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高松高等裁判所 平成17年(ネ)106号 判決 2005年11月11日

平成17年(ネ)第106号不当利得金返還等請求控訴事件,

平成17年(ネ)第236号同附帯控訴事件

(原審・松山地方裁判所平成15年(ワ)第452号)

愛媛県●●●

控訴人兼附帯被控訴人

●●●(以下「控訴人」という。)

同訴訟代理人弁護士

山口直樹

東京都千代田区麹町五丁目2番地1

被控訴人兼附帯控訴人

株式会社オリエントコーポレーション(以下「被控訴人」という。)

同代表者代表取締役

●●●

同訴訟代理人弁護士

●●●

主文

1  本件附帯控訴に基づき,原判決を次のとおり変更する。

(1)  被控訴人は,控訴人に対し,40万0152円及びこれに対する平成17年3月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  控訴人のその余の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は,第1,2審を通じてこれを5分し,その1を控訴人の,その余を被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  控訴人

(1)  原判決を次のとおり変更する。

(2)  被控訴人は,控訴人に対し,58万4528円及びこれに対する平成17年3月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  被控訴人

(1)  原判決を取り消す。

(2)  控訴人の被控訴人に対する請求を棄却する。

第2事案の概要

本件は,被控訴人との間で金銭の借入れと返済を繰り返していた控訴人が,被控訴人に対し,利息制限法所定の制限利率を超えて支払った利息につき,不当利得に基づき,過払金(利息及び遅延損害金を含む。)の支払を求めるとともに,被控訴人が全取引履歴の開示に応じなかったことなどにより精神的苦痛を受けたとして,不法行為に基づき損害賠償(遅延損害金を含む。)を求めた事案である。

1  前提事実(証拠を掲記したもの以外は,当事者間に争いがない。)

(1)  被控訴人は,貸金業の規制等に関する法律(以下「貸金業規制法」という。)2条2項の「貸金業者」である。

(2)  証書貸付け

控訴人は,被控訴人との間で,昭和61年6月9日,証書貸付けの方法により金銭消費貸借契約を締結して10万円を借り入れ,その返済をするようになり,以後,同様の方法により,前記借入れを含め,合計11回にわたり金銭を借り入れ,返済を継続した(甲1,14,控訴人本人。以下,この方法による取引全体を「本件証書貸付取引」といい,個々の取引それぞれを,成立順に,別紙3の各表の表題のとおり「本件証書貸付取引1」ないし「本件証書貸付取引11」という。)。

(3)  カストマーズローンカード契約

控訴人は,被控訴人との間で,平成3年9月26日,次のような約定で,カストマーズローンカード契約(以下「本件カード契約」という。)を締結した(乙1の1及び2,弁論の全趣旨)。

ア 控訴人は,被控訴人から,被控訴人窓口にカードを提示するなどの方法によって,融資極度額である50万円の範囲内で,1万円単位で繰り返して金銭の借入れをすることができる。

イ 控訴人は,被控訴人に対し,毎月27日に,控訴人が指定する金融機関の預金口座からの自動振替の方法により,1万5000円を返済する。

ウ 利息 年22.6パーセント

前月27日の返済後残高に対して前月28日より当月27日までを1か月として計算する。ただし,前月29日以降新規に融資実行をした場合は当月27日までの期間の利息を1年を365日とする日割計算にて計算する。

エ 損害金 年29.2パーセント(年365日の日割計算)

(4)  控訴人と被控訴人は,本件カード契約に基づき,別紙1の取引経過表中の「年月日」欄の平成3年10月1日以降の,左から4列目及び5列目の「借入額」及び「返済額」欄記載のとおり,金銭の貸付けと返済の取引をした(以下「本件カード取引」という。)。

(5)  控訴人は,平成15年2月18日,被控訴人を相手方として,今治簡易裁判所に特定調停(平成15年(特ノ)第144号,以下「本件特定調停」という。)を申し立てた。

