高松高等裁判所 平成17年(ネ)65号 判決 2005年12月09日
控訴人
春山夏子
同訴訟代理人弁護士
田本捷太郎
被控訴人
医療法人公世会
同代表者理事長
公文正光
同訴訟代理人弁護士
岡村直彦
同
長山育男
主文
1 原判決を次のとおり変更する。
2 被控訴人は,控訴人に対し,金120万円を支払え。
3 控訴人のその余の請求を棄却する。
4 訴訟費用は,第1,2審を通じ,これを4分し,その3を控訴人の負担とし,その余を被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は,控訴人に対し,500万円を支払え。
第2 事案の概要
次のとおり補正するほかは,原判決の「事実及び理由」中,「第2 事案の概要」記載のとおりであるから,これを引用する。
1 原判決2頁3行目「被告病院」とあるのを,「被控訴人病院」と改める。
2 原判決2頁6行目「入院」の次に,「(診療契約を締結)」を加える。
3 原判決2頁9,10行目「高知医科大学附属病院(以下「高知医大病院」という。)」とあるのを,「旧高知医科大学附属病院(現高知大学医学部附属病院,以下「高知大学附属病院」という。)」と改める。
第3 争点に対する判断
1 前記争いのない事実等と,甲2ないし8,9の1・2,11,13の1・2,14,15,18ないし21,乙1,2の1・2,3,4,5の1ないし13,6の1ないし7,7の1ないし12,証人甲野一美(原審),同倉本秋(原審),同乙山二美(当審),控訴人(原審)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(1) 控訴人は,平成13年3月16日に被控訴人病院内科の丙川一郎医師(以下「丙川医師」という。)の診察を受け,麻疹及び重症の肺炎(疑い)と診断された。控訴人には全身麻疹,呼吸困難の症状があり,約38,39度の熱も出ていたため,そのまま被控訴人病院の個室に入院することになった。
当時,被控訴人病院の病床数(4階)は46で,看護師12名,准看護師4名,看護助手7名の計23名で看護体制をとっており,日勤では看護師6,7名,看護助手2,3名が,夜勤では看護師2,3名,看護助手1名がおり,引継ぎはカーデックス(患者ごとにとるべき看護措置等を記載した文書)により行っていた。被控訴人病院は,平成12年の夏ころから高知県立中央病院に看護師を派遣し,勉強会を開くなど褥瘡対策を始め,平成13年当時には,褥瘡対策として自力で動けない患者に対し,約2時間毎の体位変換,体の清拭,タッピング(マッサージ)等を行うものとしており,体圧分散用具として,体位変換枕やエアーマットも保持していた(なお,被控訴人病院は,平成14年9月までに後記褥瘡対策未実施減算に対応する体制を整備した。)。
控訴人は,被控訴人病院に入院当初,意識はあり,手足も動かせる状態で,安静度については病室内歩行とされ,やせは見られなかったが,栄養状態は不良であった。
(2) 被控訴人病院入院後,控訴人の熱はいったん下がったが,同月19日,控訴人は再び40度近くの高熱を発して意識障害を起こし,同月21日まで40度を超す熱が出て,麻疹の合併症として髄膜炎が疑われた。そして,控訴人は自力で寝返りができないようになり,発汗も多量で尿失禁もあったため,被控訴人病院の看護師は,ベッドバス(ベッドの上で患者の体を清拭すること。被控訴人病院の看護記録等ではB・Bと記載されている。)や寝間着の更衣を行い,尿路カテーテルの挿入(同月21日)を実施した。被控訴人病院にはエアーマットも備え付けられており,有料で使用できたが,控訴人には使用されなかった。控訴人は,同月25日,26日には,看護師と普通の会話ができる程度に回復し,熱も落ち着いてきたが,麻疹脳炎の後遺症と思われる両下肢の運動障害が生じた。
