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高松高等裁判所 平成18年(行ケ)2号 判決 2006年11月06日

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  平成17年12月18日執行の鳴門市議会議員選挙(以下「本件選挙」という。)における当選の効力に関する原告の審査申立てについて,被告が平成18年7月3日にした審査申立てを棄却する旨の裁決を取り消す。

2  本件選挙における当選人坂東成光の当選は無効とする。

第2事案の概要

本件は,平成17年12月18日に執行された本件選挙における候補者であり,開票の結果次点となった原告が,最下位当選者となった候補者坂東成光(以下「坂東成光候補」という。)の得票のうち無効となるべき投票があるのにこれを有効としているなどとして,鳴門市選挙管理委員会に対し当選の効力に関する異議の申出をしたが棄却され,さらに被告に対し審査申立てをしたが,被告がこれを棄却するとの裁決をしたため,同裁決の取消し及び本件選挙における坂東成光候補の当選無効を求めた事案である。

1  争いのない事実

(1)  本件選挙は平成17年12月18日に執行され,即日開票が行われたところ,開票結果において,得票数は,坂東成光候補854票,原告853票であり,その得票差は1票であった。

(2)  同月19日,選挙会において,坂東成光候補ほか21名の当選が決定され,原告は次点とされた。

(3)  原告は,同月27日,鳴門市選挙管理委員会(以下「市選管」という。)に対し,当選の効力に関する異議の申出(以下「本件異議申出」という。)をしたところ,平成18年1月26日,市選管は,本件異議申出を棄却する決定(以下「本件決定」という。)をした。

(4)  原告は,同年2月13日,被告に対し,当選の効力に関する審査申立て(以下「本件審査申立て」という。)をしたところ,被告は,同年6月6日,投票用紙の再点検(以下「本件再点検」という。)を実施した上で,同年7月3日,本件審査申立てを棄却する裁決(以下「本件裁決」という。)をした。

(5)  同月28日,原告は,本件訴訟を提起した。

2  争点及びこれに関する当事者の主張

(1)  「バンド ヒゲ」と記載された票の効力

(原告の主張)

ア 本件選挙の坂東成光候補の有効投票中には「バンド ヒゲ」と記載された票(以下「「バンド ヒゲ」票」という。)が1票存在したところ,本件裁決では,これは坂東成光候補の通称を記載したものと認め,公職選挙法(以下「公選法」という。) 68条1項6号により無効となる「他事を記載したもの」には該当しないとされている。

イ しかしながら, 同号の規定は,本文において,他事を記載した票は原則として無効であると定めた上,ただし書の「職業,身分,住所又は敬称」に該当する場合に限り例外的に有効とするものであるところ,「バンド ヒゲ」票の記載が 同号ただし書の制限列挙事項に該当しないにもかかわらず,上記投票を有効と解した本件裁決は誤りである。

坂東成光候補は「ヒゲ」について通称使用の認定を受けておらず,また,広く世間一般に坂東成光候補を「ヒゲ」と呼んでいる状況にもない。しかも,「ヒゲ」は普通名詞であって,それだけでは個人を識別する力を持たず,個人の呼称である固有名詞たる通称とはなり難い上,候補者が選挙運動において特定の呼称を頻用しても,それだけで通称性が認められるものではない。

本件裁決は,候補者特定の問題と通称の問題を混同するものであるか,又は,通称性の判断において特定性の判断を補強材料として用いようとするものであって,判断を誤っている。

(被告の主張)

ア 投票の効力の決定に当たっては,公選法67条の趣旨にかんがみ,投票の記載から選挙人の意思が判断できるときは,できる限りその投票を有効とするように解すべきであり,また,選挙人の意思の判断に当たっては,候補者制度をとる選挙においては,選挙人は候補者に投票する意思を持って投票したものと推定すべきである。したがって,投票の記載が候補者氏名と一致しない投票であっても,その記載が候補者氏名の誤記と認められる限りは当該候補者に対する投票と認めるべきである。

本件選挙において「バンド」という氏又は名を有する候補者は存在せず,坂東成光候補以外にこれに類する氏又は名を有する候補者も存在しない。したがって,「バンド ヒゲ」という記載のうち「バンド」は「バンドウ」の「ウ」が脱字したものと解すべきである。

イ また,被告は,鳴門市議会発行の平成3年6月1日付け議会だより第5号に髭を生やした坂東成光候補の顔写真が掲載されていること,本件選挙に係る同候補の選挙運動ポスターには顔写真と共に髭を生やした人物のイラストが使用されていること,同様のイラストが同候補の営む理容店外側の看板にも使用されていることなどから,坂東成光候補が相当長期間にわたり髭を生やしており,理容業や鳴門市議会議員としての活動などを含めた日常生活において自らの髭をトレードマークとしていること,選挙の際にも髭を強調した選挙運動を行っていることを認定し,さらに,市選管が平成18年1月24日に行った関係者の事情聴取において作成された本件選挙の開票作業の審査係総括であったAの関係者調書には,「坂東成光候補が「ヒゲさん」で通っている」旨の供述記載もあることなどから,坂東成光候補が議員・職員・市民の一部の間では「ひげさん」で通っており,「ひげ」が坂東成光候補の通称であると認め得ると判断したものである。

(2)  「板東」と記載された票の効力

(原告の主張)

本件選挙の坂東成光候補の有効投票中に「板東」と記載された票(以下「「板東」票」という。)が11票存在したところ,本件裁決では,これらは坂東成光候補の氏である「坂東」を「板東」と誤記したものと認めるのが相当であるとされている。

