高松高等裁判所 平成16年(行コ)15号 判決 2005年1月25日
控訴人
四国厚生支局長訴訟承継人
独立行政法人国立病院機構
同代表者理事長
X1
同指定代理人
X2
外9名
被控訴人
Y
同訴訟代理人弁護士
神谷誠人
同
大槻倫子
同
吉田哲也
同
坂本団
主文
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,第1,2審を通じ被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1 控訴の趣旨
主文同旨。
第2 事案の概要
本件は,被控訴人がした行政機関の保有する情報の公開に関する法律(以下「情報公開法」又は単に「法」という。)3条に基づく開示請求について,控訴人がした国立療養所南愛媛病院(以下「南愛媛病院」という。)再編成協議会(以下,「本件再編成協議会」という。)の議事録(以下「本件行政文書」という。)を不開示とする旨の決定(以下「本件不開示決定」という。)の取消しを求める事案である。
1 前提事実(これらの事実は争いがないか,又は各掲記の証拠及び弁論の全趣旨により認められる。)
(1) 南愛媛病院の設立経緯・概要(乙73)
昭和15年2月,財団法人結核予防会愛媛県北宇和郡模範地区指導所が創設され,昭和21年2月に日本医療団に,昭和22年4月に厚生省(現厚生労働省)に移管され,国立愛媛療養所出目分院となった。その後,同分院は,国立出目療養所として独立し,昭和59年4月,国立療養所南愛媛病院と改称された。
南愛媛病院は,愛媛県北宇和郡広見町にあり,診療圏は主として宇和島市と近隣11町村である。病床数は,重症心身障害者用病床80床,一般病床50床であり,診療科として内科,呼吸器科,小児科,整形外科を有し,職員数は平成13年11月1日現在で142人である。
(2) 国立病院・療養所の再編成計画の推移
厚生省は,昭和60年3月,人口構造の高齢化,疾病構造の変化等の事情により,医療内容に対する国民の要求が高度化,多様化する状況を受け,国家財政上,人的,物的及び機能的側面において制約のある国立医療機関が今後担うべき役割を考察し,統廃合又は経営移譲により国立病院・療養所を再編成し,余剰人員を他の国立病院・療養所に集約して配置することにより,国立医療機関にふさわしい高度で専門的な医療を適切に提供できるよう病院機能の質的強化を図ることを目指し,「国立病院・療養所の再編成・合理化の基本指針」をまとめた(乙3)。
厚生省は,昭和61年1月,上記基本指針に基づき,国立病院・療養所を統廃合又は経営移譲することにより削減し,国立病院・療養所を,広域を対象とした高度・専門医療,臨床研究及び教育研修などの機能を有する機関として整備することなどを内容とする「国立病院・療養所の再編成計画」(以下「再編成計画」という。)を策定した(乙4)。
その後,厚生省は,再編成計画の達成度が芳しくないことから,同省の私的諮問機関を設けるなどして,再編成計画の見直しに取り組み,平成8年11月,重症心身障害に対する医療を行う施設に関して,障害者保健福祉施策推進の観点から将来における望ましい処遇を見据えつつ,社会福祉法人等への経営移譲をモデルとして実施することを検討することなどを内容とした上記基本指針の改定を行った(乙3)。平成9年12月の行政改革会議の最終報告においても,国立病院・療養所について,計画的な整理,統廃合を進め,真に国として担うべき医療に特化する方向で見直すべきである旨の提言が盛り込まれた(乙9)。
(3) 南愛媛病院の社会福祉法人等への経営移譲計画
厚生省は,平成11年3月,再編成計画の見直しを行い,重症心身障害治療のうち,呼吸管理が必要な者など医学的管理が高く要求される患者に対する医療は,引き続き国立医療機関が担うこととし,福祉的ケアの必要が高い患者が多く入院している施設は,社会福祉法人へ経営移譲するモデルを設定し,その経営移譲のモデルとして3施設を選定したが,南愛媛病院がその3施設のうちの一つに含まれた。
厚生労働省は,上記再編成計画に基づき,南愛媛病院の経営移譲計画の事務にとりかかっていたところ,平成12年12月に閣議決定された行政改革大綱において,南愛媛病院を含む13施設について,平成13年度末をめどに施設の廃止を含む対処方策を決定し,着実に実施するとの実施目標が掲げられ,平成13年度末までに経営移譲が決定できない場合には南愛媛病院の廃止も検討せざるを得ない状況となった(乙11)。
(4) 地元関係者の動向
厚生労働省は,南愛媛病院の経営移譲について,地元関係者である愛媛県,同県北宇和郡広見町(以下「広見町」という。)及び同町議会,患者団体,住民組織並びに労働組合等の各組織に対し,概要,下記のとおり,再編成計画について説明又は話合いを持った。
また,広見町,患者団体等の各組織は,南愛媛病院の経営移譲が計画中であることを受けて,下記のような活動を展開した。
ア 広見町
広見町長は,平成10年8月,厚生大臣に対し,愛媛県北宇和郡の各町村首長との連名で,南愛媛病院の国立での存続・充実を求める要請書を提出し,同年9月,広見町議会及び北宇和郡の各町村議会は,南愛媛病院の存続を要望するとの決議をし,広見町議会は,平成12年9月,南愛媛病院結核病棟の廃止計画を中止する旨内閣総理大臣等に求める「南愛媛病院結核病棟存続に関する意見書」を可決した。
これに対し,厚生労働省健康局国立病院部企画課国立病院・療養所対策室長は,平成13年3月,広見町議会議員全員協議会において,再編成計画の趣旨や社会福祉法人旭川荘(以下「旭川荘」という。)への経営移譲及び経営移譲後の病院運営の考え方等を説明し,理解を求めた。
イ 患者団体
南愛媛病院に入院している重症心身障害児の保護者らにより組織された「国立療養所南愛媛病院重症児病棟親の会」(以下「重心親の会」という。)は,南愛媛病院を国立で存続・充実させるとともに,地域医療の発展を図ることを目的とする「国立療養所南愛媛病院を存続・充実させる会」(以下「存続・充実させる会」という。)の結成に関与するなど,南愛媛病院の民間への経営移譲に反対する立場をとっていた。
しかし,重心親の会は,平成12年5月,平成11年3月に同病院と同じく社会福祉法人への経営移譲モデルに選定されていた国立療養所足利病院の引受先である社会福祉法人全国重症心身障害児(者)を守る会会長の説明を受けたことを契機として,平成12年5月,厚生大臣,愛媛県知事,広見町長等に対し,南愛媛病院の民間への経営移譲を前提として,重症児病棟の拡充及び処遇の向上を求める旨の要望書を提出し,南愛媛病院の経営移譲に賛成する方向に方針転換した。
