行目を「イ まとめ」に各改める。
4 当審における控訴人らの補充主張に対する検討
控訴人らは、当審においてA事件ないしD事件各原判決を縷々論難するので、当事における補充主張の主なものについて検討を加えるに、以下の(1)ないし(5)のとおり、各ア記載の控訴人らの主張は、各イ記載の理由により採用することができない。その他の主張も、前記2及び3の判断を左右するに足りない。
(1) 争点と判断の順序について
ア 控訴人らは、「<1>控訴人ら(ただし、A事件控訴人X62及び同宗教法人X63を除く。)の被控訴人らに対する損害賠償請求(A事件ないしD事件)と、<2>A事件控訴人X62ほか3名及びB事件控訴人X66の被控訴人らに対する平成13年参拝の違憲確認請求(A事件及びB事件)の結論を出すためには、まず<1>の損害賠償請求を検討すべきである。なぜなら、<1>の損害賠償請求が認められれば、<2>の違憲確認請求について訴えの利益、当事者適格が認められるからである。」とした上、「不法行為責任の有無を判断するには、まず、侵害される『権利』が何かを云々することよりも、何らかの法的保護に値する利益に対する加害行為の『違法性』の問題を中心に考えることが重要だと考えられている。この違法性は、『被侵害利益の種類と、侵害行為の態様との、両面の相関関係において考察すべきである。―被侵害利益が強固なものであれば、侵害行為の不法性が小さくても、加害に違法性があることになるが、被侵害利益があまり強固なものでない場合には、侵害行為の不法性が相当に大きくなければ、加害に違法性は認められないことになる―と説く』相関関係説によって判断するのが、通説」(芦部信喜著「宗教・人権・憲法学」59頁)であるところ、不法行為法及び国家賠償法1条に関する上記相関関係説からすると、本件においては、まず、第1の争点である侵害行為の違法性、すなわち本件各参拝が政教分離原則を規定した憲法20条3項に違反しているかどうかを判断しなければならず(なぜなら、本件各参拝が政教分離原則に違反することが認められれば、侵害行為の不法性が大きいことが認定され、被侵害利益すなわち控訴人ら主張の利益の強固さがそれほどでなくても、本件各参拝による加害に違法性が生じ、損害賠償を認めるべきであるとの判断につながる。)、具体的には、<A>被控訴人小泉のした本件各参拝が「国及びその機関」の行為であるかどうか、換言すれば、内閣総理大臣としての参拝と評価されるかどうか、<B>内閣総理大臣としての本件各参拝が「宗教活動的活動」と評価されるかどうか、を判断し、その後に被侵害利益の判断をすべきである旨主張する(控訴人らの2004年7月16日付準備書面(1)〔控訴理由書〕第2の1ないし3、2004年12月20日付準備書面(2)第一の第2、2005〔平成17〕年1月20日付準備書面(3)第1の(1)ないし(6)、2005年6月6日付準備書面〔最終〕第2の1(1)及び(2))。
イ しかしながら、民法709条に基づく損害賠償請求であれ、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求であれ、不法行為の成否を判断するに当たり、被侵害利益の有無に関する判断に先立ち、まず、行為の違法性の有無に関する判断をしなければならないとする法的根拠を見い出すことはできない。
民事訴訟において、原告は、自己の請求(訴訟物)を基礎づけるのに不可欠な要件事実(請求原因事実)について主張立証責任を負い、裁判所は、その要件事実(請求原因事実)のすべてについて、それが存在するとの判断に達して初めて請求認容の判決をすることができるのに対し、要件事実(請求原因事実)のうち1つでも存在が認められないと判断すれば、その他の要件事実(請求原因事実)の存否について判断するまでもなく、請求棄却の判決をすることができるのである。そして、控訴人ら(ただし、A事件控訴人X62及び同宗教法人X63を除く。)の被控訴人らに対する損害賠償請求(A事件ないしD事件)につき、その事件事実(請求原因事実)の1つである控訴人ら(同前)の被侵害利益の存在に関し、控訴人ら主張の利益が法的保護に値する利益であるとは認められず、したがって、本件各参拝によって控訴人らの法的保護に値する利益の侵害があったと認められないことは、上記2(2)説示のとおりである。
