高松高等裁判所 平成17年(ネ)400号 判決 2007年2月22日
控訴人・附帯被控訴人(1審被告)
株式会社A
同代表者代表取締役
乙山一夫
同訴訟代理人弁護士
中田祐児
同
島尾大次
控訴人・附帯被控訴人補助参加人(1審被告補助参加人)
東京海上日動火災保険株式会社
同代表者代表取締役
石原邦夫
同訴訟代理人弁護士
田中登
同訴訟復代理人弁護士
大内圀子
被控訴人・附帯控訴人(1審原告)
甲野太郎
被控訴人・附帯控訴人(1審原告)
甲野花子
上記両名訴訟代理人弁護士
大西聡
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 本件附帯控訴(当審拡張請求)に基づき,原判決を次のとおり変更する。
(1) 控訴人は,被控訴人らに対し,被控訴人らそれぞれにつき金3207万4037円及びうち金2916万4037円に対する平成13年3月24日から,うち金291万円に対する平成16年2月21日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 被控訴人らのその余の当審拡張請求をいずれも棄却する。
3 当審における訴訟費用はこれを4分し,その3を控訴人の,その余を被控訴人らの各負担とし,補助参加によって生じた費用は控訴人補助参加人の負担とする。
4 この判決の第2項(1)は,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 控訴の趣旨及び附帯控訴の趣旨
1 控訴の趣旨
(1) 原判決を取り消す。
(2) 被控訴人らの請求(当審拡張請求を含む。)をいずれも棄却する。
(3) 訴訟費用は,第1,第2審とも被控訴人らの負担とする。
2 附帯控訴の趣旨(当審拡張請求)
(1) 原判決を次のとおり変更する。
(2) 控訴人は,被控訴人らに対し,被控訴人らそれぞれにつき4045万5046円及びうち3745万5046円に対する平成13年2月24日から,うち300万円に対する平成16年2月21日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 当審における訴訟費用は控訴人の負担とする。
(4) 仮執行の宣言
第2 事案の概要
1 事案の骨子
本件は,平成13年3月24日午前4時20分ころ,甲野一郎(昭和58年*月*日生。当時18歳)が自動車に乗車中,自動車が横転して電柱に衝突し,甲野一郎が即死したという交通事故が発生したことに関し,同人の法定相続人(父母)である被控訴人らが,自動車の保有者である控訴人に対し,自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。) 3条本文に基づき,損害賠償金の一部と遅延損害金の支払を求めた事案である。
これに対し,控訴人は,同人が 同条本文のいわゆる運行供用者に当たること,甲野一郎が「他人」に当たることを争い,控訴人から訴訟告知を受けた控訴人補助参加人(上記自動車に係る自賠責保険会社)が,控訴人を補助するため補助参加をした。
2 訴訟の経過
(1) 原審における請求
被控訴人らは,原審において,被控訴人らそれぞれにつき,総損害額7791万0093円(葬儀関係費用150万円,逸失利益5141万0093円,慰謝料2200万円,弁護士費用300万円の合計額)の各2分の1相当額の一部である1650万円,及びうち弁護士費用を除く1500万円に対する平成13年3月24日(交通事故の日)から,うち弁護士費用150万円に対する平成16年2月21日(訴状送達の日の翌日)から各支払済みまで,民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた。
(2) 原審の判断
原審は,交通事故当時,控訴人が運行供用者の地位を喪失していたとは認められず,甲野一郎は「他人」に当たると認められるから,控訴人は自賠法3条本文に基づく損害賠償責任を負うことを肯認した上,被控訴人らは,甲野一郎の被った損害額7291万0093円(葬儀関係費用150万円,逸失利益5141万0093円,慰謝料2000万円の合計額)を各2分の1の割合(各3645万5046円)で相続し,これに弁護士費用各150万円を加えた各3795万5046円が被控訴人らの損害額になると判断して,被控訴人らの前記一部請求を全部認容した。
(3) 控訴及び附帯控訴
これに対し,控訴人及び控訴人補助参加人が原判決を不服として控訴し(なお,当裁判所は,平成18年2月27日,控訴人の控訴は,控訴人補助参加人の控訴の後になされた二重控訴に当たるとして,控訴却下の判決を言い渡しており,既に確定している。),被控訴人らが,原審における一部請求を全部請求に拡張(弁護士費用については更に増額)するため,具体的には,被控訴人らそれぞれにつき,総損害額8091万0093円(葬儀関係費用150万円,逸失利益5141万0093円,慰謝料2200万円,弁護士費用600万円の合計額)の各2分の1相当額である4045万5046円,及びうち弁護士費用を除く3745万5046円に対する平成13年3月24日から,うち弁護士費用300万円に対する平成16年2月21日から各支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求めて附帯控訴した。
3 争いのない事実(容易に認定できる事実を含む。),主たる争点,当事者の主張
後記4のとおり当事者双方の当審追加主張を付加するほか,原判決第2の1ないし5(2頁9行目から8頁下から21行目まで)記載のとおりであるから,これを引用する。ただし,原判決を次のとおり補正する。
(1) 原判決引用部分中,「自動車損害賠償保障法3条」とあるのを「自賠法3条本文」に,「ボーリング場」とあるのを「ボウリング場」に各改める(以下,原判決を引用するときも同様とする。)。
(2) 原判決7頁19行目から8頁下から21行目までを次のとおり改める。
「5 損害の内容及び損害額
(被控訴人らの主張)
(1) 一郎の損害の内容及び損害額
ア 葬儀関係費用 150万円
一郎の年齢等にかんがみると,本件事故と相当因果関係のある葬儀関係費用は,150万円とみるのが相当である。
イ 逸失利益 5141万0093円
一郎は,死亡時18歳であり,高校卒業後の春休みに本件事故が発生したことなどの事情にかんがみると,平成13年賃金センサス第1巻第1表産業計,男子労働者,学歴計の全年齢平均賃金である年額565万9100円をもって一郎の基礎収入額とし,就労可能期間である18歳から67歳までの49年間について,生活費控除割合を50%,ライプニッツ係数を18.169として本件事故当時の逸失利益の現価を求めると,次のとおり5141万0093円となる。
5,659,100円×(1−0.5)×18.169≒51,410,093円
ウ 慰謝料 2200万円
本件事故の態様,一郎の年齢,家族関係,本件自動車に同乗するに至った経緯,その他一切の事情を考慮すると,本件事故と相当因果関係のある慰謝料額は,2200万円とみるのが相当である。
(2) 相続
前記(1)アないしウの合計額は7491万0093円となるところ,被控訴人らは,一郎の法定相続人として,その各2分の1(3745万5046円)を相続により取得した。
(3) 弁護士費用
本件事案の内容,本件訴訟の審理経過,認容されるべき金額など一切の事情を考慮すると,本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当額は合計600万円を下らないから,被控訴人らそれぞれにつき300万円と認めるべきである(なお,被控訴人らは,原審において主張した弁護士費用相当額各150万円を上記のとおり増額変更した。)。
