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高松高等裁判所 平成17年(行コ)3号 判決 2005年7月22日

主文

1  本件控訴をいずれも棄却する。

2  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第1  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  本件を高松地方裁判所に差し戻す。

第2  事案の概要

原判決の「事実及び理由」中、「第2 事案の概要」記載のとおりであるから、これを引用する。

第3  争点に対する判断

1  争点(1)について(本件規定による1年の期間制限は、本件監査請求にも適用されるか。)

(1)  控訴人らが本件訴訟において主張する「怠る事実」は、A前町長が、本件請負契約に基づいてなされた本件工事について、香川町長としての注意義務に違反して井下組に対して、何ら債権を保全する措置を講ぜず、結果的に、井下組に対する損害賠償請求権を除斥期間の経過により消滅させ、当該出費額相当の金額の損害を香川町に生じさせたにもかかわらず、香川町がA前町長に対し、その損害賠償請求権の行使を怠っているというものである。

そこで、かかる「怠る事実」についての監査請求に、本件規定が適用されるかが問題となる。

(2)ア(ア) 法242条1項は、普通地方公共団体の住民が当該普通地方公共団体の違法、不当な財務会計上の行為又は怠る事実につき監査請求することができるものと規定しているところ、本件規定は、上記の監査請求の対象事項のうち行為については、これがあった日又は終わった日から1年を経過したときは監査請求をすることはできないものと規定している。これは、財務会計上の行為は、たとえそれが財務会計法規に違反して違法であるか、又は財務会計法規に照らして不当なものであるとしても、いつまでも監査請求ないし住民訴訟の対象となり得るとしておくことは、法的安定性を損ない好ましくないことから、監査請求をすることができる期間を行為が完了した日から1年間に限ることとするものである。

これに対し、上記対象事項のうち怠る事実についてはこのような期間制限は規定されておらず、住民は怠る事実が現に存する限り、いつでも監査請求をすることができる(最高裁昭和53年6月23日判決・集民124号145頁)。これは、本件規定が、継続的行為について、それが存続する限りは監査請求期間を制限しないこととしているのと同様に、怠る事実が存在する限りこれを制限しないこととするものと解される。

(イ) ところで、監査請求が実質的には財務会計上の行為を違法、不当と主張してその是正等を求める趣旨のものにほかならないと解されるにもかかわらず、請求人において、当該行為が違法、無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使という「怠る事実」として構成し監査請求の対象とする形式を採りさえすれば上記の期間制限が及ばないことになるとすると、本件規定の趣旨を没却することになるものといわざるを得ない。そして、監査請求の対象として何を取り上げるかは、基本的には請求をする住民の選択に係るものであるが、具体的な監査請求の対象は、当該監査請求において請求人が何を対象として取り上げたのかを、請求書の記載内容、添付書面等に照らして客観的、実質的に判断すべきである。

そうすると、「怠る事実」を対象としてされた監査請求であっても、特定の財務会計上の行為が財務会計法規に違反して違法であるか又はこれが違法であって無効であるからこそ発生する実体法上の請求権の行使を怠る事実を対象とするものである場合には、当該行為が違法とされて初めて当該請求権が発生するのであるから、監査委員は当該行為が違法であるか否かを判断しなければ当該「怠る事実」の監査を遂げることができないという関係にあり、これを客観的、実質的にみれば、当該行為を対象とする監査を求める趣旨を含むものとみざるを得ず、したがって、このような場合、本件規定は、当該行為のあった日又は終わった日を基準として適用されるべきである(最高裁昭和62年2月20日判決・民集41巻1号122頁、同平成14年7月2日判決・民集56巻6号1049頁)。

イ(ア) 本件においては、上記認定事実によれば、<1>香川町は、平成7年11月24日、井下組との間で本件請負契約を締結し、井下組は、平成8年3月25日までに、チェリーコンサルタント作成の本件設計図書に依拠して本件工事を終了して、香川町に引き渡したところ、平成9年2月10日、本件工事による土壁構造物にテールアルメ擁壁面の腹みだし等の変位が発生していることが確認され、香川町は、その修補費用として8150万9921円の出費を余儀なくされ、同額の損害を被ったこと、<2>これに対して、香川町は、上記の瑕疵の責任が、本件工事に関する本件設計図書を請け負ったチェリーコンサルタントにあると判断し、平成11年4月、チェリーコンサルタントを被告として、損害賠償として8150万9921円(及び遅延損害金)を求める本件先行訴訟を提起したが、平成15年10月31日、香川町の請求は、控訴審で請求を拡張した部分も含めて棄却され、同判決は同年11月15日確定したこと、<3>そこで、控訴人らは、同年12月10日、本件監査委員らに対し、香川町の被った損害を補填するために必要な措置を講ずべきことを請求する旨の本件監査請求を行ったが、平成16年2月6日、これが理由なしとされたこと、<4>控訴人らは、同月26日、A前町長が、債務不履行及び不法行為により、香川町の井下組に対する損害賠償請求権を除斥期間の経過により消滅させたとして、香川町に対し、A前町長へ、その損害賠償を請求するよう求める本訴を提起したことの各事実が認められる。