しかしながら,これらについては前鳴門市議会議員であった板東一岳氏への投票と認めるべきものであるから,「公職の候補者でない者」(公選法68条1項2号)への投票として無効と解すべきである。

(被告の主張)

「板東」票は,坂東成光候補の氏「坂東」を「板東」と誤記したものと解されるから,同候補の有効投票と認め得ると判断したものである。

(3)  「ばんろう」と記載された票及び「ばんとう」と記載された票の効力

(原告の主張)

本件選挙の坂東成光候補の有効投票中に「ばんろう」と記載した票(以下「「ばんろう」票」という。)及び「ばんとう」と記載された票(以下「「ばんとう」票」という。)」が各1票存在したところ,本件裁決では,これらはいずれも坂東成光候補の有効投票と認められている。

しかしながら,「ばんろう」又は「ばんとう」を「ばんどう」と解したとしても,「坂東」又は「板東」のいずれを記載したものかは判定できず,前記板東一岳氏への投票と認められるものであるから,前記(2)と同様に無効と解すべきである。

(被告の主張)

ア 本件選挙では「ばんろう」という氏又は名を有する候補者は存在しなかったところ,「ばんろう」は坂東成光候補の氏の平仮名表記「ばんどう」と字数を同じくし,4文字中3文字までが一致していること,3文字目の「ろ」と「ど」とは共に母音を同じくし,字音が似ていることから,全体として見た場合に「ばんろう」と「ばんどう」には類似性が認められ,選挙人が坂東成光候補に投票する意思を持って,誤った記憶又は誤記により「ばんろう」と記載したものと認め,坂東成光候補の有効投票と解するのが相当であると判断したものである。

イ また,本件選挙では「ばんとう」という氏又は名を有する候補者は存在しなかったところ,「ばんとう」は坂東成光候補の氏の平仮名表記「ばんどう」と字数を同じくし,4文字中3文字までが一致していること,3文字目の「と」は「ど」の清音であり「ばんどう」の「ど」の濁点が脱落したものと認めることができること,「東」は「とう」と読むこともできることから,選挙人が坂東成光候補に投票する意思を持って,誤った記憶又は誤記により「ばんとう」と記載したものと認め,坂東成光候補の有効投票と解するのが相当であると判断したものである。

ウ 原告は,「ばんろう」及び「ばんとう」を「ばんどう」と解釈したとしても「坂東」又は「板東」のいずれを記載したものかは判定できず,前市議会議員であった板東一岳氏への投票と認められるから,「公職の候補者でない者」への投票として無効と解すべきである旨主張する。

しかし,「ばんどう」の氏を有する候補者は坂東成光候補以外にはおらず,また本件点検の結果,板東一岳氏への投票と認められる投票は存在しなかったものであり,上記投票が板東一岳氏への投票であると認めるべき理由も存在しないのであるから,原告の主張は理由がない。

(4)  乙第16号証整理番号25の票(別紙1の投票)の効力

(原告の主張)

本件再点検の結果存在が確認された別紙1の票(乙第16号証整理番号25の票。以下「別紙1の票」という)について,被告は,本件。選挙の候補者氏名に対する近似性に乏しく,いずれの候補者の氏名を記載したかを確認し難いとして無効投票とした旨主張している。

しかしながら,公選法67条によれば,投票の記載から選挙人の意思が判断できるときは,できる限りその投票を有効とするように解すべきであるところ,本件選挙の候補者中,「○」で始まり「○」で終わる氏を有する候補者は原告のみであり,他にこれに類似する氏又は名を有する候補者はいないのであるから,別紙1の票は,原告の有効投票と解すべきである。

(被告の主張)

ア 別紙1の票については,その記載のうち,上部の記載は平仮名の「○」「○」あるいはこれらの文字に類似する何らかの文字を記載しようとしたものと推測できるものの,下部の記載は平仮名か漢字か,それ以外の文字かすらも不明であり,判読不能というほかない。

仮に上部の記載が「○」であるとした場合,本件選挙において氏又は名の一部に「○」の字を有する候補者は,原告のほか,B及びCが存在し,「○」であるとした場合,同様に「○」の字を有する候補者はD,E,F,G及びHが存在することから,上部の記載だけではいずれの候補者に対する投票であるかを確認することはできない。

原告は,下部の記載が平仮名の「○」であると主張するが,左側に波線があること,通常の「○」とは運筆も字体も相当異なっていることから,「○」と判読することはできない。

イ このように,様々な読み取りが可能で,その記載が不明確で判読し難い投票についてまで無理な判断を行うことは,かえって選挙人の意思についての解釈を誤るおそれもある。

したがって,別紙1の票は,公選法67条の趣旨に照らしても,選挙人がどの候補者に投票したのか判断できないものであるから,無効投票と解すべきである。

(5)  その他の疑問票の存否

(原告の主張)

ア 被告は,本件再点検において,23票の疑義票を摘出してコピー及び写真を持ち帰ったところ,その内訳は坂東成光候補の束から19票,原告の束から3票,無効投票の中から1票というものであった。ところが,本件裁決に係る裁決書(以下「本件裁決書」という。)においては,上記23票のうち17票しか開示されていない。

