高松高等裁判所 平成18年(行コ)13号 判決 2007年6月19日
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人が控訴人に対して平成9年12月8日付けでしたA病院の開設に対する中止勧告が無効であることを確認する。
第2事案の概要
1 本件の事案の概要,本件における前提事実及び争点は,後記2のとおり当審における当事者の主張を補足するほか,原判決「事実及び理由」第2に記載のとおりであるから,これを引用する。ただし,原判決2頁25行目の「当審」を「高松地方裁判所」と改め,同行目末尾に「原審が控訴人の本件における請求を棄却したため,控訴人が控訴した。」を加え,同3頁11行目の「大阪府大東市」を「大阪市(従前は,大阪府大東市)」と改める。
2 当審における当事者の補足的主張の大要は次のとおりである。
(1) 医療法30条の7に定める知事の勧告の要件
(控訴人)
医療法30条の7の規定は,都道府県の団体委任事務である地域医療計画の実施に伴うものであり,知事の機関委任事務である病院開設の許可事務と密接不可分の関係にある上,地域医療計画の目的である病床規制の運用はその性質上全国一律の基準によるものでなければならないところ,上記規定に基づく知事の勧告については昭和61年通知によって厚生大臣の裁量基準が示されている以上,知事はこれに従うべきものである。これによれば,病院開設又は増床(以下「病院開設等」という。)の許可申請に係る病床数の全部又は一部が地域医療計画に係る必要病床数を超える場合には,知事は,中止ないし削減の勧告を行うことになるのであって,この点に関して知事の裁量が働く余地はない。
本件当時のα保健医療圏における不足病床数469床について先に地元8病院が増床許可を受けてしまえば,これを超えることになる控訴人の病院開設許可申請が知事による勧告の対象となることは明らかであり,本件において病床調整に参加する機会がなかった控訴人は,これによる病床配分を受けることができず,地元8病院が増床許可を受けたことによって,本件勧告を受けることになったわけであるから,控訴人にとってみれば,本件における病床調整は正に本件勧告を受けさせるために行われたものにほかならない。したがって,病床調整は医療法30条の7による知事の勧告における重要な手続要件であり,そのことは,厚生省健康政策局指導課長が平成10年7月27日に発した「保険医療機関の病床の指定に係る国民健康保健法等の一部を改正する法律の施行に伴う医療法三十条の七の規定に基づく勧告等の取扱いについて」と題する通知(以下「平成10年通知」という。)からも明らかである。
(被控訴人)
医療法30条の7は,都道府県知事が「医療計画の達成の推進のため特に必要がある場合」に「病院の開設又は病院の病床数の増加若しくは病床の種別の変更に関して勧告することができる」旨規定し,上記の必要性という要件の認定判断及び勧告という処分を行うか否かの判断において,都道府県知事に一定の要件裁量及び効果裁量を認めている。また,医療計画の策定を通じて適正な医療提供体制の確保を図るという医療法の趣旨に照らしても,昭和61年通知の趣旨は,医療法30条の7に基づく勧告につき,都道府県知事における各地域の実情を考慮した上での上記裁量を否定するものではない。
したがって,本件勧告については,被控訴人が医療法30条の7により認められている裁量権を著しく逸脱・濫用するという重大な瑕疵があり,かつ,それが本件勧告時に外形上客観的に明白であるという事情がない限り,当然に無効となるものではないところ,一般に,行政処分が重大な手続的瑕疵のために違法とされる場合であっても,その違法は当該行政処分の取消事由にとどまるのが通常であって,当然に無効事由となるものではない。しかるところ,病床調整は,医療法30条の7に基づく都道府県知事の勧告を回避するための事実上の行為(行政指導)であって,上記勧告のための要件ではなく,その結果は勧告に関する都道府県知事の判断を拘束するものではないから,仮に病床調整に瑕疵があっても,それが勧告の違法事由となるものではないし,本件においては,被控訴人が控訴人を病床調整から殊更排除したこともないのであるから,本件勧告が違法無効であるとする控訴人の主張は理由がない。
(2) 病床調整について
(控訴人)
病床調整については,病院開設等の許可申請に関して複数の申請者ないし申請予定者がいる場合には,これら全員の参加による病床調整又はこれと同視することができる程度に公平性,公正性が担保された手続による病床調整を行うことが求められているにもかかわらず,本件においては,被控訴人の補助機関である県担当課は,病院開設許可申請を行う意向を有していた控訴人に対し,上記申請に必要な病床調整に関する情報につき十分な情報提供をせず,虚偽の説明をするなど行政手続法9条2項に反する行為をして,意図的に控訴人を病床調整から排除したものである。地元8病院の増床希望の大半は控訴人による病院開設への対策ないし便乗増床であり,その増床許可申請がされたのは控訴人による当初の病院開設許可申請よりも後であって,両申請とも平成9年11月6日開催の香川県医療審議会に諮問されているのであるから,手続的に見ても,地元8病院のみによる病床調整を先行させる必要はなく,当然控訴人も参加させた上で病床調整を行うべきであった。