なお,控訴人は,同日,プロミス株式会社(以下「プロミス」という。),GEコンシューマー・クレジット有限会社(以下「GE」という。),株式会社嵯峨野(以下「嵯峨野」という。),株式会社ベルーナ(以下「ベルーナ」という。),株式会社フジ(以下「フジ」という。),ポケットカード株式会社(以下「ポケットカード」という。),全日信販株式会社(以下「全日信販」という。),株式会社ライフ(以下「ライフ」という。)の合計8社を相手方として,今治簡易裁判所に特定調停(平成15年(特ノ)第142号,143号,145号から150号)を申し立てた(甲19から21,23,25,27,29,32)。

(6)  被控訴人は,平成15年3月,本件特定調停において,控訴人と被控訴人との間の平成5年3月6日から平成15年3月11日までの取引履歴を示すものとして「利息制限法計算シート」(以下「本件計算シート」という。)を提出し(甲5),これに基づいて,控訴人に対する債権額が17万4848円である旨の債権届出書(以下「第1債権届出書」という。)を提出した(甲11の1)。

(7)  プロミス,GE及び嵯峨野の3社は,控訴人に対する債権のないことを認めたため,これら3社を相手方とする前記各特定調停は,平成15年4月22日,民事調停法17条に基づく調停に代わる決定により終了した(甲19から21)。

(8)  被控訴人は,本件特定調停において,平成15年5月12日付けで,控訴人に対する債権額が35万6974円である旨の債権届出書(以下「第2債権届出書」という。)を提出した(甲11の2)。

(9)  本件特定調停並びにベルーナ,フジ,ポケットカード,全日信販及びライフの合計5社を相手方とする前記各特定調停は,平成15年5月15日,不成立により終了した(甲18,23,25,27,29,32)。

(10)  控訴人は,平成15年6月30日,本件訴訟を提起し,被控訴人との取引に利息制限法所定の制限利率を適用した計算において生じた過払金71万7561円を不当利得金としてその返還を求め,同時に,本件特定調停において,被控訴人は取引経過の開示の要求に適切に応じず,結果的に本件特定調停を不成立に追い込み,控訴人の債務整理を妨害したため,これにより精神的苦痛を被ったとして,不法行為に基づく損害賠償として慰謝料20万円の支払を求めた。

(11)  被控訴人は,控訴人に対し,平成16年4月12日の本件原審第5回弁論準備手続期日において,控訴人の主張する不当利得金返還請求債権(本件カード契約によって生じるもの及び本件証書貸付取引11によって生じるものを除く。)につき,消滅時効を援用するとの意思表示をした。

(12)  原判決は,上記不当利得金の返還請求につき34万3182円(及び年5分の割合による遅延損害金)及び不法行為に基づく損害賠償請求につき5万円(及び遅延損害金)の範囲でこれを認容した。

(13)  控訴人は,上記不当利得金の返還請求に関する判断部分について不服があるとして,平成17年3月4日,控訴を提起した。

(14)  平成17年3月10日,被控訴人は,44万8475円を控訴人名義の金融機関口座へ振り込んで支払った(以下,同日を「本件弁済日」,当該弁済を「本件弁済金」という。)。

(15)  平成17年4月30日,控訴人は,平成17年4月28日付け第8準備書面において,前記不当利得金の計算方法を本判決別紙2記載のとおりに改め,被控訴人に対し,①不当利得金元本73万2632円,②①に対する平成15年1月27日までの利息6428円及び③①に対する平成15年1月28日から本件弁済日までの年5分の割合による遅延損害金7万7478円と,④前記不法行為に基づく慰謝料20万円及び⑤④に対する平成15年7月18日から本件弁済日までの年5分の割合による遅延損害金1万6465円から,本件弁済金を,②,③,④,⑤,①の順に充当した不当利得金元本残金58万4528円及びこれに対する本件弁済日の翌日である平成17年3月11日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求め,不当利得返還請求を減縮した。

さらに,控訴人は,平成17年9月20日の当審第2回口頭弁論期日において,上記請求と選択的に,被控訴人に対し,①不当利得金38万4528円及びこれに対する平成17年3月11日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金,及び②前記不法行為に基づく慰謝料20万円及びこれに対する平成15年7月18日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の各支払を求める旨主張した。

