高松高等裁判所 平成16年(行コ)17号 判決 2006年10月13日
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 控訴人
(1) 原判決を取り消す。
(2) 被控訴人が,控訴人の平成3年4月1日から平成4年3月31日までの事業年度(以下「平成4年3月期」という。)の法人税について,平成8年3月11日付けでした更正処分(平成11年7月5日付け裁決により一部取り消された後の残余の部分)のうち,所得金額66億8424万1037円,納付すべき税額22億3410万0700円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定処分を取り消す。
(3) 被控訴人が,控訴人の平成5年4月1日から平成6年3月31日まで(以下「平成6年3月期」という。)の法人税について,平成8年3月11日付けでした更正処分(平成11年7月5日付け裁決により一部取り消された後の残余の部分)のうち,所得金額128億7079万5670円,納付すべき税額48億6519万8200円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定処分を取り消す。
(4) 被控訴人が控訴人の平成4年3月期の法人臨時特別税について,平成8年3月11日付けでした更正処分(平成11年7月5日付け裁決により一部取り消された後の残余の部分)のうち,課税標準法人税額25億0359万円,納付すべき税額6258万9700円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定処分を取り消す。
(5) 被控訴人が,控訴人の平成6年3月期の法人特別税について,平成8年3月11日付けでした更正処分(平成11年7月5日付け裁決により一部取り消された後の残余の部分)のうち,課税標準法人税額48億2254万8000円,納付すべき税額1億2056万3700円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定処分を取り消す。
(6) 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
2 被控訴人
主文同旨
第2事案の概要
1 本件は,被控訴人が,控訴人の国外関連者(後記2(1)参照)との船舶建造請負取引についていわゆる移転価格税制を適用し,平成4年3月期及び平成6年3月期の法人税等について更正処分等を行ったところ,控訴人がこれらの処分に違法があると主張して,その取消しを求めた事案である。
原審は,控訴人の請求を棄却したため,控訴人が控訴した。
2 前提事実(争いのない事実及び掲記の証拠により容易に認定できる事実)
(1) 当事者
控訴人は,船舶の製造及び修繕等を業とする株式会社であり,以下の各法人は,いずれもいわゆる無税国であるパナマ共和国に所在する,平成4年法律第14号による改正前の租税特別措置法(以下「改正前特別措置法」という。)66条の5第1項及び同改正後の租税特別措置法(以下「改正後特別措置法」という。)66条の4第1項に定められている控訴人の「国外関連者(外国法人で,内国法人との間に一方の法人が他方の法人の発行済株式の総数の100分の50以上の株式を保有する等の特殊の関係にあるものをいう。)」である(以下,特に注記しない限り,上記の2つの条文を改正後特別措置法66条の4で代表させるものとし,その場合には「特別措置法66条の4」と表記する。)。
ア P1
イ P2及びP3(以下,両社を併せたときは「P4」という。)
ウ P5及び同社の名義人であるP6(以下,両社を併せたときは「P7」という。)
エ P8及び同社の名義人であるP9(以下,両社を併せたときは「P10」という。)
オ P11
file_4.jpg(3) 本件課税処分
ア 控訴人は,平成4年3月期及び平成6年3月期の各法人税,法人税臨時特別税,法人特別税につき,それぞれ法定申告期限までに確定申告を行った。
その後,控訴人は,以下のとおり,平成5年3月18日に平成4年3月期に係る修正申告を,平成6年12月19日には平成6年3月期に係る修正申告をそれぞれ行った(なお,別紙1-1「平成4年3月期の課税状況表」及び別紙1-2「平成6年3月期の課税状況表」を各参照。)。
(ア) 平成4年3月期
(法人税) 所得金額 66億8424万1037円
納付すべき税額 22億3410万0700円
(法人臨時特別税) 課税標準法人税 25億0359万0000円
納付すべき税額 6258万9700円
(イ) 平成6年3月期
(法人税) 所得金額 128億7079万5670円
納付すべき税額 48億6519万8200円
(法人特別税) 課税標準法人税 48億2254万8000円
納付すべき税額 1億2056万3700円
イ これに対し,被控訴人は,平成8年3月11日,これら修正申告に対し,以下のとおり,更正処分及びこれに係る過少申告加算税の賦課決定処分を行った(以下「本件課税処分」という。)。
(ア) 平成4年3月期
(法人税) 所得金額 77億2010万9776円
納付すべき税額 25億5464万8000円
過少申告加算税の額 3205万4000円
被控訴人は,控訴人が,平成4年3月期に,P1にS-486取引に係る船舶を,P4にS-1190取引に係る船舶をそれぞれ引き渡したことにつき,これらの取引は,改正前特別措置法66条の5第1項が定める国外関連取引であって,船価が独立企業間価格に満たないものであるとして,船価と独立企業間価格の差額合計10億3586万8739円(S-486取引につき1億2979万1233円,S-1190取引につき9億0607万7506円)は同条4項により損金に算入することができないと認定した。
(法人臨時特別税) 課税標準法人税 28億9204万0000円
納付すべき税額 7230万1000円
過少申告加算税の額 97万1000円
(イ) 平成6年3月期
(法人税) 所得金額 146億6504万0971円
納付すべき税額 52億4870万7300円
過少申告加算税の額 3835万0000円
被控訴人は,控訴人が,平成6年3月期に,P7にS-1209取引に係る船舶を,P8にS-1218取引に係る船舶を,P11にS-1230取引に係る船舶をそれぞれ引き渡したことにつき,これらの取引は,改正後特別措置法66条の4第1項が定める国外関連取引であって,独立企業間価格との差額合計17億9424万5301円(S-1209取引につき7億1897万7918円,S-1218取引につき5億8921万5279円,S-1230取引につき4億8605万2104円)は同条4項により損金に算入することができないと認定した。
(法人特別税) 課税標準法人税 54億9539万0000円
納付すべき税額 1億3738万4700円
過少申告加算税の額 168万2000円
(4) 審査請求と裁決
控訴人は,平成8年5月8日,国税不服審判所長に対し,本件課税処分について審査請求をしたところ,同審判所長は,平成11年7月5日,本件課税処分のうち以下の部分を取り消す旨の裁決(以下「本件裁決」という。)をし,同裁決書謄本は,同月8日,控訴人に送達された。本件裁決によれば,平成4年3月期のS-486取引の船価は適正な独立企業間価格であるとされた(甲1)。
ア 平成4年3月期
(法人税) 本税額 4867万1700円
過少申告加算税の額 486万7000円
(法人臨時特別税) 課税標準法人税 121万6800円
過少申告加算税の額 12万2000円
イ 平成6年3月期
(法人税) 本税額 2294万5800円
過少申告加算税の額 229万4000円
(法人税特別税) 課税標準法人税 92万1300円
過少申告加算税の額 9万3000円
(5) 本件提訴
控訴人は,平成11年9月30日,本件課税処分の取消しを求め,原審裁判所に本件訴訟を提起した。
3 当審における争点及び当事者の主張
(1) 本件各取引につき独立価格比準法を採用することの可否
(控訴人の主張)
本件各取引については,比較可能取引が存在しないのであるから,特別措置法66条の4第2項1号イの「独立価格比準法」の適用はない。
ア 船舶建造請負取引は,大量生産品とは異なり,その価格に個別性・特異性が大きく影響する。船価は,①社会的な景気動向,②当該企業の業績状況,③新型船舶か,建造済船舶か,④当該船台で建造された船舶と同型船か,⑤建造船舶の構造・仕様・材質の違い,⑥船主との取引実態(その継続性と受注実績等),⑦交渉経緯,⑧請負期間の長短,⑨支払条件,⑩リスク保証,⑪その後の受注獲得の可能性,⑫競争会社との競合の有無,⑬船価の市況動向等の要素によって決定される上,数十億円にもわたる高額なものであり,わずかの差が数億円の価格差となる。したがって,同型船で引渡時期が近接するものであっても,取引ごとに建造価格が異なるのが通常である。
控訴人の非関連者船と国外関連者船とでは,各建造原価,販売費及び一般管理費を含む総原価が相違していることが明らかであるところ,本件課税処分は,その違いを捨象し,独立価格比準法を用いて「国外関連取引に係る棚卸資産と同種の棚卸資産」(特別措置法第2項1号イ)とはいえない取引を比較対象取引として独立企業間価格を算定したものであるから,違法である。
