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高松高等裁判所 平成16年(ネ)386号 判決 2005年6月16日

控訴人・被控訴人(1審原告)

X

(以下「1審原告」という。)

同訴訟代理人弁護士

中西一宏

被控訴人・控訴人(1審被告)

株式会社徳島銀行

(以下「1審被告」という。)

同代表者代表取締役

D

同訴訟代理人弁護士

元井信介

主文

1  1審被告の控訴に基づき,原判決主文第3項(1審原告の1審被告に対する予備的請求を一部認容した部分)を取り消す。

2  同部分に係る1審原告の予備的請求を棄却する。

3  1審原告の控訴を棄却する。

4  訴訟費用は,第1,第2審を通じて1審原告の負担とする。

事実及び理由

第1  控訴の趣旨

1  1審原告

(1)  原判決主文第4項(1審被告に対するその余の予備的請求を棄却した部分)を取り消す。

(2)  1審被告は,1審原告に対し,原審認容額に加えて,更に1866万6667円及びこれに対する平成14年2月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3)  仮執行の宣言

2  1審被告

主文第1項及び第2項同旨

第2  事案の概要等

1  前提事実(当事者間に争いがないか,証拠上容易に認められる事実)

(1)  1審原告は,後記(5)のとおり後に破産宣告を受けた有限会社B(以下「破産会社」という。)振出にかかる原判決添付の別紙手形目録記載の約束手形(以下「本件手形」という。)を所持しており,平成12年7月31日,本件手形を支払のため支払場所である1審被告流通センター支店に呈示したが,契約不履行を理由に支払を拒絶された。

(2)  破産会社は,上記同日,1審被告に対し,契約不履行を理由に本件手形に係る手形金の支払を拒絶するよう依頼するとともに,徳島手形交換所規則(以下,単に「規則」という。乙B8,36)による異議申立手続の申請を依頼し(乙B2の1・2),異議申立提供金の資金として,本件手形の券面額と同額の3500万円を異議申立預託金として預託した(以下「本件預託金」という。)。そして,1審被告は,同年8月1日,本件預託金を原資として,社団法人徳島県銀行協会徳島手形交換所(以下「交換所」という。)に対し,3500万円の異議申立提供金を提供した(以下「本件異議申立提供金」という。)。

(3)  1審原告は,同年8月2日,徳島地方裁判所に対し,1審原告の破産会社に対する本件手形金債権を請求債権(被保全債権)とし,破産会社の1審被告に対する本件預託金返還請求権を仮差押債権とする債権仮差押命令の申立てをし(平成12年(ヨ)第151号事件),同裁判所は,同日,本件預託金返還請求権の仮差押決定をした(以下「本件仮差押決定」という。)。他方,有限会社A(以下「A」という。)は,そのころ,同裁判所に対し,徳島地方法務局所属公証人志喜屋進作成平成12年第154号債務弁済契約公正証書の執行力ある正本に基づき,Aの破産会社に対する4000万円の貸金債権を請求債権とし,本件預託金返還請求権を差押債権とする債権差押え及び転付命令の申立てをし(平成12年(ル)第333号,同年(ヲ)第77号),同裁判所は,同年8月2日,本件預託金返還請求権の債権差押え及び転付命令を発した(以下「A債権差押命令等」という。)。

本件仮差押決定正本及びA債権差押命令等正本は,同月3日,1審被告に同時に送達された。

(4)  1審原告は,同月30日,徳島地方裁判所に対し,破産会社を被告として本件手形金の支払を求める手形訴訟を提起し(平成12年(手ワ)第26号事件),その勝訴判決を得て,同裁判所に対し,同事件の執行力のある第1回口頭弁論調書(手形判決)正本に基づき,本件手形金債権を請求債権とし,本件預託金返還請求権を差押債権とする債権差押命令の申立てをし(平成12年(ル)第463号),同裁判所は,同年11月13日,本件預託金返還請求権の差押命令を発した(以下「本件債権差押命令」という。乙B18の1)。そして,本件債権差押命令正本は,同月14日,1審被告に送達された(甲4)。

