高松高等裁判所 平成18年(ネ)241号 判決 2007年3月23日
平成18年(ネ)第241号,第283号 貸金等請求控訴,
不当利得返還反訴請求事件
(原審・松山地方裁判所 平成18年(ワ)第36号,第37号,第38号)
松山市●●●
控訴人・反訴原告
A(以下「控訴人A」という。)
松山市●●●
控訴人
B(以下「控訴人B」という。)
松山市●●●
控訴人
C(以下「控訴人C」という。)
松山市●●●
控訴人
D(以下「控訴人D」という。)
上記4名訴訟代理人弁護士
村上勝也
京都市下京区烏丸通五条上る高砂町381-1
被控訴人・反訴被告
株式会社シティズ(以下「被控訴人」という。)
同代表者代表取締役
●●●
同訴訟代理人弁護士
●●●
主文
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の請求をいずれも棄却する。
3 被控訴人は,控訴人Aに対し,49万1266円及び内金48万5714円に対する平成18年9月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 控訴人Aのその余の主位的請求を棄却する。
5 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
6 この判決は,第3項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
主文第1,2項に同じ。
第2反訴請求の趣旨
1 (主位的請求の趣旨)
被控訴人は,控訴人Aに対し,49万4806円及び内金48万8043円に対する平成18年9月1日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2 (予備的請求の趣旨)
被控訴人は,控訴人Aに対し,48万8043円及びこれに対する平成18年9月5日(反訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 仮執行宣言
第3事案の概要
本件は,原審において,被控訴人が,
① 控訴人Aに対し平成15年3月6日付け消費貸借契約に基づき残元金12万6777円及びこれに対する平成17年12月2日から支払済みまで利息制限法の制限内の年21.9%の割合による遅延損害金の支払請求並びに控訴人Dに対し同額の連帯保証債務履行請求
② 控訴人Aに対し平成16年4月5日付け消費貸借契約に基づき残元金22万6687円及びこれに対する平成17年12月2日から支払済みまで同法の制限内の年21.9%の割合による遅延損害金の支払請求並びに控訴人Cに対し同額の連帯保証債務履行請求
③ 控訴人Aに対し平成17年6月27日付け消費貸借契約に基づき残元金5万2943円及びこれに対する平成17年12月2日から支払済みまで同法の制限内の年21.9%の割合による遅延損害金の支払請求並びに控訴人Bに対し同額の連帯保証債務履行請求
をした事案である(本訴請求)。原判決は,被控訴人の請求をいずれも認容したため,控訴人らが控訴した。また,控訴人Aは,当審において反訴を提起し,控訴人Aが被控訴人に対し既に支払った弁済金につき同法所定の制限利率に引き直して計算すると,合計48万8043円の過払いが生じているとしてその不当利得返還を求めるとともに,主位的に過払金発生後である平成18年9月1日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による利息の支払を求め,予備的に反訴状送達の日の翌日である同月5日から支払済みまでの民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた。
1 争いのない事実
(1) 平成15年の貸付け
ア 被控訴人は,平成15年3月6日,控訴人Aに対し,次の約定で400万円を貸し付けた。
(ア) 利息 年29.0%(1年365日の日割計算)
(イ) 遅延損害金 年29.2%(1年365日の日割計算)
(ウ) 弁済期など 平成15年4月から平成20年3月まで,毎月1日に元金6万6000円及び経過期間(この期間は返済日の前日までとする。以下同じ。)の利息分を持参又は送金して支払う。
(エ) 特約 支払を怠ったときは通知,催告なくして当然に期限の利益を失い,残債務及び残元本に対する遅延損害金を即時に支払う。
(以下,この消費貸借契約を「平成15年の貸付け」という。)