このように控訴人を排除して行われた病床調整が重大な瑕疵を帯びるものであることは明らかであるところ,本件における病床調整と本件勧告はいずれも同一の行政庁(ないしその補助機関)によって行われたものである上,病床調整に参加しこれによる配分を受けて増床許可を得た医療機関は地元8病院であり,病床調整から排除されて本件勧告を受けた医療機関は控訴人であることからしても,被控訴人が「仮配分」であると主張する地元8病院による病床調整の結果を既成事実化して控訴人の病院開設許可申請を断念させようとする意図を有していたことは明らかである。このように特定の医療機関を排除して行う病床調整は当該医療機関に対する中止勧告を前提としたものにほかならないから,控訴人を排除して行われた病床調整の違法は本件勧告の違法に直結する。
(被控訴人)
α保健医療圏においては,公取委勧告がされる以前の段階から地元医療機関の増床希望が相当数存在しており,これらは単なる便乗や控訴人対策のためのものではなく,具体的な必要性のある現実的な増床希望であって,被控訴人としては,公取委勧告を踏まえてこれらにつき早急に処理をする必要があったところ,控訴人の病院開設許可申請に係る希望病床数419床は,当時のα保健医療圏における不足病床数469床の約9割に達するものである上に,控訴人との折衝の経緯等から控訴人において希望病床数の大幅な削減に応じる意図はないものと考えざるを得なかったことから,このまま地元8病院と控訴人の増床希望を併せて調整することは困難であると判断して,地元8病院との病床調整を先行させて仮配分を行ったものであり,控訴人は,平成9年10月24日に上記病院開設許可申請の差替えを行い,希望病床数を310床と変更したものの,これについては臨床研修病院の指定を受けるために300床以上の病床が必要である旨説明しており,その段階においても,地元8病院との病床調整を行うことは困難な状況にあったものであって,殊更に控訴人を病床調整から排除したものではない。なお,控訴人が指摘する行政手続法9条2項に定める「その他の申請に必要な情報」としては,手数料納付に必要な印紙,受付時間や,公にされている審査基準及び標準処理期間等に関する情報が挙げられており,本件における地元医療機関との病床調整に関する情報は,控訴人の病院開設許可申請に必要な情報には当たらない。ちなみに,県担当課においては,控訴人に対し,地元医療機関から増床希望があることや病床の配分を調整することなどを説明している。
(3) 香川県医療審議会における審議について
(控訴人)
本件に関して平成9年11月6日に開かれた香川県医療審議会においては,議題2として地元8病院の増床許可申請につき審議されて許可相当との結論が出された後に,議題3として控訴人の病院開設許可申請につき審議されて中止勧告相当との結論に至っているところ,こうした議事の進め方は,あらかじめ結論ありきのものである上,議事の内容についても,議題2の審議においては,地元8病院の増床許可申請が控訴人による病院開設への対策としてされたことにつき何ら説明されておらず,議題3の審議においては,控訴人の病院開設許可申請をいかにして排除するかという議論に終始しているのであって,いずれも不当なものである。こうした審議の実情に照らせば,香川県医療審議会が控訴人の病院開設許可申請につき中止勧告相当の意見を出したとしても,それによって,控訴人を病床配分手続から排除して勧告の実体的要件を作出したという重大な瑕疵を帯びる本件勧告が適法視されることにはならない。
(被控訴人)
医療法30条の7の規定は都道府県医療審議会の意見を聴取することを知事の勧告の要件としており,単なる諮問機関であるとはいえないし,香川県医療審議会については,中立性・公平性が保たれ,被控訴人や地元医師会からは独立した審議が保障されているものである。
平成9年11月6日に開催された香川県医療審議会での審議に関しては,議事の進行において地元8病院の増床許可申請と控訴人の病院開設許可申請を一括審議としなかったことには一応の合理性がある上,仮にこの点に問題があるとしても,本件勧告の手続に重大かつ明白な違法があるとまではいえないし,議事の内容についても,地域医療にとっての必要性という観点から議論がされており,不当なものとはいえない。
(4) 控訴人が病床調整に参加した場合の配分数について
(控訴人)
被控訴人が控訴人を病床調整に参加させ,α保健医療圏の不足病床数469床につき地元8病院及び控訴人の各増床希望数に従って按分する方法を採用した場合には,下記のとおり,控訴人は176床ないし221床の病床について無勧告での病院開設許可が得られたはずである。