イ 本件選挙の開票時に,立会人の1人であったI(以下「I立会人」という。)は,「坂東ひげ」と記載された票(以下「「坂東ひげ」票」という。)が坂東成光候補の有効投票の束の一番上に重ねられた状態で回付されてきたのに気付き,J市選管事務局長(以下「J事務局長」という。)に対し,「「坂東ひげ」票は他事記載で無効票である。」と説明したが,J事務局長は「審査係のプロが審査して有効票と認めとるけん,立会人は印を押してくれたらよい。」などと述べ,取り合わなかった。その後,J事務局長は,「坂東ひげ」票を束から抜いて開票管理者のところへ持って行き,何か話をした後再び束に戻し,他の2人の立会人の捺印を受け,その束を第2計算係のところへ持って行った。I立会人は開票管理者にも抗議したが,受け容れられなかった。

市選管も,「坂東ひげ」票については,本件決定に係る決定書(以下「本件決定書」という。)や被告に提出した平成18年3月7日付け弁明書(以下「本件弁明書」という。)及び同年5月10日付け再弁明書(以下「本件再弁明書」という。)においてもその存在を認め,それを前提に詳細かつ具体的に記述しており,「坂東ひげ」票が存在したことは動かし難い事実である。

ウ また,「板東一」と記載された票(以下「板東一」票」という。)及び「板東一岳」と記載された票(以下「「板東一岳」票」という。)並びに「坂東」と記載されその記載が○で囲まれた票(以下「「坂東」丸囲み票」という。)が存在し,これらが有効票として処理されたことについては,原告が,平成18年1月27日又は同年3月16日にJ事務局長から直接その旨の供述を得ているものである。

エ 本件裁決では,「坂東ひげ」票のほか上記各投票はいずれも存在しないと判断されているところ,これは,被告が,開票時における疑問票の判定において市選管を指導した際の自らの不手際を隠すため,本件再点検において不正工作を行って上記各投票を意図的に隠蔽したものにほかならず,到底信用することができない。

(被告の主張)

ア 被告は,本件再点検において,坂東成光候補の有効投票から19票,原告の有効投票から5票,無効投票から1票の計25票の疑義票を摘出し,コピー及び写真撮影を行い,写し等を持ち帰った上,上記25票の効力につき検討したが,その結果,選挙会の決定と異なる決定をすべき投票は認められなかった。そして,このうち,原告の主張に係ると思われる13票及びこれに関連し本件選挙の当選の効力に影響を及ぼすおそれがあって検討を要すると認めた4票の計17票を本件裁決書に登載し,これらについて被告の判断を示したものである。

残りの8票については,選挙会の決定と異なる決定をすべき投票とは認められず,また,投票の記載につき原告の主張との関連性が認められないことが明らかであり,本件裁決書において被告の判断を示す必要がないことから登載しなかったにすぎず,意図的な隠蔽など行っていない。

イ 本件再点検における坂東成光候補及び原告の有効投票並びに無効投票における疑義票の摘出については,複数の担当者において確認の上,厳正かつ公正に行ったものであり,その結果についても,担当者から坂東成光候補及び原告の有効投票並びに無効投票の順に,各委員が各様式により詳細な報告・説明を受け,必要に応じ個別の投票についても確認を行った上で委員全員が決裁し,被告として決定したものであり,本件点検は適正に行われたものである。

その結果,「坂東ひげ」票,「板東一」票,「板東一岳」票及び「坂東」丸囲み票の存在はいずれも認められず,他に板東一岳氏への投票と認められる投票も存在しなかった。

なお,市選管は,本件弁明書及び本件再弁明書のいずれにおいても,「板東一」と記載された投票が存在すること及び「坂東」丸囲み票を坂東成光候補の有効投票としたことを否認している。

(6)  本件裁決に至る手続の適法性

(原告の主張)

ア 本件では,審査申立てから裁決まで140日余の日数を要したところ,公選法213条1項では裁決は審査申立てから60日以内を目処にしてすべきとされており,同期間を倍以上遅らせる不公正な処理を行った。また,市選管には行政不服審査法(以下「行服法」という。)には規定のない再弁明の機会を与え,その弁明書の提出期間についても長期間とするなど,被告は不公平な処理を行った。

イ 本件再点検においては,点検作業場所から相当離れた会場端にロープで囲まれた区域を設け,警官2名を配置し,原告ら立会人はそのロープの外側に閉め出され,被告関係者の点検作業場所へ立ち入ることができないようにされており,実質的に立会といえないものであった。すなわち,本件再点検は原告らに立会をさせないまま実施されたものであり,行服法29条2項に違反する違法な手続であった。

(被告の主張)

ア 公選法213条1項の期間を経過した事実は認めるが,同項の争訟の処理の規定は,あくまで訓示規定であり,効力規定ではない。しかも,本件では,市選管の弁明書に対する原告からの反論書において指摘された点を再度市選管に確認したり,本件点検を実施するなどしたため日数を要したものであり,不公正な処理ではない。

また,弁明書及び反論書の提出はそれぞれ1回に限られないところ,被告は上記の事情で市選管に書面の到達の日から2週間以内として再弁明書の提出を求めたのであり,これに対する原告の反論書についてもやはり書面の到達の日から2週間以内の提出を求めたのであり,不公平な処理ではない。

イ 本件再点検は,被告において裁決のため必要と判断し,行服法28条の規定に基づき実施されたところ,審査申立人に立会の機会を与えなければならない旨の規定はなく,被告はその義務を負うものではない。したがって,立会の機会を与えなかったとしても,そのことにより裁決が違法になるものではない。なお,被告は,本件再点検に際し,原告に参観という形で立会を認めており,原告も点検の流れや状況については現場で確認している。