したがって、裁判所が、その余の要件事実(請求原因事実)である本件各参拝の違法性、被控訴人らの故意又は過失の有無等について判断することなく、控訴人ら(同前)の被控訴人らに対する損害賠償請求は理由がないとして請求棄却の判決をすることが違法といえないことは明らかである。
(2) 昭和63年最高裁判決について
ア 控訴人らは、A事件ないしD事件各原判決が念頭に置いていたことが明らかな昭和63年最高裁判決(いわゆる山口自衛官合祀事件)は、死者の妻と義父とが祭祀について対立したという、私人間での信教の自由の衝突をどう調整するかの問題において、そのような場面では、一方が他方に直接に強制力を及ぼしたり、不利益に取り扱った事実のない限り、司法は立ち入らないという態度を取ったものであって、一定の合理性が認められるものであるのに対し、本件のように、国及びその機関が宗教的活動をし、国民の一部に精神的苦痛、負担を与えた場合には、そもそも国及びその機関には信教の自由も思想良心の自由も保障されておらず、かえって、憲法20条3項は、国及びその機関が宗教的活動をすることを禁じているのであるから、この場面に昭和63年最高裁判決が示した私人間における信教の自由の衝突の調整原理を持ち込み、直接の強制や制約のない限り、被侵害利益の侵害はあり得ないとするのは背理であり、被控訴人国及び同小泉は、控訴人らの親族でも何でもないのに、控訴人らの信教・思想・世界観に基づく生活に介入するのは余計なお節介であって、被控訴人国及び同小泉には、特定の宗教法人である被控訴人靖國神社が戦没者追悼の中心的施設であるとの考えを言いふらしたり、靖國神社に控訴人らの親族その他の戦没者が祀られているとの観念を宣伝したり、靖國神社に参拝するのは当然のことであってこれを批判する控訴人らはおかしな人であると吹聴する権利は些かもなく、本件では、国民が一方的に被害者である旨主張する(控訴人らの2005〔平成17〕年1月20日付準備書面(3)第1の(4)及び(5))。
イ しかしながら、前記2(2)エ説示のとおり、憲法20条3項に違反する国又はその機関の宗教的活動も、それが同条1項前段に違反して私人の信教の自由を制限し、あるいは同条2項に違反して私人に対し宗教上の行為等への参加を強制するなど、憲法が保障している信教の自由を直接侵害するに至らない限り、私人に対する関係で当然には違法と評価されるものではなく(昭和63年最高裁判決参照)、憲法20条1項前段の信教の自由の保障は、国家から公権力によってその自由を制限されることなく、また、不利益を課せられないという意味を有するものであって、国家により信教の自由が侵害されたといえるためには、少なくとも国家による信教を理由とする不利益な取扱い又は強制・制止の要素の存在することが必要であると解されるところ、本件各参拝が控訴人ら(ただし、A事件控訴人X62及び同宗教法人X63を除く。)に何らかの強制力を及ぼしたり、不利益を課したとは認められないから、控訴人ら(同前)の信教の自由を直接侵害するものではない。
(3) 被侵害利益性(宗教上の感情)について
ア 控訴人らは、控訴人ら主張の利益が仮に裁判所において「宗教上の感情」であると認識されたとしても、次の(ア)ないし(ウ)の法律や判例に鑑みれば、肉親戦没者の祭祀に関する遺族たる控訴人らの感情や、戦没者の回顧・祭祀を真剣に考えてきたその他の控訴人らの真剣な感情は、「内心の静穏な感情を害されない利益」として、法律上保護された具体的権利ないし利益たり得る旨主張する(控訴人らの2005〔平成17〕年1月20日付準備書面(4)2の(1)ないし(6))。
(ア) 刑法189条の墳墓発掘罪や同法190条の死体損壊罪は、死者に対する宗教的感情を保護するものである。