その後,重心親の会は,平成12年7月,南愛媛病院の経営移譲先と予定されていた旭川荘を視察し,旭川荘理事長に対し,南愛媛病院の経営移譲を受託されたい旨の要望書を提出し,同年10月以降も,旭川荘への経営移譲を推進する趣旨で,広見町議会議員に対して個別に陳情を行ったり,広見町長に対して,南愛媛病院の社会福祉法人への移譲を要望する旨の要望書を提出するなどした。
ウ 住民組織
(ア) 存続・充実させる会
平成10年8月,重心親の会会長,南愛媛病院退職者会会長,南愛媛病院職員代表が発起人となり,存続・充実させる会の第1回準備会が開催され,同年10月,愛媛県内の鬼北地方の各自治体(三間町,広見町,松野町,日吉村)の首長や各議会議長等を役員として同会が結成された。
存続・充実させる会は,南愛媛病院の国立療養所としての存続に向けて,ビラ(乙37等)を配布したり,厚生大臣に対して陳情書を提出するなどの活動をしたが,平成12年12月,広見町を除く鬼北3町村の首長及び議長が,同会から脱退した。
(イ) 南愛媛病院の国立存続を訴える住民の会
広見町全域5公民館の元館長らが発起人となり,平成13年2月,南愛媛病院の国立存続を訴える「南愛媛病院の国立存続を訴える住民の会」(以下「住民の会」という。)が結成された。
住民の会は,広見町の住民に対するビラを新聞の折り込みチラシとして配布したり,署名活動をするなどして,周辺住民に対し同会の意見及び活動についての理解と賛同を求める運動を行った。
エ 労働組合
南愛媛病院の職員団体である全医労出目支部の支部長等は,存続・充実させる会の発起人となり,同会結成後は,上記支部長が存続・充実させる会の事務局長に,全医労四国地方協議会書記次長等が事務局次長に選出されるなど,労働組合関係者が存続・充実させる会の要職についた。
そして,上記の各職員団体,労働組合は,愛媛県,南愛媛病院長及び厚生労働省などに対する要望書を送付したり,組合員に対し,組合新聞を発行するなどして,各職員団体員,労働組合員に対して,南愛媛病院の経営移譲についての反対運動への理解及び賛同を求める活動を行った。
また,全医労四国地方協議会らは,四国厚生支局に対し,南愛媛病院の経営移譲計画についての説明及び話合いを求めていたが,下記(5)記載の本件再編成協議会が開催されることを了知すると,平成13年11月14日ころから同月16日にかけて,愛媛県知事や四国厚生支局に対し,本件再編成協議会を公開するよう申し入れたが,同申入れは受け入れられなかった(甲2)。
(5) 本件再編成協議会の設置,開催(乙69)
ア 厚生労働省は,南愛媛病院の対処方策決定について,地元関係者との間でさらに必要な協議を行うことが必要であると判断し,南愛媛病院の所在地域において医療の現状に最も精通していると考えられた広見町長,北宇和郡医師会長,愛媛県医師会長,愛媛県保健福祉部長を地元関係者側の協議予定者とし,厚生労働省との間で南愛媛病院の対処方策の策定に向けた協議を行う場を設けることとし,上記予定者に対し,本件再編成協議会の開催と参加を求める書簡を送付し,控訴人に対しては,本件再編成協議会の設置,開催を依頼する文書を送付し,これらの同意を得た。
イ 厚生労働省は,平成13年11月19日,本件再編成協議会を設置し,第1回を同日,第2回を同年12月3日に,松山市内の全日空ホテルにおいて開催した(なお,以下,同年11月19日に開催された本件再編成協議会を「第1回再編成協議会」,同年12月3日に開催された本件再編成協議会を「第2回再編成協議会」という。)。
第1回再編成協議会には,広見町長,北宇和郡医師会長,愛媛県医師会長,愛媛県保健福祉部長,厚生労働省健康局国立病院部企画課国立病院・療養所対策室長及び控訴人からなる構成員(以下,「構成員」という。)全員が出席し,三間町長,松野町長及び日吉村助役(村長代理)がオブザーバーとして参加した。冒頭において,経営移譲対象施設とされている南愛媛病院の対処方策決定に向けて必要な協議を行い,かつその構成員は,協議の結果を尊重しなければならないとした再編成協議会設置要綱(乙72)が承認された。その後,各構成員から順次発言がされたが,経営移譲の是非については,賛成又はやむを得ないという意見と再編成における国の役割を確認した上で方向を決めるべきではないかという意見が示され,次回本件再編成協議会に経営移譲先候補である旭川荘からの意見聴取,質疑応答を行うことなどを決めた。
第2回再編成協議会には,構成員全員のほか,三間町助役(町長代理),松野町長,日吉村長がオブザーバーとして,旭川荘役員が説明者としてそれぞれ出席し,厚生労働省から南愛媛病院の経営移譲の手順等,旭川荘役員から南愛媛病院の経営を引き継いだ後の利用構想等についての説明があり,構成員と旭川荘役員との質疑応答,構成員間の協議が行われた。その結果,①南愛媛病院の現在担っている医療は必要であること,②同病院の経営移譲に関しては,厚生労働省は経営移譲につき旭川荘と事務的な調整を図るが,その際,本件再編成協議会関係者と必要に応じて協議を行うこと,③厚生労働省は広見町議会議員全員協議会で,同病院の経営移譲について説明するよう調整を図ることを本件再編成協議会のまとめとすることが合意されるとともに,今回をもって本件再編成協議会を最後とし,構成員の了承を得て報告書を作成することとした。
ウ 平成14年2月12日,本件再編成協議会の協議結果として,下記(7)ウの内容の報告書が作成され,厚生労働省健康局国立病院部長に対し報告された。
(6) 再編成協議会後の地元関係者の動向
上記合意に基づき,平成13年12月14日及び平成14年1月15日に,広見町議会議員の協議会が開かれ,厚生労働省担当者から南愛媛病院の経営移譲につき説明がなされた(乙80)。
また,同年1月28日,旭川荘,広見町,愛媛県,厚生労働省関係者による会議が開かれ,①南愛媛病院については,平成15年度中をめどとして旭川荘に経営移譲することとし,今後,旭川荘と厚生労働省は,経営移譲にかかる具体的な問題につき協議する,②厚生労働省は,南愛媛病院を経営移譲するに当たって必要な整備を行う,③広見町及び愛媛県は,南愛媛病院の経営移譲が円滑に進むよう協力する旨につき,上記関係者間で確認された(乙83)。