平成13年3月19日から同月26日までの期間中の控訴人の体位変換について,被控訴人病院の看護記録には同月21日23時の欄に「側臥位にすると腰部にかけての痛みup」,同月22日6時の欄に「体交にて全身痛訴う」,同月23日23時の欄に「体変時にも痛がるもすくみ痛の訴えである。側臥位とする。」,同月24日23時の欄に「体変時腰痛訴え」,同月25日3時の欄に「体変時腰&両下肢痛あり」,同日21時の欄に「体位変換時腰背部痛あり」,同月26日14時の欄に「左側臥位ですごす」,同日21時の欄に「体変時の痛がり様軽減している」との記載がある。
また,当該期間中の控訴人の体の清拭等について,被控訴人病院の看護記録には同月20日21時の欄に「BB更衣施行す」,同月21日3時の欄に「尿失禁多量 シーツ・病衣交換す」,同日5時の欄に「B・B更衣」,同日6時の欄に「B・B更衣す」,同日19時の欄に「B・B更衣」,同月25日6時の欄に「BB」の記載があり,温度板には同月19日(月)の欄に「清拭」,同月20日(火)の欄に「B・B更衣」,同月23日(金)の欄に「清拭」(ゴム印),同月26日(月)「清拭」(ゴム印)の記載があり,これらの記載内容,方法からすると,被控訴人病院は基本的に月曜日と金曜日に清拭を実施し,それ以外にも控訴人の発汗が多いときや失禁したとき等必要に応じて清拭を実施していたことが認められる。
(3) 丙川医師は,同月24日,控訴人の仙骨部に褥瘡(最終的な診断はⅣ度)を見つけ,同月25日,患部にオルセノン軟膏(50g)を塗布するよう看護師に指示した。同医師は,同月27日に右踵部の褥瘡(最終的な診断はⅡ度)に気付いた。同医師は,同日,控訴人に被控訴人病院の皮膚科を受診させた。
被控訴人病院の看護師らも,同月25日に仙骨部の褥瘡(径約7cmの発赤と同2cmの黒色部分であったが,同月29日には黒く表皮壊死した状態になった。),同月25,26日に左踵部の褥瘡(最終的な診断はⅣ度)を見つけ,仙骨部には,同月25日に外皮用剤のモーラス,ガーゼを貼り,オルセノン軟膏を塗布し,同月29日以降,ガーゼを貼り,踵部には,同月31日以降,ガーゼを貼る等の処置をした。
(4) 丙川医師は,同月29日,控訴人及び控訴人の母親に両下肢の運動障害の回復のためにリハビリをする必要があることを説明した。
控訴人は,個室料を支払い続ける経済的余裕がなかったことから,同月31日に個室から大部屋に移り,両下肢の運動障害のリハビリを始めた。控訴人は,同年4月1日に退院を希望したが断られ,同月7日には他の病院でリハビリを行いたい旨述べた。そこで,被控訴人病院内科の丁田二郎医師(以下「丁田医師」という。)は,同月8日,控訴人に高知大学附属病院の老年病科奥宮清人医師を紹介し,同月9日に同医師の診察を受けた控訴人は,同病院のベッドが空き次第転院することになった。
丁田医師は,同月10日,控訴人に被控訴人病院の皮膚科の診断を受けさせた。同科の医師は,控訴人の臀部の壊死した皮膚を切除し,外用剤であるソアナースパスタを塗布してガーゼを貼り,左踵部を包帯で保護する措置をとった後,控訴人に高知大学附属病院の皮膚科を紹介した。
(5) 控訴人は,同月12日,高知大学附属病院の老年病科に転院して両下肢の知覚,運動障害のリハビリを続け,同月13日には同病院の総合診療部で褥瘡の診察を受け,同月16日以降同部の倉本秋医師(以下「倉本医師」という。)から褥瘡の治療を受けた。
高知大学附属病院に入院した後,控訴人の歩行障害はリハビリにより徐々に改善し,右踵部の褥瘡は同月下旬に略治し,仙骨部の褥瘡も同年5月1日の切開手術を経て快方に向かった。控訴人は,同月29日に高知記念病院に転院し,引き続き歩行障害のリハビリ(歩行訓練),褥瘡の治療(洗浄,薬塗布)を行った。そして,仙骨部の褥瘡は同年8月21日ころに,左踵部の褥瘡は同年11月6日ころにそれぞれ略治した。
以上の事実が認められる。
2 褥瘡の予防及び治療に関する医学的知見について,甲12,16の1ないし6,17の1ないし8,22の1ないし5,証人倉本秋(原審)によれば,次のとおり認められる。