(イ) 以上からすれば、控訴人らが主張する「怠る事実」は、井下組により行われた本件請負契約に基づく本件工事に瑕疵が存在し、香川町が井下組に対し損害賠償請求権を有していたにもかかわらずかかる損害賠償請求権を除斥期間の経過により違法に消滅させたことを前提とするものであって、本件監査委員らは、以上の事実の有無を判断しなければ、「怠る事実」についての監査を遂げることができない関係にある。

したがって、本件監査請求は、これを客観的、実質的にみれば、香川町がA前町長に対する損害賠償請求権の行使を怠っていることの前提として、香川町が井下組に対して有する損害賠償請求権を消滅させた事実を対象とする監査を求める趣旨を含むと解するのが相当である。

(3)ア  しかしながら、香川町がA前町長に対する損害賠償請求権の行使をしないことだけでなく、香川町が井下組に対して有する損害賠償請求権を行使しないことも、財産の管理を怠っていることであって、それ自体はまさに「怠る事実」であるので、香川町が井下組に対して有する損害賠償請求権を消滅させた事実について、本件規定が適用されるのか否かが次の問題となる。

イ  確かに、「怠る事実」については、本件規定による期間の制限なく監査請求できるのであるから、香川町が井下組に対して有する損害賠償請求権を行使しないまま一定期間が経過して除斥期間徒過により権利を消滅させたとしても、「怠る事実」には変わりはなく、本件規定は適用されないとも考えられるところである。

しかしながら、財務会計上の行為についてのみ法が監査請求期間を制限した理由は、財務会計上の行為については行為が完了した以上は、いつまでも監査請求できるとするのが法的安定性を損ない好ましくないことにあると考えられる。そうだとすれば、財産の管理を一定期間怠ったことによって、除斥期間の経過により財産にかかる権利を行使できなくさせた場合においては、その是正手段として権利を行使することはもはやできないのであるから、権利消滅後は財産の管理を怠っている状態は終了したのであって、むしろ権利を消滅させた点で財産を処分したのと同視して、原則として権利を消滅させた日を基準として監査期間の制限にかかる本件規定を準用すべきである。

ウ  したがって、香川町が井下組に対して有する損害賠償請求権を消滅させた事実について本件規定が準用されると解されるので、かかる事実についての監査請求を含んでいると考えられる本件監査請求にも本件規定が準用されるものと解される。

(4)ア  次に、監査委員が怠る事実の監査を遂げるためには、特定の財務会計上の行為の存否、内容等について検討しなければならないとしても、当該行為が財務会計法規に違反して違法であるか否かの判断をしなければならない関係にない場合には、これをしなければならない関係にあった上記昭和62年最高裁判決の場合と異なり、当該怠る事実を対象としてされた監査請求は、本件規定の趣旨を没却するものとはいえず、これに本件規定を適用すべきものではない(上記平成14年最高裁判決)。

そこで、上記を前提に、控訴人らは、本件においては、香川町は、A前町長に対し、債務不履行又は不法行為に基づき損害賠償請求権を有すると主張しているのであり、それが財務会計上違法か否かを判断しなければならない関係にはなく、本件監査請求に本件規定を適用することはできないと主張する。

イ  ところで、普通地方公共団体の長は、その普通地方公共団体が有する債権について、法240条、同法施行令171条ないし同条の7の規定に従い管理する必要があり、客観的に存在する債権を「理由もなく」消滅させることは許されない。

しかしながら、香川町がA前町長に対し債務不履行ないし不法行為による損害賠償請求権を取得するためには、香川町が井下組に対する瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求権を有しており、A前町長が上記財務会計法規に違反して「理由もなく」その債権を消滅させたことがその要件になるところ、井下組に対する損害賠償請求権を消滅させた債権管理が違法になるか否かは、上記債権の存在を確認する判断をするとともに、上記財務会計法規に違反する債権管理(債権消滅)があったか否かを判断しなければならないものである。控訴人らは、A前町長の違法行為は「香川町の井下組に対する損害賠償請求権を、除斥期間を徒過して同請求権を消滅させたこと」であると主張するが、上記除斥期間の徒過が違法になるか否かは、香川町の井下組に対する損害賠償請求権が存在するのに、上記財務会計法規に違反して「理由もなく」消滅させたとする判断をして初めて言えることである。