第3争点に対する判断

1  認定事実

前記前提事実並びに証拠(甲1から8,乙1から16(枝番を含む。),42,61,62,65,証人J,証人I,その他該当箇所に掲記したもの)及び弁論の全趣旨によれば,以下の各事実が認められる。

(1)  本件選挙執行日(開票日)までの経緯

ア 本件選挙における立候補の届出の受付は平成17年12月7日に告示され,原告及び坂東成光候補を含む計29名の者が候補者として立候補の届出をした。なお,候補者の中には,公選法施行令89条5項の規定により通称使用認定の申請をする者もいたところ,坂東成光候補はこれを行わなかった(乙3の2の7,乙3の2の9から2の12)。

イ 市選管においては,開票事務についてのマニュアルが作成されており,これによれば,開票事務執務体制として,開票管理者の下,開票事務進行管理総括,開票事務進行管理副総括及び8の係を配するものとされていた。なお,上記各係及びその事務分担は以下のとおりである(乙49の2)。

(ア) 区分係 開票区分台上で投票用紙をよく混合し,候補者別の得票に区分して点検係に回付する。疑問票及び白票は,所定のかごに区分し,審査係に回付する。

(イ) 点検係 区分係から回付された投票用紙を他の候補者の投票が混合していないか,また,有効票以外の投票が混同していないか再確認し,ビルコン係に回付する。有効投票以外の投票と思われる票については,審査係に回付する。

(ウ) ビルコン係 有効投票を計数機にかけ,候補者別に50票束にして第1計算係に回付する。

(エ) 審査係 疑問票について有効か無効かの審査を行い,無効投票については,事由別に区分し,開票立会人の承認及び開票管理者の決定を受け回付する。

(オ) 第1計算係 ビルコン係や審査係から回付された有効投票を候補者別に計算し,開票立会人に回付する。

(カ) 第2計算係 開票管理者が決定した候補者別の得票数を計算する。

(キ) 速報係 開票速報数値を場内発表し,報道機関に速報数値を提供する。なお最終開票結果は,県選挙管理委員会へ報告する。

(ク) 庶務係 開票録の作成及びその他,他の係に属さないことを処理する。

ウ 市選管においては,選挙執行の前に審査係打合せ会を開催し,法律や判例,実例などを参考にしながら,審査係全員があらかじめ統一した見解を持って開票事務に臨めるよう努めているところ,本件選挙に際しても,同年12月14日,審査係11名(ただし二,三名の欠席あり)のほか,審査担当の進行管理副総括,庶務係総括及びJ事務局長が参加して打合せ会を開催し,予想される投票用紙の記載につき,それらの取扱い等を検討した(甲7,証人J)。

上記審査係打合せ会においては,坂東成光候補の選挙運動用自動車で「ひげの坂東」,「坂東ひげ」等と「ひげ」を強調した呼び掛けが繰り返されていたことから,「坂東ひげ」と記載された票が存在することを想定し,この記載に係る投票の効力について協議,検討を行い,市議会議員や職員,市民の間でも坂東成光候補のことを「ひげさん」と呼ぶ者が相当数存在することを確認できたことなどから,審査係としては有効投票として取り扱うこととした(甲7,証人J)。

エ 同月18日,本件選挙が執行された。

(2)  開票日当日の経緯及び選挙会の決定

ア 本件選挙に係る開票は即日行われ,その際,10名の開票立会人が開票作業に立ち会い,I立会人も,本件選挙の候補者であるK候補からの届出に係る開票立会人として立ち会っていた。

開票作業の途中で,I立会人は,自らの前に置かれた坂東成光候補の有効投票束の一番上に「バンド ヒゲ」票が存在することに気付き,J事務局長に無効票でないかと告げたが,最終的には有効投票効力決定票(乙42,62)に立会人として押印した(なお,I立会人が目撃した投票が「バンド ヒゲ」票であったことについては争いがあるところ,上記のように認定した理由は後記6(1)のとおりである。)。

イ 開票結果において,得票数は,坂東成光候補854票,原告853票であり,その得票差は1票であった。

ウ 平成17年12月19日の選挙会において,坂東成光候補ほか21名の当選が決定され,原告は次点とされた。

(3)  本件異議申出

原告は,平成17年12月27日,市選管に対し,本件異議申出をしたが,市選管は,平成18年1月26日,これを棄却する本件決定をした。

(4)  審査申立てと書面等の提出の経過

ア 原告は,平成18年2月13日,被告に対し,当選の効力に関する本件審査申立てをした。

イ 被告は,同月21日,本件審査申立てを受理することを決定し,同日付けで市選管に弁明書の提出を求めるとともに,本件選挙に係る選挙長等の選任の告示,選挙公報,選挙録,通称認定申請書,通称について選挙長が認定したことを証する書面等の各写しの提出を求める旨の通知を発した。市選管は,これを受けて,同年3月1日,被告から提出を求められた書類を送付し,同月8日,本件弁明書を被告に提出した(乙2の1及び2,3の1及び2の1から2の19)。

ウ 被告は,同年3月10日,原告に対し,市選管から提出された弁明書副本を送付し,反論がある場合は到達の日から2週間以内に反論書を提出するよう求め,原告は,同月22日,被告に反論書を提出した。被告は,翌23日,上記反論書を市選管に送付した(乙4,5)。

エ 被告は,同年4月24日,再弁明書の提出を求めることを決定し,翌25日,市選管に対し,「再弁明書の提出について(通知)」と題する同日付けの書面を送付し,その到達の日から2週間以内に再弁明書を提出するよう求め,同年5月10日,市選管は本件再弁明書を被告に提出した。被告は,同月12日,原告に対し,市選管から提出された再弁明書副本を送付し,反論がある場合は到達の日から2週間以内に反論書を提出するよう求め,原告は,同月25日,被告に反論書を提出した。被告は,翌26日,上記反論書を市選管に送付した(乙6から9)。