(イ) 死体解剖保存法7条本文は、「死体の解剖をしようとする者は、その遺族の承諾を受けなければならない。」として、死体の解剖をなすに当たっては遺族の同意を要求している。
臓器の移植に関する法律6条1項は、「医師は、死亡した者が生存中に臓器を移植術に使用されるために提供する意思を書面により表示している場合であって、その旨の告知を受けた遺族が当該臓器の摘出を拒まないとき又は遺族がないときは、この法律に基づき、移植術に使用されるための臓器を、死体(脳死した者の身体を含む。以下同じ。)から摘出することができる。」として、臓器摘出に際して遺族の拒否を認めている。
これらの法律は、死体に対する遺族の感情に配慮するものである。
(ウ) 裁判例として、遺骨の保管を委託された寺院(宗教法人)が、遺骨を別の骨壺に移し替えた際、残った遺骨を遺族に無断で合葬処分したことについて、遺族らの宗教的感情や人格的利益を侵害するものとして不法行為を構成するとしたもの(横浜地裁平成7年4月3日判決・判例時報1538号200頁)、いわゆるエイズ・プライバシー事件において、告別式の静謐を侵害する行為が不法行為に当たる場合があるとしたもの(大阪地裁平成元年12月27日判決・判例時報1341号53頁)がある。
最高裁平成3年4月26日第二小法廷判決・民集45巻4号653頁(水俣病認定遅延国賠訴訟―いわゆる水俣病待たせ賃裁判)は、「焦燥、不安の気持ちを抱かされないという利益は、内心の静穏な感情を害されない利益として、これが不法行為法上の保護の対象になり得るものと解するのが相当である。」とし、その上で、侵害行為が内心の静穏な感情に対する介入として、社会的に許容し得る態様、程度を越え、法的利益を侵害した違法なものと評価される程度に至っておれば、不法行為の成立を認めることができる、とするものであり、換言すれば、焦燥感、不安感といった感情を抱かせる原因となった行為が違法なものと評価される場合には、焦燥感、不安感といった感情も、法律上慰謝料の支払をもって救済すべき損害に当たること、すなわち、「内心の静穏な感情」に被侵害利益性を認めたものである。
イ(ア) しかしながら、まず、刑法189条及び190条は、死者に対する社会的習俗としての宗教感情という社会的法益を保護しようとするものと解され、個人の宗教的感情を直接保護しているものと解することはできない。
(イ) また、死体解剖保存法7条本文は、死体の解剖をしようとする者は原則としてその遺族の承諾を受けなければならないと規定し、臓器の移植に関する法律6条1項は、死亡した者が臓器提供の意思を書面で表示している場合であって、遺族が臓器の摘出を拒まないときは、移植術に使用されるための臓器を死体(脳死した者の身体を含む。)から摘出することができる旨規定しているが、これらは、死体の解剖又は臓器の摘出が必然的に死体を損壊することになることから、死体の損壊についての違法性阻却事由として遺族の宗教的感情のいかんにかかわらず遺族の承諾又は遺族が拒まないことを要求しているものであるから、これらの規定をもって、直ちに宗教的な感情としての「内心の静穏な感情を害されない利益」を法律上保護された具体的権利ないし利益たり得るとすべき根拠とすることはできない。
(ウ) 更に、控訴人らが引用する横浜地裁平成7年4月3日判決、大阪地裁平成元年12月27日判決及び最高裁平成3年4月26日第二小法廷判決は、いずれも本件と明らかに事案を異にするものであって、上記各判決があるからといって、控訴人らが主張する「内心の静穏な感情を害されない利益」が法律上保護すべき権利ないし利益であると認めることはできない。
(4) 宗教上の自己決定権について