(1) 褥瘡は,床ずれともいわれ,長時間ベッドに臥床し,可動性の減少,活動性の低下,知覚認知の障害が見られる患者等の身体の局所に持続的な圧迫やずれ(摩擦)が加わることにより,局所付近の皮膚や皮下組織が血行障害を起こし,壊死することをいう。褥瘡の直接的な原因は圧迫やずれであるが,褥瘡を生じやすい要因として,加齢,やせ,湿潤(失禁),低栄養状態等が挙げられる。褥瘡の好発部位は,骨の突起部があり体圧が集中する仙骨部(50%以上),大転子部,踵骨部等である。
(2) 褥瘡の予防のためには,ベッド上の患者であれば,圧迫を除去するための2時間毎の体位変換,体圧分散寝具(エアーマット)の使用,清拭等によるスキンケア,栄養状態の管理を行うことが有効とされている。なお,実験データでは,褥瘡は17分程度の圧迫で発生するが,褥瘡発生の減少率と,看護師の負担を考慮して,体位変換は2時間毎にするのが一般的である。
倉本医師の勤務する高知大学附属病院では,褥瘡予防のため,エアマットを使用し,かつ2時間毎の体位変換を励行しているが,褥瘡の発生率は,平成15年度は0.5%,平成13年度は1%以上,Ⅳ度という重度の褥瘡の発生率は0.1%以下であるとしている。
(3) 褥瘡は,深達度によってⅠ度(圧迫を除いても消退しない発赤,紅斑),Ⅱ度(真皮までにとどまる皮膚障害,すなわち水疱やびらん,浅い潰瘍),Ⅲ度(傷害が真皮を越え,皮下脂肪層にまで及ぶ褥瘡),Ⅳ度(傷害が筋肉や腱,関節包,骨にまで及ぶ褥瘡)に分類される。褥瘡の深達度は,発生時に概ね決まっているが,急性期に表皮の状態の所見からでは,Ⅰ度やⅡ度の浅い褥瘡でとどまるのか,Ⅲ度やⅣ度の深い褥瘡に進展するのか不明であることが多い。褥瘡が発生した場合,浅い褥瘡に対してはポリウレタンフィルムによる保護や吸水性のあるドレッシング材の塗布,深い褥瘡に対しては,黒色に壊死した組織を外科的に切除し,その後外用剤・ドレッシング材を塗布する等の治療方法が適切である。いったん発生した褥瘡の進行を止めることは困難であるが,患部に更に圧力が加わることを防いだり,他の場所に対する予防措置を講ずることは可能である。
(4) 従来「褥瘡は看護の恥」とされ,その予防,治療は看護師の経験や勘に委ねられ,医師側に余り理解がなかった面があり,円座の使用,皮膚のマッサージ,患部の乾燥等,褥瘡の研究が進む中で適切でないと考えられるようになった措置がある。このように,我が国の病院における褥瘡対策は不十分な面があったことから,厚生労働省は,平成14年10月1日から褥瘡対策未実施減算を始め,病院内における褥瘡対策チームの設置,褥瘡対策に関する計画の作成及び体圧分散マットレス(無料)等に関する態勢の整備を保険診療の面から義務付けた。
3(1) 前記1のとおり,控訴人は,被控訴人病院に入院中,麻疹脳炎を発症し,平成13年3月19日ころから同月24日ころまでの間,意識障害により体動がなくなり,湿潤にさらされるなどしたため,持続的圧迫やずれにより血行障害を起こし,褥瘡の好発部位である仙骨部(Ⅳ度)及び左踵部(Ⅳ度)及び右踵部(Ⅱ度)に褥瘡を発症したことが認められる。
被控訴人病院では,控訴人が上記期間中,上記のとおり,褥瘡を発症し易い状態であることを認識していたから,控訴人について2時間毎の体位変換を実施するなどして褥瘡の発症を予防すべき注意義務があったと認められる。
控訴人は,被控訴人病院に入院中,被控訴人病院の看護師らによって体位変換をされたことはなかった旨主張し,その陳述書(甲11,14)及び本人尋問(原審)には,これに沿う部分がある。控訴人は,上記期間中,意識障害があったから,上記供述は,控訴人の推測にとどまるものと解され,これに必ずしも信を措くことはできない。控訴人の実母である乙山二美(以下「乙山」という。)は,その陳述書(甲15,21)及び証人尋問(当審)において,「控訴人の入院中,毎日,朝(午前9時ころ),昼(午後0時ころ),夕(5時から6時ころ)と3回,約20分間,控訴人を見舞っていたが,控訴人が意識がなくなっている間,被控訴人病院の看護師らが体位交換を行ったり,病衣を取り替えてくれたことは一度もなかった。」旨供述する。
他方,被控訴人は,控訴人に対し,上記期間中,2時間毎の体位変換を中心とする褥瘡予防措置を実施していた旨主張し,被控訴人病院の看護師主任である甲野一美は,その陳述書(乙3)及び証人尋問(原審)において,これに沿う供述をする。