(5)  破産会社は,同年8月ころ,徳島地方裁判所に対し,再生手続開始の申立てをしたが(平成12年(再)第6号事件),同裁判所は,同年11月6日,上記申立てを棄却する決定をし,同年12月27日午前10時,破産会社に対して破産宣告をし,これに伴い破産管財人として1審相被告破産者有限会社B破産管財人C(以下,単に「破産管財人」という。)を選任した。

(6)  破産管財人は,平成14年2月6日,1審被告に対し,本件手形に係る本件預託金等の払戻しを依頼した。1審被告は,上記依頼を受けて,同月7日,交換所に対し,異議申立取下げを理由とする本件異議申立提供金の返還請求をし,同日,交換所から本件異議申立提供金の払戻しを受けた。そして,1審被告は,同月14日,本件預託金(3500万円)を含む3960万円の預託金を破産管財人に交付した。

2  事案の概要

本件は,1審原告が,1審被告に対し,次の主位的請求及び予備的請求をした事案である。

(1)  主位的請求

本件預託金返還請求権について差押等が競合し,かつ,1審被告は本件手形金債権を請求債権とする本件債権差押命令正本の送達を受けたのであるから,1審被告としては,差押債権者として本件預託金返還請求権の債権者たる地位を取得した1審原告に対し,交換所から本件異議申立提供金の返還を受けた上,民事執行法156条2項に基づき本件預託金を供託すべき債務を負ったにもかかわらず,その債務の履行を怠り,本件預託金を破産管財人に交付したため,1審原告は,配当手続により配当を受けることができず,本件預託金と同額の損害を被ったと主張して,1審被告に対し,債務不履行による損害賠償請求権に基づき,3500万円及びこれに対する平成14年2月14日(1審被告が破産管財人に本件預託金を交付した日)から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める請求

(2)  予備的請求

①1審被告が,上記供託義務に違反して本件預託金を供託せず,破産管財人に交付した行為は不法行為に当たる,②本件預託金返還請求権は,平成12年8月7日成立の1審原告・破産会社・F(以下「F」という。)間の和解により,破産会社から1審原告に移転したにもかかわらず,1審被告が本件預託金を破産管財人に交付した行為は不法行為に当たる,と主張して,1審被告に対し,不法行為による損害賠償請求権に基づき,3500万円及びこれに対する平成14年2月14日(不法行為の日)から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める請求

これに対し,1審被告は,1審原告の主位的請求及び予備的請求①に対する抗弁として,本件預託金の返還期限(不確定期限)の未到来による供託義務の不存在を主張するとともに,1審原告の予備的請求②に対する抗弁として,本件預託金返還請求権の移転についての対抗要件の欠缺を主張して1審原告の各請求を争い,1審原告は,返還期限未到来の抗弁に対する再抗弁として,本件債権差押命令正本の1審被告に対する送達及びその後の相当期間の経過による返還期限の到来を主張した。

3  訴訟の経緯

原審は,1審原告の主位的請求を棄却し,対抗要件欠缺の抗弁を採用して予備的請求②を棄却したが,予備的請求①は,1633万3333円(本件預託金3500万円を,1審原告の本件仮差押決定〔及びその本執行たる本件債権差押命令〕の請求債権額3500万円とAのA債権差押命令等の請求債権4000万円とで按分した額)及びこれに対する平成14年2月14日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容し,その余を棄却した。

そこで,1審原告は,原判決主文第4項(1審被告に対するその余の予備的請求を棄却した部分)を取り消した上,原審認容額に加えて,更に1866万6667円及びこれに対する前同様の遅延損害金の支払を命ずる判決を求めて控訴を申し立て,1審被告は,原判決主文第3項(1審原告の1審被告に対する予備的請求を一部認容した部分)を取り消した上,同部分に係る1審原告の予備的請求①を棄却する判決を求めて控訴を申し立てた(したがって,1審原告の主位的請求は,当審の審判の対象になっていない。)。

