高松高等裁判所 平成19年(く)18号 決定 2007年3月30日
少年 Y (平成元.○.○生)
主文
原決定を取り消す。
本件を高松家庭裁判所に差し戻す。
理由
本件抗告の趣意は,付添人作成の抗告申立書に記載のとおりであるから,これを引用するが,要するに,原決定には,法令の違反,重大な事実の誤認及び処分の著しい不当が存する,というのである。そこで,記録を調査して検討するに,原決定には決定に影響を及ぼす法令違反ないし重大な事実の誤認があるといわざるを得ない。以下,その理由を説明する。
まず,法令違反ないし重大な事実の誤認の主張について検討するに,この主張の趣旨は,(1)原決定は,少年が,普通自転車を運転し,「中央分離されていない見通しの良い直線道路を普通くらいの速度で進行中,後方から二輪車のエンジン音が聞こえたことから同車に進路を空けようとしたのであるから,このような場合,道路左側端に寄って後方からの車両に進路を開け(ママ),事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのに,これを怠り,左側端に寄ることなく,あえて右後方の安全確認を怠って右に進路変更した過失により,折から自車の後方から同方向に進行して来た」普通自動二輪車の前部に自車後部を衝突させて転倒滑走させたなどと認定し,罰条として,「平成18年法律第36号による改正前の刑法211条第1項後段」を適用しているが,認定した非行事実は過失傷害であって,不告不理の原則に反している,(2)原決定が過失の根拠として摘示している事実は,単なる後方確認義務違反にとどまる上,単純過失を構成するにすぎず,重過失を構成するものではない,などとして,原決定には,決定に影響を及ぼす法令の違反ないし重大な事実の誤認がある,というのである。
(1)の点についてみるに,原決定が引用している少年事件送致書の犯罪事実及び罰条には所論のような記載がなされているが,原審裁判所は,検察官から家庭裁判所の審判に付すべき重過失事件の送致を受けて調査及び審判をしているのであり,しかも,送致事実をそのまま非行事実として認定しており,認定替の問題もないから,不告不理の原則に反していない。なお,司法警察員の送致書では重過失を明示していないが,重過失である上記罰条を摘示しているから,重過失傷害として検察官に事件送致したものであり,検察官も同様に重過失傷害事件として家庭裁判所に本件を送致しており,家庭裁判所もそのような事件として調査及び審判をしたものの,非行事実の認定に当たり,「右に進路変更した重大な過失により」と明示すべきを誤ったものと認められる。
(2)の点についてみるに,まず,少年は,自転車を運転中,後方から二輪車が自車を追い越そうとしていることを認識したのであるから,自転車走行方法及び車両の追越しに関する道路法規を考慮すれば,道路左側端に寄って事故の発生を未然に防止すべき注意義務があったもので,単なる後方確認義務にとどまるものではない。ところで,自転車運転者は,免許制ではないため,運転技量や交通法規に対する知識が十分でなく,臨機応変の適切な措置をそれ程期待し得ない者もいる上,標準的な自転車は,バックミラー等が装備されておらず,後方から接近するものに対する措置を現場で的確に講じることが困難なことがある。少年は,当時16歳の高校生であって,何の運転免許も保有しておらず,幅員5.6メートルの道路を走行中,左側から自転車に追い抜かれ,道路中央やや左寄りを走行していたが,後方から二輪車が走行してくる音を聞き,自動二輪車あるいは原動機付自転車が道路左側を走行することが多いことから,先行する自転車も考え,自分が右に寄り,後方二輪車にその空いた部分を進行させようとしたことはそれ程不合理なものではなく,軽率な運転とまではいえない。他方,被害者は,自動二輪車の運転者であって,当時,少なくとも制限速度(30キロメートル毎時)を超えて進行していたばかりか,自転車を追い越そうとする場合であるのに,その側方通過時も特に減速の措置を講じていなかった疑いがあり,2台の自転車が走行する状態で,少年の交通法規遵守に過大な信頼を寄せることは許されない立場にある。そうすると,少年の過失は,注意義務違反の程度が著しいとはいえず,重過失までは認めることができないから,原決定には重大な事実の誤認があり,これに伴う法令違反があり,これが決定に影響を及ぼすことは明らかというべきである。
したがって,その余の論旨に対する判断をするまでもなく,原決定は取消しを免れない。
よって,少年法33条2項を適用して,主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 柴田秀樹 裁判官 磯貝祐一 幅田勝行)