イ なお,後述する統計学的手法に基づく経済分析の結果からも,船価の個別性及び変動率が大きく,できる限り精緻なモデルにおいても「残差」をなくすことができず,したがって非関連者船に限っても個々の取引の価格差を説明できない部分が少なからず残るから,独立価格比準法を用いることは極めて困難であるといわざるを得ない。
(被控訴人の主張)
ア(ア) 特別措置法66条の4は,独立企業間価格の算定方法につき複数の方法を規定している。同条によれば,独立企業間価格は観念的,一義的に存在することを前提としており,所定のいずれの方法によって算定しても,その算定価格は等しく独立企業間価格として認められるものである。
独立価格比準法により比較対象取引として選択されるには,「国外関連取引に係る棚卸資産と同種の棚卸資産の取引であること」が必要となるため,資産の性状,構造,機能等の面で,物理的,化学的な相当程度の類似性が求められているというべきである。しかし,これらに差異がある場合でも,そのことが価格に影響を及ぼす程度でなければ同種のものと評価して差し支えなく,他方,価格に影響を及ぼす程度に達していた場合でも,合理的な方法で,その差異が調整可能なものであれば,同種の資産として認めることができると解される。
(イ) また,船舶には国際的な取引相場があり,それについてはP12(現P13)発行の月刊誌「α1」(以下,これに掲載される船価を「P12船価」という。),P14発行の「α2」(以下,これに掲載される船価を「P14船価」という。),P15発行の「α3」(以下,これに掲載される船価を「P15船価」という。)等に掲載される資料があるところ,これらの資料から本件各取引と最も類似する区分の船舶について船価を抽出し,その年度別の平均値の推移を対比してみると,資料元の相違にかかわらず,いずれもほぼ同様の推移をたどっている。そして,控訴人が行った本件各取引を除く船舶建造請負取引に係る船価も,やや低い水準ではあるがほぼP12船価の推移に見合ったものとなっている。そうすると,船舶建造請負取引における船価にも一定の時価水準が認められるというべきであり,船舶建造請負取引が個別性の強い取引であることから,比較可能性そのものが否定されることにはならない。
(ウ) 独立価格比準法は,独立企業間価格算定の基本となるべきもので,比較対象取引と当該国外関連取引との間で相当程度に正確な差異の調整ができるときは,調整項目が少なくなり,誤差が生じにくいため,最も信頼度の高い方法とされており,被控訴人が本件で独立価格比準法を採用したことに何ら違法はない。しかも,本件各取引に係る比較対象取引は,いずれも控訴人自身が行った取引の中から選択されている(内部価格比準法)のであって,より合理的な算定方法が選択されているといえる。
なお,取引条件等に起因する差異のうち,船舶建造請負取引の対価に影響していることが合理的に認められるものについては,後記のとおり,適正に調整されている。
イ なお,控訴人は,統計学的手法に基づく経済分析の結果,同手法により「残差」をなくすことができないから独立価格比準法を用いることはできない旨主張するが,上記手法は特別措置法66条の4第2項イの定める独立価格比準法と直接関連するものではなく,このような手法に基づく控訴人の主張は独自のものであって,その手法自体にも問題がある。
(2) 独立企業間価格算定における調整項目について
(控訴人の主張)
ア 調整項目の範囲
(ア) また,仮に,本件各取引について独立価格比準法を適用して独立企業間価格を算定するのであれば,船舶建造請負取引が個別性・特異性の強い取引であることにかんがみ,具体的な独立企業間価格の算定に際しては,「同種の棚卸資産」を「同様の状況の下で」取引したとの点の判断につき十分に吟味する必要があり,その比較対象取引について,企業の事業戦略,投下費用等,価格に影響を及ぼす可能性のあるあらゆる項目を確認した上でこれらを調整すべきである。
(イ) 被控訴人は,本件課税処分を行うにつき,決済条件,建造延期,追加発注,契約月日,追加装備に起因する差異を検討して調整しているが,控訴人の事業戦略,取引コストを含む投下費用,取引数量等に起因する差異については調整されておらず,その点で,本件課税処分には重大な違法性がある。
file_5.jpgウ 投下費用に起因する差異
(ア) 前記イ(ウ)のとおり,国外関連取引では,「空き船台」の解消という事業戦略により,コストの低削減が図られている。また工期の長短に係る原価の差異,受注コストの低減等により,非関連者取引に比べて総原価(投下費用)の額が低減する。
また,国外関連者取引では,株主としての議決権行使や役員が共通であるという事実関係によって,相手方当事者である関連者に対して契約遵守を迫ることが可能であるから,非関連者取引と比べて,債権回収の確実性を確保するための信用調査や担保の設定等の監視費(いわゆるモニタリング・コスト)等の取引コストが軽減,排除されている。
また,造船会社は,造船契約獲得を目的として建造主(船主)に対して営業活動を行い,販売管理費を建造主に対する営業に支出するが,控訴人の国外関連取引については,依頼をすれば必ず建造発注に至るため,販売管理費を使用していない。
(イ) 受注に際して総原価(投下費用)を節約できる買手に対し,売手がその節約された原価の範囲内で値引きをすることは,商慣習として当然に認められている。したがって,本件各取引に係る独立企業間価格の算定に当たっては,いわゆる会計上の費用に限られない取引コストを含む投下費用に起因する差異についても調整されるべきである。
エ 取引数量に起因する差異
船価は,同一造船所の,同一時期の同型船であったとしても,相手方当事者が単発の取引であるいわゆる「一見」であるか,継続的である「馴染み」であるかによっても大きく異なる。過去に取引実績のある船主との継続的取引関係においては,単発の取引関係と比較し,相手方当事者に関する情報を反復して利用することが可能であり,目的物たる船舶の発注内容を予想した準備も行えるから,その分コストを削減することが可能となる。また,単発の取引でも取引数量が多ければリスクと費用の分散が可能となるし,投資の回収がより容易となる。したがって,取引数量が増えればそれだけ船価が引き下げられる関係にある。
本件各取引でも,当然,国外関連者の方が取引数量が多いため,数量に応じて行われる値引き等の差異を調整しなければならない。
オ その他の調整項目
船舶建造請負契約では,造船契約締結がほぼ同時期であっても,思惑やタイミングのズレにより5ないし10パーセント(場合によっては20パーセント以上)もの価格差が生じることがある。また,海外船主との間における船舶建造の請負取引では,マーケットクレームの危険性などに基づいて船価が高くなる可能性がある。
(被控訴人の主張)
ア 調整項目の範囲について
被控訴人は,本件更正処分等に際し,本件比較対象取引について,差異の調整を必要とすると認められるものにつき適正な調整を行っており,違法はない。
file_6.jpgウ 投下費用による差異について
(ア) 特別措置法66条の4第2項1号のイでも,総原価(投下費用)の額を考慮すべきとは規定されておらず,立法時の議論でも,総原価の額を考慮することは想定されていない。取引条件等の差異につき調整しなければならないといっても,どこまで調整すべきかは解釈にゆだねられているところである。
また,仮に,総原価(投下費用)に起因する差異について調整すべきであるとしても,独立価格比準法が,取引の対価額をもって独立企業間価格とすることを認めていることからすれば,調整を要するのは,総原価(投下費用)の額の差異が対価の額の差に表れることが客観的に明らかな場合に限られる。
(イ) 控訴人が強調している「空き船台解消に係るコスト低減効果」,「工期の長短に係る原価の差異」,「受注コストの差異」等は,そもそも総原価の額に影響を与えていないか,そうではないとしても,船価への影響があることが客観的に明らかであるとは認められないものである。しかも,控訴人は,上記コスト低減,削減の効果はすべて国外関連取引が享受すると主張する一方で,現にその効果を利用して非関連者船の価格を据え置いているとして,その効果が比較対象取引を含む非関連者船の船価設定に現実に反映されていることを前提にした主張をしているのであって,控訴人の主張はそれ自体失当である。
なお,仮に,控訴人の主張のとおり,国外関連取引を受注する際のコストが削減されているとしても,その金額は明らかでない。
エ 取引数量による差異について
特別措置法66条の4第2項1号のイは,「取引数量」の差異について調整すると規定しているところ,移転価格税制は,各取引ごとにその取引価格を算定の基礎として適用するものであるから,「取引数量」の差異も,個別の取引における価格形成に影響を与えるものであることが前提となっているのであって,取引数量による調整が行われるべき場合とは,単に取引数量が多いというだけでなく,取引数量に応じて対価を変更するという取引条件が契約に明記されるか,明記されていない場合でも,客観的に取引数量に基づく値引き等が行われている事実があり,その金額が合理的に算定できる場合に限られるというべきである。