(4) 小括
前記(2)と(3)の合計額は,被控訴人らそれぞれにつき4045万5046円となる。
よって,被控訴人らは,控訴人に対し,自賠法3条本文に基づく損害賠償請求として,被控訴人らそれぞれにつき4045万5046円及びうち弁護士費用を除く3745万5046円に対する平成13年3月24日(本件事故の日)から,うち弁護士費用300万円に対する平成16年2月21日(訴状送達の日の翌日)から各支払済みまで,民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(控訴人の認否)
争う。」
4 当事者双方の当審追加主張
(1) 好意同乗による減額(抗弁)
ア 控訴人の主張
(ア) 本件自動車の持ち出し,その後,誰がどのような状況で本件自動車を運転し,本件事故の発生に至ったかについて,次の諸点を指摘することができる。
a 本件自動車は控訴人の所有であるところ,二郎は,控訴人の了解を得ないで勝手に持ち出したこと
b 二郎が本件自動車を持ち出すようになったのは,一郎が二郎に架電して「一緒に遊ぼう。」と誘ったためであること
c 一郎は,本件事故の前日である平成13年3月23日午後8時ころから本件事故当日の翌24日午前4時20分ころまで,8時間以上にわたって本件自動車に同乗していたこと
d この間,一郎は,どこに遊びに行くか,誰と遊ぶかについて主導的な役割を果たしており,同日午前0時過ぎに丙川を誘ったのも一郎であること
e 二郎は,同日午前2時過ぎ,本件自動車から離れていたが,一郎らは,本件自動車を勝手に持ち出してドライブに出たこと
f 二郎は,本件自動車を持ち出すことを了解していたわけではないが,勝手に持ち出されたことを知った後,一郎に対し,午前5時までに返してくれるよう申し入れ,同人も了解したこと
g 二郎は,一郎が本件自動車に同乗していたからこそ安心して本件自動車を同人に預けていたものであり,同人が同乗していなければ直ちに本件自動車の返還を求めていたと考えられること
h 一郎は,本件事故が発生するまで,他の同乗者と共に本件自動車と丁田の自車,戊原の自車との追いかけを楽しんでいたこと
i 一郎は,本件事故発生直前,無免許であるにもかかわらず本件自動車を運転して,クリーンパーク(美馬郡脇町<番地略>〔当時〕)から喫茶店「エクセル」(同町<番地略>)駐車場まで約1Km以上の距離を走行し,速度が遅いことを丁田に小馬鹿にされたため,途中で同人に運転を交代したが,もし,そのようなことがなければ運転を継続し,他の同乗者がこれを止めさせることはなかったと考えられること
j 一郎は,丁田と運転を交代した後も,本件自動車の助手席に座り,本件自動車の行き先を指示できる立場にいたこと
(イ) このように,一郎は,単に誘われて本件自動車に同乗していたのではなく,積極的に二郎に本件自動車を持ち出させ,その行き先を指示し,無免許であるにもかかわらず自ら運転するなどして,深夜から早朝まで長時間にわたり,本件自動車の運転車や同乗者と遊んでいたばかりか,これらグループの中で中心的な役割を果たしたのである。しかも,本件事故は,運転者の運転経験が未熟であり,本件自動車が大型車両であって,運転に慣れていなければ事故を起こすことも考えられたこと,本件事故の原因が深夜から早朝にかけての長時間にわたる運転行為による疲れ,注意力が散漫であることなどを踏まえて考えるならば,損害の公平な分担の観点から,本件事故により一郎の被った損害額から好意同乗による減額を行うべきであり,その割合は5割を下らないというべきである。
イ 被控訴人らの主張
(ア) 控訴人の前記アの主張は否認ないし争う。
(イ) 好意同乗による減額について,従来は裁判例も認める傾向にあったが,今日では,単に好意・無償同乗ということのみを理由に責任制限を認め,減額をするということはほとんどなくなり,同乗の経緯等に照らして,被害者の側に過失と目しうるような事情が存する場合に限って,責任制限(減額)を認める方向になっている。
そして,本件では,原判決が認定するように,一郎は,積極的に本件自動車を持ち出させて行き先を指示したり,グループの中で中心的な役割を果たしたという事実はなかったのであり,そのような事実関係のもとでは,好意同乗による減額は認められないというべきである。
(2) 当審拡張請求(残部請求)の時効消滅(抗弁)
ア 控訴人の主張
(ア) 本件訴訟は平成16年1月29日に提起されたところ,その請求は,明示的な一部請求(総損害額7791万0093円のうち総額3300万円の支払を請求するというもの)であったのであり,本件事故は平成13年3月24日に発生したのであるから,被控訴人らが平成18年5月26日にした附帯控訴による当審拡張請求(残部請求)は,既に消滅時効が完成している(最高裁昭和34年2月20日第二小法廷判決・民集13巻2号209頁。以下「昭和34年判例」という。)。
(イ) 控訴人は,被控訴人らに対し,平成18年6月26日の当審第3回口頭弁論期日において(控訴人の同月23日付け答弁書陳述),上記消滅時効を援用する旨の意思表示をした。
イ 被控訴人らの主張
(ア) 控訴人の前記アの主張は争う。
(イ) 昭和34年判例の事案は,損害額が容易かつ明確に確定できたにもかかわらず,あえて全体の1割というほんのごく一部の請求しかしなかったという事案であるのに対し,本件は,事実関係の争いのほか,検討されるべき幾つかの法律上の問題点があったことから,最終的には,裁判所の事実認定・法律判断を待たなければ損害額が明確に確定できない事案であり,法律的な考え方や事実認定の内容如何によっては,かなりの程度の賠償額の増減が考えられる事案であった。
被控訴人らは,そのような本件事案の特質や事情を踏まえ,3300万円という金額で本件訴訟を提起したのである。つまり,本件は,昭和34年判例で問題となった事案と比較して,損害賠償額が容易かつ明確に特定できない事案であったといえるのであって,昭和34年判例が妥当する事案ではない。
(ウ) なお,昭和34年判例の多数意見に対しては,不法行為に基づく損害賠償債権のように,証拠調べの結果を待たねば損害の全額が明らかにならず,しかも,その行使につき短期の時効期間が定められているような事案では,被害者の公平な保護を図る趣旨から,とりあえず提起した一部請求にも広く時効中断効を認めるべきであり,同一訴訟の進行中に請求の拡張によって主張された残部について,独立に時効の完成を認めるのはいかにも妥当性を欠く,という有力な見解が唱えられている。
(エ) いずれにせよ,本件では,昭和34年判例は妥当しないから,附帯控訴による当審拡張請求(残部請求)について,その消滅時効は完成していないというべきである。
(3) 時効中断事由としての催告(再抗弁)
ア 被控訴人らの主張
(ア) 本件における訴状の記載内容や審理経過,争点等からすれば,本件訴訟の提起をもって,当審拡張請求(残部請求)部分についても時効中断事由である「催告」(民法153条)をしたものといえ,本件訴訟の係属により「催告」が継続していたものである。
そして,被控訴人らは,附帯控訴により当審拡張請求(残部請求)について「裁判上の請求」(同法149条)をした。
したがって,被控訴人らの当審拡張請求(残部請求)について,その消滅時効は完成していないというべきである。
(イ) このことは,次の点からも根拠づけることができる。