(5)  本件再点検の実施

ア 被告は,平成18年5月22日,本件再点検を実施することを決定し,同月25日付けで市選管に対して本件選挙に係る投票用紙の提出を依頼するとともに,同日付けで原告及び坂東成光候補に対し,同年6月6日午後1時からα3階大会議室において本件審査申立てに係る投票の開披を行う旨等を通知した(乙10,11の1から3)。

イ 同年6月6日午後1時から午後4時49分まで,α3階大会議室において,本件再点検が実施され(乙14の2),市選管委員長,同委員及び原告等が参観した。

ウ 本件再点検の際の開披点検の手順は,次のとおり進められた(乙14の1及び2,15,16,44,53)。

(ア) 市選管から投票の引渡しを受けた。

(イ) 投票梱包の封印を確認した。

(ウ) 計算係(2名)において,立候補者29名全員の候補者別有効投票及び無効投票とされた投票の票数を点検したところ,開票録の記載と一致した。

(エ) 同点検後,坂東成光候補及び原告以外の候補者の有効投票については,整理係(2名)に回付し,坂東成光候補及び原告の有効投票並びに無効投票は,検討点検係(3名)に回付した。

(オ) 検討点検係は,回付された投票につき,疑義票,混入票の有無を点検の上,印刷記録係に回付した。点検の結果,混入票は存在しなかった。

(カ) 印刷記録係(2名)は,回付された投票束から,疑義票として回付された投票をコピーし,写真係(1名)は,上記投票を写真撮影した。

(キ) 整理係は,回付された投票束を各候補者等別に整理,各候補者等の束数を再確認した。

(ク) 開披点検終了後,被告委員により開披点検を行った旨の表示を行うとともに,封印を行った上,これを市選管に引き渡した。

(なお,本件再点検は,市選管に対し投票用紙の提出を求め,封印された投票梱包から投票用紙を取り出し,「坂東ひげ」票,「板東一」票等の有無を確認するとともに,疑義票を抽出した上でその写しを作成した(写真の撮影を含む。)ものであるところ,その行為は「物件の提出要求」(公選法216条2項,行服法28条)にとどまらず,被告が直接自己の視覚作用によって投票の記載状況等を検査し,その結果を証拠資料とする証拠調べの性質を有する「検証」(公選法216条2項,行服法29条1項)に当たるというべきである。)

エ 開披点検に基づく処理

(ア) 開披点検の結果,疑義票の総数は25票であり,そのうち,坂東成光候補に係るものが19票,原告に係るものが5票,無効投票に係るものが1票であった(乙16)。「バンド ヒゲ」票は有効投票効力決定票が付され,3票束の中の1枚として開票立会人及び開票管理者に回付され,すべての開票立会人及び開票管理者が有効の判定に異議がないとして押印してあった(乙16,42,61,62)。

(イ) 被告は,上記25票の投票をコピーして持ち帰り,検討することとした。

上記25票の中には,「板東」票が12票(ただし,裁決書に添付されなかった別紙2の投票(乙第16号証の整理番号5の投票。以下「別紙2の票」という。)を含む。),「バンド ヒゲ」票,「ばんろう」票,「ばんとう」票及び別紙1の票が各1票含まれていたが,「坂東ひげ」票あるいは「板東ひげ」と記載された票,「板東一」票,「板東一岳」票及び「坂東」丸囲み票はいずれも含まれていなかった(乙16から24,27,28,30,32から35,41)。

なお,「バンド ヒゲ」票は,「バンド」の部分と「ヒゲ」の部分の間に若干のスペースがとられ,「バンド」の記載の方が「ヒゲ」の部分よりやや大きく記載されるなど,明らかに上記2つの部分を区分して記載されていた(乙16,32)。

(6)  被告は,平成18年6月20日,本件再点検の際に摘出した投票の効力について検討し,その結果,選挙会の決定と異なる決定をすべき投票は認められないと判断し(乙45),同年7月3日,本件審査申立てを棄却する本件裁決をした。

2  争点(1)(「バンド ヒゲ」票の効力)について

(1)  証拠(乙3の2の7,3の2の11及び12,49の3,50の2から4,51の2から5,52,54から56,60,63,証人J,同L)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

ア 坂東成光候補は,遅くとも昭和60年ころから既に髭を生やしており,鳴門市議会議員に初当選した平成3年ころから原告を含む他の議員らや鳴門市職員の一部からは「ひげさん」と呼ばれていた。また,平成11年に板東一岳氏が鳴門市議会議員に当選し,「ばんどう」と呼ばれる議員が二人になったことから,鳴門市議会関係者や同市職員の間で上記二人の議員を呼び分けるために,坂東成光候補を「ひげさん」と呼ぶ者が増えた。

イ 坂東成光候補は,平成3年の選挙用ポスターにおいて,髭を蓄えた男性の顔のイラストを用い,平成7年の選挙用ポスターにおいては,上記イラストと共に髭を蓄えた本人の写真を表示していた。

そして,坂東成光候補は,本件選挙の選挙公報用の原稿及び選挙用ポスターにおいて,髭を蓄えた本人の上半身を写した写真を用いるとともに,上記ポスターでは同写真の横の丸枠内に上記イラストを表示しており,自らが営む理髪店の看板や,同人又はその友人が保有する自動車に貼られるワッペンにも,上記イラストを用いていた。また,坂東成光候補の名刺にも同様の写真及びイラストが表示されていた。