本件各取引では,国外関連取引と非関連者取引との比較上,取引数量に起因する明確な差異も,取引数量に応じて減額するとの客観的な関係も認められないから,調整の必要はない。結局のところ,控訴人は,単に国外関連者グループとの間で継続的に行われた取引の総量と,非関連者との取引数量を対比した結果として,取引数量に差異があるから調整すべきであると主張するにすぎず,そのような差異は比較可能性を確保するために調整を要するものではない。
オ その他の差異について
控訴人は,船舶建造請負契約の特色として,造船契約締結がほぼ同時期であっても,思惑やタイミングのズレにより価格差が生じること,あるいは,海外船主との間における船舶建造の請負取引では,マーケットクレームの危険性等に基づいて,船価が高くなる可能性があるなどとも主張する。
しかしながら,これら主張は,抽象的である上,造船業界のみならず,一般的な商取引における価格変動要素を,すべて控訴人の取引に当てはまると主張しているにすぎないものである。
しかも,「思惑やタイミングのズレ」の意味内容も,これらによって船価がどの程度に変動するのかも明らかでなく,また,海外船主の場合,マーケットクレーム等の危険により船価が高くなる可能性はあるとしても,そのことゆえに必ず船価が高くなるというものではないのであって,むしろ,控訴人のように標準船・同型船の連続建造を主たる業とし,取引相手から船台の空き状況が容易に見通されることがない状況において強気の交渉ができる場合はその可能性は低いともいえる。さらに,船価が国際マーケット相場に基づいて決定される以上,マーケットクレーム等の様々な要素についても,具体的,客観的に価格の差異を説明できる場合を除き,個別に考慮する必要があるものではない。
(3) 独立価格比準法による本件取引への適用(比較対象取引の選択及び調整の適否)
(被控訴人の主張)
ア 比較対象取引の選定とその基準
本件各取引における比較対象取引,独立企業間価格,損金不算入額は,以下イないしカに記載のとおりである。
比較対象取引の選択に当たっては,「当該国外関連取引と取引段階,取引数量その他が同種の状況の下で売買した取引」を選択しなければならないところ,本件各取引と同種の船舶に係る取引が複数あるときは,契約時期が同一か,あるいは,その直近の取引をもって,最も比較可能性が高いものと判断すべきである。そのことは,本件各取引と最も類似する船舶区分の平均船価が,ほぼP12船価等の推移と連動していること(ちなみに,本件各取引を除いた控訴人の船舶の平均船価も,やや低い水準ではあるが,P12船価等と連動している。)からも,裏付けられることである。被控訴人が選択した比較対象取引は,本件各取引に係る船舶と同種の棚卸資産に関する取引であって,それぞれスペック等を同じくし,かつ,契約時期が最も近接する取引である。また,決済条件,契約時期等を除いて対価の額に影響するような差異は認められず,その選択について何ら問題はない。また,決済条件等についても十分に調整しており,その点についても違法はない(各取引に関する詳細は,別紙2-1から2-5「比較対象取引表」及び別紙3-1から3-5「独立企業間価格の算定(船舶別)」のとおりである。)。
file_7.jpg(控訴人の主張)
仮に,独立価格比準法によることが正しいとしても,被控訴人は,本件各取引について,その比較対象となる取引の選択を誤っている。控訴人が本件問題取引の比較対象取引として主張するものは,それぞれ別紙4-1から4-4「比較対象取引表①ないし④」のとおりである。
ア 選定基準について
(ア) 船舶建造請負取引は,個々の取引ごとに固有の事情が多数存在するから,これらの事情を無視することはできない。比較対象となる取引を選択する場合に,まず考慮すべきことはスペックの差異(仕様差・艤装品の有無等)であり,スペック等が類似することを前提に,次に契約価格(売上計上金額)や利益率についても考慮しなければならない。スペック等が類似している船舶が複数ある場合には,契約価格及び利益率が最も低いものを選択すべきである。
(イ) 被控訴人は,「同種の棚卸資産」に当たるか否かを,物理的・化学的に見て相当程度の類似性(スペック等の類似性)で判断し,「同様の状況の下」でされた取引であるか否かは,契約時期の近接性を重視して判断している。
しかしながら,非関連者船の建造の正式な請負契約書の作成は設計,仕様等が確定した段階で行われるが,実際の建造価額は,その交渉の過程において数度の見積書の提示に基づいて協議の上,合意に至るものであって,この場合の最初の基本価格の見積り提示は契約書作成日から起算して2か月ないし1年前となるものである。このような造船業界における船価決定の実態からすれば,契約時期の近接性を重視して「同様の状況の下」でされた取引か否かを判断することは,控訴人による船舶建造請負取引の船価がP12船価等の推移とおおまかに連動しているとしても,必ずしも合理的であるとはいえない。
イ S-486取引
S-486取引は,本件裁決によって,その船価が適正な独立企業間価格とされたから,裁決の拘束力により本件取消訴訟の審判対象から排除されている。
file_8.jpg(4) 「独立企業間価格」の「幅」について
(控訴人の主張)
ア 「独立企業間価格」は「幅」のある概念である。
前記のとおり,船舶建造請負取引は,個別性・特異性が強く,独立価格比準法によって独立企業間価格を算定することはできないところ,仮に,独立価格比準法によるとしても,1つの点をもって独立企業間価格を定めることは困難であり,「独立企業間価格」の「幅」の概念を認めるべきである。
(ア) 船舶建造請負取引は,個別性,特異性が強く,また公開市場ではなくごく限られた取引当事者が相対で行う取引であって,取引時期や契約条件等の違いにより,価格が大きく変動するものである。被控訴人は,船舶には国際的な取引相場があり,いくつかの「平均船価」が発表されており,本件各取引に係る船舶と類似する船舶の船価も,おおむね年度別の平均値の推移に応じており,著しい偏差はないなどと主張するが,上記平均船価についても相互に大幅な差を生じており,1つの点をもって独立企業間価格を定めることはおよそ困難である。
(イ) 「独立企業間価格」という法律上の概念は,わが国に固有のものではなく,米国やOECDで「arm's length price」と呼ばれる概念を移入したもので,そこでの議論の背景はわが国でも妥当すべきと考えられるところ,OECD新ガイドラインにおいても独立企業間価格幅の概念が認められているし,わが国の学説や実務上もこれを認める見解が一般的である。
(ウ) また,特別措置法66条の4第1項は,「独立企業間価格で行われたものとみなす」と規定するにとどまり,独立企業間価格自体の積極的定義付けを行わず,また,「最も比較可能性が高い取引を1つ選択する」などとも規定しておらず,文理上,独立企業間価格に「幅」があるか否かは,その意義自体にゆだねられていると解するべきである。
(エ) 実際の取引価格以外の価額をもって課税する税法上の規定は,移転価格税制のみではなく,例えば,無償取引及び低額譲受について「適正な価額」をもって収益の額に該当するとの法人税法22条2項や法人の役員報酬及び役員退職金に関する同法34条及び36条等があり,この「適正な価額」についての何らかの評価が必要となるところ,国税庁は,不動産や株式の評価において,公平課税の見地から,実際に行われた複数の類似の取引事例をデータとして収集し,これをもとに統一的な評価を行っている。
このように,実際の取引金額ではなく,評価し,算定した額を取引金額とみなして課税する場合には,複数のデータを収集,検討した上で,平均値ではなく,納税者に過重な負担とならないような金額を採用すべきことが明らかである。
(オ) いわゆる相互協議や事前確認の場面においては,「独立企業間価格」は単一の価格ではなく,一定の幅を持った概念であることが前提とされて実務が運用されており,また,file_9.jpg
file_10.jpgfile_11.jpgから,税務当局も「幅」の概念を採用していると思われる。
(カ) 独立企業間価格の「幅」は,独立企業間価格の算定方法の違いによっても生ずる。市場価格を算定するには,被控訴人が採用したように,限定された情報及び調整項目に基づいて,単一の算定方法によって算定するのではなく,複数の算定方法による算定結果を検証することを含めて,独立企業間価格の算定をすべきなのである。もちろん,特別措置法が定めている基本三法(独立価格比準法,再販売価格基準法,原価基準法)による算出結果は,必ずしも同一価格となるものではないが,単一の算定方法のみを使った価格を,何らの検証もしないまま,適正な独立企業間価格であると即断することは,明らかに妥当性を欠いている。
イ 「法律要件としての独立企業間価格」と「法律効果としての独立企業間価格」
被控訴人は,独立企業間価格が「幅」をもって算定されると,課税所得の計算上,損金の額に算入できない額が一義的に定まらず,具体的な税額を確定できないことになるから,独立企業間価格は一義的に「点」として算定されるべきものであるとして,「幅」の存在を否定する。