ア 控訴人らは、有力な憲法学説は、個人は一定の重要な私的事柄について、公権力から干渉されることなく自ら決定することができる権利(自己決定権ないし人格的自律権)を有しており、具体的には、第1に、自己の生死に関する選択に関わるところの病気と治療、輸血の拒否、死の選択等であり、第2に、生命以外の私的事柄の選択に関わるところの結婚と離婚、喫煙、その他人格権ないし人格的利益の概念で認識されている様々な私的事柄について、自らの責任で他人に干渉されることなく決定し、行為することができることを意味しているとし、控訴人ら主張の利益は、「宗教上の感情」ではなく、これとは次元の異なる上記のような意味での自己決定権ないし人格的自律権であり、次の(ア)及び(イ)のとおり、近時2つの最高裁判決が宗教に関わる自己決定権を認め、これを尊重する判断を示したことからしても、控訴人ら主張の利益は、法的保護に値する利益として認められるべきである旨主張する(控訴人らの2005〔平成17〕年1月20日付準備書面(4)3の(1)ないし(4))。
(ア) 最高裁平成8年3月8日第二小法廷判決・民集50巻3号469頁(神戸高専事件)は、(信仰に基づく剣道実技の拒否を理由とする退学処分は、)「その内容それ自体において被上告人に信仰上の教義に反する行動を命じたものではなく、その意味では、被上告人の信教の自由を直接的に制約するものとはいえないが、しかし、被上告人がそれらによる重大な不利益を避けるために剣道実技の履修という自己の信仰上の教義に反する行動を採ることを余儀なくさせられるという性質を有するものであったことは明白である。」とし、単なる趣味や好みの問題と信仰を区別する考え方を前提に、信仰あるいは宗教的信念が個人の存立の根拠となっていることを理解し、宗教的信念に基づいて剣道実技の履修を拒否するかどうかについて、生徒自身の決定権を尊重すべきであるとしたものである。
(イ) 最高裁平成12年2月29日第二小法廷判決・民集54巻2号582頁(東大医科研附属病院事件)は、信仰に基づいて輸血を拒否している患者に無断で輸血した病院側の行為について、「患者が、輸血を受けることは自己の宗教上の信念に反するとして、輸血を伴う医療行為を拒否するとの明確な意思を有している場合、このような意思決定をする権利は、人格権の一内容として尊重されなければならない。そして、Bが、宗教上の信念からいかなる場合にも輸血を受けることは拒否するとの固い意思を有しており、輸血を伴わない手術を受けることができると期待してD病院に入院したことをE医師らが知っていたなど本件の事実関係の下では、E医師らは、手術の際に輸血以外には救命手段がない事態が生ずる可能性を否定し難いと判断した場合には、Bに対し、D病院としてはそのような事態に至ったときには輸血するとの方針を採っていることを説明して、D病院への入院を継続した上、E医師らの下で本件手術を受けるか否かをB自身の意思決定にゆだねるべきであったと解するのが相当である。」とし、病院(国)は、宗教上の信念に基づき輸血を伴う医療行為を拒否するかどうかを決定する患者の権利を侵害したのであるから、侵害された患者の精神的苦痛を慰謝する責任があると判断した。
なお、上記事件でも、患者の信教の自由について直接の禁止や強制があったわけではないが、輸血の強行によって、患者が、自己の信仰が否定され、長年築いてきた神との関係が絶たれたような思いをさせられ、その後の人生が崩壊するような危機感さえ感じたことについて、裁判所が法的に救済すべきであると判断したのである(E作成の意見書・控訴審<証拠略>)。
イ しかしながら、控訴人らが引用する最高裁平成8年3月8日第二小法廷判決は、当該具体的事案において、代替措置を講ずることもないまま、信仰上の理由による剣道実技の履修拒否ということを主たる理由に、結果として原級留置、退学という重大な不利益処分をしたことが、裁量権の濫用になると判断したものであって、控訴人ら主張の宗教に関わる自己決定権一般について、それが憲法上保障されること、あるいはその具体的な権利内容等について判示したものでないことは、判文上明らかである。また、最高裁平成12年2月29日第二小法廷判決は、輸血を伴う可能性のある医療行為を受けるか否かについて意思決定をする権利が、患者の人格権の一内容として尊重されなければならないことがあることを明確にしたものと解されるが、その権利は従来患者の自己決定権(あるいは説明義務違反)として論じられてきたところと性格を異にするものではなく、控訴人ら主張の宗教に関わる自己決定権に関する判断を示したものでないことは、判文上明らかである。