このような動きに対し,「存続・充実させる会」は,平成14年2月,移譲を含めた合意の検討に入る旨確認したが,南愛媛病院の職員団体等の労働組合その他多数の労働関係者団体は,南愛媛病院の国立での存続を求め続けた。
(7) 被控訴人の情報公開請求及びそれに対する決定
ア 被控訴人は,平成14年2月6日,控訴人に対し,情報公開法3条に基づき,第1回再編成協議会についての議事録及び,第2回再編成協議会についての議事録の開示請求をした(「以下「本件開示請求」という。)。
被控訴人は,続いて平成14年2月18日,第1回及び第2回再編成協議会の協議概要を記載した報告書(以下「本件報告書」という。)の開示請求をした。
イ これに対し,控訴人は,平成14年3月8日,情報公開法9条2項に基づき,本件行政文書の不開示決定をした。本件不開示決定には,不開示の理由として,①南愛媛病院の経営移譲までには相当の期間があり,本件再編成協議会終了後も,引き続き本件再編成協議会出席者と経営移譲に関して種々の協議,調整を行う必要があるが,本件再編成協議会における発言内容が公になることにより,率直な意見の交換若しくは意思決定の中立性が不当に損なわれ,ひいては,経営移譲そのものが困難となるおそれがあることから法5条5号及び6号に該当すること,②今後,経営移譲引受先と厚生労働省との間で,事業計画,資金計画,職員の引受条件,移譲時期等を協議する必要があるが,本件行政文書が公開されることにより,これらの協議事項に関する経営移譲引受先及び厚生労働省の最終的な意思決定に不当な影響を与え,ひいては経営移譲そのものが困難となるおそれがあることから,法5条5号及び6号に該当すること,③本件行政文書には,私的立場としての個人の発言が記録されていることから,法5条1号に該当することがあげられている(甲1)。
なお,本件行政文書には,出席者全員について,その肩書ないし職名とその発言内容とがそれぞれ対応する体裁で記載されており,各構成員等の発言内容は,ほぼ実際の発言どおりに逐語形式で記載されているとされる。
ウ 他方,控訴人は,上記不開示決定がされた日である平成14年3月8日,本件報告書については全部開示するとの決定をした。
本件報告書には,本件再編成協議会を開催するに至った経緯,構成員及びオブザーバーの氏名及び役職のほかに,第1回及び第2回再編成協議会の内容につき,おおむね前記(5)イの内容が記載されている(乙69)。
(8) 厚生労働省による方針決定及びその後の関係者の動向
厚生労働省は,平成14年3月29日,南愛媛病院について平成15年度中をめどに旭川荘に経営移譲するとの対処方策を決定し,平成14年4月19日,これを発表した(乙12,16)。
広見町長は,上記対処方策の発表について,「国立で残したいという思いは住民と同じ。残念で仕方がない。」と遺憾の意を示し,今後について「全面的に合意してはいない。引き続き地元町長として住民の意向を国に強く要望し,医療,福祉,職場の確保は絶対に実現させる。」と発言したと報道された。
他方,厚生労働省は,上記対処方策決定後も,地元関係者及び旭川荘との間で,南愛媛病院の後の医療機関の構想,旭川荘への経営移譲契約の締結時期等について協議を重ね,平成14年8月5日,広見町,旭川荘,愛媛県,厚生労働省間の話合いにおいて,南愛媛病院を平成15年12月1日をめどに旭川荘に経営移譲することなどが合意された(乙77,78)。
2 争点及び争点に関する当事者の主張の要旨
(1) 本件行政文書は,情報公開法5条5号所定の審議,検討等に関する情報を含むか。
(控訴人の主張)
ア 情報公開法は,国の機関及び地方公共団体の内部又は相互間における審議,検討又は協議に関する情報であって,公にすることにより,率直な意見の交換若しくは意思決定の中立性が不当に損なわれるおそれがあるものを,不開示情報として定めているところ(法5条5号),本件行政文書には,上記不開示情報が記載されている。
イ 「国の機関及び地方公共団体の内部又は相互間における審議,検討又は協議に関する情報」には,国の機関の事務及び事業について意思決定が行われる場合に,その決定に至るまでの過程において,行政機関が開催する有識者を交えた協議に関連して作成された情報も含まれる。なお,行政機関の意思決定が行われた後であっても,その後に重層的,連続的な審議,検討等の過程が予定されている場合には,政策全体の意思決定又は次の意思決定に関して同号に該当するかどうかを検討すべきである。
本件再編成協議会は,法令等に基づいて設置された協議会ではないが,控訴人が,南愛媛病院の経営移譲問題についての対処方策の策定に向けて地元関係者と必要な協議を行い,意見を集約することを目的として上級庁である厚生労働省からの指示に基づいて設置,開催した協議会であるから「国の機関,(中略)の内部又は相互間における審議,検討又は協議」に該当する。
また,南愛媛病院の経営移譲に関する意思決定は,移譲先の社会福祉法人との間の譲渡契約の締結をもって完了するが,本件再編成協議会では,その協議結果を踏まえて,さらに関係者と協議を重ね,意思決定をすることが予定されており,現実にも,その後に地元関係者等との協議調整が図られた。
よって,本件行政文書に記載されている本件再編成協議会の結果は,最終的な意思決定である譲渡契約の前提となる意思決定を順次行う過程において行われた関係者の協議の結果であるから,「審議,検討,又は協議に関する情報」(法5条5号)に該当する。
ウ(ア) 「公にすることにより,率直な意見の交換若しくは意思決定の中立性が不当に損なわれるおそれ」の判断に当たっては,不開示決定を行った行政庁は,当該不開示決定にかかる行政文書に記載されている内容を立証することはできないから,それが公にされた場合に支障が生じる蓋然性は,それ自体が証拠に基づいて直接具体的に証明されることまでは要せず,行政庁が不開示情報に該当するとする情報の類型的な性質を明らかにするなどして,経験則上,支障が生ずるおそれがあることを判断することが可能な程度の主張,立証をすれば足りる。