(2) そこで,控訴人に対し,平成13年3月19日から同月24日ころまでの間,被控訴人病院の看護師らによって,2時間毎の体位変換を中心とする褥瘡予防措置がとられたかどうかについて判断する。
ア 前記1(2)に認定した事実によれば,被控訴人病院の診療録(乙1)中の看護記録には,平成13年3月19日から同月26日までの期間中の控訴人の体位変換について,同月21日23時の欄に「側臥位にすると腰部にかけての痛みup」,同月22日6時の欄に「体交にて全身痛訴う」,同月23日23時の欄に「体変時にも痛がるもすくみ痛の訴えである。側臥位とする。」,同月24日23時の欄に「体変時腰痛訴え」,同月25日3時の欄に「体変時腰&両下肢痛あり」,同日21時の欄に「体位変換時腰背部痛あり」,同月26日14時の欄に「左側臥位ですごす」,同日21時の欄に「体変時の痛がり様軽減している」との記載があるが,上記以外に体位変換がされたことの記載がない。甲野証人は,2時間毎の体位変換は,看護計画(引継ぎのためのカーデックス)に記載されていたので,体位変換をした際,痛みを訴える等異常があったときにのみ,その旨看護記録に記載し,異常がなかった場合は記載しなかったためであると証言する。しかし,カーデックスも既に廃棄してしまって存在せず,上記証言を裏付けるものは他になく,看護記録にもその記載がないので,被控訴人の主張する2時間毎の体位変換がなされたことを積極的に認めることは困難である。
被控訴人は,体位変換の際,控訴人が側臥位にしても勝手に仰臥位に戻っていた旨主張するが,被控訴人病院の診療録にその旨の記載はない上,控訴人は意識障害があり,自発的な体動は困難な状態であったと認められるから,控訴人が側臥位に体位変換されたのに,勝手に仰臥位に戻っていたとの事実を認めることはできない。
また,被控訴人は,控訴人の実母乙山に対し,エアーマットの使用を勧めたが,同人は,経済的負担がかかるとしてその使用を断った旨主張し,証人甲野はこれに沿う証言をするが,証人乙山は,エアーマットの使用を勧められたことを否定しており,エアーマットの使用料は1日200円と低額であったから,被控訴人病院の看護師らがその効用を説明して使用を勧めたとすれば,乙山が経済的負担がかかるとしてその使用を断ったとは考え難いことからすれば,被控訴人の上記主張を採用することはできない。
控訴人の体の清拭等について,被控訴人病院の看護記録によれば,3月20日21時の欄に「BB更衣施行す」,同月21日3時の欄に「尿失禁多量 シーツ・病衣交換す」,同日5時の欄に「B・B更衣」,同日6時の欄に「B・B更衣す」,同日19時の欄に「B・B更衣」,同月25日6時の欄に「BB」の記載があり,温度板には同月19日(月)の欄に「清拭」,同月20日(火)の欄に「B・B更衣」,同月23日(金)の欄に「清拭」(ゴム印),同月26日(月)「清拭」(ゴム印)の記載があり,上記記載内容等からすれば,被控訴人病院では,基本的に月曜日と金曜日に清拭を実施するほか,必要に応じ清拭を実施していたことが認められ,控訴人に対しては,多量の発汗や尿失禁のあった3月20日夜から同月21日にかけて頻回に清拭を実施していたことが認められるが,それ以外に必要に応じた清拭が入念に行われたことを認めるに足りない。
イ 前記2に認定した事実によれば,実験データでは,褥瘡は17分程度の圧迫で発生するとされ,2時間毎の体位変換を実施しても,褥瘡を完全に予防することは困難とされるものの,エアーマットを使用し,かつ2時間毎の体位変換を励行している高知大学附属病院では,褥瘡の発生率は,平成15年度は0.5%,平成13年度は1%以上,Ⅳ度という重度の褥瘡の発生率は0.1%以下とのことであり,2時間毎の体位変換を実施していれば,控訴人のように重度(Ⅳ度)の褥瘡が発症することは,極めてまれであることが認められる。