イ 控訴人Dは,平成15年3月6日,アの債務を連帯保証した。
ウ 控訴人Aは,被控訴人に対し,別紙計算書1の年月日欄記載の日に,弁済額欄記載のとおり,アの債務を弁済した。
(2) 平成16年の貸付け
ア 被控訴人は,平成16年4月5日,控訴人Aに対し,次の約定で350万円を貸し付けた。
(ア) 利息 年29.0%(1年365日の日割計算)
(イ) 遅延損害金 年29.2%(1年365日の日割計算)
(ウ) 弁済期など 平成16年5月から平成21年4月まで,毎月1日に元金5万8000円(ただし,平成21年4月1日のみ7万8000円)及び経過期間の利息分を持参又は送金して支払う。
(エ) 特約 支払を怠ったときは通知,催告なくして当然に期限の利益を失い,残債務及び残元本に対する遅延損害金を即時に支払う。
(以下,この消費貸借契約を「平成16年の貸付け」といい,平成15年の貸付けと併せて,「平成15年及び平成16年の各貸付け」という。)
イ 控訴人Cは,平成16年4月5日,アの債務を連帯保証した。
ウ 控訴人Aは,被控訴人に対し,別紙計算書2の年月日欄記載の日に,弁済額欄記載のとおり,アの債務を弁済した。
(3) 平成17年の貸付け
ア 被控訴人は,平成17年6月27日,控訴人Aに対し,次の約定で300万円を貸し付けた。
(ア) 利息 年29.2%(1年365日の日割計算)
(イ) 遅延損害金 年29.2%(1年365日の日割計算)
(ウ) 弁済期など 平成17年8月から平成22年7月まで,毎月1日に元金5万円及び経過期間の利息分を持参又は送金して支払う。
(エ) 特約 支払を怠ったときは通知,催告なくして当然に期限の利益を失い,残債務及び残元本に対する遅延損害金を即時に支払う。
(以下,この消費貸借契約を「平成17年の貸付け」といい,平成15年及び平成16年の各貸付けと併せて,「本件各貸付け」という。)
イ 控訴人Bは,平成17年6月27日,アの債務を連帯保証した。
ウ 控訴人Aは,被控訴人に対し,別紙計算書3の年月日欄記載の日に,弁済額欄記載のとおり,アの債務を弁済した。
2 争点及び当事者の主張
(1) 控訴人Aの期限の利益の喪失の有無
ア 被控訴人の主張
控訴人Aは,平成15年及び平成16年の各貸付けについてはそれぞれ平成16年9月1日の返済を,平成17年の貸付けについては平成17年8月1日の返済をそれぞれ怠ったことにより,いずれも期限の利益を喪失した。
利息制限法所定の制限利率に引き直して計算するに当たっては,控訴人Aの支払った弁済金を,期限の利益喪失の日までは年1割5分の割合による利息に,期限の利益喪失後は年21.9%の割合による遅延損害金にそれぞれまず充当し,その余を元金に充当する方法により計算をすることとなり,その結果は平成15年の貸付けについては別紙元利金計算書1,平成16年の貸付けについては別紙元利金計算書2,平成17年の貸付けについては別紙元利金計算書3にそれぞれ記載のとおりとなる。
イ 控訴人らの主張
(ア) 控訴人Aが期限の利益を喪失したと被控訴人の主張する日までの返済状況からすれば,各同日には支払があったものと同視すべきであり,この日に期限の利益を喪失してはいない。
すなわち,分割弁済の合意のある金銭消費貸借契約に付された期限の利益の喪失の合意に関し,利息制限法所定の利息の制限額を超える利息の支払を怠ることを期限の利益の喪失の条件とする合意は,借主に対し,同法の制限額を超える利息の支払を事実上強制するものであるから,期限の利益の喪失の合意のうち,同法所定の利息の制限額を超える利息の支払を怠った場合に期限の利益を喪失するとの部分は無効であり,支払期日に約定の元本又は利息の制限額の支払を怠った場合に限り期限の利益を喪失するものである。
そして,問題となる支払期日までに支払った金額の合計が,支払期日までに支払うべき元本及び同法所定の利息の制限額の合計を超過している状態であれば,支払のなかった支払期日の分を含めて既に債務の本旨に従った弁済行為が行われたというべきであるから,ここで「支払期日に約定の元本又は同法所定の利息の制限額の支払を怠った場合」とは,当該支払期日に支払を怠ったか否かのみで判断すべきではなく,問題となる支払期日までに支払った金額の合計が,支払期日までに支払うべき元本及び同法所定の利息の制限額の合計を超過するか否かで判断すべきである。
