高松高等裁判所 平成19年(ネ)249号 判決 2007年12月11日
愛媛県●●●
控訴人
●●●
愛媛県●●●
被控訴人
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同訴訟代理人弁護士
菅陽一
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決中,控訴人敗訴部分を取り消す。
2 前項の部分に係る被控訴人の請求を棄却する。
第2事案の概要
1 本件は,被控訴人が控訴人に対し,控訴人が金員の貸付けに際し,被控訴人の年金証書,郵便貯金通帳及びキャッシュカードを預かった行為が憲法25条,国民年金法24条,厚生年金保険法41条等に違反する反社会的行為であるとして,控訴人が被控訴人の年金受給口座から払戻しを受けた金員等につき,不法行為に基づく損害賠償を求める(主位的請求)とともに,不当利得に基づく返還を求めている(予備的請求)事案である。
原審が被控訴人の主位的請求を一部認容したところ,控訴人が控訴した。
2 本件の前提事実,争点及びこれに関する当事者の主張は,後記3のとおり,控訴人の当審における補足的主張を付加するほか,原判決「事実及び理由」第2の1ないし4に記載のとおりであるから,これを引用する。
3 控訴人の当審における補足的主張
(1) 年金担保貸付けに係る違法性の認識について
年金担保貸付けは,信用金庫等の金融機関の窓口では適法に行われており,世間一般に違法とは認識されていないのであり,控訴人も,年金担保貸付けが違法とは認識していなかった。本件貸付1は平成15年1月のことであり,年金担保貸付けについて罰則規定が設けられたのは平成16年12月であるから,これを遡及的に適用することも許されない。
(2) 170万円を控除すべきことについて
被控訴人は,返済能力のない状況にあったにもかかわらず,それを秘匿して,控訴人に対しては借入れの理由を事業継続の資金と偽り,必ず返済する旨約束したが,これは,同人の息子である●●●や●●●と共謀して控訴人を欺罔する行為で,詐欺に該当する。控訴人は,上記欺罔行為に基づいて被控訴人に合計170万円を交付しているから,被控訴人に対し,不法行為に基づき同額の損害賠償を求めることができる。また,年金担保を禁じる国民年金法24条及び厚生年金保険法41条は,給付ないし保険給付を受ける権利を譲り渡し,担保に供することができないと定めており,年金受給権を担保に供して借金をした被控訴人も違反行為をしたことになる。
したがって,公序良俗に違反する事情は,控訴人及び被控訴人の双方に存するのであるから,相殺又は損益相殺の法理により,上記170万円を被控訴人の控訴人に対する請求から控除すべきである。
第3争点に対する判断
1 当裁判所も,原審が認容した限度で被控訴人の請求を認容すべきものと判断するところ,その理由は,以下のとおり補正するほか,原判決「事実及び理由」第3の1ないし3に記載のとおりであるから,これを引用する。
(1) 原判決6頁23行目の「10ないし12」の次に「,29の1,30,32ないし34,48,49の1ないし11,50ないし62」を加える。
(2) 原判決7頁8行目の「まる優ファイナンス」から同9行目末尾までを「file_2.jpgファイナンスの代表者として貸金業法3条1項に基づく登録(登録番号 愛媛県知事(1)第01887号)を受けていた。」に改める。
(3) 原判決7頁14行目から18行目までを以下のとおり改める。
「しかしながら,証拠(甲12,50ないし62,乙10)によれば,控訴人自身が警察及び検察庁における取調べの際に,貸金業登録の有効期間を経過した後である平成14年6月以降も無登録で貸金業を営み,同年7月1日から平成19年5月18日までの間,貸付回数405回以上,貸付人数85人以上,貸付金合計1億5864万7900円以上もの貸付けを行っていたことを自認していることが認められるから,上記記載及び供述は信用することができない。」
(4) 原判決8頁26行目の「記載及び」を削る。
(5) 原判決10頁20行目末尾に改行して以下のとおり加える。