判例は,「裁判上の請求」とはいえなくても,権利行使の意思の表明と認められる行為について,「裁判上の催告」という概念を確立し,これに一般の催告とは異なる効果を認めている。例えば,物の引渡請求訴訟を受けた者が留置権の抗弁を主張した場合にその被担保債権について催告としての効果を認め,訴訟終結後6か月以内に他の強力な中断事由に訴えれば時効中断効は維持されるとする判例(最高裁昭和38年10月30日大法廷判決・民集17巻9号1252頁)をリーディングケースとして,勝訴の場合の求償を意図してなされた訴訟告知(大阪高裁昭和45年1月20日判決・判例時報602号64頁),債務者を被告とする詐害行為取消しの訴え(福岡高裁昭和49年5月16日判決・判例時報757頁48頁),被担保債権についての差押え(東京地裁平成2年8月23日判決・判例タイムズ733号115頁)などがある。
そして,本件と類似した事案で,明示的一部請求であっても,残部請求権についてその権利存在の主張を維持し,債務の履行を欲する意思を表し続けていたと認められる場合には,同主張を残部債権に対する「裁判上の催告」と解し,前訴終了後6か月以内に残部請求訴訟を提起すれば,残部請求権についての消滅時効の中断事由となるとした最高裁昭和53年4月13日第一小法廷判決(訟務月報24巻6号1265頁。以下「昭和53年判例」という。)もある。昭和53年判例の事案は,実際に支払われるべき退職金と実際に支払われた退職金との差額の内金請求と明示して10万円の請求訴訟を提起し,その判決理由中でその差額全部の債権があるとの判断を付した全部勝訴の判決を得たので,原告が前訴で請求しなかった差額について再訴したというものであるが,この事案と本件とを比較してみると,本件は,被控訴人らが原判決で全部勝訴したため,控訴審段階で附帯控訴をして請求の拡張を行ったものであって,訴訟の連続性という観点からいえば,昭和53年判例の事案よりもより強く連続性が認められる。そして,本件において,被控訴人らは,一部請求(原審における請求)以外の残部を放棄したものではなく,残部についても請求する意思を持ち続け,かつ,表し続けていた。
以上の検討からすれば,当審拡張請求(残部請求)部分について,本件訴訟の提起,係属によって裁判上の催告が継続する間に,被控訴人らが上記請求につき附帯控訴をして「裁判上の請求」をしたものであるから,当審拡張請求(残部請求)について,その消滅時効は完成していないというべきである。
イ 控訴人の主張
(ア) 被控訴人らの前記アの主張は争う。
(イ) 明示的一部請求において,残部に対する「裁判上の請求」としての時効中断効がないのは,昭和34年判例のほか,最高裁昭和37年8月10日第二小法廷判決(民集16巻8号1720頁),最高裁昭和43年6月27日第一小法廷判決(裁判集民事91号461頁),最高裁昭和45年7月24日第二小法廷判決(民集24巻7号1177頁)などから明らかなように,明示された一部が訴訟物とされ,残部は訴訟物とされていないからである。
被控訴人らが主張するように,明示的一部請求につき,残部に対する「裁判上の請求」としての時効中断効がないことを認めながら,「裁判上の催告」としての時効中断効を認めるというのは,矛盾している。
すなわち,明示的一部請求の場合,訴訟物は明示された一部であり,訴訟の係属もその部分のみに生じており,そうであるからこそ,「裁判上の請求」としての時効中断効が生ずるのも明示された一部のみである。にもかかわらず,「裁判上の催告」としては明示された一部にとどまらず,請求されていない(訴訟物になっていない)残部に及ぶというのは,全くおかしなことといわなければならない。
したがって,明示的一部請求の場合,訴訟の係属はその部分についてのみ生ずるという判例の考え方を是認する限り,請求の対象とならない残部に何らかの法的効果が及ぶということは認められず,被控訴人らの主張は失当である。
(ウ) そもそも,消滅時効の制度は,権利の上に眠る者を保護しない一方,債務者をいつまでも請求を受ける立場に置かないというところにある。
本件の場合,被控訴人らは,控訴人らに対し,損害賠償債権の一部を明示して本件訴訟を提起し,今日まで本件訴訟を継続してきたのであり,この間,いつでも請求を拡張することができたのである。にもかかわらず,被控訴人らは,請求を拡張することなく,残部について消滅時効期間を徒過したものであるから,正に権利の上に眠ってきたのである。このような被控訴人らを,明示的一部請求の残部について,「裁判上の請求」としての時効中断効はないが,「裁判上の催告」としての時効中断効はあるとして救済しなければならない理由はどこにもない。
このように,消滅時効の本質に照らしても,被控訴人らの主張は失当である。
(エ) なお,最高裁平成10年12月17日第一小法廷判決(裁判集民事190号889頁。以下「平成10年判例」という。)は,金員の着服を原因とする不法行為に基づく損害賠償請求訴訟の係属中は,着服金相当額の不当利得返還請求権につき,時効中断事由としての「催告」が継続していると判断している。
平成10年判例は,客観的にみて,不法行為を理由とする損害賠償請求権と不当利得返還請求権とは,訴訟物を異にするものの,両者は「経済的に同一の給付を目的とする関係」にあること,また,主観的にみても,同判例の事案では,請求者の株券引渡請求の意思には,損害賠償請求のみならず,不当利得返還請求の意思も含まれていると考えられることから,不法行為請求の中に不当利得返還の「催告」の法的効果が認められるというのである。つまり,不法行為を理由とする損害賠償請求も,不当利得を理由とする返還請求も,同額を請求する関係(経済的に同一の給付を目的とする関係)にあるから,前者の請求が後者の「催告」に当たると判断しているのである。
そうすると,平成10年判例からしても,いずれか一方の請求が他方の一部を請求するような関係にある場合には,その「残部」について「催告」の効果を生ぜしめることにはならないはずであり,被控訴人らの主張は失当である。
(オ) 被控訴人らが前記ア(イ)で引用する判例や裁判例は,いずれも明示的一部請求の場合に,残部について時効中断効があると判断したものではない。
したがって,上記判例や裁判例の存在を理由に,明示的一部請求の場合に,残部について「裁判上の催告」としての時効中断効が認められているとはいえない。
第3 当裁判所の判断
1 判断の大要
当裁判所は,被控訴人らの請求(当審拡張請求を含む。)は,控訴人に対し,被控訴人らそれぞれにつき3207万4037円及びうち弁護士費用を除く2916万4037円に対する平成13年3月24日(本件事故の日)から,うち弁護士費用291万円に対する平成16年2月21日(訴状送達の日の翌日)から各支払済みまで,民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり,その余は理由がないと判断する。
その理由は,次のとおりである。
2 控訴人は自賠法3条本文のいわゆる運行供用者に当たるか,また,一郎は「他人」に当たるか(原判決のいう争点①,②)。
(1) 原判決の引用,補正
この点についての当裁判所の判断は,次の(2)のとおり控訴人及び控訴人補助参加人の各控訴理由に対する判断を付加するほか,原判決第3の1及び2(8頁下から19行目から18頁1行目まで)記載のとおりであるから,これを引用する。ただし,原判決を次のとおり補正する。
ア 原判決8頁下から18行目及び16行目の各「乙B1,」の次にいずれも「丙1,2,」を加える。
イ 同10頁17行目の「その鍵を置いてあったところ」を「その鍵が置かれていたので」に改める。
ウ 同12頁11行目から14行目までを次のとおり改める。