(イ) したがって,本件のような地域における国の機関の統廃合に関する協議内容を記録した文書については,そのような文書の性質自体から,上記の「おそれ」の存在が導かれるというべきである。すなわち,本件のような地域における国の機関の統廃合については,公開の場における説明等以外に,国の担当者,当該地域の地方公共団体の長,利害関係人等との間で,説明をしたり,意見,要望を聴取したりするなどの折衝をするのが通常である。そのような中で,問題点を抽出し,対応を検討して,再度関係者と意見の交換をしたりすることが,当該地域の理解や協力を得るために必要であり,かつ合理性を有するものであって,このような折衝の過程では,様々な観点から,多くの率直で自由な意見が出されることが望ましい。しかるところ,このような折衝に参加する関係者は,それぞれ特定の立場を有していたり,あるいは特定の利害関係者の団体の役員であることが多いから,公開を前提とすると,参加者は,たとえ個人的には廃止に賛成であっても,その所属する団体等が廃止に反対であれば,本意に反して反対意見を述べたり,賛成意見を述べるのを差し控えたりするなどすることが容易に推察される。また,地域住民の生活に密接な関係を有する機関の統廃合については,住民や廃止が予定される施設の関係者等が統廃合に反対することが多く,協議内容を記録した文書を公開すると,当該文書に記載された発言が,当該統廃合について意見表明や運動を行っている団体等により,その意見や運動の根拠として,当該発言の本来の意図,内容に沿わない形で編集,脚色あるいは部分的に引用され,不適切な態様で宣伝等に利用されたり,あるいは,特に,統廃合に反対する団体等が,統廃合につながる意見を述べた者に対して,陳情,苦情やいわれなき非難をしたり,意見を撤回若しくは今後意見表明を差し控えるよう,圧力や干渉を加えるといったことも十分に予測される。そうすると,参加者としては,その立場等に固執し,あるいは非難等をおそれるなどして,折衝の場において,多様かつ自由な意見が現れないことも十分に考えられる。
したがって,このような実務的折衝の内容を公開するときには,現に非難や誤解があったか否かにかかわらず,公開されることをおそれて発言の自由が妨げられるおそれが十分に考えられる。
(ウ) また,前記の「おそれ」は,当該協議等の対象事項に関する率直な意見の交換等に限らず,当該意思決定を前提として次の意思決定が行われる等,審議,検討等の過程が重層的,連続的な場合には,当該意思決定後であっても政策全体の意思決定又は次の意思決定に関して不当な影響を与えるおそれがある場合等であれば,本号に該当しうるものであるし,将来予定されている同種の審議,検討等に係る意思決定に不当な影響を与えるおそれがある場合等も,やはり,同号に該当しうるものである。
本件においては,本件再編成協議会後も旭川荘への譲渡契約締結に至るまで,それまでに積み上げてきた意思決定を前提に,さらに関係者間において重層的,連続的な協議,調整を図っていく必要があったもので,その途上にあった本件不開示決定時において本件行政文書が公開されれば,その後の厚生労働省や控訴人の意思決定の中立性を損なうおそれがあったことは明らかである。また,将来にわたり,同種の意思決定が行われることが予測される中で,本件行政文書が公開されれば,同様の再編成計画を実施する他の地域において,関係者との非公開を前提として協議及び調整を行おうとしても,事後的に公開されるのではないかとの危惧から,発言が控えられたりするなど,意思決定の中立性を損なうおそれも認められる。
(エ) 以上により,本件においては,「公にすることにより,率直な意見の交換若しくは意思決定の中立性が不当に損なわれるおそれ」が認められるというべきである。
(被控訴人の主張)
ア 本件再編成協議会は,ほぼ確定した南愛媛病院の経営移譲の方針について,賛否両論を併せ持つ地元関係者の理解を得るための一種の交渉,協議の場であり,意思決定過程の場という性格をほとんど有していないから,本件再編成協議会は,「国の機関及び地方公共団体の内部又は相互間における審議,検討又は協議」(法5条5号)には該当しない。
イ 「公にすることにより,率直な意見の交換若しくは意思決定の中立性が不当に損なわれるおそれ」の「不当に」とは,審議,検討等途中の段階の情報を公にすることの公益性を考慮してもなお,適正な意思決定の確保等への支障が看過し得ない程度のものであることを指し,「不当に」といえるかどうかは,当該情報の性質に照らし,公にすることの利益と不開示にすることによる利益とを比較衡量した上で判断されるべきである。
本件報告書は,経営移譲に伴う南愛媛病院の職員の雇用問題等重要な問題に触れていないから,同報告書の開示をもって国民に対する説明責任を果たしたとはいえず,本件行政文書を開示する必要性,公益性は高い。厚生労働省は,平成14年4月,南愛媛病院の経営移譲先を旭川荘とするとの決定を公表し,同年8月には,平成15年12月1日をめどに経営移譲することで合意を得たとして「社会福祉法人旭川荘南愛媛病院(仮称)の基本構想」及び「社会福祉法人旭川荘南愛媛病院(仮称)の将来構想」を公表したから,現時点では,南愛媛病院を旭川荘に経営移譲する旨の行政機関としての意思決定が行われている。よって,現段階において,本件行政文書を開示しても不当に意思形成過程の支障を生じさせるおそれは皆無である。仮に,本件不開示決定当時の事情を基準にしても,平成14年1月28日当時には,南愛媛病院を旭川荘へ経営移譲するという実質的決定がされていたのであるから,本件不開示決定時においても,意思決定が不当に損なわれるおそれは皆無である。
上記の「おそれ」が存在するか否かは,その事情を具体的に検討しなければならないのであって,「地域における国の機関の統廃合に関する協議内容を記録した文書」であることを主張,立証するだけで,上記の「おそれ」が導かれるわけではない。控訴人は,本件行政文書が開示されれば,そこに表された発言内容が各種団体等により運動の根拠として不適切な態様で利用されかねない旨主張するが,そもそも個々の団体が本件再編成協議会における構成員の発言内容を運動の根拠として利用すること自体は何ら問題がなく,また,不適切な態様で利用されることについて,控訴人は,何ら具体的な主張,立証をしない。
厚生労働省が本件再編成協議会の非公開を前提に構成員に参加を求めたことや,本件再編成協議会の議事録を非公開とする旨の構成員間の申合せは存在せず,本件再編成協議会において会議又は議事録を非公開とする決定はされていない。
(2) 本件行政文書は,情報公開法5条6号所定の行政機関の事務・事業に関する情報を含むか。
(控訴人の主張)
ア 本件行政文書に記載されている情報は,国の機関である厚生労働省の施策である南愛媛病院の経営移譲に関する協議結果などであるから,「国の機関又は地方公共団体が行う事務又は事業に関する情報」(法5条6号)に該当する。