なお,1審原告は,破産管財人が本件預託金を取得したのは法律上の原因を欠く利得に当たるとして,破産管財人に対し,不当利得返還請求として,本件預託金(3500万円)の返還を求め(原審平成14年(ワ)第452号和解金請求事件〔原審における第1事件〕),本件事件(原審における第2事件)と併合審理されていたところ,原審が,1審原告の破産管財人に対する第1事件請求を棄却したのに対し,1審原告が控訴をしなかったため,原判決中,第1事件に関する部分は既に確定している。

第3  当事者の主張

1  予備的請求①(不法行為〔1審被告の供託義務違反〕に基づく損害賠償請求)について

(1)  1審原告の請求原因

本件預託金返還請求権について,本件仮差押決定正本,A債権差押命令等正本及び本件債権差押命令正本が1審被告に送達されたことにより差押等が競合したため,1審被告は,民事執行法156条2項に基づき,1審原告及びAとの関係で,本件預託金(3500万円)を供託すべき義務を負うに至った。そして,1審原告は,本件仮差押決定により,本件預託金返還請求権につき,1審被告に対する債権者の立場に立ったものであるから,1審被告の上記供託義務は,債権者たる1審原告に対する債務者としての義務にほかならない。

しかるに,1審被告は,上記供託義務の履行を怠り,平成14年2月14日,破産管財人に対し,本件預託金を交付したため,1審原告は,本件債権差押命令に基づいて配当を受けることができたはずの3500万円を受領することができず,同額の損害を被ったから,1審被告は,1審原告に対し,不法行為に基づき,1審原告の被った上記損害を賠償すべき義務がある。

(2)  1審被告の抗弁

破産会社が1審被告に本件預託金を預託する際,1審被告と破産会社は,本件預託金の返還期限を,「交換所の規則所定の事由が発生し,1審被告が交換所から本件異議申立提供金の返還を受けたとき」とすること(不確定期限)を合意したところ,規則53条1項7号は,交換所は,持出銀行から交換所に支払義務確定届又は差押命令送達届が提出された場合において,支払銀行から請求があったときは,異議申立提供金を返還するものとすると規定している。

したがって,本件では,本件預託金の返還期限は到来しておらず,1審被告は,民事執行法156条2項に基づく供託義務を負わない。

(3)  抗弁に対する1審原告の再抗弁

1審原告は,平成12年8月30日,徳島地方裁判所に対し,本件手形金の支払を求める手形訴訟を提起し,その勝訴判決を得た。そして,同裁判所は,同年11月13日,本件債権差押命令を発し,その正本が同月14日に1審被告に送達された。

そうすると,1審被告は,規則53条1項7号に基づき,交換所に対し,本件異議申立提供金の返還を求めることができるのであるから,速やかに交換所から本件異議申立提供金の返還を受けて,本件預託金を預託者に返還すべき義務を負うのであり,したがって,遅くとも1審被告が本件債権差押命令正本の送達を受けた平成12年11月14日から相当期間が経過した同月25日までには,本件預託金の返還期限が到来した(なお,本件手形は,代金取立手形であり,徳島手形交換所規則施行細則〔以下「細則」という。乙B9,36〕45条3項の手形である。)。

1審原告の主張の詳細は,次のとおり補正するほか,原判決「事実及び理由」第4の【第2事件について】4(2)イ(イ)のaないしg(18頁16行目から20頁8行目まで)記載のとおりであるから,これを引用する。

ア 原判決18頁17行目の「取扱留意点」を「徳交第5号平成2年4月27日通知『異議申立にかかる不渡手形に関する規則等の一部改正についての取扱上の留意点』(以下『本件通知』という。乙B32)」に改め,以下の引用部分中に「取扱留意点」とあるのは,いずれも「本件通知」に改める。