(16)  平成17年5月18日,被控訴人は,同日付け準備書面により,本件弁済金を以下のとおり充当する旨を述べた。

ア 原判決主文第1項の支払として

① 元金34万3182円。

② ①のうち6万6031円に対する平成10年7月28日から平成17年3月10日までの年5分の割合による損害金2万1851円。

③ ①のうち27万4809円に対する平成15年1月28日から平成17年3月10日までの年5分の割合による損害金2万9061円。

イ 原判決主文第2項の支払として

① 元金5万円。

② ①に対する平成15年7月18日から平成17年3月10日までの年5分の割合による損害金4115円。

ウ 以上のほか,266円。

2  当審における争点

(1)  本件証書貸付取引に関する取引経過

(控訴人の主張)

本件証書貸付取引の経過は,本判決別紙1の取引経過表記載のとおりである。

(被控訴人の主張)

本件証書貸付取引に関する帳簿類は,既に廃棄されているため,その取引経過については確認できない。

(2)  一つの借入金債務について生じた過払金が,その当時存在する他の借入金債務に当然に充当されるか。

(控訴人の主張)

ア 控訴人は,昭和61年,本件証書貸付取引1の申込みの際,預金口座振替依頼書(甲10,以下「本件振替依頼書」という。)を作成し,被控訴人との間の取引に基づく支払を,本件振替依頼書に基づき控訴人の銀行口座からの自動振替によって支払うことを被控訴人と合意した。本件振替依頼書には,「上記会員番号につき別番号の追加利用,または変更があっても本書は有効として扱われてもさしつかえありません。」との文言があり,昭和61年以降の借入れについての返済のほとんどは,本件振替依頼書に基づく自動振替により行われた。

そうすると,控訴人と被控訴人との間における金銭消費貸借取引は,全体として,同一の貸主と借主との間で基本契約に基づき継続的に貸付けとその返済が繰り返された金銭消費貸借取引というべきであるから,一つの借入金債務につき生じた過払金は,弁済当時存在する他の借入金債務に充当されると解すべきである。

イ また,控訴人と被控訴人との間におけるすべての金銭消費貸借取引が一つの基本契約に基づくものとはいえないとしても,一つの基本契約に基づく場合と同様に,借主においては,借入総額の減少を望み,複数の権利関係が発生するような事態が生じることは望まないのが通常と考えられるから,一つの借入金債務につき生じた過払金は,弁済当時存在する他の借入金債務に充当されると解すべきである。

ウ したがって,利息制限法の適用に際しては,控訴人と被控訴人との間の金銭消費貸借取引をすべて一体として取り扱うべきであるから,その制限利率を適用した場合の計算結果は本判決別紙2のとおりとなり,これによれば,過払金残元本は73万2632円,その利息は6428円である。

(被控訴人の主張)

ア 本件振替依頼書によって複数の契約に基づく債務の支払がされているからといって,基本契約が存在するのと同視することはできない。

イ 控訴人と被控訴人との間の各証書貸付けはそれぞれ独立した契約に基づく取引であり,個別の金銭消費貸借契約ごとに利息制限法所定の利率による引き直し計算をした結果生じた過払金は,不当利得返還請求権として残存し,当然に他の借入金債務に充当されるものではない。

ウ 本件カード契約は,いわゆるクレジットカード契約であり,それ自体はいわゆる包括契約であるものの,その利用ごとに個別に立替払契約あるいは金銭消費貸借契約が成立するものであり,実際,被控訴人は,弁済金について当該個別契約ごとに入金処理(充当)を行っている。

(3)  被控訴人は悪意の受益者に当たるか。また,その支払うべき利息に商事法定利率(年6分)の適用があるか。

(控訴人の主張)

ア 控訴人と被控訴人との間の金銭消費貸借契約における利息の約定は,利息制限法所定の制限利率を上回るものであるが,被控訴人は,貸金業規制法43条1項の適用要件を満たす書面の交付をしておらず,控訴人から受ける弁済につき利息制限法所定の制限利率に引き直した充当計算をすれば,過払金が生じることを知っていた。