「 二郎は,疲れを感じると共に丁田らと一緒にいるのも嫌になり,本件自動車内に己沢及び丙川を残し,暖房をかけていた関係で本件自動車の鍵をつけたまま降車し,付近を散歩した。その際,二郎は,辛本に対し,鍵をつけたままにしておくので見ておいてほしい旨述べたが,本件自動車を運転しないでほしいなどとは言わなかった。」
エ 同17頁20行目から21行目の「具体的であるとまで」を「具体的であるとか,同等であるとまで」に改める。
(2) 控訴人及び控訴人補助参加人の各控訴理由に対する判断
ア 控訴人の主張
控訴人は,要旨,次のとおり主張する。
(ア) 最高裁昭和50年11月4日第三小法廷判決(民集29巻10号1501頁。以下「昭和50年判例」という。)は,複数の運行供用者がいる場合,誰が誰に対する関係で自賠法3条本文の「他人」に当たるかは,一方の運行支配が間接的,潜在的,抽象的であり,他方のそれが直接的,顕在的,具体的であるか否かによって決められるとの判断基準を示している。そして,那覇地裁平成11年5月27日判決(訟務月報46巻2号816頁),東京高裁平成7年9月13日判決(判例時報1597号75頁),高松高裁平成5年7月20日判決(判例タイムズ835号213頁)及び東京高裁平成3年9月26日判決(判例時報1404号83頁)は,昭和50年判例の判断基準を具体的事案に当てはめたものであり,本件事故につき,一郎が控訴人との関係で「他人」といえるか否かの判断においても,同判例及び上記各裁判例の考え方が尊重されなければならない。
(イ) 以上の考え方をもとに本件事案をみると,前記第2の4(1)のア(ア)のaないしjで指摘したところによれば,一郎が本件自動車につき運行を支配し,かつ,その運行による利益を享受していたことは明らかである。
これに対し,控訴人は,二郎により勝手に本件自動車を持ち出され,しかも,その二郎自身も,途中から一郎らによって勝手に乗り回されていたにすぎない。
したがって,仮に,原判決が認定したように,控訴人が本件自動車に対する運行支配,運行利益を喪失していなかったとしても,前記最高裁判例や各裁判例に照らしてみて,本件事故発生当時の本件自動車に対する運行支配,運行利益は,一郎に比べより間接的,潜在的,抽象的であるにとどまり,同人が本件自動車をより直接的,顕在的,具体的に支配していたことは明らかである。
イ 控訴人補助参加人の主張
控訴人補助参加人は,要旨,次のとおり主張する。
(ア) 次の諸点を総合すると,被害者である一郎は,本件自動車の共同運行供用者の一員としての十分な条件を備えていたものというべきである。
a 一郎は,運転免許はなかったが教習所に通っていたから,ある程度の運転技術は身につけていた。本件事故発生以前,1回だけであるが,二郎が控訴人方の自動車(本件自動車か別の車かは不明)を一郎に運転させたこともあった(丙1の3頁)。
b 本件事故発生の前日から事故発生までの間,一郎は,二郎及び辛本と共にグループの行動につき中心的な役割を果たし,殊に本件事故発生の直前,丁田に運転を交代するまでの間,本件自動車を運転した。
c 二郎が本件自動車を下車した後,一郎は,携帯電話を通じて二郎との連絡役を果たしており,本件事故発生当日の平成13年3月24日午前3時ころ,二郎が一郎に架電した際,二郎は,「午前5時までに車を返してほしい。」旨述べている。このことは,二郎が本件自動車の運行支配を一郎に委ねたことを物語るものである。
d 一郎が丁田に運転を交代した理由についての原判決の認定(13頁11行目から17行目まで)は,警察官である証人鎌田公介の証言に基づくものであるところ,同証言は,供述調書など客観的な資料の裏付けのない伝聞証言である上,話の出所とされた癸林自身,この話については「分からない。」と証言しているのであって,鎌田証言の信憑性については疑義なしとしない。
e 仮に,原判決の前記dの認定が正しいとしても,一郎は,運転交代後も助手席に同乗しており,丁田よりも親密度において二郎に近く,かつ,二郎から本件自動車の返還を依頼されていたという立場からすれば,丁田に運転を交代したことをもって,一郎が運行支配を喪失したと認めることはできない。
(イ) 結局,本件では,本件自動車の所有者である控訴人,本件自動車を持ち出した二郎,及び本件事故当時,本件自動車に乗車していた一郎らが共同運行供用者に当たることになるところ,本件のような共同運行供用者の他人性に関する主な最高裁判例としては,控訴人も引用する昭和50年判例のほか,最高裁昭和52年5月2日第二小法廷判決(交民集10巻3号639頁),最高裁昭和52年9月22日第一小法廷判決(交民集10巻5号1255頁),最高裁昭和57年4月2日第二小法廷判決(交民集15巻2号295頁,判例時報1042号93頁),最高裁昭和57年11月26日第二小法廷判決(民集36巻11号2318頁),最高裁平成3年2月5日第三小法廷判決(交民集24巻1号1頁)及び最高裁平成6年11月22日第三小法廷判決(交民集27巻6号1541頁)がある。
そして,本件のように複数の運行供用者が存在する場合には,運行供用者内部で運行支配の程度を比較検討した上,一郎が自賠法3条本文の「他人」に当たるか否かを判断することになる(昭和50年判例)。
(ウ) そこで,まず,一郎と控訴人及び二郎との間で運行支配の程度を比較すると,本件自動車は,日常において専ら控訴人の業務用として使用されていたところ,本件事故発生前日に二郎により無断で持ち出され,本件事故発生当時,二郎自身は本件自動車に乗車していなかったのであるから,一郎の運行支配の程度は,控訴人及び二郎のそれに比較して,直接的,顕在的,具体的であったといえる。
次に,本件事故発生時における一郎と丁田,辛本ら他の搭乗者との間で比較すると,二郎が本件自動車を持ち出してから本件事故発生に至るまでの一連の経緯に照らせば,一郎は,本件自動車の運行に対し,主体的に関与していたことが認められる。
また,本件事故発生直前に一郎が本件自動車を運転したこと,及び一郎と二郎の人的関係等を勘案すると,本件事故当時,一郎が本件自動車を現実に運転していなかったとしても,運行支配の程度において,丁田や辛本ら他の搭乗者と比較して,優るとも劣らないものであった。
さらに,仙台高裁昭和54年9月28日判決(交民集12巻5号1200頁)は,「被害者たる運行供用者の,事故の原因となった当該具体的運行に対する支配の程度が社会通念上加害者とされた運行供用者のそれと同等のものとみられる場合には,自賠法3条による損害賠償責任の発生を認める余地はない。自賠法は自動車を自己のために運行の用に供する者自身が,その運行により損害を受けた場合にまで,賠償を保障するものではないからである。」と判示しているところからすると,仮に,一郎の運行支配が他の共同運行供用者の運行支配と同等(優るとも劣らないと表現されるよりも,もっと程度が等しい場合を意味する。)であったとしても,一郎の他人性は否定されるべきである。
ウ 検討
(ア) しかしながら,控訴人の前記アの控訴理由及び控訴人補助参加人の前記イの控訴理由は,結局のところ,原審における主張の繰り返しか,独自の見解に立って原判決の認定判断を論難するにすぎず,採用することができない。
(イ) まず,本件事故発生に至る事実関係については,前記(1)で補正の上引用した原判決8頁下から19行目から同頁下から15行目までで挙示した証拠関係に照らし,原判決第3の1(1)ないし(13)記載の各事実(8頁下から14行目から14頁17行目まで)を優に認めることができる。