超過利息は即時に元本に充当されるという従前の解釈を前提としつつも,債務者保護の観点からは,遅滞の発生(期限の利益喪失)に関する限り,約定の弁済期に元利金の返済がされなかったとしても,既に支払われた総額が当該弁済期までに支払うべき元利金合計額を超過する場合には,当該弁済期における弁済がされたものとみなすべきである。
さらに,期限の利益喪失の効果を生じさせるためには,債権者は,債務者に対し,残元利金の一括支払を催告することを要すると解すべきである。
(イ) このように解する場合,控訴人Aは,平成16年9月1日の時点で,その支払期日を含めてそれまでに支払うべき元本及び利息制限法所定の利息の制限額によって支払うべき金員の合計である245万3179円(うち平成15年の貸付けにつき195万6630円,平成16年の貸付けにつき49万6549円)に対して既に313万7899円(うち平成15年の貸付けにつき258万3472円,平成16年の貸付けにつき55万4427円)を支払っているし,残元利金の一括支払の催告も受けていないから,平成15年及び平成16年の各貸付けにつき,同日に分割弁済の期限の利益を喪失することはない。また,控訴人Aは,平成17年8月1日の時点で,その支払期日を含めてそれまでに支払うべき元本及び同法所定の利息の制限額によって支払うべき金員の合計である465万1107円(うち平成15年の貸付けにつき302万2990円,平成16年の貸付けにつき153万4967円,平成17年の貸付けにつき9万3150円)に対して既に594万1609円(うち平成15年の貸付けにつき394万9053円,平成16年の貸付けにつき199万2556円)を支払っているし,残元利金の一括支払の催告も受けていないから,平成17年の貸付けにつき,同日に分割弁済の期限の利益を喪失することはない。
ウ 被控訴人の反論
(ア) そもそも,利息制限法に違反する利息を受領した際には,その利息としての支払分は元本に当然に充当されるものであり,控訴人らも残債務額の計算の際にはこれに従っている。これを前提とする限り,同法に定める利息を超える金額の支払は,元本に当然に充当されるはずである。したがって,支払予定額以上の金額を弁済したとしても,そのことによって将来の弁済期における利息の支払義務がなくなるものではない。また,利息は一定期間の元本利用に対応して発生するものであるから,将来発生すべき利息への充当を観念することもできない。したがって,控訴人らの主張は失当である。
(イ) 期限の利益の喪失の合意について,控訴人らの主張を前提としても,利息制限法所定の利息の制限額を超えない部分については合意は有効であり,何らの通知催告なくして期限の利益を喪失することとの約定も契約自由の範囲内に属するものとして有効である。
(2) 消費者契約法違反
ア 控訴人らの主張
本件各貸付けの約定のうち,支払を怠ったときは通知,催告なくして当然に期限の利益を失い,残債務及び残元本に対する遅延損害金を即時に支払うとの部分は,消費者契約法10条に反し無効であり,被控訴人は,催告をしなければ期限の利益を失わせることはできず,本件においては催告がない以上,期限の利益は喪失していないというべきである。
イ 被控訴人の主張
被控訴人は事業者に対して事業資金等を融資する貸金業者であるところ,控訴人Aは個人事業者であって,事業資金を調達するために本件各貸付けに係る消費貸借契約を締結したのであるから,そもそも消費者契約法の適用はない。
(3) 被控訴人による期限の利益喪失の主張の信義則違反
ア 控訴人らの主張
(ア) 被控訴人は,控訴人Aが平成15年及び平成16年の各貸付けにつき平成16年9月1日分の支払をしなかったことを認識しながら,それ以降も控訴人らに対して,債務の一括返済や遅延損害金の支払を求めたことがないばかりか,以降の控訴人Aによる返済を異議なく受領している。その上,被控訴人は,控訴人Aに対し,新たに平成17年の貸付けをし,この貸付けについて,平成17年8月1日分の支払がされなかったことを認識しながら,それ以降も控訴人らに対して,債務の一括返済や遅延損害金の支払を求めたことがないばかりか,以降の控訴人らの返済を異議なく受領している。
(イ) 実質的にも,平成16年9月1日までに控訴人らが平成15年及び平成16年の各貸付けに対して支払った弁済額の合計は,前記のとおり,これらの貸付けに対して同日までに支払うべき元本及び利息制限法の制限利息を合計した金額を超過しているし,平成17年8月1日までに控訴人らがこれらの貸付けに対して支払った弁済額の合計も,前記のとおり,これらの貸付け及び平成17年の貸付けに対して同日までに支払うべき元本及び同法の制限利息を合計した金額を超過している。