ウ 前記1(3)に認定した事実によれば,控訴人について,被控訴人病院の医師や看護師らは,3月25日から26日にかけて仙骨部(最終的な診断は,Ⅳ度)や両踵部(最終的な診断は,左踵部Ⅳ度,右踵部はⅡ度)の褥瘡を発見した。発見時,仙骨部の褥瘡は,径約7cmの発赤と同2cmの黒色部分であったが,同月29日には黒く表皮壊死した状態になった。被控訴人病院の医師や看護師らは,同月25日にガーゼを貼り,オルセノン軟膏を塗布し,同月29日以降ガーゼを貼る等の処置をしたことが認められる。
前記2(3)の事実によれば,褥瘡の深達度は,発生時に概ね決まっており,急性期においてはその深達度を推測することは困難であり,いったん発生した褥瘡の進行を止めることは困難であるが,浅い褥瘡に対しては,ポリウレタンフィルムによる保護や吸水性のあるドレッシング材の塗布,深い褥瘡に対しては,黒色に壊死した組織を外科的に切除し,その後外用剤・ドレッシング材を塗布する等の治療方法が適切であるとされている。
厚生省老人保健福祉局老人保険課監修の「褥瘡の予防・治療ガイドライン」(1998年10月第1版発行,甲17の1ないし8)によれば,褥瘡は,急性期(黒色期)から慢性期(黒色期,黄色期,赤色期,白色期)へと順次移行するが,黒色期には,黒色壊死組織を除去すること,黄色期には,深部の壊死組織や不良肉芽を除去し,感染や大量の滲出液をコントロールすること,赤色期(壊死組織が除かれて赤色の肉芽組織が増殖しようとする時期)には,肉芽組織が速やかに組織欠損を補填できるような環境をつくるための外用剤を使用することが治療目標とされる。被控訴人病院で使用されたオルセノン軟膏は,赤色期(慢性期)の褥瘡に対して使用される薬剤であり,急性期(黒色期)にあったと認められる仙骨部の褥瘡について同剤の使用が有効であったかどうか疑問である。
エ 上記事実に加え,控訴人に対する被控訴人病院の看護状況に関する乙山の供述内容は,詳細かつ具体的であり,控訴人の症状やその経過,看護師や医師らとのやり取りに関する供述は,被控訴人病院の診療録との記載とも符合していると認められることからすれば,同人の陳述書(甲15,21)及び同人の証言(当審)を信用できるが,これに反する甲野の陳述書(乙3)及び同人の証言(原審)は,これを採用することはできない。
(3) 以上によれば,控訴人は,被控訴人病院に入院中,症状の最も重いⅣ度の褥瘡に罹患したが,同症状は,2時間毎の体位変換をしていればほとんど発症しないものであること,同症状は,控訴人が意識障害を起こして体を動かすことができなかった平成13年3月19日から同月24日ころまでの間に発症したこと,及び上記乙山証言(当審)その他上記認定事実を総合すると,被控訴人病院の医師や看護師らは,控訴人に対し2時間毎の体位変換を中心とする褥瘡予防措置を実施しなかった過失があったと認められ,被控訴人病院には,診療契約上の債務不履行に基づく損害賠償責任があると解される。
4 損害
控訴人は,被控訴人病院の債務不履行により,仙骨部及び左踵部にⅣ度,右踵部にⅡ度の褥瘡を発症し,仙骨部と左踵部は最重度のものであったため,長期間にわたる入通院治療を要したものであり,その治癒後も仙骨部には深い醜状瘢痕が残り,女性として多大な精神的苦痛を受けたと認められる。他方,控訴人は,被控訴人病院で麻疹脳炎を発症し,被控訴人病院は,主としてその治療に意を注いでいたと認められること,被控訴人病院を退院後,高知大学付属病院や高知記念病院では,麻疹脳炎の後遺症である両下肢の知覚・運動障害等のリハビリ治療と併行して褥瘡治療を行っていたことが認められること,その他本件に顕れた一切の事情を考慮すれば,慰謝料として120万円をもって相当とする。
第4 結論
以上によれば,控訴人の請求は,被控訴人に対し,債務不履行に基づく損害賠償請求権により,120万円の支払を求める限度で理由があるが,その余は失当として棄却すべきである。よって,これと異なる原判決を上記のとおり変更することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・馬渕勉,裁判官・吉田肇,裁判官・平出喜一)