このように,坂東成光候補は,少なくとも平成3年ころ以降,自らの髭をいわゆるトレードマークとして広く活用していた。

ウ 本件選挙に係る選挙運動中,坂東成光候補の選挙用自動車からは,「ひげの男坂東成光」,「ひげの坂東」などの呼び掛けが再三行われていた。

また,本件選挙の候補者により選挙運動が繰り広げられたころ,鳴門市内ではM映画「バルトの楽園」のロケーションが行われており,「バルト」が髭を意味するドイツ語であったことから,坂東成光候補及びその支援者は「バルトでお騒がせしております,ひげの坂東」などと連呼していたところ,市選管に対し「バルト,バルトとやかましい」との電話による抗議があった。

エ 本件選挙当時,坂東成光候補は,その後援会会員らや親戚,同人の居住するβ町内及びその近隣住民の一部から,親しみを込めて「ひげの坂東」,「ひげさん」などと呼ばれていた。

オ 平成17年12月14日に開催された審査係打合せ会において,坂東成光候補への想定される投票として「坂東ひげ」票の有効性が検討され,坂東成光候補が広く「ひげさん」と呼ばれている事実があること等の理由から,審査係としては「坂東ひげ」票を有効投票として取り扱う旨の判断がされた。

カ 本件異議申出を受けて平成18年1月24日に行われた関係者からの事情聴取において,市選管の審査係統括であったAは,坂東成光候補が「ヒゲさん」で通っている旨供述した。

キ 本件選挙の候補者の中で,「バンド ヒゲ」という氏又は名を有する候補者は存在せず,これに類似する氏又は名を有する候補者は「バンド」の部分がその氏に類似する坂東成光候補以外には存在せず,また,本件選挙の選挙公報において髭を蓄えた写真を用いたのは坂東成光候補だけであった。

なお,坂東成光候補からは本件選挙に係る通称使用認定の申請はされていなかった。

(2)  以上の事実に基づき検討する。

ア 前記1(5)エ(イ)のとおり,本件選挙の投票の中には「バンド ヒゲ」票が1票含まれていたところ,前記2(1)キのとおり,本件選挙の候補者中,「バンド ヒゲ」票の記載に類似する氏又は名を有する者は坂東成光候補以外に存在しなかった。そして,候補者制度をとる選挙においては,選挙人は候補者に投票する意思を持って投票に記載したものと推定すべきであるところ,前記1(5)エ(イ)のとおり,「バンド」の部分と「ヒゲ」の部分が明らかに区分して記載されていることにも照らすと,「バンド ヒゲ」票中の「バンド」の記載については,坂東成光候補の戸籍上の氏である「バンドウ」の「ウ」が脱落したものとみるのが相当である。

また,前記2(1)アによれば,坂東成光候補は,遅くとも平成3年ころ以降,自らを公に表示する場面において,髭を強調した写真又はイラストを用いていたこと,本件選挙当時,同人の後援会会員や親戚,同人の居住するβ町及びその近隣地域住民の一部,鳴門市議会議員や同議会関係者及び同市職員の間では「ひげさん」などと呼ばれていたこと,本件選挙の際の選挙運動においても,髭を強調した呼び掛けを頻用していたこと,市選管においても,本件選挙の執行以前に,「坂東ひげ」と記載された票が投じられる可能性を想定し,あらかじめその有効性を検討していたことが認められ,これらの事実からすれば,坂東成光候補が「ヒゲ」を鳴門市議会議員又は理髪業者として日常生活を営む上でいわゆるトレードマークとして活用しており,その結果,上記鳴門市内の多くの市民の間において「ヒゲ」は坂東成光候補の通称となっていたものと認めるのが相当である。原告は,「ひげ」が通称といえるためには,開票区内のいずれの地においても慣習的に使用されている状態でなければならない旨主張するが,通称はその者を知るか,少なくともその者について何らかの知識や情報を持つ人によって初めて使用し得るのであるから,原告の上記主張は採用することができない。

そうすると,「バンド ヒゲ」票は,坂東成光候補の氏名の一部である「バンド」と同人の通称である「ヒゲ」を併せて記載したものと認められるから,公選法68条1項6号本文の「候補者の氏名」の一種を記載したものであって「他事を記載したもの」ではなく,同法67条により「その投票した選挙人の意思が明白」である場合に該当し,有効投票と認めるのが相当である。

イ 原告は,坂東成光候補は「ヒゲ」に関する通称使用認定の申請をしていないこと,「ヒゲ」は普通名詞であって,それだけでは個人を識別する力を持たず,個人の呼称である固有名詞たる通称とはなり難いこと,候補者が選挙運動において特定の呼称を頻用しても,それだけで通称性が認められるものではないこと等の理由から,「バンド ヒゲ」票の「ヒゲ」という記載は公選法68条1項6号の他事記載に該当し,上記投票は無効である旨主張する。

しかしながら,公選法施行令89条5項により準用される同令88条8項による通称使用認定の申請は,候補者が当該選挙の立候補の告示,新聞広告,政見放送,選挙公報,投票記載所の氏名等の掲示等に,本名に代えて通称が記載され,又は使用されることを求めようとする場合に求められるものであって,それ以外の場面において通称を用いることが規制されるものではないし,上記申請に係る「通称」と公選法68条1項6号の「候補者の氏名」に該当する「通称」とが同一に論じられるべきものでもない。