被控訴人が,控訴人らの各弁済について元本,利息,遅延損害金の別を明示して領収し,その内容を示す領収書を発行し,控訴人らがこれを受領していたという事実が存するとしても,被控訴人がいかなる名目で弁済金を受領するかは被控訴人内部の会計上の問題にすぎず,このような被控訴人側の一方的な事情は控訴人らに対する関係では意味を持たない。領収書の記載及びその交付についても,約定利息(29ないし29.2%)と遅延損害金(29.2%)はその利率においてほぼ同率であり,控訴人らにとっては受領の名目は単なる形式の相違にすぎない。
被控訴人が,控訴人Aの期限の利益喪失事由として主張する弁済の遅れは,平成15年の貸付けに係る返済については18回目の返済期日,平成16年の貸付けに係る返済については5回目の返済期日であり,いずれもわずか5日の後には返済をし,その後も返済を継続し,被控訴人もこれを容認している。しかも,被控訴人は,遅延損害金を請求する旨の明確な催告をしていない。
被控訴人による年29.2%の割合による遅延損害金の請求は,多少の返済の遅れを容認していたにもかかわらず,期限の利益喪失約款の形式的適用により遅延損害金の名目の下,同法1条の規定による利率の制限を潜脱して高利を獲得しようとするものであって,債務者保護を目的とする同法の趣旨に照らし許されないというべきであるから,被控訴人は,控訴人らに対し,それを期限の利益喪失につき宥恕し又は黙示に期限の利益を再度付与したと認めるのが相当であり,また,一括返済の催告をしないまま,被控訴人が期限の利益の喪失を主張することは信義則上許されないと解すべきである。
イ 被控訴人の主張
被控訴人は,平成15年及び平成16年の各貸付けにつき平成16年9月1日以降に控訴人らからされた弁済及び平成17年の貸付けにつき平成17年の8月1日以降にされた弁済については,遅延損害金として受領することを常に明示しているし,一括返済ができないからこそ一部入金として受領していたにすぎない。元利損害金の一括請求は借主に酷となる場合が多く,また,権利者である貸主が借主に対して常に一括請求することを強制される根拠はないのであるから,元利損害金を一括請求しなかったことをもって,黙示に期限の利益を再度付与した,又は期限の利益の喪失を主張できないとする控訴人らの主張は失当である。
被控訴人が,弁済期における弁済を怠った控訴人Aを宥恕したり,期限の利益を再度付与したりした事実は存しない。
(4) 過剰貸付け
ア 控訴人らの主張
控訴人Aは,被控訴人から融資を受けた際,被控訴人以外の金融業者から既に多額の借入れがあり,平成15年の貸付けの際の借入総額は855万9705円(同貸付けを含む。)であり,これに対する毎月の利息支払額は20万8286円,平成16年の貸付けの際の借入総額は1401万5317円(同貸付けを含む。)であり,これに対する毎月の利息支払額は36万8063円,平成17年の貸付けの際の借入総額は2141万6551円(同貸付けを含む。)であり,これに対する毎月の利息支払額は59万2606円となっていた。
控訴人Aは,自営で自動車修理業を営む者であったが,本件各借入れ当時の毎月の返済可能額は月額24万円程度であった。
ところが,被控訴人は,控訴人Aの資力等について十分な調査をすることなく,控訴人Aが返済できないことを知りながら,あえて過剰に貸付けをしたものであり,このような被控訴人が遅延損害金の請求をすることは信義則に反し,権利の濫用として許されない。
イ 被控訴人の主張
被控訴人は,控訴人Aの信用調査を可能な限り行った結果,控訴人Aに支払能力があると判断し,万一の場合に控訴人Aの資力を補完するため連帯保証契約を締結したものであり,被控訴人の調査に落ち度はない。また,控訴人Aは事業者であり,その後の業績次第では相当に信用内容が変化することもあるから,定額の収入しかなく,借入金も生活費に充てられることの多い消費者とは同列に論じることもできない。
(5) 被控訴人の悪意
ア 控訴人Aの主張
被控訴人は,制限超過利息の取得について悪意であった。また,被控訴人は商人であり,商事法定利率相当の運用益が生じていたと考えられるから,その利率も年6分と解すべきである(主位的請求に係る主張)。この場合,過払金の額及びこれに対して生じる利息の額は,別紙計算書1ないし3記載のとおりであり,結論をまとめると次のとおりである。