「(3) 新居浜警察署は,被控訴人の告発を端緒として控訴人に対する捜査を行い,その結果,控訴人は,貸金業の無登録営業の行為及び平成16年12月28日から平成18年10月12日ころまでの間,本件年金証書を保管し,同年3月10日ころ,被控訴人から本件通帳及び本件カードの引渡しを受け,そのころから同年10月12日ころまでの間,これらを保管した行為により,貸金業法違反の罪で略式起訴され,罰金100万円に処せられた。」
(6) 原判決10頁22行目の「(1)」から同11頁11行目末尾までを以下のとおり改める。
「(1) 国民年金法24条及び厚生年金保険法41条は,給付ないし保険給付を受ける権利を担保に供することができないと規定し,また,貸金業法20条の2(平成16年12月28日施行)は,貸金業を営む者は,貸付けの契約について,公的給付がその受給権者である債務者の預金又は貯金の口座に払い込まれた場合に当該預金又は貯金の口座に係る資金から当該貸付けの契約に基づく債権の弁済を受けることを目的として,その者の預金通帳等(当該預金若しくは貯金の口座に係る通帳若しくは引出用のカード又は年金証書等)の引渡し若しくは提供を求め,又はこれらを保管する行為をしてはならないと規定しているところ,これは,年金受給者等の生活を保護しようとする趣旨であるから,貸付けに際し年金を担保とし,年金証書や預貯金通帳等の引渡し若しくは提供を求め,又はこれらを保管する行為は,上記各規定に反する違法なものである。
控訴人は,前記認定のとおり,無登録で貸金業を営んでいた上,本件貸付1に際し,被控訴人から本件年金証書,本件通帳及び本件カードを受け取り,これによって本件通帳から被控訴人の年金を引き出し本件各貸付けの債務の弁済に充当したものであるから,本件貸付1は被控訴人の年金を担保とするものといわざるを得ないし,また,貸金業法20条の2が施行された平成16年12月28日以降も平成18年10月12日まで上記証書等を保管していたものであって,これは同条に違反する行為であるというべきである。
したがって,控訴人の行為は,年金受給者である被控訴人の生活を困窮させる反社会的な違法行為であって,被控訴人に対する故意の不法行為を構成する(民法709条)ものと認めることができる。
(2) これに対し,控訴人は,年金を担保とする行為が違法であるとの認識を有していなかったと主張する。
しかしながら,前記認定のとおり,控訴人は,ビジネスホテルを営むかたわら平成11年6月から3年間,愛媛県知事の登録を受けて貸金業を営んでいたことがあり,また,その登録申請書には,業務の種類として証書貸付及び売渡担保,金銭の貸借の媒介として売渡担保の媒介,担保に関する事項のうち,主な担保の種類として不動産,有価証券との記載があり(甲48),控訴人は,担保差入れを伴う形態で貸金業を営んでいたものと認められる上,その当時の貸金業法に関する金融庁事務ガイドラインにおいても,貸金業者が年金証書や預貯金通帳等を徴求する行為が禁止されていたことに照らすと,控訴人は,本件貸付1の時点において,貸付けに際して年金を担保とし,年金証書等を受け取り,又はこれらを保管する行為が違法であることを十分認識していたものと認めるのが相当である。
したがって,上記主張を採用することはできない。」
(7) 原判決13頁21行目末尾に改行して以下のとおり加える。
「控訴人は,被控訴人の借入れは,●●●や●●●と共謀した詐欺行為であり,控訴人は,被控訴人に交付した170万円につき不法行為に基づく損害賠償を求めることができ,また,年金担保を禁じる規定によれば年金受給権を担保に供して借金をした被控訴人の行為も違法とされ,公序良俗に違反する事情は控訴人及び被控訴人の双方に存するのであるから,上記170万円は相殺又は損益相殺の法理により認容額から控除すべきである旨主張する。
しかしながら,被控訴人の行為が控訴人に対する詐欺に該当すると認めるに足りる証拠はない上,被控訴人の控訴人に対する損害賠償請求権を受動債権とする相殺が民法509条により許されないこと及び本件各貸付が公序良俗に違反し,被控訴人の損害賠償請求に当たり,本件各貸付分を損益相殺として考慮・控除し得ないことは,いずれも前記説示のとおりであって,控訴人の上記主張は独自の見解であり,失当というほかない。」
2 よって,原判決は相当であって,本件控訴は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 矢延正平 裁判官 豊澤佳弘 裁判官 山口格之)