イ(ア) 「当該事務又は事業の性質上,当該事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれ」の判断に当たっては,不開示決定を行った行政庁は,当該不開示決定にかかる行政文書に記載されている内容を立証することはできないから,それが公にされた場合に支障が生じる蓋然性は,それ自体が証拠に基づいて直接具体的に証明されることまでは要せず,行政庁が不開示情報に該当するとする情報の類型的な性質を明らかにするなどして,経験則上,支障が生ずるおそれがあることを判断することが可能な程度の主張,立証をすれば足りる。
(イ) したがって,本件のような地域における国の機関の統廃合に関する協議内容を記録した文書については,そのような文書の性質自体から,上記の「おそれ」の存在が導かれるというべきである。すなわち,このような場合における「事務」とは,国の機関の統廃合という全国的な施策を実施する中で,当該案件について,地域に対し説明を行うとともに,地域の意見や要望等を聴取することによって,問題点を抽出して検討し,施策の参考とするとともに,施策への地域関係者の理解と協力を求め,関係者等との実務的な折衝をすることであり,その事務の「適正な遂行」とは,多様で自由かつ率直な意見の交換を通じて,施策を実施する上での具体的な検討の参考にするとともに,関係者の理解,協力を得ることをいう。したがって,このような折衝・協議の場においては,中間的な意見や未成熟な意見であっても,建前にとらわれず,多様で率直な意見の交換がされることが重要であるところ,このような折衝ないし協議の場での発言内容が無条件に公開されるとすると,参加者は,自らの属する団体の意向に縛られ,あるいは,反対する立場の者からの非難や誤解等を招くのをおそれて,発言を差し控えたり,本意によらない発言をしたりすることが容易に予想され,自由で率直な意見の交換が困難になる可能性が高い。
なお,当該事務・事業の外にも,同種のものが反復されるような性質の事務・事業であって,ある個別の事務・事業に関する情報を開示すると,将来の同種の事務・事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがある場合にも,同号に該当する。
本件においては,地域に密着した国の施設の統廃合(経営移譲)に関する関係者の意見が記載されているもので,本件経営移譲については従前から関係者の賛否両論があり意見の集約が困難な状況下にあり,本件行政文書を開示するとすれば,関係者は,自らの立場に縛られ,ないしは経営移譲に反対する者等からのいわれなき非難をおそれて忌憚のない率直な意見を開陳することが困難になるような性質の文書であり,そうすると,上記施設の統廃合という国の事務の適正な遂行に支障を及ぼすことは明らかである。
(被控訴人の主張)
ア 事務又は事業の「適正な遂行に支障を及ぼすおそれ」(法5条6号)に該当するか否かの判断は,行政機関の長の広範な裁量によるべきではなく,客観的にする必要があり,事務又は事業の適正な遂行への「支障」の内容は具体的なものである必要があり,その「おそれ」の程度も,単なる可能性ではなく,高度の蓋然性が必要である。本件のような「地域における国の機関の統廃合に関する協議内容を記録した文書」であることを主張,立証するだけで,上記の「おそれ」が導かれるわけではない。
イ 本件においては,「適正な遂行に支障を及ぼすおそれ」についての控訴人の「支障」に関する主張,立証は客観的,具体的なものではない。
そもそも地域の医療を行う拠点病院の民間移譲という地域住民にとって極めて重大な問題につき,地元関係者から様々な意見が出るのは当然である。地元関係者の理解を得るためには,十分な情報提供と説明,意見交換が必要なのであって,経営移譲を進めるために,本件行政文書を非公開とするのは本末転倒である。
ウ なお,厚生労働省が本件再編成協議会の非公開を前提に構成員に参加を求めたことや,本件再編成協議会の議事録を非公開とする旨の構成員間の申合せは存在せず,本件再編成協議会において会議又は議事録を非公開とする決定はされていない。
(3) 本件行政文書は情報公開法5条1号所定の個人識別情報を含むか。
(控訴人の主張)
ア 個人に関する情報であって,当該情報に含まれる氏名,生年月日その他の記述等により特定の個人を識別することができるもの(他の情報と照合することにより,特定の個人を識別することができることとなるものを含む。)又は特定の個人を識別することはできないが,公にすることにより,なお個人の権利利益を害するおそれがある情報は,不開示情報に当たるところ(法5条1号),法5条1号本文の「個人に関する情報」とは,個人の内心,身体,身分,地位その他個人に関する一切の事項についての事実,判断,評価等のすべての情報を含み,個人に関連する情報全般を意味する。よって,同号の「個人に関する情報」には,個人の属性,人格や私生活に関する情報に限らず,個人の知的創造物に関する情報,組織体の構成員としての個人の活動に関する情報も含まれる。
地方公共団体の情報公開条例や諸外国の情報公開法制の中には,個人に関する情報のうち,個人のプライバシー等の権利侵害を害するおそれがあるものに限って不開示とする方式(いわゆるプライバシー保護型)を採用しているものがある。しかしながら,情報公開法においては,そのような方式をとらず,特定の個人を識別できる情報を原則不開示とした上で,個人の権利を侵害しても開示することの公益が優越するため開示すべきものをただし書で例外的開示事項として列挙する方式(いわゆる個人識別型)を採用したものである。
イ 本件行政文書には,本件再編成協議会における個々の発言者ごとに,発言者を特定した上で発言内容が逐語的に録取されている。また,本件行政文書には,地元団体の構成員としての私的立場からの発言である旨明言した上での個人の発言や,発言内容中にも氏名等の特定の個人を識別できる記述が含まれている。よって,上記の情報は,「特定の個人を識別することができるもの」(法5条1号本文)に該当する。
(被控訴人の主張)
ア 法5条1号本文が,「個人に関する情報」を不開示にしたのは,個人のプライバシー権の保護のためであるから,そもそもプライバシー権の保護が問題となり得ない性質の情報は,同号の「個人に関する情報」に該当しない。本件再編成協議会は,南愛媛病院の経営移譲問題について,厚生労働省が地元関係者と協議するために,厚生労働省からの呼び掛けで設置,開催されたものであり,「地域医療」という重大な公的な議題について協議するために設置された協議会であり,そこでの発言は,そもそもプライバシー権として保護すべき性質のものではない。よって,本件行政文書には,「個人に関する情報」に該当する情報は含まれない。