イ 同19頁7行目の「差押命令送達届提出」から10行目の「不要とされている。」までを「前項第5号又は第6号の規定により異議申立提供金の返還を請求する場合には,その請求書に当該事実を証する資料を添付しなければならない,としているが,本件で問題となっている第7号(差押命令送達届提出による異議申立提供金の返還請求をする場合)については,上記事実を証する書面の添付を義務づけておらず,除外している。少なくとも,規則によっては依頼書の提出,手形現物の提示,送達通知書の提示は不要と考えられていることが明らかである。」に,11行目の「提出し」を「行い」に各改める。

(4)  再抗弁に対する1審被告の反論

1審被告が本件債権差押命令正本の送達を受けただけでは,本件預託金の返還期限は到来しない。

規則53条1項7号に基づく差押命令送達届の提出について,細則50条の3は,異議申立てにかかる不渡手形について当該手形債権を請求債権とし,異議申立提供金のための預託金の返還請求権を差押債権とする差押命令(差押・転付命令を含む。)が支払銀行に送達された場合には,持出銀行は,差押命令送達届を交換所に提出することができると規定する。その手順としては,1審被告は,上記規定に基づき,1審原告(又は1審原告から本件手形の取立依頼を受けた株式会社香川銀行小松島支店)から,「異議申立にかかる不渡手形に関する規則等の一部改正に伴う参考書式について」(乙B29)による交換所制定の参考書式C記載の書式を参考にして1審被告が制定した差押命令送達届提出依頼書(乙B13)の提出を受け,徳交第5号平成2年4月27日通知「異議申立にかかる不渡手形に関する規則等の一部改正についての取扱上の留意点」(本件通知)1項(3)④イの規定に基づき,1審原告から本件手形の現物(甲1)及び手形権利者に裁判所から送付された送達通知書の各提示を受けたときにはじめて,細則50条の3に基づき,差押命令送達届を交換所に提出することができるのである(なお,本件手形が代金取立手形であり,細則45条3項に規定する手形であることは認める。)。

ところが,1審原告は,本件債権差押命令正本が1審被告に送達された平成12年11月14日から1審被告が破産管財人に対して本件預託金を交付した平成14年2月14日までの間,1審被告に対し,差押命令送達届提出依頼書の提出,本件手形の現物及び本件債権差押命令正本の送達通知書の提示をしなかった。

したがって,本件債権差押命令正本の送達を受けただけでは,1審被告は,差押命令送達届を交換所に提出して交換所から本件異議申立提供金の返還を受けるということはできないのであり,返還を受けるべき義務を負うものでもない。

2  予備的請求②(不法行為〔本件和解により1審原告に移転した本件預託金返還請求権の侵害〕に基づく損害賠償請求)について

(1)  1審原告の請求原因

ア 1審原告と破産会社及び同社の代表者であったFは,平成12年8月7日,破産会社及びFの申入れにより次の内容の和解をしたので(以下「本件和解」という。),これにより,本件預託金返還請求権は,破産会社から1審原告に移転した。

(ア) 1審原告は,本件預託金3500万円を取り戻した後,Fに対して500万円を支払う。

(イ) 1審原告は,本件預託金のうち3000万円を取得し,破産会社に対する本件手形金債権のうち3000万円を超える部分を放棄する。

(ウ) 上記(ア)及び(イ)の合意により,破産会社の有する本件預託金返還請求権は,同日1審原告に移転する。

イ しかるに,1審被告は,平成14年2月14日,破産管財人に対し本件預託金を交付し,もって,故意又は過失により,本件和解によって1審原告の取得した本件預託金返還請求権にかかる権利の実現を著しく困難又は不可能にしたため,1審原告は,本件預託金と同額の損害を被った。