また,確かに,一般に「通称」とされるものには固有名詞又はそれが変じたとみられるものが多いと解されるものの,逆に,普通名詞が通称となり得ないとする根拠は見当たらない。

さらに,坂東成光候補の「ヒゲ」という呼称が,選挙運動においてのみ用いられたものではなく,鳴門市議会議員としての活動や理髪業等の日常生活においても用いられているものであることは,坂東成光候補が営む理髪店の看板や自動車に貼付するワッペンなどにおいて髭を蓄えた男性の顔のイラストをいわゆるトレードマークとして活用しており,市選管においても,本件選挙の執行以前の段階で,投票中に「坂東ひげ」と記載された票が投じられることを想定し得たこと等の事実から明らかである。

したがって,原告の上記主張はいずれも理由がない。

ウ なお,原告は,「ヒゲ」は坂東成光候補を特定するものではあり得ても,そのことと通称性の認定は別であるにもかかわらず,被告はこれを混同しているか,又は,通称性の判断において特定性の判断を補強材料として用いようとするものである旨主張する。

しかしながら,前記2(1)エないしカの認定事実によれば,「ヒゲ」は坂東成光候補を他の候補との関係で区別し特定する場面だけでなく,一定の範囲の市民の間では日常的に坂東成光候補自身の呼称として用いられていたと評価できるのであるから,前記アのとおり認定するのが相当である。

したがって,原告の上記主張は採用することができない。

3  争点(2)(「板東」票の効力)について

(1)  前記1(5)エ(イ)のとおり,坂東成光候補の有効投票中に「板東」票が合計12票(本件裁決で問題とされた11票のほか,別紙2の票を含む。)存在したところ,これらは坂東成光候補の氏「坂東」を「板東」と誤記したものとして,坂東成光候補の有効投票と認めるのが相当である。

(2)  原告は,「板東」票は,前市議会議員である板東一岳氏への投票と認めるべきものであるから,「公職の候補者でない者」への投票(公選法68条1項2号)として無効と解すべきである旨主張する。

しかし,前記のとおり,候補者制度を採る選挙においては,選挙人は候補者に投票する意思を持って投票に記載したものと推定すべきであって,本件選挙において「ばんどう」の氏を有する候補者は坂東成光候補以外にはいないことからすると,「板東」票が板東一岳氏への投票であると認めるべき合理的理由があるとはいえないから,原告の上記主張は理由がない。

なお,別紙2の票は,「●東」(編注:「●」は手へんに「反」)と記載されているものの,そのうちの「●」という字は「坂」又は「板」の誤記と認めるのが相当であり,いずれにしても坂東成光候補の有効投票と認めるのが相当である。

4  争点(3)(「ばんろう」票及び「ばんとう」票の効力)について

(1)  前記1(5)エ(イ)のとおり,本件選挙の投票中には「ばんろう」票及び「ばんとう」票が各1票存在したことが認められるところ,本件選挙の候補者中には,「ばんろう」又は「ばんとう」という氏又は名を有する候補者は存在しない。そして,「ばんろう」及び「ばんとう」はいずれも坂東成光候補の氏の平仮名表記「ばんどう」と字数を同じくし,4文字中3文字までが一致していること,それぞれ3文字目の「ろ」又は「と」と「ど」とは共に母音を同じくし,字音が似ていることから,全体として見た場合に「ばんろう」及び「ばんとう」と「ばんどう」には類似性が認められることに加えて,「ばんとう」票については,「ばんどう」の「ど」の濁点が脱落したものと認めることができること及び「東」は「とう」と読むこともできることにも照らすと,これらの票は,いずれも選挙人が坂東成光候補に投票する意思を持って,誤った記憶又は誤記により「ばんろう」及び「ばんとう」と記載したものと解することができ,坂東成光候補の有効投票と認めるのが相当である。

(2)  なお,原告は,「ばんろう」及び「ばんとう」を「ばんどう」の誤記等と解釈したとしても,「坂東」又は「板東」のいずれを記載したものかは判定できず,前市議会議員である板東一岳氏への投票と解し「公職の候補者でない者」への投票として無効とすべきである旨主張する。

しかし,前記3(2)のとおり,候補者制度を採る選挙においては,選挙人は候補者に投票する意思を持って投票に記載したものと推定すべきところ,本件選挙において,「ばんどう」の氏を有する候補者は坂東成光候補以外にはいないのであって,「ばんろう」票及び「ばんとう」票が板東一岳氏への投票であると認めるべき合理的理由があるとはいえないから,原告の上記主張は理由がない。

5  争点(4)(別紙1の票の効力)について

証拠(乙16,41)及び弁論の全趣旨によれば,別紙1の票については,その記載が上下2つの部分に分かれており,そのうち上の部分は,運筆により平仮名の「○」と判読することが可能と解されるものの,同票の下の部分は平仮名か漢字か,それ以外の文字かも不明であり,判読することができないといわざるを得ない。

そして,証拠(乙3の2の7及び8,3の2の10から13)によれば,本件選挙において氏又は名の一部に「○」の字を有する候補者は,原告のほか,B及びCが存在すること,氏名の全部若しくは氏又は名のいずれかを平仮名の「○」を含む2文字で表記することのできる候補者は存在しないことが認められるのであるから,別紙1の票の記載のうち上の部分だけでは,いずれの候補者に対する投票であるかを確認することはできないといわざるを得ない。