イ 被控訴人は商人であり,貸金業を営んで利得物を営業のために利用して収益をあげているのであるから,本件で生じた過払金の利息については,商事法定利率である年6分により発生するというべきである。

(被控訴人の主張)

いずれも争う。

(4)  不当利得金返還請求債権の一部が時効により消滅したか否か。

(被控訴人の主張)

本件証書貸付取引において生じる過払金についての不当利得金返還請求債権のうち,本件証書貸付取引11により生じるもの以外の債権については,いずれも発生から10年の消滅時効期間が経過しているところ,前提事実(11)記載のとおり被控訴人は同時効を援用するとの意思表示をしたので,これらの債権はいずれも時効により消滅した。

(控訴人の主張)

控訴人は,被控訴人に対し,本件原審平成15年8月8日の口頭弁論期日において,上記消滅時効にかかる不当利得金返還請求債権と被控訴人の控訴人に対する貸付金とを相殺するとの意思表示をした。

(5)  不法行為の成否及び損害の額

(控訴人の主張)

控訴人は,本件特定調停を申し立てた後,正確な債務残額を確定し弁済案を提示するため,被控訴人に対し,文書で取引履歴の開示を求めたが,被控訴人は,これに回答せず,内容を改ざんした本件計算シート及び第1債権届出書を提出し,控訴人からの再度の取引履歴の開示要求にも応じず,改めて,第1債権届出書よりも債権額を大幅に増額した第2債権届出書を裁判所に提出し,控訴人について原資不足と判断させて,本件特定調停及び他の債権者らとの間の特定調停をいずれも不成立に追い込み,控訴人の債務整理を妨害した。

控訴人は,被控訴人の上記一連の行為により精神的苦痛を受けたところ,その慰謝料は20万円が相当である。

(被控訴人の主張)

ア 控訴人は,本件特定調停において,被控訴人に対し,取引履歴の全部開示を求めるだけで,調停の本来的目的である特定債務の調整にかかる話合いをする姿勢を見せなかったのであり,今になって被控訴人が債務の不存在を認めれば特定調停は不調にならずに済んだと主張するのはおかしい。

イ 控訴人は,他社との調停が不調になった後,再度の調停申立てをし,被控訴人とは無関係に,他社との間の特定調停が成立したと主張しているのであり,被控訴人の妨害により他社との間の調停が不成立となったと主張することはこれと矛盾する。

ウ また被控訴人が内容を改ざんした取引履歴を開示した事実もない。

本件カード取引においては,控訴人がカードを利用して現金を引き出すごとに個別に消費貸借契約が成立し,控訴人からの返済の都度,その返済額を按分して各貸付けの弁済に充当するのであり,本件計算シートには平成5年3月6日以前の貸付けに充当した部分が表れていないため,控訴人が思っている弁済額と異なるだけである。本件計算シートの入金額を被控訴人が改ざんしたものではない。

エ 被控訴人に,取引履歴を開示する義務はなく,これを開示しなかったからといって違法と評価されるものではない。

オ 被控訴人は,本件証書貸付取引に関し,貸金業規制法の定めによる帳簿用の書類を,正常に完済されてから3年を経過した時点で廃棄しており,コンピュータ上のデータについても,正常に完済されてから5年を経過した時点で削除している。被控訴人が取引履歴をすべて開示できないのは,既に廃棄・削除処分を行ったという正当な理由に基づくものである。

(6)  本件弁済金の充当関係

(被控訴人の主張)

前提事実(16)記載のとおり,被控訴人は,原判決に従い弁済をなしたものであり,給付の時において充当先の債務を指定した。

(控訴人の主張)

ア 否認する。

イ 前提事実(15)記載のとおり,控訴人は,弁済の受領の時において,各債務に充当をした。

第3当裁判所の判断

1  争点(1)(証書貸付けに関する取引経過)について

証拠(甲1,7の1から5,8の3から6,9,14,控訴人本人)によれば,本件証書貸付取引の経過は,本判決別紙1の取引経過表中に記載される取引のうち,本件カード取引を除く部分のとおりであると認められる。