しかし,これは,「法律要件」としての「独立企業間価格」と,「法律効果」としての「独立企業間価格」とを混同しているものであり,誤りである。すなわち,特別措置法66条の4第1項における「当該法人が当該国外関連者から支払を受ける対価の額が独立企業間価格に満たないとき」あるいは「当該法人が当該国外関連者に支払う対価の額が独立企業間価格を超えるとき」という場合の「独立企業間価格」はいわゆる「法律要件」としての「独立企業間価格」であり,これは,前記アのとおり「幅」のある概念である。他方,同項に「当該取引は独立企業間価格で行われたものとみなす。」という場合の「独立企業間価格」はいわゆる「法律効果」としての「独立企業間価格」であり,これには「幅」の概念を容れる余地はないものと解するべきである。
ウ 「幅」の範囲と本件へのあてはめ
(ア) 独立企業間価格に「幅」があること及びその幅の適正な範囲については,統計学的手法に基づく経済分析によって証明することができる。
統計学的手法は,自然科学や社会科学のみならず,実社会の多くの側面で用いられる既に確立した学問領域であり,米国をはじめとする先進国の移転価格税制において課税当局が積極的に取り入れ,合理的な独立企業間価格算定の根拠として用いているものである。
そこで,控訴人においては,国外関連者船と非関連者船の価格差が政策的に関連者に対し安く販売するといった特定の要因で説明できるのかどうか,説明できない部分があるとすれば両者の価格差は適当なばらつきの範囲内にあるといえるかについて,控訴人が製造,売却した実際の取引のうち,本件の関連者取引のうちS-1209取引及びS-1218取引に係るパナマックス船種につき98取引,S-1190取引に係るアフラマックス船種につき53取引の船価を標本データとして回帰分析を行った。その結果,非関連者船の船価を決定する要因としては代表的な市況指標であるP15船価の影響が決定的に大きく,また,用船料,契約日から竣工日までの期間,積載能力,航行速度,船主国籍といった要因も船価決定に影響を及ぼしていることを確認することができ,また,上記のうち,①P15船価,②契約日から竣工日までの期間,③船主国籍という3つの要因を選択して説明変数として組み合わせた重回帰モデルを使って回帰分析を試みたところ,説明力がさらに向上することが明らかとなっており,このモデルにより導かれる船価予測値が,各取引のタイミングを(60日間及び90日間)調整したP15船価(市況),契約日から竣工日までの期間,船主国籍という諸条件の下で最も妥当な船価であり,比較対象とするべき船価に最も近いといえる。
(イ) そして,上記の回帰モデルの説明力を示す決定係数は82ないし90パーセントであり,十分に高い数値となっていることから,同モデルによって導かれる予測値(価格)は比較可能性が高いということができ,正規分布の下での95パーセント信頼区間(全データの95パーセントが含まれるプラスマイナス1.96標準偏差の区間)に基づく「幅」を設定することが妥当であるということができる。また,最も保守的な立場に立つ場合には,68パーセント信頼区間(全データの68パーセントが含まれるプラスマイナス1標準偏差の区間)に基づく「幅」が選択されるべきである。
file_12.jpg(被控訴人の主張)
ア 控訴人は,独立企業間価格は「幅」がある旨主張するが,実定法上,独立企業間価格について一定の乖離幅の存在を容認することをうかがわせる規定は存在しないのであり,上記主張は控訴人の独自の見解であって主張自体失当である(控訴人が学説上又は実務上の見解として指摘するものは,立法論というべき見解又は後記(ウ)の場面を想定した指摘というべきものにすぎない。)。
(ア) 特別措置法66条の4第1項は,移転価格税制が適用される要件として「当該法人が当該国外関連者から支払を受ける対価の額が独立企業間価格に満たないとき,又は当該法人が当該国外関連者に支払う対価の額が独立企業間価格を超えるとき」と規定するのみで,「幅」の存在を容認することをうかがわせるものではない。かえって,同条4項は,「第1項の規定の適用がある場合における国外関連取引の対価の額と当該国外関連取引に係る同項に規定する独立企業間価格との差額(寄附金の額に該当するものを除く。)は,法人各事業年度の所得の金額(中略)の計算上,損金の額に算入しない。」と規定しており,独立企業間価格が「幅」をもって算定されると,上記差額も幅をもって算定され,損金の額に算入できない額が一義的に定まらず,具体的な税額を確定できないことになる。
このように,実際の課税実務の中に控訴人が主張する「幅」なる概念を持ち込むと,移転価格税制の適用の有無が,その「幅」の設定いかんによって左右されることになってしまい,課税の公平・構成が確保できないばかりか,課税実務上の混乱を招くことになりかねない。
(イ) 同法66条の4第2項1号の定める独立価格比準法,再販売価格基準法,原価基準法のいずれの方法においても,国外関連取引と比較対象取引との間に差異がある場合には,その差異により生ずる価格差を調整し,あるいは,その差異により生じる割合の差につき必要な調整を加えることとされていることに照らすと,法は,独立企業間価格の算定に当たって,できる限り比較可能性の高い比較対象取引を用いることを予定しているものと考えられる。そうすると,複数の比較対象取引が存在する場合には,そのうちで最も比較可能性が高いものに基づいて独立企業間価格を算定すべきであり,このように最も比較可能性が高い比較対象取引をもって独立企業間価格を算定する考え方は,複数の算定方法が存在する場合にも当てはまるから,独立企業間価格は,たとえその算定方法又は比較対象取引が複数存在する場合であっても,当該事案において最も合理性・比較可能性の高い算定方法及び比較対象取引によって算定されるべきであり,そのようにして算定された独立企業間価格は必然的に特定の金額となるから,控訴人が主張する意味での「幅」は生じ得ない。
(ウ) もっとも,独立企業間価格を算定するに当たり,比較可能性が同等に認められる取引が複数存在するため,比較対象取引を1つに絞り込むことが困難で,あえて1つに絞り込むことがかえって課税の合理性を損ねると判断されるような場合には「幅」の概念が採用されるべきものということができるところ,本件における船舶建造請負取引のように,比較対象取引となり得る取引が限定され,あるいは,比較対象取引の候補となり得る取引が複数存在しても,その比較可能性に明らかな差があって容易に比較対象取引を1つに絞り込むことが可能である場合には,上記「幅」の概念を用いるまでもない。
本件で被控訴人が選択した独立価格比準法は,前記のとおり,理論的には他の方法よりも直接的でかつ信頼性の高いものである上,本件において,これと同程度に適用が可能な算定方法は存在しない。
また,船舶建造請負契約においては,用船料を基礎とした国際的な取引相場の動向に従って船価が決定されており,船価の時価水準は,様々な船価決定要素に基づき売手市場,買手市場が交互に到来し,結果として船価の推移を波形にしているとうかがわれるところ,契約時期が近ければ近いほど,船価形成における船価決定要素をより同じくしているものと考えられるのであり,この観点からすれば,被控訴人は,最も適当と思われる比較対象取引を選定し(必要ならば,それを調整した上で),独立企業間価格を算定しているといえるから,本件においては,「幅」なる概念を検討する必要もない。
(エ) 控訴人は,相互協議や事前確認の場面においては,所得移転がないと判断できる範囲で確認するという解釈・運用により,独立企業間価格について,「幅」が認められている旨主張する。
しかしながら,本件各取引に係る国外関連者はいずれもパナマ共和国に所在しており,同国とわが国との間に租税条約は締結されていないから,本件でいわゆる相互協議を問題にする余地はなく,このように移転価格税制自体,必ずしも相互協議を前提にするものではない。また,いわゆる事前確認制度は,課税庁と納税者との間で,納税者が申し出た独立企業間価格の算定方法等の合理性を事前に確認することにより,移転価格課税に関する納税者の予測可能性を確保し,その適正・円滑な執行を図るための制度であって,確認の対象となる法人の将来における国外関連取引から生じる利益を予測するものであるから,それを特定の一点にあらかじめ決定しておくことはむしろ合理的でないのに対し,移転価格調査は,前記のとおり,過去の年度における課税所得を決定するために「独立企業間価格」を一点で算定する必要があり,これらは場面を異にする。
イ また,控訴人は,「法律効果としての独立企業間価格」に幅はないが,「法律要件としての独立企業間価格」には幅がある旨主張する。
しかしながら,特別措置法66条の4第2項は,「前項に規定する独立企業間価格とは,国外関連取引が次の各号に掲げる取引のいずれに該当するかに応じ当該各号に定める方法により算定した金額をいう。」と規定して,「法律要件としての独立企業間価格」と「法律効果としての独立企業間価格」とを区別することなく一律に定義を与えている。そして,このような定義規定は,法令中に使用される用語の意義を,あらかじめ,明確に定めることによって,解釈上に疑義が生じないようにするためのものであるから,法令中に定義規定が置かれている用語が,これと異なる意味に解釈される余地はなく,同条1項で用いられている複数の「独立企業間価格」という文言をその都度異なる意味に解釈することは,到底許されない。
ウ また,控訴人は,統計学的手法に基づく経済分析を用いて,独立企業間価格に「幅」があること及び「幅」の範囲につき主張する。