したがって,1審被告は,1審原告に対し,不法行為に基づき,1審原告の被った上記損害を賠償すべき義務がある。

(2)  1審被告の抗弁

本件和解に基づく本件預託金返還請求権の破産会社から1審原告への移転につき,破産会社が1審被告に通知し又は1審被告が承諾するまで,1審原告を債権者と認めない。

第4  当裁判所の判断

1  結論

当裁判所は,1審原告の予備的請求(不法行為に基づく損害賠償請求)はいずれも理由がないと判断する。その理由は,以下のとおりである。

2  予備的請求①(不法行為〔1審被告の供託義務違反〕に基づく損害賠償請求)について

(1)  前記前提事実のとおり,本件預託金返還請求権について,本件仮差押決定正本及びA債権差押命令等正本が平成12年8月3日に1審被告に同時に送達され,また,本件債権差押命令正本が同年11月14日に1審被告に送達されたことにより,差押えが競合したことになる。

(2)  ところで,民事執行法156条2項は,債権差押えが競合した場合における第三債務者の供託義務を定めるところ(いわゆる義務供託),同項の義務供託の制度は,差押等が競合した場合の取立債権者への支払禁止と債権者への配当の原資となる配当財団の確保を目的とするものであり,第三債務者の供託義務は,民事執行の制度目的から第三債務者に課された手続協力義務であるにとどまり,第三債務者の実体法上の地位に何らの変更を加えるものではないと解される。したがって,第三債務者の執行債務者に対する債務の弁済期が未到来である場合は,たとえ差押等の競合が生じたとしても,第三債務者は,期限の利益を喪失させられるわけではなく,依然として執行債務者に対して期限の利益を有するから,同項に基づく供託義務を負うものではないと解される。

(3)  本件預託金返還請求権については,1審被告が平成12年7月31日破産会社から本件預託金の預託を受けた際に破産会社に交付した「異議申立預託金預り証」(乙B3)には,本件預託金の返還期限に関し,規則の定める事由が発生し,1審被告が交換所から本件異議申立提供金の返還を受けた後でなければ返還することができない旨の記載があるから,規則の定める事由が発生し,1審被告が交換所から本件異議申立提供金の返還を受けない限り,本件預託金の返還期限が到来しないことが明らかである。

そこで,本件異議申立提供金の返還期限が到来しているか否かを検討するに,その前提として交換所の定める規則及び細則の効力についていえば,交換所は,社団法人徳島県銀行協会が設置・運営する組織であり(規則1条参照),証拠(乙B31)によれば,1審被告は,同協会の社員であって交換所の事業に参加する銀行である(規則5条参照)と認められるから,交換所の定める規則及び細則は,1審被告と交換所との間の法律関係を規律するものとして,1審被告及び交換所を拘束するものであり,1審被告は,交換所に対し,異議申立提供金につき規則及び細則の定めに反して権利主張することはできないと解される。

以上を踏まえ,異議申立提供金の返還期限に関する規則及び細則の内容を検討するに,規則53条1項は,「交換所は,つぎの各号にかかげる場合において,支払銀行から請求があったときは,異議申立提供金を返還するものとする。」として,その7号において,「持出銀行から交換所に支払義務確定届または差押命令送達届が提出された場合」と規定し,細則50条の2(支払義務確定届の提出)は,「異議申立にかかる不渡手形について振出人等に当該不渡手形金額全額の支払義務のあることが裁判により確定した場合には,持出銀行は,支払義務確定届(様式第14号の2)を交換所に提出することができる。」と,細則50条の3(差押命令送達届の提出)は,「異議申立にかかる不渡手形について当該手形債権を請求債権とし異議申立提供金のための預託金の返還請求権を差押債権とする差押命令(差押・転付命令を含む。)が支払銀行に送達された場合には,持出銀行は,差押命令送達届(様式第14号の3)を交換所に提出することができる。」とそれぞれ規定しているところ,細則50条(不渡事故解消届の提出)が「異議申立が行なわれた不渡届について不渡事故が解消したときは,持出銀行は,不渡事故解消届(様式第14号)を交換所に提出するものとする。」と規定していることとを対比すると,細則50条の2及び50条の3の文言上,持出銀行は,各条に掲げる事由が生じたからといって,直ちに支払義務確定届又は差押命令送達届を交換所に提出しなければならない義務を負うものではないと解される。