2  争点(2)(過払金の他の借入金債務への当然充当の適否)について

(1)  証拠(甲1から3,7の1から5,10,14,乙3,控訴人本人)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

ア 控訴人と被控訴人との間の証書貸付けの方法による金銭消費貸借契約は,その都度,被控訴人から郵送で融資の誘いが届き,甲1と同じような仕様のローン申込書が同封されており,同用紙に,控訴人が借入希望額などを記入した上で被控訴人に提出し,被控訴人が,控訴人の収入状況などを審査し,融資額,返済回数,返済金額などを決定し,融資金を控訴人指定の銀行口座に振り込むことで成立していた。

イ 控訴人は,本件証書貸付取引1の申込みの際,借入希望額を30万円と申告したが,被控訴人から借りることができたのは10万円のみであり,ただ,控訴人は,きちんと返せばまた貸してくれるだろうと考えていたところ,前記アのとおり,一つの借入金の返済が終了した数か月後には,被控訴人から新たなローン申込書が送付されてきていた。

ウ 本件カード取引は,控訴人が,被控訴人の保有するCD機や被控訴人とカード貸付けに関して業務提携をしている銀行などが保有するCD・ATM機から,被控訴人から発行されたカードを用いて現金を引き出すことにより成立していた。

エ 本件証書貸付取引1の申込みの際に作成された本件振替依頼書には,「上記会員番号につき別番号の追加利用,または変更があっても本書は有効として扱われてもさしつかえありません。」との文言があり,これ以後の金銭消費貸借取引についても,原則として,本件振替依頼書に基づき,控訴人名義の伊予銀行鳥生支店の普通預金口座(口座番号●●●)から被控訴人の口座への振替により弁済がされていた。ただし,振替期日である毎月27日に振替ができないときは,翌月12日に再度の振替がされ,同日にも振替ができないときは,被控訴人名義の銀行口座にあてて,延滞金を付加して現金を振り込む方法で弁済されていた。

オ 被控訴人は,平成8年4月以降,控訴人との間の複数の取引によって生じた支払額を合算して請求するようになり,前記控訴人の預金口座からも合算額の振替がされるようになった。

(2)  本件カード取引について

前提事実(3)及び前記(1)ウによれば,本件カード契約は,被控訴人の窓口にカードを提示するなどの方法によって,融資極度額である50万円の範囲内で,1万円単位で繰り返して金銭の借入れをすることができ,控訴人は,被控訴人に対し,毎月27日に,控訴人の指定する金融機関の預金口座からの自動振替の方法により1万5000円を返済する,利息年22.6パーセント,損害金年29.2パーセントなどの内容を定める基本契約であって,これに基づいて,カード利用の都度,個別の消費貸借契約が成立するというものであり,このような取引の実体からすれば,本件カード取引は,それ全体として一つの金銭消費貸借取引をなすというべきである。

(3)  本件証書貸付取引1ないし11と本件カード取引との関係について

ア 控訴人は,被控訴人との間の取引に基づく支払を本件振替依頼書に基づき控訴人の銀行口座からの自動振替によって支払うことを合意していることから,本件証書貸付取引1ないし11及び本件カード取引のすべてが,同一の貸主と借主との間で基本契約に基づき継続的に貸付けとその返済が繰り返される取引に当たると主張するところ,本件振替依頼書は,複数の契約から生じる支払金を同一の預金口座から振り替えることを目的とするものにすぎず,控訴人と被控訴人との間で生じる継続的な金銭消費貸借に関する契約条件等を何ら定めるものではないこと,本件振替依頼書は,金銭消費貸借取引に限らず立替払委託取引等に関する支払にも適用があるものであること,平成8年4月以降に行われるようになった合算請求についても,その主眼は振替手数料の削減にあると考えられること等からすると,本件振替依頼書の存在のみをもって,本件証書貸付取引及び本件カード取引のすべてが一つの基本契約に基づくものであると認める根拠とすることにはいささか無理があるというべきである。そして,本件においては,すべての取引を統合するような基本契約は存在せず,むしろ,取引相互の関連性や証書貸付け以外に本件カード契約が締結された具体的経緯等については明らかではないから,本件における控訴人と被控訴人との間の前記取引のすべてを一体とみることはできないというほかない。

