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高松高等裁判所 平成18年(ネ)100号 判決 2006年11月28日

主文

一  本件各控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第一控訴の趣旨

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人は、控訴人X1に対し一九六三万九一六五円、同X2、同X3、同X4及び同X5に対し各四九〇万九七九一円並びにこれらに対する平成一六年六月二日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

三  二につき仮執行宣言

第二事案の概要

一  事案の概要は、原判決「事実及び理由」中の「第二 事案の概要」記載のとおりであるから、これを引用する。ただし、原判決二頁八行目末尾に「原審が控訴人らの本件請求を棄却したため、控訴人らが控訴した。」を加える。

二  当審における当事者の新たな主張の大要は次のとおりである。

(控訴人ら)

B鑑定(甲四七)によれば、六五歳から七四歳の高齢者において、制限速度を超えてアクセルを踏み続けられるということを観測した下で致死的な心疾患が発症している確率の方が高いというためには、運転者が致死的な心疾患を発症しつつ、制限速度を超えてアクセルを踏み続けられる確率が一〇・二六パーセントを超える必要があるとされているところ、Aが事務所を出てから本件事故までの精々三分の間に発症し、かつ、運転不能をもたらす意識障害を伴う心疾患としては、狭心症発作に伴う心室細動(不整脈)による心臓急死しか考えられないが、心室細動の罹患率は五パーセントよりも低く、意識喪失状態下でアクセルを踏み続けられる可能性もほとんどないことなどからすれば、本件においては、上記確率は一〇・二六パーセント以下であることが明らかであるというべきであり、そうすると、アクセルを踏み続けられるということを観測した下で、致死的な心疾患を発症している確率よりも発症していない確率の方が高いということになる。

本件事故現場に至る緩やかな直線の下り坂に入る前に直角に近い急カーブが存しているところ、これを意識のない状態で走行することは不可能である上、約一〇〇メートルの直線の下り坂を走行するのに約七秒しか要しないことからすると、この約七秒程度の間に、Aが意識を失い、かつ、本件自動車を時速九〇ないし一〇八キロメートルにまで加速し得たというのは非現実的である。そうすると、本件事故がAの自殺でないことは当事者間に争いがないところ、致命的な心疾患の発症によるものでもないとすれば、Aが何らかの突発的な出来事あるいは勘違いによりアクセルを踏み続け、猛スピードでガードレールに衝突して気を失ったため、溜池に転落した後自力で脱出することができなかったものと考えることも十分可能である。したがって、本件事故はAの過失による外来の事故というべきである。

(被控訴人)

B鑑定は、一般的な統計資料に基づいて、前期高齢者の運転者が致死的な心疾患を発症しつつ、制限速度を超えてアクセルを踏み続けられる確率(一般的な可能性)を求めようとするものであり、その前提となる致死的心疾患発症の確率の算定資料が一般的に過ぎる点や、アクセルを踏み続けられる確率につき最高速度違反と徐行義務違反の検挙件数を用いている点でも、本件事故自体についての証明として適切とはいえない。

Aは、本件事故現場に至る緩やかな直線の下り坂を高速度で直進した上、ガードレールへ衝突して溜池に転落しながら、回避措置を講じた痕跡(スリップ痕やブレーキ痕)も、溜池転落後脱出を図った形跡もないところ、本件事故がAの自殺ではなく、正常な状態で運転中の過失によるものとする控訴人らの主張に従うと、上記の点を説明することができず、不合理である。

本件事故は、労作性狭心症の発作等に起因する意識障害により、自動車の適切な運転操作ができない状態に陥り、この影響下で発生した疑いが強いというべきである。

第三当裁判所の判断

一  原判決の引用

当裁判所も、控訴人らの本件請求には理由がないものと判断する。その理由は、原判決「事実及び理由」中の第三に記載のとおりであるから、これを引用する。

二  控訴人らの当審における新たな主張について

(1)  控訴人らは、B鑑定(甲四七)に依拠して、Aに意識障害を伴う心疾患(狭心症発作に伴う心室細動)の発症可能性や意識喪失状態下でアクセルを踏み続けられる可能性が極めて低く、運転者が致死的な心疾患を発症しつつ、制限速度を超えてアクセルを踏み続けられる確率は一〇・二六パーセント以下であることは明らかであるなどとして、本件事故がAの致命的心疾患の発症によるものではないと主張する。

しかしながら、B鑑定は、上記確率算出の過程において、前期高齢者全体の人数に対する心疾患(リウマチ性のものを除く。)による死亡数を用いて、致死的心疾患を発症する確率を算定し、前期高齢者による最高速度違反及び徐行違反の件数と運転免許保有者数を用いて、致死的心疾患を発症していない状況下でアクセルを踏み続けられる確率を算定しているところ、前者については、本件事故との関係でいえば、前期高齢者で狭心症発作の既往歴を有する者を母数として致死的心疾患発症の確率を算定すべきであろうし、後者についても確率算定の基礎データとして必ずしも適切なものとはいえないと考えられる上、上記確率自体を直接明らかにする統計データは存在していないというのであるから、本件事故時におけるAの致死的心疾患発症の有無の判定に当たって決定的な意義を有するものとはいえない。

(2)  また、控訴人らは、何らかの突発的な出来事あるいは勘違いによりアクセルを踏み続け、猛スピードでガードレールに衝突して気を失ったため、溜池に転落した後自力で脱出することができなかったものと考えることも十分可能であるとも主張するけれども、上記主張に係る突発的な出来事については、具体性を欠く上にその存在を窺わせる証拠も見当たらないし、Aが勘違いによってアクセルを踏み続けたというのであれば、眼前に迫ってくる本件事故現場のガードレールへの衝突を回避するために、左前方へ続く道の方へ転把するなどの何らかの回避措置を講じるのが当然であると考えられるにもかかわらず、こうした措置を講じた形跡もないのであって、不自然というほかはない。したがって、Aが正常な意識の下で運転操作の誤りによって本件事故を惹起した旨の控訴人らの主張は採用することができない。

三  結論

以上の次第で、控訴人らの本件請求を棄却すべきものとした原判決は正当であって、本件各控訴はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 馬渕勉 豊澤佳弘 山口格之)

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