個人が識別できる情報であれば「個人に関する情報」に該当するという形式的解釈をすれば,その外延は大幅に広がり,公開が必要な多くの情報が「個人に関する情報」に該当することとなり,情報公開の参政的機能は有名無実になる。
イ 政府は,平成7年9月29日の閣議決定において,各省庁の設置する審議会等について,一般の審議会は,原則として,会議の公開や議事録の公開により,運営の透明性の確保に努め,特段の事情により会議又は議事録を非公開とする場合には,その理由を必ず明示することとし,議事要旨を原則公開とすることを定めた。本件再編成協議会は,法令等に基づく協議会ではないとしても,控訴人が上級庁である厚生労働省からの指示に基づき設置,開催したものであり,厚生労働省の求めに賛同した構成員により構成され,その協議結果が南愛媛病院への国の対処方策決定に重要な意味を有するものであるから,上記閣議決定を踏まえて,原則として会議及び議事録を公開すべきである。したがって,本件行政文書に含まれる情報は,「法令の規定により又は慣行として公にされ,又は公にすることが予定されている情報」(法5条1号ただし書イ)に該当する。
ウ 法5条1号本文の「個人に関する情報」を控訴人主張のとおり解釈するとしても,同号本文により不開示が正当化されるのは,本件再編成協議会の発言者の氏名や役職部分に限られ,本件再編成協議会参加者のうち,公務員については,その発言は公務の遂行にほかならないから,氏名及び役職部分も,同号ただし書ハの例外事由に該当する。また,同構成員のうち中央省庁課長職以上の者についての氏名は,法5条1号ただし書イに該当する。よって,上記部分も含めて本件行政文書を全部不開示にした本件不開示決定は,法6条2項に反し,違法である。
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(法5条5号該当性)について
(1) 「国の機関及び地方公共団体の内部又は相互間における審議,検討又は協議に関する情報」について
前提事実(3)のとおり,厚生省は,南愛媛病院について,社会福祉法人へ経営移譲する施設の一つとして選定し,その後,南愛媛病院の廃止も含めた対処方策を決定することとしたが,その意思決定の過程において,地元地方公共団体の長や関係する医師会役員などから意向を聴取し,上記対処方策に理解を得ることを目的として,上級庁である厚生労働省の指示により,控訴人が設置し,開催したものが本件再編成協議会であるから,本件再編成協議会は,国が行う南愛媛病院の対処方策の決定という事務又は事業についての意思決定の過程において,行政機関である控訴人が開催した協議会であるといえる。そして,後記の法5条5号の立法趣旨にかんがみれば,上記の協議会のごとく国の機関の事務又は事業についての意思決定の過程において行政機関が開催する有識者を交えた協議会に関連して作成された情報も同号所定の情報に当たると解するのが相当である。したがって,本件再編成協議会の協議結果は,「国の機関の内部における審議,検討又は協議に関する情報」に該当する。
この点,被控訴人は,本件再編成協議会は,ほぼ確定した南愛媛病院の経営移譲の方針について,賛否両論を併せ持つ地元関係者の理解を得るための一種の交渉,協議の場であり,意思決定過程の場という性格をほとんど有していない旨主張するが,前述のとおり,南愛媛病院の対処方策としては,社会福祉法人への経営移譲が基本方針として決定されてはいたものの,その具体的な譲渡先等については協議結果等を踏まえて決定されることになっており,地元関係者の理解が得られない場合等,経営移譲が不可能である場合には,南愛媛病院の廃止も選択肢の一つとなっていたこと,前提事実(5)によれば,第2回再編成協議会後も,広見町議会議員全員協議会に対して厚生労働省が説明すること等,地元関係者の理解を得るための手続が引き続き予定されていたこと,したがって本件再編成協議会が地元関係者の理解を得るための一種の交渉,協議の場であるといえるが,上記経営移譲はあくまで方針であって,具体的な経営移譲先との間の譲渡契約締結までは,意思決定過程の場という性格を有していると言わざるを得ず,この点に関する被控訴人の主張は採用できない。
(2) 「率直な意見の交換若しくは意思決定の中立性が不当に損なわれるおそれ」について
ア 法5条5号は,「国の機関(中略)における審議,検討又は協議に関する情報であって,公にすることにより,率直な意見の交換若しくは意思決定の中立性が不当に損なわれるおそれ」があるものを不開示事由として規定する。
情報公開法は,国民主権の理念にのっとった国政の運営を一層実質的なものとするため,行政運営に関する情報が国民一般に公開されることは,国民一人一人が適正な意見を形成することを可能にし,国民による行政の監視・参加の充実にも資することになることから,何人に対しても,開示を請求する理由や利用の目的を問わず,行政文書の開示を請求することができる権利を定めている。そして,開示請求の対象となる行政文書については原則として例外を設けず,私的な権利利益を侵害し,又は公共の利益が損なわれるおそれが生ずるなど,一定の合理的な理由に基づき不開示とする必要がある情報を不開示情報とし,不開示情報が記録されている場合を除き,行政文書は請求に応じて開示されるものとした。
そして,本件においては,まず「率直な意見の交換が不当に損なわれるおそれ」の有無が問題になるので,これについて検討するに,法5条5号において「率直な意見の交換が不当に損なわれるおそれ」があるものが不開示情報とされた趣旨は,終局的な意思決定がされる過程においては,様々な選択肢の是非,長短について多方面から自由な意見交換等がされるべきであるのに,最終的に採用されるに至らなかった中間的な議論,未成熟な意見等が公開されることにより,外部からの不当な圧力や干渉等を受けることなどにより,当該意思決定自体がゆがめられるおそれを生じることがあるほか,終局的意思決定に対する誤解や筋違いの批判等を招き,ひいては途中経過における自由かつ率直な意見交換等が妨げられたりするおそれがあるので,そのような結果となることを防止するために,適正な意思決定手続を確保するという点にあると考えられる。