イ しかしながら,金銭消費貸借取引においては,借主は,借入総額の減少を望み,複数の権利関係が発生するような事態が生じることは望まないのが通常と考えられ,そのことは,基本契約の有無にかかわらないから,同一当事者間の一つの取引において過払金が発生した場合には,当該過払金は,当事者間に充当に関する特約が存在するなどの特段の事情のない限り,他の取引における借入金債務に対する弁済を指定したものと推認することができるというべきである。上記特段の事情を認めるに足りない本件においては,前記過払金は,民法489条及び491条の規定に従って,他の取引における借入金債務に充当されることになる。なお,この際,当該他の基本契約に基づく借入金債務の利率が利息制限法所定の制限を超える場合には,貸主は充当されるべき元本に対する約定の期限までの利息を取得することができないと解される。

ウ 以上によれば,控訴人と被控訴人との間の取引のうち,本件カード取引は一体の取引として,それ以外の取引はそれぞれ個別の取引として取り扱われるべきである。ただし,各取引において生じた過払金については,その時点で存在する他の借入金債務の弁済に,民法489条及び491条の規定に従って充当されることになる。

3  争点(3)(悪意の受益者の該当性と商事法定利率の適用)について

(1)  悪意の受益者の該当性について

被控訴人は,控訴人に対し,貸金業規制法17条,18条所定の各書面を交付しておらず(弁論の全趣旨),両者の間の金銭消費貸借取引につき同法43条の適用を受ける意思を当初から有していなかったと認められる。そして,被控訴人が貸金業者であることからすると,被控訴人は,控訴人から受け取った利息のうち利息制限法の制限利率を超える部分が元金に充当され,元金完済後は過払金となることも認識していたと認められるから,被控訴人は悪意の受益者に当たるというべきである。

(2)  商事法定利率の適用について

民法704条にいう利息の利率は,原則として民法所定の年5分の割合であるが,利得者が商人であり,利得物を営業のために利用し収益をあげている場合などには,利得者に商事法定利率年6分の割合による運用益が生じたものと考えるのが相当であるから,そのような場合には年6分の利率によるべきであると解される。

そして,被控訴人は株式会社であって,商人であり,貸金業者として,控訴人からの過払金を営業のために利用し収益をあげていると推認できるから,本件の各取引において生じた過払金の利息についても,上記年6分の利率によるべきである。

4  争点(4)(不当利得金返還請求権の時効消滅)について

(1)  本件証書貸付取引及び本件カード取引について,利息制限法所定の制限利率を適用し,充当関係を処理した場合の計算は,それぞれ,本判決別紙場合には充当が生じ,併存する借入金債務が併存しない場合には,単に過払金返還請求権を行使し得るのみで,新たな貸付について高利の利息が発生するというのは,結論的に均衡を失すると解される。そして,本件証書貸付取引1ないし11は,前記2(1)アで認定したとおり,被控訴人からの融資の勧誘によって長年にわたり継続することとなったことからしても,本件証書貸付取引1において過払金が発生した後,本件証書貸付取引2が成立するまで約1年1か月経過したものの,その後も証書貸付けが反復して行われることが当初から予定されていたものと推認することができる。

そうすると,当該過払金は,その後成立した他の借入金債務である本件証書貸付取引2における債務に,民法489条,491条の趣旨に沿って,当然に充当されるものと解するのが相当である。

(3)  以上により,被控訴人の消滅時効の主張は理由がない。

5  不当利得金返還請求についてのまとめ

以上に述べたところを総合すると,最終的に,控訴人が被控訴人に対し不当利得として返還を求め得る金額は,本件証書貸付取引11について生じた元本6万6031円及びこれに対する平成10年7月27日までの利息524円(本判決別紙3の7頁最終行に記載のとおり)並びに本件カード取引について生じた元本63万3590円及びこれに対する平成15年1月27日までの利息5517円(本判決別紙4の4頁最終行に記載のとおり)の合計70万5662円及びうち元本6万6031円に対する最終利得日の翌日である平成10年7月28日から,元本63万3590円に対する最終利得日の翌日である平成15年1月28日から,それぞれ支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金ということになる。