① 控訴人の平成9年9月1日付け病院開設許可申請における病床数419床と同年8月における地元8病院の増床希望数698床とで按分したときは176床
② 控訴人の上記申請における病床数419床と地元8病院の増床許可申請における病床数469床とで按分したときは221床
③ 控訴人が同年10月24日付けで変更した病床数310床と地元8病院の増床許可申請における病床数469床とで按分したときは187床
(被控訴人)
控訴人は,本件当時,病院開設に伴う新規病床数を300床未満に削減することはできないとの強い意向を有していたものであり,控訴人の上記主張はこれと矛盾する。なお,病院開設ないし増床の許可申請が競合した場合における必要病床数の配分方法については,医療法上明文の定めはなく,諸般の事情を考慮した上で,医療計画達成の推進の見地から知事の裁量により決せられるべきものであって,形式的な按分による方法は,医療法30条の7の規定と相容れないばかりか,医療計画制度の趣旨を没却することにもなりかねない。
第3当裁判所の判断
1 原判決の引用
当裁判所も,控訴人の本件請求は理由がなく棄却を免れないものと判断する。その理由は,後記2のとおり補足するほか,原判決「事実及び理由」第3に記載のとおりであるから,これを引用する。
2 補足説明
(1) 複数の病院開設等の許可申請がされ,それらの申請に係る病床数の合計が医療計画に定める必要病床数を超えることとなる場合には,都道府県知事において,医療法30条の7の規定に基づき,都道府県医療審議会の意見を聴いて,病院開設等の中止等の勧告をすることができるものとされているところ,「医療計画の達成の推進のため特に必要がある場合」という勧告の処分要件の充足性についての認定及び上記要件の充足が肯定される場合における勧告の実施ないしその内容についての判断に関しては,医療を受ける者の利益の保護及び良質かつ適切な医療を効率的に提供する体制の確保を図り,もって国民の健康の保持に寄与するという医療法の趣旨目的に照らし,都道府県知事に各地域の実情等を踏まえた上での一定の裁量を認めているものと解するのが相当であり,昭和61年通知も都道府県知事の勧告権限の発動における上記のような裁量を否定する趣旨のものと解することはできない。
また,都道府県知事が上記勧告を行う場合の手続については,医療法上,都道府県医療審議会の意見を聴くことが必要とされているのみであり,それ以外の手続については,都道府県知事の適切な裁量にゆだねられていると解されるところ,本件において問題とされている病床調整は,近接した時期にされた複数の病院開設等の許可申請に係る申請病床数の合計が必要病床数を上回る場合に,上記申請の全部若しくは一部の撤回又は申請病床数の削減を目的として,上記勧告の回避に向けて行われるものであり,医療計画の達成という行政目的を実現するために特定の者に対してその任意の協力を期待して行われる事実上の行為(行政指導)である。こうした病床調整は,競合する病院開設等の許可を申請しあるいは申請しようとする関係者の間での事前の利害調整及びそれを通じての行政の適正化のために行われるものであるから,手続としての透明性,公平性,公正性が要求されているというべきであり,本件後に発せられた平成10年通知の第二の3(2)の定めもこのことを明らかにしたものであり,上記通知の趣旨は本件当時においても通じるものということができる。
そして,都道府県知事が上記勧告を行う場合に必要とされる都道府県医療審議会の意見聴取については,医療法30条の7の文言等に照らすと,都道府県知事による上記勧告権限の行使及びその内容の適正を担保するためのものであって,利害関係人の利益保護を直接の目的とするものではなく,都道府県知事はその意見に拘束されるものではないと解されるところ,このような都道府県医療審議会の意見聴取の趣旨にかんがみれば,仮にその手続に重大な瑕疵があったとしても,そのことから直ちに勧告処分の無効がもたらされるものではなく,原則として取消事由となり得るにとどまるものと解するのが相当である。また,病床調整は,前記のとおり,都道府県知事の勧告に先立ち,勧告の回避に向けて関係者の任意の協力を期待して行われる行政指導であり,そこで成立した病床配分の合意も事実上のものにすぎず,これに基づいて病院開設等の許可の申請者ないし申請予定者が任意に申請の全部若しくは一部を撤回し又は申請病床数を削減することを通じて初めて勧告の回避という結果につながるものであって,病床調整によって病院開設等の許可申請が妨げられたりその審査手続から排除されたりすることにはならず,病床調整それ自体が当然に都道府県知事の医療法30条の7に基づく勧告のための手続要件を成すものとはいえないのであるから,仮に病床調整の手続に瑕疵があったとしても,それが勧告の効力に直接結び付くものではないというべきである。