なお,控訴人補助参加人は,本件事故の捜査に当たった証人鎌田公介の証言の信憑性に疑義なしとしないなどと主張する。しかしながら,犯罪捜査の専門家であり,本件事故の原因等について現場で捜査に当たった鎌田証人が,殊更控訴人や控訴人補助参加人に不利な虚偽の証言をしなければならない事情は全くうかがえない。また,鎌田証人は,本件事故に関し刑事訴追がされておらず,そのため,捜査記録についても実況見分調書や鑑定書といった客観的資料を除き開示されないという制度上の制約があることをも踏まえた上,捜査の内容や結果を説明する証言をしたことがうかがえるのであって,もとより証言の性質上,ある程度伝聞にならざるを得ない側面があるとしても,そのことから直ちに鎌田証人の証言内容の信憑性に疑義が生ずるということにはならないというべきである。
したがって,この点に関する控訴人補助参加人の上記主張は,採用することができない。
(ウ) そして,前記(1)で補正の上引用した原判決第3の1(1)ないし(13)記載の各事実によれば,同第3の2(2)のアないしウ(原判決16頁12行目から17頁17行目まで)で説示しているとおり,次のようにいうことができる。
すなわち,確かに,一郎は,本件自動車に同乗し,長時間にわたり移動を繰り返して本件自動車の運行利益を享受していた上,本件事故発生直前には,自ら約1Kmほど本件自動車を運転し,その後,丁田と運転を交代してから本件事故発生に至るまでの間,本件自動車の助手席に同乗していたものではある。
しかしながら,本件事故発生の発端となった本件自動車の持ち出しにつき,一郎の誘因行為があったとはいえ,最終的には二郎が自らの積極的な意思によって本件自動車を持ち出したものである上,本件事故当時,二郎は自動車運転免許を有していたものの,一郎は有しておらず(自動車教習所に通っていたにとどまる。),本件事故当日の平成13年3月24日午前2時すぎころ,二郎が本件自動車の鍵をつけたまま降車した際,一郎ではなく辛本に対し,鍵をつけたままにしておくので見ておいてほしい旨述べ,その後,辛本が本件自動車を運転していることからすると,一郎が二郎から本件自動車を借り受けたというのではなく,むしろ,二郎は,降車後も,辛本を通じて本件自動車の運行を支配し,運行利益を享受していたということができる。そして,一郎は,上記のとおり本件自動車の運行利益を享受していた者であるが,一郎の運行利益が他の同乗者よりも特に優っていたとか同等程度であったとまではいえず,むしろ,二郎に運行利益を依存し,二郎や辛本又は丁田を介して間接的に享受していたにすぎないと認められる。そして,一郎が本件自動車を運転したのもわずかの区間(約1Km)であって,時間も短時間にとどまり,運転技術が未熟であって,丁田から小馬鹿にするような発言をされたことから,運転を取り止めて丁田と交代し,運転者としての具体的な運行支配から直ちに離脱したものということができる。また,一郎と二郎,丁田,辛本らの交友関係,人間関係に照らすと,本件自動車の行き先や経路等につき,一郎が自らの思うがままに任されていたとは到底いえず,二郎,丁田,辛本らを指揮,命令等するようなリーダー的な地位にあったとも認められない。さらに,一郎が本件自動車の運転を丁田に交代した上記理由に照らすと,交代後,仮に,助手席に座った一郎が運転者の丁田に対し,速度を遵守するよう指示するなどしていたとしても,丁田がこれに従ったといえるかどうかは大いに疑問が残るところである。
これらの諸事情にかんがみれば,本件事故当時,仮に,一郎が本件自動車の共同運行供用者であったと認めることができるとしても,一郎の本件自動車の具体的運行に対する支配の程度,態様が,控訴人又は二郎のそれに比較して,直接的,顕在的,具体的であったとか,少なくとも同等であったとまで認めることはできないというべきである。
以上のとおりであるから,控訴人及び控訴人補助参加人は,本件事故に関し,一郎が自賠法3条本文の「他人」に当たらないことを主張することはできない。
(エ) なお,控訴人補助参加人は,控訴理由書の3項(1)(5頁8行目から6頁末行まで)において,控訴人が自賠法3条本文のいわゆる運行供用者に当たることを争う主張をしている。
しかしながら,控訴人補助参加人の上記主張は,控訴人が運行供用者に当たるか否かについての控訴人の原審における主張を援用しているにすぎないことは,上記控訴理由書の記載内容に照らし明らかであり,それが理由のないことは,前記(1)で補正の上引用した原判決第3の2(1)(14頁19行目から16頁10行目まで)で正しく説示したとおりであるから,採用の限りでない。
(オ) よって,控訴人及び控訴人補助参加人の上記各控訴理由は,いずれも理由がない。
3 好意同乗による減額(当審追加主張)
(1) 当裁判所の判断
一郎は,本件自動車に無償(好意)で同乗中,本件事故に遭って死亡するに至ったものであるところ,前記2(1)で補正の上引用した原判決第3の1(1)ないし(13)の各事実(8頁下から14行目から14頁17行目まで)によれば,本件事故は,高校卒業後の春休み中の深夜,一郎を含む中学校時代の同級生らが本件自動車を利用して交遊している過程で発生したものであると認められる上,二郎が本件自動車を持ち出すに至ったきっかけにおいて,一郎の誘因行為が存在していること,一郎が本件自動車を利用していた時間は約8時間(平成13年3月24日午後8時ころから翌24日午前4時20分ころまで)に及んでおり,その間,一郎は,各地を転々と移動するなどして相応の運行利益を享受していたことなどの事情にかんがみると,損害の公平な分担の観点から,好意同乗による減額として,一郎の被った弁護士費用を除く全損害額から2割の減額を認めるのが相当である。
(2) 控訴人の主張の検討
ア 控訴人は,「一郎は,単に誘われて本件自動車に同乗したのではなく,積極的に二郎に本件自動車を持ち出させ,その行き先を指示し,無免許であるにもかかわらず自ら運転するなどして,深夜から早朝まで長時間にわたり,本件自動車の運転車や同乗者と遊んでいたばかりか,これらグループの中で中心的な役割を果たした。しかも,本件事故は,運転者の運転経験が未熟であり,本件自動車が大型車両であって,運転に慣れていなければ事故を起こすことも考えられたこと,本件事故の原因が深夜から早朝にかけての長時間にわたる運転行為による疲れ,注意力が散漫であることなどを踏まえて考えるならば,損害の公平な分担の観点から,本件事故により一郎の被った損害額から5割の好意同乗による減額を行うべきである。」旨主張する(前記第2の4(1)のア)。
イ しかしながら,控訴人の前記主張の前提となる事実関係,すなわち,控訴人が積極的に二郎に本件自動車を持ち出させたとか,グループの中で中心的な役割を果たしたとの事実を認めることはできないことは,前記2(1)で補正の上引用した原判決第3の2(2)のイ(16頁18行目から17頁12行目まで)で正しく説示したとおりであるし,本件事故の原因が深夜から早朝にかけての長時間にわたる運転行為による疲れ,注意力が散漫であるとも認められないから,一郎の好意同乗につき減額をするのが相当であるとしても,その割合は,前示のとおり,せいぜい2割にとどまるというべきである。
(3) 被控訴人らの主張の検討
ア 被控訴人らは,「本件事故に関し,一郎は,積極的に本件自動車を持ち出させて行き先を指示したり,グループの中で中心的な役割を果たしたというような事実はなかったのであるから,好意同乗による減額は認められない。」旨主張する(前記第2の4(1)のイ(イ))。
イ 確かに,一郎が積極的に本件自動車を持ち出させて行き先を指示したり,グループの中で中心的な役割を果たしたというような事実が認められないことは,被控訴人らが主張するとおりである。