(ア) 平成15年の貸付けについては14万8530円(内訳過払元金14万6670円,平成18年8月31日までの利息1860円)
(イ) 平成16年契約については26万8768円(内訳過払元金26万5304円,同利息3464円)
(ウ) 平成17年契約については7万7508円(内訳過払元金7万6069円,同利息1439円)
イ 被控訴人の主張
悪意の受益者とは,弁済金のうち利息制限法所定の利息の制限額を超える部分が元本に充当され完済となったことを知りながら,さらに弁済金を受領した者を指すと解すべきところ,被控訴人は,支払を受けた弁済金を法の規定により適法に保持できると真実信じていたのであって,悪意の受益者に当たらない。
第4当裁判所の判断
1 控訴人Aの期限の利益の喪失について
(1) 本件各貸付け及びこれに対する控訴人Aの返済状況については当事者間に争いがないところ,被控訴人は,前記第3の2のとおり,控訴人Aが本件各貸付けにつき期限の利益を喪失したと主張しているのに対し,控訴人らは,控訴人Aは期限の利益を喪失していない(争点(1)),仮にそうでないとしても,被控訴人による期限の利益喪失の主張は信義則違反として許されない(争点(3))等と主張して争っているので,以下において順次検討を加える。
(2) 利息制限法の制限利率を超過する利息の弁済は,民法491条により当然に貸付元本に充当されるものであって,元本に充当されることなく来るべき後の弁済期日のために被控訴人に留保されるものではない。したがって,期限の利益を喪失したと被控訴人が主張する各日において,それぞれ利息はもとより元本の弁済さえしなかった控訴人Aについて,同控訴人の主張するように既に支払った弁済総額が当該弁済期までに支払うべき元利金合計額を超過することを理由に期限の利益を失わないと解することはできない。
また,本件各貸付けにおいては,期限の利益喪失に関する特約では,支払を1回でも怠ったときは通知,催告なくして直ちに期限の利益を喪失すると定められており,催告がなければ期限の利益を喪失しないと解することもできないから,争点(1)に関する控訴人らの主張を採用することはできない。
(3)ア 争いのない事実,証拠(乙8ないし36,37ないし50の各2,55ないし70,71ないし76の各2,76の3,77の2,78の2,80ないし85)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実を認めることができる。
控訴人Aが本件各貸付けについて被控訴人に対して行った弁済の経過は,別紙計算書1ないし3の年月日欄及び弁済額欄に記載のとおりであり,控訴人Aは,平成15年及び平成16年の各貸付けにつき,平成16年9月1日の支払期日に所定の支払をせず,平成17年の貸付けにつき,平成17年8月1日の支払期日に所定の支払をしなかった。
被控訴人は,債務者から弁済金を受領した際には領収書兼利用明細書を作成交付しており,この用紙は,利息充当額を記入する欄と,損害金充当額,元金充当額を記載する欄がそれぞれ別に設けられている。そして,控訴人Aは,前記の支払の遅滞が生じた後も弁済を継続していたが,その際に被控訴人により作成交付された領収書兼利用明細書においては,いずれも損害金充当額欄又はこれと元金充当額欄の記載はあるが,利息充当額欄への記載はない。
イ このように,被控訴人は,支払期日における支払に遅延が生じた後は,控訴人Aから受領した分割弁済金のうち元本充当分以外を遅延損害金に充当する旨を明示していたことが認められる。
しかし,前記の弁済の経過によれば,控訴人Aは,被控訴人が期限の利益喪失と主張する平成16年9月1日の後も,支払期日に遅れながらも基本的に毎月,規則的に返済を続け,被控訴人は月々の返済を受け入れている。また,被控訴人は,その後である平成17年6月27日,控訴人Aとの間で新たに平成17年の貸付けまでしている。平成17年の貸付けについて,控訴人Aは,平成17年8月1日の支払期日の支払を怠ったが,その後も返済を継続したことは平成15年及び平成16年の各貸付けに対するのと同様である。控訴人Aが,本件各貸付けにつき被控訴人に対して一括返済をしたのは平成17年12月1日であり,平成16年9月1日及び平成17年8月1日を経過したころ直ちに,被控訴人が控訴人Aに対して一括返済を求めたことは窺われない。