6  争点(5)(不法行為の成否及び損害の額)について

(1)  争点(5)については,当裁判所としても,被控訴人の控訴人に対する不法行為の成立を認め,慰謝料として5万円及びこれに対する平成15年7月3及び同4記載のとおりとなる。なお,過払金の充当先としての借入金債務が複数存在する場合の処理については,本件では,総債務の弁済期が同じである上,債務者のための弁済の利益も等しいと解されるゆえ,民法489条4号により,各債権の額に応じて充当されることになるべきであるが,最終的な計算結果において異なるものでないことから,その時点で最も残元本額の多い債務の弁済に充当する簡便な計算を採用した。

なお,本件カード取引については,借入れが繰り返される結果,既存債務についての準消費貸借と新たな貸付額についての金銭消費貸借とが混合したような関係になるので,利息制限法所定の制限利率は,新たな貸付額と既存債務との合算額に対する利率を適用するのが相当である(その後の弁済による残高の減少は,適用利率には影響を与えない。)。また,経過日数の計算については,当初貸付日を1日分として算入するのが相当である。

(2)  そうすると,被控訴人が消滅時効を援用する本件証書貸付取引1ないし10に基づいて生じる不当利得金返還請求債権は,いずれも,本判決別紙3の該当箇所の「備考」欄に記載のとおり,その発生の当時存在した他の借入金債務に充当されたものと認められるから,被控訴人の主張は理由がない。

ところで,本件証書貸付取引1においては,本判決別紙3の1頁に記載のとおり,昭和62年6月27日に7157円の不当利得金返還請求債権が発生したと認められ,当該不当利得金については,過払を生じた時点で他の借入金債務が存在しないため,同不当利得金返還請求債権の帰趨が問題となる。

この点,前記2(3)イのとおり,金銭消費貸借取引において,借主は,借入総額の減少を望み,複数の権利関係が発生するような事態が生じることは望まないのが通常と考えられる上,たまたま他の借入金債務が併存した18日から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を命ずるのが相当であると判断するところ,その理由は,以下に付加,補正するほかは,原判決の「事実及び理由」中の「第3 判断」の「2 被告の不法行為について」(原判決13頁15行目以下)に記載のとおりであるから,これを引用する。

(2)  原判決19頁3行目の「原告は」から8行目末尾までを削除する。

(3)  原判決21頁16行目の「推認される」の後に,次を加える。

「(なお,控訴人は,被控訴人の調停担当者が本件カード取引の履歴内容を改ざんしたとも主張するところ,本件全証拠によっても,被控訴人において取引内容を改ざんしたとの事実を認めることはできない。しかしながら,上記のような経過に照らせば,控訴人が,これを改ざんではないかと受けとめたことにも無理からぬ点があり,被控訴人の控訴人からの過払金返還請求を意識した取引経過の開示をめぐる本件対応は,明らかに不適切であったといわざるを得ない。)」

7  争点(6)(本件弁済金の充当)について

(1)  以上によれば,控訴人が被控訴人に対し支払を求め得るのは,①不当利得金として,元本69万9621円及びこれに対する利息6041円並びに元本のうち本件証書貸付取引11について生じた元本6万6031円に対する最終利得日の翌日である平成10年7月28日から,元本63万3590円に対する最終利得日の翌日である平成15年1月28日から,それぞれ支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金,②不法行為に基づく損害賠償(慰謝料)として,元本5万円及びこれに対する平成15年7月18日から支払済みまで同じく年5分の割合による遅延損害金ということになる。