しかしながら,控訴人の主張は,控訴人が過去において行ってきた船舶建造請負取引の金額を統計学的手法を用いて分析しているにすぎず,本件各取引における金額の決定状況を何ら明らかにするものではない。そもそも船価は過去の統計によって決定されるものではないから,その手法自体に疑問がある。
また,控訴人が分析したとする標本データは,過去23年間という長期間にわたって,控訴人が製造して非関連者に売却した,それぞれスペック等を異にするパナマックス船種及びアフラマックス船種の各船舶の船価であり,個々の船価において差異を生じる主要な要因である,船級,用途,総トン数,載貨,主要寸法,主機関基数,付属設備等の差異を考慮しないところの金額をもって分析を行っており,船舶建造請負金額を比較・検討する際の標本データとしては不適切である上,標本データ自体について検証可能な状態にあるものでもない。
(5) 本件課税処分の適法性
(被控訴人の主張)
ア 前記(3)のとおり,各取引についてそれぞれ独立企業間価格を算定した結果,損金に算入されないこととなる金額は,被控訴人が本件課税処分に当たり損金算入を否認した金額と同額となる。
したがって,本件課税処分はいずれも適法である。
file_13.jpg(控訴人の主張)
争う。
ア なお,控訴人が本件課税処分を争う背景には,以下の事情がある。
(ア) 移転価格税制は,各国の課税権の衝突を想定し,衝突する課税当局間での相互協議が行われることが前提とされている。すなわち,租税条約締結国間では,相手国の条約に適合しない措置の是正を両締約国の権限のある当局どうしの話合いによって図り,もって自国民を保護することを目的とした制度であるところ,その主要な機能は二重課税を排除するとされており,今日の移転価格税制の執行において極めて重要な役割を果たしている。
本件の国外関連取引は,無税国でありわが国と租税条約を締結していないパナマ共和国に所在する国外関連者との間での取引であったため,租税条約締結国間で権限のある当局間での協議及び合意がされておらず,その意味で独立企業間価格の算定の検証及び調整が全くされていないのであるから,本件課税処分の適法性の判断については細心の配慮が求められる。
(イ) 控訴人は,被控訴人の指導に従って,いわゆるタックスヘイブン対策税制を適用して税務申告を行っていたが,移転価格税制の適用は全く問題にされなかったところ,被控訴人は本件課税処分に際して初めて移転価格税制の適用を問題にしたものである。
にもかかわらず被控訴人は,控訴人に価格算定の経緯等につき何らの釈明の機会を与えることもせず,造船業界の取引実態を調査することなく,税務調査によって一方的に資料収集を行って本件課税処分をしたものである。
イ また,独立企業間価格のあるべき「幅」を統計学的手法に基づく経済分析によって求めた結果によっても,前記(4)ウのとおり,本件課税処分は違法である。
第3当裁判所の判断
1 移転価格税制の概要
(1) 移転価格税制の意義
ア 法人税の所得金額は法人の各事業年度の所得の金額であり(法人税法21条),法人の各事業年度の所得の金額は,当該事業年度の益金の額から当該事業年度の損金の額を控除した金額とされる(同法22条1項)。
特別措置法66条の4は,法人がその国外関連者と行う取引の対価の額が独立企業間価格と異なることにより課税所得が減少している場合に,その取引が独立企業間価格で行われたものとして所得計算を行うという移転価格税制を定めた規定であり,上記法人税法本則の特例として所得の具体的な計算方法を採用したものである。
イ 移転価格税制の目的は,特殊関連企業間においては,種々の理由から相互に独立した企業間の取引において通常設定される対価(独立企業間価格)とは異なる対価で取引されやすいことにかんがみ,国外関連取引を通じた所得の海外移転に対処して,適正な国外課税の実現を図ることにある。
近時,企業活動の国際化が進展するにつれ,いわゆる多国籍企業が強力な国際経済主体として発展し,共通した経営戦略に基づいて国際的な企業活動を行っている。この場合,グループ内では,商品の販売・役務提供・特許の使用許諾・ノウハウの提供・資金提供等の取引が頻繁かつ大量に行われるが,グループ内の取引に関する価格は必ずしも自由市場価格とはいえず,様々な理由から自由競争市場において非関連者間で行われた場合の価格と乖離する事態が生じている。
特に,各国間の税率格差を利用し,税率が低い国に所得を集中させ,グループとしての税負担を最小化しようとする動きもままみられるところであるが,かかる場合,課税面からすると,最終的には関連企業の租税債務がゆがめられることになるので,グループ内取引における価格調整の結果,所得が国外に移転されていると評価し得る場合には,その取引を正常な状態に引き直して課税所得を算出し,租税債務のゆがみを取り除いていく必要がある。
ウ 上記事情を背景に,移転価格税制は,諸外国においても採用されるに至り,わが国でも,既存の各税制では対応できないとして,昭和61年に法制化され導入されたものである。
(2) 規定の内容
特別措置法66条の4第1項は,「法人が,各事業年度において,当該法人に係る国外関連者との間で資産の販売,資産の購入,役務の提供その他の取引を行った場合に,当該取引につき,当該法人が当該国外関連者から支払を受ける対価の額が独立企業間価格に満たないとき,又は当該法人が当該国外関連者に支払う対価の額が独立企業間価格を超えるときは,当該法人の当該事業年度の所得に係る同法その他法人税に関する法令の規定の適用については,当該国外関連取引は,独立企業間価格で行われたものとみなす。」と規定し,第2項は独立企業間価格の算定方法につき次のとおり定めている。
「前項に規定する独立企業間価格とは,国外関連取引が次の各号に掲げる取引のいずれに該当するかに応じ当該各号に定める方法により算定した金額をいう。
一 棚卸資産の販売又は購入 次に掲げる方法(ニに掲げる方法は,イからハまでに掲げる方法を用いることができない場合に限り,用いることができる。)
イ 独立価格比準法(特殊の関係にない売手と買手が,国外関連取引に係る棚卸資産と同種の棚卸資産を当該国外関連取引と取引段階,取引数量その他が同様の状況の下で売買した取引の対価の額(当該同種の棚卸資産を当該国外関連取引と取引段階,取引数量その他に差異のある状況の下で売買した取引がある場合において,その差異により生じる対価の額の差を調整できるときは,その調整を行つた後の対価の額を含む。)に相当する金額をもつて当該国外関連取引の対価の額とする方法をいう。)
ロ 再販売価格基準法(国外関連取引に係る棚卸資産の買手が特殊の関係にない者に対して当該棚卸資産を販売した対価の額(再販売価格)から通常の利潤の額(当該再販売価格に政令で定める通常の利益率を乗じて計算した金額をいう。)を控除して計算した金額をもつて当該国外関連取引の対価の額とする方法をいう。)
ハ 原価基準法(国外関連取引に係る棚卸資産の売手の購入,製造その他の行為による取得の原価の額に通常の利潤の額(当該原価の額に政令で定める通常の利益率を乗じて計算した金額をいう。)を加算して計算した金額をもつて当該国外関連取引の対価の額とする方法をいう。)
ニ イからハまでに掲げる方法に準ずる方法その他政令で定める方法
二 前号に掲げる取引以外の取引 次に掲げる方法(ロに掲げる方法は,イに掲げる方法を用いることができない場合に限り,用いることができる。)
イ 前号イからハまでに掲げる方法と同等の方法
ロ 前号ニに掲げる方法と同等の方法」
(3) 移転価格税制適用の効果及び相互協議
ア 法人が,国外関連者との取引(国外関連取引)を独立企業間価格に比べて低価(資産の販売等の場合)又は高価(資産の購入等の場合)で行ったことで,その法人の所得が減少する場合,その取引は,独立企業間価格で行われたものとみなされ,差額(寄附金の額に該当するものを除く。)は,法人の各事業年度の所得金額(又は清算金額)を計算するに当たり,損金の額に算入しないことになる(特別措置法66条の4第4項)。
イ なお,移転価格税制が適用されると,実際の取引価格と独立企業間価格に基づいて認定された金額との差額分については,わが国と相手国との双方から課税される余地が生ずるが,かかる場合には,租税条約の締約国間においては,同条約に基づき,通常,両国の権限ある当局間の協議(相互協議)を経た上で対応的調整が行われることが予定されている(甲40,41,乙3,なお同条19項参照)。
2 基本となる認定事実
前記前提事実,証拠(甲24,28,39の1,乙7,8の1及び2,9の1及び2,10の1及び2,28から30)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1) 控訴人の事業内容及び基本的方針
ア 控訴人は,昭和18年に設立された船舶の製造及び修繕等を業とする株式会社であり,昭和52年及び昭和59年ころの造船不況以降,経営困難となった中四国の造船会社を順次その傘下として系列化を進め,いわゆるP16グループを形成し,バブル経済の崩壊等にもかかわらず一貫して船舶建造量を高く維持している。
控訴人及びその傘下のグループ会社は,コストの安い外国人船員を雇用し乗船させる手段として,無税国であるパナマ共和国にP2等の国外関連者たる外国法人を全額出資により設立し,これらから本件各取引を含む船舶造船請負契約の発注を受ける等してきた。
file_14.jpg(2) 船価決定の要因とプロセス