そうすると,別紙1の票は,「公職の候補者の何人を記載したかを確認し難いもの」(公選法68条1項8号)として無効投票と解するのが相当である。

なお,原告は,別紙1の票の記載のうち下の部分が平仮名の「○」であるとし,公選法67条の規定の趣旨に照らし,できる限りその投票を有効とするように解すべきであるから,原告の有効投票と認めるべきである旨主張するが,同票の下の部分は,左から右にかけて波形の線があり,それに連続して平仮名の「○」に類似した線が記されており,通常の「○」の運筆とは相当異なることにかんがみて,これを平仮名の「○」と判読することはできないというほかなく,同条にいう「その投票した選挙人の意思が明白」である場合には該当しないというべきである。

したがって,原告の上記主張は採用することができない。

6  争点(5)(その他の疑問票の存否)について

(1)  「坂東ひげ」票について

ア 原告は,本件選挙の投票中に「坂東ひげ」票が存在したと主張し,証人Iは,本件選挙の開票作業中,坂東成光候補の有効投票として立会人に回付されたものの中に「板東ひげ」と記載された投票が混入していることに気付き,J事務局長にそれを告げた旨証言し,市選管の本件決定に係る決定書(以下「本件決定書」という。),本件弁明書及び本件再弁明書においても,「坂東ひげ」票が存在することを前提としているかの如き記載がある。

イ しかしながら,本件異議申出の段階から本件訴訟に至るまで,原告において概ね一貫してその存否を問題にしているのは「坂東ひげ」票であるところ,証拠(甲3,5,7,乙42,49の3,61,62,証人J,同I)によれば,証人Iは,開票当日に目撃したのは「板東ひげ」と記載された票であると述べていること,同人は「バンド ヒゲ」票については目撃していないと証言するが,「バンド ヒゲ」票は他の2票とともに3票を1つの束として有効投票効力決定票を付された上で開票立会人に回付され,開票立会人全員が上記有効投票効力決定票に押印していること,本件異議申出に基づき実施された関係者の事情聴取においては,審査係総括であったA及び同係員であったNが,「坂東ひげ」票が存在したことを前提に供述する反面,「バンド ヒゲ」票の存在については誰からも供述がないこと,市選管作成の本件決定書,本件弁明書及び本件再弁明書においては,いずれも原告の問題にしている投票が「坂東ひげ」票であることを前提として記載されてはいるものの,他方で,それとは別に「バンド ヒゲ」票が存在することを示唆する記載は存在しないこと,被告は,本件再点検における開披点検の結果,疑義票25票を抽出しそのコピー及び写真を持ち帰ったところ,その中にも「坂東ひげ」票は存在しなかったことが認められる。

ウ これらの事実に照らすと,立会人Iが目撃した投票は「バンド ヒゲ」票であると認めるのが相当であり,証人Iの「板東ひげ」票を目撃した旨の証言はこれを採用することができず,他に,「坂東ひげ」票が存在したと認めるに足りる証拠はない。また,本件決定,本件弁明書及び本件再弁明書において,市選管が「坂東ひげ」票として記載するのは,「バンド ヒゲ」票のことを指すものと解すべきである。

(2)  「板東一」票,「板東一岳」票及び「坂東」丸囲み票について

ア 原告は,「板東一」票,「板東一岳」票及び「坂東」丸囲み票については,原告が直接J事務局長から,これらが存在し,かつ,そのうち少なくとも「坂東」丸囲み票は有効票とされた旨の供述を得ている旨主張し,原告代理人作成の平成17年12月27日付け異議申出書等の主張書面(甲2,4,6)にはそれに沿う記載があるほか,「板東一岳」票についてはこれに沿うかの如き証人Jの証言がある。

イ しかしながら,上記各投票の存在は本件再点検において確認されていない上,証人Jも,自ら「板東一岳」票の存在を確認しているわけではなく,開票関係者への確認の結果,あったように思う,有効投票にしたように思うとの回答があったことを原告に告げた旨証言するにとどまり,上記原告代理人作成の書面も,J事務局長の上記伝聞供述を前提にするにすぎないものである。こうした事情に照らせば,前掲の各証拠をもって「板東一岳」票,「板東一」票及び「坂東」丸囲み票が存在したと認めることはできず,他に,これを認めるに足りる証拠もない。

(3)  小括

以上によれば,「坂東ひげ」票,「板東一」票,「板東一岳」票及び「坂東」丸囲み票が存在したとの事実はいずれも認めることができず,したがって,上記各投票の存在を前提として本件裁決の不当をいう原告の主張は採用することができない。

7  まとめ

以上によれば,本件選挙の投票の効力につき選挙会の決定と異なる決定をすべき投票は認められないとした本件裁決の判断について原告の主張するところは,いずれも採用することができず,本件裁決における上記判断は正当であると認められる。

8  争点(6)(本件裁決に至る手続の適法性)について

原告は,本件裁決が公選法213条1項所定の処理期間を大幅に超過したこと,意見書面等に係る提出期間の取扱いが不公平であったこと及び本件再点検への立会の機会が実質的に確保されなかったことをもって,本件裁決に至る手続に違法があると主張する。しかしながら,前記7のとおり,本件裁決の判断は正当と認められるのであって,仮に本件裁決の手続に原告の主張するような違法があったとしても,もはやそのことを理由に裁決の取消しを求める利益はないというべきであるから,原告の上記主張はいずれも失当である。

第4結論

よって,本件審査申立てを棄却した本件裁決は正当であり,原告の請求は理由がないからいずれも棄却することとし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 馬渕勉 裁判官 豊澤佳弘 裁判官 山口格之)

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