しかしながら,一郎が積極的に本件自動車を持ち出させていないとしても,その誘因となる行為をしたことは前示のとおりであり,本件自動車に同乗していた時間や一郎の享受した運行利益の程度にかんがみると,本件事故によって一郎の被った損害に対し,好意同乗による減額をしないとなると,損害の公平な分担という見地からみて,かえって不当に一郎ひいてはその相続人である被控訴人らが利する結果となるのであって,やはり妥当とはいえないというべきである。
したがって,被控訴人らの上記主張は採用することができない。
4 損害の内容及び損害額
(1) 葬儀関係費用,逸失利益及び慰謝料
原判決第3の3(1)ないし(4)(18頁3行目から23行目まで)記載のとおりであるから,これを引用する。
したがって,損害額は合計7291万0093円となる。
(2) 好意同乗による減額
前記3(1)で説示したとおり,本件では,一郎の好意同乗による減額として,前記(1)の損害額7291万0093円から2割に相当する額を減額控除すべきものであるから,その残額は5832万8074円となる(1円未満切り捨て)。
72,910,093円×(1−0.2)≒58,328,074円
(3) 被控訴人らの相続
前記第2の3で補正の上引用した原判決第2の1の争いのない事実(2)のとおり,被控訴人らは,一郎の父母として,各2分の1の割合で一郎の有する一切の権利義務を承継したから,前記(2)の5832万8074円の2分の1である各2916万4037円を相続により取得したことになる。
(4) 弁護士費用
本件事案の内容,請求額及び認容額その他本件に現れた事情を総合すると,本件事故と相当因果関係のある弁護士費用の損害額は,被控訴人らそれぞれにつき,前記(3)の2916万4037円の約1割に相当する各291万円と認めるのが相当である。
(5) まとめ
以上によれば,後記5で検討する当審拡張請求の消滅時効の抗弁が認められない限り,被控訴人らは,控訴人に対し,自賠法3条本文に基づく損害賠償請求として,被控訴人らそれぞれにつき3207万4037円及びうち2916万4037円に対する本件事故の日(不法行為の日)である平成13年3月24日から,うち291万円に対する訴状送達の日の翌日が記録上明らかである平成16年2月21日から各支払済みまで,民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることができるということになる。
5 当審拡張請求の消滅時効の成否(当審追加主張)
(1) 前提となる事実関係等
ア 被控訴人らは,平成13年3月24日に発生した本件事故により一郎及び被控訴人らの被った損害につき,平成16年1月29日,自賠法3条本文に基づく損害賠償を求める本件訴訟を提起したものであることは,記録上明らかである。
そして,被控訴人らは,訴状の請求の趣旨第1項において,「被告ら(控訴人並びに取下前の一審被告である丁田三郎及び丁田四郎)は原告ら(被控訴人ら)に対し,連帯して金33,000,000円及び内金30,000,000円に対する平成13年3月24日より,内金3,000,000円に対する本訴状送達の日の翌日より支払い済みに至るまで,それぞれ年5分の割合による金員を支払え。」と記載し(もっとも,正しくは原判決主文第1項のとおりである。),請求の原因において,本件事故により生じた一郎及び被控訴人らの総損害額7791万0093円(葬儀関係費用150万円,死亡による逸失利益5141万0093円,慰謝料2200万円及び弁護士費用300万円の合計額)を被控訴人らが一郎の両親として(各2分の1の割合で)相続したとして,その内金請求として,控訴人に対し,被控訴人らそれぞれにつき1650万円及びうち1500万円に対する本件事故発生の日である平成13年3月24日から,うち150万円に対する訴状送達の日の翌日から各支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める旨の記載がある(なお,訴状の請求の趣旨「5 結論」部分は,被控訴人らの請求総額が記載されており,正確ではない。)。
イ 前記訴状の記載内容に照らすと,被控訴人らが提起した本件訴訟は,本件事故により一郎及び被控訴人らの被った損害費目ごとの損害額とその総額を明示した上,全損害費目につき数量的な一部を訴訟物として明示して請求をするという訴訟形態を採ったものであって,いわゆる明示的一部請求訴訟であると認められる。
(2) 明示的一部請求訴訟の提起と消滅時効中断の範囲
ア ところで,裁判上の請求による時効の中断が,請求の範囲においてのみその効力を生ずべきことは,裁判外の請求による場合と何ら異なるところはなく,裁判上の請求があったというためには,単にその権利が訴訟において主張されたというだけでは足りず,いわゆる訴訟物となったことを要するものであって,民法149条,同法157条2項,民訴法147条等の諸規定は,すべてこのことを前提としているものと解される。そして,1個の債権の数量的な一部についてのみ判決を求める旨を明示して訴えが提起された場合,原告が裁判所に対し主文において判断すべきことを求めているのは債権の一部の存否であって,全部の存否でないことが明らかであるから,訴訟物となるのは上記債権の一部であって全部ではない。それゆえ,かかる場合における訴えの提起による消滅時効中断の効力は,その一部の範囲においてのみ生じ,その後,時効完成前に残部につき請求を拡張すれば,残部についての時効は,拡張の書面を裁判所に提出したときに中断するものと解される(昭和34年判例,最高裁昭和42年7月18日第三小法廷判決・民集21巻6号1559頁,最高裁昭和43年6月27日第一小法廷判決・裁判集民事91号461頁参照)。
イ これを本件についてみるに,前記(1)イで説示したとおり,被控訴人らが提起した本件訴訟は,本件事故により一郎及び被控訴人らの被った損害費目ごとの損害額とその総額を明示した上,全損害費目につき数量的な一部を訴訟物として明示して請求をするという訴訟形態を採ったものであって,1個の損害賠償債権の数量的な一部についてのみ判決を求める旨を明示した明示的一部請求訴訟であるから,本件訴訟の提起による消滅時効中断の効力は,その一部の範囲,すなわち,原審における請求部分においてのみ生じ,残部についての時効は,拡張の書面を提出したときに中断することになる。
ところが,被控訴人らが附帯控訴により当審拡張請求(残部請求)をしたのが平成18年5月26日であることは,記録上明らかであるから,不法行為に基づく損害賠償債権について定めた3年の消滅時効期間が経過した後になされたものといわざるを得ない。
したがって,後記(3)の時効中断事由(催告)があると認められない限り,当審拡張請求(残部請求)の消滅時効は,既に完成したものと認めざるを得ないというべきである。
(3) 時効中断事由としての催告
ア 被控訴人らの主張
被控訴人らは,「本件における訴状の記載内容や審理経過,争点等からすれば,本件訴訟の提起をもって,当審拡張請求(残部請求)部分についても時効中断事由である『催告』(民法153条)をしたものといえ,本件訴訟の係属により『催告』が継続していたものである。そして,被控訴人らは,附帯控訴により,上記請求について『裁判上の請求』(同法149条)をした。したがって,被控訴人らの当審拡張請求(残部請求)について,その消滅時効は完成していない。」旨主張する。
イ 「催告」の意義
時効中断事由としての「催告」(民法153条)とは,債権者が債務者に対し権利行使の意思を表明することをいい,裁判上のものであると否とを問わないと解される。
そこで,本件訴訟の提起,係属により,被控訴人らが控訴人に対し,原審における請求部分のみならず,当審拡張請求(残部請求)部分についても権利行使の意思を表明していたといえるか否か検討する。