そして,細則50条の3の差押命令送達届等についての実務上の取扱いを定めた本件通知,すなわち徳交第5号平成2年4月27日通知「異議申立にかかる不渡手形に関する規則等の一部改正についての取扱上の留意点」は,その1項(3)差押命令送達届の取扱い〔細則50条の3関係〕において,

① 差押債権

差押命令送達届の対象になる差押債権は異議申立にかかる不渡手形に関する預託金の返還請求権である。具体的には,差押債権目録に預託金返還請求権に対する差押(仮差押を除く。)であることを特定する文言のあるものが差押命令送達届の提出対象となり,その表示のないものは提出の対象外となる。

(②及び③は略)

④ 実務上の取扱い

イ 持出銀行は,手形権利者から依頼を受けたときは,当該不渡手形現物の提示および手形権利者に裁判所から送付された「送達通知書」(写しでも可。)の提示を受ける。また,差押債権が預託金返還請求権であり,かつ差押の請求債権が異議申立にかかる不渡手形債権であることを手形権利者から提示された差押命令書,債務名義等の書類により確認する。

(ロは略)

と定め,また,同項(4)支払義務確定届,差押命令送達届に基づく提供金の返還〔規則53条1項7号関係〕において,

① 支払銀行への通知

交換所に支払義務確定届または差押命令送達届が提出されたことは,「支払義務確定届に基づく異議申立提供金返還請求依頼書」(様式第14号の2―2)または「差押命令送達届に基づく異議申立提供金返還請求依頼書」(様式第14号の3―2)により支払銀行に通知される。

② 提供金の返還請求

支払銀行は,交換所から差押命令送達届提出の旨の通知を受けた場合には,差押の競合,預託金の譲渡,相殺予定等の事情を考慮することなく,差押債権が異議申立にかかる不渡手形に関する預託金返還請求権であることを確認のうえ(前記(3)の①を参照。),提供金返還請求手続を行なう。

と定めているところ,本件通知は,その記載内容に照らし,規則53条1項7号及び細則50条の3に基づく異議申立提供金の返還手続に関する具体的な取扱いを定めたものとして,規則及び細則と同様に,1審被告及び交換所を拘束するものと解される。そして,破産会社は,交換所に対する異議申立手続のため参加銀行である1審被告に本件預託金を預託したのであるから,破産会社も,1審被告及び交換所を拘束する規則,細則及び本件通知を前提に預託したものといわざるを得ない(前示のとおり,本件預託金返還請求権につき差押等が競合しても,第三債務者たる1審被告の実体法上の地位に何らの変更を加えるものではない。)。

もっとも,本件手形は,代金取立手形であり,細則45条3項に規定する手形であることに争いがなく,持出銀行の存在しない手形であるから,規則53条1項7号,細則50条の3及び本件通知にいう「持出銀行」は存在しないことになるが,細則50条の4(持出銀行が存しない場合の不渡事故解消届等の提出)は,「前3条において,異議申立にかかる不渡手形が第45条【取引停止処分の対象】第3項または第4項に規定するものである場合には,各条に規定する各届の提出は支払銀行が行なうものとする。」と規定しているから,本件異議申立提供金の返還手続に関し,規則53条1項7号及び細則50条の3に基づく差押命令送達届の提出は支払銀行が行うことになり,したがって,本件通知1項(3)にいう「持出銀行」を「支払銀行」に読み替えて取り扱うことになると解される。