ア 船舶建造取引は,注文者である船主と受注者である造船所との相対での需要と供給に基づく取引であり,その船価は,社会的な景気動向,当該企業の業績状況,船舶の構造・仕様・材質,船主との取引実態(その継続性と受注実績等),交渉経緯,納期までの期間の長短,支払条件,リスク保証等様々な要因の影響を受けることになる。
イ 国際的な船舶建造請負取引における船価には,その船種ごとにいわゆる取引相場が存在しており,世界有数の著明な保険会社や船舶ブローカーが調査した結果を基に算定され,長年にわたって公表されてきた「平均船価」の資料として,P12船価,P14船価,P15船価等がある。
これらは,船舶建造請負取引における船価決定の際の1つの参考資料として広く利用されている。
ウ 一般的な標準船の船舶建造請負取引は,おおむね,①交渉引き合い,
② 建造内定(船台予約・船価内定),③基本設計・仕様等の打合せ,④本契約締結,⑤船舶建造許可申請,⑥起工式,⑦船台搭載,⑧進水,⑨艤装,⑩完成引渡しといった一連の過程をたどり,契約締結から竣工まで2,3年を要することもある長期間に及ぶ取引である。
そして,一般的な船価は,契約時の相場が起点となるが,その相場で契約が成立する場合もあれば,その価額から値引き交渉が行われる場合もある。
また,非関連者船の建造の正式な請負契約書の作成は設計,仕様等が確定した段階で行われ,実際の建造価額は,正式な契約締結に至るまでの交渉の過程において,数度の見積書の提示に基づいて協議の上,合意されるもので,この場合の最初の基本価格の見積り提示は契約書作成日から起算して2か月ないし1年前となる。
3 本件各取引に独立価格比準法を用いることの適否
(1) ア 棚卸資産の売買取引に関して独立企業間価格を算定する方法には「独立価格比準法」の他に,前記1(2)のとおり,再販売価格基準法,原価基準法及びその他の方法が認められているところ,課税庁が,これらのうちのいずれの方法を採るべきかについては規定がなく,課税庁の判断にゆだねられているところである。
そして,船舶建造請負取引が個別性の強いものであるとしても,前記2(2)のとおり,国際的な船舶建造請負取引については取引相場が存在しており,一定の価格水準なるものを観念することができるのであるから,本件各取引に係る船価を他の取引と比較することによって独立企業間価格を算定することが,一般的に不合理ということはできない。
イ 独立価格比準法は,前記1(2)のとおり,法人と国外関連者との取引に係る棚卸資産と同種の棚卸資産について,特殊の関係にない売手と買手が,国外関連取引と取引段階,取引数量その他の条件が同種の状況の下で売買した場合のその取引の対価の額に相当する金額をもって独立企業間価格とする方法であり,同方法は,理論的には最も適切かつ容易な方法であって,基本的に他の方法よりも優れているものと理解されている(乙2の1,4)。
ウ また,被控訴人は,独立価格比準法を用いるにつき,その比較対象取引を控訴人と非関連者間の取引に限定しているところ(内部取引価格比準法),これは,純粋に第三者間の取引を対象とする方法(外部取引価格比準法)に比べて調整すべき項目が少なく,調整自体も容易であるから,基本的に優れていると理解できるものである(乙1,3)。
エ なお,控訴人から,独立企業間価格を算定するにつき,独立価格比準法を用いるよりも,上記の他の方法によることがより適切であり,優れているとの主張,立証もされていない。
オ 以上によれば,被控訴人が本件について独立企業間価格を算定するに当たって独立価格比準法を採用したことは相当と認めることができる。
(2) 控訴人は,船舶建造の特殊性のため比較対象となるべき取引を想定できないから,独立価格比準法を用いることができないと主張する。
ア 独立価格比準法を用いて独立企業間価格を算定する場合,その比較対象となるべき取引とは,①国外関連取引に係る棚卸資産と「同種の棚卸資産」の取引であり,②国外関連取引と取引段階,取引数量その他が「同様の状況の下で」された取引である(特別措置法66条の4第2項1号イ)ところ,「同種の棚卸資産」の取引と認められるためには,資産の性状・構造・機能等の面で,物理的・化学的な相当程度の類似性が必要となり(ただし,多少の差異があっても,価格に影響を及ぼす程度のものでなければこれを同種の取引であると判断し,合理的な方法によってその差異を調整することが可能であれば同種の資産とする。),また,「同様の状況の下で」された取引と認められるためには,取引の段階,数量,時期,引渡条件,支払条件,取引市場等について類似性が必要となるものと解される。
イ 控訴人は,船舶建造請負取引の個別性が強いことを強調し,非関連者船と国外関連者船の間の各建造原価,販売費及び一般管理費を含む総原価(全部原価)の多寡には大きな差異があるのに,これらを捨象して,独立価格比準法により比較対象船の船価を独立企業間価格とするのは不当であると指摘する。しかしながら,「同種の棚卸資産」か否かは,前記アのとおり,国際的な船価相場の区分に従い対象船舶の性状・構造・機能等の物理的・化学的要因に着目して判断すべきであり,これに加えて販売管理費,一般管理費等,各取引相手方ごとに変動する要素を考慮することは本来予定されていないものといわざるを得ない。もちろん,総原価を含めた取引条件等の差異が結果として価格に影響を与えているときは,かかる差異を調整する必要があるが,それは個別具体的に判断すべきものであって,およそ独立価格比準法を採り得ないというものではなく,控訴人の上記主張は失当である。
4 調整項目について
(1) 調整項目となり得るための要件
独立価格比準法に基づく独立企業間価格の算定においては,「国外関連取引と取引段階,取引数量その他が同様の状況の下で売買した取引」であることの認定のため,「当該同種の棚卸資産を当該国外関連取引と取引段階,取引数量その他に差異のある状況の下で売買した取引がある場合において,その差異により生じる対価の額の差を調整できるときは,その調整」を行うものとされている(特別措置法66条の4第2項1号イ)ところ,控訴人は,この調整項目には価格に影響を及ぼす可能性のあるものがすべて含まれるべきであり,具体的には,被控訴人が本件課税処分をする際に考慮した5つの項目(決済条件に起因するもの,建造延期に起因するもの,追加発注に起因するもの,契約時期に起因するもの,追加装備等に起因するもの)のほか,①事業戦略に起因するもの,②投下費用に起因するもの,
③ 取引数量に起因するもの等が含まれるべきであると主張する。
しかしながら,当該調整は,選択された非関連者取引(比較対象取引)について,比較対象取引としての合理性を確保するために行われるものであるから,調整の対象の差異が取引価格の差に表れていることが客観的に明らかであると認められる場合に限って行われるべきものと解すべきである(立法時の説明も同旨。乙1)ことからすれば,控訴人の主張するように,調整の対象となる差異には「対価の額の差」を生じさせ得るものすべてを含むものとは解すべきでなく,対価の額に影響を及ぼすことが客観的に明らかであるものに限られるものというべきである。以下,個別項目につき検討する。
file_15.jpg(3) 投下費用に起因する差異について
ア 控訴人は,前記のとおり,「空き船台」の解消によるコスト低減効果等を主張するほか,国外関連取引では株主としての議決権行使や役員が共通であるという事実関係によって,相手方当事者である国外関連者に対して契約遵守を迫ることが可能であるから,非関連者取引と比べて,債権回収の確実性を確保するための信用調査や担保の設定等の監視費(いわゆるモニタリング・コスト)等の取引コストが軽減,排除されている旨主張する。
イ しかしながら,原価の節約が値引きの一要因となり得るとしても,その場合,売手は必ず値引きをしなければならないというものではなく,値引きをするとしても節約された額と同額の値引きをしなければならないものでもないのであって,単に投下費用が少ないという一般的な事情のみでは,取引価格への影響が客観的に明らかであるとはいえない。
また,本件各取引に対応する総原価の内訳,具体的に節約された原価の金額,原価の節約分が具体的な取引対価に反映されたか否か,反映されたとしてどの程度影響があったのか等についてはそもそも定かでなく,結局のところ,これらの間に客観的な対応関係を認めることはできないというほかない。
ウ したがって,本件でも,投下費用の節約と取引対価の値引きとの客観的な対応関係は不明といわざるを得ないから,取引対価に影響を与えることが客観的に明らかであるとはいえず,投下費用に起因する差異の調整を行う必要があると認めることはできない。
(4) 取引数量に起因する差異について
ア 控訴人は,関連者の一取引相手当たりの建造数が,非関連者の一取引相手当たりの建造数より多いことから,関連者船の船価が取引数量によって低減し,取引数量に起因する差異は船価に影響を及ぼすので,調整されるべきであると主張する。
イ しかしながら,控訴人が取引数量に起因する差異として主張するところは,むしろ,前記(3)で検討した投下費用(取引コスト)の問題に帰結するものであり,これを調整する必要のないことは既に説示したとおりである。
ウ また,本件各取引も各比較対象取引も,いずれも1隻の船舶に係る建造請負取引であって,その間に取引数量の差異があるわけではない(なお,追加建造に起因する差異については,被控訴人においても調整されており,ここでいう取引数量に起因する差異には該当しない。)。