(2)  前提事実(12)ないし(16)及び弁論の全趣旨によれば,被控訴人は,平成17年3月10日,原判決の主文に応じて,44万8475円を控訴人名義の金融機関口座へ振り込んで支払ったことが認められ,そうすると,本件弁済金のうち44万8209円については,被控訴人により,当審平成17年5月18日付け準備書面において,以下のとおり充当すべき債務を,黙示的に指定されたものと認められる(本件弁済金のうち266円については後記ウのとおり充当の指定がない。)。

ア 原判決の主文第1項の支払として

① 元金34万3182円。

② ①のうち6万6031円に対する平成10年7月28日から平成17年3月10日までの年5分の割合による損害金2万1851円。

③ ①のうち27万4809円に対する平成15年1月28日から平成17年3月10日までの年5分の割合による損害金2万9061円。

イ 原判決の主文第2項の支払として

① 元金5万円。

② ①に対する平成15年7月18日から平成17年3月10日までの年5分の割合による損害金4115円。

ウ 以上のほか,266円。

(3)  しかしながら,債務者が元本のほか利息(遅延利息を含む。)を払うべき場合において,その充当の順位につき当事者の合意がない場合には,弁済者の指定にかかわらず,弁済金を元本に先立ってまず利息に充当することを要するから(民法491条1項),本件弁済金は,被控訴人の指定にかかわらず,まず利息及び遅延損害金部分に充当されることとなり,その後に,元本部分に,被控訴人の指定に従い充当されることとなるというべきである。

(4)ア  前記不当利得元本につき本件弁済日までに生じた遅延損害金は,次の計算式のとおり,8万8853円である。

(計算式)

66,031円×0.05×6年(H10.7.28~H16.7.27の6年分)+66,031円×0.05×157日÷366日(H16.7.28~H16.12.31の日割分)+66,031円×0.05×69日÷365日(H17.1.1~H17.3.10の日割分)+633,590円×0.05×2年(H15.1.28~H17.1.27の2年分)+633,590円×0.05×42日÷365日(H17.1.28~H17.3.10の日割分)=88,853円

イ  また,前記慰謝料につき平成15年7月18日から本件弁済日までに生じた遅延損害金は,次の計算式のとおり,4112円である。

(計算式)

50,000円×0.05(H15.7.18~H16.7.17の1年分)+50,000円×0.05×167日÷366日(H16.7.18~H16.12.31の日割分)+50,000円×0.05×69日÷365日(H17.1.1~H17.3.10の日割分)=4,112円

ウ  そして,本件弁済金を前記順序により充当すると,次のようになる。

(ア) まず,民法491条1項により,本件弁済金44万8475円が,前記不当利得金に対する利息6041円,同遅延損害金8万8853円及び前記慰謝料に対する遅延損害金4112円の合計9万9006円にそれぞれ充当され,その結果,本件弁済金の残金は,34万9469円となる。

(イ) 次に,前記不当利得金及び前記慰謝料の各元本への充当は,被控訴人の指定によることとなるが,前記のとおり利息部分に先に充当されたことにより,本件弁済金の残額は,被控訴人が指定した金額に満たないこととなっているため,当該残額を前記不当利得金及び前記慰謝料の各元本額に基づいて按分して充当することとし,その結果,各按分充当額は次のようになる(端数は調整)。

① 不当利得金元本 32万6159円

(計算式) 349,469×699,621÷(699,621+50,000)=326,159円

② 本件慰謝料元本 2万3310円

(計算式) 349,469×50,000÷(699,621+50,000)=23,310円

(ウ) したがって,本件弁済金を充当した後の残金額は,次のようになる。

① 不当利得金元本 37万3462円

(計算式) 699,621-326,159=373,462円

② 本件慰謝料元本 2万6690円

(計算式) 50,000-23,310=26,690円

8  結論

以上のとおりであるから,控訴人の請求は,前記不当利得金元本の残金37万3462円及び本件慰謝料元本の残金2万6690円(合計40万0152円),並びにこれらに対する本件弁済日の翌日である平成17年3月11日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める範囲で理由があるからこれを認容し,その余の請求は理由がないから棄却すべきである。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 馬渕勉 裁判官 吉田肇 裁判官 山口格之)

<以下省略>

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