これらの点に照らすと,被控訴人は弁済の遅延が生じても直ちに一括返済を要求する意思を有していたとは解されず,分割返済の継続を容認していたと認めるのが相当である。そして,本件各貸付けにおいては約定の利息(29.0ないし29.2%)と遅延損害金(29.2%)とが同率ないしこれに近似する利率と定められていることをも併せ考慮すると,被控訴人による遅延損害金に充当する旨の表示は,利息制限法による利息の利率制限を潜脱し,遅延損害金として高利を獲得することを目的として行われたものといわざるを得ない。以上の事実関係の下では,控訴人Aに生じた弁済の遅延を問題とすることなく,その後も弁済の受領を反復し,遅延の後にも新規の貸付けまでした被控訴人が,後に遡って平成15年及び平成16年の各貸付けにつき平成16年9月1日,平成17年の貸付けにつき平成17年8月1日にそれぞれ期限の利益が喪失したと主張することは従前の態度に相反する行動というべきである上,同法を潜脱することを意図するものであって,信義則に反し許されない。
(4) 以上の検討によれば,控訴人Aの支払った利息を利息制限法所定の制限利率に引き直して計算するに当たっては,期限の利益を喪失していないものとして年1割5分の割合まで利息に充当し,その余を元金に充当する計算をすることとなり,本件各貸付けにおいては利息・遅延損害金の期間計算は支払日の前日までとする約定及び1年365日の日割計算とする約定が存することをも考慮すると,その充当の結果は平成15年の貸付けについては別表1,平成16年の貸付けについては別表2,平成17年の貸付けについては別表3にそれぞれ記載のとおりとなる。
2 被控訴人の悪意(争点(5))及び民法704条前段の利息の利率について
(1) 本件各貸付けには,利息制限法所定の制限利率を超える利息の約定が存する上,支払を怠ったときは通知,催告なくして当然に期限の利益を失い,残債務及び残元本に対する遅延損害金を即時に支払うとの約定も存するところ,この期限の利益喪失の約定は,控訴人Aに対し,同法の制限額を超える利息の支払を事実上強制するものであるから,同法所定の制限額を超える利息の支払を怠った場合に期限の利益を喪失するとの部分は無効と判断されるものであり,この約定の下で,控訴人Aが,利息として,制限額を超える利息を支払った場合には,特段の事情がない限り,自己の自由な意思によって支払ったものということはできないし,本件において特段の事情は認められない。
被控訴人は,この期限の利益喪失の約定の存在を認識しながら本件各貸付けを行った上,控訴人Aから同法所定の制限額を超える利息を受領したものであることは明らかであるから,過払金の利得につき悪意であったと認められる。
(2) そして,被控訴人が支払うべき利息の利率については,過払金についての不当利得返還請求権は,高利を制限して借主を保護する目的で設けられた利息制限法の規定によって発生する債権であって,営利性を考慮すべき債権ではないので,商行為によって生じたもの又はこれに準ずるものと解することはできないというべきであるから,民法所定の年5分と解するのが相当である。これによれば,控訴人Aの利息請求は,過払元金に対し,その発生の日から年5分の割合による限度で理由があるところ,平成18年8月31日までの利息の額は,平成15年の貸付けについては1508円,平成16年の貸付けについては2844円,平成17年の貸付けについては1200円となる。
3 まとめ
(1) 前記1(4)で認定したとおり,本件各貸付けに係る元本及び利息制限法所定の利息の全額につき既に支払済みとなっているから,被控訴人の本訴請求には理由がない。
(2) 前記1(4)及び2で認定説示したところによれば,控訴人Aの反訴請求は,本件各貸付けについての過払金合計48万5714円及びこれに対する過払発生後平成18年8月31日までの年5分の割合による利息合計5552円並びに前記48万5714円に対する同年9月1日から支払済みまで年5分の割合による利息の支払を求める限度において理由があるからこれを認容すべきこととなる。
第5結論
よって,本件控訴には理由があるから原判決を取り消し,被控訴人の本訴請求をいずれも棄却することとし,控訴人Aの反訴については,主位的請求を前記の限度で認容し,その余については理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判官 豊澤佳弘 裁判官 齋藤聡 裁判長裁判官馬渕勉は,退官につき,署名押印することができない。裁判官 豊澤佳弘)
<以下省略>