むしろ,前記2(2)及び弁論の全趣旨によれば,船舶建造請負取引は個別性・特異性が強く,取引数量に応じて対価の額を変更・調整するというよりは,契約外の諸要素を踏まえて当該船価が個別,具体的に決定されているというのが実情と解される(控訴人の当審第1準備書面参照)。
そうすると,控訴人による船舶建造請負取引において,取引数量に応じて対価を減額するという一般的な慣行や認識が存在すると認めることはできず,仮に一定数量の取引があっても,個別,具体的事情に応じて値引きの可否及び程度が判断されているものと認めるのが相当である。
本件各取引に対応する具体的に節約された金額や,それが取引対価にどのように反映されたのかについては証拠上明らかでなく,具体的な対応関係は明らかにされていない。
エ したがって,本件において,国外関連者の一取引相手当たりの建造数が,非関連者の一取引相手当たりの建造数より多いとしても,それが取引価格に影響を与えることが客観的に明らかであるとまではいえないから,取引数量に起因する差異の調整を行う必要があるとは認められない。
(5) その他の調整項目について
なお,控訴人は,船価はわずかな「タイミングのズレ」で大きく違ってくる,また,海外船主からの注文についてはマーケットクレームの危険性等によって船価が高くなる可能性があるなどとも指摘する。しかし,これらの指摘は,抽象的にすぎ,いささか説得力に欠ける上,「タイミングのズレ」やマーケットクレームなどの危険によって,船価がどの程度に変動するのかについては,本件全証拠によっても,なお明らかになっていないから,これらについて調整項目として認めることはできない。
5 比較対象取引の選定について
file_16.jpg(2) 選択基準の妥当性について
ア 一般に,いくつかの価格決定要因が存在する場合に,最も比較可能性の高い取引を選定しようとするならば,それを不適当とする特段の事情がない限り,価格決定要因のうち,最も影響力の大きいものに着目して候補を絞り込んでいく方法が最も合理的であると解される。
そして,前記2で認定した事実,証拠及び弁論の全趣旨によれば,船舶には国際的な市場及び取引相場が存在し,受給関係によって船価が左右されること,造船業は好不況の波が非常に大きい産業であること,控訴人の非関連者との船舶建造請負取引に係る船価もほぼP12船価等の推移に見合ったものとなっていること,船価は,現在の造船市況と竣工引渡時の市況を見極め,造船所及び船主がそれぞれの利益を勘案しながら,それぞれの思惑の下で駆け引き,交渉をする過程で決定されることが認められ,これらによれば,船価決定に最も大きな影響を与えているのは「市況」であるということができる。
したがって,本件において,比較可能性が最も優れた取引を選定する際の考慮要素として,第一義的に「市況」を重視することには合理性があると考えられるから,契約締結日の近接を基本的な選択基準とした被控訴人の判断は相当と解される。
イ なお,控訴人は,建造内定である船台予約のときに船価も内定することは造船・海運業界の関係者のよく知るところであって,実際の船価は,契約締結日の相当前の段階(船台予約時)で決定されているから,契約日は必ずしも船価比較の基準時点とはなり得ない旨主張する。
しかしながら,前記2のとおり,非関連者船の建造の正式な請負契約書の作成は設計,仕様等が確定した段階で行われるが,実際の建造価額は,その交渉の過程において数度の見積書の提示に基づいて協議の上,合意に至るもので,最初の基本価格の見積り提示は契約書作成日から起算して2か月ないし1年前となるものであり,契約締結日の相当前に決定された船価がその後契約締結日直前までの間に変更され得ることが前提とされている。
したがって,比較対象取引の選択基準として「市況」を最も重視する場合,その「市況」としては契約締結日を基準とすべきであって,控訴人の上記主張は採用することができない。
ウ また,控訴人は,比較対象取引の選定に当たっては,船価(売上計上金額)や利益率も考慮し,スペック等が類似していて比較対象取引となるものが複数存在する場合には,売上計上金額及び利益率が最も低いものを選択すべきであるとも主張する。
しかしながら,独立価格比準法は,国外関連者取引と最も比較可能性が高い非関連者取引に付された価格により,独立企業間価格を直接把握する方法であるから,取引の結果としての売上金額や利益率は直接的には比較対象の要素とはならないということができるのであって,比較対象取引を選択するに当たり,利益率等の要素を考慮しなければならない根拠は見当たらないから,控訴人の上記主張は採用することができない。
file_17.jpgcy (VST6 独立企業間価格の「幅」について
(1) 独立企業間価格に「幅」が認められるか。
ア 前記のとおり,特別措置法66条の4に定める移転価格税制は,法人税法本則の特例として所得の具体的な計算方法を採用するものであるところ,同条1項は,移転価格税制が適用される要件として「当該法人が当該国外関連者から支払を受ける対価の額が独立企業間価格に満たないとき,又は当該法人が当該国外関連者に支払う対価の額が独立企業間価格を超えるとき」と規定し,同条4項は,「第1項の規定の適用がある場合における国外関連取引の対価の額と当該国外関連取引に係る同項に規定する独立企業間価格との差額(寄附金の額に該当するものを除く。)は,法人各事業年度の所得の金額(中略)の計算上,損金の額に算入しない。」と規定し,独立企業間価格が特定の金額でもって算定されることを前提としている。
イ また,同条2項1号イに規定される独立価格比準法は,特殊の関係のない売手と買手との間で同種の資産を同様の状況の下で売買した場合の取引の対価の額に相当する金額をもって対価の額とする方法であるが,この「取引の対価の額」には「差異のある状況の下で売買した取引がある場合において,その差異により生じる対価の額の差を調整できるときは,その調整を行った後の対価の額を含む。」とされているところ,この「調整」の対象となるのは,条文上「差異により生じる対価の額」であり,いったん算定された「独立企業間価格」について何らかの「調整」を行うことは想定されていない。
ウ 一般に,租税法では,租税法律主義の観点から,課税要件等の定めはなるべく一義的で明確でなければならないとされ,このことから,課税所得金額を一義的に確定することが要請されているものと解される。しかしながら,独立企業間価格が「幅」をもって算定されると,上記差額も幅をもって算定され,損金の額に算入できない額が一義的に定まらず,具体的な税額を確定できないことになる。実際の課税実務の中で,控訴人が主張する「幅」なる概念を持ち出した場合には,移転価格税制の適用の有無が,その「幅」の設定いかんによって左右されることになってしまい,課税の公平・構成が確保できないばかりか,課税実務上の混乱を招くことになりかねない。
エ もっとも,独立企業間価格は,あくまで類似の取引との比較可能性があることを前提としているものであって,差異を調整するにしても完全に同一の条件で調整ができるとは限らないから,調整上の誤差という意味での価格の「幅」が出てくることは予想できる。また,独立企業間価格を算定するに当たり,比較可能性が同等に認められる取引が複数存在するため,比較対象取引を1つに絞り込むことが困難で,あえて1つに絞り込むことがかえって課税の合理性を損ねると判断されるような場合には一定の範囲(価格帯)が形成,認識できることになり,そのような意味での独立企業間価格の「幅」の概念が採用される余地はあると解される。
しかしながら,前記のとおり,移転価格税制は,当該取引の対価と独立企業間価格に差異があって,その差異があることで法人の所得が減少している場合に,当該取引が独立企業間価格で行われたものとみなして,所得計算を行うものであるから,独立企業間価格は,特別措置法66条の4が定める算定方法に基づき,一義的に定められるものというべきである。そして,本件の船舶建造請負取引のように,比較対象取引となり得る取引が限定され,あるいは,比較対象取引の候補となり得る取引が複数存在しても,その比較可能性に明らかな差があり,容易に比較対象取引を1つに絞り込むことが可能である場合には,上記「幅」の概念を用いるまでもなく,最も比較可能性の高い取引を比較対象取引として独立企業間価格を算定することができる。
オ 以上によれば,本件においては,「独立企業間価格の幅」の概念を採用する必要はなく,これを認めるべきであるとする控訴人の主張は採用することができない。
(2) 事前確認制度について
ア 控訴人は,いわゆる事前確認においては,所得移転がないと判断できる範囲で確認するという解釈・運用によって,独立企業間価格について「幅」の概念が認められている旨主張する。
イ しかしながら,甲52によれば,いわゆる事前確認制度は,課税庁と納税者との間で,納税者が申し出た独立企業間価格の算定方法等の合理性を事前に確認することにより,移転価格課税に関する納税者の予測可能性を確保し,その適正・円滑な執行を図るための制度であって,確認の対象となる法人の将来における国外関連取引から生じる利益を予測するものであると認められるから,事前確認制度の運用においては,所得移転がないと判断できる範囲で確認する場合が多くなることもやむを得ず,むしろ,特定の一点にあらかじめ決定しておくことは合理的でないのに対し,特別措置法66条の4の適用に当たっては,前記のとおり,過去の年度における課税所得を決定するために「独立企業間価格」を一点で算定する必要があり,これらは場面を異にする。