ウ 「催告」に当たるか否かの検討
(ア) 被控訴人らが提起した本件訴訟の訴状における請求の趣旨及び原因の記載内容は,前記(1)アで説示したとおりである。
(イ) そして,証拠(甲A6)及び弁論の全趣旨によれば,被控訴人らは,本件訴訟の提起に先立ち,本件自動車の自賠責保険会社である控訴人補助参加人に対し,自賠法16条1項に基づく自賠責保険金の支払を請求したところ,控訴人補助参加人から調査,審査を求められた自賠責保険(共済)審査会は,一郎は同法3条本文の「他人」に当たらず,自賠責保険の適用対象外であると判断し,控訴人補助参加人は自賠責保険金の支払を拒否したこと,そのため,被控訴人らは,平成15年3月12日,控訴人補助参加人(徳島損害サービス課)に対し,同月10日付け「時効中断申請書」(甲A6)でもって,本件事故に係る自賠責保険金の請求に関し,異議申立て予定を理由に民法147条に基づく時効中断を承認するよう申請し,控訴人補助参加人(同サービス課)は,同日,平成17年3月12日までの時効中断を承認したことが認められる。このように,被控訴人らは,自賠責保険金の請求に当たり,わざわざ自賠責保険会社である控訴人補助参加人との間で時効中断措置(承認)を講じていることからすると,本件訴訟において,被控訴人らが原審における請求額のみに限定して控訴人に請求し,当審拡張請求(残部請求)部分については,裁判上はおろか,裁判外であっても一切控訴人に請求しない意思であったとか,その旨を表明していたと解することはできない。
(ウ) そもそも,1個の金銭債権の数量的一部請求は,当該債権が存在しその額は一定額を下回らないことを主張してその額の限度でこれを請求するものであり,何らかの性質により区分される債権の特定の一部を請求するものではないから,このような請求の当否を判断するためには,おのずから債権の全部について審理判断することが必要になる。すなわち,裁判所は,当該金銭債権の全部について当事者の主張する発生,消滅の原因事実の存否を判断し,債権の一部の消滅が認められるときは,債権の総額からこれを控除して口頭弁論終結時における債権の現存額を確定し(最高裁平成6年11月22日第三小法廷判決・民集48巻7号1355頁参照),現存額が一部請求の額以上であるときは上記請求を認容し,現存額が請求額に満たないときは現存額の限度でこれを認容し,債権が全く存在しないときは上記請求を棄却するのであって,当事者双方の主張立証の範囲,程度も,通常は債権の全部が請求されている場合と異なるところはない(最高裁平成10年6月12日第二小法廷判決・民集52巻4号1147頁参照)。また,1個の金銭債権たる損害賠償債権のうちの一部が訴訟上請求されている場合に過失相殺をするに当たっても,損害の全額から過失割合による減額をし,その残額が請求額を超えないときは上記残額を認容し,残額が請求額を超えるときは請求の全額を認容することができるものと解すべきであり,このように解することが,一部請求をする当事者の通常の意思にも沿うということができる(最高裁昭和48年4月5日第一小法廷判決・民集27巻3号419頁参照)。
つまり,損害賠償請求訴訟等における一部請求の実情にかんがみると,通常,原告は,過失相殺や損益相殺等により当該債権の全額が認容されることはないとの予測をした上,予想される認容額を多少上回る額を一部として請求し,訴訟の経過や一審判決の結果等により予想される最終的な認容額に対応して請求の拡張をしている例が多いと考えられる。言い換えると,一部請求をする原告自身,当該訴訟1回でもって現存する債権全額を請求する意図をもって訴訟追行をしているのが多くの実情であると考えられ,だからこそ,原告は,請求債権の全部について主張立証を行い,被告の抗弁(消滅等)があれば反論反証を行っているものと考えられる。
(エ) そして,本件訴訟は,当初から控訴人の運行供用者性や一郎の他人性が争点となることが予想されていた上,控訴人の損害賠償責任が認められた場合の損害額の認定においても,過失相殺や好意同乗による減額の抗弁が主張されることが予想されていた事案ということができる(なお,控訴人及び控訴人補助参加人は,原審では上記のような抗弁を主張しなかったが,少なくとも好意同乗による減額の抗弁に関し,その基礎となる事実関係についての主張はしていたと評価することができるし,控訴人は,当審で〔当裁判所の求釈明を受けて〕好意同乗による減額の抗弁を明確に主張するに至っている。)。被控訴人らは,このような本件事案の内容や予想される争点のほか,本件訴訟の提起に先立つ自賠責保険金(3000万円)の請求に対し,控訴人補助参加人が支払を拒否したことをも考慮して,総損害額のうち,少なくとも自賠責保険金と同額の3000万円に弁護士費用300万円を加えた総額3300万円(被控訴人らそれぞれにつき1650万円)の支払を求め,訴訟の経過や一審判決の結果等により予想される最終的な認容額に対応して請求を拡張することも視野に,本件訴訟を提起したものということができる。そして,被控訴人らは,控訴人が損害賠償責任を負うことの主張立証のほか,本件事故により一郎及び被控訴人らの被った損害額の全部についての主張立証を行っていたことは,記録から認めることができる。
(オ) 損害賠償請求訴訟等における一部請求の相手方である被告の立場からみても,一部請求の審理方法や裁判所の判断方法が前記(ウ)で説示したとおりであることからすると,訴訟の経過や一審判決の結果等により,後日,原告が請求の拡張をするであろうことは容易に予測することができるといえるし,別訴ではなく請求を拡張する方法によるならば,当該訴訟1回だけで既判力のある終局判決が得られるから,被告がいつまでも不安定な立場に置かれるということもないと考えられる。
(カ) 以上の説示によれば,被控訴人らは,本件訴訟において,認容を求める請求額の上限を画して訴えを提起してはいるものの,特段損害項目を特定して請求額を限定したものではなく,本件事故により一郎及び被控訴人らの被った全損害につき,自賠法3条本文に基づく損害賠償請求権を有することを主張し,請求額を超える全損害の内容及び損害額の主張立証をし,単に請求した額の限度での支払を求めていたにすぎないのであるから,そのような事実関係の下においては,被控訴人らは,本件訴訟の提起及び係属により,当審拡張請求(残部請求)部分についてもこれを行使する意思を継続的に表示していたものと評価するのが相当であって,同部分につき,民法153条にいう「催告」が継続していたと解するのが相当である。
エ 控訴人の主張の検討
(ア) 控訴人は,「明示的一部請求において,残部に対する『裁判上の請求』としての時効中断効がないのは,昭和34年判例のほか,最高裁昭和37年8月10日第二小法廷判決(民集16巻8号1720頁),最高裁昭和43年6月27日第一小法廷判決(裁集民91号461頁),最高裁昭和45年7月24日第二小法廷判決(民集24巻7号1177頁)などから明らかなように,明示された一部が訴訟物とされ,残部は訴訟物とされていないからである。そして,明示的一部請求の場合,訴訟物は明示された一部であり,訴訟の係属もその部分のみに生じており,そうであるからこそ,『裁判上の請求』としての時効中断効が生ずるのも明示された一部のみである。にもかかわらず,『裁判上の催告』としては明示された一部にとどまらず,請求されていない(訴訟物になっていない)残部に及ぶというのは,全くおかしなことといわなければならない。したがって,明示的一部請求の場合,訴訟の係属はその部分についてのみ生ずるという判例の考え方を是認する限り,請求の対象とならない残部に何らかの法的効果が及ぶということは認められない。」旨主張する(前記第2の4(3)のイ(イ))。