このような立法趣旨からすれば,法5条5号にいう「不当に損なわれるおそれ」とは,単に行政機関においてそのおそれがあると判断するだけではなく客観的にそのおそれがあると認められることが必要であるというべきである。他方で,行政機関としては当該行政文書の内容自体を立証することはできないのであるから,上記の「おそれ」があるか否かの判断に当たり,高度な蓋然性があることまで要求することはできない。
また,上記の立法趣旨からすれば,当該意思決定過程にかかる率直な意見の交換自体(ひいては意思決定の中立性)が保護されるのであって,法5条5号にいう「率直な意見の交換が不当に損なわれるおそれ」とは,公にすることにより将来の同種の意思決定を妨げることになる場合を当然に含むと解すべきである。
イ そこで,以上の理解を前提に,本件が上記の要件に当たるかについて検討する。
ある地域の国立病院を民間の社会福祉法人に経営移譲しようとする場合,いかなる社会福祉法人に経営移譲するか,円滑な経営移譲は可能か,経営移譲の時期をいつにするか,従前の地域医療は確保されるかなどといった様々な問題点について検討が行われるが,その際,社会福祉法人への経営移譲は,当該病院の患者や職員のみならず,地域住民にも大きな影響を及ぼし得る事柄であるので,国としても,経営移譲の趣旨,内容等を,地方公共団体,地域住民,当該病院関係者等に十分に説明するとともに,その意見を広く聴取し,国の施策への配慮を求めつつ,できる限り当該地域の要望にも配慮することが重要である。現に,南愛媛病院の社会福祉法人への経営移譲についても,地元周辺自治体,議会,患者団体,住民組織及び労働組合等により賛成,反対の様々な意見が表明され,意見の集約をみない状況にあり,経営移譲に向けた再編成計画が具体化できないまま推移していた。しかし,平成12年12月の閣議決定によって,じ後1年余りの期間のうちに経営移譲できなければ病院自体の廃止も検討せざるを得ない状況となった。そのために,早急に対処方策を決定するべく本件再編成協議会が開催された。
本件再編成協議会においては,四国厚生支局長,厚生労働省の担当室長のほか,当該地域の地方公共団体の長や担当部長,当該地域の医師会の会長が構成員となっており,再編成協議会設置要綱(乙72)によれば,経営移譲対象施設とされている南愛媛病院の対処方策決定に向けて必要な協議を行い,かつその構成員は,協議の結果を尊重しなければならないとされている。実際の協議においては,上記構成員のほかオブザーバーとして近隣の地方公共団体の長が出席したほか,第2回再編成協議会においては,旭川荘副理事長が南愛媛病院施設の後利用の考え方について説明するとともに質疑応答に応じた。そして,構成員は,協議のまとめとして,厚生労働省が旭川荘と事務的な調整を図るが,その際,本件再編成協議会関係者と必要に応じ協議を行うこと,広見町議会議員全員協議会において,南愛媛病院の経営移譲について厚生労働省が説明することなどを合意している。これらのことからすれば,本件再編成協議会の出席者は各団体を代表する立場で出席し,その立場において発言することも期待されており,単に出席者の個人的意見を聴取する場であるとは解されない。したがって,その発言内容については各出席者は責任を持つべきであり,その議事録を明らかにすることが国の政策決定過程の透明性を確保し,説明責任を果たすものであるとも考えられるところである。
しかしながら,第1回再編成協議会においては,一部の出席者から経営移譲につき再編成における国の役割を確認した上で方向を決めるべきとの発言があり,第2回再編成協議会においては,旭川荘が経営移譲後も,医療機関として引き続き地域の医療・保健・福祉に貢献するには,地元の理解は必要不可欠であるという認識のもとで「広見町議会議員全員協議会において,南愛媛病院の経営移譲について厚生労働省が説明する」旨の合意がなされていることからすれば,本件再編成協議会は,当該地域の理解を得て南愛媛病院の経営移譲の対処方策の意思決定を行う一過程ではあるものの,公式見解のみを述べあうことにより当該地域の最終的な理解を得る場と位置づけられているわけではない。南愛媛病院の経営移譲は,上記のとおり多くの関係者に大きな影響を及ぼす事柄であり,かつ,平成13年度末までに経営移譲が決定できない場合には南愛媛病院自体の廃止も検討せざるを得ない差し迫った状況下において,本件再編成協議会の出席者である当該及び近隣地域の地方公共団体の長や担当部長,当該地域の医師会の会長及び経営移譲先候補である社会福祉法人の幹部は,それぞれ互いに異なる複雑な利害関係を有し,その対応に苦慮していたと推認される。したがって,これらの出席者は,公開の場や将来その議事録等が公開されることが予定される場においては,いわれなき非難を避けようとしたり,団体自体の意見に拘束されたりするため,率直な意見を表明することが困難であることもある。それ故,このような場においては,各構成員の公式見解を述べあうだけでなく,むしろ非公開の場において各自の自由かつ率直な意見を交換し,あるいはそれに対して国側から説明をすることが,よりよい政策決定に資する場合もあるのであって,それは正当な期待というべきである。
ところで,本件再編成協議会そのものは非公開で行われた(甲2,弁論の全趣旨)ことからすれば,その出席者の間ではその議事録も公開されないことが前提とされていたと推認するのが相当である(ただし,議事概要を含む本件報告書は開示された。)。したがって,本件再編成協議会の出席者は,旭川荘への経営移譲の是非について特に広見町の最終的な判断が近いことを視野に入れつつ,個々の発言は公開されないという前提のもとで自由かつ率直な意見を交換したのであって,そのような前提でなされた協議の議事録が公開されれば,公開されないことを前提として発言した出席者との関係で信頼関係を損ないかねず,本件再編成協議会後に予定されている重層的連続的に行われる地元関係者との協議において率直な意見交換が困難になり,ひいては最終的な経営移譲の意思決定の中立性が損なわれかねない。また,前記のとおり再編成計画は全国規模で遂行されている施策であるので,本件再編成協議会の議事録を公開すると,他の類似の協議会において,自由で率直な意見交換が困難になるという事態も想定し得るところである。控訴人が,その議事概要を明らかにする本件報告書を開示するとともに,その過程における具体的な意見交換等を明らかにする議事録(本件行政文書)については非公開とすることは,十分な合理性を有するものである。よって,本件行政文書は,法5条5号にいう,公にすることにより,率直な意見の交換ひいては意思決定の中立性が不当に損なわれるおそれがあると認めるべきである。