そうすると,1審被告(流通センター支店)は,本件通知1項(3)の④に基づき,本件手形の債権者である1審原告から差押命令送達届提出依頼書の提出を受け,更に本件手形の現物(甲1)及び本件債権差押命令正本の送達通知書の各提示を受け,本件債権差押命令正本及び手形訴訟の判決正本により,請求債権が異議申立てにかかる不渡手形(本件手形)債権であることを確認した後でなければ(もっとも,上記④によれば,支払銀行は,手形権利者から債権差押命令正本等の提示を受けることになっているが,本件では,本件債権差押命令正本が支払銀行である1審被告〔流通センター支店〕に送達されており,同正本〔乙B18の1〕には,差押債権目録中に本件仮差押決定による仮差押の本執行である旨記載され,本件仮差押決定正本〔乙B5〕の請求債権目録に請求債権が異議申立てにかかる不渡手形〔本件手形〕債権であることが記載されており,これにより上記の確認ができるのであるから,改めて手形権利者たる1審原告から本件債権差押命令正本及び手形訴訟の判決正本の提示を求める必要はないと解される。),差押命令送達届を作成し,交換所に提出して異議申立提供金の返還を求めることはできないというべきであり,このことは,異議申立てにかかる預託金返還請求権について差押えが競合した場合であっても,同様に解するのが相当である。なぜなら,民事執行法156条2項の定める供託義務は,民事執行法上の手続協力義務であるにとどまり,第三債務者の実体法上の地位に何らの変更を加えるものではなく,第三債務者(1審被告)の執行債務者に対する債務の弁済期が未到来である場合は,第三債務者は,期限の利益を喪失させられるわけではないと解されるからである。そして,1審原告が1審被告(流通センター支店)に対し,本件通知1項(3)の④による差押命令送達届提出依頼書の提出,本件手形の現物及び本件債権差押命令正本の送達通知書の提示をしたことを認めるに足りる証拠はないから,本件異議申立提供金は未だ返還期限が到来しているとはいえず,したがって,本件預託金の返還期限もまた到来しているとはいえないというべきである。

そうすると,1審被告は,本件預託金返還請求権につき,本件仮差押決定正本,A債権差押命令等正本及び本件債権差押命令正本の各送達を受けたことにより,民事執行法156条2項に基づく供託義務を負ったわけではないから,1審被告が上記供託義務を負ったことを前提とする1審原告の予備的請求①は,その余の点について判断するまでもなく理由がない。

(4)ア  これに対し,1審原告は,本件通知は,その書面(乙B32)の表題からも明らかなとおり,実務上の留意点を定めたものに過ぎず,法的拘束力のあるものということはできず,しかも,その内容に鑑みれば,本件通知は,持出銀行が差押命令送達届を提出する場合に関するものにとどまり,支払銀行が差押命令送達届を提出する場合を想定していない旨主張する(a,b。前記第3の1(3)において補正の上引用した原判決「事実及び理由」第4の【第2事件について】4(2)イ(イ)のa,bをいう。後記イのc,ウのdについても同じ。)。

しかしながら,上記(3)説示のとおり,本件通知は,異議申立提供金の返還手続に関する具体的な取扱いを定めたものとして,規則及び細則と同様に,1審被告及び交換所を拘束するものと解され,また,持出銀行のない手形については,細則50条の4の規定により,持出銀行を支払銀行に読み替えて本件通知を適用すべきものと解されるから,本件異議申立提供金の返還手続についても本件通知が適用されるというべきである。

したがって,1審原告の上記主張は採用することができない。

イ 1審原告は,規則53条2項は,前項第5号又は第6号の規定により異議申立提供金の返還を請求する場合には,その請求書に当該事実を証する資料を添付しなければならない,としているが,本件で問題となっている第7号(差押命令送達届提出による異議申立提供金の返還請求をする場合)については,上記事実を証する書面の添付を義務づけておらず,除外しており,少なくとも,規則によっては依頼書の提出,手形現物の提示,送達通知書の提示は不要と考えられていることが明らかであり,むしろ,同項は,差押命令送達届の提出は差押を受けた支払銀行が独自にその責任において行い,被差押者としての義務を果たすことを想定して,事実証明添付義務を除外したものと解すべきであると主張する(c)。