もっとも,都道府県知事ないしその補助機関において,特定人の病院開設等を断念させる目的の下に,具体的な必要性及び実現可能性に乏しい他の医療機関の病院開設等の希望を取りまとめた上,上記特定人を排除して病床調整を進めるなどして,他の医療機関からの病院開設等の許可申請を提出させる一方で,上記特定人の病院開設等の許可申請については,その審査手続上殊更にこれを放置し,あるいは都道府県医療審議会において誤った情報を提供して審議を形骸化させるなどすることにより,上記特定人の病院開設等の許可申請につき医療法30条の7に基づく中止勧告を行うに至ったというように,医療法30条の7に基づく勧告権限の発動に至る手続において,都道府県知事が与えられた裁量の範囲から著しく逸脱し,あるいはこれを濫用したことが明らかな場合には,このような手続に基づく勧告処分については重大かつ明白な手続的瑕疵があるものとして無効となり得るというべきである。
(2) これを本件についてみると,原判決認定説示のとおり,α保健医療圏においては,病院の新規開設や増床等につき地元医師会による事前調整を経るべきものとする取扱いが昭和58年ころから行われていた結果,増床を希望しながら実現しなかった地元医療機関が複数存在しており,公取委勧告を契機として上記の地元医療機関からの増床希望等が一挙に顕在化したという経緯があること,増床許可を受けた後に地元8病院が申請どおりに増床を実施したことなどに照らしても,本件当時における地元8病院の増床希望は,いずれも具体的な必要性を備えた現実的なものであったというべきであり,専ら控訴人の病院開設への対策を目的とした形だけのもの,あるいは単なる便乗として行われたものにすぎないとはいえないし,こうした地元医療機関の増床希望等については,本来であればより早い時期に実現していたはずのものであると考えられる以上,被控訴人において,公取委勧告の趣旨に従って速やかに対処しようとすることも首肯し得るものであって,控訴人の病院開設への対策が地元8病院の増床希望の背景ないし動機の一部となっているとしても,地元8病院の増床希望とそれへの被控訴人の対応の在り方につき,控訴人の排除を目的とした不当なものと評価することはできない。
また,控訴人の当初の病院開設許可申請に係る希望病床数は,当時のα保健医療圏における不足病床数の約9割に達するものであった上,県担当課としては,控訴人との折衝の経緯等から控訴人において希望病床数の大幅な削減に応じる意向を窺い知ることはできないとして,地元8病院間での病床調整を先行させたものであり,さらに,控訴人が平成9年10月24日に当初の病院開設計画の変更を申し出た際にも,変更後の申請に係る病床数310床につき,病院の経営上の観点及び臨床研修病院への指定要件との関係から300床以上の病床数を必要とする旨説明するとともに,上記修正後の病院開設許可申請を同年11月6日開催予定の香川県医療審議会に諮問するよう求めていたことなどから,県担当課において,控訴人の変更後の申請に係る病床数を前提として地元8病院との調整を図ることは事実上不可能であると判断したものであるところ,病床調整が関係者の任意の協力を期待して行われる行政指導であることなどからすれば,県担当課において,上記のような控訴人の希望病床数及びこれについての意向を前提とする限り,地元8病院との病床調整が事実上不可能であると判断したことには相応の理由があるということができるし,上記のような病床調整の進め方が実質的な意味での公平性,公正性を欠くものであったとまでは断じ難い。とはいえ,控訴人と地元8病院の双方を交えての病床調整は行われておらず,控訴人のみがいわば蚊帳の外に置かれていた形で推移したことは否めない上,その間の県担当課と控訴人とのやり取りにかんがみると,県担当課から控訴人に対して地元8病院との間の病床調整の状況等につき十分な情報提供がされていたとはいえないことからすると,本件における病床調整の進め方については,平成10年通知の趣旨にもかんがみ,透明性や公平らしさの点では問題があったといわなければならない。
しかしながら,前記説示のとおり,病床調整の手続に瑕疵があったとしても,そのことが当然に医療法30条の7に基づく都道府県知事の勧告の手続の違法を招来し,ひいては上記勧告の効力に影響を及ぼすものではないところ,原判決認定の本件における病床調整の経過,香川県医療審議会の構成や審議の在り方その他本件勧告に至る経緯を前提として,前記説示を併せれば,本件における病床調整につき透明性や公平らしさの点で問題があり,香川県医療審議会における審議についてもなお工夫の余地があったとはいえ,本件勧告に至る手続全体を通してみれば,本件勧告の無効をもたらすような重大かつ明白な違法があったとまでは認められないというべきである。
3 結論
以上の次第で,控訴人の本件請求を棄却すべきものとした原判決は正当であって,本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 矢延正平 裁判官 豊澤佳弘 裁判官 山口格之)