ウ これに対し,被控訴人は,本件においては実質的な意思決定が既になされているのであるから,意思決定が不当に損なわれるおそれはないと主張する。そこで検討するに,本件不開示決定の当否は,同決定のなされた平成14年3月8日当時を基準に判断すべきであるところ,前提事実(6)のとおり,同年1月28日地元関係者の会議で,平成15年度中をめどとして旭川荘に経営移譲すること等が確認されたが,なお経営移譲にかかる具体的な問題の協議は引き続き予定され,平成15年度中に最終的な意思決定ができるように地元関係者との協議調整が図られる状況にあったことからすると,平成14年3月8日当時南愛媛病院の経営移譲につき最終的な意思決定がなされていたということはできない。また,仮に意思決定が実質的になされていたと考えたとしても,「率直な意見の交換が不当に損なわれるおそれ」とは,公にすることにより将来の同種の意思決定を妨げることになる場合を含むことは前記説示のとおりであって,いずれにせよ被控訴人の主張は採用できない。
また,被控訴人は,本件再編成協議会及びその議事録は非公開とする前提で行われたとする証拠はないと主張するが,本件再編成協議会自体が非公開であったことは,被控訴人提出の甲第2号証より明らかであり,そうである以上は,特段の事情がない限りは,議事録も非公開とする意向であったと推認すべきである。なお,被控訴人は,平成7年9月29日閣議決定「審議会等の透明化,見直し等について」(乙90)に照らして,本件再編成協議会において非公開という決定はなされていないと主張するが,同閣議決定において原則公開とされているのは,国家行政組織法8条に基づく審議会等についてであり,本件再編成協議会は厚生労働省健康局国立病院部長の参加要請に賛同した構成員らによって任意に構成,開催された国家行政組織法8条に基づかない協議会であり,同条の審議会等に該当しない。
被控訴人の主張はいずれも理由がない。
2 争点(2)(法5条6号該当性)について
(1) 本件行政文書に記載されているのは,厚生労働省が所管する南愛媛病院の経営移譲に関する協議の情報であるから,法5条6号の「国の機関(中略)が行う事務又は事業に関する情報」に該当するところ,同号は,「当該事務又は事業の性質上,当該事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれ」のある場合に,当該情報を不開示とする旨規定しているので,本件がそれに当たるかが問題となる。
(2) 「当該事務又は事業の性質上,当該事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれ」のある場合に,当該行政文書を不開示とした趣旨は,行政機関の行う行政は,法律に基づき,公益に適合するよう行われなければならないところ,開示することにより,その事務・事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれのある情報は,不開示とする合理的な理由が認められることにあると解される。
このような立法趣旨からすれば,法5条6号にいう「当該事務又は事業の性質上,当該事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれ」とは,単に行政機関においてそのおそれがあると判断するだけではなく客観的にそのおそれがあると認められることが必要であるというべきである。他方で,行政機関としては当該行政文書の内容自体を立証することはできないのであるから,上記の「おそれ」があるか否かの判断に当たり,高度な蓋然性があることまで要求することはできない。
(3) そこで,以上の理解を前提に,本件が上記の要件に当たるかについて検討する。
前記(第3の1(2)イ)のとおり,本件再編成協議会においては,経営移譲か廃止かの対処方策の期限が定められた状況下にあるので,各構成員が公式見解を述べあうだけでなく,むしろ各自の自由かつ率直な意見を交換し,あるいはそれに対して国側から説明をすることが,よりよい政策決定に資するというべきである。また,その出席者の間ではその議事録も公開されない(ただし,議事概要は公開する。)ことが前提とされていたと推認され,このような協議の議事録が公開されれば,公開されないことを期待して発言した出席者との関係で信頼関係を損ない,本件の経営移譲に悪影響を及ぼしかねない。さらに,再編成計画は全国規模で遂行されている施策であるので,本件再編成協議会の議事録を公開すると,他の再編成協議会において,反対の立場の者からのいわれなき非難や誤解等を避けるために,発言が萎縮し,自由で率直な意見交換が困難になり,再編成計画の遂行にも悪影響を及ぼす可能性が相当程度認められる。よって,本件行政文書は,法5条6号にいう,公にすることにより,当該事務又は事業の性質上,当該事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあると認められる。
(4) これに対し,被控訴人は,事務又は事業の適正な遂行への「支障」の内容は具体的なものである必要があり,その「おそれ」の程度も,単なる可能性ではなく,高度の蓋然性が必要であり,本件においてはそれは立証されていないと主張する。しかしながら,本件において,前記認定のとおり,本件行政文書の公開により本件における経営移譲のみならず再編成計画自体に悪影響を及ぼしかねないのであって「支障」の程度は実質的といえる。また,「おそれ」の程度については,前記(2)の立法趣旨に照らせば,単なる可能性では足りず一定程度の蓋然性は要求されるというべきであるが,前記説示のとおり高度な蓋然性があることまで要求することはできない。本件においては,その程度の蓋然性は認められ,上記の「おそれ」を認定するにはそれで十分というべきである。被控訴人の主張は理由がない。
第4 結論
以上によれば,その余の点について判断するまでもなく本件不開示決定は適法であり,被控訴人の請求は理由がないから棄却すべきである。したがって,これと異なる原判決を取り消し,被控訴人の請求を棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・馬渕勉,裁判官・吉田肇,裁判官・平出喜一)