しかしながら,控訴人が引用する昭和34年判例及び最高裁昭和43年6月27日判決は,明示的一部請求につき,訴えの提起という「裁判上の請求」(民法149条)により時効中断の効力が生ずる範囲について判示したものであり,最高裁昭和37年8月10日判決は,1個の債権の数量的な一部請求についての判決の既判力が及ぶ範囲について判示したものであり,最高裁昭和45年7月24日判決は,一部請求の趣旨が明示されていない場合の訴え提起による時効中断の範囲について判示したものであって,いずれも明示的一部請求における残部に「催告」(同法153条)としての効力が生ずるか否かについて判示したものでないことは,その判文から明らかである。
また,前記ウ(ウ)で説示したとおり,損害賠償請求訴訟等における一部請求の実情にかんがみると,明示的一部請求訴訟においては,原告が債権の数量的一部を訴訟物として明示しつつも,それはあくまで請求額の上限を画する意味にとどまり,訴訟手続における具体的な主張立証活動に照らせば,残部について権利行使をしていると評価でき,その意思を表明していると認められる場合が存するのであって,明示的一部請求訴訟であるがゆえに,直ちに残部について権利行使の意思がないとか,当該意思が表明されていないとすることは,論理に飛躍があるといわなければならない。
以上のとおりであるから,控訴人の上記主張は採用することができない。
(イ) 控訴人は,「消滅時効の制度は,権利の上に眠る者を保護しない一方,債務者をいつまでも請求を受ける立場に置かないというところにある。本件の場合,被控訴人らは,控訴人らに対し,損害賠償債権の一部を明示して請求をし,今日まで訴訟を継続してきたのであり,この間,いつでも請求を拡張することができたのである。にもかかわらず,被控訴人らは,請求を拡張することなく,残部について消滅時効期間を徒過したものであるから,正に権利の上に眠ってきたのである。このような被控訴人らを,明示的一部請求の残部について,『裁判上の催告』としての時効中断効はあるとして救済しなければならない理由はどこにもない。」旨主張する。
しかしながら,本件においては,被控訴人らは,その具体的な訴訟活動を通じて残部について「催告」しているものと認められるのであるから,控訴人の上記主張は,その前提において失当であって,被控訴人らは,権利の上に眠っているということはできないし,他方,債務者たる控訴人は,被控訴人らから権利行使を受けていることになるから,いつまでも不安定な地位に置かれているということもできない。
したがって,控訴人の上記主張も採用することができない。
(ウ) 控訴人は,平成10年判例を引用した上,「平成10年判例からすれば,いずれか一方の請求が他方の一部を請求するような関係にある場合には,その『残部』について『催告』の効果を生ぜしめることにはならない。」旨主張する。
しかしながら,平成10年判例は,被告が預金払戻金及び株券売却代金を不当に着服したため,同額の損害を被ったと主張する原告が,不法行為に基づく損害賠償請求訴訟を提起した後,その基本的な請求原因を同じくする不当利得返還請求として,上記着服金相当額の返還を求める訴えを追加したという事案につき,不法行為に基づく損害賠償請求訴訟の提起により,同訴訟係属中は上記着服金相当額についての不当利得返還請求権行使の意思が継続的に表示されているから,上記不当利得返還請求権につき「催告」が継続していたものと解するのが相当であると判示したものであって,本件と事案を異にしていることはいうまでもない。加えて,平成10年判例は,控訴人が主張するような,いずれか一方の請求が他方の一部を請求するような関係がある場合には,その残部について「催告」の効果が生じないことを判示したものでないことは,その判文から明らかである。
したがって,控訴人の上記主張も採用することができない。
(エ) なお,控訴人は,昭和53年判例を引用して,「明示的一部請求の残部に『催告』としての時効中断効を認めた東京地裁昭和48年12月20日判決(判例時報733号67頁),その控訴審である東京高裁昭和49年12月20日判決(判例時報769号50頁)に対し,昭和53年判例は,『原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて,本件退職手当残額債権の時効による消滅を認めなかった原審の判断は,その結論において正当として是認することができないものではない。』との理由を述べており,明示的一部請求について残部の時効中断を認めないという判例の流れを変更したものではない。」旨主張する(控訴人の平成18年9月26日付け準備書面4項)。
確かに,上記東京地裁判決及び東京高裁判決は,原告が,本来支給されるべき退職手当金と現実の支給額との差額339万円余のうち10万円の支払を求めるという前訴を提起し,原告主張の額の退職手当金債権が存在していることを認めて原告勝訴の判決が確定した後,会計法による退職手当金債権の消滅時効期間経過後に,原告が後訴で残額の支払を求めたという事案において,原告の前訴が明示的一部請求訴訟であることを前提に,前訴につき残部請求権の「裁判上の催告」としての効力を認め,被告の消滅時効の抗弁を排斥して原告勝訴の判決をしたのに対し,上告審である昭和53年判例は,上記の理由を述べて,結論として債務者側の上告を棄却する判決をしたものである。
しかしながら,この昭和53年判例の上記理由付けは必ずしも判然としないものの,明示的一部請求訴訟における残部についての「裁判上の催告」としての効力につき,最高裁判所が積極的に是認したものでないことはともかくとして,少なくとも,最高裁判所が上記事案における法律解釈として,残部につき「裁判上の催告」の効力が生ずると認める余地はないとの判断を示したものではないというべきであるから,結局のところ,明示的一部請求訴訟において,残部につき権利行使の意思が表明されているか否かは,そのような事実が認められるか否かという事実認定の問題に帰着すると考えられるのであって,そうである以上,本件訴訟の提起により当審拡張請求(残部請求)部分について「催告」としての効力があると認めたとしても,昭和53年判例や昭和34年判例等に抵触するものではないというべきである。
したがって,控訴人の上記主張も採用することができない。
(4) まとめ
以上のとおり,被控訴人らの当審拡張請求(残部請求)は,本件訴訟の提起,係属により催告が継続していたものであるところ,被控訴人らは,本件訴訟係属中の平成18年5月26日,附帯控訴をして上記請求をしたのであるから,これにより上記請求権の消滅時効につき中断の効力が確定的に生じたものというべきである。
したがって,被控訴人らの再抗弁(時効中断事由としての催告)が認められる結果,控訴人の抗弁(消滅時効)は理由がないことに帰する。
第4 結論
以上によれば,被控訴人らの請求(当審拡張請求を含む。)は,控訴人に対し,被控訴人らそれぞれにつき3207万4037円及びうち2916万4037円に対する平成13年3月24日から,うち291万円に対する平成16年2月21日から各支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で認容し,その余を棄却すべきものである。
よって,本件控訴は理由がないから棄却し,本件附帯控訴(当審拡張請求)に基づき,原判決を上記判断に従って変更することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・紙浦健二,裁判官・小池晴彦,裁判官・島岡大雄)