ウ したがって,事前確認において,独立企業間価格に「幅」を認める運用がされていることをもって,本件においてもこれを認める根拠とすることはできない。
(3) 「法律要件としての独立企業間価格」と「法律効果としての独立企業間価格」
ア また,控訴人は,「法律効果としての独立企業間価格」に幅はないが,「法律要件としての独立企業間価格」には幅がある旨主張する。
イ しかしながら,特別措置法66条の4第2項は,「前項に規定する独立企業間価格とは,国外関連取引が次の各号に掲げる取引のいずれか該当するかに応じ当該各号に定める方法により算定した金額をいう。」と規定して,「法律要件としての独立企業間価格」と「法律効果としての独立企業間価格」とを区別することなく一律に定義を与えている。そして,このような定義規定は,法令中に使用される用語の意義をあらかじめ明確に定めることによって解釈上に疑義が生じないようにするためのものであるから,法令中に定義規定が置かれている用語が,これと異なる意味に解釈される余地はなく,同条1項の規定で用いられている複数の「独立企業間価格」という文言をその都度異なる意味に解釈することは許されない。
ウ したがって,控訴人の上記主張は失当である。
(4) 統計学的手法に基づく経済分析
ア 控訴人は,統計学的手法に基づく経済分析を用いて,独立企業間価格に「幅」があること及びその「幅」の範囲につき主張する。
控訴人の上記主張は,回帰分析を行うことによってすべてのサンプルを比較対象とすることが可能となり,これによって導かれる「船価予測値」こそが比較対象取引の船価として適当であり,実際の船価と予測値との差(残差)が考慮されるべきであり,次善の方法として独立企業間価格に「幅」を設けるべきであるとするものである。
イ 証拠(甲55,63)によれば,上記分析は実際の船価と市況指標との間で回帰分析を行うものであって,これにより市況指標と実際の船価の相関を調べ,相関があることが確認された場合は残差を観察することで,すべての取引が同程度に比較可能となるとされていること,上記分析に用いられた標本データは,控訴人が過去長期間(23年間)において非関連者に売却した船舶の船種別(パナマックス船,アフラマックス船)の契約金額(実際の船価)であり,それぞれ仕様,性能,取引条件等には自ずと差異があり品質を異にするものであること,上記分析では,そのような品質の差異をもたらす要素については調整されていないこと,上記標本データには企業秘密上の問題から,乱数に基づく仮番号が割り当てられていることが認められる。
ウ(ア) しかしながら,上記分析は,①国外関連取引に係る棚卸資産と同種の棚卸資産の取引であること,②国外関連取引と取引段階,取引数量その他が同様の状況の下でされた取引であることという特別措置法66条の4第2項の要件を無視し,上記のとおり,控訴人が過去23年間に製造・販売した2つの船種の船舶の実際の船価を,仕様,性能,取引条件等を考慮しないまま分析するものであり,そもそも,同条項の解釈論として失当といわざるを得ない。
(イ) また,独立価格比準法は,前記のとおり,各取引の比較可能性の優劣をまず検討し,「同種同様」の最も比較可能性の高い取引の対価の額を基礎として独立企業間価格を算定するものである。したがって,この意味での独立企業間価格にばらつきが存在することを統計学的に示すためには,①同種同様という要件を満たす,②最も比較可能性の高い,③同等の比較可能性を有する比較対象取引の分布状況(ばらつき)を明らかにする必要がある。
しかるに,甲55によれば,上記分析は,各標本データとなったサンプルにつき,それぞれ取引時点が異なることから異なった市況の影響を受けているゆえ,一般的な市況指標との関係を分析して一定の時点修正を行って各サンプルの価格を特定の基準時における理論価格に引き直し同等に分析することができるとしながら,前記のとおり,仕様や取引条件等に起因する差異については全く調整を行わないまま,均一の比較可能性を認めようとするものであると認められ,船種が同じでも仕様,性能,取引条件等が異なれば品質において均一ではなく,上記「同種同様」の要件を満たすものとはいえないから,これらに起因する差異が調整されない場合,個々のサンプルの比較可能性の程度は当然異なるものといわざるを得ない。
そうすると,上記分析によって明らかになる同サンプルの分布状況(ばらつき)は,比較可能性の異なる同一船種の取引の分布状況(ばらつき)を示すものにすぎず,「独立企業間価格」の分布状況(ばらつき)を示すものとはいえない。
(ウ) さらに,控訴人が分析したとする標本データは,過去23年間という長期間にわたって,控訴人が製造し,非関連者に売却した船舶の契約金額であるとされるところ,標本データ自体は提出されず乱数に基づく仮番号が割り当てられており,標本データについて検証をすることもできない状態にあるのであって,そのような標本データの上記分析に基づいて算定される金額(又はその幅)を「独立企業間価格」とすることもできない。
エ 以上によれば,統計学的手法に基づく経済分析により,独立企業間価格に「幅」を認めるべきであるとする控訴人の前記主張は,その余の点について判断するまでもなく失当であり,採用することはできない。
(5) なお,控訴人は,OECD新ガイドラインにも独立企業間価格に「幅」があることを前提とした記述があると主張する。
ア 確かに,証拠(甲8,乙4)によれば,OECD新ガイドラインにおいても,独立企業間価格を算出するに当たり,比較対象取引が複数存在する場合があること,それらの信頼性が等しい場合には各取引の価格のばらつきがあるため幅が生み出されること,価格のばらつきは,企業が,同一商品について,同一価格を設定していないことを意味するものであるが,同時に,その比較対象取引のすべてが等しく比較可能性を有しているとは限らないので,独立企業間価格を算定するに当たっては必然的に優れた判断が必要となること,1つの国外関連取引を評価するため2つ以上の方法を適用する場合には,数値の幅が生じること等の指摘があり,OECD新ガイドラインが一定の場合において独立企業間価格の「幅」という概念を容認し得ることを肯定していることが認められる。
イ しかしながら,前記のとおり,わが国の移転価格税制は,国際的な基本ルールを尊重しつつも,具体的な解釈・運用は国内法である特別措置法66条の4の規定に基づいて行われているものであるところ,立法時の説明(乙1)によっても,独立企業間価格の算定方法の解釈・運用に当たっては,①比較可能性が常に重要なポイントとなること,②より高い比較可能性を有している取引を採用すべきことが指摘されているところである。すなわち,上記規定は,第三者の取引との「比較」を原則とした上で,実際に存在する具体的な取引のうち,比較の容易なもの,つまり,調整の具体性や信頼性が最も優れたものを選択すべきとしているのであって,比較対象取引が1つに決定できる場合には調整の対象となる取引も1つとなるのであるから,その結果として「独立企業間価格」も1つに決定されると解するべきである。
(6) 上記OECD新ガイドラインに記載のある見解や,あるいは,控訴人が意見書等を証拠として掲げてその主張の拠り所とする学説上の見解は,前記のとおり比較対象取引が複数存在し,そのいずれか1つに絞り込むことが相当でない場合に限って「幅」の概念を認める可能性を示唆ないし支持するものであるか又は立法論として主張されるものと解するべきであって,本件においては採用することができない。
したがって,本件各取引に係る独立企業間価格に「幅」を認めるべきであるとの控訴人の主張は,立法論としてはともかく,現行法の解釈としては採用することができない。
7 本件課税処分の適法性
file_18.jpg(7) その他,本件課税処分について,これを取り消すべき違法な点は見当たらない。
第4結論
1 以上のとおりであるから,控訴人の平成4年3月期の事業年度の法人税について,被控訴人が平成8年3月11日付けでした更正処分のうち,納付すべき税額4867万1700円,過少申告加算税賦課決定のうち486万7000円,及び同事業年度の法人臨時特別税について同日付けでした更正処分のうち,納付すべき税額121万6800円,過少申告加算税賦課決定のうち12万2000円並びに控訴人の平成6年3月期の事業年度の法人税について,被控訴人が平成8年3月11日付けでした更正処分のうち,納付すべき税額2294万5800円,過少申告加算税賦課決定のうち229万4000円及び同事業年度の法人特別税について,被控訴人が同日付けでした更正処分のうち,納付すべき税額92万1300円,過少申告加算税賦課決定のうち9万3000円は違法であるが,これらの部分は本件裁決により既に取り消されて効力を失っており,その余の部分は適法であるから,その全部の取消しを求める控訴人の請求は理由がない。
2 よって,本件控訴は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 馬渕勉 裁判官 豊澤佳弘 裁判官 山口格之)