しかも、前者の判決は、結果として原告が原級留置、退学という重大な不利益処分を受けた事案に関するものであり、後者の判決は、原告が宗教上の信念に反して輸血をされた事案に関するものであって、いずれも本件とは事案を全く異にするものであるから、上記各判決をもって、控訴人ら主張の利益が宗教に関わる自己決定権ないし人格的自律権として法的保護に値する利益であると解する根拠とすることはできない。
(5) 憲法判断の必要性について
ア 控訴人らは、裁判官は憲法99条により憲法擁護義務を負っており、裁判所の有する違憲審査権がいわゆる付随的審査制といわれるものであっても、そこでは憲法保障機能が期待されているのであり、したがって、事件が国民の基本的人権にかかわり、憲法上の争点が明確であり、憲法違反が繰り返されることが予想される場合などには、裁判所は憲法秩序保障のため憲法判断を示す必要があるところ、本件は、一国の行政府の最高権力者が、公的立場で靖國神社に参拝したという憲法違反の行為に関する事案であって、しかも、被控訴人小泉は、本件各参拝のように靖國神社への参拝を繰り返し、平成17年6月2日の国会においても、靖國神社の参拝について「適切に判断する。」と述べて、参拝の中止を言明しないばかりでなく、かえって参拝の継続をほのめかしているのであるから、裁判所の責務を果たすべく、本件各参拝についての憲法判断をすべきである旨主張する(控訴人らの2005年6月6日付準備書面〔最終〕)。
イ しかしながら、我が国の現行の制度の下においては、特定の者の具体的な法律関係につき紛争の存する場合においてのみ、裁判所にその判断を求めることができるのであり、裁判所が具体的事件を離れて抽象的に法律、命令等の合憲性を判断する権限を有するとする憲法上及び法令上の根拠は存在しない(最高裁昭和27年10月8日大法廷判決・民集6巻9号783頁参照)。そして、裁判所が具体的事件について裁判をする場合に、法律、命令、規則等に則った判断と憲法の解釈の如何による判断とがともに前提となるときには、まず前者の判断をなし、その判断を経た上で、なおも具体的事件の解決のため憲法の解釈が必要となる場合にのみ、憲法解釈について判断するのが裁判所における違憲審査の在り方であると解される。
本件では、控訴人ら(ただし、A事件控訴人X62及び同宗教法人X63を除く。)の被控訴人らに対する損害賠償請求の当否は、民法709条に規定する要件、国家賠償法1条1項に規定する要件のうち、いずれにも共通する要件である被侵害利益性について、これを認めることができないとの判断によって、控訴人ら(同前)の損害賠償請求は理由がないとの結論に達するのであるから、この点を離れて、本件各参拝についての憲法判断をしなければならないというものではない。
第7結語
以上によれば、各事件ごとの当裁判所の結論は、以下のとおりとなる。
(1) A事件について
A事件控訴人X62ほか3名の被控訴人らに対する平成13年参拝の違憲確認請求に係る訴えは却下すべきであり、A事件控訴人ら(ただし、A事件控訴人X62及び同宗教法人X63を除く。)の被控訴人らに対する損害賠償請求は棄却すべきものである。
(2) B事件について
B事件控訴人X66の被控訴人らに対する平成13年参拝の違憲確認請求に係る訴えは却下すべきであり、B事件控訴人らの被控訴人らに対する損害賠償請求は棄却すべきものである。
(3) C事件について
C事件控訴人らの被控訴人らに対する損害賠償請求は棄却すべきものである。
(4) D事件について
D事件控訴人らの被控訴人らに対する損害賠償請求は棄却すべきものである。
よって、A事件ないしD事件各原判決はいずれも相当であり、本件各控訴はいずれも理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判官 水野武 熱田康明 島岡大雄)