よって、香川町がA前町長に対し、債務不履行ないし不法行為に基づき損害賠償請求権を有するとの主張は、A前町長が香川町の井下組に対する瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求権があるのに理由もなく除斥期間経過により消滅させたという、財務会計法規上違法との判断をしなければ成立しない関係にあるから、本件監査請求には本件規定の適用を免れない。

2  争点(2)について(本件規定による監査請求期間の起算点はいつか。)

(1)  本件監査請求につき本件規定が適用される場合の監査請求期間の起算点は、前記のとおり、香川町が井下組に対して有する損害賠償請求権を消滅させた日(すなわち香川町が井下組に対して損害賠償請求権を行使できる期間の終了した日)となるのが原則である。

(2)  本件においては、前提事実(2)イ(カ)のとおり、香川町工事請負契約約款第37条によれば、香川町は、工事目的物に瑕疵があるときの瑕疵の修補又は損害賠償の請求は、その引渡しを受けた日から2年以内にこれを行わなければならないものとされ、また、工事目的物が瑕疵により滅失又は毀損したときは、香川町は、前記期間内で、かつ、その滅失又は毀損の日から6か月以内にその権利を行使しなければならないのであるところ、仮に、香川町の井下組に対する損害賠償請求権が発生していたとしても、当該損害賠償請求権は、同約款の規定によって、工事目的物の変位の発生が香川町によって確認された平成9年2月10日から6か月後の同年8月10日の経過をもって、あるいは遅くとも本件工事の目的物の引渡日である平成8年3月25日から2年後の平成10年3月25日の経過をもって消滅した、すなわち、控訴人ら主張の事実によれば、A前町長は、同期間の経過をもって、香川町から井下組に対する本件工事に関する損害賠償請求権を違法に消滅させたものである(なお、香川町工事請負契約約款第37条によれば、本件工事の瑕疵が井下組の故意又は重大な過失により生じた場合には、その瑕疵の修補又は損害賠償の請求をすることのできる期間は10年とされているが、控訴人らの本訴請求自体が、香川町の井下組に対する損害賠償請求権が除斥期間の経過により消滅したことを前提としていること、その他、本件工事の瑕疵が井下組の故意又は重大な過失による旨の主張、立証もないことからして、上記のとおり判断する。)。

そうすると、A前町長は、遅くとも平成10年3月25日までに、香川町の井下組に対する損害賠償請求権を消滅させたことになるから、本件規定による1年の監査請求期間は、同日から起算されるのが原則である。

(3)ア  ところで、財務会計上の行為が違法、無効であることに基づく実体法上の請求権がその行為の時点では発生しておらず又はこれを行使することができない場合には、かかる実体法上の請求権が発生し、これを行使することができることになった日を基準に本件規定を適用すべきと解される(最高裁判決平成9年1月28日・民集51巻1号287頁)ところ、本件のように、除斥期間の経過により財産にかかる権利を消滅させたことが違法であることに基づく損害賠償請求権の場合にも、上記と同様に、これを行使することができない場合には、かかる請求権を行使することができることになった日を基準に本件規定を適用すべきというべきである。

イ  そこで、本件が、「請求権を行使することができない場合」と言えるかについて検討する。

本件においては、控訴人ら自身も認めるように、チェリーコンサルタントに対する損害賠償請求と井下組に対する損害賠償請求は両立しない関係にあるわけではない。すなわち、チェリーコンサルタントの本件設計図書に瑕疵があり、かつ井下組の本件工事にも施工上の瑕疵があるという場合もあり得るし、チェリーコンサルタントの本件設計図書にも瑕疵がなく、かつ井下組の本件工事にも施工上の瑕疵がない(つまり本件工事による土壁構造物にテールアルメ擁壁面の腹みだし等の変位が発生したのは不可抗力である)という場合もあり得るのであって、本件先行訴訟の請求棄却が確定するまでは、A前町長に対する損害賠償請求権を行使することができない立場にあったということはできない。控訴人らは、香川町は「井下組の施工には瑕疵がなく一切責任はない」という主観的確信に基づいてチェリーコンサルタントのみに損害賠償を請求したというが、かかる確信が客観的根拠を有するか否かは別論としても、少なくともチェリーコンサルタントを訴えているからといって、香川町が、A前町長が井下組への請求権保全を違法に怠ったことを前提とする同前町長に対する損害賠償請求権の不行使をもって怠る事実とする監査請求をすることができないという関係にはない。

(4)  したがって、本件における本件規定による1年の監査請求期間は、原則どおり、平成10年3月25日から起算されるというべきである。

第4  結論

以上のとおりであるから、控訴人らの請求は、本件規定所定の監査請求期間を徒過し不適法であるから、いずれも却下すべきである。

よって、原判決は相当であり、本件控訴はいずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。

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