しかしながら,規則53条2項の反対解釈として,持出銀行から交換所に差押命令送達届が提出されたことにより支払銀行が異議申立提供金の返還を請求する場合には,事実を証する資料の添付を要しないと解されるとしても,持出銀行が差押命令送達届を作成するに当たり,手形債権者から差押命令送達届提出依頼書の提出を受け,不渡手形の現物の提示等を受けることを要しないことまで定めた規定であるとは解されない。

したがって,1審原告の上記主張は採用することができない。

ウ 1審原告は,手形権利者と支払銀行との間には取引関係がなく,しかも,手形権利者は,異議申立提供金の返還手続についての知識もないのが通常であるから,不渡手形の異議申立てにかかる預託金返還請求権につき債権差押命令の申立てをし,その発令を得た手形権利者に,重ねて差押命令送達届提出依頼書の自発的な提出を期待することは,不相当に苛酷な要求を強いることになる旨主張する(d)。

しかしながら,規則53条1項7号,細則50条の3及び本件通知上,支払銀行が交換所に対し,差押命令送達届を提出して異議申立提供金の返還を請求するためには,手形権利者からの差押命令送達届提出依頼書の提出や不渡手形の現物の提示等,手形権利者の協力が不可欠であるということができ,差押債権者に不相当に過酷な要求を強いることにはならないというべきである。しかも,1審被告が本件仮差押決定正本及びA債権差押命令等正本の送達を受けた後,第三債務者に対する陳述催告に基づいて徳島地方裁判所に提出した平成12年8月8日付陳述書(乙B7)には,「3 弁済の意思の有無」欄の「ない」を○で囲んだ上,「4 弁済する範囲又は弁済しない理由」欄に「預託金返還請求権発生と同時に供託所へ供託する。」との記載があり,1審被告が本件債権差押命令正本の送達を受けた後,同裁判所に対して提出した前同様の平成12年11月15日付陳述書(乙B18の2)には,「3 弁済の意思の有無」欄の「ない」を○で囲んだ上,「4 弁済する範囲又は弁済しない理由」欄に「徳島地方裁判所平成12年(モ)第744号保全処分決定(基本事件平成12年(再)第6号) 返還請求債権発生時において民事執行法に基づき供託する。」との記載があるから,差押債権者たる1審原告は,少なくとも本件預託金の返還期限が未到来であることを知っていたことが明らかである。そうすると,1審原告は,債権の回収を現実的かつ確実なものとするため,1審被告に問い合わせをするなどして,本件預託金の返還期限を到来させるために必要な手続を調査し,かつ,その手続を履践することは容易であったというべきであり,そうすることによって,1審被告に差押命令送達届を交換所に提出させて本件異議申立提供金の返還を受けさせ,本件預託金の返還期限を到来させることができたのである。ところが,1審原告は,かかる問合せをすることなく,調査も手続の履践もしなかったため,破産会社に対する破産宣告により本件債権差押命令及びA債権差押命令等はその効力を失い,その結果,破産管財人が1審被告から本件預託金の交付を受けたのであり,1審原告が本件預託金から配当を受けることができなかったとしても,やむを得ないというべきである。

3  予備的請求②(不法行為〔本件和解により1審原告に移転した本件預託金返還請求権の侵害〕に基づく損害賠償請求)について

1審原告は,本件和解により本件預託金返還請求権が破産会社から1審原告に移転したと主張するが,本件和解が成立したと主張する平成12年8月7日から破産会社が破産宣告を受けた同年12月27日午前10時までの間,本件預託金返還請求権の移転につき,破産会社の1審被告に対する通知又は1審被告による承諾がなされたことの主張立証がないから,その余について判断するまでもなく,1審原告の予備的請求②は理由がない。

第5  結語

以上によれば,1審原告の予備的請求は,いずれも棄却すべきものである。

よって,1審被告の控訴に基づき,原判決主文第3項を取り消し,同部分に係る1審原告の予備的請求を棄却し,1審原告の控訴は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・水野武,裁判官・熱田康明,裁判官・島岡大雄)

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